説明

食品または医薬品の芳香を改善する方法

【課題】 食品または医薬品において、加熱処理した際に発生する香気成分の内、食品または医薬品のおいしさなどにつながる好ましい香気成分を食品または医薬品に効果的に付与または増強すること。
【解決手段】 D-プシコースを用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用する食品または医薬品の芳香を改善する方法。改善すべき芳香が食品または医薬品特有の風味を醸し出す芳香である。芳香とともに焼き色を付与する。香気成分が加熱工程前にD-プシコースを添加するまたは添加しておくことで発生する加熱香気成分である。香気成分がピラジン類及び/またはフラノン類からなる香気成分である。D-プシコースをD-フラクトースとの混合物の形態で用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品または医薬品の芳香を改善する方法に関する。より詳細には食品または医薬品に香ばしさや甘い香り、または香ばしさや甘い香りと焼き色を効果的に付与または増強する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品の示すおいしさにはその食品の示す「香り」と「焼き色」が大きな影響を与えており、中でも加工、貯蔵、調理等を目的として食品を加熱した際に発生する香気成分や「焼き色」はその食品特有の風味を醸し出す主たる原因となっている。食品の加熱によって発生する香りと焼き色は食品中の糖類とアミノ酸またはタンパク質間のアミノカルボニル反応(メイラード反応と記載することもある)によって生じたものである。例えば大麦やコーヒー豆を焙煎した際に発生する特徴的な香気と焼き色はその代表的なものである。
【0003】
アミノカルボニル反応を利用して食品のおいしさを高めるための検討は数多く行われており、例えば特許文献1には麦茶の製造工程の工夫によりその香味を増強する方法が示されており、特許文献2には製造工程に糖を添加した後、加熱処理することで大豆の豊かな香りを付加した豆腐の製造方法が報告されている。また、特許文献3には電子レンジ加熱時に食品に好ましい焼き色を効率よく付ける方法が開示されている。このようにある特定の食品毎にその食品特有の香りを増強したり好ましい香りや焼き色を付与する方法はすでに報告されている。
また、本発明者らは、希少糖であるD-プシコースを用い、該糖とタンパク質とのメイラード反応によりゲル特性が改善されたメイラード反応修飾タンパク質が得られることについて特許文献4に報告している。
【0004】
【特許文献1】特開2006-42742号公報
【特許文献2】特開2005-6505号公報
【特許文献3】特開平8-131092号公報
【特許文献4】特開2004-269359号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、より汎用性が高く多くの食品にそのおいしさにつながる好ましい香ばしさや甘い香りおよび/または好ましい焼き色を効率的に付与または増強することができる方法は報告されていなかった。
【0006】
本発明者らは、今回新たに希少糖を用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分や焼き色の特徴等につき検討することとした。そこで本発明者らは、希少糖を用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分を解析し、希少糖の食品、医薬品など香料への利用、改善を目的とした。
すなわち、本発明の課題は、食品または医薬品において、加熱処理した際に発生する香気成分の内、食品または医薬品のおいしさなどにつながる好ましい香気成分を食品または医薬品に効果的に付与または増強することができ、必要に応じ併せて好ましい焼き色を効率的に付与または増強することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、先の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、希少糖の一つであるD-プシコースがアミノ酸やタンパク質との間の加熱によるアミノカルボニル反応によってD-フルクトースに比べて食品や医薬品に好ましい香味を与えることが知られているピラジン類やフラノン類を明確により多く生成することを見出し、D-プシコースをアミノ酸やタンパク質とのアミノカルボニル反応の相手糖として使用することが食品のおいしさ、医薬品ののみやすさのみこみやすさにつながる好ましい香気成分を食品または医薬品に効率的に付与または増強する方法となることを見出した。
【0008】
またさらに先のD-プシコースを用いたアミノカルボニル反応はD-フルクトース(果糖)に比べてより効率的に進行し、焼き色をより早く、簡便に付けることが可能であることも見出し、本発明の食品または医薬品に香ばしさや甘い香りを効率的に付与または増強し、必要に応じ併せて好ましい焼き色を効率的に付与または増強することができる方法を完成するに至った。
【0009】
本発明は、D-プシコースを用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用する食品または医薬品の芳香を改善する方法を要旨とする。
【0010】
改善すべき芳香が食品または医薬品特有の風味を醸し出す芳香であり、本発明の食品または医薬品の芳香を改善する方法は、D-プシコースを用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用し、食品または医薬品特有の風味を醸し出す芳香を改善する方法を要旨とする。
【0011】
芳香とともに焼き色を付与しており、本発明の食品または医薬品の芳香を改善する方法は、D-プシコースを用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用し、芳香とともに焼き色を付与する芳香を改善する方法、好ましくは食品または医薬品特有の風味を醸し出す芳香を改善する方法を要旨とする。
【0012】
香気成分が加熱工程前にD-プシコースを添加するまたは添加しておくことで発生する加熱香気成分であり、本発明の食品または医薬品の芳香を改善する方法は、加熱工程前にD-プシコースを添加するまたは添加しておくことでアミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用し、必要に応じ芳香とともに焼き色を付与する芳香を改善する方法、好ましくは食品または医薬品特有の風味を醸し出す芳香を改善する方法を要旨とする。
