説明

非水電解質二次電池

【課題】充電電位を高くした場合であっても、高温下での充放電サイクル特性に優れ、かつ、電池膨れが抑制された非水電解質二次電池を提供すること。
【解決手段】本発明の非水電解質二次電池は、コバルト酸リチウム及びニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムのうちの少なくとも1種であって粒子表面に希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子が付着している正極活物質Aと、モリブデン酸リチウム及びタングステン酸リチウムのうちの少なくとも1種からなる正極活物質Bとを含んでおり、前記正極活物質Bの含有量は、前記正極活物質合剤に対して0.01質量%以上2.0質量%以下であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水電解質二次電池に関し、特に粒子表面に希土類元素化合物からなる微粒子が付着した正極活物質を有し、充電電圧が高くても、高温サイクル特性に優れ、電池膨れが抑制された非水電解質二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
今日の携帯電話機、携帯型パーソナルコンピューター、携帯型音楽プレイヤー等の携帯型電子機器の駆動電源として、さらには、ハイブリッド電気自動車(HEV)や電気自動車(EV)用の電源として、高エネルギー密度を有し、高容量であるリチウムイオン二次電池に代表される非水電解質二次電池が広く利用されている。
【0003】
これらの非水電解質二次電池の正極活物質としては、リチウムイオンを可逆的に吸蔵・放出することが可能なLiMO(但し、MはCo、Ni、Mnの少なくとも1種である)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物、すなわち、LiCoO、LiNiO、LiNiCo1−y(y=0.01〜0.99)、LiMnO、LiCoMnNi(x+y+z=1)や、LiMn又はLiFePOなどが一種単独もしくは複数種を混合して用いられている。また、負極活物質としては、黒鉛等の炭素材料や、Si又はSn等のリチウムと合金化する材料などが用いられている。
【0004】
このうち、特に各種電池特性が他のものに対して優れていることから、リチウムコバルト複合酸化物や異種金属元素添加リチウムコバルト複合酸化物が多く使用されている。しかしながら、コバルトは高価であると共に資源としての存在量が少ない。そのため、これらのリチウムコバルト複合酸化物や異種金属元素添加リチウムコバルト複合酸化物を非水電解質二次電池の正極活物質として使用し続けるには非水電解質二次電池のさらなる高性能化が望まれている。
【0005】
特に、近年の移動情報端末における動画再生、ゲーム機能といった娯楽機能の充実に伴う消費電力の増大化及びHEVやEVの長時間駆動の要望から、非水電解質二次電池のさらなる高容量化が要求されている。非水電解質二次電池を高容量化する方策としては、
(1)活物質の容量を高くする、
(2)充電電圧を高くする、
(3)活物質の充填量を増やし充填密度を高くする、
などの方法が考えられる。
【0006】
しかしながら、特に充電電圧を高くした場合、具体的には正極の充電電位をリチウム基準で4.3Vよりも高くした場合、正極活物質の結晶構造が不安定になり、酸素分子、もしくは酸素ラジカルが発生しやすくなる。その結果、電解液の酸化分解が起こりやすくなり、電解液の酸化分解によるガス発生の増大や、分解生成物の堆積による分極抵抗の増大、正極活物質の溶解の進行に伴う正極材料の劣化が促進されて、サイクル特性が低下したりガス発生により電池厚みが増加したりするという問題が存在する。
【0007】
電解液の酸化分解を防止する技術として、例えば下記特許文献1には、リチウム遷移金属複合酸化物の表面に希土類水酸化物・オキシ水酸化物の微粒子を分散した状態で付着させた正極活物質を用いることで、高温で充電保存した時の電解液分解反応を抑制し、電池膨れを抑制できることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
特許文献1:WO2010/004973号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、充電電圧を高くすると、非水電解質二次電池の正極に上記特許文献1に示されるような希土類元素化合物で粒子表面を被覆した正極活物質を用いた場合、高温充電保存時の容量低下や電池膨れは十分に抑制されるものの、高温サイクル時の容量低下や電池膨れが大きいとの課題が判明した。これは、正極活物質粒子表面が希土類元素化合物で被覆されたことにより、充放電に伴う劣化が進行し難くなった正極に対して、電解液還元分解生成物の堆積や充放電に伴う結晶構造の脆性破壊などが一定のスピードで進行する負極の材料劣化が相対的に速やかに進行することになり、その結果、負極の充電容量が正極の充電容量を下回った時点で負極上へリチウム金属が析出し始め、析出したリチウム金属は非常に反応性が高いため、電解液の還元分解を加速してしまうことによる。
【0010】
一方、表面が希土類元素で被覆されていない正極活物質を用いた場合は、充電電圧を高くすると、上述したように正極での電解液の酸化分解が抑制されないため、サイクル特性の低下や、ガス発生による電池厚みの増加の問題がある。
【0011】
