説明

高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法

【課題】本発明は、安価で実用的な高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法は、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として複数種類の有機酸とを含有する溶液(I)に、還元状態にある土壌を作用させて得られる集積物(I)を、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として1種の有機酸を含有する溶液(II)に作用させて、得られる集積物(II)を高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を有する系で、嫌気条件下、反応温度30〜50℃で撹拌させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解する分解菌の集積方法、及びそれを用いた分解菌の単離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
汚染土壌の環境修復技術として、土壌の除去や遺伝子組換え体とした微生物の導入がある。しかし、土壌の除去や遺伝子組換え体の微生物の導入による環境修復は、経済的負担が非常に大きく、更に遺伝子組換え体の微生物の導入は、現状では安全性の面から実現困難である。
【0003】
一方、圃場に存在している土着の菌を活性化させ、土壌に含まれる汚染物質を分解除去する方法が提案されている。これは経済面および安全面からも実現可能な手法の一つと考えられており、この分野の研究は盛んに行われている。
近年、嫌気性微生物による還元的反応が、酸化分解では分解が困難な有機塩素系化合物を分解するのに有効であることが判明してきている。例えば、極性基を有する有機塩素系化合物を分解する嫌気性細菌として、クロロ安息香酸を分解するデスルホモナイル ティジェイ(Desulfomonile tiedei) DCB1株、デスルホマイクロビウム エスカンビエンス(Desulfomicrobium escambiense)、ペンタクロロフェノールを分解するデサルフィトバクテリウム フラピエリ(Des ulfitobacterium frappieri)、クロロフェノールを分解するデサルフィトバクテリウム デハロゲナンス(Desulfitobacterium dehalogenans)等、極性基を有さない有機塩素系化合物を分解する嫌気性細菌としては、テトラクロルエチレンを脱クロル化するデサルフィトバクテリウム(Desulfitobacterium) sp.PCE1株、Y51株、デハロスピリウム マルチボランス(Dehalospirillum multivor ans)、デハロコッコイデス エセノゲネス(Dehalococcoides ethenogenes)195株等が分離されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ポリクロロビフェニル(PCB)、ヘキサクロルベンゼン(HCB)等の高度に塩素化された難分解性有害化学物質を効果的に分解除去する微生物の分離例はない。
従って、上述したいずれの方法によっても、PCB、HCB等の高度に塩素化された難分解性有害化学物質を環境中で効果的に分解することは困難である。
そのため、安価で、安全面にも配慮された実用的な高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解する方法の提供が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法は、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として複数種類の有機酸とを含有する溶液(I)に、還元状態にある土壌を作用させて得られる集積物(I)を、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として1種の有機酸とを含有する溶液(II)に作用させて、得られる集積物(II)を高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を有する系で、嫌気条件下、反応温度30〜50℃で撹拌させることを特徴とする。
また、上記反応温度が37〜42℃であることが好ましい。
また、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物が、ポリクロロビフェニル、又はヘキサクロルベンゼンであることが好ましい。
【発明の効果】
【0006】
