説明

3−アルケニルセフェム化合物の製造方法

【課題】7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の製造において、E体に比してZ体の含有率を一層向上させること。
【解決手段】7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の水溶液を、JIS K−1474に従い測定されたヨウ素吸着性能が1200mg/g以上であり、メチレンブルー吸着性能が250ml/g以上である活性炭と接触させて、7−アミノ−3−[(Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の含有率を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の製造において、E体に比してZ体の含有率を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩は、セファロスポリン系抗生物質の製造中間体として有用な物質である。この化合物には、3位のアルケニル基の立体構造がZ配置であるものとE配置であるものの2種類の異性体が存在する。これら2種類の異性体のうち、それを原料とするセファロスポリン系抗生物質が医薬抗菌剤として優れた抗菌作用を発現するものは、Z体であることが知られている。したがって、7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩からセファロスポリン系抗生物質を合成する場合には、反応系にZ体のみを存在させ、E体を極力存在させないことが重要である。
【0003】
この観点から、特許文献1においては、Z体とE体とが混在した7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の水溶液に、ハイポーラスポリマーや活性炭を作用させて、Z体の含有率を高めることが提案されている。この方法で用いられるハイポーラスポリマーとしては、アクリル系樹脂、フェノール系樹脂、スチレン系樹脂が例示されている。一方、活性炭としては、塩化亜鉛炭や水蒸気炭といった一般的な活性炭が用いられている。
【0004】
前記の文献に記載の方法に従えば、Z体の含有率が高まった7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩が得られる。しかしこの化合物を、セファロスポリン系抗生物質の製造中間体として用いるには、Z体の含有率を更に向上させることが望まれている。
【0005】
【特許文献1】特開2005−343854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって本発明の目的は、前述した従来技術が有する種々の欠点を解消し得る7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記式(1)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の水溶液を、JIS K−1474に従い測定されたヨウ素吸着性能が1200mg/g以上であり、メチレンブルー吸着性能が250ml/g以上である活性炭と接触させて処理することを特徴とする、下記式(2)で表される7−アミノ−3−[(Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の含有率が向上した式(1)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の製造方法を提供することにより前記目的を達成したものである。
【0008】
【化1】

【0009】
【化2】

【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の製造において、E体に比してZ体の含有率を、従来よりも向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、Z体とE体とが含まれる前記の式(1)で表される化合物又はそのアルカリ塩に、特定の活性炭を作用させて、該活性炭にE体を選択的に吸着させることで除去し、Z体の含有率を高める点に特徴を有する。ここで言うアルカリ塩とは、薬理学上許容されるアルカリ塩を意味する。なお、以下の説明においては、式(1)で表される化合物と、そのアルカリ金属塩を総称して、「アルケニルセフェム化合物」という。
【0012】
