説明

高分子電解質膜の製造方法

【課題】高分子電解質前駆体膜中の酸金属塩基を酸性溶液中のプロトンと交換することで酸基とし、プロトン伝導性を持つ高分子電解質膜に変換する工程において、その一方で高分子電解質膜中に残る塩の量が低くかつ工業的に均一な製品を、大量の廃液を発生させることなく製造する。
【解決手段】製造過程で行う金属塩の酸基への変換を2回以上の酸性溶液の接触を用いて行うことで変換効率を飛躍的に高めると共に、1回目の接触で大部分変換した少量の残金属塩を2回目以降で変換することで変換率を安定した水準に保ち、また酸性溶液中の塩濃度が各酸性溶液槽の下流側より上流側へとあたかも濃縮させるような状態を作り最上流から廃液を取ることにより大幅な廃液低減効果も併せて得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子電解質膜の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、発電効率や環境性に優れた新しい発電技術が注目を集めている。中でも固体高分子形燃料電池は出力密度が高く、また、他の方式の燃料電池に比べて運転温度が低く起動や停止が容易であることから、電気自動車や分散発電などの電源装置として開発が進んでいる。
固体高分子形燃料電池は、燃料として純水素ガス、改質水素ガス、メタノールを用いるいずれの型でも、高分子電解質膜を2枚の電極で挟んだ膜電極接合体を複数積層したスタックと呼ばれるもので構成されている。
高分子電解質膜には、出力の向上や燃料の有効利用の点から、プロトン伝導性と燃料透過抑止性に優れていることが求められる。高分子電解質膜として公知であるナフィオン(登録商標)に代表されるフッ素系高分子電解質膜は、燃料透過性が大きいという問題がある。このため、最近では、芳香族炭化水素系ポリマーからなる高分子電解質膜(芳香族炭化水素系高分子電解質膜)が用いられることが多い。
芳香族炭化水素系高分子電解質(以下、単に「高分子電解質」と称する場合がある。)膜は、一般的に、
高分子電解質の溶剤溶液を支持体上に流延し、次いで乾燥して製造されるが、その際、得られる高分子電解質膜のプロトン伝導性や燃料透過抑止性が低下する場合があった。
そこで、これまでに、プロトン伝導性や燃料透過抑止性の低下し難い高分子電解質膜の製造方法が開発されている。
例えば、特許文献1や2には、高分子電解質の溶剤溶液を支持体上に流延して流延膜を得た後、当該流延膜から溶剤を除去するにあたり、残留溶剤量を特定の値以下に調整する高分子電解質膜の製造方法が開示されている。
また、特許文献3から6には、高分子電解質前駆体の溶剤溶液を支持体上に流延して流延膜を得た後、当該流延膜から溶剤を除去し、残留溶剤量を特定の値以下に調整した高分子電解質前駆体膜とした後、酸性液で処理して高分子電解質膜を製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−156622号公報
【特許文献2】特開2008−159580号公報
【特許文献3】特開2005−268145号公報
【特許文献4】特開2006−253002号公報
【特許文献5】特開2008−181856号公報
【特許文献6】特開2008−277241号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これらの特許文献に示す方法では高分子電解質前駆体膜中の酸金属塩基を酸性溶液中のプロトンと交換することで酸基とし、プロトン伝導性を持つ高分子電解質膜としているが、その一方で遊離した金属イオンは酸性溶液中に残存するため、酸性液の量に対し高分子電解質前駆体膜の処理量が多くなるに従って高分子電解質膜中に残る塩の量も大きくなるため、塩濃度が低く工業的に均一な製品を製造しづらい問題点があった。
【0005】
本問題点に対する解決策として、もちろん酸性溶液中の金属塩濃度を小さく抑えるため新規の酸性溶液を追加する方法が考えられる。但しこの方法では塩濃度を下げるために大量の新規な酸性溶液が必要となるため、酸性溶液の処理コストが上がってしまい工業生産が不利になるという別の問題が発生する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意検討した結果、以下に示す手段により、上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
すなわち、本発明は、以下の構成からなる。
[1]
膜厚が70μm以下の、少なくともイオン性基としてスルホン酸基を持つ芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法であって、以下の(1)〜(4)の工程を含むことを特徴とする芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
(1)芳香族炭化水素系高分子電解質のイオン性基の80モル%以上がアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属のカチオンと塩を形成している高分子電解質前駆体溶液を支持体上に流延する工程、
(2) (1)の高分子電解質前駆体溶液より溶媒を除去して高分子電解質前駆体膜を得る工程、
(3) (2)の高分子電解質前駆体膜にpKaが3以下である酸性溶液を複数回接触させて高分子電解質膜を得る工程、
(4) (3)の後過剰の酸性溶液を、水を主成分とする洗浄液により高分子電解質膜から除去し、高分子電解質膜中に残留するアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属塩を200ppm以下とする工程、
[2]
前記(4)の工程において、高分子電解質膜中に残留するアルカリ金属あるいはアルカリ土類の金属塩を150ppm以下とすることを特徴とする、[1]に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
[3]
前記(4)の工程において、高分子電解質膜中に残留するアルカリ金属あるいはアルカリ土類の金属塩を100ppm以下とすることを特徴とする[1」、又は[2]に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
[4]
前記(3)の工程が、2槽以上のpKaが3以下である酸性溶液槽に対し連続的に高分子電解質前駆体膜を浸漬する工程であることを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
[5]
[4]に記載の前記(3)の工程において、浸漬順で最も下流側の酸性溶液槽に塩を含まない新規の酸性溶液を槽があふれるように供給し、あふれた分を順に上流側の槽に供給して最も上流側の槽よりあふれた酸性溶液を廃液として取り除くことを特徴とする[4]に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
[6]
前記(1)〜(4)の全ての工程が、高分子電解質前駆体又は高分子電解質を支持体から剥離せずに行われることを特徴とする[1]〜[5]のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
[7]
前記(1)〜(4)の工程が完了した後に、(5)膜を乾燥する工程を有することを特長とする[1]〜6のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
[8]
芳香族高分子電解質前駆体膜においてイオン性基と塩を形成するカチオンが
ナトリウムイオンあるいはカリウムイオンであることを特徴とする[1]〜[7]のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
[9]
芳香族炭化水素系高分子電解質膜が、一般式(1)とともに一般式(2)で示される構成成分を含むことをポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする[1]〜[8]のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【0007】
【化1】


ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【0008】
【化2】


ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【0009】
[10]
芳香族炭化水素系高分子電解質膜が、一般式(1)とともに一般式(3)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする[9]に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【0010】
【化3】


ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【0011】
【化4】


ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【0012】
[11]
芳香族炭化水素系高分子電解質膜が、 一般式(4)とともに一般式(5)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする[10]に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【0013】
【化5】