本発明の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法によれば、安価で、効果的に高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解することができる。
また、本発明の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解する分解菌の集積方法、及びそれを用いた分解菌の単離方法によれば、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解できる特定の分解菌を効率よく単離することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の処理対象となる高塩素置換芳香族有機塩素系化合物としては、ポリクロロビフェニル(以下、PCBと略す)、ヘキサクロルベンゼン(以下、HCBと略す)、種々のクロルベンゼン等が挙げられる。これらの中でも、特にPCB、HCB等の高度に塩素化された難分解性の化学物質を効果的に分解することができる。
【0008】
本発明の実施形態に係る高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法は、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として複数種類の有機酸とを含有する溶液(I)に、還元状態にある土壌を作用させて得られる集積物(I)を、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として1種の有機酸とを含有する溶液(II)に作用させて、得られる集積物(II)を高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を有する系で、嫌気条件下、反応温度30〜50℃で撹拌させる。
【0009】
溶液(I)は、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として複数種類の有機酸とを含有するものであって、無機塩溶液(ただし、硫酸を含まない)に、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と複数種類の有機酸とを添加して調製される。高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の具体例としては、PCB、HCB、種々のクロルベンゼン等が挙げられ、有機酸としては特に制限はないが、酢酸、ギ酸、乳酸、及びそれらの塩が好ましい。
【0010】
また、溶液(I)は、微量元素やビタミン等を含有することが好ましい。微量元素としては特に制限はないが、Mg、Mn、Fe、Ca、Co、Zn、Cu、Al、Mo等が挙げられ、ビタミンとしては特に制限はないが、ビオチン、葉酸、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン等が挙げられる。また、市販品としてWolinビタミン溶液なども用いることができる。
【0011】
溶液(I)のpHは中性付近とすることが好ましく、より好ましくはpH7.3〜pH7.5である。pHは、例えばCOの濃度調整することにより容易に調整することができる。
【0012】
還元状態にある土壌としては、硫酸が集積しやすく、還元状態が極度に発達した海岸近くの低湿地の土壌、肥料成分の硫酸イオンを多く含み、豊富な有機物の影響下で還元状態が発達した水田等が挙げられ、より具体的にはハドソン川低湿汚泥が例示できる。
また、例えば畑土壌にPCBやHCB等の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を投与して、湛水条件下で長期間(好ましくは2年以上)静置することにより還元状態にある土壌を得ることができる。この際の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の使用量に特に制限はないが、200ppm以下とすることが好ましい。なお、本明細書において、還元状態とは、絶対嫌気性菌が生息可能な酸化還元電位が0mV以下を意味する。
【0013】
このように調製された溶液(I)と、還元状態にある土壌とを嫌気条件下で攪拌しながら作用させることにより、集積物(I)を得ることができる。このときの温度としては30〜50℃が好ましく、より好ましくは37〜42℃である。
また、溶液(I)と還元状態にある土壌との混合比としては特に制限はないが、還元状態にある土壌が全体の5〜30%容量比になるように加えることが好ましく、特に好ましくは10〜20%容量比である。このような容量比にすると、集積物(I)の集積が効率的に進行する。
【0014】
また、本発明において、上述した方法により得られる集積物(I)を溶液(I)を用いて希釈し、それを嫌気条件下30〜50℃、好ましくは37〜42℃で攪拌する操作を複数回繰り返して、集積物(I)の集積度を高めることが好ましい。
