説明

食品中に生成するアクリルアミドの毒性を低減させる物質を含む食品およびその製造方法

【課題】 アクリルアミドの毒性の発現機構を解明し、その毒性を抑制する抑制剤を見いだし、アクリルアミドを生成する食品に利用する。
【解決手段】 ミドリゾウリムシを含む培養液中にアクリルアミドを添加すると、アクリルアミド濃度の増加とともにミドリゾウリムシの生存率が低下した。一方、この毒性試験後に生存するミドリゾウリムシ中の活性酸素量は、アクリルアミド濃度の増加とともに増加した。そこで、アクリルアミドの毒性は、ミドリゾウリムシ体内中の活性酸素量を増加すると推定し、共生藻を含むミドリゾウリムシを含む培養液中に活性酸素の発生を抑制する抑制剤としてキサンチンを添加したところ共生藻の生存率が増加した。キサンチンは、アクリルアミドのミドリゾウリムシに対する毒性を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品中に生成するアクリルアミドの毒性を低減させる物質を含む食品およびその製造方法に関し、特に、加熱して調理される際にアクリルアミドを生成する食品が体内に摂取されたときに、アクリルアミドによる毒性を低減することができる抑制剤、それを含む食品、その製造方法およびアクリルアミドによる毒性の発現を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリルアミドモノマー(CHCHCONH)の重合体であるアクリルアミドポリマーは、比較的毒性の低い物質であり、接着剤、分散剤、塗料、紙などの仕上げ剤として工業的に用いられている。しかしながら、アクリルアミドモノマー(以下、単にアクリルアミドと称す)は有毒物質であり、例えば、ラットやマウスへ投与されると癌を引き起こすことや、皮膚から吸収されると中枢神経の麻痺症状を引き起こすことなどが知られている。また、アクリルアミドの代謝産物グリシドアミドはDNAに直接結合することが知られていることから、アクリルアミドは遺伝毒性を示す物質と考えられている。
【0003】
ところで、アクリルアミドが調理などを通じて食品中に生成することが世界保健機関(WHO)に報告された。例えば、澱粉を含む食品を高温で加熱処理すると食品中にアクリルアミドが生成されることがスウェーデンの研究グループによって報告され、その後、MottramとStadlerによって高温で食品を加熱すると食品中に含まれるアミノ酸(アスパラギン)と糖(ブドウ糖)との間でメイラード反応が起こってアクリルアミドが生成されることが明らかにされた。そこで、平成14年6月、世界保健機関は、アクリルアミドの人体への影響の調査や研究を開始した(非特許文献1)。
【0004】
世界保健機関(WHO)の勧告を受けて、厚生労働省は、発ガン性が指摘されるアクリルアミドが国内の食品にどの位含まれているのかについての調査結果を平成14年10月31日発表した(非特許文献2)。それによると、国立医薬品食品衛生研究所で食品中のアクリルアミドを測定した結果、ポテトチップス、かりんとう、フライドポテトなど高温で加熱処理された食品からアクリルアミドが検出され、最も多く検出されたポテトチップスでは最高で3544μg/kg、かりんとうでは最高で1895μg/kg、フライドポテトでは最高で784μg/kgのアクリルアミドを含むことわかった。
【0005】
このように、食品中にはアクリルアミドを含むものがあるが、食品から人体にどの位のアクリルアミドが摂取されるのか、あるいは、摂取されたアクリルアミドが健康にどれだけ影響を及ぼすかについての評価は現在はまだ定まっていない。そのため、厚生労働省では、アクリルアミドを多く含む食品の摂取量を減らすことなどを呼びかけている。
【0006】
このように、食品に含まれるアクリルアミドからの摂取量を減らすことは重要であるが、それとともに、アクリルアミドの毒性の影響について簡易に、かつ、きめ細かく測定する方法を確立する必要がある。
【0007】
本発明者らは、以前から原生動物であるミドリゾウリムシについて研究を進めてきている。(例えば、特許文献1)。ここで、ミドリゾウリムシについて簡単に説明すると、ミドリゾウリムシは、通常、その細胞質内に多数のクロレラ属に属する緑藻(以下、共生藻と呼ぶ)を含んでおり、この共生藻は、宿主であるミドリゾウリムシの特殊な膜内に個々に封入され、ミドリゾウリムシの細胞分裂において両娘細胞に伝達される。このように、ミドリゾウリムシは、その細胞質内に多数の共生藻を含み、共生藻は、光合成により光合成産物を生産することができるため、共生藻から得られる光合成産物を利用して簡単に大量培養することができる。そのため、生物への毒性が懸念される物質の毒性評価試験を行う際に、大量の個体数を用いる実験が難しいラットやマウスの代わりにミドリゾウリムシを用いて生物への毒性が懸念される物質の毒性評価試験を簡単な実験設備で行うことができるという利点を有する。
【非特許文献1】Health Implications of Acrylamide in Food,Report of a Joint FAO/WHO Consultation,WHO Headquarters,Geneva,Switzerland,25-27, June 2002
【非特許文献2】朝日新聞 平成14年11月1日朝刊38面
【特許文献1】特許第289694号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明者らは、このミドリゾウリムシを含む培養液中に各種濃度のアクリルアミドを添加し、アクリルアミドを含む培養液中でのミドリゾウリムシの生存率の変化やミドリゾウリムシ中に含まれる共生藻の数の変化を測定することによって、試料中に含まれるアクリルアミドの毒性の測定方法について特許出願をした(特願2003−015112号)。このアクリルアミドの毒性の測定方法によると、ミドリゾウリムシに作用させるアクリルアミドは、0.0015〜0.15%ときわめて微量のアクリルアミド濃度であってもその濃度に応じてミドリゾウリムシや共生藻に対して毒作用を有することが明らかになった。
【0009】
しかしながら、上記説明したミドリゾウリムシを用いる本発明者らによるアクリルアミドの毒性評価方法の研究においては、アクリルアミドがミドリゾウリムシや共生藻に対して毒性を示すことを定量的に明らかにすることはできたが、アクリルアミドがミドリゾウリムシや共生藻に対しどのように作用することで毒性を発現するかについてまで明らかにすることができなかった。 また、上記の研究においては、アクリルアミドが、ミドリゾウリムシ以外の動物、例えば、ハムスターの培養細胞に対して、どの程度の毒性を示すのかについて定量的に明らかにすることはできなかった。
【0010】
また、食品の調理法として加熱処理することが通常行われていることから、種々の加熱処理された食品を毎日の食生活で摂取していることになる。そのため、厚生労働省の指導のように、アクリルアミドを含む食品の摂取量を減らすことによって、人体へのアクリルアミドの毒性の影響を低減する対策は重要である。しかしながら、アクリルアミドを含むと予想される食品は多岐に渡っており、それぞれの食品中にアクリルアミドがどの程度含まれているかは不明なものも多いことや食生活も人それぞれ異なることなどから、食品から摂取されるアクリルアミドの全摂取量が低減できたか否かを管理することはなかなか困難なことである。
【0011】
そのため、体内に摂取されたアクリルアミドが、体内においてどのような毒性を示すかについて、その毒性発現機構を予測することは重要なことと思われる。また、アクリルアミドを多く含むことが知られている食品において、その食品が体内に摂取された場合におけるアクリルアミドの毒性を低減する対策を予め講じておくことも重要なことと思われる。本発明は、上記説明した問題点を解決することを出発点としてなされたものであり、その目的は、アクリルアミドの毒性発現機構を解明することであり、また、アクリルアミドの毒性発現機構を解明することによって得られた知見に基づいて、アクリルアミドの毒性またはその発現を抑制する方法を明らかにすることであり、さらに、これらの知見に基づいて、アクリルアミドの毒性を抑制する抑制剤、それを含む食品およびその食品の製造方法を提供することである。
【0012】
更に、本発明の目的は、アクリルアミドの毒性発現機構により適した試料や分析方法を用いてより詳しく解明することであり、また、より詳しく解明されたアクリルアミドの毒性発現機構の知見に基づいて、アクリルアミドの毒性を抑制する抑制剤、それを含む食品およびその食品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するための本発明に係る一実施形態の食品は、以下の構成を有する。すなわち、食品に含まれ、前記食品を加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分と、前記食品が体内で発現する、前記生成したアクリルアミドによる毒性を抑制する抑制剤と、を含むことを特徴とする。
【0014】
ここで例えば、前記成分は、アミノ酸と糖とを含み、前記加熱処理中に前記アミノ酸と糖とが反応して前記アクリルアミドを生成することが好ましい。
【0015】
ここで例えば、前記食品は、ポテトチップス、フライドポテトおよびかりんとうのうちの少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0016】
ここで例えば、前記抑制剤は、前記食品表面に噴霧された状態で存在することが好ましい。
【0017】
ここで例えば、前記抑制剤は、前記食品中に混合されていることが好ましい。
【0018】
ここで例えば、前記抑制剤は、前記アクリルアミドによる体内中の活性酸素の増加を抑制する材料であることが好ましい。
【0019】
ここで例えば、前記抑制剤は、抗酸化剤を含むことが好ましい。
【0020】
ここで例えば、前記抗酸化剤は、キサンチンを含むことが好ましい。
【0021】
ここで例えば、前記抑制剤は、プリン塩基を含むことが好ましい。
【0022】
ここで例えば、前記プリン塩基が、キサンチン、カフェインを含むことが好ましい。
【0023】
上記目的を達成するための本発明に係る一実施形態の抑制剤は、以下の構成を有する。すなわち、加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品が体内で発現する、前記生成したアクリルアミドによる毒性を抑制するために、抗酸化剤を含むことを特徴とする。
【0024】
ここで例えば、前記生成したアクリルアミドによる毒性とは、前記アクリルアミドによる体内中の活性酸素量の増加であることが好ましい。
【0025】
ここで例えば、前記抗酸化剤は、キサンチンを含むことが好ましい。
【0026】
上記目的を達成するための本発明に係る一実施形態の抑制剤は、以下の構成を有する。すなわち、加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品が体内で発現する、前記生成したアクリルアミドによる毒性を抑制するために、プリン塩基を含むことを特徴とする。
【0027】
ここで例えば、前記プリン塩基が、キサンチン、カフェインを含むことが好ましい。
【0028】
上記目的を達成するための本発明に係る一実施形態の調味料は、上記に記載の抑制剤を含むことを特徴とする。
【0029】
