説明

電池状態推定装置および電池情報報知装置

【課題】小さなフルスケールの電流センサを用いてエンジン始動用電池の電池状態を正確に推定可能な電池状態推定装置を提供する。
【解決手段】リングバッファに、電圧測定回路で測定された電圧および電流センサで測定された電流の値が1ms毎に格納される(S106)。リングバッファに格納された電圧の値の変化を監視することで、スタータスイッチがオン状態となったか否かが判断され(S110)、この判断が肯定のときに、スタータスイッチがオン状態となる前のリングバッファに格納された電圧および電流の値を用いて(S110)鉛電池の電池状態が推定される(S114、S116)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電池状態推定装置および電池情報報知装置に係り、特に、エンジン始動用電池の電池状態を推定する電池状態推定装置およびエンジン始動用電池の電池情報を車両制御部に報知する電池情報報知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、内部抵抗、放電電圧、開回路電圧、残容量、充電状態(SOC)、健康度(SOH)などの電池状態を表すパラメータや電池状態を演算するための測定パラメータ(電池情報)が広く用いられている。このような背景には、例えば、自動車等の移動体や携帯機器の高性能化に伴い、これらに使用される電池の負荷が大きくなってきているという事情があり、種々の要求機能を果たすために電池状態の監視や電池状態制御の重要性がますます高まっている。
【0003】
車両に搭載されたエンジン始動用電池では、排ガスの削減のために行われるアイドルストップ・スタート(ISS)、回生充電などに対応するため、これらの用途に適した電池状態に電池を保つ技術が望まれている。鉛電池はこれらの用途に適用可能な電池の代表的なもののひとつである。エンジン始動用電池において、電池状態を推定する技術としては、エンジン始動時の電圧や直流内部抵抗を予め測定したデータマップと比較して電池状態を算出する技術や、リアルタイムで充電状態(SOC)を推定するために車両に電流センサを搭載し電流積算によってSOCを補正する技術が提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0004】
エンジン始動時の電池情報から電池状態を演算(推定)する場合、放電電圧が電流に依存することから、一般的には電圧と電流のマップが参照される。図6は、エンジン始動時の鉛電池の電圧および電流の波形を模式的に示したものである。なお、図6では、電流の符号は充電電流を正、放電電流を負で表している。
【0005】
図6に示すように、エンジン始動時には、まず、スタータに突入電流(放電電流)が流れ、その後スタータが作動することによってエンジンが始動し発電機が動き始めると充電電流が流れる。エンジン始動用電池の電圧、電流から電池状態を推定するには、過去の充放電によるエンジン始動用電池の濃度分極の影響を避けるため、通電開始後短い時間内に測定した電圧、電池データを用いることが好ましい。また、電流を測定する場合には、暗電流等の影響を排除するために、ある程度大きな電流が流れている状態で測定することが好ましい。このため、電池状態の推定のための電池情報の測定タイミングとしては、例えば、突入電流が流れているタイミングが適しており、このタイミングで測定した電池情報を用いて鉛電池の電池状態を推定する電池状態推定装置が一部実用化されている。
【0006】
しかし、エンジン始動時の突入電流を測定する場合には、突入電流が400A〜1300Aの大電流のため、電流センサが高コストとなり装置全体のコストアップを招くことから、一般的には、エンジン始動時の突入電流が測定不能なフルスケール100A〜200Aの電流センサが用いられ、測定タイミングも突入電流ではなくその後に流れる電流が測定されている(図6の「電流測定」参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−63830号公報
【特許文献2】特許第3172977号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した小さなフルスケールの電流センサは低コストではあるものの、突入電流の後、電流センサが測定可能な電流レンジに入った後の電流を用いて電池状態の推定を行わざるを得ず、突入電流による大きな電気量が流れた後のため、エンジン始動用電池の濃度分極の影響によって正確な電池状態の推定が難しい、という問題がある。
【0009】
