説明

非破壊検査装置

【課題】効率的にナゲット部の測定を行うことができる非破壊検査装置を提供すること。
【解決手段】被測定物2に磁場を印加して磁束密度を発生させ、当該磁場を遮断後に、被測定物2の複数位置から放出される磁束を誘導起電力検出部17により測定し、過渡変化の時定数を算出し、当該時定数の分布状態から被測定物の内部構造を検出する非破壊検査装置1において、被測定物2の内部構造の検出結果に基づいて、誘導起電力検出部17の移動方向を決定する移動方向決定部21と、移動方向決定部21によって決定された方向を指示する方向指示部22とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被測定物の溶接部位等を非破壊で検査する非破壊検査装置に関する。
【背景技術】
【0002】
各種薄板金属製品の組立に用いられる溶接として、スポット溶接が一般的に用いられている。スポット溶接とは、重ね合わせた金属の板材における溶接部位に、先端が所定の形状に成形されている電極によって上下方向から所定の圧力で挟み、両電極に所定の電流を所定の時間だけ流すことによって、当該溶接部位を局部的に加熱して溶接する方法である。
【0003】
また、スポット溶接により溶接された溶接部位の表面は、加圧によって溶接部外に比べ凹んでいる。この凹み部をインデテーション部といい、凹みの寸法をインデテーション径という。
【0004】
また、溶接部位の内部は、ナゲット部(溶着部)と、その周辺の圧着部とで形成される。ナゲット部は、金属が一旦溶解して固化した部分である。一方、圧着部は、金属の表面同士で圧着された部分である。ナゲット部の寸法をナゲット径といい、ナゲット部と圧着部とを総合して接合部といい、接合部の寸法を接合径という。なお、接合部は、実際に接合している部分である。
【0005】
また、スポット溶接では、重ね合わせた金属の板材を点(スポット)で溶接するため、溶接強度が十分であるか否かを検査する必要がある。
【0006】
溶接強度の測定を非破壊にて行う方法として、ナゲット径を測定することにより溶接強度を推定する方法が有効である(例えば、特許文献1を参照。)。従来から、ナゲット径を測定する方法として、電流を流したコイルにより発生した磁界を、溶接部位に印加し、その結果発生したコイルのインダクタンスの変化からナゲット径を求める方法が知られている。この従来方法では、ナゲット部とナゲット部以外の部分とでは透磁率(μ)が変化する性質があるので、この性質を利用して、透磁率(μ)の変化をインダクタンスの変化として検出し、ナゲット径を求めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3098193号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ここで、検査装置のセンサは、外部から視認できる溶接部位を目安に配置される。ところで、外部から視認できる凹み部(インデテーション部)の中心位置と、ナゲット部の中心位置が一致しない場合がある。これは、スポット溶接する際に、電極の先端同士が厳密に対向せずに、ある角度をもって対向するような場合等に発生する。
【0009】
このように、溶接部位の中心位置とナゲット部の中心位置がずれていると、検査装置のセンサが配置されている直下にナゲット部が形成されていない、又はずれているために、ナゲット径を正確に測定することができなくなる。このような場合には、検査装置のセンサを様々な位置にずらして再検査を繰り返さねばならず、ナゲット径の測定に多大な労力を必要とする。
【0010】
本発明は、上述のような課題に鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、効率的にナゲット部の測定を行うことができる非破壊検査装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る非破壊検査装置は、上記課題を解決するために、被測定物に磁場を印加して磁束密度を発生させ、当該磁場を遮断後に、被測定物の複数位置から放出される磁束を磁束検出素子により測定し、過渡変化の時定数を算出し、当該時定数の分布状態から被測定物の内部構造を検出する非破壊検査装置において、前記被測定物の内部構造の検出結果に基づいて、前記磁束検出素子の移動方向を決定する移動方向決定部と、前記移動方向決定部によって決定された方向を指示する方向指示部とを備える。