上記目的を達成するための本発明に係る一実施形態の食品の製造方法は、以下の構成を有する。すなわち、食品を加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品の製造方法であって、前記食品を加熱して調理する調理工程と、前記食品が体内で発現する前記アクリルアミドによる毒性を抑制する抑制剤を前記食品に添加する工程と、を含むことを特徴とする。
【0030】
ここで例えば、前記成分は、アミノ酸と糖とを含み、前記加熱処理中に前記アミノ酸と糖とが反応して前記アクリルアミドを生成することが好ましい。
【0031】
ここで例えば、前記食品は、ポテトチップス、フライドポテトおよびかりんとうのうちの少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0032】
ここで例えば、前記抑制剤を添加する工程は、前記加熱処理の後に実施することが好ましい。
【0033】
ここで例えば、前記抑制剤を添加する工程は、前記加熱処理の前に実施することが好ましい。
【0034】
ここで例えば、前記抑制剤を添加する工程では、前記食品表面に前記抑制剤を噴霧することが好ましい。
【0035】
ここで例えば、前記抑制剤を添加する工程では、前記食品内中に前記抑制剤を混合することが好ましい。
【0036】
上記目的を達成するための本発明に係る一実施形態のアクリルアミドによる毒性の発現を抑制する方法は、以下の構成を有する。すなわち、アクリルアミドと、前記アクリルアミドによる体内中での毒性を抑制する抑制剤とを共存させることを特徴とする。
【0037】
ここで例えば、前記毒性とは、活性酸素量の増加であることが好ましい。
【0038】
ここで例えば、前記共存させるとは、食品を加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品中に、前記抑制剤を予め添加することであることが好ましい。
【0039】
ここで例えば、前記共存させるとは、食品を加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品を飲食する際に、前記抑制剤を前記抑制剤を添加するまたは前記抑制剤を前記食品とともに飲食することであることが好ましい。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、アクリルアミドの毒性発現機構を解明することができた。また、アクリルアミドの毒性発現機構を解明することによって得られた知見に基づいて、アクリルアミドの毒性発現を抑制する方法を解明できた。さらに、これらの知見に基づいて、アクリルアミドの毒性を抑制する抑制剤、それを含む食品およびその食品の製造方法を提供することができる。
【0041】
更に、本発明によれば、アクリルアミドの毒性発現機構により適した試料や分析方法を用いてより詳しく解明することができたので、より詳しく解明されたアクリルアミドの毒性発現機構の知見に基づいて、アクリルアミドの毒性を抑制する抑制剤、それを含む食品およびその食品の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
以下に図面を参照して、本発明に係る好適な実施形態である、アクリルアミドを含む食品が体内に摂取されたときに、体内で発現されるアクリルアミドの毒性を抑制する抑制剤、それを含む食品、その食品の製造方法および摂取されたアクリルアミドの毒性発現の抑制方法を例示的に詳しく説明する。ただし、この実施形態に記載されている構成要素、数値などは、特に特定的な記載がない限りは、この発明をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0043】
<アクリルアミドの毒性評価方法とその毒性に関する事前検討>
[アクリルアミドの毒性評価方法:図1]
まず、本願発明に係る好適な実施形態について説明する前に、その実施形態の説明に必要な、アクリルアミドの毒性の評価方法について、図1を用いて説明する。図1は、本発明者らが特願2003−015112号で提案した「アクリルアミドの毒性の評価方法」の概要として、共生藻を含むミドリゾウリムシに対するアクリルアミドの毒性の影響をまとめたものである。
【0044】
図1に示すこのアクリルアミドの毒性の評価方法では、試料中に含まれるアクリルアミド濃度が比較的高い場合のアクリルアミドの毒性をミドリゾウリムシを用いて測定し、アクリルアミド濃度が低い場合の毒性を共生藻を用いて測定することによりアクリルアミドの毒性をきめ細かく評価することができる。すなわち、通常、細胞内にクロロフィルを有する共生藻を含むミドリゾウリムシは、アクリルアミドがない培養液中で培養すると増殖するため、培養日数の増加と共にミドリゾウリムシの個体数は増加するが、この培養液中にアクリルアミドを添加して培養すると、培養日数の増加と共にミドリゾウリムシの個体数がアクリルアミド濃度に応じて変化する。また、ミドリゾウリムシの個体数の増加量が変化しない場合でもミドリゾウリムシ中に含まれる共生藻を全く含まない白いミドリゾウリムシが出現したり、共生藻の個体数が減少したりする。
【0045】
領域Aは、試料中に比較的高濃度のアクリルアミドを含む領域であり、この領域Aのアクリルアミド濃度(0.15%(w/v)程度以上)は、全ミドリゾウリムシに対して致死効果の毒性を有し、領域Aでは、全てのミドリゾウリムシは生存できず死滅する。
【0046】
領域Bは、領域Aより少ない濃度のアクリルアミドを含む領域であり、領域Bのアクリルアミド濃度(0.0015%(w/v)程度〜0.15%(w/v)未満)は、ミドリゾウリムシの増殖阻害をもたらす程度の毒性であるため、全ミドリゾウリムシは死滅せず、その一部がアクリルアミド共存下で生存するが、その毒性は、ミドリゾウリムシ中に含まれる共生藻に対しては増殖阻害や致死効果をもたらすため、領域Bにおける共生藻の数は、アクリルアミド濃度に応じて変化する。すなわち、領域B中のアクリルアミド濃度が低い領域(図1中の0.0015%(w/v)付近)では、アクリルアミド濃度は共生藻に対して増殖阻害を有するため、生存するミドリゾウリムシ中に含まれる共生藻の数はアクリルアミドを含まない場合に比べて低下する。ただし、生存するミドリゾウリムシ中の共生藻は死滅しないため、共生藻を含むミドリゾウリムシがアクリルアミド共存下で生存することができる。一方、領域B中のアクリルアミド濃度が比較的高い領域(図1中の0.05%(w/v)付近)では、アクリルアミド濃度は共生藻に対して致死効果を有するため、生存するミドリゾウリムシ中に含まれる共生藻は全て死滅する場合がある。このため、共生藻を含まない白いミドリゾウリムシが生じる。また、領域Bのアクリルアミド濃度が中間の領域(例えば、図1中の0.005%(w/v)、0.015%(w/v)付近)では、アクリルアミド濃度はミドリゾウリムシおよび共生藻に対して増殖阻害をもたらす毒性を有するため、共生藻を含むミドリゾウリムシと共生藻を含まない白いミドリゾウリムシとが混在して生存する。
【0047】
領域Cは、試料中に領域Bより少ない濃度のアクリルアミドを含む領域であり、この領域Cのアクリルアミド濃度(0.0015%(w/v)程度未満)は、ミドリゾウリムシ中に含まれる共生藻に対してのみ増殖阻害をもたらすが、決して白いミドリゾウリムシが出現しない程度の毒性である。
【0048】
このように、(1)試料中に含まれるアクリルアミド濃度が比較的多い場合のアクリルアミドの毒性は、ミドリゾウリムシの生存率を測定することにより、(2)試料中に含まれるアクリルアミド濃度が少ない場合のアクリルアミドの毒性は、共生藻を含まない白いミドリゾウリムシの出現量、(3)白いミドリゾウリムシが出現しない毒性の場合は、ミドリゾウリムシ中に含まれる全共生藻の数を測定することにより、簡便かつきめ細かく評価することができる。
【0049】
[アクリルアミドの毒性比較:図2]
次に、図1の評価法で得られる共生藻、ミドリゾウリムシに対するアクリルアミドの毒性の評価結果をハムスターの培養細胞と比較した結果について図2を用いて説明する。なお、図2には、P.Parkらの"Acrylamide-Induced Cellular Transformation",Toxicological Science,65,177-183(2002)に発表されたハムスターの培養細胞に対するアクリルアミド濃度の毒性(真ん中の点)を、本発明者らによって得られた共生藻、ミドリゾウリムシと比較して記載した。
【0050】
図2は、アクリルアミドを所定量ずつ添加された、共生藻を含むミドリゾウリムシとハムスターの培養細胞を観察し、共生藻、ハムスターの培養細胞およびミドリゾウリムシの個体数が50%となるときのアクリルアミド濃度を示したものであり、共生藻、ハムスターの培養細胞およびミドリゾウリムシは、それぞれアクリルアミド濃度が、10、50および120mg/lで50%である。このように、アクリルアミドは、共生藻やミドリゾウリムシばかりでなくより人に近いハムスターの培養細胞に対しても毒性を有することが示される。
【0051】
[アクリルアミドの毒性評価方法を用いた事前検討結果のまとめ]
上記説明したように、アクリルアミドの毒性評価方法によれば、アクリルアミドは、共生藻などの植物、原生動物であるミドリゾウリムシばかりでなく、ほ乳類であるハムスターに対して毒性を示すことが示された。
【0052】
<本発明に係る好適な実施形態の説明>
本発明に係る好適な実施形態を以下に示す順序に従って説明する。
(A)アクリルアミドの毒性発現機構の解明
(B)アクリルアミドの毒性を抑制する方法
(C)アクリルアミドの毒性を抑制する抑制剤を含む食品およびその製造方法
最初に、上記内容の概要を説明する。
【0053】
[(A)アクリルアミドの毒性発現機構]
本発明者らは、アクリルアミドの毒性が活性酸素を発生させることであると推測した。その理由について以下説明する。除草剤として知られているパラコートの除草性能が活性酸素を発生させること、このパラコートの除草性能が光を照射すると増加し、その原因が活性酸素の発生量の増加であることがわかっている。一方、本発明者らは、共生藻を含むミドリゾウリムシに各種濃度のアクリルアミドを添加してアクリルアミド濃度と共生藻の関係を調べた(図3)。上記パラコートの場合と同様に、図3の上段に示す全明条件(光照射した場合)における共生藻の数は、図3の下段に示す全暗条件(光照射しない場合)における共生藻の数と比較すると、同じアクリルアミド濃度において減少した。上記現象から、本発明者らは、アクリルアミドの毒作用が活性酸素を発生させることではないかと推測し、この推測を検証する次の実験(1)〜(3)を行った。
【0054】
[アクリルアミドの毒性が活性酸素の発生によることの検証]
以下の概要に詳しく示すように、アクリルアミドを白いミドリゾウリムシ(共生藻を有しないミドリゾウリムシ)中に添加してアクリルアミド濃度のミドリゾウリムシに対する毒性を測定した結果(図4,5)と、アクリルアミドを添加したミドリゾウリムシ中の活性酸素の量(図7)とを比較し、アクリルアミドの毒作用が活性酸素の発生であることを検証した。
【0055】
(1)アクリルアミドの毒性評価試験
アクリルアミドの白いミドリゾウリムシに対する毒性を以下の条件で測定した。対数期の白いミドリゾウリムシを含む培養液(例えば、40個体/2.0cc)に、0、10、50、250、1250mg/l濃度のアクリルアミドを添加して、23±1℃、昼光色蛍光ランプの人工照明(1500ルックス)を24時間照射する条件(全明条件)で、白いミドリゾウリムシを5日間培養して、各アクリルアミド濃度に対する個体数密度を測定した(図4)。図4のアクリルアミド濃度0における個体数密度を基準としてアクリルアミド濃度の影響を比較すると、図5に示すようにアクリルアミド濃度の増加と共に白いミドリゾウリムシの生存率が低下することから、アクリルアミド濃度の増加に対応してその毒性は増加する。
