説明

Al系めっき熱処理鋼材およびその製造方法

【課題】Al系めっき鋼材を熱処理しても、所定のめっき層を残存させ、自動車用部材としての塗装後の耐食性および塗膜密着性を確保できるAl系めっき熱処理鋼材を得る。
【解決手段】Al系めっき鋼材を塑性変形が容易な温度域または焼入が可能な温度域に加熱した熱処理鋼材であって、その表面に残存するめっき付着量が20〜100g/m2(片面当たり)であり、当該めっき層中のFe濃度が質量%で2〜35%であり、当該めっき層の表面粗さRa(JIS B0610)が1.5〜5μmであることを特徴とするAl系めっき熱処理鋼材である。この鋼材は、Al系めっき鋼材を、昇温速度が30℃/s以上で加熱し、冷却速度が30℃/s以上で冷却した後、表面を加圧することにより得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Al系めっき層で被覆された鋼材(以下、「Al系めっき鋼材」という)に熱処理を施したAl系めっき熱処理鋼材に関し、さらに詳しくは、自動車用部材等に好適な高強度特性および塗装後の耐食性に優れるAl系めっき熱処理鋼材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車構造用鋼材は、地球環境への配慮から軽量で高強度の材料が要請されるようになってきた。また同時に、車体に対する安全性の要求も高まり、安全対策の一つとして、衝突時の安全性確保の観点から、衝突時のエネルギー吸収特性を高めるための開発が行われている。
【0003】
例えば、自動車の側面からの衝突に対する安全性を高めるために、鋼管等の金属管が補強用のビームとして用いられ、こうした金属管に適当な湾曲形状を付与することで衝突エネルギーの吸収能を高めている。また、センターピラーの補強材もその形状、曲率の適正化を図ることにより、衝突時のエネルギー吸収を高めることができる。こうした観点から、金属管、特に鋼管素材や、鋼板のプレ成形品素材を、自動車用部材として最適な形状に曲げ加工等を行う工夫がなされている。
【0004】
同時に、車体の軽量化の観点から、自動車用部材は高張力材へのニーズが高く、このような要請に対応するため、従来とは全く異なる強度レベルからなる高張力鋼、例えば、引張強さが780MPa以上、さらに900MPa以上という高強度の鋼材が広く用いられるようになっている。
【0005】
高張力鋼を素材として冷間で曲げ加工を行うのは困難であり、熱間で曲げ加工を行う場合であっても、不均一な歪みの発生による形状のばらつきを防止することが困難であり、形状凍結性に問題がある。これに加えて、上述の観点から最適な形状に曲げ加工を行うために、多岐にわたる曲げ形状、例えば、曲げ方向が2次元的、さらに3次元的に任意の曲率で複雑に湾曲、またはねじれた鋼材を精度よく加工する曲げ加工技術の開発が強く要請されている。
【0006】
このような要請に対応するため、本発明者らは、鋼材が任意の曲率に3次元的に複雑に湾曲、またはねじれた製品であっても、後述するように、多次元に可動するローラダイスを用いて効率的に曲げ加工、ねじり加工さらには同時に被加工材の焼入を行うことができる熱間曲げ加工方法およびその曲げ加工方法を適用できる加工装置を開発した(国際出願、PCT/JP2006/303220号参照)。
【0007】
ところが、上記の国際出願で提案された曲げ加工方法は、高周波加熱コイルにより被加工材である鋼材を逐次連続的に被加工材の塑性加工が容易な温度、または必要により被加工材の焼入可能な温度以上で、かつ組織が粗粒化しない温度まで加熱をおこない、加熱された局部的な領域を可動ローラダイスを用いて塑性変形させ、その直後に急冷する方法である。
【0008】
このように、高周波加熱等による急速加熱、急冷の熱処理過程で同時に曲げ加工、さらに鋼材に焼入を行う設備としては、大気中での加熱方式を採用するのが経済的である。しかし、被加工材として炭素鋼材をそのまま用いて、大気中での加熱を行うと、その表面にスケールが発生する。こうして発生した酸化膜は、自動車用部材として用いる場合に、後工程の障害となるのはいうまでもない。
【0009】
