説明

電気培養方法及び電気培養装置

【課題】微生物が生産するガス状物質や揮発性物質を培養容器の外に漏洩させず、微生物を培養することのできる電気培養装置を提供する。
【解決手段】イオン交換膜6を備えた密閉構造の培養容器5と、作用電極9及び対電極10と、電源12とを備え、一方の槽には作用電極9が酸化還元物質3を含む培養液4に浸され、他方の槽には対電極10が電解液が浸され、培養液4に微生物2が添加されて、電源12により作用電極9と対電極10との間に電位差を与えながら微生物2を培養する電気培養装置において、作用電極9は培養容器5内に、対電極10は培養容器5の外側に配置され、培養容器5に培養液4が収容されると共に作用電極9が培養液4に浸され、培養容器5のイオン交換膜6は培養容器5に培養液4が収容されたときに培養液4と接触しうる位置に備えられ、イオン交換膜6の培養液4との接触面とは反対側の面に対電極10が接触して配置されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気培養方法及び電気培養装置に関する。さらに詳述すると、本発明は、ガス状物質や揮発性物質を生産する微生物の培養に好適な電気培養方法及び電気培養装置、さらには、この電気培養方法を利用してガス状物質や揮発性物質を生産する方法、揮発性の有害物質を微生物により分解処理する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物の新たな培養技術として、電気培養技術の研究が進められている。電気培養とは、培養液の酸化還元電位を培養対象たる微生物の至適範囲に制御しながら微生物の培養を行う手法である(特許文献1参照)。培養液の酸化還元電位を培養対象たる微生物の至適範囲に制御することによって、その微生物のみを選択的に活性化させて、増殖の促進や物質分解能等といった微生物の諸機能を向上させることができる。また、電気培養には、微生物により酸化された物質を還元したり、逆に還元された物質を酸化したりすることにより微生物に必要な物質を再生し続けながら培養を行う方法も含まれる(特許文献2及び特許文献3参照)。
【0003】
電気培養手法を実施するための電気培養装置の具体例として、例えば図5に示す電気培養装置が知られている(特許文献1参照)。図5に示す電気培養装置101は、イオン交換膜106によって仕切られた二つの槽(培養槽107と対電極槽108)を備える培養容器105と、作用電極109及び対電極110と、作用電極109と対電極110との間に電位差を与える電源112とを有し、培養槽107には酸化還元物質103を含む培養液104が収容されると共に作用電極109が培養液104に浸され、対電極槽108には電解液104aが収容されると共に対電極110が電解液104aに浸され、培養液104に培養対象たる微生物102が添加されて、電源112により作用電極109と対電極110との間に電位差が与えられながら微生物102が培養される。尚、図5に示す電気培養装置101では、培養液104に参照電極111が浸され、作用電極109、対電極110及び参照電極111は3電極式の電位制御装置であるポテンシオスタット112に結線され、培養槽107内の培養液104の酸化還元電位を厳密に設定可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−54646号公報
【特許文献2】特開2006−55134号公報
【特許文献3】特開2007−89580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の電気培養装置は培養容器が密閉構造とはなっていなかったことから、ガス状物質を生産する微生物を対象として電気培養を実施した場合、この微生物が生産するガス状物質が培養容器の外に揮散してしまい、この微生物が生産するガス状物質の量を正確に分析したり、漏れなく回収したりすることが困難であった。
【0006】
また、揮発性物質を生産する微生物を対象として電気培養を実施した場合にも、ガス状物質を生産する微生物を対象として電気培養を実施した場合と同様の問題が生じていた。即ち、この微生物が生産する揮発性物質が揮発して生じたガス成分が培養容器の外に揮散してしまう結果、この微生物が生産する揮発性物質の量を正確に分析したり、漏れなく回収したりすることが困難であった。
【0007】
さらに、揮発性の有害物質を分解する微生物を対象として電気培養を実施しながら、培養液に添加した揮発性の有害物質を分解処理する場合、分解対象物である揮発性の有害物質が培養容器の外に揮散してしまい、効率よく分解処理が行えないという問題があった。
【0008】
また、従来の電気培養装置は培養容器が密閉構造とはなっていなかったことから、窒素ガス等を培養容器内に流してもガスが培養容器の外に揮散してしまい、微生物の培養環境を嫌気性に制御することが困難であった。そこで、従来は、例えばアクリル製の密閉構造の嫌気ボックスに培養容器を収容し、嫌気ボックスに窒素ガス等を流すことによって培養環境を嫌気性に制御していた。しかしながら、密閉構造の嫌気ボックス等に培養容器を収容してしまうと、培養容器そのものの管理、例えば培養液に物質を添加したりする処理が極めて煩雑になるという問題があった。また、電気培養終了後、再度培養を行う際には培養容器とともに嫌気ボックスも滅菌処理する必要が生じ、その手間が極めて煩雑なものとなっていた。
【0009】
そこで、本発明は、微生物が生産するガス状物質や揮発性物質を培養容器の外に漏洩させることなく微生物を培養することのできる電気培養方法及び電気培養装置を提供することを目的とする。
【0010】
また、本発明は、微生物が生産するガス状物質や揮発性物質を培養容器の外に漏洩させることなく効率よく回収することのできる物質生産方法を提供することを目的とする。
【0011】
さらに、本発明は、揮発性の有害物質を培養容器の外に漏洩させることなく微生物を利用して効率よく分解処理することのできる物質分解処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる課題を解決するため、本願発明者等は、従来の電気培養装置の培養容器を密閉して微生物を培養することについて検討を行った。その結果、従来の電気培養装置を単に密閉構造とするだけでは、微生物の生育状態に悪影響を及ぼす場合があることが判明した。本願発明者等はこの原因について検討を行った結果、培養容器の内部に配置された対電極から発生するガスが培養液に溶け込むことによって、微生物の生育状態に悪影響を及ぼす場合があることを突き止めた。
