説明

電磁鋼板の製造方法

【課題】 インヒビターとして金属間化合物を使用し二次再結晶を起こさせることで、通常の方向性電磁鋼板または無方向性電磁鋼板と同等以上のすぐれた磁気特性を備えた電磁鋼板を安定して製造することを目的とする。
【解決手段】 C:0.0800%以下、P:0.30%以下、S:0.020%以下、N:0.0400%以下、および金属間化合物形成元素の1種または2種以上を含有し、Fe:70%以上および残部不可避的不純物を含有する鋼スラブを、熱間圧延し、次いで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し、次いで再結晶焼鈍後、焼鈍分離剤を適用しもしくは適用することなしに仕上焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍工程において二次再結晶が起きる前後で鋼中に存在する金属間化合物をインヒビターとして用い、二次再結晶の進行を制御する電磁鋼板の製造方法。金属間化合物は冷間圧延後、二次再結晶が起きる前の熱処理工程により形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器や回転機の鉄心材料として好適な磁気特性に優れた電磁鋼板製造方法に係わるものである。特に、方向性電磁鋼板における二次再結晶(無方向性電磁鋼板における結晶粒成長)を鋼中に分散させた金属間化合物で制御することにより、優れた皮膜特性と鉄損、極めて高い磁束密度を有し、さらには高生産性で製造される電磁鋼板に係るものである。
【背景技術】
【0002】
電磁鋼板の製造には、インヒビターと呼ばれる析出物を使用して、最終仕上焼鈍中に好ましい方位粒を優先的に二次再結晶させる方法が、一般的な技術として使用されている。
【0003】
典型的な技術として、特許文献1、2のようなAlN、MnSやMnSeをインヒビターとして使用する方法は、すでに工業的に実用化され、さらに特許文献3のようなTi、V等の窒化物を使用する方法も知られている。
【0004】
これらの方法は、二次再結晶粒を安定して発達させるのに有効であるが、微細なインヒビターを活用するため、高温での熱延スラブ加熱や、比較的高温、長時間で二次再結晶させることが必須となる。しかし、スラブの高温加熱や高温・長時間二次再結晶は、熱延時のスケール発生による歩留り低下や、設備コストやメンテナンス費用の上昇が問題となる。
【0005】
このため、特許文献4のようにインヒビターを使わない技術も提案されているが、磁気特性が安定せず広範な使用が阻害されている。
【0006】
さらに、特許文献5のように磁束密度を向上させるためBiのような特殊元素を添加する方法も開示されているが、鋼中に固溶した特殊元素が良好な被膜形成を阻害するため工業的に安定生産するに至っていない。
【0007】
また、これら従来の方法では、インヒビターとして活用した微細な炭化物、窒化物、硫化物等の非金属化合物が鋼板に残存すると磁気特性、特に鉄損を劣化させるため、二次再結晶の最終段階で雰囲気や温度を精緻に制御し、脱炭、脱窒さらには非金属化合物の形成元素を表面に拡散させ皮膜中に固定するという非常に複雑な制御が必要となる。このための生産性低下がさけられないばかりか、これらの作用を考慮する必要があるため皮膜の種類、形態が制約され、皮膜特性も限定されたものにならざるを得ない。
【0008】
【特許文献1】特公昭40−15644号公報
【特許文献2】特公昭51−13469号公報
【特許文献3】特公昭46−40855号公報
【特許文献4】特開2000−129356号公報
【特許文献5】特開平6−88171号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の問題を有利に解決するもので、高温スラブ加熱等の生産性を阻害する製造条件を必須とせず、特有のインヒビター活用により二次再結晶を安定して制御し、高い磁気特性と良好な皮膜特性が得られるようにした、電磁鋼板の有利な製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために金属間化合物相を鋼中に分散し、そのサイズ等を適正に制御することで二次再結晶が安定して起き、従来ではなしえなかった良好な磁性と皮膜健全性を両立できることを知見した。この技術の重要な点は、粒界移動の障害となるが磁壁移動の障害にはならないような物質を好ましい時期に鋼中に分散させることである。これを要約すると次のとおりとなる。
【0011】
1)鋼板中にサイズ、密度を適当に制御した金属間化合物を分散させる。
【0012】
2)鋼板および製品の熱処理過程においてマルテンサイト変態を抑制するような構成分および熱履歴とする。
【0013】
3)製造工程の途中で金属間化合物が多量に形成されると圧延等に支障をきたす場合があるので、その生成時期を成分、熱履歴により好ましく制御する。
【0014】
4)二次再結晶を起こすための仕上げ熱処理により金属間化合物の形態が大きく変化するように制御する。
【0015】
本発明は、上記技術を具現化するもので以下の内容を要旨とする。
(1) 質量%で、C:0.0800%以下、P:0.30%以下、S:0.040%以下、N:0.0400%以下、および金属間化合物形成元素の1種または2種以上を含有し、Fe:70%以上および残部不可避的不純物を含有する組成からなる鋼スラブを、熱間圧延後、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し、次いで仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍工程において金属間化合物をインヒビターとして用い、二次再結晶の進行を制御することを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
(2) 質量%で、C:0.0800%以下、P:0.30%以下、S:0.040%以下、N:0.0400%以下、および金属間化合物形成元素の1種または2種以上を含有し、Fe:70%以上および残部不可避的不純物を含有する組成からなる鋼スラブを、熱間圧延後、熱延板焼鈍を施し、次いで1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施した後、再結晶焼鈍を行い、次いで焼鈍分離剤を適用した後、仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍工程において金属間化合物をインヒビターとして用い、二次再結晶の進行を制御することを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
(3) 仕上げ焼鈍工程における二次再結晶を起こすための熱処理熱処理により、鋼材内部に存在する金属間化合物の平均直径を仕上げ焼鈍前の2倍以上または1/2以下とすることを特徴とする(1)または(2)の電磁鋼板の製造方法。
(4) 仕上げ焼鈍工程における二次再結晶を起こすための熱処理熱処理により、鋼材内部に存在する金属間化合物の数密度を仕上げ焼鈍前の1/2以下となることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
