説明

骨用セメント組成物、及びRNAIII抑制性ペプチド含有の類似組成物

RNAIII抑制性ペプチド(RIP)は、埋込まれた骨セメント表面での生物膜形成リスクを有利になるように処理するか、又は低減するため、持続的な化学療法、入院、又は骨セメントの外科的除去の可能性が少なくなる。抗体とは異なり、RIPは抵抗性細菌株を誘導せずに生物膜を根絶するため、RIPをこのことに適用すると特に好適である。またRIPを含む生分解性組成物も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の説明
本出願は2005年4月4日に出願された米国特許仮出願第60/667940号の権益を主張するものであり、ここで参照することによってその全体が組込まれたものとする。
【0002】
本出願は全般的には細菌感染症の治療のための組成物及びその方法に関し、特に骨セメント組成物、又はRNAIII抑制性ペプチドを含む類似組成物、ならびにそれらを用いる方法に関する。
【背景技術】
【0003】
必要認識及びRNAIII抑制性ペプチド
近年の研究によって、コレラ菌(Vibrio cholerae)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、及び黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を含む細菌種の病理学における必要認識が重要であることが明らかになった。必要認識とは、細菌集団が隣の細胞から情報を受け、適当な反応を誘導して宿主内でのそれ自体の生存を可能にするメカニズムのことである。それについては、バラバンら(Balaban et al.)、サイエンス(Science)280:438‐40(1998);ミラーら、(Miller et al.)、セル(Cell)110:303‐14(2002);ヘンツァーら(Hentzer et al.)、エンボジャーナル(EMBO J.)22:3803‐15(2003);コレムら、(Korem et al.)、FEMS・マイクロバイオロジー・レターズ(FEMS Microbiol.Lett.)223:167‐75(2003)を参照のこと。スタフィロコッカス属菌では、必要認識によって、定着、播種、及び疾患の促進に関わる多くの毒素の産生を含めた細菌の有毒性の関与を受ける蛋白質の発現がコントロールされる。これらの有毒因子のうちのいくつかは、超抗原として作用することで宿主の免疫系を過剰に刺激し、サイトカインを過剰に放出させ、T細胞を過剰増殖させるエンテロトキシン及び毒素ショック症候群毒素‐1(TSST‐1)である。
【0004】
黄色ブドウ球菌における必要とされる認識系では、エフェクターが必要認識分子RNAIIIで活性化するペプチド(RAP)については、スタフィロコッカス属菌の中で高い保存性を有する21kDaの蛋白質である「RNAIII活性化蛋白質の標的」(TRAP)をリン酸化する。TRAPのリン酸化によって、細菌の付着が促進され、トキシン合成の原因であるRNAIIIと呼ばれる制御性RNA分子の下流での産生が促進される。バラバン(Balaban)(1998);バラバンら(Balaban et al.)、ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(J.Biol.Chem.)376:2658‐667(2001)。RAPの拮抗物質であるRNAIII抑制性ペプチド(RIP)は、TRAPのリン酸化を抑制し、それによってインビボにおいて、下流域での有毒因子類の産生、細菌付着、生物膜形成、及び感染が強く抑制される。RIPの作用機序については、一般的な抗生物質とは異なり、細菌を殺さない。RIPは、宿主の防御機構に対する細菌の有毒性を増大させる細菌細胞間のコミュニケーションを抑制する。そのことについてはバラバン(Balaban)(1998);バラバンら(Balaban et al.)、ペプチド(Peptides)21:1301‐11(2000);ゴブら(Gov et al.)、ペプチド(Peptides)22:1609‐20(2001);バラバンら(Balaban et al.)、ジャーナル・オブ・インフェクシャウス・ディジーズ(J.Infect.Dis.)187:625‐30(2003);キリオーニら(Cirioni et al.)、サーキュレーション(Circulation)108:767‐71(2003);リベリオら(Riberio et al.)、ペプチド(Peptides)24:1829‐36(2003);ジャコメッチら(Giascometti et al.)、アンチバイオロジカル・エイジェンツ・アンド・ケモセラピー(Antimicrob.Agents Chemother.)47:1979‐83(2003);バラバンら(Balaban et al.)、キドニー・インターナル(Kidney Int.)23:340‐45(2003);バラバンら(Balaban et al.)、アンチマイクロバイオロジカル・エイジェンツ・アンド・ケモセラピー(Antimicrob.Agents Chemother.)48:2544‐50(2004);デラクワら(Dell’Acqua et al.)、ジャーナル・オブ・インフェクシャウス・ディジーズ(J.Infect.Dis.)190:318‐20(2004)を参照のこと。
【0005】
骨セメントの生物膜感染症
骨セメント組成物は、損傷を受けた骨の強化、又は人工関節のようなインプラント材を骨構造物に固定するのに用いられる。そのような適用は、整形外科、歯科及び関連する医療科目の領域で特に有用である。一般に、外科医は手術前に、ポリメタクリル酸メチル(PMM)粉末を、メタクリル酸メチル及び放射線不透明化生成物を作り出す硫酸バリウム結晶を含む液状成分と混合して骨セメントを直接調製する。外科医は、得られた固化し得る液状物質を骨の空洞に圧入又は注入し、その液状物は数分以内で重合し、硬化する。化学組成及び物理的特性が異なる多くの市販骨セメント製剤が購入でき、骨セメントの混合及び注入の新たな手法についても現在開発されつつある。
【0006】
骨セメントの表面は、しばしば細菌の定着を助け、手術後感染症を引起こす。したがって、ほとんどの骨セメントは、手術後感染症の予防として働く抗生物質混合物を含み、通常は抗生物質の全身投与と組合される。それについてはハラブら(Hallab et al.)、ジャーナル・オブ・ボーン・アンド・ジョイント・サージェリー(J.Bone Joit Surg.)83‐A:428‐36(2001)を参照のこと。しかしながら、細菌が定着している骨セメント表面については、補綴剤表面に生物膜が形成されるので、通常の抗生物質で撲滅することは困難である。生物膜は、多糖類である「糖衣」から主として構成され、分泌された接着性細胞外ポリマーのマトリックス内に包埋した付着性細菌の多重層から成る。宿主の防御機構及び化学療法に対する付着補綴性感染症の抵抗性については、糖衣の防護環境に大いに関係する。例えば、ドビンスら(Dobbins et al.),1988参照のこと。
【0007】
