説明

魚類生物のベータノダウイルス感染阻害剤

【課題】養殖魚等の有用魚類生物へのベータノダウイルス感染に対する有効な薬剤を提供する。
【解決手段】NH4Cl、クロロキン、バフィロマイシンA1およびモネンシン等のエンドソーム酸性化阻害剤を有効成分とすることを特徴とする魚類生物のベータノダウイルス感染阻害剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、魚類生物のベータノダウイルス感染を阻害する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ノダウイルス科は、それぞれ昆虫および魚類に主に感染するアルファノダウイルス属およびベータノダウイルス属から成る。ベータノダウイルス属に属するウイルスは、ウイルス性神経壊死症(VNN)とも呼ばれるウイルス性の脳症および網膜症の病原体である。ノダウイルスは小さく(直径25〜30 nm)、球形であり、エンベロープを持たないウイルスであり、そのゲノムは2本の一本鎖プラスセンスのRNA分子から成る(非特許文献1)。大きい方のゲノム分節であるRNA1(3.1 Kb)はRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)をコードし(非特許文献2-4)、小さい方のゲノム分節であるRNA2(1.4 Kb)はウイルス粒子を構成するカプシド蛋白質をコードする(非特許文献5)。最近、RNA1から合成されるサブゲノムRNA(RNA3と呼ぶ)がB2蛋白質をコードすることが判明している。この蛋白質はベータノダウイルスで高度に保存されているRNAiアンタゴニストである(非特許文献6-8)。
【0003】
VNNは世界中で多くの種の海洋養殖を壊滅している(非特許文献9)。ベータノダウイルスは14の科の30種を越える海洋魚から分離されており、カプシド蛋白質配列の系統発生分析に基づき4つの遺伝子型、すなわち、Striped Jack Nervous Necrosis Virus(SJNNV)、Barfin Flounder Nervous Necrosis Virus(BFNNV)、Tiger Puffer Nervous Necrosis Virus(TPNNV)、およびRedspotted Grouper Nervous Necrosis Virus(RGNNV)に分類されている(非特許文献5、10、11)。水産養殖業においてウイルスによって引き起こされる著しい経済的損失を減らすため、ベータノダウイルス感染の有効な制御法が早急に必要とされている。VNNを予防できるワクチンの開発が行われており、E. coliで発現する組換え型ベータノダウイルスカプシド蛋白質の一部を使用した免疫が試みられている(非特許文献12、13)。また、ベータノダウイルスのウイルス様粒子(VLP)による免疫法が、VNNに対する防御免疫反応を誘発することが報告されている(非特許文献14)。しかし、主として、体が小さいため容易にワクチン投与できない稚魚でVNNが発生する。従って、ベータノダウイルス感染を阻害する薬物の開発は極めて重要である。ベータノダウイルス感染の機序は未だに不明であるが、ベータノダウイルス感染細胞の電子顕微鏡検査により、ベータノダウイルスの魚類細胞株への侵入はエンドサイトーシス経路に依存することが示唆されている(非特許文献15)。
【0004】
なお、塩化アンモニウム(NH4Cl)およびクロロキンなどのエンドソーム酸性化阻害剤は、多くのウイルスに対して適用されている(非特許文献16、17)。最初に抗マラリア薬として合成されたクロロキンは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)(非特許文献18、19)、インフルエンザウイルス(非特許文献20)、およびSARSコロナウイルス(SARS-CoV)(非特許文献21)を含む幅広いウイルスに対して抗ウイルス作用があることが示されている。エンベロープを持つウイルスについて、クロロキンおよびNH4Clは、ウイルス膜蛋白質の糖鎖付加(非特許文献22)、糖蛋白質の原形質膜への移動(非特許文献23、24)、およびウイルスヌクレオカプシド形成(非特許文献16)を阻害した。また、SARS-CoVの機能的受容体であるアンジオテンシン変換酵素-2(ACE-2)の末端糖鎖付加がクロロキンおよびNH4Clによって阻害される(非特許文献22)ことも示唆された。
【非特許文献1】Mori K, Nakai T, Muroga K, Arimoto M, Mushiake K, Furusawa I (1992) Properties of a new virus belonging to nodaviridae found in larval striped jack (Pseudocaranx dentex) with nervous necrosis. Virology 187: 368-71
【非特許文献2】Guo YX, Chan SW, Kwang J (2004) Membrane association of greasy grouper nervous necrosis virus protein A and characterization of its mitochondrial localization targeting signal. J Virol 78: 6498-6508
