説明

2電極アーク溶接のアークスタート制御方法

【課題】 消耗電極1a及び非消耗電極1bを溶接トーチ先端の1つのシールドガスノズル5内に設け、消耗電極アーク及び非消耗電極アークを発生させて溶接する2電極アーク溶接において、高周波放電高電圧を印加しないでスパッタのないアークスタートを実現する。
【解決手段】 本発明は、消耗電極を母材へ前進送給し、母材と接触すると後退送給し、消耗電極が母材から離れると小電流値の初期アークを発生させ、この初期アークを維持しながら後退送給を所定期間Td継続してアーク長を高くし、期間が経過すると消耗電極を定常送給速度で再前進送給して大電流値の定常アークに移行させ、この定常アークによって非消耗電極と母材との空間にプラズマ雰囲気を充満させて非消耗電極アークを発生させる2電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極及び非消耗電極を溶接トーチ先端の1つのシールドガスノズル内に設け、消耗電極アーク及び非消耗電極アークを発生させて溶接する2電極アーク溶接においてアークスタート性を向上させるための2電極アーク溶接のアークスタート制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
[従来技術1]
図7は、消耗電極及び非消耗電極を溶接トーチ先端の1つのシールドガスノズル内に設け消耗電極アーク及び非消耗電極アークを発生させて行う2電極アーク溶接のための溶接装置の構成図である。溶接トーチの先端に取り付けられた1つのシールドガスノズル5内に、消耗電極(溶接ワイヤ)1a及び非消耗電極(タングステン電極等)1bが互いに絶縁されて設けられている。この消耗電極1aと母材2との間にはミグ溶接等の消耗電極アーク3aが発生し、非消耗電極1bと母材2との間にはティグ溶接等の非消耗電極アーク3bが発生して溶接が行われる。
【0003】
電圧設定回路VRは、予め定めた電圧設定信号Vrを出力する。消耗電極アーク溶接電源PSMは、この電圧設定信号Vrに基づいて定電圧制御を行い給電チップ4aと母材2との間に消耗電極アーク溶接電圧Vwaを出力し消耗電極アーク溶接電流Iwaが通電すると共に、ワイヤ送給モータMの回転を制御するための送給制御信号Fcを出力する。消耗電極1aは、ワイヤ送給モータMに結合された送給ロール6の回転によって予め定めた送給速度Fwで送給されると共に、上記の給電チップ4aから給電される。上記の消耗電極アーク溶接電圧Vwaは、消耗電極1aがプラス極性EPとなる。
【0004】
非消耗電極アーク溶接電源PSTは、コレット4bと母材2との間に非消耗電極アーク溶接電圧Vwbを印加し非消耗電極アーク溶接電流Iwbが通電する。非消耗電極1bは、上記のコレット4bから給電される。上記の非消耗電極アーク溶接電圧Vwbは、非消耗電極1bがマイナス極性ENとなる。
【0005】
溶接開始回路STは、溶接を開始するときにHighレベルに変化する溶接開始信号Stを出力する。上記の消耗電極アーク溶接電源PSM及び非消耗電極アーク溶接電源PSTは、この溶接開始信号Stを入力として出力を開始する。同図は、2台の溶接電源を使用する場合であるが、1台の溶接電源のみで行うこともできる。この場合は、溶接電源から交流電圧を出力し、交流電圧がプラス出力のときは消耗電極1aに印加し、マイナス出力のときは非消耗電極1bに印加するようにする。(上述した従来技術1については特許文献1〜3を参照)
【0006】
[従来技術2]
図8は、プラズマアーク溶接用の非消耗電極を中空にして消耗電極を通して消耗電極アーク及び非消耗電極アークを発生させるプラズマミグ溶接を行うための溶接装置の構成図である。一般的なプラズマアーク溶接トーチと同様に、プラズマノズル7内に非消耗電極(タングステン電極)1bが設けられて、母材2との間にプラズマアーク(非消耗電極アーク)3bが発生する。上記のプラズマノズル7の外側にシールドガスノズル5が設けられている。上記の非消耗電極1bは軸方向に中空になっており、消耗電極(溶接ワイヤ)1aが絶縁されてこの中空内を送給されて、母材2との間に消耗電極アーク3aが発生する。
【0007】
電圧設定回路VRは、予め定めた電圧設定信号Vrを出力する。消耗電極アーク溶接電源PSMは、この電圧設定信号Vrに基づいて定電圧制御を行い消耗電極1aと母材2との間に消耗電極アーク溶接電圧Vwaを印加し消耗電極アーク溶接電流Iwaが通電すると共に、ワイヤ送給モータMの回転を制御するための送給制御信号Fcを出力する。消耗電極1aは、ワイヤ送給モータMに結合された送給ロール6の回転によって予め定めた送給速度Fwで送給される。上記の消耗電極アーク溶接電圧Vwaは、消耗電極1aがプラス極性EPとなる。