抗生物質はインプラントに伴う生物膜を低減するが、撲滅するのは極めて困難である。インプラント周辺に抗生物質を持続的に存在させても細菌を完全には殺せず、抗生物質耐性株の誘発のリスクが増大するファンデバルトら(Van de Belt et al.)、アクタ・オルソペディア・スカンジナビア(Acta Orthop.Scand.)71:625‐29(2000)参照。米国疾病対策予防センター(CDC:The Center for Disease Control)の評価によると、米国では年間200万人の患者が院内感染症(すなわち、病院内で罹る感染症)を患い、その結果年間10万人近くの死者が存在し、それらの感染症の原因細菌の約70%は、そのような感染症の治療にごく一般的に用いられる少なくとも一種の薬物に抵抗性を持つ。200万人の症例のうちの概ね70%については、医療用器具の体内留置に伴うものであり、それらの感染症の2/3は、黄色ブドウ球菌及び表皮ブドウ球菌(S.epidermidis)によるものである。そのことについては、バインシュタイン(Weinstein)、“Nosocomial Infection Update”,エマージング・インフェクシャス・ディジージズ(Emerging Infectious Diseases)4:416‐20(1998)を参照のこと。
【0008】
整形外科手術後の感染症については、コスト面、ならびに予防可能な患者の罹病及び死亡の面の両方で重大な結果に陥る可能性がある。インプラントが関係した感染症に対する治療オプションについては、様々なものがあるが、一般的には外科的なデブリードマン及び抗生物質の全身投与を組合わせたものが含まれる。埋込まれた骨セメントに伴う感染症には、通常は数週間から数ヶ月の抗生物質の静脈内投与、ベッドでの拘束、安静、及び/又は近接の骨の粉砕及び周囲の軟組織の破壊を伴うプロテーゼの摘出が必要となる。持続的な抗生物質の曝露及び骨セメントの摘出によって、しばしば感染症の撲滅に成功する一方、回復は最適にまでは及ばず、患者はしばしば長期間の機能障害状態に放置される。したがって、埋込まれた骨セメントに付随した感染症、特に薬剤耐性菌による感染症に伴う生物膜に付随した感染症の予防及び治療のための有効、安全で即効性の薬物の必要に迫られている。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0009】
RNAIII抑制性ペプチド(RIP)は、骨セメントインプラントに定着する細菌における生物膜形成及び毒素産生を抑制するのに必要である。抗生物質とは異なり、RIPは耐性菌株を誘発させずに生物膜を撲滅する。RIPについては、多くの投与方法で投与できる。例えば、RIPは埋込み術の前に骨セメントと混合できる。RIP自体を速放出型又は徐放出型の製剤に配合することもでき、その例としてはRIP組成物含有のナノ粒子が挙げられ、RIP組成物は骨セメント組成物と混合でき、又は骨セメント組成物とは別々に投与することもできる。RIPは、抗生物質とは異なるメカニズムで機能するため、抗生物質の有効性を補完することができる。したがってRIPについては、抗生物質又は抗菌性ペプチドのような抗菌性薬剤との混合又はその全身投与と組合わせて使用できる。またRIPについては、麻酔性又は骨形態形成性蛋白質のような薬剤とともに使用することもできる。
【0010】
第一の実施形態によれば、骨セメント組成物はRIPを含有する。骨セメント組成物にはさらに、抗生物質(例えば、アミノ配糖体系又はβラクタム系)、抗菌性ペプチド、麻酔剤、又は骨形態形成性蛋白質も含有できる。RIPについては、骨セメントインプラント表面に生物膜が形成されるリスクの処理又は低減に有効な量で存在できる。RIPについては、速放出性又は徐放出性のキネティクスが可能な担体系とともに製剤化することができ、その製剤にはナノ粒子も含有可能である。本発明は、いずれかのタイプの骨セメント組成物を用いて実現でき、その組成物にはポリメタクリル酸メチル又はメタクリル酸メチルを含有するもの、ならびに注入可能なセラミックスセメント、注入可能なリン酸カルシウム水硬性セメント、カルシウム不含ヒドロキシアパタイトセメント、ダールライトセメント、又はブルシャイトセメントを含有するものが挙げられる。
【0011】
第二の実施形態によれば、骨セメントの投与方法にはRIP組成物との同時投与工程が含まれ、その場合のRIP組成物については、骨セメントの添加の前、最中又は後で加えることができる。例えば、RIPは骨セメントの粉末状成分と混合でき、あるいは固化前の骨セメントに加えることもできる。RIP組成物については、非経口的又はそのほかの適当な投与経路で投与できる。RIP組成物はさらに、抗生物質又は抗菌性ペプチドのような抗菌剤、あるいは麻酔剤又は骨形態形成性蛋白質も含有できる。RIP含有の骨セメント組成物の投与については、必要に応じて同じ個人に対して反復できる。
【0012】
第三の実施形態によると、生分解性組成物はRIPを含有する。生分解性組成物にはフィブリンシーラントが挙げられる。フィブリンシーラントとしては、外科用接着性グルー、外科用シーラントなどが挙げられる。フィブリンシーラントは、骨セメントと同様に製造されるか、RIPと混合した状態で保存され、その形態は粉末状、あるいはそれ以外の固化前又は埋込み前の形態をとる。同様にRIPについては、創傷の治療に用いられるコラーゲンシートヒドロゲル又はヒドロコロイドなどのような生分解性組成物にも加えることができる。ヒドロゲル又はヒドロコロイドには、コラーゲン‐アルギン酸塩創傷治療用包帯、一時的皮膚代替物及び瘢痕除去シートが含まれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明はRIP含有の骨セメント組成物を提供し、その組成物によって、埋込まれた骨セメントに伴う生物膜形成のリスクが有利になるように処理又は低減され、時間の消費、高価で痛みを伴う化学療法及び入院が防止され、骨セメントが外科的に除去される可能性が低減する。RIPは、骨セメントインプラント又はそのほかの生分解性組成物表面にしばしば形成される生物膜のリスクを処理又は低減するため、前述の適用に特に好適である。さらにRIPは抗生物質とは異なり、細菌がRIPに持続的にさらされても一般的には耐性株が誘導されないため、前述の適用に有益である。
【0014】
本発明のRNAIII抑制性ペプチド
必要認識性の抑制物質であるRIPは、細菌の増殖には影響を及ぼさないが、細胞外毒素を産生させるシグナル変換に干渉することで細菌の病原性を減弱する。RIPは、agr遺伝子座の上流域のアクティベーターである標的分子TRAPのリン酸化を抑制することで毒素産生を遮断する。図1は、agr遺伝子座の下流域のアクティベーターにおけるTRAPリン酸化の役割を示す。細胞増殖時には、RAPは細胞外環境中に蓄積し、TRAPリン酸化を促進することで、細菌の付着が増し、増殖の中期指数的増加段階におけるagr活性化が増大する。agr活性化によって、自己誘導性ペプチド(AIP)が産生され、AIPはTRAPリン酸化を低下させるが、RNAIIIの発現を可能にする。なお、RNAIIIは溶血素及びエンテロトキシンの産生を増大させる。RIP、又は抗RAP抗体のようなRIPアゴニストは、TRAPリン酸化を抑制し、TRAP酵素を非リン酸化状態の非活性型に平衡を移行させ、agrの発現をブロックする。それによって細菌の付着、生物膜形成、及び毒素産生が低減する。
