説明

電子線照射装置

【課題】直径100μm以下の微小領域において、溶接、融合、焼鈍などの熱処理を行うことができる電子線照射装置を提供する。
【解決手段】タングステンフィラメントからなる電子源1と、ポールピース3を有する集束レンズ2と、対物レンズ6とを備えた電子線照射装置において、ポールピース3の上部ポールピース31における上部通過孔31a、下部通過孔33aの直径を4mm以上として、電子線の電流値を高める。被照射体に照射される電子線の電流値を、直径100μm以下の照射領域において1nA以上とすることによって、100μm以下の微小な領域において、溶接、融合、焼鈍などの熱処理を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直径100μm以下の微小領域における熱処理が実現可能な電子線照射装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の電子ビーム溶接装置は、電子ビームの加速によりビームエネルギーを増加させ、また電子ビームの集束によりビームエネルギーを集中させて、エネルギ密度の高い溶接、すなわち、熱影響部が狭く溶融深さが深い溶接を行うことができるという利点がある。しかしながら、この電子ビーム溶接においては、直径100μm以下の微小円形領域における溶接等の熱処理を行うことはできない。
【0003】
一方、電子線照射装置の一つである走査電子顕微鏡は、電子源から放出させた電子を試料表面に衝突させて、そこから反射してくる反射電子、或いは放出される二次電子を補足して表示装置を通して、直径100μm以下の円形領域のみならず、1μm以下の微小円形領域をも観察することができる。しかしながら、従来の走査電子顕微鏡においては電流値が10pA(1pAは10−12A)程度の低電流であったので、電流値が不足して100μmはおろか直径1μm以下の微小円形領域においても、溶接、融合、焼鈍などの熱処理を行うことはできなかった。
【特許文献1】特開平06−39561号公報
【特許文献2】特開2005−93106号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記した従来の問題点に鑑み、直径100μm以下の微小領域において、溶接、融合、焼鈍などの熱処理を行うことができる電子線照射装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するためになされた本発明に係る電子線照射装置は、タングステンフィラメントからなる電子源と、ポールピースを有する集束レンズと、対物レンズとを備えた電子線照射装置において、ポールピースの内径を4mm以上としたことを特徴とするものである。
【0006】
なお、上記した発明において、被照射体に照射される電子線の電流値を、直径100μm以下の照射領域において1nA(1nAは、10pA)以上とするのが望ましい。
【発明の効果】
【0007】
請求項1に係る発明は、従来は3mm程度であったポールピースの内径を4mm以上と大きくしたので、10pA程度であった電流値を100倍以上大きくすることができた。
請求項2に係る発明は、電子線の電流値を直径100μm以下の照射領域において電子線の電流値を1nA以上としたので、被照射体の微小領域における溶接、融合等の処理を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に、本発明を詳細に説明する。
図1は、本発明の電子線照射装置を示す図であって、主要構造は通常の走査電子顕微鏡と大きく変わるところはない。すなわち、1は電子源であって、この電子源1はタングステンフィラメントよりなる。また、2は集束レンズであって、この集束レンズ2は、ポールピース3を備え、その外周にコイル21が配置されている。ポールピース3は、上部ポールピース31と、中ポールピース32と、下部ポールピース33との3つからなる。ポールピース3の内部には、光軸に沿って電子の通過孔が形成されている。すなわち、上部ポールピース31には上部通過孔31aが、中ポールピース32には中通過孔32aが、下部ポールピース33には下部通過孔33aが形成されている。上部通過孔31aは電子源1の直下であるので、中通過孔32aよりも小径に形成されている。従来の電子顕微鏡においては、上部通過孔31a、下部通過孔33aは直径3mm、中通過孔32aは直径8mmに形成されていた。また、上部ポールピース31には上部アパーチャ41、下部ポールピース33には下部アパーチャ42が備えられていて、通過する電子を絞り込むことができる。
【0009】
また、5はコイルからなる偏向器、6は対物レンズである。対物レンズ6の直下には対物レンズ6のアパーチャ(対物絞り)7が配置されていて、対物レンズ6を通過した電子を絞り込むことができる。
【0010】
以上のような電子線照射装置において、電子源1から発生された電子は集束レンズ2により細く絞り込まれて、電子ビームを加速させて、偏向器5の磁界により偏向されたうえ、対物レンズ6により最終的な電子プルーブ径が決定されて、被照射体8に対して電子ビームが照射される。
【0011】
集束レンズ2として磁界レンズが用いられるが、磁界レンズのレンズ作用を強くすると電子プルーブは細くなり、レンズ作用を弱くすると電子プルーブは太くなる。電子の通過経路には、前記したようなポールピース3と、集束レンズ2のアパーチャ41、42と、対物レンズ6のアパーチャ7とが配置されているので、これらのポールピース3と集束レンズ2のアパーチャ41、42と対物レンズ6のアパーチャ7とにより電子線の密度の調整が可能である。
【0012】
発明者らは、鋭意研究した結果、集束レンズ2の上部ポールピース31の上部通過孔31a、下部通過孔33aの内径を大きくすることによって、電子線密度を増大させて電流値を大きくできることを見いだして、本発明を完成するに至った。また、対物絞り径の増大も有効であることを見いだした。
【0013】
