説明

高度に呼吸に適したインスリンのマイクロ粒子

本発明は、高度に呼吸に適したエアロゾルを製造するのに有用なペプチド性治療剤の新規の乾燥粉末、及びその製造方法について開示する。インスリンは、好適実施例におけるペプチド性治療剤である。経肺投与用に調製されたインスリンの粉末は、マイクロ粒子の特異的な構造と形状とを特徴としており、これらにより、粉末を流動し容易にエアロゾル化し得る。本発明に開示するインスリンの典型的な乾燥粉末は、低いタップ密度(tapped density)を有する、波形で凝集していないマイクロ粒子の形態を示す。この粒子の平均幾何学的径(粒子径)は、1.0〜10.0μmであり、空気動力学的中央粒子径(MMAD)は、1.0〜4.0μmである。これらの経肺用インスリン粉末は、in vitroにおいて非常に高い呼吸適用性画分(respirable fraction)を呈する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
肺に送達される特定の薬物は、肺胞領域を介して血流へと急速に吸収されることが知られている。経肺送達は、排他的に注入により送達されるタンパク質、ポリペプチド及び核酸などの巨大分子の投与用に特に有用な代替経路である。肺送達は、全身的及び末梢的な治療活性に有用である。経肺送達は、活性成分のエアロゾルを製造により、達成されるべきものである。エアロゾルは、異なる方法で製造可能であって、これには、液体状の噴霧器、圧縮定量吸入器(MDI)及び乾燥粉末吸入器(DPI)が含まれる。CFCを有する推進剤は、MDIを基礎としたエアロゾルを発生し、対象を発射する一方、乾燥粉末装置上に集束された対象物を増加させる。斯かる装置において、薬物は、凍結乾燥若しくは噴霧乾燥又はその他の適当な技術により得られた呼吸に適した乾燥粉末として、処方される。この薬物は、呼吸適用性(respirability)、安定性及び流動性を向上させるため、安全な賦形剤と組み合わされてもよい。
【0002】
乾燥粉末処方をDPIを介して送達する典型的な技術としては、硬ゼラチンカプセル又はアルミニウムブリスター中に薬物を一回投与量負荷するか、必要な投与量だけサンプリングするように装置に残存させた多数回の投与量を有する装置に負荷するか、が挙げられる。このステップには、有利な流動性及び梱包性の特性を有する粉末を必要とする。これらの特性は、粗末の典型的な形態である。患者の呼吸器において、装置を介して流動する空気は、薬物容器に侵入し、粉末をエアロゾル化する。この第2のステップには、エアロゾル化に有用な、寸法、形状及び密度を有する粒子を有する微細化された粉末を必要とする。
【0003】
吸収が起こる呼吸路の肺胞領域に薬物を送達する能力は、異なる観点の下、問題となる。詳しくは、粉末は、エアロゾル化及び肺への分布には微細であるべきである一方、同時に投与に必要な量を装置に充填するには粗雑であるべきであるという、これらの矛盾を解決し得る必要がある。第一に、薬物の投与は、正確になされるべきであって、これは、粉末の梱包性及び流動特性並びに投与用の装置の特徴に依拠するものである。第二に、吸収されるべき粉末は、呼吸に適したエアロゾルの精製を確実にするため、容易に分散され得る必要があり、これは、粉末の寸法、形状及び密度に依拠する。これらの矛盾する態様に関する解決法が、本発明の目的である。
【背景技術】
【0004】
インスリンの肺への送達は、発見から、提案されてきた。インスリンを肺に送達する最も単純な前臨床段階における方法は、水性処方の気管内直接滴下法(direct intra−tracheal instillation)であった。この場合、肺への分布は、エアロゾル投与の後に見出される場合よりも、局在化し、不均等となる傾向にあり、吸収適用性を有するには少ない表面領域のみとなってしまう。非特許文献1では、ラットにおいてインスリンの急速な吸収が起こったことを報告している。非特許文献2では、薬理的シンチグラフィーを用いて、酸性のインスリン溶液の、直接注入及び吸入した場合の分布及び吸収を比較している。本文献では、エアロゾル化されたインスリンの吸収画分が、注入されたインスリンよりも10倍以上であることを明確に示した。この結果は、投与形態の方法により経肺送達の運命が大きく影響されることを示す明確な証拠である。