【0013】
そこで、本願発明者等はさらなる検討を行い、微生物が生産するガス状物質や揮発性物質を電気培養装置の外に漏洩させることなく、しかも対電極から発生するガス成分が培養容器内の培養液に溶け込むことのない新たな電気培養方法及び電気培養装置の構成を着想し、本願発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明の電気培養方法は、イオン交換膜によって仕切られ且つ開放されている二つの槽を備える培養容器の一方の槽に酸化還元物質を含む培養液を収容すると共に培養液に作用電極を浸し、他方の槽に電解液を収容すると共に電解液に対電極を浸し、一方の槽に培養対象たる微生物を添加して、作用電極と対電極との間に電位差を与えながら微生物を培養する電気培養方法において、培養容器をイオン交換膜により二つの槽に仕切ることなくイオン交換膜を少なくとも一部に備える密閉構造の容器とし、作用電極を培養容器内に配置すると共に対電極を培養容器の外側に配置し、培養容器内に培養液を収容してイオン交換膜の少なくとも一部に培養液を接触させると共に培養液に作用電極を浸し、イオン交換膜の培養液との接触面とは反対側の面の少なくとも一部に対電極を接触させ、作用電極と対電極との間に電位差を与えながら微生物を培養するようにしている。
【0015】
また、本発明の電気培養装置は、イオン交換膜によって仕切られ且つ開放された二つの槽を備える培養容器と、作用電極及び対電極と、作用電極と対電極との間に電位差を与える電源とを有し、二つの槽のうちの一方の槽に酸化還元物質を含む培養液が収容されると共に作用電極が培養液に浸され、二つの槽のうちの他方の槽に電解液が収容されると共に対電極が電解液に浸され、培養液に培養対象たる微生物が添加されて、電源により作用電極と対電極との間に電位差を与えながら微生物を培養する電気培養装置において、培養容器をイオン交換膜により二つの槽に仕切ることなくイオン交換膜を少なくとも一部に備える密閉構造の容器とし、作用電極は培養容器内に配置されると共に対電極は培養容器の外側に配置され、培養容器に培養液が収容されると共に作用電極が培養液に浸され、培養容器のイオン交換膜は培養容器に培養液が収容されたときに少なくともその一部が培養液と接触しうる位置に備えられ、イオン交換膜の培養液との接触面とは反対側の面の少なくとも一部に対電極が接触して配置されているものとしている。本発明の電気培養装置は、例えば、培養容器の培養液の液面よりも下部に開口部が設けられ、開口部がイオン交換膜で塞がれ、培養容器の外側のイオン交換膜の表面の少なくとも一部に対電極が接触して配置されているものとしている。
【0016】
したがって、本発明の電気培養方法及び電気培養装置によると、対電極が密閉構造の培養容器の外側に配置されるので、対電極から発生するガス成分が培養容器内の培養液に溶け込むことがない。つまり、本発明の電気培養方法及び電気培養装置によると、培養容器を密閉構造としながらも、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除することができる。
【0017】
次に、本発明の物質生産方法は、本発明の電気培養方法によりガス状物質を生産する微生物または揮発性物質を生産する微生物を培養し、ガス状物質または揮発性物質が揮発して発生したガス成分を培養容器内の培養液の液面よりも上部の空間に滞留させ、これを回収するようにしている。
【0018】
上記の通り、本発明の電気培養方法によると、培養容器を密閉構造としていることから、培養容器内で発生するガス状物質(微生物が生産したガス状物質や微生物が生産した揮発性物質が揮発して生じたガス成分)は培養容器の外の漏洩することなく、培養容器内の培養液の液面よりも上部の空間に滞留する。したがって、本発明の物質生産方法によると、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、この微生物由来のガス状物質を効率よく回収することができる。
【0019】
次に、本発明の物質生産方法は、本発明の電気培養方法により揮発性物質を生産する微生物を培養し、微生物が生産する揮発性物質を培養容器内の培養液から回収するようにしている。
【0020】
上記の通り、本発明の電気培養方法によると、培養容器を密閉構造としていることから、微生物により生産される揮発性物質が揮発して生じたガス成分が培養容器の外に漏洩することがない。したがって、本発明の物質生産方法によると、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、この微生物により生産された揮発性物質を効率よく回収することができる。
【0021】
次に、本発明の物質分解処理方法は、本発明の電気培養方法により揮発性の有害物質を分解する微生物を培養し、培養液に添加された揮発性の有害物質を分解処理するようにしている。
【0022】
上記の通り、本発明の電気培養方法によると、培養容器を密閉構造としていることから、培養液に添加された揮発性の有害物質が培養容器の外に漏洩することがない。したがって、本発明の物質分解処理方法によると、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、培養液に添加された揮発性の有害物質を効率よく分解処理することができる。
【0023】
ここで、本発明の電気培養装置において、培養容器内の培養液の液面よりも上部の空間に滞留するガス状物質を回収するガス回収手段を備えるものとすることが好ましい。
【0024】
また、本発明の電気培養装置において、培養容器内の培養液を採取する培養液採取手段を備えるものとすることが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明の電気培養方法及び電気培養装置によれば、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、培養容器内で発生したガス状物質(微生物が生産したガス状物質や微生物が生産した揮発性物質が揮発して生じたガス成分)を培養容器の外に漏洩することなく、微生物の電気培養を行うことが可能となる。したがって、培養時に与えられた電位と培養対象微生物によるガス状物質や揮発性物質の生産量との関係を正確に分析することが可能となる。