本発明は、上述のような従来技術の問題点を解決すべくなされたものであり、充電電位を高くした場合であっても、正極での非水電解液の酸化分解が抑制されるとともに、負極へのリチウム金属の析出が抑制されて、高温下でのサイクル特性に優れ、かつ、ガス発生が抑制された非水電解質二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明の非水電解質二次電池は、正極活物質を有する正極と、負極活物質を有する負極と、セパレータと、非水電解質とを備える非水電解質二次電池において、前記正極活物質は、コバルト酸リチウム及びニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムのうちの少なくとも1種であって、粒子表面に希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子が付着している正極活物質Aと、モリブデン酸リチウム及びタングステン酸リチウムのうちの少なくとも1種からなる正極活物質Bとを含んでおり、前記正極活物質Bの含有量は、前記正極活物質Aに対して0.01質量%以上2.0質量%以下であることを特徴とする。
【0013】
本発明の非水電解質二次電池によれば、充電電圧を高くしても、高温サイクル特性に優れ、電池膨れが良好に抑制された非水電解質二次電池が得られる。
【0014】
希土類元素化合物で粒子表面が被覆された正極活物質Aを用いることによって、正極材料の劣化は抑制される。しかしながら、正極活物質Aを単独で正極活物質として用いた場合には、充電電圧を高くすると、負極の材料劣化が正極材料の劣化よりも相対的に早くなることで、負極の充電容量が正極の充電容量を下回った時点で負極上へリチウム金属が析出し始め、析出したリチウムによって電解液の還元分解が加速されて、その結果、電池の容量劣化が進むとともに、電池膨れが大きくなってしまう。
【0015】
ここで、正極活物質Aに対して微量の正極活物質Bを含有させると、正極活物質Bは充放電に伴って遷移金属が溶解しやすい、すなわちサイクル劣化が早い、という特徴を有するため、正極材料が適度に劣化するようになる。その結果、充電電圧を高くしても、正極材料の劣化速度と負極材料の劣化速度とのバランスが良くなり、正極での電解液の酸化分解を十分抑えつつ、負極でのリチウム金属の析出も抑制されて、高温サイクル特性が向上し、電池膨れも抑制されたものとなる。
【0016】
上記正極活物質Bの含有量は、少な過ぎても、多過ぎても、正極の劣化速度と負極の劣化速度のバランスが悪くなり、サイクル特性及び電池膨れが悪化する。そのため、前記正極活物質合剤に対して、0.01質量%以上かつ5.0質量%未満であることが必要であり、0.01質量%以上かつ2.0質量%以下であることがより好ましく、0.01質量%以上かつ1.0質量%以下であることが最も好ましい。
【0017】
なお、正極活物質Aにおける希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子は、例えばコバルト酸リチウム及びニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムのうちの少なくとも1種からなる粒子を分散させた溶液中で希土類元素の水酸化物を析出させ、この希土類元素の水酸化物をコバルト酸リチウム及びニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムのうちの少なくとも1種からなる粒子の表面に付着させる工程と、熱処理を行う工程を含む製造方法によって得ることができる。
【0018】
熱処理の温度としては、一般に80〜600℃の範囲であることが好ましく、さらに、80〜400℃の範囲にあることが特に好ましい。熱処理の温度が600℃より高くなると、表面に付着した希土類元素化合物の微粒子の一部が活物質の内部に拡散し、初期の充放電効率が低下する。したがって、容量が高く、より選択的に表面に希土類元素化合物を付着した状態の活物質を得るには、熱処理温度は600℃以下にすることが好ましい。また、水酸化物は熱処理により水酸化物、オキシ水酸化物、酸化物などの形態となるから、本発明における正極活物質表面に付着している希土類元素化合物は、水酸化物、オキシ水酸化物、酸化物などの形態で付着している。ここで、400℃以下で熱処理した場合には、主に水酸化物や、オキシ水酸化物の状態である。熱処理時間は、3〜7時間程度であることが好ましい。
【0019】
また、本発明の正極活物質Aに使用し得る希土類元素としては、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユーロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選択される少なくとも1種を用いることができる。なお、プロメチウム(Pm)も希土類元素の一種であるが、放射性同位元素であって安定同位体が得られないため、使用しない方がよい。
【0020】
また、本発明の非水電解質二次電池における正極として、正極活物質以外に従来から普通に使用されている導電剤や結着剤等を含んでいてもよい。また、正極の芯体としてはアルミニウム又はアルミニウム合金からなるものを用いることができる。さらに、負極活物質としては、黒鉛、コークス等の炭素材料や、酸化スズ、金属リチウム、珪素などのリチウムと合金化し得る金属及びそれらの合金等を使用することができ、負極の芯体としては銅又は銅合金からなるものを用いることができる。
【0021】
また、本発明の非水電解質二次電池において使用し得る非水溶媒としては、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)などの環状炭酸エステル、フッ素化された環状炭酸エステル、γ−ブチロラクトン(BL)、γ−バレロラクトン(VL)などの環状カルボン酸エステル、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、メチルプロピルカーボネート(MPC)、ジブチルカーボネート(DBC)などの鎖状炭酸エステル、フッ素化された鎖状炭酸エステル、ピバリン酸メチル、ピバリン酸エチル、メチルイソブチレート、メチルプロピオネートなどの鎖状カルボン酸エステル、N、N'−ジメチルホルムアミド、N−メチルオキサゾリジノンなどのアミド化合物、スルホランなどの硫黄化合物、テトラフルオロ硼酸1−エチル−3−メチルイミダゾリウムなどの常温溶融塩などが例示できる。これらは2種以上混合して用いることが望ましい。これらの中では、特に誘電率が大きく、非水電解液のイオン伝導度が大きい環状炭酸エステル及び鎖状炭酸エステルが好ましい。