自動車用部材に用いられる鋼材には、基本的に化成処理や電着塗装が施されるが、耐食性を強化する観点から、さらにコスト面で有利であるとの観点から、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板または電気亜鉛めっき鋼板等の亜鉛系めっき鋼材の適用が考えられる。
【0010】
ところが、高周波加熱等による急速加熱、急冷のプロセスに亜鉛系めっき鋼材を用いる場合には、亜鉛系めっきは600℃以上で急速に鋼素地に拡散または固溶化する上、酸化や蒸発を生じ、めっき層としての機能を喪失する可能性がある。また、亜鉛系めっきを用いる場合には、鋼材の化学組成等とも関連すると考えられるが、溶融亜鉛脆化を発生させる可能性も想定される。
【0011】
このため、特許文献1では、亜鉛系めっき鋼材に替えて、所定の鋼成分を有する鋼に、Al系の金属被覆を施した鋼板を用いる方法を提案している。しかし、この提案の方法では、目的とする材料強度は得られるものの、プレス前の予備加熱条件によっては、鋼板のFeとめっき層のAlによる合金層が成長しすぎて、表面が荒れ、成型時の金型との接触により表面に加工傷が形成され、外観を損ねるとともに、耐食性が低下するおそれがある。
【0012】
さらに、特許文献2、3では、鋼板を800℃以上の高温に加熱し、プレス加工を行う、熱間プレスまたは高温プレスにおけるスケール防止対策として、Al系めっきを施した鋼材を用いる熱間プレス方法や高温プレス成型用鋼板が開示されている。しかし、いずれも熱間プレスまたは高温プレスを前提とする、高温域で数分に亘る保持時間のプロセスが想定されており、Fe−Al合金層の成長にともなう表面特性の劣化を回避することができない。
【0013】
ところで、前記の国際出願(PCT/JP2006/303220号)で提案された曲げ加工方法は、ダイスに接することなく、加熱中に塑性変形が付与され、その後急冷されて可動ローラダイスを通過するというプロセスである。このため、従来から慣用されている、加熱後ダイスとプレスに挟み込まれて塑性変形を受けたのち、ダイスで冷却されるプレス加工方法(特許文献2、3参照)や、塑性変形を受けずに単に加熱冷却され焼き入れ処理されるいわゆる高周波加熱・焼入れ方法とは全く異なるプロセスである。
【0014】
このようなことから、結局のところ、前記の国際出願(PCT/JP2006/303220号)で提案された曲げ加工方法のように、高周波加熱等による急速加熱、急冷のプロセスによる鋼材の曲げ加工や焼き入れ加工を想定した場合に、この熱処理過程で鋼材の酸化(スケールの発生)を防止することができ、かつ最終的に自動車用部材に施される化成処理や電着塗装が可能な表面処理鋼材として、新たに自動車用部材等に好適な鋼材の開発が必要になる。
【0015】
【特許文献1】特開2000−38640号公報
【特許文献2】特開2005−238286号公報
【特許文献3】特開2004−211151号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、上述した問題に鑑みてなされたものであり、Al系めっき鋼材を用いて大気中で高温曲げ加工やA3点以上の温度からの焼入を施す場合であっても、鋼材のスケール発生を防止するだけでなく、熱処理後に所定のめっき付着量を残存させるとともに、めっき層中のFe濃度をコントロールし、さらにめっき層の表面性状(中心線平均粗さRa)を改善し、自動車用部材として化成処理工程、電着塗装工程を経ても、十分な塗装後耐食性、塗膜密着性を確保することができるAl系めっき熱処理鋼材およびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記課題を解決する手段として、前記の国際出願(PCT/JP2006/303220号)で提案された曲げ加工に係る加工装置を用い、被加工材としてAl系めっき鋼材(例えば、鋼管)を用いて各種の高温加熱、急冷プロセスでの熱処理試験を実施した結果、Al系めっきの高温加熱にともなう挙動は、高周波加熱等による急速加熱、急冷による短時間のヒートサイクルに好適であることが判明した。
【0018】
