説明

骨髄に由来するTGFβ1応答細胞

【課題】 骨髄由来のTGFβ応答細胞の均質集団、骨髄からのそれら細胞の選択方法、および骨髄由来細胞から組換えタンパク質を発現させる方法を提供する。
【解決手段】 前記選択は骨髄細胞をin vitroでTGFβ1タンパク質により処理し、さらなる処理のための細胞の均質集団を選択するステップを含む。次に、選択した細胞を増殖させた後、増殖した細胞に治療用タンパク質をコードする遺伝子を挿入し、治療用タンパク質を発現させる。形質導入をおこなった細胞を哺乳動物に導入すると治療成果が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は骨髄由来細胞、骨髄からそれらを選択するための方法、及び遺伝子導入のための媒体(vehicle)としての該骨髄由来細胞の使用に関する。特には、本発明は、トランスフォーミング増殖因子β1(TGFβ1)タンパク質を、このTGFβ1タンパク質に応答性である細胞の集団を骨髄から選択するのに用いることに関する。選択された細胞は、その後、人を含む哺乳動物に治療用タンパク質をコードする遺伝子を輸送する媒体として用いることができる。
【背景技術】
【0002】
骨髄に関与する2つの主要細胞系は造血性幹細胞及び間質性幹細胞系である。間質性幹細胞系においては、間葉幹細胞(間葉前駆細胞としても知られる)は、骨細胞、クロンドサイト(chrondocytes)、筋細胞、脂肪細胞、繊維芽細胞、及び髄間質細胞を含む多くの分化表現型の先祖を生じる。しかしながら、“幹細胞”という用語は簡単には定義されない。Maureen Owen(Bone and Mineral Research,1−25頁(Elsevier Science Publishers 1985))によると、“幹細胞の厳密な定義は存在しない。これらは、その一生を通しての自己複製の高い素質及び様々な機能性細胞集団に分化する能力を有する。”Owenの第1頁。間質幹細胞系に関しては、Owenは以下のように述べている。
【0003】
間葉、間質、繊維芽細胞、網状、網状体、及び紡錘体は、メカノサイトとも呼ばれているこれらの結合組織細胞に対してしばしば交換可能に用いられる用語である。“繊維芽細胞”という用語がこれらの細胞の全てを包括するのに一般に用いられる...。
繊維芽細胞のクローン増殖を促進する培養条件は、ウシ胎児血清の使用、一般には頻繁に行われる培地の完全な交換...及び単細胞調製を含む...。このようにして調製された細胞をin vitroにおいて上述の条件下で培養すると、大部分の造血性細胞は死滅し、間質性繊維芽細胞のコロニーが形成される。これらの一般的条件下で培養した髄細胞は、各々が単一の細胞から誘導される繊維芽細胞のコロニーを生じる。これらの細胞は急速に増殖して集密状態になり、しばしば髄繊維芽細胞と呼ばれる。
Owenの第4、6頁。Owenは、“試験したクローンの異質性を考慮すると、...幹細胞集団の真の複雑性を過大評価することはできない。”と付け加えている。Owenの第10頁。
【0004】
Caplanら(米国特許第5,486,359号)は、彼らがヒト間葉幹細胞の均一な集団を骨髄から分離したことを報告している。また、Caplanらは、研究診断及び治療目的で、精製した間葉幹細胞を特徴付け、かつ使用するための方法も記載している。
【0005】
Caplanらの手順においては、骨髄栓(bone marrow plug)を、選択された(しかしながら、定義されていない)多数のウシ胎児血清を補足した培養培地中でボルテックスする。洗浄した細胞ペレットを再懸濁させ、段付き(18ゲージ、次いで20ゲージ)針を通過させ、洗浄し、計数し、プレートする。あるいはまた、骨髄吸引物をパーコール(Percoll)勾配上に重層し、その後、低密度画分を集めて標準的培養条件下でプレートする。いずれの場合においても、非付着細胞を培地交換により除去し、残りの細胞を集密状態まで増殖させ、Caplanらによると、それにより均一に繊維芽細胞様となっている細胞の均質集団が得られる。特に、Caplanらは、“大体頭部海綿質(femoral head cancellous bone)又は腸骨吸引物に由来する付着性間葉幹細胞は同様の形態を有し、ほぼ全てが繊維芽細胞であり、僅かのものが脂肪細胞、多角形細胞又は円形細胞である...”ことを報告している。第19欄、第46−49行;図1。Caplanらは、さらに、これらの付着性繊維芽細胞を標準的培養条件下で継代し、又は特定の条件下で骨形成細胞への分化を誘発することができることを開示している。
【0006】
特定の間葉前駆細胞が自己複製可能であり、かつトランスフォーミング増殖因子β1(TGFβ1)、自己分泌及び傍分泌を伴う多面的(pleotropic)サイトカインの存在下において増殖拡大(または増殖)(expansion)を生じることが知られている。
【0007】
血小板及び骨において大量に見出され、組織の損傷に応答して放出される25kDaのペプチドであるトランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)は、ますます免疫調節、創傷治癒、及び組織修復の重要なツールとなりつつある。また、TGFβ1は間葉起源の細胞の化学誘因物質でもあり、そのようなものとして繊維芽細胞を損傷部位に集め、マトリックス分解の阻害剤のアップレギュレーションと呼応して血管形成及び細胞外マトリックスタンパク質のde novo合成を刺激する。Roberts A.B.,Sporn M.B.:The Transforming Growth Factor-Bs,pp.420-472(1990)を参照。TGFβ1及びTGFβ2は、in vitro(同書)及びin vivo(Wrann Mら,“T Cell Suppressor Factor from Human Glioblastoma Cells Is a 12.5KD Protein Closely Relating to Transforming Growth Factor-beta,”EMP.J. 6:1633-36(1987)を参照)においてT及びBリンパ球の増殖及び機能を抑制する強力な免疫調節作用物質である。したがって、TGFβは、免疫サーベイランス、組織の再生及び修復の臨床的に関連する障害において極めて重要な役割を果たすものと考えられる。さらに、火傷、心筋梗塞、脳虚血及び外傷のような組織損傷後の修復、ならびに手術創の治癒は、このペプチド増殖因子を一回全身注入し、又は局所塗布することにより促進することができる。Beck S.L.ら,“TGF-β1 Induces Bone Closure of Skull Defects,” J.Bone Mineral Res.6(1991)を参照。TGFβ投与の治療効果は、その際立った自己分泌及び傍分泌機能により増強され、及び/又は長期化され得る。
