説明

高磁束密度材料およびその製造方法

【課題】電子顕微鏡、電子ビーム描画装置等の電子レンズのボールピース、ヨーク、および磁気共鳴装置、質量分析装置等の電磁石のボールピース、ヨーク等に使用するFe−Co−V軟質性の高磁束密度材料およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、Co:48〜52%、V:0.8〜1.6%、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、結晶粒径が100μm以下からなる高磁束密度材料であり、また、X線回折によるαのメインピークに対する脆性相のピーク強度α´の比が0.05以下である高磁束密度材料ある。その製造方法は、アトマイズにより製造した上記組成の合金粉末を可鍛性カプセルに封入し、熱間等方圧プレスにて成形するか、熱間押出加工により成形する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡、電子ビーム描画装置等の電子レンズのポールピース、ヨーク、および磁気共鳴装置、質量分析装置等の電磁石のポールピース、ヨーク等に使用するFe−Co−V軟質性の高磁束密度材料およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、Fe−Co系磁性材料は、磁性材料中高い飽和磁束密度を有するため、ポールピース、ヨーク用磁性材料として適している。特に、Vを添加したFe−Co−V系磁性材料は、体積固有抵抗値が大きく、質量分析装置のように磁場強度を走査する場合の応答性が良好で優れた材料であることが知られている。このFe−Co−V系(パーメンジュール)材は一般的に鋳造法により製造され、一部焼結による検討もなされている。しかしながら、鋳造法または焼結により製造されたこの材料の機械加工性は、電子レンズのように非常に精密な機械加工を必要とする用途では不十分であり改善を要する。また、従来材の磁気特性の均質度は電子顕微鏡、磁気共鳴装置、質量分析装置などに使用する場合に決して満足のゆくものではない。
【0003】
一方、電子顕微鏡等の電子レンズは、上下ポールピース間隙の狭い空間内により強い磁場を発生させ、さらに、その磁場が均質(特に軸対称性)であることが要求される。従って、ポールピース材料には、(1)高飽和磁束密度であること、(2)高透磁率であること、(3)磁気特性の分布が均一であること、の3条件が求められる。これらの条件を満たす材料は、鉄とコバルトをほぼ一対一に含有する合金であり、この合金を磁気特性が均質になるよう製造することが課題となる。
この合金は、硬く脆い性質のため機械加工を行うことが困難である。このため約2%程度のバナジウムを添加し、切削性、研磨性を改善している。ただ、バナジウムは磁気特性の劣化を招くため、できれば低減することが望ましいものである。
【0004】
電子レンズは、中心に電子が通過する貫通穴を設けた円錐形状のポールピースを上下に対向させた構造が一般的であるが、電子顕微鏡等の分解能をさらに向上させるためには、中心の穴径を、ますます小さくすることが要求され、中心穴および各円錐曲面の真円度、また相互の同軸度には、ますます高い精度が要求されるようになっている。このような高精度の機械加工を行なうためには、材料の切削性、研磨性が良好であることがますます重要な要求事項となっている。この点から、鉄−コバルト−バナジウム合金の切削性、研磨性を改善することがポールピース材料としての重要な課題となっている。
【0005】
このFe−Co−V系材として、例えば特開平5−17804号公報に開示されているように、コバルトが40〜60重量%、バナジウムが1.0〜2.5重量%、残部が鉄および不可避的不純物からなる原料粉末を成形し、焼結して鉄・コバルト系焼結磁性材料を製造する方法であって、焼結後、950〜1200℃の温度で第1の熱処理を行い、その後750〜850℃の温度で第2の熱処理をする鉄・コバルト系焼結磁性材料の製造方法が提案されている。
【0006】
【特許文献1】特開平5−17804号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の場合、Vを添加することで加工性を改善することが出来、その添加量は通常2%程度とされているが、しかしながら、上述したように磁気特性は劣化するため、電子顕微鏡の電子レンズのポールピースに用いる場合には高分解能化に限界があった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述したような問題を解消するために、発明者らは鋭意開発を進めた結果、結晶粒と脆性相の析出を抑制することにより、従来よりも低いV量でも十分な加工性が得られることを見出し本発明に至ったものである。その発明の要旨とするところは、
