説明

高分子電解質膜

【課題】プロトン伝導性を長期にわたり保持することのできる電解質膜を提供する。
【解決手段】表面に貫通孔を有する中空状の無機微粒子、及び、基材となるポリマーを有し、前記無機微粒子中に、酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体が充填されていることを特徴とする、高分子電解質膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導性を長期にわたり保持することのできる高分子電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、燃料と酸化剤を電気的に接続された2つの電極に供給し、電気化学的に燃料の酸化を起こさせることで、化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換する。火力発電とは異なり、燃料電池はカルノーサイクルの制約を受けないので、高いエネルギー変換効率を示す。燃料電池は、通常、電解質膜を一対の電極で挟持した膜・電極接合体を基本構造とする単セルを複数積層して構成されている。中でも、電解質膜として固体高分子電解質膜を用いた固体高分子電解質型燃料電池は、小型化が容易であること、低い温度で作動すること、などの利点があることから、特に携帯用、移動体用電源として注目されている。
【0003】
固体高分子電解質型燃料電池では、水素を燃料とした場合、アノード(燃料極)では(1)式の反応が進行する。
→ 2H + 2e (1)
(1)式で生じる電子は、外部回路を経由し、外部の負荷で仕事をした後、カソード(酸化剤極)に到達する。そして、(1)式で生じたプロトンは、水和した状態で、固体高分子電解質膜内をアノード側からカソード側に、電気浸透により移動する。
【0004】
また、酸素を酸化剤とした場合、カソードでは(2)式の反応が進行する。
2H + (1/2)O + 2e → HO (2)
カソードで生成した水は、主としてガス拡散層を通り、外部へと排出される。このように、燃料電池では、水以外の排出物がなく、クリーンな発電装置である。
【0005】
通常用いられる固体高分子電解質型燃料電池の温度領域で作動可能な高分子電解質膜は、高分子を基本骨格又は主鎖にもつ有機高分子タイプのプロトン伝導性材料から構成されている。当該プロトン伝導性材料の課題としては、水の吸水時及び排水時に膜の伸縮を伴うこと、及び熱によりクリープ又は熱収縮が起こることといった、寸法変化が挙げられる。燃料電池の作動環境下では、水及び熱の収支が負荷や外部環境下により頻繁に変化することが知られているが、それに伴う膜の寸法変化は、電解質膜の寿命を短命化する重要な課題であると共に、現行の有機高分子タイプのプロトン伝導性材料にとっては、非常に困難な課題である。
【0006】
一方、上記有機高分子タイプのプロトン伝導性材料を用いた電解質膜とは異なる、無機多孔質体又はイオン伝導性を有しない樹脂と、イオン伝導性物質とを組み合わせた電解質膜に関する技術がこれまでにも開示されている。特許文献1は、水、酸媒体および酸と水との混合物よりなる群から選択される液体をしみ込ませたポリベンズイミダゾール樹脂膜構造物を含む燃料電池に使用するための電解質膜であり、前記ポリベンズイミダゾール樹脂が、そのイミダゾール窒素を有機スルホネートおよび有機ホスホネート置換基およびそれらの混合物よりなる群から選択されるアルキルまたはアリール酸基で共有結合的に官能化されていることを特徴とする膜に関する技術を開示している。
【0007】
また特許文献2は、無機多孔体が有する複数の球状孔内に電解質材料を配設して成るプロトン伝導性コンポジット型電解質膜であって、上記無機多孔質体は、球状孔内の表面にプロトン供与性官能基を有し、上記電解質材料は、カチオンと多価アニオンを含む、ことを特徴とするプロトン伝導性コンポジット型電解質膜に関する技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9−073908号公報
【特許文献2】特開2007−311297号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1は、当該文献中の実施例3において、ポリベンズイミダゾールをリン酸塩と直接混合することによって、電解質膜が得られることを開示しているが、このような手法においては、ポリベンズイミダゾール樹脂膜がリン酸塩により大きく変化(可塑化)することが予想され、それに伴い膜強度が低下することが考えられる。
【0010】
特許文献2に開示された電解質膜は、無機多孔質体の球状孔内の表面をプロトン供与性官能基で化学修飾し、特定のイオン液体を含浸させることが特徴の1つであるが、イオン液体は特定の化学結合によって無機多孔質体に固定されていないと考えられ、したがって、高相対湿度下においては、イオン液体が容易に溶出し、電解質膜としての効果を十分に発揮することができないことが考えられる。
【0011】
上記のように、無機多孔質体又はイオン伝導性を有しない樹脂と、イオン伝導性物質とを組み合わせた従来技術の電解質膜は、プロトン伝導度を高めようとしてイオン伝導性物質を増やすと電解質膜自体の膜強度が低下してしまう問題と、イオン伝導性物質の流出の問題を同時に解決することができないものであった。
本発明は、上記実状を鑑みて成し遂げられたものであり、プロトン伝導性を長期にわたり保持することのできる高分子電解質膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の高分子電解質膜は、表面に貫通孔を有する中空状の無機微粒子、及び、基材となるポリマーを有し、前記無機微粒子中に、酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体が充填されていることを特徴とする。
【0013】