【0008】
プラズマアーク(非消耗電極アーク)溶接電源PSPは、コレット4bと母材2との間にプラズマアーク(非消耗電極アーク)溶接電圧Vwbを印加しプラズマアーク(非消耗電極アーク)溶接電流Iwbが通電する。非消耗電極1bは、上記のコレット4bから給電される。上記のプラズマアーク(非消耗電極アーク)溶接電圧Vwbは、非消耗電極1bがマイナス極性ENとなる。
【0009】
溶接開始回路STは、溶接を開始するときにHighレベルに変化する溶接開始信号Stを出力する。上記の消耗電極アーク溶接電源PSM及びプラズマアーク(非消耗電極アーク)溶接電源PSPは、この溶接開始信号Stを入力として出力を開始する。(上述した従来技術2については特許文献4を参照)
【0010】
【特許文献1】特開昭63−101082号公報
【特許文献2】特開昭57−22877号公報
【特許文献3】特開昭56−105870号公報
【特許文献4】特開昭63−168283号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
図9は、上述した従来技術1及び2の2電極アーク溶接におけるアークスタート時のタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stの、同図(B)は消耗電極の送給速度Fwの、同図(C)は消耗電極アーク溶接電圧Vwaの、同図(D)は消耗電極アーク溶接電流Iwaの、同図(E)は非消耗電極アーク溶接電圧Vwbの、同図(F)は非消耗電極アーク溶接電流Iwbの時間変化を示し、同図(G1)〜(G3)はアーク発生部の模式図である。以下、同図を参照して説明する。
【0012】
時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号StがHighレベルになると、同図(B)に示すように、消耗電極1aが非常に遅い速度のスローダウン速度で送給されると共に、同図(C)に示すように、無負荷電圧が印加する。同時に、同図(E)に示すように、非消耗電極1bと母材2との間に無負荷電圧が印加すると共に、非消耗電極・母材間にアークを発生させるための高周波放電高電圧(数MHz数kV)が印加される。
【0013】
時刻t2において、消耗電極1aがスローダウン送給によって母材2と接触すると、同図(C)に示すように、消耗電極アーク溶接電圧Vwaは数Vの短絡電圧値に変化し、同図(D)に示すように、消耗電極アーク溶接電流Iwaが通電する。これに応動して、同図(B)に示すように、送給速度Fwは定常送給速度へと速くなる。時刻t3において、時刻t2〜t3の短絡期間中の通電によるジュール熱によって消耗電極1aが加熱されて折れ曲がり溶断して大量のスパッタ8を飛散しつつアークが発生する。アークが発生すると、同図(C)に示すように、短絡電圧から上記の電圧設定信号Vrの値に定電圧制御されたアーク電圧に上昇する。その後時刻t4において、同図(G2)に示すように、上記の高周波放電高電圧の印加によって非消耗電極アークが発生し、同図(F)に示すように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbが通電し、同図(E)に示すように、無負荷電圧からアーク電圧に低下する。この時刻t4の時点では、消耗電極アークのアーク長はまだ短い状態であり、スパッタ8の発生も継続している過渡状態である。時刻t4から少し時間が経過すると、同図(G3)に示すように、消耗電極アークのアーク長も長くなり安定した定常状態となる。
【0014】
上述した2電極アーク溶接のアークスタートにおいて、下記2つの問題があった。まず第1の問題は、非消耗電極アークを発生させるために高周波放電高電圧を使用していることである。この高周波放電高電圧が印加されると、非常に強い電磁波ノイズが発生する。このために、溶接電源、溶接ロボット、ワーク搬送機器、各種センサ等の電子機器に対して厳重なノイズ対策を施す必要がある。この結果、設備を構築するのに時間がかかり、かつ、コスト高となるという問題があった。この高周波放電高電圧を印加する代わりにパルス状直流高電圧(数kV)を印加する方法もあるが、溶接条件によってはアークスタート性が悪くなるという問題があった.
