説明

高清浄度鋼の溶製方法

【課題】 RH真空脱ガス装置において溶鋼を精錬する際に、溶鋼温度調整用の冷材の使用量を規定しなくても且つ最小限の脱ガス処理時間の延長によって、冷材添加によって発生した介在物を分離させ、介在物の極めて少ない高清浄度鋼を安定して溶製する。
【解決手段】 RH真空脱ガス装置で処理中の溶鋼に温度調整用の冷材を添加して溶鋼温度を調整するに際し、冷材を溶鋼に添加した後、更に、下記の(1)式及び(2)式によって算出される必要延長時間のうちでどちらか長い方の必要延長時間以上にわたって溶鋼を環流する。但し、(1)式及び(2)式において、tは必要延長時間、kは脱酸速度定数、Wc は冷材の添加量、Wm は溶鋼量、Oc は冷材の酸素濃度、Om は冷材添加時の溶鋼中酸素濃度、Qは溶鋼環流量である。
t=0.9×Wc×(Oc-Om)/(k×Wm×Om ) …(1)
t=Wm/Q …(2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RH真空脱ガス装置を用いて酸化物系非金属介在物の少ない高清浄度鋼を溶製する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料の高機能化及び高品質化への要求の高まりから、鋼中の不純物元素を極限まで低減することが望まれており、溶鋼段階における鋼の高純度化及び高清浄度化のための技術が必要とされている。鋼中の不純物元素の1つである酸素は、鋼中で酸化物として存在した場合、鋼板における欠陥の原因となる。
【0003】
鋼の精錬段階において、鋼中に酸化物を生成させる要因の1つとして、溶鋼の温度調整のために添加される冷材中の酸化物が挙げられており、こうした背景から冷材からの酸化物の汚染を防止する対策が実施されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、製鋼炉からの出鋼に先立ち、受鋼を予定している取鍋の内壁表面温度を測定することにより、その取鍋の放冷カーブを求め、この放冷カーブに基づいて出鋼から連続鋳造までの温度降下を予測し、それによって製鋼炉からの出鋼温度及び各プロセスの適正温度の設定を行う方法が開示されている。この方法のようにして温度設定が可能であれば、冷材の添加は不要である。
【0005】
また、特許文献2には、RH真空脱ガス装置で溶鋼を精錬する際に、冷材によって持ち来される酸素量が或る一定値以下となるように、冷材の酸素含有量に応じて冷材添加量を規定して精錬する方法が開示されている。特許文献2によれば、冷材によって持ち来される酸素量が或る一定値以下となるので、清浄性に優れた溶鋼を短時間で得ることができるとしている。
【特許文献1】特開昭62−297411号公報
【特許文献2】特開2003−183722号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来技術には以下の問題点がある。
【0007】
即ち、特許文献1の方法で温度を設定しても、実際の操業では、転炉や電気炉において溶鋼温度自体を精度良く制御できるとは限らず、また、RH真空脱ガス装置の真空槽の状態によっては、真空脱ガス処理中に溶鋼温度が通常よりも低下してしまう場合もあることから、転炉や電気炉からの出鋼時には或る程度の余裕を持った温度で出鋼することが一般的であり、その場合には、RH真空脱ガス装置において溶鋼に冷材が添加されることが前提になる。
【0008】
また、特許文献2のように、冷材投入量の上限値を定めてしまうと、それ以上には溶鋼温度を強制的に低減することができず、冷材を上限値まで添加しても溶鋼温度が目標温度よりも高い場合には、RH真空脱ガス装置で処理することによる温度降下に依存せざるを得ず、RH真空脱ガス装置における処理時間が延長し、RH真空脱ガス装置の生産性が損なわれることになる。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、RH真空脱ガス装置において溶鋼を精錬するに当たり、溶鋼温度調整用の冷材の使用量を規定しなくても、最小限の脱ガス処理時間の延長により、酸化物系非金属介在物の極めて少ない高清浄度鋼を安定して溶製することのできる、高清浄度鋼の溶製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討・研究を実施した。以下に、検討結果を説明する。