このような構成の高分子電解質膜は、前記無機微粒子中に、酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体を充填することによって、プロトン伝導を司る当該液体を前記無機微粒子との分子間相互作用により固定することができるので、従来技術の電解質膜のようにプロトン伝導を司る物質が電解質膜から容易に溶出することがなく、プロトン伝導性を長期にわたり保持することができる。また、本発明の高分子電解質膜は、酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体が、基材となる前記ポリマーではなく、前記無機微粒子によって保持されるため、従来技術の電解質膜のように膜強度の低下を伴うことなく、電解質膜の機械的特性を維持することができる。
【0014】
本発明の高分子電解質膜は、前記酸が、リン酸、亜リン酸、アルキルスルホン酸及び硫酸よりなる群から選ばれることが好ましい。
【0015】
このような構成の高分子電解質膜は、前記酸が前記無機微粒子に充填されることで、十分なプロトン伝導性を発揮することができる。
【0016】
本発明の高分子電解質膜は、前記ポリマーが、電解質ポリマーであることが好ましい。
【0017】
このような構成の高分子電解質膜は、前記ポリマー自身もプロトン伝導性を有することから、膜全体でより高いプロトン伝導性を発揮することができる。
【0018】
本発明の高分子電解質膜の一形態としては、前記ポリマーが、フッ素系ポリマーであるという構成をとることができる。
【0019】
本発明の高分子電解質膜は、前記無機微粒子の含有量を100質量部としたときに、前記液体の含有量が、10〜500質量部であることが好ましい。
【0020】
このような構成の高分子電解質膜は、前記無機微粒子が適度な前記液体量を保持することで、燃料電池が十分な出力で動作できる程の高いプロトン伝導性を維持することができる。
【0021】
本発明の高分子電解質膜は、前記無機微粒子がSiOであることが好ましい。
【0022】
このような構成の高分子電解質膜は、前記無機微粒子が、化学的に安定かつ剛直な無機材料であるSiOによって形成されているため、機械的特性に優れ、水及び熱の収支によって収縮/膨張することなく安定した形状を保つことができる。
【0023】
本発明の高分子電解質膜は、さらに、イミド基を含むポリマーを有することが好ましい。
【0024】
このような構成の高分子電解質膜は、イミド基を含むポリマーの当該イミド基が、前記液体中に含まれる酸を保持することによって、前記酸の膜全体に対する含浸率を向上させ、その結果、膜のプロトン伝導度を向上させることができる。
【0025】
本発明の高分子電解質膜は、前記イミド基を含むポリマーが、数平均分子量2,000〜10,000であることが好ましい。
【0026】
このような構成の燃料電池用電解質膜は、前記イミド基を含むポリマーが適切な分子量を有することにより、熱水によって前記イミド基を含むポリマーが溶出することがなく、且つ、前記無機微粒子と前記イミド基を含むポリマーとの均一分散性を高く保つことができる。
【0027】
本発明の高分子電解質膜の一形態としては、前記イミド基を含むポリマーが、少なくとも、芳香環と、当該芳香環と縮合しているか又は縮合していない環状イミドとを含み、これら芳香環及び環状イミドの間は直接又はただ一つの原子を介して結合されてなる構造を有する芳香族系繰返し単位、及び、シロキサン構造を含む構造を有するシロキサン系繰返し単位が連結してなる共重合ポリマーであるという構成をとることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、前記無機微粒子中に、酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体を充填することによって、プロトン伝導を司る当該液体を前記無機微粒子との分子間相互作用により固定することができるので、従来技術の電解質膜のようにプロトン伝導を司る物質が電解質膜から容易に溶出することがなく、プロトン伝導性を長期にわたり保持することができる。また、本発明によれば、酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体が、基材となる前記ポリマーではなく、前記無機微粒子によって保持されるため、従来技術の電解質膜のように膜強度の低下を伴うことなく、電解質膜の機械的特性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】実施例1の高分子電解質膜の異なる相対湿度におけるプロトン伝導度を示したグラフであり、ナフィオン膜との比較を行った結果のグラフである。
【図2】実施例1の高分子電解質膜の、無加湿条件下で異なる温度におけるプロトン伝導度を示したグラフであり、ナフィオン膜との比較を行った結果のグラフである。
【図3】実施例1及び2の高分子電解質膜の、無加湿条件下で異なる温度におけるプロトン伝導度を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の高分子電解質膜は、表面に貫通孔を有する中空状の無機微粒子、及び、基材となるポリマーを有し、前記無機微粒子中に、酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体が充填されていることを特徴とする。
【0031】
上記特許文献1のように、ポリベンズイミダゾール樹脂膜に、直接リン酸を固定化する従来技術においては、樹脂膜が有するイミダゾール基とリン酸の相互作用により電解質膜への固定化がなされることから、イミダゾール基濃度によりリン酸量が一義的に決定する。当該従来技術においては、イミダゾール基は分子構造上主鎖骨格を形成するユニットであり、その濃度向上には上限が存在する。したがって、固定化可能なリン酸量にも限界があった。
また、上記従来技術において、イミダゾール基を過剰にポリマー骨格に導入すると、水溶性や機械的安定性、化学的安定性等の各高分子物性が低下してしまう。当該従来技術の電解質膜は、このような高分子物性の低下に関する課題を解決できないものであるので、例えば、燃料電池に代表されるような苛酷な使用環境下で用いる電子デバイスに使用することは不可能である。
このように、従来技術の電解質膜においては、リン酸含有量と膜物性、すなわち、性能(プロトン伝導能)と耐久性がトレードオフの関係にあった。
【0032】
