説明

電子線照射による不活化方法および処理装置

【課題】被処理物の形状および/または被処理物の保持形態によらず、簡便な構成で均一に微生物の不活化処理を行うことができ、電子線を用いているにも関わらず被処理物への電子線に起因したダメージを低減可能な電子線照射による不活化方法および処理装置を提供すること。
【解決手段】本発明の一実施形態に係る、微生物を不活化させる処理装置は、処理室と、処理室内に電子線を照射する電子線照射装置と、処理室内に設けられ、被処理物を保持するための保持部と、保持部に保持された被処理物に対して、電子線によって励起された所定のガスを供給するように構成されたガスノズルとを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線照射による不活化方法および処理装置に関し、より詳細には、被処理物の所定の面(例えば、中空体容器の内側の壁、外側の壁、ある部材(キャップ、板など)の表面など)の微生物を減少させる、電子線照射による不活化方法および処理装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、医薬品、医療器具、食品の梱包に使用される包装材、梱包のための成形品表面に存在する微生物(菌、真菌類、ウイルス等)による感染症等の防止に関する消費者ニーズが高まっており、これら成形品表面の確実な滅菌処理による安全性の確保が必要となっている。
【0003】
公知の表面滅菌方法としては、高圧蒸気滅菌法(オートクレーブ)、エチレンオキサイドガス(EOG)滅菌法、過酸化水素滅菌法、ガンマ線滅菌法などが知られている。
【0004】
しかしながら、オートクレーブ滅菌では熱に弱い樹脂製成形品を処理した場合、熱による変形などの問題が生じ、EOG滅菌ではガス除害処理に長時間を有し、また両者は何れも連続的なインラインの滅菌処理は困難である。ガンマ線滅菌は装置が非常に大型で高コストであり、滅菌処理を実現するための吸収線量を得るために、半日以上というオーダーの処理時間が必要といった課題を抱えている。
【0005】
このような課題を解決する技術として、近年、電子線を中空体の容器へ照射して殺菌処理を実現する方法が提案されている(特許文献1、特許文献2)。
【0006】
図1は、従来の、特許文献3に係る、電子線を被処理物に照射して殺菌する装置の概略図である。
図1において、電子線発生器12は、真空チャンバ12aと、電子線13を放出するためのノズル12bと、真空チャンバ12a内に設けられた電子線発生源12cとを備える。特許文献3では、中空のボトル11の内部を殺菌する際に、ノズル12bをボトル11の中空部に挿入し、電子線発生源12cから電子線13を発生させる。これにより、電子線13がノズル12bからボトル11の内部に照射され、該電子線13によりボトル11の内側の壁の殺菌が行われる。
【0007】
図2は、従来の、特許文献4に係る、電子線を被処理物に照射して殺菌する装置の概略図である。
図2において、樹脂製容器21を殺菌する際、該樹脂製容器21を電子線照射装置22の照射窓22aの前面側を通過させることによって、樹脂製容器21は照射窓22aから照射された電子線23を受けて殺菌される。このとき、樹脂製容器21の中空部に、電子を引き付ける部材としてのアース電極24を挿入することにより、樹脂製容器21の内部に入り込んだ電子による該樹脂製容器21の内部の帯電を防止している。また、帯電防止のために挿入するアース電極24は中空であり、該中空を介しアース電極24の先端に設けられた吹き出し口24aから樹脂製容器21の内部に無菌気体を供給することにより、電子線照射により発生するオゾンを樹脂製容器21の口部21aから押し出して除去し、これと同時に粉塵やチリも同様に除去している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2011−93567号公報
【特許文献2】特開2010−105702号公報
【特許文献3】米国特許第7,759,661号明細書
【特許文献4】特開2011−26000号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1〜4に係る、電子線を被処理物に直接照射することにより、殺菌といった微生物の不活化を行う処理方法では、被処理物への電子線の吸収線量が、被処理物の形状、電子線照射時の被処理物の保持方法(位置関係)、搬送速度(処理時間)によって大きく左右されてしまう。例えば、被処理物の形状によっては、該被処理物の被処理面において、殺菌のために飛来してくる電子線に対して影となってしまう部分が生じてしまう。また、被処理物の保持位置と照射される電子線との位置関係によっても、被処理物の被処理面において上記影となってしまう部分が生じる。このような影となる部分には、電子線が入射しない、ないしは入射量が他よりも低減されてしまう。これにより、被処理物内においても処理にばらつきが生じ、さらに過剰に電子線が照射されて被処理物に電気的、物性的なダメージを与えるといったケースが頻繁にあった。
【0010】
これらに加えて特許文献3に開示された技術では、殺菌処理の際に、ノズル12bをボトル11の内部に挿入しなければならず、ボトル毎にノズル12bの出し入れを行う必要がある。従って、ノズル12bを各ボトル内に挿入し、殺菌の終了後に抜き出す分だけ時間がかかってしまうので、殺菌動作が遅くなってしまう。同様のことが特許文献4に開示された技術についても言える。すなわち、殺菌処理の際にアース電極24を樹脂製容器21の内部に対して出し入れする必要がある。このように、被処理物(ボトルや樹脂製容器)を高速搬送させながら殺菌を行うには、上記ノズル12やアース電極24の出し入れの時間を補償するようにノズル12bやアース電極24の駆動機構を高速駆動するように構成する必要があり、装置の複雑化、コスト増を招いてしまう。
【0011】
また、特許文献3では、電子線13を放出するノズル12bをボトル11の内部に位置させているので、電子線13が作用するのはボトル11の内側の壁に限られるため、ボトル11の外側の壁を電子線13により殺菌するためには、十分な電子線の線量率が必要となる。該十分な線量率を得るためには高加速電圧が必要であり、電子線発生源12cの大型化を招いてしまう。さらに、電子線13の線量率が大きくなると、ボトル11に対して電気的、物理的ダメージを与えることがある。従って、ボトル11の内側であっても、殺菌のレベルを上げる場合(微生物の数をより減少させる場合)には線量率を上げる必要があるが、該線量率を上げるとボトル11の内側の壁などへの電子線によるダメージの発生に繋がってしまう。
【0012】
一方、特許文献4に開示された技術では、樹脂製容器21の外側から電子線23を照射し、該樹脂製容器21を透過させて内側の壁に作用させる必要があるので、電子線23の線量率を十分な値にする必要がある。従って、樹脂製容器21の外側のみならず内側に対しても電子線23にて殺菌を行うためには、十分な線量率を得るために高加速電圧が必要であり、電子線照射装置22が大型化してしまう。
【0013】
また、特許文献4に開示された技術も、電子線23を被処理物である樹脂製容器21に直接照射して殺菌を行っているので、電子線23による樹脂製容器21への電気的、物理的ダメージが懸念される。特に、より強い殺菌を行おうとするほど電子線23による樹脂製容器21へのダメージ発生が起こってしまい、材質劣化の問題が起こってしまう。
【0014】