【0015】
第2の問題は、消耗電極アークの発生時に大量のスパッタが飛散するために溶接品質が悪くなることであった。これは、消耗電極を母材と短絡させて大電流を通電しジュール熱で溶断させてアークスタートさせるために、原理上避けがたい問題であった。さらに、消耗電極アークが非消耗電極アークよりも先に発生すると、上述したスパッタの発生によって非消耗電極が汚染され、非消耗電極のアークスタート性及び溶接品質が悪くなる場合もあった。
【0016】
そこで、本発明では、上述した問題を解決することができる2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、消耗電極及び非消耗電極を溶接トーチ先端の1つのシールドガスノズル内に設け消耗電極アーク及び非消耗電極アークを発生させて溶接する2電極アーク溶接のアークスタート制御方法において、
溶接開始に際し、消耗電極・母材間及び非消耗電極・母材間に電圧を印加し、消耗電極を母材へ前進送給し母材と接触すると母材から後退送給し、この後退送給によって消耗電極が母材から離れると小電流値の初期アークを発生させ、この初期アークを維持しながら前記後退送給を所定期間だけ継続してアーク長を高くし、この所定期間が経過すると消耗電極を定常送給速度で再前進送給すると共に定常電圧設定値に基づいて消耗電極・母材間の溶接電圧を定電圧制御して前記初期アークから大電流値の定常アークに移行させ、この消耗電極アークによって非消耗電極と母材との間の空間にプラズマ雰囲気を充満させて非消耗電極アークを発生させ、消耗電極アーク及び非消耗電極アークをアークスタートさせることを特徴とする2電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0018】
また、第2の発明は、前記再前進送給開始時点から非消耗電極アーク発生時点までの初期期間中は、前記定常送給速度よりも遅い初期送給速度で消耗電極を送給する、ことを特徴とする第1の発明記載の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0019】
また、第3の発明は、前記非消耗電極は中空構造であり、前記消耗電極はこの中空内を貫通し送給させ、前記消耗電極アークがミグアークであり、前記非消耗電極アークがプラズマアークであり、
前記再前進送給開始時点から前記定常送給速度よりも速い初期送給速度で消耗電極を送給し、非消耗電極アーク発生時点から所定期間経過後は前記定常送給速度で消耗電極を送給する、ことを特徴とする第1の発明記載の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0020】
また、第4の発明は、前記非消耗電極は中空構造であり、前記消耗電極はこの中空内を貫通し送給させ、前記消耗電極アークがミグアークであり、前記非消耗電極アークがプラズマアークであり、
前記再前進送給開始時点から前記定常電圧設定値よりも小さな初期電圧設定値に基づいて消耗電極・母材間の溶接電圧を定電圧制御し、非消耗電極アーク発生時点から所定期間経過後は前記定常電圧設定値に基づいて消耗電極・母材間の溶接電圧を定電圧制御する、ことを特徴とする第1の発明記載の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【発明の効果】
【0021】
上記第1の発明によれば、消耗電極を一旦母材に接触させてから後退送給によって引き上げて小電流値の初期アークを発させた後に、定常アークへと移行させてアークスタートさせる。このために、初期アーク発生時に溶断を伴わないので、スパッタはほとんど発生しない。さらに、消耗電極アークによってプラズマ雰囲気空間が非消耗電極直下に形成されるために、高周波放電高電圧又はパルス状直流高電圧を印加することなく、通常の無負荷電圧(100V程度)の印加によって非消耗電極アークを発生させることができる。このために、強い電磁波ノイズは発生せず、かつ、溶接条件によってアークスタート性が悪くなることもなく常に良好なアークスタート性を得ることができる。
【0022】
上記第2の発明によれば、上述した第1の発明の効果に加えて、消耗電極を再前進送給するときに初期期間を設け、この期間中は送給速度を定常送給速度よりも遅くすることによってアーク長をさらに高くし、非消耗電極と母材との間のプラズマ雰囲気空間を非消耗電極先端近傍まで分布させることができる。このために、非消耗電極アークのアークスタート性をさらに向上させることができる。
【0023】
上記第3の発明によれば、再前進送給開始時点から消耗電極の送給速度を定常送給速度よりも速くすることによって、プラズマアーク発生時の消耗電極の燃え上がりによるバーンバックを防止することができる。さらに、プラズマアーク発生後の所定期間中の送給速度を定常送給速度よりも速くすることで、燃え上がったアーク長を速やかに定常アーク長に収束させることができる。このために、プラズマミグ溶接において、第1の発明の効果に加えて、消耗電極のバーンバックを防止して良好なアークスタート性を得ることができる。