さらに、リン酸を含浸させることによってプロトン伝導能を高める電解質膜の技術においては、触媒金属(例えば、白金など)とリン酸との接触が発電上重要となる。リン酸の電解質膜からの溶出は、触媒金属へのリン酸による被毒に繋がることから、このような溶出の防止は、性能的観点・耐久的観点のいずれにおいても課題である。触媒金属濃度が低い場合に本課題はより顕著なものとなる。
本発明は、中空状の無機微粒子をリン酸の固定化材料として用いることによって、リン酸含有電解質膜に関するこれらの課題を解決することができた。
【0033】
酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体(以下、プロトン伝導性液体ということがある。)とは、適当なプロトン酸、および、当該プロトン酸と水との混合物のことである。当該液体は、本発明において、プロトン伝導を司る役目を果たす。当該液体としては、具体的には、リン酸、亜リン酸、硫酸、酢酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、カルボン酸等が挙げられる。
【0034】
上述した酸の中でも、酸が、リン酸、亜リン酸、アルキルスルホン酸及び硫酸よりなる群から選ばれることが好ましい。これは、前記酸が前記無機微粒子に充填されることで、十分なプロトン伝導性を発揮することができるからである。
なお、プロトン伝導性液体としてはリン酸水溶液を用いるのが特に好ましく、その濃度は70〜100質量%であるのが最も好ましい。
【0035】
無機微粒子は、粒子内部に十分な充填量を確保することができ、且つ、プロトン伝導性液体の充填時に、流動に対する内部抵抗が小さく且つ充填しやすいことが求められる。完全な中空体に限定されるわけではなく、柱上、隔壁状の内部組織を若干有していてもよい。しかし、内部組織が余りに緻密な多孔質では、前記の要件を満たすことはできないため、そのような緻密な多孔質体は含まない。
【0036】
また、無機微粒子が表面に有する貫通孔は、プロトン伝導性液体の充填時に流動に対する抵抗が小さくて充填しやすいこと、且つ、粒子内部でプロトン伝導性液体が流出し難い、適切な範囲の大きさを有することが求められる。
【0037】
上記のような前記無機微粒子内部及び貫通孔の性質を満たすために、当該無機微粒子はSiOであることが好ましい。これは、無機微粒子が、化学的に安定かつ剛直な無機材料であるSiOによって形成されているため、高分子電解質膜が機械的特性に優れ、水及び熱の収支によって収縮/膨張することなく安定した形状を保つことができるからである。
【0038】
無機微粒子としては主成分がSiOであるマイクロカプセル(商品名:ワシンマイクロカプセル)を用いるのが好ましいが、他の無機微粒子多孔質中空体を用いてもよい。具体的には、上記SiOの他にはゼオライト、メソポーラスシリカ等が挙げられる。
【0039】
無機微粒子の製造方法としては、カチオン界面活性基を有するビニルモノマー共存下で、スチレンモノマーを重合させて、表面にイオン性基を有するポリスチレン微粒子を得る。そのポリスチレン微粒子にテトラエトキシシランを加水分解縮合反応させ、ポリスチレン微粒子表面にシリカを形成する。次にポリスチレンを溶媒で溶解除去することによって、中空のシリカマイクロカプセルを得る。
なお、マイクロカプセルは後述するプロトン伝導性液体の充填前に塩酸による処理を行い、不純物を予め除くことが必要である。
【0040】
本発明の高分子電解質膜は、上述したプロトン伝導性液体を充填した無機微粒子と共に、基材となるポリマーを含有する。当該ポリマーは、当該無機微粒子を電解質膜内に保持するためのマトリックスとしての役割を果たす。当該ポリマーは特定のポリマーに限られないため、ポリマー選択の自由度が高い。
基材となるポリマーの種類は、用途・目的に合わせて適宜選択することによって、最適な高分子電解質膜を得ることができる。基材となるポリマーに用いることができるポリマーとしては、例えば、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンエーテル、ポリパラフェニレン等のエンジニアリングプラスチックや、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリルニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体(ABS)、メタクリル樹脂(PMMA)、ポリ塩化ビニル(PVC)等の汎用プラスチック等の炭化水素系ポリマー、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、ポリビニリデンフルオリド(PVDF)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、クロロトリフルオエチレン・エチレン共重合体(ECTFE)、ポリビニリデンフルオリド・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(PVDF‐HFP)等のフッ素系ポリマー、ナフィオン(商品名)に代表されるパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂のようなフッ素系電解質ポリマー、上述した炭化水素系ポリマーにスルホン酸基、カルボン酸基、リン酸基、ボロン酸基等のプロトン酸基(プロトン伝導性基)を導入した炭化水素系電解質ポリマー等を用いることができる。また、これらのうち複数種類のポリマーを、上述したプロトン伝導性液体を充填した無機微粒子と共に電解質膜に用いることもできる。
【0041】
上述したポリマーのうち、本発明の高分子電解質膜に用いられる基材となるポリマーが、上述した電解質ポリマーであることが好ましい。これは、前記ポリマー自身もプロトン伝導性を有することから、膜全体でより高いプロトン伝導性を発揮することができるからである。
【0042】
本発明の高分子電解質膜の一形態としては、上述したポリマーのうち、本発明の高分子電解質膜に用いられる基材となるポリマーが、上述したフッ素系ポリマーであるという構成をとることができる。
また、本発明の高分子電解質膜の一形態としては、上述したポリマーのうち、本発明の高分子電解質膜に用いられる基材となるポリマーが、上述した炭化水素系ポリマーであるという構成をとることができる。なお、このとき炭化水素系ポリマーとしては、ベンゼン環等の芳香族環を主鎖及び/又は側鎖として含む芳香族ポリマーや、オレフィン等の多重結合を主鎖及び/又は側鎖として含むオレフィンポリマーを用いることができる。