本発明において使用されるアルケニルセフェム化合物は、Z体とE体との混合物からなる。Z体及びE体はいずれも公知化合物である。アルケニルセフェム化合物におけるZ体とE体との存在割合に特に制限はなく、この存在割合はアルケニルセフェム化合物の製造条件等に依存する。本発明の目的にかんがみれば、Z体の存在割合がE体の存在割合よりも十分に高いことが望ましいが、本発明の方法を用いることで、簡便にかつ高収率でZ体を得ることが可能である。アルケニルセフェム化合物におけるE体の存在割合は、活性炭による処理前の状態において一般に0.3〜20重量%、特に2〜12重量%である。
【0013】
本発明においては、アルケニルセフェム化合物を、水溶液の状態で活性炭と接触させる。アルケニルセフェム化合物を水溶液とするには、例えばアルケニルセフェム化合物をアルカリで処理し、対応する塩(例えばアルカリ金属塩)の形とすればよい。アルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム等のアルカリ金属水酸化物;炭酸水素ナトリウム等のアルカリ金属炭酸水素塩;炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸リチウム等のアルカリ金属炭酸塩等を用いることができる。これらのアルカリを含む水溶液と、アルケニルセフェム化合物とを混合することで、アルケニルセフェム化合物を水溶液とすることができる。
【0014】
前記の水溶液のpHは、アルケニルセフェム化合物の塩が結晶化して析出しない程度に高pH領域であればよく、一般的には7.1〜9.0、特に7.5〜8.5の弱アルカリ領域とすることが好ましい。また、前記の水溶液に含まれるアルケニルセフェム化合物の塩の濃度は、本発明において臨界的なものではなく、該塩の結晶が析出しない程度の低濃度であればよい。
【0015】
アルケニルセフェム化合物を水溶液とするための別法として、該アルケニルセフェム化合物を、鉱酸で処理し、対応する鉱酸塩の形とする方法が挙げられる。鉱酸としては、例えば塩酸、硫酸、硝酸等が挙げられる。これらの鉱酸と、アルケニルセフェム化合物とを混合することで、該化合物が鉱酸塩の状態となった水溶液を得ることができる。
【0016】
前記の鉱酸塩を含む水溶液のpHは、該鉱酸塩が沈殿しない程度に低pH領域であればよく、一般的には0.5〜1.7、特に0.8〜1.4とすることが好ましい。また、前記の水溶液に含まれる鉱酸塩の濃度は、本発明において臨界的なものではなく、該鉱酸塩の結晶が沈殿しない程度であればよい。
【0017】
前記のアルカリ金属塩と鉱酸塩とを比較すると、鉱酸塩を用いることが好ましい。この理由は、アルケニルセフェム化合物を合成する際に生じる副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体(これについては後ほど詳述する)の吸着除去を、E体の吸着除去と同時に行い得る点からである。鉱酸塩のうち、特に塩酸塩を用いると、Z体の純度を一層高めることができるので好ましい。
【0018】
アルケニルセフェム化合物からE体を選択的に吸着除去するための活性炭について本発明者らが鋭意検討したところ、大きな細孔径のピークと小さな細孔径のピークを有する活性炭を用いることが有効であることが判明した。更に本発明者らが検討を推し進めたところ、このような細孔径分布を有する活性炭は、JIS K−1474に従い測定されたヨウ素吸着性能と、同じくJIS K−1474に従い測定されたメチレンブルー吸着性能が特定の範囲内にあることが判明した。本発明においては、かかる特定のヨウ素吸着性能及びメチレンブルー吸着性能を有する活性炭を用いることで、アルケニルセフェム化合物からE体を選択的に吸着除去することが可能となった。
【0019】
上述した特定のヨウ素吸着性能については、その値が1200mg/g以上であるものを用いる。なお、ヨウ素吸着性能が1600mg/g超であり、かつ以下に述べるメチレンブルー吸着性能を兼ね備えた活性炭を工業的に入手することは極めて困難なので、本発明において用いる活性炭のヨウ素吸着性能の上限は1600mg/gとする。したがって、ヨウ素吸着性能の範囲は好ましくは1200〜1600mg/gであり、更に好ましくは1400〜1600mg/gである。尤も、ヨウ素吸着性能の値は高ければ高いほど好ましいので、1600mg/g超のヨウ素吸着性能を有する活性炭を用いることに何ら差し支えはない。
【0020】
メチレンブルー吸着性能については、その値が250ml/g以上であるものを用いる。なお、メチレンブルー吸着性能が500mg/g超であり、かつ上述したヨウ素吸着性能を兼ね備えた活性炭を工業的に入手することは極めて困難なので、本発明において用いる活性炭のメチレンブルー吸着性能の上限は500ml/gとする。したがって、メチレンブルー吸着性能の範囲は好ましくは250〜500ml/gであり、更に好ましくは280〜500ml/gである。尤も、メチレンブルー吸着性能の値は高ければ高いほど好ましいので、500ml/g超のメチレンブルー吸着性能を有する活性炭を用いることに何ら差し支えはない。