さらに、特許文献4では、樹脂製容器21の一側面側に電子線照射装置22を配置し、樹脂製容器21の内部にはアース電極24を挿入しているので、アース電極24の、電子線照射装置22と反対側の樹脂製容器21の部分は、アース電極24の影となる。従って、この影となる部分には電子線23が照射されにくい状態となる。よって、特許文献4では、樹脂製容器21に対して一様に殺菌するために、樹脂製容器21を180°回転させて、上記影となる部分が照射窓22aと対向するようにする必要がある。このように、樹脂製容器21を回転させるための機構が必要になるので、装置の複雑化、コスト増に繋がり、さらには、回転させるための時間だけ処理時間も遅くなってしまう。
【0015】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、被処理物の形状および/または被処理物の保持形態によらず、簡便な構成で均一に微生物の不活化処理を行うことができ、電子線を用いているにも関わらず被処理物への電子線に起因したダメージを低減可能な電子線照射による不活化方法および処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
このような目的を達成するために、本発明の一態様は、電子線照射による不活化方法であって、電子線が照射されるように構成された処理室内に被処理物を配置する工程と、前記配置された被処理物に対して、前記処理室内に照射された電子線によって励起された所定のガスを供給する工程とを有することを特徴とする。
また、本発明の第2の態様は、被処理物に付着した微生物の不活化を行うための処理装置であって、処理室と、前記処理室内に電子線を照射する電子線照射装置と、前記処理室内に設けられ、前記被処理物を保持するための保持部と、前記保持部に保持された前記被処理物に対して、前記電子線によって励起された所定のガスを供給するように構成されたガス供給手段とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、被処理物の形状および/または被処理物の保持形態によらず、簡便な構成で均一に微生物の不活化処理を行うことができる。さらには、電子線を用いているにも関わらず被処理物への電子線に起因したダメージを低減可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】従来の、電子線照射を被処理物に照射して殺菌する装置の概略図である。
【図2】従来の、電子線照射を被処理物に照射して殺菌する装置の概略図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る、微生物を不活化させる処理装置の模式図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る、微生物を不活化させる処理装置の模式図である。
【図5】図4のA−A’線断面図である。
【図6】本発明の一実施形態に係る、微生物を不活化させる処理装置の模式図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る、電子線によって励起された所定のガスを発光分光分析により計測した結果を示す図である。
【図8】本発明の一実施形態に係る、微生物を不活化させる処理装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明するが、本発明は本実施形態に限定されるものではない。なお、以下で説明する図面で、同機能を有するものは同一符号を付け、その繰り返しの説明は省略することもある。
【0020】
本発明では、菌類、真菌類、ウイルスといった微生物の不活化を行う際に、電子線によって励起させたガスを被処理物に供給するという単純な機構を設けることで、電子線単独の処理(すなわち、電子線の被処理物への直接照射のみによる処理)よりも大幅に(好ましくは、滅菌レベルで)不活化の効果を向上できるという、従来にない新たな知見を得ている。
【0021】
また、上記の方法を実施することで、電子線を直接照射して不活化を行う従来の方法においては電子線が被処理物表面に直接到達できない部分(例えば、被処理物の形状や被処理物の配置方法等に因り生じる影の部分や、被処理物の電子線が照射される側の面と反対側の面など)の不活化処理が可能であるという知見を得ている。
【0022】
例えば、特許文献3、4に記載されているような従来の方法(図1、2参照)では、電子線が照射される面と反対側の面を殺菌する場合には、電子線の線量率を大きくしなければならず、その分電子線による被処理物へのダメージが生じてしまう。特許文献4に係る図2を用いてより詳細に説明すると、被処理物である樹脂製容器21の外側から電子線23を照射して殺菌を行うので、樹脂製容器21の内側の壁面については電子線23が直接照射されるわけではない。従って、電子線23を樹脂製容器21の内側の壁に作用させて殺菌するためには、高加速電圧により電子線を発生させて電子線23の線量率を大きくし樹脂製容器21を透過させる必要がある。しかしながら、電子線23の線量率を大きくすると該電子線23により樹脂製容器21にダメージを与えてしまうことがある。これに対して本発明は従来のように不活化のために電子線を被処理物に直接照射するものではなく、電子線によって励起されたガスにより不活化処理を行うものであるので、従来技術が抱える被処理物への電子線に起因したダメージ発生という大きな課題を解決することができ、処理の歩留まりを向上することができる。
【0023】
このように本発明の一実施形態は、菌類、真菌類、ウイルスといった微生物が表面に付着する可能性がある被処理物に対して、その被処理物の形状および該被処理物の保持方法によらず、上記微生物を不活化させ(微生物の数を所定の割合まで減少させ(好ましくは、滅菌レベルまで減少させ))、かつ被処理物への電子線起因のダメージを防止ないしは低減させるものである。
【0024】
なお、本発明においては、所定の面に付着したり存在している微生物を不活化させることが重要であり、上記所定の面の形状、所定の面を有する被処理物の形状、および該被処理物の材質は本質ではない。このような被処理物としては、例として、樹脂(プラスチック)成形品、金属成形品、セラミクス成形品などが挙げられる。また、その形状(形態)は、平板状、棒状、円筒状、中空状など特に制約があるわけではない。すなわち、中空体容器、キャップ、平板など、不活化処理の対象となるものであればいずれであっても良い。
【0025】
さて、上述のように、本発明では、微生物を不活化して、不活化処理をする前に存在する微生物の数よりも該微生物の数を減少させることができる。すなわち、本実施形態では、微生物の初発菌数を、所定の割合以下に減少させることができる。このとき、本発明の一実施形態では、上記不活化の程度を、滅菌レベルにすることができる。本明細書において、ある特定の微生物の初発菌数を1/1000000(百万分の一)以下に減少させる行為を「滅菌」として定義する。
【0026】
(第1の実施形態)
本実施形態に係る、微生物を不活化させる処理装置の模式図である。
図3において、微生物を不活化させる処理装置100は、電子線照射装置101と、処理室102とを備える。
【0027】