【0015】
RIPは、一般式YXPXTNFを含み、XはC、W、又はIあるいは修飾アミノ酸であり、XはK又はSである。詳細なRIP配列については、米国特許第6291431号、2003年2月3日出願の米国特許出願第10/358448号、2001年4月19日出願の米国特許出願第09/839695号、及びゴブら(Gov et al.)、ペプチド(Peptides)22:1609‐20(2001)に開示されており、それらのすべては、本明細書に参照によって組込まれたものとする。RIP配列には、アミノ酸配列KKYXPXTNを含み、XはC、W、I又は修飾アミノ酸であり、XはK又はSであるポリペプチドが含まれる。さらにRIP配列には、XがC又はWであるYSPXTNF、及びYKPITNを含むポリペプチドも含まれる。一つの実施形態では、上記の一般式YXPXTNFを含むRIPについては、1個〜2個のアミノ酸の置換、欠失、及びそのほかの修飾による修飾がさらになされている。但し、そのRIPは活性を示すものである。
【0016】
本明細書で用いられる「蛋白質」「ポリペプチド」又は「ペプチド」という用語には、修飾配列(例えば、グリコシル化、PEG化、保存的アミノ酸置換を含むもの、保護基を含むもの、5‐オキソプロリル基を含むもの、アミド化、D‐アミノ酸など)が含まれる。アミノ酸置換には保存的置換が含まれ、それらは一般にはグリシン、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、リシン、アルギニン、ならびにフェニルアラニン、チロシンの群中のものである。
【0017】
本発明の蛋白質、ポリペプチド及びペプチドは、精製又は単離されることができる。「精製された」とは、本来の状態で見出される化合物に正常な場合、随伴する成分が、ほとんど存在しない、例えば約60%、約75%、又は約90%存在しない化合物を指す。「単離された」化合物とは、化合物が自然に生じるのとは異なる環境における化合物のことである。本発明の蛋白質、ポリペプチド及びペプチドについては、天然に生じるもの、遺伝子組換えによって得られたもの、又は当業者によく知られた方法による化学合成で得ることができるものである。
【0018】
骨セメント組成物
骨セメントは、骨内ギャップの充填、及び損傷した骨、例えば手首、股関節及び背骨の強化のために用いられる。例えばその他にも骨セメントは、虚血壊死(すなわち骨壊死)に対する複雑な股関節再建が必要とされると考えられる患者に対して使用でき、ほかのタイプのインプラント、ピン、ステープルなどの挿入術のようなほかの外科的手法と組合せても使用できる。骨セメントの適用については当業者に知られており、口腔外科、骨の手術、美容形成、災害外科、インターベンショナルラジオロジー、及びリウマチ治療における使用が含まれる。
【0019】
本明細書で用いられる「骨セメント組成物」という用語には、PMM及びメタクリル酸メチルなどを主成分とする骨セメント組成物が含まれる。骨セメント組成物のほかの例としては、注入可能なセラミックス、及びカルシウム不含のヒドロキシアパタイトセメントのような注入可能なリン酸カルシウム水硬性セメントが挙げられ、それらにはサンゴ由来のプロオステオンヒドロキシアパタイト、ダールライトセメント、又はブルーシャイトセメントが含まれる。それらについては、例えばハルドウインら(Hardouin et al.)、“New injectable compositions for bone replacement”,セミノロジカル・マスキュロスケレタル・ラジオロジー(Semin. Musculoskeletal Radiol.)1(2):319‐324(1997)を参照のこと。これらの組成物は、生体適合性、吸収可能、骨誘導性、及び注入可能であって、シリンジ及び針で皮膚から搬送できるものが有益である。それらは、非吸収性の骨セメント組成物と組合せて用いるか、又はそれの代わりに用いることもできる。ベッツ(Betz)、オルソペディックス・ジャーナル(Orthopedics J.)25(5 Suppl.):S561‐70(2002)を参照のこと。また骨セメントには、金属幹と医療用骨セメントとの界面で使用可能なアクリル系接着剤も含まれる。適するアクリル系接着剤含有骨セメントは、セメントの固定化を強める被覆素材として適用される無水トリメリト酸‐4‐メタクリロイルオキシエチルエステル(4‐META)を含む。それについてはモリタら(Morita et al.)、ジャーナル・オブ・バイオメディカル・マテリアル・リサーチ(J.Biomed.Mater.Res.)34:171‐75(1997)を参照のこと。「骨グラフト組成物」についても、脱灰骨マトリックス、合成骨グラフト置換物、架橋化コラーゲン骨グラフト、骨グラフトパテなどが含まれる。
【0020】
「骨セメント組成物」には、個人に挿入又は埋込まれる前又は後の骨セメント製剤が含まれる。このことは、骨セメントが体内で固化した後にRIPを対象個人に投与できることである。言い換えると、又は追加して言うと、骨セメント組成物はRIPとともに混合した状態で製造又は保存できる。したがって一つの実施形態では、RIP含有の骨セメント組成物の成分は粉末状である。
【0021】
RIP含有の生分解性組成物
RIP組成物は、対象患者に挿入されるほかの生分解性組成物に付随した生物膜のリスクの処理又は低減のために使用できる。RIP含有の適当な生分解性組成物には、例えばフィブリンシーラントが含まれる。フィブリンシーラントは、濃縮されたフィブリノーゲン及びトロンビン、ならびに通常のそのほかの凝固因子を含有し、一般的には粉末状である。フィブリンシーラントは血液と接触すると、直ちに血餅を形成するため、広範囲の外科的手法における止血剤、及び組織又は創傷のシーラントとして有用である。アルバラ(Albala)、カルジオバスキュラー・サージェリー(Cardiovasc.Surg.)11(Suppl.1):5‐11を参照のこと。本明細書で用いられる「フィブリンシーラント」には、外科用接着グルー、外科用シーラント、又はそれらの類似物のような組成物が含まれる。フィブリンシーラントは、骨セメントと同様に製造できるか、又はRIPと混合した状態で保存でき、その形態は粉末状、あるいは固化前の状態又は埋込み前のいずれかほかの状態である。同様にRIPは、創傷の治療に用いられるコラーゲンシートヒドロゲル又はヒドロコロイドなどのような生分解性組成物に加えることもできる。ヒドロゲル又はヒドロコロイドには、コラーゲンアルギン酸塩の創傷用包帯、一時的皮膚代替物及び瘢痕除去用シートが含まれる。
【0022】
RIP及びRIP製剤の活性測定用のアッセイ系