【0056】
(2)活性酸素測定試験
白いミドリゾウリムシ中に含まれる活性酸素は、NBT試薬(ニトロブルーテトラゾリウム)を加えたとき、NBT試薬が活性酸素により還元されてその溶液が青く変化するのを利用して定量分析できる。そこで、対数期の白いミドリゾウリムシを含む培養液(例えば、200個体/cc)に、0、10、50、250、1250mg/l濃度のアクリルアミドとNBT試薬とを同時に添加し、23±1℃、昼光色蛍光ランプの人工照明(1500ルックス)を24時間照射する条件(全明条件)で、白いミドリゾウリムシを5時間培養し、各アクリルアミド濃度における白いミドリゾウリムシ中に含まれる活性酸素濃度を青色の色調変化から測定した(図6)。図6のアクリルアミド濃度0における活性酸素の青色の色調変化を基準としてアクリルアミド濃度の影響を比較すると、図7に示すようにアクリルアミド濃度の増加と対応して青色の色調変化が増加することから、アクリルアミド濃度の増加に対応して活性酸素の発生量が増加する。
【0057】
上記、図5に示すアクリルアミド濃度の毒性評価試験と、図7に示す活性酸素測定試験の比較より、アクリルアミド濃度の白いミドリゾウリムシに対する毒性の増加が活性酸素の発生の増加に対応することから、アクリルアミドの毒作用の原因が活性酸素の発生であることが検証された。
【0058】
なお、白いミドリゾウリムシを用いてアクリルアミドの毒性評価試験と活性酸素測定試験を行った理由は、共生藻を含むミドリゾウリムシを用いるとミドリゾウリムシ中に存在する活性酸素によってNBT試薬が還元されて青色の色調が増加する場合でも、共生藻に含まれるクロロフィルの影響を受けて、この青色の色調増加を精度よく定量分析できないので、共生藻の影響を排除して精度よく活性酸素の測定を行うためである(白いミドリゾウリムシの培養方法については[後述の白いミドリゾウリムシの培養]参照)。
【0059】
(3)アクリルアミドの毒性が活性酸素を発生によることを示す別の検証
アクリルアミドの毒性が、体内において活性酸素を発生させることであるという上記の検証結果を更に別の実験で検証する。この検証試験では、共生藻を含むミドリゾウリムシは、全明条件で共生藻による光合成によって体内で酸素を生成するため、この共生藻を含むミドリゾウリムシにアクリルアミドを添加するとアクリルアミドによって体内で発生する活性酸素の量が、共生藻を含まない白いミドリゾウリムシの場合に比べて増加することを予測し、アクリルアミドの毒性が活性酸素を発生させることであれば、共生藻を含むミドリゾウリムを用いて得られるアクリルアミドの毒性は、共生藻を含まない白いミドリゾウリムを用いたときに得られるアクリルアミドの毒性に比べて、大きくなることを予測し、それを実験的に検証した。図8に各アクリルアミド濃度に対する共生藻を含むミドリゾウリムシの個体数密度の測定結果を示し、図9に、各アクリルアミド濃度に対する共生藻を含むミドリゾウリムシと共生藻を含まない白いミドリゾウリムシを用いた場合の共生藻を含むミドリゾウリムシの個体数密度との比較結果を示す。図9より、同じアクリルアミド濃度において、共生藻を含むミドリゾウリムシの生存率の相対値が共生藻を含まない白いミドリゾウリムシの生存率の相対値に比べて低下したことから、上記予測が、実験的に検証された。
【0060】
[(B)アクリルアミドの毒性を抑制する方法]
上記説明した実験結果より、アクリルアミドの毒性は、ミドリゾウリムシの体内で活性酸素を発生することが検証されたので、ミドリゾウリムシ体内中の活性酸素の量を抑制することが期待される抑制剤(例えば、抗酸化剤)をミドリゾウリムシ中に含ませることによって、アクリルアミドの毒性を低減できるか否かについて検討した。その結果、図10に示すように、抑制剤(例えば、抗酸化剤であるキサンチン)をミドリゾウリムシ中に0.2mg/ml添加しておくと、抑制剤をミドリゾウリムシ中に添加しない場合に比べ、アクリルアミド濃度50mg/lにおけるアクリルアミドの毒性は低減することが見いだされた。このことから、アクリルアミドの毒性を低減する方法として、アクリルアミドを含む食品に抗酸化剤などの抑制剤を添加することが有効であることが見いだされた。
【0061】
[(C)アクリルアミドの毒性を抑制する食品およびその製造方法]
上記結果によれば、食品を加熱調理などすることによりアクリルアミドを生成する食品中に抗酸化剤を添加しておけば、この食品を食べるときにアクリルアミドとともに抗酸化剤も同時に体内に摂取されることから、体内に摂取されたアクリルアミドによって活性酸素が発生するするときに、抗酸化剤が活性酸素の発生を抑制されることが期待される。なお、抑制剤を食品に添加する方法としては、上記食品の製造工程、例えば、上記食品の加熱処理後あるいは加熱処理前に、抗酸化剤を含む溶液を上記食品に噴霧して、あるいは、上記食品に混合しておく方法が考えられる。
【0062】
[本実施形態で使用する実験方法]
次に、上記概要を説明した本発明に係る好適な実施形態における各試験方法について詳細に説明する。上記の順序に従って説明する。すなわち、以下の説明では、まず、(A)アクリルアミドの毒性発現機構の解明において使用する(1)アクリルアミドの毒性評価試験および(2)活性酸素測定試験の概要を説明し、次に、(B)アクリルアミドの毒性を抑制する方法で用いる(3)抗酸化剤の性能評価試験の概要を説明し、次に、実施例を用いて、(A)アクリルアミドの毒性発現機構の解明および、(B)アクリルアミドの毒性を抑制する方法について具体的に説明する。続いて、(A)(B)によって得られた知見に基づいて、(C)アクリルアミドの毒性を抑制する食品及びその製造法について説明する。
【0063】
(A)アクリルアミドの毒性発現機構の解明で使用する試験方法
(1)アクリルアミドの毒性評価試験
まず、アクリルアミドの毒性評価試験について、アクリルアミドを含む試料の調製、アクリルアミドの毒性評価、ミドリゾウリムシから白いミドリゾウリムシを人工的に製造する方法などについて説明する。
【0064】
[ミドリゾウリムシ]
繊毛虫ミドリゾウリムシ(Paramecium bursaria、以下、ミドリゾウリムシと称す)は、通常、その細胞質内に多数のクロレラ属に属する藻(以下、共生藻と呼ぶ)を含んでおり、この共生藻は、宿主であるミドリゾウリムシの特殊な膜内に個々に封入され、ミドリゾウリムシの細胞分裂において両娘細胞に伝達される。ミドリゾウリムシは、各地の池や河川などから採取されるいかなる種類のミドリゾウリムシを使用することができる。例えば、広島県東広島市奥田大池から1991年に採取したミドリゾウリムシ(株OK−312)、広島県賀茂郡の白竜湖から1994年に採集したミドリゾウリムシ(株H−4)、2001年に琵琶湖守山で採集され単離したミドリゾウリムシ(株MB−1)、あるいは株OK−312と株H−4から本発明者がハイブリッド形成で新たに生成した株HK−48などを使用することができる。また、ミドリゾウリムシは、増殖の段階に応じて対数期や定常期に分類されるものがあり、それらすべてのミドリゾウリムシを使用できるが、本測定法で使用するのにより好ましいのは、対数期のミドリゾウリムシである。
【0065】
[白いミドリゾウリムシ]
アクリルアミドの毒性評価試験では、上記説明した「共生藻を含むミドリゾウリムシ」(以下、単に、ミドリゾウリムシと称す)とは異なる、「共生藻を含まないミドリゾウリムシ」(以下、「白いミドリゾウリムシ」と称す)を用いてアクリルアミドの毒性を評価し、その毒性評価後の白いミドリゾウリムシ中に含まれる活性酸素の量を測定する。しかしながら、この白いミドリゾウリムシは自然界には通常存在しないため、本実施形態では、上記説明した共生藻を含むミドリゾウリムシから後で詳しく説明する処理を行って人工的に白いミドリゾウリムシを製造して用いた。
【0066】
[培地(培養液)]
本発明に用いるミドリゾウリムシの培養用の培地は、野菜の浸出液や少量の無機成分を含み、更にミドリゾウリムシの有機栄養源となるバクテリアを予め接種したものが適している。この培地に接種されるバクテリアはミドリゾウリムシの有機栄養源となるものであればどのようなものであってもよいが、特に、クレブシエラ・ニューモニア(Klebsiella pneumoniae)が好適である。また、野菜の浸出液としては、緑色野菜の浸出液が好ましく、特に、レタス浸出液が最も好ましい。また無機成分としては各種ミネラルを使用できるが、特に、炭酸カルシウム等のカルシウムを用いるのが好ましい。この無機成分を含む野菜浸出液は、例えば、乾葉レタス粉末に少量のCaCOを加え、約1000〜1500倍容の水で数分間煮沸浸出し、濾過し、オートクレーブ処理して得る。また、この野菜浸出液に、酵母抽出物、ペプトン、グルコース等、微生物用培地に慣用される有機成分を適宜添加してもよい。なお、CaCOを含む野菜浸出液の作製方法の一例を下記に示す。レタスの葉を洗浄し、30〜60秒間煮沸し、60〜80℃で乾燥した後、粉末となし、デシケーターに貯蔵し、この乾燥レタス粉末0.5gをCaCO (片山化学)2mgと共に再蒸留水0.7リットル中で5〜10分煮沸して浸出液を調製し、室温まで冷却後濾過し、濾液に再蒸留水を加えて全容1000mlとし、オートクレーブ処理(約15分)して、野菜浸出液を得る。
【0067】
[ミドリゾウリムシの前処理]
毒性試験に用いるミドリゾウリムシは、上記のバクテリアと緑色野菜の浸出液を含む培地中で、所定条件、例えば、23±1℃、昼光色蛍光ランプの人工照明(400〜5000ルックス)を1日当たり8〜12時間照射(残りは暗黒)の条件で、24〜48時間培養したものを使用する。この時期のミドリゾウリムシを対数期にあるミドリゾウリムシと呼び、その増殖が対数的に起こる本測定方法が好適に実施できる時期である。なお、毒性試験に用いるミドリゾウリムシの前処理は上記に限定されるものではなく、必要に応じて培養条件や培養期間を変更することができる。
【0068】
[アクリルアミドを含む試料の調製]
本実施形態では、アクリルアミドを含む試料の一例として、アクリルアミドを所定量ずつ蒸留水に溶解し、アクリルアミド溶液としたものを用いる。しかしながら、アクリルアミドを含む試料は上記に限定されるものではなく、必要に応じて上記溶液中に各種の有機または無機成分を添加してもよい。また、アクリルアミドを含む試料としては、食品中に含まれるアクリルアミドを各種の公知の技術を用いて蒸留水中に溶解させて試料としたものを使用してもよい。上記作製した各アクリルアミド溶液を100μlずつとり、対数期のミドリゾウリムシ(例えば、MB−1株)を40個体含む培養液(培地)1.9mlと混合してアクリルアミドの濃度を10〜1250mg/lとなるように調製する。本実施形態で使用するアクリルアミドの濃度は、例えば、10,50,250、1250mg/lの4種類とするが、アクリルアミドの濃度は上記に限定されるものではなく、任意の濃度をとることができる。
【0069】
[アクリルアミドの毒性評価試験]
ミドリゾウリムシだけを含む培養液を培養すると、ミドリゾウリムシは増殖してその個体数を増加するが、ミドリゾウリムシを含む培養液にアクリルアミドを添加して培養すると、ミドリゾウリムシの個体数の増加はアクリルアミドを含まない試料を培養した場合に比べて減少し、ミドリゾウリムシの生存率は低下する。そこで、ミドリゾウリムシを含む培養液にアクリルアミドを各種濃度添加してアクリルアミドの毒性を評価する。
