説明

防虫・抗菌性シート

【課題】防虫性・抗菌性を併せ持ち、水との接触によってもそれらの機能が長期間保持する防虫・抗菌性シート及びその製造方法を提供する。
【解決手段】水溶性高分子とホウ素又はその誘導体とフェノール性水酸基含有化合物を含有する繊維からなり、該水溶性高分子の少なくとも一部の水酸基にホウ素又はその誘導体の少なくとも一部が単独に、又はフェノール性水酸基含有化合物と複合化して結合している繊維から形成される不織布からなることを特徴とする防虫・抗菌性シート。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体への影響が少なく安全性の高い防虫・抗菌性シート及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アレルギー疾患の重要なアレルゲンとして知られている室内塵性ダニ類は、住居内のいたるところに生息していて国内だけでも少なくとも130種以上が検出されている。特に数ミリ程度の僅かな空間を固有の場所とし、寝具、絨毯や畳などに多く生息している。これらダニ類はアレルギー疾患のみならず刺咬症やダニ類による不快及び恐怖症など様々な健康被害を引き起こすため、大きな社会的問題となっている。
【0003】
また住居内の閉鎖環境下では黴や微生物なども多く生息・増殖し、それらによる健康被害の問題も取りざたされており、防虫性だけでなく防黴や抗菌性を有する室内材料が社会的に強く要望されている。
【0004】
これまでに、壁紙や畳の縁紙、あるいは畳などには、防虫性や防黴性を有する繊維質シートとしてホウ素化合物を含有したシートが知られており、シートに含有されたホウ素化合物はダニの餌となる垢、フケ、食物の屑に移行後、それらをダニが食べることによってダニの増殖を抑制する。
【0005】
このようなホウ素化合物を含有した繊維質シートとして、例えば、特許文献1には、セルロース繊維を主体とする繊維質物質と無機質粉末の混合抄紙からなるシートであって、有効成分に水難溶性または不溶性のホウ素化合物粉末を少なくとも5重量%含むホウ素化合物含有紙が開示されている。しかしホウ素化合物は水難溶性あるいは不溶性のため拡散性が悪く、ダニの増殖抑制効果は低いという問題を有している。
【0006】
また、特許文献2には、オルトホウ酸およびノニオン系バインダーの混合用液を布又は不織布に塗布し乾燥して、ホウ酸粒子を固着させる殺虫シートの製造方法が開示されている。しかし、オルトホウ酸は室温での水溶解性が低いため、布や不織布の基材に多くのホウ酸を固着させるためには、水溶液中のホウ酸濃度を高濃度にする必要があり、加熱しなければならない。また乾燥すると基材表面のオルトホウ酸結晶粉末が飛散しやすくなり、飛散粉末による人体への影響が懸念される。
【0007】
また、特許文献3には、畳床の少なくとも表側及び裏側にホウ素換算で0.1重量%以上の拡散性ホウ酸塩を含有した繊維質シートを介在させた防虫畳が開示されていて、拡散性ホウ酸塩を含有した繊維質シートは、拡散性ホウ酸溶液を繊維質シートに含浸または塗布することによって作製されている。
【特許文献1】特公平2−13080号公報
【特許文献2】特開平5−339114号公報
【特許文献3】特開2004−84462号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献3の方法によると、拡散性ホウ酸塩溶液は先ず繊維質シートを構成する繊維と繊維の隙間に浸透し、その後一部が繊維内部に浸透する。しかしながら、溶液濃度が高い場合は繊維内部への浸透は制限され、繊維質シートに取り込まれた拡散性ホウ酸塩の大部分は繊維表面に存在することになる。このような繊維質シートは、多量の水に接触すると繊維間隙に浸透した水によって繊維表面の拡散性ホウ酸塩は容易に溶出し、防虫性は消失する。
【0009】