【0013】
加熱工程が食品または医薬品の製造時に行う加熱処理をともなう工程であり、本発明の食品または医薬品の芳香を改善する方法は、食品または医薬品の製造時に行う加熱処理をともなう工程の前にD-プシコースを添加するまたは添加しておくことでアミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用し、必要に応じ芳香とともに焼き色を付与する芳香を改善する方法、好ましくは食品または医薬品特有の風味を醸し出す芳香を改善する方法を要旨とする。
【0014】
加熱工程が糖とアミノ酸の反応により香気を形成させあらかじめ食品または医薬品用フレーバーを製造する時に行う加熱処理をともなう工程であり、本発明の食品または医薬品の芳香を改善する方法は、糖とアミノ酸の反応により香気を形成させあらかじめ食品または医薬品用フレーバーを製造する時に行う加熱処理をともなう工程の前にD-プシコースを添加するまたは添加しておくことでアミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用し、必要に応じ芳香とともに焼き色を付与する芳香を改善する方法、好ましくは食品または医薬品特有の風味を醸し出す芳香を改善する方法を要旨とする。
【0015】
香気成分がピラジン類および/またはフラノン類からなる香気成分であり、本発明の食品または医薬品の芳香を改善する方法は、D-プシコースを用いたアミノカルボニル反応により発生するピラジン類および/またはフラノン類からなる香気成分、より具体的には加熱工程前に、より具体的には食品または医薬品の製造時に行う加熱処理をともなう工程の前に、または糖とアミノ酸の反応により香気を形成させあらかじめ食品または医薬品用フレーバーを製造する時に行う加熱処理をともなう工程の前に、D-プシコースを添加するまたは添加しておくことで発生する香気成分を利用し、必要に応じ芳香とともに焼き色を付与する芳香を改善する方法、好ましくは食品または医薬品特有の風味を醸し出す芳香を改善する方法を要旨とする。
【0016】
D-プシコースをD-フラクトースとの混合物の形態で用いており、本発明の食品または医薬品の芳香を改善する方法は、D-プシコースをD-フラクトースとの混合物の形態で用いたアミノカルボニル反応により発生するピラジン類および/またはフラノン類からなる香気成分、より具体的には加熱工程前に、より具体的には食品または医薬品の製造時に行う加熱処理をともなう工程の前に、または糖とアミノ酸の反応により香気を形成させあらかじめ食品または医薬品用フレーバーを製造する時に行う加熱処理をともなう工程の前に、D-プシコースをD-フラクトースとの混合物の形態で添加するまたは添加しておくことで発生する香気成分を利用し、必要に応じ芳香とともに焼き色を付与する芳香を改善する方法、好ましくは食品または医薬品特有の風味を醸し出す芳香を改善する方法を要旨とする。
【発明の効果】
【0017】
希少糖は「自然界に希にしか存在しない単糖およびその誘導体」と定義されており、その化学合成も難しいことから通常用いられる糖の代替品としての研究はほとんどされていなかった。しかしながら本発明者らはD-タガトース−3−エピメラーゼを用いD−フルクトース(果糖)からD-プシコースを大量生産する方法を開発しD-プシコースの産業的な利用を可能としたのである。D-プシコースはスクロースより弱い甘味を示す極めて水に溶けやすいノンカロリーの糖である。近年、ダイエット志向の高まりに伴っておいしさと共に低カロリーであることが食品に求められており、糖の機能利用に当たってはノンカロリーであることが重要なポイントとなっており、その点でもD-プシコースは有用性の高い糖となっている。
【0018】
本発明によれば、食品または医薬品において、加熱処理した際に発生する香気成分の内、食品または医薬品のおいしさなどにつながる好ましい香気成分を食品または医薬品に効果的に付与または増強することができ、必要に応じ併せて好ましい焼き色を効率的に付与または増強することができる。
【0019】
対象食品または医薬品の加熱工程前にD-プシコースを添加するまたは予め添加しておくことで、加熱工程時に効率的に食品または医薬品のおいしさなどにつながる好ましい香気成分を多く発生させることができ、必要に応じ併せて好ましい焼き色を効率的に付与または増強することができるので、従来ない、香ばしさや甘い香り、必要に応じ好ましい焼き色が付与または増強されたおいしい食品または医薬品を提供することができるという効果を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
われわれがにおいを感ずる機構を考えると、まずにおい分子が空気の流れとともに鼻腔に入り、特別な感覚受容細胞(嗅細胞)を刺激する。するとそこから電気的信号(インパルス)が発生し、嗅神経を通って脳の一部分である嗅球に入り、梨状葉や扁桃核を経て脳の高位の中枢に送り込まれ、そこで初めてにおいの感覚が起こる。
においの場合、感度は悪いが補助的な神経として鼻孔内に分布している三叉神経、咽頭部に分布する舌咽神経、喉頭に分布する迷走神経もにおい物質によって刺激を受けるので、においの感覚はこれらの神経の興奮によって生ずる複雑な感覚である。
これからも分かるように、におい感覚が生ずるためには、におい分子が鼻のにおい受容細胞に到達し刺激を与えることが必要である。そのため有香物質にはある理化学的条件が必要となる。一般に認められている有香物質の条件は次のとおりである。
1)分子量が300以下で揮発性があること
2)水溶性と油溶性の両方の性質をもつこと
3)分子内に官能基や不飽和結合を有していること
【0021】
食品の香気成分の起源は多様であるが、その生成機構からみて、1)生体(食品原料)の正常な代謝過程を経て生合成されるもの、2)生鮮食品の組織、細胞の切断、摩砕により起こる生分解で生成するもの、3)加工、調理等によって起こる化学反応で生成するものに大別できる。しかし、食品の原料は多種多様で、単一の原料を使用するケースは少なく、多くは植物性と動物性原料の混合状態で用いられる。植物性食品特に野菜、果物においては「新鮮さ」が重要な品質要因であり、その「新鮮さ」を特徴づける香気成分には脂質の酵素的酸化によって生成するものが多い。また、動植物食品の脂質の非酵素的変化は加工、貯蔵、流通段階で直面する重要な問題であり、特に非酵素的な脂質の酸化反応により生成する揮発性カルボニル化合物が重要である。食品の加工中に形成される重要な香気として加熱香気がある。糖とアミノ酸の反応による香気の形成については古くから知られており、現在では、その反応は広く食品フレーバーの製造に応用されている。実施例に示した研究では、この加熱香気成分の生成とそれらの香気特性を調べることを目的とした。