(5) 仕上げ焼鈍工程における二次再結晶を起こすための熱処理熱処理により、鋼材内部に存在する金属間化合物の平均直径を仕上げ焼鈍前の0.20μm以上または0.005μm以下(0μmを含む)とすることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
(6) 仕上げ焼鈍工程における二次再結晶を起こすための熱処理熱処理により、鋼材内部に存在する金属間化合物の数密度を仕上げ焼鈍前の200個/μm3 以下とすることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
(7) 仕上げ焼鈍後の組織が体積率でフェライト相:50%以上、マルテンサイト相:50%以下(0%を含む)を満足する範囲で主としてフェライト相からなることを特徴とする(1)〜(6)のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
(8) 鋼スラブが質量%でさらに、Si:0.2〜7.0%、Mn:0.05〜5.0%、Al:8.0%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする(1)〜(7)のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
(9) 金属間化合物形成元素として、質量%で、Ni、Mo、Ti、Nb、Co、W、La、Ce、Sm、Ndの1種または2種以上を各元素について10.0%以下含有することを特徴とする(1)〜(8)のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
(10) 金属間化合物形成元素として、さらに質量%で、Zr、Cr、B、Cu、Zn、Mg、Snの1種または2種以上を各元素について10.0%以下(0%を含む)含有することを特徴とする(9)の電磁鋼板の製造方法。
(11) 金属間化合物形成元素として、さらに質量%で、Ag、Pt、Ga、Ge、In、V、Pd、Ir、Rh、Cd、Taの1種または2種以上を各元素について5.0%以下(0%を含む)含有することを特徴とする(9)または(10)の電磁鋼板の製造方法。
(12) (1)〜(11)のいずれかの項に記載の製造方法において、マルテンサイト変態を抑制するような熱履歴を経ることを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
(13) (1)〜(12)のいずれかの項に記載の製造方法において、冷間圧延の直前までは金属間化合物の形成を回避するような熱履歴を経ることを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
(14) (13)の熱処理として、熱延仕上げ後の300℃までの平均冷却速度を50℃/秒以上とすることを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
(15) (1)〜(14)のいずれかの項に記載の製造方法において、冷間圧延の後の工程において、二次再結晶が起きる前に300〜900℃での滞在時間を10秒以上とする熱処理を行い、金属間化合物を形成することを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
(16) 金属間化合物を形成するための熱処理が、二次再結晶を起こすための熱処理より低い温度であることを特徴とする(1)〜(15)のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
(17) 金属間化合物を形成するための熱処理が、二次再結晶を起こすための熱処理より短い時間であることを特徴とする請求項1〜16のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
(18) 仕上げ焼鈍工程における二次再結晶を起こすための熱処理として、800℃以上の温度域に20秒以上保持することを特徴とする(1)〜(17)のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
(19) (18)の二次再結晶を起こすための熱処理として、熱処理後の300℃までの平均冷却速度を50℃/秒以上、または1℃/秒以下とすることを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
(20) 熱延工程以降において実質的な脱炭、脱窒を行わないことを特徴とする(1)〜(19)のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、高温スラブ加熱等の生産性を阻害する製造条件を必須とせず二次再結晶を安定して制御し、高い磁気特性と良好な皮膜特性を有する電磁鋼板を高生産性で得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明者らは、前記目的を達成すべく種々実験し検討を重ねてきた。即ち本発明は、Feを70%以上含有する鋼材であって、成分、製造工程条件の適正な制御により微細な金属間化合物を好ましい時期に電磁鋼板内に生成させることにより、安定した製造方法により安定して二次再結晶が起こり、良好な特性を示す電磁鋼板を得るものである。
【0018】
先ず、本発明による電磁鋼板の成分組成について説明する。
【0019】
Cは0.08% を超えると、脱炭処理を行っても磁気時効の起こらない50ppm以下まで低減することが困難になるので、Cは0.08%以下に制限した。好ましくは0.025%以下である。また、熱処理においてマルテンサイト変態を誘起し、磁気特性を劣化させる場合があるので少ない方が好ましく、0.0400%以下とすることが好ましい。また集合組織改善に有効に働き、磁性にとって好ましくない{111}方位の発達を抑制し、好ましい{110}や{100}、{114}等の方位の発達を促進する効果もある。この観点からは好ましくは0.0031〜0.0301%、さらに好ましくは0.0051〜0.0221%、さらに好ましくは0.0071〜0.0181%、さらに好ましくは0.0081〜0.0151%である。一般的には冷延後に脱炭焼鈍により0.0040%以下までCを減じる。製造コストの観点からは溶鋼段階で脱ガス設備によりC量を低減しておくことも可能で、0.0030%以下とすれば磁気時効抑制の効果およびマルテンサイト変態回避の効果が著しく、0.0020%以下とすることがさらに好ましく、0.0015%以下がさらに好ましい。0%であっても構わない。
【0020】
Pは0.3%を超えると脆化が激しく、工業的規模での熱延、冷延等の処理が困難になるため、上限を0.30%とする。好ましくは0.10%以下である。
【0021】