【0043】
プロトン伝導性液体の充填方法としては、無機微粒子をプロトン伝導性液体に浸漬させて直接無機微粒子内に充填させる方法をとることもでき、又は無機微粒子を上述した基材となるポリマーと共に製膜した後、作製した高分子膜をプロトン伝導性液体に浸漬させて無機微粒子内に充填させる方法をとることもできる。
なお、上記いずれの方法を用いる場合においても、無機微粒子又は高分子膜をプロトン伝導性液体中に室温、減圧下で0.5〜3時間、その後50〜70℃、減圧下で0.5〜3時間浸漬し、高分子膜中の無機微粒子中又は無機微粒子中に充填を行うことが好ましい。
【0044】
本発明の高分子電解質膜は、無機微粒子の含有量を100質量部としたときに、前記液体の含有量が、10〜500質量部であることが好ましい。これは、無機微粒子が適度な前記液体量を保持することで、燃料電池が十分な出力で動作できる程の高いプロトン伝導性を維持することができるからである。
なお、前記液体の含有量は、200質量部以上であるのが特に好ましく、300質量部以上であるのが最も好ましい。また、前記液体の含有量は、480質量部以下であるのが特に好ましく、450質量部以下であるのが最も好ましい。
【0045】
本発明の高分子電解質膜の材料となる、プロトン伝導性付与前の高分子膜の製膜方法としては、適切な溶媒に基材となる前記ポリマーを溶解した後、プロトン伝導性液体充填前の無機微粒子を加え、超音波ホモジナイザー等で単分散させ、その溶液をガラス板等の平滑面上にキャストした後に、窒素ガス、アルゴンガスなどの不活性ガス気流下において乾燥を行うのが好ましい。なお、溶媒が膜内に残る場合には、高温真空乾燥を行うこともできる。この時、溶媒としてはジメチルスルホキシド(DMSO)、N‐メチルピロリドン(NMP)、ジメチルアセトアミド(DMA)等又はこれらの混合溶媒を用いることができる。その後、上述したプロトン伝導性液体充填を行うことによって、高分子膜を本発明の高分子電解質膜へと変換することができる。
なお、基材となるポリマーと、プロトン伝導性液体充填後の無機微粒子を用いて高分子電解質膜を作製する場合にも、上記同様の製膜方法を用いることが好ましい。
高分子膜及び高分子電解質膜の製膜方法としては、この他にも、従来用いられている方法を採用することができ、その主なものとしては溶融押し出し法、ドクターブレード法等が挙げられる。
【0046】
本発明の高分子電解質膜は、さらに、イミド基を含むポリマーを有することが好ましい。これは、イミド基を含むポリマーの当該イミド基が酸を保持することによって、前記酸の膜全体に対する含浸率を向上させ、その結果、膜のプロトン伝導度を向上させることができるからである。
なお、後述する実施例において示すように、イミド基を含むポリマーは、あくまでも酸の無機微粒子への固定化を補助する役目を担うのみであり、ポリマー自体は主体的に酸を固定化する役目は果たさない。
前記イミド基を含むポリマーは、具体的には、少なくとも、芳香環と、当該芳香環と縮合しているか又は縮合していない環状イミドとを含み、これら芳香環及び環状イミドの間は直接又はただ一つの原子を介して結合されてなる構造を有する芳香族系繰返し単位、及び、シロキサン構造を含む構造を有するシロキサン系繰返し単位が連結してなる共重合ポリマーを例示することができるが、必ずしもこれに限定されるものではない。
【0047】
前記イミド基を含むポリマーが、数平均分子量2,000〜10,000であることが好ましい。前記イミド基を含むポリマーの数平均分子量が2,000未満であると、主に熱水によって前記イミド基を含むポリマーが溶出しやすい。また、前記イミド基を含むポリマーの数平均分子量が10,000を超えると、前記無機微粒子と前記イミド基を含むポリマーとの均一分散性が低く、同様に本発明の効果が得られない。なお、前記イミド基を含むポリマーの数平均分子量は、3000以上であることがより好ましく、4000以上であることが最も好ましい。また、前記イミド基を含むポリマーの数平均分子量は、9900以下であることがより好ましく、9000以下であることが最も好ましい。
数平均分子量の測定方法及び計算方法としては、例えば、JIS K7252−1〜4に記載された、高分子の数平均分子量の測定方法及び計算方法を用いることができる。
【0048】
芳香族系繰返し単位は、少なくとも一つの環状イミドと、主鎖骨格(ここで言う主鎖には、グラフト鎖のようなポリマー状側鎖が含まれる)の連鎖構造を構成する少なくとも一つの芳香環とを含み、繰返し単位の空間的広がりの大部分を芳香環が占有している化学構造を有する。
【0049】
芳香環は、単核芳香環又は縮合多核芳香環のどちらでもよく、多核構造の場合には縮合して一体化する芳香環の数も制限されないが、一般的には、合成容易さの観点から、単核芳香環であるか又は3個以下の芳香環が縮合した縮合多核芳香環であるのが好ましい。
【0050】
芳香環を形成する原子は、原子同士の結合を形成するσ電子の他に、芳香環内に非局在化したπ電子を持つ。当該π電子同士の相互作用(π‐π相互作用)によって、芳香環同士の面は向かい合って積み重なり、安定化される。したがって、芳香環を有する前記共重合ポリマーを電解質膜内に混合することによって、芳香環同士のπ‐π相互作用によって前記共重合ポリマー同士が引き合うことにより、膜強度を高めると共に、前記寸法変化抑制効果をさらに向上させることができる。
【0051】
環状イミドとは、アンモニアの水素2原子をアシル基で置換した環状化合物又は環状官能基のことであり、一般的には酸無水物とアミンとから誘導される。したがって、環状イミドのイミド部位の基本構造式は−C(O)−N(R)−C(O)−(Rはアルキル、アリールなど)である。環状イミドの構造式の例として、下記式(1)乃至(6)に示すモノイミドを挙げることができる。
【0052】
【化1】

【0053】
また環状イミドとして、テトラカルボン酸無水物から誘導される、下記式(7)乃至(11)に示すジイミドを用いることもできる。
【0054】
【化2】

【0055】