【0022】
食品の加工、保蔵、調理を目的として加熱した場合、その成分と処理条件により独特な香気を発生する。一般にこの種のにおいは食品特有の風味を醸し出す芳香であり、加熱香気と呼んでいる。この主な前駆体は糖類とアミノ酸およびタンパク質である。これらを単独で加熱しても、その熱分解で色々な揮発性物質を生成するが、最も特徴的なのは糖とアミノ酸またはタンパク質間のアミノカルボニル反応による香気生成である。反応式を図1に簡単に示した。糖のカルボニル基とアミノ酸のアミノ基が脱水、縮合を起こし、シッフ塩基と呼ばれる物質を形成する。このシッフ塩基の窒素原子がプロトン化されることにより、炭素原子の電子親和性が著しく増加し、これが糖とアミノ反応における窒素配糖体のエノール化、アマドリ転位(ハインズ転位)、さらに引き続いて起こるβ位からの水酸基等の脱離等々の原動力となることが知られている。
このようなアミノカルボニル反応により生じる香気は大きくわけて3段階の反応から生成される。
第1段階は常温でのガス状物質の生成と糖の環化による物質の生成である。二酸化炭素、アンモニア、硫化水素など揮発しやすい物質の生成と、糖が脱水により環化し、フルフラール、HMFなどのフラン類、ソトロンなどのフラノン類、マルトールやDDMPなどの4H-ピラン-4-オン類などを生成する。
第2段階はストレッカー分解によるアルデヒド類の生成である。反応中に生じたα-ジカルボニル(グリオキザール、メチルグリオキザール、グルコソン、3-デオキシグルコソンなど)とα-アミノ酸でストレッカー分解がおき、α-アミノ酸が脱炭酸し、炭素数のひとつ少ないアルデヒドを生成する。
第3段階はヘテロ環化合物の生成である。α-ジカルボニル化合物のストレッカー分解より生じたアミノレダクトンが縮合、環化したもので、多くは窒素や硫黄原子を持つヘテロ環化合物である。これにはピラジン、ピロール、ピリジンおよびチアゾール誘導体が含まれ、食品などの焙煎香気成分として重要である。表1にグルコースとアミノ酸との反応で生成する香気を示した

【0023】
【表1】

【0024】
D-プシコースは、希少糖のうち、現在大量生産ができている糖である。プシコースは、単糖類の中で、ケトン基を持つ六炭糖の一つである。このプシコースには光学異性体としてD体とL体とが有ることが知られている。ここで、D-プシコースは既知物質であるが自然界に希にしか存在しないので、国際希少糖学会の定義によれば「希少糖」と定義されている。D-プシコースは、ケトースに分類されるプシコースのD体であり六炭糖(C6H12O6)である。このようなD-プシコースは、自然界から抽出されたもの、化学的またはバイオ的な合成法により合成されたもの等を含めて、どのような手段により入手してもよい。比較的容易には、例えば、エピメラーゼを用いた手法(例えば、特開平6-125776号公報参照)により調製されたものでもよい。得られたD-プシコース液は、必要により、例えば、除蛋白、脱色、脱塩などの方法で精製され、濃縮してシラップ状のD-プシコース製品を採取することができ、更に、カラムクロマトグラフィーで分画、精製することにより99%以上の高純度の標品も容易に得ることができる。このようなD-プシコースは単糖としてそのまま利用できるほか、必要に応じて各種の誘導体として用いることも期待される。
D-プシコースの誘導体について、ある出発化合物から分子の構造を化学反応により変換した化合物を出発化合物の誘導体と呼称する。D-プシコースを含む六炭糖の誘導体には、糖アルコール(単糖類を還元すると、アルデヒド基およびケトン基はアルコール基となり、炭素原子と同数の多価アルコールとなる)や、ウロン酸(単糖類のアルコール基が酸化したもので、天然ではD-グルクロン酸、ガラクチュロン酸、マンヌロン酸が知られている)、アミノ糖(糖分子のOH基がNH2基で置換されたもの、グルコサミン、コンドロサミン、配糖体などがある)などが一般的であるが、それらに限定されるものではない。
【0025】
D-プシコースはD-フラクトースとの混合物の形態で用いることができる。D-プシコースの混合物について、すでに開発されているD-プシコースおよびD-フラクトースを含有する複合体結晶性糖質について説明する(特開2001−11090号公報参照)。
このような混合糖質を製造するには、D-ケトヘキソース・3−エピメラーゼをD-フラクトースに作用させエピ化反応して、D-プシコースおよびD-フラクトースの混合物を調製することが有利に実施できる。調製される糖質のD-プシコースとD-フラクトースとの割合は、通常、固形物当たりそれぞれ約20乃至25%と約80乃至75%である。必要ならば、この割合のD-プシコースとD-フラクトースとの混合糖質を、D-プシコースにD-ケトヘキソース・3−エピメラーゼを作用させて製造することも随意である。また、無機および/又は有機触媒を用いてD-フラクトースをエピ化してD-プシコースおよびD-フラクトースの混合物を製造することも可能である。その場合、通常、D-プシコースの純度が低いため、D-プシコースを添加したり、溶媒分画、膜分離、カラム分画、酵母処理、酵素処理などしてD-フラクトースを除去しD-プシコースの純度を高めたりすることも可能である。勿論、単純にD-プシコースとD-フラクトースとを任意の割合で配合して、D-プシコースおよびD-フラクトースの混合物を調製してもよい。
D-プシコースおよびD-フラクトースを含有する糖液から、D-プシコースおよびD-フラクトースを含有する複合体結晶性糖質を生成せしめ、これを採取して、D-プシコースおよびD-フラクトースを含有する複合体結晶性糖質を製造できればよく、その製造方法は、D-プシコースおよびD-フラクトースを含有する糖質、望ましくは、D-プシコースとD-フラクトースとの組成比が約1:2乃至1:4の高濃度溶液、望ましくは、固形分濃度70乃至98%(w/w)の水溶液を、例えば、助晶缶にとり、これに種晶としてD-プシコースおよびD-フラクトースを含有する複合体結晶性糖質を適量、望ましくは、0.01乃至10%程度を含有せしめ、混合、助晶してマスキットとし、これを粉末化して採取すればよい。この際、D-プシコースおよびD-フラクトースを含有する糖液にエタノールなど親水性有機溶媒を加え、D-プシコースおよびD-フラクトースを含有する複合体結晶性糖質の生成を促進させることもできる。
【0026】
