説明

防水通音膜およびそれを用いた防水通音部材

【課題】音の歪みを抑制できる防水通音膜および防水通音部材を提供する。
【解決手段】本発明の防水通音膜は、キチンからなるフィルムを備え、電気製品における発音部または受音部の防水保護用途に用いられ、音の透過を許容し、かつ、液体の通過を遮断する防水通音膜である。本発明の防水通音部材は、本発明による防水通音膜と、防水通音膜上に配置された固定材とを備え、防水通音膜の面に垂直な方向から見たときに、固定材が閉じた枠の形状を有し、かつ、固定材の外周が防水通音膜の周に沿って一致している、防水通音部材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発音部または受音部を備えた電気製品(例えば携帯電話)に使用される防水通音膜に関する。また、本発明は、該防水通音膜を備えた防水通音部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話などの携帯型電気製品の普及が急速に進んでいる。これに伴い、従来想定されていた通常の屋内外だけでなく、より過酷な環境下で携帯型電気製品が使用される頻度が増している。その結果、携帯型電気製品が生活用水、雨水、海水などに接触する機会も増えており、電気製品の防水性の確保が重要な課題となっている。
【0003】
電気製品において防水機能を付与することが最も困難な部分は、スピーカやブザーのような発音部およびマイクのような受音部である。発音部または受音部を備えた電気製品の筺体には、外界に音を伝え、または外界から音を取り込むための開口部が設けられる。電気製品に防水機能を付与するために該開口部を完全に密閉してしまうと、通音性が著しく低下してしまう。
【0004】
通音性を確保しつつ、発音部または受音部のための開口部から筐体内部への水の侵入を防ぐ部材として、防水通音膜が知られている。該開口部を防水通音膜で塞ぐことにより、電気製品の通音性と防水性との両立を図ることができる。防水通音膜は、水の通過を防ぎながら音の透過を許容する材料からなる薄膜である。防水通音膜の材料としては、撥水不織布、撥水ネット、金属薄膜、高分子多孔質膜、無孔高分子フィルムなどが知られている。撥水不織布や撥水ネットは大きな孔を有するため、防水性が低い。金属薄膜は腐食しやすいため、塩水が掛かる環境では使用できない。近年の携帯型電気製品の使用環境にも適応できる防水通音膜の材料としては、高分子多孔質膜や無孔高分子フィルムなどの高分子フィルムが好適である。
【0005】
例えば、特許文献1および特許文献2には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)または超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)からなり、微細透孔が多数分散形成された高分子多孔質膜を、防水通音膜として用いることが開示されている。これらの高分子多孔質膜は、撥水性高分子材料からなり、かつ、孔が微細であることにより、適度な防水性を有し、また、通気量や単位当たりの重量(面密度)などが所定の範囲内にあることにより、適度な通音性を有する。特許文献3には、ポリエチレンなどからなる無孔高分子フィルムを用いた防水通音膜が開示されている。この無孔高分子フィルムは、孔を有しないため、防水性だけでなく防湿性にも優れており、また、厚みが所定の範囲内にあることにより、適度な通音性を有する。
【0006】
しかし、高分子多孔質膜や無孔高分子フィルムなどの高分子フィルムを防水通音膜として用いた場合、通音性試験においてしばしば「音の歪み」が確認される。ここで、「音の歪み」とは、発音部または受音部のための開口部に防水通音膜が無い場合に比べ、有る場合に生じる音の変質であり、ビビリ音(障子紙が震えるような振動音)、音のばたつき、音のこもりなどを特徴とする。これらの音の歪みは電気製品にとって大きな問題であり、高品質の電気製品には原音を歪み無く正確に再生することが求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平3−41182号公報
【特許文献2】特開2004−83811号公報
【特許文献3】特開2009−71392号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような事情に鑑み、本発明は、音の歪みを抑制できる防水通音膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明は、
キチンからなるフィルムを備え、
電気製品における発音部または受音部の防水保護用途に用いられ、
音の透過を許容し、かつ、液体の通過を遮断する、防水通音膜を提供する。
【0010】
本発明は、別の観点から、
本発明による防水通音膜と、前記防水通音膜上に配置された固定材とを備え、