式(1)及び(2)に示すようなフタルイミド構造、式(3)に示すようなスクシンイミド構造、式(4)及び(5)に示すようなグルタルイミド構造、式(6)に示すようなマレイミド構造、式(7)に示すようなベンゼンテトラカルボン酸ジイミド構造、式(8)及び(9)に示すようなナフタレンテトラカルボン酸ジイミド構造、式(10)に示すようなアントラセンテトラカルボン酸ジイミド構造、並びに式(11)に示すようなペリレンテトラカルボン酸ジイミド構造を有するポリマーは、イミド基部分において酸を保持することによって、前記酸の膜全体に対する含浸率を向上させ、その結果、膜のプロトン伝導度を向上させることができる。
【0056】
環状イミドは、繰返し単位の側鎖として存在していても良いが、芳香環と連結または縮合して、主鎖骨格の連鎖構造を構成することが好ましい。
環状イミドは、前記イミド基を含むポリマー中に繰り返し何回現われてもよく、また、2つ以上の異なる環状イミド構造が同一のイミド基を含むポリマーを形成していてもよい。
環状イミドは、好ましくは、芳香環と縮合した環状イミドである。
特に好ましくは、上記式(1)及び(2)に示したフタルイミド構造のような、ベンゼン環と縮合した環状イミドである。
【0057】
芳香族系繰返し単位は、芳香環又は環状イミドの部分以外に、芳香環及び環状イミドの間を結合する原子や、置換基や、側鎖や、脂環式炭化水素等の非芳香族環を含んでいても良い。ただし、芳香族系繰返し単位に期待される剛直性やπ−π相互作用を損なわない観点から、以下の条件をできるだけ多く満たしていることが好ましく、少なくとも下記条件1を満たしていることが特に好ましい。
条件1:芳香環及び環状イミドの間は直接結合しているか又はただ一つの原子を介して結合していることが好ましい。但し、芳香環及び環状イミドの間を連結する化学構造は、環と環を結ぶ連鎖方向に2つ以上の原子が連続していなければよく、置換基や側鎖を有していても良い。例えば、芳香環及び環状イミドの間が、2,2−プロピリデン基(又はジメチルメチレン基と表現することもできる)を介して結合する場合は、ただ一つの原子を介して結合していることになる。
条件2:置換基や側鎖は、鎖状又は環状のいずれであってもよいが、小さいサイズであることが好ましく、特に、置換基や側鎖を構成する原子の数は、水素原子を除いた合計が個々の置換基又は側鎖ごとに3個以下であることが好ましい。
条件3:芳香族系繰返し単位が非芳香環を有する場合、当該非芳香環は、側鎖すなわちポリマー鎖のペンダント構造として存在することが好ましい。また、芳香族系繰返し単位中に含まれる非芳香環の数は、芳香環の数よりも少ないことが好ましい。一つの芳香族系繰返し単位中に含まれる非芳香環の数は、2個以下、特に1個以下であることが好ましい。
【0058】
シロキサン系繰返し単位は、主鎖骨格(ここで言う主鎖には、グラフト鎖のようなポリマー状側鎖が含まれる)を構成する連鎖構造内に、2つ以上のシロキサン構造(−Si(<)O−)が連結したポリシロキサン構造を含む化学構造を有する。
ポリシロキサン構造は、鎖状ポリシロキサン構造−(R)Si−O−{(R)Si−O−}−(R)Si−、又は環状ポリシロキサン構造(−(R)Si−O−)などの一般式で表される。特にRがメチル基であるポリシロキサン構造が一般によく知られているが、その他にも、Rがエチル基、n‐プロピル基、イソプロピル基、n‐ブチル基、イソブチル基、tert‐ブチル基、sec‐ブチル基、n‐ペンチル基、n‐ヘキシル基等の炭素数1〜8の直鎖または分岐のアルキル基、及び、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基等の炭素数1〜8のヒドロキシアルキル基等が挙げられる。
【0059】
ポリシロキサン構造の途中で、シロキサン構造の連鎖が他の原子によって中断されていても良いが、その場合には、一つの繰返し単位中に、2〜20個のシロキサン構造が連続してなる部分が少なくとも一つ含まれていることが好ましい。
【0060】
シロキサン系繰返し単位は、その一端又は両端に他の繰返し単位との連結基となる構造を有していてもよい。シロキサン系繰返し単位の端部に存在する連結基としては、例えば、2価の炭化水素基のほか、エステル基やエーテル基等の2価の有機基、エステル基やエーテル基等の有機基又は異種原子を含む炭化水素基等を例示できる。連結基のサイズは、炭化水素基の場合には、主鎖の連鎖方向に連結する炭素の数が1〜8個程度の炭化水素基(例えばプロピレン基)を例示できる。連結基が異種原子を含む場合にも同様に、主鎖の連鎖方向に連結する原子の数が1〜8個程度であることが好ましい。
【0061】
通常の炭化水素鎖の主鎖骨格である炭素‐炭素結合に関しては、C−C−Cの結合角が109°、C−Cの結合距離が0.140nmであるのに対して、ポリシロキサン構造の主鎖骨格であるケイ素‐酸素結合に関しては、Si−O−Siの結合角が143°と広く、Si−Oの結合距離が0.165nmと長いことから、回転障壁が小さく(回転障壁のエネルギー:0.8kJmol−1)、ケイ素‐酸素結合は自由に回転できる。すなわち、ポリシロキサン構造は、通常の炭化水素鎖と比較して適度な柔軟性を維持することができる。
【0062】
前記イミド基を含むポリマーは、前記芳香族系繰返し単位と前記シロキサン系繰返し単位とが、一定数同じ繰り返し単位が連結されたブロックが互いに共重合するブロック共重合体であってもよいし、あるいは異なる繰り返し単位が交互に重合する交互共重合体であってもよい。また、繰り返し単位の配列に全く秩序が無いランダム共重合体であってもよい。
【0063】
前記イミド基を含むポリマーは、他の繰返し単位を含んでいても良いが、その量が多すぎると当該ポリマーに期待される特性を十分に発揮できなくなるおそれがある。したがって、当該ポリマーに含まれる他の繰返し単位の共重合割合は、30モル%以下であることが好ましく、10モル%以下であることがさらに好ましく、他の繰返し単位を含んでいないことが特に好ましい。
【0064】
本発明の高分子電解質膜に含まれる、イミド基を含むポリマーの典型例として、下記式(12)に示すポリ(ジメチルシロキサン)エーテルイミド(以下、PDSEIと略す。)を挙げることができる。
【0065】
【化3】

【0066】
上記式(12)に示したPDSEIの重合度であるx、y、nの値は自由に設定できるが、上述したような芳香族系繰返し単位及びシロキサン系繰返し単位の各々の果たす役割から鑑みるに、x=1〜3、y=1〜12、n=8〜10であるのが好ましい。