【0021】
通常、水処理等で用いられる活性炭の諸物性は、ヨウ素吸着性能が1200mg/g以下であり、メチレンブルー吸着性能が200ml/g以下である(「活性炭の応用技術」、監修 立本英樹、安部邦夫、発行所 株式会社テクノシステム、発行日 2000年7月25日、第409頁、第555頁参照)ことから、本発明で使用する活性炭のこれらの物性値は、通常の活性炭の値よりも極めて高いものである。このことは、大きな細孔と小さな細孔とが分布していることに起因している。一般に、ヨウ素吸着性能は小さな細孔の分布の指標(つまり、分子量の小さい化合物の吸着性の指標)であり、メチレンブルー吸着性能は大きな細孔の分布の指標(つまり、分子量の大きな化合物の吸着性の指標)である。
【0022】
上述のヨウ素吸着性能及びメチレンブルー吸着性能を満足する活性炭としては、例えばヤシ殻、石炭、木質材等を原料にした水蒸気賦活活性炭が挙げられる。この場合、賦活の条件を適切に制御することや、造粒の条件を適切に制御することで、上述の物性値が満たされるようになる。なお、活性炭の形状は、粉末、粒状又は繊維状でもよく、あるいは成形体であってもよい。上述の物性値を満足する活性炭として市販品を用いることも可能である。そのような市販品としては、例えばユニチカ株式会社から入手可能な活性炭であるユニチカ活性炭繊維 アドールA−20(商品名)や味の素ファインテクノから入手可能な活性炭である液相用活性炭CL−KP(商品名)等が挙げられる。
【0023】
上述の活性炭と、アルケニルセフェム化合物とを接触させる方法に特に制限はない。例えばアルケニルセフェム化合物の水溶液中に、上述の活性炭を添加する方法や、逆に上述の活性炭にアルケニルセフェム化合物の水溶液を添加する方法を採用することができる。あるいは、上述の活性炭をカラムに充填し、アルケニルセフェム化合物の水溶液をポンプ等でカラム送液し、カラム内を通過させ、更にカラム内を複数回循環させる方法や、フィルター等の成形体に活性炭を含有させたものに、アルケニルセフェム化合物の水溶液を接触させる方法を採用することもできる。活性炭の量とアルケニルセフェム化合物の量との比率に特に制限はないが、例えば、水溶液中に含まれるアルケニルセフェム化合物100重量部に対して、活性炭を0.1〜3重量部、特に0.5〜2重量部接触させることが、Z体のロス率を少なくでき、かつE体とフェニル酢酸を効率良く除去できる点から好ましい。
【0024】
上述の活性炭と、アルケニルセフェム化合物とを接触させる条件にも特に制限はない。例えば接触時の温度は、0〜20℃とすることができる。接触時の温度をこの範囲内にすることで、Z体のロス率を少なくでき、かつE体とフェニル酢酸を効率よく除去できるので好ましい。接触時間は、接触時の温度が上述の範囲であることを条件として、0.5〜3時間、特に1〜2時間であることが好ましい。両者を接触させている間、反応系を攪拌状態にしておいてもよく、あるいは静置状態にしておいてもよい。
【0025】
以上の方法は、1回のみ行ってよく、あるいはZ体の純度を高める目的で2回以上の複数回繰り返して行ってもよい。
【0026】
以上の操作によって、Z体及びE体を含むアルケニルセフェム化合物から、E体が選択的に活性炭に吸着除去され、Z体の含有率が高まる。その後は活性炭と処理液とを分離し、処理液に塩酸、硝酸、硫酸等の酸(アルカリで水溶性にした場合)、又は水酸化ナトリウム等のアルカリ(鉱酸で水溶性にした場合)を加えて液のpHを3.8〜4.8の弱酸性領域に調整して、式(2)で表される化合物の結晶を沈殿させる。得られた結晶を、濾別や遠心分離によって分離し、水及びメタノール等の有機溶媒によって洗浄する。処理液のpHを上述の範囲に調整し、その範囲のpHにおいて式(2)で表される化合物を析出させることによって、高純度でかつ高収率で目的物を回収することができる。
【0027】
上述の析出操作によって式(2)で表される化合物を回収するに先立ち、活性炭で処理された処理液中に含まれているフェニル酢酸を除去し、式(2)で表される化合物の純度を更に高める操作を行ってもよい。具体的には、活性炭と処理液とを分離し、処理液に酸(アルカリで水溶性にした場合)又はアルカリ(鉱酸で水溶性にした場合)を加えて液のpHを好ましくは2以下、更に好ましくは1以下にし、有機溶媒を用いてこの水溶液からフェニル酢酸を溶媒抽出する。溶媒抽出を複数回繰り返すことで、処理液中のフェニル酢酸の濃度が次第に低下する。
【0028】