前述のように、RIPが必要認識メカニズムを抑制するのに関わるメカニズムには、TRAPのリン酸化の抑制が伴う。表皮ブドウ球菌中にTRAP及びTRAPリン酸化が存在するという証拠があり、そのことから黄色ブドウ球菌及び表皮ブドウ球菌の両方においても、同様な必要認識メカニズムが存在することが示され、両方の細菌種で起こる生物膜形成及び感染症にRIPが干渉できることが示される。さらに、TRAPがスタフィロコッカス属のすべての株及び種に保存されているという証拠もあり、したがってRIPは、スタフィロコッカスのいずれのタイプに対しても有効であると考えられる。さらに、枯草菌(Bacillus subtilus)、炭疽菌(Bacillus anthracis)、セレウス菌(Bacillus cereus)、リステリア・イノクア(Listeria innocua)、及びListeria monocytogenesを含めたほかの感染症起因細菌についても、TRAPに類似した配列の蛋白質が存在すると考えられる。そのうえ、RAPはrplB遺伝子によってコードされるリボソーム蛋白質L2のオルソログである。それについてはコレムら(Korem et al.)、FEMS・マイクロバイオロジカル・レターズ(FEMS Microbiol.Lett.)223:167‐75(2003)を参照のこと。なお、この文献はrplB遺伝子によってコードされるRAPオルソログに関するものとして、参照によって本明細書に組込まれたものとする。L2については、ストレプトコッカス属菌類、リステリア属菌類、ラクトコッカス属菌類、エンテロコッカス属菌類、大腸菌、クロストリジウム・アセトブチリクム(Clostridium acetobtylicum)、及びバチルス属菌類を含めた細菌の中に高度に保存されている。この見解から、黄色ブドウ球菌中のRAPの機能を妨げるのに役立つ処理も、L2合成性の細菌の処理に充分有効であろうことが分かる。
【0023】
本発明による好ましいRNAIII抑制性ペプチドは、RNAIII抑制活性を直接又は間接的に示し、その活性については、多くのルーチンスクリーニング法を用いてアッセイできる。RIPは、スタフィロコッカスの必要認識系の既知の機能に対して干渉することによって、スタフィロコッカス属菌の付着及び毒素産生を抑制する。RIPは、上記考察のように、TRAPリン酸化のRAP誘導と競合して、TRAPリン酸化を抑制する。バラバンら(Balaban et al.)、ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(J.Biol.Chem.)276:2658‐67(2001)を参照のこと。このことで細胞付着、生物膜形成、及びRNAIII合成が低下し、究極的には有毒な表現型も抑制される。バラバンら(Balaban et al.)、サイエンス(Science)280:438‐40(1998)を参照のこと。例えば、RNAIII産生又はTRAPリン酸化のRIPによる抑制については、本明細書に参考によって組込まれているバラバンら(Balaban et al.)、ペプチド(Peptides)21:1301‐11(2000)に記載の手法を用いてインビトロでアッセイできる。合成RIP類縁物質YSPWTNF(‐NH)のアミド化体(合成RIPの非アミド化体は不活性である)の活性については、黄色ブドウ球菌に感染させたスミス・ディヒューズ・マウスを用いる蜂窩織炎モデル、マウスの黄色ブドウ球菌LS‐1株に対して試験される敗血症起因関節炎モデル、ウサギの黄色ブドウ球菌8325‐4株に対して試験される角膜炎モデル、ウサギの黄色ブドウ球菌MS株に対して試験される骨髄炎モデル、及び牝牛の黄色ブドウ球菌Newbould305株、AE‐1株及び自然環境における感染に対して試験される乳腺炎モデルで証明できる。それらについては、バラバンら(Balaban et al.)、ペプチド(Peptides)21:1301‐11(2000)及び表1を参照のこと。これらの見解によって、RIP活性の範囲、及びRIP活性のアッセイを可能にするスクリーニングが証明され、さらにRIPがスタフィロコッカスによる感染症を防ぎ抑制することが分かる。
【0024】
【表1】

【0025】
スクリーニングアッセイについては、検出可能なシグナルを提供する標識に対して一個又は複数の分子が結合され得るバインディングアッセイが可能である。あるいはスクリーニングアッセイでは、RNAIIIの産生及び/又は有毒因子の産生に対するRIP候補の影響を測定できる。例えば、スタフィロコッカスにおけるrnaiii転写に対する候補ペプチドの影響を計測できる。そのようなスクリーニングアッセイでは、CAT(クロラムフェニコール‐アセチルトランスフェラーゼ)、β‐ガラクトシダーゼなどのようなレポーター遺伝子システムを含有する組換え宿主細胞が、当業者によく知られた手法に従い利用できる。あるいはスクリーニングアッセイでは、当業者にもよく知られたハイブリダイゼーション技法を用いてrnaiii又は有毒因子の転写も検出できる。さらに、分子間相互作用のモデリングに使用可能な三次元結晶構造の決定にも、精製RIPが用いられ得る。
【0026】
RIP製剤のインビトロでのハイスループット分析
RIP組成物に対する以下のスクリーニングアッセイは、特定のRIP、あるいはRIPの組成物又は製剤が所望のレベルの生物学的活性を示すかどうかを求めるために使用できるいくつかのアッセイタイプを例示するものである。このアッセイ系では、ノザンブロティングで確認が成されるRNAIIIレポーター遺伝子アッセイを用い、ハイスループットでagrの発現の試験が行われる。初期指数的増殖期における、rnaiii::blaZ融合構造体を含有する黄色ブドウ球菌細胞(約2×10コロニー形成単位(CFU))については、濃度を次第に上昇させるRIP製剤を用い、96穴プレート中、37℃で2.5‐5時間振とうして増殖させる。rnaiii::blaZ融合構造体については、ゴブら(Gov et al.)、2001の文献に記載されている。このアッセイでは、βラクタマーゼはRNAIIIに対するレポーターとして作用する。細菌の生菌数については、650nmの吸光度測定で試験し、さらにプレート上の培養によってCFUを求める試験が行われる。βラクタマーゼ活性については、βラクタマーゼの基質であるニトロセフィンを加えて計測される。βラクタマーゼによるニトロセフィンの加水分解については、490nm及び650nmの吸光度比の変化で示され、黄色の場合はRNAIIIの合成がないことを示し、ピンク色の場合はRNAIIIの合成を示す。
【0027】
ハイスループットアッセイにおいて有効性を示す製剤については、ノザンブロッティングで確認できる。細菌は、RIP候補製剤でも同様に増殖する。次に細胞を遠心分離で集め、全RNAを抽出し、アガロースゲル電気泳動で分離し、ノザン法でブロッティングする。RNAIIIについては、例えばPCR法で調製された放射能標識化RNAIII特異的DNAにハイブリダイズさせることで検出される。ランダムペプチドを含む対照製剤では、通常0‐10μg/10細菌の条件で試験が成される。
【0028】
RIP製剤のインビボでの分析
候補ペプチドについては、例えばヒト以外の動物モデルでのスタフィロコッカス有毒因子の産生に対する効果に関するスクリーニングによって、インビボでの活性をアッセイすることもできる。候補ペプチドは、予めスタフィロコッカスに感染させた動物に投与されるか、又は感染量のスタフィロコッカスと同時に動物に投与される。候補ペプチドについては、所望の結果に適した方法のいずれかで投与可能である。候補ペプチドは、例えば静脈内、筋肉内、皮下、又は望ましい影響を受けるとされる組織内への直接的な注射によって投与が可能であり、あるいは局所又は経口などの投与法も可能である。そのペプチドは、動物内に埋込まれる予定の器具を被覆するのに使用できる。そのペプチドの効果については、スタフィロコッカスに伴う病変の数及び大きさをアッセイすること、微生物学的な感染証明、健康全般など、適切な方法でモニタリングできる。