【非特許文献3】Nagai T, Nishizawa T (1999) Sequence of the non-structural protein gene encoded by RNA1 of striped jack nervous necrosis virus. J Gen Virol 80: 3019-22
【非特許文献4】Tan C, Huang B, Chang SF, Ngoh GH, Munday B, Chen SC, Kwang J (2001) Determination of the complete nucleotide sequences of RNA1 and RNA2 from greasy grouper (Epinephelus tauvina) nervous necrosis virus, Singapore strain. J Gen Virol 82: 647-53
【非特許文献5】Nishizawa T, Mori K, Furuhashi M, Nakai T, Furusawa I, Muroga K (1995) Comparison of the coat protein genes of five fish nodaviruses, the causative agents of viral nervous necrosis in marine fish. J Gen Virol 76: 1563-9
【非特許文献6】Fenner BJ, Goh W, Kwang J (2006) Sequestration and protection of double-stranded RNA by the betanodavirus b2 protein. J Virol 80: 6822-33
【非特許文献7】Fenner BJ, Thiagarajan R, Chua HK, Kwang J (2006) Betanodavirus B2 is an RNA interference antagonist that facilitates intracellular viral RNA accumulation. J Virol 80: 85-94
【非特許文献8】Iwamoto T, Mise K, Takeda A, Okinaka Y, Mori K, Arimoto M, Okuno T, Nakai T (2005) Characterization of Striped jack nervous necrosis virus subgenomic RNA3 and biological activities of its encoded protein B2. J Gen Virol 86: 2807-16
【非特許文献9】Ikenaga T, Tatecho Y, Nakai T, Uematsu K (2002) Betanodavirus as a novel transneuronal tracer for fish. Neurosci Lett 331: 55-9
【非特許文献10】Mori K, , Mangyoku T, Iwamoto T, Arimoto M, Tanaka S, Nakai T (2003) Serological relationships among genotypic variants of betanodavirus. Dis Aquat Organ 57: 19-26
【非特許文献11】Nishizawa T, Furuhashi M, Nakai T, Muroga K (1997) Genomic Classification of Fish Nodaviruses by Molecular Phylogenetic Analysis of the Coat Protein Gene. Appl Environ Microbiol 63: 1633-1636
【非特許文献12】Husgag S, Grotmol S, Hjeltnes BK, Rodseth OM, Biering E (2001) Immune response to a recombinant capsid protein of striped jack nervous necrosis virus (SJNNV) in turbot Scophthalmus maximus and Atlantic halibut Hippoglossus hippoglossus, and evaluation of a vaccine against SJNNV. Dis Aquat Organ 45: 33-44
【非特許文献13】Tanaka S, Mori K, Arimoto M, Iwamoto I, Nakai T (2001) Protective immunity of sevenband grouper, Epinephelus septemfasciatus Thunberg, against experimental viral nervous necrosis. J Fish Dis 24: 15-22