Sは硫化物をインヒビターとして用いる従来鋼では非常に重要な元素で、含有量についても非常に厳密な管理が必要であったが、本発明鋼ではこの目的のための制御は全く必要としない。むしろ磁気特性、特に鉄損を劣化させる場合があるので、Sの含有量はできるだけ低いことが好ましく、0%であっても構わない。本発明では0.0400%以下と限定する。好ましくは0.0040%以下、さらに好ましくは0.0020%以下、さらに好ましくは0.0010%以下である。
【0022】
Nは従来の二次再結晶を活用した電磁鋼板ではインヒビターとしてのAlNが非常に重要な役割を有していたため、含有量を厳格に制御する必要があり、約0.01%程度まで添加されていた。しかし、本発明鋼ではこのような理由での制御は不要である。NはCと同様に磁気特性を劣化させるので少ない方が好ましく、0.0400%以下とする。好ましくは0.0301%以下、さらに好ましくは0.0221%以下、さらに好ましくは0.0181%以下、さらに好ましくは0.0151%以下である。ただしAlを0.010%程度以上含有する場合に多量のNを含有させると微細な窒化物を多量に形成し磁気特性を顕著に劣化させることがあるため避けることが好ましい。
【0023】
特に本発明鋼で特徴的な金属間化合物としてAl、Ti等の強い窒化物生成元素を含有する相を形成する場合はNを添加してまで含有量を高めるべきではない。理想的には窒化物形成元素がすべて金属間化合物になれば窒化物は形成されないが、少なからざる量の窒化物が形成し含有するほとんどのNは窒化物となってしまうからである。窒化物の害を回避するために、製造工程において鋼板の脱窒を行うコストを考えると、金属間化合物の構成元素として強い窒化物形成元素を使わない場合でもAl脱酸鋼においては溶鋼段階でN含有量を提言しておくことが好ましく、0.0040%以下とすべきで、窒化物による強度上昇を期待しない本発明鋼では低いほど好ましく、0.0027%以下とすれば磁気時効や微細な窒化物形成による特性劣化の抑制効果は顕著で、さらに好ましくは0.0022%、さらに好ましくは0.0015%以下、0%であっても構わない。
【0024】
以上の成分にさらに、Si、Mn、Alの1種または2種以上を添加することができる。これらは従来の電磁鋼板におけるのと同様の役割の他、適切な熱処理との組合せにより、後述する金属間化合物として機能させることもできる。
【0025】
Siは鋼の固有抵抗を高めて渦電流を減らし、鉄損を低下せしめるが、添加量が0.2%未満ではその効果が小さい。低Si鋼では鋼の脆化もほとんどなく、磁束密度も高くすることができる。とは言え、特に高周波用途等においてSi等の固溶元素による渦電流損失の低減効果を考えると、好ましくは1.0%以上、さらに好ましくは2.0%以上Siを含有する鋼を対象とすることで従来ではなしえなかったレベルで本発明の効果を享受することが可能となる。また、Si量を高めることは本発明で制御すべきマルテンサイト変態を回避するためにも都合がよい。
【0026】
本発明鋼では金属間化合物を構成する元素としてSiを用いる場合もあるため鋼種によっては通常より多量な添加を行うことが好ましい。一般には3.2%以上では鋼が顕著に脆化してしまうが、マルテンサイト変態の回避および金属間化合物の形成を目的として添加したSiの少なからざる量が製造工程の途中でも金属間化合物として存在する本発明鋼では脆化の程度は通常の鋼よりは軽減される。しかし7.0%を超えると鋼を脆化させ、さらに製品の磁束密度を低下させるため7.0%以下とする。好ましくは5.5%以下、さらに好ましくは4.5%以下である。
【0027】
MnはMnSやMnSe等をインヒビターとして用いる場合に重要な元素となるが、インヒビターの主たるものとして微細金属間化合物を活用する本発明鋼ではこの目的のためには特に必要としない。本発明においては主として金属間化合物の構成元素として添加することが可能である。しかし過剰な添加は磁束密度を低下させるばかりでなく本発明で避けるべきマルテンサイト変態を起きやすくする場合があるので、0.05〜5.0%とする。好ましくは0.6〜3.5%である。
【0028】
Alは通常、脱酸剤として添加されるが、Alの添加を抑えSiにより脱酸を図ることも可能である。また、固溶Alとして鋼板の電気抵抗を高め、鉄損を低減する効果もある。従来の二次再結晶を活用した電磁鋼板ではインヒビターとしてのAlNが非常に重要な役割を有していたため、Al量も厳格に制御する必要があり、せいぜい0.05%程度までの添加に限定されていた。インヒビターとしてAlNを使用しない本発明鋼では金属間化合物の生成を目的とする場合に制御が必要となるが、そうでない場合は特に脱酸、電気抵抗としての従来の二次再結晶を行わない一般的な電磁鋼板と同様の添加が可能である。
【0029】
本発明では金属間化合物の構成元素として積極的に添加される特に重要な元素であるとともに本発明で回避すべきマルテンサイト変態を抑制する効果も有するが、8.0%を超えると脆化が問題になるため、上限を8.0%以下とする。また金属間化合物の種類にもよるが効果を得るためには少なくとも0.1%は添加する。上限は好ましくは6.0%、さらに好ましくは5.0%、さらに好ましくは4.0%、さらに好ましくは3.0%である。下限は好ましくは0.3%、さらに好ましくは0.5%、さらに好ましくは0.8%、さらに好ましくは1.0%である。
【0030】
これまでの電磁鋼板でなんらかの特性向上のために利用されている殆どの元素は添加コストが問題視されるだけではなく特性向上効果が小さい割に、熱延、焼鈍工程での加熱温度、加熱速度、冷却速度、氏雰囲気などの製造条件等は従来材以上に厳密に制御する必要を生ずる場合があり、コストパフォーマンスに問題があった。本発明でも二次再結晶制御のためにこれらの元素を多量に添加する場合があるが、その技術的効果および技術的目的は従来の技術とは全く異なる。すなわち、従来の技術ではこれらの元素は主として固溶体強化元素または炭化物、窒化物等による析出強化元素として利用されていたのに対し、本発明ではこれらの元素は金属間化合物を形成し、金属間化合物による析出強化効果を発現させるために添加されるのであり、添加された元素の多くの部分は金属間化合物の構成元素として鋼中で存在する。これらの元素としてはNi、Mo、Ti、Nb、Co、W、La、Ce、Sm、Ndがあげられる。
【0031】
Ni、Mo、Ti、Nb、Co、Wおよび希土類金属元素であるLa、Ce、Sm、Ndは本発明鋼では金属間化合物の構成元素として必要に応じ少なくとも1種以上を積極的に添加する。しかし過剰な添加は鋼板の延性を劣化させ通板性が低下する他、磁束密度を低下させるとともに後述のような製造工程中間段階での金属間化合物の好ましい形成抑制が制御不能にし通常の工程では生産そのものが困難になる場合がある。特にNiについてはオーステナイト安定化元素であり本発明で避けるべきマルテンサイト変態を起きやすくするため、添加コストも考え各元素について上限を10.0%とする。また金属間化合物の種類にもよるが効果を得るためには少なくとも0.1%は添加する。上限は好ましくは8.0%、さらに好ましくは6.0%、さらに好ましくは5.0%、さらに好ましくは4.0%である。下限は好ましくは0.3%、さらに好ましくは0.5%、さらに好ましくは0.8%、さらに好ましくは1.0%である。