【0029】
選択される動物モデルについては、当業者に知られた多数の因子で変わると思われ、それらの因子には、候補薬剤がスクリーニングされる際の特定のスタフィロコッカス病原株又は標的疾患が含まれる。ラットグラフトモデルは、生物膜形成に伴う感染症に対する製剤の抑制能を評価するのに特に有用である。ジャコメッチら(Giacometti et al.)、アンチマイクロバイオロジカル・エイジェンツ・アンド・ケモセラピー(Antimicrob.Agents Chemother.)47:1979‐83(2003);チリオーニら(Cirioni et al.)、サーキュレーション(Circulation)108:767‐71(2003);及びバラバンら(Balaban et al.)、ジャーナル・オブ・インフェクシャス・ディジージズ(J.Infect.Dis.)187:625‐30(2003)参照。このモデルは、細菌接種と生物膜感染との間の時間差、通常は72時間を提供して、RIP製剤の最適な投与経路及び用量の試験を可能にするため、臨床上の設定との関連性が高い。このモデルは、生物膜が抗生物質に対して極めて抵抗性を示すことが知られているため、RIP活性の興味ある試験を提供する。
【0030】
ラットグラフトモデルにおける一般的な工程については、図2に示される。この試験を用いると、グラフトが20μg/mLのRIPに20分間浸漬された場合、又は体重1kgあたり、10mgのRIPが腹腔内に注射された場合、感染の程度が1/4に低下することが示された。典型的な実験では、ウイスター系のオスの成熟ラット(n=10)を麻酔し、正中線の各々の側を1.5cm切開して皮下ポケットを形成する。ポリエチレンテレフタレートで織られた滅菌コラーゲンシール化二重ベロア製グラフト(1cm)(Albograft(商標)、Dacron社(イタリア)製)を生理食塩水、RIP活性がないランダムペプチド、又はRIPに浸漬させた後、前述のポケットに埋込む。ポケットを皮膚クリップで閉じ、ツベルクリンシリンジを用いてグラフト表面に2×10CFU/mLの細菌を接種し、流体が充填された皮下ポケットを形成する。その動物を、各々のケージにもどし、毎日試験を行う。グラフトの注入から0‐6日後に、動物にRIP又はRIP製剤を静脈内又は経口投与する。遊離のRIPについては、陽性対照として腹腔内に投与する。埋込みから7日後に、グラフトを取出して体外培養し、既知の手順、例えばジャコメッチら(Giacometti et al.,2003)の方法に従ってCFUを求める。その体外培養グラフトを滅菌チューブに入れ、滅菌生理食塩水で洗浄後、10mLのリン酸緩衝化生理食塩水が入ったチューブに入れ、5分間超音波処理してグラフトから付着細菌を除去する。超音波処理後に、グラフトを顕鏡してすべての細菌が除去されていることを確かめる。(抗生物質感受性又は抗生物質耐性のいずれかの細菌に対しては、10分までの超音波処理の効果を試験しても、生細胞数(CFU/mL)の有意な差は見られなかった。)生菌数の定量については、血液寒天プレート上、細菌懸濁液の連続希釈列での培養(0.1mL)で行われる。すべてのプレートを37℃で48時間培養し、プレートごとのCFUの数を評価する。この方法の検出限界は、約10CFU/mLである。
【0031】
ラットグラフトに特別な変更を加えたアッセイについては、骨セメント組成物とともに投与されるRIP組成物の有効性の評価に特に使用できる。このアッセイ体制では、骨セメント組成物はDarconグラフトの代わりとなる。骨セメントは試験ラットに注入又は埋込みができ、あるいは硬化させてラットの皮下ポケットに挿入することもでき、その場合は挿入前に骨セメントをRIPに浸漬することができる。またRIP組成物を、例えば持続放出製剤として、骨セメントの注入又は挿入部位に適用することもできる。Dacronモデルと同様に、骨セメントの注入又は挿入の0‐6日後に、代わりに又は追加でRIP組成物を静脈内又は経口投与することもできる。遊離のRIPについては、前述のように陽性対照として腹腔内に投与される。7日目に骨セメントを外科的に除去し、ファンデベルトら(Van de Belt et al.)、アクタ・オルソピディカ・スカンジナビカ(Acta Orthop.Scand.)71:625‐629(2000)又はノイトら(Neut et al・)、アクタ・オルソピディカ(Acta Orthopaedica)76:109‐11(2005)などのいずれかに記載の方法によって、感染症又は生物膜形成についてのアッセイを行う。
【0032】
RIP組成物の投与方法
本発明は、RIP組成物を投与する工程も含む骨セメント組成物の投与方法を提供し、RIP組成物は骨セメントの添加の前、最中又は後に加えることができ、あるいは骨セメントと混合もできる。RIPを骨セメントの前に投与する場合、骨セメントが埋込まれる際の細菌感染症のリスクの処理又は低減に有効な量のRIPがまだ存在している。RIPを骨セメントの埋込みと同時又はすぐ後で投与する場合、骨セメントの投与で生じる感染症、すなわち骨セメントの埋込みに伴う感染症のリスクを処理又は低減するのにRIPが用いられる。さらにRIP組成物は、抗生物質又は抗菌性ペプチドのような抗菌剤、あるいは麻酔剤も含有できる。RIP含有の骨セメント組成物の投与については、必要に応じて同一個体に繰返すことができる。
【0033】
「治療」又は「治療する」という用語は、個々の動物、例えば哺乳類、好ましくはヒトへの、いずれかの治療介入を意味する。治療には、(i)臨床上の徴候を発生させない「予防」、例えば有害な状態の発生及び/又は発症からの感染症の予防;(ii)臨床上の徴候の発生を阻止する「抑制」、例えば感染症の進行を止めて感染症が完全に又はもはや有害でない程度まで排除される;及び(iii)臨床上の徴候を回復させる「緩和」、例えば感染症によって起こる発熱及び/又は炎症の寛解が含まれる。治療には、生物膜形成の予防、抑制、又は緩和が含まれ得る。細菌感染症の「リスクを有する」個体への投与における「リスクを有する」とは、その個体がこれまで必ずしも細菌感染症とは診断されていないが、感染症に対する正常なリスクよりも高い状況に置かれていること、例えば個体が骨セメント組成物を体内に適用されている場合を意味する。細菌感染症を有する「疑いがある」個体への投与における「疑いがある」とは、その個体が感染症の初期症状のいくつか、例えば高熱を示すが、診断が未実施又は未確認であることを意味する。
【0034】
