説明

食肉製品の退色防止剤及び食肉製品の製造方法

【課題】ローストビーフ等の食肉製品特有の肉色が長期間保持され、かつ凍結や解凍などの温度の急激な変化によっても退色しにくい食肉製品を提供すること。
【解決手段】乳清由来の無機塩類、及び/又は、塩基性アミノ酸からなる、食肉製品の退色防止剤。原料肉に調味液を注入した後、当該原料肉を加熱加工することによる食肉製品の製造方法であって、前記調味液が、添加物として乳清由来の無機塩類及び/又は塩基性アミノ酸を含有し、かつpHが7.0以上を示すものである、ことを特徴とする製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食肉製品、特に、ローストビーフ等の、赤みを帯びた食肉製品の退色を防止するための添加剤、及び、それを用いた食肉製品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ローストビーフは牛肉の塊をオーブンなどで焼き上げたものであり、食する際には薄くスライスするが、そのスライスの中心部が赤みを帯びていることが外観上の特徴である。
【0003】
従来、ローストビーフ等の、赤みを帯びた食肉製品を販売のためにスライスした状態で店頭に並べると、3〜5時間程度でその赤みを帯びた肉色が退色し、商品価値が大幅に低下するという問題があった。
【0004】
ローストビーフを工業的に製造する方法としては、食品衛生法において以下の2つの方法が規定されている。
1)食品原料の中心温度を63℃とし、30分以上加熱する製造方法(この製造方法により得られたローストビーフは、流通では一般的に10℃以下に保持される。製造過程で原料肉の塩漬けを行う場合、調味液等を注入することが一般的である)。
2)食品原料の中心温度を56℃とし、64分以上もしくは同等以上の加熱を行う特定加熱方法(この製造方法により得られたローストビーフは、流通では一般的に4℃以下に保持される。製造過程で原料肉の塩漬けを行う場合、調味液等の注入は認められていない)。
【0005】
ローストビーフにおいて特有の赤みを出そうとすると上記2)の特定加熱方法が有利であるため、この方法がひろく一般的に用いられている。一方、上記1)の製造方法は製造後短時間でローストビーフの赤みの退色が進行してしまうという問題があった。
【0006】
特許文献1では、ローストビーフの原料肉にアスコルビン酸ナトリウム又はクエン酸ナトリウムの溶液を注入し、次いでこの原料肉を加熱加工することを特徴とするローストビーフの製造方法が開示されている。この製造方法によれば、上記1)の製造方法を用いてもローストビーフの退色を防止することができると記載されている。
【特許文献1】特許第3115288号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本発明者らが検討を重ねたところ、特許文献1の方法で退色防止効果が発揮されるのはせいぜい2日程度であり、しかも、ローストビーフを凍結又は解凍したりする際など保存温度の急激な変化によって退色が進行してしまうという問題点があることが判明した。
【0008】
本発明は、上述した現状に鑑み、ローストビーフ等の食肉製品特有の肉色が長期間保持され、かつ凍結や解凍などの温度の急激な変化によっても退色しにくい食肉製品の製造を可能にする食肉製品の退色防止剤、及び、それを用いた食肉製品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく種々検討を重ねた結果、原料肉を乳清由来の無機塩類、及び/又は、塩基性アミノ酸で処理することによって、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、乳清由来の無機塩類、及び/又は、塩基性アミノ酸からなる、食肉製品の退色防止剤に関する。
【0011】
また本発明は、原料肉に調味液を注入した後、当該原料肉を加熱加工することによる食肉製品の製造方法であって、前記調味液が、添加物として乳清由来の無機塩類及び/又は塩基性アミノ酸を含有し、かつpHが7.0以上を示すものである、ことを特徴とする製造方法にも関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によって、ローストビーフ等の食肉製品特有の赤みが長期間保持され、かつ凍結や解凍などの温度の急激な変化によっても退色しにくい食肉製品を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