ただし、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【0014】
[12]
芳香族炭化水素系高分子電解質膜が、スルホン酸基含有量が0.3〜3.5meq/gの範囲にあるポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする[1]〜[11]のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
[13]
芳香族炭化水素系高分子電解質膜が、[9]〜[11]のいずれかに記載のポリアリーレンエーテル系化合物を50〜100質量%含む組成物であることを特徴とする芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
[14]
[1]〜[13]のいずれかの製造方法で製造された芳香族炭化水素系高分子電解質膜。
[15]
膜厚が50μm以下であることを特徴とする[14]に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜。
[16]
[14]、又は[15]に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜を用いて製造された膜電極接合体。
[17]
[16]の膜電極接合体を用いて製造された燃料電池。
【発明の効果】
【0015】
本発明の高分子電解質膜の製造方法を用いることで、用いない場合に比べ得られる高分子電解質膜中の金属塩濃度と酸性溶液の廃液量双方を大幅に低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の高分子電解質膜の製造方法は、その製造過程で行う金属塩の酸基への変換を2回以上の酸性溶液の接触を用いて行うことで変換効率を飛躍的に高めると共に、1回目の接触で大部分変換した少量の残金属塩を2回目以降で変換することで変換率を安定した水準に保ち、また酸性溶液中の塩濃度が各酸性溶液槽の下流側より上流側へとあたかも濃縮させるような状態を作り最上流から廃液を取ることにより大幅な廃液低減効果も併せて得る。
【0017】
以下、本発明の高分子電解質膜の製造方法について詳細に説明する。なお、本発明に係る高分子電解質膜が上記工程を経て製造される限り、高分子電解質を構成する芳香族炭化水素系ポリマーやポリマー溶液の流延、溶剤除去方法、酸性溶液接触後の洗浄方法等への態様は特に限定されるものではない。
そこで、本明細書では、本発明を特徴付ける製造工程(高分子電解質前駆体と酸性溶液とを接触させる工程)について先ず説明し、続いて、芳香族炭化水素系ポリマーや他工程に関する具体的態様について説明することとする。
【0018】
(高分子電解質前駆体と酸性溶液とを接触させる工程:工程(3))
<酸性溶液の種類>
本工程で用いる、pKaが3以下の酸性溶液としては、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、過塩素酸、メタンスルホン酸、トリフルオロ酢酸、スルホンイミド、オキソ酸等の群から選択される少なくとも1種の酸性成分を溶解した水溶液が挙げられる。高分子電解質が有する酸性基がスルホン酸基の場合には、酸性成分は硫酸、塩酸、メタンスルホン酸、トリフルオロ酢酸であることが好ましく、硫酸がより好ましい。
【0019】
<酸性溶液の濃度>
酸性溶液中の酸性成分の濃度は特に限定されないが、酸性溶液のpKaが、高分子電解質前駆体の酸性基の塩と同等かそれよりも小さくなるように調整することが好ましい。例えば、高分子電解質前駆体が有する酸性基の塩がスルホン酸基の塩の場合には、酸性成分の濃度は1〜75質量%の範囲が好ましい。濃度が1質量%未満だと、プロトンへの変換に、大量の酸性溶液が必要となり生産性に問題を生じる場合がある。濃度が75質量%を超えると、酸性溶液中での酸性成分の解離度が低下し、変換効率が低下する場合がある。
【0020】
<酸性溶液と高分子電解質前駆体との接触方法>
酸性溶液を用いて、高分子電解質前駆体が有する酸性基の塩をプロトンに変換する方法としては、必ずしも限定はなく、前駆体膜に対して酸性溶液が複数回均一に接触するように行う方法であれば良い。例えば、前駆体膜を酸性溶液中に浸漬する方法や、前駆体膜に酸性溶液を塗布あるいは噴霧する方法が挙げられ、これらを単一方法、あるいは接触回ごとに組み合わせる方法を全て選定可能である。なお、このうち好ましい方法としては酸性溶液の使用量を抑制する観点より、2槽以上の酸性溶液槽に対し連続的に高分子電解質前駆体膜を浸漬する方法があり、さらに好ましい方法として2槽以上の酸性溶液槽に対し連続的に高分子電解質前駆体膜を浸漬しかつ浸漬順で最も下流側の酸性溶液槽に塩を含まない新規の酸性溶液を槽があふれるように供給し、あふれた分を順に上流側の槽に供給して最も上流側の槽よりあふれた酸性溶液を廃液として取り除く方法がある。
槽中の液量は膜を連続処理する観点より比較的自由に設定できるが、膜を均一に浸漬する観点から1L以上が必要であり、10L以上が好ましく、20L以上がさらに好ましい。供給液量も同様に比較的自由に設定できるが、上記槽中に供給した液を槽全体に均一混合させるため、1分当たり、上記槽中の液量に対し1/20000以上の供給量が必要であり、1/15000以上が好ましく、1/10000以上がさらに好ましい。また、置換する液が起こす水流が膜品位に悪影響を与えないため、1分当たり、上記槽中の液量の3/4以下が必要であり、1/2以下が好ましく、1/4以下がさらに好ましい。
【0021】
(工程(4))
<高分子電解質中に残留する金属塩量>
高分子電解質中に残留するアルカリ金属あるいはアルカリ土類の金属塩量はプロトン伝導性に影響を及ぼす非常に重要な用件であり、具体的には金属塩量が多いほどプロトン伝導を低下させる要因となる。この残留塩量は200ppm以下が必要であり、150ppm以下がより好ましく、100ppm以下がさらに好ましい。
【0022】
(高分子電解質前駆体)
本発明で用いる高分子電解質前駆体は、酸性基を有している芳香族炭化水素系ポリマーからなり、かつ酸性基の少なくとも一部が塩を形成しているものである。
芳香族炭化水素系ポリマーとは、ポリマー主鎖に芳香族環を有し、この芳香族環が単結合、エーテル結合、スルホン結合、イミド結合、複素環結合、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、スルフィド結合、カーボネート結合、及びケトン結合から選択される少なくとも1種の結合基で結合された構造を有する、非フッ素系あるいは部分フッ素系のイオン伝導性ポリマーである。
かかる構造を有する芳香族炭化水素系ポリマーとしては、例えば、ポリパラフェニレン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリイミド、ポリフェニルキノキサリン、ポリベンズオキサゾール、ポリベンズチアゾール、ポリベンズイミダゾール、芳香族ポリエステル、芳香族ポリアミド、芳香族ポリウレタン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、芳香族ポリカーボネート、ポリアリールケトン、ポリエーテルケトン類(ポリエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンスルホン)等が挙げられる。高分子電解質(前駆体)は、これらの芳香族炭化水素系ポリマー単独で構成されても、2種以上を組み合わせて構成されてもよい。特に、芳香族炭化水素系ポリマーとしては、ポリ(p−フェニレン)、ポリ(m−フェニレン)などのポリアリーレン系ポリマー;ポリスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンオキシド、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン類などのポリアリーレン(チオ)エーテル系ポリマー;前記ポリアリーレン/前記ポリアリーレン(チオ)エーテル共重合系ポリマーであることが好ましく、芳香族基や脂肪族基からなる側鎖を有していてもよい。
芳香族炭化水素系ポリマーが有する酸性基としては、例えば、スルホン酸基、ホスホン酸基、カルボキシル基、スルホンアミド基、スルホンイミド基、及びこれらの誘導体が挙げられる。芳香族炭化水素系ポリマーは、これらの酸性基のいずれか一種のみを有して構成されても、2種以上有して構成されてもよい。本発明では、特にスルホン酸基、ホスホン酸基を有していることが好ましい。酸性基は、芳香族炭化水素系ポリマーのいずれの位置で保持されていてもよく、例えば、ポリマー主鎖を構成する芳香環上やポリマー側鎖を構成する芳香族基上や脂肪族基上に酸性基を有する態様が挙げられる。
本発明の芳香族炭化水素系ポリマーが有する酸性基は、少なくともその一部が塩を形成しており、このような塩としては、プロトン以外の1価のカチオン塩が好ましい。2以上の価数では、高分子電解質前駆体がゲル化したり、得られる高分子電解質膜の形態が悪くなる場合がある。1価のカチオンとしては、リチウム、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属イオンや、モノアンモニウム塩などが挙げられるが、アルカリ金属イオンが好ましく、中でもナトリウム、カリウムがより好ましい。酸性基の塩は、これら1価のカチオン塩の群から選択される単一種の塩で構成されても、2種以上を組み合わせた複数種の塩で構成されてもよい。
本発明において、酸性基の塩変換率(カチオン置換率)は、80モル%以上が好ましく、90モル%以上であることがより好ましく、99モル%以上であることがさらに好ましい。塩変換率が80モル%未満であると、高分子電解質膜を製造する際の溶解過程や乾燥過程において、溶剤や高分子電解質の分解や変質などが起こる場合がある。なお、本発明において、塩を形成している酸性基の量は、0.1〜5.0meq/gの範囲であることが好ましい。
なお、本発明の製造方法において、芳香族炭化水素系ポリマーが有する酸性基の少なくとも一部(より好ましくは80モル%以上)を塩としている理由は以下の通りである。すなわち、本発明の高分子電解質膜は、優れたプロトン伝導性を発現させるために、芳香族炭化水素系ポリマーが有する酸性基の塩は最終的にプロトンに変換する。一方で、酸性基が塩を形成していない場合には、高分子電解質膜の製膜過程において、芳香族炭化水素系ポリマーが熱などによって分解する場合がある。そこで、高分子電解質膜の製膜過程においては、酸性基を塩の形にしておき、製膜後に酸性溶液処理によってプロトンに変換するのである。
本発明で用いる高分子電解質前駆体は、上記芳香族炭化水素系ポリマーのホモポリマーやランダム共重合体の他、セグメント化ブロック共重合体、長鎖あるいは短鎖の分岐を有する重合体(例えば、櫛型重合体など)、星型重合体などの高次構造を有していてもよい。中でも、セグメント化ブロック共重合体など、親水性部と疎水性部の相分離によって共連続構造を形成し得る共重合体を用いると、高分子電解質膜の耐久性やプロトン伝導性が向上する点で好ましい。このようなセグメント化ブロック共重合体としては、酸性基の塩を有する親水性セグメントと、酸性基及びその塩を有さない疎水性セグメントとの共重合体が挙げられる。このようなセグメント化ブロック共重合体は、例えば、前記セグメントを構成するオリゴマーを、直接あるいは他の化合物を介して重合させることによって得ることができる。
高分子電解質前駆体の分子量は特に限定されるものではないが、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーを用いてポリエチレングリコールを標準として測定される数平均分子量が10000〜500000の範囲であることが好ましい。10000未満では、膜の物理的特性が低下する場合がある。分子量が大きくなるほど、機械的特性の面からは好ましいが、大き過ぎると、高分子電解質前駆体を用いて高分子電解質膜を製造する際に、高分子電解質前駆体の溶剤溶液の濃度を下げざるを得なくなり、溶剤の除去に問題が出る場合がある。
高分子電解質前駆体の対数粘度は、0.1〜10.0dL/gの範囲であることが好ましく、0.3〜5.0dL/gの範囲であることがより好ましい。対数粘度が0.1dL/g以下であると、膜を形成することが困難になる場合がある。また、対数粘度が10.0dL/g以上であると、製膜用溶液の粘度が高くなりすぎたり、濃度が低くなりすぎたりして、製膜が困難になる場合がある。
高分子電解質前駆体の軟化温度は、120℃以上であることが好ましく、140〜300℃であることがより好ましい。
【0023】
(高分子電解質前駆体の製造方法)
本発明で用いる高分子電解質前駆体(その一部が塩を形成している酸性基を有する芳香族炭化水素系ポリマー)は、いずれの方法によって製造されてもよい。例えば、芳香族炭化水素系ポリマーに酸性基を導入した後にこの酸性基を塩に変換する方法や、酸性基を有するモノマー成分を重合して酸性基を有する芳香族炭化水素系ポリマーを得た後、この酸性基を塩に変換する方法などが挙げられる。酸性基を塩に変換する方法としては、特に限定されるものではなく、例えば、カチオンを含む水溶液に浸漬する方法が挙げられる。
芳香族炭化水素系ポリマーに酸性基を導入する方法のうち、特に芳香族炭化水素系ポリマーの芳香環上にスルホン酸基を導入する方法としては、例えば、上記のような骨格を持つ芳香族炭化水素系ポリマーに対して、ポリマーに応じた反応条件を適宜選択しながら、適当なスルホン化剤を反応させて導入する方法が挙げられる。このようなスルホン化剤としては、例えば、芳香族系炭化水素系ポリマーにスルホン酸基を導入する例として報告されている、濃硫酸や発煙硫酸(例えば、Solid State Ionics,106,P219(1998))、クロル硫酸(例えば、J.Polym.Sci.,Polym.Chem.,22,P295(1984))、無水硫酸錯体(例えば、J.Polym.Sci.,Polym.Chem.,22,P721(1984)、J.Polym.Sci.,Polym.Chem.,23,P1231(1985))、特許第2884189号に記載のスルホン化剤等が挙げられる。これらのスルホン化剤は単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、酸性基を有するモノマー成分を重合して、酸性基を有する芳香族炭化水素系ポリマーを得る方法としては、例えば、酸性基(スルホン酸基やホスホン酸基など)を有する芳香族ジアミンを含むジアミンと、芳香族テトラカルボン酸二無水物とを重合して、酸性基含有ポリイミドを得る方法;酸性基を有する芳香族ジカルボン酸を含むジカルボン酸と、芳香族ジアミンジオールや芳香族ジアミンジチオールや芳香族テトラミンとを重合して、酸性基含有ポリベンズオキサゾールや酸性基含有ポリベンズチアゾールや酸性基含有ポリベンズイミダゾールを得る方法;芳香族ジハライドと芳香族ジオールとを重合してポリスルホンやポリエーテルスルホンやポリエーテルケトンを得るにあたり、酸性基を有する芳香族ジハライドや酸性基を有する芳香族ジオールを用いる方法等が挙げられる。なお、酸性基を有する芳香族ジオールを用いるよりも、酸性基を有する芳香族ジハライドを用いる方が、重合度が高くなり易く、また、酸性基を有する芳香族炭化水素系ポリマーの熱安定性が高くなるので好ましい。
以上、本発明で用いる高分子電解質前駆体、及びその製造方法について、その概略を説明した。以下において、当該前駆体、及びその製造方法の特に好ましい態様を、より具体的に説明する。
【0024】
(高分子電解質前駆体の好適例)
本発明で用いる高分子電解質前駆体は、一般式1で表される繰り返し単位を有する芳香族炭化水素系ポリマーであることが特に好ましい。
【0025】
【化6】