【0026】
また、本発明の電気培養方法及び電気培養装置によれば、従来のように培養液または電解液を収容した対電極槽を備える必要が無くなる。したがって、従来と比較して電気培養装置をよりコンパクトなものとできる。
【0027】
さらに、培養容器内の培養液の液面よりも上部の空間に滞留するガス状物質を回収するガス回収手段を備える本発明の電気培養装置によれば、培養容器内で発生したガス状物質(微生物が生産したガス状物質や微生物が生産した揮発性物質が揮発して生じたガス成分)無駄なく回収して回収効率を良好なものとすることができる。
【0028】
また、培養容器内の培養液を採取する培養液採取手段を備える本発明の電気培養装置によれば、培養容器内で微生物が生産した揮発性物質を無駄なく回収して回収効率を良好なものとすることができる。
【0029】
さらに、本発明の物質生産方法によれば、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、この微生物由来のガス状物質を効率よく回収することができる。したがって、培養容器内で発生したガス状物質(微生物が生産したガス状物質や微生物が生産した揮発性物質が揮発して生じたガス成分)無駄なく回収して回収効率を良好なものとすることができる。
【0030】
また、本発明の物質生産方法によれば、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、この微生物が生産する揮発性物質を効率よく回収することができる。したがって、培養容器内で発生した揮発性物質を無駄なく回収して回収効率を良好なものとすることができる。
【0031】
また、本発明の物質分解処理方法によれば、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、培養液に添加された揮発性の有害物質を効率よく分解処理することができる。したがって、微生物による揮発性有害物質の分解処理効率を良好なものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の電気培養装置の実施形態の一例を示す断面図である。
【図2】実施例において使用した電気培養装置を示す断面図である。
【図3】メタン生成菌の生育曲線を示す図である。
【図4】培養容器内のメタンガス生成量を示す図である。
【図5】従来の電気培養装置の構成を示す断面図である。
【図6】本発明の電気培養装置の実施形態の他の例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0034】
本発明の電気培養方法は、イオン交換膜によって仕切られ且つ開放されている二つの槽を備える培養容器の一方の槽に酸化還元物質を含む培養液を収容すると共に培養液に作用電極を浸し、他方の槽に電解液を収容すると共に電解液に対電極を浸し、一方の槽に培養対象たる微生物を添加して、作用電極と対電極との間に電位差を与えながら微生物を培養する電気培養方法において、培養容器をイオン交換膜により二つの槽に仕切ることなくイオン交換膜を少なくとも一部に備える密閉構造の容器とし、作用電極を培養容器内に配置すると共に対電極を培養容器の外側に配置し、培養容器内に培養液を収容してイオン交換膜の少なくとも一部に培養液を接触させると共に培養液に作用電極を浸し、イオン交換膜の培養液との接触面とは反対側の面の少なくとも一部に対電極を接触させ、作用電極と対電極との間に電位差を与えながら微生物を培養するようにしている。
【0035】
本発明の電気培養方法の実施するための電気培養装置の形態の一例を図1に示す。図1に示す電気培養装置1は、イオン交換膜6によって仕切られ且つ開放された二つの槽を備える培養容器5と、作用電極9及び対電極10と、作用電極9と対電極10との間に電位差を与える電源12とを少なくとも備え、二つの槽のうちの一方の槽に酸化還元物質3を含む培養液4が収容されると共に作用電極9が培養液4に浸され、二つの槽のうちの他方の槽に電解液4aが収容されると共に対電極10が電解液4aに浸され、培養液4に培養対象たる微生物2が添加されて、電源12により作用電極9と対電極10との間に電位差を与えながら微生物2を培養する電気培養装置において、培養容器5をイオン交換膜6により二つの槽に仕切ることなくイオン交換膜6を少なくとも一部に備える密閉構造の容器とし、作用電極9は培養容器5内に配置されると共に対電極10は培養容器5の外側に配置され、培養容器5に培養液4が収容されると共に作用電極9が培養液4に浸され、培養容器5のイオン交換膜6は培養容器5に培養液4が収容されたときに少なくともその一部が培養液4と接触しうる位置に備えられ、イオン交換膜6の培養液4との接触面とは反対側の面の少なくとも一部に対電極10が接触して配置されているものとしている。本実施形態では、培養容器5の培養液4の液面よりも下部に開口部5aが設けられ、開口部5aがイオン交換膜6で塞がれ、培養容器5の外側のイオン交換膜6の表面の少なくとも一部に対電極10が接触して配置されているものとしている。
【0036】
また、図1に示す電気培養装置1は、培養容器5内の培養液4の液面よりも上部の空間に滞留するガス状物質を回収するガス回収手段15と、培養容器5内の培養液4を採取する培養液採取手段16とを備えるものとしている。
【0037】
本発明の電気培養装置1は、特開2008−54646号公報に開示されている従来の電気培養装置(図5)を改良したものであり、イオン交換膜6によって仕切られ且つ開放された二つの槽を備える培養容器5と、作用電極9及び対電極10と、作用電極9と対電極10との間に電位差を与える電源12とを少なくとも備え、二つの槽のうちの一方の槽に酸化還元物質3を含む培養液4が収容されると共に作用電極9が培養液4に浸され、二つの槽のうちの他方の槽に電解液4aが収容されると共に対電極10が電解液4aに浸され、培養液4に培養対象たる微生物2が添加されて、電源12により作用電極9と対電極10との間に電位差を与えながら微生物2を培養する電気培養装置である点においては図5に示す従来の電気培養装置と共通するものである。