このようなケースは、例えば畳上で花瓶が転倒して多量の水が畳内部に浸透し、防虫性繊維質シートに接触する場合などであり、日常的にしばしば経験することである。さらには我が国のような地震多発国においては地震の揺れによって水の入った容器が室内で転倒するなど、繊維質シートから拡散性ホウ酸塩が短時間に溶出してしまう様々な場合がある。ひとたびこのようなことが発生すれば、畳内部を防虫性を有する繊維質シートに交換する必要があり、経済的負担は大きくなる。
【0010】
またこのような繊維質シートを構成成分とする家具やインテリア類は、大腸菌や黄色ブドウ球菌など各種の微生物や細菌が付着して増殖するため抗菌性が要求されるが、ホウ素化合物だけではそのような機能は十分とはいえない。
【0011】
本発明は上記問題点に鑑み、防虫性、防黴性を長期間持続すると同時に抗菌性も併せ持ち、使用中に有効成分の溶出や流出の恐れがない防虫・抗菌性シートと、含浸や塗布工程が不要で安価にそれら防虫・抗菌性シートを製造することが出来る製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、このような課題を解決するために鋭意検討の結果、ホウ素又はその誘導体とフェノール性水酸基含有化合物を含む水溶性高分子溶液から繊維シートを作製することで、防虫・防黴性のみならず抗菌性も有し、しかもそれら機能が長期間に亘って持続することを見出し、本発明に到達した。
【0013】
すなわち本発明の第一は、水溶性高分子とホウ素又はその誘導体とフェノール性水酸基含有化合物を含み、該水溶性高分子の少なくとも一部の水酸基にホウ素又はその誘導体の少なくとも一部が単独に、又はフェノール性水酸基含有化合物と複合化して結合している繊維から形成される不織布からなることを特徴とする防虫・抗菌性シートを要旨とするものであり、好ましくは、フェノール性水酸基含有化合物がタンニンであるものであり、また好ましくは、ホウ素又はその誘導体が水溶性高分子に対してホウ素換算で0.5〜20質量%含まれるものであり、また好ましくは、フェノール性水酸基含有化合物が水溶性高分子に対して没食子酸換算で0.05〜10質量%含まれるものであり、さらに好ましくは、不織布を形成する繊維の平均繊維径が、10μm以下であるものである。
【0014】
本発明の第二は、水溶性高分子とホウ素又はその誘導体とフェノール性水酸基含有化合物を含む水溶液を作製し、該水溶液を紡糸原液として紡糸し、不織布を得ることを特徴とする防虫・抗菌性シートの製造方法を要旨とするものであり、好ましくは、さらに紡糸原液となる水溶液を酸性に調整する工程を含む前記の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、防虫性及び防黴性を発揮するホウ素又はその誘導体と、さらには防黴性及び抗菌性を発揮するフェノール性水酸基含有化合物とが不織布からなるシート全体にほぼ均一に分布しており、しかも水溶性高分子の少なくとも一部の水酸基にホウ素又はその誘導体の少なくとも一部が単独に、又はフェノール性水酸基含有化合物と複合化して結合しているため、長期間に亘って防虫性、防黴性及び抗菌性を発揮することが出来る。さらに繊維の直径を10μm以下、好ましくは1μm以下に小さくすることにより繊維の比表面積は大きくなり、繊維とダニ体表面の接触機会やダニなどの餌となる垢、フケあるいは食物の屑などとの接触機会が増え、それによってホウ素又はその誘導体がダニの体内に取り込まれる機会は増大し、より効率的にダニ類の増殖抑制効果が得られる。
【0016】
また本発明の防虫・抗菌性シートは、一時的に浸水した場合でも、これら機能を完全に消失することは無く、乾燥後もほぼ同様の効果が持続されるため、日常生活をおくる様々な居住箇所に安心して使用することができる。さらには本発明の製造方法によれば、製造の際、含浸・塗布工程や乾燥工程が不要なことから工程の簡略化が図られ、製造コストの大幅な削減につながる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の詳細を説明する。先に本発明の第二の防虫・抗菌性シートの製造方法について説明する。
【0018】
