説明

食品の無菌充填方法および無菌充填食品

【課題】容器包装詰加圧加熱殺菌と同等以上の殺菌効果を有するとともに、容器包装詰加圧加熱殺菌で発生する問題点が生じない、食品の無菌充填方法と、この方法によって製造される無菌充填食品を提供する。
【解決手段】食品を少なくとも130℃で75秒間加熱する加熱工程と、食品の温度が所定の温度となるまで冷却する冷却工程と、食品に対して加温油脂を充填する充填工程とを有することを特徴とする食品の無菌充填方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の無菌充填方法と、この方法によって製造された無菌充填食品に関する。
【背景技術】
【0002】
食品加工の分野においては、食の安全を確保する観点から、無菌状態を維持することが極めて重要である。加熱による食品の殺菌は広く行われており、食品衛生法においても、殺菌のための加熱条件が定められ、一般的に、120℃で4分間加熱することが1つの基準になっている。
特許文献1には、海藻類を対象とした加熱殺菌技術の一例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−201544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
固形食品について加熱殺菌を行うにあたって、いくつかの問題点がある。まず、液体食品を加熱殺菌する場合には、加熱殺菌中の液体の送液中に、温度センサーを用いて液温の計測を行うことが可能であるが、固形食品については加熱殺菌中にその中心部を温度計測することは困難である。従って、食品衛生法上の加熱殺菌条件である、中心温度120℃で4分間加熱したことの確証を得るためには、固形食品を気密性のある容器包装に入れ、密封した後、加圧加熱殺菌する方法としなければならない。なお、ここでの中心温度とは、加熱殺菌対象となる食品の中心部の温度をいう。
【0005】
殺菌処理がなされた食品として、容器包装詰加圧加熱殺菌食品があり、缶詰、レトルト食品などがその一例である。容器包装詰加圧加熱殺菌食品とは、食品を気密性のある容器包装に入れ、密封した後、加圧加熱殺菌したものをいうが、食品衛生法における基準を満たすためには、上述したように、密封した後に中心温度120℃で4分間加熱しなければならない。ところが、食品の中心温度が100℃を超えると、容器包装内の食品水分が蒸気となって内圧が発生して破袋しやすくなり、破袋を防止するためには、加圧(カウンタープレッシャー)が必要となって、操作が複雑となる。
【0006】
本発明はこのような事情を考慮してなされたもので、容器包装詰加圧加熱殺菌と同等以上の殺菌効果を有するとともに、容器包装詰加圧加熱殺菌で発生する問題点が生じない、食品の無菌充填方法と、この方法によって製造される無菌充填食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以上の課題を解決するために、本発明の食品の無菌充填方法は、食品を少なくとも130℃で75秒間加熱する加熱工程と、食品の温度が所定の温度となるまで冷却する冷却工程と、食品に対して加温油脂を充填する充填工程とを有することを特徴とする。
【0008】
食品を少なくとも130℃で75秒間加熱することにより、食品衛生法において規定されている加熱条件による殺菌効果と同等以上の殺菌効果を有するとともに、加温油脂を充填することによって、微生物が増殖しにくい無菌状態を維持することができる。また、容器包装詰加圧加熱殺菌のように、内圧が発生して破袋しやすくなるという問題を生じない。
【0009】
本発明の食品の無菌充填方法においては、前記加熱工程は、通電加熱によりなされることが好ましい。
加熱工程を通電加熱によって行うと、食品の中心温度を、通電加熱装置の実効電流値、実効電流値、食品の導電率等によって制御することができ、殺菌効果を得るための最適条件を設定しやすい。
【0010】
本発明の食品の無菌充填方法においては、前記冷却工程による冷却後の食品の温度は、60℃以上100℃以下であることが好ましい。
冷却後の食品の温度が60℃未満であると、加熱殺菌後の食品を取り出す際に食品が菌汚染した場合に、食品に付着した菌が死滅する可能性が低下するため好ましくない。また冷却後の食品の温度が100℃を超えると、食品全体に蒸気の発生による内圧が生じているため、食品が爆裂しやすくなって好ましくない。
【0011】
本発明の食品の無菌充填方法においては、前記加温油脂の温度は、100℃以上150℃以下であることが好ましい。
加温油脂の温度が100℃未満であると、加温油脂を充填する際に食品が菌汚染した場合に、食品に付着した菌が死滅する可能性が低下するため好ましくない。また加温油脂の温度が150℃を超えると、容器として通常良く用いられるプラスチック包装資材を使用したときに、容器の融解が起こるため、好ましくない。
【0012】
本発明の無菌充填食品は、上記の食品の無菌充填方法によって製造されたものであり、加温油脂中で無菌状態が維持されていることから、食の安全性を高めることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、食品衛生法において規定されている加熱条件による殺菌効果と同等以上の殺菌効果を有するとともに、加温油脂を充填することによって、微生物が増殖しにくい無菌状態を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】試験区1と試験区2の通電加熱と自然冷却による食品の中心温度変化を示す図である。