【0070】
この毒性評価試験の一例を説明すると、対数期のミドリゾウリムシ(例えば、40個体のミドリゾウリムシ/1.9ml)を含む培養液(培地)に各種濃度のアクリルアミドを含む水溶液を100μl混合(アクリルアミド濃度として10、50、250、1250mg/lとなる4種類)後、ガラスシャーレに入れて所定条件、例えば、23±1℃、昼光色蛍光ランプの人工照明(1500ルックス)を24時間照射の条件下(以下全明条件と称す)で、ミドリゾウリムシを5日間培養する。次に、培養液中に含まれるミドリゾウリムシの個体数を数えることにより、ミドリゾウリムシの個体数の経時変化(増加量、減少量)を測定する。すなわち、培養中のミドリゾウリムシは、培養液を含むガラスシャーレを振動させて培養液内の細胞の分布を一様にした後、マイクロピペットで培養液0.15mlを窪みスライドに取り、捕集したミドリゾウリムシ個体を一体ずつガラスシャーレに戻しながらその個体数を測定する。ここで、ミドリゾウリムシの個体数のカウントは、実体顕微鏡下で実験者の目視観察で行う。この操作を3回繰り返し、その平均値を0.15ml中のミドリゾウリムシの個体数とし、この平均値を1mlに換算して5日間培養後の細胞密度(個数/ml)とする(毒性評価試験結果の一例を図4に示す)。
【0071】
なお、各種アクリルアミド濃度の毒性の影響を比較する場合には、次式(1)
ミドリゾウリムシの相対値=(A×100)/B (1)
A=各アクリルアミド濃度でのミドリゾウリムシの個体数密度(mg/l)
B=アクリルアミド濃度0のときのミドリゾウリムシの個体数密度(mg/l)
で示す相対値を用いる(相対値を用いてアクリルアミドの毒性の影響を比較した結果の一例を図5に示す)。
【0072】
なお、各種濃度のアクリルアミドを添加したミドリゾウリムシの個体数の変化を測定する際には、生存するミドリゾウリムのみがカウントされ、死滅したミドリゾウリムはカウントされない。(ミドリゾウリムシは死滅すると細胞が破裂し、形が残らないため、死滅したミドリゾウリムシをカウントすることはない。)
[白いミドリゾウリムシの培養:図3]
ミドリゾウリムシから白いミドリゾウリムシを人工的に製造する方法を以下説明する。白いミドリゾウリムシは、上記説明したアクリルアミドの毒性評価試験と同様の条件で、アクリルアミドを含む対数期のミドリゾウリムシを5日間培養し、生存するミドリゾウリムシの中で、共生藻を全く含まない白いミドリゾウリムシを調べる。図3は、培養5日目の培養液に白いミドリゾウリムシが出現したことを示す図である。以下、図3について説明すると、ミドリゾウリムシはクロロフィルを有する共生藻を含んでいるため、ミドリゾウリムシに励起光を照射すると、共生藻のクロロフィルに由来する蛍光(クロロフィル蛍光)を発生する。しかしながら、アクリルアミドの毒性によってミドリゾウリムシ中の共生藻はアクリルアミド濃度の増加と共に徐々に減少し、例えば、250mg/lにおいて共生藻由来のクロロフィル蛍光を完全に失ったミドリゾウリムシ、すなわち共生藻を含まないミドリゾウリムシが出現する。
【0073】
このクロロフィルを含まない白いミドリゾウリムシとクロロフィルを含むミドリゾウリムシとは、ニコン社製ノマルスキー(Nomarski)微分干渉コントラスト顕微鏡(DIC)等の光学器機を用いて得られる蛍光像と微分干渉像とを用いて識別することができる。図3の上段は、微分干渉像であり、下段は蛍光像である。微分干渉像からは、クロロフィルを含まない(共生藻を含まない)白いミドリゾウリムシと、クロロフィルを含むミドリゾウリムシ(「共生藻を含むミドリゾウリムシ」)とを合わせた、全ミドリゾウリムシ数を測定することができる。
【0074】
一方、ミドリゾウリムシに水素ランプを照明すると、ミドリゾウリムシ中の共生藻に含まれるクロロフィルは放射線を吸収して励起し、より長い波長の放射線を再放射する。そこで、試料と接眼レンズとの間にB2フィルターをおいて紫外光を除き、共生藻中のクロロフィルから発せられる蛍光(赤色)のみによって得られる蛍光像(赤色像)が得られるので、この蛍光像からは、クロロフィルを含むミドリゾウリムシを測定することができる。そこで、上記の蛍光像と微分干渉像とを比較することにより、ミドリゾウリムの中で共生藻を全く含まない「白いミドリゾウリムシ」を検出できるので、この白いミドリゾウリムシをアクリルアミドを含む溶液から抽出し、アクリルアミドを含まない培養液で、上記説明した培養条件などで培養することにより白いミドリゾウリムシを増殖させることにより共生藻を含むミドリゾウリムシから人工的に白いミドリゾウリムシを製造した。
【0075】
(2)活性酸素測定試験
次に、ミドリゾウリムシ中に含まれる活性酸素の量をNBT(ニトロブルーテトラゾリウム)試薬を用いて定量分析する方法について説明する。NBT試薬は、黄色を示すが、NBT試薬は、活性酸素の1つであるスーパーオキシド(O)と次式に従って反応すると、NBT試薬は還元され、ホルマザンを生成し、青色を示す。
NBT+O→ホルマザン+O
上式より、活性酸素の1つであるスーパーオキシドは、ホルマザン生成量と比例関係にあることから生成されたホルマザン(青色)を定量的に分析することにより、ミドリゾウリムシ中に含まれる活性酸素の量を測定することができる。
【0076】
そこで、ミドリゾウリムシを200個/ml含む培養液2ml中に所定濃度のアクリルアミドとNBT試薬を同時に添加して、23℃、1500ルックスの条件で5時間放置したのち、微分干渉コントラスト顕微鏡を用いてミドリゾウリムシ中に含まれる活性酸素の量を定量分析することができる。図6は、各種アクリルアミド濃度におけるミドリゾウリムシ中に含まれる活性酸素の量を示す模式図であり、ミドリゾウリムシ中に青く見える部分が活性酸素である。この活性酸素を定量分析する場合には、図6に示す各ミドリゾウリムシの画像をパーソナルコンピュータの画面に取りこみ、各画素に含まれる青の色調の強さを色調の強さを測定することができる汎用ソフトを用いて定量分析する。ここで、各アクリルアミド濃度における活性酸素の定量分析結果を比較する場合には、次式(2)に示す青(ブルー)強度の相対値を用いて評価する。
青強度の相対値=C×100/D (2)
C=各アクリルアミド濃度における青強度
D=アクリルアミド濃度0における青強度
【0077】
(B)アクリルアミドの毒性を抑制する方法で使用する試験方法
(3)「抗酸化剤の性能評価試験」
次に、抗酸化剤の性能評価試験について説明する。本実施形態では、抗酸化剤とは、アクリルアミドが体内に摂取された場合に、アクリルアミドによって体内で発生する活性酸素の生成を抑制するあるいはアクリルアミドによって体内で発生された活性酸素の量を低減するものと定義する。抗酸化剤としては、例えば、キサンチン、ケルセチン、クルクミン、ポリフェノールなどが挙げられるが、以下の説明では、キサンチンを抗酸化剤の一例として説明する。まず、ミドリゾウリムシを含む培養液に各種濃度の抗酸化剤を添加して混合して抗酸化剤を含む試料を調製する。次に、この混合溶液にアクリルアミドを各種濃度添加してアクリルアミドの毒性を上記説明したアクリルアミドの毒性評価試験によって評価する。また、抗酸化剤を含まないミドリゾウリムシを含む培養液にアクリルアミドを各種濃度添加して、上記説明したアクリルアミドの毒性評価試験を行う。そして、抗酸化剤を含む場合と含まない場合のアクリルアミドの毒性評価試験結果を比較することにより抗酸化剤の効果を評価する。
【0078】
抗酸化剤の性能評価試験の一例を説明すると、対数期のミドリゾウリムシ(例えば、20個体の白いミドリゾウリムシ/1.9ml)を含む培養液(培地)に抗酸化剤としてキサンチンを所定量(例えば、0.2mg/ml)添加して混合する。次に、アクリルアミドを含む水溶液を100μl混合(アクリルアミド濃度として50mg/l)後、ガラスシャーレに入れて所定条件、例えば、23±1℃、昼光色蛍光ランプの人工照明(1500ルックス)を24時間照射の条件下で、ミドリゾウリムシを5日間培養する。次に、培養液中に含まれるミドリゾウリムシの個体数を数えることにより、ミドリゾウリムシの個体数の経時変化(増加量、減少量)を測定する。すなわち、培養中のミドリゾウリムシは、培養液を含むガラスシャーレを振動させて培養液内の細胞の分布を一様にした後、マイクロピペットで培養液0.15mlを窪みスライドに取り、捕集したミドリゾウリムシ個体を一体ずつガラスシャーレに戻しながらその個体数を測定する。ここで、ミドリゾウリムシの個体数のカウントは、実体顕微鏡下で実験者の目視観察で行う。この操作を3回繰り返し、その平均値を0.15ml中のミドリゾウリムシの個体数とし、この平均値を1mlに換算して5日間培養後の細胞密度(個数/ml)とする。
【0079】
なお、抗酸化剤の性能は、(3)式を用いて行う。
相対値(抗酸化剤を含む場合)=(E×100)/F (3)
E=各アクリルアミド濃度+各抗酸化剤濃度を含む溶液中のミドリゾウリムシの個体数密度(mg/l)
F=アクリルアミド濃度0+各抗酸化剤濃度を含む溶液中のミドリゾウリムシの個体数密度(mg/l)
なお、抗酸化剤の性能評価は、抗酸化剤を含まない場合の基準値であるアクリルアミドの毒性を示す(4)式と比較して行う。
相対値(抗酸化剤を含まない場合)=(G×100)/H (4)
G=各アクリルアミド処理濃度+抗酸化剤濃度0を含む溶液中のミドリゾウリムシの個体数密度(mg/l)
H=アクリルアミド濃度0+抗酸化剤濃度0を含む溶液中のミドリゾウリムシの個体数密度(mg/l)
すなわち、抗酸化剤の性能評価では、各アクリルアミド濃度において、(3)式で示される抗酸化剤を含む場合の相対値が(4)式で示される抗酸化剤を含まない場合の基準値における相対値より大きい場合を抗酸化剤が効果がありと判定し、それ以外の場合を抗酸化剤の効果が無いと判定する。
【0080】
[実施例1:白いミドリゾウリムシを用いたアクリルアミドの毒性評価試験]
図4に白いミドリゾウリムシを用いたアクリルアミドの毒性評価試験を示す。図4は、白いミドリゾウリムシを含む培養液中にアクリルアミド濃度を10、50、250、1250mg/lを添加して、23±1℃、昼光色蛍光ランプの人工照明(1500ルックス)を24時間照射下(以下全明条件と称す)で、白いミドリゾウリムシを5日間培養したときの個体数密度、即ち白いミドリゾウリムシの生存数を示す図である。図5は、図4の結果に基づいて、(1)式を用いて図4の結果を規格化して、白いミドリゾウリムシに対するアクリルアミド濃度の毒性の影響を比較できるようにした図である。図5より、アクリルアミド濃度が10mg/l以下では、白いミドリゾウリムシの相対値はほぼ100%であることから、アクリルアミドの毒性はほとんどなく、白いミドリゾウリムシの生存率の100%であることが分かる。一方、アクリルアミド濃度が10〜1250mg/l以下では、白いミドリゾウリムシの相対値はアクリルアミド濃度の増加と共に100〜0%に減少することから、アクリルアミドの毒性はアクリルアミド濃度と共に徐々に大きくなり、アクリルアミド濃度1250mg/lでは白いミドリゾウリムシは全て死滅することが確認された。
【0081】
[実施例2:活性酸素測定試験]
