説明

電磁鋼板の加工端部の加工方法

【課題】電磁鋼板の加工端部に超音波衝撃処理の後、電解研磨もしくは化学研磨方法でエッチングを行い、電磁鋼板の加工端部の疲労強度および磁気特性の両方を向上させた加工部を安定して得る。
【解決手段】電磁鋼板の加工端部に超音波衝撃処理の後、電解研磨もしくは化学研磨方法で1μm以上20μm以下エッチングし、電磁鋼板の加工端部の疲労強度および磁気特性の両方を向上させる加工方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、自動車、家電・重電分野などの部品等に利用される電磁鋼板の加工端部の疲労強度および磁気特性の向上する技術に関し、特に、疲労特性を向上するための超音波打撃処理後の化学研磨もしくは電解研磨を用いた後処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
打抜き加工を含むせん断加工により新たに生じる加工端面をもつ鋼に繰返し加重が作用すると、加工部は切り欠きとなって、加工端面から疲労きれつが発生して破壊に至る。自動車、家電・重電分野などのモーターに使用される電磁鋼板は、打抜き加工等が施された後、高回転速度で使用されると、回転に伴う遠心力により加工端部に応力が集中して疲労破壊することが問題となっている。また他方で打抜きなどの加工に伴って加工前の良好な時期特性が劣化することが多く、加工部の疲労特性の向上ならびに磁気特性の向上が切望されている。
【0003】
このうち、疲労破壊問題に対し、溶接部等の疲労強度向上を目的とした超音波衝撃処理が近年開発され、超音波衝撃処理を溶接部および機械加工穴に適用することにより疲労強度を向上させる方法が文献1に開示されている。なお、超音波衝撃処理とは、超音波発生機から発生された数十KHzの超音波振動をピン等の工具を介して対象物に押し当てて、塑性変形により表面形状の改善および残留応力の緩和・再配分等を行う処理である。
【0004】
また打抜き部の疲労強度向上を目的として、穴縁に超音波処理を施す方法が、特許文献2に開示されている。
【0005】
さらに、電磁鋼板の加工部端部の疲労強度向上を目的として、特許文献3に開示されている。
【0006】
【特許文献1】米国特許6338765号公報
【特許文献2】特開2004-115856号公報
【特許文献3】特開2007-277650号公報
【0007】
しかし、超音波衝撃処理は、硬質金属により処理対象物表面に圧縮応力を付与する方法であるため、処理表面に圧縮残留応力を多く導入するためには表面性状を劣化させ、表面に形成された凹部は応力集中部および疲労亀裂発生基点となるおそれがあり、疲労強度を飛躍的に向上するためには限界があった。また、上記表面に形成された凹部は磁壁がピンニングされ、ヒステリシス損があがり、磁気特性の劣化の原因となる。
【0008】
また、加工部には圧縮の応力が導入されるが、形状変化によりその絶対値には限界があり、超音波打撃処理方法では、疲労強度を飛躍的に向上するためには限界があった。
【0009】
また、超音波ピーニングにより鋼材表面に導入される圧縮の残留応力は、表面下数十μm〜数百μm内部の位置でピークを有し、より表面層では、圧縮の残留応力の絶対値が小さいという特性を有することが明らかとなった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記従来技術の現状に鑑み、超音波打撃処理後の後処理を用いて、自動車や自動二輪の部品、家電製品などに用いられる、電磁鋼板の加工端部に生じた引っ張り残留応力に対して大きな圧縮残留応力を効率的に導入し、かつ、加工端部に生じる凹凸を平滑化することにより、繰り返し荷重が作用する環境で従来よりも疲労特性および磁気特性を向上させるための超音波打撃処理後の後処理法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