[一般式1において、Xは−S(=O)2−基又は−C(=O)−基を、YはH又は1価の陽イオンを、Z1はO又はS原子のいずれかを、Z2は、O原子、S原子、−CH2−基、−C(CH32−基、−C(CF32−基、シクロヘキシレン基、直接結合のいずれかを、n1は1以上の整数を表す。]
【0026】
一般式1中、Xが−S(=O)2−基であると、溶剤への溶解性が向上する。Xが−C(=O)−基であると、ポリマーの軟化温度を下げて電極との接合性をさらに高めたり、高分子電解質膜に光架橋性を付与したりすることができる。Yは、NaやKなどのアルカリ金属であることが好ましい。YがH原子であると、高分子電解質膜の製造過程の熱などによって分解し易いためである。なお、プロトン伝導率に優れた高分子電解質膜を得るために、最終的にはYをH原子に変換して高分子電解質膜とすることが好ましい。Z1はO原子であるとポリマーの着色が少なかったり、原料が入手し易いなどの利点がある。Z1がS原子であると耐酸化性が向上する。Z2がO原子やS原子であると電極との接合性がより改良される。Z2が直接結合である場合は、得られる高分子電解質膜の寸法安定性が改良される。n1は1〜30の範囲にあることが好ましい。n1が3以上で、かつZ2がO原子の場合は、高分子電解質膜と電極との接合性が特に向上する。なお、n1が2以上の場合には、Z2はそれぞれ異なる結合基で構成されてもよい。
本発明で用いる高分子電解質前駆体は、一般式1で表される繰り返し単位と共に、さらに一般式2で表される繰り返し単位を含有している芳香族炭化水素系ポリマーであることが好ましい。かかる芳香族炭化水素系ポリマーは適切な軟化温度を有し、高分子電解質膜としたときに電極と良好に接合する。
【0027】
【化7】