図6は、実施例1のアクリルアミドの毒性評価試験と同様の条件で処理したときに各アクリルアミド濃度中で生き残った各白いゾウリムシ中に含まれる活性酸素の量を、NBT試薬を添加したときに青く変色する色調の変化を顕微鏡観察によって測定した結果を示したものであり、図6には、各アクリルアミド濃度における白いミドリゾウリムシ中に含まれる活性酸素の平均値を示している。また、図7は、図6で得られた各アクリルアミド濃度におけるミドリゾウリムシ中に含まれる活性酸素の量を(2)式を用いて相対評価したものである。図7の結果より、アクリルアミドを添加しない白いミドリゾウリムシ中にも活性酸素は存在するが、アクリルアミドが添加された白いミドリゾウリムシ中の活性酸素の濃度は、アクリルアミドが添加されない白いミドリゾウリムシ中の濃度より大きいことがわかる。例えば、アクリルアミド濃度50mg/lでは、アクリルアミドが添加されない場合の活性酸素に比べて2倍以上となっている。このことから、アクリルアミドの毒性の発現機構として、ミドリゾウリムシ内に摂取されたアクリルアミドがミドリゾウリムシの体内で活性酸素を発生させることが推定される。
【0082】
[実施例3:ミドリゾウリムシを用いたアクリルアミドの毒性評価試験]
実施例2の結果から、アクリルアミドの毒性の発現機構の1つの可能性として、ミドリゾウリムシ内に摂取されたアクリルアミドがミドリゾウリムシの体内で活性酸素を発生させることが推定された。そこで、アクリルアミドの毒性がミドリゾウリムシの体内で活性酸素を発生させることがミドリゾウリムシの生存率を低下させる原因の1つとなるか否かを更に検討するため、共生藻を含むミドリゾウリムシを用いて、上記説明した白いミドリゾウリムシを用いて行ったアクリルアミドの毒性評価試験と同様の試験を行った。
【0083】
この共生藻を含むミドリゾウリムシによるアクリルアミドの毒性評価試験を行う理由について説明すると、共生藻を含むミドリゾウリムシは、上記説明した全明条件では、共生藻が光合成を行うことにより、その体内に光合成によって酸素が生成される。そのため、共生藻を含むミドリゾウリムシを用いてアクリルアミドの毒性評価試験を行う場合には、アクリルアミドの毒性評価試験中に共生藻を含まない白いミドリゾウリムシよりも更に多くの活性酸素がミドリゾウリムシの体内に発生することが予測される。そのため、共生藻を含むミドリゾウリムシと共生藻を含まないミドリゾウリムシ(白いミドリゾウリムシ)とを用いて行ったアクリルアミドの毒性評価試験と比較して、共生藻を含むミドリゾウリムシの場合にミドリゾウリムシの生存率が低下すれば、アクリルアミドの毒性発現機構として活性酸素であることが更に裏付けられると考えるからである。
【0084】
図8に、ミドリゾウリムシを用いたアクリルアミドの毒性評価試験を、図9に、実施例1で得られた共生藻を含まない白いミドリゾウリムシによるアクリルアミドの毒性評価試験と今回の共生藻を含むミドリゾウリムシを用いた毒性評価試験の比較試験結果を示す。
【0085】
図8と図4の比較より、アクリルアミドを含まない場合において、5日間の培養後の共生藻を含むミドリゾウリムシの個体数1100個/mlは、共生藻を含まない白いミドリゾウリムシの個体数800個/mlの1.4倍となっている。これは、共生藻を含むミドリゾウリムシは、共生藻を含まないミドリゾウリムシに比べて、共生藻の光合成によってさらに増殖したためである。しかしながら、アクリルアミドを含む場合には、図9に示す比較結果より、同じアクリルアミド濃度において、共生藻を含むミドリゾウリムシの生存率数は、共生藻を含まないミドリゾウリムの生存率数よりも低下している。このことは、アクリルアミドの毒性が共生藻を含むミドリゾウリムシに対して共生藻を含まない白いミドリゾウリムシよりも大きいことを示すものである。このことは、実施例2で得られたアクリルアミドの毒性発現機構として考えられた活性酸素の影響が共生藻を含むミドリゾウリムシによる毒性評価試験からも裏付けられたたことを示すものである。以上の実施例1〜3の結果により、アクリルアミドのミドリゾウリムシ体内における毒性発現機構の1つとして、アクリルアミドがミドリゾウリムシの体内において活性酸素を発生させることを解明することができた。
【0086】
なお、図8の毒性評価試験と同様の条件で処理したときに各アクリルアミド濃度中で生き残った各共生藻を含むゾウリムシ中に含まれる活性酸素の量の定量分析を白いミドリゾウリムシの場合と同様の方法で行ったが、共生藻を含むミドリゾウリムシでは、クロロフィル(緑色)と活性酸素による青色が重なったため、活性酸素の量を精度よく定量分析することができなかった。
【0087】
[実施例4:抗酸化剤の性能評価試験]
実施例1〜3の結果に基づいて、アクリルアミドの毒性は、ミドリゾウリムシの体内で活性酸素を発生することと推定し、活性酸素の量を低減することが期待される抗酸化剤をミドリゾウリムシを含む培養液中に含ませることによって、アクリルアミドの毒性を低減できるか否かについて検討した。その結果を図10に示す。
【0088】
図10は、抗酸化剤としてキサンチン0.2mg/mlをミドリゾウリムシを含む培養溶液に添加した場合としない場合において、アクリルアミド濃度の毒性を比較した結果である。図10より、抗酸化剤を含まない培養液の場合には、ミドリゾウリムシの生存率はアクリルアミドを50mg/lを添加すると減少するが、一方、抗酸化剤としてキサンチン0.2mg/mlを培養液中に添加した場合のミドリゾウリムシの生存率は、アクリルアミドを50mg/lを添加しても低下しない。このことから、ミドリゾウリムシを含む培養液にあらかじめ抗酸化剤としてキサンチンを添加して混合しておくことによって、この抗酸化剤を含む培養液にアクリルアミドを添加するとアクリルアミドによって発現される毒性を低減できることが分かった。
【0089】
<C:アクリルアミドの毒性を抑制する食品及びその製造方法>
以上説明したように、アクリルアミドの毒性発現機構の1つとしてミドリゾウリムシの体内中で活性酸素を発生することが解明され、ミドリゾウリムシを含む培養液中に抗酸化剤(例えば、キサンチン)を添加しておくと、ミドリゾウリムシに対するアクリルアミドの毒性が低減されることが示された。この抗酸化剤の効果として、アクリルアミドによって体内で発生する活性酸素を低減できることが示唆された。
【0090】
一方、図2で示したように、アクリルアミドは、共生藻などの植物、原生動物であるミドリゾウリムシばかりでなく、ほ乳類であるハムスターに対して毒性を有すること、また、アクリルアミドの毒性は、ミドリゾウリムシに対してよりもハムスターに対して大きくなる可能性が示唆された。ここで、アクリルアミドのハムスターに対する毒性については未だ解明されていないが、本実施形態の結果からすると、アクリルアミドは、ハムスターの細胞内の活性酸素を発生する可能性が示唆される。また、活性酸素は、人体に対して悪影響を起こすことはよく知られている。
【0091】
一方、人は、毎日の食生活においてアクリルアミドを含む食品を摂取している可能性がある。例えば、ポテトチップス、かりんとう、フライドポテトなど、その成分として、糖(ブドウ糖)とアミノ酸(アスパラギン)を含んでおり、糖(ブドウ糖)とアミノ酸(アスパラギン)は、高温で加熱処理されると、メイラード反応が起こってアクリルアミドが生成される。そのため、このような高温で加熱処理した食品を摂取することによって体内にアクリルアミドが蓄積され、この体内に蓄積されたアクリルアミドによって体内で活性酸素が発生することが考えられる。なお、アクリルアミドを含む食品としては、上記のポテトチップス、かりんとう、フライドポテトに限ることはなく、その成分として、糖(ブドウ糖)とアミノ酸(アスパラギン)を含んでおり、その製造工程においてアクリルアミドを生成するものであればどのような食品であってもよい。
【0092】
これらのことから、アクリルアミドを含む食品を摂取することによって体内にアクリルアミドが摂取されると、アクリルアミドが体内において活性酸素を発生する可能性があること、活性酸素は、人体に悪影響を及ぼすことが知られているから、アクリルアミドに起因して発生する体内の活性酸素の量を低減する必要がある。そこで、このアクリルアミドに起因して発生する体内の活性酸素の量を低減する1つの方法として、アクリルアミドを含む食品中に、この食品が体内に摂取されたときにアクリルアミドによって体内で発生する活性酸素の量を低減できる抑制剤(上記説明したキサンチンなどの抗酸化剤など)、をあらかじめ添加しておくことが考えられる。
【0093】
この抑制剤を食品に添加する方法としては、上記食品の製造工程、例えば、上記食品の加熱処理後あるいは加熱処理前に、抑制剤(例えば、キサンチンなどの抗酸化剤など)を含む溶液を上記食品に噴霧して、あるいは、上記食品に混合しておく方法が考えられる。このように、アクリルアミドを含む食品にあらかじめ抑制剤を添加しておくと、このアクリルアミドを含む食品を摂取するときに抗酸化剤を同時に摂取されるようにすることができる。なお、抑制剤を食品に添加する方法としては、上記の噴霧方法、混合方法以外の他のどのような方法を用いることもでき、例えば、塗布方法などを用いてもよい。
【0094】
このように、アクリルアミドを含む食品に抑制剤をあらかじめ含ませておくと、アクリルアミドが体内に摂取されるときに抗酸化剤も同時に摂取させることができるため、体内に蓄積されるアクリルアミドの周辺に抗酸化剤も合わせて存在する可能性が高まる。その結果、体内でのアクリルアミドに起因する活性酸素の発生を抗酸化剤で抑制する可能性が大きくなると考えられる。
【0095】
[まとめ]
以上説明したように、本発明によれば、共生藻を含まないミドリゾウリムシを含む培養液中にアクリルアミドを添加すると、ミドリゾウリムシの生存率が低下すること、生存するミドリゾウリムシ中で活性酸素が発生することがわかった。そこで、アクリルアミドの毒性の発現機構の1つとして、アクリルアミドによるミドリゾウリムシ体内での活性酸素の発生を推定し、活性酸素を発生させない抑制剤(キサンチンなどの抗酸化剤など)を添加した結果、抑制剤を添加するとミドリゾウリムシの生存率が増加したことから、抑制剤がアクリルアミドのミドリゾウリムシに対する毒性を抑制する効果を示すことが分かった。そこで、これらこれらの知見に基づいて、アクリルアミドを含む食品に活性酸素を発生させない抑制剤を添加する方法、アクリルアミドを含む食品にこの抑制剤が添加した食品およびその食品の製造方法を見いだした。
【0096】
[アクリルアミドの毒性発現機構および抑制剤の詳細な解明]
しかしながら、上記の実施形態および実施例の説明では、以下に示す1)〜3)の知見が不足しており、より詳しい検討が必要である。
【0097】
(1)アクリルアミドの低濃度領域おける毒性
アクリルアミドの低濃度(0〜10mg/l)の毒性について、共生藻を含むミドリゾウリムシを用いた詳細な解明が必要である。
(2)アクリルアミドの毒性発現機構
図7において、アクリルアミド濃度が0〜50mg/lの領域でミドリゾウリムシ中の活性酸素の増加量は、図4のアクリルアミドは高濃度になるとミドリゾウリムシの生存率の低下量と相関しているが、アクリルアミド濃度を更に250mg/lまで増加させると活性酸素量は増加せずに減少するので、図4の結果とは相関していない。そのため、アクリルアミドの毒性発現機構について、白いミドリゾウリムシよりもアクリルアミドの毒性の影響を受けやすい共生藻を含むミドリゾウリムシを用い、さらに共生藻の存在下でもNBT試薬の還元産物であるホルマザンを検出できる測定方法を用いて、詳細な解明が必要である。さらに、アクリルアミドがヒト細胞に対してもミドリゾウリムシで見られたような活性酸素量を増加させるかを解明する必要がある。
(3)抑制剤によるアクリルアミドの毒性低減
アクリルアミドの毒性を低減する抑制剤として、各種抗酸化剤およびキサンチン誘導体(プリン塩基)の抑制効果について更に解明する必要がある。
