説明

高強度炭化ケイ素マイクロチューブの製造方法

【課題】高強度SiCマイクロチューブを提供する。
【解決手段】ケイ素系高分子繊維を電離放射線の照射により表面部のみ酸化し、酸化部分を熱処理により架橋した後、ケイ素系高分子材料が可溶な溶媒とケイ素高分子と反応してアルコキシドを生成する溶媒とを混合した混合溶媒により、繊維中心部の未架橋部分を抽出して中空繊維とし、更に、中空繊維を不活性ガス中で焼成して直径20〜100μmの高強度炭化ケイ素(SiC)マイクロチューブとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度な炭化ケイ素(SiC)マイクロチューブの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素は高耐熱、高強度、低反応性に優れた材料であり、炭化ケイ素繊維が既に実用化され、これを強化繊維として次世代の高温構造材料としてセラミック複合材料等が研究されている。このSiC繊維の優れた特性を活かし、さらに軽量化、フィルタリング性、吸着性等の機能性を付与するには、大きな比強度や比表面積の実現が期待できる中空繊維化することが有効である。中空形状を形成する手法としては、現在、以下のものがある。
【0003】
1)機械加工により中空化する。
2)自己組織化を利用する。
3)特殊な紡糸ノズルを用いることで、中空繊維を紡糸する。
4)電子線法によりケイ素系高分子繊維を中空化しセラミックスに転換する。
【0004】
1)の機械的加工法では、加工精度により直径数百ミクロンが下限サイズであって、寸法としては不十分である。また、2)のカーボンナノチューブのような自己組織化を利用した方法では、ナノオーダーのより小さいサイズに適しており、繊維の中空化には適さない。更に、3)の既存の中空紡糸法は、高融点で酸化しやすく、温度に対して粘性が大きく変化するケイ素系高分子材料には適用が難しい。従って、4)の電子線法が最も優れた合成法である。
【0005】
この電子線法は、次の工程、
1.ケイ素系高分子材料の溶融紡糸
2.電離放射線による酸化
3.熱処理による酸化層の架橋
4.未架橋繊維内部の抽出
5.1000℃以上の焼成によるセラミック化
により、ケイ素系高分子繊維を中空化しセラミックスに転換する。
【0006】
1の工程は、通常のSiC繊維の原料であるポリカルボシランの紡糸工程と同様である。2の工程では、空気雰囲気中または酸素及び不活性ガスの混合雰囲気中で電離放射線を照射してケイ素系高分子繊維の表層のみを酸化する。ここで電離放射線の線量率、酸素分圧、雰囲気温度により、ケイ素系高分子材料の酸化される厚さを任意に制御することが可能である。3の工程では、不活性ガス中で200℃前後に加熱し、酸化されたケイ素系高分子繊維の表層部分を架橋する。4の工程では、テトラヒドロフラン、シクロヘキサン、ヘキサン、ベンゼンなどのケイ素系高分子が可溶な溶媒中に3の工程で架橋した繊維を浸し、繊維内部の未架橋部分を抽出して中空化する工程である。中空化後、溶媒を十分に乾燥し、5の工程により不活性ガス中で1000℃以上まで焼成してセラミックスに転換し、中空状のSiC繊維、(SiCマイクロチューブ)が得られる(例えば、特許文献1〜4、非特許文献1、2参照)。
【0007】
【特許文献1】特開2003−82532号公報
【特許文献2】特開2006−144134号公報
【特許文献3】特開2006−176924号公報
【特許文献4】米国特許第6,780,370号明細書
【非特許文献1】Development of Silicon Carbide Micro Tube from Precursor Polymer by Radiation Oxidation, Masaki Sugimoto, Akira Idesaki, Shigeru Tanaka, and Kiyohito Okamura, Key Eng. Mater., 247, 133-136, (2003)
【非特許文献2】電子線の照射効果で実現した炭化ケイ素セラミックスマイクロチューブ吉川正人、杉本雅樹 コンバーテック,377 P56-60, (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
SiCマイクロチューブを、中空糸フィルターや触媒等に応用しようとした場合、これをモジュール等へ成形・加工する必要があり、そのためには、より高強度なSiCマイクロチューブであることが望ましい。
【0009】