【0067】
基材となるポリマーとイミド基を含むポリマーの含有量については、これら2成分の合計を100質量部としたときに、基材となるポリマーが60〜95質量部、イミド基を含むポリマーが40〜5質量部であることが好ましい。基材となるポリマーが60質量部より少ない場合、電解質膜を形成するための製膜性が不十分となる場合がある。また、イミド基を含むポリマーが5質量部以上である場合、本発明の効果である、高いプロトン伝導性を容易に得ることができる。
なお、基材となるポリマーが70〜90質量部、イミド基を含むポリマーが30〜10質量部であることがより好ましく、基材となるポリマーが75〜85質量部、イミド基を含むポリマーが25〜15質量部であることが最も好ましい。
【0068】
本発明によれば、無機微粒子中に、酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体を充填することによって、プロトン伝導を司る当該液体を無機微粒子との分子間相互作用により固定することができるので、従来技術の電解質膜のようにプロトン伝導を司る物質が電解質膜から容易に溶出することがなく、プロトン伝導性を長期にわたり保持することができる。また、本発明によれば、酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体が、基材となるポリマーではなく、無機微粒子によって保持されるため、従来技術の電解質膜のように膜強度の低下を伴うことなく、電解質膜の機械的特性を維持することができる。
【実施例】
【0069】
1.無機微粒子の前処理
表面上に貫通孔を有する中空状の無機微粒子としてマイクロカプセル(商品名:ワシンマイクロカプセル)10.0gを、0.1Nの塩酸200mL中に加え、1日攪拌した。その後静置してマイクロカプセルを沈殿させ、上澄み液を取り除いた。蒸留水を200mL加えてよく攪拌した後、同様に静置・上澄み液の除去を行った。このように、蒸留水の追加・攪拌・上澄み液の除去を、pH=7程度になるまで繰り返した。
最後に、残った沈殿物を、120℃、真空下の条件で6時間減圧乾燥した。
【0070】
2.高分子膜の作製
[実施例1]
ナスフラスコの中で窒素下、ポリビニリデンフルオリド・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(PVDF‐HFP)0.12g(60質量部)をジメチルアセトアミド(DMA)1.5mLに溶解させ、上述した処理を施したマイクロカプセル0.08g(40質量部、平均粒径3〜5μm)を加え、窒素下室温で1日攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、超音波ホモジナイザーを用いて30分攪拌し、PVDF‐HFP及びマイクロカプセルを溶液中で単分散させた。
単分散後の溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、24時間放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の残留溶媒を除去するために、120℃、真空下の条件で12時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある高分子膜0.20gを得た。
【0071】
[実施例2]
ナスフラスコの中で窒素下、ポリビニリデンフルオリド・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(PVDF‐HFP)0.10g(50質量部)、及びポリ(ジメチルシロキサン)エーテルイミド(PDSEI)0.02g(10質量部)をジメチルアセトアミド(DMA)1.5mLに溶解させ、上述した処理を施したマイクロカプセル0.08g(40質量部、平均粒径3〜5μm)を加え、窒素下室温で1日攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、超音波ホモジナイザーを用いて30分攪拌し、PVDF‐HFP、PDSEI及びマイクロカプセルを溶液中で単分散させた。
単分散後の溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、24時間放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の残留溶媒を除去するために、120℃、真空下の条件で12時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある高分子膜0.20gを得た。
【0072】
[比較例1]
ナスフラスコの中で窒素下、ポリ(ジメチルシロキサン)エーテルイミド(PDSEI)0.12gをジメチルアセトアミド(DMA)1.5mLに溶解させ、窒素下室温で1日攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、超音波ホモジナイザーを用いて30分攪拌し、PDSEIを溶液中で単分散させた。
単分散後の溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、24時間放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の残留溶媒を除去するために、120℃、真空下の条件で12時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある高分子膜0.12gを得た。
【0073】
[比較例2]
ナスフラスコの中で窒素下、ポリビニリデンフルオリド・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(PVDF‐HFP)0.10g(50質量部)、及びポリ(ジメチルシロキサン)エーテルイミド(PDSEI)0.02g(10質量部)をジメチルアセトアミド(DMA)1.5mLに溶解させ、窒素下室温で1日攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、超音波ホモジナイザーを用いて30分攪拌し、PVDF‐HFP及びPDSEIを溶液中で単分散させた。