本発明で用いられるホウ素又はその誘導体は、ホウ酸カルシウム、オルトホウ酸、八ホウ酸ニナトリウム四水和物又はホウ酸とホウ砂からなるホウ素化合物などであって、その中でも水に対する溶解性が高く、紡糸原液として調製後も高い溶解性を維持し、紡糸後の繊維形成性に悪影響を及ぼさないものが好ましい。そのような具体例として、オルトホウ酸及び八ホウ酸ニナトリウム四水和物が挙げられ、八ホウ酸ニナトリウム四水和物が最も好ましい。
【0019】
本発明に用いられるフェノール性水酸基含有化合物は、フェノール、p−キノール、m−キノール、カテコール、ピロガロール、ナフトキノール、アンスラキノール、クロロゲン酸、没食子酸、エラグ酸、リグニン系の物質、フラボノイド系の物質及びこれらを基本骨格とする化学物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物のモノマー、オリゴマー及び/又はポリマーであり、これらの中で天然物に由来する化合物が好ましく、具体的には、植物に由来するタンニン、リグニン又はカテキン類が挙げられる。
【0020】
植物に由来するタンニンとしては、例えば加水分解性タンニンと呼ばれるゲラニンやオイゲニイン、縮合型タンニンと呼ばれるラタンイン、プロシアニジン、ケブラコタンニン、ワットルタンニン、マングローブタンニン、スプルースタンニン、ガンビールタンニン、アカカテキン、カシワ樹皮タンニンが含まれる。これらタンニンの由来としては、茶、渋柿、リンゴ、ケブラチョ、タラ、チェスナット、五倍子、オーク、ミモザ、ガンビア、ボラムなどの植物があり、その抽出物および加工品を含む。これらの中で、エラグ酸のオリゴマーとポリマー、ドーパのオリゴマーとポリマー、カシワ樹皮タンニン、マングローブタンニン、アカカテキン、リグナン、フラボノイド系の基本骨格を持つ化合物、没食子酸のモノマーとオリゴマーとポリマー、コーヒー酸のオリゴマーとポリマー、クロロゲン酸のオリゴマーとポリマー、シナピン酸のオリゴマーとポリマー、渋柿、茶、リンゴ、ケブラッチョ、チェストナット、ミモザ、リグニン、カテキン類のオリゴマーとポリマーが好ましく、リグナン、フラボノイド系の基本骨格を持つ化合物、没食子酸のモノマーとオリゴマーとポリマー、コーヒー酸のオリゴマーとポリマー、クロロゲン酸のオリゴマーとポリマー、シナピン酸のオリゴマーとポリマー、渋柿、茶、リンゴ、ケブラッチョ、チェストナット、ミモザ、リグニン、カテキン類のオリゴマーとポリマーがさらに好ましく、渋柿、茶、ケブラッチョ、チェストナット、ミモザ、リグニン、カテキン類のオリゴマーとポリマーが最も好ましい。
【0021】
本発明で用いられる水溶性高分子としては、高分子構造内に水酸基を有し、該水酸基が、ホウ素又はその誘導体の少なくとも一部が単独に、又はフェノール性水酸基含有化合物と複合化して結合可能であり、さらには人体への影響が少なく安全性の高い水溶性の高分子であれば特に制限はない。ここでいう結合とは配位結合などの非共有的な結合を意味する。そのような水溶性高分子としては、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコールなどの合成高分子、あるいは澱粉、コラーゲン、カラギーナン、キチンキトサン及びその誘導体、セルロース誘導体などの天然高分子及びその誘導体、あるいはそれら高分子を2種以上混合した高分子などが挙げられる。中でも取扱い性及び価格面からポリビニルアルコールあるいはポリビニルアルコールを主体とする混合高分子が好ましく、ポリビニルアルコールがさらに好ましい。
【0022】
本発明で用いられるポリビニルアルコールは、ビニルアルコール単位を10モル%以上、好ましくは30モル%以上、さらに好ましくは50モル%以上含有する重合体であり、通常ビニルエステルやビニルエーテルの単独重合体や共重合体を加水分解(ケン化、加アルコール分解など)することによって得られる。ビニルエステルとしては、酢酸ビニルが代表例として挙げられ、その他にギ酸ビニル、プロピオン酸ビニル、ピバリン酸ビニルなどが挙げられる。ビニルエーテルとしてはt−ブチルビニルエーテル、ベンジルビニルエーテルなどが挙げられる。