【0032】
上記の元素に次いで重要な元素はZr、Cr、B、Cu、Zn、Mg、Snである。これらの元素は本発明が対象とする電磁鋼板および本発明が関連する加工用および構造用薄鋼板において、様々な目的で比較的一般的に使用される元素でもあるが、金属間化合物を形成する元素としても知られており、必要に応じ少なくとも1種以上を添加する。しかし過剰な添加は鋼板の延性を劣化させ通板性が低下する他、後述のような製造工程中間段階での金属間化合物の好ましい形成抑制が制御不能にし通常の工程では生産そのものが困難になる場合があることと、添加コストを考え各元素について上限を10.0%とする。また金属間化合物の種類にもよるが効果を得るためには少なくとも0.1%は添加する。上限は好ましくは8.0%、さらに好ましくは6.0%、さらに好ましくは5.0%、さらに好ましくは4.0%である。下限は好ましくは0.3%、さらに好ましくは0.5%、さらに好ましくは0.8%、さらに好ましくは1.0%である。
【0033】
上記の元素に次いで重要な元素はAg、Pt、Ga、Ge、In、V、Pd、Ir、Rh、Cd、Taである。これらの元素は鉄鋼材料での使用はあまり一般的ではない特殊元素であるが金属間化合物の構成元素として知られており、必要に応じ少なくとも1種以上を添加することができる。しかし過剰な添加は鋼板の延性を劣化させ通板性が低下する他、後述のような製造工程中間段階での金属間化合物の好ましい形成抑制が制御不能にし通常の工程では生産そのものが困難になる場合があることと、添加コストを考え各元素について上限を5.0%とする。また金属間化合物の種類にもよるが効果を得るためには少なくとも0.1%は添加する。上限は好ましくは4.0%、さらに好ましくは3.0%、さらに好ましくは2.5%、さらに好ましくは2.0%である。下限は好ましくは0.3%、さらに好ましくは0.4%、さらに好ましくは0.5%、さらに好ましくは0.8%である。
【0034】
Nb、Ti、V、B等は、鋼板中で炭化物、窒化物または硫化物等の微細な析出物によりインヒビターとしての効果を有する元素である。この析出物が形成されると製造工程において充分な脱炭、脱窒が行われなかった場合、磁気特性、特に鉄損を顕著に劣化させる。これを避けるにはC,N,S量を十分に低くしておく必要がある。また、適当な回数の試行により炭化物、窒化物、硫化物等の非金属介在物の生成を抑制するような熱履歴を決定することは等業者であればそれほど困難なことではない。
【0035】
また、その他のSb,Ca等の元素については、鉱石やスクラップなどから不可避的に含まれる程度の量に加え、様々な目的で添加しても本発明の効果は何ら損なわれるものではない。これらの微量元素についての不可避的な含有量は通常、各元素とも0.005%以下程度であるが、様々な目的で0.01%程度以上に添加することが可能である。この場合もコストや磁気特性の兼ね合いから1種または2種以上を合計で0.5%以下含有することができる。
【0036】
本発明の特徴は、金属間化合物形成元素について通常の電磁鋼板と比較し多くの量を添加し、金属間化合物を形成するように熱処理を制御することである。このためFe以外の元素量が多くなる場合がある。従来技術で記述したマルエージ鋼の他、例えばNiであれば30数%以上含有するパーマロイ等が特殊な用途で実用化されているが、本発明鋼はこれらの高合金磁性材料とは用途や技術的因子が異なるものであり、あくまでも通常の変圧器、モーター等に用いられる軟磁性材料の範疇に分類されるものである。このためFe以外の元素の総含有量は30%以下とする。好ましくは20%以下、さらに好ましくは15%以下、また形成される金属間化合物の種類や目的とする特性によっては10%以下でも十分な効果を得ることが可能である。
【0037】
さらに、本発明鋼の特徴は上述のマルエージ鋼とは異なりマルテンサイト変態を活用しないことである。これは前述のようにマルテンサイト変態においては鋼中に多量の転位が導入され磁気特性、特に鉄損が劣化してしまうためである。
【0038】
本発明は通常の珪素鋼板と同等の磁気特性を有することを目的としているため、磁気特性を顕著に劣化させるマルテンサイト変態を極力回避する必要がある。とは言え、成分によっては、またはミクロな観察を行えばわずかなマルテンサイト変態の発生が観察される場合もある。マルテンサイト変態が起きる可能性の目安としては高温でのオーステナイト相とフェライト相の比率がある。オーステナイト相の生成量が多いことはオーステナイト相が安定であることを意味し、冷却時にマルテンサイト変態が起きやすいと考えることができる。ただし、熱履歴を考慮すれば高温でオーステナイト相が存在する場合に必ずしも冷却時にマルテンサイト変態が起きるものではないことは言うまでもない。
【0039】
本発明では目安として高温でのオーステナイト相の存在量を記述する。高温でのオーステナイト相の生成量が50%以下であれば本発明が対象としている極低C材では数100℃/秒というような超急速冷却を行わない限り、また、CやNを0.005〜0.04%程度含む低炭素鋼の場合でも冷却速度を比較的緩冷却に制御すればマルテンサイト変態を回避することは十分に可能で、もし相当量のマルテンサイト変態が起きたとしても問題になるほどの転位量の導入は回避することができる。高温でのマルテンサイト生成量は好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%以下で、完全フェライト鋼であれば全く問題ないことは言うまでもない。大体の目安は各元素の質量%で、
1.5×Si+3.5×Al−1.2×(Mn+Ni)
が2.5以上、好ましくは3.0以上、さらに好ましくは3.5以上である。
【0040】
しかし、高温で完全オーステナイト相となる場合でも高温での保持温度、冷却速度等の熱履歴によってはマルテンサイト変態を回避することは十分に可能であるため上記の式により本発明が限定されるものでないことは明白である。マルテンサイト変態が相当量起きたかどうかは最終的には通常の鋼の変態制御メタラジーで行われるように得られた鋼板の組織を観察することで判断が可能なものである。
【0041】
そして、最終的な組織は主としてフェライト相からなるものとする。なお、厳密には鋼中の組織としては本発明で必須である金属間化合物やC、N、S、Oの化合物等も存在するが、ここで述べる組織とはこれらの微細なものではなく、鉄の変態により形成されるフェライト、オーステナイト、マルテンサイト、パーライト、ベイナイト等を指すものとする。本発明では体積率でフェライト相が50%以上であるものとする。好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上であり、意識的に鉄の変態を制御するような中間温度での保持や急速冷却等を行わなければ通常、95%以上はフェライト相となるものである。同時に、磁気特性に非常に好ましくないマルテンサイト相の体積率は50%以下とする。好ましくは40%以下、さらに好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%以下である。オーステナイト、フェライトおよびマルテンサイトの変態については多くの知見があり、成分や熱処理条件の検討により制御することは等業者であれば適当に制御することは通常の制御操作であり、本発明鋼でも適当な回数の試行の後、5%以下、さらには2%以下、実質的に0%近くに制御することも困難なことではなく、このようにすることで本発明の効果は一層好ましいものとなる。