D-プシコース単独、D-フルクトースとD-プシコースの混合物について、アミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用する、または芳香とともに焼き色を付与する食品・甘味料または医薬品の開発が可能となった。すなわち、食品または医薬品として、甘味料を含んだ食品、糖衣錠などがあるが、D-プシコースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物を配合した組成物は、このような食品または医薬品に対して、香気成分、または芳香とともに焼き色を付与する可食性素材として利用できる。
例えば、D-プシコースを甘味料として利用する場合について説明する。D-プシコースの結晶、シラップ、D-プシコースとD-フラクトースの複合体結晶性糖質を甘味料として利用する場合は、例えば、粉飴、グルコース、マルトース、異性化糖、蔗糖、トレハロース、蜂蜜、メープルシュガー、ソルビトール、キシリトール、ラクチトール、マルチトール、ジヒドロカルコン、ステビオシド、α−グリコシルステビオシド、ラカンカ甘味物、グリチルリチン、L−アスパルチル−L−フェニルアラニンメチルエステル、サッカリン、グリシン、アラニンなどのような他の甘味料の一種又は二種以上の適量と混合して使用してもよく、またデキストリン、澱粉、乳糖などのような増量剤と混合して使用することもできる。形態も、そのままで、又は必要に応じて増量剤、賦形剤、結合剤などと混合して顆粒、球状、錠剤、棒状、板状、立方体などに成形して使用することも随意である。D-プシコース甘味は上品で爽やかで、サッカリンのような苦みや渋みを伴う不快感はなく、むしろフラクトースの甘味に類似している。甘味度は蔗糖の約70%である。D-プシコースやD-プシコースおよびD-フラクトースを含有する複合体結晶性糖質の甘味は、酸味、塩から味、渋味、旨味、苦味など、各種の物質の他の呈味とよく調和し、普通一般の飲食物の甘味付、呈味改良に、また品質改良などに有利に利用できる。
【0027】
本発明は、基本的には加熱処理を製造工程上行う食品および/または調理時に加熱処理を行う食品に還元糖を始めとする糖が用いられている場合に、通常用いられている糖に換えてあるいはその糖に加えてD-プシコースを用いることで、好ましい香味を与える香気成分をより多く発生させ、必要に応じ併せて好ましい焼き色を食品に効率的に付与または増強するという発明機能を発揮させることができる。さらにその使用に当たっては、使用される食品の特性、与えたい香味の程度、焼き色の程度、さらに他の糖も用いる場合にはその糖の使用量等を勘案してその使用量、添加のタイミング、使用の態様等の検討を通常食品の開発過程で行われる検討の範囲内で行えば良く、特にD-プシコースを用いるに当たって留意すべき事項は存在しない。
【0028】
同様にして、通常食品に糖を用いる場合、特に加熱処理によるアミノカルボニル反応を利用した香味付けや焼き色付けのために糖を食品に用いる場合に、該目的に通常用いられる糖に換えて、あるいはその糖に加えてD−プシコースを用いることで簡単に本発明を実施することができる。
例えば、電子レンジ調理により香ばしさと好ましい焼き色を呈するグラタン、ドリア、ピザ、焼きじゃがいも、焼きおにぎり、スイートポテト、またはケーキなどの電子レンジ食品の表面にD−プシコースを用いる、あるいは、D−プシコースにさらにシュクロース、グルコース、フルクトース、マルトース、キシロース、ガラクトース、アラビノース、リボースなどの糖を加えて用いることで、食品を電子レンジ加熱した場合に生じる好ましい焼き色をさらに増強することができ、またその香ばしい香りもより増強することができる。
この場合、電子レンジ食品の表面にD−プシコースを適用する方法は限定されないが、通常はD−プシコースを、必要に応じシュクロース、グルコース、フルクトースなどの糖を加え、アミノ酸の水溶液にマーガリンなどの乳化油脂を加えてペースト状の混合物にし、塗り付け、練り混み、振りかけまたはまぶして、電子レンジ調理食品に加工する。アミノ酸としては、グリシン、アラニン、フェニル、アルギニン、リジンまたはゼラチン、卵白、大豆または小麦などの蛋白を、酸または酵素により加水分解した蛋白加水分解物から選ばれた1種以上であり、いずれも食品素材、工業原料等として容易に入手できる。乳化油脂としては、通常食品素材として利用されている乳化油脂であれば限定されない。
【0029】
D−プシコースの使用量は先に述べたようにどのような食品を得ようとしているかを基準として選定していけば良いが例えばアミノカルボニル反応の相手としてアミノ酸が存在する場合にはD−プシコース単独の場合には重量比でアミノ酸量の0.1倍から3倍量程度、より好ましくは0.2倍から2倍量程度を用いれば良い。いづれの場合でも使用量の下限も上限も、得られる香気、焼き色の程度を勘案し、さらに使用量の上限は香りが強すぎる、焼き色が付きすぎるという発明機能だけでなくその食品形態でD−プシコースの示す甘味の程度も勘案して決定していけば良い。
例えば、D−プシコースを乳化油脂とともに使用する場合、乳化油脂の使用量は限定されないが、通常はD−プシコースまたは他の糖との混合糖またはアミノ酸に対し5〜20倍(重量)を使用する。また乳化油脂、D−プシコースまたは他の糖との混合糖およびアミノ酸を利用する場合、D−プシコースまたは他の糖との混合糖の使用量も限定されないが、通常はアミノ酸に対して0.5〜3倍(重量)を使用する。
上記の食品以外にも、例えばピラフ、チャーハン、スパゲティ、コロッケ、メンチカツ、シュウマイ、春巻、ピロシキあるいはパンなどにも幅広く応用することができ、調理法も限定されない。得られた加工食品を電子レンジで加熱・調理する。なお調理時間は加工食品の状態(室温、冷蔵、冷凍)・種類・量、香ばしさあるいは焼き色の嗜好程度、電子レンジの性能等によって異なるが、通常は約30秒〜15分でよい。
【0030】
以上は、基本的には加熱処理を製造工程上行う食品および/または調理時に加熱処理を行う食品について説明したが、本発明においては、食品の加工中に形成される重要な香気としての加熱香気を食品または医薬品フレーバーの製造に応用することができる。また、あらかじめ糖とアミノ酸の反応により香気を形成させ、それを食品または医薬品フレーバーとして用いることができる。したがって、本願発明のD-プシコースを用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用する食品または医薬品の芳香を改善する方法は、加熱処理を製造工程上行う食品および/または調理時に加熱処理を行う食品に用いられる甘味剤として、あるいは加熱処理を施した食品または医薬品用のフレーバーとして用いることができる。
