2D−LCMS/MS・トータルスペクトラによるタンパク質プロファイリング法
【課題】本発明の課題は、ペプチド・タンパク質の修飾又はサブユニット構造差異の検出が可能な新規のプロテオーム解析法を提供することにある。
【解決手段】細胞抽出液から、分子量50kDa以上のタンパク質を分離・回収し、2次元液体クロマトグラフィ(2D−LC)により分画した。得られたタンパク質の各画分をMALDI−TOF−MS型質量分析計により分析し、タンパク質の同定を行った。このプロテオーム解析によって得られたデータから修飾タンパク質検出のためのマイニング方法を検討し、各タンパク質の2D−LCの溶出位置(マッピング情報)と質量分析により検出・同定したペプチドイオンのトータルスペクトラで量的な重みを加えて3次元化した。この結果、ビメンチン及び熱ショックタンパク質について、複数の溶出ピークが検出されることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【解決手段】細胞抽出液から、分子量50kDa以上のタンパク質を分離・回収し、2次元液体クロマトグラフィ(2D−LC)により分画した。得られたタンパク質の各画分をMALDI−TOF−MS型質量分析計により分析し、タンパク質の同定を行った。このプロテオーム解析によって得られたデータから修飾タンパク質検出のためのマイニング方法を検討し、各タンパク質の2D−LCの溶出位置(マッピング情報)と質量分析により検出・同定したペプチドイオンのトータルスペクトラで量的な重みを加えて3次元化した。この結果、ビメンチン及び熱ショックタンパク質について、複数の溶出ピークが検出されることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質プロファイリング法に関し、詳しくは、試料中のペプチド・タンパク質をその性質に基づいて分離し、分離されたそれぞれのペプチド・タンパク質を同定し、量的情報を付加するタンパク質の網羅的解析方法や、該解析方法を用いて試料中のタンパク質の翻訳後修飾及び/又はサブユニット構造の差異を検出する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ポストゲノム研究としてタンパク質の構造や機能の解析が急速に進められている。なかでも、タンパク質の構造・機能解析を網羅的に行うプロテオーム解析は、癌などの特定のフェノタイプに関与するタンパク質の探索に非常に有効である。
【0003】
従来、細胞が発現するタンパク質のプロテオーム解析には、2次元電気泳動(2DE)が用いられている(例えば、非特許文献1)。2DEを用いたプロテオーム解析では、発現したタンパク質をゲルに展開し、対象とするタンパク質に対応したスポットを切り出して、トリプシン消化後、質量分析を行うことによりその種類を網羅的に同定する。しかし、手法として再現性にばらつきが大きいことと、膜タンパク質に代表される疎水性タンパク質の可溶化に問題を有する。また、2次元目のSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)では、タンパク質を完全に変性した条件で分析を行うため、タンパク質のサブユニット構造は解析出来ない。
【0004】
また近年、多次元液体クロマトグラフィを利用したショットガン法がプロテオーム解析に広く用いられている(例えば、特許文献1)。この方法では、タンパク質の混合物をトリプシンで限定分解し、得られたペプチド断片混合物を液体クロマトグラフで分離し、オンラインで質量分析を行う。イオン化したペプチド断片(親イオン)の質量と、親イオンから衝突誘起解離によって派生する娘イオンの質量を精密測定し、ゲノムデータベースと照合することで元のタンパクを網羅的に同定する。しかし、これらの既存のプロテオーム解析法では、修飾タンパク質(ペプチド)の差異は分離できるが、実際に生体内で機能しているタンパク質分子のサブユニット構造について解析することは不可能であった。
【0005】
タンパク質の機能はそのアミノ酸配列だけでなく、様々な修飾よって調節されることが知られている。タンパク質の翻訳後修飾はタンパク質の安定性や構造等に対して広い範囲の効果を有しており、糖鎖の付加によるグリコシル化、ADP−リボシルの付加によるADPリボシル化、脂肪酸の付加によるプレミル化(ミリソイル化及びパルミトイル化を含む)、ユビキチンの付加による(ユビキチン化)や、リン酸基の付加による(リン酸化)等が良く知られた例である。
【0006】
また、生体内のタンパク質は、他のタンパク質やペプチド、核酸(DNAやRNA)、脂質、低分子化合物などと複合体を形成することで特定の機能を発揮する。例えば、図7に示す熱ショックタンパク質(Hsp)90は、主要な細胞内分子シャペロンの1つであり、図8に示すように他の分子シャペロンと協調し、ATP依存的に働くことが知られている(非特許文献2)。Hsp90のクライアントタンパク質は、細胞増殖やアポトーシスに関与する因子が含まれていることから(図9)、Hsp90は抗癌剤のターゲットとなる可能性がある(図10)。Hsp90には相同性の高いHsp90αとHsp90βが存在し、生体内ではそれぞれ二量体で機能していると考えられている。以上のように、ペプチド・タンパク質のサブユニット構造について解析することは、新規のバイオマーカーの検索や、阻害剤のデザインなど、創薬研究を含める生命科学全般において重要な情報源となる。
【0007】
機能性タンパク質のサブユニット構造を明らかにするために、個々のタンパク質間の相互作用の解明が進められている。現在のところ、タンパク質間の相互作用を探索する代表的な手法としては、酵母Two‐Hybrid法(非特許文献3及び4)や、Tandem Affinity Purification法 (非特許文献5)などが知られている。これらは遺伝学的あるいは生化学的な手法によって、相互作用するタンパク質を同定するものであるが、タンパク質間の相互作用についての網羅的な解析(インタラクトーム解析)には適さない。また、より特異的な相互作用を測定する手法としては、表面プラズモン共鳴法 (非特許文献6)や水晶発振子マイクロバランス法 (非特許文献7及び8)などを用いた方法が知られている。これらの手法は生体高分子間の解離定数(Kd値)を測定することができる画期的な方法であるが、タンパク質やリガンドをセンサーチップ上に固定しなければならないという問題点がある。従って、より生体内に近い状況におけるタンパク質間の相互作用、ならびに機能性タンパク質のサブユニット構造をを網羅的に解析するための方法論の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特願2006−170710
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】O'Farrell PH., J BiolChem 250: 4007-4021 (1975)
【非特許文献2】Kamal A. et al., Trends Mol Med 10: 283-290 (2004)
【非特許文献3】Fields S. Song O., Nature 340: 245-246 (1989)
【非特許文献4】Fields S. Sternglanz R., Trends Genet 10: 286-292 (1994)
【非特許文献5】Rigaut G. et al., Nat Biotechnol 17: 1030-1032 (1999)