【0042】
前記成分を含む鋼は、通常の電磁鋼板と同様に転炉で溶製され、連続鋳造でスラブとされ、次いで熱間圧延、熱延板焼鈍、冷間圧延、仕上焼鈍などの工程で製造される。これらの工程に加え絶縁皮膜の形成や脱炭工程などを経ることも本発明の効果を何ら損なうものではない。また、通常の工程ではなく急冷凝固法による薄帯の製造や熱延工程を省略する薄スラブ、連続鋳造法などの工程によって製造しても問題ない。
【0043】
本発明で特徴的な特異な金属間化合物を鋼板内に形成するには熱履歴の制御も重要となる。特に、製造工程の途中で過剰の金属間化合物が形成すると、材料が硬質化し、場合によっては脆化してしまい熱間圧延、冷間圧延が困難になるばかりでなく、ひどい場合には通板中のロール等での曲げによっても板が破断し正常な通板が困難となることもある。これを避けるには金属間化合物は鋼板製造の冷延工程以降で形成させるようにすることが好ましい。特に問題となるのは、熱延加熱段階で溶解していた金属間化合物が、仕上げ圧延や、巻取のための冷却過程で析出してしまう場合である。この熱延仕上げ〜巻取工程で金属間化合物が微細に析出すると、その後の冷延性を顕著に劣化させることとなる。これを避けるには、熱延仕上げ後、300℃までの平均冷却速度を50℃/秒以上とすることが好ましい。さらに好ましくは100℃/秒以上である。
【0044】
また、本発明においてインヒビターとして作用する金属間化合物を形成するための熱処理は比較的単純なものであり、後述の一般的な化合物形成の技術的なポイントさえ理解していれば、通常の変圧器やモーター部品等に用いられる軟磁性電磁鋼板の製造過程で適用される程度の加熱、冷却および特定温度域での保持といった単純な熱処理だけでインヒビターとして有効に作用する金属間化合物を得ることができるものである。成分等を調整すれば保持温度は非常な短時間でも十分な金属間化合物を生成できるため、実質的には高温での熱処理から単純な冷却を行っただけで発明の効果を得ることも可能である。ただし、熱延鋼板で金属間化合物を生成させてしまうと、その後の冷延性に問題を生ずる場合があるため、金属間化合物を形成する熱処理は冷間圧延後に行うことが好ましい。これは、再結晶焼鈍において行うことも可能であるし、二次再結晶を起こさせるための仕上げ焼鈍の加熱中の熱履歴を利用することも可能である。この熱処理としては、300〜900℃で10秒以上滞在させるものとする。
【0045】
そして、二次再結晶を起こすための熱処理としては、800℃以上の温度域で20秒以上保持するものとする。温度の上限は特に限定しないが、本発明で対象とするほとんどの金属間化合物は1200℃までの温度で粗大化もしくは溶解するため、それ以上の高温は不要である。この温度域は上述のインヒビターとして作用する金属間化合物を形成するための熱処理条件と重なる部分があるが、実際の製造条件においては、インヒビターの形成と二次再結晶の進展の条件は重なるものではない。本発明において、これが重なっているのは、形成および溶解温度が異なる様々な種類の金属間化合物を対象としているためである。通常は低い温度、または短時間の熱処理でインヒビターを形成しておき、二次再結晶のための熱処理ははこれより高い温度、または長い時間の熱処理により起きるものである。
【0046】
なお、本発明の特徴は、磁性にとって好ましい二次再結晶が、比較的低温かつ短時間で起きることである。これは、従来鋼のように非金属化合物をインヒビターとしたものには見られない特徴である。このため、本発明の二次再結晶は連続焼鈍でも可能となり、特性の安定性、製造コストで非常に有利なものとなる。さらに本発明鋼では鉄損および磁束密度の向上効果も見られる。これら理由は明確ではないが、インヒビターとしての金属間化合物が磁気特性にとって好ましい方位を優先的に二次再結晶させる効果と考えられる。また、金属間化合物自体が磁束を保持する作用を有し、鋼板全体の磁束密度を向上させている可能性も否定できない。特に、NdやSmなどの強磁性を示す磁石材料が鋼板中に金属間化合物を多量に生成している場合は、このような効果も発現していると考えられる。さらに、本発明で特徴となる金属間化合物は、従来のような非金属化合物とは磁壁との相互作用が大きく異なり、磁壁移動の障害とはならず、鉄損の改善にも寄与しているものと思われる。
【0047】
しかし、二次再結晶中には溶解していた金属間化合物が、二次再結晶後の冷却過程において再析出し、これが非常に微細となると鉄損に悪影響を及ぼす場合もある。これを避けるには、二次再結晶のための熱処理の冷却速度を早くして再析出を抑制するか、遅くして充分に成長させることが有効で、これは従来のメタラジーからも理解できる挙動である。この冷却速度は50℃/秒以上、または1℃/秒以下とすることが有効となる。好ましくは100℃/秒以上、または0.5℃/秒以下、さらに好ましくは200℃/秒以上、または0.1℃/秒以下とする。
【0048】
また、本発明鋼では、インヒビターとして炭化物、窒化物を使わないばかりか、従来鋼では磁束密度を向上させるために行われていた熱延での変態組織(オーステナイト相)を活用せずとも充分な磁束密度向上を図ることができるため、CおよびNは製鋼段階で充分に低くしておくことが可能で、熱延工程以降の工程において、脱炭、脱窒を行う必要がない。これにより、製造コストの低減が図られるばかりでなく、コイル内の品質安定性も良好となる。
【0049】
金属間化合物の形成抑制および形成促進は主として鋼成分および熱履歴で行うことが好ましいのは言うまでもないことである。しかし、本発明においては金属間化合物として様々な種類のものを想定し、また特定の種類に分類される金属間化合物においても元素の濃度やサイズ、量などが異なるので、この熱履歴も異なることは当然であり、金属間化合物や狙う特性に応じて、一つ一つそれを記述し、すべての場合に対して個別に限定することは、本発明の趣旨を損なう可能性もある。このため本発明では温度、時間等は特定の範囲に限定せず、好ましい範囲を限定するに留めている。活用する金属間化合物に応じて適当な制御範囲が存在し、その範囲で制御することが必要となる。この制御は、以下に詳細に記述される本発明の要点を理解していれば、特定の金属間化合物についてその生成挙動を制御することは当業者であれば適当な回数の試行の後に好ましく制御することは困難ではない。
【0050】
すなわち、本発明では現時点で未知の金属間化合物について制御をするものではなく、鉄鋼材料中で生成することや熱的な溶解、生成挙動が公知である金属間化合物について制御を行うものであり、その特定の金属間化合物に関しては様々な情報を得ることが可能なものである。当業者が目的とする材質に調整された鋼について、公知の情報を得ている特定の金属間化合物について適当な回数の試行を経た後に好ましい制御が可能となることは当然のことではある。また技術的なポイントも特殊なものではなく、通常、当業者で行われる鋼の変態、炭化物、窒化物、硫化物等の析出物生成に関する制御と同様のものである。