本発明は上記事案に鑑み、小さなフルスケールの電流センサを用いてエンジン始動用電池の電池状態ないし電池情報を正確に推定ないし取得可能な電池状態推定装置および電池情報報知装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の第1の態様は、エンジン始動用電池の電池状態を推定する電池状態推定装置において、前記電池の電圧を測定する電圧測定手段と、前記電池に流れる電流を測定する電流測定手段と、前記電圧測定手段で測定された電圧および前記電流測定手段で測定された電流の値を所定時間毎に記憶する記憶手段と、前記記憶手段に記憶された電圧の値の変化を監視することにより、前記エンジンを始動するスタータに前記電池から電力を供給するためのスタータスイッチがオン状態となったか否かを判断する判断手段と、前記判断手段が前記スタータスイッチがオン状態となったと判断したときに、前記スタータスイッチがオン状態となる前の前記記憶手段に記憶された電圧および電流の値を用いて前記電池の電池状態を推定する推定手段と、を備える。
【0011】
第1の態様では、記憶手段に、電圧測定手段で測定された電圧および電流測定手段で測定された電流の値が所定時間毎に記憶される。判断手段により、記憶手段に記憶された電圧の値の変化が監視されることで、スタータスイッチがオン状態となったか否かが判断され、この判断が肯定のときに、推定手段により、スタータスイッチがオン状態となる前の記憶手段に記憶された電圧および電流の値を用いてエンジン始動用電池の電池状態が推定される。イグニッションスイッチがスタート端子位置に位置付けられた後、スタータスイッチがオン状態となるまでの間にはタイムラグが存在し、その間にスタータスイッチのソレノイドに電池から負荷電流が流れる。この負荷電流は比較的大きな値のため電圧も精度よく測定できるとともに、フルスケールの小さい電流測定手段を用いても電流の測定が可能である。
【0012】
第1の態様において、判断手段は、記憶手段に記憶された電圧の値を参照して、予め定められた第1の所定時間内に予め設定された値以上の電圧降下があるか否かを判断し、肯定判断のときに、スタータスイッチがオン状態となったと判断するようにしてもよい。また、推定手段は、スタータスイッチがオン状態となる前の記憶手段に記憶された電圧および電流の値から電池の内部抵抗の値を演算し、該演算した内部抵抗の値から電池の電池状態を推定するようにしてもよい。このとき、推定手段は、判断手段がスタータスイッチがオン状態となったと判断したときに、判断手段によるスタータスイッチがオン状態の判断から時刻0ms前から時刻10ms前の間に記憶手段に記憶された電圧および電流の値のうちの一対の電圧および電流の値、並びに、判断手段によるスタータスイッチがオン状態の判断から時刻20ms以上前の第2の所定時間前に記憶手段に記憶された電圧および電流の値のうち一対の電圧および電流の値を用いて内部抵抗の値を演算することが好ましい。
【0013】
また、第1の態様において、記憶手段は、10ms以内の周期で電圧測定手段で測定された電圧および電流測定手段で測定された電流の値を記憶することが好ましい。車両制御部からイグニッションスイッチ(IGN)がスタート端子位置に位置付けられたことを表すIGN情報を取得する情報取得手段をさらに備え、判断手段は、情報取得手段が前記IGN情報を取得した後、記憶手段に記憶された電圧の値の変化を監視することにより、スタータスイッチがオン状態となったか否かを判断するようにしてもよい。このような態様では、記憶手段は、10msを超える周期で電圧測定手段で測定された電圧および電流測定手段で測定された電流の値を記憶するようにしてもよいが、報取得手段が情報を取得した後の次の一回については前回電圧および電流の値を記憶したときから10ms以内に電圧測定手段で測定された電圧および電流測定手段で測定された電流の値を記憶することが望ましい。
【0014】
また、上記課題を解決するために、本発明の第2の態様は、エンジン始動用電池の電池情報を車両制御部に報知する電池情報報知装置において、前記電池の電圧を測定する電圧測定手段と、前記電池に流れる電流を測定する電流測定手段と、前記電圧測定手段で測定された電圧および前記電流測定手段で測定された電流の値を所定時間毎に記憶する記憶手段と、前記記憶手段に記憶された電圧の値の変化を監視することにより、前記エンジンを始動するスタータに前記電池から電力を供給するためのスタータスイッチがオン状態となったか否かを判断する判断手段と、前記判断手段が前記スタータスイッチがオン状態となったと判断したときまたはその後に、前記スタータスイッチがオン状態となる前の前記記憶手段に記憶された電圧および電流の値を前記電池の電池情報として前記車両制御部に報知する報知手段と、を備える。
【0015】
