説明

鼓膜穿孔修復材料

【課題】優れた鼓膜再生機能を有し、簡便な操作で使用することができ、生体内での留置性も良好な鼓膜穿孔修復材料を提供する。
【解決手段】キトサン繊維を主な構成成分とする繊維集合体からなり、該繊維の平均繊維径が20nm〜2μmであり、繊維間の平均細孔径が0.05μm〜50μmであり、厚みが50μm〜200μmの不織布形態であることを特徴とする鼓膜穿孔修復材料。この鼓膜穿孔修復材料は静電紡糸法によって好適に製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鼓膜穿孔修復材料に関するものであり、さらに詳しくは、外傷による鼓膜穿孔や耳科手術における切開創等の鼓膜欠損部に対して用いる鼓膜穿孔修復材料、及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鼓膜は、聴覚器官の一部分であり、外耳道と鼓室との間にはさまれた中胚葉成分から形成されているが、これは経時的に徐々に薄くなり、鼓室の外側壁の大部分を形成するようになる。また、鼓膜は鼓室と外耳道を分けている薄い緊張性の膜であり、外耳と中耳の境界を構成している。鼓膜の組織は、外側が外胚葉(外鰓弓の陥凹)に被われ、内側が内胚葉(耳管上皮)に被われており、3層より成る。外側は重層扁平上皮で外耳道の皮膚の続きであり、中層は線維束、内側は単層扁平上皮で中耳粘膜の一部である。
【0003】
鼓膜穿孔とは、鼓膜に裂傷や穿孔等の欠損を生ずる症状である。その原因としては、耳かき・マッチの軸・鉛筆や外耳道異物等による直接的(direct)なものと、平手打ち・爆発による外耳道内気圧の瞬間的激変や耳管通気損傷・破裂による間接的(indirect)なものに分けられる。また、中耳手術等の耳内手術の際には鼓膜を切開して手術操作を行うため、必然的に鼓膜が欠損する。さらに、慢性中耳炎治癒後の後遺症として鼓膜に穿孔が生じることもある。上記のごとく鼓膜の損傷を一括して、本発明では鼓膜穿孔と呼称する。
【0004】
欠損した鼓膜は一般的には自然に再生することもあるが、鼓膜は空間に浮いた組織であり、皮膚欠損と異なり皮下組織等の下床がないため一般の創傷治癒家庭とは本質的に異なる。したがって、再生を促進するために辺縁を三塩化酢酸やプロタルゴール液等で腐食させるが、既に縮小しなくなっていると判定される場合は、鼓膜形成術で閉鎖するか、または閉鎖材を用いて欠損部の閉鎖を行う。鼓膜形成術は鼓室内病変がない場合に行うものである。これは、鼓膜欠損部を移植組織片(皮膚、静脈片、側頭筋膜等)で塞ぐか、鼓膜全体を移植組織片で置き換える方法である。しかし、手術に対して消極的な患者も少なからず存在し、安易に行えるものではない。被覆材により閉鎖する方法では、被覆材が異物の侵入を防止し、また、鼓膜がその表面に沿って再生する足場を提供することができる。このような鼓膜穿孔の閉鎖には、従来より種々の材料が使用されてきた。19世紀より綿、ガーゼ片、ゴム膜やゴム球、紙片、コロジオン膜、卵膜等が使用されており、今世紀に入ってはセロファン、ポリテトラフルオロエチレン、シリコーン膜、コラーゲン、フィブリン膜等の天然由来物の加工品や人工材料が使用され始めた。生体由来材料としては、自家移植片として耳後部・外耳道の皮膚や口唇粘膜、骨膜、側頭筋膜、静脈弁、脂肪組織、鼻中隔軟骨膜と軟骨、鼓膜、脳硬膜等の自家組織等があり、異種移植片としては豚の膀胱、魚の浮き袋、子ウシの腹膜や筋膜、凍結乾燥豚皮等がある。
【0005】
このように、鼓膜穿孔修復材として各種の材料が使用されてきた。特に20世紀後半に使用され始めた生体由来物は、その生体親和性及び創傷治癒促進効果を利用して、元々外傷に対する被覆材として使用されてきたものであり、その創傷治癒促進効果を応用して鼓膜の再生に使用されたものである。
【0006】