【非特許文献6】Fagerstam L. et al., Biotechniques 11: 620-627 (1991)
【非特許文献7】Ebara Y. et al., Langmuir 12: 5165-5170 (1996)
【非特許文献8】Okahata Y. et al., Biochemistry 37: 5666-5672 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、ペプチド・タンパク質の修飾及び/又はサブユニット構造の解析が可能な新規のプロテオーム解析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、卵巣癌由来細胞株の細胞抽出液から、分子量50kDa以上のタンパク質を分離・回収し、2次元液体クロマトグラフィ(2D−LC)により分画した。こうして得られたタンパク質の各画分をMALDI−TOF−MS型質量分析計により分析し、データベース検索でタンパク質の同定を行った。このプロテオーム解析によって得られたデータから修飾タンパク質検出のためのマイニング方法を検討し、各タンパク質の2D−LCの溶出位置(マッピング情報)と質量分析により検出したペプチドイオンのトータルスペクトラで量的な重みを加えて3次元化した。このプロファイリングの結果、ビメンチン(Vimentin)及び熱ショックタンパク質(GRP78、Hsp90α及びHsp90β)について、連続していない複数のフラクションからシグナルが検出され、量的な重み付けから複数の溶出ピークに分離できることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は、(1)試料中のペプチド・タンパク質をその性質に基づいて分離し、分離されたそれぞれのペプチド・タンパク質を同定し、量的情報を付加することを特徴とするペプチド・タンパク質の解析方法であって、(A)試料を第1の液体クロマトグラフィにより分画し、第1分画プロファイルを得る工程と、(B)第1の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを、第2の液体クロマトグラフィによりさらに分画し、第2分画プロファイルを得る工程と、(C)第2の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを質量分析により解析し、得られた結果から各フラクションに含まれるタンパク質を同定し、量的情報を付加する工程とを順次備えることを特徴とする方法や、(2)上記(C)の工程の後に、さらに、(D)前記第1分画プロファイルと、前記第2分画プロファイルとを直交座標軸とする2次元座標上に、前記質量分析により同定されたそれぞれのタンパク質の量的情報を3次元座標値として表示する工程を備えることを特徴とする上記(1)記載の方法や、(3)第1の液体クロマトグラフィと第2の液体クロマトグラフィとが、異なる種類の液体クロマトグラフィであることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の方法や、(4)質量分析が、MALDI−TOF−MS法であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれか記載の方法に関する。
【0013】
さらに本発明は、(5)上記(1)〜(4)のいずれか記載の方法を用いることを特徴とする、試料中のペプチド・タンパク質の翻訳後修飾又はサブユニット構造の差異を検出する方法や、(6)上記(1)〜(4)のいずれか記載の方法を用いることを特徴とする、試料中の翻訳後修飾されたペプチド・タンパク質、又は異なるサブユニットを構成するペプチド・タンパク質を分離・同定する方法や、(7)タンパク質が、熱ショックタンパク質、ビメンチン(Vimentin)又はサイトケラチンであることを特徴とする上記(5)又は(6)記載の方法や、(8)熱ショックタンパク質が、GRP78、Hsp90α及びHsp90βから選択される1以上のタンパク質であることを特徴とする上記(7)記載の方法や、(9)サイトケラチンが、I型サイトケラチン9、I型サイトケラチン10、I型サイトケラチン16、I型サイトケラチン19、II型サイトケラチン1、II型サイトケラチン1b、II型サイトケラチン2及びII型サイトケラチン6Aから選択される1以上のサイトケラチンであることを特徴とする上記(7)記載の方法に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ペプチド・タンパク質の修飾の有無を網羅的に解析できるだけでなく、タンパク質分子のサブユニット構造の差異を検出することが可能であり、バイオマーカーの探索等に非常に有効である。図4〜6に示すように、本発明の方法により細胞抽出液中のタンパク質を解析した結果、分子シャペロンである熱ショックタンパク質(GRP78、Hsp90α及びHsp90β)について、異なる溶出ピークが検出された。これらの結果は、上記の熱ショックタンパク質が細胞内において異なる修飾及び/又はサブユニット構造を形成しているものと考えることが出来る。そのために分子種としては異なる性質を示すことを示唆している。このように本発明の方法を用いることにより、修飾及び/又はサブユニット構造の差異により異なる性質が付与されたペプチド・タンパク質の発現パターンを網羅的に解析することができ、癌をはじめとする様々な疾患の原因の解明や、新たな診断/治療法の確立が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実験手順を示す図である。
【図2】本発明における、データのマイニングの概要を示す図である。
【図3】本発明の方法により解析されたタンパク質分子のプロファイルを示す図である。
【図4】本発明の方法により解析されたタンパク質分子の3次元プロファイルを示す図である。赤色のヒストグラム(三角印)がGRP78、黄色のヒストグラム(三角印)がHsp90α、青色のヒストグラム(三角印)がビメンチンをそれぞれ示している。
【図5】本発明の方法により解析されたタンパク質分子の3次元プロファイルを示す図である。赤色のヒストグラム(三角印)がGRP78、黄色のヒストグラム(三角印)がHsp90α、紫色のピークがHsp90β、青色のヒストグラム(三角印)がビメンチンをそれぞれ示している。
【図6】本発明の方法により解析されたHspタンパク質の3次元プロファイルを示す図である。黄色のヒストグラム(三角印)がHsp90α、紫色のヒストグラム(三角印)がHsp90βをそれぞれ示している。
【図7】Hsp90タンパク質の構造及び機能について示す図である。
【図8】Hsp90タンパク質が新規抗癌剤のターゲットであることを示す図である。
【図9】Hsp90タンパク質のクライアントタンパク質が様々な細胞内シグナル伝達経路に関与することを示す図である。
【図10】Hsp90阻害剤の腫瘍選択性について示す図である。
【図11】本発明の方法により得られたHspタンパク質のWPRPカラム溶出パターンに差異が見られる理由を示す図である。