【0008】
従来、TGFβが増殖因子ではなく生存因子として機能することは示されていない。
【発明の開示】
【0009】
1つの態様において、本発明は、骨髄由来TGFβ1応答細胞の選択された均質な集団及び骨髄、および好ましくはヒト骨髄からのそれらの選択方法に関する。
【0010】
本発明の骨髄由来TGFβ1応答細胞は、最近刊行された科学文献においては、間葉前駆細胞又は間葉幹細胞と呼ばれている。E.M.Gordonら,Human Gene Therapy 8:1385-94(1997年7月20日)を参照。しかしながら、本発明者らは今回、好ましい態様において、本発明の骨髄由来TGFβ1応答細胞は“前間葉(premesenchymal)前駆細胞”又は“前間葉幹細胞”と命名することがより適切であるものと認識している。この理由は、これらの細胞が間葉幹細胞に通常伴う繊維芽細胞状の形状ではなく芽球様細胞状の形状であることにより立証されるように、これらの選択された細胞が、形態学的に間葉幹細胞又は間葉前駆細胞のより早期の、すなわちより原始的な形態であるものと考えられるためである。したがって、本発明の骨髄TGFβ1応答細胞には、前間葉幹細胞(前間葉前駆細胞としても知られる)の均質集団又は分化した前間葉細胞、例えば、間質細胞の均質集団が含まれ得る。前間葉幹細胞の均質集団には多能性芽球様細胞が含まれ得る。
【0011】
選択は骨髄細胞をin vitroにおいてTGFβ1タンパク質で処理することにより行い、このことにより、これらの細胞からTGFβ1タンパク質に対して応答性である細胞の集団が選択される。選択された細胞は、その後、細胞培養中で増殖させることができる。
【0012】
別の態様において、本発明は、上記骨髄由来TGFβ1応答細胞の選択された均質集団から組換えタンパク質を発現させるための方法に関する。これらの細胞に治療用タンパク質をコードするDNAセグメントを形質導入し、細胞にその治療用タンパク質を発現させることができる。さらなる側面において、本発明は、これらの形質導入細胞及びそれらをレシピエントに導入して治療成果を得るための方法に関する。
【0013】
好ましい実施形態においては、このTGFβ1タンパク質は細胞外マトリックス結合部位を含むTGFβ1融合タンパク質であり、この細胞外マトリックス結合部位は、好ましくは、コラーゲン結合部位である。このTGFβ1融合タンパク質の細胞外マトリックス結合部位は、次に、細胞外マトリックス、例えばコラーゲン、をそのTGFβ1融合タンパク質をターゲッティングするのに用いることができる。より好ましい実施形態においては、このコラーゲン結合部位はフォンビルブラント因子(von Willebrand's factor)由来のコラーゲン結合部位である。
【0014】
さらに別の態様において、本発明は、TGFβ1応答性で骨髄由来の細胞を低血清条件下においてTGFβ1融合タンパク質を含浸させたコラーゲンマトリックス中で捕獲する工程を包含する遺伝子治療方法に関し、このTGFβ1融合タンパク質は該TGFβ1融合タンパク質をコラーゲンマトリックスにターゲッティングするフォンビルブラント因子由来コラーゲン結合部位(TGFβ1-vWF)を含む。これらの捕獲された細胞は、次に、細胞培養中で増殖させ、分化した細胞のコロニーを形成させることができる。これらの増殖した細胞のコロニーは、次に、in vitroにおいて、治療用タンパク質をコードする遺伝子を含むウイルスベクターを用いて形質導入することができ、この遺伝子が発現して治療用タンパク質を産生する。これらの形質導入した細胞は、その後、哺乳動物、例えばヒト、に導入して治療成果を得ることができる。
【0015】
本発明の特定の実施形態において、TGFβ1-vWF融合タンパク質を用いて単離し、培養下で増殖させ、かつ第IX因子をコードする遺伝子を含むレトロウイルスベクターを形質導入した前間葉前駆細胞がかなりのレベルの第IX因子タンパク質を発現することが発見されている。さらに、これらの形質導入した細胞を免疫応答性マウスに移植すると、ヒト第IX因子トランスジーンがin vivoで発現した。
【0016】
以下の詳細な説明、添付の特許請求の範囲及び添付の図面について考慮することで本発明の特徴、側面及び利点がより十分に理解されるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
上述のように、本発明は骨髄由来TGFβ1応答細胞、骨髄からのそれらの選択方法、及び遺伝子導入の細胞媒体としての選択された骨髄由来細胞の使用に関する。本発明では、前間葉前駆細胞を含む骨髄由来TGFβ1応答細胞の均質集団を、TGFβ1に対するそれらの内因性の生理学的応答により選択し、増殖(expand)させることが可能であることを示す。本発明では、さらに、ヒトを含む哺乳動物における遺伝子治療アプローチの実施のためのこれらの処理細胞の有用性を示す。
【0018】
本発明者らは、定義された増殖因子によって誘発される新たに定義された生存応答によりストリンジェントな選択条件下で得られる円形の芽球様(blastoid)細胞の異なる集団の捕獲、増殖、分化、及び潜在的な有用性を示している。特に、TGF−βは通常血小板及び骨マトリックス中に貯蔵され、傷害に応答して放出されるが、それ以外には一般的な循環中に存在することはない。上述のように、TGF−βは、間葉前駆細胞の補充及び分化において基本的な役割を果たす。TGF−β(融合タンパク質)に対するこの生理学的応答はこれらの芽球様細胞の捕獲(すなわち、生存)に必須であり、これらの芽球様細胞は他の方法ではサイズ、密度、又は付着性に基づいて造血細胞からも間葉細胞からも物理的に分離されることがない。これらのTGF−β応答細胞は血清因子に応答して増殖し、コラーゲンマトリックス中で特有のコロニーを形成する。これらの細胞の形態は最初は芽球細胞様であって繊維芽細胞状ではないが、この増殖性細胞は繊維芽細胞及び/又は造骨細胞への明白な細胞分化が可能であり、これらは間葉前駆体を意味する。図9に示されるように、骨房に入れると、in vivoで増殖性が低く、かつより分化した(骨形成性)表現型を示すBMP捕獲幹細胞とは対照的に、本発明のTGF−β捕獲前間葉前駆細胞は骨ではなく軟骨を形成する。
【0019】
1つの態様において、本発明は、骨髄由来TGFβ1応答細胞を骨髄から選択するための方法であって、骨髄細胞をin vitroにおいてTGFβ1タンパク質で処理し、それによりこれらの細胞からTGFβ1タンパク質に応答する細胞の集団を選択する工程を包含する方法に関する。選択された細胞は、次に、細胞培養中で増殖させることができる。別の態様において、本発明は、組換えタンパク質を骨髄由来細胞から発現させる方法であって、治療用タンパク質をコードするDNAセグメントを増殖させた細胞に挿入し、それらの細胞にその治療用タンパク質を発現させることを包含する方法を指向する。