【0022】
また、本発明の非水電解質二次電池で使用するセパレータとしては、ポリプロピレンやポリエチレンなどのポリオレフィン材料から形成された微多孔膜からなるセパレータが選択できる。セパレータのシャットダウン応答性を確保するために、融点の低い樹脂を混合してもよく、更には、耐熱性を得るために高融点樹脂との積層体や無機粒子を担持させた樹脂としてもよい。
【0023】
なお、本発明の非水電解質二次電池で使用する非水電解質中には、電極の安定化用化合物として、更に、ビニレンカーボネート(VC)、ビニルエチルカーボネート(VEC)、無水コハク酸(SUCAH)、無水マイレン酸(MAAH)、グリコール酸無水物、エチレンサルファイト(ES)、ジビニルスルホン(VS)、ビニルアセテート(VA)、ビニルピバレート(VP)、カテコールカーボネート、ビフェニル(BP)などを添加してもよい。これらの化合物は、2種以上を適宜に混合して用いることもできる。
【0024】
また、本発明の非水電解質二次電池で使用する非水溶媒中に溶解させる電解質塩としては、非水電解質二次電池において一般に電解質塩として用いられるリチウム塩を用いることができる。このようなリチウム塩としては、LiPF、LiBF、LiCFSO、LiN(CFSO、LiN(CSO、LiN(CFSO)(CSO)、LiC(CFSO、LiC(CSO、LiAsF、LiClO、Li10Cl10、Li12Cl12など及びそれらの混合物が例示される。これらの中でも、LiPF(ヘキサフルオロリン酸リチウム)が特に好ましい。前記非水溶媒に対する電解質塩の溶解量は、0.8〜1.5mol/Lとするのが好ましい。
【0025】
更に、本発明の非水電解質二次電池においては、非水電解質は液状のものだけでなく、ゲル化されているものであってもよい。
【0026】
また、本発明の非水電解質二次電池においては、前記希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子の平均粒子径は、100nm以下であることが好ましい。
【0027】
本発明の非水電解質二次電池においては、希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子の平均粒子径が大きくなって100nmを越えるとリチウム遷移金属複合酸化物の表面に付着し難くなって、所期の効果が奏され難くなる。また、これらの微粒子の平均粒子径が小さくなると、リチウム遷移金属複合酸化物の表面に付着し易くなるが、リチウム遷移金属複合酸化物の表面を緻密に被覆するようになるので、リチウム遷移金属複合酸化物の正極活物質としての特性が低下するようになる。より好ましい希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子の平均粒子径は、1〜100nmの範囲であり、さらに好ましくは10〜100nmの範囲である。
【0028】
また、本発明の非水電解質二次電池においては、前記正極活物質Aにおける前記希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子の付着量は、前記コバルト酸リチウム及びニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムのうちの少なくとも1種に対して0.01mol%以上0.3mol%以下であることが好ましい。
【0029】
本発明の非水電解質二次電池においては、正極活物質Aにおける希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子の付着量が0.01mol%未満であると、高温サイクル時のガス発生抑制効果を十分に得られない場合がある。また、この微粒子の付着量が0.3mol%を越えると、正極活物質の耐久性が上がるため、長期サイクル時に正負極放電性能バランスを維持することが困難になる。なお、希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子の付着量は、正極活物質Aに対する付着量であり、例えば、微粒子の付着量が0.1mol%である場合、微粒子が付着している正極活物質Aの1molに対し、微粒子が0.001mol付着していることを意味する。また、微粒子の付着量は希土類元素換算の値である。
【0030】
また、本発明の非水電解質二次電池においては、前記正極の充電電位はリチウム基準で4.35V以上、4.6V以下とすることができる。
【0031】
正極活物質として広く用いられているコバルト酸リチウムの充電電位は、リチウム基準で4.3Vである。本発明の非水電解質二次電池では正極の充電電位はリチウム基準で4.35V以上とすることができるので、正極活物質としてコバルト酸リチウムを用いた場合よりも理論容量に近い値まで利用することが可能となり、しかも電池の高容量化及び高エネルギー密度化が可能となる。なお、正極の充電電位の上限は、高くなりすぎると正極活物質が分解するので、リチウム基準で4.6V以下とすることが好ましい。
【0032】
また、本発明の非水電解質二次電池においては、前記負極活物質は黒鉛からなることが好ましい。
【0033】