【0024】
上記第4の発明によれば、再前進送給開始時点から消耗電極アークの電圧設定値を定常値よりも小さくすることによって、プラズマアーク発生時の消耗電極の燃え上がりによるバーンバックを防止することができる。さらに、プラズマアーク発生後の所定期間中の電圧設定値を定常値よりも小さくすることで、燃え上がったアーク長を速やかに定常アーク長に収束させることができる。このために、プラズマミグ溶接において、第1の発明の効果に加えて、消耗電極のバーンバックを防止して良好なアークスタート性を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0026】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stの、同図(B)は消耗電極の送給速度Fwの、同図(C)は消耗電極アーク溶接電圧Vwaの、同図(D)は消耗電極アーク溶接電流Iwaの、同図(E)は非消耗電極アーク溶接電圧Vwbの、同図(F)は非消耗電極アーク溶接電流Iwbの時間変化を示し、同図(G1)〜(G5)はアーク発生部の模式図である。同図は、図7及び図8で上述した溶接装置における各信号のタイミングチャートである。したがって、本実施の形態の溶接装置の構成は図7と同一であるが、各信号に対するシーケンス制御が異なっている。以下、同図を参照して説明する。
【0027】
(1)時刻t1〜t2の前進送給期間(スローダウン送給期間)
時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号StがHighレベルになると、同図(B)及び(G1)に示すように、消耗電極1aはスローダウン速度で前進送給され、同図(C)に示すように、消耗電極1aと母材2との間に無負荷電圧が印加する。同時に、同図(E)に示すように、非消耗電極1bと母材2との間に高周波放電高電圧を印加することなく通常の無負荷電圧が印加する。
【0028】
(2)時刻t2〜t3の後退送給短絡期間
時刻t2において、同図(G2)に示すように、消耗電極1aが母材2と接触すると、同図(B)に示すように、ワイヤ送給モータを逆回転させて消耗電極1aを後退送給する。同時に、同図(C)に示すように、消耗電極・母材間は短絡電圧値に低下し、同図(D)に示すように、消耗電極をジュール熱でほとんど加熱しない程度の数十Aの小電流を通電する。
【0029】
(3)時刻t3〜t4の後退送給アーク期間
時刻t3において、消耗電極1aが後退送給によって母材2から離れると、同図(G3)に示すように、消耗電極・母材間に初期アークが発生する。この初期アークは消耗電極の溶断ではなく後退送給によって発生し、かつ、電流値も小さいので、スパッタはほとんど発生しない。初期アークが発生すると、同図(C)に示すように、短絡電圧からアーク電圧に変化する。この初期アークが発生した状態で予め定めた後退送給アーク期間Tdの間後退送給を継続する。
【0030】
(4)時刻t4〜t5の再前進送給期間
時刻t4において、上記の後退送給アーク期間Tdが経過すると、同図(B)に示すように、消耗電極1aを後退送給から定常送給速度での再前進送給に切り換える。これにより、同図(D)に示すように、定常の溶接電流が通電し、同図(G4)に示すように、消耗電極1aと母材2との間のアークは初期アークから定常アークに移行する。この時刻t4以降、同図(C)に示すように、消耗電極アーク溶接電圧Vwaは上記の電圧設定信号Vrの定常値に定電圧制御される。時刻t4〜t5の期間中は、上記の後退送給によってアーク長が高くなっており、それに加えて大電流値の定常溶接電流が通電しているので、消耗電極1aと母材2との間に大きく広がった定常アークが発生し、このアーク中はプラズマ雰囲気空間となっている。非消耗電極1bは消耗電極1aと隣接しているので、このプラズマ雰囲気空間は非消耗電極1b直下にも広く分布している。
【0031】
(5)時刻t5以降の定常送給期間
時刻t5において、同図(E)に示すように、非消耗電極・母材間に無負荷電圧が印加され、かつ、非消耗電極1bと母材2との間の空間がプラズマ雰囲気になっているために、同図(G5)に示すように、非消耗電極・母材間に非消耗電極アークが誘発されて発生する。アークが発生すると、同図(E)に示すように、無負荷電圧からアーク電圧に低下し、同図(F)に示すように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbが通電する。この時点で、消耗電極アーク及び非消耗電極アークが共に発生している状態になり、良好なアークスタートが完了する。
【0032】
