説明

電気化学素子用電極およびその製造方法

【課題】本発明は、電気化学素子用電極に関して、製造コストを抑制しつつ、出力密度やサイクル特性などの性能の向上を図る技術の提供を目的とする。
【解決手段】電気化学素子用電極の製造方法は、マンガンイオンを含み実質的に塩化物イオンを含んでいない電解液と、標準水素電極に対する電位が−1.5Vよりも高い卑金属の電極基材を準備する準備工程と、電解液中において電極基材を作用電極とし定電位電析法により電極材の表面に層状マンガン酸化物の膜を形成する形成工程と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気化学素子用電極およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、キャパシタや二次電池に使用される電気化学素子用電極(以後「電極」とも呼ぶ)として、金属基板の表面にマンガン酸化物の薄膜が形成された電極が知られている(特許文献1)。この電極に関して、例えば、出力密度の向上や低コスト化を図るため、基板にマンガンなどのアモルファス酸化物からなるナノ構造物を析出させた電極が知られている(特許文献2)。また、有機第4アンモニウムイオンを含む電解液中でマンガン化合物を電気化学的に酸化することによって、白金板にマンガン酸化物の薄膜を形成する技術が知られている(特許文献3)。また、アルミニウム箔に蒸着やスパッタを用いて70μmの膜を形成するリチウム二次電池用電極が知られている(特許文献4)。また、タングステン-酸化タングステン上に定電流密度で電析した複合電極が知られている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−260289号公報
【特許文献2】特開2005−252217号公報
【特許文献3】特開2006−76865号公報
【特許文献4】特開2008−84587号公報
【特許文献5】特開2010−103051号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来技術によっても、電気化学素子用電極は、製造時のコスト面や、出力密度やサイクル特性などの性能面において、なお改善の余地があった。
【0005】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、電気化学素子用電極に関して、製造コストを抑制しつつ、出力密度やサイクル特性などの性能の向上を図る技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題の少なくとも一部を解決するために、本願発明は、以下の態様または適用例として実現することが可能である。
【0007】
[適用例1]
電気化学素子用電極の製造方法であって、
マンガンイオンを含み、実質的に塩化物イオンを含んでいない電解液と、標準水素電極に対する電位が−1.5Vよりも高い卑金属の電極基材と、を準備する準備工程と、
前記電解液中において前記電極基材を作用電極とし、定電位電析法により、前記電極材の表面に層状マンガン酸化物の膜を形成する形成工程と、を備える製造方法。
【0008】
この構成によれば、電析によって、卑金属の電極基材の表面に層状マンガン酸化物を析出させるため、電気化学素子用電極の製造コストを抑制しつつ、出力密度やサイクル特性などの性能の向上を図ることができる。
【0009】
[適用例2]
適用例1に記載の製造方法において、
前記形成工程は、前記電極基材の表面に厚さが8μm以下の層状マンガン酸化物の膜を形成する工程を含む、製造方法。
【0010】
この構成によれば、電極基材の表面から層状マンガン酸化物の剥離の発生を抑制することができるため、電気化学素子用電極の耐久性の向上を図ることができる。
【0011】
[適用例3]
適用例1または適用例2に記載の製造方法において、
前記準備工程は、標準水素電極に対する電位が−0.8Vよりも高い卑金属により形成された電極基材を準備する工程を含む、製造方法。
【0012】
この構成によれば、電析時における電極基材の腐食をさらに抑制することができる。
【0013】
[適用例4]