(1)質量%で、Co:48〜52%、V:0.8〜1.6%、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、結晶粒径が100μm以下からなることを特徴とする高磁束密度材料。
【0009】
(2)前記(1)に記載の成分組成からなり、X線回折によるαのメインピークに対する脆性相のピーク強度α´の比が0.05以下であることを特徴とする高磁束密度材料。
(3)前記(1)に記載の結晶粒径が20〜70μmであることを特徴とする高磁束密度材料。
【0010】
(4)原料粉末をArガスもしくは水を用いてアトマイズにより製造した合金粉末を、可鍛性カプセルに封入し、このカプセルごと上記粉末を熱間等方圧プレスにて成形することを特徴とする前記(1)〜(3)に記載の高磁束密度材料の製造方法。
(5)原料粉末をArガスもしくは水を用いてアトマイズにより製造した合金粉末を、熱間押出加工にて棒状に成形することを特徴とする前記(1)〜(3)に記載の高磁束密度材料の製造方法にある。
【発明の効果】
【0011】
以上述べたように、本発明により、従来よりも磁気特性が十分高く、磁気特性がより均質であり、良好な加工性を有するFe−Co系合金の作製が可能となったことは極めて産業上有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明についての成分組成の限定理由について説明する。
Co:48〜52%
Coは、磁性体を得るための基本の元素である。しかし、48%未満では得られる磁性体の透磁率が低くなり、一方、52%を超えると飽和磁束密度が小さくなるため、その範囲を48〜52%とした。
【0013】
V:0.8〜1.6%
Vは、磁気特性を向上させ、かつ加工性を改善させる元素である。しかし、0.8%未満では加工性を確保することができない。また、1.6%を超えると磁気特性が十分でないことから、その範囲を0.8〜1.6%とした。さらに、好ましくは1.1〜1.4%とする。
【0014】
結晶粒径が100μm以下
結晶粒径を100μm以下に微細化することにより、Vを低減しても加工性が十分確保できることを見出した。この点に本発明における大きな特徴がある。すなわち、Vの低減により磁気特性を向上させることが可能である。しかし、Vの含有量との関係から、結晶粒径が10μm以下では磁気特性の劣化を招く。一方、100μmを超えると加工性が確保できない。従って、100μm以下、好ましくは20〜70μmとする。
【0015】
さらに、X線回折によるαのメインピークに対する脆性相のピーク強度α´の比を0.05以下に抑えることによりV量を低減しても加工性が十分確保できることを見出した。 上記、X線回折によるαのメインピークに対する脆性相のピーク強度α´の比が0.05を超えると、本発明の目的とするV量を低減した場合には加工性が十分得られない。従って、その上限を0.05とした。この結晶粒の微細化、脆性相の抑制には特にアトマイズ法が望ましい。アトマイズ法としてはガスアトマイズおよび水アトマイズのいずれでも構わない。急冷凝固により微細結晶粒および脆性相の低減を達成することができる。
【0016】
また、アトマイズ法は急冷凝固により粉末を作製するため、本発明のような微細組織を必要とする場合に有効である。また、この粉末を熱間押出し法、もしくは熱間等方圧プレスにて成形することにより高密度、かつ工業的に生産することが可能である。
【実施例】
【0017】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
原料粉末をアトマイズ条件として、圧力1〜5MPa、ノズル径φ2.0〜3.0mm、Arガスもしくは水を用いて、圧力とノズル径の変更により結晶粒、脆性相の量を変化させた結果を表1に示す。また、表1に示すアトマイズにより製造した各種合金粉末を、1473K−5hr−150MPaにて保持してなるHIP(熱間高圧力処理)、もしくは1473Kにてφ190からφ90に熱間押出加工を行い、φ90×1000mmに成形した後、切断、切削加工および研磨加工し、φ80×100mmに仕上げ、リング試験片を得る。この試験片の磁気特性、加工特性を調査した。その結果を表1に示す。
【0018】
(1)飽和磁束密度(Bs)、保磁力(Hc):BHトレーサー装置を用いて、試験片形状は、外径15mm、内径10mm、高さ5mmのもの
(2)印加磁場:240kA/m
(3)結晶粒径:光学顕微鏡にて100個の結晶粒径の平均値を算出した。
(4)脆性相の量:X線回折によるαのメインピークに対する脆性相のピーク強度α´の比を算出した。
(5)加工性:製品仕上がり後に割れ、欠けが無いか目視にて確認した。
【0019】
【表1】