第2の態様の電池情報報知装置は、第1の態様の電池状態推定装置が電池状態を推定するのに対し、そのような推定は車両制御部側で行われるものであり、その推定に必要な電池情報、すなわち、スタータスイッチがオン状態となる前の記憶手段に記憶された電圧および電流の値を報知手段で車両制御部に報知するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の第1の態様によれば、推定手段によりスタータスイッチがオン状態となる前の電圧および電流の値を用いて電池の電池状態が推定されるので、推定には突入電流が流れる前に測定した電流の値で足りるため、フルスケールの小さい電流測定手段を用いることができるとともに、突入電流による電池の濃度分極の影響がないため、正確に電池状態を推定することができる、という効果を得ることができる。また、第2の態様によれば、突入電流が流れる前の電流を測定するため、フルスケールの小さい電流測定手段を用いることができるとともに、突入電流による電池の濃度分極の影響がないため、正確な電池情報を車両制御部に報知することができる、という効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明が適用可能な実施形態の電池状態推定装置および自動車のブロック配線図である。
【図2】実施形態の電池状態推定装置のマイコンのCPUが実行する電池状態推定ルーチンのフローチャートである。
【図3】スタータスイッチがオン状態となる前後の鉛電池の電圧変化および電流変化を模式的に示すグラフである。
【図4】マイコンのROMに格納されたSOHマップを示すグラフである。
【図5】実施例および比較例の電池状態推定装置により演算されたSOH推定値とSOH実測値との関係を示すグラフである。
【図6】エンジン始動時の鉛電池の電圧と電流の波形を模式的に示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本発明を、アイドルストップ・スタート機能(以下、ISS機能という。)を有するガソリン自動車(以下、ISS車両という。)に搭載されたエンジン始動用鉛電池の電池状態を推定する電池状態推定装置に適用した実施の形態について説明する。
【0019】
(構成)
図1に示すように、本実施形態の電池状態推定装置10は、鉛電池1に流れる電流を測定するホールセンサ等の電流センサ2、差動増幅回路を有し鉛電池1の両端電圧を測定する電圧測定回路3、鉛電池1の温度を測定するサーミスタ等の温度センサ4および鉛電池1の電池状態を推定するマイクロコンピュータ(以下、マイコンという。)5を備えている。
【0020】
鉛電池1は、電池容器となる角型の電槽を有している。電槽の材質には、成形性、電気的絶縁性、耐腐食性および耐久性等の点で優れる、例えば、ポリプロピレン(PP)やポリエチレン(PE)等の高分子樹脂を選択することができる。電槽の中央部の隔壁にはセンサ挿入孔が形成されている。センサ挿入孔には温度センサ4が挿入されており、接着剤でセンサ挿入孔内に固定されている。電槽には合計6組の極板群が収容されている。各極板群は、複数枚の負極板および正極板がガラス繊維からなるリテーナ(セパレータ)を介して積層されており、セル電圧は2.0Vとされている。従って、鉛電池1の公称電圧は12Vである。電槽の上部は、電槽の上部開口部を密閉するPP、PE等の高分子樹脂製の上蓋に接着ないし溶着されている。上蓋には、鉛電池1を電源として外部へ電力を供給するためのロッド状の正極外部端子および負極外部端子が立設されている。
【0021】
鉛電池1の正極外部端子は、電流センサ2を介してイグニッションスイッチ(以下、IGNと略称する。)21の中央端子に接続されている。IGN21は、中央端子とは別に、OFF端子、ON/ACC端子およびSTART端子(スタート端子)を有しており、中央端子とこれらOFF、ON/ACCおよびSTART端子のいずれかとは、ロータリー式に切り替え接続が可能である。
【0022】
START端子は、スタータスイッチ22を介してエンジン24を始動するセルモータ(スタータ)23の一端に接続されている。鉛電池1からセルモータ23に大きな電流値の突入電流が流れることから、スタータスイッチ22にはリレーが用いられている。IGN21がSTART端子位置に位置付けられる(切り替えられる)と、スタータスイッチ22は車両ECU20によりオン状態に制御される。すなわち、ISS機能を有しない通常のエンジン自動車であればIGN21からスタータスイッチ22に直接接続されていてもよいが、ISS車両では信号待ちなどでアイドルストップの後エンジン24の再始動(アイドルスタート)が行われるため、鉛電池1の電力でセルモータ23を作動可能か(エンジンの再始動が可能か)を判断し、可能な場合に鉛電池1の電力でセルモータ23を作動させるため、スタータスイッチ22が必要となる。なお、セルモータ23は、図示しないクラッチ機構を介してエンジン24の回転軸に回転駆動力の伝達が可能である。
【0023】
また、ON/ACC端子は、エアコン、ラジオ、ランプ等の補機26および一方向への電流の流れを許容する整流器を介してエンジン24の回転により発電する発電機25の一端に接続されている。すなわち、整流器のアノード側は発電機25の一端に、カソード側はON/ACC端子に接続されている。エンジン24の回転軸は、不図示のクラッチ機構を介して発電機25に動力の伝達が可能である。このため、エンジン24が回転状態にあるときは、不図示のクラッチ機構を介して発電機25が作動し、発電機25からの電力が補機26や鉛電池1に供給(充電)される。なお、OFF端子はいずれにも接続されていない。