適用例1ないし適用例3のいずれかに記載の製造方法において、
前記準備工程は、硫酸イオンよりも強い不動態化阻止能力を有する陰イオンを実質的に含んでいない電解液を準備する工程を含む、製造方法。
【0014】
この構成によれば、電析時における電極基材の腐食をさらに抑制することができる。
【0015】
[適用例5]
適用例1ないし適用例4のいずれかに記載の製造方法において、
前記形成工程は、前記作用電極の電位が、銀/塩化銀参照電極に対して、0.9Vより大きく、1.2Vより小さくなるようにして電析をおこなう工程を含む、製造方法。
【0016】
この構成によれば、電気化学素子用電極のサイクル特性などの性能の向上を図ることができる。
【0017】
[適用例6]
電気化学素子用電極であって、
標準水素電極に対する電位が−1.5Vよりも高い卑金属により形成される電極基材と、
前記電極基材の表面に形成される層状マンガン酸化物の膜部と、を備え、
前記膜部には、前記層状マンガン酸化物を互いに結着するためのバインダー成分が含まれていない、電気化学素子用電極。
【0018】
この構成によれば、電極基材が卑金属により形成されているため、電気化学素子用電極の製造コストを抑制することができる。また、膜部にはバインダー成分が含まれていないため、電気化学素子用電極の出力密度やサイクル特性などの性能の向上を図ることができる。
【0019】
[適用例7]
適用例6に記載の電気化学素子用電極において、
前記バインダー成分とは、フッ化炭素樹脂である、電気化学素子用電極。
【0020】
この構成によれば、膜部にはフッ化炭素樹脂が含まれていないため、電気化学素子用電極の出力密度やサイクル特性などの性能の向上を図ることができる。
【0021】
[適用例8]
適用例6または適用例7に記載の電気化学素子用電極において、
前記電極基材の表面に形成された層状マンガン酸化物は、厚さが8μm以下である、電気化学素子用電極。
【0022】
この構成によれば、電極基材の表面から層状マンガン酸化物の剥離の発生を抑制することができるため、電気化学素子用電極の耐久性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】サンプルS01〜S11の構成を説明するための説明図である。
【図2】サンプルS01〜S07およびサンプルS10〜S11の電極板の表面に形成された薄膜のX線回析(XRD)パターンを示した説明図である。
【図3】サンプルS01とサンプルS10の電極板のサイクル耐久性の評価結果を示した説明図である。
【図4】サンプルS01とサンプルS11の電極板の出力密度の評価結果を示した説明図である。
【図5】サンプルS21〜S26の電極板の表面に形成されたバーネサイト膜の剥離性の評価結果を示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の一実施形態に係る電気化学素子用電極は、例えば、レドックスキャパシタなどのキャパシタや、リチウムイオン電池などの二次電池の電極(主に正極)として使用される。この電気化学素子用電極は、卑金属の電極基材の表面にバインダー成分を含んでいない層状マンガン酸化物の膜が形成された構成を備えていることが好ましい。この電気化学素子用電極のさらに具体的な構成は、以下の製造方法の説明の中で明示する。
【0025】
本発明の一実施形態としての電気化学素子用電極は、電解析出法によって電極基材の表面にマンガン酸化物を析出させて製造することができる。この電解析出法による電気化学素子用電極の製造方法は、電極基材と電解液とを準備する準備工程と、電極基材にマンガン酸化物の膜を形成する形成工程を備えている。
【0026】
準備工程において準備される電極基材は、標準水素電極に対する電極電位(標準電極電位)が−1.5Vより貴な(高い)卑金属の板状部材であり、使用されるキャパシタや二次電池の形状等に応じた任意の外形を有している。卑金属とは、金、白金、銀、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム以外の金属であり、鉄、ニッケル、クロムなどによって構成されるステンレスや、ニッケルなどが含まれている。なお、電極基材に使用される卑金属は、標準水素電極に対する電極電位が−0.8Vより貴な(高い)金属であることがより好ましい。これは、後述するように、電極基材は、電析時に作用極として用いられるため、標準電極電位が卑な(低い)金属を使用すると電析による腐食が増大するためである。標準電極電位が−0.8Vより貴な(高い)金属によって電極基材を形成することによって、電析時の腐食の発生を抑制することができる。