【図2】試験区1、試験区2の通電加熱における電流値の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の食品の無菌充填方法を、その実施形態に基づいて説明する。なお、以下の説明においては、加熱方法として通電加熱を採用しているが、加熱方法はこれに限定されない。
【0016】
本発明の実施形態に係る食品の無菌充填方法においては、魚体が小さく形状もローソクと似ているところから、通称ローソクと呼ばれる、多獲性魚種であるアジ・サバ等の未成魚を加熱殺菌の対象とし、具体的にはムロアジの幼魚について加熱殺菌試験を実施した。
使用したムロアジは、体長が140mm〜160mmで、平均重量は40gである。このムロアジについて、試験区1、試験区2を作製した。
【0017】
試験区1
急速凍結のムロアジを室温解凍後、3枚手開き処理したもの(以下、「フィレ」と称する)を、フィレ重量に対して2倍量の5 %食塩水に10分間室温塩水漬し、塩水切り処理したものを試料とした。
【0018】
試験区2
急速凍結のムロアジを室温解凍後、20mm〜25mmの大きさにぶつ切り処理したもの(以下、「チャンク」と称する)を、チャンク重量に対して2倍量の5 %食塩水に10分間室温塩水漬し、塩水切り処理したものを試料とした。
【0019】
このようにして作製された試験区1、試験区2に対して、通電加熱を行った。通電加熱は、ジュール加熱、オーミック加熱などとも呼ばれ、食品素材を電気抵抗体とみなして電流を通すことにより発熱させる加熱技術であり、食品素材全体を均一に目的の温度まで到達させることができることに大きな特徴がある。通電加熱は食品素材そのものの自己発熱であるので、食品素材自体を最適温度にすることができる。
【0020】
通電加熱の場合は、食品素材に直接電流を通して発熱させるため、食品素材全体が加熱前の初発温度から目的温度である120℃まで均一に昇温することが可能である。また、食品を加熱するための加熱媒体が不要であるため、加熱現場の作業環境の快適化が可能となる。
【0021】
通電条件は、試験区1、試験区2から70g程度のサンプルを取り出し、サンプルを通電容器に隙間なく充填した後、印加電圧100V、最大電流値30A設定で通電するものである。通電加熱の後、自然冷却した。
【0022】
図1に、試験区1と試験区2の通電加熱と自然冷却による食品の中心温度変化を示す。 通電開始後、中心温度が130℃に達すると通電をoffにし、放熱状況では通電on/offの切替により、中心温度が130℃近辺となるように保持した。通電加熱の総加熱時間は10分であり、通電加熱のスイッチのON/OFFは手動で行った。初発温度20℃から130℃に達温したときにスイッチOFFしたが、140℃まで中心温度は上昇した。スイッチのON/OFFにより130℃以上で75秒間保持し、その後95℃になるまで自然冷却してホットパックした。
【0023】
図2は、試験区1、試験区2の通電加熱における電流値の変化を示す。通電加熱では、定電圧の場合、電流値は中心温度とともに上昇する。これは、試験区1、試験区2のサンプル自体の抵抗率が小さくなったことを意味する。さらに、抵抗率の逆数である導電率から、通電加熱装置の電源容量を決定することができる。また、通電加熱では、初発温度が高いと電流値は大きくなり、その結果、目的温度までの昇温スピードは速くなることが確認できた。
【0024】
上述した通電加熱において使用した通電加熱装置の仕様を以下に示す。
電源仕様
周波数 20kHz
容量 3kW
上限電圧 0〜100V
上限電流 30A
【0025】
通電部仕様
通電容器 耐圧耐熱ポリフェニールサルフォン(PPSU製)
全長 100mm、内径30mm
対抗電極 チタン箔、厚み30μm、直径30mm(端子部あり)
【0026】
通電加熱装置における通電加熱時の実効電圧値、実効電流値、中心温度、積算電力の各データは、通電加熱装置に接続されたパーソナルコンピュータの端末に送信される。このデータに基づいて、実効電流値、積算電力、導電率をパラメータとして中心温度をモニタリングし、中心温度が目標値となるように制御することができる。
【0027】
上記の加熱工程と冷却工程を経た試験区1、試験区2に対して、無菌充填を行った。その詳細について、以下に説明する。
自然冷却後、サンプルの中心温度が95℃となった時点で、試験区1、試験区2のサンプルを通電容器から取りだし、ラミネートパウチに充填した後、125℃に加温した食用植物性油脂をサンプルの重量の1.5倍相当量充填する。ラミネートパウチ内を脱気するように、サンプル全体を加温食用植物性油脂で満たし、インパルスシーラーでホットパックした。なお、加温油脂として、他の油脂、例えば食用動物性油脂や、食用植物性油脂と食用動物性油脂とを混合したものを用いることもできる。
【0028】
加温食用植物性油脂の温度を125℃とすることにより、ラミネートパウチ内での殺菌と、無菌充填における二次汚染防止に効果がある。また、この温度で食用植物性油脂を充填しても、プラスチック包装容器の材質適性に問題はなかった。
