説明

ADNF受容体

【課題】筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病因となる運動神経細胞死を抑制する作用を持つ、ADNF(Activity-Dependent Neurotrophic Factor)の受容体を同定し、該受容体と結合する化合物、又はADNFと受容体との結合を阻害又は促進する化合物を同定するための、スクリーニング方法を提供する。
【解決手段】特定の塩基配列からなるDNAによりコードされ、特定のアミノ酸配列を有するADNF受容体。および、該受容体を用いた、運動神経細胞死抑制効果を持つ、ADNF受容体アンタゴニスト化合物のスクリーニング方法。さらに、該化合物を用いたALSの治療・予防薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ADNF(Activity-Dependent Neurotrophic Factor)の受容体、該受容体が強制発現された形質転換細胞、該受容体に結合する化合物のスクリーニング方法、該化合物を含む医薬組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis ; ALS)は有病率が4〜6人/10万人の運動神経特異的な神経変性疾患である。症例の多くは中年期以降に進行性に随意筋の筋力が低下し、球麻痺症状が出現し、呼吸不全で死亡する。平均生命予後は2〜3年である。病理学的には、選択的な上位下位運動神経の変性・脱落が出現する。
【0003】
ALS症例のうち、約90%は孤発性に、約10%は家族性に発症する。家族性ALSの中でも最も頻度が高い遺伝子異常はSOD1(Cu/Zn-Superoxide dismutase 1) 遺伝子のmissense点突然変異(mSOD1)であり、全ALS症例の2〜3%はこの常染色体優性遺伝する遺伝子変異をもつ。現在までの研究で、1)SOD1活性を有するmSOD1でもALSを起こすこと、2)SOD1ノックアウトマウスはALSの症状を示さないこと、3)G93A-SOD1トランスジェニックマウスの細胞内でのSOD1活性は野生型よりも高いことなどから、mSOD1が何らかの新しい毒性を獲得すること (Gain of function) によって運動神経細胞死が導かれ、ALSが発症すると考えられている。強制的にmSOD1を発現させたALSの細胞モデルや動物モデルを用いて近年急速にALSの研究が進捗し、その結果、ALSの発症メカニズムについてはいくつかの有力な説が提唱されるに至った。しかし、現時点ではまだ正確なALSの発症メカニズムは確立されていない。
【0004】
また、現在のところ有効な治療法はほとんど存在しない。細胞外Glutamateの濃度上昇による細胞死がALS発症に関与するというグルタミン酸仮説に基づき開発されたGlutamate放出阻害剤Riluzoleは現在唯一臨床で使用されている薬剤だが、寿命を3ヶ月程度延長するという乏しい効果を示すのみである。
【0005】
ADNFは、1996年Gozesらのグループによって、初代培養AstrocyteをVIP (Vasocular intestinal peptide)で刺激した際、その上清中に見出された神経栄養因子である。TetrodotoxinやAβなど、多彩な神経毒性に拮抗して神経細胞死を抑制することが報告されている(非特許文献1)
【0006】
2004年、本発明者等のグループは新しいALS治療薬を求めて、in vitroにおいてmSOD1誘導性運動神経細胞死を抑制する因子を探索した。その結果、9残基のアミノ酸(SALLRSIPA)からなる神経栄養性ペプチドADNF(Activity-dependent neurotrophic factor)が目的に適った因子であることを見出し、ADNFがfMレベルの低濃度で、in vitroにおけるmSOD1誘導性の運動神経細胞死を抑制し、かつ、ALSモデルマウスの運動機能を改善することを世界で初めて発見した。また、平行して実施したin vitro研究により、我々はADNFの抗ALS作用の機序に、何らかのチロシンキナーゼとCaMKIV(Calcium/Calmodulin-dependent protein kinase IV)が関与することを見出した。(非特許文献2、2)。
【0007】
本発明者等は、更にこの研究を押し進め、2006年、ADNFの誘導体であるColivelinが、ALSモデルマウスの生命予後をも改善することを明らかにした(3)。
【0008】
以上の研究から、ADNF及びその誘導体はALS関連の運動神経細胞死を抑制するという機序をもったALSの新規治療薬となりうる可能性の非常に高い薬剤候補と考えられる。
【0009】
尚、これまでに、ADNFが結合する可能性を示すタンパク質としてチューブリンが報告されている(非特許文献3)が、これとの結合によってADNFの細胞死抑制効果が抑制されることは示されてなく、該タンパク質はADNFの受容体として機能しているものではないと考えられる。
【0010】
【非特許文献1】Brenneman DE & Gozes I., J. Clin. Invest 97 (1996), pp2299-2307
【非特許文献2】Chiba T, Hashimoto Y, Tajima H, Yamada M, Kato R, Niikura T, Terashita K, Schulman H, Aiso S, Kita Y, Matsuoka M,& Nishimoto I., Journal of Neuroscience. 78(4) (2004), pp542-52
【非特許文献3】Holtser-Cochav M, Divinski I & Gozes I. Tubulin is the target binding site for NAP-related peptides: ADNF-9, D-NAP, and D-SAL. J Mol Neurosci 28 (2006), pp303-7
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って、本発明の目的は、ADNFの受容体を同定し、ADNFの抗ALS作用の具体的なシグナル伝達経路を解明し、更には、ADNF受容体と結合する化合物、又は、ADNFとADNF受容体との結合を阻害又は促進する化合物を同定するためのスクリーニング系等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
即ち、本発明は、以下の各態様に係る。
[態様1]以下のアミノ酸配列を有するポリペプチドから成るADNF受容体:
(1)配列番号2又は3に示されるアミノ酸配列;
(2)配列番号2又は3に示されるアミノ酸配列において一個又は数個のアミノ酸が、欠失、置換又は挿入されたアミノ酸配列;又は、
(3)配列番号2又は3に示されるアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列。
[態様2]以下の塩基配列を含むポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドから成るADNF受容体:
(1)配列番号1で示される塩基配列において、配列番号2をコードする塩基配列;
(2)塩基配列(1)と相補的な塩基配列から成るポリヌクレオチドとストリンジェントなハイブリダイズする塩基配列;又は、
(3)塩基配列(1)と70%以上の相同性を有する塩基配列。
[態様3]哺乳動物由来である、態様1又は2記載のADNF受容体。
[態様4]態様1〜3のいずれか一項に記載のADNF受容体に結合する化合物又はADNFとADNF受容体との結合を阻害又は促進する化合物のスクリーニング方法。
[態様5]ADNF受容体に結合する化合物が、該受容体アゴニストである、態様4記載のスクリーニング方法。
[態様6]ADNF受容体に結合する化合物が運動神経細胞死抑制効果を有する化合物である、態様5記載のスクリーニング方法
[態様7]ADNF受容体に結合する化合物が、該受容体アンタゴニストである、態様4記載のスクリーニング方法。