【0027】
準備工程において準備される電解液は、2価のマンガンイオン(Mn2+)を含み、実質的に塩化物イオン(Cl-)を含んでいないことを特徴としている。ここでいう、実質的に塩化物イオンを含んでいない電解液とは、塩化物イオンが完全に含まれていない電解液をいうのではなく、塩化物イオンが含まれないように溶媒や電解質を工夫して作製された電解液をいう。そのため、塩化物イオンが数十ppm程度含まれていたとしても、ここでいう、塩化物イオンを実質的に含んでいない電解液に該当する。この電解液は、例えば、塩化物以外の2価のマンガン化合物と、塩化物以外の支持電解質を、水などの溶媒に溶解することによって作製することができる。
【0028】
塩化物以外の2価のマンガン化合物としては、例えば、硫酸マンガン(MnSO4)、硝酸マンガン(Mn(NO32)、炭酸マンガン(MnCO3)などを例示することができる。なお、使用される2価のマンガン化合物は、塩化物以外であれば上記以外の化合物であってもよい。
【0029】
電解液に含まれるマンガンイオンの濃度は、特に限定されないが、0.1mM〜1Mとすることが好ましく、1mM〜100mMとすることがさらに好ましい。稀薄な濃度では、電解液の電気抵抗が増大するためである。一方、高濃度の場合には、マンガン酸化物の析出が均一性を欠き好ましくないためである。
【0030】
塩化物以外の支持電解質としては、例えば、硫酸カリウム(K2SO4)、硝酸カリウム(KNO3)、過塩素酸カリウム(KClO4)、硫酸ナトリウム(Na2SO4)、硫酸リチウム(Li2SO4)、硫酸マグネシウム(MgSO4)などを例示することができる。なお、使用される支持電解質は、塩化物以外であれば上記以外の化合物であってもよい。電解液に含まれる支持電解質の濃度は、特に限定されないが、0.1mM〜1Mとすることが好ましく、1mM〜100mMとすることがさらに好ましい。
【0031】
なお、電解液には、塩化物イオン(Cl-)のみではなく、硫酸イオン(SO42-)よりも強い不動態化阻止能力をもつ陰イオンも実質的に含まれていないことがより好ましい。ここでいう陰イオンの不動態化阻止能力とは、金属を浸した電解液中において、陰イオンが金属表面の不動態皮膜に吸着して金属を溶解(孔食)するときの不動態皮膜に吸着する能力を表し、その強さは、塩化物イオン(Cl-)>臭化物イオン(Br-)>ヨウ化物イオン(I-)>フッ化物イオン(F-)>硫酸イオン(SO42-)の順となる。すなわち、電解液には、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、フッ化物イオンが含まれていないことがより好ましい。不動態化阻止能力をもつ陰イオンによる電極基材の腐食をより低減することができるためである。
【0032】
形成工程では、用意した電解液を電析槽(電析セル)に収容し、電極基材を陽極(作用極)として、定電位電析法により、電極基材の表面に層状マンガン酸化物の膜を形成する。電極基材(作用極)の電位は、銀/塩化銀参照電極に対して、0.9Vより大きく、1.2Vより小さくすることが好ましく、1V付近の方がより純度が高く(アモルファスを含まない)、結晶性が良いバーネサイトが得られ、耐久性、容量発現に有利であるため、0.95V〜1.05Vとすることがさらに好ましい。電析時間は、電極基材の表面に形成される層状マンガン酸化物の膜厚が0.1μm〜8μmとなるように調整されることが好ましく、特に0.1μm〜5μmとなるように調整されることがより好ましい。また、電解溶液の温度は、室温〜80℃とすることが好ましい。
【0033】
