説明

1電極エレクトロガスアーク溶接方法

【課題】板厚が50mmを超え70mmまでの被溶接鋼板であっても、融合不良が発生することなく、健全な溶接継手が得られると共に、アーク安定性が優れており、高電流条件にする必要がなく、立向1パスの溶接が可能である1電極エレクトロガスアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】開先が垂直に延び、表面側が裏面側より幅広となる開先形状を有し、被溶接板の表面側に摺動銅板を当て、裏面側に固定された裏当材を当てる。1本の溶接ワイヤを被溶接板の板厚方向にオシレートさせる。オシレート速度が10乃至55mm/秒、表面側での停止時間が1.5乃至2.5秒、裏面側での停止時間が0.5乃至1.5秒、オシレート幅は(板厚(両被溶接板に板厚差がある場合は厚い方の板厚)−25mm)以上(板厚−10mm)以下、電極の折り返し位置は、被溶接板の表面及び裏面から5乃至15mmの位置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、板厚が50mmを超え70mmまでの被溶接鋼板に対する立向1パス溶接が可能な1電極エレクトロガスアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロガスアーク溶接は、高能率立向溶接方法として、船舶、石油貯蔵タンク及び橋梁等の幅広い分野で適用されている。近年、中国及び東アジア諸国の経済、産業の発展が著しく、物流量の増加に伴い、コンテナ貨物の効率的な輸送を目的に、コンテナ船の大型化が急速に進んでいる。
【0003】
コンテナ船の大型化に伴い、船側外板及びハッチコーミング等の厚肉化が進んでおり、板厚が50mmを超える鋼板が使用されている。このような厚鋼板を高能率に溶接できる施工法としてエレクトロガスアーク溶接法による大入熱1パス溶接化の要求が高まっている。
【0004】
このように厚鋼板になると、従来の溶接方法では施工面で不具合が生じる場合もあった。1電極エレクトロガスアーク溶接の場合、表ビード及び裏ビードとも、良好なビード外観を得るために、板厚が厚くなると、板厚方向にオシレートを行う必要が生じ、そのオシレートの幅も大きくなる。
【0005】
従来、振動数及びオシレートの幅を限定し、良好な溶接継手が得られるような工夫がなされており、例えば、特許文献1においては、母材板厚方向に60〜1000回/分で溶接ワイヤを単振動させることが提案されている。
【0006】
また、特許文献2においては、母材板厚の60%の範囲内で電極ワイヤを前後にウィービングさせる方法が提案されているが、ワイヤの直径が4〜6.4mmと太径で、かつ、高電流範囲で溶接が行われている。
【0007】
更に、特許文献3においては、オシレートに応じて溶接電流を変化させて、アークの熱源範囲が表面側の方が裏面側より大きくなるようにして溶接する方法が提案されている。
【0008】
【特許文献1】特開昭54−148155号公報
【特許文献2】特開平11−254131号公報
【特許文献3】特開平8−187579号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、板厚が厚くなるとオシレート幅が長くなり、アーク点が高速で長い距離を移動する必要が生じ、このため、アーク安定性に問題点がある。
【0010】
また、特許文献2に記載の従来技術においては、ワイヤ径が太いワイヤを使用する必要があり、また、高電流範囲で溶接条件を設定する必要があるという問題点がある。
【0011】
更に、特許文献3に記載の従来技術においては、装置が複雑になるうえ、溶接電流が変化し、従ってワイヤ送給量が変化する結果、溶接速度も変化してしまうという問題点がある。
【0012】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、板厚が50mmを超え70mmまでの被溶接鋼板であっても、融合不良が発生することなく、健全な溶接継手が得られると共に、アーク安定性が優れており、高電流条件にする必要がなく、立向1パスの溶接が可能である1電極エレクトロガスアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る1電極エレクトロガスアーク溶接方法は、板厚が50mmを超え70mmまでの1対の被溶接板を、その開先が垂直に延びるように突き合わせ、水平断面において、前記被溶接板の表面側が裏面側より幅広となる開先形状を形成し、前記被溶接板の表面側に摺動銅板を当てて溶接の進行と共に前記摺動銅板を前記被溶接板に相対的に上方に摺動させ、裏面側に前記被溶接板に対して固定された裏当材を当てると共に、前記開先内に1本の溶接ワイヤを挿入し、この溶接ワイヤを被溶接板の板厚方向にオシレートさせて、前記開先を立向突合せ溶接する1電極エレクトロガスアーク溶接方法において、オシレート速度が10乃至55mm/秒であり、表面側での停止時間が1.5乃至2.5秒、裏面側での停止時間が0.5乃至1.5秒、オシレート幅は(板厚(両被溶接板に板厚差がある場合は厚い方の板厚)−25mm)以上(板厚−10mm)以下であり、オシレート時の電極の折り返し位置は、被溶接板の表面及び裏面から5乃至15mmの位置であることを特徴とする。
【0014】
板厚が50mmを超えると、オシレートの幅は25mm以上となるため、板厚中央近傍の溶込みが不十分であり、融合不良が発生する場合がある。これに対し、本発明においては、主として、オシレート速度、オシレートの折り返し時の停止時間及びオシレート幅を適正に管理することにより、表ビード側及び裏ビード側の融合不良を防止し、アンダカットの発生を防止することができる。これにより、健全な溶接継手が得られる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、板厚が50mmを超え70mmまでにおいて、融合不良及びアンダカットが発生することなく、健全な溶接継手が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明者等が、板厚が50mmを超え70mmまでにおいて、融合不良及びアンダカットが発生することなく、健全な溶接継手が得られる溶接方法を鋭意実験研究した結果、オシレート速度範囲、停止時間、オシレート幅を適切に規定することにより、上記課題を解決できることを見出した。
【0017】
被溶接鋼板の厚肉化に伴って、1電極エレクトロガスアーク溶接におけるオシレート幅も増大し、従来技術では板厚中央近傍で融合不良が発生しやすくなった。板厚中央近傍での融合不良を防止するために、オシレート幅を小さくしたり、オシレート速度を単純に遅くするたけでは、ビード外観の劣化並びに表ビード及び裏ビードの融合不良が発生するため、停止時間及びオシレート幅の適正な管理が重要である。
【0018】
そこで、本発明者等が鋭意研究した結果、オシレート速度、オシレートの折り返し時の停止時間、及びオシレート幅を適正に管理することにより、板厚が50mmを超え70mmまででも健全な溶接継手が得られることを見出した。
【0019】
以下、これらのオシレート速度、オシレートの折り返し時の停止時間、及びオシレート幅の数値限定理由について説明する。