【0012】
また、非破壊検査装置では、前記移動方向決定部は、前記被測定物の内部構造の検出結果に基づいて、前記磁束検出素子の移動方向を決定する場合に、前回の検出結果と、今回の検出結果を比較し、過渡変化の時定数が増加する方向に前記磁束検出素子を移動するように移動方向を決定することが好ましい。
【0013】
また、非破壊検査装置では、前記移動方向決定部は、前記被測定物の内部構造の検出結果に基づいて、前記磁束検出素子の移動方向を決定する場合に、前回の検出結果と、今回の検出結果を比較し、渡変化の時定数が所定の値であって、変化が一定の範囲の場合には、前記磁束検出素子の移動の中止を決定し、前記方向指示部は、前記移動方向決定部による移動の中止の決定に基づいて、移動の中止の指示を行うことが好ましい。
【0014】
また、非破壊検査装置では、前記方向指示部は、前記被測定物の表面上において、前後左右の方向を指示するように構成されていることが好ましい。
【0015】
また、非破壊検査装置では、前記磁束検出素子は、複数のコイルが配置されたアレイコイルにより構成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、効率的にナゲット部の測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本実施形態に係る非破壊検査装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本実施形態に係る非破壊検査装置の方向指示部の構成を示す図である。
【図3】ワークに対して2段階で磁界を印加する際の説明に供する図である。
【図4】磁界を加えて磁束密度を発生させたときの様子を模式的に示す図である。
【図5】残留磁気の消失過程を模式的に示す図である。
【図6】図5(b)に示す磁束密度の閉ループを磁気等価回路に置換した回路図を示す図である。
【図7】静磁界を遮断した直後のアレイセンサの任意の一つを通過する磁束の閉ループCを模式的に示す図である。
【図8】アレイセンサで測定される磁束の変化についての説明に供する図である。
【図9】センサプローブの外観を示す図である。
【図10】左右方向を指示する場合の測定原理についての説明に供する図である。
【図11】前後方向を指示する場合の測定原理についての説明に供する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
2つ以上の部材を溶融し、一体化させる方法として、スポット溶接がある。スポット溶接を行う装置は、2枚の金属板を純銅又は銅合金の棒状の電極の間に挟んで強く加圧しながら短時間大電流を通し、部材を溶接する。また、溶接部位の表面には、電極で押えたわずかの凹みができ、その内部には、ナゲット部(溶接金属が凝固したもの)が形成される。本実施形態に係る非破壊検査装置1は、非破壊によりナゲット部を検査する。なお、本実施例においては、スポット溶接により溶接された溶接部位の検査について説明するが、溶接方法は、スポット溶接に限定されない。また、「内部構造」とは、化学的、物理的及び機械的に変化している構造を意味する。
【0019】
また、非破壊検査装置1は、磁性体から構成される被測定物2(例えば、自動車のボディ)の溶接部位3に対する検査を行う装置であり、溶接部位3に対して磁場を与え、放出される磁束密度を測定することでナゲット部の検査を行う非破壊の検査方法を採用する。以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0020】
非破壊検査装置1は、図1に示すように、磁束発生部16と、誘導起電力検出部17と、センサ出力切替部18と、センサ出力制御部19と、処理部20と、移動方向決定部21と、方向指示部22とを備える。磁束発生部16は、励磁磁極11及び回収磁極12から構成される鉄心13と、鉄心13を励磁する励磁コイル14と、励磁コイル14の通電状態と遮断状態を制御する励磁制御部15とを有する。
【0021】