一方、電子線法によりケイ素系高分子繊維を中空化する際にはテトラヒドロフラン、シクロヘキサン等のケイ素系高分子が可溶な溶媒で繊維内部を抽出する必要がある。この抽出処理において、電離放射線でケイ素系高分子材料中に導入された酸素により架橋された表層部分は、基本的には溶媒に溶解することはない。しかし、架橋が不十分な場合、酸素で架橋されたケイ素高分子壁部は溶媒で膨潤し、チューブ形状の変形や亀裂などの欠陥生成の原因となり、その結果、強度が大幅に低下するという問題があった。
【0010】
膨潤を防ぐためには、ケイ素系高分子材料の架橋率を増大することが有効であるが、電離放射線の線量の増大や、より高い熱処理温度を用いて高架橋率化した場合、繊維内部への酸素の拡散や、電離放射線による酸素を介さない直接架橋により、本来架橋しておらず溶媒で抽出されるはずの繊維内部が抽出不能となり中空化できなくなる。
【0011】
従って、本発明の目的は、高架橋率化と溶媒抽出という相反する問題を解決し、高強度SiCマイクロチューブを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、
1) 電離放射線の照射量を可変して酸素導入量を制御し、さらに照射後の熱処理温度により導入された酸素により形成される架橋量を制御することで、ケイ素系高分子繊維の架橋率を任意に制御可能であること、
2) 従来のケイ素高分子繊維の抽出に用いられてきたケイ素系高分子材料が可溶なシクロヘキサン等の溶媒に、ケイ素系高分子材料と反応してアルコキシドを生成するアセトン等の溶媒を混合した、2種類の溶媒から成る混合溶媒により抽出することで、シクロヘキサンのみの溶媒では抽出不可能な高架橋率のケイ素高分子繊維の抽出が可能となること、
3) ケイ素高分子繊維の抽出の際、その直径に対して壁厚を0.2〜0.3に制御すると、抽出の際の変形や亀裂形成を抑制して高強度のSiCマイクロチューブが合成可能となること、
との知見を得、かかる知見に基づいて本発明を完成させた。
【0013】
即ち、本発明の高強度炭化ケイ素マイクロチューブの製造方法は、ケイ素系高分子繊維を電離放射線の照射により表面部のみ酸化し、酸化部分を熱処理により架橋する第1の工程と、前記ケイ素系高分子材料が可溶な溶媒と前記ケイ素高分子と反応してアルコキシドを生成する溶媒とを混合した混合溶媒により、前記繊維中心部の未架橋部分を抽出して中空繊維とする第2の工程と、前記中空繊維を不活性ガス中で焼成して直径20〜100μmの高強度炭化ケイ素(SiC)マイクロチューブとする第3の工程とを備えることを特徴とする。
【0014】
前記第2の工程において、前記混合溶媒は、前記ケイ素高分子と反応してアルコキシドを生成する溶媒を10〜60vol%含有することが好ましい。
【0015】
また、前記第2の工程において、前記ケイ素系高分子材料が可溶な溶媒は、テトラヒドロフラン、シクロヘキサン、又はノルマルヘキサンであり、かつ前記ケイ素高分子と反応してアルコキシドを生成する溶媒は、アセトン、エタノール、又はメタノールとすることができる。
【0016】
更に、前記第1の工程において、前記ケイ素系高分子繊維の直径に対してチューブ壁厚を0.2〜0.3の比率になるように制御することにより、抽出処理時の中空ケイ素高分子繊維の変形及び損傷を抑制することが好ましい。
【0017】
また、前記第1の工程において、電離放射線の線量を1.5MGy以上、及び電離放射線照射後の熱処理温度を190〜270℃にすることにより、ケイ素系高分子繊維の架橋率を増大して耐溶媒性を向上させ、抽出処理及び乾燥処理時の中空形状のケイ素系高分子繊維の変形及び損傷を抑制することが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の高強度炭化ケイ素マイクロチューブの製造方法によれば、高架橋率化と溶媒抽出という相反する問題を解決し、高強度SiCマイクロチューブを提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図1に、本発明の一実施形態に係る高強度SiCマイクロチューブの製造工程を示す。
【0020】
(ケイ素高分子繊維)
原料となるケイ素高分子繊維は、ポリカルボシランやポリカルボシランとポリビニルシランの混合物等、セラミック前駆体となるケイ素系高分子を直径20〜100μmに紡糸したものを用いることができる。
【0021】
(電離放射線照射)
このケイ素高分子繊維を空気中あるいは、酸素分圧が0.5〜50kPaとなるような不活性ガスと酸素の混合ガスを流通させて電離放射線を照射し、表層を酸化する。この時必要な線量率は、0.2〜2kGy/sであり、これを満たす放射線として電子線が最も適している。