【0005】
経肺のインスリン吸収の程度の可変性に関連した処方の影響が、気管内注入を用いて検討されており、この影響としては、浸透圧、粘度及び溶液のpHが含まれる。非特許文献3によると、pH3におけるインスリン処方では、気管内注入後において、pH7の場合と比較してより大きい生物学的利用性を示した。本文献では、この結果を、より低いpHの処方におけるインスリンの関連性(association)が阻害されたと説明している。インスリンは、単量体、二量体及びエクザハマー(exhamer)として存在する。二量体及びエクザハマーは、単量体の凝集物に由来しており、これらの3つの形態の溶液における相対百分率は、pH及びこのホルモン濃度に依存する。インスリンの自己凝集が生体膜を通過する拡散輸送に影響を及ぼすことが知られている(非特許文献4参照)。
【0006】
溶液状態、乾燥粉末状態及びリポソームの懸濁状態のインスリンをエアロゾル化するのに、種々の方法が示唆されている。定量吸入器及び粉末吸入器は、薬物の経肺投与用としても最近の装置である。推進剤に懸濁された結晶インスリンの送達用定量吸入器は、非特許文献5、及び本技術分野の特許文献(特許文献1)で、提案されている。インスリンを送達する乾燥粉末吸入器もまた、関連文献に述べられている(総説として、非特許文献6)。多孔質で大きな粒径の乾燥粉末薬剤の経肺送達は、非特許文献7及び特許文献2に、検討されている。インスリンと、下気道におけるインスリンの吸収を促進する物質とを有する他の吸入調製物は、吸入に適した粉末調製物の形態で、提案されている(特許文献3)。促進剤の存在下でインスリンなどのポリペプチドを経鼻及び呼吸送達する方法は、非特許文献8及び9並びに特許文献4乃至7に述べられている。
【0007】
インスリンを有する不定形粉末の調製法は、乾燥後の活性物の安定性を向上させるキャリアとともにポリペプチド、ポリヌクレオチド及び他の活性薬物の噴霧乾燥法を述べた特許文献に示されている(特許文献8)。インスリンの医療用エアロゾル処方に関する第1の特許文献(特許文献9)は、肺投与用の噴霧乾燥したインスリンを含有するエアロゾルの製造について開示する。この文献の例4では、同量のインスリンとラクトースと、0.1%の大豆由来レシチンとを含有するアルコール溶液(25%v/v)から粉末を調製する。他の文献(特許文献10)では、このホルモンを含有するpH6.7±0.3の緩衝溶液から、乾燥粉末状態のインスリンを製造する。この文献は、結晶インスリンを溶解するのにクエン酸緩衝液を使用することを開示しており、噴霧乾燥により、粉末を製造する。この実験部分に対して、複数の批判が記載されている(特許文献11、2頁4〜6行)。
【0008】
最後に、複数の特許出願には、乾燥粉末吸入器が開示されており、特許文献12では、手動ポンプを、特許文献13では、多重容器ディスク又はストリップを使用している。特許文献14では、ゼラチンカプセルを破裂させる分配器について開示している。ポンプ保持型装置(held−pump device)についても、特許されている。使用する装置とは関係なく、粉末形態の薬物の特徴は、その調製の有効性に重要である。
【特許文献1】米国特許第5,320,094号明細書
【特許文献2】国際公開第99/66903号パンフレット
【特許文献3】米国特許第6,306,440号明細書
【特許文献4】国際公開第93/02712号パンフレット
【特許文献5】国際公開第91/02545号パンフレット
【特許文献6】国際公開第90/09780号パンフレット
【特許文献7】国際公開第88/04556号パンフレット
【特許文献8】欧州特許第0520748号明細書
【特許文献9】欧州特許第0655237号明細書
【特許文献10】国際公開第95/24183号パンフレット
【特許文献11】国際公開第00/00176号パンフレット