ここで、鉄心13の形状について説明する。鉄心13は、図1に模式的に示すように、一方端側に励磁磁極11が形成され、他方端側に回収磁極12が形成されるコ字状に形成されている。また、励磁磁極11の端面に形成されるコイルC1乃至Cn(nは、2以上の自然数。)は、溶接部位から発生する漏洩磁束を検出する。なお、鉄心13の形状は、上述したものに限られない。
【0022】
また、磁束発生部16は、励磁制御部15により励磁コイル14を通電状態に制御して励磁磁極11と回収磁極12との間に磁束を発生させ、被測定物2に磁界を加える。励磁コイル14は、導体が鉄心13の所定の部位に密接に螺旋状に巻かれており、ソレノイドコイルにより構成されている。なお、本実施例では、励磁コイル14が巻かれている方を励磁磁極11として説明するが、励磁コイル14に流す電流の向きによって、励磁コイル14が巻かれている方が励磁磁極になったり回収磁極になったりするので、励磁コイル14が巻かれている方を回収磁極としても良い。
【0023】
また、誘導起電力検出部17は、励磁磁極11の端面に配置され、溶接部位3から発生する誘導起電力を検出する。また、誘導起電力検出部17は、複数のコイルCが配置されたアレイコイルにより構成されている。本実施例では、誘導起電力検出部17は、16個(C1乃至C16)の微小コイルが均等に一列で配置されるものとして説明するが、これに限られず、複数行複数列によって構成されていても良い。
【0024】
また、溶接部位3においては、溶接された痕(以下、溶接打痕(ナゲット部)という。)が表面において視認できる。非破壊検査装置1による検査においては、この溶接打痕の表面に磁界を加えて磁束密度を発生させ、コイルC1乃至C16によりその内部における溶接状態の検査を行う。
【0025】
また、センサ出力制御部19は、アレイコイルに含まれる複数のコイルC1乃至C16からの出力を順次選択する。センサ出力切替部18は、センサ出力制御部19により選択されたコイルCからの信号を処理部20に出力する。
【0026】
処理部20は、センサ出力切替部18から供給される信号に基づいて、磁気エネルギーの減衰時定数τと、渦電流損失の減衰時定数τとを算出する。また、溶接打痕(ナゲット部)の磁気エネルギーの減衰時定数τの分布を測定し、これを分析すれば、ナゲット部のような金属的に組成変化の生じている部分の形状・寸法を求めることができる。よって、処理部20は、算出した磁気エネルギーの減衰時定数τに基づいて、ナゲット部の形状・寸法を算出し、表示部に模式的に表示しても良い。
【0027】
移動方向決定部21は、処理部20による処理結果(磁気エネルギーの減衰時定数τと、渦電流損失の減衰時定数τ)に基づいて、被測定物2の表面上において、誘導起電力検出部17の移動方向を決定する。方向指示部22は、移動方向決定部21によって決定された方向を指示する。
【0028】
方向指示部22は、図2に示すように、被測定物2の表面上において、前方向(22a)、後方向(22b)、左方向(22c)及び右方向(22d)の4方向を指示するように構成されている。なお、本実施例では、方向指示部22は、90度置きに4方向を指示するようにしているが、指示する方向の数はこれに限られない。
【0029】
また、方向指示部22の各方向には、発光色が異なるLED(a)乃至(d)が設けられている。方向指示部22は、移動方向決定部21の命令に従って、各方向に配置されているLED(a)乃至(d)を適宜発光制御する。なお、発光制御とは、点灯や点滅等の制御である。
【0030】
ここで、非破壊検査装置1による具体的な動作について説明する。なお、以下では、使用者が手に持って被測定物2上を移動するものを検査部5という。また、検査部5は、鉄心13、励磁コイル14、誘導起電力検出部17及び方向指示部22を含む概念である。
非破壊検査装置1は、使用者による所定の操作に応じて、励磁制御部15により励磁を開始し、センサ出力制御部19によりセンサ出力切替部18を制御する。
【0031】
センサ出力制御部19は、例えば、一列に並んでいるコイルC1乃至C16を1セットとして検出の制御を行う。センサ出力切替部18は、センサ出力制御部19の制御に従って、例えば、10msec乃至10secのタイミングで切り替える。
【0032】