電磁鋼板の加工端部を超音波振動端子で打撃した後に、打撃箇所を化学研磨もしくは電解研磨することによって、仮に超音波打撃により表面に凹凸が生じても、従来に比べて高い疲労強度および磁気特性を確保できる電磁鋼板の加工端部の疲労強度および磁気特性の向上方法を提供するものであり、その要旨、超音波打撃処理を行った電磁鋼板の加工端部を、電解研磨もしくは化学研磨方法でエッチングし、好ましくは1μm以上20μm以下エッチングし、電磁鋼板の加工端部の疲労強度を強化することを特徴とする電磁鋼板の加工端部の加工方法、である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、超音波打撃処理を用いた加工方法の後に化学研磨もしくは電解研磨することにより、電磁鋼板の加工端部に生じた引っ張り残留応力のうち、特に繰り返し荷重が作用する方向に導入された大きな圧縮残留応力を効率的・効果的に活用することができ、かつ表面に形成される凹凸を平滑化することにより応力集中を減らし、さらに磁壁のピンニングによるヒステリシス損を減らすことにより、電磁鋼板の加工端部の疲労特性および磁気特性を従来よりも一段と向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明者は、疲労特性および磁気特性の向上が問題となっている電磁鋼板の打抜き加工部について両方の特性を両立する方法の検討を行った。
【0015】
まず、電磁鋼板打抜き加工部の端面付近の変形状況および残留応力分布を検討した結果、塑性変形状態は図1に、残留応力は図2に示す分布をしていることが判明した。すなわち、図3のようにダイ2とポンチ1の間で打抜かれるうち抜き部4および残存部3において、打抜き部4の裏面側角部6と残存部3の表面側角部8に引っ張り変形が、打抜き部4の表面側角部7と残存部3の裏面側角部5に圧縮変形が存在する。
【0016】
これらの塑性変形部は隣接部の拘束を受け、図2に示すように打抜き部4の裏面側角部6と残存部3の表面側角部8の引張変形部には圧縮残留応力が、打抜き部4の表面側角部7と残存部3の裏面側角部5の圧縮変形部には引張残留応力がそれぞれ発生する。また、これら変形部の隣接部9〜12には、変形部の残留応力とバランスする反対符号の残留応力、すなわち残存部3の裏面側角部5の隣接部9および打抜き部4の表面側角部7の隣接部11には圧縮残留応力が、打抜き部4の裏面側角部6の隣接部10および残存部3の表面側角部8の隣接部12には引張残留応力がそれぞれ発生する。
【0017】
このような打抜き加工部において、特にダイ2と接触する残存部3の裏面側角部5の鋭利な形状、加工部の凹凸、および裏面側角部5を中心とした圧縮変形により発生する引張残留応力が疲労特性の低下を招いていることを把握した。また、磁気特性については、加工部の凹凸を減らし、ある程度絶対値の大きい圧縮残留応力の発生が磁気特性を向上していることも知見した。
【0018】
これらの問題の解決手段を鋭意検討した結果、疲労強度向上のために鋭利な裏面側角部5の形状を改善しつつ、加工部の凹凸を改善し、ある程度圧縮の残留応力の絶対値を大きくすることが有効との結論に至り、裏面側角部5および/又は表面側角部8を中心に超音波打撃処理を行い、さらに電解研磨もしくは化学研磨することが疲労特性および磁気特性の向上にさらに有効であることを見出した。超音波衝撃処理は、超音波エネルギーを振動エネルギーに変換して対象物に塑性変形を与え、主に工具の形状にならって表面形状をなだらかに改善する効果、および塑性変形に伴って圧縮残留応力を発生させる効果の二つの効果により対象物の疲労強度を向上させる。電解研磨法とは、酸またはアルカリ溶液中で金属表面を陽極溶解し、電気化学 的に表面を平滑に改善する効果により対象物の疲労強度および磁気特性をより向上させる。化学研磨法とは、酸またはアルカリ溶液中で金属表面を溶解し、化学 的に表面を平滑に改善する効果により対象物の疲労強度および磁気特性をより向上させる。
【0019】
超音波衝撃処理された部分の応力状態を詳細に調査した結果、裏面側角部5では打抜き加工により図1に示すように圧縮変形が生じ、その結果引張残留応力が発生しており、応力とひずみの関係を示すと図3の状態にある。この引張残留応力は、圧縮ひずみの量およびバランスする隣接部の体積、境界長さ等により変化するが、概ね降伏応力相当の値になっている。
【0020】
本発明ではこの部分に超音波衝撃処理を施すことにより、引張の塑性変形を与えて図4に示すような応力とひずみの関係とすることにより残留応力を低減させることが望ましい。ここで、超音波衝撃処理によって付与する引張歪みは僅かでも引張残留応力が低減するが、先の打抜き加工による圧縮ひずみを相殺するように同程度の大きさの引張ひずみを与えることが好ましい。
【0021】
超音波衝撃処理により疲労強度を向上させるための処理範囲は、加工に伴って形成される周辺の塑性変形領域およびそれに伴って発生する残留応力が発生する領域をカバーする範囲まで行うことが必要である。本発明では、打抜き加工によって発生する組成変形領域および残留応力分布を調べた結果、概ね加工端から素材の厚板相当の範囲までは加工の影響により変形・残留応力が発生していることから、超音波衝撃処理も加工端から板厚以上の範囲の鋼表面に行うことが望ましい。
