説明

黒鉛中の硼素の定量方法

【課題】黒鉛中に0.01ppm以下で含まれる硼素を比較的簡便な操作で定量しうる方法を提供する。
【解決手段】本発明の黒鉛中の硼素の定量方法は、以下の工程を含む。
第一工程:黒鉛をカルシウム化合物の存在下に灰化して前記黒鉛中の硼素を灰化物に捕捉する工程
第二工程:第一工程で得られた灰化物を酸で溶解して灰化物水溶液を得る工程
第三工程:第二工程で得られた灰化物水溶液に含まれる硼素を陰イオン交換樹脂に捕捉する工程
第四工程:第三工程で陰イオン交換樹脂に捕捉された硼素を酸性水溶液に溶離して溶離液を得る工程
第五工程:第四工程で得た溶離液中の硼素を誘導結合プラズマ-質量分析法により定量する工程
好ましくは、カルシウム化合物が炭酸カルシウムであり、陰イオン交換樹脂がスチレン系樹脂に式(1)


で示される官能基が導入されてなる陰イオン交換樹脂である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒鉛中の硼素の定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
黒鉛中の硼素の定量方法としては、黒鉛をカルシウム化合物の存在下に灰化し、得られた灰化物を硫酸存在下にメタノール蒸留することにより、硼素を硼酸メチルとして留出させ、得られた硼酸メチルを石灰水中に吸収し、クルクミン試薬を加え、蒸発乾固し、赤色成分をエタノールで抽出し、得られた抽出液の吸光度を測定する方法が知られている〔非特許文献1:JIS R7223-1997〕。かかる方法によれば、定量下限0.01ppmで、黒鉛中の硼素を定量することができる。
【0003】
しかし、かかる従来の方法では、メタノール蒸留などの操作が煩雑であり、比較的簡便な操作によって、より低い定量下限で、黒鉛中の硼素を定量しうる方法が求められている。
【0004】
【非特許文献1】JIS R7223-1997
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明者らは、黒鉛中に、より微量に含まれる硼素を比較的簡便な操作で定量しうる方法を開発するべく鋭意検討した結果、本発明に至った。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち本発明は、以下の工程を含む黒鉛中の硼素の定量方法を提供するものである。
第一工程:黒鉛をカルシウム化合物の存在下に灰化して前記黒鉛中の硼素を灰化物に捕捉する工程
第二工程:第一工程で得られた灰化物を酸で溶解して灰化物水溶液を得る工程
第三工程:第二工程で得られた灰化物水溶液に含まれる硼素を陰イオン交換樹脂に捕捉する工程
第四工程:第三工程で陰イオン交換樹脂に捕捉された硼素を酸性水溶液に溶離して溶離液を得る工程
第五工程:第四工程で得た溶離液中の硼素を誘導結合プラズマ-質量分析法により定量する工程
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法によれば、メタノール蒸留のような煩雑な操作を行うことなく、0.01ppmを下回る定量下限で、黒鉛中の硼素を定量することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
〔黒鉛〕
本発明の定量方法の対象である黒鉛は、通常、粉末状態で本発明の定量方法に供せられる。塊状の黒鉛中、または成形された黒鉛中の硼素を定量する場合には、切削または粉砕することにより、粉末状として本発明の定量方法に供せられる。
【0009】
本発明の定量方法における黒鉛の使用量は、通常1g〜100g、好ましくは5g〜50g、より好ましくは5g〜20gである。
【0010】
〔第一工程〕
第一工程では、黒鉛をカルシウム化合物の存在下に灰化する。
カルシウム化合物として通常は、酸化カルシウムまたはその前駆体が用いられる。酸化カルシウム前駆体は、酸素を含む雰囲気中で加熱することにより酸化カルシウムに酸化されうるものであり、具体的には、例えば炭酸カルシウム、フッ化カルシウム、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、硫酸カルシウム、水酸化カルシウムが挙げられる。カルシウム化合物として好ましくは炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウムである。カルシウム化合物として通常は、試薬特級以上のグレードで、粉末状のものが用いられ、その使用量は、黒鉛に対して通常0.01質量倍〜0.05質量倍である。
【0011】
カルシウム化合物の存在下に黒鉛を灰化するには、例えば黒鉛をカルシウム化合物と混合し、加熱すればよい。黒鉛およびカルシウム化合物は通常、例えば白金皿、白金ルツボなどのような黒鉛、硼素およびカルシウム化合物に対して不活性で、耐熱性の容器中で加熱される。
【0012】
灰化は、酸素を含む雰囲気中、具体的は酸素ガス流通下、静止空気雰囲気下、空気流通雰囲気下に行われ、好ましくは酸素ガス流通雰囲気下に行われる。灰化温度は通常700℃〜1000℃であり、灰化時間は、黒鉛およびカルシウム化合物の使用量、雰囲気中の酸素濃度、加熱温度により異なるが、通常は2時間〜5時間である。灰化することにより、黒鉛中の硼素が酸化カルシウムに捕捉された灰化物を得ることができる。
【0013】
〔第二工程〕
第二工程では、得られた灰化物を酸で溶解して灰化物水溶液を得る。
酸としては、例えば塩酸〔塩化水素水溶液〕、硝酸、硫酸などが挙げられる。酸は通常、水溶液として用いられ、その濃度は特に限定されるものではなく、濃塩酸、濃硝酸、濃硫酸などの高濃度の酸をそのまま用いてもよいし、水で希釈して用いてもよい。酸は通常、試薬特級以上のグレードのものが用いられる。希釈して使用する場合には、通常、イオン交換水により希釈される。
【0014】
灰化物を溶解する際の酸の使用量は、灰化物の全量を溶解しうる量であればよく、通常は灰化物に対して10質量倍〜500質量倍である。
【0015】
灰化物を酸水溶液に溶解させる際の溶解温度は、酸水溶液の凝固点以上沸点以下であれば特に限定されるものではないが、迅速に溶解しうる点で、50℃以上で溶解することが好ましい。
【0016】
得られた灰化物水溶液は、イオン交換水で希釈してもよい。
【0017】
〔第三工程〕
第三工程では、得られた灰化物水溶液に含まれる硼素を陰イオン交換樹脂に捕捉する。
硼素を陰イオン交換樹脂に捕捉するは、例えば灰化物水溶液を陰イオン交換樹脂と接触させればよい。具体的には、例えば灰化物水溶液を陰イオン交換樹脂と混合してもよいし、陰イオン交換樹脂が充填されたカラムに灰化物水溶液を流下させてもよく、操作が簡便であることから、灰化物水溶液を陰イオン交換樹脂と混合する方法が好ましい。
【0018】
灰化物水溶液は、通常、アルカリを加えるなどして水素イオン濃度をpH7〜pH12に調整してから、陰イオン交換樹脂と接触させる。アルカリとしては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物、水酸化カルシウムなどのアルカリ土類金属水酸化物、アンモニアなどが挙げられる。かかるアルカリは、そのまま、または水に溶解した水溶液として加えられる。アルカリは通常、試薬特級グレード以上のものが用いられ、水に溶解した水溶液として用いる場合には通常、イオン交換水に溶解して用いられる。
【0019】
陰イオン交換樹脂としては、スチレン系樹脂に式(1)