短時間の加熱プロセスにおいて、Al系めっきはかなりの部分がAl系の融液として、その融点以上で存在し、これが冷却時の急冷により、著しく表面性状が劣化したものになり、その後の化成処理や電着塗装を経ると、塗装膜厚が不均一となり、耐食性や塗膜密着性が不十分なものとなる。しかし、冷却後のAl系めっき鋼材の表面を、新たにロール等で加圧することにより、表面性状を改善することができる。
【0019】
前述の特許文献2、3に示すように、鋼材を高温熱処理する場合のスケール防止対策として、その表面に施されるAl系めっきを用いる着想は既にあったが、いずれも熱間プレスまたは高温プレスという、高温の加熱状態で長時間に亘り保持することを前提とするプロセスであり、しかも、加熱後ダイスとプレスに挟み込まれて塑性変形を受けたのち、ダイスで冷却されることから、全く表面の熱処理・加工履歴が異なるプロセスであることから、Fe−Al合金層の成長にともなう表面性状の劣化が顕著となり、適用できるプロセスではなかった。
【0020】
これに対し、Al系めっき鋼材を高温加熱し、長時間に亘り保持することなく冷却し、冷却後の鋼材表面にAl相が残存する状態とし、その表面をロールまたは後述する可動ローラダイスを用いて加圧することにより、めっき層表面の粗度を調整することが可能になる。これにより、その表面にめっき層を残存させた熱処理鋼材の表面性状の改善を図ることができる。
【0021】
本発明は、このような知見に基づいて完成されたものであり、下記の(1)の亜鉛系めっき熱処理鋼材、および(2)〜(4)の亜鉛系めっき熱処理鋼材の製造方法を要旨としている。
(1)Al系めっき鋼材を塑性変形が容易な温度域または焼入が可能な温度域に加熱した熱処理鋼材であって、その表面に残存するめっき付着量(熱処理後のめっき付着量をいう)が20〜100g/m2(片面当たり)であり、当該めっき層中のFe濃度が質量%で2〜35%であり、さらに、当該めっき層表面のJIS B 0610で規定する中心線平均粗さRa(以下、単に「表面粗さRa」という)が1.5〜5μmであることを特徴とするAl系めっき熱処理鋼材である。
(2)めっき付着量(熱処理前のめっき付着量をいう)が15〜95g/m2(片面当たり)であるAl系めっき鋼材を、昇温速度が30℃/s以上で焼入が可能な温度域に加熱し、冷却速度が30℃/s以上で冷却した後、前記鋼材の表面を加圧することを特徴とするAl系めっき熱処理鋼材の製造方法である。
(3)上記(2)で規定するAl系めっき鋼材を、昇温速度が30℃/s以上で塑性変形が容易な温度域に加熱し、または昇温速度が30℃/s以上で焼入が可能な温度域に加熱し、前記加熱部に曲げモーメントを付与して、冷却速度が30℃/s以上で冷却した後、加圧ロールを通過させることを特徴とする亜鉛系めっき熱処理鋼材の製造方法である。
(4)上記(2)および(3)のAl系めっき熱処理鋼材の製造方法では、支持手段で保持された前記Al系めっき鋼材を上流側から逐次または連続的に押し出しながら、前記支持手段の下流側に設けられた可動ローラダイスで前記Al系めっき鋼材をクランプし、当該可動ローラダイスの位置または/および移動速度を制御しつつ、前記可動ローラダイスの入り側であり前記Al系めっき鋼材の外周に配置した加熱手段および冷却手段を用いて、前記Al系めっき鋼材を局部的に加熱および冷却した後、前記Al系めっき鋼材の表面を前記可動ローラダイスにより加圧するのが望ましい。
【0022】
本発明で規定する「鋼材」は、丸形、矩形、台形等の形状を有する閉断面材、ロールフォーミングなどで製造された開断面材(チャンネル)、押し出し加工で製造された異型断面材(チャンネル)、または各種の断面形状からなる棒材(丸棒、角棒、異型棒)などを意味するものであり、テーパー形状のものも包含する。
【発明の効果】
【0023】
本発明のAl系めっき熱処理鋼材の製造方法によれば、Al系めっき鋼材を用いて高温加熱および冷却による熱処理を施す場合であっても、所定のめっき付着量を残存させるとともに、めっき層中のFe濃度を調整し、さらにめっき層の表面性状(表面粗さRa)の改善を図ることが可能であり、自動車用部材として化成処理や電着塗装を施した後に適正な耐食性および塗膜密着性を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の内容を、Al系めっき鋼材に熱処理を施した「Al系めっき熱処理鋼材」並びに「その製造方法およびそれに用いる製造装置例」に区分して説明する。以下の説明において、「%」は質量%を意味する。