【図12】本発明の方法により解析されたサイトケラチンのプロファイルを示す図である。上図(Control)は、ゲルダナマイシン処理を行わなかった細胞(SK−BR−3)のプロファイリングを示し、下図(+GA)は、ゲルダナマイシン処理を行った細胞(SK−BR−3)のプロファイリングを示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の、試料中のペプチド・タンパク質をその性質に基づいて分離し、分離されたそれぞれのペプチド・タンパク質を同定し、量的情報を付加したペプチド・タンパク質の網羅的解析方法としては、(A)試料を第1の液体クロマトグラフィにより分画し、第1分画プロファイルを得る工程;(B)第1の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを、第2の液体クロマトグラフィによりさらに分画し、第2分画プロファイルを得る工程;(C)第2の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを質量分析により解析し、得られた結果から各フラクションに含まれるタンパク質を同定し、量的情報を付加する工程;を順次備えるものであれば特に制限されるものではないが、上記(C)の工程の後に、さらに、(D)前記第1分画プロファイルと、前記第2分画プロファイルとを直交座標軸とする2次元座標上に、前記質量分析により同定されたそれぞれのタンパク質の量的情報を3次元座標値として表示する工程;を備えることにより、視覚的により理解し易い表示を分析者に提供でき、分析者は迅速で正確な解析を行うことができる。ここで「量的情報」とは、質量分析により得られたペプチドイオンデータから、データベース解析により同定されたペプチド断片数(種類)の総和であり、2D−LCにより分画された各画分に含まれる該タンパク質の量の指標となるものである。この原理は、「同一タンパク質において、量的に多いタンパク質ほど数多くのペプチド断片を検出できる」という、Protein abundance index (PAI)法に基づくものである(Rappsilber J. et al., Genome Res. 12: 1231-1245 (2002))。上記データベース解析は、質量分析の結果からタンパク質を同定するための公知の検索ツールにより行うことができ、例えば、Mascot、X!Tandem、ProFound、ProteinProspecter、ExPASy Proteomics tools、Peptide Search等を用いて行うことができるが、なかでも、MascotとX!Tandemを組み合わせて用いることが好ましい。また、上記試料としては、ペプチド・タンパク質を含むものであれば特に制限されるものではなく、例えば、培養細胞や、培養細胞の培養上清や、生体より採取された生体試料(血液、唾液、リンパ液、細胞、組織等)などを好適に示すことができる。また上記試料は、第一の液体クロマトグラフィに供する前に、予め前処理されていることが好ましく、上記前処理としては、特に制限されるものではないが、例えば、Complete Lysis-M(ロシュ社製)等の公知の溶解試薬を用いた細胞及びタンパク質の溶解処理や、飽和硫酸アンモニウム溶液によるタンパク質の濃縮処理等を挙げることができる他、ゲル濾過法や限外濾過法等により試料中のペプチド・タンパクを分子量により分離する処理方法などを好適に示すことができ、これらの前処理方法を適切に選択し、組み合わせることにより、より精度の高い解析が可能となる。
【0017】
本発明の方法に使用する液体クロマトグラフィとしては、公知の方法であれば特に制限されるものではなく、例えば、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)や、陰イオン交換クロマトグラフィや、陽イオン交換クロマトグラフィや、イオン対逆相クロマトグラフィ等を挙げることができる。本発明において、第一の液体クロマトグラフィで得られた各分画には、実質的に等しい物理化学的性質を有するタンパク質、具体的には、等しい溶出時間、疎水性、親水性、移動時間又はクロマトグラフィ保持時間等を有するタンパク質がプールされているため、第2の液体クロマトグラフィでは、上記プールされているタンパク質を、溶出時間、疎水性、親水性、移動時間又はクロマトグラフィー保持時間等に基づきさらに分離できるように、第1の液体クロマトグラフィーとは異なる方法を選択することが好ましい。
【0018】
また、本発明の方法において使用する質量分析法は、公知の質量分析法であれば特に制限されるものではなく、イオン化法としては、例えば、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、電子イオン化法、化学イオン化法、電界離脱法、高速原子衝突法、エレクトロスプレーイオン化法、大気圧化学イオン化法等をの方法を用いることができ、また、分析法としては、例えば、飛行時間型(TOF)、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型等の方法を用いることができるが、なかでも、イオン化法としてMALDI法を、分析法としてTOFを組み合わせて用いたMALDI−TOF−MS法を好例として挙げることができる。
【0019】
本発明の試料中のペプチド・タンパク質の翻訳後修飾及び/又はサブユニット構造の差異を検出する方法や、試料中の翻訳後修飾されたペプチド・タンパク質及び/又はサブユニット構造を形成するペプチド・タンパク質を分離・同定する方法としては、上記本発明のペプチド・タンパク質の網羅的解析方法を用いたものであれば特に制限されるものではなく、ここで翻訳後修飾とは、リン酸化、アシル化、グリコシル化、GPIアンカー化、ユビキチン化などが含まれ、また上記タンパク質サブユニット構造とは、タンパク質−タンパク質間、DNA−タンパク質、低分子化合物−タンパク質などの分子種が含まれる。これらの翻訳後修飾及び/又はサブユニット構造は、ペプチド・タンパク質の性質に影響を及ぼすことから、同一のペプチド・タンパク質であっても、異なる翻訳後修飾及び/又はタンパク質サブユニットを構成する場合、2次元液体クロマトグラフィ(2D−LC)により異なる画分として回収することができる。このため、同一のタンパク質が、複数の溶出画分から検出された場合には、該タンパク質が、試料中で異なる複数の翻訳後修飾及び/又はタンパク質サブユニットを構成していたと判断できる。例えば、図11に示すように、本発明の方法を用いて癌細胞抽出液を解析した結果、Hsp90α及びHsp90βは、3つの不連続なフラクションからシグナルが検出されたことから、細胞内で異なる3つの翻訳後修飾、あるいは異なるサブユニット構造を形成している可能性が考えられる。このように、上記本発明の網羅的解析方法を用いることにより、試料中のペプチド・タンパク質の翻訳後修飾及び/又はサブユニット構造の差異を検出することが可能となる。また、異なる試料を用いて、ペプチド・タンパク質の溶出パターンを比較検討することにより、それぞれの試料におけるペプチド・タンパク質の翻訳後修飾及び/又はサブユニット構造の差異について両者の違いを検出することが可能である。
【0020】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
1.細胞培養
Her2を高発現するヒト卵巣癌由来細胞株SK−OV−3細胞を、ウシ胎児血清(fetal bovine serum:FBS)を含むDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)培地(シグマ社製)を用いて37℃、5%CO2存在下で2x107cells/フラスコとなるようT−75フラスコで培養した。