溶媒抽出に用いられる有機溶媒としては、(イ)低級カルボン酸の低級アルキルエステル類、(ロ)ケトン類、(ハ)エーテル類、(ニ)置換又は非置換の芳香族炭化水素類、(ホ)ハロゲン化炭化水素類、(ヘ)脂肪族炭化水素類、(ト)シクロアルカン類がある。これらの有機溶媒は、単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。(イ)の低級カルボン酸の低級アルキルエステル類としては、蟻酸メチル、蟻酸エチル、蟻酸プロピル、蟻酸ブチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル等が挙げられる。(ロ)のケトン類としては、メチルプロピルケトン、メチルブチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジエチルケトン等が挙げられる。(ハ)のエーテル類としては、ジエチルエーテル、エチルプロピルエーテル、エチルブチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、メチルセロソルブ、ジメトキシエタン等が挙げられる。(ニ)の置換又は非置換の芳香族炭化水素類としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、アニソール等が挙げられる。(ホ)のハロゲン化炭化水素類としては、ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン、トリクロロエタン、ジブロモエタン、プロピレンジクロライド、四塩化炭素等が挙げられる。(ヘ)の脂肪族炭化水素類ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等が挙げられる。(ト)のシクロアルカン類としては、シクロペンタン、シクロヘキサン、シクロヘプタン、シクロオクタン等が挙げられる。
【0029】
以上の溶媒抽出を複数回行うことで、処理液中のフェニル酢酸の濃度を好適には0.1重量%以下にまで低減させることが可能となる。溶媒抽出の後は、処理液に炭酸水素ナトリウム等のアルカリを加えて等電点沈殿を行い、結晶を析出させ、これを回収する。
【0030】
本発明において、出発物質として用いられるアルケニルセフェム化合物は、例えば下記式(3)で表される7−置換アシルアミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸の塩を酵素反応に付して7位アミド結合の脱保護反応を行うことで得られる。この塩は水溶性であればその種類に特に制限はない。水溶性の塩としては例えばアルカリ金属塩やアンモニウム塩が挙げられる。
【0031】
【化3】

【0032】
前記の酵素反応の溶媒としては、酵素活性を最大限に引き出す観点から水を用いることが好ましい。酵素反応のpHは、酵素の活性に影響を及ぼす要因となる。酵素の種類にもよるが、この観点からpHを7.5〜8.5に維持することが好ましい。pHの維持には各種のアルカリ水溶液、例えば水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;炭酸水素ナトリウム等のアルカリ金属炭酸水素塩;炭酸ナトリウムや炭酸カリウム等のアルカリ金属炭酸塩等の水溶液を用いることができる。酵素反応の温度も、酵素の活性に影響を及ぼす要因となる。酵素の種類にもよるが、この観点から反応系の温度を25〜35℃に維持することが好ましい。反応時間は本発明において臨界的でない。一般に式(3)で表される化合物が反応系から消失するまで反応を行えばよい。前記のpH及び温度の範囲であることを条件として、反応時間は一般に1〜3時間とすることができる。
【0033】
使用する酵素としては従来公知のペニシリンGアシラーゼを特に制限なく用いることができる。例えばベーリンガーマンハイム社製のペニシリンGアミダーゼPGA−150、PGA−300、PGA−450;ダラス・バイオテック・リミテッド社製のペニシリンGアシラーゼ;ロシュ・モレキュラー・バイオケミカルズ社製のペニシリンGアミダーゼ;湖南福来格生物技術有限公司のIPA−750;アトラス・バイオロジクス社製のSynthaCLEC−PA等を用いることができる。
【0034】
酵素の使用量は、その種類にもよるが、式(3)で表される化合物100重量部に対して0.3〜1.5重量部、特に0.5〜1重量部であることが好ましい。
【0035】
以上の酵素反応によって、アルケニルセフェム化合物の塩が得られる。この酵素反応においては、式(3)で表される化合物における7位のアミド保護基の脱保護によってフェニル酢酸又はその誘導体(以下、これらを総称して「フェニル酢酸類」という)が副生成物として生成する。このフェニル酢酸等は、本製造方法の目的物であるZ体の含有率が高い7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸に対する不純物であることから、その存在を極力排除する必要がある。この目的のために本発明者らが鋭意検討したところ、意外にも、上述の活性炭を、強酸性領域においてアルケニルセフェム化合物と接触させることで、該活性炭によってE体が吸着除去されるのと同時に、フェニル酢酸類も吸着されることが判明した。この点からも、本発明の方法は従来技術の方法に比較して優位なものである。