【0015】
次いで、上記のようにして得られる集積物(I)を、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として1種の有機酸とを含有する溶液(II)に作用させ集積物(II)を得る。このとき用いられる高塩素置換芳香族有機塩素系化合物としては、PCB、HCB、種々のクロルベンゼン等が挙げられ、有機酸としては特に制限はないが、酢酸、ギ酸、乳酸、及びそれらの塩が好ましく、より好ましくは酢酸、ギ酸、及びそれらの塩である。そして、これらを無機塩溶液(ただし、硫酸を含まない)に添加して溶液(II)が調製される。
【0016】
また、溶液(II)は、溶液(I)と同様に、微量元素やビタミン等を含有することが好ましい。これら微量元素やビタミンとしては、上述したものが適用される。また、溶液(II)のpHは中性付近とすることが好ましく、より好ましくはpH7.3〜pH7.5である。pHは、例えばCOの濃度調整することにより容易に調整することができる。
【0017】
上記のように調製された溶液(II)と、集積物(I)とを嫌気条件下で攪拌しながら作用させることにより、集積物(II)を得ることができる。このときの温度としては30〜50℃が好ましく、より好ましくは37〜42℃である。
このように、溶液(I)及び還元状態にある土壌を用いて得られる集積物(I)を、溶液(II)で処理することにより、後段で説明するように、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を効果的に分解することができる集積物(II)を得ることができる。
【0018】
次に、上記のようにして得られた集積物(II)を用いた高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法について説明する。
例えば、アルミシールとブチルゴム栓で密閉された血清瓶に、上記溶液(I)とアセトンに溶解させたHCBを入れ、そこに集積物(II)をシリンジで添加し、嫌気条件下で30〜50℃、好ましくは37〜42℃で撹拌させる。反応温度が30℃未満の場合、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解反応は起こらず、50℃を超えると分解効率が大きく低下する。なお、このときの集積物(II)の使用量や反応時間等は適宜決定することができる。
【0019】
本発明の実施形態に係る高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法は、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として複数種類の有機酸と、ブロモエタンスルホン酸とを含有する溶液(III)に、還元状態にある土壌を作用させて得られる集積物を高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を有する系で、嫌気条件下、反応温度30〜50℃で撹拌させる。従って、溶液(III)を用いて集積物を得る場合の相違点のみを説明し、それ以降の共通部分の説明は省略する。
【0020】
溶液(III)は、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として複数種類の有機酸と、ブロモエタンスルホン酸とを含有するものであって、これらを無機塩溶液(ただし、硫酸を含まない)に添加して調製される。このとき用いられる高塩素置換芳香族有機塩素系化合物としては、PCB、HCB、種々のクロルベンゼン等が挙げられ、有機酸としては特に制限はないが、酢酸、ギ酸、乳酸、及びそれらの塩が好ましい。
【0021】
本発明において、溶液(III)に含有されるブロモエタンスルホン酸は、集積物の進行を妨げるメタン菌等の生育を抑制するものであるので、ブロモエタンスルホン酸の含有量としては、上記目的を達成できる範囲内であれば、特に制限はないが、終濃度として0.5〜10mMが好ましく、より好ましくは1〜5mMである。
【0022】
また、溶液(III)は、溶液(I)と同様に、微量元素やビタミン等を含有することが好ましい。これら微量元素やビタミンとしては、上述したものが適用される。また、溶液(III)のpHは中性付近とすることが好ましく、より好ましくはpH7.3〜pH7.5である。pHは、例えばCOの濃度調整することにより容易に調整することができる。
【0023】
上記のように調製された溶液(III)と、上記還元状態にある土壌とを嫌気条件下で攪拌しながら作用させることにより、集積物を得ることができる。なお、このときの温度としては30〜50℃が好ましく、より好ましくは37〜42℃である。
また、溶液(III)と還元状態にある土壌との混合比としては特に制限はないが、還元状態にある土壌が全体の5〜30%容量比になるように加えることが好ましく、特に好ましくは10〜20%容量比である。このような容量比にすると、集積物の集積が効率的に進行する。