【0023】
ポリビニルアルコールはケン化度が低いとPVAの結晶性が低下して水に溶解しやすくなることから、ケン化度は80モル%以上が好ましく、90モル%以上より好ましく、95モル%以上がさらに好ましい。
【0024】
本発明で用いられるポリビニルアルコールは、次の単量体単位を含んでいてもよい。これら単量体単位としては、エチレンを除くプロピレン、1−ブテン、イソブテンなどのオレフィン類;アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、無水マレイン酸などの不飽和酸類あるいはその塩あるいは炭素数1〜18までのモノ又はジアルキルエステル類;アクリルアミド、炭素数1〜18のN−アルキルアクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド、2-アクリルアミドプロパンスルフォン酸あるいはその酸塩あるいはその4級塩などのアクリルアミド類;メタクリルアミド、炭素数1〜18のN−アルキルメタクリルアミド、N,N−ジメチルメタクリルアミド、2-メタクリルアミドプロパンスルフォン酸あるいはその塩などのメタクリルアミド類;N−ビニルピロリドン、N−ビニルホルムアミドなどのN−ビニルアミド類などが挙げられる。
【0025】
また、本発明で用いられるポリビニルアルコールの平均重合度(以下、重合度と略記する)としては、特に限定するものではないが、重合度が低すぎると得られる繊維の強度が低下し、また高すぎると溶媒に対する溶解性が低下して繊維の生産性が低くなるため、200〜30000であるのが好ましく、300〜20000がより好ましく、15000以下であるのがさらに好ましい。なお本発明でいう「平均重合度」の測定は、JIS K6726に準じて測定された値である。
【0026】
本発明の製造方法においては、前述の水溶性高分子と、上記したホウ素又はその誘導体と上記したフェノール性水酸基含有化合物を含む水溶液を作製する。この水溶液における水溶性高分子の濃度は、1〜20質量%でよく、好ましくは2〜15質量%、さらに好ましくは2.5〜12質量%である。1質量%未満では繊維形成性が悪く生産性も極めて低くなり、逆に20質量%を超える場合は紡糸原液の流動性が悪くなり、均質な不織布を連続して得ることが難しくなる。
【0027】
この水溶液におけるホウ素又はその誘導体の濃度は、水溶性高分子に対しホウ素換算で0.5〜20質量%でよく、好ましくは1〜15質量%、さらに好ましくは2.5〜10質量%である。0.5質量%未満では防虫性が充分に発揮されず、逆に20質量%を超える場合は紡糸過程において繊維の形成性が悪くなり連続した不織布を得ることが難しくなる。
【0028】
この水溶液におけるフェノール性水酸基含有化合物の濃度は、没食子酸当りの濃度として1〜10000mg/Lでよく、好ましくは5〜5000mg/L、さらに好ましくは10〜1000mg/Lである。1mg/L未満であれば充分な抗菌性を示さなく、逆に10000mg/Lを超える場合は連続した繊維が形成されなくなり繊維形成性に悪影響を及ぼす。
【0029】
ここで没食子酸換算で示したのは、フェノール性水酸基含有化合物が複雑な形状をしているためにその量や分子量を決定することが事実上不可能である。よって統一するために便宜的にフォリン・デニス法を用いて量を決定し、その際に標準物質には没食子酸を使用して没食子酸当りの量として算出する。以下にフォリン・デニス法について述べる。
【0030】
[フォリン・デニス試薬の作成]
700mLの純水にタングステン酸ナトリウム・2水和物を100g、リンモリブデン酸を20g、リン酸を50mL加えて溶解した後、2時間還流する。冷却後に、1リットルに定容して用いる。
【0031】
[標準溶液の作成]
没食子酸10mgを100mLのメスフラスコに採取する。これに80%メタノールを加えて溶解して標準溶液とする。
【0032】
[測定方法]