【0020】
好ましい態様において、in vitroで骨髄細胞の処理に用いられるTGFβ1タンパク質は細胞外マトリックス結合部位を含むTGFβ1融合細胞である。この細胞外マトリックス結合部位は、TGFβ1融合タンパク質が細胞外マトリックス(例えば、コラーゲンマトリックス)に結合することを可能にする。したがって、好ましい細胞外マトリックス結合部位はコラーゲン結合部位である。コラーゲンマトリックスのタイプにはゲル及びパッドが含まれる。このTGFβ1融合タンパク質の細胞外マトリックスへの結合は、細胞外マトリックスにおけるTGFβ1応答性骨髄由来細胞の捕獲を可能にする。
【0021】
本発明の骨髄由来TGFβ1応答細胞には、TGFβ1応答性前駆細胞(TRPC)とも呼ばれる前間葉前駆幹細胞、及び分化した骨髄由来細胞、例えば、間質細胞が含まれる。
【0022】
in vitroでの骨髄由来細胞へのDNAセグメントの導入は公知の手順により、好ましくはウイルスベクター、最も好ましくはレトロウイルスベクターを形質導入することにより達成することができる。非ウイルス性の手順には、電気穿孔法、リン酸カルシウム介在形質導入、マイクロインジェクション及びタンパクリポソームが含まれる。
【0023】
本発明の方法において骨髄由来細胞に導入されるDNAセグメントは様々な治療用タンパク質のいかなるものをもコードすることができる。本発明の方法は、血栓症−止血系における欠陥を矯正するための遺伝子治療アプローチに特に有用である。適切な遺伝子又はDNAセグメントの例には、ヒト第IX因子、第VIIIc因子、フォンビルブラント因子、組織原形質活性化因子、プロテインC、プロテインS及び抗トロンビンIIIをコードするものが含まれる。
【0024】
また、本発明は、哺乳動物を含むレシピエントに、TGFβ1応答性骨髄由来細胞を該レシピエントに導入することにより、治療上有効な量の治療用タンパク質を提供するための方法にも関する。このTGFβ1応答性骨髄由来細胞は、レシピエントに導入する前にin vitroで、まずTGFβ1タンパク質で処理してTGFβ1応答細胞を骨髄サンプルに含まれる残りの細胞成分から選択し、次に、それらのTGFβ1応答細胞に治療用タンパク質をコードするDNAセグメントを挿入する。その後、これらの形質導入細胞が、in vivoでレシピエント体内において、治療上有効な量の治療用タンパク質を発現する。
【0025】
また、本発明は、TGFβ1応答性骨髄由来細胞、好ましくは前間葉前駆細胞を、低血清条件下において、組換えTGFβ1融合タンパク質を含浸させたコラーゲンマトリックス(例えば、パッド及びゲル)中で捕獲する第1工程を包含する遺伝子治療方法に関し、この組換えTGFβ1融合タンパク質は、そのTGFβ1タンパク質をコラーゲンマトリックスにターゲッティングし、かつその生物学的半減期を長期化させるコラーゲン結合部位、好ましくは、フォンビルブラント因子から誘導されるものを含む。Tuan T.L.ら,“Engineering,Expression and Renaturation of Targeted TGF-beta Fusion Proteins,” Conn.Tiss.Res.34:1-9(1996)を参照。図1に示されるような、TGFβ1タンパク質の活性断片と融合したコラーゲン結合部位を含む遺伝子工学的に作成されたTGFβ1融合タンパク質は、自然界で示すことのない機能的特性を示す。Tuan T.L.らを参照。これらのコラーゲンを標的とするTGFβ1-vWF融合タンパク質は、TGFβ1応答性芽球様前駆細胞の捕獲において有効に機能することが見出された。コラーゲン結合ドメインを欠くTGFβ構築体はそれほど効率的ではなかった。
【0026】
本発明の遺伝子治療方法は、これらのTGFβ1応答細胞を増殖させて分化した細胞のコロニーを形成し、続いて、それらの増殖した細胞を、in vitroで、ウイルス介在、好ましくはレトロウイルス介在遺伝子導入を含む公知の遺伝子導入手順を用いて形質導入する工程を包含する。好ましい態様においては、さらなるTGFβ1、好ましくは精製した供給源に由来するもの、を捕獲及び増殖工程の間にこれらの細胞に添加する。形質導入した細胞は、その後、治療用タンパク質を発現することが可能である。
【0027】
また、本発明の遺伝子治療方法は、これらの形質導入細胞を哺乳動物に導入して治療成果を得る工程も包含する。具体的には、及び以下により詳細に説明されるように、本発明は、ex vivo遺伝子治療を行うための媒体としての、新規標的細胞の単離に対するTGFβ−vWF含浸コラーゲンマトリックスの有用性を示す。
【0028】
TGFβ1応答性前駆細胞のex vivo選択を行うための細胞培養条件を最適化するため、様々な濃度のウシ胎児血清(FBS)を、ダルベッコ最小必須培地(DMEM)において6日間増殖させた骨髄間質細胞に添加した。図2には、24時間で観察された細胞数の特徴的な減少と、それに続く経時的な細胞総数の血清依存性の増加が示されている。1%以下のFBSを補足した培養においては細胞総数の増加は観察されず、これに対して、1%を上回る濃度のFBSを補足した培養では約3日の遅延期間の後に漸進性の回収率(recovery)が示された。上述のことに基づき、TGFβ1応答細胞の生存に好ましい条件の開発に1%及び0.5%FBSを最小濃度の血清として用いた。
【0029】
図3には、コラーゲンパッドのヘマトキシリネオシン染色切片が示されている。具体的には、図3(a)は対照の未処理パッドを示し、それに対して図3(b)及び3(c)は8日後に骨髄培養物から取り出したTGFβ1-vWF処理パッドを示す。未処理のコラーゲンパッドは細胞性要素が一様に存在しないことを示し、これに対して、TGFβ1-vWF処理パッドの切片は、幾つかの領域において青色無顆粒細胞質の狭い縁で取り囲まれた粗い核染色質及び核小体を有する小さな単核の芽球様細胞の集団を明らかにした。図3(c)に示されるように、芽球様細胞及び推定上の誘導体を含む細胞の多形性集団が時折認められた。両方の型の細胞は細胞外マトリックスタンパク質をde novoで分泌しているように思われる。これらのマトリックスタンパク質は本来のコラーゲン繊維と区別することができる。
【0030】