なお、電析方法は、電極基材の電位を一定に保つ定電位電析法に限定されず、反応速度が一定な定電流電析法によっておこなわれてもよい。使用する電析槽は、貯槽式(バッチ式)であってもよいし、流通式(フロー式)であってもよく、任意の電析槽を使用することができる。また、対極(陰極)は、導電性物質であれば特に限定されず、鉄、銅、ニッケル、白金などを使用することができる。
【0034】
電析により、電解液中のマンガンイオンが電極基材と反応し、マンガン酸化物として電極基材の表面に析出する。電極基材の表面に析出したマンガン酸化物は、負に帯電しているため、共存する支持電解質の陽イオンが層状に付着する。さらにその上にマンガン酸化物が析出する。これが繰り返されることにより、マンガン酸化物の層と陽イオンの層が複数積層されたバーネサイト型(層状)マンガン酸化物が形成される。
【0035】
電析により、電極基材の表面に層状マンガン酸化物を形成した後、必要に応じて適宜、洗浄、乾燥等をおこなうと、本発明の一実施形態に係る電気化学素子用電極が完成する。
【0036】
以上説明した、本実施形態の電気化学素子用電極によれば、電極基材が卑金属によって形成されているため、白金などの貴金属により形成された電極基材を備える電気化学素子用電極に比べて製造コストを抑制することができる。従来から、電析によって、白金により形成された電極基材に層状マンガン酸化物の膜を形成する方法が知られている(例えば、特開2006−76865号公報)。この従来例のように、電極基材に白金などの貴金属が使用されるのは、入手が容易等の理由により、電析に用いられる電解液に、塩化マンガン(MnCl2)や塩化ナトリウム(NaCl)等の塩化物を溶解したものが広く用いられるためである。このように、電析法によって製造される電気化学素子用電極の電極基材は、耐腐食性に優れる白金などの貴金属を使用することが一般的であった。しかし、本願発明者は、塩化物イオンが実質的に含まれていない電解液であれば、電極基板を卑金属とした場合であっても、電析時の腐食が少なく、電気化学素子用電極として十分利用可能であることを見出した。電極基板を卑金属にすることにより、電気化学素子用電極の製造コストの低減を図ることができる。
【0037】
また、本実施形態の電気化学素子用電極は、電極基材の表面にマンガン酸化物がバインダーレスで形成されているため、電気化学素子用電極の導電性能の向上を図ることができる。ここでのバインダーとは、マンガン酸化物などの活物質を結着するための結着剤であり、フッ化炭素樹脂やゴム材料などが一般的に用いられる。具体的には、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)、SBR(スチレンブタジエンゴム)などがあげられる。バインダーレスの電極とは、これらの結着剤成分を含んでいない電極のことである。バインダー成分の有無は、例えば、フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)や核磁気共鳴装置(NMR)による構造解析で、多重結合や官能基、炭素骨格などを同定することによって確認することができる。
【0038】
ところで、従来から、電極基板にマンガン酸化物などの活物質を結着させるために、電解液中にバインダーを混入する方法が広く知られている(例えば、特開2009−260289号公報)。しかし、電解液にバインダーを混入した場合、基板上に形成される活物質の層にはバインダー成分が含まれるため、電極の導電性が低下して出力密度が低下するなどの問題があった。しかし、本実施形態の電気化学素子用電極は、電極基材の表面にマンガン酸化物がバインダーレスで形成されているため、電気化学素子用電極の導電性能の向上を図ることができる。
【実施例】
【0039】
(1)第1実施例:
図1は、サンプルS01〜S11の構成を説明するための説明図である。ここでは、以下に説明するように、サンプルS01〜S11の電極板(電気化学素子用電極)を使用して、電極板のサイクル耐久性や出力密度の評価等をおこなった。
【0040】
<サンプルS01>