[一般式2において、Ar1は二価の芳香族基を、Z3はO原子又はS原子のいずれかを、Z4は、O原子、S原子、−CH2−基、−C(CH32−基、−C(CF32−基、シクロヘキシレン基、直接結合のいずれかを、n2は1以上の整数を表す。]
【0028】
一般式2中、Z3がO原子であるとポリマーの着色が少なかったり、原料が入手し易いなどの利点がある。Z3がS原子であると耐酸化性が向上する。Z4がO原子、S原子であると接合性がより改良される。Z4が直接結合であると、得られる高分子電解質膜の寸法安定性が改良される。n2は1〜30の範囲にあることが好ましく、n2が2以上の場合には、Z4はそれぞれ異なる結合基で構成されてもよい。n2が3以上で、かつZ4がO原子の場合は、高分子電解質膜と電極との接合性が特に向上する。
一般式2におけるAr1は、電子吸引性基を有する二価の芳香族基であることが好ましい。電子吸引性基としては、公知の電子吸引性基であればよく、特に限定されない。例えば、スルホン基、スルホニル基、スルホン酸基、スルホン酸エステル基、スルホン酸アミド基、スルホン酸イミド基などのスルホ基及びその誘導体;カルボキシル基、カルボン酸エステル基などのカルボキシル基及びその誘導体;カルボニル基;シアノ基;ハロゲン基;トリフルオロメチル基などのパーフルオロアルキル基;ニトロ基;ホスフィン基などが挙げられる。これらの電子吸引性基は、単独で用いられても、2種以上を組み合わせて用いられてもよい。
Ar1は、一般式3〜6で表されるものが好ましい。一般式3の場合には、ポリマーの溶解性を高めることができる。一般式4の場合には、ポリマーの軟化温度を下げて電極との接合性を高めたり、光架橋性を付与したりできる。一般式5や6の場合には、ポリマーの膨潤を少なくできる。かかる効果は一般式6の方が大きい。一般式3〜6の中でも一般式6が最も好ましい。
【0029】
【化8】

【0030】
本発明で用いる高分子電解質前駆体は、一般式1で表される繰り返し単位に、さらに一般式2で表される繰り返し単位を含有するとともに、一般式1におけるZ1及びZ2がいずれもO原子であり、かつn1が3以上である芳香族炭化水素系ポリマーであることが、さらに好ましい。このような芳香族炭化水素系ポリマーを用いて得られる高分子電解質膜は、電極との接合性が特に向上する。
かかる芳香族炭化水素系ポリマーは、一般式2における、Z3及びZ4がいずれもO原子であり、かつ、n2が3以上であることがさらに好ましい。このような芳香族炭化水素系ポリマーを用いて得られる高分子電解質膜は、電極との接合性がより一層向上する。
本発明で用いる高分子電解質前駆体が、主として一般式1で表される繰り返し単位と一般式2で表される繰り返し単位とからなる芳香族炭化水素系ポリマーである場合には、各繰り返し単位のモル比は、7:93〜70:30の範囲であることが好ましい。モル比が7:93とは、一般式1で表される繰り返し単位のモル数を7としたとき、一般式2で表される繰り返し単位のモル数が93であることを表す。70:30のモル比よりも一般式1で表される繰り返し単位が多くなると、高分子電解質膜としたときの燃料透過性が大きくなる場合があり好ましくない。7:93のモル比よりも一般式1で表される繰り返し単位が少なくなると、高分子電解質膜としたときのプロトン伝導性が低下して抵抗が増大するため好ましくない。上記モル比は、10:90〜50:50の範囲がより好ましく、10:90〜40:60の範囲がさらに好ましい。
本発明で用いる高分子電解質前駆体は、一般式1及び一般式2に加えて、さらに一般式7で表される繰り返し単位を含有している芳香族炭化水素系ポリマーであることがさらに好ましい。かかる芳香族炭化水素系ポリマーを用いることにより、高分子電解質膜としたときの膜の形態安定性を高めることができる。
【0031】
【化9】


[一般式7において、Xは−S(=O)2−基又は−C(=O)−基を、YはH又は1価の陽イオンを、Z5はO又はS原子のいずれかを表す。]
【0032】
一般式7中、X、Y、及びZ5が上記態様であることが好ましい理由は、一般式1中、X、Y、及びZ1でそれぞれ説明した理由と同様である。
かかる芳香族炭化水素系ポリマーは、一般式1における、Z1及びZ2がO原子又はS原子であり、かつ、n1が1であると、高分子電解質膜と電極との接合性、及び膜の形態安定性がより良好になるので好ましい。また、一般式2における、Z3及びZ4がO原子又はS原子であり、かつ、n2が1であると、高分子電解質膜と電極との接合性、及び膜の形態安定性がさらに良好になるので好ましい。
本発明で用いる高分子電解質前駆体は、一般式1、2、及び7で表される繰り返し単位に加えて、さらに一般式8で表される繰り返し単位を含有している芳香族炭化水素系ポリマーであることがさらに好ましい。かかる芳香族炭化水素系ポリマーを用いることにより、高分子電解質膜と電極との接合性、及び膜の形態安定性を大きく向上することができる。
【0033】
【化10】


[一般式8において、Ar2は2価の芳香族基を、Z6はO原子又はS原子のいずれかを表す。]
【0034】
一般式8中、Z6が上記態様であることが好ましい理由、及びAr2の好ましい具体的態様については、一般式2中、Z3及びAr1でそれぞれ説明した理由と同様である。
本発明で用いる高分子電解質前駆体が、一般式1、2、7、及び8で表される繰り返し単位を全て有する芳香族炭化水素系ポリマーである場合には、それぞれの繰り返し単位のモル%、及びその他の繰り返し単位のモル%が下記数式1〜3を満たすことが好ましい。
0.9≦(n3+n4+n5+n6)/(n3+n4+n5+n6+n7)
≦1.0 (数式1)
0.05≦(n3+n4)/(n3+n4+n5+n6)≦0.7 (数式2)
0.01≦(n4+n6)/(n3+n4+n5+n6)≦0.95 (数式3)
(上記数式中、n3は一般式7で表される繰り返し単位のモル%を、n4は一般式1で表される繰り返し単位のモル%を、n5は一般式8で表される繰り返し単位のモル%を、n6は一般式2で表される繰り返し単位のモル%を、n7はその他の繰り返し単位のモル%を、それぞれ表す。)
(n3+n4+n5+n6)/(n3+n4+n5+n6+n7)が0.9よりも小さいと、高分子電解質膜としたときに良好な特性が得られない場合がある。より好ましいのは0.95〜1.0の範囲である。
(n3+n4)/(n3+n4+n5+n6)が0.05よりも小さくなると、高分子電解質膜としたときに十分なプロトン伝導性が得られない場合がある。また、0.7よりも大きいと高分子電解質膜としたときの膨潤性が著しく大きくなる場合がある。
(n3+n4)/(n3+n4+n5+n6)は0.07〜0.5の範囲であることが好ましく、0.1〜0.4の範囲であることがより好ましい。
(n4+n6)/(n3+n4+n5+n6)が0.01よりも少ないと、高分子電解質膜と電極との接合性が低下する場合がある。0.95よりも大きいと、高分子電解質膜の膨潤性が大きくなりすぎる場合がある。0.05〜0.8の範囲がより好ましく、0.4〜0.8の範囲がさらに好ましい。
なお、上記芳香族炭化水素系ポリマーにおいて、上記各一般式で表される各繰り返し単位の結合様式は特に限定されるものではなく、ランダム結合、交互結合、連続したブロック構造での結合などが挙げられる。芳香族炭化水素系ポリマーは、単一の結合様式で構成されても、2種以上の結合様式の組み合わせで構成されてもよい。
【0035】
(高分子電解質前駆体の製造方法の好適例)
上記一般式1等で表される繰り返し単位を有する芳香族炭化水素系ポリマーは、下記一般式9〜11で表されるモノマー(例えば、(活性化)ジハロゲン芳香族化合物、芳香族ジオール類、芳香族ジチオール類、ジニトロ芳香族化合物など)用いて、公知の方法(例えば、塩基性化合物の存在下、公知の芳香族求核置換反応による重合反応)で製造することができる。また、一般式12で表されるモノマーをさらに用いると、膜の形態安定性など物理的な特性が向上するため好ましい。
【0036】
【化11】