[態様8]態様4〜7項のいずれか一項に記載のスクリーニング方法であって、
(a) ADNF受容体に試験試料を接触させる工程、
(b)該受容体と該試験試料に含まれる化合物との結合特性を測定する工程、及び
(c)該受容体に結合する化合物を選択する工程、を含む前記方法。
[態様9]請求4〜7項のいずれか一項に記載のスクリーニング方法であって、
(a)試験試料に含まれる化合物の存在下で、ADNFとADNF受容体とを接触させる工程、
(b)ADNFとADNF受容体との結合変化を測定する工程、及び
(c)ADNFとADNF受容体との結合を阻害又は促進する化合物を選択する工程、を含む前記方法。
[態様10]ADNF受容体が細胞で強制発現されているものである、態様8又は9に記載のスクリーニング方法。
[態様11]ADNF受容体が、該受容体をコードする遺伝子を含む発現ベクターによって形質転換された細胞で強制発現されているものである、態様8又は9に記載のスクリーニング方法。
[態様12]ADNF受容体と化合物との結合特性を、運動神経細胞死に対する抑制作用の変化を検出することにより測定する、態様4〜11のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
[態様13]無細胞系において実施する態様4〜11のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
[態様14]態様1〜3のいずれか一項に記載のADNF受容体をコードする遺伝子を含む発現ベクターによって形質転換された細胞。
[態様15]ADNF受容体が強制発現されている態様14記載の形質転換細胞。
[態様16]ADNF受容体をコードする遺伝子がノックアウトされている細胞。
[態様17]ES細胞である、態様16記載の細胞。
[態様18]態様17記載のES細胞に由来するヒト以外のノックアウト動物。
[態様19]ホモ接合体である、態様18記載のノックアウト動物。
[態様20]齧歯類である、態様18又は19記載のノックアウト動物。
[態様21]態様1〜3のいずれかに記載のADNF受容体に結合する化合物を有効成分とする神経細胞死抑制剤である医薬組成物。
[態様22]態様1〜3のいずれかに記載のADNF受容体に結合する化合物を有効成分とする神経変性を伴う疾病の予防または治療に用いられる医薬組成物。
[態様23]態様1〜3のいずれかに記載のADNF受容体に結合する化合物を有効成分とする筋萎縮性側索硬化症の予防または治療に用いられる医薬組成物。
[態様24]態様1〜3のいずれかに記載のADNF受容体に特異的に結合する抗体。
【発明の効果】
【0013】
本発明によって、初めてADNF受容体であるタンパク質が同定され、該受容体に結合する化合物等のスクリーニング方法、及び該化合物を含む医薬組成物等を提供することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に於いて、「ADNF受容体」とは、ADNFと特異的に結合することでき、それによってADNFの運動神経細胞死又は運動神経の変性・脱落に対する抑制効果が発揮されるようなタンパク質を意味する。その由来に特に制約はないが、特にヒト及びマウス等の齧歯類を含む哺乳動物由来のものが好ましい。
【0015】
その代表的例として、配列番号2に示されるアミノ酸配列を有するマウス由来のポリペプチド(以下、本明細書中で、「S1」とも称する)、又は、配列番号3に示されるアミノ酸配列を有するヒト由来のポリペプチドを挙げることができる。
【0016】
S1は遺伝子としては公知(locus accession number:BC058560)であり、LanC (bacterial lantibiotic synthetase component C)-like 1をコードすると推測されている(Strausberg, R.L., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 99(26), 16899-16093 (2002))。そのcDNAクローン(MGC:68071 IMAAGE:6315377)は、I.M.A.G.E. Consortium/LLNL (http://image.llnl.gov) 等から入手することが出来る。又、配列番号3に示されるアミノ酸配列を有するヒト由来のポリペプチドも同様にLanC1 (locus accession number:CAG46576)としては公知であり、そのクローン(No.834)はRZPD LIB から入手可能である。しかしながら、これらのタンパク質の実際の機能は未知であり、特に、ADNFの受容体としての機能は一切知られていない。因みに、配列番号2と配列番号3のアミノ酸配列間の相同性は、90%である。
【0017】
本発明のADNF受容体には、配列番号2又は3に示されるアミノ酸配列において一個又は数個のアミノ酸が、欠失、置換又は挿入されたアミノ酸配列、又は、配列番号2又は3のアミノ酸配列と、夫々比較対象となる基準配列の全長にわたり、少なくとも70%の同一性を示し、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチドから成るものも含まれる。
【0018】
同様に、本発明のADNF受容体には、塩基配列(1)と相補的な塩基配列から成るポリヌクレオチドとストリンジェントなハイブリダイズする塩基配列、又は、配列番号1で示される塩基配列において、配列番号2をコードする塩基配列と、比較対象となる基準配列の全長にわたり、少なくとも70%の同一性を示し、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上の同一性を有す る塩基配列を含むポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドから成るものも含まれる。
【0019】
このような配列の同一性パーセンテージは、基準配列を照会配列として比較するアルゴリズムをもった公開又は市販されているソフトウェアを用いて計算することができる。例として、BLAST、FASTA、又はGENETYX(ソフトウエア開発株式会社製)などを用いることができ、これらはデフォルトパラメーターで使用することができる。
【0020】
本発明において、ポリヌクレオチド間のハイブリダイズに際しての「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズ」の具体的な条件とは、例えば、50%ホルムアミド、5×SSC(150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸三ナトリウム、10mM リン酸ナトリウム、1mM エチレンジアミン四酢酸、pH7.2)、5×デンハート(Denhardt’s)溶液、0.1% SDS10% デキストラン硫酸及び100μg/mLの変性サケ精子DNAで42℃インキュベーションした後、フィルターを0.2×SSC中42℃で洗浄することを例示することができる。尚、ハイブリダイゼーションは、例えば、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー(Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0021】
本発明のスクリーニング方法により、ADNF受容体に結合する化合物又はADNFとADNF受容体との結合を阻害又は促進する化合物を同定することが出来る。該化合物は、ヒト等の生体内に元来含まれている物質、又は人工的に合成された物質でもよい。該化合物は、ADNF受容体の任意の部分に結合するものであり得る。該化合物の例として、該受容体アゴニスト又は該受容体アンタゴニストを挙げることができる。
【0022】
本発明のスクリーニング方法は、有細胞系又は無細胞系において、当業者に公知の任意の方法・系で実施することが出来る。例えば、以下の工程で実施することが出来る。
(a) ADNF受容体に試験試料を接触させる工程、
(b)該受容体と該試験試料に含まれる化合物との結合特性を測定する工程、及び
(c)該受容体に結合する化合物を選択する工程、を含む前記方法。