25mMの硫酸カリウム(K2SO4)と2mMの硫酸マンガン(MnSO4)とを溶解した水溶液をビーカ電析セル(50mL)に入れて電解液とした。電解液は窒素ガスをバブリングすることによって、窒素雰囲気とした。また、電解液の温度は25℃であった。電極基板としてのニッケル(Ni)板(10mm×10mm×1mm)を作用電極とし、銀/塩化銀参照電極の電位に対して+1.0Vの電圧を印加した。電析時間は30分であった。なお、対極には、白金(Pt)板を用いた。この電析条件によって、ニッケル板の表面には、マンガン酸化物を含んだ茶色の薄膜が形成された。茶色の薄膜によって被覆されたニッケル板を電解液から取り出し、蒸留水で洗浄した後に真空乾燥して電極板とした。
【0041】
<サンプルS02〜S06>
サンプルS01の電析条件において、25mMの硫酸カリウム(K2SO4)の替わりに、以下の(1)〜(5)を使用して得られる電極板をサンプルS02〜S06とした。
(1)50mMの硝酸カリウム(KNO3) ・・・サンプルS02
(2)50mMの過塩素酸カリウム(KClO4)・・・サンプルS03
(3)25mMの硫酸ナトリウム(Na2SO4)・・・サンプルS04
(4)25mMの硫酸リチウム(Li2SO4) ・・・サンプルS05
(5)50mMの硫酸マグネシウム(MgSO4)・・・サンプルS06
サンプルS02〜S06の電極板は、ニッケル板の表面がマンガン酸化物を含んだ茶色の薄膜で被覆されていた。
【0042】
<サンプルS07>
サンプルS01の電析条件において、ニッケル板の替わりにステンレス(SUS316)板を使用して得られた電極板をサンプルS07とした。
【0043】
<サンプルS08>
サンプルS01の電析条件において、25mMの硫酸カリウム(K2SO4)の替わりに、50mMの塩化カリウム(KCl)を使用して得られる電極板をサンプルS08とした。なお、ここでは、電解液中に塩化物イオン(Cl-)が含まれているため、電析時にニッケル板の局部腐食が発生し、対極から激しい気泡が確認された。得られた電極板の表面には電析物は確認されなかった。
【0044】
<サンプルS09>
サンプルS01の電析条件において、ニッケル板の替わりにアルミニウム(Al)板を使用して得られた電極板をサンプルS09とした。なお、ここでは、電解液中に塩化物イオン(Cl-)が含まれていないにもかかわらず、電析時に局部腐食が発生し、表面に電析物は確認されなかった。この理由は、アルミニウムは、標準電極電位が−1.67V程度と低いためであると推定される。
【0045】
<サンプルS10>
サンプルS01の電析条件において、ニッケル板への印加電圧を銀/塩化銀参照電極の電位に対して+0.9Vとし、得られた電極板をサンプルS10とした。
【0046】
<サンプルS11>
層状マンガン酸化物の粉末(バーネサイト粉末)をPTFEバインダーと混錬してニッケル板上に結着させて得られた電極板をサンプルS11とした。
【0047】
図2は、サンプルS01〜S07およびサンプルS10〜S11の電極板の表面に形成された薄膜のX線回析(XRD)パターンを示した説明図である。図1に示すように、サンプルS01〜S07およびサンプルS11のXRDパターンでは、2θ=12.1°、24.2°付近に層状マンガン酸化物(バーネサイト)特有な解析ピークが観察された。このことからサンプルS01〜S07およびサンプルS11の各電極板の表面に形成された薄膜は、マンガン酸化物結晶体が多層に積層された層状体であることがわかる。一方、サンプルS10のXRDパターンでは、層状マンガン酸化物特有の解析ピークが観察されなかった。このことから、サンプルS10の電極板の表面に形成された薄膜は、マンガンのアモルファス酸化物であることがわかる。
【0048】
図3は、サンプルS01とサンプルS10の電極板のサイクル耐久性の評価結果を示した説明図である。サンプルS01とサンプルS10のレドックスキャパシタ電極としての性能(サイクル特性)を評価するため、各電極板について、サイクリックボルタンメトリの実施前後における比容量の変化率を算出した。サイクリックボルタンメトリは、0V〜0.8Vの間でおこない、掃引速度を20mV/sとした。図3には、サイクリックボルタンメトリ実施前の電極板の比容量を100%としたときの各サイクル実施後の容量維持率(%)がそれぞれ示されている。
【0049】
