説明

電磁クラッチ制御装置

【課題】電磁クラッチの締結維持に必要な滑りトルクの発生を確保しながら、クラッチ消費電力の削減を図ることができる電磁クラッチ制御装置を提供すること。
【解決手段】摩擦接触面に発生する滑りトルクにより締結する摩擦式の電磁クラッチ7であり、電磁コイル72への電流出力によりクラッチ締結制御を行う電磁クラッチ制御装置において、電磁クラッチ7が締結された経験回数を計測するクラッチ締結経験回数計測手段(図2のステップS2)と、クラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクが上昇するというクラッチ慣らし効果を用い、クラッチ締結経験回数計測値の増大に応じて電磁コイル72への電流出力値を低減する制御を行うクラッチ電流制御手段(図2)と、を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦接触面に発生する滑りトルクにより締結する摩擦式の電磁クラッチであり、電磁コイルへの電流出力によりクラッチ締結制御を行う電磁クラッチ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、被動機の運転時に無駄な電力消費を防止することを目的とし、圧縮機の運転時には、その負荷に応じて摩擦クラッチへの入力電流値を変更する電磁クラッチ制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、十分な節電効果を得ることを目的とし、外部駆動源と圧縮機を着脱する電磁クラッチ制御装置であって、電磁コイルと電源を接続・遮断するスイッチング素子と、スイッチング素子を所定範囲内の任意のデューティ比で駆動する駆動制御手段を備えるものが知られている(例えば、特許文献2参照)。
【特許文献1】特開2000−274455号公報
【特許文献2】特開2007−009941号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の電磁クラッチ制御装置にあっては、両者共に、初期のクラッチ滑りトルクに対して安全率を大きく取っており、車両ライフサイクルが終了するまで、同じ制御を維持したままであるため、同じ電流値を出力してもクラッチ締結経験回数が多くなるほどクラッチ滑りトルクが初期トルクより高くなる分、無駄な消費電力を使っている、という問題があった。
そして、特許文献1,2に記載のように、電磁クラッチを車両用空調制御装置のコンプレッサとエンジンの駆動力断接用クラッチとして適用した場合には、結果的に車両の燃費を悪化させることになる。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、電磁クラッチの締結維持に必要な滑りトルクの発生を確保しながら、クラッチ消費電力の削減を図ることができる電磁クラッチ制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明では、摩擦接触面に発生する滑りトルクにより締結する摩擦式の電磁クラッチであり、電磁コイルへの電流出力によりクラッチ締結制御を行う電磁クラッチ制御装置において、
前記電磁クラッチが締結された経験回数を計測するクラッチ締結経験回数計測手段と、
クラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクが上昇するというクラッチ慣らし効果を用い、クラッチ締結経験回数計測値の増大に応じて前記電磁コイルへの電流出力値を低減する制御を行うクラッチ電流制御手段と、
を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
よって、本発明の電磁クラッチ制御装置にあっては、クラッチ電流制御手段において、クラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクが上昇するというクラッチ慣らし効果を用い、クラッチ締結経験回数計測値の増大に応じて電磁コイルへの電流出力値を低減する制御が行われる。
すなわち、摩擦式クラッチの滑りトルクは、静摩擦係数と吸引力と平均有効半径との積により求められるが、クラッチ締結経験回数が多くなるほど、摩擦接触面に摩耗粉が介在して静摩擦係数が高くなるし、摩擦接触有効面積も拡大される。よって、電磁コイルへの電流出力により得られる吸引力が同じであっても、クラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクが上昇する(クラッチ慣らし効果)。