電子線照射装置101は、電子線を発生する電子線発生部103と、該電子線発生部103で発生した電子線を加速する加速器104と、該加速器104にて加速された電子線を外部に電子線113として出射する照射部105とを有する。上記電子線発生部103は、電子線照射装置101の中央部に位置するターミナル103aと、熱電子を放出するフィラメント103bとを有する。また、照射部105は、電子線発生部103にて発生された電子線を通過させて電子線照射装置101の外部に放出するための開口部105aと、該開口部105a内に設けられ、電子線照射装置101の内部(真空雰囲気)と処理室102の内部(大気雰囲気)とを仕切るが、電子線を通過させるように構成された仕切り部105bを有する。該仕切り部105bの構成材料としては、例えばチタン箔など、電子線照射装置101内の真空雰囲気を維持でき、かつ入射した電子線の少なくとも一部を透過させるものであれば、いずれを用いても良い。
【0028】
処理室102は、電子線を発生させるための電子線照射装置101とは別個に設けられ、該別個に設けられた電子線照射装置101から放出された電子線113が照射され、該電子線113によって励起されたガスを用いて被処理物107に付着した微生物の不活化処理を行う構成である。該処理室102のある壁には開口部112が設けられている。上記照射部105が開口部112に嵌合されることにより、電子線照射装置101と処理室102とが連結され、電子線発生部103から発生した電子線113が仕切り部105bを介して処理室102内に照射される。
【0029】
処理室102の内部には、被処理物107を保持するための保持部106と、保持部106にて保持された被処理物107を電子線113から遮断するように設けられたマスク治具108と、ガス供給源109と、該ガス供給源109に接続され、該ガス供給源109から供給されたガスを放出するガスノズル110とが設けられている。図3において、符号111は、発光分光分析(Optical Emission Spectroscoy:OES)を行うための発光分光分析装置(OES装置)であり、該OES装置111の光受光ファイバーヘッド111aは処理室102の内部に設けられている。
なお、本実施形態では、被処理物107は、中空体容器である。
また、ガス供給源109から供給されガスノズル110から放出されるガスを、「供給ガス」と呼ぶことにする。
【0030】
マスク治具108は、円筒状の金属であり、保持部106にて保持された被処理物107を覆うように設けられている。すなわち、円筒の中空部に保持部106にて保持された被処理物107が位置することになる。このように、マスク治具108が被処理物107の大部分を覆っているので、電子線113の被処理物107への入射を低減することができる。
【0031】
マスク治具108に用いる金属としては、鉛、ステンレス、アルミニウム、チタンなどを用いることができ、処理条件(加速電圧)に応じてその厚さを設定することで電子線の透過、被処理物への照射を阻止ないしは低減することができる。金属製マスク治具の形状としては、上記円筒状に限定されるものではなく、電子線照射装置101から照射される電子線113の被処理物107への入射を遮断ないしは該入射を低減できればいずれの形状であっても良い。例えば、平板状の金属板をマスク治具108として電子線113と被処理物107との間に配置して、被処理物107全体を電子線113から遮蔽してもよいし、マスク治具108を円筒状、半円状として、被処理物107での電子線113の吸収線量を測定しながら電子線113の一部のみを遮蔽する構造としてもよく、目的とする処理に応じて適宜選択することができる。
【0032】
本実施形態では、中空体容器である被処理物107の長手方向とマスク治具108の長手方向とが一致するように、保持部106が被処理物107を保持し、かつマスク治具108が設けられている。従って、マスク治具108の開口面と被処理物107の開口面とが一致しており、被処理物107の開口部がマスク治具108によって覆われていない。従って、後述する励起された所定のガスは、マスク治具108の開口部のみから該マスク治具108の中空部に進入する。このとき、被処理物107の開口面とマスク治具108の開口面とが一致しているので、励起された所定のガスを被処理物107の中空部に効率良く供給することができる。すなわち、被処理物107の開口部から該被処理物107内奥部に向かって励起された供給ガスが供給される。
【0033】
図3において、ガス供給源109およびガスノズル110は、保持部106に保持された被処理物107の開口部およびマスク治具108の開口部と対向する位置に設けられており、矢印方向Pに沿って流れている、ガスノズル110から放出された供給ガスの流れ(気流)に電子線113が入射するように、ガスノズル110は位置決めされている。すなわち、保持部106とガスノズル110との間に電子線113の照射領域が位置し、かつ保持部106に保持された被処理物107が上記電子線113の照射領域中に位置しないように、保持部106およびガスノズル110が設けられている。従って、被処理物107には、ガスノズル110から矢印方向Pに沿って放出された供給ガスであって、電子線113により励起された供給ガスが供給される。なお、本実施形態では、上述のように、電子線113が照射された領域にガスノズル110からガスを吹き付けている。従って、被処理物107には、電子線113によって励起された供給ガスが吹き付けられることになる。また、本実施形態では、処理室102内が大気雰囲気やあるガスの雰囲気である場合は、電子線113により大気雰囲気やあるガスの雰囲気として存在していたガスも励起されても良い。その場合には、ガスノズル110から矢印方向Pに沿って供給ガスが吹き出していることによりガスの流れが形成されているので、上記の過程で励起された雰囲気ガスも励起された供給ガスと共に被処理物107に吹き付けられる。従って、被処理物107には、電子線113によって励起された所定のガスが供給されることになる。
【0034】
本明細書において、「励起された所定のガス」とは、ガスの種類を問わずに、電子線によって励起されたガスを指す。従って、本実施形態では、上述のように供給ガスは電子線113によって励起されるので、該励起された供給ガスは励起された所定のガスに含まれる。また、上述のように雰囲気ガスも電子線113によって励起されても良い。この場合も、励起された雰囲気ガスは励起された所定のガスに含まれる。また、励起された所定のガスは、励起された1種類のガスのみを指すものではなく、励起された2種類以上の混合ガスをも指す。すなわち、励起された所定のガスとは、電子線によって励起された少なくとも1種類以上のガスを含むものである。
【0035】
なお、本実施形態では、マスク治具108を設けているので、被処理物107を電子線113の照射領域内に設けても、電子線113の被処理物107への照射を低減することができる。従って、マスク治具108および被処理物107を電子線113の照射領域内に設けても良い。
【0036】
本実施形態では、被処理物107へのガスを供給するガス供給手段としての、ガス供給源109およびガスノズル110を既存の電子線照射装置に取り付けることができ、経済的に安価に処理装置100を構成することができる。ガスノズル110としては、市販のガス噴出ノズルを用いることができ、被処理物107の形態(物理的形状)に応じて、たとえば、直線上にガスが噴出されるガスノズル、拡散状にガス噴出されるガスノズルを用いることができる。これらガスノズルは上記処理室102内に配置されるため、電子線照射や生成する励起ガスによる経年劣化を避けるため、金属製のものを用いることが好ましいが、例えば、電子線が直接照射されない箇所にガスノズルを配置する方法をとってもよい。
【0037】