上記研究をヒト骨髄吸引物を用いて実施した後、細胞培養物を、コラーゲンゲル中で培養した齧歯類髄誘導細胞の選択(捕獲)及び有糸分裂増殖を調べる追加研究において直接観察した。図4(a)及び4(b)を比較することにより、芽球様細胞の比較的均一の集団を維持するにはコラーゲンマトリックス中にTGFβ1-vWF融合タンパク質が存在する必要があることが示される。図4(b)によって示されるように、TGFβ1-vWFは、低血清条件下で、これらの細胞の生存を明らかに支持するが、増殖は支持しなかった。しかしながら、10%FBSをこの細胞培養物に添加すると、図4(c)に示されるような細胞二重体(cell doublets)の形成によって、及び図4(d)に示されるような多細胞性コロニーの系によって実証されるように、これらの捕獲された細胞は増殖を開始した。増殖するコロニーの細胞分化及び石灰化を誘発する骨誘発因子(デキサメタゾン、ビタミンC、及びβ−グリセロホスフェート)を完全増殖培地に添加することにより、図5に示されるように、捕獲された芽球様細胞が間葉細胞(又は前間葉細胞)の形態であることが確認された。
【0031】
β−ガラクトシダーゼ遺伝子をレポーター遺伝子として含むベクターを用いた場合、齧歯類及びヒトの両者のTGFβ1-vWF捕獲骨髄由来前間葉前駆細胞において観察される形質導入効率は20−30%の範囲であった。TGFβ1-vWF増殖幹細胞への遺伝子送達と間葉起源の表現型を有する分化細胞への送達との比較においては、骨髄由来幹細胞及び成熟間質細胞の両者を、ヒト第IX因子cDNAを担持するレトロウイルスベクター(LIXSNL)で形質導入した。下記表Iは、選択された細胞をTGFβ1-vWF融合タンパク質の存在下において増殖させ、次いでそれらの細胞にLIXSNLベクターを形質導入した後の第IX因子の産生を示す。コラーゲン結合TGFβ1-vWF融合タンパク質での処理の結果として捕獲され、かつ増殖した細胞は、106細胞当たり相当な量(μg)の第IX因子タンパク質を産生した。
【0032】
また、これらの細胞培養物に精製TGFβ1をさらに補足することで、第IX因子産生の劇的な(10倍)増加が誘発されることも観察された。
【表1】

【0033】
これらのTGFβ1刺激細胞培養物によって産生される第IX因子の濃度は、レトロウイルスベクター介在遺伝子導入のみの後に間葉起源の成熟細胞によって産生される濃度よりもかなり高いことが見出された。しかしながら、これらの前間葉前駆細胞の刺激培養物は比較的低い血液凝固活性(0.1mU凝固活性/ngタンパク質)を示し、したがって、これらの細胞は生化学的に未成熟であり、及び/又は、以下でさらに扱われるように、未だにコンピーテントなτ−カルボキシル化系を生じていなかったことが示唆される。
【0034】
比較により、βガラクトシダーゼベクターの同様の形質導入効率(約28%)が分化した髄間質細胞において観察された。下記表IIは、第IX因子遺伝子を含むベクターでの形質導入に続く、G418選択髄間質細胞における第IX因子の産生を示す。これらの培養物において分泌される生物学的に活性の第IX因子の量は抗原の濃度に比例し、これは機能的なτ−カルボキシル化系を示し、かつ正常血漿において観察される比(1mU凝固活性/5ngタンパク質)と一致する未変性第IX因子凝固活性の抗原に対する比を示す。形質導入した髄間質細胞によって産生される第IX因子の濃度はヒト繊維芽細胞から生じる発現レベルと同等であった。Palmer,T.D.ら,“Production of Human Factor IX in Animals by Genetically Modified Skin Fibroblasts: Potential Therapy for Hemophilia B” Blood 73:438-445(1989)を参照。
【表2】

【0035】
上述の形質導入前駆細胞の近交系マウスへの移植を示すため、予備的研究を行った。図6(b)に示されるように、B6CBAマウスの骨髄に由来するTGFβ1-vWF応答細胞をコラーゲン/TGFβ1-vWFマトリックスで血清欠乏条件(1%FBS)下において5日間捕獲した後、図6(c)に示されるように、選択された培養物を完全増殖培地(D10)において2日間再構成した。次に、これらの増殖細胞培養物を8μg/mlポリブレン(Polybrene)の存在下においてLIXSNLベクターを用いて形質導入した。第21日に、1×105細胞をレシピエントマウスの尾の静脈に注入し、血液サンプルを7日毎にマウスの尾から採取して第IX因子抗原について検定した。
【0036】
移植時に、平均第IX因子産生は2.8μg/106細胞/24時間であることが見出され、平均凝固活性は676mU/106細胞/24時間、凝固活性比はタンパク質4.2ngに対して1mUであった(n=3)。LIXSNL形質導入前駆細胞を免疫応答性マウスの尾の静脈を介して注射することにより(n=3)、検出可能なin vivo濃度のヒト第IX因子が、具体的には、移植後第7日に14.6ngヒト第IX因子/ml血漿、2週間後に9.7ng/mlまで産生し、移植後28日には検出不能の濃度まで減少した。
【0037】
第IX因子導入遺伝子の発現の予想レベルは、移植時に測定された、形質導入マウス前駆細胞培養物において産生された第IX因子の量に基づき、下記式を用いて推定した:
第IX因子の濃度(推定、ng/ml)={(移植細胞数×第IX因子産生(ng/細胞/24時間))/(wt/kg×血漿容量(ml)}×(tl/2(時間)/24時間)。
ここで、“移植細胞数”は1×105であり、平均“第IX因子産生”は24時間当たり2.8μg/106細胞であり、平均“重量(wt)/kg×血漿容量(ml)”は血漿容量1mlに対して20g(50ml/kg)であり、組換え第IX因子の半減期(tl/2)は24時間であった。14.6ng/ml及び9.7ng/mlの平均第IX因子血漿濃度が3匹の移植マウスにおいてそれぞれ第7日及び第14日に観察され、これは約14ng/mlという予想した濃度に非常に近かった。
【0038】
図7に示されるように、ヒト第IX因子転写物はRT−PCRにより処置動物の骨髄及び肺には検出されたが、肝臓、腎臓又は脾臓においては検出されなかった。
【0039】
遺伝子治療に対する本発明の治療上の意味合いは大きなものである。特に、筋ジストロフィー、結合組織障害、脂質貯蔵障害、及び骨格障害、ならびに血友病の胎児遺伝子治療に筋−繊維−骨形成性幹細胞技法を用いる可能性が存在する。さらに、体性(somatic)遺伝子治療が血友病B(第IX凝固因子欠損)の最適な治療となる可能性がある。
【0040】
さらに、血友病Bを治療するための遺伝子治療は、正確に制御された増殖も部位特異的遺伝子組み込みも必要としないですむ。健常個体においては150%という高さの第IX因子濃度が見出されるが、僅かに5%という第IX因子濃度が再発性関節出血によって引き起こされる身体障害性疾患を排除する。第IX因子は通常血漿中を循環するため、十分な濃度の機能的第IX因子を産生する、血管に接近するあらゆる遺伝子工学的に作製した細胞が連続的なin vivo供給源であり得、したがって、繰り返し輸液する必要がなくなる。特に、前間葉前駆細胞が魅力的な候補であり、これは、自己複製し、かつ骨髄中に存在する分泌性表現型に分化するそれらの能力によるものである。