一般式9〜12において、Z7及びZ10は、それぞれ独立してCl原子、F原子、I原子、Br原子、ニトロ基のいずれかを、Z8及びZ11は、それぞれ独立してOH基、SH基、−O−NH−C(=O)−R基、−S−NH−C(=O)−R基のいずれかを表す。Rは芳香族又は脂肪族の炭化水素基を表す。なお、X、Y、Z2、及びAr1は、上記X、Y、Z2、及びAr1とそれぞれ同じである。
【0037】
一般式9で表されるモノマーの具体例としては、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジフルオロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジフルオロジフェニルケトン等のジハロゲン芳香族化合物、及びこれらのスルホン酸基が1価のカチオンと塩を形成しているものが挙げられる。カチオンの具体例については上述の通りである。
一般式9で表されるモノマーのうち、スルホン酸基が塩になっている化合物の例としては、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルケトンなどが挙げられる。
一般式10で表されるモノマーの具体例としては、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)メタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド(4,4’−チオビスフェノール)、4,4’−ジヒドロキシジフェニルエーテル、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルホン(ビスフェノールS)、末端ヒドロキシル基含有フェニレンエーテルオリゴマー(下記一般式13で表される構造のもの)などの芳香族ジオール類;4,4’−チオビスベンゼンチオール、4,4’−オキシビスベンゼンチオールなどの芳香族ジチオール類などが挙げられ、特に、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、末端ヒドロキシル基含有フェニレンエーテルオリゴマー、4,4’−チオビスベンゼンチオールが好ましい。
【0038】
【化12】