【0038】
図5に示す従来の電気培養装置と本発明の電気培養装置との違いは、培養容器5をイオン交換膜6で二つの槽に仕切ることなく、容器自体の少なくとも一部にイオン交換膜6を備えて密閉構造としている点と、対電極10を培養容器5の外側に配置している点にある。これにより、対電極10から発生するガスが培養容器5内の培養液4に溶け込むことがなくなる。したがって、対電極10から発生するガスによる微生物2の生育状態への悪影響を排除しながら、微生物2由来のガス状物質や培養容器5内への添加物(ガス状物質や揮発性物質)を培養容器5の外に漏洩することなく、微生物2の電気培養を行うことが可能となる。
【0039】
本発明において使用する培養容器5は、イオン交換膜6を少なくとも一部に備える密閉構造としている。培養容器5の材質としては、例えば、ガラス、プラスチック、絶縁処理を施した金属、コンクリート等が挙げられるがこれらに限定されるものではない。本実施形態では、図1に示す培養容器5のように、密閉構造の培養容器5の培養液4の液面よりも下部に設けられた開口部5aをイオン交換膜6により塞ぐようにしているが、培養容器5の形態や構造は特に限定されない。例えば培養容器5全体をイオン交換膜6で形成した袋状の容器としてもよいし、袋状の容器の片面だけをイオン交換膜6で構成してもよいし、一つの面のさらに一部分をイオン交換膜6のみで構成するようにしてもよい。部分的にイオン交換膜6を用いる場合には、その他の部分はガラス等の上記材質で構成してもよいし、イオン交換膜6以外の膜材、例えば培養液4と培養液4中の成分の双方を透過させることがない膜材により構成してもよい。要は、培養容器5に収容される培養液4が培養容器5の少なくとも一部を構成するイオン交換膜6と接触しうる構造の容器とすればよい。
【0040】
本発明において使用する対電極10は、イオン交換膜6の培養液4との接触面とは反対側の面の少なくとも一部に接触させるようにしている。本実施形態において、対電極10は板状の炭素電極としているが、対電極10の形状と材質はこれに限定されるものではなく、要は、イオン交換膜6との接触が可能な形状であり、且つ作用電極9における酸化還元反応に対して電子の授受を補完する反応を進行させることが可能な材質、つまり、作用電極9において酸化反応が生じる際に還元反応を進行させることが可能な材質の電極とすればよい。また、本実施形態では、対電極10の面積をイオン交換膜6の面積よりも大きなものとしてイオン交換膜6全体を対電極10で完全に覆うようにし、イオン交換膜6と対電極10とを接触させるようにしているが、イオン交換膜6の培養液4との接触面とは反対側の面の少なくとも一部に対電極を接触させれば、イオン交換膜6を介して培養液4から対電極10にイオンが伝達するので、必ずしもイオン交換膜6全体を対電極10で完全に覆うようにしてイオン交換膜6と対電極10とを接触させずともよい。但し、イオン交換膜6全体を対電極10で完全に覆うことで、対電極10をイオン交換膜6の保護材としても機能させることができると共に、培養液4からのイオンの伝達面が増大する結果として、培養液4の電位制御性(応答性)を高めることができる利点があり、好適である。イオン交換膜6全体を対電極10で完全に覆う方法としては、例えば、培養容器5の開口部5aの周囲に接着剤を塗布して対電極10を接着することにより、開口部5aを塞ぐイオン交換膜6全体と対電極10とを接触させるようにしてもよいし、培養容器5の開口部5aの周囲に接着剤を塗布して対電極10の表面の少なくとも一部に塗布形成されたイオン交換膜6を接着することにより、開口部5aをイオン交換膜6で塞ぎつつ、開口部5aを塞ぐイオン交換膜6全体と対電極10とを接触させるようにしてもよい。イオン交換膜6を塗布形成するための薬剤としては、例えばナフィオン分散液が挙げられるが、これに限定されるものではない。また、対電極10の表面にナフィオン分散液を塗布し、ナフィオン分散液が乾燥する前にイオン交換膜6を貼り付けるようにしてもよい。この場合には、イオン交換膜6の対電極10の表面への接着性と接触性とを十分なものとすることができる。
【0041】
ここで、対電極10は多孔質体とすることが好適である。この場合には、イオン交換膜6と対電極10との接触面で発生したガスを接触面とは反対側の面に通過させやすくなる。尚、対電極10を多孔質体とし、ナフィオン分散液を用いてイオン交換膜6を貼り付けることで、ナフィオン分散液の多孔質体の孔への侵入によりイオン交換膜6と対電極10との接触面積を増大させて電気化学反応をより進行させやすくすることができ、好適である。
【0042】
本発明において使用する作用電極9は、従来の電気培養装置と同様、培養液4に浸され、酸化還元物質3の酸化還元反応を可逆的に進行させるものである。本実施形態において、作用電極9は板状の炭素電極としているが、作用電極9の形状と材質はこれに限定されるものではなく、要は、培養液4中の酸化還元物質3の酸化還元反応を可逆的に進行させ得る電極とすればよい。
【0043】
尚、本実施形態では、培養容器5の内部に参照電極11(例えば銀・塩化銀参照電極)を配置して、参照電極11を培養液4に浸し、従来の電気培養装置と同様に、作用電極9と対電極10と参照電極11とを3電極式の電位制御装置(ポテンシオスタット)に結線して、培養液4の電位を厳密に制御可能としているが、図6に示すように、参照電極11を備えることなく、作用電極9と対電極10との間に電源12により電位差を与えさえすれば、培養液4の電位の制御は可能である。
【0044】
