説明

高炭素鋼線材の製造方法およびその製造装置

【課題】環境負荷低減型の高強力、かつ、高延性を有する高炭素鋼線材の製造方法およびその製造装置を提供する。
【解決手段】炭素を0.65〜1.0質量%含有する高炭素鋼線材に対し、加工歪みεが1.5以下の加工を施し加工発熱により鋼線温度を200〜450℃の範囲に上昇させ、次いで、連続的に加熱装置を用いて鋼線温度を800〜950℃の範囲に上昇させた後、600〜750℃の温度範囲で加工歪みεを0.5〜2.0の範囲にて加工を加える。600〜750℃の温度範囲における加工処理終了後、550℃までの冷却速度は、100℃/sec.以下であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高炭素鋼線材の製造方法およびその製造装置に関し、詳しくは、環境負荷低減型の高強力、かつ、高延性を有する高炭素鋼線材の製造方法およびその製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤの補強材であるスチールコードや高圧ホース等に用いられるホースワイヤ、精密切断に用いられるソーワイヤ等の伸線加工により高強度化される製品は、乾式伸線とパテンティング熱処理とが繰り返して施され、最終的に湿式伸線により所定の歪みが加えられて加工硬化することにより製造される。近年においては、乾式伸線技術の向上や原材料である高炭素鋼線材の品質向上により乾式伸線限界が向上した結果、中間熱処理を省略したプロセスが標準となりつつあり、生産性向上とコスト低減が図られている。
【0003】
乾式伸線限界を向上させるためには、鋼線の時効を抑制することが重要であることから、これまでは鋼線の温度上昇を抑えるための研究や技術開発が盛んに行われてきた。すなわち、潤滑の適正化や鋼線冷却技術の開発である。例えば、特許文献1では、発熱した鋼線を直接冷却するための手法が提案されている。また、特許文献2においては、ダイス通過直後の鋼線温度と各パス減面率および総減面率からなる式が提案され、鋼線の脆化を防止するための製造方法が開示されている。
【0004】
特許文献1や特許文献2に記載された発熱抑制技術および鋼線の冷却技術により、現在は、乾式伸線、パテンティング熱処理、めっき処理、湿式伸線といった比較的簡略化されたプロセスで、高強度かつ高延性の鋼線の製造が可能となった。例えば、素材として線径5.5mmの線材を用いる場合、上記プロセスにて、引張り強さが3000MPaを越え、かつ、延性も優れる線径0.15〜0.4mm程度の鋼線が量産製造されている。
【0005】
しかしながら、鋼線に対する更なる高強度化や細径化の要求、更なる省エネルギー化やプロセスのコンパクト化等、より一層の技術革新が求められている。このような要求に対する乾式伸線工程とパテンティング熱処理工程の2つの工程における技術課題としては、以下の4点に集約される。
【0006】
(1)鋼線の細径化のためには、乾式伸線でより細くまで加工を行うことが必要となるが、時効脆化による伸線限界のために乾式伸線での加工量には限界がある。したがって、鋼線をより細径化するためには、中間パテンティング処理が必要とならざるを得ない。
【0007】
(2)伸線加工による鋼線の脆化を抑えて伸線限界を向上させるため、もしくは線速を上げて生産性向上を図ろうとすると、冷却能のより強い冷却ドラムが必要になるなど、設備の大型化や投資の大型化および生産性に対する課題も浮き彫りになっている。
【0008】
(3)伸線加工工程とパテンティング熱処理工程とは、処理線速が大きく異なるため、工程の連続化が極めて難しく、工程間の在庫管理やハンドリングの手間といった課題が生じる。
【0009】
(4)伸線加工工程、パテンティング熱処理工程とも、エネルギー多消費型プロセスであるが、更なる省エネルギー化を図るには現在のプロセスの延長線上では限界がある。
【0010】
このような課題に対し、例えば特許文献3では、上記課題の(1)、(3)に着目し、加工熱処理を行って、加工工程と熱処理工程を同時に行う方法が提案されている。また、特許文献4では、伸線加工時に生じた加工発熱を積極的に利用し、その後の熱処理工程へつなげて加工工程と熱処理工程を連続化させる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特公平6−89412号公報
【特許文献2】特開2007−167878号公報
【特許文献3】特許第3387149号公報
【特許文献4】特許第2618564号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記(1)〜(4)の課題に対する対応として、これまでも様々な角度からの検討はなされているが、全ての課題を解消するような製造方法の提案はなされていないのが現状である。また、特許文献4に記載されている上記熱処理はPC鋼材を対象にした300〜400℃のブルーイング処理に留まっており、高強度、高延性を有する鋼線を製造することはできない。