処理部20は、センサ出力切替部18から供給される信号に基づいて、各コイルの磁気エネルギーの減衰時定数τと、渦電流損失の減衰時定数τとを算出し、これをサンプリングのデータ(以下、ナゲット補足データという。)にする。なお、ナゲット補足データは、各コイルの磁気エネルギーの減衰時定数τと渦電流損失の減衰時定数τのいずれか一方であっても良い。
【0033】
また、処理部20は、1セットの平均値をナゲット補足データにしても良い。このように1セットの平均値をナゲット補足データにすることで、非破壊検査装置1は、各コイルCの誤差を吸収できるメリットがある。
【0034】
移動方向決定部21は、処理部20の処理結果に基づいて、移動方向を決定するが、当該処理結果が検査開始直後のものである場合には、便宜的に移動方向を前方向(22a)に決定する。
【0035】
方向指示部22は、移動方向決定部21によって決定された方向(前方向(22a))を指示する。具体的には、方向指示部22は、前方向(22a)のLED(a)を点灯させる。なお、非破壊検査装置1は、誘導起電力検出部17が被測定物2上に配置された直後に方向指示部22の前方向(22a)のLED(a)を点灯させる構成であっても良い。
【0036】
このようにして、非破壊検査装置1は、方向指示部22によって指示されている方向に検査部5の移動を促すことによって、検査部5をナゲット部が形成されている場所まで誘導することができ、効率的にナゲット部の測定を行うことができる。
【0037】
また、詳細は、後述するが、ナゲット部が形成されている部分は、ナゲット部が形成されていな部分に比較して、残留磁気が大きく、ナゲット補足データが大きくなる。移動方向決定部21は、ナゲット補足データが大きくなる方向に検査部5の移動方向を決定する。
【0038】
ここで、移動方向決定部21は、処理部20の処理結果に基づいて、検査部5の移動方向を決定する場合に、前回のナゲット補足データと、今回のナゲット補足データを比較し、ナゲット補足データが増加する方向、すなわち、過渡変化の時定数が増加する方向に検査部5を移動するように移動方向を決定する構成であっても良い。
【0039】
また、移動方向決定部21は、被測定物2の内部構造の検出結果に基づいて、検査部5の移動方向を決定する場合に、前回のナゲット補足データと、今回のナゲット補足データを比較し、ナゲット補足データが減少した場合には、検査部5がナゲット部から遠ざかったものと判断し、検査部5を前回の位置に戻すように移動方向を決定する。具体的には、方向指示部22は、後方向(22b)のLED(b)を点灯する。
【0040】
このようにして、非破壊検査装置1は、的確にナゲット部が形成されている場所に検査部5の移動方向を決定することができ、効率的にナゲット部の測定を行うことができる。
【0041】
また、移動方向決定部21は、被測定物2の内部構造の検出結果に基づいて、検査部5の移動方向を決定する場合に、前回のナゲット補足データと、今回のナゲット補足データを比較し、ナゲット補足データが所定の値、すなわち、過渡変化の時定数が所定の値であって、変化が一定の範囲の場合には、検査部5の移動の中止を決定する構成であっても良い。
【0042】
このような構成の場合には、方向指示部22は、移動方向決定部21による移動の中止の決定に基づいて、移動の中止の指示を行う。具体的には、方向指示部22は、全方向のLED(a)乃至(d)を同時に点灯する。
このようにして、非破壊検査装置1は、的確にナゲット部が形成されている部分を使用者に伝えることができ、効率的にナゲット部の測定を行うことができる。
【0043】
<測定原理>
つぎに、非破壊検査装置1による測定原理について説明する。磁束は、磁気を発生するための励磁コイル14(励磁磁極11)から出て、励磁コイル14直下に配置された誘導起電力検出部17を通り抜け、被測定物2(ワーク)内に入り、溶接打痕(ナゲット部)を通り抜け、回収磁極12を通って、元の励磁コイル14(励磁磁極11)に戻ってくる。
【0044】
ここで、アレイコイルを構成するコイルCに注目すると、コイルCの表面積をSとし、磁路の長さをLとし、透磁率をμとすると、磁気抵抗Rmは、Rm=L/S×μで算出することができる。磁界を加えて磁束密度を発生させたときの様子(詳細は、図8を用いて後述する)は、磁界がゆっくり作られ、やがて直流になる。そして、所定のタイミングで磁界を遮断して磁気を減少させると、コイルCには、磁束密度の変化に比例してe=−dΦ/dtの波形が現れる(後述する図8(a)を参照)。また、全てのコイルC1乃至C16に発生した磁束密度の変化を総合し、指数関数で表される曲線の切片と時定数を求めることによって、各コイルを通り抜ける磁束の磁気抵抗を推定することができる。各コイルの磁気抵抗を求めて、スムージング処理して、ディスプレイに表示させると、被測定物2の内部構造を模式的に視覚化することができる。