単分散後の溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、24時間放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の残留溶媒を除去するために、120℃、真空下の条件で12時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある高分子膜0.12gを得た。
【0074】
[比較例3]
ナスフラスコの中で窒素下、ポリビニリデンフルオリド・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(PVDF‐HFP)0.12gをジメチルアセトアミド(DMA)1.5mLに溶解させ、窒素下室温で1日攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、超音波ホモジナイザーを用いて30分攪拌し、PVDF‐HFPを溶液中で単分散させた。
単分散後の溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、24時間放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の残留溶媒を除去するために、120℃、真空下の条件で12時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある高分子膜0.12gを得た。
【0075】
なお、上記実施例1及び2、比較例1乃至3の他にも、マイクロカプセルが40質量部且つPDSEIが60質量部含まれる高分子膜や、マイクロカプセルが30質量部且つPDSEIが70質量部含まれる高分子膜等の作製を試みた。しかし、これらの高分子膜は、以下に示す酸の充填に耐えうるほどの膜強度を有しないものであることが分かった。
【0076】
3.酸の充填
上述した方法で作製した実施例1及び2、比較例1乃至3の高分子膜を、一辺が1cmの正方形に成型し、フラスコ内で酸の一種であるリン酸(85質量%水溶液)中に室温、減圧下(10mmHg)で1時間浸漬させ、さらに60℃、減圧下(10mmHg)で1時間浸漬させて高分子膜中にリン酸充填を行い、その後、膜表面の余分なリン酸を拭き取り、高分子電解質膜が完成した。以下、実施例1若しくは2、又は比較例1、2若しくは3の高分子膜に酸を充填して作製した高分子電解質膜を、それぞれ実施例1若しくは2、又は比較例1、2若しくは3の高分子電解質膜と呼ぶ。
【0077】
4.高分子電解質膜のプロトン伝導度の評価
実施例1及び2の高分子電解質膜とナフィオン(商品名。デュポン社製)膜について、周波数10kHzで交流インピーダンス測定を行うことにより、プロトン伝導度の評価を行った。
【0078】
図1は、実施例1の高分子電解質膜の異なる相対湿度におけるプロトン伝導度を示したグラフであり、ナフィオン膜との比較を行った結果のグラフである。実施例1の電解質膜及びナフィオン膜を、80℃の温度下、各相対湿度において1時間放置し、平衡状態となった後にインピーダンス測定を行った。なお、図1においては、プロトン伝導度σ(S/cm)の常用対数を縦軸に、相対湿度を横軸にとった。
図1から明らかなように、実施例1の高分子電解質膜は、特に相対湿度80%以下の低相対湿度条件において、従来用いられているナフィオン膜よりも高いプロトン伝導度を有し、燃料電池の電解質膜として用いるために十分なプロトン伝導性を示すことが分かった。
【0079】
図2は、実施例1の高分子電解質膜の、無加湿条件下で異なる温度におけるプロトン伝導度を示したグラフであり、ナフィオン膜との比較を行った結果のグラフである。実施例1の電解質膜及びナフィオン膜を、無加湿且つ各温度下において1時間放置し、平衡状態となった後にインピーダンス測定を行った。なお、図2においては、プロトン伝導度σ(S/cm)の常用対数を縦軸に、温度(K)の逆数に1000を乗じた値を横軸にとった。
図2から明らかなように、実施例1の高分子電解質膜は、いずれの温度条件においても、従来用いられているナフィオン膜よりも高いプロトン伝導度を有し、燃料電池の電解質膜として用いるために十分なプロトン伝導性を示すことが分かった。温度が150℃以上、すなわち、グラフの横軸が2.36(K−1)以下の条件においては、プロトン伝導度の低下が見られたが、これは無機微粒子内において、プロトン伝導性を司るリン酸が縮合することにより生じたものと考えられる。温度が150℃未満、すなわち、グラフの横軸が2.36(K−1)を超える条件においては、10−2(S/cm)オーダーという高いプロトン伝導度の値を得ることができた。
【0080】
図3は、実施例1及び2の高分子電解質膜の、無加湿条件下で異なる温度におけるプロトン伝導度を示したグラフである。実施例1及び2の電解質膜を、無加湿且つ各温度下において1時間放置し、平衡状態となった後にインピーダンス測定を行った。なお、図3においては、プロトン伝導度σ(S/cm)の常用対数を縦軸に、温度(K)の逆数に1000を乗じた値を横軸にとった。
図3から明らかなように、実施例2の高分子電解質膜は、いずれの温度条件においても、実施例1の高分子電解質膜よりも高いプロトン伝導度を有することが分かる。この結果から、イミド基を含むポリマーの一種であるPDSEIをさらに電解質膜内に含むことによって、リン酸をより多量かつ安定に電解質膜内に固定化し、その結果プロトン伝導度が向上することが分かった。
特に実施例2の高分子電解質膜については、温度が140℃、すなわち、グラフの横軸が2.42(K−1)においては、3.32×10−2(S/cm)という高いプロトン伝導度の値を得ることができた。
なお、実施例1及び2の高分子電解質膜は、いずれも温度が150℃以上、すなわち、グラフの横軸が2.36(K−1)以下の条件においては、プロトン伝導度の低下が見られたが、これは上述した図2において考察したように、リン酸の縮合によるものである。
【0081】
実施例1及び2の高分子電解質膜は、空気中に放置したところ、やや湿っぽくなったが、リン酸由来の粘つく感じではないことから、湿っぽさの原因は、空気中の水分が吸着したものであると考えられる。