【0024】
また、セルモータ23、発電機25および補機26の他端、鉛電池1の負極外部端子は、それぞれ自動車のシャーシと同電位のグランドに接続されている。なお、補機26の一端はON/ACC端子に車両ECU20でオン・オフが制御されるリレーを介して接続されているが、図1ではそのようなリレーを捨象している。
【0025】
鉛電池1の正負極外部端子は、電圧測定回路3に接続されており、電圧測定回路3の出力側はマイコン5に内蔵されたA/Dコンバータに接続されている。このため、マイコン5は、鉛電池1の電圧をデジタル値で取り込むことができる。同様に、電流センサ2および温度センサ4の出力端子は、それぞれ、マイコン5に内蔵されたA/Dコンバータに接続されている。このため、マイコン5は、鉛電池1に流れる電流や鉛電池1の温度をデジタル値で取り込むことができる。
【0026】
マイコン5は、中央演算処理装置として機能するCPU、電池状態判定装置10の基本制御プログラムおよび後述する数式やマップ等のプログラムデータが格納されたROM、CPUのワークエリアとして働くとともにデータを一時的に記憶するRAM、電圧測定回路3および電流センサ2を介して測定した電圧および電流の値を記憶するリングバッファ、車両ECU20と通信するための通信部等を含んで構成されている。マイコン5は、通信線を介して車両ECU20に接続されており、ISS車両のシャーシと同電位のグランドにも接続されている。また、マイコン5の各A/Dコンバータは、鉛電池1の電圧および鉛電池1に流れる電流を1ミリ秒(1ms)間隔でサンプリングし、鉛電池1の温度を1秒(1s)間隔でサンプリングする。なお、リングバッファは必ずしも必要ないが、例えば、RAMに格納する場合に比べ処理時間が大幅に短縮されるため、本実施形態ではリングバッファに電圧、電流の値を格納する構成が採られている。また、マイコン5は図示を省略した電源回路を介して鉛電池1の電力で作動する。
【0027】
車両ECU20はIGN21、エンジン24に接続されており、車両ECU20は、IGN21がいずれの端子位置に位置付けられているかや、エンジン24の状態を把握可能である。また、車両ECU20は、マイコン5との間に接続された通信線を介して、マイコン5から鉛電池1の電池状態に関する情報(後述するSOH、SOC)を取得し、アイドルストップを行う場合には、鉛電池1の電力でエンジン24を再始動可能かをアイドルストップ前に判断する。
【0028】
(動作)
次に、フローチャートを参照して、本実施形態の電池状態推定装置10の動作について、マイコン5のCPUを主体として説明する。マイコン5に電源が投入されると、CPUは、図2に示す鉛電池1の電池状態を推定するための電池状態推定ルーチンを実行する。なお、ROMに格納されたプログラムやプログラムデータは、マイコン5への電源投入後の図示しない初期設定処理によりRAMに展開される。
【0029】
図2に示すように、電池状態推定ルーチンでは、ステップ102において、鉛電池1が放電している間(車両の運転中)分極が蓄積され、分極が解消された状態にならないため、鉛電池1の電圧が安定するまで待機する。すなわち、エンジン停止後所定時間(例えば、6時間)が経過したか否かを判断することにより、肯定判断のときに鉛電池1の電圧が安定したと判定する。エンジン24が停止したか否かは、例えば、電圧測定回路3で測定した鉛電池1の電圧を監視してマイコン5でエンジン停止を判断するようにしてもよいし、後述するように、車両ECU20から報知を受けてもよい。
【0030】
次いでステップ104では、鉛電池1の開回路電圧OCVを測定する。すなわち、電圧測定回路3から出力された鉛電池1の電圧をA/Dコンバータを介してデジタル値で取り込み、RAMに記憶する。次にステップ106では、電圧測定回路3から出力された鉛電池1の電圧および電流センサ2から出力された電流の値を、それぞれA/Dコンバータを介して1ms毎にデジタル値で取り込み、リングバッファに格納(記憶)する。
【0031】
次のステップ108では、温度センサ4から出力された鉛電池1の温度の値をA/Dコンバータを介して1s毎にデジタル値で取り込み、RAMに記憶する。この処理は、1s毎に行われるため、実際には、前回の温度測定時から1s経過したか否かを判断し、経過していないと判断したときは、次のステップ110に進み、前回の温度測定時から1s経過したと判断したときに行われる。次にステップ110において、リングバッファに格納された電圧値の変化を監視して、具体的には、1ms毎にリングバッファに格納された電圧の値を参照して、50ms(第1の所定時間)内に1.5V(予め設定された値)以上の電圧降下があるか(あったか)否かを判断する。
【0032】