【0022】
繊維表層から内部へ拡散により侵入する酸素の到達距離は、照射時の温度、酸素分圧、線量率に依存しており、これらの組み合わせにより酸化層の厚さを制御できる(特許文献2、3参照)。
【0023】
酸化層の厚さに関しては、本発明者らによれば、SiCマイクロチューブの直径に対して壁厚の比が0.2〜0.3の場合、変形や亀裂形成を抑制して高強度のSiCマイクロチューブが合成可能であることを見出した。従って、ケイ素高分子繊維の直径に対して酸化層厚が0.2〜0.3となるよう温度、酸素分圧、線量率の値を選定するとよい。
【0024】
(架橋)
このケイ素系高分子繊維を不活性ガス中または真空中で加熱することで、電離放射線照射により導入された酸素を介してケイ素系高分子繊維中のケイ素高分子鎖が相互に架橋され、溶媒に不溶となる。
【0025】
この架橋の単位質量あたりの形成数(架橋率)は、酸素含有量の多い方が、また熱処理温度が高い方が大きくなる。また、この架橋率が大きいほうが、溶媒に溶けにくくなる。
【0026】
図2は、セラミック前駆体ケイ素高分子の代表的なポリカルボシラン(PCS)に1〜4.8MGyの吸収線量となるよう1kGy/sの線量率で電子線を照射し、その後所定の温度で熱処理後を行った試料について、テトラヒドロフランによる溶媒抽出後の質量残存率と熱処理温度の関係を示したものである。
【0027】
PCSが吸収した線量が大きいほど繊維中の酸素含有量が増大し、同じ熱処理温度でも溶媒抽出後の残存質量すなわち架橋率が増大する。また同じ線量でも熱処理温度の上昇に伴って架橋率が増大する。
【0028】
溶媒による抽出工程で繊維内部を完全に抽出するためには、繊維内部の架橋率は0であることが望ましい。一方、抽出処理で溶け残るべき壁部は、溶媒に対して全くの不溶である架橋率100が理想的である。また、架橋が不十分であれば、溶媒により架橋されたケイ素高分子壁部が膨潤するため、抽出から乾燥処理の工程においてチューブ形状の変形や亀裂などの欠陥形成の原因となり、最終的に得られるSiCマイクロチューブの強度も大幅に低下する。従って、抽出が可能な範囲で、できる限り架橋率が高くなる条件で電離放射線照射及び熱処理を行うことが望ましい。
【0029】
(中空化)
中空化工程は、先の電離放射線酸化及び熱処理により表層のみを架橋したケイ素高分子繊維の、未架橋内部を溶媒により抽出して行う。従来法では、未架橋のケイ素高分子が可溶なテトラヒドロフラン、シクロヘキサン、ノルマルヘキサン、ベンゼン等の有機溶媒を単体で用いていたのに対し、本発明ではこれらの溶媒に加え、本来ケイ素高分子材料を溶解せず、さらにケイ素系高分子材料と反応してアルコキシドを形成するアセトン、エタノール、メタノール等の溶媒を混合した溶媒により抽出を行う。
【0030】
図3は、酸素分圧20kPaで線量率0.95kGy/sの電子線を1.8MGy照射し、その後アルゴン雰囲気中で従来法より50℃高い260℃まで熱処理したPCS繊維を、シクロヘキサンとアセトンを所定の比率で混合した溶媒により抽出した際の、抽出率及び抽出後の繊維断面の走査電子顕微鏡写真を示したものである。
【0031】
この結果より、従来法と同様にシクロヘキサン100%で抽出した場合、全く中空化できない。これは従来法の場合に比べて熱処理温度が50℃高いため、繊維内部の酸素があまり導入されていない中心部でも、ケイ素高分子の一部が架橋され抽出不能となったためと考えられる。一方、溶媒にアセトンを混合した場合、その体積率が10から60vol%では抽出可能となり、中空化できることが分かった。
【0032】
(焼成)
焼成工程では、不活性ガス雰囲気で熱処理し、中空状のケイ素高分子繊維をセラミック化して、SiCマイクロチューブに転換する。この際の焼成温度は、ケイ素高分子中に酸素を含むため、それによる熱分解反応が起きない1300℃以下とすることが望ましい。
【0033】
(SiCマイクロチューブ)
SiCマイクロチューブは、SiCセラミックスの耐蝕・耐熱性を活かしたセラミックフィルター、触媒、フィルター等において、ミクロンオーダーの中空構造により大比表面積が実現され、大幅な効率向上が期待される。また、SiCマイクロチューブの高強度化は、フィルターモジュール等の設計・加工が容易になると同時に耐久性、信頼性の向上につながる。
【実施例】
【0034】
SiCセラミックスの前駆体ケイ素高分子材料であるポリカルボシラン(PCS)を溶融紡糸法により外径40μmに繊維化した。