なお、食用植物性油脂は、常圧下において加圧することなく100℃以上の温度まで容易に昇温できる食品であり、食用植物性油脂を充填することによって、微生物が増殖しにくい無菌環境を実現することができる。さらに通称ローソクと呼ばれる、アジ・サバ等の未成魚の市場性がない理由が、脂肪分が少ないことであるため、食用植物性油脂を充填することによって、その欠点を補うことも可能である。
【0029】
次に、無菌試験について説明する。
上記の方法で加熱殺菌充填された試験区1、試験区2のサンプルについて、無菌試験を行った。この無菌試験においては、恒温試験で陰性の結果を得た検体について、細菌試験を行った。
【0030】
恒温試験
各検体を容器包装のまま、35℃±1℃で14日間保持する。この間、容器包装の膨張の有無や、内容物の漏えいの有無を観察し、容器包装の膨張または内容物の漏えいがあるものを陽性とする。恒温試験の結果が陰性の検体について、引続き細菌試験を実施する。
【0031】
細菌試験
(1)試料の調製
恒温試験における陰性検体の全体から無菌的に25gを採り、滅菌蒸留水225mlを加えて細砕する。その1mlを滅菌ピペットで滅菌試験管に採り、滅菌水9mlで混和して試料とする。
【0032】
(2)試験方法
表1に示す、栄研化学株式会社製チオグリコール酸培地を加温溶解させ、試験管に10mlずつ分注した後、121℃で15分間滅菌する。滅菌チオグリコール酸培地に試料1mlを接種して、35℃±1℃で48時間培養する。いずれかの培地において菌の増殖を認めたものを陽性とした。
【0033】
【表1】

【0034】
上記試験の結果、試験区1、試験区2ともに、通電加熱による中心温度130℃で75秒間の殺菌条件で、いずれのチオグリコール酸培地においても菌の増殖が認められなかった。従って、試験区1、試験区2のいずれについても無菌であることが確認できた。このことにより、本発明の無菌充填方法は、食品衛生法上の容器包装詰加圧加熱殺菌食品の製造基準である、中心温度120℃で4分間の加熱方法と同等以上の効果を有することが確認できた。
【0035】
本発明における無菌充填では、125℃の加温食用植物性油脂でホットパックすることによって、容器の無菌処理工程(H22殺菌処理後の熱風乾燥による)を経ることなく、簡易にラミネートパウチ内を加熱殺菌することができた。
【0036】
このように、本発明の無菌充填方法では、加熱殺菌後の容器包装材質の制約が少ない。容器包装における125℃以上の保持時間は瞬間であるため、130℃耐熱耐圧のアルミニウム箔ラミネートパウチでなくてもよく、その結果、容器包装コストの低減を実現できる。さらに、本発明の無菌充填方法は、無菌容器に充填する方法ではなく、充填と同時に全体を無菌とする方法であるため、無菌充填システムにおける容器包装の殺菌工程が不要となる。従って、ラミネートパウチ以外でも、他のプラスチックパウチや、缶、ビン、紙容器などのように、容器包装資材を幅広く用いることができ、適用範囲が広い。
また、従来の無菌充填方法では、包装資材の殺菌システムやクリーンルーム等の設備が必要となり、投資コストが増大するが、本発明の無菌充填方法では、包装資材や無菌化された加熱食品に対して二次汚染があった場合でも、充填時に加温油脂で同時に殺菌することができるため、クリーンルーム等のように殺菌のための特段の設備を必要とせず、設備投資コストが少ない。
【0037】
また、通電加熱を用いることにより、レトルト加熱や液体食品の無菌充填製法と異なり、単品ごとの中心温度と通電条件をモニタリングすることができるため、加熱工程でトラブルがあった場合に、最小限ロットのロスに留まるため、生産性が向上する。さらに、加熱工程におけるトレーサビリティーを実現することも可能であり、安全性の確保にも寄与する。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、食品衛生法において規定されている加熱条件による殺菌効果と同等以上の殺菌効果を有するとともに、食用植物性油脂を充填することによって、微生物が増殖しにくい無菌環境を実現することができる食品の無菌充填方法として利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品を少なくとも130℃で75秒間加熱する加熱工程と、食品の温度が所定の温度となるまで冷却する冷却工程と、食品に対して加温油脂を充填する充填工程とを有することを特徴とする食品の無菌充填方法。
【請求項2】
前記加熱工程は、通電加熱によりなされることを特徴とする請求項1記載の食品の無菌充填方法。
【請求項3】
前記冷却工程による冷却後の食品の温度は、60℃以上100℃以下であることを特徴とする請求項1または2記載の食品の無菌充填方法。
【請求項4】
前記加温油脂の温度は、100℃以上150℃以下であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の食品の無菌充填方法。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の食品の無菌充填方法によって製造された無菌充填食品。

【図1】
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【図2】
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