【0011】
一般的に、RH真空脱ガス装置における溶鋼の精錬工程は鋳造工程の直前の工程であり、鋳造される溶鋼に対して溶鋼温度の調整が可能な最後の工程であることが多い。そのため、溶鋼温度が鋳造時の目標温度に対して高過ぎる場合には、RH真空脱ガス精錬中の溶鋼に冷材を添加し、溶鋼温度を強制的に低下することが行われる。これは、連続鋳造時の溶鋼温度が目標温度に比べて高くなると、鋳型内での抜熱が遅れ、凝固シェルが発達せず、ブレークアウトの危険性があるからである。
【0012】
冷材としては、製鉄プロセスの各工程で発生した鉄スクラップが一般的に使用されており、冷材中には脱酸生成物が酸化物系非金属介在物(以下「介在物」と記す)として存在し、また、冷材の表面が酸化している場合もある。即ち、冷材を溶鋼に添加すると、冷材が溶解することによって冷材中の介在物が溶鋼中に持ち来たされて、溶鋼中の介在物が増加する。また、冷材表面の鉄酸化物によって、溶鋼中に存在するAlやSiなどの鉄よりも酸素との親和力の強い元素が酸化され、溶鋼中に介在物が形成される。
【0013】
これらの介在物を溶鋼から除去するためには、冷材添加後に所定時間のRH真空脱ガス精錬時間つまり環流時間を確保する必要があり、また、冷材の添加に伴う介在物の発生量は、冷材の投入量や冷材自体の介在物含有量などによってばらつくので、介在物の発生量に応じて環流時間を延長する必要のあることが分かった。尚、RH真空脱ガス装置においては、溶鋼は取鍋と真空槽との間を環流しながら精錬されているので、「RH真空脱ガス精錬時間」と「環流時間」とは同一の意味で使用されている。
【0014】
環流時間の必要延長時間は、冷材の添加によって発生する介在物の量と、使用するRH真空脱ガス装置自体の介在物除去能力とによって決まり、様々な検討の結果、必要延長時間は下記の(1)式で表されることを見出した。つまり、冷材添加後の環流時間として、少なくとも(1)式で算出される必要延長時間を確保することで、冷材添加によって発生する介在物を除去できることを見出した。但し、(1)式において、tは、必要延長時間(分)、kは、RH真空脱ガス装置の脱酸速度定数(1/分)、Wc は、冷材の添加量(トン)、Wm は、溶鋼処理量(トン)、Oc は、冷材の酸素濃度(ppm)、Om は、冷材添加時の溶鋼中酸素濃度(ppm)である。
【0015】
【数1】

【0016】
ここで、冷材によって発生する介在物量が少ない場合、つまり、冷材の酸素濃度と冷材添加時の溶鋼中酸素濃度とが同等の場合には、(1)式で得られる必要延長時間は非常に短くなる。しかし、余りに時間が短い場合、冷材が溶解しても溶鋼が十分に混合されず、溶鋼の介在物濃度に偏りができてしまう可能性がある。このような場合には、冷材添加後の環流時間として、少なくとも下記の(2)式で算出される必要延長時間を確保することで、解消されることを見出した。但し、(2)式において、tは、必要延長時間(分)、Wm は、溶鋼処理量(トン)、Qは、溶鋼環流量(トン/分)である。
【0017】
【数2】

【0018】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、本発明に係る高清浄度鋼の溶製方法は、RH真空脱ガス装置で処理中の溶鋼に温度調整用の冷材を添加して溶鋼温度を調整するに際し、冷材を溶鋼に添加した後、更に、上記の(1)式及び(2)式によって算出される必要延長時間のうちでどちらか長い方の必要延長時間以上にわたって溶鋼を環流することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、RH真空脱ガス装置において溶鋼を精錬する際に、処理中の溶鋼に溶鋼温度調整用の冷材を添加しても、脱ガス処理時間の最小限の延長で、冷材の添加により発生した介在物を溶鋼から浮上・分離することができ、介在物の極めて少ない高清浄度鋼を安定して溶製することが可能となり、工業上有益な効果がもたらされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0021】