適用することができる種々の食品は、例えば、醤油、粉末醤油、味噌、粉末味噌、もろみ、ひしお、フリカケ、マヨネーズ、ドレッシング、食酢、三杯酢、粉末すし酢、中華の素、天つゆ、麺つゆ、ソース、ケチャップ、焼き肉のタレ、カレールウ、シチューの素、スープの素、ダシの素、複合調味料、みりん、新みりん、テーブルシュガー、コーヒーシュガーなど各種調味料への甘味料として、また、呈味(香味)改良剤、品質改良剤などとして有利に利用できる。
また、例えば、せんべい、あられ、おこし、餅類、まんじゅう、ういろう、あん類、羊羹、水羊羹、錦玉、ゼリー、カステラ、飴玉などの各種和菓子、パン、ビスケット、クラッカー、クッキー、パイ、プリン、バタークリーム、カスタードクリーム、シュークリーム、ワッフル、スポンジケーキ、ドーナツ、チョコレート、チューインガム、キャラメル、キャンデーなどの各種洋菓子、アイスクリーム、シャーベットなどの氷菓子、果実のシロップ漬、氷蜜などのシロップ類、フラワーペースト、ピーナッツペースト、フルーツペーストなどのペースト類、ジャム、マーマレード、シロップ漬、糖菓などの果実、野菜の加工食品類、パン類、麺類、米飯類、人造肉などの穀類加工食品類、福神漬、べったら漬、千枚漬、らっきょう漬などの漬物類、たくあん漬の素、白菜漬の素などの漬物の素類、ハム、ソーセージなどの畜産製品類、魚肉ハム、魚肉ソーセージ、カマボコ、チクワ、天ぷらなどの魚肉製品、ウニ、イカの塩辛、酢コンブ、さきするめ、ふぐのみりん干しなどの各種珍味類、のり、山菜、するめ、小魚、貝などで製造される佃煮類、煮豆、ポテトサラダ、コンブ巻などの惣菜食品、乳製品、魚肉、畜肉、果実、野菜の瓶詰め、缶詰類、合成酒、果実酒、洋酒、リキュールなどの酒類、コーヒー、ココア、ジュース、炭酸飲料、乳酸飲料、乳酸菌飲料などの清涼飲料水、プリンミックス、ホットケーキミックスなどのプレミックス粉類、即席ジュース、即席コーヒー、即席汁粉、即席スープなど即席飲食品などの各種飲食物への甘味料として、また、呈味(香味)改良剤、品質改良剤などとして有利に利用できる。
D-プシコースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物を配合した組成物は、小麦粉やデンプンを用いて作るラーメン、ヌードル類、うどん、またジャガイモを主原料として作るマッシュポテトやサラダ、コロッケなど甘味をあまり要求しない食品に利用できる。また、主原料として、小麦粉、デンプンや米粉を用いて作られ、甘味を余り要求しない菓子類やパン類にも同じ目的で利用できる。このように本発明のD-プシコースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物を配合した組成物は、使用量の範囲の幅が非常に広いものであることがわかる。
【0031】
また、あらかじめ糖とアミノ酸の反応により香気を形成させ、それを食品または医薬品フレーバーとして用いる例として糖衣錠を挙げることができる。糖衣錠は、薬品の味やにおいを表面の糖衣層で隠蔽しているため服用が容易で外観にも優れており、しかも防湿効果もあるため、固形製剤等の医薬品や食品として広く用いられている。糖衣錠の製造は、一般にショ糖溶液を錠剤に塗布して乾燥させる工程を繰り返して糖衣層の形成を終了させ、錠剤の形状を楕円状に整えてからワックスを塗布し、艶出しを行って糖衣錠とするものである。
一般に糖衣用ショ糖溶液としては、基剤となるショ糖に、糖衣錠の糖衣層の強度を高めるために結合剤としてゼラチン、アラビアゴム、ポリビニルピロリドンなどを添加したものが使用されている。また必要に応じてタルク、硫酸カルシウム、リン酸カルシウム、沈降炭酸カルシウムなどの粉剤が添加されている。糖衣錠に用いられる糖に換えて、あるいはその糖に加えてあらかじめD−プシコースとアミノ酸の反応により香気を形成させ、それをフレーバーとして用いることで簡単に本発明を実施することができる。医薬品で特に内服薬で臭いが強くて飲みにくいもの、苦みが強くて飲みにくいものを糖衣錠にして改善しているが、それでも飲みにくいものがあるので、本発明のD-プシコースを用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分入りの糖衣錠はさらに飲みやすい糖衣錠を提供することができる。
医薬品にはよく知られているように他にも飲みにくいものはいろいろとある。バリウムは独特の臭いと味がするので、すでに何らかの添加物で飲みやすくしているが、さらに改善できる可能性がある。こうした液状の薬や診断補助剤で飲みにくいものに芳香と甘味を与えて飲みやすくするのに、本発明のD-プシコースを用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用することも可能である。薬では粉末状のものもあり、同様に本発明のD-プシコースを用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分を添加すると飲みやすくなる可能性がある。
【0032】
本発明の詳細を試験例等を用いて説明する。本発明はこれらの試験例になんら限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
本発明者らは、図1に示したアミノカルボニル反応において、希少糖特にD型のケトヘキソース(D-プシコース、D-ソルボース、D-タガトース)に注目した。その構造式を図2に示す。希少糖とは、単糖のうち自然界に大量に存在する「天然型単糖」に対して、自然界に微量にしか存在しない単糖のことである。天然型単糖はブドウ糖、果糖など約7種類、希少糖は約50種類ある。希少糖は、活性酸素産生抑制作用、臓器虚血保護作用、糖尿病予防作用、動脈硬化防止作用など、医薬品、機能性食品、化粧品など人体への応用のみならず、他の動物、昆虫、微生物などへの応用、さらには植物への応用のほか、工業材料としての応用が注目されている。
そこで本発明者らは、希少糖を用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分を解析し、希少糖の食品、医薬品など香料への利用、改善を目的とした。
【0034】
[実験方法]
(官能検査に用いる加熱香気の調製)