3.2mLの水を入れた試験管に200μLの分析用試料溶液を加える。これに、200μLのフォリン・デニス試薬を加えて攪拌した後に、400μLの飽和炭酸ナトリウム溶液を加え、30分放置する。この溶液の700nmの吸収を測定する。ブランクには、フォリン・デニス試薬の代わりに水を加え、同様に測定する。なお、標準物質については、原液を数段階希釈して測定し、標準曲線を作成する。
【0033】
[計算]
試料溶液のO.D.値からブランク値を差し引いた後に、標準曲線から測定値を算出する。一つの試薬について、3個体の測定値の平均値を求める。
【0034】
上記の水溶液は、流動性のある均質な状態を安定に保つために酸性であることが好ましく、pH6以下がさらに好ましい。この際のpH調整は、塩酸、硫酸、硝酸などの酸を適宜選択して使用すればよい。
【0035】
本発明において上記の水溶液を作製するには、ホウ素又はその誘導体とフェノール性水酸基含有化合物さらには水溶性高分子を含有した水溶液でもって一度に調製してもよいが、ダニの増殖抑制効果を有するホウ素又はその誘導体を十分量含有する不織布を得るための均質な紡糸原液を迅速に調製するためには、次の方法で作製するのが好ましい。すなわち、最初に、ホウ素又はその誘導体とフェノール性水酸基含有化合物が溶解した水溶液を調製する。この場合、水溶液の均質性を安定化するために該水溶液のpHは酸性領域であることが好ましく、pH6以下がより好ましい。また該水溶液は両成分を溶解した後にpH調整してもよいが、それぞれの成分の水溶液を予めpH6以下に調整した後に混合して調製するのが好ましい。この際pH調整は、塩酸、硫酸、硝酸などの酸を適宜選択して使用すればよい。次に水溶性高分子を含む水溶液に前述のフェノール性水酸基含有化合物とホウ素又はその誘導体を含有する水溶液を攪拌しながら徐々に添加して均一な混合液を作製し、これを紡糸原液とする。この場合、水溶性高分子を含む水溶液は、塩酸、硫酸、硝酸などの酸を適宜選択して使用し、好ましくはpH6以下の酸性溶液とするのがよい。
【0036】
また、得られる不織布の耐水性を向上させるために、紡糸原液とする水溶液の流動性に影響を及ぼさない範囲で予めクエン酸、リンゴ酸あるいはポリアクリル酸、メチルビニルエーテルーマレイン酸共重合体などの架橋剤を添加しておいてもよい。添加量としては、例えばメチルビニルエーテルーマレイン酸共重合体の場合、PVA1質量あたり少なくも0.005質量以上添加すればよく、必要であれば紡糸後に100℃以上の熱処理をおこなっても良い。
【0037】
本発明の製造方法においては、上記のようにして得られた水溶液を紡糸原液として紡糸を行う。本発明において採用できる防止方法としては、繊維化が可能であれば特に限定されないが、得られる繊維の平均繊維径が10μm以下、好ましくは1μm以下となる防止方法が好ましい。そのような防止方法として、フラッシュ紡糸法、遠心紡糸法、静電紡糸などが挙げられ、これらの中で静電紡糸法が、1μm以下の平均繊維径のものが得やすいことからもっとも好ましい。平均繊維径の下限は特に限定しないが1nm程度が適当である。
【0038】
なお、本発明における繊維径は、不織布の電子顕微鏡写真から測定して得られる繊維の短軸断面における直径を意味し、短軸断面形状が非円形である場合は短軸断面と同じ面積を持つ円の直径を繊維径とする。
【0039】
静電紡糸法で不織布を作製する方法について、図1をもとにさらに説明する。先ず紡糸原液を注射用シリンジに供給し、シリンジ先端に取付けられた金属性ノズルから一定速度で押し出す。ノズル先端から対電極となるターゲットまでの距離は通常5〜20cmの範囲であればよく、またこのノズルとターゲットの間は通常3〜30kVの範囲で電圧を印加すれば、繊維の直径が10μm以下、好ましくは1μm以下の繊維からなる不織布を得ることが出来る。使用するノズルの内径は、紡糸原液から繊維径が10μm以下、好ましくは1μm以下の繊維が得られるのであればいくらでもよく、通常は0.5〜1.5mm程度が好ましい。
【0040】