高分子電解質膜が作動している間のリン酸保持の安定性を確認するために、実施例1の高分子電解質膜について、120℃におけるプロトン伝導度を測定した後、3時間の間隔をおいてもう1回測定したところ、2回目に測定されたプロトン伝導度は、1回目に測定されたプロトン伝導度と同じ値であった(1.7×10−2S/cm)。このことから、本発明の高分子電解質膜は、高温下においても従来技術の電解質膜のようにプロトン伝導を司る物質が電解質膜から溶出することがなく、プロトン伝導性を十分に確保することができることが分かった。
【0082】
5.高分子電解質膜が有するリン酸含有量の測定
厚さが40μmである、酸を充填する前の実施例1の高分子膜の質量を電子天秤で計量したところ、0.050gであり、同じく厚さが40μmである、酸を充填した後の実施例1の高分子電解質膜の質量を電子天秤で計量したところ、0.094gであったことから、リン酸充填前後の質量変化は0.044gであり、したがって、無機微粒子であるマイクロカプセルの含有量0.020gを100質量部としたとき、リン酸の含有量は、(100×0.044g)/(0.020g)=220質量部であることが分かった。また、実施例1の高分子電解質膜全体に対するリン酸の物質量は(1000×0.044g)/(98.00(g/mol)×0.094g)=4.8mmol/gであることが分かった。
【0083】
厚さが40μmである、酸を充填する前の実施例2の高分子膜の質量を電子天秤で計量したところ、0.050gであり、同じく厚さが40μmである、酸を充填した後の実施例2の高分子電解質膜の質量を電子天秤で計量したところ、0.138gであったことから、リン酸充填前後の質量変化は0.088gであり、したがって、無機微粒子であるマイクロカプセルの含有量0.020gを100質量部としたとき、リン酸の含有量は、(100×0.088g)/(0.020g)=440質量部であることが分かった。また、実施例2の高分子電解質膜全体に対するリン酸の物質量は(1000×0.088g)/(98.00(g/mol)×0.138g)=6.5mmol/gであることが分かった。
このように、同質量の高分子膜であっても、イミド基を含むポリマーの一種であるPDSEIを含んだ実施例2の高分子電解質膜は、PDSEIを含まない実施例1の高分子電解質膜よりも、物質量にして1.4倍のリン酸量を含浸できることが分かった。
【0084】
6.リン酸の固定化におけるPOSEIの効果の検証
無機微粒子を含まない比較例1乃至3の高分子電解質膜について、無加湿条件下、120℃の条件でプロトン伝導度を測定した。結果を下記表1に示す。
【0085】
【表1】

【0086】
表1より、PDSEIを含んだ比較例1の高分子電解質膜が、6.14×10−5(S/cm)と、3つのサンプル中で最も高いプロトン伝導度を示した。次いで、PDSEIとPVDF‐HFPを含む比較例2の高分子電解質膜が、4.91×10−5(S/cm)と2番目に高いプロトン伝導度を示し、PVDF‐HFPのみを含む比較例3の高分子電解質膜は、3.59×10−5(S/cm)と、最も低いプロトン伝導度を示した。
このような結果から、PDSEIを含むことによって、PVDF‐HFPのみを含む膜よりも、相対的に高いプロトン伝導度を示すことが分かった。しかし、比較例1乃至3の高分子電解質膜は、いずれも10−5(S/cm)オーダーのプロトン伝導度を示しており、この結果は、10−2(S/cm)オーダーという高いプロトン伝導度を示す実施例1又は2の高分子電解質膜と比較して、極端に低いプロトン伝導度を示す結果となった。このような結果から、プロトン伝導度を司るリン酸を固定する役割は、主に無機微粒子であるマイクロカプセルが担い、イミド基を有するポリマーであるPDSEIは、リン酸のマイクロカプセルへの固定化を補助する役目を担うことが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に貫通孔を有する中空状の無機微粒子、及び、基材となるポリマーを有し、
前記無機微粒子中に、酸及び酸と水との混合物よりなる群から選ばれる液体が充填されていることを特徴とする、高分子電解質膜。
【請求項2】
前記酸が、リン酸、亜リン酸、アルキルスルホン酸及び硫酸よりなる群から選ばれる、請求項1に記載の高分子電解質膜。
【請求項3】
前記ポリマーが、電解質ポリマーである、請求項1又は2に記載の高分子電解質膜。
【請求項4】
前記ポリマーが、フッ素系ポリマーである、請求項1又は2に記載の高分子電解質膜。
【請求項5】
前記無機微粒子の含有量を100質量部としたときに、前記液体の含有量が、10〜500質量部である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の高分子電解質膜。
【請求項6】
前記無機微粒子がSiOである、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の高分子電解質膜。
【請求項7】
さらに、イミド基を含むポリマーを有する、請求項1乃至6のいずれか一項に記載の高分子電解質膜。
【請求項8】
前記イミド基を含むポリマーが、数平均分子量2,000〜10,000である、請求項7に記載の高分子電解質膜。
【請求項9】
前記イミド基を含むポリマーが、少なくとも、芳香環と、当該芳香環と縮合しているか又は縮合していない環状イミドとを含み、これら芳香環及び環状イミドの間は直接又はただ一つの原子を介して結合されてなる構造を有する芳香族系繰返し単位、及び、シロキサン構造を含む構造を有するシロキサン系繰返し単位が連結してなる共重合ポリマーである、請求項7又は8に記載の高分子電解質膜。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−118327(P2010−118327A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−70474(P2009−70474)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【出願人】(304023318)国立大学法人静岡大学 (416)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】