【0051】
本発明における金属間化合物の制御の考え方は、製造工程の途中において金属間化合物の形成が好ましくない局面においては、その金属間化合物が生成しやすい温度域での保持時間を極力短くするために、例えば加熱速度や冷却速度を制御して形成を抑制し、金属間化合物の形成による粒成長抑制効果(インヒビター効果)が必要な局面で、適当な熱処理を行い金属間化合物を形成させ、さらに、二次再結晶を起こさせるために、金属間化合物の粗大化および固溶(インヒビター効果の消失)を図るものである。金属間化合物の形成・成長・溶解挙動は特殊なものを除き、一般の炭化物、窒化物、硫化物、酸化物等の非金属化合物や変態等の相形成と同様に、十分な高温では溶解し、構成元素の拡散および反応が起きる程度の適当な温度域で形成が進行し、構成元素の拡散が起き難くなる十分な低温では形成が停滞するものである。
【0052】
また、構成元素の拡散および反応が起き形成が進行する温度域においては、通常、高温であれば形成される化合物は粗大であり低温であるほど微細になる。急速加熱または急速冷却を駆使して過飽和状態で金属間化合物の形成を進行させれば平衡状態における以上に化合物の微細化が図られ、さらに、何らかの核形成サイト、粒界や相界面、転位、歪、応力等の影響で形成が促進される場合があることも非金属化合物等と同様である。このような通常知られているメタラジーを使って本発明で必要とする金属間化合物の量、サイズ、密度等の分布状態を制御することは本発明でのみ行われる特別な操作ではなく、通常の当業者が様々な組織制御で行っているものと同様の操作である。
【0053】
一例として600〜700℃の温度域で微細な化合物の形成が促進される金属間化合物Xを想定する。通常の熱延工程では仕上げ熱延が終了し800〜500℃程度の温度域でコイルとして巻き取られ、この温度域で数分〜数時間程度保持されるが、この温度域で金属間化合物Xが多量に形成し硬化してしまうとその後の冷延が困難となる場合がある。この場合には仕上げ熱延後の冷却を強化し十分に低い温度で巻き取り、金属間化合物Xの形成を抑制する必要がある。または逆に高めの温度域で巻き取り金属間化合物Xを十分に粗大化させ硬化量を小さくしておき、冷間圧延したのち焼鈍工程で再溶解させその後の冷却過程で微細に形成させ硬化させるか、または焼鈍工程の冷却過程では化合物が形成しないように急速冷却し、その後に、600〜700℃での適当な熱処理を行うことで金属間化合物Xを微細に形成させることもできる。この熱処理工程は二次再結晶焼鈍の加熱中など、熱処理の一部で併用してもよい。
【0054】
また、例えば、熱延巻き取り工程で600〜700℃での巻き取りが避けられない場合は、金属間化合物を構成する元素の種類、量のみならず、化合物の形成に影響を及ぼす成分を調整して、化合物の形成が促進される温度域を高温側または低温側にずらすことで問題を解決することも可能である。このような調整も等業者にとっては何ら困難なことではなく、通常の鉄鋼材料に関するメタラジーを習得している技術者であれば適当な数回の試行の後に可能となる程度のことである。
【0055】
以上のような製造上の要点を理解し適当な工程を経ることで成分、サイズおよび数密度において特徴的な金属間化合物が効率的に形成され、インヒビターとして活用することができる。本発明製造法の特徴は一般に電磁鋼板で行われる二次再結晶において、インヒビターとして金属間化合物を活用することである。具体的には、仕上げ焼鈍工程の少なくとも一時期において、インヒビターとしての金属間化合物の少なくとも一部が溶解し、消失または成長することで、いわゆる粒界のピニング力が弱まることに伴い二次再結晶が進展することにある。インヒビターとしてのピニング力は、粒子径および数密度により評価できるものである。このため本発明法の特徴を、二次再結晶前後における金属間化合物の直径または数密度により記述することが可能である。
【0056】
ただし、インヒビターの直径や数密度に関する本質的な変化は二次再結晶の途中で起きるものであり、二次再結晶の前と後の状態のみで記述することは充分でないことに注意する必要がある。すなわち、例えば、仕上げ焼鈍前に確認できなかったインヒビターが仕上げ焼鈍前半で析出し、仕上げ焼鈍中盤の加熱工程ではインヒビターとしての作用を示し、温度の上昇に伴い再溶解が起き、インヒビターとしての機能を失うことで二次再結晶を発現させる場合、二次再結晶完了後の冷却速度が充分に早ければ、室温までの冷却中に再析出が起きず、仕上げ焼鈍後の鋼板中でもインヒビターとして作用した析出物を確認できないような状況が考えられる。
【0057】
これと同様に、あたかも、仕上げ焼鈍(二次再結晶)の前後で、金属間化合物の形態がほとんど変化しない場合、つまり二次再結晶焼鈍の前後で粗大な化合物が粗大なまま、または微細な化合物が微細なまま観察される場合でも、二次再結晶中には化合物の顕著な形態の変化が起きており、その形態変化を起因として二次再結晶が発現している状況が考えられる。
【0058】
以上のような注意が必要ではあるが、本発明鋼板中に存在する、好ましい二次再結晶を起こすことを可能とする金属間化合物(インヒビター)は、二次再結晶のための熱処理により平均直径が2倍以上、または1/2以下となることはひとつの特徴として記述できる。金属間化合物が粗大化することでインヒビター効果を消失する場合、好ましくは3倍以上、さらに好ましくは3倍以上、さらに好ましくは3倍以上である。また金属間化合物が溶解することでインヒビター効果を消失する場合は、好ましくは1/3以下、さらに好ましくは1/4以下、さらに好ましくは1/5以下で、完全に消失してしまうものでも問題はない。この二次再結晶後の金属間化合物の好ましい平均直径は、0.20μm以上、または0.005μm以下となることが好ましい。さらに好ましくは0.40μm以上、または0.003μm以下、さらに好ましくは1.0μm以上、または0.001μm以下である。
【0059】
同様に本発明で特徴的な金属間化合物は、二次再結晶時の数密度の変化によっても限定可能である。本発明鋼板中に存在する、好ましい二次再結晶を起こすことを可能とする金属間化合物(インヒビター)は、二次再結晶のための熱処理により数密度が1/2以下となることを特徴とする。これは金属間化合物の少なくとも一部が溶解することでインヒビター効果を消失する際の条件を示しており、好ましくは1/3以下、さらに好ましくは1/4以下、さらに好ましくは1/5以下で、完全に消失してしまうものでも問題はない。この二次再結晶後の金属間化合物の好ましい数密度は、200個/μm3以下、さらに好ましくは50個/μm3以下、さらに好ましくは10個/μm3以下である。
【0060】
次に、本発明で考慮すべき金属間化合物について、一例を以下に示す。鉄鋼材料中に形成することが通常知られている金属間化合物としては、