で示される官能基〔1−デオキシ−メチルアミノ−D−グルシトール基〕が導入されてなるものが好ましく使用される。陰イオン交換樹脂は通常、粒状、粉末状のものが使用される。スチレン系樹脂に式(1)で示される官能基が導入された陰イオン交換樹脂として具体的には、例えば「アンバーライトIRA743」(米国Rohm&Haas社製)が挙げられる。
【0020】
陰イオン交換樹脂の使用量は、灰化物水溶液に対して、通常0.01質量倍〜0.1質量倍である。接触させる際の温度は通常0℃〜50℃である。接触時間は通常0.3時間〜1時間である。
【0021】
硼素を捕捉した後の陰イオン交換樹脂は、通常の固液分離法により灰化物水溶液から分離される。固液分離法としては、傾斜法、遠心分離法、濾過法などが挙げられる。灰化物水溶液から分離した後の陰イオン交換樹脂は、水洗されてもよい。水洗には通常、イオン交換水が用いられる。
【0022】
〔第四工程〕
第四工程では、陰イオン交換樹脂に捕捉された硼素を酸性水溶液で溶離する。
硼素を溶離するには、陰イオン交換樹脂を酸性水溶液と接触させればよい。具体的には、例えば陰イオン交換樹脂を酸性水溶液と混合してもよいし、陰イオン交換樹脂をカラムに充填し、酸性水溶液を流下してもよい。
【0023】
酸性水溶液として通常は、硝酸、塩酸、硫酸などの無機酸の水溶液が用いられ、その濃度は通常1質量%〜10質量%である。酸性水溶液の使用量、接触時間、接触温度は、陰イオン交換樹脂に捕捉された硼素を溶離するに十分なものであればよい。
【0024】
例えば陰イオン交換樹脂を酸性水溶液と混合する場合、酸性水溶液の使用量は、陰イオン交換樹脂に対して通常10質量倍〜20質量倍であり、接触温度は通常0℃〜50℃であり、接触時間は通常0.3時間〜1時間である。陰イオン交換樹脂を酸性水溶液と混合することにより、陰イオン交換樹脂に捕捉された硼素を溶離して得られる溶離液は、通常の固液分離法により陰イオン交換樹脂から分離される。固液分離法としては、傾斜法、遠心分離法、濾過法などが挙げられる。溶離液を分離した後の陰イオン交換樹脂を水洗した洗浄水を、溶離液に加えてもよい。陰イオン交換樹脂の水洗には通常、イオン交換水が用いられる。
【0025】
〔第五工程〕
第五工程では、溶離液中の硼素を定量する。硼素の定量は、誘導結合プラズマ−質量分析法(ICP−MS法)により行われる。
【0026】
溶離液は、そのままで、またはイオン交換水などで希釈して、ICP−MS法による硼素の定量に供せられる。
【0027】
ICP−MS法による定量には、誘導結合プラズマ−質量分析装置(ICP−MS装置)が用いられるが、このICP−MS装置は、四重極誘導結合プラズマ−質量分析装置であってもよいし、高分解能型誘導結合プラズマ質量分析装置であってもよい。
【0028】
本発明の定量方法によれば、煩雑なメタノール蒸留を行うことなく、黒鉛中の微量の硼素を定量することができる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例により限定されるものではない。
【0030】
実施例1
〔第一工程〕
黒鉛試料を切削して粉末状とした。あらかじめ塩酸〔試薬特級〕により加熱洗浄した白金皿の上に、粉末状とした黒鉛試料10gを秤り取り、炭酸カルシウム〔試薬特級、粉末状〕0.27gを加えて混合した。次いで、電気炉内にて、0.3L/分で酸素を流通させながら、900℃、3時間の条件で加熱して灰化させ、灰化物を得た。
【0031】
〔第二工程〕
得られた灰化物に20質量%塩酸2.5mLを加え、150℃のホットプレート上で加熱して灰化物を溶解させ、得られた水溶液を樹脂製遠沈管〔内容積15mL〕に流し込み、イオン交換水を加えて容積10mLとした。この水溶液における塩化水素の濃度は約5質量%である。