【実施例】
【0041】
本発明を以下の実施例において詳細に説明する。これらの実施例は説明のために含められるものであって、本発明を限定するものと考えられるべきではない。
【0042】
実施例1:組換えTGFβ1-vWF融合タンパク質の生産
図1に示すような、6xHis精製タグと補助フォンビルブラント因子由来コラーゲン結合部位とヒトTGFβ1の成熟活性断片をコードするcDNA配列からなる三連融合タンパク質(TGFβ1-vWF)を生産するための原核発現ベクターを作製した。TGFβ1-vWF融合タンパク質を調製する方法は、1995年6月6日出願の同時継続中の米国特許出願第08/465,772号の主題であり、これを引用により本明細書中に含めるものとする。また、Tuan T.L.ら,“Engineering,Expression and Renaturation of Targeted TGF-beta Fusion Proteins”「標的TGF-β融合タンパク質の遺伝子操作、発現および復元」,Conn.Tiss.Res.34:1-9(1996)を参照のこと(これも引用により本明細書中に含めるものとする)。
【0043】
上記ベクターから発現された融合タンパク質は、ニッケルキレートクロマトグラフィーを使って大腸菌の封入体から分離して均質になるまで精製し、8M尿素で可溶化し、最適化したレドックス条件下で酸化的リフォールディングによリ再生させた。米国特許出願第08/465,772号およびTuan T.L.ら,前掲を参照のこと。次に、この構築物の生物学的活性をin vitro細胞増殖アッセイにより、標準化対照として精製TGFβ1を用いて評価した。
【0044】
実施例2:コラーゲンマトリックスの調製
固体コラーゲンマトリックスは、Nimniと彼の共同研究者らが以前に記載したように調製した。Nimniら,Biotechnology 17:51-82(1980)を参照のこと。詳細には、コラーゲンシート(厚さ 約1mm)から5mmの円を切り取り、70%エタノールで滅菌し、DMEM中で洗浄し、TGFβ1-vWF(50μl/パッド;1μg)と共に37℃で2時間インキュベートし、その後6ウェルプレートにて骨髄吸引物と共に培養した。
【0045】
実施例3:TGFβ1応答細胞を選択するための初期培養条件の確立
TGFβ1応答細胞を選択するのに必要な最小増殖条件を確立するために、異なる濃度のFBS(Biowhittaker)を補充したDMEMを含む培養物中での細胞計測により成熟付着ストロマ細胞の生存率をモニターした。図2に示したように、細胞数の急激な低下に影響を与え、6日間にわたり有意な回復を示さなかったFBSの最高濃度(0.5〜1%)を次の実験の選択培地として用いた。約1×106個の正常ヒト骨髄細胞(USC Norris Hospitalから入手)を、1)TGFβ1-vWF処理コラーゲンパッド、2)未処理コラーゲンパッド(直径5mm)、または3)TGFβ1-vWF融合タンパク質とプレインキュベートした1型ラット尾コラーゲン(Becton-Dickenson)の薄層、を含む6ウェルプレート(Falcon)のそれぞれに播いた。細胞を最小血清条件、すなわち200μg/mlのアンピシリンを補充したDMEM中の1%FBSのもとで増殖させた。培地を4日ごとに12日間にわたりDMEM-1%FBSと取り替え、その後培地に10%FBSを補充してから細胞の形質導入をおこなった。TGFβ1-vWF処理または未処理のコラーゲンパッドを4日ごとに12日間にわたり取り出し、10%ホルマリン中で固定し、パラフインに包埋して切片を作り、組織学的検査のためにヘマトキシリン-エオシンで染色した。
【0046】
実施例4:コラーゲンゲル中の前間葉前駆細胞の捕獲および増殖
安楽死させた1ヵ月齢のFisherラットから骨髄吸引物を採取した。大腿の中間骨幹の骨髄組織を、ペニシリン(100U/ml)およびストレプトマイシン(100μg/ml)を含有するDMEM中で洗浄した。次に、18ゲージ針を取り付けた注射器の中に骨髄を数回吸い入れることで骨髄細胞を集めた。その後細胞を1000rpmで5分遠心分離してペレットとなし、無血清培地に再懸濁して血球計でカウントした。
【0047】
ラット尾腱I型コラーゲンをNimniらの記載のとおりに調製した。詳細には、ラット尾腱を採取して1×PBSですすぎ、ペプシン(0.5mg/ml)で一夜消化し、1M NaCl(pH7.5)により2回沈殿させ、0.5M酢酸にて透析し、続いて0.001N HClで透析した。コラーゲンの濃度をヒドロキシプロリンアッセイで測定し、また、その純度を、Benyaら,Collagen Res 1:17-26(1981)に記載されるような2-Dペプチドマッピングにより確かめた。3mg/mlのコラーゲンを3×DMEMで3回希釈して1×コラーゲン溶液を作り、その後pHを7.5に調整し、アリコートを4℃で保存した。
【0048】
洗浄した細胞ペレットを無血清培地10μlおよび中和コラーゲン200μl中に懸濁し、その後10μlの組換えTGFβ1-vWFまたは対照培地を加えた。次に細胞/コラーゲン混合物を24ウェル組織培養プレートに移し、コラーゲン分子がフィブリルに凝集し、したがって細胞がコラーゲンゲル内に捕捉されるまで、37℃で30分インキュベートした。DMEM培地中の0.5%FBS 0.5mlをゲル上に重層し、培地を変えずに細胞を37℃で7日間インキュベートした。7日間の血清欠乏後、培地をD10培地に取り替え、その後3日ごとに変えた。D10培地による再構築の7日後、選択した培養物に骨誘導剤、すなわちD10培地中の10-8Mデキサメタゾン、2.8×10-4Mアスコルビン酸および10mM β-グリセロールリン酸を補充した。
【0049】
実施例5:TGFβ1選択細胞および骨髄ストロマ細胞のβガラクトシダーゼレトロウイルスベクターとIX因子(LIXSNL)レトロウイルスベクターによる形質導入
コラーゲンパッド内(またはコラーゲン被覆プレート)に捕捉されたTGFβ1-vWF応答細胞およびDMEM-10%FBS(D10)中でのディファレンシャルプレーティングにより選択されたヒト骨髄ストロマ細胞を、8μg/mlのポリブレンの存在下でβガラクトシダーゼベクター(G1BgSvNa)およびIX因子ベクター(LIXSNL)の両方に2時間さらした。G1BgSvNaおよびLIXSNLという名称は、プロモーターおよびコード領域の順序を示す(G1またはL=MoMuLV LTR;Bg=βガラクトシダーゼcDNA;IX=ヒトIX因子cDNA;SvまたはS=SV40プロモーター;NaまたはN=ネオマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子)。ベクターの力価はG1BgSvNaの場合が1.3×106cfu/mlで、LIXSNLの場合が1×106cfu/mlである。ネオマイシン耐性遺伝子のみを含むLXSNLベクターを対照ベクターとして用いた。G1BgSvNaおよびLIXSNLレトロウイルスベクターは、それぞれ、Genetic Therapy,Inc.(Gaithersburg,MD)およびワシントン大学(Seattle,Washington)のDusty Miller博士よりPA317プロデューサー細胞クローンとして提供された。