【0022】
加工端からの処理長さの上限は特に限定しないが、超音波衝撃処理の長さが長くなると、図5に示すように処理部分15の圧縮残留応力とバランスして処理部分に隣接する部分16に発生する引張残留応力の平均値が上昇して疲労破壊や他の破壊を誘発する恐れがあるため、引張残留応力の上昇を抑制するためには、処理長さ18を処理部15と他の自由端面17との間の長さ19以下とすることが好ましい。
【0023】
超音波衝撃処理を行った加工部について電解研磨して応力状態を詳細に調査した結果、加工部では電解研磨量により図6に示すような応力分布となっていた。
【0024】
本発明では、鋼板の加工部表面上に、超音波処理による加工帯を形成し、その加工帯を電解研磨もしくは化学研磨する。望ましくは、その加工帯を表面から深さ1μm以上20μm以下について電解研磨もしくは化学研磨する。
【0025】
疲労が生じる箇所に圧縮応力が入っていると、疲労寿命が向上する。このとき、表面の凹凸が小さく、表面の圧縮残留応力の絶対値が大きいほどその疲労強度向上効果は大きいものと考えられる。
【0026】
ここで、加工帯処理位置について、電解研磨もしくは化学研磨後に、表面の残留応力を測定したところ、圧縮の応力の絶対値が大きくなった理由を推定すると、以下のようになる。
【0027】
超音波打撃処理方法では、超音波で駆動した超音波振動端子により加工された加工帯周辺には圧縮の残留応力が導入されるが、打撃箇所表面(加工帯表面)においては、その衝撃で形状が変化することにより、圧縮の残留応力の一部は開放されてしまうのに対し、打撃箇所表面から内部においては、形状変化もなく、導入された圧縮の残留応力がすべて残留することにより、打撃位置よりも絶対値の高い圧縮残留応力となる。しかし、加工帯よりもさらに内部の領域においては、応力バランスで、逆に引張残留応力となる。
【0028】
以上の結果から、以下のことを想定した。
【0029】
圧縮残留応力の値は、打撃処理表面からの深さに関係し、打撃箇所表面から化学研磨もしくは電解研磨して、その深さを適度にすることにより、圧縮残留応力の絶対値を大きくすることができる。
【0030】
加工帯処理位置について、電解研磨もしくは化学研磨後、表面の凹凸は小さくなる。ここで研磨により表面凹凸が減少すると磁壁のピンニングが小さくなりヒステリシス損が減少し磁気特性は向上することができる。しかし、ここで圧縮の残留応力の絶対値がある程度より大きくなりすぎると、渦電流損が大きくなり磁気特性は低下する。
【0031】
これらの考えを基礎に、直径D=2mmの超音波振動端子を用いて、研磨の処理深さを変えて、化学研磨もしくは電解研磨した場合の加工部の残留応力がどのように変化し、表面凹凸、疲労特性、および磁気特性がどのように変化するかを検討した。
【0032】
実験方法
UIT装置(AppliedUitrasonic社製):周波数27kHz
超音波振動端子の直径:2mm、
出力パワー:機器と機器の設定値に依存する
UIT装置では、装置についている回転するつまみで1〜9まで調整できるが絶対値は不明であった。
【0033】
(残留応力の測定)
残留応力の測定は、X線回折により応力をsin2ψ-2θ法を用いて測定した。測定に用いた装置はリガク(株)のMSF-2Mを用い、X線の管球はCr、検出器はシンチレーション計測器を用い、電圧は30kv、電流は10mA、回折線の測定方法に並傾法を用い、X線の入射方法にψ一定法を用い、入射角ψは0度、15度、30度、45度の4点について、検出器を151度〜161度までの範囲について3sec/step、ステップ間隔0.25度でステップ操作をして測定し、ピークの決定には半値幅法を用いた。応力測定においては、フェライトの[211]回折面を利用し、物理定数として吸収係数850.04、ヤング率21000kgf/mm2、ポアッソン比0.28、応力定数-32.44を用いた。測定領域は0.5mm(処理方向に垂直な方向)×6mm(処理方向)について測定を行った。
【0034】
図7は、本発明における超音波打撃処理の加工帯を深さdだけ電解研磨した場合の加工端部での磁気特性の関係を示す図である。図7の横軸に示す表面から電解研磨した距離と磁気特性に相関が見られ、その深さが、1μm以上20μm以下であれば、加工部を超音波加工したままの場合よりも、磁気特性が良いことがわかる。
【0035】
図8に本発明における超音波打撃処理の加工帯を化学研磨もしくは電解研磨した表面からの深さと加工部の疲労強度(破断寿命が200万回となる応力範囲)の関係を示す。
【0036】