【0022】
2.培養細胞からのサンプル調製(前処理)
培養後の細胞(8x107cells)を遠心回収した後、リン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline:PBS)に再懸濁し遠心回収することで余剰の培地を除いた。回収した細胞に2mLのComplete Lysis-M(ロシュ社製)を加え、室温で5分間ゆるやかに振とうすることで細胞を破砕し、14000 x gで10分間の遠心分離を行った後、上清を細胞粗抽出液(crude extract)として回収した。2mLの細胞粗抽出液に、4mLの飽和硫酸アンモニウム溶液(終濃度66.7%)を加え氷上で1時間静置後、14000 x gで10分間の遠心分離を行った。沈殿物(ppt)を、0.4mLのComplete Lysis-Mで溶解し、硫安沈殿画分(AS)とした。
【0023】
3.2次元液体クロマトグラフィ(2D−LC)
AS画分をTSK−G3000SWカラム(東ソー社製)を用いてゲル濾過し、溶出時間11〜18分の溶出液13.5mLを回収し、分子量50kDa以上のタンパク質を含むプールAとした。次に、陰イオン交換カラムであるMonoQ 5/50カラム(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いてプールAの分画を行い、フラクション番号11〜30(0.5mL/フラクション)を回収した。回収した各フラクションをさらに、逆相カラムであるIntradaWP−RPカラム(インタクト社製)を用いて分画し、well番号B01〜H12(125μL/well)のフラクションを96穴プレートに回収した。ゲル濾過は、流速0.5ml/分、0.1M NaCl、50mMトリス塩酸緩衝液pH7.4の単一溶媒で分離を行った。イオン交換カラムは、流速1mL/分、50mMトリス塩酸緩衝液pH7.4、0.1−1.0M/15分 NaCl濃度勾配を用いた。逆相カラムの分離では、A溶媒:0.1%トリフルオロ酢酸(trifluoroaceticacid:TFA)水溶液、B溶媒:0.08%TFA、アセトニトリル、以上二溶媒を用いて、流速0.5mL/分、%B:20−100/30分の条件で行った。
【0024】
4.質量分析
得られたサンプルを96穴プレート上で減圧乾固した後、13ngトリプシン(プロメガ社製)、0.1%RapiGest(Waters社製)を含む50mM重炭酸アンモニウム30μLで可溶化した後、37℃で90分間トリプシン加水分解を行い、塩酸を加えて(終濃度0.05N)反応を停止した。得られたトリプシン加水分解物をZipTip(ミリポア社製)処理により脱塩・濃縮を行った後、2.4mg/mL、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(α-cyano-4-hydroxy-cynnamic acid:CHCA)50%アセトニトリル溶液4μLに溶解し、Proteomics analyzer 4700(Matrix-assisted Laser Desorption Ionization Time of Flight Mass Spectrometry、Applied Biosystems社製)を用いてMALDI−TOF−MS質量分析を行った。得られたMS/MSスペクトルについて、SwissProtデータベースを用いたMASCOT(www.matrixscience.com)及びX!Tandem(www.thegpm.org)サーチを行い、タンパク質の同定を行った。タンパク質の同定基準は、親イオンの許容誤差範囲(parent tolerance):0.8Da(モノアイソトピック質量)、フラグメントイオンの許容誤差範囲(fragment tolerance):0.8Da(モノアイソトピック質量)で行った。Scaffold (www.proteomesoftware.com)によりデータマイニングを行った。MASCOTサーチの結果とX!Tandemサーチの結果を統合し、ペプチド許容基準:90%以上、タンパク質許容基準:90%以上、これらの基準を満たしたペプチドイオンについて、各タンパク質で集計を行いトータルスペクトラとした。
【0025】
5.タンパク質プロファイリング
以上のようにして得られた、各タンパク質の2D−LCのマッピング情報と質量分析で検出したペプチドのトータルスペクトラとを組み合わせ、マイクロソフトエクセル(登録商標;www.microsoft.com)によりタンパク質のプロファイリングを行った(図3)。その結果、GRP78、ビメンチン(Vimentin)、Hsp90α、Hsp90β及びサイトケラチンについて、連続していない複数のフラクションからシグナルが検出され、異なる溶出ピークの出現を確認した(図4〜6、11、12)。このような複数の溶出ピークを示すタンパク質は、細胞内において異なる複数の翻訳後修飾又は異なるサブユニット構造を形成していたと考えられる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質プロファイリング法に関し、詳しくは、試料中のペプチド・タンパク質をその性質に基づいて分離し、分離されたそれぞれのペプチド・タンパク質を同定し、量的情報を付加するタンパク質の網羅的解析方法や、該解析方法を用いて試料中のタンパク質の翻訳後修飾及び/又はサブユニット構造の差異を検出する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ポストゲノム研究としてタンパク質の構造や機能の解析が急速に進められている。なかでも、タンパク質の構造・機能解析を網羅的に行うプロテオーム解析は、癌などの特定のフェノタイプに関与するタンパク質の探索に非常に有効である。
【0003】
従来、細胞が発現するタンパク質のプロテオーム解析には、2次元電気泳動(2DE)が用いられている(例えば、非特許文献1)。2DEを用いたプロテオーム解析では、発現したタンパク質をゲルに展開し、対象とするタンパク質に対応したスポットを切り出して、トリプシン消化後、質量分析を行うことによりその種類を網羅的に同定する。しかし、手法として再現性にばらつきが大きいことと、膜タンパク質に代表される疎水性タンパク質の可溶化に問題を有する。また、2次元目のSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)では、タンパク質を完全に変性した条件で分析を行うため、タンパク質のサブユニット構造は解析出来ない。
【0004】
また近年、多次元液体クロマトグラフィを利用したショットガン法がプロテオーム解析に広く用いられている(例えば、特許文献1)。この方法では、タンパク質の混合物をトリプシンで限定分解し、得られたペプチド断片混合物を液体クロマトグラフで分離し、オンラインで質量分析を行う。イオン化したペプチド断片(親イオン)の質量と、親イオンから衝突誘起解離によって派生する娘イオンの質量を精密測定し、ゲノムデータベースと照合することで元のタンパクを網羅的に同定する。しかし、これらの既存のプロテオーム解析法では、修飾タンパク質(ペプチド)の差異は分離できるが、実際に生体内で機能しているタンパク質分子のサブユニット構造について解析することは不可能であった。
【0005】