【特許文献12】米国特許第3,921,637号明細書
【特許文献13】欧州特許第0467172号明細書
【特許文献14】米国特許第4,338,931号明細書
【特許文献15】国際公開第90/07351号パンフレット
【特許文献16】米国特許第6,582,728号明細書
【非特許文献1】A.L.Jones著、Proceedings of the third European congress of Biopharmaceutics and Pharmacokinetics、1987年、2巻、p.143−149
【非特許文献2】P.Colthorpe及びS.Fair著、Pharmaceutical Research、1992年9巻、p.764−768
【非特許文献3】F.Komoda著、J.Pharm.Sci.、1994年、83巻、p.863−867
【非特許文献4】Diabetes Care、1990年、13巻、p.953−954
【非特許文献5】S.Lee著、J.Pharm.Sci.、1976年、65巻、p.567−572
【非特許文献6】J.S.Patton著、”Inhaled Insulin”、Adv.Drug Del.Rev.、1999年、35巻、p.235−247
【非特許文献7】R.Langerら著、J.App.Physiol.、1998年、85巻、p.379−385
【非特許文献8】T.Nagai著、J.Contr.Rel.、1984年、1巻、p.15−22
【非特許文献9】L.Ryden著、Int.J.Pharm.、1982年、83巻、p.1−10
【非特許文献10】欧州薬局方(European Pharamacopeia)第4版
【非特許文献11】USP 26 and European Pharmacopoeia 4th Edition、”Insulin preparations”p. 1368−1381
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、糖尿病の長期間の処置を意図した、経肺投与用に適したインスリンの薬学的粉末であり、所望の流動性及び梱包性とともに向上した呼吸への適用を補完する粉末を有するマイクロ粒子の構造を特徴とするものである。このように得られる粉末は、未だ検討されていない製造条件、特にインスリンの等電点よりも低いpHの条件における噴霧乾燥により、製造される。粒子の調製に使用される酸性pHにより、上述したF.Komodaに示されている場合と比較してより高い吸収率を得ることを可能とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の目的であるインスリンの経肺用粉末は、波形又は干しブドウ型で規定されるマイクロ粒子の構造及び形状を特徴とし、これは、微細な結晶構造のインスリンとは明らかに異なるものである。これらのインスリンの経肺用粉末は、DPI送達システムの容器に直接導入され得る流動性と梱包性とを示す。特に顕著な事実として、これらの特性を有する粉末の呼吸適用可能性は、上述の文献に述べられている通常の数値よりも高いものである。事実、本発明において述べる粉末で製造されたインスリンエアロゾルを構成する呼吸適用可能な粒子の画分は、83.9〜90.4%である一方、これに対応する通常の値は、20〜40%である。この呼吸適用可能性は、非特許文献10の<2.9.18>216頁に開示されているAndersen Cascade Impactorを用いて検討した。この装置は、吸入物の調製法で製造されたエアロゾルの微細粒子を同定するのに、使用され、特定の空力学的粒子径未満の薬物の質量の測定を可能とする。5μm未満の空気動力学的直径を有する薬物の質量は、肺胞への分布に適した寸法が5〜2μmである一方で、「呼吸に適したもの」と一般的に考えられている。
【発明の効果】
【0011】
本発明で述べる製造工程により、90%以上の粒子が体積径(volume diameter)として9μm未満の微細粉末の製造を可能とする。この処方の調製方法により、製造されるべき粉末の薬学的活性が高率となる。さらに、この乾燥粉末は、十分な化学的及び物理的安定性を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