対極のターゲットは、板状、筒状、ベルト状、網状、不織布、織編物など種々の形状を有し、金属や炭素などからなる導電性材料、有機高分子などからなる非導電性材料などを使用できる。
【0041】
対極のターゲット上に形成された不織布は、減圧乾燥して使用することが出来る。また必要であれば緻密化するためにカレンダー処理、あるいは不織布の耐水性向上を目的に熱処理などの後処理をおこなっても良い。この場合の熱処理温度および処理時間は、フェノール性水酸基含有化合物の物性に影響を及ぼさない範囲でおこなえばよい。
【0042】
上述のようにして紡糸することにより繊維から不織布が形成される。本発明における不織布は、目付5〜100g/m、厚さ10μm〜140μm範囲のものであり、使用される用途により適宜選択すればよい。このようにして得られた不織布がそのままで防虫・抗菌性シートとすることができる。
【0043】
また得られた不織布を、クエン酸、リンゴ酸あるいはポリアクリル酸、メチルビニルエーテルーマレイン酸共重合体などの架橋剤を含む溶液、あるいはグリオキサールやグルタルジアルデヒドなど2個以上のアルデヒドを有する化合物を含む溶液などに浸漬し、その後乾燥して耐水性を付与することができる。そしてこれら架橋剤溶液に浸漬後の乾燥は、架橋反応効率を高めるために防虫・抗菌性シートの防虫抗菌性機能が損なわれない範囲で熱をかけてもよい。
【0044】
また部分ケン化のポリビニルアルコールを使用して作製された不織布の場合には、公知のケン化処理、すなわちメタノール中でアルカリ触媒を用いてケン化処理をおこなって耐水性を向上することもできる。
【0045】
次に、本発明の第一の防虫・抗菌性シートについて説明する。
【0046】
本発明の第一の防虫・抗菌性シートは、例えば上述したような製造方法によって好適に製造されるものである。本発明の防虫・抗菌性シートは、水溶性高分子とホウ素又はその誘導体とフェノール性水酸基含有化合物を含み、該水溶性高分子の少なくとも一部の水酸基にホウ素又はその誘導体の少なくとも一部が単独に、又はフェノール性水酸基含有化合物と複合化して結合している繊維から形成される不織布からなる。
【0047】
本発明の防虫・抗菌性シートにおけるホウ素又はその誘導体の含有量は、水溶性高分子重量に対してホウ素換算で0.5〜20質量%の範囲であればよく、1〜15質量%の範囲がより好ましく、2.5〜10質量%の範囲がさらに好ましい。ホウ素又はその誘導体が0.5質量%未満の場合は、得られた防虫・抗菌性シートの防虫性が十分に発揮されず、また20質量%を超える場合は、紡糸過程において繊維の形成性が悪くなり連続した不織布を得ることが難しい。
【0048】
本発明の防虫・抗菌性シートにおけるフェノール性水酸基含有化合物の含有量は、フェノール性水酸基含有化合物を没食子酸換算で水溶性高分子重量に対して0.05〜10質量%の範囲であればよく、0.1〜8質量%の範囲がより好ましく、0.2〜5質量%の範囲がさらに好ましい。フェノール性水酸基含有化合物の含有量が没食子酸換算で0.05質量%未満の場合は、得られた防虫・抗菌性シートが十分な抗菌性を示さなく、また10質量%を超える場合は、連続した繊維が形成されなくなり繊維形成性に悪影響を及ぼす。
【0049】
本発明の防虫・抗菌性シートにおける水溶性高分子の含有量は、ホウ素又はその誘導体の含有量をホウ素換算で、またフェノール性水酸基含有化合物の含有量を没食子酸換算で見積もった場合、70〜99.45質量%の範囲で示される。
【0050】
本発明の防虫・抗菌性シートである不織布を形成する繊維においては、水溶性高分子の少なくとも一部の水酸基にホウ素又はその誘導体の少なくとも一部が単独に、又はフェノール性水酸基含有化合物と複合化して結合している。これらの結合は、本発明の防虫・抗菌性シートである不織布を形成する繊維が一時的に水に浸漬されても、防虫・抗菌性の機能を消失しない程度に、水溶性高分子の少なくとも一部の水酸基にホウ素又はその誘導体の少なくとも一部が単独に、又はフェノール性水酸基含有化合物と複合化して結合されている。また、ここでいう結合とは配位結合などの非共有的な結合であると推定される。