タンパク質の機能はそのアミノ酸配列だけでなく、様々な修飾よって調節されることが知られている。タンパク質の翻訳後修飾はタンパク質の安定性や構造等に対して広い範囲の効果を有しており、糖鎖の付加によるグリコシル化、ADP−リボシルの付加によるADPリボシル化、脂肪酸の付加によるプレミル化(ミリソイル化及びパルミトイル化を含む)、ユビキチンの付加による(ユビキチン化)や、リン酸基の付加による(リン酸化)等が良く知られた例である。
【0006】
また、生体内のタンパク質は、他のタンパク質やペプチド、核酸(DNAやRNA)、脂質、低分子化合物などと複合体を形成することで特定の機能を発揮する。例えば、図7に示す熱ショックタンパク質(Hsp)90は、主要な細胞内分子シャペロンの1つであり、図8に示すように他の分子シャペロンと協調し、ATP依存的に働くことが知られている(非特許文献2)。Hsp90のクライアントタンパク質は、細胞増殖やアポトーシスに関与する因子が含まれていることから(図9)、Hsp90は抗癌剤のターゲットとなる可能性がある(図10)。Hsp90には相同性の高いHsp90αとHsp90βが存在し、生体内ではそれぞれ二量体で機能していると考えられている。以上のように、ペプチド・タンパク質のサブユニット構造について解析することは、新規のバイオマーカーの検索や、阻害剤のデザインなど、創薬研究を含める生命科学全般において重要な情報源となる。
【0007】
機能性タンパク質のサブユニット構造を明らかにするために、個々のタンパク質間の相互作用の解明が進められている。現在のところ、タンパク質間の相互作用を探索する代表的な手法としては、酵母Two‐Hybrid法(非特許文献3及び4)や、Tandem Affinity Purification法 (非特許文献5)などが知られている。これらは遺伝学的あるいは生化学的な手法によって、相互作用するタンパク質を同定するものであるが、タンパク質間の相互作用についての網羅的な解析(インタラクトーム解析)には適さない。また、より特異的な相互作用を測定する手法としては、表面プラズモン共鳴法 (非特許文献6)や水晶発振子マイクロバランス法 (非特許文献7及び8)などを用いた方法が知られている。これらの手法は生体高分子間の解離定数(Kd値)を測定することができる画期的な方法であるが、タンパク質やリガンドをセンサーチップ上に固定しなければならないという問題点がある。従って、より生体内に近い状況におけるタンパク質間の相互作用、ならびに機能性タンパク質のサブユニット構造をを網羅的に解析するための方法論の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特願2006−170710
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】O'Farrell PH., J BiolChem 250: 4007-4021 (1975)
【非特許文献2】Kamal A. et al., Trends Mol Med 10: 283-290 (2004)
【非特許文献3】Fields S. Song O., Nature 340: 245-246 (1989)
【非特許文献4】Fields S. Sternglanz R., Trends Genet 10: 286-292 (1994)
【非特許文献5】Rigaut G. et al., Nat Biotechnol 17: 1030-1032 (1999)
【非特許文献6】Fagerstam L. et al., Biotechniques 11: 620-627 (1991)
【非特許文献7】Ebara Y. et al., Langmuir 12: 5165-5170 (1996)
【非特許文献8】Okahata Y. et al., Biochemistry 37: 5666-5672 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、ペプチド・タンパク質の修飾及び/又はサブユニット構造の解析が可能な新規のプロテオーム解析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、卵巣癌由来細胞株の細胞抽出液から、分子量50kDa以上のタンパク質を分離・回収し、2次元液体クロマトグラフィ(2D−LC)により分画した。こうして得られたタンパク質の各画分をMALDI−TOF−MS型質量分析計により分析し、データベース検索でタンパク質の同定を行った。このプロテオーム解析によって得られたデータから修飾タンパク質検出のためのマイニング方法を検討し、各タンパク質の2D−LCの溶出位置(マッピング情報)と質量分析により検出したペプチドイオンのトータルスペクトラで量的な重みを加えて3次元化した。このプロファイリングの結果、ビメンチン(Vimentin)及び熱ショックタンパク質(GRP78、Hsp90α及びHsp90β)について、連続していない複数のフラクションからシグナルが検出され、量的な重み付けから複数の溶出ピークに分離できることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は、(1)試料中のペプチド・タンパク質をその性質に基づいて分離し、分離されたそれぞれのペプチド・タンパク質を同定し、量的情報を付加することを特徴とするペプチド・タンパク質の解析方法であって、(A)試料を第1の液体クロマトグラフィにより分画し、第1分画プロファイルを得る工程と、(B)第1の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを、第2の液体クロマトグラフィによりさらに分画し、第2分画プロファイルを得る工程と、(C)第2の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを質量分析により解析し、得られた結果から各フラクションに含まれるタンパク質を同定し、量的情報を付加する工程とを順次備えることを特徴とする方法や、(2)上記(C)の工程の後に、さらに、(D)前記第1分画プロファイルと、前記第2分画プロファイルとを直交座標軸とする2次元座標上に、前記質量分析により同定されたそれぞれのタンパク質の量的情報を3次元座標値として表示する工程を備えることを特徴とする上記(1)記載の方法や、(3)第1の液体クロマトグラフィと第2の液体クロマトグラフィとが、異なる種類の液体クロマトグラフィであることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の方法や、(4)質量分析が、MALDI−TOF−MS法であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれか記載の方法に関する。
【0013】