【非特許文献14】Thiery R, Cozien J, Cabon J, Lamour F, Baud M, Schneemann A (2006) Induction of a protective immune response against viral nervous necrosis in the European sea bass Dicentrarchus labrax by using betanodavirus virus-like particles. J Virol 80: 10201-7
【非特許文献15】Liu W, Hsu CH, Hong YR, Wu SC, Wang CH, Wu YM, Chao CB, Lin CS (2005) Early endocytosis pathways in SSN-1 cells infected by dragon grouper nervous necrosis virus. J Gen Virol 86: 2553-2561
【非特許文献16】Koyama AH, Uchida T (1989) The effect of ammonium chloride on the multiplication of herpes simplex virus type 1 in Vero cells. Virus Res 13: 271-81
【非特許文献17】Savarino A, Boelaert JR, Cassone A, Majori G, Cauda R (2003) Effects of chloroquine on viral infections: an old drug against today's diseases? Lancet Infect Dis 3: 722-7
【非特許文献18】Savarino A, Gennero L, Sperber K, Boelaert JR (2001) The anti-HIV-1 activity of chloroquine. J Clin Virol 20: 131-5
【非特許文献19】Savarino A, Lucia MB, Rastrelli E, Rutella S, Golotta C, Morra E, Tamburrini E, Perno CF, Boelaert JR, Sperber K, Cauda R (2004) Anti-HIV effects of chloroquine: inhibition of viral particle glycosylation and synergism with protease inhibitors. J Acquir Immune Defic Syndr 35: 223-32
【非特許文献20】Ooi EE, Chew JS, Loh JP, Chua RC (2006) In vitro inhibition of human influenza A virus replication by chloroquine. Virol J 3: 39
【非特許文献21】De Clercq E (2006) Potential antivirals and antiviral strategies against SARS coronavirus infections. Expert Rev Anti Infect Ther 4: 291-302
【非特許文献22】Vincent MJ, Bergeron E, Benjannet S, Erickson BR, Rollin PE, Ksiazek TG, Seidah NG, Nichol ST (2005) Chloroquine is a potent inhibitor of SARS coronavirus infection and spread. Virol J 2: 69
【非特許文献23】Dille BJ, Johnson TC (1982) Inhibition of vesicular stomatitis virus glycoprotein expression by chloroquine. J Gen Virol 62: 91-103
【非特許文献24】Ferreira DF, Santo MP, Rebello MA, Rebello MC (2000) Weak bases affect late stages of Mayaro virus replication cycle in vertebrate cells. J Med Microbiol 49: 313-8
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ベータノダウイルスの拡散を予防するため現在、ウイルスを持たないと推定される産卵魚の選択および消毒を行っているが、これらの手順は、同じ養殖場でのベータノダウイルス感染の再発生を予防するには十分ではない。また前記のとおり、ワクチンによる感染予防や治療も検討されているが、ベータノダウイルスの感染によりVNNを引き起こすのは主として体が小さい稚魚であることから、ワクチンの有効性、実効性には疑問がある。