まず、本発明の食肉製品の退色防止剤を説明する。本発明の食肉製品の退色防止剤は、乳清由来の無機塩類、及び/又は、塩基性アミノ酸からなる。
【0014】
乳清由来の無機塩類とは、乳清に由来するナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄等の無機塩類をいう。ここで乳清とは、一般に牛乳からチーズを製造する際に生じる上澄み液のことである。乳清には無機塩類のほかに、炭水化物、水溶性ビタミン、タンパク質、脂肪等が含まれているが、これらの成分を限界ろ過及び晶析分離によって除去することによって無機塩類を分離することができる。乳清由来の無機塩類の市販品としては、例えば、サンホエイ(商品名、三慶株式会社製)を使用できる。
【0015】
塩基性アミノ酸としては、塩基性を示すアミノ酸として一般に知られているアミノ酸を使用することができ、例えば、リジン、アルギニン、ヒスチジン、これらの任意の混合物等が挙げられる。
【0016】
本発明の食肉製品の退色防止剤は、さらにブドウ糖を含有することが好ましい。これによって、退色防止効果をより向上させることができ、また、食肉製品が呈する赤みをより食欲をそそる色調に調整することができる。ブドウ糖ではなく砂糖を使用した場合、退色防止効果を向上する結果は得られない。
【0017】
ブドウ糖を併用する場合、乳清由来の無機塩類及び塩基性アミノ酸と、ブドウ糖との重量比は特に限定されないが、例えば、10:1〜1:10程度の範囲であってよい。
【0018】
本発明の退色防止剤は、ハム、ソーセージ、ローストビーフなど種々の食肉製品に対して使用できるが、特に、退色しやすい赤みを帯びた食肉製品であるローストビーフに対して適用することによって本発明の効果を顕著に発揮することができる。
【0019】
本発明の退色防止剤は、調味液や水等で適宜希釈して、製造後の食肉製品、又は、製造過程にある原料肉に対して、噴射、塗布、浸漬、注入等の方法によって適当な量を適用すればよい。
【0020】
本発明の退色防止剤の使用量は特に限定されず、達成される退色防止効果との関係で適宜決定すればよいが、例えば、原料肉100kgに対して有効成分が100g程度以上の使用量で当該効果を発揮することができる。
【0021】
次に、本発明の食肉製品の製造方法を説明する。
【0022】
本発明の食肉製品の製造方法では、食肉製品の内部が呈する肉色を長期間保持することができるよう、当該食肉製品の製造過程で使用する調味液に対して本発明の退色防止剤を配合して、当該調味液を原料肉に注入する。すなわち、原料肉に調味液を注入した後、当該原料肉を加熱加工することによる食肉製品の製造方法において、当該調味液として、添加物として乳清由来の無機塩類又は塩基性アミノ酸を含有し、かつそのpHが7.0以上に調整されたものを使用する。
【0023】
まず、適当な大きさにカットした原料肉に対して調味液を注入する。目的とする食肉製品がローストビーフの場合、原料肉は牛肉であり、部位としてはロース、もも等が使用されるが、特に限定されない。
【0024】
前記調味液は、食肉製品の味を調整するために使用され、通常、食塩、グルタミン酸ナトリウム、有機酸、pH調整剤、野菜エキス、肉エキス等を含むものである。本発明では、当該調味液に、前述した乳清由来の無機塩類及び/又は塩基性アミノ酸を添加する。これらの添加量は特に限定されないが、調味液を構成する水100質量部に対して、0.5質量部〜10質量部の範囲が好ましく、1質量部〜5質量部の範囲がより好ましい。食肉製品の食感も考慮すると、1質量部〜3質量部の範囲が特に好ましい。
【0025】
前記調味液には、さらにブドウ糖を添加することが好ましい。ブドウ等の添加量も特に限定されないが、例えば、調味液を構成する水100質量部に対して、0.5質量部〜10質量部程度の範囲であってよい。
【0026】