しかし、上述の鼓膜穿孔修復材では、鼓膜の再生閉鎖作用が小さく、鼓膜への長期間の接着性も良好ではなかった。例えば、ポリテトラフルオロエチレンでは重ね合わせて使用することは容易ではなかった。そのため、頻回に貼り替えを要する等の問題点を有しており、患者および医師の負担が大きく、良好な使用感を得るためには依然として改良の余地があった。コラーゲンフィルムにフィブリン糊を付けたものも使用されているが、高価であり、操作性も良好なものではなかった。自家組織は移植片としての生体親和性等の性能は優れているが、採取と使用までの保存に慎重を期する必要があり、安全で保存性のよいものが求められており、また、品質の一定したものを供給することが困難である。その上、鼓膜穿孔の閉鎖には数十日間かかるため、生体組織では貼付後にも感染や腐敗の不具合が生じることが多かった。
【0007】
これに対して、優れた鼓膜再生機能を有し、簡便な操作で使用することができる修復材として、特許文献1には、キチンシートからなる材料が、また特許文献2にはキチン不織布に液体の糊剤を塗布した鼓膜穿孔修復材料が提案されている。
【特許文献1】特開平10―323367号公報
【特許文献2】特開平11―42279号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載されたものは、スパンレース不織布、織編物、あるいはフィルム状のキチンシートを修復材料として使用するものであるが、織編物あるいはフィルムはいずれも柔軟性に欠け、目的部位への留置が難しいという問題があり、また、スパンレース不織布はある程度の柔軟性を有するものの、加工性および修復部での固定が難しいといった難点がある。
【0009】
特許文献2に記載されたキチン不織布は、糊剤が塗布されているので修復部での固定が容易であるが、キチン不織布を構成するキチン繊維は太く、生体の動きに追随できるほど十分な柔軟性を有しているとは言い難いところがある。さらに修復材料が乾燥すると硬くなる傾向にあるため、留置した修復部から修復が完了するまでに脱落するといったことが否定できない。
【0010】
本発明は、修復部に留置後は修復部位形状によくフィットして、修復が完了するまで脱落することなく、しかも生体の動きに追随可能な柔軟性を有する鼓膜穿刺修復材料の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、このような課題を解決するために鋭意検討の結果、繊維径が20nm〜2μmのキトサン繊維を主たる構成成分とすることで、上記の問題が解決されることを見出し、本発明に到達した。
【0012】
すなわち本発明の第一は、キトサン繊維を主な構成成分とする繊維集合体からなり、該繊維の平均繊維径が20nm〜2μmであり、繊維間の平均細孔径が0.05μm〜50μmであることを特徴とする鼓膜穿孔修復材料を要旨とするものであり、好ましくは、該繊維集合体が、不織布であり、厚みが50μm〜200μmである前記の鼓膜穿孔修復材料である。
【0013】
さらに本発明の第二は、キトサンを主成分とする溶液を紡糸原液として静電紡糸し、得られた繊維集合体を乾燥後、熱処理することを特徴とする鼓膜穿孔修復材料の製造方法を要旨とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鼓膜穿孔部に留置されても細かな留置部位形状の違いに柔軟に対応できるとともに、留置中は生体の動きに追随して、鼓膜再生が完了するまで脱落することなく、再生足場材料として十分に機能するので、鼓膜穿孔部の早期修復が可能となる。また患者サイドも、該修復材料の使用感も良好で安心した治療が受けられるため、その効果はきわめて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