本発明において使用するイオン交換膜6は、従来の電気培養装置と同様、培養液4に含まれる酸化還元物質3を対電極10側に透過させることなく培養液4中に留まらせ、且つ培養液4に含まれるイオンを対電極10側に透過させるものである。具体的には、一価の陽イオンのみを透過する膜であるナフィオン膜等が挙げられるがこれに限定されるものではない。一価の陽イオンのみを透過する膜であるナフィオン膜を用いることで、例えば酸化還元物質3として鉄イオンを用いる場合に、二価の鉄イオンや三価の鉄イオンは透過しないことから、酸化還元物質3を対電極10側へ透過させることなく、培養液4中に留まらせることができる。また、培養液4には通常、水素イオン、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)などの一価の陽イオンが含まれていることから、これらの陽イオンが対電極10側へ透過し、作用電極9と対電極10との間でイオン電流が生じる。その結果、作用電極9において生じる反応における電子の授受を補完する反応が対電極10で生じ、培養液4の酸化還元電位が一定に制御される。例えば、作用電極9で酸化反応が生じた場合には、対電極10で還元反応が生じ、培養液4の酸化還元電位が一定に制御される。
【0045】
尚、本発明において使用する酸化還元物質3は、従来の電気培養装置と同様、培養液4に浸されている作用電極9と可逆的に酸化還元反応を生じ得る物質であり、且つ、培養対象たる微生物2に対して毒性を呈さない物質を用いることができる。例えば、上記のように、土壌成分として一般的な鉄イオンが挙げられる。ここで、鉄イオンを培養液中で安定に存在させるためには、鉄イオンをキレート剤に配位させて培養液中に添加することが好ましい。キレート剤としては、鉄イオンを配位しうるものであれば任意のキレート剤を用いることができるが、例えばジエチレントリアミンペンタ酢酸(DTPA)、エチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)、テトラエチレントリアミン(TET)、エチレンジアミン(EDA)、ジエチレントリアミン(DETA)、クエン酸、シュウ酸、クラウンエーテル、ニトリロテトラ酢酸、エデト酸二ナトリウム、エデト酸ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、ペニシラミン、ペンテテートカルシウム三ナトリウム、ペンテト酸、スクシメルおよびエデト酸トリエンチンを挙げることができる。また、鉄イオン以外にも、フェロシアン化カリウム、アントラキノンジスルホン酸ナトリウムなどのキノン化合物、メチルビオロゲンを用いることができる。これらの物質も酸化還元反応により、酸化体と還元体に可逆的に変化する。特に、キノン化合物は土壌成分の一つとして知られている物質であり、好ましい。つまり、土壌そのものを培養液に添加することで、土壌に含まれている酸化還元物質3により培養液の酸化還元電位が制御できる場合がある。但し、酸化還元物質3は上記した物質に限定されるものではない。
【0046】
酸化還元物質3の培養液4への添加量は、培養液4の酸化還元電位を制御できる量であれば特に限定されないが、培養液4中の酸化還元物質濃度を0.1〜100mmol/Lとすることが好適である。酸化還元物質濃度が低すぎると酸化還元電位の制御を十分に行うことができない可能性があり、酸化還元物質濃度が高すぎると酸化還元物質3が培養液4に完全に溶解できなかったり、微生物2の生育阻害を生じる可能性がある。
【0047】
尚、培養液4の酸化還元電位は、数式1に示すネルンストの式により表される。
[数式1] E=E+RT/nF×ln(Cox/Cred
【0048】
数式1において、Eは溶液の酸化還元電位、Eは酸化還元物質の標準酸化還元電位、Rは気体定数、Tは絶対温度、nは反応電子数、Fはファラデー定数、Coxは酸化体の濃度、Credは還元体の濃度であり、培養液4中に含まれる酸化還元物質3の酸化体の濃度と還元体の濃度の比を一定に制御することにより、培養液4自体の酸化還元電位を制御することができる。つまり、酸化還元物質3が培養液4の酸化還元電位を決定する要素であり、培養液4の組成は酸化還元電位にほとんど影響を与えることがない。
【0049】
3極式の電位制御装置12では、作用電極9と参照電極11間の電位差を測定し、測定した電位差が設定電位に達するように作用電極9と対電極10との間に電流を流し、基準となる参照電極11には一切電流が流れないようにしている。このようにして作用電極の電位9を一定の電位に制御し、酸化還元物質3の酸化体の濃度と還元体の濃度の比を一定に制御することにより、培養液4自体の酸化還元電位を一定に制御している。ここで、培養液4の酸化還元電位は、作用電極9の電位に相当する。したがって、設定電位、つまり、参照電極11に対する作用電極9の電位が培養液4の酸化還元電位に相当することとなる。但し、培養液4の酸化還元電位を設定するために必要な作用電極9と対電極10との間の電流量が予め分かっている場合には、図6に示すように、参照電極11を設けることなく、培養液4の酸化還元電位を制御することができる。また、微生物により酸化された物質を還元したり、逆に還元された物質を酸化したりすることにより微生物に必要な物質を再生し続けながら培養を行う場合には、培養液4の酸化還元電位を制御する必要はなく、微生物により酸化または還元された物質を還元または酸化して再生するために必要な電位差を作用電極9と対電極10との間に与えればよい。
【0050】
培養容器5内の培養液4の酸化還元電位を制御しながら微生物2を培養することで、微生物2が活性化される。即ち、微生物の増殖が促進されることにより微生物群の機能が高まったり、機能している微生物の割合が増えることにより微生物群の機能が高まったりする。また、微生物の代謝機構そのものが変化した結果として代謝物が増加する場合もある。
【0051】
したがって、本発明の電気培養方法及び電気培養装置により微生物2を培養することで、微生物2の活性化を促すことができる。そして、培養容器5を密閉構造とし、且つ対電極10を培養容器5の外側に配置することによって、対電極10から発生するガス成分が培養液4に溶け込むことがなくなり、微生物2の生育状態を良好なものとすることができる。
【0052】
例えばガス状物質を生産する微生物を培養対象微生物2とした場合、この微生物2によるガス状物質生産量(生産速度)を高めながらも、生産されたガス状物質を培養容器5の外部に漏洩させることがなくなる。そして、ガス状物質は、培養容器5内の培養液4が存在しない空間、例えば図1における培養容器5の培養液4よりも上部の空間(ヘッドスペース)に滞留するので、このヘッドスペースからガス状物質を回収することができる。したがって、微生物2により生産される物質を効率よく回収することができる。
【0053】