従来技術において、噴霧乾燥されるインスリン溶液は、クエン酸緩衝液を用いて得た中性近傍のpH(pH6.7±0.3)を有するか(特許文献10)、中性以上のpHを有する(特許文献11)と報告されている。特許文献10における経肺治療用のインスリンは、pH2.0〜9.0のクエン酸緩衝液などの生理的に許容される乾燥液中における噴霧乾燥溶液を調製すると、述べられているが、この文献の例で述べられている粉末は、pH6.7±0.3の溶液での噴霧乾燥により、製造されている。特許文献11では、インスリンの等電点以上の真溶液の噴霧乾燥について、述べている。
【0013】
本発明は、インスリンの等電点(5.4)よりも低いpHを有するインスリンの、澄明で濃度の高い水性溶液の噴霧乾燥により非常に高い呼吸適用性を有する乾燥粉末が製造されるという驚くべき事実に基づく。これらの粉末は、緩衝能を有さない溶液又は揮発性の緩衝溶液から得られてもよく、且つ従来には製造されていないものである。等電点未満、つまり酸性条件で、且つ緩衝剤を使用しないインスリン溶液の噴霧乾燥は、安定性及び呼吸適用性の理由から従来では考慮されていないものであった。それどころか、インスリンの酸性溶液の噴霧乾燥により製造されるインスリンのマイクロ粒子は、高い呼吸適用可能な容量を示すことから、肺投与に特に適した粉末をもたらす。加えて、その安定性は、冷蔵条件でも許容されるが、この粉末が酸性溶液(揮発性緩衝液)中の溶液から製造される場合、その安定性は、通常の条件においても驚くべき高い程度となる。永続的な緩衝液を使用しないので、治療容量で吸入されたこれらの粉末は、肺胞表面のpHを改変しないことも期待される。
【0014】
噴霧乾燥で得られるインスリン処方についての従来の特許文献(特許文献10)に述べるように、pH7.0以上のインスリン溶液を中性状態とする方法により、呼吸適用性の点で「有用であり得るくぼみを有する表面(dimpled surface)」を有するマイクロ粒子が製造される。本発明者らは、この「くぼみ」の形状に注目するため、pH7.45で製造したこれらの粒子を再現した。適用した方法は、特許文献11に述べる方法である。本発明に従って得られるマイクロ粒子は、波形又は干しブドウ状であるので(図1及び2参照)、よりくぼみの状態が多い。加えて、これらの粒子は、所望の空力的寸法(aerodynamic size)及び密度特性を有する非接着性のものである。
【0015】
同様の形状は、インスリン溶液の調製に用いた酸性度とは無関係に、観察された。しかしながら、我々が予期せず観察したのは、インスリンを溶解するのに揮発性有機性酢酸を用いた場合、この低pH溶液から噴霧乾燥により得た粉末が、酸度を消失したことである。事実、脱気した蒸留水中でのこれらの粉末の溶解により、元の溶液のpHよりも大きいpHを有する溶液となる。この事実は、この粉末が保存中、化学的に非常に安定であることを意味する。
【0016】
従って、本発明で述べる粉末の新規性は、インスリンの酸性溶液の乾燥噴霧により得た特有の波形を有するマイクロ粒子を微細化し、自由流動性を有し、且つ低いタップ密度を有する、という事実に基づくものである。このマイクロ粒子は、本質的に不定形であって、波形又は干しブドウ型で規定される形状を特徴とする。この粒子の形状により、粉末を非接着性としており、これは、このマイクロ粒子が個別性を保持し且つ凝集しないためである。加えて、冷蔵条件で保存した場合、活性の損失が実質的に観察されなかったが、酢酸から調製した場合、インスリン粉末は、室温(25℃)においても、非常に安定である。特に、インスリンのpH3.3の酢酸溶液を噴霧乾燥すると、脱気した蒸留水で1mg/mLとなるように再溶解した場合にpHが6.4となる粉末が得られることを、驚くべきことに見出した。この驚くべき粉末は、25℃において優れた安定性を示し、これにより、冷蔵条件で保存すべき塩酸で調製した噴霧乾燥したインスリン粉末と比較して、室温において使用され且つ調剤される調製が可能となる。