【0023】
更に、以下の工程で本発明のスクリーニング方法を実施することが出来る。
(a) 試験試料に含まれる化合物の存在下で、ADNFとADNF受容体とを接触させる工程、
(b)ADNFとADNF受容体との結合変化を測定する工程、及び
(c)ADNFとADNF受容体との結合を阻害又は促進する化合物に結合する化合物を選択する工程、を含む前記方法。
【0024】
有細胞系とは、ADNF受容体を発現する細胞自体を用いて実施する系である。本発明において初めてADNF受容体を構成するタンパク質が解明されたので、その知見に基き、ADNF受容体が強制発現されている細胞を当業者に公知の任意の方法で作製することが出来る。例えば、ADNF受容体をコードする遺伝子を含む発現ベクターによって適当な宿主細胞を形質転換することにより容易に得ることが出来る。このような細胞を使用した場合には、試験試料に含まれる化合物とADNF受容体との結合特性が増強される可能性があるので、試験試料中に目的化合物が少量しか含まれていない場合、又は結合力(親和性)が比較的弱い化合物を有意に測定することが出来る。
【0025】
有細胞系で実施するスクリーニング方法においては、上記工程 (a)における受容体と試験試料との接触は、該受容体を発現する細胞の培養系に試験試料を添加すること等の当業者に公知の任意の手段によって、該細胞と試験試料を接触させることによって実施することが出来る。尚、このような有細胞系の場合には、該受容体と結合する化合物を、神経細胞死に対する抑制効果を測定することにより同定することが出来る。尚、「運動神経細胞死に対する抑制効果」は、当業者に公知の任意の方法、例えば、本明細書の実施例に記載のNSC34細胞等の運動神経由来細胞を使用した「Cell viability assay」で細胞の生存率を測定することによって 検定することが出来る。 尚、本発明のADNF受容体に結合する化合物のスクリーニング方法において、運動神経細胞死に対する抑制効果は、完全な抑制ではなくても、有意に抑制されればよい。
【0026】
又、試験試料に含まれる化合物の存在下で、ADNFとADNF受容体とを接触させる工程を含むスクリーニング方法によって、上記抑制効果の変化(抑制作用の増強、減少及び阻害など)を測定することにより、ADNFとADNF受容体との結合を阻害又は促進する化合物に結合する化合物を同定することが出来る。
【0027】
このようなADNFとADNF受容体との結合を阻害又は促進する化合物の有細胞系におけるスクリーニング方法として、更に、例えば、ツーハイブリッドシステム等のレポーター系を用いることが出来る。これは、測定系に応じて、ADNF及びADNF受容体を、それぞれ、Gal4 bdとNf-kB abとの融合タンパク質として発現させるプラスミド、並びに、レポーターとしてルシフェラーゼ遺伝子(luc)を発現するプラスミドを構築し、これら3種類のプラスミドで形質転換した哺乳動物細胞内において、試験試料に含まれる化合物が、ADNFとADNF受容体との相互作用に及ぼす影響をルシフェラーゼ遺伝子の発現で検出することが出来る。
【0028】
尚、発現ベクターは当業者に公知の任意の方法で容易に調製することが出来る。該発現ベクターには、上記タンパク質のコード領域以外に、5’および3’に非コード配列(非転写配列、非翻訳配列、プロモーター、エンハンサー、サプレッサー、転写因子結合配列、スプライシング配列、ポリA付加配列、IRES、mRNA安定化・不安定化配列等を含む)を含んでもよい。
【0029】
本発明のスクリーニング方法に使用する宿主細胞に特に制限はなく、特に、ヒト及びサル等を含む哺乳動物細胞、植物細胞、昆虫細胞などの細胞または個体を用いることができる。宿主−ベクター系としては、例えば、バキュロウイルス−Sf細胞系(Okamoto et al.,J.Biol.Chem.270:4205−4208,1995)、pcDNA−CHO細胞系(Takahashi et al.,J.Biol.Chem.270:19041−19045,1995)、およびCMVプロモータープラスミド−COS細胞系(Yamatsuji et al.,EMBO J.15:498−509,1996)などを挙げることが出来る。又、これらの細胞は当業者に公知の任意の条件で培養することが出来る。又、各種の発現ベクターによるこれら宿主細胞の形質転換は、当業者に公知の任意の方法、例えば、リポフェクション法、リン酸カルシウム法、並びに、エレクトロポレーション及びパーティクルガン等の各種物理的方法によって容易に行うことが出来る。
【0030】
このような宿主細胞自体が元々ADNF受容体を発現している必要はない。しかしながら、元来、該受容体を発現していると予想される組織または細胞、例えば、運動神経等から調製することも可能である。神経細胞株としては、例えば、実施例で使用したNSC34細胞、F11細胞、PC12細胞(L.A.GreeneおよびA.S.Tischler,1976,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,73:2424−2428)、NTERA2細胞(J.SkowronskiおよびM.F.Singer,1985,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,82:6050−6054)、SH−SY5Y細胞(L.Odelstad et al.,1981,Brain Res.,224:69−82)等が挙げることができる。このような場合には、導入した発現ベクター由来の受容体の強制発現によって、元来の発現量よりも多量のADNF受容体が発現される結果、測定感度が一層向上することが予想される。
【0031】
本発明のスクリーニング方法を無細胞系で実施することが出来る。かかる無細胞系のスクリーニング方法としては当業者に公知の任意の手段を用いることが出来る。例えば、本発明のADNF受容体を、スクリーニングの手法に応じて、可溶状態として、また各種ビーズ等の担体に結合させた形態としてスクリーニングに用いることができる。本発明の受容体は標識されていてもよい。標識としては、放射性同位元素による標識、蛍光物質による標識、ビオチンやジゴキシゲニンによる標識、タグ配列の付加などが挙げられる。
【0032】
例えば、本発明のADNF受容体を固定したビーズを詰めたアフィニティーカラムに試験試料をのせ、カラムに特異的に結合する化合物を精製することにより、これらに結合する化合物のスクリーニングを実施することが可能である。また、固定化した本発明のADNF受容体に、合成化合物、天然物バンク、もしくはランダムファージペプチドディスプレイライブラリーなどを作用させ、結合する分子をスクリーニングすることも考えられる。また、表面プラズモン共鳴現象を利用した結合の検出によるスクリーニングも可能である(例えばビアコア(BIAcore社製)など)。これらのスクリーニングは、コンビナトリアルケミストリー技術を用いたハイスループットスクリーニングにより行うことも可能である。
【0033】
本発明のスクリーニングに用いる試験試料としては、例えば、精製タンパク質(抗体を含む)、遺伝子ライブラリーの発現産物、合成ペプチドのライブラリー、細胞抽出液、細胞培養上清、合成低分子化合物のライブラリー、土壌などの天然材料、放線菌ブロースなどの細菌放出物質を含む溶液などを挙げることが出来る。尚、試験試料は、必要に応じて適宜、標識としては、例えば、放射標識、蛍光標識などで標識して用いることが出来る。
【0034】
本発明のADNF受容体をコードする遺伝子がノックアウトされている細胞は、当業者に公知の相同組換えを利用した遺伝子ターゲッティングにより調製することが出来る。このようなノックアウト細胞としてはマウス、ヒト等の哺乳類細胞が好ましく、更に、こうして得られたノックアウト細胞を使用して当業者に公知の手段を用いて各種のノックアウト動物を作製することが出来る。かかるノックアウト動物はヘテロ接合体又はホモ接合体である。特に、マウス及びラット等の齧歯類であるノックアウト動物は、ALS疾病の研究に有用な実験動物として利用することが出来る。更に、Cre-loxP系を利用してある条件又はある組織中でのみADNF受容体をコードする遺伝子が欠損するようなノックアウト動物を作製することも可能である。