前記調味液は、退色防止効果の観点から、pHが7.0以上を示すことが好ましい。pH調整剤を添加して調味液のpHを7.0未満とした場合には、加熱加工して得られた食肉製品の赤みを長期間保持することが困難になる。退色防止効果の観点からは、調味液のpHは約8.0〜11.0の範囲が好ましいが、得られた食肉製品の保存安定性や食感の観点も加味すると、約8.0〜10.0の範囲がより好ましい。
【0027】
原料肉に対する前記調味液の使用量は適宜決定可能であるが、通常、原料肉100質量部に対して5質量部以上を使用すればよい。得られる食肉製品の色や食感の観点から、原料肉100質量部に対して15質量部〜40質量部の範囲が好ましく、特に、15質量部〜20質量部の範囲が好ましい。
【0028】
以上詳述した調味液を原料肉に注入する際には、例えば、ピックルインジェクター等、公知の手段を使用すればよい。
【0029】
調味液が注入された原料肉を加熱加工することによって食肉製品が製造されるが、食肉製品としてローストビーフを製造する場合には、オーブンで原料肉の表面を軽く焼いた後、所定の容器に充填した状態で、又は、容器に充填せずに、蒸気、湿熱、又はお湯の中に投入して加熱加工すればよい。加熱加工時の条件は、前述した1)の方法に従うことができ、原料肉の中心温度を63℃とし、30分以上加熱すればよい。その後、速やかに冷却することによって所望の食肉製品が得られる。
【0030】
以上の製造方法によって、63℃、30分相当の加熱食品製品の加熱条件を使用した場合であっても、食肉製品特有の赤みが長期間保持され、かつ凍結や解凍などの温度の急激な変化によっても退色しにくい食肉製品を得ることができる。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を掲げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0032】
以下の実施例及び比較例では、以下の手順に従ってローストビーフを作製した。
【0033】
原料の牛肉を適当な大きさにカットし、ピックルインジェクターを使用して調味液を注入した。その後、オーブンに入れ、240℃の温度で原料肉の表面を軽く焼いて表面に皮膜を形成した。次いで、ケーシングに充填した状態で、70℃〜75℃のお湯に入れて穏やかにボイルした。その間、温度計を原料の中心に差し込み、中心部の温度が63℃に達してから55分保持された時点でボイルを終了した。この後、速やかに冷却することによりローストビーフを得た。
【0034】
(実施例1)
調味液として、食塩470g、乳清由来の無機塩類(商品名サンホエイ、三慶株式会社製)230g、及び水10kgを混合したものを使用した。当該調味液のpHを測定したところ、10.77であった。この調味液を原料肉100kgに対して20kg使用した。
【0035】
(実施例2)
調味液として、食塩470g、ブドウ糖590g、乳清由来の無機塩類(商品名サンホエイ、三慶株式会社製)230g、及び水10kgを混合したものを使用した。当該調味液のpHは10.80であった。この調味液を原料肉100kgに対して20kg使用した。
【0036】
(実施例3)
調味液として、食塩470g、ブドウ糖590g、乳清由来の無機塩類(商品名サンホエイ、三慶株式会社製)60g、及び水10kgを混合したものを使用した。当該調味液のpHは10.11であった。この調味液を原料肉100kgに対して20kg使用した。
【0037】
(実施例4)
調味液として、食塩470g、ブドウ糖590g、乳清由来の無機塩類(商品名サンホエイ、三慶株式会社製)460g、及び水10kgを混合したものを使用した。当該調味液のpHは10.66であった。この調味液を原料肉100kgに対して20kg使用した。
【0038】
(実施例5)
調味液として、食塩470g、グルタミン酸ナトリウム55g、ブドウ糖590g、乳清由来の無機塩類(商品名サンホエイ、三慶株式会社製)230g、pH調整剤240g、酵母エキス120g、及び水10kgを混合したものを使用した。当該調味液のpHは8.58であった。この調味液を原料肉100kgに対して20kg使用した。
【0039】
(実施例6)