前記防水通音膜の面に垂直な方向から見たときに、
前記固定材が閉じた枠の形状を有し、かつ、前記固定材の外周が前記防水通音膜の周に沿って一致している、防水通音部材を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の防水通音膜は、キチンからなるフィルムを備える。キチンからなるフィルムは薄くても剛性が高いため、このフィルムを備えた防水通音膜は、音の歪みを抑制することができる。本発明の防水通音膜と固定材とを組み合わせて防水通音部材とすることにより、電気製品の発音部または受音部のための開口部に防水通音膜を容易に固定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の防水通音膜を用いた防水通音部材の一例を示す上面図である。
【図2】図1の防水通音部材のX−X線に沿った断面図の一例である。
【図3】防水通音部材の評価するための装置を模式的に示す上面図である。
【図4】図3の評価用装置のX−X線に沿った断面図の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
上述したように、高分子フィルムを防水通音膜として用いた場合、音の歪みが発生しやすい。これは、主として、高分子フィルムの剛性が低いことによる。剛性の低い高分子フィルムは、自重によって弛みやすく、音圧を受けることによって変形しやすい。また、剛性の低い高分子フィルムを固定材と一体化した防水通音部材として加工すると、加工に伴って防水通音膜にシワが形成されやすい。シワや弛みや変形を生じやすい防水通音膜は、音の出入力の際に音のエネルギーによって変形して不規則に振動するため、音の歪みを生じる。
【0014】
音の歪みを抑えるためには、剛性の高い高分子フィルムを用いることが有効である。防水通音膜として用いられてきた従来の高分子フィルムでは、厚みが40μmを下回ると剛性が低くなる。剛性を高めるために厚みを大きくすると、通音性が低くなってしまう。
【0015】
本発明者は、薄くても剛性が高い高分子フィルムを与える材料を探索した結果、生体由来材料であるキチンが有効であることを見出した。キチンは甲殻類の殻などに多量に含まれている高分子である。キチンからなるフィルム(以下、簡単のため、「キチンシート」と記載する。)は、厚みが薄くても剛性が極めて高いという特徴を有する。これは、キチン分子が極性の高い水酸基およびアセトアミド基を有し、これらの基が分子内および分子間での強固な水素結合を形成するためである。
【0016】
キチンシートの厚みは、電気製品に求められる耐水圧などに応じて定めればよいが、例えば2μm〜1000μmであり、好ましくは10μm〜500μmである。
【0017】
液体の通過を効果的に防ぎ、さらに湿気の透過を防止する観点からは、キチンシートが無孔フィルムであることが好ましい。ただし、キチンシートは、微細透孔を有する多孔質フィルムであってもよい。
【0018】
また、必要に応じて、キチンシートの表面には、撥水性を高めるための撥水剤や帯電を防止するための導電性材料などがコーティングされていてもよい。なお、キチンシートには、原料とする天然材料などに由来する微量成分が不純物として混入することがあるが、防水通音膜としての使用に支障がない限り、不純物の混入は許容される。
【0019】
日本工業規格(JIS)C 0920には、「電気機械器具の防水試験および固形物の侵入に対する保護等級」が定められており、電気製品の防水性の度合いが保護等級0〜8の9段階で示されている。保護等級6(耐水形)までは電気製品が水中に没することが想定されていない。電気製品が誤って水中に落とされても故障しないようにするためには、保護等級7(防浸形)に相当する防水性が必要となる。保護等級7は、電気製品を水面下1mの位置において30分間放置しても電気製品の内部に水の浸入の形跡がないことを示す。水面下1mの位置における水圧は9.8kPaであるが、保護等級7を達成するためには、9.8kPaという耐水圧では十分とはいえず、その約10倍に達する100kPaの耐水圧が必要となる。100kPaの耐水圧を有する防水通音膜を得るためには、キチンシートが無孔フィルムであり、かつ、その厚みが20μm以上であることが好ましい。
【0020】
キチンシートの製造方法は、特に限定されないが、以下に例示するとおり、キチンを溶解させたキチン溶液から作製することができる。
【0021】
まず、キチンを適切な溶媒に溶解してキチン溶液を調製する。キチンを溶解する溶媒としては、ギ酸、メタンスルホン酸などが知られているが、キチンの溶解性の高さや取り扱いやすさの観点から、N,N−ジメチルアセトアミドに塩化リチウムを溶解させて得られる複合溶媒が好ましい。
【0022】