また、本実施形態では、ガスノズル110から噴出される供給ガスとして、窒素、酸素、炭酸ガス、過酸化水素ガス、アルゴンガス、水蒸気単体、またはこれらの少なくとも2つ以上を含む混合ガスが好適に用いられるが、これらのガス種が選択される理由としては、ランニングコストが安価ということが挙げられる。本実施形態の不活化処理が行われる処理室102内は通常、大気圧雰囲気若しくはオゾン等の副生成物を処理室102外へ排気するために、大気圧もしくは弱減圧雰囲気に保持されているが、不活化処理を実現するために、処理室102内がこれらのガス種で完全に置換されている必要はない。すなわち、処理室102内の少なくとも一部を上記ガス種で置換すれば良い。例えば、少なくとも、不活化処理を行う際に処理室102内に配置された被処理物107近傍の領域(不活化処理時に被処理物107が配置される位置の近傍)を上記ガス種で置換すれば良い。
さらに、処理室102の圧力が大気圧近傍の圧力であっても良く、例えば若干の陽圧であっても本発明の効果が著しく損なわれるものではない。
【0038】
さらに本実施形態では、被処理物107への励起種等の作用量をモニタリングする方法として、発光分光分析(OES)法を用いることができる。発光分光分析法では、電子線によって励起されたガス種の種類、エネルギー準位を同定することができる。本実施形態の発光分光分析で好適に利用(モニター)される発光励起種としては、窒素第二正帯(second positive band system)に帰属する波長281.4〜497.6nmの範囲のバンドスペクトル(N)、第一負帯(first negative band system)に帰属する329.2〜586.4nmのバンドスペクトル(N)、励起状態の原子状酸素(atomic oxygen:O)に帰属するラインスペクトル(777.4nm)などが挙げられるが、この限りではなく、選択されるガス種、ガス供給量、電子線照射条件(加速電圧等)によって、適宜、選択することができる。
なお、本実施形態におけるOES装置111としては、安価に入手が可能な市販の分光器(測定波長範囲200〜1100nm程度)が好適に利用可能である。
【0039】
次に、本実施形態における不活化処理の動作について説明する。
電子線照射装置101は、電子線発生部103の中央部に位置するターミナル103aのフィラメント103bに電流を流すことにより熱電子を発生させ、該発生した熱電子を加速器104で加速させ、該加速された電子線を電子線発生部103(真空雰囲気)と処理室102(大気雰囲気)とを仕切る窓箔としての仕切り部105bを透過させる。これにより、処理室102内に電子線113が出射される。なお、電子線発生部103はここでは図示しないポンプ等により10−4〜10−5Paの真空に排気・保持されている。一方、処理室102内は大気圧もしくは図示しない排気ドラフトによって弱減圧に保持されている。上述の通り、この処理室102の雰囲気は大気(空気)でも、窒素等の供給ガスの雰囲気に置換された状態でもよく、周囲雰囲気によって本発明の効果が著しく損なわれるものではない。
【0040】
処理室102内に出射した電子線113は、処理室102内の空気などガス分子によって散乱され、そのエネルギーを失いながら図3の紙面下方に向かうが、その途中、処理室102内に設けられたガスノズル110から噴出する供給ガスにそのエネルギーの一部が吸収され、供給ガスの少なくとも一部が励起、イオン化され、さらに活性種が生成される。すなわち、本実施形態では、電子線113の照射領域を横切るように供給ガスが供給され、かつ該横切った供給ガスの流れの先に被処理物107が位置するように、保持部106およびガスノズル110が位置決めされている。従って、ガスノズル110から噴出された供給ガス自体が励起され、励起された供給ガスとなって被処理物107に吹き付けられる(供給される)。
なお、この場合、励起ガスの原料としてガスノズル110から供給されるガスは、経済性(ランニングコスト)を考慮して、連続的に噴出せずに一定期間毎のパルス状(断続的)に噴出させるようにしてもよい。
【0041】
上述のようにして生成された励起された供給ガスが被処理物107に供給されることにより、該被処理物107に付着した微生物の不活化処理を行うことができる。本実施形態では、被処理物107が、中空体容器(例えば、飲料用ボトルや薬品の容器等)であるので、ガスノズル110から被処理物107の開口部(中空体の口部)に向かって供給ガスを噴出することで、励起された供給ガスが被処理物107の内部に供給され、該被処理物107の内表面(内側の壁)を斑なく不活化処理(例えば、滅菌処理)することが可能である。また、被処理物107の開口部側から励起された供給ガスが吹き付けられているが、これらはガスであるので被処理物107の外側にも漂うことになる。従って、被処理物107の外表面(外側の壁)についても励起された供給ガスを作用させることができ、外表面における不活化処理をも行うことができる。
【0042】
さて、上記不活化処理が実現できる理由としては、供給ガス(あるいは雰囲気ガス)が電子線によって励起状態となり、様々な活性種を生成、これら活性種が微生物の不活化に有効であることが挙げられる。
【0043】
励起状態のガスとしては、例えば、窒素励起種(N*)、窒素イオン(N)が、活性種としては酸素ラジカル(O・)、水酸化ラジカル(OH・)、一酸化窒素ラジカル(NO・)といった酸化性活性種の生成が発光分光分析法によって確認されており、さらにこれら励起種、活性種と気体原子、分子との反応によって、副生成物としてオゾン(O)、窒素酸化物(NOx)、一酸化炭素(CO)などの生成が確認されている。
【0044】
上記のような生成物の存在を考慮すると、酸素分子への電子付着によってスーパーオキシドアニオン(O)、電子衝突励起によって励起一重項酸素分子()といった高酸化性ガスが生成されていることが予想され、また、生成した励起種がさらに周囲のガス原子、分子にエネルギーを付与し、新たな活性種を生成するといった気相化学反応が進行しているものと推察される。
【0045】
これら励起種、イオン化されたガス体、活性種が各々単体ではなく、複合してシナジー的に作用することで、微生物が不活化に至ると考えられる。
【0046】
これらのガス体を生成するにあたっては、電子線を50kVから500kVまでの範囲内の加速電圧で発生させて、供給ガスに照射することが好ましい。加速電圧が50kV未満であると、電子線発生部103(真空雰囲気)と処理室102(大気雰囲気)とを仕切る、チタンなどの金属箔である仕切り部105bを電子線が透過することができずに、被処理物107に吹き付けられるガスを十分に励起することができなくなる恐れがある。一方、加速電圧が500kVを超えるとその電圧を発生させるための高圧トランス電源、絶縁部材等が大型となってしまい、装置のイニシャルコストが上がってしまう。
【0047】
なお、供給ガスとして使用するガス種によってその励起エネルギーはそれぞれ異なるが、概ね5eV以上のエネルギーを有する電子線113がガスノズル110から噴出されるガス分子に衝突するような構成、条件とすればよい。このため、上記範囲の加速電圧で電子線を発生させることで、必然的にその目的を達成することができ、励起種、イオン種、活性種を生成して、被処理物107に作用することが可能となる。
ここで、本明細書において、「励起されたガス(例えば、励起された所定のガス、励起された供給ガス、励起された雰囲気ガスなど)」とは、上記励起種、イオン種、および活性種の少なくとも1つを含むものを指す。
【0048】