ここで、図3を参照して、本実施形態の電池状態推定装置10による鉛電池1の電池情報の取得原理について説明する。
【0033】
ドライバによりIGN21がSTART端子位置に位置付けられると、車両ECU20はスタータスイッチ22をオン状態に制御し、スタータスイッチ22のソレノイドには鉛電池1から電力が供給される。この結果、スタータスイッチ22(のマグネットスイッチの接点)がオン状態となり、セルモータ23に鉛電池1から電力供給が開始される。これにより、セルモータ23には大きな突入電流が流れ始める。次いで、セルモータ23の回転軸が回転し、図示しないクラッチ機構を介してエンジン24の回転軸に回転駆動力が伝達され、エンジン24が始動する。
【0034】
IGN21がSTART端子位置に位置付けられてからスタータスイッチ22がオン状態となるまでは20ms程度のタイムラグがあり、その間にスタータスイッチ22のソレノイドには負荷電流が流れる。この電流値はIGN21がSTART端子位置に位置付けられてから電流が安定するまで10ms程度要し、その後スタータスイッチ22がオン状態になるまでの残り10ms程度は一般に40A以上で比較的大きい電流が安定して流れる。このように、スタータスイッチ22のソレノイドに負荷電流が流れることにより鉛電池1の電圧も低下するため、電圧変化も十分測定可能である。ステップ110では、この負荷電流による電圧降下を考慮し、50ms内に1.5V以上の電圧降下があるか否かを判断することにより、スタータスイッチ22がオン状態となったか否かを判断するものである。突入電流が流れる前の概ね10ms〜0msの間は電流、電圧ともに安定しており、エンジン始動毎の電流値のバラツキが小さく、その値も100A以下である。従って、このタイミング(IGN21がSTART端子位置に位置付けられてからスタータスイッチ22がオン状態となるまでの間)で測定した電圧、電流の値を用いることにより、鉛電池1の電池情報を正確に測定可能である。なお、鉛電池1の内部抵抗は一般的には電流依存性があるが、40A以上の電流値ではほぼ一定のため、電流補正が不要である。
【0035】
ステップ110で否定判断のときには、スタータスイッチ22は未だオフ状態であるとみなし、ステップ106に戻り、肯定判断のときは、スタータスイッチ22がオン状態に制御されたとみなし、鉛電池1の電圧および電流の値のリングバッファへの格納を停止させて、次のステップ112へ進む。
【0036】
ステップ112では、リングバッファに格納された電圧値および電流値のうち、スタータスイッチ22がオン状態となったと判断された10ms前から0ms前の電圧値V2、電流値I2、および、スタータスイッチ22がオン状態となったと判断されたより20ms以上前の電圧値V1、電流値I1を抽出する。
【0037】
次のステップ114では、ステップ112で抽出した電圧値および電流値を用いて、次式(1)により鉛電池1の内部抵抗Rの値を演算する。電圧値V1、電流値I1の測定タイミングがあまり早すぎるとIGN21がSTART端子位置に位置付けられるまでに流れる電流による分極が内部抵抗R演算の誤差要因となるため、電圧値V1、電流値I1はなるべく、IGN21がSTART端子位置に位置付けられる直前の値であることが望ましい。実際上は、リングバッファの最古の値としても、想定されるリングバッファに収まるデータの時間範囲は50ms(第1の所定時間)程度で短いので、リングバッファ内でスタータスイッチ22がオン状態となったと判断されたより20ms以上前のデータから電圧値V1、電流値I1を選ぶ限り、IGN21がSTART端子位置に位置付けられる直前の値だと考えてよい。
【0038】
【数1】

【0039】
次にステップ116では、鉛電池1の電池状態を推定(演算)し、推定結果を車両ECU20に報知して電池状態推定ルーチンを終了する。以下では、一例として鉛電池1のSOHおよびSOCの推定方法を例示するが、他の公知の推定方法を用いるようにしてもよい。
【0040】
鉛電池1のSOHは、鉛電池1と同仕様の鉛電池を種々の劣化状態において予め測定しておいた内部抵抗RとSOHとの関係を表すSOHマップに当てはめることにより推定することができる。電池のSOHは、一般に、劣化品満充電容量/新品満充電容量×100%で定義され、次式(2)に示すように、内部抵抗R、温度T、開回路電圧OCVの関数として表される。
【0041】
【数2】

【0042】
図4に、25℃における判定マップを示す。内部抵抗Rの値を25℃に換算する換算式を使うことで、25℃以外でも図4に示すSOHマップを用いてSOHの推定可能である。なお、開回路電圧OCVの厳密な定義は電流ゼロでの開回路電圧であるが、上述したように、本実施形態ではエンジン停止後所定時間経過したときの鉛電池1の安定した電圧を開回路電圧OCVとみなした。
【0043】
一方、SOCの推定は、OCVを温度や暗電流値とともにSOCマップの引数として当てはめ残容量に変換し、得られた残容量をSOHを用い次式(3)で補正することで推定(演算)される。