「有効量」という用語は、治療又は予防を提供するのに充分な用量を意味する。有効な治療に必要な活性成分の量については、投与手段、標的部位、患者の生理学的状態、及びそのほかの投薬を含めた多くの異なる因子に依存すると思われ、したがって治療投薬量は安全性と有効性とを最適化するように調整されるべきである。一般にインビトロで用いられる投薬量によって、活性成分のインビボでの投与に役立つ量に関する有用なガイダンスが提供され得る。特定の病気の治療に有効な用量の動物での試験によって、さらにヒトでの投薬量の予測値が示される。医薬製剤中の活性成分の含量については一般に、変動幅が約0.1%未満であって、重量あたりの含量は通常約2%、又は少なくとも2%以上、20%‐50%程度」、あるいはそれ以上であり、特別に選択された投与法によれば液状物、粘性物などが一義的に選択されると思われる。様々な適する考察については、例えばグッドマン(Goodman)及びギルマン(Gilman)、“The Pharmacological Basis of Therapeutics”、ハードマンら(Hardman et al.)編、第10版、マグローヒル社刊、及び“Remington:The Science and Practise of Pharmacy”、フィラデルフィア科学大学、第21版、マック出版社(ペンシルバニア州、イーストン市、2005)刊に記載されており、経口、静脈内、腹腔内、筋肉内、経皮、経鼻、局所、及び電離療法による投与などを含めた、本明細書で考察される種々の医薬製剤及び投与方法に対する有効投薬量に関して、両書とも本明細書において参考文献として収載されている。そのようなRIP投与経路については、本明細書で企図されており、その場合のRIPは単独では投与されず、骨セメント組成物又はほかの生分解性組成物の一成分として投与される。
【0035】
本発明の目的では、「RIP組成物」はRNAIII抑制性ペプチド、及び可能な場合にそのほかの薬理学的活性を有する薬剤も含有する。適する活性剤には、抗生物質及び抗菌性ペプチドが含まれる。有用な抗生物質には、アミノグリコシド系(例えばゲンタマイシン)、βラクタム系(例えばペニシリン)、又はセファロスポリンが含まれるが、それらに限定されない。有用な抗菌性ペプチドについては、前述でさらに述べている。活性剤については、RIPと同じ製剤、あるいはRIP組成物と同時又はほぼ同時に別の製剤で個体に投与できる。本方法には例えば、RIP含有の骨セメントとともに抗生物質を同時に経口投与することが含まれる。RIP及び抗生物質の投与については、骨セメント又はほかの生分解性組成物の投与から約48時間以内、好ましくは約2‐8時間以内、及び最も好ましくはほぼ同時に行われる。
【0036】
抗菌性ペプチド
前述のように本発明による組成物は、抗菌性ペプチドを含有し得る。抗菌性ペプチドは、一連の微生物に対する宿主防衛の第一線を意味する、ほとんどの多細胞生物に内在する先天的な免疫反応の重要な一成分である。抗菌性ペプチドには広い活性スペクトルがあり、グラム陰性及びグラム陽性の両方の、抗生物質抵抗性細菌株を含む細菌を殺すか、又は中和する。ハンコック(Hancock)、ランセット・インフェクシャス・ディジージズ(Lancet Infect.Dis.)1:156‐64(2001)参照。米国ネブラスカ大学、医療センターのWang氏によると、本明細書に参照することによって組み込まれる抗菌性ペプチドデータベース(http://aps.unmc.edu/AP/main.phd(最近の修正は2005年3月5日))では、本発明に有用な可能性があって抗菌活性を有する約500種類の抗菌性ペプチドのデータベースが提供される。
抗菌性ペプチドは通常、12‐50個のアミノ酸残基から構成され、多価カチオン性である。通常、それらのアミノ酸の約50%は疎水性であり、一般的には両親媒性であって、それらの一次アミノ酸配列には、疎水性基と極性基とが交互に含まれる。抗菌性ペプチドは、以下の四種の構造カテゴリーにうちの一つに収まる。(i)多数のジスルフィド結合で安定化したβシート構造(例えば、ヒト‐デフェンシン‐1);(ii)共有結合で安定化したループ構造(例えば、バクテネクチン);(iii)トリプトファン(Trp)を多く含み、伸張したらせん型ペプチド(例えば、インドリシジン);及び(iv)両親媒性のαヘリックス(例えば、マガイニン類及びセクロピン類)。ファンら(Hwang et al.)、バイオケミカル・セル・バイオロジー(Biochem.Cell Biol.)76:235‐46(1998);スタークら(Stark et al.)、アンチマイクロバイオロジカル・エイジェンツ・アンド・ケモセラピー(Antimicrob.Agents Chemother.)46:3585‐90(2002)を参照のこと。
【0037】
RIP担体系
一つの実施形態では、RIP組成物は担体系の中に存在する。担体系によって、骨セメントインプラントの中及び/又はその周囲でRIPの徐放出が可能となる。ナノ粒子は、以下に記載するように、リポソームとして機能する好適なRIP担体系を提供する。ナノ粒子は通常、ポリマーマトリックス(「ナノスフィア」)、又は薄いポリマー壁で周囲を囲まれ、RIP組成物含有の油状のコアを含むリザーバー系(「ナノカプセル」)のいずれかを含む。ナノ粒子の調製に適したポリマーには、ポリ(アルキルシアノアクリレート)、ならびにポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン及びそれらの共重合体のようなポリエステル類が含まれる。
【0038】
ナノ粒子の大きさ及び形態については、所望の物理化学的特性、装填性、及びRIP組成物に適した制御放出特性を有する製剤が得られるように改変できる。製剤を適切に変更することによって、抗菌効果が迅速に現われるようにRIPの速放出に介在することができる。本明細書で用いられる「速放出キネティックス」とは、RIP組成物が宿主に投与されてから、RIPのほとんどが24時間以内、好ましくは1‐7時間以内に製剤から放出するという意味である。
【0039】
ナノ粒子は、ポリ乳酸(PLA)、及びグリコール酸の量を変えて製造される共重合体(PLGA)のポリマー類ような生分解性ポリエステル類を用いて製造できる。PLAはPLGAよりも疎水的であるため、PLAは比較的持続的な放出プロフィールを提供する。同様に、共重合工程における乳酸に対するグリコール酸の比は、得られる共重合体の分解特性に影響する。一つの実施形態では、低分子量(14kDa)のPLGAが、高グリコール酸含量(50%)で共重合化される(PLGA50:50)。これらの粒子は、PLGAの分子量が小さく、用いたPLGAのグリコール含量が高いため、比較的速く分解する。RIPの90%が放出する期間は30日以内であり、ポリマーの90%が吸収される期間は5週間以内であると予想される。中間的又は長期の分解プロフィールを有するナノ粒子を得るには、前述製剤はさらに高分子量の共重合体(例えば、60‐100kDa)を含み、グリコリド含量は低い(PLGA65:35又は75:25)か、又は同等である。これらをまとめると、広範囲のPLA及びPLGAの分子量、乳酸/グリコール酸比、及びPLA‐PLGA混和物を用いることで、装填性及び放出プロフィールの最適化が可能となる。
【0040】
RIP組成物については、カプセル化、粒子表面の吸着、又はその両方のいずれかによるナノスフィアを伴い得る。10%w/wの装填レベルを試みる場合には、RIP組成物中の特別の分子に依存して100%までのペプチド装填の有効性が期待される。これまでのカプセル化の研究から、薬物装填性を上げると粒子の大きさが増すことが予想される。このため、高ペプチド装填及び低ペプチド装填の製剤を用いることができ、各々、大粒子(平均粒径2000‐5000nm)及び小粒子(平均粒径200‐500nm)が用いられる。大粒子については、粒径がミクロン単位に達しているが、本発明の目的では「ナノ粒子」とみなすことに注意を要する。