このように、上記溶液(I)にブロモエタンスルホン酸が添加された溶液(III)によれば、集積物の進行を妨げるメタン菌等の生育を抑制することができ、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を効果的に分解することができる集積物を効率的に得ることができる。
【0024】
また、本実施形態において、上述した方法により得られる集積物を溶液(I)を用いて希釈し、それを嫌気条件下30〜50℃、好ましくは37〜42℃で攪拌する操作を複数回繰り返して、集積物の集積度を高めることが好ましい。
【0025】
本発明の実施形態に係る高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法は、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として複数種類の有機酸とを含有する溶液(I)に、還元状態にある土壌を加え、これに加熱処理を施した後に得られる集積物を高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を有する系で、嫌気条件下、反応温度30〜50℃で撹拌させる。従って、加熱処理を施して集積物を得る場合の相違点のみを説明し、溶液(I)の構成や調製方法、及び集積物を用いた高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法などの共通部分の説明は省略する。
【0026】
本発明は、溶液(I)に還元状態にある土壌を加え、これに加熱処理した後、嫌気条件下で攪拌することにより集積物を得ることができる。このように、加熱処理を施すことにより、集積物の進行を妨げるメタン菌等の生育を抑制することができ、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を効果的に分解することができる集積物を得ることができる。従って、加熱処理は上記目的を達成できる条件下で行なわれ、加熱温度を60〜100℃程度とすることが好ましく、70〜90℃で10〜20分間処理することがより好ましい。
【0027】
溶液(I)と還元状態にある土壌との混合比としては特に制限はないが、還元状態にある土壌が全体の5〜30%容量比になるように加えることが好ましく、特に好ましくは10〜20%容量比である。このような容量比にすると、集積物の集積が効率的に進行する。
【0028】
また、本実施形態において、上述した方法により得られる集積物を溶液(I)を用いて希釈し、それを嫌気条件下30〜50℃、好ましくは37〜42℃で攪拌する操作を複数回繰り返して、集積物の集積度を高めることが好ましい。
【0029】
本発明による高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解状況は、高速液体クロマトグラフィー(以下、HPLC)等にて容易に確認することができる。例えば、嫌気グローブボックス(酸素分圧0.3%以下)内で、血清瓶の栓を開封し、撹拌後の全液又は底に沈着した集積物を十分攪拌した後の溶液1mlを採取し、エーテル抽出を2度行う。この際に内部標準物質としてペンタクロルベンゼン(PCBz)等を加えて回収率を求めることが好ましい。
エーテル除去後、アセトニトリル、アセトン等に溶解させ、HPLC、電子捕獲検出器(ECD)装備のガスクロマトグラフ(GC)を用いて、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解状況を把握することができる。なお、後段の実施例において詳細に説明するが、本発明によるHCBの分解は、HPLCによるHCBの分解パターンから、下記の反応式に示す分解経路を経ていること、及び中間体の蓄積が認められなかったことから、HCBがほぼ完全に分解されることが示唆された。
【0030】
【化1】

【0031】
以上説明したように、本発明の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法によれば、安価で、効果的に高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解することができるので、産業上の利用価値が非常に高い。
【0032】
次に、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解する特定の分解菌について説明する。
上記分解菌の分解対象となる高塩素置換芳香族有機塩素系化合物としては、PCB、HCB、種々のクロルベンゼン等が挙げられる。これらの中でも、特にPCB、HCB等の高度に塩素化された難分解性の化学物質を効果的に分解することができる。
【0033】