【0051】
本発明の防虫・抗菌性シートである不織布を形成する繊維は、クエン酸、リンゴ酸あるいはポリアクリル酸、メチルビニルエーテルーマレイン酸共重合体などの架橋剤、あるいはグリオキサールやグルタルジアルデヒドなど2個以上のアルデヒドを有する化合物により架橋されていてもよい。そうすることで不織布に耐水性を付与することができる。
【実施例】
【0052】
次に実施例に基づき本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【0053】
実施例1
蒸留水1Lに柿渋溶液(岩本亀太郎商店製、膜分離精製柿タンニンH−1)を没食子酸換算で濃度600mg/L(3.6mM)になるように添加して後、pHが6になるまで塩酸を加えてタンニン水溶液を調製した。次に八ホウ酸ニナトリウム四水和物(ティンボア(R)、ICI社製)を25g加え、均一な水溶液を得た(TB液)。
【0054】
一方、重合度1730のポリビニルアルコール(ユニチカ(株)製、ケン化度95%)を用い、定法に従ってpH5.3の10wt%ポリビニルアルコール水溶液を調製した(P液)。P液1Lに前述のTB液1Lを攪拌しながら加え、得られた均質な混合液を紡糸原液とした。
【0055】
静電紡糸装置は図1に示した。紡糸原液を含む注射用シリンジ先端には内径0.8mmの金属製ノズルを取り付け、16kVの電圧を印加し、ターゲットまでの距離は15cmで静電紡糸をおこなった。ターゲット基板上に形成され不織布(試料1)の表面を電界放出型走査電子顕微鏡(FE―SEM)で観察した結果を図2に示す。不織布を構成する繊維の平均直径は約200nmであることが確認された。
【0056】
実施例2
蒸留水1Lにミモザから抽出されたタンニン粉末(川村通商(株)製ME)を没食子酸換算で濃度350mg/L(2.1mM)になるように添加して後、pHが6になるまで塩酸を加えてタンニン水溶液を調製した。次に八ホウ酸ニナトリウム四水和物(ティンボア(R)、ICI社製)を20g加え、均一な水溶液を得た(TB液)。
【0057】
一方、重合度1730のポリビニルアルコール(ユニチカ(株)製、ケン化度95%)と重合度600のポリエチレングリコール(和光純薬工業製)が重量比7:3の混合水溶液(10wt%、pH5.3)を調製した(P液)。P液1Lに前述のTB液1Lを攪拌しながら加え、得られた均質な混合液を紡糸原液とした。
【0058】
静電紡糸は実施例1と同様に以下の手順でおこなった。紡糸原液を含む注射用シリンジ先端には内径0.8mmの金属製ノズルを取り付け、15kVの電圧を印加し、ターゲットまでの距離は15cmで静電紡糸をおこなった。ターゲット基板上に形成された不織布(試料2)の表面を電界放出型走査電子顕微鏡(FE―SEM)で観察した結果を図3に示す。不織布を構成する繊維の平均直径は約220nmであることが確認された。
【0059】
実施例1及び2で得られ各不織布を本発明の防虫・抗菌性シートとし、各シートの防虫性、抗菌性を次の方法によって検証した。
【0060】
試験例1〔ダニ増殖抑制評価試験〕
先ず6cm×6cmサイズの各シート(試料1と2)それぞれ4枚を個々のプラスチック製トレー(縦8.5cm×横8.5cm×高さ3cm)の底部中央にセットした。次に密閉可能なプラスチック容器(縦40cm×横40cm×高さ20cm)に飽和食塩水2Lを加え、水面から4.5cmの高さのところにプラスチック製の板を置き、その上に前述のトレーを並べた。この容器を密閉後25±2℃に温度調節された部屋で5日間静置した。
【0061】
次にシートの表面中央部分に生存ヤケヒョウヒダニ約100個体を含むダニ培地500mgをそれぞれ投入した。その後、プラスチック容器を密閉し、相対湿度75±5%、温度25±2℃に制御された暗室で4〜6週間保存した。ダニ培地用飼料は、実験動物用粉末飼料と乾燥酵母を1:1の割合で混合粉砕したものを使用した。
【0062】