【0035】
本発明のADNF受容体に結合する化合物は、ADNF対するアゴニスト又はアンタゴニストとしての活性を有しているために、特に、ALS等の神経変性を伴う疾病一般の予防または治療に用いることが出来る。
【0036】
即ち、既に述べたように、これまでの研究からALSにおいて上位下位運動神経細胞の、またアルツハイマー病では海馬や大脳皮質神経細胞の変性・脱落が起きることが明らかにされている。このため、本発明の医薬組成物は、ALSにおけるこのような運動神経の、アルツハイマー病ではアルツハイマー病では海馬や大脳皮質神経細胞の変性・脱落を保護する薬剤として用いられることが期待される。
【0037】
従って、本発明の医薬組成物はADNF受容体に結合する化合物を有効成分として含有し、該有効成分自体を直接患者に投与する以外に、公知の製剤学的方法により製剤化することも可能である。例えば、薬理学上許容される担体もしくは媒体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、徐放剤などと適宜組み合わせて製剤化して投与することが考えられる。本発明の医薬組成物は、水溶液、錠剤、カプセル、トローチ、バッカル錠、エリキシル、懸濁液、シロップ、点鼻液、または吸入液などの形態であり得る。本発明化合物の含有率は、治療目的、投与経路、治療対象等に応じて、当業者が適宜決定することが出来る。
【0038】
患者への投与は、有効成分の性質に応じて、例えば、経皮的、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、腹腔内、静脈内、脊髄腔内、脳室内、または経口的に行なうことができる。例えば、脳神経変性疾患の治療に用いる場合においては、本発明の医薬組成物は、静脈内、脊髄腔内、脳室内または硬膜内注射を含む任意の適当な経路で中枢神経系に導入するのが望ましい。当業者であれば、患者の年齢、体重、症状、投与方法等に応じて、適宜適当な投与量を選択することが可能である。投与量、投与方法は、本発明の医薬組成物の有効成分の組織移行性、治療目的、患者の体重や年齢、症状等に応じて、当業者であれば適宜選択することが可能である。例えば、ALS治療などにおいて、運動神経細胞の変性・保護を目的とした投与を行う場合には、上記化合物が標的とする細胞周囲において神経変性を有効に抑制する濃度となるように投与されることが好ましい。すなわち、ADNFまたはこれと同等の運動神経細胞変性保護作用を有するものであれば、少なくとも1nM以上、好ましくは10nM以上、より好ましくは100nM以上、より好ましくは1μM以上となるように投与されるべきである。
【0039】
本発明の抗体としては、等業者に公知の任意の形態及び種類を含む。例えば、ポリクローナル抗体及びモノクローナル抗体、並びに、当業者に公知の遺伝子工学的手法により調製することが可能な各種ヒト化抗体などのキメラ抗体も含まれる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例に則して本発明を更に詳しく説明する。尚、本発明の技術的範囲はこれらの記載によって何等制限されるものではない。
【0041】
本発明の実施例において用いた各種の実験方法は以下の通りである。
<細胞培養>
NSC34細胞はマウス胎児の脊髄由来運動神経細胞とマウス神経芽細胞腫のハイブリドーマであり、運動ニューロンのモデルとしてよく用いられる細胞である(4, 5)。COS7細胞は、アフリカ緑ザル腎臓由来の細胞である。いずれの細胞も、37℃, 5% CO2下で、10% Fetal bovine serum (FBS)とPenicillin/Streptomycinを添加したDulbecco’s modified Eagle’s medium (D-MEM)で培養した。
【0042】
<ADNF conjugated sepharose beadsの作製>
CNBr-activated Sepharose 4B(Amersham Pharmacia Biotech)を1mM HClで膨潤・洗浄し、Coupling buffer(0.5M NaCl, 0.1M NaHCO3(pH 8.3))で3回洗浄後、Coupling bufferに懸濁した。ADNFペプチドまたはGlycineをCoupling Bufferに溶解し、膨潤したゲルに加え、4℃で一晩転倒混和した。その後、ゲルをBlocking buffer(0.2M Glycine(pH8.0))に置換し、4℃で一晩転倒混和した後、Coupling bufferで2回洗浄、Washing buffer(0.5M NaCl, 0.1M CH3COOH(pH4.0))で3回洗浄、さらに、Coupling bufferで2回洗浄し、ゲル:Coupling buffer=1:1になるように懸濁した。
【0043】
。絮ull-down assay>
NSC34細胞1.5x107をLysis buffer(10mM Tris-HCl (pH7.4), 150mM NaCl, 0.5% Tween20, Aprotinin, Leupeptin, PMSF(Phenylmethylsulfonyl fluoride))に溶解し、Sonication後、4℃-12000g-15分で2回遠心した上清を、予めBSAでCoatしたGlycineを結合させたSepharose beadsと混合し、一晩転倒混和しPreclearを行った。その後、4℃-12000g-30分で遠心を2回行い、Glycine, ADNF9またはADNF14(VLGGG+ADNF9)をそれぞれ結合させたSepharose beadsと混合し、4℃で一晩転倒混和した。BeadsをLysis bufferで5回洗浄後、各サンプルをSDS-PAGEを行い、CBB(Coomasie brilliant blue)染色液(10% Methanol, 10% Acetic acid, 0.1% CBB-G)で室温30分間染色した後、脱染色液(25% Methanol, 10% Acetic acid)で数回脱染した。その後、CBB染色を行い、ADNFと特異的に結合するタンパク質のバンドを検出した(図1)。
【0044】
<MALDI-TOF(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization-Time of Fly)>
CBB染色によって検出されたバンドを切り出し、ゲル切片を50% Acetonitrile(ACN), 25mM NH4HCO3で15分間Vortexによる洗浄を3回行い、続いて100% ACNを加え、5分間vortexした後、Speed vacで30分間脱水した。乾燥ゲル切片に、0.2% n-octyl-β-glucosideを含む10-15μg/mLトリプシン溶液を加え、氷温30分間放置し、ゲルを膨潤させ、その後37℃で一晩処理した。その後、ゲルに50% ACN, 5% Trifluoroacetic acid(TFA)を加え45分間Vortexし、切断されたタンパク質を抽出した。以上の抽出操作を2回行い、その抽出液をSpeed vacで2時間遠心し、得られたPelletに0.1% TFAを加え溶解し、Zip-Tip(C18 reverse phase material, Millipore, Billerica, MA)を用いて脱塩した。続いて、CHCA(α-Cyano-4-hydoroxycinnamic acid)をマトリックスとして用い、MALDI plateにスポットし、MALDI-TOF解析を行った。得られたMass Spectrumの情報をもとに、PMF(Peptide Mass Fingerprint)で検索し、タンパク質(S1)を同定した。
【0045】
<Plasmids>
S1-mycHis : S1の全長cDNAはImage cloneより得た。S1全長をPCRで増幅後、PCR産物をpcDNA3.1/mycHis(-)A vector (Invitrogen)にサブクローニングした。
siS1 : S1に対するsiRNAは、