【0036】
このように、本発明においては、式(3)で表される化合物の塩を酵素反応に付して7位アミド結合の脱保護反応を行うことで生成した、該脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだアルケニルセフェム化合物を原料として用いることが好適である。
【0037】
上述の活性炭によってフェニル酢酸類を効率的に除去するためには、水溶液のpHを強酸性領域である0.5〜1.7、特に0.8〜1.4に設定することが好ましい。この観点から、アルケニルセフェム化合物は、その鉱酸塩の形で水溶液に存在させ、水溶液を強酸性領域とすることが好適である。
【0038】
式(3)で表される化合物は、公知の方法で合成することができる。例えば、下記式(4)で表される7−置換アシルアミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸化合物に、4位カルボン酸保護基の脱保護反応を行うことで、式(3)で表される化合物を得ることができる。脱保護反応としては、β−ラクタム化合物におけるカルボン酸保護基の脱保護反応として公知である種々の方法を採用することができる。例えば、特開平61−263984号公報に記載されている、フェノール類中での脱保護反応を採用することができる。
【0039】
【化4】

【0040】
式(4)中、R2で表されるカルボン酸保護基としては、例えば電子供与性基で置換されていてもよいベンジル基や、電子供与性基で置換されていてもよいジフェニルメチル基等が挙げられる。電子供与性基としては、例えば炭素数1〜6のアルキル基;ヒドロキシ基、炭素数1〜6のアルコキシ基等が挙げられる。
【0041】
以上、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明したが、本発明は前記実施形態に制限されず、当業者の通常の創作能力の範囲内での適宜の改変は、本発明の範囲に属するものである。
【実施例】
【0042】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「重量%」を意味する。
【0043】
実施例及び比較例を説明するに先立ち、使用した分析方法について説明する。分析には高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を用いた。その詳細は以下のとおりである。
・カラム:Unison UK−C18、3μm、250mm×4.6mm
・カラム温度:30℃
・移動相(体積比):アセトニトリル13%、10mMへプタンスルホン酸ナトリウム水溶液87%
・流量:0.8ml/min
・検出波長:254nm
・注入量:10μL
・Z体保持時間:29.0〜30.0分
・E体保持時間:31.0〜32.0分
・E体含有量:E体面積値/(Z体面積値+E体面積値)×100(%)
【0044】
フェニル酢酸の含有量の分析方法は以下のとおりである。
・カラム:SUPELCO ODS HYPERSIL 5μm 250×4.6mm
・カラム温度:25℃
・移動相(体積比):アセトニトリル20%、50mMリン酸二水素カリウム80%
・流量:1.0ml/min
・検出波長:225nm
・注入量:10μL
・Z体+E体保持時間:2.5〜3.5分
・フェニル酢酸保持時間:8.5〜9.5分
・フェニル酢酸含有量計算式
〔フェニル酢酸面積値/((Z+E)体面積値+フェニル酢酸面積値)〕×100(%)
【0045】
〔実施例1〕
(1)第1工程
下記式(5)で表される化合物(E体の含有率3.5%)を10.0g四口フラスコにはかり取り、6%炭酸水素ナトリウム水溶液240gを加えてナトリウム塩の水溶液となした。この水溶液に、ペニシリン−Gアシラーゼ酵素(PGA−450、Dalas Biotech Limited製)を7.0g添加した。液温25〜30℃の5%炭酸ナトリウム水溶液を添加して、pHを7.7〜8.5に制御しながら式(5)で表される化合物のナトリウム塩の7位脱保護反応を2時間行った。反応終了後、溶液中にE体を3.5%含有する下記式(6)で表される化合物のナトリウム塩が7.0g含まれていた。また、フェニル酢酸が16.6%含まれていた。
【0046】
【化5】

【0047】
【化6】

【0048】
(2)第2工程