【0045】
また、磁気抵抗に影響を与える因子は、形状(空気層)、残留応力及び硬度の3つに大別できる。
図3に示すように、励磁コイル14により発生した磁束は、誘導起電力検出部17を介して空隙を通り抜けて被測定物2(ワーク)の内部に入る。その後、磁束は、ワーク内部において残留応力及び硬度の影響を受けることになる。
【0046】
ここで、非破壊検査装置1は、図3に示すように、励磁コイル14によりワークに対して、磁界を2度発生させる。具体的には、励磁コイル14は、1度目の磁界として、短時間の磁界印加であって、表皮効果によってワークに対して浅く磁界を加えて磁束密度を発生させる(図3中のB1)。また、励磁コイル14は、2度目の磁界として、十分に長い時間の磁界印加であって、溶接部位3まで到達するくらいまで、ワークに対して深く磁界を加えて磁束密度を発生させる(図3中のB2)。
【0047】
そして、処理部20は、浅く磁界を加えて磁束密度を発生させることによって得られた測定結果(磁気抵抗R)と、深く磁界を加えて磁束密度を発生させることによって得られた測定結果(磁気抵抗R)の差分磁気抵抗Rを求める。
=R+R+Rw0
=R+R+R
R=R−R=R−Rw0
なお、Rは、鉄心13と誘導起電力検出部17から構成されるセンサ自体の持つ磁気抵抗を示し、Rは、ワークとセンサ間に存在する磁気抵抗を示している。また、Rw0は、ワーク表面の磁気抵抗を示し、Rは、ワーク内部の磁気抵抗を示している。
【0048】
よって、差分磁気抵抗Rは、センサ自体の持つ磁気抵抗Rと、ワークとセンサ間に存在する磁気抵抗Rが取り除かれた(キャンセルされた)抵抗値である。非破壊検査装置1は、このようにして2段階の測定結果から差分磁気抵抗Rを求めることによって、ワークの表面形状に左右されずに、精度の良い磁気抵抗Rを求めることができる。
【0049】
なお、上述では、非破壊検査装置1は、最初に浅く磁界を加えて磁束密度を発生させることによって磁気抵抗Rを測定し、その後、深く磁界を加えて磁束密度を発生させることによって磁気抵抗Rを測定するとしたが、これに限らず、最初に深く磁界を加えて磁束密度を発生させることによって磁気抵抗R2を測定し、その後、浅く磁界を加えて磁束密度を発生させることによって磁気抵抗Rを測定しても良い。
【0050】
<時定数の算出方法>
つぎに、処理部20によって磁気エネルギーの減衰時定数τと、渦電流損失の減衰時定数τを算出する具体的な方法について説明する。非破壊検査装置1のコイルC1乃至C16は、被測定物2の検査対象となる部位の上面に配置される。そして、非破壊検査装置1は、励磁コイル14を通電状態にし、励磁磁極11と回収磁極12との間に発生した磁束により被測定物2に対して磁界を加えて磁束密度を発生させる。ここで、磁界を加えて磁束密度を発生させたときの模式的な様子を図4(a)に示す。被測定物2は、図4(a)に示すように、磁界の強さに応じて磁束通過部分が磁界が加えられて磁束密度が発生する。
【0051】
また、非破壊検査装置1の励磁コイル14が遮断状態にされた場合には、磁束のループは、励磁コイル14の周辺の閉ループと被測定物2の周辺の閉ループとに分離する(図4(b)を参照)。励磁コイル14周辺の磁束の閉ループは、急速に減少して消失する。一方、被測定物2周辺における磁束の閉ループは、直ちには消失せず(残留磁気)、磁気エネルギーとして磁性体に保持され、徐々に消失していき最終的には静磁場印加以前の状態に戻る。
【0052】
非破壊検査装置1は、コイルC1乃至C16により被測定物2の漏洩磁束の時間に対する変化を検出する。静磁場遮断後にコイルC1乃至C16で検出される磁束の変化は、理想的には指数関数的に単調減少するが、実際には損失があるので、所定のカーブを描いて減少する。
【0053】