Sense primer
(CGGGATCCCGTAATCGGCATAAGGATTCGGATTGATATCCGTCCGAATCCTTATGCCGATTATTTTTTCCAAGGTACCCC)(配列番号4)と、
Antisense primer
(GGGGTACCTTGGAAAAAATAATCGGCATAAGGATTCGGACGGATATCAATCCGAATCCTTATGCCGATTACGGGATCCCG)(配列番号5)をアニーリング後、pRNA-U6.1/Shuttle vector(Genscript)にサブクローニングした。
S1-EGFP:S1全長をPCRで増幅後、PCR産物をpEGFP-N3 vector(Clonetech)にサブクローニングした。
PLCγ-FLAG : PLCγ1とPLCγ2の全長cDNAをImage cloneより得て,それぞれPCRにより増幅し、pFLAG-CMV5a vector(Eastman Kodak)にサブクローニングした。
pEBG-S1 : S1全長をPCRで増幅後、PCR産物をpEBG vector (Sanchez I et al., Nature Vol372, 794-798, 1994)にサブクローニングした。
【0046】
<Transfection>
NSC34細胞またはCOS7細胞を播種し、10% FBSを含むD-MEMで12時間培養後、無血清下でリポフェクション法 (LipofectAMINE (Invitrogen))により、各PlasmidをTransfectionした。Transfection 3時間後、10% FBSを含むD-MEMに置換した。
【0047】
<ADNF-S1 Pull-down assay>
NSC34細胞を60mm dishに5x105で播種し、12時間後、無血清下でリポフェクション法により、S1-mycHisを1μg Transfecionした。48時間後、Lysis buffer(10mM Tris-HCl (pH7.4), 150mM NaCl, 0.5% Tween20, Aprotinin, Leupeptin, PMSF)に溶解し、Sonication後、4℃-12000g-15分で2回遠心した上清を、予めBSAでCoatしたGlycineを結合させたSepharose beadsを用いて 4℃で2時間転倒混和し、Preclearを行った。その後、4℃-12000g-15分で遠心を2回行い、Glycine, BSAまたはADNF9 をそれぞれ結合させたSepharose beadsと混合し、4℃で二時間転倒混和した。BeadsをLysis bufferで5回洗浄後、Western Blotを行った。
【0048】
<Cell viability assay>
NSC34細胞を7x104/wellで6-well plateに播種し、12〜16時間後、無血清下でリポフェクション法により、pEF-BOS-G93A-SOD1 0.5μg又はpEF-BOS vector(Mizushima S and Nagata S, Nucleic Acid Res Vol 18, p5322, 1990)0.5μgと、S1に対するsiRNA 1.0μg又はpRNA/U6.1-Shuttle vector 1.0μgをCo-transfectionした(DNA : PLUS Reagent : LipofectAMINE=1:4:2)。Transfection 3時間後、10% FBS D-MEMに置換し、さらにTransfection 24時間後に、N2 supplement(Invitrogen)を含むD-MEMに置換し10pMの終濃度で ADNFを処理した。Transfection 72時間後に、WST-8 assayによりCell viabilityを測定した。WST-8 assayは2-(2-methoxy-4-nitrophenyl)-3-(4-phenyl)-5-(2,4,-disulfophenyl)-2H-tetrazolium, monosodium salt(WST-8)で、Cell Counting kit-8(Wako Pure Chemicals Industries)を用いて行った。具体的には、以下のようである。Harvestした細胞懸濁液のうち1/10量(100μl)に10μLのWST-8溶液を加え、1時間37℃で反応させた後、Wallac1420 ARVOsx Multi Label Counterで450nmの吸光度を測定した。
【0049】
。絽estern blot>
Cell lysates、Pull-down産物をSDS-PAGEによって分離し、PVDF膜(polyvinylidene difluoride membrane filter)にTransferした。S1-mycHisの検出にはHRP-conjugated anti-myc monoclonal 抗体(1:2000, Invitrogen)を用いた。内在性S1の検出には、GST融合全長S1を抗原として作製したAnti-S1 polyclonal抗体(1:1000)を、 GFAPの検出にはAnti-GFAP antibody(1:2000, Dako)をそれぞれ一次抗体として用い、二次抗体としてHRP-conjugated Protein A(1:5000, Amersham Pharmacia Biotech)を用いた。Tubulinの検出には、Anti-αTubulin antibody(1:4000, Oncogene Science)を、SOD1の検出にはAnti-SOD1抗体(1:4000, MEDICAL BIOLOGICAL LABORATORIES)を、GSTの検出にはAnti-GST monoclonal 抗体(1:1000, Santa Cruz)を、それぞれ一次抗体として用い、二次抗体としてHRP-conjugated goat anti-mouse IgG(H+L)(1:5000, BIO-RAD)を用いた。p75-NTR-FLAG及びPLCγ-FLAGの検出にはHRP-conjugated anti-M2 monoclonal 抗体(1:2000, Sigma)を用いた。いずれもECL detection kit(Amersham Pharmacia Biotech)により検出した。
【0050】
<トランスジェニックマウス>
ヒトG93A-SOD1を発現するトランスジェニックマウスをJackson Laboratories(Bar Harbor, ME)から得た。マウスは病原体フリーの動物施設(23℃±1℃, 湿度50%±5%)で、12時間の明暗サイクル下で飼育した。γ線を照射したPicolabRodent Diet20(PMI Feeds Inc., St.Louis, MO)と5ppmの次亜鉛素酸ナトリウムを加えてある、非イオン化した蒸留水を与えた。本研究は、神経科学研究における動物とヒトの使用に関する方針、慶應義塾大学における実験動物の管理と使用に関するガイドラインに基づいて行われた。
【0051】
<Immunocytochemistry>
NSC34細胞を7x104/wellで6-well plateに播種し、12時間後S1-mycHiS1μg Transfectionした。また、1x105/wellで6-well plateに播種し、S1-EGFP 1μg Transfectionした。Transfection 48時間後、4% Paraformaldehyde-PBSを加え4℃で一晩固定した。固定後、PBSで2回洗浄し、0.1% TritonX-100-PBSで室温-3分にてPoreformationを行った。PBSで2回洗浄後、0.1% BSA-PBSを用いてBlockingした。その後Anti-myc antibody(1:200, Funakoshi)で室温-1時間染色し、PBSで3回洗浄後、Anti-mouse-Texus red antibody(1:200, Funakoshi)で室温-1時間染色し、PBSで3回洗浄した。S1-EGFPを高発現させたサンプルは、Transfection 12時間後 0% FBS-D-MEMに置換し、その72時間後、4% Paraformaldehyde-PBSを加え4℃で一晩固定した。固定後、PBSで2回洗浄し、0.1% TritonX-100-PBSで室温-3分にてPoreformationを行った。その後PBSで2回洗浄し、0.1% BSA-PBSを用いてBlockingした。Hoechst(1:20000, Sigma)を室温-15分反応させ、PBSで3回洗浄した。いずれも検出は共焦点レーザー顕微鏡(Carl Zeiss)により行った。