上記において、非消耗電極アークを高周波放電高電圧又はパルス状直流高電圧を印加することなく発生させることができる。このときに、非消耗電極アークを安定して発生させるためには、上記の後退送給アーク期間Tdが重要である。この期間終了時点での初期アークのアーク長が非消耗電極1bの先端よりも少し高い位置であれば、非消耗電極1bの直下の空間にプラズマ雰囲気空間を形成することができ、良好なアークスタートが実現する。したがって、時刻t4〜t5の期間中の消耗電極アークのアーク長を適正化することが、非消耗電極アークのアークスタート性にとって重要である。
【0033】
上述した実施の形態1によれば、時刻t3において後退送給と小電流の通電によって初期アークを発生させるので、消耗電極アークのアークスタートに伴うスパッタの発生がほとんどない。さらに、時刻t5において、非消耗電極アークが高周波放電高電圧の印加なしにアークスタートするので、強い電磁波ノイズも発生しない。
【0034】
図2は、実施の形態1に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を図8で上述したプラズマミグ溶接に適用した場合のアーク発生部を示す図である。同図は上述した図1の(G4)及び(G5)に対応している。図1(A)〜(F)のタイミングチャートはプラズマミグ溶接の場合も同様である。
【0035】
同図(G4)に示すように、消耗電極1aの後退送給アーク期間Tdが終了し、初期アークから定常アークへと移行する。この定常アークによって、シールドガスノズル5の下端と母材2との間の空間にプラズマ雰囲気が充満する。そして、同図(G5)に示すように、シールドガスノズル5内の非消耗電極と母材との間にプラズマ(非消耗電極)アークが誘発されて発生する。
【0036】
[実施の形態2]
図3は、本発明の実施の形態2に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図は上述した図1と対応しており、時刻t4〜t5の初期期間Tiのみ異なっている。以下、この異なる初期期間Tiについて説明する。
【0037】
時刻t4において、後退送給アーク期間Tdが経過すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは定常送給速度よりも遅い速度に予め定めた初期送給速度での再前進送給に切り換わる。これに応動して、同図(D)に示すように、定常の溶接電流値よちも小さな電流が通電する。時刻t4〜t5の初期期間Ti中は、消耗電極1aは定常送給速度よりも遅い初初期送給速度で前進送給されるので、同図(G4)に示すように、消耗電極アークのアーク長が時刻t4時点よりもさらに高くなる。このために、プラズマ雰囲気空間がさらに広く広がって形成される。この結果、時刻t5において、同図(G5)に示すように、非消耗電極アークが確実に誘発されてアークスタートする。非消耗電極アークが発生すると、同図(E)に示すように、無負荷電圧からアーク電圧に低下し、同図(F)に示すように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbが通電する。これに応動して、同図(B)に示すように、送給速度Fwは定常送給速度に変化し、同図(D)に示すように、定常の溶接電流が通電する。
【0038】
図4は、実施の形態2に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を図8で上述したプラズマミグ溶接に適用した場合のアーク発生部を示す図である。同図は上述した図1の(G4)及び(G5)に対応している。図1(A)〜(F)のタイミングチャートはプラズマミグ溶接の場合も同様である。
【0039】
同図(G4)に示すように、初期期間Ti中は、アーク長がさらに高くなった消耗電極アークが発生している。この消耗電極アークによって、シールドガスノズル5の下端と母材2との間の空間にプラズマ雰囲気が充満する。そして、同図(G5)に示すように、シールドガスノズル5内の非消耗電極と母材との間にプラズマ(非消耗電極)アークが誘発されて発生する。
【0040】
[実施の形態3]
図5は、本発明の実施の形態3に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図は、図8で上述したプラズマミグ溶接の場合であり、非消耗電極1bは軸方向に中空構造になっており、その中空内を消耗電極1aが貫通して送給される。同図は上述した図1及び図3と対応しており、同図(B1)に示す電圧設定信号Vrが追加された以外は同じ信号である。また、同図は図1及び図3と時刻t4以降の動作が異なる。以下、この異なる期間について同図を参照して説明する。
【0041】