【0050】
48時間後、コラーゲンパッドをパラホルムアルデヒドで固定し、X-gal(βガラクトシダーゼ)染料で染色して細胞質βガラクトシダーゼを産生する細胞を検出した。βガラクトシダーゼベクターで形質導入した骨髄ストロマ細胞も、G418選択の前後にX-gal染料で染色した。ストロマ細胞の形質導入効率は、形質導入した非選択細胞において、カウントした300個の細胞中の青色に染まる細胞の数を調べることで決定した。次に、この数を青色染色細胞のパーセントとして表した。Skotzko M.J.ら,“Retroviral Vector-mediated Gene Transfer of Antisense Cyclin G1(CYCG1)Inhibits Proliferation of Human Osteogenic Sarcoma Cells”「アンチセンス・サイクリンG1(CYCG1)のレトロウイルスベクター介在遺伝子導入はヒト骨原性肉腫細胞の増殖を抑制する」,Cancer Research 55:5493-5498(1995)を参照のこと。IX因子ベクターおよび対照ベクターで形質導入した細胞培養物から、連続的に問隔をおいて、培地を回収し、IX因子凝血活性および抗原についてアッセイするまでアリコートを-70℃で保存した。
【0051】
IX因子の凝血活性は、Gordon E.M.ら,“Characterization of Monoclonal Antibody-purified Factor IX Produced in Human Hepatoma(HepG2)Cell Cultures after Retroviral Vector-Mediated Transfer”「レトロウイルスベクター介在導入後のヒト肝がん(HepG2)細胞培養物において産生されたモノクローナル抗体精製IX因子の特性決定」, J.Int.Pediatr.Heamtol.Oncol. 2:185-191(1995)に記載されるように、部分的トロンボプラスチン時間の変更を用いて測定し、同時にIX因子抗原の量を特殊なラジオイムノアッセイ技術を用いて、Gordon E.M.ら,“Expression of Coagulation Factor IX(Christmas factor)in Human Hepatoma(HepG2)Cell Cultures after Retroviral Vector-Mediated Transfer”「レトロウイルスベクタ一介在導入後のヒト肝がん(HepG2)細胞培養物におけるIX凝血因子(クリスマス因子)の発現」, Amer. J.Pediatr.Hematol.Oncol.15:195-203(1993)に記載されるように測定した。分散分析によりグループ間の有意差を検定した。Dixon W.J.ら,BMDP Statistical Software(Berkley:University of California Press,1990)を参照のこと。
【0052】
実施例6:IX因子(LIXSNL)レトロウイルスベクターで形質導入されたマウス前間葉前駆細胞の移植
6週齢の免疫能力のあるB6CBAマウス(20gm)(Jackson Labs,Barr Harbor,Maine)の骨髄からのTGFβ1応答細胞を、低血清条件(DMEM-1%FBS)下で5日間、コラーゲンを被覆してTGFβ1-vWFを含浸させたプレート上に捕捉した。次に、培養物をD10培地(DMEM-10%FBS)中に再構築した。増殖した培養物の形質導入を、8μg/mlのポリブレンの存在下でLIXSNL IX因子ベクターまたはLXSNL対照ベクターを用いて7日目におこない、D10中に2週間以上維持した。21日目に、同一系統のマウス(各グループにつきn=3)の尾静脈に1×105個の細胞を注入した。IX因子抗原アッセイをおこなうため、7日ごとにマウスの尾から血液サンプルを採取した。
【0053】
実施例7:マウス器官中のヒトIX因子トランスジーンの逆転写酵素に基づくポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)分析
実施例6において処置したマウスのさまざまな器官から、Chormczynski P.ら,“Single Step Method of RNA Isolation by Acid Guanidinium Thiocyanate-Phenol-Chloroform Extraction”「酸グアニジニウムチオシアネート-フェノール-クロロホルム抽出によるRNA単離のワンステップ法」,Anal.Biochem.192:156-59(1988)に記載されるようなグアニジニウムイソチオシアネート法により全RNAを単離した。全RNAからcDNAの第一鎖を、Invitrogen cDNA Cycle Kit(Invitrogen,San Diego CA)に記載のとおりに逆転写酵素により合成し、続いてPCRで増幅させた。20μl容量での各反応は1μgのRNA、1μgのランダムプライマーおよび5単位のAMV逆転写酵素を含んでいた。
【0054】
まず最初に、RNAとランダムプライマーを65℃で一緒に加熱してそれらの二次構造を取り除き、その後室温に2分間放置した。後続の反応は、5mM dNTP、4mM ピロリン酸ナトリウムおよび5単位の逆転写酵素を含む1×逆転写酵素バッファー中42℃で60分間おこなった。サンプルを95℃で2分間加熱してRNA-cDNAハイブリッドを変性させた。PCRによりヒトIX因子遺伝子を増幅するために、ヒトおよびマウスcDNAのアミノ酸配列の相同性に差異が見られるIX因子遺伝子の領域を用いてプライマーを設計した。
【0055】
ヒトIX因子配列のPCR増幅をおこなうために使用したオリゴヌクレオチドは次のものである:(707)センス21-mer 5' ACT CAA GGC ACC CAA TCA TTT 3';(708) 5' AAC TGT AAT TTT AAC ACC AGT TTC AAC 3'。さらに、増幅反応の陽性対照としてヒト肝臓RNAを用いた。
【0056】