D-フルクトース、D-プシコース300mg(1.66mmol)をそれぞれ別々の試験管(内径0.8mm×高さ120mm)に入れ、これに等モルの20種類のアミノ酸(和光純薬工業社製、特級)をそれぞれ加えた。この際、対照としてアミノ酸を加えない糖だけを入れたものも用意した。これらに0.2Mリン酸緩衝液(pH7.0)をそれぞれ6.0mlずつ加え、軽く振ってよく溶解した。アルミヒーター(THERMO ALUMI BATH ALB-220、岩城硝子社製)100℃で1時間反応させ、色を観察した後、アルミヒーター(60℃)で温めておいた褐色の瓶にそれぞれ1.5mlずつマイクロピペットで移し、すぐに蓋をした。試験管から褐色瓶にすべて移し終わった後、官能検査に用いた。
【0035】
<官能評価言語の選抜(表2、3参照)>
官能検査は、3人のパネラー(男1人、女2人、平均年齢28才)により行った。使用したアミノ酸は一般に知られる20種のアミノ酸で、その他アミノ酸を加えない糖だけで反応させたものも加え、フルクトースとプシコースごとに計42種類のサンプルを、2日間に分けてパネラーに提示した。
パネラーにはにおいを幅広く表現してもらい、パネラー間で共通する言葉も集めるため、感じたにおいを自由に書いてもらった。また、部屋の温度は27℃、サンプル瓶の温度は60℃に保った。
【0036】
<評点を記入してもらう官能検査の実施(図3、4参照)>
糖との反応で特徴的なにおいを示すL-フェニルアラニンについて、フルクトースと、あるいはプシコースと反応を行い、両者のにおいの違いを細かく嗅ぎ分けてもらうために、同時に2つのにおいを嗅いでもらった。官能検査は13人のパネラー(男8人、女5人、平均年齢26才)を使って実施した。パネラーにはそれぞれ決めたにおいの言葉について評点0(まったく匂わない)、1(なんとなく匂う)、2(わずかに匂う)3(匂う)、4(はっきり匂う)の5段階により評価してもらった。また、部屋の温度は27℃、サンプル瓶の温度は60℃に保った。
【0037】
<統計処理について>
得られた評点をウィルコクソンのサインランク検定により有意差検定を行った。ウィルコクソンのサインランク検定の考え方は、基本的には対応のある場合の母平均の差の検定と同じである。この手法は、データが順位データでも母集団の分布が未知の場合でも、対応がある2集団の間に差があるといえるかどうかを調べることができる。
【0038】
<GC、GC/MS分析>
D-フルクトース、D-プシコース1.80g(0.01mol))をそれぞれ別々の200ml丸底フラスコに入れ、L-フェニルアラニン1.65g(0.01mol)を加えた。これに0.2Mリン酸緩衝液(pH7.0)を40ml加え、軽く振ってよく溶解した後、玉入冷却器をつけ、マントルヒーター(100℃)で1時間反応させた。この反応液30mlをジクロロメタン20mlで5時間液体―液体抽出した後、無水硫酸ナトリウムを加えて乾燥させた。自作の濃縮管に移し、内部標準物質としてトルエン0.02μlを加えて、窒素気流下(流量30ml/min)で6時間濃縮した。この濃縮物を以下の条件でGC、GC/MS分析した。また、GCにより得られた保持時間から、データ処理装置のプログラムにより保持指標を自動計算させた。その計算式も以下に示した。
【0039】
GC
装置:Hewlett Packard 5890A
データ処理装置:Shimadzu Chromatopack C-R6A
カラム:FS-WCOT キャピラリーカラム
:DB-WAX (60m×0.25mmφ)
カラム温度:35℃→200℃ (2℃/min)
パージ:0.5min ON
スプリット比:87:1
キャリヤーガス:N2 (流量0.52ml/min)
試料気化部温度:230℃
試料検出部温度:230℃
検出部:水素炎イオン化検出器(FID検出器)
【0040】
GC/MS
装置:日本電子 JMS―SX102AQQHybrid Mass Spectrometer
データ処理装置:日本電子 JMS―DA5000
カラム:FS-WCOT キャピラリーカラム
:DB-WAX (60m×0.25mmφ)
カラム温度:35℃→200℃ (2℃/min)
パージ:0.5min ON
スプリット比:91:1
キャリヤーガス:He (流量0.44ml/min)
試料気化部温度:230℃
イオン化法:EI
イオン化電圧:70eV
【0041】
保持指標の計算式
【数1】

【0042】
<紫外・可視分光法による褐変化度の測定>
D-フルクトース、D-プシコース300mg(1.66mmol)をそれぞれ別の試験管(内径0.8mm×高さ120mm)に入れ、等モルのL-フェニルアラニン276mg(1.66mmol)を加えた。これに0.2Mリン酸緩衝液(pH7.0)を6.0ml加え、軽く振ってよく溶解した。アルミヒーター(THERMO ALUMI BATH ALB-220、岩城硝子社製)100℃で反応させ、10分ごとに100μlを取り、希釈して以下の条件で吸光度を測定した。100分まで計10回測定した。
【0043】
UV/VIS
装置:日本分光V-520SR型紫外可視分光光度計
セル:角型石英セル(光路長0.1cm×幅1.0cm)
溶媒:0.2Mリン酸緩衝液
波長:200nm~600nm
【0044】
<NMR分光法による反応性の測定>
D-フルクトース、D-プシコース60mgをそれぞれ別の10mlナス型フラスコに量り取り、Sodium 3-(trimethylsilyl) propionate-d4(重水溶液5000ppm)を標準物質として1滴加え、0.6ml重水に溶解後、直ちにNMRチューブに移し、以下の条件で13C-NMRシグナルを測定した。その後、すばやく何秒かおきにフルクトースは3回、プシコースは4回測定し、水に溶けてからの構造の変化を調べた。初回の測定まではおよそ4分かかった。
NMR
装置:日本電子JNM-A400型核磁気共鳴装置
溶媒:重水
標準物質:Sodium 3-(trimethylsilyl) propionate-d4
周波数:400MHz
【0045】
<GC-Sniffing分析>
D-フルクトース、D-プシコース7.20g(0.04mol)をそれぞれ別々の500ml丸底フラスコに入れ、L-フェニルアラニン6.60g(0.04mol)を加えた。これに0.2Mリン酸緩衝液(pH7.0)を160ml加え、軽く振ってよく溶解した後、玉入冷却器をつけ、マントルヒーター(100℃)で1時間反応させた。この反応液150mlをジクロロメタン100mlで8時間液体―液体抽出した後、無水硫酸ナトリウムを加えて乾燥させた。これをロートで濾過して100mlナス型フラスコに移し、エバポレーターで約10mlになるまで濃縮した。自作の濃縮管に移し、窒素気流下(流量30ml/min)で6時間濃縮し、以下に示した条件でGC-Sniffing分析を行った。