したがって、クラッチ締結経験回数が多くなるほど電磁コイルへの電流出力値を低減する制御を行っても、電磁クラッチの締結維持に必要な滑りトルクの発生を確保することができる。併せて、電磁コイルへの電流低減分とクラッチ締結積算時間を掛け合わせたエネルギー量(=クラッチ消費電力)を削減できる。
この結果、電磁クラッチの締結維持に必要な滑りトルクの発生を確保しながら、クラッチ消費電力の削減を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明の電磁クラッチ制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1に基づいて説明する。
【実施例1】
【0009】
まず、構成を説明する。
図1は実施例1の電磁クラッチ制御装置が適用された車両用空調制御システムを示す全体システム図である。
【0010】
車両用空調制御システムの冷凍サイクルには、図1に示すように、可変容量コンプレッサ1と、コンデンサ2と、リキッドタンク3と、膨張弁4と、エバポレータ5と、を備えている。
【0011】
前記可変容量コンプレッサ1は、エンジン6(車載駆動源)の回転側との連結をオン・オフできる電磁クラッチ7をプーリ部分に有する。電磁クラッチ7のオフ時には、エンジン6の回転側との連結が切断され、可変容量コンプレッサ1の駆動が停止される。電磁クラッチ7のオン時には、エンジン6の回転駆動力により可変容量コンプレッサ1のコンプレッサ軸8が駆動され、エバポレータ5から送られてくる低温低圧の気化冷媒を、高温高圧の気化冷媒としてコンデンサ2に送る。
【0012】
前記コンデンサ2は、図外のラジエータの前面あるいは後面に配置され、走行風やファン風によって冷却する熱交換作用によって、可変容量コンプレッサ1からの高温高圧による気化冷媒を、高圧中温の液化冷媒とする。そして、高圧中温とした液化冷媒をリキッドタンク3に送る。
【0013】
前記リキッドタンク3は、コンデンサ2からの高圧中温の液化冷媒に含まれる水分やゴミを取り除き、冷媒が円滑に供給できるように溜める。そして、このように溜められた液化冷媒を膨脹弁4に送る。
【0014】
前記膨脹弁4は、リキッドタンク3からの高圧中温の液化冷媒を急激に膨脹させ、低圧低温の霧状の液化冷媒としてエバポレータ5に送る。この膨脹弁4のバルブ開度は、エバポレータ5の出口側冷媒温度を感知して自動的に調整される。
【0015】
前記エバポレータ5は、インストルメントパネル内に配置される図外の空調ユニットに内蔵されていて、車室内へ送られる内気や外気からの熱を奪う熱換作用によって、膨脹弁4からの霧状の液化冷媒を蒸発させ、低圧低温の気化冷媒とする。そして、エバポレータ5にて低圧低温となった気化冷媒を再び可変容量コンプレッサ1に送る。
【0016】
前記可変容量コンプレッサ1は、コンプレッサハウジング9と、コンプレッサ軸8に斜板駆動体10を介して連結された斜板11と、この斜板11の傾斜回転に応じて往復ストローク量を可変にする複数のピストン12と、斜板11の傾斜角を可変にすることによって冷媒の吐出容量を制御するコントロールバルブ13と、を備えている。なお、図1において、14はクランク室、15は冷媒吸入室、16はシリンダ室、17は冷媒吐出室である。
【0017】
前記コントロールバルブ13は、空調コントローラ18から出力される制御パルス信号のデューティ比によって、内蔵している図外のバルブ体のリフト量が制御される。このバルブ体のリフト量に応じて、冷媒吐出室17からクランク室14へ流れ込む冷媒流量が調整され、ピストン背圧として作用するクランク室14からの圧力が変化する。このクランク室14の圧力変化に応じて斜板11の傾斜角を変化させることで、冷媒の吐出容量を可変に制御する。具体的には、最大容量運転信号、つまりデューティ比をMAX状態(100%)とすると、コントロールバルブ13が閉位置となり、クランク室14の圧力が低下し、斜板11が最大傾斜角で、ピストン12がフルストローク位置側に配置される。最小容量運転信号、つまりデューティ比をMIN状態(0%)とすると、コントロールバルブ13が開位置となり、クランク室14の圧力が上昇し、斜板11が最小傾斜角で、ピストン12がミニマムストローク位置側に配置される。
【0018】
前記可変容量コンプレッサ1は、そのプーリ部分に電磁クラッチ7を有する。この電磁クラッチ7は、図1に示すように、コンプレッサハウジング9に対しベアリング19を介して回転可能に支持されたプーリ71と、該プーリ71に内蔵されると共に、コンプレッサハウジング9に対し固定された電磁コイル72と、コンプレッサ軸8に設けられたアーマチュア73と、を有して構成される。前記アーマチュア73は、内側がコンプレッサ軸8に固定された板バネ73aと、該板バネ73aの外周側に設けられたクラッチプレート73bと、を有する。
【0019】
実施例1の電磁クラッチ制御装置の制御対象である電磁クラッチ7は、プーリ71の端面と、このプーリ端面に対向するクラッチプレート73bのプレート面を摩擦接触面とし、摩擦接触面に発生する滑りトルクにより締結する摩擦式クラッチであり、空調コントローラ18から電磁コイル72への電流出力によりクラッチ締結制御が行われる。
【0020】
実施例1の電磁クラッチ制御装置の制御系は、図1に示すように、空調コントローラ18と、コンプレッサ吐出圧センサ20(負荷検出手段)と、コンプレッサ回転数センサ21(負荷検出手段)と、他のセンサ・スイッチ類22と、を備えている。
【0021】
前記空調コントローラ18は、コンプレッサ吐出圧センサ20、コンプレッサ回転数センサ21、他のセンサ・スイッチ類22からの入力情報に基づいて、可変容量コンプレッサ1の容量制御と電磁クラッチ7の断接制御等を行う。
【0022】
図2は実施例1の電磁クラッチ制御装置の空調コントローラ18において実行される電磁クラッチ7の電磁コイル72へのクラッチ電流制御処理の流れを示すフローチャートであり、以下、各ステップについて説明する(クラッチ電流制御手段)。
【0023】
ステップS1では、電磁クラッチ7の締結指令出力時か否かを判断し、Yes(クラッチ締結指令出力時)の場合はステップS2へ移行し、No(クラッチ解放指令出力時)の場合はステップS1の判断を繰り返す。
【0024】
ステップS2では、ステップS1でのクラッチ締結指令出力時であるとの判断に続き、A/C ON作動回数カウンターを用い、電磁クラッチ7が締結された経験回数をカウントアップにより計測し、ステップS3へ移行する(クラッチ締結経験回数計測手段)。
【0025】
ステップS3では、ステップS2でのクラッチ締結経験回数の計測、あるいは、ステップS5でのクラッチ締結開始からの経過時間が2秒に達していないとの判断に続き、電磁クラッチ7の電磁コイル72へ最大電流値を出力し、ステップS4へ移行する。
【0026】
ステップS4では、ステップS3での最大電流値の出力、あるいは、ステップS8での電流出力制御に続き、可変容量コンプレッサ1の負荷情報として、コンプレッサ吐出圧センサ20からのコンプレッサ吐出圧Pdと、コンプレッサ回転数センサ21からのコンプレッサ回転数Ncが読み込まれ、ステップS5へ移行する。
【0027】
ステップS5では、ステップS4での負荷読み込みに続き、電磁クラッチ7を締結してから2秒(設定時間)を経過したか否かを判断し、Noの場合(経過時間<2秒)はステップS3へ戻り、Yesの場合(経過時間≧2秒)はステップS6へ移行する。
【0028】
ステップS6では、ステップS5での電磁クラッチ7を締結して2秒以上経過したとの判断に続き、ステップS4にて読み込んだコンプレッサ吐出圧Pdの情報及びコンプレッサ回転数Ncの情報と、図3に示す第1マップ(1MAP)を用い、負荷レベルに応じて滑りの無いクラッチ締結のために必要な推定トルクを算出し、ステップS7へ移行する。
ここで、第1マップ(負荷−推定トルクテーブル)は、図3に示すように、コンプレッサ吐出圧Pbと推定トルクの関係をあらわす吐出圧−推定トルクテーブルを、コンプレッサ回転数Nc毎に複数設定したものである(第1マップ設定手段)。
推定トルクの算出は、読み込まれたコンプレッサ回転数Ncにより吐出圧−推定トルクテーブルを選択し、選択した吐出圧−推定トルクテーブルの特性式に、読み込まれたコンプレッサ吐出圧Pdを代入することで算出される。
なお、吐出圧−推定トルクテーブルは、1回転数毎に設定しても良いし、単位回転数(例えば、10回転数等)毎に設定しても良い。また、単位回転数毎の設定の場合には、補間法を用いて推定トルクを算出しても良い。
【0029】
ステップS7では、ステップS6での推定トルクの算出に続き、A/C ON作動回数カウンターから読み込まれたクラッチ締結経験回数計測値と、クラッチ締結経験回数計測値により選択された電流−トルクテーブル(図4:2MAP)と、ステップS6にて算出した推定トルクと、一定値による安全率(例えば、1.5)を用い、電磁コイル72に出力する電流値を算出し、ステップS8へ移行する。
ここで、第2マップ(電流−トルクテーブル)は、図4に示すように、コイル電流とトルクの関係をあらわす電流−トルクテーブルを、クラッチ締結経験回数毎に複数設定したものである(第2マップ設定手段)。
電磁コイル72に出力する電流値の算出は、読み込まれたクラッチ締結経験回数により電流−トルクテーブルを選択し、選択した電流−トルクテーブルの特性式に、推定トルクに安全率を掛け合わせたトルクを代入することで算出される。
なお、電流−トルクテーブルは、1回のクラッチ締結経験回数毎に設定しても良いし、単位回数(例えば、100回等)毎に設定しても良い。また、単位回数毎の設定の場合には、補間法を用いて電磁コイル72に出力する電流値を算出しても良い。
【0030】
ステップS8では、ステップS7での電磁コイル72に出力する電流値の算出に続き、算出された電流値を電磁クラッチ7の電磁コイル72に対して出力し、ステップS4へ戻る。
【0031】
次に、本発明に至る経緯を説明する。
従来、電磁クラッチへ供給する電流は、車両バッテリ電圧である12Vを基本とし、クラッチ入力電流は、約2.5A前後で一定になっている。
また、近年、電磁クラッチのPWM制御があるが、この場合は、PWM効果で通常の約半分である1.25A程度で作動させている。
【0032】
しかし、両者共に、電磁クラッチの滑りトルクに対して安全率を大きく取っており、車両ライフサイクルが終了するまで、同じ制御を維持しているため、無駄な消費電力を使っているし、結果的に車両の燃費を悪化させている。
【0033】
すなわち、電磁クラッチの初期品は、図5に示すように、印加電圧・電流に対するクラッチ滑りトルクが低く、バラツキ等を考慮して基準トルクに対する安全率を、例えば、安全率=約2.0というように、高い値に見積もっている。したがって、車両バッテリ電圧である12Vを印加したときの基準トルクと実滑りトルクの差(マージン)が、無駄な吸引力となり、この部分が消費電力を悪化させている。
【0034】
さらに、電磁クラッチは、図6に示すように、同じ電圧・電流を印加してもクラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクが初期品の滑りトルクより高くなり、この滑りトルクが高くなる分も、無駄な消費電力を使っていることになる。
【0035】
本発明者は、図6に示すように、電磁クラッチのON−OFFを繰り返すことでの慣らしにより、滑りトルクがアップする点に着目し、クラッチの断続回数をカウントすることにより、無段階あるいは段階的に入力電流を落とす制御を採用した。このクラッチ電流制御を採用することにより、安全率を高く見積もり過ぎることによる消費電力の無駄と、クラッチ慣らし効果によりトルクアップする分の消費電力の無駄を取り除き、電磁クラッチの締結維持に必要な滑りトルクの発生を確保しながら、クラッチ消費電力の削減を図ることができる。
【0036】
次に、クラッチ締結時の電流出力制御作用を説明する。
初回の電磁クラッチ7のクラッチ締結制御時には、図2のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4→ステップS5へと進み、ステップS5では、電磁クラッチ7を締結してから2秒を経過したか否かが判断される。このステップS5にてNoと判断された場合(経過時間<2秒)は、ステップS3へ戻り、ステップS3→ステップS4→ステップS5へと進む流れが繰り返され、電磁クラッチ7の締結開始から、2秒を経過するまでは最大電流値(例えば、12V、2.5A)が電磁コイル72に出力される。
したがって、電磁クラッチ7の締結を開始するクラッチ着磁段階において、最高トルクがクラッチ締結完了状態に移行するまでの短時間だけ維持されるため、クラッチ着磁段階で急激に立ち上がるトルクが加わることで発生するクラッチ滑り現象(締結摩擦面が相対移動する現象)を確実に防止できる。
【0037】
そして、電磁クラッチ7を締結してから2秒を経過すると、ステップS5からステップS6→ステップS7→ステップS8へと進む。つまり、ステップS6では、読み込まれたコンプレッサ回転数Ncにより吐出圧−推定トルクテーブルを選択し(例えば、コンプレッサ回転数Ncが800rpmのときは図3に示すテーブルが選択される。)、選択した吐出圧−推定トルクテーブルの特性式に、読み込まれたコンプレッサ吐出圧Pdを代入することで推定トルクが算出される。次のステップS7では、読み込まれたクラッチ締結経験回数により電流−トルクテーブルを選択し(クラッチON/OFFの経験回数がゼロであるため、図4に示すテーブルが選択される。)、選択した電流−トルクテーブルの特性式に、推定トルクに安全率を掛け合わせたトルクを代入することで電磁コイル72に出力する電流値が算出される。次のステップS8では、算出した電流値が電磁コイル72に出力される。
【0038】
そして、電磁クラッチ7の締結が維持されている間は、図2のフローチャートにおいて、ステップS4→ステップS5→ステップS6→ステップS7→ステップS8へと進む流れが繰り返され、コンプレッサ吐出圧Pdとコンプレッサ回転数Ncのうち、少なくとも一方が変化すると、負荷変化に応じて電磁コイル72に出力する電流値として変化前と異なった値の電流値が算出され、負荷が増大した場合は電流値を高くし、負荷が減少した場合は電流値を低くするというように、負荷変動に応じ、滑りのないクラッチ締結を維持する電磁コイル72への電流出力制御が行われる。
【0039】
一方、既にクラッチON/OFFの経験回数を多数回経験している場合も同様の流れによる電流出力制御が行われるが、ステップS7では、読み込まれたクラッチ締結経験回数により電流−トルクテーブルを選択し(クラッチON/OFFの経験回数が多数回であるため、クラッチ慣らし効果の分だけ図4に示す特性よりトルクアップした特性を持つテーブルが選択される。)、選択した電流−トルクテーブルの特性式に、推定トルクに安全率を掛け合わせたトルクを代入することで電磁コイル72に出力する電流値が算出される。
【0040】
このように、クラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクが上昇するというクラッチ慣らし効果を用い、図7に示すように、クラッチ締結経験回数計測値(=着磁回数n)の増大に応じて電磁コイル72への電流出力値を低減する制御が行われることになる。
なお、クラッチ締結経験回数毎に電流−トルクテーブルをきめ細かく設定した場合は、図7の実線特性に示すように、着磁回数nが設定回数naまでは電磁コイル72への電流出力値が12V相当値から9V相当値まで徐々に低下し、着磁回数nが設定回数naを超えると電磁コイル72への電流出力値を9V相当値で一定にする制御が行われる。また、クラッチ締結経験回数を単位回数毎に電流−トルクテーブルを粗く設定した場合は、図7の点線特性に示すように、着磁回数nが設定回数naまでは電磁コイル72への電流出力値が12V相当値から9V相当値まで段階的に低下し、着磁回数nが設定回数naを超えると電磁コイル72への電流出力値を9V相当値で一定にする制御が行われる。
【0041】
ここで、摩擦式クラッチ7の滑りトルクTは、
T=μPR
μ:静摩擦係数、P:吸引力、R:平均有効半径
という滑りトルク理論式により求められる。
このうち、静摩擦係数μについては、クラッチ締結経験回数が多くなるほど、摩擦接触面に摩耗粉が介在して静摩擦係数μが高くなる。平均有効半径Rについては、摩擦接触面での慣れにより摩擦接触有効面積が拡大され、平均有効半径Rが大きな値となる。よって、電磁コイル72への電流出力により得られる吸引力が同じであっても、クラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクTが上昇する(クラッチ慣らし効果)。
【0042】
したがって、クラッチ締結経験回数が多くなるほど電磁コイル72への電流出力値を低減する制御を行っても、電磁クラッチ7の締結維持に必要な滑りトルクの発生を確保することができる。併せて、負荷を読み取りにより安全率を低く抑えると共にクラッチ慣らし効果を用いたことで電磁コイル72への電流を低減できるため、電磁コイル72への電流低減分とクラッチ締結積算時間を掛け合わせたエネルギー量(=クラッチ消費電力)を削減できる。この消費電力削減効果については、PWM制御による電磁クラッチについても同様である。
【0043】
ちなみに、図8はクラッチ慣らし効果の実験結果を示す図である。
(実験条件)
コンプレッサ回転数:2000rpm
コンプレッサの吐出圧/吸入圧:1.3〜1.5Pa/0.17Pa
電磁コイルへの印加電圧:12V
クラッチ締結面隙間:0.6mm
クラッチON/OFF時間:3sec/3sec
着脱回数:1000回(慣らし)、2000回(完全慣らし)
上記実験条件にて、初期最小特性(初期MIN)、初期最大特性(初期MAX)、初期平均特性(初期AVE)、慣らし後最小特性(慣らし後MIN)、慣らし後最大特性(慣らし後MAX)、慣らし後平均特性(慣らし後AVE)、完全慣らし後特性の5パターンの静摩擦トルク特性を得た。
【0044】
この図8の静摩擦トルク特性において、電磁コイルへの出力電流が2.5Aの場合、初期平均特性と慣らし後平均特性と完全慣らし後特性の3パターンの静摩擦トルク特性での静摩擦トルクを比較した。この比較により、初期平均特性では静摩擦トルクがTa1=約27Nmであったものが、慣らし後平均特性では静摩擦トルクがTa2=約42Nmと上昇した。さらに、完全慣らし後特性では静摩擦トルクがTa3=約63Nmと上昇した。このように、電磁コイル72への電流出力により得られる吸引力が同じであっても、クラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクTが上昇するという、クラッチ慣らし効果が確認された。
【0045】
次に、図8の静摩擦トルク特性において、約14Nmのラインを基準トルクラインとし、静摩擦トルクとして27Nmを得る場合、初期平均特性での電流値と慣らし後平均特性での電流値との差と、初期平均特性での電流値と完全慣らし後特性での電流値の差の2パターンでの電流値差を求めた。初期平均特性では約2.5Aの電流値を必要とするのに対し、慣らし後平均特性では約1.5Aの電流値で良く、両電流値の差は約1.0Aとなった。また、初期平均特性では約2.5Aの電流値を必要とするのに対し、完全慣らし後特性では約1.2Aの電流値で良く、両電流値の差は約1.3Aとなった。ここで、車両搭載時の電流値使用ゾーンは、1.9A〜2.4A程度であるため、この電流値使用ゾーンにおいて、初期平均特性での電流値と慣らし後平均特性での電流値の差をみると、仮に電流値の差を低く見積もったとしても約0.5Aの電流値低減代を得ることが判明した。このように、同じ静摩擦トルクを得る場合にクラッチ慣らし効果を用いることで電磁コイル72への電流低減代が確実に得られるため、高い消費電力削減効果を達成できることが確認できた。
【0046】
次に、効果を説明する。
実施例1の電磁クラッチ制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0047】
(1) 摩擦接触面に発生する滑りトルクにより締結する摩擦式の電磁クラッチ7であり、電磁コイル72への電流出力によりクラッチ締結制御を行う電磁クラッチ制御装置において、前記電磁クラッチ7が締結された経験回数を計測するクラッチ締結経験回数計測手段(図2のステップS2)と、クラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクが上昇するというクラッチ慣らし効果を用い、クラッチ締結経験回数計測値の増大に応じて前記電磁コイル72への電流出力値を低減する制御を行うクラッチ電流制御手段(図2)と、を備えたため、電磁クラッチ7の締結維持に必要な滑りトルクの発生を確保しながら、クラッチ消費電力の削減を図ることができる。
【0048】
(2) 前記クラッチ電流制御手段(図2)は、電磁コイル72への電流出力を開始してから設定時間までは最大電流出力値とし(ステップS3及びステップS5)、設定時間の経過後、クラッチ締結経験回数計測値に応じた電流出力の制御を行うため、電磁クラッチ7の締結を開始するクラッチ着磁段階にてクラッチ滑り現象を確実に防止しながら、クラッチ慣らし効果を用いた電磁コイル72への電流出力制御を行うことができる。
【0049】
(3) クラッチ負荷を検出する負荷検出手段と、負荷と滑りの無いクラッチ締結のために必要な推定トルクの関係をあらわす負荷−推定トルクテーブルを設定した第1マップ設定手段を設け、前記クラッチ電流制御手段(図2のステップS6及びステップS7)は、負荷検出値と負荷−推定トルクテーブルにより算出した推定トルクと安全率を用い、電磁コイル72に出力する電流値を算出するため、クラッチ負荷の高低にかかわらず、電磁クラッチ7の締結を安定して維持するのに必要な滑りトルクの発生を確保ことができると共に、安全率を低い値に設定することができる。この低い値による安全率の設定で、さらにクラッチ消費電力の削減を達成できる。
【0050】
(4) 電磁コイル72に印加する電流値とクラッチトルクの関係をあらわす電流−トルクテーブルを、クラッチ締結経験回数毎に複数設定した第2マップ設定手段を設け、前記クラッチ電流制御手段(図2のステップS7)は、クラッチ締結経験回数計測値により電流−トルクテーブルを選択し、算出した推定トルクと、選択した電流−トルクテーブルと、一定値による安全率により、電磁コイル72に出力する電流値を算出するため、クラッチ負荷と安全率を加味して電磁コイル72への電流出力値の最適化を図りつつ、締結経験回数計測値に応じて無段階あるいは段階的に低下する特性により電磁コイル72への電流出力値を低減させることができる。
【0051】
(5) 前記電磁クラッチ7は、車両用空調装置の冷凍サイクルに設けられた可変容量コンプレッサ1とエンジン6の間に介装され、エンジン6から可変容量コンプレッサ1への駆動入力を断接するクラッチであるため、冷房要求がある夏期等において電磁クラッチ7の締結頻度が高くなるし締結時間が長くなるのに対し、電磁クラッチ7のクラッチ消費電力が削減されることにより、車両の燃費性能を向上させることができる。
【0052】
(6) 前記負荷検出手段は、コンプレッサ吐出圧センサ20とコンプレッサ回転数センサ21であり、前記第1マップ設定手段は、コンプレッサ吐出圧と推定トルクの関係をあらわす吐出圧−推定トルクテーブルを、コンプレッサ回転数毎に複数設定したため、可変容量コンプレッサ1の負荷と負荷に対抗する推定トルクを、コンプレッサ吐出圧情報とコンプレッサ回転数情報を用いて精度良く推定することができる。
【0053】
以上、本発明の電磁クラッチ制御装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0054】
実施例1では、一定値による安全率を用いて電磁コイルへの電流値を決定する例を示したが、例えば、負荷が大きいほど安全率を高い値とするように、負荷に応じて可変値により安全率を与え、可変値による安全率を用いて電磁コイルへの電流値を決定する例としても良い。さらに、実施例1では、コンプレッサ回転数毎に複数設定した負荷−推定トルクテーブルによる第1マップ(図3)と、クラッチ締結経験回数毎に複数設定した電流−トルクテーブルによる第2マップ(図4)を用いてコイル電流を制御する例を示したが、第1マップと第2マップを1つの演算式や複数の演算式により設定しても良い。要するに、電磁クラッチが締結された経験回数を計測するクラッチ締結経験回数計測手段と、クラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクが上昇するというクラッチ慣らし効果を用い、クラッチ締結経験回数計測値の増大に応じて電磁コイルへの電流出力値を低減する制御を行うクラッチ電流制御手段と、を備えたものであれば、具体的構成は、実施例1に限られることはない。
【産業上の利用可能性】
【0055】
実施例1では、車両用空調装置の冷凍サイクルに設けられた可変容量コンプレッサとエンジンの間に介装される電磁クラッチに適用する例を示した。しかし、固定容量コンプレッサとエンジンの間に介装される電磁クラッチに適用することもできるし、また、ハイブリッド車や電気自動車等でコンプレッサと電動モータの間に介装される電磁クラッチに適用することもできる。さらに、コンプレッサクラッチ以外の用途を持つ車両搭載電磁クラッチにも適用することができるし、車両以外の様々な機器類の電磁クラッチに対しても適用することができる。要するに、摩擦接触面に発生する滑りトルクにより締結する摩擦式の電磁クラッチであり、電磁コイルへの電流出力によりクラッチ締結制御を行う電磁クラッチ制御装置であれば適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】実施例1の電磁クラッチ制御装置が適用された車両用空調制御システムを示す全体システム図である。
【図2】実施例1の電磁クラッチ制御装置の空調コントローラ18において実行される電磁クラッチ7の電磁コイル72へのクラッチ電流制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図3】実施例1の電磁クラッチ制御装置において推定トルクの算出に用いる負荷−推定トルクテーブルの一例を示す図である。
【図4】実施例1の電磁クラッチ制御装置において電磁コイル72への電流値の算出に用いる電流−トルクテーブルの一例を示す図である。
【図5】電磁クラッチが初期品である場合の電圧(電流)に対するクラッチトルク特性の一例を示す図である。
【図6】電磁クラッチが初期品からクラッチ締結経験回数を重ねた場合の電圧(電流)に対するクラッチトルク特性の上昇変化の一例を示す図である。
【図7】一定の負荷条件下でクラッチ締結経験回数を重ねた場合の電圧(電流)の無段階低下特性の例と段階的低下特性の例を示す図である。
【図8】クラッチ慣らし効果の実験結果を示す図である。
【符号の説明】
【0057】
1 可変容量コンプレッサ
2 コンデンサ
3 リキッドタンク
4 膨張弁
5 エバポレータ
6 エンジン(車載駆動源)
7 電磁クラッチ
71 プーリ
72 電磁コイル
73 アーマチュア
8 コンプレッサ軸
9 コンプレッサハウジング
10 斜板駆動体
11 斜板
12 ピストン
13 コントロールバルブ
14 クランク室
15 冷媒吸入室
16 シリンダ室
17 冷媒吐出室
18 空調コントローラ
19 ベアリング
20 コンプレッサ吐出圧センサ(負荷検出手段)
21 コンプレッサ回転数センサ(負荷検出手段)
22 他のセンサ・スイッチ類

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦接触面に発生する滑りトルクにより締結する摩擦式の電磁クラッチであり、電磁コイルへの電流出力によりクラッチ締結制御を行う電磁クラッチ制御装置において、
前記電磁クラッチが締結された経験回数を計測するクラッチ締結経験回数計測手段と、
クラッチ締結経験回数が多くなるほど滑りトルクが上昇するというクラッチ慣らし効果を用い、クラッチ締結経験回数計測値の増大に応じて前記電磁コイルへの電流出力値を低減する制御を行うクラッチ電流制御手段と、
を備えたことを特徴とする電磁クラッチ制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された電磁クラッチ制御装置において、
前記クラッチ電流制御手段は、電磁コイルへの電流出力を開始してから設定時間までは最大電流出力値とし、設定時間の経過後、クラッチ締結経験回数計測値に応じた電流出力の制御を行うことを特徴とする電磁クラッチ制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載された電磁クラッチ制御装置において、
クラッチ負荷を検出する負荷検出手段と、
負荷と滑りの無いクラッチ締結のために必要な推定トルクの関係をあらわす負荷−推定トルクテーブルを設定した第1マップ設定手段を設け、
前記クラッチ電流制御手段は、負荷検出値と負荷−推定トルクテーブルにより算出した推定トルクと安全率を用い、電磁コイルに出力する電流値を算出することを特徴とする電磁クラッチ制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載された電磁クラッチ制御装置において、
電磁コイルに印加する電流値とクラッチトルクの関係をあらわす電流−トルクテーブルを、クラッチ締結経験回数毎に複数設定した第2マップ設定手段を設け、
前記クラッチ電流制御手段は、クラッチ締結経験回数計測値により電流−トルクテーブルを選択し、算出した推定トルクと、選択した電流−トルクテーブルと、一定値による安全率により、電磁コイルに出力する電流値を算出することを特徴とする電磁クラッチ制御装置。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載された電磁クラッチ制御装置において、
前記電磁クラッチは、車両用空調装置の冷凍サイクルに設けられたコンプレッサと車載駆動源の間に介装され、車載駆動源からコンプレッサへの駆動入力を断接するクラッチであることを特徴とする電磁クラッチ制御装置。
【請求項6】
請求項5に記載された電磁クラッチ制御装置において、
前記負荷検出手段は、コンプレッサ吐出圧センサとコンプレッサ回転数センサであり、
前記第1マップ設定手段は、コンプレッサ吐出圧と推定トルクの関係をあらわす吐出圧−推定トルクテーブルを、コンプレッサ回転数毎に複数設定したことを特徴とする電磁クラッチ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−309275(P2008−309275A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−159025(P2007−159025)
【出願日】平成19年6月15日(2007.6.15)
【出願人】(000004765)カルソニックカンセイ株式会社 (3,404)
【Fターム(参考)】