NiAl、Ni3Al、Ni3(Al,Ti)、Ni2TiAl、Ni3Ti、Ni3Mo、Ni4Mo、Ni3Nb、Co3W、Fe2Mo、Fe2Ti、Fe2(Ni、Co)
があり、その他一般的に金属間化合物として、
NiMn、Ni3Ge、Ni3Ga、Ni3Si、Ni40Cr18Mo42、Co3Ti、Co2Ti、CoTi、CoZr、Co16Nb6Si7、Co20Mn53Si27、Cu3Ti、Cu3Au、CuZn、PtMn、Pt3Mn、Pt3Sn、Pt3Al、Pt3Ga、Pt3In、FeCo、Fe3Ti、FeAl、Fe3Al、Fe3(Al,Si)、FeCr、Fe3Zr、Fe3Ga、Fe3Ge、(Fe,Co)3V、(Fe、Ni)3V、Fe14Nd2B、Fe36Cr12Mo10、Fe76、Fe3Si、Fe5Si13、FeSi、FeSi12、TiAl、Ti(Ni,Cu)2、Ti3Sn、Ag2MgZn、Pd3Mn、Ir3Cr、Ir3Ti、Rh3Ti、Rh3V、Rh3Nb、MoSi2、WSi2、Mg3Cd、Mn3Sn、VSi2、TaSi2、Zr3In、Zr3Al、(Nb,Mo)Si2、(Nb,W)Si2、NbSi2、、MnBi、Fe2Tb、Fe2Tm、Fe2Sm、SmCo5、Sm2Co17
等も知られており、これらを適当な状態で鋼板中に形成させることで本発明鋼となる。
【0061】
これらの化合物の元素比は相当に変動することは知られており、また何らかの不純物元素を含んだものも本発明に相当するものとする。もちろんここに記述されていないものも金属間化合物として存在し、本発明鋼の成分範囲内および二次再結晶時の平均直径の変化範囲内にあり、インヒビターとしての機能を有するものは本発明に含まれる。
【0062】
以上のように形成される金属間化合物の種類は特に問わない。成分や熱処理条件により様々なものを形成可能である。その種類は現時点で鉄鋼材料中に形成することが知られていないものも含むものとする。本発明で形成される金属間化合物は電子顕微鏡などの回折パターンや付設されたX線分析機器などで同定が可能である。もちろん化学分析などこれ以外の方法によっても同定が可能なものである。もちろん観察方法は限定されるものでなく、今後開発が進展するあらゆる装置で妥当と判断できる方法で同定されればよい。
【0063】
重要なことは、あまりに微細であると、現状の最高精度の分析機器をもってしても金属間化合物サイズおよび金属間化合物の量を定量化が困難になるが、機械的特性や硬度などによりその存在は間接的に説明できるものである。またこれほど微細になると存在そのものの定量・定性的な存在は確定されておらず、原子が数個まとまっただけのクラスター的なものであるとか、通常知られていない何らかの原子も偏析・混在するものであるとか、金属間化合物と記述されるものかどうかという議論も出てくる面は否めないが、本発明は本発明で金属間化合物と記述してはいるもののその形態や種類で限定されるものではないことは言うまでもない。存在している異相が特定できない場合でも、成分や熱処理条件等を内挿または外挿、さらにはさまざまな知見から存在している異相が金属間化合物またはその前駆体であると妥当な説明ができる場合には、本発明に含まれるものとする。本発明はこのような金属間化合物を相当量含有し、かつ本発明で記述されるように、熱処理に伴うその異相の形態変化により明らかに二次再結晶が発現する電磁鋼板に限定されるものである。
【0064】
なお、本発明の効果は通常電磁鋼板の表面に形成されている表面皮膜の有無および種類によらず、さらに製造工程にはよらないため、無方向性または方向性、二方向性の電磁鋼板に適用できる。
【0065】
用途も特に限定されるものではなく、変圧器としてのトランス、家電または自動車等で用いられるモーターのローター用途の他、磁気特性が求められる全ての用途に適用される。
【実施例1】
【0066】
表1に成分を示す鋼スラブを表2に示す製造工程で電磁鋼板を製造した。このうちNo.3、4、5については、再結晶焼鈍工程の一部または全部を湿潤水素雰囲気とすることで脱炭を行った。得られた鋼板の鉄損と磁束密度は55mm角のSST試験により測定した。磁気特性はコイルの圧延方向について測定した。
【0067】
表3に示された結果から明らかなように、本発明の条件にて製造した電磁鋼板、No.1a、1b、2、3は、圧延方向の磁気特性が優れており、方向性電磁鋼板として好ましい特性を有している。また従来の方向性電磁鋼板のような数十時間もの仕上げ焼鈍を必要としないため、生産性が良好である。
【0068】
【表1】

【0069】
【表2】

【0070】
【表3】

【実施例2】
【0071】
表4に成分を示す鋼スラブを表5に示す製造工程で電磁鋼板を製造した。このうちNo.8については、再結晶焼鈍工程の一部または全部を湿潤水素雰囲気とすることで脱炭を行った。鉄損と磁束密度は55mm角のSST試験により測定した。磁気特性はコイルの圧延方向、幅方向について測定し、
X=(X0+X90)/2
△X=|X0−X90
0:コイル圧延方向の特性
90:コイル幅方向の特性
により平均特性Xおよび異方性△Xを求めた。
【0072】
表6に示された結果から明らかなように、本発明の条件にて製造した電磁鋼板、No.6、7a、7b、8は、コイル圧延方向および幅方向ともに磁気特性が優れており、いわゆる二方向性電磁鋼板として好ましい特性を有している。また従来の方向性電磁鋼板のような数十時間もの仕上げ焼鈍を必要としないため、生産性が良好である。
【0073】
【表4】

【0074】
【表5】

【0075】
【表6】

【実施例3】
【0076】
表7に成分を示す鋼スラブを表8に示す製造工程で電磁鋼板を製造した。このうちNo.13a、13bについては、再結晶焼鈍工程の一部または全部を湿潤水素雰囲気とすることで脱炭を行った。鉄損と磁束密度は55mm角のSST試験により測定した。磁気特性はコイルの圧延方向、幅方向、および圧延方向から45°方向について測定し、
X=(X0+X90+2×X45)/4
△X=|X0+X90−2×X45|/2
0:コイル圧延方向の特性
90:コイル幅方向の特性
45:コイル圧延方向から45°方向の特性
により板面内平均値Xおよび板面内異方性△Xを求めた。
【0077】
表9に示された結果から明らかなように、本発明の条件にて製造した電磁鋼板、No.11、12a、12b、13a、13bは、面内の全方向の磁気特性が優れており、いわゆる無方向性電磁鋼板として好ましい特性を有している。
【0078】
【表7】

【0079】
【表8】

【0080】
【表9】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.0800%以下、P:0.30%以下、S:0.040%以下、N:0.0400%以下、および金属間化合物形成元素の1種または2種以上を含有し、Fe:70%以上および残部不可避的不純物を含有する組成からなる鋼スラブを、熱間圧延後、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し、次いで仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍工程において金属間化合物をインヒビターとして用い、二次再結晶の進行を制御することを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