本発明の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解する分解菌の集積方法は、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として複数種類の有機酸とを含有する培地(I)に、還元状態にある土壌を加えて、嫌気条件下30〜50℃で攪拌して分解菌を集積することを特徴とする。
【0034】
培地(I)は、微生物の培養に一般的に用いられる無機塩培地(ただし、硫酸を含まない)に、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と複数種類の有機酸とを添加して調製される。添加される高塩素置換芳香族有機塩素系化合物としては、PCB、HCB、種々のクロルベンゼン等が挙げられ、有機酸としては特に制限はないが、酢酸、ギ酸、乳酸及びそれらの塩などが好ましい。
【0035】
また、上記培地(I)は、微量元素やビタミン等を含有することが好ましい。
微量元素としては特に制限はないが、Mg、Mn、Fe、Ca、Co、Zn、Cu、Al、Mo等が挙げられ、ビタミンとしては特に制限はないが、ビオチン、葉酸、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン等が挙げられる。また、市販品としてWolinビタミン溶液なども用いることができる。
【0036】
上記培地(I)のpHは中性付近とすることが好ましく、より好ましくはpH7.3〜pH7.5である。pHは、例えばCOの濃度調整をすることにより容易に調整することができる。
【0037】
本発明における還元状態にある土壌は、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解する特定の分解菌の採取源であって、例えば、硫酸が集積しやすく、還元状態が極度に発達した海岸近くの低湿地の土壌、肥料成分の硫酸イオンを多く含み、豊富な有機物の影響下で還元状態が発達した水田等が挙げられ、より具体的にはハドソン川低湿汚泥が例示できる。また、例えば畑土壌にPCBやHCB等の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を投与して、湛水条件下で長期間(好ましくは2年以上)静置することにより還元状態にある土壌を得ることができる。この際の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の使用量に特に制限はないが、200ppm以下とすることが好ましい。
【0038】
このようにして調製された培地(I)中に、還元状態にある土壌を加えて、嫌気条件下30〜50℃で、好ましくは37〜42℃で攪拌する。
また、培地(I)と還元状態にある土壌との混合比としては特に制限はないが、還元状態にある土壌が全体の5〜30%容量比になるように加えることが好ましく、特に好ましくは10〜20%容量比である。このような容量比にすると、分解菌の集積が効率的に進行する。
【0039】
本発明において、上述した方法により得られる分解菌を培地(I)を用いて希釈し、それを嫌気条件下30〜50℃、好ましくは37〜42℃で攪拌する操作を複数回、好ましくは2〜3回程度繰り返して、分解菌の集積度を高めることが好ましい。また、希釈率としては特に制限はないが1〜20%が好ましく、より好ましくは1〜10%である。
【0040】
本発明の分解菌の単離方法は、上述した分解菌の集積方法を利用して分解菌を単離する方法であって、分解菌を集積済みの培養液を、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として1種の有機酸とを含有する培地(II)に作用させて得られる。このとき用いられる高塩素置換芳香族有機塩素系化合物としては、PCB、HCB、種々のクロルベンゼン等が挙げられ、有機酸としては特に制限はないが、酢酸、ギ酸、乳酸、及びそれらの塩が好ましく、より好ましくは酢酸、ギ酸、及びそれらの塩である。そして、これらを無機塩溶液(ただし、硫酸を含まない)に添加して培地(II)が調製される。
【0041】
また、培地(II)は、培地(I)と同様に、微量元素やビタミン等を含有することが好ましい。これら微量元素やビタミンとしては、上述したものが適用される。
また、培地(II)のpHは中性付近とすることが好ましく、より好ましくはpH7.3〜pH7.5である。pHは、例えばCOの濃度調整することにより容易に調整することができる。
【0042】
上記のように調製された培地(II)と、分解菌を集積済みの培養液とを嫌気条件下で攪拌しながら作用させることにより、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物に対して分解活性を有する培養液を調製することができる。このような培養液を用いることにより、嫌気平板法等で効率良く分解菌を単離することができる。
【0043】