図5は残留磁気の消失過程を示す。この磁気エネルギー消失過程では、図5(a)に示すように、コイルC1乃至C16の任意の一つを通過する磁束密度をφとする。また、磁束密度φの変化によって誘導される渦電流をIn、In、In・・・とし、それらの誘導係数をそれぞれM、M、M・・・とする。磁束密度φの変化から誘導された渦電流In、In、In・・・は、それぞれ独立であると考える。このとき、渦電流In、In、In・・・は、磁束密度φの変化に応じて、誘導係数M=ΣMi(i=1,2,3,・・・)で誘導されるひとつの渦電流iに置き換えることができる。すなわち、コイルC1乃至C16の任意の一つを通過する磁束の消失過程は、磁束密度φと、磁束密度φから誘導係数Mで誘導される渦電流iで表すことができる。図5(b)は、図5(a)の等価回路を示している。ここで、Rは、渦電流iの電気抵抗を示し、Lは、渦電流i2のインダクタンスを示す。
【0054】
図6は、磁束密度φの閉ループを磁気等価回路に置き換えたものである。ここで、iは、磁束密度を示し、Rは、磁束を保持している測定部位の磁束の戻り難さ(抵抗)を示し、Lは、磁束を保持している磁束空間のインダクタンスを示し、iは、測定部位の渦電流を示し、Rは、渦電流ループの電気抵抗を示し、Lは、渦電流が発生している空間の体積を示している。
【0055】
図7は、静磁界を遮断した直後のコイルC1乃至C16の任意の一つを通過する磁束i(=φ)の閉ループCを示している。この時、静磁場印加中に蓄えられた磁気エネルギーは、直ちに消失せずに、徐々に消失していく。この磁気エネルギーは磁束の閉ループ空間に保持され、空間の与えられた磁束の戻りにくさによって徐々に消失していくと考えられる。磁気エネルギーWは、(1)式で表すことができる。なお、図7中のLは、磁界が加えられて発生した磁束密度の長さを示している。
【0056】
【数1】

【0057】
ここで、Lは、磁束を保持している空間(すなわち、磁気エネルギーを保持する空間)の体積に比例する値である。一方、(1)式は、インダクタンスLのコイルに電流iを流した時に蓄積されるエネルギーと同じ式である。これらのことから、図6のインダクタンスLは、磁束を保持している全空間の体積に相当することがわかる。
【0058】
また、図6に示す等価回路を式に表すと(2a)式及び(2b)式のようになる。
【数2】

【0059】
(2a)式及び(2b)式を解くと、(3a)式及び(3b)式が得られる。
【0060】
【数3】

【0061】
ここで、初期条件として、静磁界遮断時(t=0)の磁束密度iをIとして、(3)式の定数を定める。この時、誘導係数Mが小さく磁束密度iの変化から誘導される渦電流iが小さい場合、すなわちL1・L2>>M・Mとすると、以下の結果を得る。
【0062】
【数4】

【0063】
(4a)式及び(4b)式を(3a)式に代入すると、次の(5)式が得られる。
【0064】
【数5】

【0065】
現実に測定できる値は、(5)式の左辺の磁束密度iである。図8(a)は、(5)式で与えられる磁束密度iの過渡変化を示す。ここで、(4d)式から明かなように、(5)式の右辺第2項は無視することができ、第1項のみで近似できる。一方、磁気センサとして一般に用いられるループコイルで測定される電圧は、磁束密度の変化率、すなわち微分磁束密度に比例した値である。そこで、(5)式を時間tで微分し、(6)式に示す微分磁束密度の式を得る。
【0066】
【数6】

【0067】
図8(b)は、(6)式で与えられる微分磁束密度の過渡変化を示す。(5)式は、コイルC1乃至C16で得られる磁束密度iの変化を示す式であり、(6)式は、微分磁束密度(di/dt)の変化を示す式である。
【0068】
ここで、(6)式の右辺第1項の時定数τは、(4a)式で与えられるように、「L1/R1」に等しい。また、(6)式の右辺第1項は、静磁場遮断後の被測定物2の近傍における磁束密度の減少特性、すなわち、磁気エネルギーの減衰特性を示す項である。スポット溶接部においては、ナゲット部(金属組成又は構造的な強度の変化が生じている部分)とナゲット部以外の部分(金属組成又は構造的な強度の変化が生じていない部分)とでは、この時定数τに変化が生じる。従って、スポット溶接部における時定数τの分布を測定し、これを分析すれば、ナゲット部のような金属的に組成変化の生じている部分の形状・寸法を求めることができる。
【0069】