GC-SniffingはSniffing-Port(図示せず)をカラム出口に取り付け、TCD検出器を通って出てきたにおいを嗅いだ。匂い嗅ぎでは嗅覚の疲労を考え、15分以上連続で嗅ぎ続けないようにした。また、カラムから流出してくる成分は乾燥状態であるので、Sniffing-Portに水蒸気をバブルして送り込み、GCのカラムから溶出してきた成分を水蒸気とともに匂い嗅ぎした。
GC-Sniffing条件
装置:Hewlett Packard 5890A
データ処理装置:Shimadzu Chromatopack C-R6A
カラム:FS-WCOT メガボアキャピラリーカラム
:DB-WAX (60m×0.53mmφ)
カラム温度:35℃〜200℃ (2℃/min)
キャリヤーガス:He(流量2.31ml/min)
試料気化部温度:230℃
試料検出部温度:230℃
検出部:熱伝導度検出器(TCD検出器)
【0046】
[結果と考察]
<におい用語の選抜>
表2(D-フルクトースとのアミノカルボニル反応により生成するにおいの評価と色の観察)、表3(D-プシコースとのアミノカルボニル反応により生成するにおいの評価と色の観察)にフルクトースとプシコースを用いたアミノカルボニル反応における色の変化と官能検査により得られたにおいの評価をまとめた。表現語句が似たものはおおまかにまとめて示した。表2、3を見ると、プシコースを用いたアミノカルボニル反応の方が、フルクトースを用いたものより全体的に色が濃くなっていることが分かる。このことにより、1時間の反応ではプシコースの方がフルクトースよりも褐変反応が速く進んでいると考えられる。においにおいてはフルクトースの場合には香ばしいにおい表現が多くなされているが、プシコースの場合には焦げ臭に関する言語が多用されていた。また、2つの表を比べると、L-リシン、L-ヒスチジン、L-プロリン、L-アルギニンとの反応により生成するにおい表現は、フルクトースとプシコースで顕著に異なっていた。しかし、今回の官能検査では、それぞれ違う日に評価してもらったので、異なる言葉で表現されていたにおい表現に、さほど差がないということも十分考えられる。また、においを自由に記入させたので、言葉がバラバラになり、同じようなにおいでも、2つを比べることが困難であった。表2、3を基に当研究室3人のパネラーにより話し合い、におい用語を一致させ、後の官能検査での評価のバラツキを抑えた。
【0047】
<評点をつけさせるにおい表現の選抜>
13人のパネラーによる官能検査を行う前に、当研究室3人のパネラー(男1人、女2人、平均年齢28才)により官能検査を行い、話し合って2つのにおいを細かく区別するための言葉として「甘い・すっぱい・苦い・香ばしい(好ましいにおい)・焦げ臭(好ましくないにおい)・チーズ臭・花のような(バラ様の、スミレ様の)・硫黄臭(パーマ液のような、温泉臭)・クラッカー臭・コーヒー臭」の10の言葉を決めた。この際、似た言葉や、抽象的な言葉は省き、なるべく具体的な言葉を選んだ。
【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
<GC、GC/MS分析結果>
フルクトースのGCによって得られたクロマトグラムを図5に示した。同定した成分とその保持指標値および定量結果を表4(D-フルクトースとL-フェニルアラニンとの反応により生成する揮発成分)にまとめた。絶対量は内部標準物質であるトルエンの重量の相対値から反応させた糖の重量で割り、百万分率で表した。全部で27の化合物を同定することができた。D-グルコースとL-フェニルアラニンとの反応により生成する揮発成分の同定が論文に報告されており、一部参考に同定を行った。表5(D-プシコースとL-フェニルアラニンとの反応により生成する揮発成分)に同定した化合物を官能基別にまとめ、そのにおい特性も文献より抜粋し示した。主なもので含窒素化合物が8つ、アルコール類が6つ、エステル、ケトン類が4つであった。表6のにおい特性を見ると、官能検査の結果より明らかになったその特徴的な花のにおいは、主に2-エチル-1-ヘキサノール、フェニルアセトアルデヒドから由来すると考えられ、甘いにおいは、ピラジン、2,6ジメチルピラジン、フルフリルアルコール、ベンゾチアゾールから由来すると考えられる。また、ハチミツのにおいはフェニル酢酸から由来することが知られているが、今回の実験では同定できなかった。これは、フェニル酢酸の極性が高く、今回GCに用いたカラムも極性が高いので、フェニル酢酸がカラムに強く吸着して出てこなかったためと考えられる。
【0051】
【表4】

【0052】
【表5】

【0053】
プシコースもフルクトースと同様GCによって得られたクロマトグラムを図7に示し、同定した成分とその保持指標値および定量結果を表6(D-プシコースとL-フェニルアラニンとの反応により生成する揮発成分)にまとめた。表7(D-プシコースとL-フェニルアラニンとの反応により生成する揮発成分とにおい特性)に同定した化合物を官能基別にまとめ、そのにおい特性も文献より抜粋し示した。同定数は37で、主なもので含窒素化合物が10、アルコール類が7つ、エステル類が5つ、ケトン、ラクトン類が4つで、フルクトースとの反応生成物より多く同定できた。フルクトースと同様に、表7のにおい特性を見ると、官能検査の結果より明らかになったその特徴的な花のにおいは、主に2-エチル-1-ヘキサノール、フルフリルアセテート、フェニルアセトアルデヒドなどから由来すると考えられ、甘いにおいは、ピラジン、2,6ジメチルピラジン、フルフリルアルコール、ベンゾチアゾール、シクロテン、ジヒドロ-2-メチル-3(2H)-フラノン、ジヒドロ-3(2H)-フラノン、フラネオールなどから由来すると考えられる。また、ハチミツのにおいはフェニル酢酸から由来することが知られているが、プシコースの場合もフェニル酢酸は検出されなかった。さらに、官能検査で特徴付けられたしょうゆのにおいはフラノン類に由来することが知られており、フルクトースよりもプシコースの方が多くのフラノン類を生成していることが、プシコースのみにしょうゆのにおいが感じられた原因であると考えられる。
フルクトースおよびプシコースとフェニルアラニンとの反応によって得られた成分ごとに絶対量の違いを図7に示した。成分の種類はほぼ同じであるが、プシコースの方が全体的に生成量が多くなっている。官能検査では、プシコースの方がフルクトースより、甘味、花様香気など全体的に高い評点がでていたが、絶対量でもプシコースの方が揮発成分を多く生成しており、反応によって多くの揮発成分ができ、においが強くなったと考えられた。
【0054】
<褐変化度の測定結果>
紫外・可視分析の結果を図8、図9に示した。これはフルクトースとプシコースのそれぞれ波長320nm、400nmにおける褐変化度を経時的にプロットしたものである。