【0041】
RIP含有の組成物
RIP含有の組成物については公知であり、例えば米国特許第6291431号、2003年2月3日出願の米国特許出願第10/358448号、及び2001年4月19日出願の米国特許出願第09/839695号に記載されており、それらは本明細書に参照によって組込まれたものとする。RIPが骨セメント組成物中で製剤化される場合、RIP組成物の成分が骨セメントの固化に干渉しないことに注意を払わなければならない。混合RIP組成物の成分の、骨セメントの重合に対する効果については、インビトロでの試験が可能である。同様に、RIP活性に対する骨セメントの固化の効果についても、前述記載のいずれかの手順を用いてインビトロで試験ができる。RIPと骨セメントとの使用を組合わせる方法によって、RIP活性のロスを防ぐように調節することができる。例えば、RIP組成物は担体系の中に含有できるか、又は本明細書のいずれかに記載のように、骨セメントが硬化した後に注入することもできる。
【0042】
いかなる製剤中のRIP含量についても、治療反応を最適化するために変動させることができる。例えば、一日のうちでいくつかに分割投与することもでき、あるいは治療状況に応じて示されるように、用量を定率的に下げることができる。ヒトでの感染症治療のための用量レベルは知られており、一般的には1日用量が体重1kgあたり、約0.1‐500mg、好ましくは6‐200mg、最も好ましくは12‐100mgの範囲である。投与される製剤の量については、言うまでもなく被験者、ならびに病苦の重篤度、投与の手法及びスケジュール、及び処方を指示する医師の判断に依存するだろう。静脈内に投与する場合、例えば血清中濃度は、10日以内の感染治療に充分なレベルに維持できる。なお、本発明によって提供される利点は、比較的低レベルのRIP組成物では10日以上の治療期間の延長が可能なことであるが、レベルを下げると、治療が長期になるにしたがって、本組成物に対して細菌が抵抗性を獲得する可能性も考えられる。
【0043】
医薬グレードの有機又は無機の担体又は希釈材については、治療用の活性化合物を含有する組成物の調製に使用できる。当業者に公知の希釈材には、水性媒体、植物性及び動物性の油及び脂肪が含まれる。安定化剤、湿潤化剤、乳化剤、及び浸透圧を変え、水性pH値を固定化する緩衝液を変える塩類、ならびに皮膚浸透増強剤については、補助剤として使用できる。本組成物には、ほかの医薬品添加物、担体なども含まれ得る。適する添加剤の例としては、水、生理食塩水、デキストロース、グリセリン、エタノールなどが挙げられる。医薬組成物の製法については、当業者によく知られている。それについては、例えば、レミントン(Remington):The Science and Practice of Pharmacy”、フィラデルフィア科学大学、第21版、マック出版社(ペンシルバニア州、イーストン市)刊(2005)が参照され、それは本明細書に参照によって組み込まれたものとする。前述のように、骨セメントの固化について、これらの組成物の内いずれかの効果が、まずインビトロで試験できる。
【0044】
本発明のRIP組成物については、投与法に依存して様々な単位投与形態で投与できる。例えば、経口投与に適した単位投与形態には、粉剤、錠剤、丸剤及びカプセル剤のような固形剤、エリキシル剤、シロップ剤及び懸濁剤のような液剤が含まれる。また活性成分は、滅菌性液剤で非経口的にも投与できる。ゼラチンカプセル剤は、活性成分、ならびにグルコース、ラクトース、スクロース、マンニトール、澱粉、セルロース又はセルロース誘導体、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸、サッカリンナトリウム、タルク、炭酸マグネシウムなどのような不活性粉末担体を含有する。
【0045】
本発明の組成物に加えることができる不活性成分の例には、所望の色、味、安定性、緩衝能、分散、あるいは酸化鉄赤色顔料、シリカゲル、ラウリル硫酸ナトリウム、二酸化チタン、食添白色顔料などのようなそのほかの特性を提供する薬剤が挙げられる。同様の希釈材が圧縮錠剤の製造に使用できる。錠剤及びカプセル剤はともに徐放出製品として製造でき、数時間にわたって医薬品を連続して放出させることができる。圧縮錠剤については、糖衣による被覆又はフィルムコーティングが可能で、それによって好ましくない味がマスキングされ、湿気から錠剤が保護され、あるいは消化管内で選択的に崩壊させるための腸溶性コーティングがなされる。経口投与用の液状剤形には、患者の受容性を高めるための着色剤又は香料が含有可能である。
【0046】
また本発明のRIP組成物は、エマルジョン、フォーム、ミセル、不溶性単分子膜、液晶、リン脂質分散物、ラメラ層などを含むリポソームによっても投与可能である。これらの調合物では、搬送され得る本発明の組成物は、単独、又は抗体のような標的分子とともに、あるいはほかの治療用又は免疫原性組成物とともにリポソームの一部として取込まれ得る。したがって、本発明の所望の組成物を含むリポソームは全身に搬送でき、あるいは対象組織に指向させることができる。
【0047】
本発明で用いられるためのリポソームについては、中性又は負に荷電したリン脂質、又はコレステロールのようなステロールを一般に含む標準的な小胞形成性の液体から形成される。その脂質の選択については、所望のリポソームの大きさ、酸不安定性、及び血流中での安定性によって一般に導かれる。リポソームの調製には、種々の方法が可能であり、それらはスゾカら(Szoka et al.)、アニュアル・レビュー・オブ・バイオフィジックス・アンド・バイオエンジニアリング(Ann.Rev.Biophys.Bioeng.)9:467(1980)、米国特許第4235871号、第4501728号、第4837028号、及び第5019369号に記載されており、本明細書に参照によって組込まれたものとする。本発明の組成物を含むリポソーム懸濁物については、静脈内、局所、局部などに投与でき、その用量は特に投与手法、搬送され得る本発明の組成物、及び治療される疾患の段階などによって変動する。
【0048】
固形の組成物については、通常の非毒性の固体の担体が使用でき、例えば医薬グレードのマンニトール、ラクトース、澱粉、ステアリン酸マグネシウム、サッカリンナトリウム、タルク、セルロース、グルコース、スクロース、炭酸マグネシウムなどが挙げられる。経口投与では、薬学的に許容される非毒性の組成物は、上記の担体のような通常用いられる添加物のいずれかを取込むことによって形成され、RIP含量は一般には10‐95%、より好ましくは25‐75%である。さらに、本発明のRIP組成物はデポタイプの系、カプセル化形態、又は当業者によく知られたによるインプラントにも搬送できる。例えばRIP組成物は、骨セメントが挿入され得る部位に、生分解性のマトリックス又はフォームの中に投与可能と考えられ、それによってRIP組成物が骨セメントの周囲のすべての組織に曝露されることが保証される。同様にRIP組成物は、例えば浸透圧ポンプのようなポンプによっても対象組織に搬送できる。
【0049】