【0013】
そこで、本発明の目的は、加工工程で生じる塑性加工発熱および摩擦発熱を積極的に利用することにより、加工工程と熱処理工程とを連続化させると共に、外部から加えるエネルギーを著しく低減させることのできる環境負荷低減型の高強力、かつ、高延性を有する高炭素鋼線材の製造方法およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題を解消するために鋭意検討した結果、(i)加工歪みが一定以下であれば時効脆化による断線が生じない、(ii)加工による発熱を積極的に利用することにより加熱工程の負荷を大幅に低減できる、(iii)さらに続く加工工程を適切な温度範囲と適切な加工歪み範囲に制御することにより、従来別工程で処理せざるを得なかった加工工程と熱処理工程を連続化させると共に、外部から加えるエネルギーを著しく低減させることのできる、との知見を得、かかる知見に基づきさらに鋭意検討した結果、上記課題を解消できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明の高炭素鋼線材の製造方法は、炭素を0.65〜1.0質量%含有する高炭素鋼線材に対し、加工歪みεが1.5以下の加工を施し、加工発熱により鋼線温度を200〜450℃の範囲に上昇させ、次いで、連続的に加熱装置を用いて鋼線温度を800〜950℃の範囲に上昇させた後、600〜750℃の温度範囲にて加工歪みεを0.5〜2.0の範囲で加工を加えることを特徴とするものである。ここで、加工歪みεとは、加工を加える前の鋼線線径をD0、加工を加えた後の鋼線の線径をD1としたとき、下記式、
ε=2×ln(D0/D1)
で表わされる値である。
【0016】
本発明においては、前記600〜750℃の温度範囲における加工処理終了後、550℃までの冷却速度が、100℃/sec.以下であることが好ましい。
【0017】
また、本発明の高炭素鋼線材の製造装置は、加工発熱により鋼線温度を上昇させるための加工装置と、鋼線温度をさらに上昇させるための加熱装置と、該加熱装置の後段において、600〜750℃の温度範囲で加工歪みεを0.5〜2.0の範囲にて加工を加えるための加工装置と、を連続して備えてなることを特徴とするものである。
【0018】
本発明においては、前記600〜750℃の温度範囲で加工を加えるための加工装置の後段に、550℃までの冷却速度を100℃/sec.以下に抑制することのできる保温機構を備えた装置を備えてなることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、環境負荷低減型の高強力、かつ、高延性を有する高炭素鋼線材の製造方法およびその製造装置を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
本発明に用いる高炭素鋼線材の炭素含有量は0.65〜1.0質量%、好適には0.70〜0.85質量%である。これは、スチールコード、ホースワイヤおよびソーワイヤなどの用途に要求されるワイヤ強度と延性を確保するためであり、強度確保の面から0.65質量%以上必要である。0.65質量%未満であると初析フェライトが生成しやすくなるため、伸線性も劣化する。一方、炭素含有量が1.0質量%より多いと、初析セメンタイトの生成が避けられず、これにより伸線性を著しく劣化させることになる。
【0021】
以下、環境面、生産面の課題を解決し、かつ後に続く湿式伸線工程での伸線加工性を具備するために必要な鋼線を得るための製造方法について以下に詳述する。
【0022】
本発明の高炭素鋼線材の製造方法では、まず、炭素を0.65〜1.0質量%含有する高炭素鋼線材に対して加工歪みεが1.5以下の加工を施す。これにより、鋼線の線径を細くしつつ、塑性加工発熱および摩擦発熱により鋼線温度を上昇させる。加工歪みεが1.5を超えると、時効脆化による断線等の問題が生じてしまう。好適には0.5〜1.3である。加工方法は、伸線、圧延など、所定の減面ができる加工方法であれば、その方法は問わない。しかしながら、伸線加工の場合は、潤滑剤が十分に潤滑性能を発揮できる温度範囲が限定されるので、乾式潤滑剤を使用しない圧延加工が望ましい。なお、加工歪みεの下限に関しては、以下に詳述する鋼線温度までの上昇が得られる範囲で決定されるが、特に制限はされない。
【0023】