上記反応から合成されたcDNAは、最初に94℃で5分変性し、次に80℃で1分、続いて60℃で45秒変性した(ステップ1)。その後サンプルを72℃で2分加熱し(ステップ2)、続いて94℃で1分、60℃で45秒、そして72℃で10分加熱した(ステップ3)。ステップ1および2は1回だけおこない、ステップ3は30回おこなった。反応完了後、サンプルを2.5%アガロースゲルにかけてIX因子のバンドを可視化した。これを図7に示す。
【0057】
したがって、上記知見は、骨髄由来細胞(好ましくは、多能性幹細胞)が被験者に遺伝子を送達するための所望の標的となるような、遺伝子治療プロトコールにおいて、TGFβ1を使用できることを実証するものである。
【0058】
本明細書中に引用した特許、特許出願および刊行物の開示内容はすべて、そのような個々の特許、特許出願または刊行物が具体的にまたは個々に示されているかのように同程度に、その全体を参照することにより本明細書中に特に含めるものとする。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】図1は遺伝子工学的に作成されたTGFβ1−フォンビルブラント因子融合構築体の模式図である。発現したタンパク質はヒスチジン精製タグ、プロテイナーゼ部位、補助的(auxiliary)コラーゲン結合デカペプチド配列及びヒトTGFβ1の成熟活性断片をコードするcDNA配列を有する。
【図2】図2は、様々な濃度のウシ胎児血清(FBS)中での髄間質細胞の増殖を示す。縦軸にプロットされる細胞数は、横軸にプロットされる6日間にわたる血清濃度(%FBS)の関数として表される。
【図3】図3には、8日後に骨髄培養物を除去した後のヘマトキシリネオシン(H&E)染色した対照の非処理コラーゲンパッドの切片を示すゲル写真が図3(a)に、並びにTGFβ1-vWF処理コラーゲンパッドを示すゲル写真が図3(b)及び3(c)に掲載されている。
【図4】図4にはゲル写真が掲載されており、図4(a)においては、細胞の変性及び細胞の死を示す血清欠乏培地において培養した骨髄吸引物を;図4(b)においては、組換えコラーゲン結合TGFβ1融合タンパク質により増殖させた芽球様細胞の原始集団のコラーゲンゲルにおける生存を;図4(c)においては、追加の血清因子の存在下における、選択後の捕獲された幹細胞の増殖を;並びに、図4(d)においては、間質/繊維芽細胞誘導体を明らかにする、増殖した幹細胞のコロニー形成を示す。
【図5】図5には、造骨性系列へのコラーゲン/TGFβ1捕獲幹細胞の分化を示すゲル写真が掲載されている。図5(a)は組換えTGFβ1融合タンパク質の不在下でコラーゲンゲル中で培養した対照骨髄吸引物を示し、これに対して、図5(b)は、組換えTGFβ1融合タンパク質の存在下における、及び骨誘発(osteoinductive)因子(デキサメタゾン、ビタミンC及びβ−グリセロホスフェート)の存在下における引き続く培養の後の、造骨性コロニーの増殖を示す。図5(c)は、TGFβ1融合タンパク質及び骨誘発因子の存在下における造骨性“組織”の形成を示す。図5(d)は図5(c)の拡大図である。
【図6】図6はゲルの写真であり、図6(a)においては、TGFβ1-vWFの不在下でコラーゲン被覆ウェル内で培養した対照骨髄吸引物;図6(b)においては、TGFβ1-vWFを含浸させたコラーゲン被覆ウェルにおける芽球様前駆細胞の集団の捕獲;及び図6(c)においては、TGFβ1-vWFの存在下において捕獲及び増殖させ、血清で再構成し、かつLIXSNLベクターを用いて形質導入した後の、移植された髄前間葉細胞を示す。
【図7】図7は、第IX因子、ベクター形質導入前間葉前駆細胞を移植した28日後のレシピエントマウスの骨髄(レーン2)及び肺(レーン3)におけるユニークなヒト第IX因子配列の逆転写酵素−ポリメラーゼ連鎖反応に基づく(RT-PCRに基づく)検出を示す。これらのマウスを、様々なマウス臓器におけるヒト第IX因子配列のRT−PCR検出のために犠牲にした。ヒト第IX因子cDNA配列と一致する陽性バンド(レーン8及び9)はマウスの第IX因子cDNA配列とは非相同性の180bp領域に見られる。様々なネズミの組織から実行したサンプルは以下の通りである:レーン1、LIXSNL/肝臓;レーン2、LIXSNL/骨髄;レーン3、LIXSNL/肺;レーン4、LXSNL/肝臓;レーン5、LXSNL/骨髄;レーン6、LIXSNL/腎臓;レーン7、1Kbマーカー;レーン8及び9、ヒト肝臓;レーン10、ブランク;レーン11、LIXSNL/脾臓;レーン12、LXSNL/腎臓。
【図8】図8は、骨髄から得られた造骨細胞前駆体のサブセットの、これらの細胞を様々な型の骨形成タンパク質(BMP)(rhOP−1、rhBMP−2及びbFGF)に晒すことによる捕獲の結果を示す。これらの写真に示されるように、これらの細胞集団は低い増殖能力及びより分化した表現型という点で異なる特徴を有する。
【図9】図9は、骨房(bone chamber)研究の結果を示すものであり、そこにおいて、TGFβ1捕獲及び増殖細胞が軟骨を産生する能力を示し(コラーゲンを標的とするTGFβ1、TGFβ1−F2ではこれがさらに顕著である)、これに対してBMPで捕獲したものが骨を生じる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
選択されて均質な骨髄由来TGFβ1応答細胞の集団。
【請求項2】
前記細胞が前間葉前駆細胞またはストロマ細胞である、請求項1に記載の細胞の集団。
【請求項3】
前間葉前駆細胞が多能性の芽球様細胞である、請求項2に記載の細胞の集団。
【請求項4】
TGFβ1が細胞外マトリックス結合部位を含むTGFβ1融合タンパク質である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞の集団。
【請求項5】
細胞外マトリックス結合部位がTGFβ1を細胞外マトリックスにターゲティングする、請求項4に記載の細胞の集団。
【請求項6】
細胞外マトリックス結合部位がコラーゲン結合部位で、細胞外マトリックスがコラーゲンである、請求項5に記載の細胞の集団。
【請求項7】
コラーゲン結合部位がフォンビルブラント因子由来のコラーゲン結合部位である、請求項6に記載の細胞の集団。
【請求項8】
in vitroで骨髄細胞をTGFβ1タンパク質で処理し、それにより前記細胞からTGFβ1タンパク質に応答性の細胞の集団を選択することを含んでなる、骨髄からの骨髄由来TGFβ1応答細胞の集団の選択方法。
【請求項9】
骨髄由来TGFβ1応答細胞が前間葉前駆細胞またはストロマ細胞である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前間葉前駆細胞が多能性の芽球様細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
TGFβ1が細胞外マトリックス結合部位を含むTGFβ1融合タンパク質である、請求項8〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