【0098】
そこで、以下の説明では、上記1)〜4)について解明した結果について説明する。
【0099】
[実施例5:アクリルアミドの低濃度領域おける毒性:図11、12]
まず、アクリルアミドの低濃度領域おける毒性について説明する。図11(a)、(b)は、図4,5に示す白いミドリゾウリムシを用いてアクリルアミドの毒性を測定した試験では検出できなかったアクリルアミドの低濃度領域(0〜10mg/l)における毒性を、共生藻を含むミドリゾウリムシを用いて更に詳しく調べた結果である。
【0100】
図11(a)は、共生藻を含むミドリゾウリムシを含む培養液中にアクリルアミド濃度を0、1、4、16、64、256、1024mg/l添加して、23±1℃、昼光色蛍光ランプの人工照明(1500ルックス)を24時間照射下(以下全明条件と称す)で、共生藻を含むミドリゾウリムシを5日間培養したときのミドリゾウリムシ1個体当たりに含まれる共生藻の数を示した図であり、図11(b)は、アクリルアミド濃度0における共生藻の数を基準とする共生藻の相対値であり、図11(a)の結果に基づいて、次式(5)式を用いて各種アクリルアミド濃度の毒性の影響を比較した結果である。
共生藻の相対値=(I×100)/J (5)
I=各アクリルアミド濃度でのミドリゾウリムシ1個体当たりの共生藻の数(個)
J=アクリルアミド濃度0でのミドリゾウリムシ1個体当たりの共生藻の数(個)
【0101】
図11(b)より、アクリルアミド濃度が0〜16mg/lにおいて、共生藻を含むミドリゾウリムシの相対値はアクリルアミド濃度の増加と共に100〜3%に減少することから、アクリルアミドは、白いミドリゾウリムシに対して見かけ上毒性を示さない低濃度領域(10mg/l以下)でも共生藻に対して毒性を有すること、その毒性は、アクリルアミド濃度と共に徐々に大きくなり、アクリルアミド濃度16mg/lでミドリゾウリムシ中の共生藻はほとんど死滅することが明らかになった。
【0102】
このように、図11(b)の結果から、アクリルアミドは、0〜10mg/lと比較的低濃度でも共生藻に対して毒性を有することから、ミドリゾウリムシに対しても毒性を有する可能性が考えられる。そこで、ミドリゾウリムシに対するアクリルアミドの毒性を更に詳細に調べるため、図11(a)と同様の処理をしたミドリゾウリムシを用いてアクリルアミド存在下でのミドリゾウリムシの分裂回数を調べた。図12は、各アクリルアミド濃度における共生藻を含むミドリゾウリムシの分裂回数の測定結果を示す図である。図12に示すように、アクリルアミドを含まない場合のミドリゾウリムシの分裂回数は5.1回程度であるが、アクリルアミドが10mg/lと低濃度含む場合でも分裂回数は4.7回に低下している。このことから、アクリルアミドは10mg/l程度の低濃度でもミドリゾウリムシの分裂に対して毒性を有することが明らかになった。
【0103】
以上の追加実験により、アクリルアミドは10mg/l以下の低濃度であっても共生藻に対しても毒性を有するばかりでなくミドリゾウリムシの分裂を阻害することが明らかになった。従って、共生藻を含むミドリゾウリムシを用いた詳細な実験結果より、アクリルアミドは、共生藻を含むミドリゾウリムシに対して1mg/l以上添加した場合に毒性を示すこと、およびその毒性はアクリルアミド濃度の増加と共に大きくなることを明らかにすることができた。
【0104】
[アクリルアミドの詳細な毒性発現機構の解明:図13〜15]
次に、アクリルアミドの詳細な毒性解明の実験結果について図13〜15を用いて説明する。最初に、アクリルアミドの詳細な毒性発現機構に用いた分析方法の特徴にについて説明する。図13〜15では、分光光度計を用いて共生藻を含むミドリゾウリムシ中のホルマザン濃度を測定したが、この測定法は、図6で用いたホルマザンの測定法より試料の制約が無くかつ精度よくホルマザンを測定できる。
【0105】
すなわち、図6で用いたホルマザンの測定法は、顕微鏡で観察した白いミドリゾウリムシの画像をパーソナルコンピュータの画面に取り込み、各画素に含まれる青の色調の強さを測定できる汎用ソフトを用いて定量分析する方法であった。そのため、共生藻を含むミドリゾウリムシを用いると、共生藻の色とホルマザンの生成による青色成分とを分離して識別することができないため、白いミドリゾウリムシを用いなければならないという制約があった。また、顕微鏡観察により測定される青の色調の強さには、ホルマザン以外に起因する青色成分も含まれる。しかしながら、分光光度計を用いてホルマザンの吸収ピークである560nmの波長の吸光度を測定する場合には、ホルマザン以外に起因する560nm以外の青色成分を排除してホルマザンの濃度のみ選択的に測定することが可能である。従って、アクリルアミドの毒性の影響を受けやすい共生藻を含むミドリゾウリムシを用いることが可能となりアクリルアミドの毒性をより詳しく解明することができる。
【0106】
[実施例6:共生藻を含むミドリゾウリムシを用いた毒性発現機構の解明:図13]
図13は、上記説明した共生藻を含むミドリゾウリムシ中に、各種濃度のアクリルアミド(10、50、250、1250mg/l)とNBT試薬を同時に添加し、23±1℃、昼光色蛍光ランプの人工照明(1500ルックス)を10時間照射したのち、ミドリゾウリムシを即座に超音波破砕し、NBT試薬の還元産物であるホルマザンの生成量を分光光度計を用いて測定した結果を示す図である。
【0107】
なお、NBT試薬を用いて活性酸素が測定できる理由について説明する。ホルマザンは、NBT試薬が、例えば、(6)式に示すように活性酸素の1つであるスーパーオキシド(O)と反応して還元されるときに、生成し、560nmの波長の光(青色)を吸収して青色を呈する。従って、NBT試薬の還元産物であるホルマザンの生成量ホルマザンの生成が(6)式のみに従うものとすると、生成されたホルマザンを分光光度計を用いて定量的に分析することにより、ミドリゾウリムシ中に含まれるスーパーオキシド(活性酸素)の量を測定することができる。
NBT+O→ホルマザン+O (6)
【0108】
そこで、図13は、共生藻を含むミドリゾウリムシ中に、各種濃度のアクリルアミドとNBT試薬を同時に添加した場合の分光光度計で測定される560nmの波長における吸光度の相対値を次式(7)式を用いて比較した結果を示している。
相対値=K/L (7)
K=各アクリルアミド濃度での560nmの波長における吸光度
L=アクリルアミド濃度0のときの560nmの波長における吸光度
【0109】
図13より、NBT試薬が還元されて生成するホルマザンの量は、アクリルアミド濃度の増加と共に増加することが分かった。従って、図13に示す詳細な実験結果と、図8、9に示す共生藻を含むミドリゾウリムシに対するアクリルアミドの毒性との比較から、アクリルアミドの毒性発現機構の1つとして、アクリルアミド濃度の増加と共にミドリゾウリムシ中に含まれる活性酸素の1つであるスーパーオキシド(O)が増加した可能性が示唆された。
【0110】
しかしながら、我々は、アクリルアミドのミドリゾウリムシ体内における毒性発現機構は、上記説明したような活性酸素を増加さる機構に限定されるものではないと考えている。すなわち、上記説明では、ホルマザンは(6)式によって生成するとしたが、実際に観測しているのは図13に示すように共生藻を含むミドリゾウリムシにアクリルアミドを添加した時にNBT試薬が還元されて生成するホルマザンの量である。このため、例えば、アクリルアミドが共生藻を含むミドリゾウリムシ中に添加されたときに、NBT試薬を還元してホルマザンを生成するスーパーオキシド以外の物質であって、共生藻を含むミドリゾウリムシに対して毒性を有する物質(以下、物質Xと称す)が生成する場合でも図13と同様の結果が得られる可能性がある。従って、アクリルアミドのミドリゾウリムシ体内における毒性の影響について述べるときは、アクリルアミドが活性酸素量を増加させるというよりは、NBT試薬を還元してホルマザンを生成する物質を生成させるなどというのがより適切な表現かもしれない。この場合、物質Xの1つの可能性として、上記説明した活性酸素の1つであるスーパーオキシドが挙げられる。
【0111】
[実施例7:ヒト細胞を用いた毒性発現機構の解明:図14、15]
以上の結果から、アクリルアミドは、ミドリゾウリムシや共生藻に対して毒性を示すこと、アクリルアミドを添加したミドリゾウリムシ中にはNBT試薬を還元してホルマザンを生成する物質、例えば、活性酸素の一種であるスーパーオキシドが増加する可能性を解明することができた。しかしながら、アクリルアミドは人体に対して有毒であるといわれているもののヒト培養細胞(HeLa細胞)に対してもミドリゾウリムシで明らかにされたようなNBT試薬を還元してホルマザンを生成する物質が増加するか不明である。
【0112】
そこで、次に、アクリルアミドをヒト培養細胞内に添加した場合に、NBT試薬を還元してホルマザンを生成する物質が増加することを実験的に解明する。図14は、ヒト培養細胞(HeLa細胞)にNBT試薬および各種濃度(1,10,100mg/l)のアクリルアミドを添加し、37℃で12時間処理したときの光学顕微鏡を用いて観察した細胞の一例を示す模式図である。図中の黒い点として示したのが、NBT試薬の還元によって生じたホルマザンである。図14に示すようにアクリルアミド濃度の増加と共にヒト培養細胞中に観察されるホルマザンの量は増加している。図15は、アクリルアミドを添加しない場合にヒト培養細胞(HeLa細胞)中に含まれるホルマザンの量を基準(1.0)とした相対値である。図15より、アクリルアミド濃度の増加と共にヒト培養細胞(HeLa細胞)中に含まれるホルマザンの量が増加している。また、図15の結果は、図13に示す共生藻を含むミドリゾウリムシ中に含まれるホルマザン量の増加の傾向とよい対応を示している。このことから、アクリルアミド濃度のヒト培養細胞(HeLa細胞)における毒性の発現機構の1つとして、NBT試薬を還元してホルマザンを生成する物質、例えば、活性酸素の一種であるスーパーオキシドを増加させる可能性が示唆された。
【0113】
[実施例8:抑制剤によるアクリルアミドの毒性低減の解明:図16〜20]
以上の結果から、アクリルアミドを添加したミドリゾウリムシ中にはNBT試薬を還元してホルマザンを生成する物質、例えば、活性酸素の一種であるスーパーオキシドが増加する可能性が解明された。また、図10に示す実施例4では、抗酸化剤の一種であるキサンチンをアクリルアミドを含むミドリゾウリムシに添加したところ、ミドリゾウリムシの生存率が増加した。そこで、以下の説明では、NBT試薬を還元してホルマザンを生成する物質(例えば、活性酸素の一種であるスーパーオキシド)の生成を抑制する物質として、キサンチンを含む抗酸化剤あるいはキサンチンを含むプリン塩基について、アクリルアミドの毒性の抑制効果を探査した結果について説明する。
【0114】
[抑制剤によるアクリルアミドの毒性低減効果の評価方法]
最初に、抑制剤によるアクリルアミドの毒性低減効果の評価方法を説明する。本評価方法では、抑制剤それ自身が、ミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲において、抑制剤がアクリルアミドの共生藻に対する毒性を低減する場合に、抑制剤がアクリルアミドの毒性を抑制する抑制効果を有すると定義する。
抑制剤の性能は、まず(8)式を用いて評価する。
相対値(抑制剤を含む場合)=(M×100)/N (8)
M=各アクリルアミド濃度+各抑制剤濃度を含む溶液中のミドリゾウリムシ1個体あたりの共生藻の数