【0052】
<Biotinylation→IP-western>
NSC34細胞を1.25x106/100mm dish で播種した。12時間後にNSC34細胞にp75-NTR-FLAG 6μgあるいはS1-mycHis 8μgをTransfectionした(PLUS: 32μl, LipofectAMINE : 16μl)。48時間後、100nM ADNF9を4時間37℃で処理した。いずれのサンプルもTransfection後48時間で細胞をPBSで2回洗浄後Harvestし、細胞をPBSに懸濁した。細胞懸濁液をFluoReporter Cell-Surface Biotinylation Kit(Molecular Probes)を用いて細胞表面膜タンパク質をBiotin化し、その後細胞をLysis buffer(50mM Hepes(pH7.4), 150mM NaCl, 1mM EDTA, 1mM DTT, 0.5% NP40, Aprotinin, Leupeptin, PMSF)に溶解し、Sonication後、4℃-12000g-15分で2回遠心した上清を、Protein G beads(Amersham Parmacia Biotech)を加え、4℃-1.5時間転倒混和しPreclearした。その後、4℃-12000g-15分で遠心を2回行い、得られた上清にAnti-myc antibody(Funakoshi)またはAnti-M2 antibody(Sigma)を加え、4℃-3時間転倒混和し、さらにProtein G beadsを加え、免疫沈降した。Lysis bufferで5回洗浄後、各サンプルをSDS-PAGEし、Western blotを行った。検出には、HRP-conjugated Streptavidin(1:1000, Sigma)を用いた。
【0053】
。紲ST Pull-down assay>
COS7細胞を4x105/60mm dishで播種した。12時間後、PLCγ1-FLAGあるいはPLCγ2-FLAGとGSTあるいはGST融合S1をそれぞれ2μg Co-transfectionした。48時間後Harvestし、COS7細胞をLysis buffer(50mM Hepes(pH7.4), 150mM NaCl, 1mM EDTA, 1mM DTT, 0.5% NP40, Aprotinin, Leupeptin, PMSF)に溶解し、Sonication後、4℃-12000g-15分で2回遠心し、上清を回収した。回収した上清にNi-agarose beadsを加え、4℃-2時間転倒混和しPreclearを行った。その後、4℃-12000g-15分で遠心を2回行い、得られた上清にGlutathione beads(Amersham Parmacia Biotech)を加え、4℃-2時間転倒混和しPull-downを行った。Pull-down後、Lysis bufferで5回洗浄し、各サンプルをSDS-PAGEし、Western blotを行った。
【0054】
結果1:ADNF結合タンパク質の探索
ADNF受容体を探索するため、ADNFと結合する分子を探索した。ADNFを結合させたSepharose beadsをBaitとして、NSC34細胞溶解液を混ぜ、Pull-down assay、SDS-PAGEを行った。その後、CBB染色を行い、ADNFと特異的に結合するタンパク質のバンドを検出した(図1)。得られたバンドを切り出し、MALDI-TOFで解析を行った。得られたMass Spectrum の情報をもとに、、PMF(Peptide Mass Fingerprint)で検索した結果、これまでは機能未知であったタンパク質であると同定し、S1と名付けた。そのタンパク質のアミノ酸配列は配列番号2で示される。尚、配列番号2のアミノ酸配列は、LanC (bacterial lantibiotic synthetase component C)-like 1をコードする遺伝子 (locus accession number:BC058560)として公知のもの(Strausberg, R.L., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 99(26), 16899-16093 (2002))がコードするアミノ酸配列と同一であった。
【0055】
結果2:ADNFとS1との結合の確認
実際に、ADNFがS1と結合するかを確認するため、S1-mycHisを高発現させたNSC34細胞溶解液を用いて、Pull-down assay、SDS-PAGE、Western blotを行った。その結果、ADNFが高発現させたS1と特異的に結合した(図2)。さらに内在性のS1がADNFと特異的に結合することも、S1の抗体を用いた同様の実験から確認した。
【0056】
結果3:ADNFの細胞死抑制活性発現にS1の存在が必須であることの確認
ADNFの細胞死抑制活性発現にS1の存在が必須であるのか検討するため、S1に対するsiRNAを用いて、S1の内在性発現を抑制し、G93A-SOD1高発現によるNSC34細胞の細胞死がいかなる影響を受けるか検討した。まず最初に作製したS1に対するsiRNAが実際効果的であることを確認した。
即ち、COS7細胞を6-well plateに1x105/ wellで播種し、12時間後に、 S1-mycHiS1μg およびS1のsiRNAあるいはpRNA-U6.1/Shuttle vectorを それぞれ0.5μg, 1.0μg Transfectionした。Transfection後48時間でHarvestし、Lysis buffer(50mM Hepes(pH7.4), 150mM NaCl, 1mM EDTA, 1mM DTT, 0.5% NP40, Aprotinin, Leupeptin, PMSF)でLysisし、Western blotを行った。その結果、S1に対するsiRNAにより、高発現させたS1-mycHisの発現が完全に見られなくなることを確認した(図3)。また、Real-time PCRにより、同様にsiRNAが効果的であることを確認した。
次に、このsiRNAを細胞に発現させ、G93A-SOD1高発現によるNSC34細胞の細胞死実験を行った。G93A-SOD1変異体を高発現させると、高発現させていないサンプルに比べて、有意に神経細胞死が誘導されるが、ADNFを処理すると、SOD1変異体による神経細胞死が顕著に抑制された。しかし、S1をKnock downすると、ADNFによる神経細胞死抑制効果が見られなかった(図4)。
【0057】
結果4:S1の発現解析
<各組織におけるS1の発現>
120日齢の野生型マウスの組織をホモジェナイザーにかけ、凍結融解を2回行い、4℃-12000g-15分で遠心を5回行った。BCA assayでタンパク質量を定量し、各組織Lysate300μgをS1の抗体およびProtein Gを用いて免疫沈降し、Western blotを行った。その結果、S1が組織非特異的に普遍的に発現していることが分かった(図5)。
<NeuronとGliaにおけるS1の発現>