次に、キチン溶液を用い、キャスト法などによりキチンシート(再生キチンシート)を作製する。キャスト法を採用する場合、キチン溶液を基板上に塗布してキャスト膜を形成し、キチンに対する貧溶媒中にキャスト膜を浸漬して溶媒置換を行うことにより、キチンシートが得られる。キャスト法では、キチン溶液の濃度や基板上へのキチン溶液の塗布量を制御することにより、目的とする厚みを有するキチンシートを作製することができる。
【0023】
また、キトサンを用いてキチンシートを作製することもできる。例えば、キチンに対してアルカリ処理を施すことにより、希酸に可溶性のキトサンが得られる。キトサンを適切な溶媒に溶解してキトサン溶液を調製し、キトサン溶液を用いてキャスト法などにより、キトサンからなるフィルム(キトサンシート)を作製する。得られたキトサンシートにアセチル化を施すことにより、キチンシートが得られる。本明細書において「キチンシート」は、キトサンシートをアセチル化して得たシートも包含する用語である。
【0024】
キチンシートを備えた防水通音膜上に固定材を配置することにより、防水通音部材が得られる。防水通音膜は、この固定材を介して発音部または受音部のための開口部に取り付けられる。防水通音部材とすることにより、防水通音膜の取り扱いおよび該開口部への防水通音膜の取り付けが容易になる。
【0025】
図1は、本発明の一実施形態である、防水通音膜10を備えた防水通音部材30を示す上面図(防水通音膜10の面に垂直な方向に沿って上方から見た図)である。図2は、防水通音部材30のX−X線断面図の一例である。防水通音膜10の面に垂直な方向から見たとき、固定材20は閉じた枠の形状を有する。より具体的には、固定材20は、外周が防水通音膜10の外周に沿って一致するように配置されたリング形状の部材である。防水通音部材30は、電気製品の筺体に設けられた開口部を固定材20が取り囲むとともに該開口部を防水通音膜10が覆うように、筺体に固定される。開口部が固定材20と防水通音膜10とによって遮られることにより、電気製品の筺体内への液体の侵入が妨げられ、また、防水通音膜10がキチンシートを備えることにより、音の歪みが抑制される。
【0026】
防水通音膜10および固定材20の形状は、防水性を付与するべき開口部の位置、形状、大きさなどの構造に応じて適宜定めればよい。例えば、固定材20の形状は、防水性を付与するべき開口部が固定材20の内周よりも内側に入ることができるように定められる。
【0027】
固定材20としては、両面にアクリル系、シリコーン系、ウレタン系などの粘着剤からなる塗布膜を有する粘着テープ(両面テープ)が適している。
【0028】
防水通音部材30の製造方法は特に限定されない。例えば、両面に粘着剤が塗布された両面粘着シートに所望の形状の開口を設け、得られた両面粘着テープとキチンシートとを貼り合わせて積層体を作製する。この積層体を、該開口を取り囲む所定の形状に打ち抜くことにより、キチンシートからなる防水通音膜10と閉じた枠形状の固定材20とが一体化した防水通音部材30が得られる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されない。
【0030】
(実施例1)
N,N−ジメチルアセトアミド(和光純薬社製、一級)に、塩化リチウム(和光純薬社製、特級)を8重量%の濃度で溶解させることにより、キチンを溶解させるための溶媒を調製した。この溶媒にキチン(東京化成工業社製、試薬グレード)を1重量%の濃度となるように添加し、常温で5時間、スターラーで撹拌することにより、キチン溶液を得た。得られたキチン溶液の粘度は528mPa・sであった。
【0031】
PTFEシート上にステンレス枠(内寸100mm×100mm、厚み1.1mm)を置き、ステンレス枠内にキチン溶液を滴下した。ガラス棒でステンレス枠内のキチン溶液を平らに広げることにより、ステンレス枠と等しい厚みの液膜を得た。この液膜をイソプロピルアルコール中に浸漬することにより、液膜中の溶媒を除去し、さらに水洗して、湿潤なシートを得た。得られたシートを40℃で2時間乾燥することにより、キチンシートを得た。得られたキチンシートは、無孔フィルムであり、その厚みは32μm、目付(単位面積あたりの重量)は56g/m2であった。
【0032】
キチンシートを直径16mmの円形状に打ち抜くことにより、円形状のキチンシートを防水通音膜として得た。得られた防水通音膜に、外径16mm、内径13mmのリング形状の粘着テープ(日東電工社製、No.5620A、厚さ0.2mm)を固定材として貼り合わせ、図1および図2に示す構造の防水通音部材を作製した。
【0033】
(実施例2)
溶媒に溶解させるキチンの濃度を0.5重量%とした以外は実施例1と同様にしてキチン溶液を得た。得られたキチン溶液の粘度は440mPa・sであった。このキチン溶液を用いて、実施例1と同様にしてキチンシートを作製した。得られたキチンシートは、無孔フィルムであり、その厚みは25μm、目付は40g/m2であった。このキチンシートを用い、実施例1と同様にして防水通音部材を作製した。