【0032】
〔第三工程〕
上記で得た水溶液に15質量%水酸化ナトリウム水溶液を加えて水素イオン濃度をpH10に調整し、陰イオン交換樹脂〔「アンバーライトIRA743」、米国Rohm&Haas社製、粒子径1mm以下の粒状〕0.5gを加え、ロータリーシェーカーにより30分間、震盪した。その後、傾斜法にて水相を除去し、残った陰イオン交換樹脂に、イオン交換水を加えた後、洗液を除去する操作を7回繰り返して洗浄した。
【0033】
〔第四工程〕
上記で洗浄後の陰イオン交換樹脂に、5質量%硝酸8mLを加え、ロータリーシェーカーにより30分間、震盪した。その後、傾斜法にて水相を分離して溶離液を得た。残った陰イオン交換樹脂にイオン交換水2mLを加えたのち、陰イオン交換樹脂を分離して得た洗浄水を得、これを先に得た溶離液に加えて、溶離液10mLを得た。
【0034】
〔第五工程〕
上記で得た溶離液をICP−MS装置〔「ELAN DRCII」、米国パーキンエルマー社製、四重極誘導結合プラズマ−質量分析装置〕に導入して、溶離液中の硼素を定量したところ、黒鉛試料1gあたり3ng(0.003ppm)に相当する硼素を検出した。
【0035】
なお、IPC−MS装置による定量条件は以下のとおりである。
スキャン回数:20
測定回数 :5
m/zイオン:11
積分時間 :500ミリ秒(msec)
【0036】
参考比較例1〔ICP−AESによるブランク測定〕
黒鉛試料を用いない以外は実施例1の第一工程〜第四工程と同様に操作して溶離液10mLを得た。この溶離液を誘導結合プラズマ−発光分光分析装置〔ICP−AES装置、島津製作所社製「ICPS−8100」〕に導入し、硼素に相当する発光ピークの強度は、硼素1000ngに相当した。黒鉛試料10gを用いた場合の硼素の定量下限は、0.1ppm(黒鉛試料1gあたり100ng)である。
【0037】
比較例1〔ICP−AESによる定量〕
実施例1で用いたと同じ黒鉛試料10gを用いた以外は実施例1の第一工程〜第四工程と同様に操作して溶離液10mLを得た。この溶離液を上記と同じ誘導結合プラズマ−発光分光分析装置〔ICPS−8100〕に導入したところ、硼素に由来する発光ピークの強度は参考比較例1におけると同等であり、硼素を定量することはできなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む黒鉛中の硼素の定量方法。
第一工程:黒鉛をカルシウム化合物の存在下に灰化して前記黒鉛中の硼素を灰化物に捕捉する工程
第二工程:第一工程で得られた灰化物を酸で溶解して灰化物水溶液を得る工程
第三工程:第二工程で得られた灰化物水溶液に含まれる硼素を陰イオン交換樹脂に捕捉する工程
第四工程:第三工程で陰イオン交換樹脂に捕捉された硼素を酸性水溶液に溶離して溶離液を得る工程
第五工程:第四工程で得た溶離液中の硼素を誘導結合プラズマ-質量分析法により定量する工程
【請求項2】
カルシウム化合物が、酸化カルシウムまたはその前駆体である請求項1に記載の定量方法。
【請求項3】
陰イオン交換樹脂が、スチレン系樹脂に式(1)

で示される官能基が導入されてなる陰イオン交換樹脂である請求項1または請求項2に記載の定量方法。

【公開番号】特開2008−203122(P2008−203122A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−40380(P2007−40380)
【出願日】平成19年2月21日(2007.2.21)
【出願人】(390000686)株式会社住化分析センター (72)
【Fターム(参考)】