転炉または電気炉などの製鋼炉で溶製された溶鋼を取鍋に出鋼し、取鍋に収容された溶鋼をRH真空脱ガス装置に搬送し、RH真空脱ガス装置で真空脱ガス精錬を実施する。真空脱ガス精錬としては、真空脱炭処理、脱硫剤を使用した脱硫処理、水素や窒素或いは酸素などのガス成分の除去処理、合金成分の調整処理、及び、これらの2以上を組み合わせた処理などがあり、どのような真空脱ガス精錬を実施する場合であっても本発明を適用することができる。但し、合金成分の調整処理(成分調整処理)は、ほぼ全ての真空脱ガス精錬で実施されている。尚、本発明は高清浄度鋼の溶製を目的としており、Al脱酸やSi脱酸の施されたキルド鋼を対象とし、清浄性に劣る未脱酸鋼は対象としてない。従って、少なくとも上記成分調整処理終了の時点には、溶鋼は脱酸された状態となっている。
【0022】
RH真空脱ガス装置において、これらの処理を行った後、溶鋼温度を測定し、測定された温度が目標温度範囲であれば、真空脱ガス精錬を終了し、一方、測定された温度が目標温度を超える場合には、溶鋼温度調整用の冷材を真空槽内の溶鋼に添加して溶鋼温度を目標温度に調整する。冷材の添加量は、測定された温度と目標温度との差に応じて決定する。この場合の目標温度は、次工程の連続鋳造工程における待ち時間などを考慮して決められるので、一般的には同一鋼種であっても異なる場合が多い。溶鋼温度調整用の冷材としては、製鉄プロセスの各工程で発生したスクラップを粒状または中空球状に加工したものが好適である。
【0023】
尚、冷材を添加した場合には、冷材添加によって一般的には溶鋼成分が希釈されるので、再度成分調整を実施する場合がある。また、測定した溶鋼温度が目標温度よりも低い場合には、溶鋼を加熱処理する必要があるので、加熱装置を備えた取鍋精錬炉に搬送して加熱する、或いは、RH真空脱ガス装置で酸素ガスを供給して溶鋼中のAlを燃焼させて加熱するなどの加熱処理を実施した後、再度、前述の真空脱ガス精錬を実施する。
【0024】
そして、溶鋼の測温値から、冷材による溶鋼の温度調整が必要となったときには、RH真空脱ガス装置の脱酸速度定数(k)、測定された溶鋼温度と目標温度との差によって定められた冷材の添加量(Wc )、溶鋼処理量(Wm )、冷材の酸素濃度(Oc )、冷材添加時の溶鋼中酸素濃度(Om )を前述した(1)式に代入して必要延長時間(t)を求める。
【0025】
ここで、RH真空脱ガス装置の脱酸速度定数(k)は、脱酸速度を一次反応と仮定した場合の脱酸速度定数であり、RH真空脱ガス装置の操業条件、処理する鋼種などによって異なるので、予め各種の操業条件下で溶鋼中酸素濃度の推移を実測して脱酸速度定数(k)を求めておく必要がある。冷材添加時の溶鋼中酸素濃度(Om )は冷材添加直前の実溶鋼を分析することが望ましいが、分析に時間を費やすため、RH真空脱ガス装置に搬送される前に溶鋼が脱酸されている場合には、RH真空脱ガス装置に溶鋼が到着した時点の溶鋼中酸素濃度を分析し、また、RH真空脱ガス処理中に溶鋼が脱酸された場合には、脱酸直後の溶鋼中酸素濃度を分析し、これらの分析値から、予め求めた脱酸速度定数(k)を用いて冷材添加直前の酸素濃度を推定するようにしてもよい。冷材の酸素濃度(Oc )はスクラップのロッド毎に予め分析しておくこととする。
【0026】
(1)式によって必要延長時間(t)を求めると同時に、前述した(2)式によっても必要延長時間(t)を求める。(2)式では、溶鋼環流量(Q)が必要であり、溶鋼環流量(Q)は、微量のトレーサー成分を脱ガス処理中の溶鋼に添加してトレーサー成分の挙動から推定してもよく、また、Q=11.4×G1/3 ×D4/3 ×[ln(P1/P2)]1/3 の実験式(但し、G:環流用Ar流量(L/min)、D:浸漬管内径(m)、P1 :環流用Ar吹き込み管位置での溶鋼静圧(Pa)、P2 :真空槽内圧(Pa))を用いて算出してもよい。
【0027】
そして、(1)式によって求めた必要延長時間(t)と、(2)式によって求めた必要延長時間(t)とを比較し、冷材添加後の環流時間として、どちらか長い方の必要処理時間(t)を少なくとも確保するように、冷材を添加した後も脱ガス精錬を継続する。この環流時間の間に、冷材添加によって鋼成分が目的成分から外れる恐れがある場合には、再度成分調整を実施する。冷材添加後の環流時間が、少なくとも、どちらか長い方の必要処理時間(t)を確保したならば、RH真空脱ガス装置を終了し、溶鋼を次工程の連続鋳造工程に搬送する。