本発明で用いられるキトサンは、甲殻類・甲虫類の外骨格、イカの軟甲等を塩酸処理ならびに苛性ソーダ処理することにより脱石灰、脱蛋白されて得られるキチン、すなわちポリ−N−アセチル−D−グルコサミンのアセチルアミノ基の一部または全部が脱アセチル化したキトサン、キトサンのエーテル化物、エステル化物、カルボキシメチル化物、ヒドロキシサクシネート化物、ヒドロキシエチル化物、O−エチル化物等が挙げられ、具体例としては、[ポリ(N−アセチル−6−O(2’−ヒドロキシエチル)−D−グルコサミン)]の脱アセチル化度35%化物、[ポリ(N−アセチル−6−O(エチル)−D−グルコサミン)]の脱アセチル化度85%化物等が挙げられる。
【0017】
キチンの脱アセチル化はキチンをアルカリ処理するという周知の方法により行うことができる。この際、使用するアルカリ溶液の濃度、処理温度、処理時間等を適宜変えることにより脱アセチル化度は容易に調整することが可能である。
【0018】
なお、脱アセチル化度とは以下に示す方法で測定した値をいう。試料約2gを2N−塩酸水溶液200ml中に投入し、室温で30分間撹拌する。次に、ガラスフィルターで濾過し、塩酸水溶液を除去した後、200mlのメタノール中に投入して30分間撹拌し、ガラスフィルターで濾過後、フレッシュなメタノール200ml中に投入し、30分間撹拌する。このメタノールによる洗浄操作を4回繰り返した後、風乾及び真空乾燥する。乾燥後、約0.2gを精秤し、容量100mlの三角フラスコに取り、イオン交換水40mlを加えて30分間撹拌する。次いで、この溶液をフェノールフタレインを指示薬として0.1N−苛性ソーダ水溶液で中和滴定する。脱アセチル化度(A)は次式によって求められる。
【0019】
A(%)=〔(2.03×f×b×10-2)/(a+0.055 ×f×b×10-2)〕×100
ただし、aは試料の重量(g)、fは0.1N−苛性ソーダ水溶液の力価、bは0.1N−苛性ソーダ水溶液の滴定量(ml)である。
【0020】
本発明のキトサン繊維は、前述のキトサンを紡糸して繊維化されたものである。本発明のキトサン繊維の平均繊維径は、20nm〜2μmの範囲内であることが必要であり、好ましくは50nm〜1μmの範囲内であり、さらに好ましくは50nm〜800nmの範囲内である。平均繊維径が20nm未満の場合は、それら繊維からなる修復材料は取り扱う上で十分な強度が保てなく、生体修復部に留置する際に損傷する場合が屡である。一方、平均繊維径が2μmを超えると、修復材料の柔軟性が低下して修復部への留置性および留置後の位置保持性に問題が生じる可能性がある。
【0021】
本発明のキトサン繊維を主たる構成成分とする鼓膜穿孔修復材料において、該修復材料の柔軟性とキトサンの持つ治癒促進能や細胞増殖性を損なわない範囲で、生体不活性なあるいは生体適合性を有するポリマーを共存させることができる。なお、ここでいう生体不活性とは、ポリマー材料と生体との両者間で相互作用がなく、ポリマー材料が侵入異物として生体に認知されないことをいう。また生体適合性とは、ポリマー材料と生体との両者間で過度の相互作用がなく、ポリマー材料が生体に侵入異物として認識されないことをいう。そのようなポリマーとしては、例えば、ポリビニルアルコールおよびその誘導体、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルピロリドン、アルギニン、ポリアミノ酸、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸、あるいはデキストリンなど、各種のものを使用することができる。
【0022】