第1工程に引き続き、酵素を濾別し、液温を20℃以下に保ちながら濃塩酸でpH0.9に調整した。これによって式(6)で表される化合物の塩酸塩の水溶液を得た。次いで、この水溶液に活性炭(ユニチカ株式会社製のユニチカ活性炭繊維 アドールA−20(商品名))を6.2g添加し、1時間静置した。この活性炭は、JIS K−1474に従い測定されたヨウ素吸着性能が1580mg/gであり、メチレンブルー吸着性能が310ml/gであった。その後、活性炭を濾別し、水溶液に1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.3に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(1)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで結晶を洗浄、乾燥した。得られた結晶の分析結果は以下のとおりであった。
・Z体収率:92.0%
・E体含有量:0.28%
・フェニル酢酸含有量(活性炭濾別後):3.9%
1H−NMR(D2O/DCl) ppm from TSP
2.52(s、3H、CH3)、3.56〜3.60(d、1H、S−CH(H)、18.3Hz)、3.75〜3.78(d、1H、S−CH(H)、18.6Hz)、5.25〜5.26(d、1H、S−CH、5.2Hz)、5.44〜5.45(d、1H、N−CH、5.2Hz)、6.78(s、2H、CH=CH)、9.78(s、1H、S−CH=N)
【0049】
〔実施例2〕
実施例1の第1工程において、式(5)で表される化合物においてE体の含有率が4.6%のものを用い、実施例1と同様にして第1工程を行った。反応終了後、溶液中にE体を4.6%含有する式(6)の化合物のナトリウム塩が7.0g含まれていた。また、フェニル酢酸が16.7%含まれていた。その後、酵素
酵素を濾別し、第2工程を行った。第2工程においては、液温を20℃以下に保ちながら濃塩酸でpH0.9に調整した。これによって式(6)で表される化合物の塩酸塩の水溶液を得た。次いで、この水溶液に活性炭(味の素ファインテクノ製のCL−KP(商品名))を5.6g添加し、1時間攪拌した。この活性炭のヨウ素吸着性能は1620mg/gであり、メチレンブルー吸着性能は280ml/gであった。その後、活性炭を濾別し、水溶液に1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.3に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(1)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで結晶を洗浄、乾燥した。これら以外は実施例1と同様にした。得られた結晶の分析結果は以下のとおりであった。
・Z体収率:91.9%
・E体含有量:0.25%
・フェニル酢酸含有量(活性炭濾別後):3.9%
【0050】
〔実施例3〕
実施例2の第1工程において、式(5)で表される化合物においてE体の含有率が3.5%のものを用い、実施例2と同様にして第1工程を行った。反応終了後、溶液中にE体を3.5%含有する式(6)の化合物のナトリウム塩が7.0g含まれていた。また、フェニル酢酸が16.7%含まれていた。次いで、実施例2の第2工程において濃塩酸の代わりに15%硫酸を用いた。これら以外は実施例2と同様にして式(1)で表される化合物の結晶を得た。これら以外は実施例2と同様にした。得られた結晶の分析結果は以下のとおりであった。
・Z体収率:93.3%
・E体含有量:0.15%
・フェニル酢酸含有量(活性炭濾別後):4.1%
【0051】
〔実施例4〕
実施例2の第1工程において、式(5)で表される化合物においてE体の含有率が3.5%のものを用い、実施例2と同様にして第1工程を行った。反応終了後、溶液中にE体を3.5%含有する式(6)の化合物のナトリウム塩が7.0g含まれていた。また、フェニル酢酸が16.7%含まれていた。この水溶液のpHは7.7〜8.5の間であった。次いで、この水溶液に実施例2で用いた活性炭と同様のものを4.6g添加し、20℃に保ちながら1時間撹拌した。その後、活性炭を濾別し、水溶液に3Nの塩酸を加えてpH 4.3に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(1)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで結晶を洗浄、乾燥した。これら以外は実施例2と同様にした。得られた結晶の分析結果は以下のとおりであった。本実施例においては、活性炭を作用させるときの水溶液のpHがアルカリ域であることに起因して、フェニル酢酸の含有量が実施例2よりも高くなった。
・Z体収率:92.5%
・E体含有量:0.20%
・フェニル酢酸含有量(活性炭濾別後):17.0%
【0052】
〔実施例5〕