本実施形態においては、上述のように処理室102内の雰囲気は大気(空気)または特定のガス雰囲気(例えば、供給ガス)に置換した状態の何れでも、用途に応じて適宜、選択実施することができる。前者大気(空気)雰囲気の場合、噴出ガスのみならず、空気も励起されて、噴出ガスに巻き込まれて被処理物107に吹き付けられ、被処理物107表面の不活化処理(例えば、滅菌処理)が可能である。また、後者の特定のガス雰囲気(例えば、供給ガス雰囲気)の場合、所望の不活化処理(例えば、滅菌処理)に応じて、適宜、雰囲気を制御して、例えば、雰囲気置換ガスと供給ガス(励起ガス)とを同一とすることで、純粋な供給ガスの励起ガスを被処理物107に作用させることができる。一方、雰囲気置換ガスには窒素、供給ガスには酸素といったように、異なる種類を選択することで、電子線113の空間中での散乱、エネルギーロスを抑え、供給ガスの励起を効率的に行うことができ、不活化の効果を向上させることができる。
【0049】
このように、本実施形態では、被処理物に電子線を直接照射し、該被処理物に直接照射された電子線の作用によって不活化を行っているわけではなく、電子線113により励起された所定のガスを供給することにより不活化を行っている。従って、供給ガスの気流方向(図3の矢印方向P)に対して影となる領域があったとしても、励起された所定のガスはその領域に回りこんで入射することができる。従って、被処理物107を回転させるなどして上記影となる領域を矢印方向Pに沿った気流に晒さなくても、被処理物107の所定の面について不活化を行うことができる。従って、被処理物107の形状や保持方法によらず、被処理物107に対して均一に微生物を不活化することができる。
【0050】
また、本実施形態では、微生物の不活化のために被処理物107に入射するのは電子線ではなく、励起された所定のガスであるので、被処理物107への電気的、物理的ダメージを軽減することができる。
【0051】
また、本実施形態では、電子線113を、従来のように直接被処理物107に入射して不活化を行うために用いておらず、あくまで供給ガス(あるいは、雰囲気ガス)を励起するために用いている。従って、本実施形態では、より強い殺菌、滅菌のため、および/または、電子線を被処理物107の壁面を透過させるために電子線の線量率を大きくするという概念は存在しておらず、加速電圧を大きくする必要は無い。すなわち、低加速電圧であっても、被処理物107に対して良好な不活化処理を施すことができる。よって、電子線照射装置101の大型化を回避することができる。また、電子線113の線量率を小さくしても、十分に高品位な不活化処理を行うことができ、その程度も滅菌レベルまで向上させることができる。従って、電子線113の線量率を小さくすれば、仮に電子線113が被処理物107に入射しても、従来で問題になるほどのダメージを与えることも無い。
【0052】
また、本実施形態では、何かしらのガスに電子線を照射して、不活化に寄与する励起された所定のガスを生成している。従って、ガスが存在しそこに電子線が入射しさえすれば、不活化に寄与するもの、すなわち励起された所定のガスを生成することができる。処理室102内に放出された供給ガスは、気体であるので、処理室102内で拡散する。従って、不活性化に寄与するものを生成するための励起空間を規定するための物理的な部材(例えば、電極等)を設ける必要がなく、上記励起空間を広く取ることができる。すなわち、処理室102内のガスが存在する領域であればいずれの領域を励起空間とすることができる。
【0053】
また、本実施形態では、電子線113によって励起された所定のガスを生成しているので、ラジカル密度を大きくすることができる。すなわち、電子線113によりガスを励起しているので、励起エネルギーを例えば150eVとすることもできる。このように電子エネルギーをガスの励起、イオン化断面積のエネルギー程度に設定することにより、励起された所定のガスの不活化に寄与する因子(励起種、イオン種、活性種など))の密度を多くすることができる。よって、不活化のレベルを滅菌レベルまで高めることができる。
【0054】
さらに、本実施形態では、マスク治具108を設けているので、電子線113の被処理物107への入射を防止ないしは低減することができる。従って、例えば、被処理物107が電子線によって構造が崩壊するような樹脂成形品等である場合であっても、被処理物107の崩壊、変形等を抑制して不活化処理を行うことができる。
【0055】
なお、本発明は、被処理物107を電子線113に晒さないことを本質とするものではなく、被処理物107を電子線113によって励起されたガスに晒すことが本質である。そして、上述のように、本実施形態では、電子線に対する加速電圧を低くしても良く、電子線113の線量率を低くしても、十分に滅菌レベルの不活化を行うことができる。従って、このような線量率が低い電子線であれば、仮に被処理物107に入射しても該電子線に起因するダメージを小さくすることができる。よって、例えば、電子線113の線量率が低い場合であれば、処理室102内における被処理物107の配置が被処理物107に電子線113が入射するような形態であっても良いことは言うまでも無い。
【0056】
また、本実施形態では、保持部106を固定しているが、保持部106を、駆動機構を設ける等してガスノズル110の方に向かって移動可能に構成しても良い。また、マスク治具108についても、駆動機構を設ける等して、保持部106と同期してガスノズル110の方に向かって移動可能に構成しても良い。
さらに本実施形態によれば、被処理物107を電子線113の直接作用しない領域に搬送しながら、電子線113で励起されたガスのみを吹付けて処理を行う構成を採用することもできる。この場合、被処理物107に電子線113が作用せず、劣化の懸念はないため、そもそもマスク治具108は不要となる。
【0057】
(第2の実施形態)
第1の実施形態では、電子線が照射された領域に供給ガスを吹き付け、該供給ガスを励起してから被処理物に供給している。本実施形態では、電子線が照射される領域にもともと存在する雰囲気ガスを該電子線によって励起し、該励起された雰囲気ガスを供給ガスによって被処理物へと供給する。すなわち、本実施形態では、供給ガスは、励起された雰囲気ガスを被処理物へと供給するための、ある意味キャリアとして機能する。
このため、供給ガスとしては、上記の例えば、窒素励起種(N*)、窒素イオン(N)、活性種としては酸素ラジカル(O・)、水酸化ラジカル(OH・)、一酸化窒素ラジカル(NO・)といった酸化性活性種を生成しないガスでもよく、例えば、化学的には不活性なアルゴンガスなどを上記キャリアガスとして使用して、周囲雰囲気(電子線で励起されたガス)を被処理物へ供給する構成とすることも可能である。
【0058】
図4において、符号201は、ガス供給部であり、金属製のパイプにガス噴出孔がガス供給口202として3箇所に形成されている。該ガス供給部201はガス供給源109に接続されており、ガス供給口202から供給ガスを放出する。また、符号204は、被処理物107を保持するための保持部であり、被処理物107の開口部が図4の紙面上側に位置するように被処理部107を保持する。
【0059】
本実施形態では、ガス供給部201および保持部204は一体となっており、保持部204は、不図示の駆動機構に接続されている。不図示の制御装置からの駆動コマンドにより上記駆動機構が駆動することにより、保持部204および該保持部204に一体に形成されたガス供給部201は、矢印方向Qに沿って適宜移動する。すなわち、本実施形態では、上記制御装置は、処理室102内の雰囲気ガスが電子線113により励起された後に、ガス供給口202から供給ガス203を噴出させながら、保持部204およびガス供給部201を励起空間205内に移動させるように、上記駆動機構を制御する。
【0060】