【0017】
共通の技術とは異なる、斯かる噴霧乾燥した特定のインスリンの粒子形状を特徴とする粉末は、インスリンの等電点よりも低いpH3.0〜4.5の酸性度合を有する、澄明で揮発性緩衝液又は緩衝能を有さない溶液から、製造される。酸性溶液を使用することで、中性を越えてインスリンの等電点よりも大きいpHに上昇させて誘導される沈殿のリスクを回避するが、さらに興味深いのは、エアロゾルに非常に有用な乾燥品の構造を提供することである。事実、微細化されたもの以外のこれらの粉末は、接着性を有さず、非常に高い自由流動性を有し、且つDPIにおいて簡便に測定可能である。この粒子の寸法、形状及び密度に起因する、所望の空力学的挙動を伴った上述の物理的特性は、予期せず且つ驚くべきほどに高い呼吸適用性を決定づけるものである。
【0018】
最後に、この粉末は、過剰な分解を阻止するのに十分な残留湿気を有しており、揮発性酢酸から調製される場合、通常の湿度と温度条件において、保存され得る。
【0019】
(処方の評価)
全ての処方の活性は、HPLCにより、算出した。非特許文献11によると、異なる条件で行ったHPLCでは、効能(potency)(USP26では、効能は、「ASSAY」において述べる特定の標準的な試験と比較して、評価される。)、純度(「関連するタンパク質」の量)及び共有性凝集(いわゆる、インスリンよりも大きな分子量を有する不純物)の存在に関する情報を提供する。なお、純度及び共有性凝集については、非特許文献10に開示の通りである。
【0020】
上述の両薬局方のインスリン調製に関する限度及び特性について、A21のデスアミド(desamido)は、ピークの全領域の5%未満であり、他は、6%未満と規定する。インスリンよりも大きな分子量を有する不純物については、ピークの全領域の2%未満と規定する。
【0021】
空気動力学的直径は、Andersen Cascade Impactorを用いて、評価した。空気動力学的直径に対する、示した空気動力学的直径未満の質量の百分率を、ログ・プロバビリティー・ペーパー(log probability paper)上にプロットする(USP26、p2123)。上述の処方に係る呼吸適用性は、呼吸可能性を有するものとして5μm未満の質量を考慮して、上述の通りプロットしたデータから、読み取る。
【0022】
梱包特性は、タップ密度測定を用いて、検討した。公式な研究論文によると、タップ密度は、粉末を充填した10±0.05mLのシリンダーを用いて1250回タップ(USP26)した後に、評価した。
【0023】
本発明によるマイクロ粒子は、実質的に賦形剤を有さず、薬物と、マンニトールなどを使用し得る希釈剤との特定の混合状態の薬物を含有する。「実質的に賦形剤を有さない」とは、本発明によるマイクロ粒子が、塩酸又は酢酸や、全固形物の約10%までを限度としてpHを調節する場合に最終的に混入する上述のナトリウム塩などの工程に関連した成分を含み得ることを意味する。この実質的に賦形剤を有さない処方を使用する主な利点は、各容量が、大量の活性物を含有し得ることである。クエン酸などの緩衝液の塩は、本発明によるマイクロ粒子の溶解性及び安定性の両者に必須ではない。上述の全ての特許文献において、噴霧乾燥用のインスリンの最終溶液は、クエン酸緩衝液を用いた場合に中性付近のpHを有すると報告し(6.7±0.3、特許文献10)、或いは中性以上と報告する(特許文献11)。pH6.7での手法では、インスリンの澄明な溶液からマイクロ粒子を製造することを可能とせず、且つ中性以上の澄明な溶液からの粒子は、吸入に有用であると考えられる、平滑又は「くぼみ」を有する表面の幾何学的特性を有した。それにもかかわらず、中程度の酸性溶液を使用することで、適切に保存した場合にインスリンの安定性に影響を与えることなく、波形又は干しブドウ型のマイクロ粒子を再現性よく製造することとなる。
【0024】