【0034】
(比較例1)
キチンシートの代わりに直鎖状低密度ポリエチレン(L−LDPE)シート(三菱化学社製、厚み32μm、目付30g/m2)を用いた以外は実施例1と同様にして、防水通音部材を作製した。
【0035】
(比較例2)
キチンシートの代わりにポリエチレンテレフタレート(PET)シート(帝人社製、テトロン、厚み38μm、目付36g/m2)を用いた以外は実施例1と同様にして、防水通音部材を作製した。
【0036】
防水通音部材の通音性の評価に使用された評価用装置について、図3および図4を用いて説明する。図3は評価対象となる防水通音部材30が取り付けられた状態にある評価用装置100の模式的な上面図であり、図4はそのX−X線断面図である。評価用装置100は携帯電話を模した筺体(模擬筺体)50とスピーカ60とを備える。模擬筺体50にはスピーカを取り付けるための開口部(スピーカ取り付け穴)51が設けられている。スピーカ取り付け穴51を取り囲むように、リング状の両面テープ62が模擬筺体の内壁に貼り付けられており、スピーカ60はこの両面テープ62を介して固定されている。リード線61を通じて送られた音は、スピーカ60から模擬筺体50の外部へと発信される。評価対象となる防水通音部材30は、固定材20の内周がスピーカ取り付け穴51の周に沿って一致するように、模擬筺体50の外壁に固定されている。
【0037】
評価用装置を使用して以下に説明する評価1および評価2を行うことにより、実施例1〜2および比較例1〜2で得られた防水通音部材の通音性を評価した。なお、使用した模擬筺体はポリスチレン製であり、その外形寸法は67mm×37mm×12mmであった。模擬筺体に設けられたスピーカ取り付け穴の径Φは13mmであった。スピーカとしては、スター精密社製SCG−16Aを用いた。スピーカを固定するためのリング形状の両面テープは、日東電工株式会社製の両面テープ(No.5620A、厚さ0.2mm)を外径16mm、内径13mmのリング形状に打ち抜くことにより作製された。
【0038】
(評価1)
評価用装置に防水通音部材を取り付け、電圧240mVのアンプを介して4000Hzの正弦波をスピーカより発信し、スピーカの前方50mmの地点における音圧を音圧計により測定した。なお、ブランク試験として、評価用装置に防水通音部材が取り付けられていない状態で、上記と同様にして音圧の測定を行った結果、84dBであった。
【0039】
(評価2)
評価用装置に防水通音部材を取り付け、電圧240mVのアンプを介して音楽(ベートーベン、ピアノソナタ14番「月光」)をスピーカより発信した。防水通音膜を透過した音楽をスピーカの前方50mmの地点において視聴するという官能試験により、音の歪みを評価した。音楽が原音通りに再現されていた場合は「原音通り」とし、音の歪みやビビリ音が発生した場合は「歪みあり」とした。
【0040】
これらの評価の結果を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
キチンからなる無孔フィルムを防水通音膜とした実施例1,2では、原音からの音の歪みが生じず、比較例1,2に比べて原音からの音圧低下が小さくなった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の防水通音膜は、歪みなく音を透過させることができる。本発明の防水通音膜を備えた防水通音部材は、種々の電気製品における発音部または受音部の防水保護用途に使用できる。
【符号の説明】
【0044】
10 防水通音膜
20 固定材
30 防水通音部材
50 模擬筺体
51 スピーカ取り付け穴
60 スピーカ
61 リード線
62 両面テープ
100 評価用装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチンからなるフィルムを備え、
電気製品における発音部または受音部の防水保護用途に用いられ、
音の透過を許容し、かつ、液体の通過を遮断する、防水通音膜。
【請求項2】
前記フィルムが無孔フィルムである請求項1に記載の防水通音膜。
【請求項3】
前記フィルムの厚みが2μm〜1000μmである請求項1または2に記載の防水通音膜。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の防水通音膜と、前記防水通音膜上に配置された固定材とを備え、前記防水通音膜の面に垂直な方向から見たときに、前記固定材が閉じた枠の形状を有し、かつ、前記固定材の外周が前記防水通音膜の周に沿って一致している、防水通音部材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate