説明

電磁鋼板およびその製造方法

【課題】従来の二方向性電磁鋼板とは異なる結晶方位を有しながらも、二方向性電磁鋼板としての特徴を有する新規な電磁鋼板とその製造方法を提案する。
【解決手段】mass%で、C:0.002〜0.10%、Si:1.0〜8.0%およびMn:0.005〜1.0%を含有し、さらに、Al:0.0100%以下、N:0.0050%以下、S:0.0050%以下およびSe:0.0050%以下を含有する鋼素材を熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍し、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延して最終板厚の冷延板とした後、脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍し、その後、仕上焼鈍する一連の方向性電磁鋼板の製造方法において、上記冷間圧延における最終冷延圧下率を94%以上とすることで、結晶粒の方位が{110}<112>から20°以内である比率が結晶粒の面積率で50%以上である電磁鋼板を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器やモータ等の鉄心材料に用いて好適な電磁鋼板と、その製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電磁鋼板は、変圧器やモータ等の鉄心の材料として広く用いられており、大別して無方向性電磁鋼板と方向性電磁鋼板がある。このうち、方向性電磁鋼板は、結晶方位がGoss方位と呼ばれる{110}<001>方位に高度に集積しているため、鋼板の圧延方向に優れた磁気特性を有していることが特徴である。
【0003】
この方向性電磁鋼板は、インヒビターと呼ばれる析出物を利用して、仕上焼鈍中にGoss方位粒を優先的に二次再結晶させる方法で製造するのが一般的であり、例えば、特許文献1には、インヒビターとしてAlNやMnSを利用する方法が、また、特許文献2には、インヒビターとしてMnSやMnSeを利用する方法が開示されており、いずれも工業的に実用化されている。
【0004】
また、最近では、インヒビターを含まない素材を用いて、二次再結晶を起こさせ、ゴス方位粒を発達させる技術が提案されている(例えば、特許文献3参照。)。この技術は、インヒビターとなる成分を極力排除し、一次再結晶粒の結晶粒界が有する粒界エネルギーの粒界方位差角依存性を顕在化させることで、インヒビターを用いることなく二次再結晶させてGoss方位粒を成長させるものである。この方法は、二次再結晶後にインヒビターを除去する工程が不要であるため、純化焼鈍を行う必要がないこと、また、インヒビターを鋼中に微細分散させる必要がないため、高温スラブ加熱も必要ないことなどから、コスト面や設備メンテナンス面で有利な方法である。
【0005】
また、上記方向性電磁鋼板に類似したものとして、磁化容易軸が鋼板面上に二方向に存在する、いわゆる二方向性電磁鋼板が知られている。例えば、特許文献4には、珪素鋼素材を一方向に冷間圧延し、さらにその圧延方向と交差する方向に冷間圧延を加える、いわゆるクロス圧延した後、短時間焼鈍と高温焼鈍を行うことで二次再結晶させて二方向性電磁鋼板を得る方法が開示されている。また特許文献5には、珪素鋼スラブを熱間圧延し、熱間圧延方向に交差する方向に冷間圧延し、一次再結晶焼鈍した後、純化を兼ねた最終仕上焼鈍を施し、インヒビターとしてAlNを利用して二次再結晶させる方法が開示されている。また、特許文献6には、冷間圧延した珪素鋼板に、焼鈍分離剤として脱炭、脱Mnを促進する物質を用いて高温焼鈍することで、{100}面集積度の高い二方向性電磁鋼板を製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭40−015644号公報
【特許文献2】特公昭51−013469号公報
【特許文献3】特開2000−129356号公報
【特許文献4】特公昭35−002657号公報
【特許文献5】特開平04−362132号公報
【特許文献6】特開平07−173542号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献4〜6に記載された二方向性電磁鋼板は、いずれも板面平行方向に{100}<001>方位を有するものである。この方位は、板面上に磁化容易軸が二方向に存在しているため、磁歪が大きいという特徴がある。磁歪は、騒音の原因となるため、極力低減することが望ましい。さらに、上記特許文献4〜6の方法は、圧延方向を90°変えて圧延することが必要であったり、脱Mnのために高温焼鈍が必要であったりするため、極めて複雑な工程を経る必要があるという問題がある。
【0008】
本発明は、上記従来技術が抱える問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、従来の二方向性電磁鋼板とは異なる結晶方位を有しながらも、二方向性電磁鋼板としての特徴を有する新規な電磁鋼板とその製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記従来技術が抱える課題を解決するべく鋭意検討を重ねた。その結果、インヒビターを用いない成分系において、最終冷間圧下率を従来よりも高圧下率とし、二次再結晶させることで、{110}<112>近傍方位を有する二次再結晶粒を得ることに成功した。この方位粒は、一つの単結晶を考えると、板面上の磁化容易軸は一方向であるが、複数の粒が存在することで二方向性としても特徴を有するものである。しかも、この方法は、上述したような複雑な工程を経る必要がないという点でも優れている。
【0010】
上記知見に基づく本発明は、Si:1.0〜8.0mass%およびMn:0.005〜1.0mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、結晶粒の方位が{110}<112>から20°以内である比率が面積率で50%以上である電磁鋼板である。
【0011】
本発明の電磁鋼板は、上記Si,Mnの他に、C:0.005mass%未満、Mn:0.005〜1.0mass%、Ni:0.010〜1.50mass%、Cr:0.01〜0.50mass%、Cu:0.01〜0.50mass%、P:0.005〜0.50mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Bi:0.005〜0.50mass%、Mo:0.005〜0.100mass%およびNb:0.001〜0.050mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【0012】
また、本発明は、C:0.002〜0.10mass%、Si:1.0〜8.0mass%およびMn:0.005〜1.0mass%を含有し、さらに、Al:0.0100mass%以下、N:0.0050mass%以下、S:0.0050mass%以下およびSe:0.0050mass%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼素材を熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍し、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延して最終板厚の冷延板とした後、脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍し、その後、仕上焼鈍する一連の方向性電磁鋼板の製造方法において、上記冷間圧延における最終冷延圧下率を94%以上とすることを特徴とする上記電磁鋼板の製造方法である。
【0013】
本発明の上記電磁鋼板の製造方法における鋼素材は、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.010〜1.50mass%、Cr:0.01〜0.50mass%、Cu:0.01〜0.50mass%、P:0.005〜0.50mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Bi:0.005〜0.50mass%、Mo:0.005〜0.100mass%およびNb:0.001〜0.050mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、インヒビターを含まない成分系において、最終冷延圧下率を94%とすることで、二方向性電磁鋼板の特徴を有する{110}<112>方位を優先的に発達させた電磁鋼板を複雑な工程を経ることなく製造することができる。この電磁鋼板は、大型の分割コアに適している他、磁歪が小さいという特徴を有するため、騒音規制のあるトランスのコーナー部などにも好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】最終冷延圧下率と、二次再結晶後のGoss方位粒と{110}<112>方位粒の面積率との関係を示すグラフである。
【図2】一次再結晶集合組織のGoss方位および{110}<112>方位に対する高エネルギー粒界頻度を示すグラフである。
【図3】{110}<112>方位粒が有する2つの磁化容易軸を説明する図である。
【図4】{110}<112>方位粒の磁区構造をマグネットビュワーで観察した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明を開発する契機となった実験について説明する。
C:0.043mass%、Si:3.22mass%、Mn:0.10mass%、Al:0.0020mass%、N:0.0011mass%、S:0.0007mass%およびSe:0.0010mass%を含有する鋼素材(スラブ)を連続鋳造にて製造し、このスラブを1220℃に加熱した後、熱間圧延して板厚3.0mmの熱延板とした。次いで、この熱延板に1000℃×30秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延における圧下率を種々に変えて板厚が0.05〜0.35mmの冷延板とした。その後、この冷延板を50vol%N−50vol%H湿潤雰囲気中で、均熱条件が850℃×60秒の脱炭を兼ねた再結晶焼鈍を施した後、MgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布し、1200℃×5時間保持する仕上焼鈍を施した。その後、リン酸マグネシウムと硼酸を主体とした張力付与絶縁被膜の形成を兼ねた平坦化焼鈍を900℃×15秒の条件で施し、製品板とした。
【0017】
上記のようにして得た各製品板について、酸洗して被膜を除去し、板面を目視で観察した結果、いずれの鋼板も二次再結晶が発現し、結晶粒が5mmを超える粗大粒となっていることを確認された。また、上記二次再結晶粒のうちの貫通粒の比率は95%以上で、ほぼ100%であった。
【0018】
次いで、上記各製品板の結晶方位をラウエ法で測定し、Goss方位粒および{110}<112>方位粒の面積比率を算出した。ただし、上記各方位粒は、方位差角が20°以内であれば、その方位粒とした。また、結晶方位の測定は、300mm×200mmの範囲を7mmピッチで行った。図1に、上記の測定結果を、冷延圧下率と各方位の面積比率との関係として示した。この結果から、冷延圧下率が92%を超えて高くなるほど、Goss方位が減少し、{110}<112>方位が増加していることがわかる。
【0019】
この原因について、発明者らは以下のように考えている。
発明者らは、先に、ゴス方位粒が二次再結晶を起こす理由について調査し、一次再結晶組織におけるGoss方位粒との方位差角が20〜45°である粒界が重要な役割を果たしていることを知見し、その結果を、Acta Material 45巻(1997)1285頁に報告した。この報告は、方向性電磁鋼板の二次再結晶直前の状態における一次再結晶組織を解析し、様々な結晶方位を持つ各結晶粒の周囲の粒界について調査した結果、ゴス方位粒が、粒界方位差角が20〜45°である粒界の割合(%)が最も高いことを示したものである。C.G.Dunnらによる実験結果(AIME Transac 188巻(1949)368頁)によれば、方位差角が20〜45°の粒界は、高エネルギー粒界であることから、二次再結晶によりGoss方位粒が成長するのは、高エネルギー粒界を蚕食することで系のエネルギーを低減する機構が働いているものと推測された。
【0020】
そこで、上記実験で得られた脱炭後の一次再結晶集合組織をX線回折法で測定し、その結果からGoss方位粒と{110}<112>方位粒における高エネルギー粒界頻度を計算した結果を図2に示した。この結果から、二次再結晶後にGoss方位が100%を占めていた冷延圧下率が90%の一次再結晶集合組織では、Goss方位粒の高エネルギー粒界頻度が高いが、二次再結晶後に{110}<112>方位が増加した冷延圧下率96.7%の一次再結晶集合組織では、{110}<112>方位の高エネルギー粒界頻度がGoss方位のそれを上回っていることがわかる。すなわち、冷延圧下率が高くなると、一次再結晶集合組織が変化し、{110}<112>方位に対する高エネルギー粒界頻度が増加していることが明らかとなった。
【0021】
この{110}<112>方位粒は、板面上の磁化容易軸は一方向であり、その方向は圧延方向から板面法線を回転軸として40〜45°の方向を向いている。しかし、{110}<112>方位粒には、上記回転方向が時計周りの粒と反時計回りの粒とが存在するため、2つの粒の磁化容易軸はおよそ90°ずれていることになる(図3参照。)。図4は、本実験で得られた製品板の磁区をマグネットビュワーで観察した結果の一例を示したものであり、二次再結晶粒AとBの磁区の方向のなす角がほぼ90°であることが確認できる。すなわち、{110}<112>方位粒は、各々の粒は一方向性であるが、多数の粒をマクロ的に見ると二方向性と言っても過言ではない。しかも、{110}<112>方位粒は、個々の粒は板面上に磁化容易軸が1つしかないので、磁歪の点でも極めて有利である。したがって、{110}<112>方位粒を優先的に成長させることができれば、二方向性電磁鋼板としての特性を有するものとなり得る。
【0022】
上記新規な知見に立脚して開発された本発明の電磁鋼板は、製品板における結晶方位が{110}<112>に集積していることが特徴であり、具体的には、結晶粒の方位が{110}<112>から20°以内である比率が面積率で50%以上であることが必要である。上記比率が50%未満であると、二方向性としての機能を失うからである。好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上である。
【0023】
なお、上記面積率は、鋼板表面の面積率である。というのは、本発明の電磁鋼板(製品板)における{110}<112>方位の結晶粒は、粗大化して、鋼板板厚を貫通していることが前提であるからである。したがって、{110}<112>方位の結晶粒は、板厚貫通粒であれば、二次再結晶粒でも、正常粒成長した結晶粒でも構わないが、貫通粒の比率は75%以上であることが好ましい。なお、本発明における貫通粒の比率は、電磁鋼板(製品板)の断面組織を観察したときの、全断面積に対する貫通粒の断面積が占める比率(%)と定義する。
【0024】
次に、本発明の方向性電磁鋼板(製品板)の成分組成について説明する。
Si:1.0〜8.0mass%
Siは、鋼の比抵抗を高めて鉄損を低減するのに有効な元素であるが、含有量が1.0mass%未満では鉄損低減効果は小さい。一方、8.0mass%を超えて添加すると、飽和磁束密度が顕著に低下するほか、硬質化して圧延して製造することが難しくなる。よって、本発明では、Siは1.0〜8.0mass%の範囲とする。好ましくは、2.0〜4.0mass%の範囲である。
【0025】
Mn:0.005〜1.0%
Mnは、熱間加工性を改善する元素であるため、0.005mass%以上の添加を必要とする。一方、1.0mass%を超えると、製品板の磁束密度が低下する。よって、Mnは0.005〜1.0mass%の範囲とする。好ましくは、0.02〜0.20mass%の範囲である。
【0026】
C:0.005mass%未満
本発明の電磁鋼板(製品板)は、上記Si,Mn以外の成分は、Feおよび不可避的不純物である。ただし、製品板中にCが0.005mass%以上残存していると、磁気時効を起こして磁気特性が低下する。したがって、素材Cが高い場合には、後述する脱炭焼鈍を兼ねた再結晶焼鈍で、Cを0.005mass%未満に低減しておくのが好ましい。
【0027】
また、本発明の電磁鋼板は、磁気特性の改善を目的として、Ni,Cr,Cu,P,Sn,Sb,Bi,MoおよびNbのうちから選ばれる1種または2種以上を下記の範囲で含有することができる。
Ni:0.010〜1.50mass%
Niは、磁気特性を向上するのに有効な元素である。しかし、添加量が0.010mass%未満では向上効果が小さく、一方、1.50mass%を超えると、二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化するおそれがあるので、0.010〜1.50mass%の範囲で添加することができる。
【0028】
Cr:0.01〜0.50mass%、Cu:0.01〜0.50mass%およびP:0.005〜0.50mass%
Cr,CuおよびPは、鉄損を低減させるのに有効な元素である。しかし、添加量が上記範囲を下回る場合には、鉄損低減効果が十分に得られず、一方、上記範囲を超えると、二次再結晶粒の成長が抑制され、却って磁気特性が低下するので、上記範囲内で添加するのが好ましい。
【0029】
Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Bi:0.005〜0.50mass%、Mo:0.005〜0.100mass%およびNb:0.001〜0.050mass%
Sn,Sb,Bi,MoおよびNbは、磁束密度を向上させるのに有効な元素である。しかし、添加量が上記範囲を下回る場合には、磁束密度向上効果が十分に得られず、一方、上記範囲を超えると、二次再結晶粒の成長が抑制され、却って磁気特性が低下するので、上記範囲内で添加するのが好ましい。
【0030】
次に、本発明の電磁鋼板の製造方法について説明する。
本発明の電磁鋼板の製造方法は、方向性電磁鋼板を製造する一般的な方法を用いることができる。すなわち、所定の成分組成に調整した鋼を溶製し、鋼素材(スラブ)とした後、そのスラブを熱間圧延して熱延板とし、必要に応じて熱延板焼鈍し、1回もしくは中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して最終板厚の冷間板とし、その後、脱炭を兼ねた再結晶焼鈍を施した後、二次再結晶と純化を兼ねた仕上焼鈍を施し、必要に応じて絶縁被膜の被成と、平坦化焼鈍を行う一連の方法である。
以下、具体的に各工程について説明する。
【0031】
鋼素材(スラブ)が有すべき成分組成は、Si:1.0〜8.0mass%およびMn:0.005〜1.0%を含有すること以外に、C:0.002〜0.10mass%、Al:0.0100mass%以下、N:0.0050mass%以下、S:0.0050mass%以下およびSe:0.0050mass%以下であることが必要である。
Cは、磁気時効を起こして磁気特性を低下させる元素であるため、極力低減するのが好ましい。しかし、0.002mass%未満とすると、製鋼コストの上昇を招くので好ましくない。一方、0.10mass%を超えると、冷間圧延後の脱炭を兼ねた再結晶焼鈍で、磁気時効の起こらない0.0050mass%以下に低減することが困難になる。
【0032】
また、Al,N,SおよびSeの各元素は、インヒビター成分であるため、本発明の製造方法のように冷延圧下率を高くする場合には、二次再結晶が発現しなくなるので、極力低減するのが好ましい。ただし、完全に除去することは製造上困難であるので、許容できる上記範囲内に限定する。
【0033】
なお、Siは、磁気特性の向上に必要な含有量1.0〜8.0mass%に、製鋼段階で調節してもよいが、製造性(圧延性)を向上する観点から、鋼素材ではSiを3.0mass%以下とし、最終板厚に冷間圧延後、浸珪処理等を施してSi量を増加させる方法を採用してもよい。
【0034】
上記成分組成に調整した鋼は、その後、鋼素材(スラブ)とするが、その製造方法は、連続鋳造法が好ましいが、造塊−分塊圧延法でもよい。また、直接鋳造法で、100mm以下の厚さの薄鋳片とする方法でもよく、特に制限はない。
【0035】
上記スラブは、その後、通常の方法で再加熱して熱間圧延して熱延板とするが、鋳造後、再加熱することなく直ちに熱間圧延してもよい。また、薄鋳片の場合には、熱間圧延してもよいし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進んでもよい。なお、本発明の鋼素材は、インヒビター成分を含まないため、インヒビター成分を固溶させる必要がないので、熱間圧延前のスラブ加熱温度は1250℃以下の温度とすることができる。また、熱間圧延条件は、特に制限はなく、常法に準じて行えばよい。
【0036】
熱間圧延した熱延板は、その後、必要に応じて熱延板焼鈍を施すのが好ましい。良好な磁気特性を得るためには、熱延板焼鈍温度は800〜1150℃とするのが好ましい。800℃未満では、熱間圧延でのバンド組織が残留し、一次再結晶組織を整粒とすることが難しくなり、二次再結晶粒の成長が阻害される。一方、1150℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化しすぎるため、やはり一次再結晶組織を整粒とすることが難しくなるからである。
【0037】
熱間圧延後または熱延板焼鈍後、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延して冷延板とする。この際、最終板厚に仕上げる最終冷間圧延の圧下率は、{110}<112>方位に対する高エネルギー粒界頻度を高くして、二次再結晶でこの方位を優先的に出現させる(成長させる)ため、94%以上とすることが必要である。好ましくは、96%以上である。
【0038】
上記冷間圧延に続く再結晶焼鈍は、通常公知の温度、時間および雰囲気で行えばよく、特に制限はない。なお、磁気時効を防止するため、脱炭を行う場合には、雰囲気を湿潤雰囲気とするのが好ましい。また、この再結晶焼鈍後に、鋼中のSi量を増加させる浸珪処理を施してもよい。
【0039】
再結晶焼鈍した鋼板は、その後、二次再結晶させる仕上焼鈍を施す。この際、仕上焼鈍の前に、鉄損を重視する場合、あるいは、変圧器の騒音を抑制する場合には、MgOを主体とする焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布し、その後、仕上焼鈍を施して、二次再結晶組織を発達させると共にフォルステライト被膜を形成させるのが好ましい。一方、打ち抜き加工性を重視する場合には、焼鈍分離剤を塗布しないか、フォルステライト被膜を形成しないシリカやアルミナ等を主体とした焼鈍分離剤を塗布した後、仕上焼鈍を施して、二次再結晶させるのが好ましい。
なお、焼鈍分離剤を塗布する場合には、水分を持ち込まない静電塗布を行うことが好ましい。また、上記焼鈍分離剤に代えて、シリカ、アルミナ、マイカ等からなる耐熱無機材料シートを用いてもよい。
【0040】
仕上焼鈍における焼鈍条件は、二次再結晶を発現させ、完了させるためには、800℃以上の温度で10時間以上保持することが好ましい。具体的には、フォルステライト被膜を形成させない場合には、二次再結晶さえ完了すればよいので、仕上焼鈍は850〜950℃の温度で行うことができる。しかし、フォルステライト被膜を形成させる場合には、1200℃程度の温度で仕上焼鈍するのが好ましい。また、鋼の純化を促進するためには、1100〜1200℃程度の温度で1時間以上保持するのが好ましい。
【0041】
仕上焼鈍後の鋼板は、その後、水洗やブラッシング、酸洗等で鋼板表面に付着した焼鈍分離剤を除去した後、平坦化焼鈍を施して形状矯正することが好ましい。
なお、鋼板を積層して使用する場合には、鉄損を改善するために、上記平坦化焼鈍前もしくは後に、鋼板表面に絶縁被膜を形成するのが好ましく、より鉄損を低減するためには、鋼板表面に張力を付与することができる絶縁被膜を形成するのがより好ましい。
また、バインダーを介して張力付与被膜を形成したり、物理蒸着法や化学蒸着法で無機物を鋼板表層に蒸着させて絶縁被膜を形成したりすると、被膜密着性に優れかつ鉄損低減効果が大きい被膜を形成することができるので好ましい。
【0042】
また、本発明の電磁鋼板は、最終冷間圧延後から再結晶焼鈍の間に鋼板表面に複数の人工溝を形成したり、平坦化焼鈍後の鋼板表面にプラズマジェットやレーザー照射を線状に施したり、突起ロールによる線状の凹みを付与したりする磁区細分化処理を施して、鉄損の低減を図ってもよいことは勿論である。
【実施例1】
【0043】
C:0.065mass%、Si:3.33mass%、Mn:0.05mass%、Al:0.0040mass%、N:0.0012mass%、S:0.0006mass%、Se:0.0010mass%、Sb:0.03mass%、Cr:0.03mass%およびMo:0.05mass%を含有する鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1200℃に再加熱した後、熱間圧延して板厚2.7mmの熱延板とし、950℃×30秒の熱延板焼鈍を施した後、圧下率を変えて冷間圧延して表1に示した各種板厚の冷延板とした。その後、上記冷延板を、50vol%N−50vol%H湿潤雰囲気中で、均熱条件が850℃×90秒の脱炭を兼ねた再結晶焼鈍し、MgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布した後、1200℃×5時間の仕上焼鈍を施し、その後、リン酸マグネシウムと硼酸を主体とした張力付与絶縁被膜の形成を兼ねた平坦化焼鈍を900℃×15秒で施して製品板とした。
【0044】
上記のようにして得た各製品板について、酸洗して被膜を除去し、板面を目視で観察した結果、いずれの鋼板も二次再結晶が発現していることが確認された。
また、各製品板の地鉄を成分分析した結果、Cが0.001〜0.003mass%の範囲内にあり、Al,N,SおよびSeは、分析限界以下まで低減しており、その他の成分はスラブ段階の組成から変化がないことを確認した。
【0045】
次いで、各製品板から試験片を採取し、ラウエ法により、結晶方位を300mm×200mmの範囲を7mmピッチで測定し、{110}<112>方位粒の面積率を算出した。なお、上記方位粒は、方位差角が20°以内であれば、その方位粒とした。また、貫通粒の比率は、製品板断面を光学顕微鏡で1200mmの長さに亘って観察し、全断面積に対する貫通粒の断面積の比率(%)とした。
得られた結果を表1に併記した。同表から、本発明の冷延圧下率の範囲内において製造した製品板は、いずれも{110}<112>方位粒が大きく増加していることがわかる。
【0046】
【表1】

【実施例2】
【0047】
表2に示した成分組成を有する各種鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1240℃に再加熱した後、熱間圧延して板厚3.0mmの熱延板とし、1025℃×60秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延して板厚0.10mm(冷延圧下率96.7%)の冷延板とした。次いで、上記冷延板を、45vol%N−55vol%H湿潤雰囲気中で、均熱条件が840℃×100秒の脱炭を兼ねた再結晶焼鈍し、MgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布した後、1200℃×15時間の仕上焼鈍を施し、その後、リン酸マグネシウムと硼酸を主体とした張力付与絶縁被膜の形成を兼ねた平坦化焼鈍を850℃×15秒の条件で施したて製品板とした。
【0048】
上記のようにして得た各製品板について、酸洗して被膜を除去し、板面を目視で観察した結果、いずれの鋼板でも二次再結晶が発現し、貫通粒の比率が75%以上となっていることが確認された。
また、得られた製品板の地鉄を成分分析した結果、C:0.001〜0.003mass%の範囲内にあり、Al,N,SおよびSeは、分析限界以下まで低減しており、その他の成分はスラブ段階の組成から変化がないことを確認した。
【0049】
次いで、各製品板から試験片を採取し、ラウエ法により、結晶方位を300mm×200mmの範囲を7mmピッチで測定し、{110}<112>方位粒の面積率を算出した。なお、上記方位粒は、方位差角が20°以内であれば、その方位粒とした。
得られた結果を表2に併記した。同表から、本発明の成分組成を満たす鋼板は、いずれも{110}<112>方位粒が大きく増加していることがわかる。
【0050】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:1.0〜8.0mass%およびMn:0.005〜1.0mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、結晶粒の方位が{110}<112>から20°以内である比率が面積率で50%以上である電磁鋼板。
【請求項2】
上記Si,Mnの他に、C:0.005mass%未満、Mn:0.005〜1.0mass%、Ni:0.010〜1.50mass%、Cr:0.01〜0.50mass%、Cu:0.01〜0.50mass%、P:0.005〜0.50mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Bi:0.005〜0.50mass%、Mo:0.005〜0.100mass%およびNb:0.001〜0.050mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の電磁鋼板。
【請求項3】
C:0.002〜0.10mass%、Si:1.0〜8.0mass%およびMn:0.005〜1.0mass%を含有し、さらに、Al:0.0100mass%以下、N:0.0050mass%以下、S:0.0050mass%以下およびSe:0.0050mass%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼素材を熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍し、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延して最終板厚の冷延板とした後、脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍し、その後、仕上焼鈍する一連の方向性電磁鋼板の製造方法において、上記冷間圧延における最終冷延圧下率を94%以上とすることを特徴とする請求項1または2に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
上記鋼素材は、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.010〜1.50mass%、Cr:0.01〜0.50mass%、Cu:0.01〜0.50mass%、P:0.005〜0.50mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Bi:0.005〜0.50mass%、Mo:0.005〜0.100mass%およびNb:0.001〜0.050mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項3に記載の電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−126980(P2012−126980A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−281354(P2010−281354)
【出願日】平成22年12月17日(2010.12.17)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】