各シートは4週間と6週間後に取り出し、次の方法で各トレー中の生存ダニ数を数えた。先ずトレーからダニ培地を全量取り出し、飽和食塩水浮遊法で生存ダニを回収して顕微鏡で観察しながら、培地中の生存ダニ数を計数した。次に各シートとトレーは水洗してダニを分離し、顕微鏡下で生存ダニ数を計数した。この2種類の方法による計測値を合計して全生存ダニ数とした。
【0063】
また実施例1のシートを予め蒸留水に30分間浸漬し、その後乾燥して6cm×6cmサイズに切り出したシート(試料3)4枚を上記のダニ増殖抑制評価試験に供した。またポリビニルアルコールのみからなる不織布シートを比較サンプル(試料4)として試験に供した。
【0064】
表1に各シートのおける全生存ダニ数を示す。試料1および試料2は何れも同じ高いダニ増殖抑制効果が認められ、この効果は繊維シートが水に浸漬した後も消失しないことが確認された。
【0065】
【表1】

【0066】
試験例2〔抗菌性評価試験〕
本試験は、繊維製品の抗菌性試験方法・抗菌効果 JIS L 1902に準拠して実施した。すなわち18×18mmサイズの試料1および試料2に黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureu)IFO12732の試験菌液0.4mL(1.8×10の菌を含む)を接種し、普通ブイヨン培地にて37℃で18時間培養した。その後シートは生理食塩水で洗浄後、10倍希釈系列の混釈平板培地で培養をおこなった。生育したコロニー数から生菌数を計算すると試料1は20個、試料2は28個であった。
【0067】
一方、試料3を用いて上述と同じ方法で培養したところ、生育した生菌数は9.1×10個であった。これら結果から、試料1の静菌活性値は5.7で殺菌活性値は3.0、試料2の静菌活性値は5.5で殺菌活性値は2.8と算出され、いずれの試験試料も高い抗菌性が示された。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の実施例1で用いられた静電紡糸装置の概略図である。
【図2】本発明の実施例1で得られた不織布の電界放出型走査電子顕微鏡写真(FE−SEM)である。
【図3】本発明の実施例2で得られた不織布の電界放出型走査電子顕微鏡写真(FE−SEM)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性高分子とホウ素又はその誘導体とフェノール性水酸基含有化合物を含み、該水溶性高分子の少なくとも一部の水酸基にホウ素又はその誘導体の少なくとも一部が単独に、又はフェノール性水酸基含有化合物と複合化して結合している繊維から形成される不織布からなることを特徴とする防虫・抗菌性シート。
【請求項2】
フェノール性水酸基含有化合物が、タンニンである請求項1記載の防虫・抗菌性シート。
【請求項3】
ホウ素又はその誘導体が、水溶性高分子に対してホウ素換算で0.5〜20質量%含まれている請求項1又は2記載の防虫・抗菌性シート。
【請求項4】
フェノール性水酸基含有化合物が、水溶性高分子に対して没食子酸換算で0.05〜10質量%含まれている請求項1〜3のいずれかに記載の防虫・抗菌性シート。
【請求項5】
不織布を形成する繊維の平均繊維径が、10μm以下である請求項1〜4のいずれかに記載の防虫・抗菌性シート。
【請求項6】
水溶性高分子とホウ素又はその誘導体とフェノール性水酸基含有化合物を含む水溶液を作製し、該水溶液を紡糸原液として紡糸し、不織布を得ることを特徴とする防虫・抗菌性シートの製造方法。
【請求項7】
紡糸原液となる水溶液を酸性に調整する工程を含む請求項6記載の防虫・抗菌性シートの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−19182(P2008−19182A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−190432(P2006−190432)
【出願日】平成18年7月11日(2006.7.11)
【出願人】(000004503)ユニチカ株式会社 (1,214)
【Fターム(参考)】