ガス状物質を生産する微生物としては、例えば、水素と二酸化炭素からメタンガスを生産するメタン酸化菌が挙げられるが、本発明において培養対象とする微生物はこれに限定されるものではない。
【0054】
また、例えば揮発性物質を生産する微生物を培養対象微生物2とした場合、揮発性物質の生産量(生産速度)を高めながらも、生産された揮発性物質を培養容器5の外部に漏洩させることがなくなる。そして、揮発性物質は培養液4に溶け込むと共に、一部は揮発して培養容器5内の培養液4が存在しない空間、例えば図1における培養容器5の培養液4よりも上部の空間(ヘッドスペース)に滞留する。したがって、培養液4を回収し、培養液4から例えば蒸留等により揮発性物質のみを分離して回収することにより、あるいは揮発してガス状物質としてヘッドスペースに滞留する揮発性物質を回収することにより、微生物2により生産される物質を効率よく回収することができる。
【0055】
揮発性物質を生産する微生物としては、例えばグルコースからエタノールやブタノール、アセトンを生産するClostridium acetobutylicumが挙げられるが、本発明において培養対象とする微生物はこれに限定されるものではない。
【0056】
さらに、本発明の電気培養方法及び電気培養装置は、微生物により物質を生産させる場合以外にも用いることができる。例えば、環境汚染物質等の有害物質を微生物により分解処理を行う場合、この有害物質が揮発性を有すると、微生物を培養しながら有害物質を分解処理する際に、有害物質が培養容器5の外に揮散してしまう。そこで、培養容器5を密閉構造としている本発明の電気培養方法及び電気培養装置により、培養液4に揮発性の有害物質を添加して微生物2を培養することで、揮発性の有害物質を培養容器5の外部に漏洩させることなく、微生物2により分解処理することが可能になる。
【0057】
揮発性の有害物質を分解する微生物としては、揮発性を有する有機塩素化合物を分解する微生物、例えばテトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物(例えばDesulfitobacterium, Dehalococcoides, Dehalobacter, Geobacter等)、ジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物(例えばDehalococcoides等)、ビニルクロライド(VC)脱塩素微生物等(例えばDehalococcoides等)が挙げられるが、本発明において培養対象とする微生物及び分解対象とする有害物質はこれに限定されるものではない。
【0058】
尚、揮発性物質を培養容器5内で揮発させることなく、その全量を培養液4から回収したい場合や、揮発性の有害物質を分解処理する場合には、培養容器5内にガス状物質が滞留する空間を形成することなく、培養容器5内を培養液4で完全に満たすようにすることが好ましい。
【0059】
尚、本実施形態では、図1に示すように、培養容器内の培養液の液面よりも上部の空間(ヘッドスペース)に滞留するガス状物質を培養容器の外へ導くガス排出管15aを備え、このガス排出管15aをバルブ15bにより開閉可能としたガス回収手段15により、培養容器内のガス状物質を回収するようにしている。しかしながら、ガスの回収方法は、この方法に限定されるものではない。例えば、培養容器5の上部に開口部を設けて合成ゴム等(例えばシリコーンゴム)の弾性材料でこの開口部を塞ぎ、開口部を塞ぐ弾性材料に注射器の注射針を刺してヘッドスペースからガス状物質を回収するようにしてもよい。合成ゴム等の弾性材料は、注射針を引き抜くと孔が塞がるので、ガス状物質の回収を行わないときには、注射針を引き抜いておいても、培養容器5の密閉状態が維持される。
【0060】
さらに、本実施形態では、図1に示すように、培養容器内の培養液の液面よりも下部に、培養容器5内の培養液4を培養容器5の外に導く培養液排出管16aを備え、この培養液排出管16aをバルブ16bにより開閉可能とした培養液採取手段16により、培養容器5内から培養液4を採取するようにしている。しかしながら、培養液4の採取方法は、この方法に限定されるものではなく、上記と同様、培養容器5に開口部を設けて合成ゴム等の弾性材料で塞ぎ、注射器の注射針を刺して培養液4を採取するようにしてもよい。または培養槽7に開口部を設け、この開口部から両端が開口された管を入れて開口部を合成ゴム等の弾性材料で塞ぎ、管の一端の注射器に接続し、他端を培養液4に浸けて、管を介して培養液4を採取するようにしてもよい。
【0061】
また、ガス回収手段15や培養液採取手段16とは別に、培養液4に物質を添加・供給する手段を設けるようにしてもよい。具体的には、培養容器5の外部から培養液4に物質を添加・供給することのできる開閉可能な物質導入管を備えるようにしてもよい。この場合には、微生物2に必要な栄養源や、微生物2が目的の物質を生産するのに必要な物質、微生物2の増殖や代謝に伴い変動する培養液4の状態を一定の状態に維持するための中和剤、培養液4そのもの等を必要に応じて添加することができる。また、培養環境を嫌気性や好気性に維持するためにガスを供給することもできる。しかしながら、培養液に物質を添加・供給する手段は必ずしも備える必要はなく、ガス回収手段15や培養液採取手段16を培養液に物質を添加・供給する手段として併用するようにしてもよい。また、上記のように注射器の注射針を弾性材料に差し込んで培養液4に物質を添加・供給するようにしてもよい。
【0062】
本発明の電気培養方法及び電気培養装置によれば、培養容器5自体を密閉構造としていることから、培養容器5内に供給したガス等が培養容器5外に漏洩することが無い。したがって、培養環境を嫌気性や好気性に制御しやすく、従来のように培養容器5をボックスに収容することなく、培養容器5内の培養液4の培養環境をそのまま管理することができる。したがって、培養容器をボックスに収容していた従来法と比較して培養環境の管理が容易になると共に、再度培養を行う際にボックスを滅菌する手間を省くこともできる。