時刻t3〜t4の後退送給によって、同図(C)に示すように、アーク長は高くなり消耗電極アーク溶接電圧Vwaもアーク長に比例して大きくなる。時刻t4において後退送給アーク期間Tdが経過すると、同図(B)に示すように、定常送給速度よりも速い初期送給速度での再前進送給を開始する。時刻t5までに消耗電極アークによってシールドガスノズル5内の非消耗電極1bと母材2との間の空間にプラズマ雰囲気が充満する。このために、時刻t5において、同図(E)に示すように、100V程度の通常の無負荷電圧によって、同図(G5)に示すように、非消耗電極1b・母材2間にプラズマアーク(非消耗電極アーク)が発生し、同図(F)に示すように、プラズマアーク溶接電流Iwbが通電する。このときに、同図(G5)に示すように、消耗電極1aはプラズマアークによって包まれるために溶融が促進されて、同図(C)に示すように、アーク長が燃え上がり急に高くなる。この燃え上がり量が大きいときは、消耗電極1aがトーチ下端部に溶着するバーンバックと呼ばれる状態が発生し、アークスタート不良となる。このバーンバックは、トーチ高さ、プラズマアーク溶接電流Iwb、消耗電極1aの送給速度等の組み合わせ条件によって発生する。プラズマアーク溶接電流Iwbが大きいときは発生しやすくなる。したがって、溶接条件によってはバーンバックが発生しない場合もある。このために、再前進送給を開始する時刻t4からプラズマアークが発生する時刻t5までの期間の初期送給速度を定常送給速度よりも速くすることで、同図(C)に示すように、アーク長を低くしておき、時刻t5時点での燃え上がりによっても溶着が発生しないようにする。さらに、プラズマアアークが発生した時刻t5から所定期間Td2が経過する時刻t6までの期間は、上記の初期送給速度から定常送給速度に減少させることによって、同図(C)に示すように、燃え上がりを抑制してアーク長を速やかに定常アーク長に収束させる。同図において時刻t5〜t6の期間中の送給速度Fwを減少させずにそのまま維持し、時刻t6において定常送給速度に戻すようにしても良い。時刻t5〜t6の期間は、定常アーク長に収束する時間に相当する。
【0042】
上述した実施の形態3によれば、再前進送給開始時点から消耗電極の送給速度を定常送給速度よりも速くすることによって、プラズマアーク発生時の消耗電極の燃え上がりによるバーンバックを防止することができる。さらに、プラズマアーク発生後の所定期間中の送給速度を定常送給速度よりも速くすることで、燃え上がったアーク長を速やかに定常アーク長に収束させることができる。このために、プラズマミグ溶接において、実施の形態1の効果に加えて、消耗電極のバーンバックを防止して良好なアークスタート性を得ることができる。
【0043】
[実施の形態4]
図6は、実施の形態4に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図は上述した図5と対応しており、時刻t4〜t6の期間の動作のみが異なる。以下、この期間について同図を参照して説明する。
【0044】
時刻t5のプラズマアーク発生時の消耗電極のバーンバックを防止するために、図5では送給速度を速くした。これに対して、同図では、同図(B1)に示すように、電圧設定信号Vrの値を定常値よりも小さくしている。すなわち、同図(B1)に示すように、再前進送給開始時点からプラズマアーク発生時点までの時刻t4〜t5の期間中は、電圧設定信号Vrの値を定常値よりも小さくして、同図(C)に示すように、アーク長を低くする。さらに、プラズマアーク発生時点から所定期間Td2の間は、電圧設定信号Vrの値を小さな初期値から定常値へと増加させる。この電圧設定信号Vrの値に基づいて消耗電極溶接電圧Vwaは定電圧制御され、アーク長が制御される。この結果、電圧設定信号Vrの値によってアーク長を誘導することができる。時刻t5〜t6の電圧設定信号Vrの値は、時刻t4〜t5の値をそのまま維持しても良い。
【0045】
上述した実施の形態4によれば、再前進送給開始時点から消耗電極アークの電圧設定値を定常値よりも小さくすることによって、プラズマアーク発生時の消耗電極の燃え上がりによるバーンバックを防止することができる。さらに、プラズマアーク発生後の所定期間中の電圧設定値を定常値よりも小さくすることで、燃え上がったアーク長を速やかに定常アーク長に収束させることができる。このために、プラズマミグ溶接において、実施の形態1の効果に加えて、消耗電極のバーンバックを防止して良好なアークスタート性を得ることができる。
【0046】
上記において、電圧設定値の代わりに、同図(F)に示すプラズマアーク溶接電流Iwbを小さくしても良い。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の実施の形態1に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図2】本発明の実施の形態1に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法をプラズマミグ溶接に適用したときのアーク発生部の模式図である。