1.Al系めっき熱処理鋼材
本発明のAl系めっき熱処理鋼材は、Al系めっき鋼材を塑性変形が容易な温度域または焼入が可能な温度域に加熱した熱処理鋼材であって、その表面に残存するめっき付着量(熱処理後のめっき付着量をいう)が20〜100g/m2(片面当たり)であり、当該めっき層中のFe濃度が質量%で2〜35%であり、さらに、当該めっき層表面の表面粗さRaが1.5〜5μmであることを特徴とする
本発明に適用されるAl系めっき鋼材の形状は、特に限定されず、丸形、矩形、台形等の形状を有する閉断面材、ロールフォーミングなどで製造された開断面材(チャンネル)、押し出し加工で製造された異型断面材(チャンネル)、または各種の断面形状からなる棒材(丸棒、角棒、異型棒)を採用することができる。さらには、断面積が連続的に変化するテーパー形状の鋼材にも適用できる。
【0025】
しかし、前述の通り、本発明の製造方法では、熱処理後に鋼材表面を加圧することにより、めっき層表面の粗度を調整することを予定するものであり、予め複雑な形状に加工された鋼材形状では、適用が困難となる。このため、上記閉断面材、開断面材、異型断面材または棒材のなかでも、角管形状を含む鋼管等、長手方向に連続性のある形状からなる鋼材が適用しやすいものとなる。
【0026】
本発明に用いられるAl系めっき鋼材は、溶融Alめっき鋼板が入手しやすいこともあり、溶融Alめっき鋼板から製造された鋼材(例えば、電縫鋼管等)を用いることができるが、溶融Alめっきに限定されるものではない。溶融Alめっき鋼板から製造された鋼材を用いる場合、溶融Alめっき層中には通常、2〜18%のSi、10%以下のFeが含有されるが、Si含有量は、本発明の熱処理鋼材の作用には大きな影響を及ぼさない。
【0027】
本発明のAl系めっき熱処理鋼材は、このようなAl系めっき鋼材を用いて、塑性変形が容易でありまたは焼入が可能な温度域に加熱され、熱間曲げ加工や焼入処理、またはこれらを同時に施すことによって得られる。このとき、高温度域に加熱する際にAlめっき層の消失を抑制し、さらに残存しためっき層表面の粗度調整を行うことにより、自動車用部材として塗装後の良好な耐食性や塗装密着性を確保することができる。
【0028】
本発明のAl系めっき熱処理鋼材は、このようにめっき鋼材を高温加熱するのは、鋼材に焼入を施す、軟化させて塑性変形を容易にする、またはこれらを同時に行うことを目的にするものである。本発明において、焼入が可能な温度域としてA3点以上、または塑性変形が容易な温度域(鋼材の塑性変形が容易でかつ本願発明の適用が好適な温度域)として少なくとも660℃、望ましくはA1点に加熱することを指す。
【0029】
本発明のAl系めっき熱処理鋼材は、熱処理後の表面に残存するめっき付着量を20〜100g/m2(片面当たり)とする。自動車用部材としての耐食性の観点から、めっき付着量が20g/m2未満では塗装疵部の腐食深さを抑制する効果が少ない。一方、残存するめっき付着量が100g/m2を超えるような場合には、加熱によりめっき層が液相状態になるのにともない、液タレやAl融液の飛沫付着を生じ易く外観不良となるおそれがある。このめっき付着量は、めっき層中にFeやSiが含有される場合にはこれらも加算される。
【0030】
さらに、本発明のAl系めっき熱処理鋼材は、めっき層中のFe濃度を2〜35%とする。Fe濃度が2%未満のものは、通常、Ac1点以上の温度履歴に晒されることが想定される関係から、現実に製造するのが困難である。一方、Fe濃度が35%を超えると、著しく塗装後の耐食性が低下することから、Fe濃度の上限は35%であり、望ましくは25%、より望ましくは20%である。
【0031】
本発明のAl系めっき熱処理鋼材は、めっき層の表面粗さRaを1.5〜5μmにする必要がある。めっき層の表面粗さRaが1.5μm未満であると、水分の浸透が容易となることから、塗膜密着性が低下する。一方、めっき層の表面粗さRaが5μmを超えると、電着塗装での膜厚の不均一が要因となって、十分な塗装後の耐食性を確保することができない。