エアゾル投与では、本発明の組成物は界面活性剤及び噴射剤を用いて微粉末状に飛散するように供給されるのが好ましい。そのような薬剤の代表には、カプロン酸、オクタン酸、ラウリル酸、パルミチン酸、ステアリン酸、リノール酸、リノレン酸、オレステリン酸、及びオレイン酸のような炭素を6‐22個含む脂肪酸の、脂肪族多価アルコール又は環状無水物とのエステル又は部分エステルが挙げられる。混合又は天然のグリセリドのような混合エステルも使用できる。界面活性剤の含量は、組成物の0.1‐20重量%、好ましくは0.25‐5%であり得る。組成物の平衡性を保つために、通常噴射剤が用いられる。また担体には、所望により例えば経鼻搬送用のレシシンも含むことができる。
【0050】
本明細書で記載したすべての刊行物及び特許については、参照によって本明細書に援用され、その刊行物及び特許の引用に結びついた特定の方法及び/又は材料を開示及び記載するものである。本明細書で考察される刊行物及び特許については、本出願の出願日の前にこれらが単に開示されたことを示しているだけである。本明細書では、本発明が先行発明によって本発明がそのような刊行物又は特許に先行する資格がないと認めるように解釈すべきものではない。さらに、付与された公開日又は発行日についても、これとは別に確認する必要があるかもしれない実際の日付と異なる場合がある。
【0051】
以上のことから、説明のために実施例を提示して本発明の本質を教示したが、当然のことながら、当業者ならば、本開示を読めば、本発明の真の範囲から逸脱することなく、形式及び細部の様々な変更が可能であることを認識するであろう。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】図1は、TRAP及びagrによる細菌有毒性の制御を示す。
【図2】図2は、本発明のRIP組成物の試験に有用で代表的な動物モデルであるラットのグラフトモデル系を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨セメント組成物及びRNAIII抑制性ペプチド(RIP)を含む組成物であって、前記組成物を哺乳類個体に投与した場合に細菌感染症のリスクを処理又は低減するのに有効な量の前記RIPを含む組成物。
【請求項2】
前記骨セメント組成物が粉末状の成分を含む請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記組成物が抗生物質又は抗菌性ペプチドをさらに含む請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
前記抗生物質がアミノ配糖体又はβラクタムである請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
前記組成物が骨形態形成性蛋白質をさらに含む請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
前記組成物が麻酔剤をさらに含む請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
前記骨セメント組成物が、ポリメタクリル酸メチル又はメタクリル酸メチルを含む請求項1に記載の組成物。
【請求項8】
前記骨セメントが、注入可能なセラミックスセメント、注入可能なリン酸カルシウム水硬セメント、カルシウム不含ヒドロキシアパタイトセメント、ダールライト(dahllite)セメント、又はブルシャイトセメントである請求項1に記載の組成物。
【請求項9】
前記RIPが、
(a)YXPXTNF配列の5個の連続したアミノ酸であって、XはC、W、I又は修飾アミノ酸であり、XはK又はSであるアミノ酸;又は
(b)2個の置換又は欠失によりYXPXTNF配列とは異なる配列を持つアミノ酸であって、XはC、W、I又は修飾アミノ酸であり、XはK又はSであるアミノ酸;
を含む請求項1に記載の組成物。
【請求項10】
前記RIPが担体系内に調合されている請求項1に記載の組成物。
【請求項11】
前記担体系がナノ粒子を含む請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
個体へ骨セメント組成物を投与する方法であって、前期方法は、RNAIII抑制性ペプチド(RIP)組成物を含有する骨セメント組成物を個体に挿入する工程を含み、前記RIPが、前記個体における細菌感染症のリスクを処理又は低減するのに有効な量である方法。
【請求項13】
前記RIPが、前記骨セメントの投与前に、前記骨セメント組成物の粉末化成分と混合される請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記RIPが、前記骨セメントの固化の前に前記骨セメントと混合される請求項12に記載の方法。
【請求項15】
個体における細菌感染症のリスクを処理又は低減する方法であって、前期方法は、前記個体に挿入された骨セメントに関連する感染症のリスクを処理又は低減するのに有効な量のRIP組成物を前記個体に投与する工程を含む方法。
【請求項16】
前記RIP組成物が、前記個体への前記骨セメント組成物の挿入と同時に投与される請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記RIP組成物が、前記個体への前記骨セメントの埋込み後に投与される請求項15に記載の方法。
【請求項18】
前記方法が、前記RIP組成物を非経口投与する工程を含む請求項15に記載の方法。
【請求項19】
前記方法が、前記RIP組成物を経口投与する工程を含む請求項15に記載の方法。
【請求項20】
前記RIP組成物が、急速放出のキネティクスが可能な製剤である請求項15に記載の方法。
【請求項21】
前記RIP組成物が、持続放出が可能な製剤である請求項15に記載の方法。
【請求項22】
生分解性組成物及びRNAIII抑制性ペプチド(RIP)を含む組成物であって、前記組成物を哺乳類個体に投与する場合に細菌感染症のリスクを処理又は低減するのに有効な量の前記RIPを含む組成物。
【請求項23】
前記生分解性組成物が粉末状の成分を含む請求項22に記載の組成物。
【請求項24】
前記組成物が抗生物質又は抗菌性ペプチドを含む請求項22に記載の組成物。
【請求項25】
前記生分解性組成物がフィブリンシーラントである請求項22に記載の組成物。
【請求項26】
前記生分解性組成物がコラーゲンシートのヒドロゲル又はヒドロコロイドである請求項22に記載の組成物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公表番号】特表2008−534225(P2008−534225A)
【公表日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−505443(P2008−505443)
【出願日】平成18年4月4日(2006.4.4)
【国際出願番号】PCT/US2006/012460
【国際公開番号】WO2006/107946
【国際公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【出願人】(507330888)
【Fターム(参考)】