【0020】
「オシレート速度が10乃至55mm/秒」
オシレート速度は、板厚中央近傍の溶込みに影響を及ぼし、速度が速すぎると、融合不良が発生しやすくなる。オシレート速度が55mm/秒を超えると、融合不良が発生しやすくなる。一方、オシレート速度が10mm/秒未満であると、ビードの波目が粗くなり、場合によっては、表ビード又は裏ビード側にアンダカットが発生しやすくなる。
【0021】
「表面側でのオシレート折り返し時の停止時間が1.5乃至2.5秒、裏面側での折り返し時の停止時間が0.5乃至1.5秒」
オシレートの停止時間は表ビード及び裏ビード近傍の溶込みに影響を及ぼす。従来は、オシレート速度が速く、停止時間が無いか又は停止時間が短いような溶接施工であったが、このような溶接条件では、板厚が厚くなると、表面側及び裏面側の溶込みが少なくなり、融合不良が発生しやすくなる。本発明者等は、板厚が50mmを超えるような場合でも、オシレート速度を制御することにより、板厚中央近傍での溶込みを確保したが、前述のとおり、表面側及び裏面側の停止時間が短いと、表ビード及び裏ビードに融合不良が発生しやすくなる。一方で、停止時間が長いと、溶接ビードの上昇長さが長くなるため、反対側のビードの波目が粗くなり、場合によってはアンダカットが発生しやすくなる。なお、開先幅の広い方は、停止時間を長くしないと、溶込みが不十分となる。本発明においては、開先形状が表面側の方が裏面側より幅広であるので、停止時間は表面側を1.5乃至2.5秒、裏面側を0.5乃至1.5秒とする。これにより、融合不良がなく、十分に溶け込みを確保することができる。
【0022】
「オシレート幅:(板厚−25mm)以上、(板厚−10mm)以下」
「オシレート時の電極の折り返し位置:被溶接板の表面及び裏面から5乃至15mmの位置」
オシレート速度及び表面・裏面側の停止時間を管理するだけでは、健全な溶接継手は確保できず、オシレート幅を板厚により適正なオシレート幅に管理する必要がある。オシレート幅が小さいと、健全な表ビード及び裏ビードが得られない。一方で、オシレート幅が大きすぎると、表面側の場合は摺動銅板が焼損し、裏面側ビードの余盛が過大となる。なお、オシレート時の電極の折り返し位置は、被溶接鋼板の表面側及び裏面側とも、鋼板表面から5乃至15mmの範囲内の位置とする。表面側の場合、電極の折り返し位置が鋼板表面から5mm未満であると、摺動銅板が焼損する。電極の折り返し位置が15mmを超えると、表ビードが融合不良となる。裏面側の場合、電極の折り返し位置が5mm未満であると、裏ビードの余盛が過大となる。また、電極の折り返し位置が15mmを超えると、裏ビードが融合不良となる。
【0023】
なお、板厚差がある溶接継手の場合は、板厚の厚い方を基準にオシレート幅を管理する。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の実施例について、その特性を比較例と対比して説明する。供試鋼板は、降状強度が390N/mm以上であって、板厚が52〜70mm、幅が500mm、長さが700mmの大きさを有する。表1は供試鋼板の組成(質量%)を示す。また、表2は供試ワイヤの組成(質量%)を示す。そして、表3(溶接試験条件)及び表4(溶接施工条件)に示す溶接条件で1パス溶接を行った。
【0025】
溶接終了後、外観検査を行い、ビード形状及び欠陥の有無を調査した。その後、日本海事協会鋼船規則にある側曲げ試験片(UB−2号試験片)を3本採取し、側曲げ試験を行い、欠陥の有無を調査した。
【0026】
ビード形状の評価は、溶接長700mmのうち、非定常部のスタート部の100mmと、クレータ側エンド部の100mmを除く総長500mmの部分で評価した。
【0027】
アンダカットは、表ビード及び裏ビードの両止端部総距離2000mmのうち、1mm以上のアンダカットが200mm以上にわたって発生したものを、アンダカット発生とした。なお、長さ700mmの供試鋼板から、スタート側100mm及びクレータ側エンド部100mmを除いた500mmの部分について、表ビード及び裏ビードの止端部を検査した。止端部は母材の面と溶接ビードの表面とが交わる点であるから、溶接方向に直交する断面において止端部は表ビード及び裏ビードの総数4箇所となり、止端部の検査長は、溶接方向500mmの4ラインの部分となり、全検査長は、500×4=2000mmであった。
【0028】
融合不良は、表ビード及び裏ビードの両止端部検査距離2000mmのうち、深さが2mm以上のアンダカット又は溶け残しが、200mm以上にわたって発生したものを、融合不良発生とした。
【0029】
余盛過大は、余盛が5mm以上のものを余盛過大とした。
【0030】
側曲げ試験は、側曲げ試験後、3本中1本でも長さが3mm以上の欠陥が認められたものは不合格とした。
【0031】
図1のオシレート図に示すオシレート条件及び表5−1乃至表5−3に示す板厚、開先角度、ギャップ、オシレート条件にて溶接を行った。
【0032】
その結果、表5-1に示すように、本実施例No.1乃至No.26の溶接方法においては、溶接作業性は良好で、ビード外観及びビード形状も良好であった。また、側曲げ試験でも欠陥は認められなかった。
【0033】
これに対し、表5-2.表5−3に示すように、比較例No.27、No.38、No.54では、オシレート速度が10mm/秒未満であり、両面とも波目が粗くなり、アンダカットが発生した。比較例No.28、No.41、No.46では、裏面側の停止時間が0.5秒未満であり、裏ビードに融合不良が発生した。比較例No.29、No.52では裏面側の電極位置が5mm未満であり、裏ビードの余盛が過大となった。比較例No.30及び47では、裏面側の停止時間が1.5秒を超えており、表ビードの波目が粗くなり、アンダカットが発生した。比較例No.31、No.44では、表面側の停止時間が1.5秒未満であり、表ビード側に融合不良が発生した。比較例No.32、No.37、No.49ではオシレート幅が板厚に対して大きいうえ、裏面側の電極位置が5mm未満であり、裏ビードの余盛が過大となった。比較例No.33では、表面側の電極位置が5mm未満であり、摺動鋼板が焼損し途中で溶接を中止した。比較例No.34では、オシレート幅が板厚に対して小さいうえ、裏面側の電極位置も15mmを超えており、両面とも融合不良が発生した。比較例No.35、No.43、No.55ではオシレート速度が55mm/秒を超えており、側曲げ試験で欠陥が認められた。比較例No.36、No.39、No.45では、表面側の停止時間が2.5秒を超えており、裏ビードの波目が粗くなり、アンダカットが発生した。比較例No.40、No.48ではオシレート幅が板厚に対して小さく、両面とも融合不良が発生した。比較例No.42、No.51では、表面側電極位置が15mmを超えており、表ビード側に融合不良が発生した。比較例No.50では、オシレート幅が板厚に対して大きく、表面側の電極位置が5mm未満であり、摺動銅板が焼損し途中で溶接を中止した。比較例No.53では、裏面側の電極が15mmを超えており、裏ビード側に融合不良が発生した。
【0034】
【表1】