【0006】
そこで、経口法や薬浴法によって稚魚にも投薬可能な新しい抗ベータノダウイルス薬が望まれている。
【0007】
本発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであって、養殖魚等の有用魚類生物へのベータノダウイルス感染に対する有効な薬剤を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、エンドソーム酸性化阻害剤を有効成分とすることを特徴とする魚類生物のベータノダウイルス感染阻害剤を提供する。
【0009】
また本発明は、エンドソーム酸性化阻害剤の有効量を魚類生物に投与することを特徴とする魚類生物のベータノダウイルス感染阻害方法を提供する。
【0010】
これらの感染阻害剤および感染阻害方法においては、エンドソーム酸性化阻害剤が、塩化アンモニウム(NH4Cl)、クロロキン、バフィロマイシンA1およびモネンシンからなる群より選択される1種または2種以上であることを好ましい態様としている。
【0011】
なお、以下の説明では、エンドソーム酸性化阻害剤を「リソソーム指向性物質」と記載することもある。また、塩化アンモニウムを単にNH4Clと記載することがある。
【発明の効果】
【0012】
本発明によって、養殖稚魚等のへのベータノダウイルス感染を効果的に予防することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明はベータノダウイルス感染阻害剤は、エンドソーム酸性化阻害剤(具体的にはNH4Cl、クロロキン、バフィロマイシンA1およびモネンシン)を有効成分として含有するものであり、これらの有効成分単独であってもよく、あるいは他の魚類用の薬剤成分(例えば薬剤形態をペレットやペースト状とするための賦形剤等)と混合してもよい。
【0014】
本発明の感染阻害剤の投与方法としては、経口法、薬浴法、あるいは両法の併用のいずれを用いてもよく、対象となる魚類生物の状態や養殖環境に併せて適宜選択すればよい。例えば、特に開口前のふ化仔魚であれば、薬浴法を選択すればよく、開口後、特に開口直後の稚魚であれば経口法と薬浴法を併用させることが好ましい。また、感染または未感染の親魚に経口投与して、親魚を治療・感染防御するだけでなく、卵への垂直感染を防ぐと言う方法も有効である。
【0015】
また経口投与の場合は、本発明の感染阻害剤を飼料と混合せて魚類生物に経口接種させることもできる。この場合、エンドソーム酸性化阻害剤を混合した飼料には、さらにビタミン、ミネラル、抗酸化剤、抗生物質、抗菌剤などを添加することもできる。本発明の感染阻害剤を含有する飼料の給餌量は、1日に魚体重の3質量%程度が良い。
【0016】
エンドソーム酸性化阻害剤の配合量も魚類生物の種類等にあわせて適宜決定すればよく、例えば経口法であれば飼料中に1mg/kg〜10mg/kg程度配合するのが好ましい。また、薬浴法であれば、水槽の水量に対し1mg/トン〜50mg/トン程度配合するのが好ましい。
【0017】
本発明の感染阻害剤を適用し得る魚類生物としては、特に限定されず、海水魚、特にシマアジ、ブリ、タイ、ギンザケ、マアジ、ヒラメ、キジハタ、マツカワ、クエ、マハタ、カレイ、クロソイ、トラフグ、カンパチ等が挙げられる。
【0018】
以下、実施例を示して本発明の作用効果等を具体的に説明する。
【実施例】
【0019】
(1)材料と方法
(1-1)細胞、ウイルス、薬品
E-11細胞は、5%ウシ胎仔血清(FBS)を加えたLeibovitzのL-15培地(Invitrogen、Carlsbad、CA)で25℃で維持した。魚類ノダウイルスは、2001年に長崎でマハタから分離された株を使用した。このウイルスは、RNA2ヌクレオチド配列分析によってRGNNVの遺伝子型に属することが確認されている。E-11細胞にベータノダウイルスを接種し、単層にあるこれら細胞のほぼすべてが細胞変性効果(CPE)を示したときにウイルスを採取した。NH4Cl、クロロキン、バフィロマイシンA1、およびクロルプロマジンはSigma社(St. Louis、Mo.)より購入、モネンシンは和光(大阪)より購入した。
(1-2)ウイルス感染と力価測定
E-11細胞に、薬剤添加あるいは非添加にて28℃で1時間ウイルスを接種した。次に、2% FBSを含有する成長培地で28℃で維持した。特に記載がない限り、細胞に対し、ある1つの物質によって28℃で1時間の前処理を行い、感染多重度(M.O.I.)を1にしてウイルスを接種した。ウイルス力価は、E-11細胞を使用する50%細胞変性終末点(TCID50)測定法として表した。
(1-3)RT-PCRによるウイルスRNAの検出