【0028】
RH真空脱ガス装置において、このようにして溶鋼の温度調整を実施することにより、脱ガス処理時間の最小限の延長で、冷材添加量の如何に拘わらず、冷材の添加により発生した介在物を溶鋼から浮上・分離することができ、介在物の極めて少ない高清浄度鋼を安定して溶製することが可能となる。
【実施例1】
【0029】
転炉で約200トンの溶鋼を溶製した後、得られた溶鋼を取鍋に出鋼した。出鋼時、溶鋼に金属Alを添加して溶鋼を脱酸した。出鋼終了後、溶鋼を収容した取鍋をRH真空脱ガス装置へ搬送し、RH真空脱ガス装置の真空槽の下部に取り付けられた一対の浸漬管を取鍋内溶鋼に浸漬させ、一方の浸漬管からArガスを0.033Nm3 /sで吹き込み、溶鋼を取鍋と真空槽との間で環流させ、RH真空脱ガス精錬を実施した。
【0030】
尚、予め冷材を添加しない条件でRH真空脱ガス精錬中に測定した溶鋼酸素濃度の挙動から、この操業条件における、RH真空脱ガス装置の脱酸速度定数(k)は0.05/分であることを確認している。また、冷材の酸素濃度(Oc )は予め酸素分析により求め、その冷材をRH真空脱ガス装置のホッパーに装入した。
【0031】
取鍋がRH真空脱ガス装置に到着した時点で溶鋼サンプルを採取し、このサンプルの酸素分析を実施した。この分析値と予め求めた脱酸速度定数(k)とにより、冷材添加時の溶鋼中酸素濃度(Om )を推定した。また、溶鋼環流量(Q)は、前述した実験式により求めた。
【0032】
脱ガス精錬によりガス成分を除去した後に脱ガス処理中の溶鋼にSi、Mnを添加して成分調整を行い、その後、溶鋼温度を熱電対により測定した。脱ガス処理終了時の目標温度に対して高過ぎる場合に冷材を添加して溶鋼の温度調整を行った。冷材添加後の環流時間は、(1)式及び(2)式による必要延長時間(t)を把握した上で、長い方の必要延長時間(t)を基準として分単位で設定した。また、この冷材添加後の還流時間の間に、成分の微量調整も実施した。RH真空脱ガス処理後の溶鋼を連続鋳造機で鋳造し、熱間圧延を経て厚板製品とし、厚板製品において介在物起因の欠陥発生率を調査した。
【0033】
また、比較例として、冷材添加後に、(1)式及び(2)式による必要延長時間(t)の長い方の必要延長時間(t)よりも短い時間だけ環流した操業についても、同様の調査を行った。更に、冷材を添加しない操業についても、同様の調査を行った。表1に、各試験操業における試験条件及び試験結果を示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1に示すように、本発明例1〜6では厚板製品における欠陥指数が、冷材を添加している比較例1〜5に比べて低減し、冷材を添加していない比較例6,7と同等レベルであり、冷材添加に伴って発生する介在物が本発明により大幅に低減することが確認できた。尚、表1における欠陥指数は、本発明例に使用した同じ鋼種において過去1年間で介在物起因による欠陥が最も多かったロットの欠陥発生率を1として、本発明例のロットの欠陥発生率との比より決定したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
RH真空脱ガス装置で処理中の溶鋼に温度調整用の冷材を添加して溶鋼温度を調整するに際し、冷材を溶鋼に添加した後、更に、下記の(1)式及び(2)式によって算出される必要延長時間のうちでどちらか長い方の必要延長時間以上にわたって溶鋼を環流することを特徴とする、高清浄度鋼の溶製方法。
t=0.9×Wc×(Oc-Om)/(k×Wm×Om ) …(1)
t=Wm/Q …(2)
但し、(1)式及び(2)式において、tは、必要延長時間(分)、kは、RH真空脱ガス装置の脱酸速度定数(1/分)、Wc は、冷材の添加量(トン)、Wm は、溶鋼処理量(トン)、Oc は、冷材の酸素濃度(ppm)、Om は、冷材添加時の溶鋼中酸素濃度(ppm)、Qは、溶鋼環流量(トン/分)である。

【公開番号】特開2008−111164(P2008−111164A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−295522(P2006−295522)
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】