インスリンの溶液は、従来の噴霧乾燥装置において、噴霧乾燥される;噴霧工程として、回転噴霧(rotary atomization)、圧力噴霧(pressure atomization)及び二流体噴霧(two−fluid atomization)を用い得る。噴霧材料を乾燥するのに用いるガスには、特に制約はない。上述の製造方法において、ろ過空気を使用する。噴霧材料の乾燥に用いるガスの入口温度は、活性体の分解を起こさない温度を選択する必要がある。その温度範囲は、50〜200℃であってもよい。使用するガスの出口における温度は、30〜100℃であってもよく、好ましくは40〜60℃である。上述の入口温度以上とすると、乾燥物の分解の程度に影響することが見出されている。入口及び出口の温度を、50℃以上とし得ることが示され、且つ報告されている(特許文献16)。インスリン溶液は、インスリンの沈殿を回避するため、5〜20mgのこのホルモンを、蒸留水で希釈するとともに、pHを3.0〜4.5とするのに必要に応じて適当な量のNaOHを添加して10−2Mの塩酸溶液、又は0.4Mの希酢酸溶液に溶解して、調製した。これには、Mini Spray Drier Buchi、model 191(Buchi Labortechnik AG社製、Flawil、スイス)装置を用いた。入口の空気(乾燥ガス)は、加熱前に、当初、約30〜70%の相対湿度とした。ノズルには、0.7mm又は1.0mmの内径を有する開口部を設けた。噴霧ガスを、圧縮空気でフィルタリングした。上述の乾燥噴霧器には、標準的なサイクロンを設けた。使用した噴霧乾燥に係るパラメーターは、以下の通りとした:供給流率 180〜360mL/時間;ノズルガス流率 500〜800L/時間;入口の空気温度 140℃未満、製造に係る出口温度 40〜60℃;吸引能力 35m/時間以下(100%で設定時)。上述の通りに選択したパラメーターの範囲により、呼吸適用領域の粒子径、形状及び密度を有する、良好な流動性と梱包性とを伴い、且つ80%以上の呼吸可能な画分を伴い、2〜8%の水分含量を有し、且つ噴霧乾燥する酸性溶液を酢酸で調製した際に中性近傍の再構築溶液のpHを有する、最初で新規の粉末を得ることが可能となり、これにより、インスリンの分解が阻止される。
【実施例】
【0025】
本発明の目的に従って、以下の通り、分散性乾燥粉末処方を調製した。以下の全ての処方は、医薬品に必要な厳格な含量と純度とを満たすものである。
【0026】
(例1)
A)処方
高度の精製したウシ由来のインスリン2550mgを、10−2Mの塩酸水溶液200mLに溶解した。この溶液に、攪拌しながら、100mLの蒸留水を添加し、その後、450mgのマンニトールを添加して、最終濃度が10mg/mLのインスリン溶液(1mL当たり8.5mgのウシインスリン)とした。この澄明な溶液のpHを、0.1NのNaOHを滴下して、4.35に調節した。
【0027】
B)噴霧乾燥
上述の溶液をろ過し、以下の条件で、Mini Spray Drier Buchi、model 191(Buchi Labortechnik AG社製、Flawil、スイス)装置を用いて、噴霧乾燥した:供給流率 195mL/時間;ノズルガス流率 600nL/時間;噴霧ノズル径 1.0mm;入口の空気温度 120℃;製造に係る出口の温度 42℃;吸引能力 100%に設定。収率は、約60%であった。
【0028】
C)特徴づけ
収集した粉末に関する共有性凝集物及び分解産物(A21デスアミドインスリン)について、非特許文献10(p.1368〜1381)に従って、形態の検討には走査型電子顕微鏡(SEM)を、粒子径分布にはレーザー回折を、呼吸適用画分の検討にはAndersen Cascade Impactorを、それぞれ用いて、検討した。
【0029】
上述の効能は、22.6UI/mgであり、上述の関連タンパクは、0.5%であり、インスリンよりも大きな分子量を有する不純物は、0.55%であった。得た粉末には、約5.8%の水分を含有した。この粉末の粒子径分布は、体積径(volume diameter)として、2.33(d10)、3.62(d50)及び5.68(d90)であった。Andersen Cascade Impactorから得た呼吸適用性(5μm未満のもの)は、85.7%であった。タップ密度(非特許文献10)として測定した梱包性は、0.2g/cmであった。脱気した蒸留水に溶解した粉末のpHは、4.4であった。計測した粉末を、ガラスバイアルに載置し、−18℃、5±3℃の冷蔵庫、及び、25±3℃の室温と65±5%の相対湿度で、それぞれ保存し、種々の時間において、安定性に関してHPLCを用いて検討した。