【0044】
【数3】

【0045】
一方、車両ECU20は、車速がゼロになったときに、エンジン24を停止するかどうかの判断(IS判断)に、シフトやブレーキ等の車両状態の他、電池状態推定装置10から報知されたSOHやSOCの値を利用する。電池状態推定装置10から報知されるSOHやSOCの値は、車両ECU20でIS判断時に簡単に利用可能とするため、現在温度T、SOHでエンジン再始動可能なSOCをSOC=0、現在温度Tでエンジン再始動可能なSOHをSOH=0、などと定義されていることが望ましい。そうでなく、一般的なSOCの定義SOC=100%×残容量/満充電容量、一般的なSOHの定義SOH=劣化品満充電容量/新品満充電容量×100%を利用する場合には、SOHとSOCを電池状態推定装置10から車両ECU20に報知するたびにエンジン再始動可能なSOC基準値とエンジン再始動可能なSOH基準値も報知される必要があるため、現在温度T、SOHでのエンジン再始動可能なSOC基準値、現在温度でのエンジン再始動可能なSOH基準値が車両ECU20側の記憶装置に予め記憶されていることが好ましい。
【0046】
(作用等)
次に、本実施形態の電池状態推定装置10の作用効果等について説明する。
【0047】
本実施形態の電池状態推定装置10では、IGN21がSTART端子位置に位置した後、スタータスイッチ22がオン状態となる前の電圧および電流の値を用いて(図2のステップ112参照)鉛電池1の電池状態が推定されるので、推定には突入電流が流れる前に測定した電流(図3の「IGN START端子に接続」から「スタートスイッチオン」の間に1ms毎に測定した電流)の値で足りるため、フルスケールの小さい電流センサを用いることができるとともに、突入電流による鉛電池1の濃度分極の影響がないため、正確に鉛電池1の電池状態を推定することができる。
【0048】
また、本実施形態の電池状態推定装置10では、電圧測定回路3で測定された電圧および電流センサ2で測定された電流の値を1ms毎にリングバッファに格納してそれらの値の変化を監視するので、スタートスイッチ22がオン状態となったことをリアルタイムで判断することができるとともに(ステップ110)、10ms以内の周期で(本実施形態では1ms毎に)リングバッファに格納された電圧値および電流値を参照して内部抵抗Rの値の演算を行うので(ステップ112、114)、鉛電池1の内部抵抗値R、ひいては、鉛電池1の電池状態(SOH、SOC)を精度よく演算することができる(ステップ116)。
【0049】
これに対し、この10msを超える周期でリングバッファに電圧値および電流値を格納すると、突入電流直前の40A以上10msのデータを飛ばして測定できない可能性があるため、適切に電圧値V2、電流値I2を測定できず鉛電池1の電池状態の推定精度が低下する。
【0050】
また、本実施形態の電池状態推定装置10では、スタータスイッチ22がオン状態となったと判断したときに(図2のステップ110)、スタータスイッチ22がオン状態となる時刻0ms前から時刻10ms前の間にリングバッファに記憶された電圧および電流の値のうちの一対の電圧値V2および電流値I2、並びに、スタータスイッチ22がオン状態となる時刻より20ms以上の第2の所定時間(本実施形態では30ms)前にリングバッファに記憶された電圧および電流の値のうち一対の電圧値V1および電流値I1を用いて内部抵抗値Rを演算するので、上記電池情報の取得原理で述べたように、鉛電池1の電池情報を正確に取得できる。
【0051】
なお、本実施形態では、鉛電池1の電圧および鉛電池1に流れる電流の値を常時監視することで、スタータスイッチ22がオン状態となったか否かを判断する例を示したが(ステップ106、110)、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、マイコン5は、車両ECU20からIGN21がスタート端子位置に位置付けられたことを表すIGN情報を取得し(例えば、車両ECU20は、マイコン5との間に接続された通信線や信号線を介して、マイコン5に、IGN21がSTART位置に位置付けられたときに2値のうちのハイ信号を出力し、START位置以外の位置に位置付けられているときにロー信号を出力することで、マイコン5にIGN21の位置情報を報知する。)、その取得時点から鉛電池1の電圧および鉛電池1に流れる電流の値をリングバッファに格納するようにしてもよい。このような態様では、ステップ104でOCVを測定する場合を除き、IGN情報を取得する前に、鉛電池1を電源として作動するマイコン5を消費電力の少ないスリープ状態に維持できるため、マイコン5による鉛電池1の自己電力消費を抑えることができる。
【0052】