N=アクリルアミド濃度0+各抑制剤濃度を含む溶液中のミドリゾウリムシ1個体あたり共生藻の数
次に、(8)式で得られた抑制剤の性能を(5)式で得られるアクリルアミドの毒性(抑制剤を含まない基準値)と比較して、抗酸化剤の抑制効果を評価する。すなわち、抑制剤の性能評価では、各アクリルアミド濃度において、(8)式で示される抑制剤を含む場合の相対値が(5)式で示される抑制剤を含まない場合の基準値における相対値より大きい場合を抑制剤の効果があると判定し、それ以外の場合を抑制剤の効果が無いと判定する。
【0115】
そこで、以下の説明では、まず、抑制剤自身がミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲を調べた結果を説明し、この濃度範囲の抑制剤を共生藻を含むミドリゾウリムシ含む培養溶液に添加し、更に、この培養溶液にアクリルアミドを添加して、抑制剤のアクリルアミドの毒性低減効果を調べた結果を説明する。
【0116】
[キサンチン:図16]
図16(b)より、抗酸化剤の一種であるキサンチンがミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲(ミドリゾウリムシの相対値が100)は、キサンチン濃度0〜2.0mg/lである。そこで、キサンチン0.5、1.0,2.0mg/lを共生藻を含むミドリゾウリムシを含む培養溶液に添加し、更にこの培養溶液に10、50mg/lのアクリルアミドを添加して、キサンチンによるアクリルアミド濃度の毒性低減効果を調べた。図16(a)より、キサンチンを含まない培養液の場合、アクリルアミドを10mg/lを添加すると共生藻の相対値(アクリルアミド濃度0の共生藻を100とした共生藻の相対数)は17%に急激に減少するが、キサンチンを培養液中に0.5〜2.0mg/l含ませることによりアクリルアミドを10mg/lを添加しても共生藻の相対値がキサンチンの添加量の増加と共に46%から62%へと大きく上昇した。このことから、キサンチン濃度0.5〜2.0mg/lの範囲でキサンチンは、アクリルアミドの毒性を大きく低減する効果を有することが明らかになった。
【0117】
[カフェイン:図17]
アクリルアミドの毒性を低減するキサンチンは、プリン塩基の一種であり、図16に示す構造を有する。そこで、同じプリン塩基で図17に示す構造を有するカフェインを抑制剤として使用した場合の結果について、図17を用いて説明する。
【0118】
図17(b)より、カフェインがミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲(ミドリゾウリムシの相対値が100)は、カフェイン濃度0〜250mg/lである。そこで、カフェイン100、140,180mg/lを共生藻を含むミドリゾウリムシを含む培養溶液に添加し、更にこの培養溶液に10、50mg/lのアクリルアミドを添加して、カフェインによるアクリルアミド濃度の毒性低減効果を調べた。
【0119】
図17(a)より、カフェインを含まない培養液の場合、アクリルアミドを10mg/lを添加すると共生藻の相対値(アクリルアミド濃度0の共生藻を100とした共生藻の相対数)は16%に急激に減少するが、カフェインを培養液中に100〜180mg/l含ませることによりアクリルアミドを10mg/lを添加しても共生藻の相対値がカフェインの添加量の増加と共に25%から38%へ上昇した。このことから、カフェイン濃度100〜180mg/lの範囲でカフェインは、アクリルアミドの毒性を低減する効果を有することが明らかになった。ただし、キサンチンとカフェインを比較すると、キサンチンのほうがアクリルアミドの毒性を低減する効果は大きかった。以上説明したように、キサンチン、カフェインなどプリン塩基はアクリルアミドの毒性を低減する効果を有しており、キサンチン、カフェイン以外のプリン塩基としては、テオフィリン、テオブロミン等のキサンチン誘導体も抑制剤として使用することができることが分かった。
【0120】
[比較例1:ポリフェノール:図18]
次に、抑制剤として抗酸化剤の一種であるポリフェノール(Polyphenols:ICN Biomedicals. Inc製)をアクリルアミドの毒性を低減する抑制剤として用いた場合の結果について、図18を用いて説明する。図18(b)より、ポリフェノール濃度0〜50mg/lの範囲では、ポリフェノールはミドリゾウリムシに対して毒性を示さない。そこで、ポリフェノール2、10,50mg/lを共生藻を含むミドリゾウリムシを含む培養溶液に添加し、更にこの培養溶液に10、50mg/lのアクリルアミドを添加して、ポリフェノールによるアクリルアミド濃度の毒性低減効果を調べた。
【0121】
図18(a)より、ポリフェノールを含まない培養液の場合、アクリルアミドを10mg/lを添加すると共生藻の相対値(アクリルアミド濃度0の共生藻を100とした共生藻の相対数)は27%に急激に減少するが、ポリフェノールを培養液中に2〜10mg/l含ませることによりアクリルアミドを10mg/lを添加しても共生藻の相対値がポリフェノールの添加量の増加と共に37%から47%に上昇した。しかしながら、ポリフェノールを培養液中に50mg/l含ませると、ポリフェノールを含まない培養液の場合と同程度に共生藻の相対値が低下した。このことから、ポリフェノール濃度2〜10mg/lの範囲でポリフェノールは、アクリルアミドの毒性を低減するが、添加量による効果は、キサンチンと比較すると小さいことが分かった。
【0122】
[比較例2:ケルセチン:図19]
次に、上記説明した抗酸化剤であるポリフェノールの一種であるケルセチン(図19参照)をアクリルアミドの毒性を低減する抑制剤として用いた場合の結果について、図19を用いて説明する。図19(b)より、ケルセチンがミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲(ミドリゾウリムシの相対値が100)は、ケルセチン濃度0〜2mg/lである。そこで、ケルセチン0.5、1.0,2.0mg/lを共生藻を含むミドリゾウリムシを含む培養溶液に添加し、更にこの培養溶液に10、50mg/lのケルセチンを添加して、ケルセチンによるアクリルアミド濃度の毒性低減効果を調べた。
【0123】
図19(a)より、ケルセチンを含まない培養液の場合、アクリルアミドを10mg/lを添加すると共生藻の相対値(アクリルアミド濃度0の共生藻を100とした共生藻の相対数)は9%に急激に減少するが、ケルセチンを培養液中に0.5〜1.0mg/l含ませることによりアクリルアミドを10mg/lを添加しても共生藻の相対値がケルセチンの添加量の増加と共に16%から23%に上昇した。しかしながら、ケルセチンを培養液中に2.0mg/l含ませると、ケルセチンを含まない培養液の場合と同程度に共生藻の相対値が低下した。このことから、ケルセチン濃度0.5〜1.0mg/lの範囲でケルセチンは、アクリルアミドの毒性を低減する効果を有するが、添加量による効果は、キサンチンと比較すると小さいことが分かった。
【0124】
[比較例3:N−アセチル−L−システイン:図20]
次に、アクリルアミドの毒性を低減する抑制剤として効果がなかった抗酸化剤の一例について説明する。図20は、抗酸化剤の一種であるN−アセチル−L−システインをアクリルアミドの毒性を低減する抑制剤として用いた場合の実験結果である。図20(b)より、N−アセチル−L−システインがミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲(ミドリゾウリムシの相対値が100)は、N−アセチル−L−システイン濃度0〜10mg/lである。
【0125】
そこで、N−アセチル−L−システイン0.4、2.0,10mg/lを共生藻を含むミドリゾウリムシを含む培養溶液に添加し、更にこの培養溶液に10、50mg/lのアクリルアミドを添加して、N−アセチル−L−システインによるアクリルアミド濃度の毒性低減効果を調べた。図20(a)より、N−アセチル−L−システインを含まない培養液の場合、アクリルアミドを10mg/lを添加すると共生藻の相対値(アクリルアミド濃度0の共生藻を100とした共生藻の相対数)は23%に急激に減少し、N−アセチル−L−システイン0.4、2.0,10mg/lを培養液中に含ませても、アクリルアミドを10mg/lを添加した場合には、共生藻の相対値は、12〜17%と、N−アセチル−L−システインを含まない培養液の場合以下に共生藻の相対値が減少した。このことから、抗酸化剤であるN−アセチル−L−システインは、アクリルアミドの毒性を低減する効果を有さないことが分かった。
【0126】
上記説明した抑制剤によるアクリルアミドの毒性低減効果について、以下まとめる。アクリルアミドの毒性を低減する抑制剤としては、NBT試薬を還元してホルマザンを生成する物質(例えば、活性酸素の一種であるスーパーオキシド)の生成を抑制する物質であればどのような物質でも抑制剤として使用できる。この抑制剤の一例としては、例えば、キサンチンなどの抗酸化剤を使用することができる。ただし、抗酸化剤であればどの様なものでも抑制剤として使用できるのではなく、例えば、N−アセチル−L−システインなどの抗酸化剤は使用できない。また、抑制剤としては、抗酸化剤に限ることはなく例えば、キサンチンの誘導体であるカフェインや、キサンチンやカフェインを含むプリン塩基を使用することもできる。
【0127】
以上説明したアクリルアミドの毒性発現機構および抑制剤の詳細な解明結果について以下にまとめる。
【0128】
(1)アクリルアミドは、共生藻を含むミドリゾウリムシに対して1mg/l以上添加した場合に毒性を示し、その毒性はアクリルアミド濃度の増加と共に大きくなった。アクリルアミド濃度の増加と共に、NBT試薬の還元産物であるホルマザンの生成量が増加した。これらのことから、アクリルアミドはミドリゾウリムシ中にNBT試薬を還元させる物質(例えば、活性酸素の一種であるスーパーオキシド)を増加させることが推定された。また、ヒト細胞に対してもアクリルアミド濃度の増加と共に、NBT試薬の還元産物であるホルマザンの生成量が増加した。このことから、アクリルアミドはヒト細胞でもNBT試薬を還元させる物質(例えば、活性酸素の一種であるスーパーオキシド)を増加させることが推定された。
(2)アクリルアミドの毒性を低減する抑制剤には、NBT試薬を還元してホルマザンを生成する物質(例えば、活性酸素の一種であるスーパーオキシド)の生成を抑制する物質であればどのようなものでも抑制剤として使用できる。例えば、抑制剤の一例としては、キサンチンなどの抗酸化剤、キサンチンの誘導体であるカフェインや、キサンチンやカフェインを含むプリン塩基を使用することができる。
【0129】
[アクリルアミドの毒性を抑制する抑制剤、それを含む食品]
最後に、アクリルアミドの毒性を抑制する抑制剤、それを含む食品について補足説明する。ポテトチップス、かりんとう、フライドポテトなど、その成分として、糖(ブドウ糖)とアミノ酸(アスパラギン)を含む食品を高温で加熱処理すると、メイラード反応により食品中にアクリルアミドが生成される。また、本実施形態で詳細に説明したように、このような高温で加熱処理した食品を摂取することによって体内にアクリルアミドが蓄積されると、この体内に蓄積されたアクリルアミドによって体内にNBT試薬の還元産物であるホルマザンを生成する物質(例えば、活性酸素の一種であるスーパーオキシド)を増加させる可能性があることが指摘された。また、活性酸素は、人体に悪影響を及ぼすことはよく知られている。