非水電解質二次電池に使用される負極活物質として黒鉛からなるものを用いると、リチウム金属やリチウム合金に匹敵する放電電位(リチウム基準で0.1V)を有しながらも、デンドライトが成長することがないために安全性が高く、さらに初期効率に優れ、電位平坦性も良好であり、また、密度も高いために高容量の非水電解質二次電池が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明を実施するための形態を実施例及び比較例を用いて詳細に説明する。ただし、以下に示す実施例は、本発明の技術思想を具体化するための非水電解質二次電池を例示するものであって、本発明をこの実施例に特定することを意図するものではなく、本発明は特許請求の範囲に示した技術思想を逸脱することなく種々の変更を行ったものにも均しく適用し得るものである。
【0035】
[実施例1]
[正極極板の作製]
<正極活物質Aの調製>
正極活物質Aの出発原料として、リチウム源には炭酸リチウム(LiCO)を用い、コバルト源には、炭酸コバルトを550℃で焼成し、熱分解反応によって得られた四酸化三コバルト(Co)を用いた。これらをリチウムとコバルトのモル比が1:1になるように秤量した。その後乳鉢で混合し、この炭酸リチウムと四酸化三コバルトとの混合物を空気雰囲気下において850℃で20時間焼成し、正極活物質材料aとしてのコバルト酸リチウム(LiCoO)を得た。
【0036】
上記のようにして得られた正極活物質材料aとしてのコバルト酸リチウムを、乳鉢で平均粒径15μmまで粉砕した後、3リットルの純水に1000g添加し撹拌して、コバルト酸リチウム粒子が分散した懸濁液を調製し、この懸濁液に所定の希土類硝酸化物の水和物を希土類元素換算でコバルト酸リチウムに対して0.1mol%(実施例1においては、三硝酸エルビウム・5水和物(Er(NO・5HO)を4.53g)溶解させた水溶液として添加した。なお、希土類硝酸化物の水和物が溶解した液をコバルト酸リチウム懸濁液に添加する際には、10質量%の水酸化物ナトリウム水溶液をあわせて添加することで懸濁液のpHを9に保った。
【0037】
上記のようにして得られた希土類硝酸化物の添加されたコバルト酸リチウム懸濁液を吸引濾過及び水洗して粉末を得た後、この粉末を120℃で乾燥することで粒子の表面に所定の希土類水酸化物、すなわち水酸化エルビウムが均一に付着したコバルト酸リチウムを得た。次いで、粒子表面に希土類水酸化物の付着したコバルト酸リチウムを、空気雰囲気下において300℃で5時間熱処理することで、粒子表面にエルビウム化合物が付着したコバルト酸リチウム(以下、「正極活物質a10」という)を得て、実施例1にかかる正極活物質Aとした。
【0038】
なお、上記正極活物質a10について、走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察したところ、コバルト酸リチウム粒子の表面に、平均粒子径100nm以下のエルビウム化合物が均一に分散された状態で付着していた。エルビウム化合物の付着量をICP(Inductively Coupled Plasma:誘導結合プラズマ)発光分析法により測定した結果、エルビウム元素換算で、コバルト酸リチウムに対して0.1mol%であり、正極活物質a10作製の際に添加されたエルビウムのほぼ全量がコバルト酸粒子表面に付着されていることが確認された。
【0039】
<正極活物質合剤スラリーの調製>
上記のようにして得られた正極活物質Aと、正極活物質Bとしてのモリブデン酸リチウム(LiMoO)とを所定の割合かつ正極活物質総量として96質量部となるように、すなわち、95.95質量部の正極活物質a10に対して、0.05質量部のモリブデン酸リチウム加え、さらに、導電剤としての炭素粉末が2質量部、結着剤としてのポリフッ化ビニリデン(PFdV)粉末が2質量部となるように混合して正極活物質合剤を調製した後、これをN−メチルピロリドン(NMP)溶液と混合して正極活物質合剤スラリーを調製した。
【0040】
<正極極板の作製>
この正極活物質合剤スラリーを厚さ15μm、長さ334mmの正極芯体としてのアルミニウム箔の両面に、片面の塗布質量が21.2mg/cm、一方の面の塗布部分が277mm、未塗布部分が57mm、もう一方の面の塗布部分が208mm、未塗布部分が126mmとなるように塗布した。その後、乾燥機中を通過させて乾燥することにより極板となした。次いで、圧縮ローラーを用いて両面塗布部分の厚みが132μmとなるように圧縮することで、実施例1にかかる正極極板を作製した。
【0041】
実施例2〜11及び比較例1〜6においては、表1及び以下に示すように、実施例1に対して、正極活物質Aの活物質材料の種類、活物質材料の粒子表面に付着させる希土類元素の種類及び付着量、正極活物質Bの種類、正極活物質Aと正極活物質Bとの混合割合等が異なる正極極板を作製した。
【0042】
[実施例2〜5]
すなわち、実施例2〜5においては、実施例1における正極活物質a10に替えて、コバルト酸リチウムの粒子表面に、イッテルビウム化合物(実施例2)、テルビウム化合物(実施例3)、ホルミウム化合物(実施例4)、ルテチウム化合物(実施例5)をそれぞれ付着させた正極活物質a、a、a、aを、正極活物質Aとして用いた以外は、実施例1と同様にして正極極板を作製した。
【0043】
希土類元素化合物を付着させるにあたっては、コバルト酸リチウム懸濁液に添加する希土類元素硝酸化物水溶液に溶解させる希土類硝酸化物を変更する以外は実施例1と同様にして正極活物質Aを得た。すなわち、実施例2においては三硝酸イッテルビウム3水和物(Yb(NO・3HO)を4.22g、実施例3においては三硝酸テルビウム6水和物(Tb(NO・6HO)を4.63g、実施例4においては三硝酸ホルミウム5水和物(Ho(NO・5HO)を4.51g、実施例5においては三硝酸ルテチウム3水和物(Lu(NO・3HO))を4.24g溶解させたそれぞれの希土類硝酸化物水溶液を、正極活物質材料aとしてのコバルト酸リチウムが3リットルの純水に1000g添加及び撹拌されたコバルト酸リチウム懸濁液に、懸濁液のpHを9に保つように、10質量%の水酸化物ナトリウム水溶液をあわせて加えながら、添加することで、所定の希土類硝酸化物がそれぞれの希土類元素換算でコバルト酸リチウムに対して0.1mol%添加されたコバルト酸リチウム懸濁液を得た。