また、本実施形態では、電池状態推定装置10による鉛電池1の電池状態を高精度に推定するために、10ms以内の周期でリングバッファに電圧値および電流値を格納する例を示したが、車両ECU20から上述したIGN情報を取得可能な場合には、10msを超える周期で電圧値および電流値をリングバッファに格納するとともに、IGN情報を取得した後の次の一回については前回電圧値および電流値を記憶したときから10ms以内に電圧値および電流値を格納し、これらの値を内部抵抗Rの値の演算に用いてもよい。あるいは、IGN情報を取得した後、直ちに10ms以内の周期でリングバッファに電圧および電流の値を格納するように、格納レートを変更するようにしてもよい。
【0053】
さらに、本実施形態では、鉛電池1の電池状態の推定を電池状態推定装置10側で行う例を示したが、そのような推定を車両ECU20側で行うようにしてもよい。その場合には、電流センサ2、電圧測定回路3、温度センサ4およびマイコン5は、鉛電池1の電池情報を車両ECUに報知する電池情報報知装置として機能する。このような電池情報報知装置では、図2に示したステップ114、116に代えて、ステップ104、108でRAMに格納した鉛電池1の開回路電圧OCV、電池温度Tや、ステップ112で抽出した電池情報を車両ECU20に報知するようにすればよい。
【0054】
また、本実施形態では、スタータスイッチ22のオン状態を判断するため、第1の所定時間として50ms、予め設定された値として1.5Vを例示したが(図2のステップ110参照)、本発明はこれに制限されるものではなく、車両ECU20によるIGN21のSTART端子位置への切り替え把握からスタータスイッチ22をオン状態に制御するまでの時間や、スタータスイッチ22およびセルモータ23の特性を考慮し、適宜設定することができる。
【0055】
さらに、本実施形態では、スタータスイッチ22がオン状態となったと判断された10ms前の電圧値V2、電流値I2、および、スタータスイッチ22がオン状態となったと判断された20ms前の電圧値V1、電流値I1を抽出する例を示したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば、スタータスイッチ22がオン状態の判断から時刻0ms前から時刻10ms前の間にリングバッファに格納(記憶)された電圧および電流の値のうちの一対の電圧および電流の値、並びに、該一対の電圧および電流の値が記憶された時刻より10ms以内の所定時間前にリングバッファに格納された電圧および電流の値のうち一対の電圧および電流の値を用いるようにしてもよい。
【実施例】
【0056】
次に、上述した実施形態に従って作製した電池状態推定装置10の実施例について説明する。なお、比較例についても併記する。
【0057】
(実施例1)
各種劣化状態でのOCV12.4V、温度25℃、55B24電池でエンジンを始動し、突入電流が流れる30ms前と5ms前の電流と電圧を測定した。電流センサには、±100Aのホール式センサを使用した。電流、電圧のサンプリング周期は1msとした。突入電流が流れる30ms前の電圧をV1、電流をI1、突入電流が流れる5ms前の電圧をV2、電流をI2として、上述した式(1)により内部抵抗Rの値を演算し、式(2)によりSOHを演算した。
【0058】
(比較例1)
突入電流が流れる30ms前と突入電流が流れ始めてから30ms後の電流と電圧を測定した以外は、実施例1と同様の電池、電流センサを用い、突入電流が流れる30ms前の電圧をV1、電流をI1、突入電流が流れ初めてから30ms後の電圧をV2、電流をI2として、上述した式(1)により内部抵抗Rの値を演算し、式(2)によりSOHを演算した。なお、比較例1における電圧V2および電流I2は、突入電流が流れた後電流が最初に−95A未満となったときの電圧と電流の値である。
【0059】
図5に、実施例1の電池状態推定装置10で推定したSOHと、比較例1の電池状態推定装置で推定したSOHを示す。図5の実測値は、満充電に充電後、新品時満充電容量基準の5時間率放電で10.5Vまで放電した時の電気量の、新品時満充電容量に対する百分率で求めたものである。図5に示すように、実施例1の電池状態推定装置10の方が比較例1の電池状態推定装置より実測値に近い値となった。従って、実施例1の電池状態推定装置10が優れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は小さなフルスケールの電流センサを用いてエンジン始動用電池の電池状態ないし電池情報を正確に推定ないし取得可能な電池状態推定装置および電池情報報知装置を提供するものであるため、電池状態推定装置や電池情報報知装置の製造、販売に寄与するので、産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0061】
1 鉛電池(電池)
2 電流センサ(電流測定手段の一部)
3 電圧測定回路(電圧測定手段の一部)
5 マイコン(記憶手段、判断手段、推定手段、情報取得手段)
10 電池状態推定装置
20 車両ECU(車両制御部)