なお、これらの効果をより顕著に得るためには、加工帯においては、処理前の表面に対して、深さ数十um〜深さ数百um程度の圧痕を形成するように打撃することが望ましい。
【実施例】
【0037】
0.5mm厚の無方向性電磁鋼板を、幅108mm、長さ500mmの帯板に加工し、その帯板の中央部に、図9に示す穴を打抜き加工し、加工部に超音波衝撃処理を施した。超音波衝撃処理装置は、振動周波数26kHz,ピン振幅25〜30μm、工具は直径2mmの円筒状ピンを用いて人手により加工端部に押し当てることにより処理した。処理は長さ1cm当たり5秒の速さで一方向にピンを移動させて行い、同じ箇所を2度以上処理することはしなかった。
【0038】
処理した試験片の長手方向に繰返し加重を負荷し、荷重制御、応力比R=0(完全片振り)の条件において室温大気中で疲労試験を行った。さらに試験片の疲労きれつ発生位置、すなわち打抜き加工部の裏面側端部で円周方向側面に当たる部分について、表面粗さRaを測定し、さらにX線による残留応力測定を行った。また同じ試験片を日本電気工業規格JEM1432「単板磁気試験方法」に準拠して鉄損を評価した。比較のため超音波衝撃処理を施さない試験片も作製し、同様にX線による残留応力測定(プラスは引張残留応力、マイナスは圧縮残留応力)、疲労試験および磁気特性の評価を行った。これらの結果をまとめて表1に示す。
【0039】
超音波衝撃処理を施さないNo1の比較例、超音波処理は施すが電解研磨も化学研磨も施さないNo2の比較例、超音波処理は施すが電解研磨を0.5μmしかしていないNo3の比較例、超音波処理は施すが電解研磨を0.5μmしかしていないNo12の比較例、超音波処理は施すが電解研磨を30μm、40μmしているNo10、No11の比較例、超音波処理は施すが化学研磨を30μm、40μmしているNo19、No20の比較例に比べ、超音波処理を施した上で電解研磨もしくは化学研磨を適度に1μm以上20μ以下行ったNo4〜No9、No13〜No18の本発明において、加工部裏面側端部(きれつ発生位置)での残留応力およびRaが適度に改善され、疲労特性および、磁気特性の両方が改善している。ここで、超音波処理は施すが電解研磨を30μm、40μmしているNo10、No11の比較例、超音波処理は施すが化学研磨を30μm、40μmしているNo19、No20の比較例においては、加工部裏面側端部(きれつ発生位置)でのRaが改善され、残留応力も圧縮の残留応力で大きくなっているため、疲労強度は改善されているが、圧縮の残留応力が大きくなりすぎ、渦電流損が大きくなりすぎ、磁気特性は劣化している。
【0040】
【表1】

【0041】
以上、実施例で示したように本発明の方法は電磁鋼板加工部の疲労特性および磁気特性の向上に有効であることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】電磁鋼板打抜き加工部の端面付近の塑性変形状態を示す図。
【図2】電磁鋼板打抜き加工部の端面付近の残留応力分布を示す図。
【図3】超音波打撃処理された部分(裏面側角部)の応力と歪の関係を示す図。
【図4】打抜き等加工によるダイ側圧縮変形部の加工履歴を示す図。
【図5】超音波衝撃処理による加工履歴を示す図。
【図6】超音波衝撃処理を行った加工部の電解研磨量と残留応力との関係を示す図。
【図7】超音波衝撃処理を行った加工部の電解研磨量と磁気特性との関係を示す図。
【図8】超音波衝撃処理を行った加工部の電解研磨量と疲労強度との関係を示す図。
【図9】超音波衝撃処理を行う電磁鋼板の加工部を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波打撃処理を行った電磁鋼板の加工端部を、電解研磨もしくは化学研磨方法でエッチングし、電磁鋼板の加工端部の疲労強度および磁気特性を強化することを特徴とする電磁鋼板の加工端部の加工方法。
【請求項2】
超音波打撃処理を行った電磁鋼板の加工端部を、電解研磨もしくは化学研磨方法で、1μm以上20μm以下エッチングし、電磁鋼板の加工端部の疲労強度および磁気特性を強化することを特徴とする電磁鋼板の加工端部の加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−185310(P2009−185310A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−23789(P2008−23789)
【出願日】平成20年2月4日(2008.2.4)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】