ALSの選択的運動神経細胞死の発生にはNeuron自体のCell-autonomousな細胞死機序に加えて、Glia細胞由来の影響が存在することが知られている。そこで、Cell-autonomousな細胞死機序に加えてこのNon-cell-autonomousな機序へのADNFの関与の可能性を検討するため、S1のNeuronおよびGliaにおける発現の検討を行った。胎生14日マウスにおける大脳皮質を、Neuron medium で3日間培養したものをPCN(Primary cultured cortical neuronal cells)とした。さらに、PCNを10% FBSを含むD-MEMで、3週間培養したものをPCG(Primary cultured glial cells)とした。それぞれタンパク質量を測定し、9μg/laneでWestern blotを行った。その結果、S1がNeuron及びGliaの両方に発現していることが分かった(図6)。Glia細胞の方は、GFAP抗体でGFAPを検出することにより、Glia細胞であること確認している。さらに、CBB染色で、NeuronとGliaのTotal protein が、ほぼ等量であることを確認している。この結果はGlia細胞を介して運動神経細胞死を調節する機序が存在する可能性を示唆している。
<G93A-SOD1 Tg mouseの神経系におけるS1の発現>
ALSモデルマウスであるG93A-SOD1 Tg mouseを用いて、S1の発現を検討した。120日齢マウスの大脳及び脊髄のLysate(40μg)を用い、S1の抗体によるWestern blotを行った。その結果、野生型LittermateとG93A-SOD1 Tgで、S1の発現に顕著な差は見られなかった(図7)。
【0058】
結果5:S1の細胞内局在
<Immunocytochemistry>
S1の細胞内局在を検討する目的で、NSC34細胞にS1-mycHisあるいはS1-EGFPをTransfectionし、S1-mycHisについてはmycの抗体を用いて検出した。その結果、S1は主に細胞質に局在した(図8)。
<Cell surface biotinylation→IP-western>
多くのペプチド性リガンドは、細胞表面膜に受容体が存在する。ADNFもペプチド性リガンドであることから、S1が細胞表面膜に存在する可能性を考え、S1が細胞表面膜に存在するか否か検討した。S1-mycHisを高発現させたNSC34 cell lysateを、細胞表面膜タンパク質のみをビオチン化する試薬を用いてビオチン化し、細胞をLysisした後、mycの抗体で免疫沈降し、HRP-conjugated StreptavidinによるWestern blotを行った。なお、ADNF依存性にS1のLocalizationが変化する可能性を考え、ADNF処理して検討したサンプルも同時に行った。その結果、ADNFの処理の有無に関わらず、ビオチン化したS1は検出されなかった。このことから、S1は細胞質内に局在する可能性が高いと考えられた(図9)。
【0059】
結果6:シグナル伝達経路の解析
<ADNFとS1との結合によって活性化される下流因子の検索>
「ADNFが抗ALS作用を発揮するために何らかのチロシンキナーゼとCaMKIVが必須である」というこれまでの研究による知見をヒントに、ADNF-S1の周辺分子として機能しうる分子の検索を行った。CaMKIVを活性化する細胞内Ca濃度を調節していて、しかも何らかのチロシンキナーゼとリンクする分子として、PLCγがよく知られている。そこで、PLCγがS1と機能的に相互作用する可能性を考え、まずPLCγとS1との結合について検討した。
PLCγには2種類のIsoform PLCγ1とPLCγ2が知られているが、まず両者がS1に結合するかどうかを検討した。PLCγ-FLAGと、GST融合S1(以下GST-S1)をCo-transfectionし、Glutathione beadsを用いてGST Pull-down assayを行い、FLAG抗体を用いてWestern blotを行った。また、GST-S1のネガティブコントロールとして、GSTを用いた。その結果、GST-S1とPLCγ1をCo-transfectionし、Pull-downしたサンプルで、PLCγ1が共沈されることが分かった。なお、GSTの抗体による検出で、GST融合タンパク質が発現していることおよび適切にPull-downされていることを確認している(図10)。
【0060】
上記の結果から、S1と特異的に結合するPLCγ1がADNF-S1のシグナルを伝える下流因子である可能性が提示された。一般的にPLCγは、そのSH2ドメインを介して、チロシンキナーゼの細胞内モチーフに結合する (9)。そして、チロシンキナーゼによってPLCγがリン酸化されると活性化される (10)。活性化されたPLCγはリン脂質であるホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸を加水分解して、イノシトール1,4,5-三リン酸を産生し、これが細胞内のカルシウム貯蔵庫から細胞質へとカルシウムを放出させる(11)。細胞内カルシウム濃度が上昇すると、CaMKIVが活性化され、活性化されたCaMKIVはCREBやATF2などの転写因子を活性化する(12)。そして最終的に、CREBなどによって転写制御された一連の因子が神経保護的に働くと考えられる。
【0061】
以下に挙げる技術文献の内容は本明細書に引用され、その開示内容の一部と見なされる。
1. Brenneman DE & Gozes I. A Femtomolar-acting Neuroprotective Peptide . J. Clin. Invest 97 (1996), pp2299-2307

2. Chiba T, Hashimoto Y, Tajima H, Yamada M, Kato R, Niikura T, Terashita K, Schulman H, Aiso S, Kita Y, Matsuoka M,& Nishimoto I. Neuroprotective effect of activity-dependent neurotrophic factor against toxicity from familial amyotrophic lateral sclerosis-linked mutant SOD1 in vitro and in vivo. Journal of Neuroscience. 78(4) (2004), pp542-52

3. Chiba T, Yamada M, Sasabe J, Terashita K, Aiso S, Matsuoka M & Nishimoto I. Colivelin prolongs survival of an ALS model mouse. Biochemical and Biophysical Research Communications 343 (2006), pp793-798

4. Cashman NR, Durham HD, Blusztajn JK, Oda K, Tabira T, Shaw IT, Dahrouge S & Antel JP. Neuroblastoma x spinal cord (NSC) hybrid cell lines resemble developing motor neurons Dev. Dyn. 194 (1992), pp209-221

5. Durham HD, Dahrouge S & Cashman NR. Evaluation of the spinal cord neuron X neuroblastoma hybrid cell line NSC-34 as a model for neurotoxicity testing. Neurotoxicology14 (1993), pp387-395

6. Divinski I, Mittelman L & Gozes I. A femtomolar acting octapeptide interacts with tubulin and protects astrocytes against zinc intoxication. J. Biol. Chem. 279(2004), pp28531-28538

7. Holtser-Cochav M, Divinski I & Gozes I. Tubulin is the target binding site for NAP-related peptides: ADNF-9, D-NAP, and D-SAL. J Mol Neurosci 28 (2006), pp303-7.