図5は、図4のA−A’線断面図である。
図5に示されるように、ガス供給口202から被処理物107の開口部に向かって放出供給ガス203が放出される(図中、矢印で図示)。よって、ガス供給口202から放出された供給ガス203は被処理物107の開口部から被処理物107の中空部内へと進む。本実施形態では、供給ガス203の気流が、後述する励起された雰囲気ガスを巻き込んで被処理物107へと該励起された雰囲気ガスを供給する。
【0061】
次に、本実施形態における不活化処理の動作について説明する。
本実施形態では、処理室102内には所定の雰囲気ガスが存在している。従って、図4に示すように、電子線照射装置101から照射された電子線113は、電子線113の照射領域に存在する雰囲気ガスを励起し、励起された雰囲気ガスを含む励起空間205を形成する。すなわち、電子線照射装置101は、処理室102内に電子線113を照射して、該処理室102内に励起空間205を形成する。
【0062】
次いで、上記駆動機構が駆動することにより、保持部204は矢印方向Qに沿って移動する。このとき、ガス供給口202から供給ガス203が放出される。従って、供給ガス203をガス供給口202から放出しながら、保持部204は移動する。
【0063】
上記保持部204に保持された被処理物107が励起空間205内に進入すると、ガス供給口202から被処理物107の開口部に向かって流れている供給ガス203により、励起された所定のガスとしての励起された雰囲気ガスが被処理物107に供給される。このようにして供給された励起された雰囲気ガスにより、被処理物107の不活化処理が行われる。
【0064】
本実施形態では、電子線113の線量率を低く設定しているので、保持部204が励起空間205に進入し、電子線113が被処理物107に入射しても、被処理物107へのダメージを低減することができる。また、被処理物107の開口部を覆うようにマスク治具を配置しても良い。この場合は、マスク治具を保持部204と一体に形成するなどして、マスク治具が保持部204と同期して移動するように該マスク治具を構成すれば良い。
【0065】
(第3の実施形態)
本実施形態では、電子線によって励起された所定のガスの被処理物への供給を、電子線が照射されている雰囲気ガスと被処理物との温度勾配、または電子線が照射されている雰囲気ガスと被処理物近傍(被処理物が中空体容器である場合は、中空状の被処理物の空洞内の雰囲気)の電子線によって励起された所定のガスの濃度勾配を用いて行う。
【0066】
図8は、本実施形態に係る、温度勾配を用いて微生物を不活化させる処理装置の模式図である。
図8において、電子線113が照射される空間である励起空間205内に、電子線が照射されると発熱する金属片301が配置されている。該金属片301は、電子線照射窓としての仕切り部105bの直下に設けられることが好ましい。このような構成において、電子線113が金属片301に照射されると、該金属片301は発熱する。該発熱により金属片301が被処理物107よりも高温になることで、励起空間205に存在する、電子線113が照射されている雰囲気ガスから被処理物107に向かって温度が低くなるような温度勾配が形成される。よって、該温度勾配により、被処理物107よりも高温である励起空間205に存在する電子線により励起された所定のガスは、自動的に被処理物107に供給される。
【0067】
本実施形態では、不活化処理時に、被処理物107を、励起空間205の近傍に位置させることが好ましい。本発明では、電子線によって励起された所定のガスを被処理物に作用させることが重要であり、本実施形態では、電子線113が照射される領域において所定のガスが励起され、電子線113により励起された所定のガスが生成される。本実施形態における、“電子線113が照射される領域の近傍(励起空間205の近傍)”とは、電子線113によって励起された所定のガスが励起状態を保ったまま、励起空間205から被処理物107に到達できる距離を指す。
【0068】
また、本実施形態では、不活化処理時に、被処理物107を励起空間205内に位置させても良い。励起空間205内に被処理物107を位置させる場合は、電子線113の線量率を低く設定することにより、電子線113による被処理物107へのダメージを低減することができる。また、励起空間205内に被処理物107を位置させる形態としては、例えば、保持部106を励起空間205側へと移動させることにより、被処理物107を、励起空間205中に移動させればよい。
【0069】
このように、本実施形態によれば、電子線113が照射されると発熱する金属片301を電子線113が照射される領域内に設けているので、不活化処理に用いる励起ガスの生成のための電子線113を流用して、電子線113によって励起された所定のガスの供給を行わせるための温度勾配を形成することができる。すなわち、電子線113により、電子線113によって励起された所定のガスの生成と、該励起ガスの被処理物107への供給のための温度勾配の形成とを同時に実現することができる。
【0070】
また、上記温度勾配形成のための他の例としては、励起空間205の、被処理物107と反対側にヒータを設ける形態であっても良い。この形態の場合は、電子線113が照射される領域から外れた場所であって、励起空間205の、被処理物107と対向する場所にヒータが設けられる。該ヒータにより、励起空間205内の、電子線113によって励起された所定のガスが熱せられて、被処理物107よりも高温になる。これにより、上記温度勾配が形成されることになる。
【0071】
さらに、上記温度勾配形成のための更なる他の例としては、被処理物107を冷却するための冷却装置を処理室102内に設けても良い。この場合は、該冷却装置により予め被処理物107を、励起空間205内に存在する、電子線113によって励起された所定のガスよりも低温、好ましくは10℃以上低い温度に保持しておく。これにより、被処理物107が電子線113の照射されている雰囲気ガスよりも温度が低い上記温度勾配が形成される。
【0072】
また、上述の電子線によって励起された所定のガスの濃度勾配を用いた方法の一例としては、まずは処理室102内に予め雰囲気ガスを充満させておく。次いで、電子線113を照射して、電子線113によって励起された高濃度の所定のガスを生成する。この状態で、処理室102内に、中空状の被処理物107を搬入する。このとき、予め処理室102に存在していた、高濃度の、電子線113によって励起された所定のガスの方が、被処理物107の中空部(空洞)の雰囲気よりも高エネルギー状態であるので、励起空間205の方が被処理物107の中空部よりも濃度が高い、電子線113によって励起されたガスの濃度勾配が形成される。よって、該濃度勾配により、電子線113によって励起された所定のガスは、低エネルギー側(被処理物107の中空部内)へ拡散することになる。これにより、上記電子線113によって励起された所定のガスは、被処理物107へと供給される。
【0073】
濃度勾配を用いる形態においても、不活化処理の際には、被処理物107を励起空間205近傍、または被処理物107を励起空間205内に位置させることが好ましい。
【0074】
本実施形態に係る温度勾配や濃度勾配の方法を、第1および第2の実施形態にて説明した被処理物に向かってガスを吹き付ける構成と併用することにより、不活化の効果をさらに向上させることができる。
【0075】
(実施例)
第2の実施形態の構成により、滅菌評価を行った。
