説明

高分解能レーダ装置

【課題】 航空機や衛星などの移動プラットフォームに搭載され、地表や海面の高分解能画像を得る高分解能の合成開口レーダ装置において、画像のボケを補償して分解能を改善する従来のオートフォーカス法では推定できなかった画像のレンジ毎に異なる位相誤差を推定することを可能とした高分解能の合成開口レーダ装置を提供する。
【解決手段】 画像を画像分割部4でレンジ方向に複数に分割し、分割した画像毎に位相誤差傾き推定部9で位相誤差を推定し、推定された位相誤差から位相誤差の傾きを推定し、レンジビン毎の位相誤差を求めることにより、レンジビン毎に異なる位相誤差を推定して位相誤差補償部10で補償することにより、レンジ毎に異なる位相誤差を推定して補償し、分解能を改善する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、航空機や衛星等に搭載する高分解能レーダに係り、特に、地表や海面を観測し、画像化するための合成開口レーダ(SAR : Synthetic Aperture Radar)装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地表や海面の高分解能画像を得る合成開口レーダ装置における観測データの画像化において、レンジビン毎の振幅の平均を計算し、これが最大となるレンジビンにおける平均振幅を基準として閾値を設定し、この閾値以上の振幅を持つレンジビンのみを用いて処理を行うことで、推定誤差が小さいレンジビンでのみ処理を行い、その結果、位相補償誤差を減少させることができることは既に開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
【特許文献1】特開2003―215240号公報(第1図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の合成開口レーダでは、画像から誤差を推定する際に、画像内の誤差は一定であることを前提としたオートフォーカス法で補正しており、目標からの受信信号に対し、プラットフォームの移動によって生じるドップラー周波数変化を用いて信号を分解し、二次元の高分解能画像を得るが、信号を分解する際にプラットフォームの位置情報を用いるため、動揺センサを搭載し、プラットフォームの運動を計測しているが、動揺センサによる観測誤差があるため、この誤差によって画像がボケて、分解能が劣化してしまい、画像のボケを補償できない問題があった。
【0005】
この問題点を具体的に図3により説明する。
図3はこの発明の解決する問題点を説明するための観測の概念図であり、近距離で電波の送信方向(以後、レンジ方向)に広い領域を観測する場合を考える。
図3(a)において、動揺センサで計測された軌道(実線の矢印)と実際の軌道(点線の矢印)の差が誤差となり、画像のボケとなる。
【0006】
ここで、合成開口レーダは、図3(a)に示す基準とする直線軌道(P1P2)と画像化するレンジ(N1N2、F1F2等)からなる基準面にプラットフォームの軌道を射影し、画像を再生する処理を行う。
このとき、図3(b)に示す軌道(P1P2の曲線)と図3(c)に示す軌道(P1P2の曲線)の軌道差は、図3(b)に示す基準面(P1P2N2N1)と図3(c)に示す基準面(P1P2F2F1)で異なるため、図3(a)に示す画像の近距離側(P1P2N2N1)と遠距離側(P1P2F2F1)で、誤差が異なることとなり、オートフォーカス法の前提を満足しないため、オートフォーカス法で画像のボケを補償できないという問題があった。
【0007】
この発明は上記のような問題点を解消するためになされたものであり、従来の方法では得られなかった、画像のボケが無く、画質の良いSAR画像が得られる高分解能レーダ装置を得ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明の高分解能レーダ装置は、SAR画像をレンジ方向に複数に分割する画像分割部と、上記画像分割部で分割した画像毎に位相誤差を推定する位相誤差推定部と、上記位相誤差推定部で推定された分割した画像毎の位相誤差から、距離に対する変化である位相誤差の傾きを推定する位相誤差傾き推定部と、上記位相誤差傾き推定部で推定された位相誤差の傾きからレンジビン毎に異なる位相誤差を推定して補償する位相誤差補償部とを具備するものである。
【発明の効果】
【0009】