8. Hunter T. A tail of two src's : Mutatis mutandis. Cell 49 (1987), pp1-4.

9. Songyang Z, Shoelson SE, Chaudhuri M, Gish G, Pawson T, Haser WG, King F, Roberts T, Ratnofsky S & Lechleider RJ. et al. SH2 domains recognize specific phosphopeptide sequences. Cell 72 (1993), pp767-778.

10. Rhee SG & Bae YS. Regulation of phosphoinositide-specific phospholipase C isozymes. J. Biol. Chem. 272 (1997), pp15045-15048.

11. Rebecchi MJ & Pentyala SN. Structure, Function, and Control of Phosphoinositide-Specific Phospholipase C. Physiol Rev 80(2000), pp1291 - 1335.

12. Soderling TR. The Ca-calmodulin-dependent protein kinase cascade. Trends in Biochemical Science 24(1999), pp232-236
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明により提供されるADNF受容体、及び、ADNFとADNF受容体との結合を介する細胞死抑制経路のアウトラインをもとに、今後さらにチロシンキナーゼの同定及びADNF下流シグナル伝達経路の解析を中心としたADNFの神経保護効果の全貌を解明することが期待される。このことは、単にADNFを巡る新たな細胞死抑制経路を同定しALS発症機序研究に新たな展開をもたらすのみならず、ADNFを基礎としたALS治療法の臨床応用を促進する効果をもつと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】ADNF結合タンパク質の同定の結果を示す写真である。InputはPull-downしたCell lysateの1/50量である。☆のバンドを切り出し、MALDI-TOF解析を行った。
【図2】図2 ADNF-S1の Pull-down assayの結果を示す写真である。尚、Inputは、Pull-downしたCell lysateの1/10量である。
【図3】COS7細胞を用いたS1のsiRNAによる効果を示す写真である。
【図4】siRNAを発現させた細胞を用いたG93A-SOD1高発現によるNSC34細胞のCell viability assayの結果を示すグラフである。
【図5】S1の組織発現パターンの結果を示す写真である。
【図6】NeuronとGliaにおけるS1の発現の結果を示す写真である。
【図7】G93A-SOD1 Tg mouseの神経系におけるS1の発現の結果を示す写真である。
【図8】S1の細胞内局在(Immunocytochemistry)の結果を示す写真である。
【図9】S1の細胞内局在(Cell surface biotinylation→IP-Western)の結果を示す写真である。InputはIPに用いたCell lysateの1/20量である。
【図10】S1-PLCγ Pull-down assayの結果を示す写真である。Inputは、Pull-downしたCell lysateの1/50量である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のアミノ酸配列を有するポリペプチドから成るADNF受容体:
(1)配列番号2又は3に示されるアミノ酸配列;
(2)配列番号2又は3に示されるアミノ酸配列において一個又は数個のアミノ酸が、欠失、置換又は挿入されたアミノ酸配列;又は、
(3)配列番号2又は3に示されるアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列。
【請求項2】
以下の塩基配列を含むポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドから成るADNF受容体:
(1)配列番号1で示される塩基配列において、配列番号2をコードする塩基配列;
(2)塩基配列(1)と相補的な塩基配列から成るポリヌクレオチドとストリンジェントなハイブリダイズする塩基配列;又は、
(3)塩基配列(1)と70%以上の相同性を有する塩基配列。
【請求項3】
哺乳動物由来である、請求項1又は2記載のADNF受容体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のADNF受容体に結合する化合物又はADNFとADNF受容体との結合を阻害又は促進する化合物のスクリーニング方法。
【請求項5】
ADNF受容体に結合する化合物が、該受容体アゴニストである、請求項4記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
ADNF受容体に結合する化合物が運動神経細胞死抑制効果を有する化合物である、請求項5記載のスクリーニング方法
【請求項7】
ADNF受容体に結合する化合物が、該受容体アンタゴニストである、請求項4記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
請求項4〜7項のいずれか一項に記載のスクリーニング方法であって、
(a) ADNF受容体に試験試料を接触させる工程、
(b)該受容体と該試験試料に含まれる化合物との結合特性を測定する工程、及び
(c)該受容体に結合する化合物を選択する工程、を含む前記方法。
【請求項9】
請求4〜7項のいずれか一項に記載のスクリーニング方法であって、
(a)試験試料に含まれる化合物の存在下で、ADNFとADNF受容体とを接触させる工程、
(b)ADNFとADNF受容体との結合変化を測定する工程、及び
(c)ADNFとADNF受容体との結合を阻害又は促進する化合物を選択する工程、を含む前記方法。
【請求項10】
ADNF受容体が細胞で強制発現されているものである、請求項8又は9に記載のスクリーニング方法。
【請求項11】
ADNF受容体が、該受容体をコードする遺伝子を含む発現ベクターによって形質転換された細胞で強制発現されているものである、請求項8又は9に記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
ADNF受容体と化合物との結合特性を、運動神経細胞死に対する抑制作用の変化を検出することにより測定する、請求項4〜11のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
無細胞系において実施する請求項4〜11のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のADNF受容体をコードする遺伝子を含む発現ベクターによって形質転換された細胞。
【請求項15】
ADNF受容体が強制発現されている請求項14記載の形質転換細胞。
【請求項16】
ADNF受容体をコードする遺伝子がノックアウトされている細胞。
【請求項17】
ES細胞である、請求項16記載の細胞。
【請求項18】
請求項17記載のES細胞に由来するヒト以外のノックアウト動物。
【請求項19】
ホモ接合体である、請求項18記載のノックアウト動物。
【請求項20】
齧歯類である、請求項18又は19記載のノックアウト動物。
【請求項21】
請求項1〜3のいずれかに記載のADNF受容体に結合する化合物を有効成分とする神経細胞死抑制剤である医薬組成物。
【請求項22】
請求項1〜3のいずれかに記載のADNF受容体に結合する化合物を有効成分とする神経変性を伴う疾病の予防または治療に用いられる医薬組成物。
【請求項23】
請求項1〜3のいずれかに記載のADNF受容体に結合する化合物を有効成分とする筋萎縮性側索硬化症の予防または治療に用いられる医薬組成物。
【請求項24】
請求項1〜3のいずれかに記載のADNF受容体に特異的に結合する抗体。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−46459(P2009−46459A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−216664(P2007−216664)
【出願日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】