これらポリマーは繊維状で共存していてもよく、またキトサン繊維の表面に不定形で接触して共存していてもよく、さらには繊維状と不定形状が混在して共存していてもよい。そしてキトサン繊維とこれらポリマーは、可能な限り均質に分布していることが好ましい。ポリマーが繊維形状で共存する場合は、キトサン繊維と同程度の平均繊維径であることが好ましい。共存するポリマー繊維の平均繊維径がキトサン繊維のそれよりも大きい場合、本修復材料をマイクロメータレベルの微視的スケールにて観察すると、キトサン繊維の占有比率が大きく低下する箇所が散見され、その様な材料表面では、キトサンが有する治癒促進能や細胞増殖効果が十分に発揮されなく、鼓膜穿孔修復材料の効果において、ばらつきの原因ともなりかねない。
【0023】
これらポリマーの共存率は、キトサン繊維に対して50重量%以下が好ましく、さらには40重量%以下が好ましく、30重量%以下がより好ましい。50重量%以上になるとキトサン繊維の持つ組織修復機能や抗菌性機能が十分に発揮されにくくなり、それによって治療期間が長くなる可能性がある。
【0024】
共存するポリマーがキトサン繊維の表面に不定形で接触している場合、その接触面積は、キトサン繊維の表面の50%以下が好ましく、さらには40%以下が好ましく、30%以下がより好ましい。この場合の接触面積は、電子顕微鏡で観察される画像から算出したものであり、少なくとも20箇所の本修復材料の画像から算出された値の平均値を示すものであって、ポリマーによる接触面積が50%を超えると、キトサンの持つ治癒促進能などの生体活性機能が十分に発揮されず、それによって治癒が遅れ、治療期間が長くなる可能性がある。このため、キトサン繊維表面へのポリマーの接触面積を出来るだけ少なくすることが望ましい。
【0025】
本発明の鼓膜穿刺修復材料において、繊維間の平均細孔径は0.05μm〜50μmの範囲内であることが必要であり、好ましくは0.1μm〜20μmの範囲内であり、さらに好ましくは0.2μm〜10μmの範囲内である。本修復材料の平均細孔径が0.05μm未満の場合には、該修復材料を介した中耳と外耳の通気性が悪くなるとともに、浸出液や治療用薬液の透過性が低下して治療に支障をきたすのみならず、本修復材料の留置中に不快に感ずる場合がある。また細孔径が50μmを超えると、外界から中耳、内耳への雑菌の進入の危険性が高まり、結果として鼓膜の修復治癒を遅らせることにもなりかねない。
なお、本発明において、繊維間の平均細孔径は、ASTM−F316に記載されている方法を準用し、ポロメータ(Perm Polometer、PMI社製)を用いてミーンフローポイント法により測定して得られた値をいう。
【0026】
本発明の鼓膜穿孔修復材料は、上述したキトサン繊維を主な構成成分として形成された繊維集合体からなるものであり、その形態は特に限定されないが、不織布形態が好ましく、その厚みは、損傷部への留置取扱い性や加工性などの面から、50μm〜200μmの範囲が好ましく、さらには50μm〜150μmが好ましく、60μm〜120μmの範囲がより好ましい。
【0027】
本発明の鼓膜穿孔修復材料において、その形状は修復部位に留置可能な形状であれば特に限定されないが、取り扱い性を考慮してシート様形状が好ましい。またその大きさに関しては、本修復材料の使用対象がヒトのみならず小動物から大型動物に至るため、対象物の修復部位サイズに合わせて適宜加工する必要があるために、本修復材料のサイズは特に限定されるものではない。
【0028】
次に本発明の鼓膜穿孔修復材料の製造方法について説明する。まず、キトサン繊維を得るための紡糸方法としては、前述の性状が得られるのであればどのような紡糸方法を採用してもよく、例えば、フラッシュ紡糸法、遠心紡糸法、静電紡糸法などが挙げられる。この中で静電紡糸法は、比較的容易に2μm以下の平均繊維径のものを得ることができる方法として好適である。
【0029】
キトサンを静電紡糸法によって繊維化するためには、先ずキトサン含有の紡糸液を調製する必要があり、その際の溶媒は、静電紡糸が可能な濃度にまでキトサンを溶解できるものであればいずれでもよく、たとえば酢酸、トリフルオロ酢酸、ヘキサフルオロイソプロパノールなどが挙げられる。上述した平均繊維径のキトサン繊維を安定に紡糸するために、必要であればこれら溶媒を主として、他の溶媒を適宜添加することもできる。例えば、トリフルオロ酢酸とジクロロメタンとの混合溶媒を使用してもよい(詳細は、Polymer,45(21),7137-7142 (2004)を参照)。