【0030】
(例2)
A)処方
ウシ由来のインスリン975mgを、95mLの水性希酢酸(pH2.6)に溶解した。この溶液に、1MのNaOH0.6mLを添加した。この澄明な溶液のpHは、3.27であった。
【0031】
B)噴霧乾燥
上述の溶液をろ過し、以下の条件で、Mini Spray Drier Buchi、model 191(Buchi Labortechnik AG社製、Flawil、スイス)装置を用いて、噴霧乾燥した:供給流率 200mL/時間;ノズルガス流率 500nL/時間;噴霧ノズル径 1.0mm;入口の空気温度 130℃;製造に係る出口の温度 55℃;吸引能力 100%に設定。収率は、約50%であった。
【0032】
C)特徴づけ
収集した粉末に関する共有性凝集物及び分解産物(A21デスアミドインスリン)について、非特許文献10及び上述のアッセイに従って、検討した。上述の効能は、28.9UI/mgであり、上述の関連タンパクは、0.6%であり、インスリンよりも大きな分子量を有する不純物は、0.33%であった。この粉末の粒子径分布は、体積径(volume diameter)として、4.06(d10)、4.36(d50)及び4.93(d90)であった。Andersen Cascade Impactorから得た呼吸適用性(5μm未満のもの)は、83.9%であった。梱包性の指標であるタップ密度(非特許文献10)は、0.1g/cmであった。脱気した蒸留水に溶解した粉末のpHは、6.4であった。得たマイクロ粒子は、干しブドウ型の形状を呈した(図1)。
【0033】
(例3)
A)処方
高度の精製したウシ由来のインスリン1750mgを、10−2Mの塩酸水溶液120mLに溶解した。この溶液に、1NのNaOHを0.7mL滴下して、pHを4.44に調節した。この溶液は、澄明であって、1mL当たり約15mgの固形物を含有する。
【0034】
B)噴霧乾燥
上述の溶液をろ過し、以下の条件で、Mini Spray Drier Buchi、model 191(Buchi Labortechnik AG社製、Flawil、スイス)装置を用いて、噴霧乾燥した:供給流率 195mL/時間;ノズルガス流率 600nL/時間;噴霧ノズル径 1.0mm;入口の空気温度 120℃;製造に係る出口の温度 46℃;吸引能力 100%に設定。収率は、約55%であった。
【0035】
C)特徴づけ
収集した粉末に関する共有性凝集物及び分解産物(A21デスアミドインスリン)について、非特許文献10に従って、形態の検討には走査型電子顕微鏡(SEM)を、粒子径分布にはレーザー回折を、呼吸適用画分の検討にはAndersen Cascade Impactorを、それぞれ用いて、検討した。
【0036】
上述の効能は、27.1UI/mgであり、上述の関連タンパクは、0.7%であり、インスリンよりも大きな分子量を有する不純物は、0.4%であった。この処方は、約4.7%の水分を含有した。
【0037】
この粉末の粒子径分布は、体積径(volume diameter)として、3.12(d10)、4.72(d50)及び7.24(d90)であった。脱気した蒸留水に溶解した粉末のpHは、4.7であった。
【0038】
Andersen Cascade Impactorから得た呼吸適用性(5μm未満のもの)は、90.4%であった。
【0039】
計測した粉末を、ガラスバイアルに載置し、−18℃、5±3℃の冷蔵庫、及び、25±3℃の室温と65±5%の相対湿度で、それぞれ保存し、種々の時間において、安定性に関してHPLCを用いて検討した。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】pH3.27の酢酸溶液に由来する純インスリンマイクロ粒子の図である。