上部通過孔31a、下部通過孔33aの内径を大きくした時の電流値増大の効果を、図2に示す。測定条件は、真空度0.05Pa、加速電圧30kV、LC72μA、ワーキングディスタンスWD20mmである。また、電流値の測定はファラデーカップを用いて行った。
【0014】
図2から明らかなように、対物レンズ6のアパーチャ7の絞り径(対物絞り径)が30μmであって、上部通過孔31a、下部通過孔33aの内径が3mmである現状においては、0.01nA程度という低い電流値であったが、上部通過孔31a、下部通過孔33aの内径を5mmとした場合には、11nA(11000pA)という電流値増大を達成することができた。また、これらの内径を10mmとした場合には、40nAもの電流値増大を達成することができた。
【0015】
また、対物絞り径を120μmとした場合において、上部通過孔31a、下部通過孔33aの内径が3mmである場合には、電流値増大は0.5nAであったが、上部通過孔31a、下部通過孔33aの内径を5mmとした場合には、170nAという大きな電流値増大を達成することができた。なお、この時空間分解能は、ZnO粒子で計測して、50nmから5μmに低下した。
また、対物絞り径を120μmとした場合において、上部通過孔31a、下部通過孔33aの内径を10mmとした場合には、10000nAという極めて大きな電流値増大を達成することができた。
【0016】
しかしながら、対物絞り径が30μmであって上部通過孔31aの内径を5mmとした場合であっても、対物レンズ6のアパーチャ7を取り外した場合には、電流値の増大は1nAに満たないものであった(図示していない)。したがって、対物レンズ6のアパーチャ7を取り外すことは、電子の絞り込みが不十分となって、電流値の増大に対して却って不利益となることを確認した。また、上部通過孔31aの内径を3mmとしたままでアパーチャ7を取り外した場合にも、電流値の増大は1nAに満たないものであった。
【0017】
また、上部通過孔31aの内径を3mmとしたままで、集束レンズ2のアパーチャ41、42を取り外した場合にも、上記と同程度の小さい電流値しか得られなかった。したがって、集束レンズ2のアパーチャ41、42、対物レンズのアパーチャ7を取り外すことは、電流値増大に対して有効でないことを確認した。
【0018】
以上のような試験結果に基づき、本発明においては、ポールピース3の上部通過孔31aの内径を、4mm以上に限定する。図2から明らかなように上部通過孔31aの内径が4mmで、電子線の照射領域を直径1μm以下として、照射電流値を1nAとすることができるからである。一方、15mmを超えて上部通過孔31aの内径を大きくしても、電流値増大の効果は飽和するので、上部通過孔31aの内径の上限を15mmとする。なお、上部通過孔31a、下部通過孔33aの径が8mmを超える場合には、それらの径に対応して中通過孔32aの径も増大させるのが望ましい。
【0019】
以上のように、上部ポールピース31における上部通過孔31a、中通過孔32a、下部通過孔33aの内径を4mm以上とすることによって、直径100μm以下の電子線の照射領域における電流値を1nA以上として、溶接などの処理を行うことができる。
【0020】
また、対物絞りの径は、30〜1000μmとする。30μm未満では電子の絞り込みが強すぎて電流密度を上げることができないからであり、一方1000μmを超えると電子の絞り込みが不足するからである。なお、対物絞りの径は30〜500μmとするのが望ましい。
【0021】
電子線の照射領域が直径100μm超では微細な処理を行うことができないので、照射領域を直径100μm以下とする。望ましくは10μm以下とする。なお、下限は0.001μmで十分である。すなわち、照射領域を直径0.001〜100μmとすることによって溶接などの十分微細な熱処理を行うことができる。
【0022】
また、電流値が1nA未満では加熱が不足して溶接などの熱処理を行うことができない。一方、本発明の目的を達成するためには電流値を100000nAを超えて大きくする必要はないので、電流値の上限は100000nAとするのが望ましい。
【実施例】
【0023】
内径10mmの上部ポールピース31、下部ポールピース32を用いて、冷間加工されたCu板に電子線を照射しつつ走査した。その結果、幅0.5μm、電流値40nAの電子線によって線状の模様を描いて部分的な再結晶組織を形成することができた。
【0024】
以上に説明したように、本発明の電子線照射装置は、直径100μm以下の微小領域において溶接、融合、焼鈍などの熱処理を行うことができるので、ナノテクノロジーの分野における工業的価値大なるものである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明を実施するための、電子線照射装置の概略構成図である。
【図2】ポールピースの上部通過孔、下部通過孔の内径と対物絞り径を変化させた場合の電流値の増加を示すグラフである。
【符号の説明】
【0026】
1 電子源、2 集束レンズ、3 ポールピース、5 偏向器、6 対物レンズ、7 対物レンズのアパーチャ、8 被照射体、31 上部ポールピース、32 中ポールピース、33 下部ポールピース、31a 上部通過孔、32a 中通過孔、33a 下部通過孔、41 集束レンズの上部アパーチャ、42 集束レンズの下部アパーチャ、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステンフィラメントからなる電子源と、ポールピースを有する集束レンズと、対物レンズとを備えた電子線照射装置において、ポールピースの内径を4mm以上としたことを特徴とする電子線照射装置。
【請求項2】
被照射体に照射される電子線の電流値を、直径100μm以下の照射領域において1nA以上としたことを特徴とする請求項1に記載の電子線照射装置。

【図1】
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【図2】
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