【0030】
また、これらキトサン紡糸液に、生体不活性なあるいは生体適合性を有するポリマーを共存させることによってキトサン繊維を主たる構成成分とする鼓膜穿孔修復材料を得ることが出来る。この場合、これらポリマーが共存する紡糸液は、該修復材料を再現性良く得るために、均一な系であることが好ましい。均一な混合溶液系が得にくい場合は、キトサン紡糸液とこれらポリマー溶液は、それぞれ独立した紡糸部から紡糸するのが好ましく、それらを同時に紡糸するかあるいは時間差を利用して紡糸するなど様々な方法によって、キトサン繊維を主たる構成成分とする鼓膜穿孔修復材料を得ることが出来る。
【0031】
次に、本発明に用いられるキトサン繊維を静電紡糸法により作製する方法について、図1をもとにさらに詳細に説明する。前述のキトサン含有紡糸原液は注射用シリンジに供給し、シリンジ先端に取り付けられた金属製ノズルから一定速度で押し出す。ノズル先端から対電極となるターゲットまでの距離は、通常5cm〜20cmの範囲で適宜設定すればよく、またノズルとターゲットの間は通常3kV〜30kVの範囲で直流電圧を印加することによって、キトサン繊維の平均直径が2μm以下の繊維を得ることが出来る。この場合、通常ノズル側を正極とし、ターゲット側を負極とするが、必ずしもこれにこだわることはない。使用するノズルの内径は、平均繊維径が2μm以下、好ましくは1μm以下のキトサン繊維が得られるのであればいくらでもよく、通常は0.5mm〜1.5mm程度が好ましい。対極のターゲットは、板状、筒状、ベルト状、網状、不織布、織編物など種々の形状を有し、金属や炭素などからなる導電性材料、有機高分子などからなる非導電性材料などを使用すればよい。
【0032】
このような静電紡糸法において、可能な限り平均繊維径分布が狭い領域を有した繊維集合体を得るためには、少なくともノズル部分と対極のターゲット部分を取り囲む雰囲気の温度と湿度は、少なくとも可能な限り一定に維持することが好ましい。この場合の温度は、紡糸原液の溶媒が気化しやすい温度範囲であればよく、操作性も考慮して通常は15℃〜50℃程度の範囲で行なう。また湿度に関しては、75%以上になると所望する性状の繊維集合体を得ることが難しくなるため、70%以下、好ましくは55%以下、さらに好ましくは40%以下で行えばよい。
【0033】
静電紡糸法で紡糸する場合は、前述のノズルを用いたノズル方式の他に、ローラー形状の電極部を使用したローラー方式あるいは気泡を利用した方式などがある。ローラー形状の電極部としては、電極部が単なる円筒形状のみならず、円筒表面に種々形状の突起が付与された突起付き円筒形状、歯車形状、螺旋溝形状など様々な形状のものを使用することが出来る。
【0034】
対極のターゲット上に形成された繊維集合体は、溶媒残渣がなくなるまで十分に乾燥後、加圧熱処理をすることによって、鼓膜穿孔修復材料を得ることが出来る。乾燥後の繊維集合体について、例えば酢酸やトリフルオロ酢酸など微量の溶媒残渣による影響が懸念される場合は、中和化するためアルカリ溶液に浸漬すればよい。この場合の溶媒は水、アルコールなど適宜選択すればよく、このような中和化によってキトサン繊維の耐水性が向上する場合がある。その後、洗浄・乾燥をしてキトサン繊維を主たる構成繊維とする繊維集合体からなる鼓膜穿孔修復材料を得ることが出来る。
【0035】