全RNAを、Trizol試薬(Invitrogen)を使用してRGNNV感染細胞(5×105)から調製した。M-MLV逆転写酵素(Invitrogen)によってRNA試料から、(+)RNA1、(-)RNA1、および18S rRNAを逆転写した。このとき、(+)RNA1にはRGRNA1-2490R(5’-gtcagtgtagtctgcatactg-3’:SEQ ID NO: 1)、(-)RNA1にはRGRNA1-1868F(5’-tgcgtgagttcgtcgagttt-3’:SEQ ID NO: 2)、18S rRNAには18S rRNA-R(5’-gctggaattaccgcggct-3’:SEQ ID NO: 3)を使用した。PCR増幅の際に使用したプライマー対は、RNA1の場合ではRGRNA1-1868FとRGRNA1-2490R、18S rRNAの場合では18S rRNA-F(5’-cggctaccacatccaaggaa-3’:SEQ ID NO: 4)と18S rRNA-Rであった。PCR産物をアガロースゲル電気泳動で泳動し、臭化エチジウム染色によって視覚化した。バンド強度は、Image Jソフトウェア(NIH)を使用して定量した。

(2)結果
(2-1)NH4Clおよびクロロキンのベータノダウイルス誘発性CPE発症に対する作用
ウイルス誘発性CPEの出現を指標として、リソソーム指向性物質のベータノダウイルスに対する作用を検討した。NH4Clおよびクロロキンは、エンドソーム内に拡散してプロトンシンクとして働き、エンドソーム酸性化を阻害する(Ohkuma S, Poole B (1978) Fluorescence probe measurement of the intralysosomal pH in living cells and the perturbation of pH by various agents. Proc Natl Acad Sci USA 75: 3327-31)。E-11細胞には、これらの物質のさまざまな濃度の存在下にて、M.O.I. = 1でRGNNVを接種した(図1)。非感染のE-11細胞は平坦な付着性の形状を示し(図1a)、ウイルス感染細胞は典型的なCPE形状を示し、接種の6日後までにディッシュから分離した(図1b)。対照的に、NH4Cl(図1c〜e)またはクロロキン(図1f〜h)の存在下でRGNNVに感染したE-11細胞では、用量依存的にCPEの発症が抑制された。1 mM NH4Cl(図1e)および1 uMクロロキン(図1h)の濃度の場合でそれぞれ、CPEが完全に抑制された。ウイルス感染に対するNH4Clおよびクロロキンの作用は、自身の細胞毒性に起因する可能性も考えられる。そこで、これらの物質のE-11細胞に対する細胞毒性を、WST-1測定法を使用して検討した。NH4Clおよびクロロキンによる細胞増殖および形態学的変化の度合はそれぞれ、最大12.5 mMおよび25 uMまでの濃度では影響を受けなかった(データ図示なし)。
(2-2)リソソーム指向性物質処理によるベータノダウイルスの細胞への吸着に対する影響
被験物質によるベータノダウイルス感染に対する阻害作用の機序を検討するため、ベータノダウイルスのE-11細胞への吸着に対する阻害剤の作用について検討した。図2AおよびBに示すように、RGNNVを28℃で1時間接種された細胞で、(+)RNA1のバンドがウイルス量依存的に検出された。1 mM NH4Clおよび1 uMクロロキンの存在下でウイルスに感染したE-11細胞内では、ウイルスの(+)RNA1がなお検出されていた(図2C)。薬物の存在下で検出された(+)RNA1の強度は、対照細胞の場合とほぼ同様であった(図2D)。この結果から、いずれの薬物もベータノダウイルスの細胞への吸着を阻害しなかったことが示唆された。
(2-3)ベータノダウイルスの細胞内への侵入を阻害するNH4Cl
NH4Clおよびクロロキンの阻害効果の詳細な機序を検討するため、ウイルスゲノムである(+)RNA1およびテンプレートである(-)RNA1の感染細胞での蓄積について検討した。E-11細胞には、これらの物質の添加あるいは非添加においてウイルスを接種し、感染細胞を指定時間インキュベーションし、その後細胞より全RNAを調整した。(-)RNA1は(+)RNA1をテンプレートとして合成が行われるので、細胞内での(-)RNA1の存在をウイルスゲノム複製の指標とした。図3AおよびBに示すように、対照細胞での(+)RNA1バンドの検出が徐々に増加し、接種18時間後で最大量に達した。接種1時間後では細胞に有意な(-)RNA1バンドは検出されなかったが、それらバンドの強度は接種9時間後までに漸増して、接種9〜12時間後では有意に増加した。これらのデータにより、ベータノダウイルスは細胞膜への付着後に細胞に侵入してからすぐに(-)RNA1の合成が開始することが示唆された。1 mM NH4Clまたは1 uMクロロキンの存在下にて接種、培養された細胞では、有意な(-)RNA1バンドが検出されなかった。さらに、(+)RNA1のバンド強度はサンプリング期間中にわたって一定であった。
【0020】
次に、ウイルス感染後のいくつかの時間にて、ウイルス感染E-11細胞にNH4Clを添加した(図3C)。接種と同時に最終濃度が1mMとなるようにNH4Clを添加した場合には、パネルBに示すように細胞への吸着のみを測定した対照と比較して(+)RNA1の蓄積が検出されなかった。しかし、接種1時間後で細胞にNH4Clを添加した場合には、(+)RNA1の有意な蓄積が検出された。接種3時間後にNH4Clを添加した場合には、細胞に蓄積した(+)RNA1の量は、非感染細胞での(+)RNA1の量とほぼ同じであった。これらの結果を考慮すると、NH4Clはベータノダウイルスの細胞への早期侵入段階を阻害し、ベータノダウイルスゲノムが細胞に侵入した後のウイルス複製に対する作用はなかった。