調味液として、食塩470g、グルタミン酸ナトリウム55g、ブドウ糖590g、乳清由来の無機塩類(商品名サンホエイ、三慶株式会社製)460g、pH調整剤240g、酵母エキス120g、及び水10kgを混合したものを使用した。当該調味液のpHは10.59であった。この調味液を原料肉100kgに対して20kg使用した。
【0040】
(実施例7)
実施例5と同じ調味液を使用した。この調味液を原料肉100kgに対して40kg使用した。
【0041】
(実施例8)
実施例5と同じ調味液を使用した。この調味液を原料肉100kgに対して30kg使用した。
【0042】
(実施例9)
実施例5と同じ調味液を使用した。この調味液を原料肉100kgに対して15kg使用した。
【0043】
(実施例10)
調味液として、食塩470g、ブドウ糖590g、塩基性アミノ酸230g、及び水10kgを混合したものを使用した。当該調味液のpHは10.58であった。この調味液を原料肉100kgに対して30kg使用した。
【0044】
(実施例11)
調味液として、食塩470g、ブドウ糖590g、塩基性アミノ酸120g、及び水10kgを混合したものを使用した。当該調味液のpHは10.39であった。この調味液を原料肉100kgに対して20kg使用した。
【0045】
(比較例1)
調味液として、食塩470g、ブドウ糖590g、及び水10kgを混合したものを使用した。当該調味液のpHは6.94であった。この調味液を原料肉100kgに対して20kg使用した。
【0046】
得られたローストビーフの評価を下記の方法及び基準に従って行った。結果を表1に示す。
(1)色調
調製したローストビーフを適当な大きさにスライスし、一端冷凍した後、冷蔵で解凍したローストビーフの肉色の色調を下記基準により評価した。
5:鮮赤色
4:赤色
3:淡赤色
2:暗灰赤色
1:灰褐色
(2)色の持続性
調製したローストビーフを適当な大きさにスライスし、一端冷凍した後、冷蔵で解凍し、冷蔵で保持し続けた際にローストビーフの肉色の持続性を下記基準により評価した。
5:72時間以上、色調評価の3以上の肉色を持続した。
4:48時間以上、色調評価の3以上の肉色を持続した。
3:24時間以上、色調評価の3以上の肉色を持続した。
2:24時間未満で、色調評価の2以下に退色した。
1:スライス直後から、色調評価の1であった。
(3)製品の食感
調製したローストビーフを適当な大きさにスライスし、食することによってその食感を評価した。
A:ローストビーフ特有の、肉汁を含みつつ咀嚼し易い食感。
B:やや噛み切りにくく、生っぽさを感じさせる食感。
C:生肉様の、噛み切りにくく咀嚼しにくい食感。
【0047】
【表1】

表1より、調味液に乳清由来の無機塩類又は塩基性アミノ酸を添加している場合には、ローストビーフの色調が良好であり、かつその色調がきわめて長期にわたって持続することが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳清由来の無機塩類、及び/又は、塩基性アミノ酸からなる、食肉製品の退色防止剤。
【請求項2】
さらにブドウ糖を含有する、請求項1に記載の退色防止剤。
【請求項3】
前記食肉製品が、ローストビーフである、請求項1又は2に記載の退色防止剤。
【請求項4】
原料肉に調味液を注入した後、当該原料肉を加熱加工することによる食肉製品の製造方法であって、
前記調味液が、添加物として乳清由来の無機塩類及び/又は塩基性アミノ酸を含有し、かつpHが7.0以上を示すものである、ことを特徴とする製造方法。
【請求項5】
前記調味液が、添加剤としてさらにブドウ糖を含有する、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記食肉製品が、ローストビーフである、請求項4又は5に記載の製造方法。

【公開番号】特開2009−268391(P2009−268391A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−120522(P2008−120522)
【出願日】平成20年5月2日(2008.5.2)
【出願人】(000118497)伊藤ハム株式会社 (57)
【Fターム(参考)】