説明

4−アルキルウンベリフェロンの新規薬理用途

【課題】 4−アルキルウンベリフェロンの新規薬理用途を提供すること。
【解決手段】 本発明は、4−アルキルウンベリフェロンまたはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする、タンパク質のO−結合型β−N−アセチルグルコサミン(O−GlcNAc)化の亢進剤およびタンパク質のリン酸化の抑制剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、4−メチルウンベリフェロン(4−Methylumbelliferone:MU)に代表される4−アルキルウンベリフェロンの新規薬理用途に関する。
【背景技術】
【0002】
下記の化学構造式で表されるMUは、古くから利胆剤としての薬理用途が知られている他、本発明者のこれまでの研究によってヒアルロン酸に対する合成阻害作用を有することが見出されている。また、最近、本発明者は、MUのヒアルロン酸合成酵素2(HAS2)遺伝子発現抑制作用、ヒアルロン酸分解酵素HYAL1遺伝子発現抑制作用、マトリックスメタロプロテアーゼ9(MMP−9)遺伝子発現抑制作用を特許文献1において報告している。しかしながら、MUをはじめとする4−アルキルウンベリフェロンが有する薬理作用は、未だ十分に解明されるには至っていない。
【0003】
【化1】

【0004】
【特許文献1】特開2007−1955号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、4−アルキルウンベリフェロンの新規薬理用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記の点に鑑みて鋭意研究を進めた結果、MUが細胞内のタンパク質のO−結合型β−N−アセチルグルコサミン(O−GlcNAc)化を亢進させ、そのリン酸化を競合的に抑制することを新たに見出した。
【0007】
上記の知見に基づいてなされた本発明のタンパク質のO−GlcNAc化の亢進剤は、請求項1記載の通り、4−アルキルウンベリフェロンまたはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする。
また、本発明のタンパク質のリン酸化の抑制剤は、請求項2記載の通り、4−アルキルウンベリフェロンまたはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする。
また、請求項3記載の抑制剤は、請求項2記載の抑制剤において、タンパク質が微小管結合タンパク質であるタウ(Tau)であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、4−アルキルウンベリフェロンの新規薬理用途としてのタンパク質のO−GlcNAc化の亢進剤およびタンパク質のリン酸化の抑制剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明のタンパク質のO−GlcNAc化の亢進剤およびタンパク質のリン酸化の抑制剤は、4−アルキルウンベリフェロンまたはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とするものである。
【0010】
多くのタンパク質は、遺伝子からタンパク質に翻訳されただけではその機能を適切に発現することは少なく、翻訳後修飾によりその機能調節がなされている。シグナル伝達に関与する種々のタンパク質や酵素、あるいは細胞骨格タンパク質などのリン酸化は、この翻訳後修飾の代表例であり、これまでリン酸化・脱リン酸化による数多くのタンパク質の機能調節機構が明らかにされている。一方、タンパク質のO−GlcNAc化は、20年程前に初めて見出されたものであり、セリン(Ser)残基やスレオニン(Thr)残基の水酸基にGlcNAcが結合するもので、Ser/Thrキナーゼによるリン酸化と同じ部位で起こることによってこれと競合し、リン酸化とは異なる機能をタンパク質に付与することが知られている(図3参照)。しかしながら、細胞内のタンパク質のO−GlcNAc化を人為的に亢進させる方法は、本発明者が知る限りにおいてこれまでに報告がない。理論的には、O−GlcNAc転移酵素(OGT)のcDNAを細胞内に導入してこれを強制的に発現させる方法の他、O−GlcNAc加水分解酵素(O−GlcNAcase)を阻害する薬剤を用いる方法やこの遺伝子をノックアウトする方法なども考えられるが、生体に対する実用化への道は遠い。本発明によれば、簡便にタンパク質のO−GlcNAc化を亢進させることができるので、例えば、種々のタンパク質のO−GlcNAc化による機能調節の解析が可能となる。また、タンパク質のO−GlcNAc化やリン酸化は、近年、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患やII型糖尿病などと密接な関連があることが明らかにされていることから、本発明のタンパク質のO−GlcNAc化の亢進剤およびタンパク質のリン酸化の抑制剤は、これらの疾患に対する予防・治療薬やそのスクリーニングツール(例えば研究試薬など)となり得る。