(2-4)リソソーム指向性物質によるウイルス複製に対する阻害作用
リソソーム指向性物質の存在下においてベータノダウイルスの感染後に培養上澄み液内に放出された感染性ウイルスの量を測定した。図4Aに示すように、NH4Clの濃度が増えるほど感染性ウイルスが減少した。160 uM NH4Clの濃度では、感染性ウイルスの数は、対照の約90%まで減少した。630 uM NH4Clの濃度で処理した細胞では、ウイルス産生のほぼ完全な消失が認められた。クロロキンは、ウイルス産生に対してNH4Clと同じ作用であった(図4B)。200 nMクロロキンの存在下では、感染性ウイルスは対照の5%未満にまで減少した。液胞型H+-ATPアーゼの特異的阻害剤(Perez L, Carrasco L (1994) Involvement of the vacuolar H(+)-ATPase in animal virus entry. J Gen Virol 75: 2595-606)であるリソソーム指向性物質バフィロマイシンA1も、ウイルス産生に対する阻害作用を用量依存的に示した(図4C)。1 nMバフィロマイシンA1を接種後6日間処理した細胞では、ウイルス誘発性CPEを認めなかった(表1)。さらに、リソソーム指向性物質であるモネンシン、およびクロルプロマジンも、表1に示す濃度でウイルス誘発性CPEの発症を阻害した。これらの結果から、さまざまなリソソーム指向性物質が、ベータノダウイルス感染に対する阻害剤として利用できたことが強く示唆された。
【0021】
【表1】

【0022】
(3)考察
本実施例では、魚類細胞培養でのベータノダウイルス感染に対する有効な抗ウイルス物質としてのリソソーム指向性物質について検討した。これらの物質を使用した理由は、ベータノダウイルスが細胞内小胞中に存在することがLiuらの電子顕微鏡検査によって観察されている(非特許文献15)ためであった。最初に、NH4Clおよびクロロキンがベータノダウイルス感染後にCPEの発症を阻害できるかどうかを検討するため、これらの物質を使用した。どちらの物質ともに、非細胞毒性の濃度でウイルス誘発性CPEを完全に阻害した(図1)。NH4Clおよびクロロキンは、ウイルスの細胞への付着に対する作用はなかった(図2CおよびD)。さらに、接種1時間後でNH4Clを培地に添加した場合に(+)RNA1蓄積量が影響を受けなかったために、NH4Clはポリメラーゼ活性を阻害したのではなく非常に早期な段階で感染を阻害したことが示された(図3C)。本実施例におけるNH4Clの有効量(1 mM)およびクロロキンの有効量(1 uM)は、別のウイルスで使用した有効量(Brindley MA, Maury W (2005) Endocytosis and a low-pH step are required for productive entry of equine infectious anemia virus. J Virol 79: 14482-8; Chu VC, McElroy LJ, Chu V, Bauman BE, Whittaker GR (2006) The avian coronavirus infectious bronchitis virus undergoes direct low-pH-dependent fusion activation during entry into host cells. J Virol 80: 3180-3188; Lecot S, Belouzard S, Dubuisson J, Rouille Y (2005) Bovine viral diarrhea virus entry is dependent on clathrin-mediated endocytosis. J Virol 79: 10826-9; Stuart AD, Brown TD (2006) Entry of feline calicivirus is dependent on clathrin-mediated endocytosis and acidification in endosomes. J Virol 80: 7500-9)よりも濃度が10倍以上低かった。ベータノダウイルスの感染は、バフィロマイシンA1およびモネンシンによっても阻害された(図4および表1)ため、リソソーム指向性物質はベータノダウイルス感染の予防に有用であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】NH4Clまたはクロロキンによるベータノダウイルス感染細胞でのCPE阻害を確認した結果。細胞に、図に示した濃度のNH4Cl(c〜e)またはクロロキン(f〜h)の存在下でRGNNVを接種した。接種6日後に細胞の形態を撮影した。対照細胞は、図に示したM.O.I.で感染させ、物質なしでインキュベーションした(a-b)。