電子線照射装置101では、フィラメント103bとターミナル103aに形成されたグリッドとの間、および該グリットと窓箔としての仕切り部105bとの間にそれぞれ図示しない高圧電源が接続されており、50kVから500kVまでの範囲で加速電圧が印加されて、電子線が加速される。このような加速電圧範囲とすることで、電子線113の照射領域に存在する雰囲気ガスを十分励起でき、確実な滅菌処理が実現できる。
【0076】
本実施例の試験では、電子線照射装置101として岩崎電気製の電子線処理装置、型式EC300/30/30mAを用い、被処理物107としてポリエチレンテレフタレート製の中空体容器(プリフォーム)を準備した。そして、被処理物107の内表面全域に滅菌評価のための生物インジケータ(biological indicator)として、黒カビ(Aspergillus niger)胞子を10個スプレー塗布、乾燥させた。
【0077】
(第1の実施例)
第1の実施例の処理方法としては、図4の概略図に示すように被処理物107である中空体容器を開口部が上方にくるように縦置きで保持部204に並べて設置した。そして、保持部204と一体型のガス供給部201から窒素ガスもしくは空気を供給ガス203として流量25リットル/分で噴出させながら、加速電圧150kV、ビーム電流25.4mAの電子線113を発生させて励起空間205を形成した。この状態で、供給ガス203を被処理物107の内表面に吹き付けながら、保持部204全体を10m/分の速度で矢印方向Qに移動して被処理物107を励起空間205内に進入させ、該進入後に矢印方向Qと反対側に移動させて、保持部204を一往復させた。なお、処理室102内は大気雰囲気であった。
【0078】
処理後、被処理物107内表面に付着した黒カビ胞子を滅菌綿棒で擦り取り、胞子の凝集を防ぐ目的で界面活性剤を加えた滅菌水中入り試験管に綿棒を回収し、振動ミキサーでよく攪拌して黒カビ胞子を溶出させたものを縣濁液とした。その縣濁液を必要に応じ段階希釈し、寒天平板混釈法にて生菌数を判定して滅菌可否の判定を行った。培地にはPDA(ポテトデキストロース寒天培地)を用い、培養は25℃の恒温槽で3日間培養した。
【0079】
ガス噴出のみで黒カビ胞子が被処理物107である容器内表面から剥離、飛散しているかどうかを調べる目的で、第1の比較例として、電子線113を発生させずに、供給ガス203のみを噴出し、被処理物107の内部へ吹き付けて、処理を行い、上記手順で黒カビ胞子を培養、生菌数を評価した。
【0080】
第2の比較例として、供給ガス203の供給を行わず、加速電圧150kV、ビーム電流25.4mAの電子線113のみを発生させ、電子線113にて励起空間205を形成し、黒カビ胞子の生菌数を評価した。
【0081】
表1に第1の実施例、第1の比較例、および第2の比較例のキルレート結果をまとめた。なお、本明細書において、「キルレート」とは、微生物の数の対数減少率を表し、キルレート=Log10(初発菌数÷減少後の生菌数)であって、初発菌数に対する減少後の菌数の割合の桁数を示す。従って、例えば、キルレートが「6」である場合は、生菌数が1/10に減少したことを示す。
【0082】
【表1】

【0083】
表1から分かるように、第1の実施例である電子線113および供給ガス203を用いて処理を行った場合、供給ガスとして窒素、空気何れを用いた場合においても、キルレートが6.0以上、すなわち、初発の黒カビ胞子数10の桁数が6桁以上減少しており、滅菌処理を実現できていることが判明した。一方、第1の比較例の供給ガスのみを照射した場合においては、初発菌数と比較して菌数の減少は認められなかった。この結果より、ガス吹きつけのみではカビ胞子の剥離、飛散はないことが実証された。また、第2の比較例の電子線照射のみでは、キルレートが1.8と若干の殺菌効果は認められたものの、キルレートが6以上となる滅菌処理は不可であった。
【0084】
以上の結果を考察するために、電子線113発生中の被処理物107としての中空体容器内部へ吹き付けられるガス(励起された所定のガス)の励起状態(発光励起種の有無)を、市販の発光分光分析器(オーシャンフォトニクス製Maya2000Pro)をOES装置111として用いてモニタリングした。
【0085】
計測結果を図7に示す。
図7の計測結果より、窒素第二正帯(second positive band system)に帰属する波長281.4〜497.6nmの範囲のバンドスペクトル(図中、Nと表示)、第一負帯(first negative band system)に帰属する波長391.4nmのスペクトル(図中、Nと表示)、原子状酸素(777.4nm)のピークが確認でき、励起、イオン化された窒素分子や原子状酸素が、被処理物107近傍で生成されていることが確認できた。また、これらの励起種は数マイクロ秒以内に失活(下準位に遷移)することが知られており、ガスの流れにのって被処理物107の最深部(底部)までは到達していないことが推測されるが、別のガス原子・分子にエネルギーを転化して、非発光の励起種、活性種が生成されて、黒かび胞子表面に作用し、不活化(滅菌)されているものと考えられる。
【0086】
この根拠として、被処理物107の容器底部から生成ガスを北川式検知管でサンプリングした結果、オゾン(O)が約80ppm、一酸化窒素(NO)が約300ppm生成していることが判明しており、原子状酸素(O)や励起一重項酸素(O)など多様な活性種が生成、滅菌効果に寄与していることが示唆された。
【0087】
(第2の実施例)
第2の実施例の処理方法としては、図3に示したような構成を用いた。被処理物107および電子線発生条件等は第1の実施例と同様である。しかしながら、被処理物107の保持姿勢を該被処理物107の開口部が図3の紙面右方向となるよう横向きに配置し、さらに被処理物107の開口部以外の面をステンレス製の金属板マスク治具108で覆って電子線113の直接照射を遮蔽してガスノズル110の方向へ搬送し処理を行った。ガスノズル110から噴出される供給ガスは窒素、空気を用い、各々供給流量25リットル/分とした。
【0088】
第3の比較例として、電子線113を発生させずに、ガスノズル110から供給ガスのみを噴出し、被処理物107の内部へ吹き付けた。
【0089】
本実施例、および第3の比較例のキルレート結果を表2にまとめた。
【0090】
【表2】

【0091】
表2から分かるように、供給ガスとして何れのガス種においても、キルレートが6.0以上と滅菌処理が行われていることが判明した。
【0092】
以上の結果より、本発明のような処理方法、装置構成においては、安価なガスを吹き付けるだけで被処理物表面の連続的な滅菌処理を確実とすることができるため、従来の滅菌処理法と比較して工業的に大きな優位性がある。さらに本発明の方法によって、直接的な電子線照射による被処理物表面のダメージを低減することができるため、処理の歩留まりを向上させることができ、経済的にも有利である。
【符号の説明】
【0093】
101 電子線照射装置
102 処理室
105b 仕切り部
106、204 保持部
107 被処理部
108 マスク治具
109 ガス供給源
110 ガスノズル
111 OES装置
113 電子線
201 ガス供給部
202 ガス供給口
205 励起空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線が照射されるように構成された処理室内に被処理物を配置する工程と、
前記配置された被処理物に対して、前記処理室内に照射された電子線によって励起された所定のガスを供給する工程と
を有することを特徴とする電子線照射による不活化方法。
【請求項2】
前記供給する工程は、