この発明によって、SAR画像をレンジ方向で分割し、各レンジ毎の位相誤差を算出して画像を補正した後、オートフォーカス法を使用することによって、画像のボケが無くなり、画質の良いSAR画像が得られる高分解能レーダ装置を得られるという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1による高分解能レーダ装置を示す構成図であり、1はSARセンサ、2は信号送受信部、3は画像再生処理部、4は画像分割部、5はレンジビン選択部、6は画像シフト部、7は窓関数乗算部、8はフェーズグラディエント推定部、9は位相誤差傾き推定部、10は位相誤差補償部、11は繰り返し判定部、12は画像である。
【0011】
図1において、SARセンサ1は、アンテナ、動揺センサなどから構成され、航空機や衛星などの移動プラットフォームに搭載される部分である。
SARセンサ1は、信号送受信部2で生成された高周波パルス信号を空間に放射して、その高周波パルス信号の反射信号を受信する手段、及び、移動プラットフォームの運動を計測する動揺センサを構成している。
【0012】
信号送受信部2は、高周波パルス信号を生成してSARセンサ1に送るとともに、SARセンサ1で受信された信号を増幅する送受信手段を構成している部分である。
画像再生処理部3は、送受信部2より受信した信号と、動揺センサで計測したプラットフォームの運動情報から、2次元の高分解能画像であるSAR画像を再生する部分である。
ここで、2次元の画像は、アジマス軸とレンジ軸から成っている。
【0013】
画像分割部4は、各々の画像での位相誤差を推定するために、画像再生処理部3で再生されたSAR画像をレンジ方向の画像に分割する部分である。
【0014】
図4はSAR画像をレンジ方向に分割する場合の概念図であり、分割数が4の場合を例として示している。
図4において、横方向がアジマスで縦方向に0〜511ビンの分割前の画像1枚を、レンジ方向で0〜127ビンの分割後の画像、レンジ方向で128〜255ビンの分割後の画像、レンジ方向で256〜383ビンの分割後の画像、レンジ方向で384〜511ビンの分割後の画像として4枚の画像へ分割していることを表現している。
なお、分割の前後で画像内の値は変化せず、分割後の画像を結合すると、元と同じ画像となる。
【0015】
レンジビン選択部5、画像シフト部6、窓関数乗算部7、フェーズグラディエント推定部8は、分割した画像毎に処理を行う。
レンジビン選択部5は、画像シフト部6からフェーズグラディエント推定部8までの処理に用いるレンジビンを選択する部分である。
【0016】
画像シフト部6は画像シフト部で、レンジビン内で孤立した点状の目標を探し、その目標が画像の左端に位置するように画像全体をシフトさせる部分である。
窓関数乗算部7は窓関数乗算部で、窓関数をアジマス方向に乗算する部分である。
フェーズグラディエント推定部8はフェーズグラディエント推定部で、再生画像に生じている位相誤差を推定する部分である。
【0017】
なお、レンジビン選択部5、画像シフト部6、窓関数乗算部7、フェーズグラディエント推定部8は、オートフォーカス法を前提としている。
【0018】
位相誤差傾き推定部9は、フェーズグラディエント推定部8で推定されたレンジ分割毎の位相誤差から、位相誤差の傾きを推定し、レンジビン毎の位相誤差を求める部分である。
ここで、レンジ分割毎の位相誤差とは、レンジ分割後の画像を用いて、レンジビン選択部5からフェーズグラディエント推定部8によって求めた位相誤差である。
【0019】
例えば、分割後の画像を画像1、画像2、画像3、画像4とし、画像1に対して求めた位相誤差を位相誤差1、画像2に対して求めた位相誤差を位相誤差2、画像3に対して求めた位相誤差を位相誤差3、画像4に対して求めた位相誤差を位相誤差4とした場合、レンジ分割後の位相誤差とは、位相誤差1〜4に相当する。
【0020】
ここで、レンジ毎の位相変化を定式化すると、近似的に、距離に対する一次変化であるため、これに注目し、レンジ分割毎の位相誤差から最小二乗法により、レンジに対する位相誤差の傾きを推定する。
さらに、推定した傾きを用いて、レンジビン毎の位相誤差を求める。
具体的な例としては、まず、求めたレンジ分割後の位相誤差ΦiをL次多項式で式(1)のようにモデル化する。
【0021】
【数1】

【0022】
ここに、Φiは、レンジ分割後においてi番目の分割の位相誤差をモデル化したもので、mはアジマスビン番号、Lは2以上の任意の正数、ai,kはk次多項式の係数、Mは総アジマスビン数である。
【0023】
なお、Lは、位相誤差をL次多項式でモデル化するときに仮定する次数であり、2以上の正数を用いる。
このとき、ai,kはレンジに対して一次変化するため、ai,kからこの一次変化量を求めることは、レンジに対する位相誤差の傾きを推定することに相当する。
これは式(2)のように表される。
【0024】
【数2】

【0025】