【図2】NH4ClおよびクロロキンがベータノダウイルスのE-11細胞への吸着に影響しないことを確認した結果。(A)RGNNVを図に示したM.O.I.で細胞(3〜4×105)に接種し、非結合のウイルスを除去するため細胞を4回洗浄した。全RNAを調整し、(+)RNA1および18S rRNAをRT-PCRによって増幅してからアガロースゲル電気泳動を行った。(B)(+)RNA1のバンド強度は、細胞の18S rRNAを基準に正規化し、M.O.I. = 1での細胞のバンド強度と比較した(+)RNA1の比として示した。データは、3つの独立した実験からの平均および標準偏差として表した。(C)1 mM NH4Clまたは1 uMクロロキンの存在下で1時間ウイルスを接種した細胞をそれぞれ、1 mM NH4Clまたは1 uMクロロキンを含有する培地で洗浄した。次に、全RNAを調整してRT-PCRを行った。対照細胞は物質なしの状態で、M.O.I. = 0.1または1で接種した。(D)(+)RNA1のバンド強度はパネルBで示した正規化を行い、M.O.I. = 1での対照のバンド強度と比較した(+)RNA1の比として計算した。データは、3つの独立した実験からの平均および標準偏差として表した。
【図3】NH4Clおよびクロロキンがベータノダウイルス感染の早期段階を阻害することを確認した結果。(A)1 mM NH4Cl(中段パネル)および1 uMクロロキン(下段パネル)の存在下で、細胞にRGNNVを接種した。対照細胞は物質なしの状態で接種、インキュベーションした(上段パネル)。接種後の指定時間にて、全RNAを抽出し、(+)RNA1、(-)RNA1および18S rRNAをRT-PCRによって検出した。(B)RNA1のバンド強度は、接種1時間後にて認められた(+)RNA1のバンド強度に対する(+)RNA1の相対値(黒丸)および(-)RNA1の相対値(白丸)として正規化、計算した。データは、2つの独立した実験からの平均として表した。(C)細胞にウイルスを接種し、実験の間中1 mM NH4Clがある場合(灰色のバー)またはない場合(白色のバー)にてインキュベーションした。接種後の指定時間にて、NH4Clを最終濃度1 mMになるまでウイルス感染細胞に添加した(黒色のバー)。接種12時間後に、全RNAを抽出してRT-PCRを行った。(+)RNA1のバンド強度は、ウイルス感染のみを行った細胞(吸収のみ)のバンド強度と比較した(+)RNA1の比として正規化、表示した。データは、3つの独立した実験からの平均および標準偏差として表した。
【図4】図に示す様々な濃度のNH4Cl(A)、クロロキン(B)、およびバフィロマイシンA1(C)の存在下でE-11細胞にRGNNVを接種した。接種4日後に培養上澄み液を採取し、TCID50測定法によって感染力価を測定した。相対的ウイルス産生は、物質がない場合で感染した細胞の上澄み液のウイルス力価に対するウイルス力価の百分率として計算した。データは、正副で行った2つの独立した実験からの平均として表した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンドソーム酸性化阻害剤を有効成分とすることを特徴とする魚類生物のベータノダウイルス感染阻害剤。
【請求項2】
エンドソーム酸性化阻害剤が、塩化アンモニウム(NH4Cl)、クロロキン、バフィロマイシンA1およびモネンシンからなる群より選択される1種または2種以上である請求項1の感染阻害剤。
【請求項3】
エンドソーム酸性化阻害剤の有効量を魚類生物に投与することを特徴とする魚類のベータノダウイルス感染阻害方法。
【請求項4】
エンドソーム酸性化阻害剤が、塩化アンモニウム(NH4Cl)、クロロキン、バフィロマイシンA1およびモネンシンからなる群より選択される1種または2種以上である請求項3の感染阻害方法。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−108004(P2009−108004A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−284455(P2007−284455)
【出願日】平成19年10月31日(2007.10.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年10月1日 第55回日本ウィルス学会学術集会発行の「第55回日本ウィルス学会学術集会プログラム・抄録集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年10月12日 第60回日本細菌学会九州支部総会事務局、第44回日本ウィルス学会九州支部総会事務局発行の「第60回日本細菌学会九州支部総会 第44回日本ウィルス学会九州支部総会プログラムおよび抄録」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年11月22日 インターネットアドレス「http://www.Springerlink.com/content/09pu170328536v36/」に発表
【出願人】(507295587)株式会社AVSS (2)
【Fターム(参考)】