【0055】
【表6】

【0056】
【表7】

【0057】
褐変化度は光路1cm当たりの吸光度に希釈率をかけたものとして表した。線形回帰直線の傾きもいっしょに示した。フルクトース、プシコース共にほぼ経時的に褐変化度が上昇している。波長320nmではプシコースの方がフルクトースよりも1.85倍傾きが大きくなっており、波長400nmではプシコースの方が1.57倍傾きが大きくなっていた。このことからプシコースの方が褐変反応が速いことが明らかになった。
【0058】
<反応性の測定結果>
NMR分析の結果を図10、図11に示した。これは時間における構造の変化、
フルクトースはC-2に由来するシグナルから、プシコースはC-5に由来するシグナルから各構造式をもつ分子の存在割合を算出した。また、フルクトース、プシコースの13C-NMRシグナルのアサインは、文献を参考に行った。図10、図11を見ると、プシコースの方がフルクトースよりも構造が激しく変化し、開環型と閉環型の構造の入れ替わりが速いことが分かる。アミノカルボニル反応は環が開いた時に反応が起こるため、構造の入れ替わりが速いプシコースの方が反応しやすい構造であると考えられる。
【0059】
<GC-Sniffing分析結果>
フルクトースとフェニルアラニンとの反応生成物のSniffing結果を表8(D-フルクトースとL-フェニルアラニンとの反応生成物のGC-Sniffing分析)に示した。表中でのピーク番号は図5のクロマトグラムのピーク番号と対応している。また、同様にプシコースのSniffing結果を表9(D-プシコースとL-フェニルアラニンとの反応生成物のGC-Sniffing分析)に示した。表中のピーク番号は図6のピーク番号と対応している。感じたにおいの中で、特に甘いにおいに注目すると、甘く、アーモンドの香気を示す2,6-ジメチルピラジンや、メープル臭を示すシクロテン、ジャムのにおいを示すフラネオールなどの特徴的香気があった。表9と表10を比較すると、フルクトースは12箇所に甘いにおいが感じられているが、プシコースは16箇所に甘いにおいが感じらており、さらにその強度においても全体的にプシコースの方が上回っている。また、表10(D-フルクトースおよびD-プシコースとL-フェニルアラニンとの反応により生じる特徴的香気成分とその絶対量)に、香ばしくチョコレートのにおいを示すピラジン類や、メープル、カラメル臭を示すフラノン類など、特徴的な甘い成分の絶対量を表にまとめた。表10を見ると、プシコースの方が全体的に生成する絶対量が多いことが明らかである。これらの結果から、フェニルアラニンを用いた反応で、プシコースはフルクトースよりも多くの特徴的な甘い香気成分を生成することが分かった。
【0060】
【表8】

【0061】
【表9】

【0062】
【表10】

【産業上の利用可能性】
【0063】
希少糖の食品、医薬品など香料への利用、改善は、より汎用性が高く多くの食品にそのおいしさにつながる好ましい香ばしさや甘い香りおよび/または好ましい焼き色を効率的に付与または増強することができ、また、液状、粉末状などの薬や診断補助剤で飲みにくいものに芳香と甘味を与えて飲みやすくする可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】アミノカルボニル反応の初期反応を示す。
【図2】α-D-ケトヘキソースのピラノース構造を示す。
【図3】D−フルクトースとL−フェニルアラニンとの反応生成物による官能検査の結果を示す。
【図4】D−プシコースとL−フェニルアラニンとの反応生成物による官能検査の結果を示す。
【図5】D−フルクトースとL−フェニルアラニンとの反応生成物のガスクロマトグラムを示す。
【図6】D−プシコースとL−フェニルアラニンとの反応生成物のガスクロマトグラムを示す。 注:表6のピーク番号と対応 カラム:DB−WAX(60m×0.25mmφ)、オーブン温度:35℃→200℃(2℃/min)
【図7】D−フルクトースおよびD−プシコースとL−フェニルアラニンとの反応により生成する揮発成分を示す。
【図8】D−フルクトースおよびD−プシコースの反応の速さの違いを示す。
【図9】D−フルクトースおよびD−プシコースの反応の速さの違いを示す。
【図10】水に溶かしたD−フルクトースの時間における構造の変化を示す。 注:C−2に由来するC13−NMRシグナルから分子の存在割合を算出した。溶媒や重水を使用。
【図11】水に溶かしたD−プシコースの時間における構造の変化を示す。 注:C−5に由来するC13−NMRシグナルから分子の存在割合を算出した。溶媒や重水を使用。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
D-プシコースを用いたアミノカルボニル反応により発生する香気成分を利用する食品または医薬品の芳香を改善する方法。
【請求項2】
改善すべき芳香が食品または医薬品特有の風味を醸し出す芳香である請求項1の食品または医薬品の芳香を改善する方法。
【請求項3】
芳香とともに焼き色を付与する請求項1または2の食品または医薬品の芳香を改善する方法。
【請求項4】
香気成分が加熱工程前にD-プシコースを添加するまたは添加しておくことで発生する加熱香気成分である請求項1、2または3の食品または医薬品の芳香を改善する方法。
【請求項5】
加熱工程が食品または医薬品の製造時に行う加熱処理をともなう工程である請求項4食品または医薬品の芳香を改善する方法。
【請求項6】
加熱工程が糖とアミノ酸の反応により香気を形成させあらかじめ食品または医薬品用フレーバーを製造する時に行う加熱処理をともなう工程である請求項4の食品または医薬品の芳香を改善する方法。
【請求項7】
香気成分がピラジン類および/またはフラノン類からなる香気成分である請求項1ないし6のいずれかの食品または医薬品の芳香を改善する方法。
【請求項8】
D-プシコースをD-フラクトースとの混合物の形態で用いる請求項1ないし7のいずれかの食品または医薬品の芳香を改善する方法。











【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2008−48685(P2008−48685A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−229660(P2006−229660)
【出願日】平成18年8月25日(2006.8.25)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】