【0130】
従って、体内に蓄積されたアクリルアミドによって体内にNBT試薬の還元産物であるホルマザンを生成する物質(例えば、活性酸素の一種であるスーパーオキシド)の量を抑制剤を用いて低減する必要がある。この抑制剤としては、本実施形態で詳細に説明したように、NBT試薬を還元してホルマザンを生成する物質の生成を抑制する物質であればどのようなものでも使用できる。例えば、抑制剤の一例としては、キサンチンなどの抗酸化剤を使用することができる。あるいは、キサンチンの誘導体であるカフェインおよびキサンチンやカフェインを含むプリン塩基を抑制剤として使用することができる。
【0131】
そこで、これらの抑制剤の利用方法について以下説明する。食品を高温で加熱処理して食品中に生成したアクリルアミドを含む食品を摂取するときに、本実施形態で見いだされた抑制剤の使用方法としては、例えば、上記食品を製造する際に抑制剤を食品に所定量予め添加しておく方法、例えば、食品を加熱調理した後の味付工程などにおいて食品に所定量予め添加する方法などがあげられる。この食品製造時に予め添加して使用方法については本実施形態の説明において既に詳しく説明したのでここでの説明は重複するので省略する。
【0132】
また、本実施形態で見いだされた抑制剤の別の使用方法としては、この抑制剤を塩、醤油、マヨネーズなどの調味料中に予め所定量添加しておき、この調味料で上記加熱調理されアクリルアミドを含む食品を味付けすることにより、上記食品を摂取するときに抑制剤が食品とともに体内に摂取されるようにしてもよい。また、この抑制剤の別の使用方法としては、例えば、この抑制剤を錠剤または液剤などの形態にしておき、上記加熱調理されアクリルアミドを含む食品を摂取するときに、この錠剤または液剤などが合わせて摂取されることにより抑制剤が食品とともに体内に摂取されるようしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0133】
【図1】ミドリゾウリムシに対するアクリルアミド濃度の毒性の影響を説明する図である。
【図2】共生藻、ハムスター、ミドリゾウリムシに対するアクリルアミド濃度の影響を説明する図である。
【図3】共生藻を含むアクリルアミドからアクリルアミドを添加することにより共生藻のないミドリゾウリムシを作ることを説明する模式図である。
【図4】各アクリルアミド濃度で共生藻のないミドリゾウリムシを5日間培養したときの個体数密度を示す図である。
【図5】図4の各アクリルアミド濃度における共生藻のないミドリゾウリムシの生存率を相対値で比較した図である。
【図6】各アクリルアミド濃度で共生藻のないミドリゾウリムシを5日間培養したときの共生藻のないミドリゾウリムシ中の活性酸素を示す模式図である。
【図7】図6の活性酸素強度をアクリルアミド濃度を添加しない時を基準として相対比較した結果を示す図である。
【図8】各アクリルアミド濃度で共生藻を含むミドリゾウリムシを5日間培養したときの個体数密度を示す図である。
【図9】各アクリルアミド濃度で共生藻を含むミドリゾウリムシおよび共生藻を含まないミドリゾウリムシを5日間培養したときの生存率を相対値で比較した図である。
【図10】各アクリルアミド濃度において、抗酸化剤(キサンチン)を添加した場合と添加しない場合の共生藻のないミドリゾウリムシの生存率を比較した図である。
【図11】各アクリルアミド濃度で共生藻を含むミドリゾウリムシを培養したときの共生藻の数および共生藻の数を相対値で比較した図である。
【図12】各アクリルアミド濃度における共生藻を含むミドリゾウリムシの分裂回数を説明する図である。
【図13】各アクリルアミド濃度で共生藻を含むミドリゾウリムシを培養したときの共生藻を含むミドリゾウリムシ中の活性酸素(ホルマザン)を相対値で比較した図である。
【図14】ヒト培養細胞(HeLa細胞)に各アクリルアミド濃度を添加したときのヒト培養細胞(HeLa細胞)中の活性酸素(ホルマザン)を示す図である。
【図15】図14の各アクリルアミド濃度におけるヒト培養細胞(HeLa細胞)中の活性酸素(ホルマザン)を相対値で比較した図である。
【図16】(a)は、キサンチンを含む場合と含まない場合のアクリルアミドの毒性を比較した図であり、(b)は、キサンチンがミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲を調べた図である。
【図17】(a)は、カフェインを含む場合と含まない場合のアクリルアミドの毒性を比較した図であり、(b)は、カフェインがミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲を調べた図である。
【図18】(a)は、ポリフェノールを含む場合と含まない場合のアクリルアミドの毒性を比較した図であり、(b)は、ポリフェノールがミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲を調べた図である。
【図19】(a)は、ケルセチンを含む場合と含まない場合のアクリルアミドの毒性を比較した図であり、(b)は、ケルセチンがミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲を調べた図である。
【図20】(a)は、N−アセチル−L−システインを含む場合と含まない場合のアクリルアミドの毒性を比較した図であり、(b)は、N−アセチル−L−システインがミドリゾウリムシに対して毒性を示さない濃度範囲を調べた図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品に含まれ、前記食品を加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分と、
前記食品が体内で発現する、前記生成したアクリルアミドによる毒性を抑制する抑制剤と、
を含むことを特徴とする食品。
【請求項2】
前記成分は、アミノ酸と糖とを含み、前記加熱処理中に前記アミノ酸と糖とが反応して前記アクリルアミドを生成することを特徴とする請求項1に記載の食品。
【請求項3】
前記食品は、ポテトチップス、フライドポテトおよびかりんとうのうちの少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項1に記載の食品。
【請求項4】
前記抑制剤は、前記食品表面に噴霧された状態で存在することを特徴とする請求項1に記載の食品。
【請求項5】
前記抑制剤は、前記食品中に混合されていることを特徴とする請求項1に記載の食品。
【請求項6】
前記抑制剤は、前記アクリルアミドによる体内中の活性酸素の増加を抑制する材料であることを特徴とする請求項1に記載の食品。
【請求項7】
前記抑制剤は、抗酸化剤を含むことを特徴とする請求項6に記載の食品。
【請求項8】
前記抗酸化剤は、キサンチンを含むことを特徴とする請求項7に記載の食品。
【請求項9】
前記抑制剤は、プリン塩基を含むことを特徴とする請求項1に記載の食品。
【請求項10】
前記プリン塩基が、キサンチン、カフェインを含むことを特徴とする請求項9に記載の食品。
【請求項11】
加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品が体内で発現する、前記生成したアクリルアミドによる毒性を抑制するために、抗酸化剤を含むことを特徴とする抑制剤。
【請求項12】
前記生成したアクリルアミドによる毒性とは、前記アクリルアミドによる体内中の活性酸素量の増加であることを特徴とする請求項11に記載の抑制剤。
【請求項13】
前記抗酸化剤は、キサンチンを含むことを特徴とする請求項11に記載の抑制剤。
【請求項14】
加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品が体内で発現する、前記生成したアクリルアミドによる毒性を抑制するために、プリン塩基を含むことを特徴とする抑制剤。
【請求項15】
前記プリン塩基が、キサンチン、カフェインを含むことを特徴とする請求項14に記載の抑制剤。
【請求項16】
請求項11乃至請求項15のいずれか1項に記載の抑制剤を含むことを特徴とする調味料。
【請求項17】
食品を加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品の製造方法であって、
前記食品を加熱して調理する調理工程と、
前記食品が体内で発現する前記アクリルアミドによる毒性を抑制する抑制剤を前記食品に添加する工程と、
を含むことを特徴とする食品の製造方法。
【請求項18】
前記成分は、アミノ酸と糖とを含み、前記加熱処理中に前記アミノ酸と糖とが反応して前記アクリルアミドを生成することを特徴とする請求項17に記載の食品の製造方法。
【請求項19】
前記食品は、ポテトチップス、フライドポテトおよびかりんとうのうちの少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項17に記載の食品の製造方法。
【請求項20】
前記抑制剤を添加する工程は、前記加熱処理の後に実施することを特徴とする請求項17に記載の食品の製造方法。
【請求項21】
前記抑制剤を添加する工程は、前記加熱処理の前に実施することを特徴とする請求項17に記載の食品の製造方法。
【請求項22】
前記抑制剤を添加する工程では、前記食品表面に前記抑制剤を噴霧することを特徴とする請求項20又は請求項21に記載の食品の製造方法。
【請求項23】
前記抑制剤を添加する工程では、前記食品内中に前記抑制剤を混合することを特徴とする請求項20又は請求項21に記載の食品の製造方法。
【請求項24】
アクリルアミドと、前記アクリルアミドによる体内中での毒性を抑制する抑制剤とを共存させることを特徴とするアクリルアミドによる毒性の発現を抑制する方法。
【請求項25】
前記毒性とは、活性酸素量の増加であることを特徴とする請求項24に記載のアクリルアミドによる毒性の発現を抑制する方法。
【請求項26】
前記共存させるとは、食品を加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品中に、前記抑制剤を予め添加することであることを特徴とする請求項24に記載のアクリルアミドによる毒性の発現を抑制する方法。
【請求項27】
前記共存させるとは、食品を加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品を飲食する際に、前記抑制剤を前記食品に添加することであることを特徴とする請求項24に記載のアクリルアミドによる毒性の発現を抑制する方法。
【請求項28】
前記共存させるとは、食品を加熱して調理する際にアクリルアミドを生成する成分を含む食品を飲食する際に、前記抑制剤を前記食品とともに飲食することであることを特徴とする請求項24に記載のアクリルアミドによる毒性の発現を抑制する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2006−55159(P2006−55159A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−132882(P2005−132882)
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(597053016)株式会社タイム アソシエイツ (2)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】