さらに本発明は、(5)上記(1)〜(4)のいずれか記載の方法を用いることを特徴とする、試料中のペプチド・タンパク質の翻訳後修飾又はサブユニット構造の差異を検出する方法や、(6)上記(1)〜(4)のいずれか記載の方法を用いることを特徴とする、試料中の翻訳後修飾されたペプチド・タンパク質、又は異なるサブユニットを構成するペプチド・タンパク質を分離・同定する方法や、(7)タンパク質が、熱ショックタンパク質、ビメンチン(Vimentin)又はサイトケラチンであることを特徴とする上記(5)又は(6)記載の方法や、(8)熱ショックタンパク質が、GRP78、Hsp90α及びHsp90βから選択される1以上のタンパク質であることを特徴とする上記(7)記載の方法や、(9)サイトケラチンが、I型サイトケラチン9、I型サイトケラチン10、I型サイトケラチン16、I型サイトケラチン19、II型サイトケラチン1、II型サイトケラチン1b、II型サイトケラチン2及びII型サイトケラチン6Aから選択される1以上のサイトケラチンであることを特徴とする上記(7)記載の方法に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ペプチド・タンパク質の修飾の有無を網羅的に解析できるだけでなく、タンパク質分子のサブユニット構造の差異を検出することが可能であり、バイオマーカーの探索等に非常に有効である。図4〜6に示すように、本発明の方法により細胞抽出液中のタンパク質を解析した結果、分子シャペロンである熱ショックタンパク質(GRP78、Hsp90α及びHsp90β)について、異なる溶出ピークが検出された。これらの結果は、上記の熱ショックタンパク質が細胞内において異なる修飾及び/又はサブユニット構造を形成しているものと考えることが出来る。そのために分子種としては異なる性質を示すことを示唆している。このように本発明の方法を用いることにより、修飾及び/又はサブユニット構造の差異により異なる性質が付与されたペプチド・タンパク質の発現パターンを網羅的に解析することができ、癌をはじめとする様々な疾患の原因の解明や、新たな診断/治療法の確立が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実験手順を示す図である。
【図2】本発明における、データのマイニングの概要を示す図である。
【図3】本発明の方法により解析されたタンパク質分子のプロファイルを示す図である。
【図4】本発明の方法により解析されたタンパク質分子の3次元プロファイルを示す図である。赤色のヒストグラム(三角印)がGRP78、黄色のヒストグラム(三角印)がHsp90α、青色のヒストグラム(三角印)がビメンチンをそれぞれ示している。
【図5】本発明の方法により解析されたタンパク質分子の3次元プロファイルを示す図である。赤色のヒストグラム(三角印)がGRP78、黄色のヒストグラム(三角印)がHsp90α、紫色のピークがHsp90β、青色のヒストグラム(三角印)がビメンチンをそれぞれ示している。
【図6】本発明の方法により解析されたHspタンパク質の3次元プロファイルを示す図である。黄色のヒストグラム(三角印)がHsp90α、紫色のヒストグラム(三角印)がHsp90βをそれぞれ示している。
【図7】Hsp90タンパク質の構造及び機能について示す図である。
【図8】Hsp90タンパク質が新規抗癌剤のターゲットであることを示す図である。
【図9】Hsp90タンパク質のクライアントタンパク質が様々な細胞内シグナル伝達経路に関与することを示す図である。
【図10】Hsp90阻害剤の腫瘍選択性について示す図である。
【図11】本発明の方法により得られたHspタンパク質のWPRPカラム溶出パターンに差異が見られる理由を示す図である。
【図12】本発明の方法により解析されたサイトケラチンのプロファイルを示す図である。上図(Control)は、ゲルダナマイシン処理を行わなかった細胞(SK−BR−3)のプロファイリングを示し、下図(+GA)は、ゲルダナマイシン処理を行った細胞(SK−BR−3)のプロファイリングを示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の、試料中のペプチド・タンパク質をその性質に基づいて分離し、分離されたそれぞれのペプチド・タンパク質を同定し、量的情報を付加したペプチド・タンパク質の網羅的解析方法としては、(A)試料を第1の液体クロマトグラフィにより分画し、第1分画プロファイルを得る工程;(B)第1の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを、第2の液体クロマトグラフィによりさらに分画し、第2分画プロファイルを得る工程;(C)第2の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを質量分析により解析し、得られた結果から各フラクションに含まれるタンパク質を同定し、量的情報を付加する工程;を順次備えるものであれば特に制限されるものではないが、上記(C)の工程の後に、さらに、(D)前記第1分画プロファイルと、前記第2分画プロファイルとを直交座標軸とする2次元座標上に、前記質量分析により同定されたそれぞれのタンパク質の量的情報を3次元座標値として表示する工程;を備えることにより、視覚的により理解し易い表示を分析者に提供でき、分析者は迅速で正確な解析を行うことができる。ここで「量的情報」とは、質量分析により得られたペプチドイオンデータから、データベース解析により同定されたペプチド断片数(種類)の総和であり、2D−LCにより分画された各画分に含まれる該タンパク質の量の指標となるものである。この原理は、「同一タンパク質において、量的に多いタンパク質ほど数多くのペプチド断片を検出できる」という、Protein abundance index (PAI)法に基づくものである(Rappsilber J. et al., Genome Res. 12: 1231-1245 (2002))。上記データベース解析は、質量分析の結果からタンパク質を同定するための公知の検索ツールにより行うことができ、例えば、Mascot、X!Tandem、ProFound、ProteinProspecter、ExPASy Proteomics tools、Peptide Search等を用いて行うことができるが、なかでも、MascotとX!Tandemを組み合わせて用いることが好ましい。また、上記試料としては、ペプチド・タンパク質を含むものであれば特に制限されるものではなく、例えば、培養細胞や、培養細胞の培養上清や、生体より採取された生体試料(血液、唾液、リンパ液、細胞、組織等)などを好適に示すことができる。また上記試料は、第一の液体クロマトグラフィに供する前に、予め前処理されていることが好ましく、上記前処理としては、特に制限されるものではないが、例えば、Complete Lysis-M(ロシュ社製)等の公知の溶解試薬を用いた細胞及びタンパク質の溶解処理や、飽和硫酸アンモニウム溶液によるタンパク質の濃縮処理等を挙げることができる他、ゲル濾過法や限外濾過法等により試料中のペプチド・タンパクを分子量により分離する処理方法などを好適に示すことができ、これらの前処理方法を適切に選択し、組み合わせることにより、より精度の高い解析が可能となる。
【0017】
本発明の方法に使用する液体クロマトグラフィとしては、公知の方法であれば特に制限されるものではなく、例えば、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)や、陰イオン交換クロマトグラフィや、陽イオン交換クロマトグラフィや、イオン対逆相クロマトグラフィ等を挙げることができる。本発明において、第一の液体クロマトグラフィで得られた各分画には、実質的に等しい物理化学的性質を有するタンパク質、具体的には、等しい溶出時間、疎水性、親水性、移動時間又はクロマトグラフィ保持時間等を有するタンパク質がプールされているため、第2の液体クロマトグラフィでは、上記プールされているタンパク質を、溶出時間、疎水性、親水性、移動時間又はクロマトグラフィー保持時間等に基づきさらに分離できるように、第1の液体クロマトグラフィーとは異なる方法を選択することが好ましい。