【0035】
次に、この繊維化したPCSをガス置換可能な照射容器に入れ、電離放射線として2MeVの電子線を1.8MGy照射し、PCS繊維表層を酸化した。この際、PCS繊維の直径に対して壁厚の比が約0.2となるよう、酸素分圧20kPa、線量率を0.95kGy/sとした。
【0036】
照射後、アルゴン雰囲気中で260℃まで熱処理し、PCS繊維表層の酸化部分を酸素により架橋して溶媒に不溶化した。
【0037】
更に、室温においてシクロヘキサン60vol%、アセトン40vol%の混合溶媒で繊維中心部の未架橋部分を抽出した。
【0038】
得られた中空ポリカルボシラン繊維をアルゴン中、1000℃で焼成してセラミック化した。こうして得られたマイクロSiCチューブの引張強度は0.3GPaであった。
【0039】
本実施例で使用した直径40μmのPCS繊維を溶媒抽出処理を施さず焼成してセラミック化した場合、穴を有さないSiC繊維が得られ、この引張強度は0.8GPaであった。従来方法で中空化したSiCマイクロチューブの強度は0.08GPa以下まで強度が低下しているが、本実施例により0.3GPaまで高強度化可能となった。
【0040】
なお、本実施例では、抽出溶媒としてシクロヘキサン60vol%、アセトン40vol%の混合溶媒を用いたが、他に、テトラヒドロフラン70vol%、エタノール30vol%を用いた場合においても、上記と同様の工程でSiCマイクロチューブが合成可能である。
【産業上の利用の可能性】
【0041】
ケイ素系高分子から合成されるSiCはアモルファス構造を呈し、水素ガスを選択透過する機能を有している。SiCマイクロチューブをガス分離フィルターとして応用した場合、その大きな表面積から高効率化が可能であり、耐熱・耐蝕性のガス分離フィルターが必至な工程へ応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の一実施形態に係る高強度SiCマイクロチューブの製造工程を示すフローチャートである。
【図2】テトラヒドロフランによる溶媒抽出後の質量残存率と、熱処理温度及び吸収線量との関係を示したグラフである。
【図3】抽出率と溶媒中のアセトン率との関係を示すグラフ、及び抽出後の繊維断面を示す走査電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素系高分子繊維を電離放射線の照射により表面部のみ酸化し、酸化部分を熱処理により架橋する第1の工程と、前記ケイ素系高分子材料が可溶な溶媒と前記ケイ素高分子と反応してアルコキシドを生成する溶媒とを混合した混合溶媒により、前記繊維中心部の未架橋部分を抽出して中空繊維とする第2の工程と、前記中空繊維を不活性ガス中で焼成して直径20〜100μmの高強度炭化ケイ素(SiC)マイクロチューブとする第3の工程とを備えることを特徴とする高強度炭化ケイ素マイクロチューブの製造方法。
【請求項2】
前記第2の工程において、前記混合溶媒は、前記ケイ素高分子と反応してアルコキシドを生成する溶媒を10〜60vol%含有することを特徴とする請求項1記載の高強度炭化ケイ素マイクロチューブの製造方法。
【請求項3】
前記第2の工程において、前記ケイ素系高分子材料が可溶な溶媒は、テトラヒドロフラン、シクロヘキサン、又はノルマルヘキサンであり、かつ前記ケイ素高分子と反応してアルコキシドを生成する溶媒は、アセトン、エタノール、又はメタノールであることを特徴とする請求項1記載の高強度炭化ケイ素マイクロチューブの製造方法。
【請求項4】
前記第1の工程において、前記ケイ素系高分子繊維の直径に対してチューブ壁厚を0.2〜0.3の比率になるように制御することを特徴とする請求項1記載の高強度炭化ケイ素マイクロチューブの製造方法。
【請求項5】
前記第1の工程において、電離放射線の線量を1.5MGy以上にすること及び電離放射線照射後の熱処理温度を190〜270℃にすることを特徴とする請求項1記載の高強度炭化ケイ素マイクロチューブの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−280633(P2008−280633A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−124450(P2007−124450)
【出願日】平成19年5月9日(2007.5.9)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】