サンプルS01の電極板は、基材の表面に形成された薄膜がマンガン酸化物結晶体の層状体(バーネサイト膜)であるため、図3に示すように、1000サイクル後の容量維持率が99.9%とサイクル耐久性が高いことがわかる。一方、サンプルS10の電極板は、薄膜がマンガンのアモルファス酸化物(アモルファス膜)であるため、1000サイクル後の容量維持率が57%とサイクル耐久性が低いことがわかる。
【0050】
図4は、サンプルS01とサンプルS11の電極板の出力密度の評価結果を示した説明図である。サンプルS01とサンプルS11のレドックスキャパシタ電極としての性能(出力密度)を評価するため、各電極板について、サイクリックボルタンメトリの掃引速度を変化させたときの比容量の変化率を算出した。サイクリックボルタンメトリは、0V〜0.8Vの間でおこない、掃引速度を2mV/s〜200mV/sの範囲で変化させた。図4には、掃引速度が2mV/sのときの電極板の比容量を100%としたときの各掃引速度における容量維持率(%)が示されている。
【0051】
図4に示すように、掃引速度が200mV/sのとき、サンプルS01の電極板の容量維持率は約20%であるのに対して、サンプルS11の電極板の容量維持率は約3%と低いことがわかる。これは、サンプルS01の電極板の薄膜には、バインダー成分が含まれていないが、サンプルS11の電極板の薄膜には、バインダー成分(PTFE)が含まれているためである。すなわち、サンプルS11の電極板は、薄膜に含まれるバインダー成分によって導電率が低下するため、サンプルS01の電極板よりも出力密度が低下する。
【0052】
以上説明したように、サンプルS01〜サンプルS07の電極板は、基材の表面に形成された薄膜がマンガン酸化物結晶体の層状体(バーネサイト膜)であるため、従来のマンガンのアモルファス酸化物(アモルファス膜)の薄膜が形成された電極板(例えば、特開2005−252217号公報、特開2010−103051号公報)よりもさらにサイクル耐久性を高めることができる。なお、サンプルS10のように、アモルファス膜が形成された電極板は、バーネサイト膜が形成されている電極板と比較すると、サイクル耐久性に劣るものの、電極としての機能は十分に備えている。
【0053】
また、サンプルS01〜サンプルS07の電極板は、基材の表面に形成された薄膜にバインダー成分が含まれていないため、従来のバインダー成分を含んだ薄膜を備える電極板(例えば、特開2009−260289号公報)よりも出力密度を高めることができる。
【0054】
(2)第2実施例:
第2実施例では、サンプルS21〜S26の電極板を使用して、電極板の表面に形成されているマンガン酸化物結晶体の層状体の薄膜(バーネサイト膜)の剥離性の評価をおこなった。サンプルS21は、サンプルS01と同じものであり、バーネサイト膜の膜厚は膜厚0.5μmであった。
【0055】
<サンプルS22〜S25>
サンプルS01(サンプルS21)の電析条件において、電析時間を変更して、基材の表面に析出したバーネサイト膜の膜厚を変えた電極板をそれぞれサンプルS22〜S25とした。
(1)膜厚0.1μm・・・サンプルS22
(2)膜厚1μm ・・・サンプルS23
(3)膜厚5μm ・・・サンプルS24
(4)膜厚8μm ・・・サンプルS25
(5)膜厚10μm ・・・サンプルS26
【0056】
本実施例において、バーネサイト膜の膜厚は、電析時の電気量(電流の積分値)、マンガン酸化物の分子量、マンガンの価数、から電析量(g)を算出し、電析量を基材の表面積で除することにより算出した。ここでは、電析時の電気量は全てバーネサイト膜の生成に使用されたものとした。例えば、サンプルS21の薄膜の膜厚は、まず、電析時に流れた電流密度と時間の関係から、総電気量=0.57Cを算出した。マンガン酸化物の電析量は、電析量=((電気量/ファラデー定数)/Mnの価数)×MnO2の分子量、から算出して、((0.57/96500)/2)×86.94=0.26mgとなった。この電析量をマンガン酸化物の密度(5.03g/cm3)と電極基材の表面積(1.0cm2)で除すると、バーネサイト膜の膜厚=0.5μmが算出される。
【0057】