【0018】
また、本発明の方法において使用する質量分析法は、公知の質量分析法であれば特に制限されるものではなく、イオン化法としては、例えば、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、電子イオン化法、化学イオン化法、電界離脱法、高速原子衝突法、エレクトロスプレーイオン化法、大気圧化学イオン化法等をの方法を用いることができ、また、分析法としては、例えば、飛行時間型(TOF)、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型等の方法を用いることができるが、なかでも、イオン化法としてMALDI法を、分析法としてTOFを組み合わせて用いたMALDI−TOF−MS法を好例として挙げることができる。
【0019】
本発明の試料中のペプチド・タンパク質の翻訳後修飾及び/又はサブユニット構造の差異を検出する方法や、試料中の翻訳後修飾されたペプチド・タンパク質及び/又はサブユニット構造を形成するペプチド・タンパク質を分離・同定する方法としては、上記本発明のペプチド・タンパク質の網羅的解析方法を用いたものであれば特に制限されるものではなく、ここで翻訳後修飾とは、リン酸化、アシル化、グリコシル化、GPIアンカー化、ユビキチン化などが含まれ、また上記タンパク質サブユニット構造とは、タンパク質−タンパク質間、DNA−タンパク質、低分子化合物−タンパク質などの分子種が含まれる。これらの翻訳後修飾及び/又はサブユニット構造は、ペプチド・タンパク質の性質に影響を及ぼすことから、同一のペプチド・タンパク質であっても、異なる翻訳後修飾及び/又はタンパク質サブユニットを構成する場合、2次元液体クロマトグラフィ(2D−LC)により異なる画分として回収することができる。このため、同一のタンパク質が、複数の溶出画分から検出された場合には、該タンパク質が、試料中で異なる複数の翻訳後修飾及び/又はタンパク質サブユニットを構成していたと判断できる。例えば、図11に示すように、本発明の方法を用いて癌細胞抽出液を解析した結果、Hsp90α及びHsp90βは、3つの不連続なフラクションからシグナルが検出されたことから、細胞内で異なる3つの翻訳後修飾、あるいは異なるサブユニット構造を形成している可能性が考えられる。このように、上記本発明の網羅的解析方法を用いることにより、試料中のペプチド・タンパク質の翻訳後修飾及び/又はサブユニット構造の差異を検出することが可能となる。また、異なる試料を用いて、ペプチド・タンパク質の溶出パターンを比較検討することにより、それぞれの試料におけるペプチド・タンパク質の翻訳後修飾及び/又はサブユニット構造の差異について両者の違いを検出することが可能である。
【0020】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
1.細胞培養
Her2を高発現するヒト卵巣癌由来細胞株SK−OV−3細胞を、ウシ胎児血清(fetal bovine serum:FBS)を含むDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)培地(シグマ社製)を用いて37℃、5%CO2存在下で2x107cells/フラスコとなるようT−75フラスコで培養した。
【0022】
2.培養細胞からのサンプル調製(前処理)
培養後の細胞(8x107cells)を遠心回収した後、リン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline:PBS)に再懸濁し遠心回収することで余剰の培地を除いた。回収した細胞に2mLのComplete Lysis-M(ロシュ社製)を加え、室温で5分間ゆるやかに振とうすることで細胞を破砕し、14000 x gで10分間の遠心分離を行った後、上清を細胞粗抽出液(crude extract)として回収した。2mLの細胞粗抽出液に、4mLの飽和硫酸アンモニウム溶液(終濃度66.7%)を加え氷上で1時間静置後、14000 x gで10分間の遠心分離を行った。沈殿物(ppt)を、0.4mLのComplete Lysis-Mで溶解し、硫安沈殿画分(AS)とした。
【0023】
3.2次元液体クロマトグラフィ(2D−LC)
AS画分をTSK−G3000SWカラム(東ソー社製)を用いてゲル濾過し、溶出時間11〜18分の溶出液13.5mLを回収し、分子量50kDa以上のタンパク質を含むプールAとした。次に、陰イオン交換カラムであるMonoQ 5/50カラム(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いてプールAの分画を行い、フラクション番号11〜30(0.5mL/フラクション)を回収した。回収した各フラクションをさらに、逆相カラムであるIntradaWP−RPカラム(インタクト社製)を用いて分画し、well番号B01〜H12(125μL/well)のフラクションを96穴プレートに回収した。ゲル濾過は、流速0.5ml/分、0.1M NaCl、50mMトリス塩酸緩衝液pH7.4の単一溶媒で分離を行った。イオン交換カラムは、流速1mL/分、50mMトリス塩酸緩衝液pH7.4、0.1−1.0M/15分 NaCl濃度勾配を用いた。逆相カラムの分離では、A溶媒:0.1%トリフルオロ酢酸(trifluoroaceticacid:TFA)水溶液、B溶媒:0.08%TFA、アセトニトリル、以上二溶媒を用いて、流速0.5mL/分、%B:20−100/30分の条件で行った。
【0024】
4.質量分析
得られたサンプルを96穴プレート上で減圧乾固した後、13ngトリプシン(プロメガ社製)、0.1%RapiGest(Waters社製)を含む50mM重炭酸アンモニウム30μLで可溶化した後、37℃で90分間トリプシン加水分解を行い、塩酸を加えて(終濃度0.05N)反応を停止した。得られたトリプシン加水分解物をZipTip(ミリポア社製)処理により脱塩・濃縮を行った後、2.4mg/mL、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(α-cyano-4-hydroxy-cynnamic acid:CHCA)50%アセトニトリル溶液4μLに溶解し、Proteomics analyzer 4700(Matrix-assisted Laser Desorption Ionization Time of Flight Mass Spectrometry、Applied Biosystems社製)を用いてMALDI−TOF−MS質量分析を行った。得られたMS/MSスペクトルについて、SwissProtデータベースを用いたMASCOT(www.matrixscience.com)及びX!Tandem(www.thegpm.org)サーチを行い、タンパク質の同定を行った。タンパク質の同定基準は、親イオンの許容誤差範囲(parent tolerance):0.8Da(モノアイソトピック質量)、フラグメントイオンの許容誤差範囲(fragment tolerance):0.8Da(モノアイソトピック質量)で行った。Scaffold (www.proteomesoftware.com)によりデータマイニングを行った。MASCOTサーチの結果とX!Tandemサーチの結果を統合し、ペプチド許容基準:90%以上、タンパク質許容基準:90%以上、これらの基準を満たしたペプチドイオンについて、各タンパク質で集計を行いトータルスペクトラとした。