【0011】
本発明において有効成分とする4−アルキルウンベリフェロンとしては、MUの他、4−エチルウンベリフェロン、4−プロピルウンベリフェロン、4−ブチルウンベリフェロンなどの、4位に炭素数1〜4のアルキル基を有するウンベリフェロン(7−ヒドロキシクマリン)を例示することができる。これらは公知の化合物であるか、新規な化合物であっても自体公知の方法によって製造することができる。その薬学的に許容される塩としては、ナトリウム塩やカリウム塩などのアルカリ金属塩などを例示することができる。
【0012】
4−アルキルウンベリフェロンまたはその薬学的に許容される塩は、経口投与または非経口投与(例えば、静脈注射、皮下投与、直腸投与など)することができる。投与に際してはそれぞれの投与方法に適した剤型に製剤化すればよい。製剤形態としては、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、細粒剤、丸剤、トローチ剤、舌下錠、坐剤、軟膏、注射剤、乳剤、懸濁剤、シロップなどが挙げられ、これら製剤の調製は、無毒性の賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、防腐剤、等張化剤、安定化剤、分散剤、酸化防止剤、着色剤、矯味剤、緩衝剤などの添加剤を使用して自体公知の方法にて行うことができる。無毒性の添加剤としては、例えば、でんぷん、ゼラチン、ブドウ糖、乳糖、果糖、マルトース、炭酸マグネシウム、タルク、ステアリン酸マグネシウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ペトロラタム、グリセリン、エタノール、シロップ、塩化ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、クエン酸、ポリビニルピロリドン、水などが挙げられる。なお、製剤中には、本発明の有用性を補強したり増強したりするために、他の薬剤を含有させてもよい。
【0013】
製剤中における有効成分の含有量は、その剤型に応じて異なるが、一般に0.1〜100重量%の濃度であることが望ましい。製剤の投与量は、投与対象者の性別や年齢や体重の他、症状の軽重、医師の診断などにより広範に調整することができるが、一般に1日当り0.01〜300mg/kgとすることができる。上記の投与量は、1日1回または数回に分けて投与すればよい。
【実施例】
【0014】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0015】
実施例1:MUの細胞内のタンパク質のO−GlcNAc化の亢進作用
(実験方法)
1.細胞培養
ヒト皮膚線維芽細胞(以下HDFと略)を、10%ウシ胎児血清(BIOSOURCE社,Rockville,MD,USA)、1%ペニシリン-ストレプトマイシン溶液(100 unit/ml Penicillin G + 100 μg/ml Sreptomycinsulfate,GibcoBRL社,Gland Island,NY,USA)および1%Fungizone(GibcoBRL社)を含むEagleの最小必須培地(以下MEM,Mediatech社,Horndon,VA,USA)にて、100-mmシャーレにコンフルエントになるまで、37℃、5%CO2-95%airの条件下で培養した。培地を除き、細胞層をダルベッコのCa2+およびMg2+不含リン酸緩衝液(以下PBS(−)と略)で2回洗浄した後、0.1%DMSO存在下で0.1 mM,0.2 mM,0.5 mM,1.0 mM,および1.5 mMの各濃度のMUを含む無血清MEMで48時間さらに培養した。コントロールは0.1%DMSOを含む無血清MEMとした。
【0016】
2.試料調製
HDFを、0.25%トリプシン処理によりシャーレからはがして回収した。その後、lysis buffer(50 mM Tris-HCl,pH 7.5,150 mM NaCl,5 mM EDTA,0.5% Nonidet P40,protease inhibitor cocktail (Roche))(フォスファターゼ阻害剤としてNaFおよびNa3VO4も含む)で細胞をソニケーションにより破砕した。これを10,000 x g、4℃で3分遠心した後、上清をウェスタンブロット用の試料とした。