【0044】
次いで、上記希土類硝酸化物の添加されたコバルト酸リチウム懸濁液を吸引濾過及び水洗したのち得られる粉末を、120℃で乾燥させることで、粒子の表面に所定の希土類水酸化物が均一に付着したコバルト酸リチウムを得た。次いで、粒子表面に希土類水酸化物の付着したコバルト酸リチウムを、空気雰囲気下において300℃で5時間熱処理することで、所定の希土類元素化合物が粒子表面に付着したコバルト酸リチウムを得て、実施例2〜5にかかる正極活物質A、すなわち、正極活物質a、a、a、aとし、実施例2〜5にかかる正極極板を作製した。
【0045】
[実施例6及び7]
また、実施例6及び7においては、実施例1における正極活物質a10に替えて、コバルト酸リチウムの粒子表面に付着させるエルビウム化合物の付着量を、コバルト酸リチウムに対して、0.01mol%(実施例6)、0.3mol%(実施例7)とした、正極活物質a11、a12を、正極活物質Aとして用いた以外は実施例1と同様にして正極極板を作製した。
【0046】
すなわち、実施例1において三硝酸エルビウム・5水和物を4.53g溶解させた水溶液を添加するのに対して、三硝酸エルビウム・5水和物を0.45g(実施例6)、ないし13.59g(実施例7)溶解させた水溶液を用いることで、コバルト酸リチウム懸濁液に添加される三硝酸エルビウム水和物の量を、エルビウム換算でコバルト酸リチウムに対して0.01mol%(実施例6)、ないし0.3mol%(実施例7)とすること以外は実施例1と同様にして正極活物質Aを得て、実施例6ないし7にかかる正極極板を作製した。
【0047】
[実施例8、9及び比較例1〜4]
また、実施例8、9及び比較例3、4においては、正極活物質Aと正極活物質Bとの混合比を変更して正極活物質合剤スラリーを調製したこと以外は、実施例1と同様にして正極極板を作製した。さらに、比較例1、2においては、正極活物質材料aに希土類元素を付着させないと共に正極活物質Bを印加しないもの(正極活物質A':比較例1)ないし正極活物質a10に正極活物質Bを印加しないもの(比較例2)を用いた以外は、実施例1と同様にして正極極板を作製した。
【0048】
すなわち、実施例1において95.95質量部及び0.05質量部であった正極活物質a10及びモリブデン酸リチウムの混合割合を、95.99質量部及び0.01質量部(実施例8)、95.0質量部及び1.0質量部(実施例9)、95.995質量部及び0.005質量部(比較例3)、91.0質量部及び5.0質量部(比較例4)としたもの、又は、希土類元素が付着していない正極活物質材料aのみからなる正極活物質A'を96質量部(比較例1)ないし、正極活物質a10のみからなる96質量部(比較例2)に対して、導電剤としての炭素粉末2質量部、結着剤としてのポリフッ化ビニリデン粉末2質量部と混合して正極活物質合剤を調製した後、これをN−メチルピロリドン溶液と混合することで得られる正極活物質合剤スラリーを用いて、それぞれ実施例8、実施例9、比較例1〜4にかかる正極極板を作製した。
【0049】
[実施例10]
また、実施例10においては、実施例1におけるモリブデン酸リチウムに替えて、タングステン酸リチウム(LiWO)を正極活物質Bとして用いた以外は、実施例1と同様にして正極極板を作製した。
【0050】
すなわち、正極活物質a1095.95質量部と、タングステン酸リチウム0.05質量部とをあわせた正極活物質総量96質量部に対して、炭素粉末2質量部、ポリフッ化ビニリデン粉末2質量部を混合して正極活物質合剤を調製した後、これをN−メチルピロリドン溶液と混合することで得られる正極活物質合剤スラリーを用いて、実施例10にかかる正極極板を作製した。
【0051】
[実施例11]
また、実施例11においては、実施例1における正極活物質a10に替えて、ニッケル・コバルト・マンガン酸リチウム(LiNi0。33Co0.34Mn0.33)からなる正極活物質材料bに、エルビウム化合物を付着させることで得られる、粒子表面にエルビウム化合物が付着したニッケル・コバルト・マンガン酸リチウム(以下、「正極活物質b」という)を、正極活物質Aとして用いる以外は実施例1と同様にして正極極板を作製した。
【0052】
すなわち、実施例11にかかる正極極板は以下のようにして作製した。正極活物質材料bとしてのニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムの作製にあたっては、出発原料として、リチウム源には水酸化リチウム(LiOH・HO)を用い、ニッケル・コバルト・マンガン源には、ニッケル、コバルト、マンガンを所定量共沈させることで得られたニッケル・コバルト・マンガン複合水酸化物を用いた。これらをリチウムとニッケル・コバルト・マンガンのモル比が1:1になるように秤量した後、乳鉢で混合し、酸素雰囲気下において400℃で12時間焼成した後乳鉢で解砕し、次いで酸素雰囲気下において900℃で24時間焼成することで、ニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムを得た。
【0053】
上記のようにして得られた正極活物質材料bとしてのニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムを、乳鉢で平均粒径15μmまで粉砕した後、3リットルの純水に1000g添加し撹拌して、ニッケル・コバルト・マンガン酸リチウム粒子が分散した懸濁液を調製した後、この懸濁液に実施例1と同様に、三硝酸エルビウム・5水和物を4.60g溶解させた水溶液を、懸濁液のpHが9に保たれるように、10質量%の水酸化物ナトリウム水溶液をあわせて加えながら、添加した。