実施例2の第1工程において、式(5)で表される化合物においてE体の含有率が3.5%のものを用い、実施例1と同様にして第1工程を行った。反応終了後、溶液中にE体を3.5%含有する式(6)の化合物のナトリウム塩が7.0g含まれていた。また、フェニル酢酸が16.8%含まれていた。次いで、実施例2の第2工程と同様の操作を行った。ただし、活性炭の使用量は4.6gとした。これら以外は実施例2と同様にして式(1)で表される化合物の結晶を得た。得られた結晶の分析結果は以下のとおりであった。
・Z体収率:93.7%
・E体含有量:0.12%
・フェニル酢酸含有量(活性炭濾別後):4.0%
【0053】
〔比較例1〕
実施例1の第1工程と同様の操作を行った。反応終了後、溶液中にE体を3.5%含有する式(6)の化合物のナトリウム塩が6.9g含まれていた。また、フェニル酢酸が16.7%含まれていた。次いで、実施例1の第2工程と同様の操作を行った。ただし、活性炭として、味の素ファインテクノ製のCL−H(商品名)を用いた。この活性炭は、JIS K−1474に従い測定されたヨウ素吸着性能が980mg/gであり、メチレンブルー吸着性能が180ml/gであった。この活性炭の使用量は4.6gとした。これら以外は実施例1と同様にして式(1)で表される化合物の結晶を得た。得られた結晶の分析結果は以下のとおりであった。また、フェニル酢酸含有量は6.2%であった。
・Z体収率:94.2%
・E体含有量:3.0%
【0054】
〔比較例2〕
実施例1の第1工程と同様の操作を行った。反応終了後、溶液中にE体を3.5%含有する式(6)の化合物のナトリウム塩が7.0g含まれていた。また、フェニル酢酸が16.7%含まれていた。次いで、実施例1の第2工程と同様の操作を行った。ただし、活性炭として、味の素ファインテクノ製のBA−WD(商品名)を用いた。この活性炭は、JIS K−1474に従い測定されたヨウ素吸着性能が970mg/gであり、メチレンブルー吸着性能が180ml/gであった。この活性炭の使用量は4.6gとした。これら以外は実施例1と同様にして式(1)で表される化合物の結晶を得た。得られた結晶の分析結果は以下のとおりであった。また、フェニル酢酸含有量は5.8%であった。
・Z体収率:93.0%
・E体含有量:2.8%
【0055】
以上の結果から明らかなように、本発明に従い特定のヨウ素吸着性能及びメチレンブルー吸着性能を有する活性炭を用いることで、E体を選択的に除去することができる。また、フェニル酢酸も除去することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の水溶液を、JIS K−1474に従い測定されたヨウ素吸着性能が1200mg/g以上であり、メチレンブルー吸着性能が250ml/g以上である活性炭と接触させて処理することを特徴とする、下記式(2)で表される7−アミノ−3−[(Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の含有率が向上した式(1)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の製造方法。
【化1】

【化2】

【請求項2】
前記式(1)で表される化合物を、鉱酸で処理して鉱酸塩となし、該鉱酸塩を含む低pH領域の前記水溶液を前記活性炭と接触させる請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記鉱酸が塩酸である請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
下記式(3)で表される7−置換アシルアミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸の塩を酵素反応に付して7位アミド結合の脱保護反応を行うことで生成した、該脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ前記式(1)で表される化合物を原料として用いる請求項1ないし3のいずれかに記載の製造方法。
【化3】

【請求項5】
前記活性炭で処理した後の処理液のpHを3.8〜4.8に調整して、式(2)で表される化合物の結晶を沈殿させる請求項1ないし4のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2010−24148(P2010−24148A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−184328(P2008−184328)
【出願日】平成20年7月15日(2008.7.15)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】