本発明においては、上記加工による塑性加工発熱および摩擦発熱で、鋼線温度を200〜450℃、好適には250〜400℃まで上昇させる。鋼線温度が200℃未満では、後に連続的に続く加熱工程において有効な熱の利用ができない。一方、450℃を超えると、設備負荷の増大等により、断線や圧延ロール・ダイス割れ等の発生が懸念される。また、鋼線温度がこの温度範囲になるように加工歪みεを制御することにより、冷却ドラム等の冷却設備が不要となり設備の大型化を回避することができる。
【0024】
次に、本発明においては、加工発熱により上昇した鋼線温度を積極的に利用し、その後加熱装置を用いて、さらに鋼線温度を800〜950℃、好適には880〜930℃の範囲に上昇させる。加工の際の発熱を有効に利用することにより、パテンティング熱処理の省エネルギー化を図ることができる。鋼線温度が800℃未満では金属組織を完全にオーステナイト化できないため、最終的に得られる金属組織が狙いとするものでなくなる。具体的には、セメンタイトの球状化等が生じるので、湿式伸線性を確保できない。一方、950℃を越えると結晶粒の成長が著しくなり、やはり湿式伸線性の確保が困難となる。
【0025】
その後、本発明においては、600〜750℃の温度範囲で加工歪みεを0.5〜2.0の範囲にて加工を加える。加工温度も湿式伸線性を確保して鋼線の強度・延性を所望のものにするための金属組織の制御条件として極めて重要な条件のひとつである。加工温度が600℃未満であると、初析フェライトの成長が顕著となることや、加工中におけるパーライト変態などでラメラ配向の良好なパーライト組織を得ることができない。さらに、パーライトブロック径が混粒となるなどで望ましくない金属組織が生じる。一方、750℃を越える温度での加工は、パーライト変態の促進効果が小さくなり加工後に変態を生じるまでの時間が長くなることから、ラインの長大化や生産性の悪化などを招く。好適には680〜730℃である。なお、この場合の加工を加える方法も、何ら制限されるものではない。しかしながら、この温度範囲で所望の形状を得るための方法としては、圧延加工が望ましい。
【0026】
また、上記600〜750℃の温度範囲で加える加工歪みεは、0.5〜2.0の範囲とする必要がある。加工歪みεの増加はパーライトブロック径を微細化させ伸線加工性を向上させると共に、パーライト変態の促進効果を大きくする効果がある。また、鋼線の細径化のためにはここでの加工歪みεを確保する必要がある。こうした効果は加工歪みεが0.5以上で顕著となって現れるため、下限値を0.5とする。一方、加工歪みεが大きすぎると、多段加工にせざるを得ず、段数が多くなるにしたがい温度制御が極めて困難となること、高温での過度な細径化は断線等のリスクが高まること等により、加工歪みεの上限は2.0とする。好適には0.8〜1.6である。
【0027】
本発明においては、上記600〜750℃の温度範囲における加工処理後、550℃までの冷却速度は、100℃/sec.以下であることが好ましい。加工終了後の鋼線温度の冷却速度は、パーライト変態を鋼線内で均一に生じさせ、ラメラの配向性を向上させるために、上限を100℃/sec.とすることが好ましい。100℃/sec.以下であれば、線径、鋼材によらず、均一なパーライト組織を得ることが可能である。
【0028】
本発明の高炭素鋼線材の製造方法は、炭素を0.65〜1.0質量%含有する高炭素鋼線材に対し、加工歪みεが1.5以下の加工を施し鋼線温度を200〜450℃の範囲に上昇させ、次いで、連続的に加熱装置を用いて鋼線温度を800〜950℃の範囲に上昇させた後、600〜750℃の温度範囲で加工歪みεを0.5〜2.0の範囲で加工を加えることが重要であり、これにより本発明の上記高炭素鋼線材を得ることができる。これ以外の工程における処理方法や処理条件等については、所望に応じ、常法に従い適宜行うことができる。
【0029】
次に、本発明の高炭素鋼線材の製造装置について説明する。
本発明の高炭素鋼線材の製造装置は、加工発熱により鋼線温度を上昇させるための加工装置と、鋼線温度をさらに上昇させるための加熱装置と、該加熱装置の後段において、600〜750℃の温度範囲で加工歪みεを0.5〜2.0の範囲にて加工を加えるための加工装置と、を連続して備えてなる。このような構成とすることで、加工工程で生じる塑性加工発熱および摩擦発熱を積極的に利用することができ、加工工程と熱処理工程とを連続化させると共に、外部から加えるエネルギーを著しく低減させることができる。
【0030】
本発明の高炭素鋼線材の製造装置に用いる加工発熱により鋼線温度を上昇させるための加工装置としては、加工歪みεが1.5以下の加工を施し鋼線温度を200〜450℃の範囲に上昇させることができるものであれば特に制限はないが、上述のように、伸線加工の場合は、潤滑剤が十分に潤滑性能を発揮できる温度範囲が限定されるので、乾式潤滑剤を使用しない圧延加工が望ましい。したがって、マイクロミルのような連続圧延機を好適に用いることができる。