【0054】
次いで、上記のようにして得られた三硝酸エルビウムの添加されたニッケル・コバルト・マンガン酸リチウム懸濁液を、実施例1と同様に、吸引濾過及び水洗し、得られた粉末を120℃で乾燥させて、粒子の表面に水酸化エルビウムが均一に付着したニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムを得た後、空気雰囲気下において300℃で5時間熱処理することで、正極活物質bとしての、粒子表面にエルビウム化合物が付着したニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムを得て、実施例11にかかる正極活物質Aとした。
【0055】
正極活物質合剤スラリーの調製にあたっては、正極活物質Aと正極活物質Bの混合割合は実施例1と同様であり、すなわち、正極活物質b95.95質量部に対して、モリブデン酸リチウムを0.05質量部として、更に炭素粉末が2質量部、ポリフッ化ビニリデン粉末が2質量部となるように加えて混合して正極活物質合剤を調製した後、これをN−メチルピロリドン溶液と混合することで正極活物質合剤スラリーを調製し、実施例11にかかる正極極板を作製した。
【0056】
[比較例5]
また、比較例5においては、実施例1において正極活物質合剤スラリーを調製する際に、正極活物質Aとしての正極活物質a10と、正極活物質Bとしてのモリブデン酸リチウムとを混合して用いるのに対して、正極活物質合剤スラリーを調製する際には正極活物質Bとしてのモリブデン酸リチウムを加えず、その替わりに正極活物質Aの調製過程において、リチウム源とコバルト源との混合物に更にモリブデンを加えて焼成することで得られる、焼成時モリブデン添加コバルト酸リチウム(以下、「正極活物質材料c」という)の粒子表面に、エルビウム化合物を付着させることで得られる正極活物質cのみを正極活物質として用いて正極極板を作製した。
【0057】
すなわち、比較例5にかかる正極極板は、比較例1における正極活物質材料aに替えて、炭酸リチウムと四酸化三コバルトとの混合物(リチウムとコバルトとのモル比1:1)95.95質量部と、炭酸リチウムとモリブデン源としての三酸化モリブデンとの混合物(リチウムとモリブデンとのモル比2:1)0.05質量部とを混合した後、空気雰囲気下において850℃で20時間焼成することで得られる正極活物質材料cを用いる点以外は、比較例1と同様にして作製されたものであり、具体的な作製方法を以下に示す。
【0058】
まず、上記のようにして得られた正極活物質材料cを乳鉢で平均粒径15μmまで粉砕した後、3リットルの純水に1000g添加し撹拌して、正極活物質材料cが分散した懸濁液を調製した。この懸濁液に、三硝酸エルビウム・5水和物が4.53g溶解した水溶液を、懸濁液のpHが9に保たれるように10質量%の水酸化物ナトリウム水溶液をあわせて加えながら、添加した。
【0059】
次いで、上記のようにして得られた正極活物質材料c及び三硝酸エルビウムの懸濁液を、実施例1と同様に、吸引濾過及び水洗し、得られた粉末を120℃で乾燥させることで、粒子の表面に水酸化エルビウムを均一に付着させた後、さらに空気雰囲気下において300℃で5時間熱処理することで得られる正極活物質cを、比較例5にかかる正極活物質Aとした。
【0060】
次いで、上記のようにして得られた正極活物質c96質量部に対して、比較例1と同様に、正極活物質Bは加えずに、導電剤としての炭素粉末2質量部及び結着剤としてのポリフッ化ビニリデン粉末2質量部と混合して正極活物質合剤を調製した後、これをN−メチルピロリドン溶液と混合することで得られる正極活物質合剤スラリーを用いて、比較例5にかかる正極極板を作製した。
【0061】
[比較例6]
また、比較例6の正極極板としては、実施例11と同様にして作製されたニッケル・コバルト・マンガン酸リチウム(LiNi0。33Co0.34Mn0.33)からなる正極活物質材料bにエルビウム化合物を付着させることで得られる、粒子表面にエルビウム化合物が付着したニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムからなる正極活物質bを正極活物質Aとして96質量部用い、正極活物質Bを添加しない以外は実施例11と同様にして正極極板を作製した。
【0062】
[負極極板の作製]
負極活物質としての黒鉛97.5質量部と、増粘剤としてのカルボキシメチルセルロース(CMC)1.0質量部と、結着剤としてのスチレンブタジエンゴム(SBR)1.5質量部とを、適量の水と混合して負極活物質合剤スラリーとした。このスラリーを厚さ10μm、長さ299mmの負極芯体としての銅箔の両面に、片面の塗布質量が11.3mg/cm、一方の面の塗布部分が284mm、未塗布部分が15mm、もう一方の面の塗布部分が226mm、未塗布部分が73mmとなるように、ドクターブレード法で塗布した。その後、乾燥機中を通過させて乾燥させることにより極板となした。次いで圧縮ローラーを用いて両面塗布部分の厚みが155μmとなるように圧縮することで、各実施例及び比較例で用いる負極極板を作製した。なお、充電時の黒鉛の電位はLi基準で約0.1Vである。また、正極及び負極の活物質充填量は、設計基準となる正極活物質の電位において、正極と負極の充電容量比(負極充電容量/正極充電容量)が1.0〜1.1となるように調整した。
【0063】
[電解液の調製]
エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)とを体積比3:7で混合した溶媒に対し、ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)を、濃度が1mol/Lとなるように溶解させた後、ビニレンカーボネート(VC)を1質量%添加して、各実施例及び比較例で用いる電解液を調製した。