【0063】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、図1及び図2に示す電気培養装置では、作用電極9をイオン交換膜6から離して配置しているが、作用電極9のイオン交換膜6に対する位置は、培養容器5内に配置される限りにおいては、特に限定されるものではない。例えば、作用電極9をイオン交換膜6に接触させて電気培養を行うようにしてもよい。例えば、イオン交換膜6を作用電極9と対電極10とで挟持するようにしても、培養液4の電位制御を行うことが可能である。尚、作用電極9をイオン交換膜6に接触させる場合には、作用電極9とイオン交換膜6と培養液4との接触面積を増大させて電気化学反応の進行状態を良好なものとするために、電極を多孔質体とすることが好適である。
【0064】
また、微生物2を通過させないメンブレンフィルタを培養液採取手段16の培養液排出管6の途中に設け、培養容器5内の微生物2を培養容器5外に排出することなく、培養液4のみを培養容器5外に排出するようにしてもよい。この場合には、培養容器5内の微生物2を長期間保持しつつ、培養液4中に含まれる揮発性物質、即ち微生物2が生産した揮発性物質を回収することが可能になる。また、培養容器5内の微生物2を長期間保持することができるので、微生物2の物質の分解処理能力を長期間発揮させて、揮発性物質の分解を長期にわたり効率よく実施することが可能となる。
【0065】
さらに、本発明の電気培養装置において培養しうる微生物は、上述のものには限定されない。例えば、ガス資化性細菌である水素細菌、光合成細菌等の培養が可能である。本発明の電気培養装置は、培養対象微生物を収容する培養槽を密閉構造としているので、生育の際にガス状物質や揮発性物質を必要とする微生物を培養する際にも、これらの物質を培養槽の外へ漏洩させることなく、無駄なく微生物に供給することができるという優れた利点を有する。尚、水素細菌は、好気条件下において水素を酸化し、その反応によって生じるエネルギーを用いて二酸化炭素を固定しながら生育する微生物であり、二酸化炭素からの有用物質生産に利用することができる。また、光合成細菌は、硫化水素やメルカプタン(悪臭の原因)を電子供与体とし、二酸化炭素を炭素源として生育する微生物である。尚、光合成細菌は有機物(廃棄物)を炭素源として水素生産を行うことも可能である。さらに、揮発性有害物質分解菌として、メタン、エタン、プロパンといったガス状アルカンを分解する微生物や、メタン、メタノール、シックハウス症候群の原因物質であるホルムアルデヒドのようなC1化合物を分解する微生物も、本発明の電気培養装置において培養することが可能である。
【実施例】
【0066】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0067】
(実験装置)
図2に示す電気培養装置1により実験を行った。培養容器5は250mL容のガラスバイアル瓶(Duran製)とし、培養液4の液面より下部に開口部を3つ設けた。1つめの開口部5bには参照電極11(東亜DDK製、HS−205C)を差し込んで参照電極11と培養液4とを接触させた。2つめの開口部5cは培養液4を採取するために設け、蓋の開閉により培養液4を採取可能とした。3つめの開口部5aはポーラス板状の炭素電極(対電極10)で塞ぎ、この板状の炭素電極の片側表面の下半分には20%ナフィオン分散液(DE2021)を塗布し、さらにナフィオン膜N117で覆うことでイオン交換膜6を形成し、イオン交換膜6によって3つめの開口部5aが塞がれるようにした。対電極10をポーラスなものとした理由は、イオン交換膜6と対電極10との接触面で発生したガスを対電極10の反対側の面に通過しやすくするためである。作用電極9として板状の炭素電極を培養液4に浸した。作用電極9と対電極10と参照電極11とを3電極式の電位制御装置(ポテンシオスタット)12に結線して、培養液4の電位を厳密に制御可能とした。尚、培養液4は培養容器5の8分目程度まで入れ、液面上部にヘッドスペースを確保した。培養容器5には蓋18をし、蓋18の上面18aに弾性材料であるシリコーンゴムを備えて、注射器の注射針を差し込んで培養容器5内のヘッドスペースからガス状物質を回収可能とし、且つ注射針の差し込みにより生じた孔が注射針を抜いた際に塞がるようにした。
【0068】
(実施例1)
微生物2として、メタン生成菌であるMethanobacterium thermoautotrophicus(以下、単にメタン生成菌と呼ぶ)を用いた。この微生物は、水素ガス(H)と二酸化炭素(CO)からメタンガス(CH)を生成することのできる微生物である。培養温度は55℃とした。また、酸化還元物質3としてAQDS(アントラキノン−2,6−ジスルホン酸)を用い、培養液4のAQDS濃度は0.5mMとした。実験に使用した培養液4の構成成分を表1に示す。尚、培養液4は攪拌子19で攪拌し、上部のシリコーンゴム栓に注射針を2本刺し、一方の注射針からH/CO=80/20混合ガスを1時間通気することにより、ヘッドスペースをHとCOの混合ガスで置換した。
【0069】
【表1】

【0070】
Trace vitaminesとTrace element solutionの組成は以下の通りとした。
<Trace vitamins 1L>
Biotin: 2.0mg, Folic acid: 2.0mg, Pyridoxine・HCl: 10.0mg, Thiamine・HCl: 5.0mg, Riboflavin: 5.0mg, Nicotinic acid: 5.0mg, Calcium pantothenate: 5.0mg, Vitamin B12: 0.1mg, p-aminobenzoic acid: 5.0mg, Lipoic acid: 5.0mg
<Trace element solution 1L>
Na2EDTA: 0.64g, MgSO4・H2O: 6.2g, MnSO4・4H2O: 0.55g, NaCl: 1.0g, FeSO4・7H2O: 0.1g, CoCl2・6H2O: 0.17g, CaCl2・2H2O: 0.13g, ZnSO4・7H2O: 0.18g, CuSO4: 0.05g, KAl(SO4)2・12H2O: 0.018g, H3BO3: 0.01g, Na2MoO4・2H2O: 0.011g, NiCl2・6H2O: 0.025g
【0071】