前記処理室内に電子線を照射する工程と、
ガス供給手段から前記配置された被処理物に向かってガスを吹き付ける工程であって、前記電子線が照射されている領域を通過するように前記ガスを吹き付ける工程とを有し、
前記励起された所定のガスは、前記電子線が照射されている領域を通過することにより該電子線によって励起された前記吹き付けられたガスを含むことを特徴とする請求項1に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項3】
前記処理室内には所定の雰囲気ガスが存在しており、
前記供給する工程は、
前記処理室内に電子線を照射して、該電子線が照射される領域の前記雰囲気ガスを励起する工程と、
前記配置された被処理物に対してガス供給手段によりガスを吹き付けながら、該被処理物を前記励起された雰囲気ガス中に移動させる工程と
を有することを特徴とする請求項1に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項4】
前記ガスは、窒素、酸素、炭酸ガス、過酸化水素ガス、アルゴンガス、水蒸気単体、またはこれらの少なくとも2つ以上を含む混合ガスであることを特徴とする請求項2に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項5】
前記ガスは、窒素、酸素、炭酸ガス、過酸化水素ガス、アルゴンガス、水蒸気単体、またはこれらの少なくとも2つ以上を含む混合ガスであることを特徴とする請求項3に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項6】
少なくとも、前記処理室内の前記配置された被処理物近傍を、前記電子線の照射の前に予め、前記ガスで置換しておくことを特徴とする請求項2に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項7】
少なくとも、前記処理室内の前記配置された被処理物近傍を、前記電子線の照射の前に予め、前記ガスで置換しておくことを特徴とする請求項3に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項8】
前記被処理物は、中空状の容器であり、
前記ガスの吹き付けは、前記中空状の容器である被処理物の開口部から該被処理物内奥部に向かって行われることを特徴とする請求項2に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項9】
前記被処理物は、中空状の容器であり、
前記ガスの吹き付けは、前記中空状の容器である被処理物の開口部から該被処理物内奥部に向かって行われることを特徴とする請求項3に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項10】
前記処理室内には所定の雰囲気ガスが存在しており、
前記供給する工程は、
前記処理室内に電子線を照射して、該電子線が照射される領域の前記雰囲気ガスを励起する工程と、
前記電子線が照射されている雰囲気ガスと前記配置された被処理物との温度勾配、または前記電子線が照射されている雰囲気ガスと前記配置された被処理物近傍の、前記電子線によって励起された所定のガスの濃度勾配を形成する工程とを有し、
前記温度勾配、または前記濃度勾配により、前記電子線によって励起された所定のガスを前記配置された被処理物に供給することを特徴とする請求項1に記載の不活化方法。
【請求項11】
前記供給する工程は、前記被処理物を前記励起された雰囲気ガス中に移動させながら、前記温度勾配、または前記濃度勾配により、前記電子線によって励起された所定のガスを前記配置された被処理物に供給することを特徴とする請求項10に記載の不活化方法。
【請求項12】
前記電子線を50kVから500kVまでの範囲内の加速電圧で発生させることを特徴とする請求項1に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項13】
前記処理室内が大気圧近傍圧力であることを特徴とする請求項1に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項14】
前記電子線が前記被処理物に直接照射されないように、該被処理物の少なくとも一部を金属製遮蔽体で包囲することを特徴とする請求項1に記載の電子線照射による不活化方法。
【請求項15】
被処理物に付着した微生物の不活化を行うための処理装置であって、
処理室と、
前記処理室内に電子線を照射する電子線照射装置と、
前記処理室内に設けられ、前記被処理物を保持するための保持部と、
前記保持部に保持された前記被処理物に対して、前記電子線によって励起された所定のガスを供給するように構成されたガス供給手段と
を備えることを特徴とする処理装置。
【請求項16】
前記ガス供給手段は、前記保持部に保持された前記被処理物にガスを吹き付けるように設けられたガス供給部を有し、
前記保持部と前記ガス供給部との間に、前記電子線が照射されることを特徴とする請求項15に記載の処理装置。
【請求項17】
前記保持部は、移動可能に構成されており、
前記ガス供給手段は、前記保持部と同じように移動するように構成され、前記保持部に保持された被処理物に向かってガスを吹き付けるように設けられたガス供給部を有し、
前記処理装置は、前記処理室内において、前記電子線により該処理室内の雰囲気ガスが励起された後に、前記ガス供給部から前記ガスの吹き付けを行いながら前記保持部および前記ガス供給部を前記励起された雰囲気ガス中へと移動させるように構成されていることを特徴とする請求項15に記載の処理装置。
【請求項18】
前記ガスは、窒素、酸素、炭酸ガス、過酸化水素ガス、アルゴンガス、水蒸気単体、またはこれらの少なくとも2つ以上を含む混合ガスであることを特徴とする請求項16に記載の処理装置。
【請求項19】
前記ガスは、窒素、酸素、炭酸ガス、過酸化水素ガス、アルゴンガス、水蒸気単体、またはこれらの少なくとも2つ以上を含む混合ガスであることを特徴とする請求項17に記載の処理装置。
【請求項20】
前記被処理物は、中空状の容器であり、
前記保持部は、前記中空状の容器である被処理物の開口部から該被処理物内奥部に向かって前記ガスが吹き付けられるように前記被処理物を保持するように構成されていることを特徴とする請求項16に記載の処理装置。
【請求項21】
前記被処理物は、中空状の容器であり、
前記保持部は、前記中空状の容器である被処理物の開口部から該被処理物内奥部に向かって前記ガスが吹き付けられるように前記被処理物を保持するように構成されていることを特徴とする請求項17に記載の処理装置。
【請求項22】
前記電子線照射装置は、前記電子線を50kVから500kVまでの範囲内の加速電圧で発生させることを特徴とする請求項15に記載の処理装置。
【請求項23】
前記電子線が前記被処理物に直接照射されないように、該被処理物の少なくとも一部を包囲した金属製遮蔽体をさらに備えることを特徴とする請求項15に記載の処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−99521(P2013−99521A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−226548(P2012−226548)
【出願日】平成24年10月12日(2012.10.12)
【出願人】(000180298)四国化工機株式会社 (44)
【出願人】(000000192)岩崎電気株式会社 (533)
【Fターム(参考)】