【図2】pH4.44の塩酸溶液に由来する純インスリンマイクロ粒子の図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インスリンの等電点未満のpHを有する澄明なインスリン溶液を噴霧乾燥して得た、インスリンの吸入用粉末であって、マイクロ粒子の90%は、体積径として9μm未満の粒子径を有することを特徴とする、インスリンの吸入用粉末。
【請求項2】
タップ密度として計測した梱包特性は、0.2g/cm未満であることを特徴とする請求項1に記載のインスリンの吸入用粉末。
【請求項3】
インスリンの等電点未満のpHを有する澄明なインスリン溶液を噴霧乾燥して得た、インスリンの吸入用粉末であって、波形又は干しブドウ型の粒子形を呈するマイクロ粒子を有することを特徴とする、インスリンの吸入用粉末。
【請求項4】
インスリンの等電点未満のpHを有する澄明なインスリン溶液を噴霧乾燥して得た、インスリンの吸入用粉末であって、空気動力学的直径として5μm未満の画分として測定した呼吸適用性画分は、80%以上であることを特徴とする、インスリンの吸入用粉末。
【請求項5】
インスリンと賦形剤とを有し、インスリンの等電点未満のpHを有する澄明な溶液を、乾燥噴霧して得たものであることを特徴とする請求項1に記載のマイクロ粒子。
【請求項6】
当該マイクロ粒子を得る前記のインスリン溶液は、好ましく5.4未満のpHを有することを特徴とする請求項1に記載のマイクロ粒子。
【請求項7】
好適な賦形剤は、単糖類、多糖類、アミノ酸、リン脂質及びポリアルコールであって、より好ましい賦形剤は、マンニトールであることを特徴とする請求項1に記載のマイクロ粒子。
【請求項8】
インスリンの溶解に使用する酸は、0.01Nの塩酸などの鉱酸であることを特徴とする請求項1に記載のマイクロ粒子。
【請求項9】
治療用薬物の澄明な酸性溶液を噴霧乾燥して得られるマイクロ粒子であって、前記薬物の溶解に使用する揮発性有機酸は、噴霧乾燥中、部分的に揮発し、蒸留水に溶解した際、元の値よりも大きなpHを有する溶液を与える粒子を残存させることを特徴とするマイクロ粒子。
【請求項10】
インスリンの溶解に使用する酸は、揮発性有機酸であることを特徴とする請求項1に記載のマイクロ粒子。
【請求項11】
インスリンの溶解に使用する酸は、希酢酸などの揮発性有機酸であることを特徴とする請求項1に記載のマイクロ粒子。
【請求項12】
インスリンと、インスリンの溶解に使用する酸から形成された塩とから実質的になることを特徴とする請求項1に記載のマイクロ粒子。
【請求項13】
当該マイクロ粒子は、全固形物の重量に対して、10%未満の塩を含有することを特徴とする請求項1に記載のマイクロ粒子。
【請求項14】
前記インスリンは、不定形であることを特徴とする請求項1に記載のマイクロ粒子。
【請求項15】
肺への投与を介して治療適用を可能とする呼吸適用範囲の粒子径を有することを特徴とする請求項1乃至14のいずれか一項に記載のマイクロ粒子。
【請求項16】
噴霧乾燥されるべき前記溶液は、1mL当たり5〜100mgのインスリンを含有することを特徴とする請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2007−530465(P2007−530465A)
【公表日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−504268(P2007−504268)
【出願日】平成16年3月26日(2004.3.26)
【国際出願番号】PCT/EP2004/050371
【国際公開番号】WO2005/092301
【国際公開日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【出願人】(506319042)ユニヴァーシタ’デグリ ステュディ ディ パルマ (1)
【Fターム(参考)】