【0031】
本発明の高炭素鋼線材の製造装置に用いる鋼線温度をさらに上昇させるための加熱装置としては、鋼線温度を800〜950℃の範囲に上昇させることができるものであれば、特に制限はない。例えば、高周波誘電加熱装置や通電加熱装置を用いることができる。
【0032】
本発明の高炭素鋼線材の製造装置に用いる600〜750℃の温度範囲で加工歪みεを0.5〜2.0の範囲にて加工を加えるための加工装置としては、この温度範囲で所望の形状を得られるように加工可能なものであれば特に制限はない。例えば、マイクロミルのような連続圧延機を好適に用いることができる。
【0033】
本発明においては、600〜750℃の温度範囲における加工処理後、550℃までの冷却速度は、100℃/sec.以下に抑制することのできる保温機構を備えた装置を有することが好ましい。保温手段としては、例えば、高周波誘電加熱装置や通電加熱装置を用いることができる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
<実施例1〜5および比較例1〜8>
高炭素鋼線材として、直径5.5mmの共析鋼線材を用いた。化学成分は、炭素:0.81質量%、ケイ素:0.19質量%、マンガン:0.49質量%、リン:0.004質量%、硫黄:0.004質量%、ニッケル:0.01質量%、クロム:0.02質量%、銅:0.01質量%、窒素:0.0028質量%、残余が鉄である。この線材に対して、下記表1〜3に示す条件で加工熱処理を加え、線径2.0〜1.1mmの鋼線を製造した。ここで、鋼線の温度を上昇させるための加工を加工1、加熱後の鋼線の加工を加工2とした。加工1における加工歪みεと加工後鋼線温度、加熱処理における鋼線温度、および加工2における加工温度と加工歪みεをパラメータとして変動させた。加工1、加工2とも、圧延加工とし、加熱処理は高周波誘導加熱により行った。
【0035】
加熱処理の際の電力量を測定して、鋼線温度30℃から加熱処理をした場合との電力量の差異より省エネルギー率を算出した。省エネルギー率10%以上を目標とした。結果を表1〜3に併記する。また、表1〜3の製造条件により製造した鋼線の品質評価は、得られた鋼線に対し伸線歪み3.5の湿式伸線を行い、得られた鋼線の物性を評価することにより行った。引張強度は3000MPa以上、捻り回数は20回以上を目標とした。得られた結果を表1〜3に併記する。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
【表3】

【0039】
以上、詳述してきたように、本発明は、加工工程で生じる塑性加工発熱および摩擦発熱を積極的に利用することにより、加工工程と熱処理工程とを連続化させることが可能となり、かつ、外部から加えるエネルギーを著しく低減させることのできる環境負荷低減型の高強力・高延性を有する高炭素鋼線材の製造方法および製造設備であり、実用上益するところ大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素を0.65〜1.0質量%含有する高炭素鋼線材に対し、加工歪みεが1.5以下の加工を施し、加工発熱により鋼線温度を200〜450℃の範囲に上昇させ、次いで、連続的に加熱装置を用いて鋼線温度を800〜950℃の範囲に上昇させた後、600〜750℃の温度範囲で加工歪みεを0.5〜2.0の範囲にて加工を加えることを特徴とする高炭素鋼線材の製造方法。
【請求項2】
前記600〜750℃の温度範囲における加工処理終了後、550℃までの冷却速度が、100℃/sec.以下である請求項1記載の高炭素鋼線材の製造方法。
【請求項3】
加工発熱により鋼線温度を上昇させるための加工装置と、鋼線温度をさらに上昇させるための加熱装置と、該加熱装置の後段において、600〜750℃の温度範囲で加工歪みεを0.5〜2.0の範囲にて加工を加えるための加工装置と、を連続して備えてなることを特徴とする高炭素鋼線材の製造装置。
【請求項4】
前記600〜750℃の温度範囲で加工を加えるための加工装置の後段に、550℃までの冷却速度を100℃/sec.以下に抑制することのできる保温機構を備えた装置を備えてなる請求項3記載の高炭素鋼線材の製造装置。

【公開番号】特開2012−126924(P2012−126924A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−276425(P2010−276425)
【出願日】平成22年12月10日(2010.12.10)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】