ここに、Φ’はレンジビン毎の位相誤差、nはレンジビン番号、ak’はレンジビン毎のk次位相誤差の係数、ak,0’はn=0のレンジビンにおけるak’の値、Δak’はレンジに対するk次位相誤差の傾きを表す。即ち、位相誤差の傾きを推定することは、Δak’を推定することであり、レンジビン毎の位相誤差を求めることは、推定したΔak’からak,0’を求め、Φ’を求めることに相当する。
なお、ここでは、レンジ分割後の位相誤差をL次多項式でモデル化したが、例えばL次の正弦波でモデル化する等、他のモデル化手段を用いることも可能である。
【0026】
なお、傾きを推定するにあたって、最小二乗法を用いても良いし、最小二乗法以外の推定手段を用いてもよい。
【0027】
位相誤差補償部10は、位相誤差傾き推定部9で求めたレンジ毎の位相誤差を補償する部分である。
具体的には、補償前のSAR画像をアジマス方向にフーリエ変換したものをSbef(m,n)、補償後のSAR画像をSaft(m,n)とおくと、補償演算は式(3)で表される。
【0028】
【数3】

【0029】
ここで、jは虚数単位を表す。
なお、本補償手段は、従来手法に対して、式(3)の指数部が追加されているところが大きく異なっている。
【0030】
繰り返し判定部11は、画像分割部4、レンジビン選択部5、画像シフト部6、窓関数乗算部7、フェーズグラディエント推定部8、位相誤差傾き推定部9、位相誤差補償部10の処理の繰り返し判定を行う部分である。
繰り返しを行う場合は、位相誤差を補償したSAR画像に対し、画像分割部4以降の処理を再度実行する。
【0031】
なお、画像12は、画像分割部4、レンジビン選択部5、画像シフト部6、窓関数乗算部7、フェーズグラディエント推定部8、位相誤差傾き推定部9、位相誤差補償部10の処理によって分解能の改善したSAR画像である。
【0032】
次に動作について説明する。
まず、信号送受信部2で生成された高周波パルス信号をSARセンサ1が地表面や海面に向けて送信する。地表面や海面からの反射エコーをSARセンサ1が受信して、信号送受信部2が信号を増幅する。
このとき、あわせて、SARセンサ1は、プラットフォームの運動を計測する。
【0033】
増幅された信号およびプラットフォームの運動情報から、画像再生処理部3が画像再生の信号処理を行い、SAR画像を生成する。再生されたSAR画像を、画像分割部4がレンジ方向に分割する。分割した各々の画像に対し、レンジビン選択部5が以降の処理に用いるレンジビンを選択する。
【0034】
選択されたレンジビンに対し、画像シフト部6が、レンジビン内で孤立した点状の目標を探し、その目標が画像の左側に位置するように画像全体をシフトさせる。
シフトさせた画像に対し、窓関数乗算部7が、窓関数をアジマス方向に乗算する。
窓関数が乗算された画像に対し、フェーズグラディエント推定部8が、画像に生じている位相誤差を推定する部分である。
【0035】
レンジビン選択部5からこれまでの処理は、レンジ方向に分割した画像の各々に対して個別に実行していたが、以降は、これらをあわせて実行する。
レンジ分割毎に推定された位相誤差に対し、位相誤差傾き推定部が、最小二乗法等により、レンジに対する位相誤差の傾きを推定する。さらに推定した位相誤差の傾きを用いて、レンジビン毎の位相誤差を求める。
【0036】
求めたレンジビン毎の位相誤差を用いて、位相誤差補償部が、レンジビン毎の位相誤差を補償し、画像の分解能を改善する。
以上の処理によって分解能の改善した画像に対し、繰り返し判定部11が処理の繰り返し判定を行い、繰り返しを行う場合は、レンジビン分割部4以降の処理を再度実行する。
【0037】
例えば、分解能が30cmであるレーダにおいて、画像のボケにより分解能が60〜90cmに劣化している場合においても、例えば車両等を対象とした場合に、分解能が30cmでは4、5個の点で構成されるため車両としての特徴を抽出できるが、分解能が90cmまで劣化すると、1、2個の点でしか構成されないため、車両としての特徴等の抽出が困難となる。
【0038】
これに対し、本実施の形態1を用いることにより、所定の30cmまで画像の分解能が改善するため、車両等の特徴等を抽出でき、画像のボケにより設計値より劣化した性能しか得られないレーダに対し、所望の性能が得られるようになる。
【0039】
以上のように、SAR画像をレンジ方向に複数に分割し、分割した画像毎に位相誤差を推定し、推定された位相誤差から位相誤差の傾きを推定し、レンジビン毎の位相誤差を求めることにより、レンジビン毎に異なる位相誤差を推定して補償し、レンジ毎に異なる位相誤差を推定して補償することで、分解能を改善することが可能になるという効果が得られる。
【0040】
実施の形態2.