また、(6)式の右辺第2項の時定数τは、(4b)式で与えられるように、「L/R」に等しい。従って、この項は、図6に示す渦電流iの等価回路の時定数に相当する。すなわち、(6)式の右辺第2項は、渦電流損失の減衰特性を示す項である。図7に示すように、被測定物2内の磁束密度の長さをL、磁束通過面積をdsとすると、Lを(7)式で示すことができる。
【0070】
【数7】

【0071】
従って、(4b)式及び(7)式から、渦電流損失の減衰特性の時定数τは、(8)式に示すように、渦電流が発生する磁路、すなわち鉄鋼板内を通過する磁路の長さに比例する。
【0072】
【数8】

【0073】
つまり、スポット溶接部付近を通過する磁束の磁路の長さの変化を、(6)式の右辺第2項の減衰特性の時定数τの変化として検出することができる。
【0074】
非破壊検査装置1は、上述の測定原理で示したように、浅く磁界を加えて磁束密度を発生させたときの時定数と、深く磁界を加えて磁束密度を発生させたときの時定数に基づいて、センサ自体の持つ磁気抵抗Rfと、ワークとセンサ間に存在する磁気抵抗Raをキャンセルした時定数を算出し、かつ、使用者に対して、ナゲット部が形成されている場所まで的確かつ効率的に誘導することができる。
【0075】
また、使用者は、非破壊検査装置1を利用することによって、次に進むべき移動方向が一見して把握することができ、効率的に被測定物2に対して非破壊検査を行うことができる。
【0076】
<応用例>
ここで、非破壊検査装置1の応用例について図9を用いて説明する。なお、以下では、使用者が手に持って被測定物2上を移動するものをセンサプローブ5という。また、センサプローブ5は、鉄心13、励磁コイル14、誘導起電力検出部17、方向指示部22を含む概念である。また、本実施例では、センサプローブ5は、使用者が手に持って自由に操作可能なハンディタイプであるとして説明するが、これに限られず、機械制御によって操作されても良い。また、大きさも用途に応じて自在に変更可能である。
【0077】
センサプローブ5は、図9に示すように、被測定物2に近接(当接させても良い)させ、測定を開始する。センサプローブ5は、最初の測定の場合には、所定の方向(例えば、前方向(22a))を指示し、その後、前回のナゲット補足データと、今回のナゲット補足データを比較し、ナゲット補足データが増加する方向、すなわち、過渡変化の時定数が増加する方向に移動するように方向指示部22により指示する。
【0078】
このようにして、方向指示部22は、センサプローブ5を溶接部位3まで誘導することができる。
【0079】
ここで、方向指示部22により左方向(22c)又は右方向(22d)を指示する場合の測定原理について、図10を用いて説明する。例えば、誘導起電力検出部17の一部(コイルC2からC4)の直下に溶接部位3が位置する場合には、各コイルから検出する値に基づいてナゲット波形を描くと、ナゲット波形は、コイルC2からコイルC3へかけて、磁路長が最も短くなるので基準線に近くなり、コイルC3からコイルC4へかけて、磁路長が長くなるので基準線から遠ざかってゆく。
【0080】
従って、本実施例では、センサプローブ5は、ナゲット波形の最大値が左側(コイルC3付近)に位置しているので、図10に示すように、方向指示部22の左方向(22c)のLED(c)を点灯させる。使用者は、方向指示部22の指示に従って、センサプローブ5を移動させることによって、センサプローブ5を溶接部位3まで移動することができる。
【0081】
つぎに、方向指示部22により前方向(22a)又は後方向(22b)を指示する場合の測定原理について、図11を用いて説明する。なお、以下では、センサプローブ5を被測定物2上で移動させ、誘導起電力検出部17が図11中の(c)に示す位置にある場合を想定する。
【0082】
センサプローブ5を図11中の(c)に示す位置(以下、(c)位置という。)から、図11中の(b)に示す位置(以下、(b)位置という。)に移動させると、(c)位置にある場合には、コイルC3の直下のみに溶接部位3が形成されているが、(b)位置にある場合には、コイルC2、C3及びC4の直下に溶接部位3が形成されている。よって、コイルC1乃至C16を1セットとする平均値のナゲット補足データは、(c)位置にある場合よりも、(b)位置にある場合の方が増加することになる。よって、センサプローブ5は、図11に示すように、方向指示部22の前方向(22a)のLED(a)を点灯させる。