キトサン繊維を主たる構成繊維とする繊維集合体は、紡糸に続く乾燥後、熱処理を行うが、熱処理の際には、常圧ないしは加圧のいずれの圧力条件を採用してもよく、例えば熱カレンダー法や熱風乾燥機を用いる方法などがある。この場合の加熱温度と時間は、例えば70℃以上、好ましくは80℃〜180℃の範囲で、数秒〜数時間、好ましくは5秒〜1時間、さらに好ましくは20秒〜30分である。これら以上の過酷な条件でおこなった場合は、キトサン繊維を主たる構成成分とする繊維集合体が変色するなどの物性への悪影響が懸念されることから避けるべきである。
【0036】
本発明の鼓膜穿孔修復材料は、その取り扱い性の向上目的や、体液あるいは水溶性薬液に対する耐水性を向上させる目的で、架橋剤によってあらかじめ架橋することも可能である。その場合の架橋剤としては、水酸基やアミノ基と反応する反応性官能基を分子内に2個以上有する架橋剤が好ましく、例えば、グルタルアルデヒド、グリシジルエーテル等々がある。このような架橋剤を使って繊維集合体を架橋する場合、例えばこれら架橋剤を含む溶液を繊維集合体に直接噴霧するか、あるいは繊維集合体をこれら架橋剤を含む溶液に直接浸漬して、その後、架橋反応促進のため熱処理あるいは光照射をする方法、あるいは、繊維集合体を架橋剤の蒸気中に放置して、その後、熱処理あるいは光照射する方法など、各種の方法を適宜選択すればよい。
【実施例】
【0037】
次に実施例に基づき本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【0038】
なお、実施例中における平均繊維径、微細繊維集合体の厚み、およびキトサン繊維を主な構成成分とする繊維集合体の平均細孔径、さらには紡糸溶液の粘度は以下のようにして測定した。
【0039】
平均繊維径:繊維集合体の電子顕微鏡(SEM)画像から測定して得られる繊維の短軸断面における直径、あるいは短軸断面形状が非円形である場合は、短軸断面と同じ面積を持つ円の直径を繊維径として、不特定の10本の繊維径を平均化したものを平均繊維径とした。
【0040】
微細繊維集合体の厚み:JIS B 7502に記載されている方法を準用して、5N荷重時の外側マイクロメータによって測定した。
【0041】
平均細孔径:ASTM−F316に記載されている方法を準用し、ポロメータ(PermPolometer、PMI社製)を用いてミーンフローポイント法により測定した。
【0042】
溶液粘度:B型粘度計を用いて、25℃条件化で測定した。
【0043】
実施例1
キトサン粉末(アセチル化度82%)2.7gをトリフルオロ酢酸50gに溶解して得た紡糸原液(溶液粘度3200cP)から、図1に示す静電紡糸装置を使って静電紡糸をおこなった。
【0044】
紡糸原液を含む注射用シリンジ先端には内径0.8mmの金属製ノズルを取り付け、16kVの直流電圧を印加し、ターゲットまでの距離は15cmでおこなった。この場合の紡糸環境は、温度24℃、湿度35%であった。ターゲット基板上に形成されたキトサン繊維からなる繊維集合体(試料1)は、室温下、減圧乾燥を1日行って後、0.1MNaOHメタノール溶液に10分間浸漬、続いてメタノールによる洗浄、さらに室温乾燥をおこなった。得られたキトサン繊維からなる繊維集合体は、120℃に加熱されたカレンダーロール(線圧2.6kg/cm)の間を2秒間通過させて熱処理をおこない、鼓膜穿孔修復材料を作製した。得られた該修復材料の表面は、電界放出型走査電子顕微鏡(FE―SEM)で観察し、その結果を図2に示した。
【0045】
本実施例で得られた鼓膜穿孔修復材料は、キトサン繊維の平均繊維径が165nmであり、厚みは89μmであった。また、繊維間の平均細孔径は、0.9μmであった。
【0046】
実施例2
実施例1のキトサン紡糸液52.7gとPVA紡糸液(けん化度65%、平均重合度1300、濃度12%)5gをそれぞれ準備して、キトサン紡糸液は25gづつ2本の注射用シリンジに加え、またPVA紡糸液は全量を1本の注射用シリンジに加えた。これらシリンジの先端には、実施例1と同様に金属製ノズルを取り付け、キトサン紡糸液には16kVの直流電圧を印加し、PVA紡糸液には14kVの直流電圧を印加して、実施例1と同様に静電紡糸をおこなった。得られたキトサン繊維とPVA繊維の混合繊維からなる繊維集合体は、実施例1と同様な後処理をおこない、鼓膜穿孔修復材料を調製した。得られた該修復材料表面の電界放出型走査電子顕微鏡(FE―SEM)観察結果を図3に示した。