細胞外マトリックス結合部位がTGFβ1を細胞外マトリックスにターゲティングする、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
細胞外マトリックス結合部位がコラーゲン結合部位で、細胞外マトリックスがコラーゲンである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
コラーゲン結合部位がフォンビルブラント因子由来のコラーゲン結合部位である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
治療用タンパク質をコードするDNAセグメントを含む、形質導入された骨髄由来TGFβ1応答細胞の均質集団。
【請求項16】
前記細胞が前間葉前駆細胞またはストロマ細胞である、請求項15に記載の細胞の集団。
【請求項17】
前間葉前駆細胞が多能性の芽球様細胞である、請求項16に記載の細胞の集団。
【請求項18】
TGFβ1が細胞外マトリックス結合部位を含むTGFβ1融合タンパク質である、請求項15〜17のいずれか1項に記載の細胞の集団。
【請求項19】
細胞外マトリックス結合部位がTGFβ1を細胞外マトリックスにターゲティングする、請求項18に記載の細胞の集団。
【請求項20】
細胞外マトリックス結合部位がコラーゲン結合部位で、細胞外マトリックスがコラーゲンである、請求項19に記載の細胞の集団。
【請求項21】
コラーゲン結合部位がフォンビルブラント因子由来のコラーゲン結合部位である、請求項20に記載の細胞の集団。
【請求項22】
DNAセグメントがヒトIX因子をコードする、請求項15または20に記載の細胞の集団。
【請求項23】
骨髄由来細胞から組換えタンパク質を発現させる方法であって、a)in vitroで骨髄細胞をTGFβ1タンパク質で処理し、それにより前記細胞からTGFβ1タンパク質に応答性の細胞の集団を選択し、そしてb)TGFβ1応答細胞中に治療用タンパク質をコードするDNAセグメントを挿入して、TGFβ1応答細胞から治療用タンパク質を発現させる、ステップを含んでなる方法。
【請求項24】
TGFβ1が細胞外マトリックス結合部位を含むTGFβ1融合タンパク質である、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
TGFβ1融合タンパク質を細胞外マトリックスにターゲティングするステップをさらに含む、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
細胞外マトリックス結合部位がコラーゲン結合部位で、細胞外マトリックスがコラーゲンである、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
骨髄細胞がヒト細胞である、請求項23に記載の方法。
【請求項28】
TGFβ1応答細胞が前間葉前駆細胞またはストロマ細胞である、請求項26に記載の方法。
【請求項29】
前間葉前駆細胞が多能性の芽球様細胞である、請求項28に記載の方法。
【請求項30】
DNAセグメントがウイルスベクターによりin vitroでTGFβ1応答細胞に挿入される、請求項23に記載の方法。
【請求項31】
ウイルスベクターがレトロウイルスベクターである、請求項30に記載の方法。
【請求項32】
DNAセグメントがヒトIX因子をコードする、請求項23〜31のいずれか1項に記載の方法。
【請求項33】
哺乳動物に治療用タンパク質を供給する方法であって、骨髄由来のTGFβ1応答細胞を哺乳動物に導入することを含み、骨髄由来TGFβ1応答細胞が、(a)骨髄サンプルからTGFβ1応答細胞を選択するためにin vitroでTGFβ1タンパク質により処理され、かつ(b)治療用タンパク質をコードするDNAセグメントをTGFβ1応答細胞に挿入するようにin vitroで処理されたものであり、前記細胞が前記哺乳動物の体内で治療に有効な量の治療用タンパク質を発現する、上記方法。
【請求項34】
TGFβ1タンパク質が細胞外マトリックス結合部位を含むTGFβ1融合タンパク質である、請求項33に記載の方法。
【請求項35】
TGFβ1融合タンパク質を細胞外マトリックスにターゲティングするステップをさらに含む、請求項34に記載の方法。
【請求項36】
細胞外マトリックス結合部位がコラーゲン結合部位で、細胞外マトリックスがコラーゲンである、請求項35に記載の方法。
【請求項37】
TGFβ1応答細胞が前間葉前駆細胞またはストロマ細胞である、請求項36に記載の方法。
【請求項38】
前間葉前駆細胞が多能性の芽球様細胞である、請求項37に記載の方法。
【請求項39】
DNAセグメントがウイルスベクターによりin vitroでTGFβ1応答細胞に挿入されている、請求項33に記載の方法。
【請求項40】
ウイルスベクターがレトロウイルスベクターである、請求項39に記載の方法。
【請求項41】
DNAセグメントがヒトIX因子をコードする、請求項33〜40のいずれか1項に記載の方法。
【請求項42】
遺伝子治療法であって、
a)TGFβ1タンパク質をコラーゲンマトリックスにターゲティングするフォンビルブラント因子由来のコラーゲン結合部位を含むTGFβ1融合タンパク質を含浸させたコラーゲンマトリックス中で低血清条件下に、TGFβ1応答性の骨髄由来細胞を捕捉し、
b)捕捉した細胞を増殖させて、分化した細胞コロニーを形成させ、
c)増殖した細胞の形質導入をin vitroで治療用タンパク質をコードする遺伝子を含むウイルスベクターを用いておこない、それにより形質導入細胞に治療に有効な量の治療用タンパク質を発現させ、そして
d)形質導入細胞を哺乳動物に導入して治療成果を引き出す、
各ステップを含んでなる方法。
【請求項43】
ステップ(a)および(b)の間に追加のTGFβ1を供給する、請求項42に記載の方法。
【請求項44】
TGFβ1応答性の骨髄由来細胞が前間葉前駆細胞またはストロマ細胞である、請求項42または43に記載の方法。
【請求項45】
ウイルスベクターがレトロウイルスベクターである、請求項42に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−206520(P2008−206520A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−54437(P2008−54437)
【出願日】平成20年3月5日(2008.3.5)
【分割の表示】特願平10−522747の分割
【原出願日】平成9年11月12日(1997.11.12)
【出願人】(396012241)ユニバーシティ オブ サザン カリフォルニア (2)
【Fターム(参考)】