図5は、サンプルS21〜S26の電極板の表面に形成されたバーネサイト膜の剥離性の評価結果を示した説明図である。バーネサイト膜の基材からの剥離のしにくさを評価するため、各電極板について、0V〜0.8Vの間のサイクリックボルタンメトリを所定の掃引速度で所定のサイクル数実施した後の剥離の有無について目視で確認した。図5(a)は、掃引速度20mV/sで1000サイクル実施した後のバーネサイト膜の剥離の程度が示されている。図5(b)は、掃引速度200mV/sで10サイクル実施した後のバーネサイト膜の剥離の程度が示されている。
【0058】
サンプルS21〜S26から、表面にバーネサイト膜が形成されている電極板は、バーネサイト膜の厚みが厚くなるほど、使用や経年によってバーネサイト膜の剥離が生じやすくなることがわかる。また、バーネサイト膜の剥離の発生を抑制するためには、膜厚を8μm以下とすることが好ましく、5μm以下とすることがさらに好ましいことがわかる。バーネサイト膜の膜厚をこのようにすることによって、種々の環境下においても、バーネサイト膜の剥離の発生を抑制することができる。なお、膜厚が8μmより大きいバーネサイト膜が形成されている電極板は、膜厚が8μm以下のバーネサイト膜が形成されている電極板と比較すると、耐久性に劣るものの、電極としての機能は十分に備えている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学素子用電極の製造方法であって、
マンガンイオンを含み、実質的に塩化物イオンを含んでいない電解液と、標準水素電極に対する電位が−1.5Vよりも高い卑金属の電極基材と、を準備する準備工程と、
前記電解液中において前記電極基材を作用電極とし、定電位電析法により、前記電極材の表面に層状マンガン酸化物の膜を形成する形成工程と、を備える製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法において、
前記形成工程は、前記電極基材の表面に厚さが8μm以下の層状マンガン酸化物の膜を形成する工程を含む、製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の製造方法において、
前記準備工程は、標準水素電極に対する電位が−0.8Vよりも高い卑金属により形成された電極基材を準備する工程を含む、製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の製造方法において、
前記準備工程は、硫酸イオンよりも強い不動態化阻止能力を有する陰イオンを実質的に含んでいない電解液を準備する工程を含む、製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の製造方法において、
前記形成工程は、前記作用電極の電位が、銀/塩化銀参照電極に対して、0.9Vより大きく、1.2Vより小さくなるようにして電析をおこなう工程を含む、製造方法。
【請求項6】
電気化学素子用電極であって、
標準水素電極に対する電位が−1.5Vよりも高い卑金属により形成される電極基材と、
前記電極基材の表面に形成される層状マンガン酸化物の膜部と、を備え、
前記膜部には、前記層状マンガン酸化物を互いに結着するためのバインダー成分が含まれていない、電気化学素子用電極。
【請求項7】
請求項6に記載の電気化学素子用電極において、
前記バインダー成分とは、フッ化炭素樹脂である、電気化学素子用電極。
【請求項8】
請求項6または請求項7に記載の電気化学素子用電極において、
前記電極基材の表面に形成された層状マンガン酸化物は、厚さが8μm以下である、電気化学素子用電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−26366(P2013−26366A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−158600(P2011−158600)
【出願日】平成23年7月20日(2011.7.20)
【出願人】(000004547)日本特殊陶業株式会社 (2,912)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】