[一般式13において、nは1以上の整数からなり、nが異なる複数種の成分を混合したものでもよい。]
【0039】
一般式10で表されるモノマーは、高分子電解質膜の柔軟性を高め、変形に対する破壊の防止や、ガラス転移温度の低下による電極との接合性向上などの効果をもたらす。
一般式11で表されるモノマーとしては、同一芳香環にハロゲン、ニトロ基などの求核置換反応における脱離基と、それを活性化する電子吸引性基とを有するモノマーが挙げられる。具体的に、2,6−ジクロロベンゾニトリル、2,4−ジクロロベンゾニトリル、2,6−ジフルオロベンゾニトリル、2,4−ジフルオロベンゾニトリル、4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、4,4’−ジフルオロベンゾフェノン、4,4’−ジクロロベンゾフェノン、デカフルオロビフェニル等の活性化ジハロゲン芳香族化合物が挙げられるがこれらに制限されることはない。また、芳香族求核置換反応に活性のある他の芳香族ジハロゲン化合物、芳香族ジニトロ化合物、芳香族ジシアノ化合物なども使用できる。
一般式12で表されるモノマーの例としては、4,4’−ビフェノール、4、4’−ジメルカプトビフェノールなどの芳香族ジオール類が挙げられ、特に4,4’−ビフェノールが好ましい。
本発明では、一般式9〜12で表されるモノマーとともに他の各種活性化ジハロゲン芳香族化合物、ジニトロ芳香族化合物、ビスフェノール化合物、ビスチオフェノール化合物をモノマーとして併用することもできる。かかるビスフェノール化合物又はビスチオフェノール化合物としては、例えば、9,9−ビス(4−ヒドロキシフェニル)フルオレン、9,9−ビス(3−メチル−4−ヒドロキシフェニル)フルオレン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルホン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)エタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ブタン、3,3−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ペンタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)プロパン、ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)メタン、ビス(4−ヒドロキシ−2,5−ジメチルフェニル)メタン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)フェニルメタン、ハイドロキノン、レゾルシン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)ケトン、1,4−ベンゼンジチオール、1,3−ベンゼンジチオール、フェノールフタレイン、10−(2,5−ジヒドロキシフェニル)−9,10−ジヒドロ−9−オキサ−10−フォスファフェナンスレン−10−オキサイド等が挙げられる。この他、芳香族求核置換反応によるポリアリーレンエーテル系化合物の重合に用いることができる各種芳香族ジオール又は各種芳香族ジチオールを用いてもよい。
また本発明に用いる高分子電解質を構成する別の態様のポリマーの原料としては、3,3’,4,4’−テトラアミノジフェニルスルホン、3、3’−ジアミノベンジジンなどの芳香族テトラアミノ化合物と、2,5−ジカルボキシベンゼンスルホン酸モノナトリウムや3,5−ジカルボキシフェニルホスホン酸などのイオン性基を有する芳香族ジカルボン酸などを挙げることができる。これらのモノマーを用いて重縮合を行い、ポリベンズイミダゾールなどのポリアゾール系高分子電解質を得ることができる。
【0040】
(流延膜を得る工程:工程(1))
本工程で用いる溶剤としては、高分子電解質前駆体を均一に溶解または分散し得るものであれば特に限定されるものではなく、高分子電解質前駆体の構造に応じて適宜選択すればよいが、極性溶剤であることが好ましく、非プロトン性極性溶剤であることがさらに好ましい。非プロトン性極性溶剤としては、例えば、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、N−モルフォリン−N−オキシド、ヘキサメチレンホスホンアミド、ジメチルスルホキシド、スルホラン、γ−ブチロラクトン、ジフェニルスルホンなどが挙げられる。特に、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルスルホキシドが好ましい。これらの溶剤は単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。溶剤の沸点は100〜300℃の範囲であることが好ましい。100℃未満であると、製膜の際に形態が悪化する場合があり好ましくない。300℃を超えると、高分子電解質膜の製造に多大なエネルギーが必要となったり、高分子電解質前駆体膜中の溶剤含有量を適切な範囲に制御することが困難になる場合がある。
高分子電解質前駆体の溶剤溶液の固形分濃度は、高分子電解質前駆体の分子量や、流延する際の温度などによって適宜決定することができ、具体的には5〜50質量%の範囲であることが好ましい。5質量%未満であると、後工程で行う溶剤の除去に時間を要して膜の品位が低下したり、膜中の溶剤含有量を適切に制御できない場合がある。50質量%を超えると、溶剤溶液の粘度が高くなりすぎてハンドリングが困難になることがある。より好ましくは5〜35質量%である。
高分子電解質前駆体の溶剤溶液の粘度は、特に限定されるものではないが、支持体上に良好に流延することができる範囲であることが好ましい。より好ましくは、流延する温度において、粘度が1〜1000Pa・sの範囲である。
高分子電解質前駆体の溶液を支持体上に流延する方法としては、公知の方法を用いることができるが、一定の濃度の溶液を一定の厚みになるように流延することが好ましい。例えば、ドクターブレード、アプリケーターなど、一定のギャップの空隙に溶液を押しこんで流延厚みを一定にする方法や、スロットダイなどを用いて、高分子電解質前駆体溶液を一定速度で供給して流延する方法が挙げられる。支持体上への流延は、バッチ方式で行ってもよいが、連続して行うほうが生産性がよいため好ましい。
高分子電解質前駆体の溶液を流延する支持体としては、高分子電解質前駆体を溶解または分散させるのに用いる溶剤に溶解しないものであれば特に限定されるものではないが、平坦で、柔軟なものが好ましい。例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリアリレート、ポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリアラミド、ポリベンザゾールなどの樹脂フィルムや、それらの表面にシリカやチタニア、及びジルコニアなどの無機化合物をコートしたもの、あるいはステンレス鋼などの金属質からなるフィルムなどが挙げられる。耐熱性及び耐溶剤性の面から、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリアリレート、ポリアミド、ポリイミド、ポリアラミドが好ましく、さらにコストや品位の面からポリエチレンテレフタレートがより好ましい。
【0041】
(高分子電解質前駆体膜を得る工程:工程(2))
本工程において、高分子電解質前駆体の流延膜から前記溶剤を除去する方法としては、特に限定されるものではなく、例えば、流延膜を加熱して溶剤を蒸発させる方法が挙げられる。流延膜を加熱して得られる前駆体膜における溶剤の含有率は、10〜50質量%(より好ましくは15〜30質量%)であることが好ましい。10%未満であると、高分子電解質膜のへき開が起って高分子電解質膜の形態が悪くなる場合がある。50質量%よりも多いと、高分子電解質膜の膨潤性が大きくなる場合がある。
流延膜の加熱温度は、300℃以下か、溶剤の沸点以下であることが好ましく、200℃以下であることがより好ましい。加熱温度が300℃を超えると、溶剤の除去効率は向上するが、溶剤や高分子電解質前駆体の分解・変質が起こったり、得られる高分子電解質膜の形態が悪くなる(品位が低下する)場合がある。また加熱温度の下限については、50℃が好ましい。加熱温度が50℃未満であると、十分に溶剤を除去することが困難になる場合がある。加熱方法は、熱風、赤外線、マイクロ波など公知の任意の方法で行うことができる。また、窒素などの不活性ガス雰囲気下で行ってもよい。
本発明では、流延膜を加熱して溶剤を蒸発した後、当該溶剤と混和する、高分子電解質前駆体の貧溶媒で、前駆体膜中の溶剤を抽出することが好ましい。かかる抽出を行わないと、高分子電解質膜に残留する溶剤量が多くなりすぎて、イオン伝導性の低下や、膜の膨潤の増大といった特性の低下が生じ易くなる。
貧溶媒としては、前駆体膜や、流延工程で用いた溶剤の種類に応じて適切なものを用いればよい。例えば、水、アルコール、ケトン、エーテル、低分子炭化水素、含ハロゲン溶剤などが挙げられる。流延工程で用いた溶剤が水と混和する場合には、貧溶媒として水を用いることが好ましい。
前駆体膜中の溶剤を貧溶媒で抽出する方法としては、特に限定されないが、前駆体膜に対して貧溶媒が均一に接触するように行うことが好ましい。例えば、前駆体膜を貧溶媒中に浸漬する方法や、前駆体膜に貧溶媒を塗布あるいは噴霧する方法が挙げられる。これらの方法は、2回以上行っても、また組み合わせて行ってもよい。
貧溶媒の温度は、用いる貧溶媒の融点以上、沸点以下であることが好ましい。上記貧溶媒が水の場合には、20〜70℃の範囲であることが好ましく、20〜50℃であることがさらに好ましい。温度が高いと溶剤の除去効率は向上するが、膜の形態や性能を低下させる場合がある。また、温度が低いと溶剤の除去効率が低下し、生産性を下げる場合がある。
本発明では、上記貧溶媒による抽出操作を経て得られる前駆体膜中の溶剤の含有率が、0.1〜3.0質量%であることが好ましい。0.1質量%未満であると、その後の工程で、支持体から膜が剥がれるなどの生産上の問題が生じる可能性がある。3.0質量%よりも大きいと、プロトン伝導性が低下したり、膨潤性が増大するなど、膜の特性を低下させる場合がある。抽出操作後の前駆体膜中の溶剤の含有率は、0.1〜2.0質量%がより好ましく、0.1〜1.0質量%がさらに好ましい。
前駆体膜の溶剤の含有量は、公知の任意の方法で測定することができる。例えば、高分子電解質前駆体を溶解する他の適当な溶媒に溶解し、液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィーによって溶剤を定量する方法や、溶剤を水などの適当な抽出溶媒で抽出して定量する方法、前駆体膜のNMR測定を行い、溶剤由来のピークと、高分子電解質前駆体由来のピークの積分値から定量する方法、前駆体膜の赤外、近赤外、紫外、可視などの吸収スペクトルを測定し、溶剤成分の吸光度から定量する方法、熱重量測定(TGA)によって、加熱時の溶剤の蒸発による質量減少によって定量する方法などを用いることができる。測定は、製造工程中で行ってもよいし、工程からサンプリングして含有量が変化しないようにしてオフラインで行ってもよい。
【0042】
(酸性溶液と接触後の高分子電解質膜を洗浄する工程:工程(4))
先に述べた高分子電解質前駆体と酸性溶液とを接触させる工程を通過した酸処理膜は、次いで、膜中の遊離の酸を除去する洗浄工程を通過する。
本工程で用いる洗浄液としては、水を主成分(好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上)とし、pHが所定の範囲(5.0以上9.0以下が必須であり、5.5以上8.5以下が好ましく、6.0以上8.0以下がさらに好ましい)にあれば、その構成は特に限定されない。例えば、溶媒として、アルコール、ケトン、エーテル、低分子炭化水素、含ハロゲン溶剤などの、酸性成分を溶解し得る高分子電解質膜の貧溶媒を少なくとも1種含んでもよい。洗浄液が水を主成分とすることにより、膜に酸性成分が残留しない状態で次工程へ移行できる。すなわち次工程以降での酸性成分の溶出による設備、環境負荷を回避することができる
この洗浄工程における洗浄方法は、膜を洗浄液に接触させることが好ましい。洗浄液に接触させる方法としては、シャワーなどを用いて洗浄液を直接吹き付ける方法、洗浄液に浸漬する方法など特に限定されない。また、洗浄液との接触を繰り返し行っても構わない。この際、洗浄液に塩が含まれていると酸性基が金属塩に再度変換される可能性があるので、少なくとも、イオン交換水のようなイオン除去処理を行った洗浄液を使用することが望ましい。
洗浄液の温度は、20〜60℃(より好ましくは20〜40℃)であることが好ましい。洗浄液を膜に複数回接触させる場合、その温度は、各接触回ごとに異なっていても同じであってもよい。
洗浄液の温度が20℃より低いと、酸性成分の除去効率が低下し、生産性が低下する。60℃より高いと、高分子電解質膜の膨潤が大きくなり、膜変形による品位低下、更には膜変形部位が伝播し、支持体からの高分子電解質膜の剥離が発生する場合がある。
洗浄液による洗浄によって、高分子電解質膜中の酸性成分の含有率を1質量%以下にすることが好ましく、0.1質量%以下にすることがより好ましい。酸性成分の含有率が大きいと、酸性成分の溶出が起こって腐食や薬傷を引き起こす場合がある。
高分子電解質膜中の酸性成分の含有率は、公知の任意の方法で測定することができる。例えば、高分子電解質膜から溶出成分を水などの溶媒で抽出し、溶媒中の酸性成分を定量することによって含有率を測定することができる。抽出には水を用いることが好ましく、イオン交換水、超純水など不純物の少ない水が好ましい。抽出は、浸漬、煮沸、超音波処理、ソックスレー抽出などの方法を用いることができる。酸性成分は、アルカリによる中和滴定、抽出液のpH測定、イオンクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、ガスクトマトグラフィーなどの方法で定量することができる。
【0043】
(乾燥工程:工程(5))
上記工程を経て得られる高分子電解質膜に、酸性溶液の溶媒あるいは洗浄液の溶媒が残存していると、溶媒の蒸発や滲出によって、高分子電解質膜にシワや凸凹などの形態不良や、癒着などの問題が生じる可能性が高くなる。このため、高分子電解質膜に残留する溶媒量を低減しておくことが好ましい。例えば、酸性溶液の溶媒あるいは洗浄液の溶媒として水を用いる場合、高分子電解質膜中の溶媒含有率(含水率)は5〜30質量%、より好ましくは7〜20質量%にすることが好ましい。高分子電解質膜の乾燥方法については特に限定されるものではなく、適切な温度での風乾、赤外線や遠赤外線による加熱、減圧による留去などが挙げられる。乾燥温度は特に限定されるものではないが、例えば20〜50℃で行うことができる。
高分子電解質膜の溶媒含有率(例えば含水率)は、公知の任意の方法で測定することができ、限定されるものではないが、例えば、赤外線式水分率計を用いる方法、カールフィシャー水分率計を用いる方法、含溶媒時(含水時)と絶乾時の重量を測定して溶媒含有率(含水率)を求める方法、熱重量分析法で加熱時の重量減少によって溶媒含有率(含水率)を求める方法などが挙げられる。
【0044】
(高分子電解質膜特性)