【0083】
また、センサプローブ5を(c)位置から、溶接部位3が形成されていない図11中の(a)に示す位置(以下、(a)位置という。)まで移動させると、コイルC1乃至C16を1セットとする平均値のナゲット補足データは、(c)位置にある場合よりも、(a)位置にある場合の方が減少することになる。よって、センサプローブ5は、方向指示部22の後方向(22b)のLED(b)を点灯させる。また、センサプローブ5を(c)位置から、溶接部位3が形成されていない図11中の(d)に示す位置(以下、(d))位置という。)まで移動させると、コイルC1乃至C16を1セットとする平均値のナゲット補足データは、(c)位置にある場合よりも、(d)位置にある場合の方が減少することになる。よって、センサプローブ5は、方向指示部22の前方向(22a)のLED(a)を点灯させる。
【0084】
このようにして、使用者は、方向指示部22の指示に従って、センサプローブ5を移動させることによって、センサプローブ5を溶接部位3まで移動することができる。
【0085】
なお、上述では、センサプローブ5の移動前後におけるコイルC1乃至C16の全てのコイルの検出値をサンプリングし、ナゲット補足データを算出して、ナゲット補足データが移動前後において増加するか又は減少するかによって移動方向を決定したが、これに限られず、所定値以上の検出値を示すコイルの数を算出し、その算出値が移動前後において増加するのか又は減少するのかによって移動方向を決定しても良い。
【符号の説明】
【0086】
1 非破壊検査装置
5 検査部
11 励磁磁極
12 回収磁極
13 鉄心
14 励磁コイル
15 励磁制御部
16 磁束発生部
17 誘導起電力検出部(磁束検出素子)
18 センサ出力切替部
19 センサ出力制御部
20 処理部
21 移動方向決定部
22 方向指示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物に磁場を印加して磁束密度を発生させ、当該磁場を遮断後に、被測定物の複数位置から放出される磁束を磁束検出素子により測定し、過渡変化の時定数を算出し、当該時定数の分布状態から被測定物の内部構造を検出する非破壊検査装置において、
前記被測定物の内部構造の検出結果に基づいて、前記磁束検出素子の移動方向を決定する移動方向決定部と、
前記移動方向決定部によって決定された方向を指示する方向指示部とを備えることを特徴とする非破壊検査装置。
【請求項2】
前記移動方向決定部は、前記被測定物の内部構造の検出結果に基づいて、前記磁束検出素子の移動方向を決定する場合に、前回の検出結果と、今回の検出結果を比較し、過渡変化の時定数が増加する方向に前記磁束検出素子を移動するように移動方向を決定することを特徴とする請求項1記載の非破壊検査装置。
【請求項3】
前記移動方向決定部は、前記被測定物の内部構造の検出結果に基づいて、前記磁束検出素子の移動方向を決定する場合に、前回の検出結果と、今回の検出結果を比較し、過渡変化の時定数が所定の値であって、変化が一定の範囲の場合には、前記磁束検出素子の移動の中止を決定し、
前記方向指示部は、前記移動方向決定部による移動の中止の決定に基づいて、移動の中止の指示を行うことを特徴とする請求項1記載の非破壊検査装置。
【請求項4】
前記方向指示部は、前記被測定物の表面上において、前後左右の方向を指示するように構成されていることを特徴とする請求項1記載の非破壊検査装置。
【請求項5】
前記磁束検出素子は、複数のコイルが配置されたアレイコイルにより構成されていることを特徴とする請求項1記載の非破壊検査装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−226836(P2011−226836A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−94802(P2010−94802)
【出願日】平成22年4月16日(2010.4.16)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(000231154)日本高圧電気株式会社 (38)
【Fターム(参考)】