【0025】
5.タンパク質プロファイリング
以上のようにして得られた、各タンパク質の2D−LCのマッピング情報と質量分析で検出したペプチドのトータルスペクトラとを組み合わせ、マイクロソフトエクセル(登録商標;www.microsoft.com)によりタンパク質のプロファイリングを行った(図3)。その結果、GRP78、ビメンチン(Vimentin)、Hsp90α、Hsp90β及びサイトケラチンについて、連続していない複数のフラクションからシグナルが検出され、異なる溶出ピークの出現を確認した(図4〜6、11、12)。このような複数の溶出ピークを示すタンパク質は、細胞内において異なる複数の翻訳後修飾又は異なるサブユニット構造を形成していたと考えられる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のペプチド・タンパク質をその性質に基づいて分離し、分離されたそれぞれのペプチド・タンパク質を同定し、量的情報を付加することを特徴とするペプチド・タンパク質の解析方法であって、以下の(A)〜(C)の工程を順次備えることを特徴とする方法。(A)試料を第1の液体クロマトグラフィにより分画し、第1分画プロファイルを得る工程;
(B)第1の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを、第2の液体クロマトグラフィによりさらに分画し、第2分画プロファイルを得る工程;
(C)第2の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを質量分析により解析し、得られた結果から各フラクションに含まれるタンパク質を同定し、量的情報を付加する工程;
【請求項2】
(C)の工程の後に、さらに、以下の(D)の工程を備えることを特徴とする請求項1記載の方法。
(D)前記第1分画プロファイルと、前記第2分画プロファイルとを直交座標軸とする2次元座標上に、前記質量分析により同定されたそれぞれのタンパク質の量的情報を3次元座標値として表示する工程;
【請求項3】
第1の液体クロマトグラフィと第2の液体クロマトグラフィとが、異なる種類の液体クロマトグラフィであることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
質量分析が、MALDI−TOF−MS法であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか記載の方法を用いることを特徴とする、試料中のペプチド・タンパク質の翻訳後修飾又はサブユニット構造の差異を検出する方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか記載の方法を用いることを特徴とする、試料中の翻訳後修飾されたペプチド・タンパク質、又は異なるサブユニットを構成するペプチド・タンパク質を分離・同定する方法。
【請求項7】
タンパク質が、熱ショックタンパク質、ビメンチン(Vimentin)又はサイトケラチンであることを特徴とする請求項5又は6記載の方法。
【請求項8】
熱ショックタンパク質が、GRP78、Hsp90α及びHsp90βから選択される1以上のタンパク質であることを特徴とする請求項7記載の方法。
【請求項9】
サイトケラチンが、I型サイトケラチン9、I型サイトケラチン10、I型サイトケラチン16、I型サイトケラチン19、II型サイトケラチン1、II型サイトケラチン1b、II型サイトケラチン2及びII型サイトケラチン6Aから選択される1以上のサイトケラチンであることを特徴とする請求項7記載の方法。
【請求項1】
試料中のペプチド・タンパク質をその性質に基づいて分離し、分離されたそれぞれのペプチド・タンパク質を同定し、量的情報を付加することを特徴とするペプチド・タンパク質の解析方法であって、以下の(A)〜(C)の工程を順次備えることを特徴とする方法。(A)試料を第1の液体クロマトグラフィにより分画し、第1分画プロファイルを得る工程;
(B)第1の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを、第2の液体クロマトグラフィによりさらに分画し、第2分画プロファイルを得る工程;
(C)第2の液体クロマトグラフィにより分画された各フラクションを質量分析により解析し、得られた結果から各フラクションに含まれるタンパク質を同定し、量的情報を付加する工程;
【請求項2】
(C)の工程の後に、さらに、以下の(D)の工程を備えることを特徴とする請求項1記載の方法。
(D)前記第1分画プロファイルと、前記第2分画プロファイルとを直交座標軸とする2次元座標上に、前記質量分析により同定されたそれぞれのタンパク質の量的情報を3次元座標値として表示する工程;
【請求項3】
第1の液体クロマトグラフィと第2の液体クロマトグラフィとが、異なる種類の液体クロマトグラフィであることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
質量分析が、MALDI−TOF−MS法であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか記載の方法を用いることを特徴とする、試料中のペプチド・タンパク質の翻訳後修飾又はサブユニット構造の差異を検出する方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか記載の方法を用いることを特徴とする、試料中の翻訳後修飾されたペプチド・タンパク質、又は異なるサブユニットを構成するペプチド・タンパク質を分離・同定する方法。
【請求項7】
タンパク質が、熱ショックタンパク質、ビメンチン(Vimentin)又はサイトケラチンであることを特徴とする請求項5又は6記載の方法。
【請求項8】
熱ショックタンパク質が、GRP78、Hsp90α及びHsp90βから選択される1以上のタンパク質であることを特徴とする請求項7記載の方法。
【請求項9】
サイトケラチンが、I型サイトケラチン9、I型サイトケラチン10、I型サイトケラチン16、I型サイトケラチン19、II型サイトケラチン1、II型サイトケラチン1b、II型サイトケラチン2及びII型サイトケラチン6Aから選択される1以上のサイトケラチンであることを特徴とする請求項7記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−44064(P2010−44064A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−170596(P2009−170596)
【出願日】平成21年7月21日(2009.7.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(590002389)静岡県 (173)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年7月21日(2009.7.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(590002389)静岡県 (173)
【Fターム(参考)】
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