質量%で、C:0.0800%以下、P:0.30%以下、S:0.040%以下、N:0.0400%以下、および金属間化合物形成元素の1種または2種以上を含有し、Fe:70%以上および残部不可避的不純物を含有する組成からなる鋼スラブを、熱間圧延後、熱延板焼鈍を施し、次いで1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施した後、再結晶焼鈍を行い、次いで焼鈍分離剤を適用した後、仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる電磁鋼板の製造方法において、仕上げ焼鈍工程において金属間化合物をインヒビターとして用い、二次再結晶の進行を制御することを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
仕上げ焼鈍工程における二次再結晶を起こすための熱処理熱処理により、鋼材内部に存在する金属間化合物の平均直径を仕上げ焼鈍前の2倍以上または1/2以下とすることを特徴とする請求項1または2に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
仕上げ焼鈍工程における二次再結晶を起こすための熱処理熱処理により、鋼材内部に存在する金属間化合物の数密度を仕上げ焼鈍前の1/2以下とすることを特徴とする請求項1〜3のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
仕上げ焼鈍工程における二次再結晶を起こすための熱処理熱処理により、鋼材内部に存在する金属間化合物の平均直径を仕上げ焼鈍前の0.20μm以上または0.005μm以下(0μmを含む)とすることを特徴とする請求項1〜4のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
仕上げ焼鈍工程における二次再結晶を起こすための熱処理熱処理により、鋼材内部に存在する金属間化合物の数密度を仕上げ焼鈍前の200個/μm3 以下とすることを特徴とする請求項1〜5のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項7】
仕上げ焼鈍後の組織が体積率でフェライト相:50%以上、マルテンサイト相:50%以下(0%を含む)を満足する範囲で主としてフェライト相からなることを特徴とする請求項1〜6のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項8】
鋼スラブが質量%でさらに、Si:0.2〜7.0%、Mn:0.05〜5.0%、Al:8.0%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜7のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項9】
金属間化合物形成元素として、質量%で、Ni、Mo、Ti、Nb、Co、W、La、Ce、Sm、Ndの1種または2種以上を各元素について10.0%以下含有することを特徴とする請求項1〜8のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項10】
金属間化合物形成元素として、さらに質量%で、Zr、Cr、B、Cu、Zn、Mg、Snの1種または2種以上を各元素について10.0%以下(0%を含む)含有することを特徴とする請求項9に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項11】
金属間化合物形成元素として、さらに質量%で、Ag、Pt、Ga、Ge、In、V、Pd、Ir、Rh、Cd、Taの1種または2種以上を各元素について5.0%以下(0%を含む)含有することを特徴とする請求項9または10に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれかの項に記載の製造方法において、マルテンサイト変態を抑制するような熱履歴を経ることを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかの項に記載の製造方法において、冷間圧延の直前までは金属間化合物の形成を回避するような熱履歴を経ることを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
【請求項14】
請求項13記載の熱処理として、熱延仕上げ後の300℃までの平均冷却速度を50℃/秒以上とすることを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
【請求項15】
請求項1〜14のいずれかの項に記載の製造方法において、冷間圧延の後の工程において、二次再結晶が起きる前に300〜900℃での滞在時間を10秒以上とする熱処理を行い、金属間化合物を形成することを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
【請求項16】
金属間化合物を形成するための熱処理が、二次再結晶を起こすための熱処理より低い温度であることを特徴とする請求項1〜15のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項17】
金属間化合物を形成するための熱処理が、二次再結晶を起こすための熱処理より短い時間であることを特徴とする請求項1〜16のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項18】
仕上げ焼鈍工程における二次再結晶を起こすための熱処理として、800℃以上の温度域に20秒以上保持することを特徴とする請求項1〜17のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項19】
請求項18記載の二次再結晶を起こすための熱処理として、熱処理後の300℃までの平均冷却速度を50℃/秒以上、または1℃/秒以下とすることを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
【請求項20】
熱延工程以降において実質的な脱炭、脱窒を行わないことを特徴とする請求項1〜19のいずれかの項に記載の電磁鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2007−31793(P2007−31793A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−218811(P2005−218811)
【出願日】平成17年7月28日(2005.7.28)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】