【図3】本発明の実施の形態2に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図4】本発明の実施の形態2に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法をプラズマミグ溶接に適用したときのアーク発生部の模式図である。
【図5】本発明の実施の形態3に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図6】本発明の実施の形態4に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図7】従来技術1の2電極アーク溶接装置の構成図である。
【図8】従来技術2のプラズマミグ溶接装置の構成図である。
【図9】従来技術における2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【符号の説明】
【0048】
1a 消耗電極
1b 非消耗電極
2 母材
3a 消耗電極アーク
3b 非消耗電極アーク
4a 給電チップ
4b コレット
5 シールドガスノズル
6 送給ロール
7 プラズマノズル
8 スパッタ
Fc 送給制御信号
Fw 送給速度
Iwa 消耗電極アーク溶接電流
Iwb 非消耗電極アーク溶接電流
M ワイヤ送給モータ
PSM 消耗電極アーク溶接電源
PSP プラズマ溶接電源
PST 非消耗電極アーク溶接電源
ST 溶接開始回路
St 溶接開始信号
Td 後退送給アーク期間
Td2 所定期間
Ti 初期期間
Vr 電圧設定信号
Vwa 消耗電極アーク溶接電圧
Vwb 非消耗電極アーク溶接電圧


【特許請求の範囲】
【請求項1】
消耗電極及び非消耗電極を溶接トーチ先端の1つのシールドガスノズル内に設け消耗電極アーク及び非消耗電極アークを発生させて溶接する2電極アーク溶接のアークスタート制御方法において、
溶接開始に際し、消耗電極・母材間及び非消耗電極・母材間に電圧を印加し、消耗電極を母材へ前進送給し母材と接触すると母材から後退送給し、この後退送給によって消耗電極が母材から離れると小電流値の初期アークを発生させ、この初期アークを維持しながら前記後退送給を所定期間だけ継続してアーク長を高くし、この所定期間が経過すると消耗電極を定常送給速度で再前進送給すると共に定常電圧設定値に基づいて消耗電極・母材間の溶接電圧を定電圧制御して前記初期アークから大電流値の定常アークに移行させ、この消耗電極アークによって非消耗電極と母材との間の空間にプラズマ雰囲気を充満させて非消耗電極アークを発生させ、消耗電極アーク及び非消耗電極アークをアークスタートさせることを特徴とする2電極アーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項2】
前記再前進送給開始時点から非消耗電極アーク発生時点までの初期期間中は、前記定常送給速度よりも遅い初期送給速度で消耗電極を送給する、ことを特徴とする請求項1記載の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項3】
前記非消耗電極は中空構造であり、前記消耗電極はこの中空内を貫通し送給させ、前記消耗電極アークがミグアークであり、前記非消耗電極アークがプラズマアークであり、
前記再前進送給開始時点から前記定常送給速度よりも速い初期送給速度で消耗電極を送給し、非消耗電極アーク発生時点から所定期間経過後は前記定常送給速度で消耗電極を送給する、ことを特徴とする請求項1記載の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項4】
前記非消耗電極は中空構造であり、前記消耗電極はこの中空内を貫通し送給させ、前記消耗電極アークがミグアークであり、前記非消耗電極アークがプラズマアークであり、
前記再前進送給開始時点から前記定常電圧設定値よりも小さな初期電圧設定値に基づいて消耗電極・母材間の溶接電圧を定電圧制御し、非消耗電極アーク発生時点から所定期間経過後は前記定常電圧設定値に基づいて消耗電極・母材間の溶接電圧を定電圧制御する、ことを特徴とする請求項1記載の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−144509(P2007−144509A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−92865(P2006−92865)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】