【0020】
表1に示すように、No.1〜12は本発明例であり、No.13〜17は比較例である。比較例No.13およびNo.14はV含有量が低く、かつピーク強度比が高いために、加工後の割れが発生した。比較例No.15およびNo.16はV含有量が高いために、磁気特性である飽和磁束密度(Bs)および保磁力が劣る。比較例No.17は結晶粒径が大きく、かつピーク強度比が低いために、加工後の割れが発生した。これに対し、本発明例であるNo.1〜12はいずれの場合も磁気特性、加工特性に優れていることが分かる。
【0021】
本発明により製造された高磁束密度材料(V含有量1.34mass%)を用いて、加速電圧200kVの透過電子顕微鏡の対物レンズポールピース6式を製作し、電子顕微鏡に実装して飽和磁束密度および磁気特性の均質度(軸対称性)を評価した。
電子レンズに使用した場合の飽和磁束密度は、リングサンプルを用いて測定したサンプル容積内において平均化された特性値とは異なる。電子レンズにおいては高い飽和磁束密度は、より低い励磁電流により、所定の焦点距離が得られることによって示される。本材料を用いたポールピースは本電子顕微鏡において要求される励磁電流11.3Aを6式すべてがクリアし、その平均値は11.24Aであった。電子レンズに用いた場合に十分に高い磁束密度が得られていることが確認された。
【0022】
磁気特性の均質度(軸対称性)は対物レンズの非点隔差−直行する2方向での焦点距離の差−により評価する。像観察時には非点隔差は非点補正コイルにより補正されるが、補正を行なわないポールピース自体の非点隔差は、補正コイルの補正量より逆算して求めることができる。ポールピース自体の非点隔差は、機械精度と材料の磁気特性不均質の両要因に影響されるが、機械精度は今日では3次元測定器などにより確認できる。機械精度を十分確認したポールピースにおいては、非点隔差は材料の磁気特性の均質度を表す指標と考えることができる。本材料により製作したポールピースの非点隔差は、本電子顕微鏡において要求される2.0μmを6式すべてがクリアし、平均値は1.124μmであった。このことから、本発明により製造された材料が、磁気特性の均質度において優れており、対物レンズの非点隔差を低減させることが確認できた。
【0023】
電子顕微鏡の分解能は対物レンズの性能でほぼ決まり、対物レンズの性能はポールピース材料の磁気特性に大きく影響される。ポールピース材料の飽和磁束密度の向上、および磁気特性の均質度の向上によるポールピース自体の非点隔差の低減は、いずれも電子顕微鏡の分解能を向上させる。その他、3次元測定器などにより測定されたポールピースの各部の機械的精度は良好な数値を示しており、本材料が従来材に比較して機械加工性(切削性、研磨性)において優れていることも確認されている。
上述したように、本発明により製造された高磁束密度材料は電子顕微鏡、電子ビーム描画装置等の電子レンズ、磁気共鳴装置、質量分析装置のポールピース、ヨーク材料として、従来に比較して優れた特性を有しており、工業的に極めて有利な方法を提供するものである。


特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社 他1名
代理人 弁理士 椎 名 彊

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Co:48〜52%、
V:0.8〜1.6%、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、結晶粒径が100μm以下からなることを特徴とする高磁束密度材料。
【請求項2】
請求項1に記載の成分組成からなり、X線回折によるαのメインピークに対する脆性相のピーク強度α´の比が0.05以下であることを特徴とする高磁束密度材料。
【請求項3】
請求項1に記載の結晶粒径が20〜70μmであることを特徴とする高磁束密度材料。
【請求項4】
原料粉末をArガスもしくは水を用いてアトマイズにより製造した合金粉末を、可鍛性カプセルに封入し、このカプセルごと上記粉末を熱間等方圧プレスにて成形することを特徴とする請求項1〜3に記載の高磁束密度材料の製造方法。
【請求項5】
原料粉末をArガスもしくは水を用いてアトマイズにより製造した合金粉末を、熱間押出加工にて棒状に成形することを特徴とする請求項1〜3に記載の高磁束密度材料の製造方法。

【公開番号】特開2006−336038(P2006−336038A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−158985(P2005−158985)
【出願日】平成17年5月31日(2005.5.31)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】