【0017】
3.ウェスタンブロット
試料溶液と濃縮SDSサンプルbufferを2:1で混合し、SDS-ポリアクリルアミドゲル(7.5%アクリルアミド)を行った。泳動後、ゲル上で分離されたタンパク質をセミドライ型トランスブロッター(ATTO社、東京)にてニトロセルロース膜(Hybond-ECL,Amersham Biosciences)に転写した。転写した膜をブロッキング液に浸し、室温で1時間振盪しながらブロッキングを行った。TBST(25 mM Tris-HCl (pH 7.4),0.14 M NaCl,27 mM KCl,0.05%Tween 20)で2分×2回、5分間洗浄した後、一次抗体液中に移して4℃で一晩振盪した。その後、膜をTBSTで2分×2回、10分×1回、5分×1回洗浄した後、ブロッキング液と同じ溶液で希釈した二次抗体液に移して室温で振盪した。振盪後、膜をTBSTで2分×2回、10分×1回、5分×1回洗浄した。その後発色液(ECL Plus Western Boltting Detection System,GE Heathcare社)を適度に加え、遮光した状態で発色させた後、化学発光して検出(ChemiDoc XRS,イメージングソフト Quantity One 日本バイオ・ラッドラボラトリーズ)を行った。なお、一次抗体には抗O-GlcNAcマウスモノクローナル抗体(Affinity BioReagent社(1:1000))を用いた。二次抗体にはペルオキシダーゼ標識抗マウスIgG抗体(Amersham社(1:1000))を用いた。ブロッキング液には3%スキムミルクを含むTBSTを用いた。
【0018】
(実験結果)
結果を図1に示す。図1から明らかなように、HDFをMUの存在下で培養することで、MUの濃度が高くなるにつれて、細胞内におけるO-GlcNAc化タンパク質の増加が認められた。なお、別途の実験において、HDFを、1.0 mMのMUと0.1 μg/mlの12-O-テトラデカノイルホルボール-13-アセテート(タンパク質のリン酸化の亢進作用を有するプロテインキナーゼCの活性化剤。以下TPA)を同時に含む培地で培養し、細胞層を可溶化し、固定化金属アフィニティクロマト(IMAC)によりリン酸化画分および非リン酸化画分に分け、各画分について抗リン酸化セリン抗体および抗リン酸化スレオニン抗体を用いたウェスタンブロットを行ったところ、リン酸化タンパク質の量は、HDFを0.1μg/mlのTPAのみを含む培地で培養した場合のリン酸化タンパク質の量に比較して減少した。以上の結果から、MUは、細胞内のタンパク質のO-GlcNAc化を亢進させ、そのリン酸化を競合的に抑制することがわかった。
【0019】
実施例2:MUの微小管結合タンパク質であるタウ(Tau)のリン酸化の抑制作用
(実験方法)
1.細胞培養
HDFを、10%ウシ胎児血清(BIOSOURCE社,Rockville,MD,USA)、1%ペニシリン-ストレプトマイシン溶液(100 unit/ml Penicillin G + 100 μg/ml Sreptomycinsulfate,GibcoBRL社,Gland Island,NY,USA)および1%Fungizone(GibcoBRL社)を含むEagleの最小必須培地(以下MEM,Mediatech社,Horndon,VA,USA)にて、100-mmシャーレにコンフルエントになるまで、37℃、5%CO2-95%airの条件下で培養した。培地を除き、細胞層をダルベッコのCa2+およびMg2+不含リン酸緩衝液(以下PBS(−)と略)で2回洗浄した後、0.11%DMSO存在下で1.0 mM MU,0.1 μg/ml TPA,0.1 μg/ml TPA + 1.0 mM MUを含む無血清MEMで48時間さらに培養した。コントロールは0.11%DMSOを含む無血清MEMとした。
【0020】
2.試料調製
HDFの細胞層に、フォスファターゼ阻害剤(NaF,Na3VO4)を含むlysis bufferを加え、ラバーポリスマンでスクレープした。これをプラスチックチューブに移し、ソニケーターで細胞を処理した。これを10,000 x g、4℃で3分遠心した後、上清に対する固定化金属アフィニティクロマトにより、リン酸化タンパク質の分画を行った。具体的には、PhosphoCruzProtein Purification System(Santa Cruz Biotechnology社)を用い、メーカーのプロトコールに従い、2 X Binding/Wash bufferで平衡化した固定化金属アフィニティクロマトカラムに、PhosphoCruz phosphatase inhibitorカクテルを加えた同バッファーで5倍希釈した細胞抽出液(タンパク質として2.4 mg)を加え、カラムの両端にキャップをして4℃で30分ローテートした。素通し画分(非リン酸化タンパク質画分)をカラム下端から回収した後、カラムを2 mlの2 X Binding/Washingバッファーで3回洗浄した。その後、PhosphoCruz Elutionバッファーの1mlで4回カラムを溶出した(リン酸化タンパク質画分)。両画分をARTKISS遠心ろ過チューブシステム(分画分子量10,000,アドバンテック東洋,東京)を用いて約200μlに濃縮し、ウェスタンブロット用の試料とした。