【0047】
本実施例で得られた鼓膜穿孔修復材料は、その平均繊維径が185nmであり、厚みは73μmであった。また、繊維間の平均細孔径は、0.6μmであった。
【0048】
比較例1
湿式紡糸法にて平均繊維径が5.3μmのキチン長繊維を作製後、長さ5mmに切断してキチンの短繊維を得た。これらキチン短繊維0.5gと1d、長さ1mm、重合度1700、けん化度99.7%のポリビニルアルコール繊維0.05gとを1Lの水に加えて分散させた。次に、その分散液に水を加え、全量6Lとし、均一に繊維を分散させ、シートマシンに入れた後、80メッシュのステンレスネットを介して下方から水を除去した。ネット上の積層繊維物を定性濾紙ではさんだ後、プレス器により3kg/mm2の圧力で圧縮し、水を除去した。さらに、これを150℃の加熱回転ロール上で、厚手の布との間で圧着させながら6分間乾燥を行なって不織布を得た。厚みは80μm、坪量は2.0mg/cm2であった。けん化度65%のポリビニルアルコールを45%濃度で水に溶解し、上記不織布の片面に塗布して乾燥させ、平均細孔径が119μmで、厚みが110μmの鼓膜穿孔修復材を得た。
【0049】
実施例3
実施例1、2および比較例1の鼓膜穿孔修復材料を直径6mmの円形にカットし、紫外線滅菌をおこなった後、ヒト鼓膜穿孔の閉塞に使用した。
【0050】
それぞれの鼓膜穿孔修復材料は、鼓膜穿孔患者10例10耳に留置した。年齢は11歳〜76歳、観察期間は90日以内であった。表皮化促進効果は、留置性、組織反応性、簡便性、ホロー負担軽減性および患者サイドの使用感についてそれぞれ次のように点数化して、その平均点から特性評価を行い、結果を表1に示す。
【0051】
5点:非常に優れている、4点:優れている、3点:どちらともいえない、2点:やや劣る、1点:劣る、0点:使用できない
【0052】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の実施例1で用いられた静電紡糸装置の概略図である。
【図2】本発明の実施例1で得られたキトサン繊維からなる繊維集合体の鼓膜穿孔修復材料の電界放出型走査電子顕微鏡写真(FE−SEM)である。
【図3】本発明の実施例2で得られたキトサン繊維を主な主成分とする繊維集合体の鼓膜穿孔修復材料の電界放出型走査電子顕微鏡写真(FE−SEM)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサン繊維を主な構成成分とする繊維集合体からなり、該繊維の平均繊維径が20nm〜2μmであり、繊維間の平均細孔径が0.05μm〜50μmであることを特徴とする鼓膜穿孔修復材料。
【請求項2】
繊維集合体が、不織布であり、厚みが50μm〜200μmである請求項1記載の鼓膜穿孔修復材料。
【請求項3】
キトサンを主成分とする溶液を紡糸原液として静電紡糸し、得られた繊維集合体を乾燥後、熱処理することを特徴とする鼓膜穿孔修復材料の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−101062(P2009−101062A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−277654(P2007−277654)
【出願日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【出願人】(000004503)ユニチカ株式会社 (1,214)
【Fターム(参考)】