21 イグニッションスイッチ
22 スタータスイッチ
23 セルモータ(スタータ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン始動用電池の電池状態を推定する電池状態推定装置において、
前記電池の電圧を測定する電圧測定手段と、
前記電池に流れる電流を測定する電流測定手段と、
前記電圧測定手段で測定された電圧および前記電流測定手段で測定された電流の値を所定時間毎に記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された電圧の値の変化を監視することにより、前記エンジンを始動するスタータに前記電池から電力を供給するためのスタータスイッチがオン状態となったか否かを判断する判断手段と、
前記判断手段が前記スタータスイッチがオン状態となったと判断したときに、前記スタータスイッチがオン状態となる前の前記記憶手段に記憶された電圧および電流の値を用いて前記電池の電池状態を推定する推定手段と、
を備えた電池状態推定装置。
【請求項2】
前記判断手段は、前記記憶手段に記憶された電圧の値を参照して、予め定められた第1の所定時間内に予め設定された値以上の電圧降下があるか否かを判断し、肯定判断のときに、前記スタータスイッチがオン状態となったと判断することを特徴とする請求項1に記載の電池状態推定装置。
【請求項3】
前記推定手段は、前記スタータスイッチがオン状態となる前の前記記憶手段に記憶された電圧および電流の値から前記電池の内部抵抗の値を演算し、該演算した内部抵抗の値から前記電池の電池状態を推定することを特徴とする請求項2に記載の電池状態推定装置。
【請求項4】
前記推定手段は、前記判断手段が前記スタータスイッチがオン状態となったと判断したときに、前記判断手段による前記スタータスイッチがオン状態の判断から時刻0ms前から時刻10ms前の間に前記記憶手段に記憶された電圧および電流の値のうちの一対の電圧および電流の値、並びに、前記判断手段による前記スタータスイッチがオン状態の判断から時刻20ms以上前の第2の所定時間前に前記記憶手段に記憶された電圧および電流の値のうち一対の電圧および電流の値を用いて前記内部抵抗の値を演算することを特徴とする請求項3に記載の電池状態推定装置。
【請求項5】
前記記憶手段は、10ms以内の周期で前記電圧測定手段で測定された電圧および前記電流測定手段で測定された電流の値を記憶することを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の電池状態推定装置。
【請求項6】
車両制御部からイグニッションスイッチ(IGN)がスタート端子位置に位置付けられたことを表すIGN情報を取得する情報取得手段をさらに備え、前記判断手段は、前記情報取得手段が前記IGN情報を取得した後、前記記憶手段に記憶された電圧の値の変化を監視することにより、前記エンジンを始動するためのスタータを作動させるスタータスイッチがオン状態となったか否かを判断することを特徴とする請求項1に記載の電池状態推定装置。
【請求項7】
前記記憶手段は、10msを超える周期で前記電圧測定手段で測定された電圧および前記電流測定手段で測定された電流の値を記憶するとともに、前記情報取得手段が前記情報を取得した後の次の一回については前回電圧および電流の値を記憶したときから10ms以内に前記電圧測定手段で測定された電圧および前記電流測定手段で測定された電流の値を記憶することを特徴とする請求項6に記載の電池状態推定装置。
【請求項8】
エンジン始動用電池の電池情報を車両制御部に報知する電池情報報知装置において、
前記電池の電圧を測定する電圧測定手段と、
前記電池に流れる電流を測定する電流測定手段と、
前記電圧測定手段で測定された電圧および前記電流測定手段で測定された電流の値を所定時間毎に記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された電圧の値の変化を監視することにより、前記エンジンを始動するスタータに前記電池から電力を供給するためのスタータスイッチがオン状態となったか否かを判断する判断手段と、
前記判断手段が前記スタータスイッチがオン状態となったと判断したときまたはその後に、前記スタータスイッチがオン状態となる前の前記記憶手段に記憶された電圧および電流の値を前記電池の電池情報として前記車両制御部に報知する報知手段と、
を備えた電池情報報知装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−257214(P2011−257214A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−130766(P2010−130766)
【出願日】平成22年6月8日(2010.6.8)
【出願人】(000001203)新神戸電機株式会社 (518)
【Fターム(参考)】