図2はこの発明の実施の形態2による高分解能レーダ装置を示す構成図であり、13は画像分割数繰り返し判定部であり、1〜12は実施の形態1と同じものである。
【0041】
画像分割数繰り返し判定部13は、繰り返し判定部11で分解能の改善した画像を蓄え、さらに異なる分割数で画像分割部以降の処理を繰り返し、得られた画像分割数毎の画像の分解能を比較し、最も分解能の改善した画像を出力する部分である。
【0042】
実施の形態1では、分割数が最適でないと分解能が設計値まで分解能が改善しない可能性がある。
例えば、分解能が30cmであるレーダに対し、分解能が60〜90cmに劣化しており、分割数3では50cmまで改善し、分割数4では30cmまで改善する場合において、実施の形態1において分割数3で実施した場合は50cmまでしか改善しないが、実施の形態2では常に分解能30cmまで改善することができる。
【0043】
以上のように、SAR画像をレンジ方向に複数に分割し、分割した画像毎に位相誤差を推定し、推定された位相誤差から位相誤差の傾きを推定し、レンジビン毎の位相誤差を求めることを繰り返し実行することにより、レンジビン毎に異なる位相誤差を推定して補償することができ、実施の形態1以上に分解能を改善することが可能になるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】この発明の実施の形態1による高分解能レーダ装置の構成を示す図である。
【図2】この発明の実施の形態2による高分解能レーダ装置の構成を示す図である。
【図3】この発明の解決する問題点を説明するための観測の概念図である。
【図4】SAR画像をレンジ方向に分割する場合の概念図である。
【符号の説明】
【0045】
1 SARセンサ、 2 信号送受信部、 3 画像再生処理部、 4 画像分割部、 5 レンジビン選択部、 6 画像シフト部、 7 窓関数乗算部、 8 フェーズグラディエント推定部、 9 位相誤差傾き推定部、 10 位相誤差補償部、 11 繰り返し判定部、 12 画像、 13 画像分割数繰り返し判定部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SAR画像をレンジ方向に複数に分割する画像分割部と、
上記画像分割部で分割した画像毎に位相誤差を推定する位相誤差推定部と、
上記位相誤差推定部で推定された分割した画像毎の位相誤差から、距離に対する変化である位相誤差の傾きを推定する位相誤差傾き推定部と、
上記位相誤差傾き推定部で推定された位相誤差の傾きからレンジビン毎に異なる位相誤差を推定して補償する位相誤差補償部と、
を具備することを特徴とする高分解能レーダ装置。
【請求項2】
上記SAR画像は、移動プラットフォームに搭載され、高周波パルス信号を空間に放射し、地表や海面からの反射信号を受信する手段、及び、移動プラットフォームの運動を計測する動揺センサから成るSARセンサと、
上記SARセンサの受信手段で得られた反射信号、及び、動揺センサで計測したプラットフォームの運動情報から、2次元の高分解能画像であるSAR画像を再生する画像再生処理部と、
を具備して得られることを特徴とする請求項1記載の高分解能レーダ装置。
【請求項3】
上記位相誤差推定部は、上記画像分割部でレンジ方向に分割されたSAR画像から処理に用いるレンジビンを選択し、レンジビン内で孤立した点状の目標を探し、その目標が画像の左端に位置するように画像全体をシフトさせ、窓関数をアジマス方向に乗算して、再生画像に生じている位相誤差を推定することを特徴とする請求項1記載の高分解能レーダ装置。
【請求項4】
異なる分割数での処理によって得られた画像分割数毎の画像の分解能を比較し、最も分解能の高い画像を出力する画像分割数繰り返し判定部
を具備することを特徴とする請求項1記載の高分解能レーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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