【0064】
[扁平状巻回電極体の作製]
上記のようにして作製した各実施例及び比較例にかかる正極極板と、負極極板とを、正極極板にはアルミニウム製のリード線を、負極極板にはニッケル製のリード線を溶接した後、ポリエチレン製微多孔膜から成るセパレータを介して扁平型に巻回することで、各実施例及び比較例に用いる渦巻状の電極体を作製した。
【0065】
[非水電解質電池の作製]
上記のようにして作製した扁平状巻回電極体をラミネート容器に封入し、Arを満たしたグローブボックス内で、上記得られた電解液を注液した。その後、注液口を塞ぐことで、各実施例及び比較例にかかる非水電解質二次電池(設計容量:800mAh)を作製した。
【0066】
[高電圧高温サイクル特性試験]
上記のようにして作製された各実施例及び比較例にかかる非水電解質二次電池について、下記の条件で高電圧高温サイクル特性試験を行った。
・充電:0.5It(400mA)の電流で電池電圧が4.4V(正極電位はリチウム基準で4.5V)となるまで定電流充電を行い、その後4.4Vの定電圧で電流値が40.0mAとなるまで充電した。
・放電:0.5It(400mA)の電流で電池電圧が3.0V(正極電位はリチウム基準で3.1V)となるまで定電流放電を行った。
・休止:充電から放電、放電から充電の間の休止間隔は、それぞれ10分間とした。
・環境温度:45℃の恒温槽内で実施した。
上記の条件での充電−休止−放電−休止を、1サイクルの充放電とし、充放電サイクルを500サイクル繰り返し、1回目の放電容量及び500回目の放電容量から、以下の計算式によって得られる値を、高電圧高温サイクル特性(%)として求めた。
高電圧高温サイクル特性(%)
=(500サイクル目放電容量/1サイクル目放電容量)×100
【0067】
また、上記サイクル特性試験の前と後のそれぞれにおいて、各実施例及び比較例について電池厚みを測定し、連続充放電500サイクルによる電池厚みの増加量を求めた。
これらの結果を表1に纏めて示す。
【0068】
【表1】

【0069】
表1に示した結果より、実施例1〜11の非水電解質二次電池はいずれも、比較例1〜5のものと比べて、高電圧高温サイクル特性が向上し、電池厚み増加量が良好に抑制されていることがわかる。本効果が奏される理由は以下のように考察される。
【0070】
すなわち、比較例1と比較例2の比較により、正極活物質としてのコバルト酸リチウム粒子の表面をエルビウム化合物で被覆することで、高電圧高温サイクル特性の向上及び電池厚み増加量の低減がある程度見られることがわかる。
【0071】
これは、希土類元素の化合物で正極活物質粒子の表面が被覆されていない比較例1では、充放電に伴う正極での電解液酸化分解によるガス発生や分解生成物の堆積による分極抵抗の増大、正極活物質の溶解などによる、正極材料の劣化が要因となって、高電圧高温サイクル特性が悪く、電池厚みの増加といった現象が見られるのに対して、比較例1では、エルビウムなどの希土類元素の化合物で正極活物質粒子の表面が被覆されることで、正極活物質表面での副反応が抑制され、ガス発生や正極材料の劣化が起こりにくくなっていることを示している。
【0072】
しかしながら、正極活物質として、粒子の表面が希土類元素化合物で被覆された正極活物質、すなわち正極活物質Aを用いるだけでは、高電圧高温サイクル特性の向上及び電池厚み増加量の低減効果は不充分であり、実施例1及び10と比較例1との比較により、正極活物質粒子の表面を希土類元素化合物で被覆した上で、微量のモリブデン酸リチウムまたはタングステン酸リチウムを、正極活物質合剤スラリーに混合することで、高電圧高温サイクル特性の向上及び電池厚み増加量の低減効果が顕著になることがわかる。
【0073】
この顕著な高電圧高温サイクル特性の向上及び電池厚み増加量の低減効果は、以下のようなメカニズムによるものと考えられる。すなわち、希土類元素化合物で正極活物質粒子の表面を被覆することで、正極材料の劣化は抑制されるが、そのままでは、電解液還元分解生成物の負極への堆積や充放電に伴う結晶構造の脆性破壊などによる負極の材料劣化は一定のスピードで進行するため、正極材料の劣化よりも負極の材料の劣化が相対的に早くなる。
【0074】
そのため、正極の充電容量が負極の充電容量を上回った時点で負極上へリチウム金属が析出し始めるが、析出したリチウムは非常に反応性が高いため、電解液の還元分解を加速し、その結果、電池の容量劣化が進み、電池膨れが大きくなってしまう。
【0075】
一方、モリブデン酸リチウムやタングステン酸リチウムは充放電可能な材料であり、正極活物質として機能するが、充放電に伴って遷移金属が溶解しやすく、サイクル劣化が早いという特徴を有する。しかし、溶解した金属成分が負極の電池特性を低下させることはない。
【0076】
ここで、正極活物質として、粒子表面が希土類元素化合物で被覆された正極活物質Aに加えて、上記モリブデン酸リチウムやタングステン酸リチウムなどを正極活物質Bとして少量添加することによって、正極材料が適度に劣化するようになるため、正極材料の劣化速度と負極材料の劣化速度とのバランスが良くなり、電解液の酸化分解を十分抑えつつ、高電圧高温サイクル特性を向上させることが出来るものとなる。
【0077】
すなわち、高電圧高温サイクル特性向上及び電池厚み増加量低減のためには正極及び負極の材料劣化が同程度に進行させるようにすることが必要であり、正極活物質Bとして正極活物質合剤中に含有させるモリブデン酸リチウムやタングステン酸リチウムの量が、少な過ぎる(比較例3)と正極材料の劣化が進まず、また、多過ぎる(比較例4)と必要以上に正極材料の劣化が進んでしまう。
【0078】
なお、比較例3及び4の結果から、正極活物質Bとして正極活物質合剤中に含有させるモリブデン酸リチウムやタングステン酸リチウムの量が、正極活物質Aに対して0.005質量%以下、もしくは、5.0質量%以上の場合は、高電圧高温サイクル特性向上効果及び電池厚み増加量低減効果が十分得られないことが分かる。