【0035】
なお、表1において、Ceqは炭素当量を示しており、この炭素当量は下記数式により表される。
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5
【0036】
【表2】

【0037】
【表3】

【0038】
【表4】

【0039】
【表5−1】

【0040】
【表5−2】

【0041】
【表5−3】

【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】オシレート方法を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚が50mmを超え70mmまでの1対の被溶接板を、その開先が垂直に延びるように突き合わせ、水平断面において、前記被溶接板の表面側が裏面側より幅広となる開先形状を形成し、前記被溶接板の表面側に摺動銅板を当てて溶接の進行と共に前記摺動銅板を前記被溶接板に相対的に上方に摺動させ、裏面側に前記被溶接板に対して固定された裏当材を当てると共に、前記開先内に1本の溶接ワイヤを挿入し、この溶接ワイヤを被溶接板の板厚方向にオシレートさせて、前記開先を立向突合せ溶接する1電極エレクトロガスアーク溶接方法において、オシレート速度が10乃至55mm/秒であり、オシレートの折り返し時の表面側での停止時間が1.5乃至2.5秒、裏面側での停止時間が0.5乃至1.5秒、オシレート幅は(板厚(両被溶接板に板厚差がある場合は厚い方の板厚)−25mm)以上(板厚−10mm)以下であり、オシレート時の電極の折り返し位置は、被溶接板の表面及び裏面から5乃至15mmの位置であることを特徴とする1電極エレクトロガスアーク溶接方法。

【図1】
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