培養液4の通電電位、即ち酸化還元電位は、+0.4V、−0.1V、−0.4V、−0.8Vとした。また、対照実験として、通電を行わない場合についても実験を行った。通電を行わなかった実験のうち、none(Na2S,Cys)の条件は、培養液4にL-Cysteine・HCl・H2O, Na2S・9H2Oをそれぞれ終濃度0.5g/Lになるように添加して、化学的に酸化還元電位を制御した条件である。
【0072】
培養を150時間行った際のセル密度の経時変化を図3に示す。図3に示す結果から、特に−0.8Vにおいてセル密度が高まりやすくなり、メタン生成菌の生育・増殖が促進されていることが明らかとなった。
【0073】
次に、培養開始から150時間経過した後の培養容器内のメタンガス量をガスクロマトグラフィー(GLサイエンス)で測定した。結果を図4に示す。図4に示す結果から、−0.8Vにおいて特にメタンガスの生成量が高まることが明らかとなった。また、図3に示されるメタン生成菌の増殖結果と、図4に示されるメタンガス生成量の測定結果から、本発明の電気培養装置により、メタン生成菌により生成されたメタンガスが培養容器の外に漏洩することなく、定量分析に供されたことがわかった。
【0074】
以上の結果から、本発明の電気培養装置が、密閉性を有しながらも酸化還元電位を制御しながら微生物を培養できるものであることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0075】
1 電気培養装置
2 培養対象微生物
3 酸化還元物質
4 培養液
5 培養容器
5a 開口部
6 イオン交換膜
9 作用電極
10 対電極
12 電源
15 ガス回収手段
16 培養液採取手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン交換膜によって仕切られ且つ開放されている二つの槽を備える培養容器の一方の槽に酸化還元物質を含む培養液を収容すると共に前記培養液に作用電極を浸し、他方の槽に電解液を収容すると共に前記電解液に対電極を浸し、前記一方の槽に培養対象たる微生物を添加して、前記作用電極と前記対電極との間に電位差を与えながら前記微生物を培養する電気培養方法において、
前記培養容器を前記イオン交換膜により二つの槽に仕切ることなく前記イオン交換膜を少なくとも一部に備える密閉構造の容器とし、前記作用電極を前記培養容器内に配置すると共に前記対電極を前記培養容器の外側に配置し、前記培養容器内に前記培養液を収容して前記イオン交換膜の少なくとも一部に前記培養液を接触させると共に前記培養液に前記作用電極を浸し、前記イオン交換膜の前記培養液との接触面とは反対側の面の少なくとも一部に前記対電極を接触させ、前記作用電極と前記対電極との間に電位差を与えながら前記微生物を培養することを特徴とする電気培養方法。
【請求項2】
前記対電極が多孔質体で構成されている請求項1に記載の電気培養方法。
【請求項3】
請求項1記載の電気培養方法によりガス状物質を生産する微生物または揮発性物質を生産する微生物を培養し、前記ガス状物質または前記揮発性物質が揮発して発生したガス成分を前記培養容器内の前記培養液の液面よりも上部の空間に滞留させ、これを回収することを特徴とする物質生産方法。
【請求項4】
請求項1記載の電気培養方法により揮発性物質を生産する微生物を培養し、前記微生物が生産する前記揮発性物質を前記培養容器内の前記培養液から回収することを特徴とする物質生産方法。
【請求項5】
請求項1記載の電気培養方法により揮発性の有害物質を分解する微生物を培養し、前記培養容器内の前記培養液に添加された前記有害物質を分解処理することを特徴とする物質分解処理方法。
【請求項6】
イオン交換膜によって仕切られ且つ開放された二つの槽を備える培養容器と、作用電極及び対電極と、前記作用電極と前記対電極との間に電位差を与える電源とを有し、前記二つの槽のうちの一方の槽に酸化還元物質を含む培養液が収容されると共に前記作用電極が前記培養液に浸され、前記二つの槽のうちの他方の槽に電解液が収容されると共に前記対電極が前記電解液に浸され、前記培養液に培養対象たる微生物が添加されて、前記電源により前記作用電極と前記対電極との間に電位差を与えながら前記微生物を培養する電気培養装置において、
前記培養容器を前記イオン交換膜により二つの槽に仕切ることなく前記イオン交換膜を少なくとも一部に備える密閉構造の容器とし、前記作用電極は前記培養容器内に配置されると共に前記対電極は前記培養容器の外側に配置され、前記培養容器に前記培養液が収容されると共に前記作用電極が前記培養液に浸され、前記培養容器の前記イオン交換膜は前記培養容器に前記培養液が収容されたときに少なくともその一部が前記培養液と接触しうる位置に備えられ、前記イオン交換膜の前記培養液との接触面とは反対側の面の少なくとも一部に前記対電極が接触して配置されていることを特徴とする電気培養装置。
【請求項7】
前記培養容器の前記培養液の液面よりも下部に開口部が設けられ、前記開口部が前記イオン交換膜で塞がれ、前記培養容器の外側の前記イオン交換膜の表面の少なくとも一部に前記対電極が接触して配置されている請求項6に記載の電気培養装置。
【請求項8】
前記対電極が多孔質体で構成されている請求項6または7に記載の電気培養装置。
【請求項9】
前記培養容器内の前記培養液の液面よりも上部の空間に滞留するガス状物質を回収するガス回収手段を備える請求項5または6に記載の電気培養装置。
【請求項10】
前記培養容器内の前記培養液を採取する培養液採取手段を備える請求項5または6に記載の電気培養装置。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−207193(P2010−207193A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−59787(P2009−59787)
【出願日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「微生物機能を活用した環境調和型製造基盤技術開発/微生物群のデザイン化による高効率型環境バイオ処理技術開発/デザイン化微生物群を用いた高効率型固定床メタン発酵槽の研究開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】