【0079】
また、実施例8の結果から、正極活物質Bとして正極活物質合剤中に含有させるモリブデン酸リチウムやタングステン酸リチウムの量が、正極活物質Aに対して0.01質量%以上であれば、高電圧高温サイクル特性向上及び電池厚み増加量低減が十分得られることが分かる。一方、正極活物質Bとして正極活物質合剤中に含有させるモリブデン酸リチウムやタングステン酸リチウムの量の上限は、実施例9及び比較例4の結果から、2.0質量%以下とすることが好ましく、1.0質量%以下がより好ましい。
【0080】
また、希土類元素は類似の化学的ないし物理的特性を備えていることが周知であるため、本発明においては、正極活物質Aの粒子表面を被覆している化合物として、各種希土類元素化合物を用いることが可能である。このことは、イッテルビウム化合物、テルビウム化合物、ホルミウム化合物、ルテチウム化合物を用いても、エルビウム化合物と同様に本発明の効果が奏されていることが実施例2〜5において示されていることからも裏づけられる。
【0081】
上記以外の希土類元素としては、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユーロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、ジスプロシウム(Dy)、ツリウム(Tm)が挙げられる。
【0082】
また、実施例6及び7の結果より、正極活物質Aの粒子表面を被覆している希土類元素の付着量としては、少なくとも正極活物質Aの活物質材料としてのコバルト酸リチウムに対して0.01mol%以上、多くとも0.3mol%以下であれば、確実に本発明の効果が奏されることが分かる。
【0083】
また、実施例11及び比較例6の結果が示すように、正極活物質Aの活物質材料として、ニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムを用いた場合でも、本発明の効果が奏されることから、正極活物質Aの活物質材料としては、その他のリチウムコバルト複合酸化物や異種金属元素添加リチウムコバルト複合酸化物を用いても、本発明の効果が奏されるものと推測される。
【0084】
なお、正極活物質を焼成する際にモリブデンを添加した比較例5では、比較例1よりも高電圧高温サイクル特性が悪化し、電池厚み増加量の低減もほとんど見られない。これは、モリブデン原子のイオン半径がコバルト原子に比べて非常に大きいため、得られる正極活物質内にモリブデンが固溶せず、正極活物質粒子表面に偏析してしまうことによるものと思われる。すなわち、比較例5では、モリブデン酸リチウムが正極活物質合剤中にほとんど存在しない状態であるため、本発明の効果を奏しないのに加えて、偏析したモリブデンはサイクル中に選択的に溶解するため、粒界抵抗が増大し、電池作動電圧が大きく低下してしまうものとなる。
【0085】
従って、正極活物質Bとしてのモリブデン酸リチウムないしタングステン酸リチウムを適切に正極活物質合剤中に含有させるには、正極活物質焼成時にモリブデンないしタングステンを添加する方法は好ましくなく、別々に調製した正極活物質Aと正極活物質Bとを正極活物質合剤スラリー作製時に混合することで正極極板を作製することが好ましいことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極活物質を有する正極と、負極活物質を有する負極と、セパレータと、非水電解質とを備える非水電解質二次電池において、
前記正極活物質は、
コバルト酸リチウム及びニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムのうちの少なくとも1種であって、粒子表面に希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子が付着している正極活物質Aと、
モリブデン酸リチウム及びタングステン酸リチウムのうちの少なくとも1種からなる正極活物質Bとを含んでおり、
前記正極活物質Bの含有量は、前記正極活物質Aに対して0.01質量%以上2.0質量%以下であることを特徴とする非水電解質二次電池。
【請求項2】
前記希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子の平均粒子径は、100nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の非水電解質二次電池。
【請求項3】
前記正極活物質Aにおける前記希土類元素の水酸化物及びオキシ水酸化物のうちの少なくとも1種からなる微粒子の付着量は、前記コバルト酸リチウム及びニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムのうちの少なくとも1種に対して0.01mol%以上0.3mol%以下であることを特徴とする請求項1に記載の非水電解質二次電池。
【請求項4】
前記正極の充電電位はリチウム基準で4.35V以上、4.6V以下であることを特徴とする請求項1に記載の非水電解質二次電池。
【請求項5】
前記負極活物質は黒鉛からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の非水電解質二次電池。

【公開番号】特開2012−99271(P2012−99271A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−244170(P2010−244170)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000001889)三洋電機株式会社 (18,308)
【Fターム(参考)】