また、上記以外の方法としては、ブロモエタンスルホン酸(終濃度として0.5〜10mM)を添加した培地(I)と、還元状態にある土壌とを作用させ、それを嫌気条件下で攪拌したり、培地(I)に還元状態にある土壌を加え、加熱処理(60〜100℃程度)した後、嫌気条件下で攪拌することにより、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物に対して分解活性を有する培養液を調製することもできる。
【0044】
本発明の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を分解する分解菌の集積方法、及びそれを用いた分解菌の単離方法によって得られる特定の分解菌は、嫌気的な脱ハロゲン化呼吸によって、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を効果的に分解することができる。また、上記分解菌によれば、高塩素置換芳香族有機塩素系化合物によって汚染された土壌、水等を環境中で効果的に分解することが可能なため、有用な環境修復技術となり得る。
【実施例】
【0045】
(溶液(i)〜(v)の調製)
以下の組成を有する硫酸を含まない無機塩溶液(NaCl 8.4g/l;KCl 0.27g/l;NaHPO0.6g/l ;NHCl 0.5g/l;cysteine−HCl・HO 0.25g/l;resazurin 0.001g/l )を投入し、更に1%容量の微量元素溶液(nitrotriacetic acid 1.5g/l;MgSO 3.0g/l;MnSO0.5g/l;NaCl 1.0g/l;FeSO 0.1g/l;CaCl 0.1g/l;CoCl 0.1g/l;ZnSO0.1g/l;CuSO0.01g/l;AlK(SO 0.01g/l;HBO 0.01g/l;NaMoO0.01g/l)を丸底フラスコに投入して、脱気のため窒素気流下で沸騰させた。10分後、N−CO(95:5)気流下でNaS・9HO(0.25g/l)とNaHCO(2.53NaHCO(2.53))を加えた後に、COの濃度を調整しpHを7.3〜7.5の間に合わせた。これをN−CO(95:5)気流下で160mlの血清瓶に分注した。
次いで、この溶液にアセトンに溶解させたHCBを終濃度200ppmになるように添加し、ブチルゴム栓とアルミシールで密封した。これを120℃で1時間のオートクレーブを3日間繰り返した後、この血清瓶に、別途ろ過滅菌し嫌気条件としたWolinビタミン溶液(biotin 2mg/l ;folic acid 2mg/l ;pyridoxine hydrochloride 5mg/l ;riboflavin 5mg/l ;thiamine 5mg/l ;nicotinic acid 5mg/l ;pantothenic acid 5mg/l ;vitamine B12 0.1mg/l ;p−aminobenzoic acid 5mg/l ;thioctic acid 5mg/l)1mlと、120℃で1時間のオートクレーブを3日間繰り返したMgCl・6HO(3.95g/l)とCaCl・2HO(0.05g/l)溶液とをシリンジで加えた(溶液(i))。
次いで、溶液(i)に、酢酸ナトリウム、ギ酸ナトリウム、及び乳酸ナトリウムを終濃度2.5mMになるようにシリンジで加えた(溶液(ii))。
また、溶液(i)に、酢酸ナトリウム、ギ酸ナトリウム、または乳酸ナトリウムを単独で終濃度2.5mMになるようにシリンジで加えたものをそれぞれ溶液(iii)、溶液(iv)、溶液(v)とした。
【0046】
(比較例)
20ppmのPCBを投与し40ヶ月間湛水条件下においた畑土壌(九州沖縄農業研究センター内)を採取後(2000年10月20日)、土壌の容量が全体の20%容量比となるように溶液(ii)を加えた。これを嫌気条件下、37℃で縦に攪拌させながら約5ヶ月間集積物の集積を行った。この間、溶液(ii)を用いて希釈(希釈率10%)を4回行い(2000年11月14日、12月2日、2001年1月18日、2001年3月5日)、下記の評価試験を行った(2001年3月16日)。
【0047】
(試験例1)
20ppmのPCBを投与し40ヶ月間湛水条件下においた畑土壌(九州沖縄農業研究センター内)を採取後(2000年10月20日)、土壌の容量が全体の20%容量比となるように溶液(ii)を加えた。これを嫌気条件下、37℃で縦に攪拌させながら約5ヶ月間集積物の集積を行った。この間、溶液(ii)を用いて希釈(希釈率10%)を3回(2000年11月14日、12月2日、2001年1月18日)、溶液(iii)を用いて希釈(希釈率10%)を1回行い(2001年3月5日)、下記の評価試験を行った(2001年3月16日)。
【0048】
(評価試験)