本発明の製造方法によれば、たとえ膜厚が小さく、製膜が困難な芳香族炭化水素系ポリマーからなる高分子電解質膜であっても、形態良好に、また生産性よく製造することができる。具体的には、膜厚70μm以下が必要であり、60μm以下が好ましく、50μm以下がさらに好ましい。高分子電解質膜の膜厚が70μmよりも厚いと、特性、品位、生産性のバランスを得ることが困難になる傾向にある。本発明の製造方法で対象となる高分子電解質膜の膜厚の下限については特に限定されるものではなく、プロトン伝導性の面からはできるだけ薄いことが好ましいが、3μm以上であることが好ましく、5μm以上であることがより好ましい。高分子電解質膜の厚みが3μmより薄いと高分子電解質膜の取扱が困難となり、燃料電池を作製した場合に短絡等が起こる場合がある。
本発明の製造方法によって得られる高分子電解質膜の形状は特に限定されず、シート、ロールなど、任意の形態であってよい。また、高分子電解質膜を製造する際に用いた支持体は剥がさずにおいてもよく、また製造後に、支持体から剥離して、高分子電解質膜を別の支持体と積層してもよい。別の支持体としては、粘着層を有する樹脂フィルムが挙げられる。かかる樹脂フィルムとしては、結晶化ポリオレフィン、非晶ポリオレフィン、ポリエステルなどからなるものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、粘着層としては、アクリル樹脂系粘着剤、ポリエチレン−ビニルアルコール系粘着剤、シリコーン系粘着剤、変性ポリオレフィン樹脂系粘着剤などからなるものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。新たな支持体は、高分子電解質膜の片面もしくは両面に積層することができる。高分子電解質膜の片面にのみ、新たな支持体を積層する場合には、高分子電解質膜を内側に巻いたほうが、輸送時や保管時の湿度変化による形状への影響を受け難くなって好ましい。
【実施例】
【0045】
以下、実施例および比較例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、前記及び後記の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更して実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。なお下記実施例および比較例において「部」、「%」とあるのは、それぞれ質量部、質量%を意味する。
【0046】
先ず、実施例および比較例によって製造した高分子電解質前駆体(膜)や高分子電解質(膜)の対数粘度、残留溶剤量、カチオン置換率の測定方法、含水率の評価方法について説明し、次いで具体的に実施、比較例を説明する。
【0047】
<高分子電解質前駆体のイオン性基量>
測定しようとする高分子電解質前駆体膜の水分をろ紙でふき取り、23℃、50%RHの室内で1時間放置した後、重水素化ジメチルスルホキシドに溶解し、Varian社製 Varian 400−MRを用いて、積算回数128回、25℃でH−NMRスペクトルを測定した。予め帰属しておいた、高分子電解質前駆体に対するピークの積分値から、高分子電解質前駆体膜のイオン性基量(meq/g)を算出した。
【0048】
<高分子電解質や、その前駆体のイオン性基のカチオン置換率>
誘導結合プラズマ発光分析法により、高分子電解質(前駆体)中のNa、及びKの定量を行った。上記のH−NMR分析によって求められた、高分子電解質(前駆体)のイオン性基量と、Na量及びK量から、カチオン置換率を求めた。
カチオン置換率(モル%)
={(CNa/23.0+C/39.1)÷1000}÷C×100
Naは、Na含有量(mg/kg)を、CはK含有量(mg/kg)を、Cは酸性基量(mmol/g)を、それぞれ表す。
【0049】
<高分子電解質前駆体の対数粘度>
高分子電解質前駆体を、0.5g/dLの濃度でN−メチルピロリドンに溶解し、30℃の恒温槽中でウベローデ型粘度計を用いて粘度測定を行い、対数粘度ln[ta/tb]/cで評価した(taは試料溶液の落下秒数、tbは溶剤のみの落下秒数、cは試料溶液のポリマー濃度[単位:g/dL])。
【0050】
<残留溶剤の測定>
測定しようとする高分子電解質前駆体膜の水分をろ紙でふき取り、23℃、50%RHの室内で1時間放置した後、重水素化ジメチルスルホキシドに溶解し、Varian社製 Varian 400−MRを用いて、積算回数128回、25℃でH−NMRスペクトルを測定した。予め帰属しておいた、高分子電解質前駆体、及び溶剤に対するピークの積分値から、高分子電解質前駆体に対する残留溶剤量を算出した。
【0051】
<高分子電解質の含水率>
10cm四方の大きさの乾燥工程を経て得られた高分子電解質膜について重量を測定した(Wwet)。その後、高分子電解質膜を120℃の熱風乾燥機中で2時間乾燥し、直ちに重量を測定した(Wdry)。以下の式で含水率を求めた。
含水率(質量%)=(Wwet−Wdry)÷(Wdry)×100
【0052】
(実施例1)
<高分子電解質前駆体の製造>
反応器に、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン(S−DCDPS)778部、2,6−ジクロロベンゾニトリル(DCBN)553部、4,4’−ビフェノール(BP)893部、炭酸カリウム763部、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)5631部を入れて、窒素雰囲気下、200℃で10時間反応させた。放冷の後、水中にストランド状に沈殿させ、得られたポリマーを10Lの水で5回洗浄した後、乾燥し、高分子電解質前駆体を得た。この高分子電解質前駆体の対数粘度は1.25dL/gであり、イオン性基量は1.27(meq/g)であり、カチオン置換率(モル%)は100%であった。
【0053】
<高分子電解質前駆体膜の製造>
NMPを溶剤として用い、固形分濃度が24質量%の前駆体溶液を調製した。次いで、支持体としての非粘着ポリエチレンテレフタレートフィルム上に、ブレードコーターにて幅1000mm、クリアランスを300μmに設定し、温度25℃で連続的に前駆体溶液を流延しつつ、100℃で60分間乾燥して、NMPの残留量が20質量%の高分子電解質前駆体膜1を製造した。
得られた高分子電解質前駆体膜1を、支持体から剥離することなく、25℃の水に連続的に20分間浸漬し、NMPの残留量が0.4質量%の高分子電解質前駆体膜2を製造した。
【0054】
<高分子電解質膜の製造>
得られた高分子電解質前駆体膜2を、支持体から剥離することなく30℃、20質量%硫酸水溶液(pKa=−3.0)100Lを満たした硫酸水溶液槽
1、2に連続的にそれぞれ20分間浸漬して、高分子電解質膜を製造した。
なお、浸漬している間、高分子電解質前駆体膜が後に接触する硫酸水溶液槽2には新規硫酸水溶液を1L/分供給し、高分子電解質前駆体膜が先に接触する硫酸水溶液槽1には硫酸水溶液槽2の液を1L/分供給し、硫酸水溶液槽1からは廃液として1L/分の液の抜き取りを行った。
【0055】
<高分子電解質膜の洗浄>
次いで、支持体から高分子電解質膜を剥がすことなく、連続的に30℃、pH7の純水で5分間、3回の洗浄を実施した。その後、支持体から洗浄後の高分子電解質膜を剥がすことなく40℃で3分間乾燥させ、支持体に積層された厚さ30μmの高分子電解質膜(含水率;10%)を得た。
【0056】
<高分子電解質膜中のアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属塩量>
連続的に製造した上記高分子電解質膜中のアルカリ金属塩量は製造開始部で53ppm、中央部で54ppm、製造終了部で52ppmであり、非常に低い塩濃度を示した。また廃液量も1L/分と非常に低いものであった。
本結果を表1に示す。
【0057】
(実施例2)
硫酸水溶液槽2に対する新規硫酸水溶液供給量、硫酸水溶液槽1に対する硫酸水溶液槽2の液の供給量、硫酸水溶液槽1から抜き出す廃液量を全て0.5L/分とする以外は実施例1と同様に製造を行った。
連続的に製造した上記高分子電解質膜中のアルカリ金属塩量は製造開始部で55ppm、中央部で57ppm、製造終了部で60ppmであり、実施例1同様非常に低い塩濃度を示した。本結果を表1に示す。
【0058】
(実施例3)
硫酸水溶液槽2に対する新規硫酸水溶液供給量、硫酸水溶液槽1に対する硫酸水溶液槽2の液の供給量、硫酸水溶液槽1から抜き出す廃液量を全て1.5L/分とする以外は実施例1と同様に製造を行った。
連続的に製造した上記高分子電解質膜中のアルカリ金属塩量は製造開始部で48ppm、中央部で47ppm、製造終了部で48ppmであり、実施例1同様非常に低い塩濃度を示した。本結果を表1に示す。
【0059】
(実施例4)
硫酸水溶液槽1、2に対する浸漬時間をそれぞれ10分とする以外は実施例1と同様に製造を行った。
連続的に製造した上記高分子電解質膜中のアルカリ金属塩量は製造開始部で54ppm、中央部で53ppm、製造終了部で52ppmであり、実施例1同様非常に低い塩濃度を示した。本結果を表1に示す。
【0060】
(実施例5)
硫酸水溶液槽1、2の容量をそれぞれ50Lとする以外は実施例1と同様に製造を行った。
連続的に製造した上記高分子電解質膜中のアルカリ金属塩量は製造開始部で58ppm、中央部で59ppm、製造終了部で57ppmであり、実施例1同様非常に低い塩濃度を示した。本結果を表1に示す。
【0061】
(比較例1)
硫酸水溶液槽を1槽とし、浸漬時間を40分とし、硫酸水溶液槽に対する硫
新規硫酸水溶液供給量及び硫酸水溶液槽1から抜き出す廃液量をいずれも1L/分として実施例1と同様に製造を行った。
連続的に製造した上記高分子電解質膜中のアルカリ金属塩量は製造開始部では48ppmであったが、中央部で210ppm、製造終了部で352ppmと200ppmを上回ってしまい、不純物が多くかつ処理する長さ方向に不純物量の差が大きい膜であった。本結果を表1に示す。
【0062】
(比較例2)
浸漬時間を80分とする以外は比較例1と同様に製造を行った。
連続的に製造した上記高分子電解質膜中のアルカリ金属塩量は製造開始部では48ppm、中央部で208ppm、製造終了部で340ppmであり、比較例1に対しわずかに改善したものの不純物が多くかつ処理する長さ方向に不純物量の差が大きい膜であった。本結果を表1に示す。
【0063】
(比較例3)
硫酸水溶液槽に対する新規硫酸水溶液供給量及び硫酸水溶液槽1から抜き出す廃液量を5L/分とした以外は比較例1と同様に製造を行った。
連続的に製造した上記高分子電解質膜中のアルカリ金属塩量は製造開始部では47ppm、中央部で207ppm、製造終了部で335ppmであり、比較例1に対しわずかに改善したものの不純物が多く、かつ処理する長さ方向に不純物量の差が大きい膜であった。また廃液量も大きくなり、効率の悪い方法となった。本結果を表1に示す。
【0064】
(比較例4)
硫酸水溶液槽1の容量を300L、浸漬時間を120分とした以外は比較例1と同様に製造を行った。
連続的に製造した上記高分子電解質膜中のアルカリ金属塩量は製造開始部では37ppm、中央部で140ppm、製造終了部で235ppmであり、比較例1に対し中央部で改善は見られたものの、硫酸槽の容量を実施例1に対し大きくしたにもかかわらずまだ不純物が多く、かつ処理する長さ方向に不純物量の差が大きい膜であった。
【0065】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の高分子電解質膜の製造方法は、得られる高分子電解質膜中の金属塩濃度と酸性溶液の廃液量双方を大幅に低減することができる方法であり、ダイレクトメタノール燃料電池(DMFC)や固体高分子形燃料電池(PEFC)などに用いる高分子電解質膜を提供する手段として産業界に大きく寄与するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜厚が70μm以下の、少なくともイオン性基としてスルホン酸基を持つ芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法であって、以下の(1)〜(4)の工程を含むことを特徴とする芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
(1)芳香族炭化水素系高分子電解質のイオン性基の80モル%以上がアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属のカチオンと塩を形成している高分子電解質前駆体溶液を支持体上に流延する工程、
(2) (1)の高分子電解質前駆体溶液より溶媒を除去して高分子電解質前駆体膜を得る工程、
(3) (2)の高分子電解質前駆体膜にpKaが3以下である酸性溶液を複数回接触させて高分子電解質膜を得る工程、
(4) (3)の後過剰の酸性溶液を、水を主成分とする洗浄液により高分子電解質膜から除去し、高分子電解質膜中に残留するアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属塩を200ppm以下とする工程、
【請求項2】
前記(4)の工程において、高分子電解質膜中に残留するアルカリ金属あるいはアルカリ土類の金属塩を150ppm以下とすることを特徴とする、請求項1に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【請求項3】
前記(4)の工程において、高分子電解質膜中に残留するアルカリ金属あるいはアルカリ土類の金属塩を100ppm以下とすることを特徴とする請求項1、又は2に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【請求項4】
前記(3)の工程が、2槽以上のpKaが3以下である酸性溶液槽に対し連続的に高分子電解質前駆体膜を浸漬する工程であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の前記(3)の工程において、浸漬順で最も下流側の酸性溶液槽に塩を含まない新規の酸性溶液を槽があふれるように供給し、あふれた分を順に上流側の槽に供給して最も上流側の槽よりあふれた酸性溶液を廃液として取り除くことを特徴とする請求項4に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【請求項6】
前記(1)〜(4)の全ての工程が、高分子電解質前駆体又は高分子電解質を支持体から剥離せずに行われることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【請求項7】
前記(1)〜(4)の工程が完了した後に、(5)膜を乾燥する工程を有することを特長とする請求項1〜6のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【請求項8】
芳香族高分子電解質前駆体膜においてイオン性基と塩を形成するカチオンが
ナトリウムイオンあるいはカリウムイオンであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【請求項9】
芳香族炭化水素系高分子電解質膜が、一般式(1)とともに一般式(2)で示される構成成分を含むことをポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【化1】


ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【化2】


ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【請求項10】
芳香族炭化水素系高分子電解質膜が、一般式(1)とともに一般式(3)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする請求項9に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【化3】


ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【化4】


ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【請求項11】
芳香族炭化水素系高分子電解質膜が、 一般式(4)とともに一般式(5)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする請求項10に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【化5】


ただし、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【請求項12】
芳香族炭化水素系高分子電解質膜が、スルホン酸基含有量が0.3〜3.5meq/gの範囲にあるポリアリーレンエーテル系化合物であることを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【請求項13】
芳香族炭化水素系高分子電解質膜が、請求項9〜11のいずれかに記載のポリアリーレンエーテル系化合物を50〜100質量%含む組成物であることを特徴とする芳香族炭化水素系高分子電解質膜の製造方法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれかの製造方法で製造された芳香族炭化水素系高分子電解質膜。
【請求項15】
膜厚が50μm以下であることを特徴とする請求項14に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜。
【請求項16】
請求項14、又は15に記載の芳香族炭化水素系高分子電解質膜を用いて製造された膜電極接合体。
【請求項17】
請求項16の膜電極接合体を用いて製造された燃料電池。


【公開番号】特開2013−56993(P2013−56993A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−195769(P2011−195769)
【出願日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【出願人】(000003160)東洋紡株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】