【0021】
3.ウェスタンブロット
リン酸化タンパク質画分と非リン酸化タンパク質画分のそれぞれの試料溶液を用い、実施例1と同様にして行った。なお、一次抗体には抗Tauラビットポリクローナル抗体(Abcam社 (1:500))を用いた。二次抗体にはペルオキシダーゼ標識抗ラビットIgG抗体(Abcam社 (1:2000))を用いた。ブロッキング液には3%スキムミルクを含むTBSTを用いた。
【0022】
(実験結果)
結果を図2に示す。図2から明らかなように、MUは、O-GlcNAc化されることが報告されているタンパク質であるTauのリン酸化を顕著に抑制した(TPA+,MU+,IMACカラム+(リン酸化タンパク質画分)のTPA+,MU-,IMACカラム+との比較による)。アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患においては、Tauが過剰にリン酸化されることにより微小管に結合できなくなり、その結果、微小管がほどけ、脆弱になると言われており、また、過剰にリン酸化されたTauは凝集し、蓄積して神経細胞の変性を招くことが知られているが、MUがTauのリン酸化を顕著に抑制したことで、MUは神経変性疾患の予防・治療薬となり得ることがわかった。なお、Tauと同じように、O-GlcNAc化されることが報告されているタンパク質であるp53とNF-κB(p65)について、そのリン酸化をMUが抑制するかどうかを同様にして調べたところ、意外にも、MUはこれらのタンパク質のリン酸化は抑制しなかった。
【0023】
製剤例1:錠剤
1錠当たり5mgのMUを含む以下の成分組成からなる200mg錠剤を、各成分をよく混合してから打錠することで製造した。
MU 5mg
乳糖 137mg
でんぷん 45mg
カルボキシメチルセルロース 10mg
タルク 2mg
ステアリン酸マグネシウム 1mg
合計200mg/錠
【0024】
製剤例2:カプセル剤
1カプセル当たり20mgのMUを含む以下の成分組成からなる100mgカプセル剤を、各成分をよく混合してからカプセルに充填することで製造した。
MU 20mg
乳糖 53mg
でんぷん 25mg
ステアリン酸マグネシウム 2mg
合計100mg/カプセル
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明は、4−アルキルウンベリフェロンの新規薬理用途としてのタンパク質のO−GlcNAc化の亢進剤およびタンパク質のリン酸化の抑制剤を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施例1におけるMUの細胞内のタンパク質のO−GlcNAc化の亢進作用を示すウェスタンブロットの結果である。
【図2】実施例2におけるMUがTauのリン酸化を顕著に抑制することを示すウェスタンブロットの結果である。
【図3】タンパク質のO−GlcNAc化とリン酸化との関係を示す概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4−アルキルウンベリフェロンまたはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする、タンパク質のO−結合型β−N−アセチルグルコサミン(O−GlcNAc)化の亢進剤。
【請求項2】
4−アルキルウンベリフェロンまたはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする、タンパク質のリン酸化の抑制剤。
【請求項3】
タンパク質が微小管結合タンパク質であるタウ(Tau)であることを特徴とする、請求項2記載の抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−249287(P2009−249287A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−94793(P2008−94793)
【出願日】平成20年4月1日(2008.4.1)
【出願人】(504229284)国立大学法人弘前大学 (162)
【Fターム(参考)】