アルミシールとブチルゴム栓で密閉した血清瓶に溶液(ii)を加え、そこにアセトンに溶かしたHCB(終濃度200ppm、アセトン濃度5%)をシリンジで加えた。これに試験例1または比較例で得られた集積物(液)をシリンジで添加し、嫌気条件下(レサズリンを還元度の指示薬として使用)、37℃で53日間攪拌して撹拌を停止した。
撹拌停止後、嫌気グローブボックス(酸素分圧0.3%以下)内で、血清瓶の栓を開封し、底に沈着した固形物を十分攪拌した後、内容物1mlを採取し、エーテル抽出を2度行った。この際に内部標準物質としてペンタクロルベンゼン(PCBz)を加えて回収率を求めた。
エーテル除去後、HPLC分析用にはアセトニトリルに溶解させ、HPLC(日立製作所)(逆相分配カラム:150mm×4mm、カラム温度:50℃、流出溶媒:アセトニトリル/脱イオン水=80/20、流出速度:1mL/分)と、ECD装備のGC(Hewlett−Packerd社製)(キャピラリーカラム(商品名Ultraband1、Hewlett−Packerd社製):25mm×0.2mm)を用いてHCB分解パターンを求めた。比較例のHCB分解パターンを図1、試験例1のHCB分解パターンを図2に示す。
【0049】
図1から明らかなように、比較例の集積物(液)を用いたほうは、HCBが分解されず残存した。一方、図2から明らかなように、試験例1の集積物(液)を用いたほうは、HCBの残存量が1.6%(HCB分解率98.4%)であり、大部分のHCBが分解されたことが判明した。
また、試験例1において、1,2,3,4−テトラクロルベンゼン、1,2,4,5−テトラクロルベンゼン及び1,2,3,5−テトラクロルベンゼンが微量ではあるが認められたため、これらは中間生成物であると考えられる(ただし、1,2,3,4−テトラクロルベンゼン、1,2,4,5−テトラクロルベンゼンが主に生成される)。従って、下記の反応式に示す分解経路を経てHCBが分解されることが示唆された。更に、分解されたHCB量に対して、中間生成物の蓄積が認められないことから、HCBがほぼ完全に分解されたことが示唆された。
【0050】
【化2】

【0051】
(試験例2)
水田土壌(九州沖縄農業研究センター内)を採取後(2000年10月20日)、土壌の容量が全体の20%容量比となるように溶液(ii)を加えた。これを嫌気条件下、37℃で縦に攪拌させながら約5ヶ月間集積物の集積を行った。この間、溶液(ii)を用いて希釈(希釈率10%)を3回(2000年11月14日、12月2日、2001年1月18日)、溶液(iii)を用いて希釈(希釈率1%)(2001年3月5日)を行った後、上述した評価試験を行い(2001年3月16日)、残存したHCBの割合(%)及び生成した1,2,3,4−テトラクロルベンゼンと1,2,4,5−テトラクロルベンゼン量(ppm)を求めた。この結果を表1に示す。
【0052】
【表1】


【0053】
(試験例3)
湛水条件下PCBを20ppm加え、2年間静置した畑土壌(九州沖縄農業研究センター内)を採取後(2000年10月20日)、土壌の容量が全体の20%容量比となるように溶液(ii)を加えた。これを嫌気条件下、37℃で縦に攪拌させながら約5ヶ月間集積物の集積を行った。この間、溶液(ii)を用いて希釈(希釈率10%)を3回(2000年11月14日、12月2日、2001年1月18日)、次いで、溶液(iv)を用いて希釈(希釈率5%)(2001年3月5日)を行った後、上述した評価試験を行い(2001年3月16日)、残存したHCBの割合(%)及び生成した1,2,3,4−テトラクロルベンゼンと1,2,4,5−テトラクロルベンゼン量(ppm)を求めた。この結果を表1に示す。
【0054】
(試験例4)
湛水条件下PCBを20ppm加え、2年間静置した畑土壌(九州沖縄農業研究センター内)を採取後(2000年10月20日)、土壌の容量が全体の20%容量比となるように溶液(ii)を加えた。これを嫌気条件下、37℃で縦に攪拌させながら約5ヶ月間集積物の集積を行った。この間、溶液(ii)を用いて希釈(希釈率10%)を3回(2000年11月14日、12月2日、2001年1月18日)、次いで、溶液(v)を用いて希釈(希釈率5%)(2001年3月5日)を行った後、上述した評価試験を行い(2001年3月16日)、残存したHCBの割合(%)及び生成した1,2,3,4−テトラクロルベンゼンと1,2,4,5−テトラクロルベンゼン量(ppm)を求めた。この結果を表1に示す。
【0055】
(試験例5)
湛水条件下PCBを20ppm加え、2年間静置した畑土壌(九州沖縄農業研究センター内)を採取後(2000年10月20日)、土壌の容量が全体の20%容量比となるように溶液(ii)を加えた。これを嫌気条件下、37℃で縦に攪拌させながら約5ヶ月間集積物の集積を行った。この間、溶液(ii)を用いて希釈(希釈率10%)を3回(2000年11月14日、12月2日、2001年1月18日)、次いで、溶液(iii)を用いて希釈(希釈率5%)(2001年3月5日)を行った後、上述した評価試験を行い(2001年3月16日)、残存したHCBの割合(%)及び生成した1,2,3,4−テトラクロルベンゼンと1,2,4,5−テトラクロルベンゼン量(ppm)を求めた。この結果を表1に示す。
【0056】
(試験例6)
湛水条件下PCBを20ppm加え、2年間静置した畑土壌(九州沖縄農業研究センター内)を採取後(2000年10月20日)、土壌の容量が全体の20%容量比となるように溶液(ii)を加えた。これを嫌気条件下、37℃で縦に攪拌させながら約5ヶ月間集積物の集積を行った。この間、溶液(ii)を用いて希釈(希釈率10%)を3回(2000年11月14日、12月2日、2001年1月18日)、次いで、溶液(iv)を用いて希釈(希釈率5%)(2001年3月5日)を行った後、上述した評価試験を行い(2001年3月16日)、残存したHCBの割合(%)及び生成した1,2,3,4−テトラクロルベンゼンと1,2,4,5−テトラクロルベンゼン量(ppm)を求めた。この結果を表1に示す。
【0057】
(試験例7)
水田土壌(九州沖縄農業研究センター内)を採取後(2000年10月20日)、土壌の容量が全体の20%容量比となるように、ブロモエタンスルホン酸(終濃度として3mM)を添加した溶液(ii)を加えた。これを嫌気条件下、37℃で縦に攪拌させながら約3ヶ月間集積物の集積を行った。この間、溶液(ii)を用いて2回希釈(希釈率10%)を行い(2000年11月14日、12月2日)、集積を完了した(2001年1月18日)。
このようにして得られた集積物(液)を用いて、上述した評価試験を行い、残存したHCBの割合(%)及び生成した1,2,3,4−テトラクロルベンゼンと1,2,4,5−テトラクロルベンゼン量(ppm)を求めた。この結果を表1に示す。
【0058】
(試験例8)
20ppmのPCBを投与し40ヶ月間湛水条件下においた畑土壌(九州沖縄農業研究センター内)を採取後(2000年10月20日)、土壌の容量が全体の20%容量比となるように溶液(ii)に加えて、80℃で20分間加熱処理を施した。これを嫌気条件下、37℃で縦に攪拌させながら約3ヶ月間集積物の集積を行った。この間、溶液(ii)を用いて2回希釈(希釈率10%)を行い(2000年11月14日、12月2日)、集積を完了した(2001年1月18日)。
このようにして得られた集積物(液)を用いて、上述した評価試験を行い、残存したHCBの割合(%)及び生成した1,2,3,4−テトラクロルベンゼンと1,2,4,5−テトラクロルベンゼン量(ppm)を求めた。この結果を表1に示す。
【0059】
表1の結果から明らかなように、試験例2〜8のいずれにおいても、大部分のHCBが分解されたことが判明した。特に、試験例2、3、6、8では、残存したHCBの割合(%)が5%未満と非常に低く、HCBの分解効率が非常に優れていることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】HPLCによる比較例のHCB分解パターンを示す。
【図2】HPLCによる試験例1のHCB分解パターンを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として複数種類の有機酸とを含有する溶液(I)に、還元状態にある土壌を作用させて得られる集積物(I)を、唯一の末端電子受容体として高塩素置換芳香族有機塩素系化合物と、電子供与体として1種の有機酸とを含有する溶液(II)に作用させて、得られる集積物(II)を高塩素置換芳香族有機塩素系化合物を有する系で、嫌気条件下、反応温度30〜50℃で撹拌させることを特徴とする高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法。
【請求項2】
前記反応温度が37〜42℃であることを特徴とする請求項1に記載の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法。
【請求項3】
前記高塩素置換芳香族有機塩素系化合物が、ポリクロロビフェニル、又はヘキサクロルベンゼンであることを特徴とする請求項1又は2に記載の高塩素置換芳香族有機塩素系化合物の分解方法。





【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−247655(P2006−247655A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−156579(P2006−156579)
【出願日】平成18年6月5日(2006.6.5)
【分割の表示】特願2002−237141(P2002−237141)の分割
【原出願日】平成14年8月15日(2002.8.15)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(502297092)学校法人九州共立大学 (1)
【Fターム(参考)】