【0032】
このように、めっき層の表面粗さRaを1.5〜5μmの範囲で管理するには、高温加熱、冷却して得られたAl系めっき熱処理鋼材の表面を、ロールまたは後述する可動ローラダイスを用いて加圧することにより、表面粗さRaを調整することができる。
【0033】
本発明に用いられるAl系めっき鋼材の素地鋼として、高強度鋼を採用すれば、熱間曲げ加工を施した後に、Al系めっき熱処理鋼材の表面に自動車用部材としての下地化成被膜および塗装被膜を施すことにより、塗装耐食性を具備した高強度の曲げ加工部材として採用することができる。
【0034】
また、本発明に用いられるAl系めっき鋼材の素地鋼として、焼入性を有する鋼材を使用し、低強度の鋼材を出発材料として熱間加工を行った後、焼入によって強度を上げ、高強度のAl系めっき熱処理鋼材を得ることができる。
【0035】
焼入性を有する鋼材として、例えば、その化学組成がC:0.1〜0.3%、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.003〜0.05%、S:0.05%以下、Cr:0.1〜0.5%、Ti:0.01〜0.1%、Al:1%以下、B:0.0002〜0.004%およびN:0.01%以下を含み、残部がFeおよび不純物からなり、必要に応じてCu:1%以下、Ni:2%以下、Mo:1%以下、V:1%以下、およびNb:1%以下から選ばれた1種または2種以上をさらに含有する焼入用鋼からなる素地鋼がある。
【0036】
上記素地鋼を素板とするAl系めっき鋼板から製造された電縫鋼管若しくは類似形状の管状部材、またはチャンネル部材等の部材であれば、焼入可能な温度まで加熱し、急冷を施せば、引張強さが1200MPa以上のAl系のめっき層を有する熱処理鋼材を得ることができる。
【0037】
本発明のAl系めっき熱処理鋼材は、当該鋼材の少なくとも一部において、上記で規定しためっき付着量、Fe濃度および表面粗さRaの条件を満足するものであればよい。例えば、自動車用の曲げ部材を想定した場合に、当該部材の全てが曲げ加工や焼入が施される必要はなく、端部は曲げ加工も焼入も必要としない部材も対象となる。このような場合には、部材の一部が熱間曲げや焼入が施されることになるが、この部材の全ての部分において本発明で規定するめっき層である必要はない。
【0038】
さらに、本発明の大きな特徴となる熱処理鋼材の表面粗さRaについて、加熱された部分の全てにおいて、めっき層の表面粗さRaが調整される必要はなく、部材として特に重要な面や部分についてのみ表面粗さRaを調整することも、本発明のAl系めっき熱処理鋼材が狙いとするところである。
2.Al系めっき熱処理鋼材の製造方法およびそれに用いる製造装置例
本発明の製造方法において、実用的な価値が高いのは、Al系めっき鋼材として素地鋼板から製管された鋼管等からなる自動車用の長尺部材を用い、焼入、若しくは加熱後に熱間曲げ加工、または同時に焼入と熱間曲げ加工を施し、Al系めっき熱処理鋼材を得ることである。
【0039】
このため、本発明のAl系めっき熱処理鋼材の製造方法は、所定のめっき付着量で被覆されたAl系めっき鋼材を、昇温速度が30℃/s以上で、焼入が可能な温度域または/および塑性変形が容易な温度域に加熱し、前記加熱部に曲げモーメントを付与して、冷却速度が30℃/s以上で冷却した後、前記鋼材の表面を加圧することを特徴とする。
【0040】
本発明の製造方法に用いられるAl系めっき鋼材は、熱処理後のめっき付着量を片面当たりで20〜100g/m2で管理するのがよい。ここで、規定するめっき付着量は、めっき層中にFeやSiが含有される場合にはこれらも加算される。したがって、熱処理により生じたFe−AlまたはFe−Al−Siの金属間化合物相は、めっき付着量に算入される。本発明では、焼入が可能な温度域として最高到達温度は850℃以上となるが、熱処理後に十分な耐食性を確保するには、熱処理後において20g/m2の付着量を残存させる必要がある。このため、熱処理前のAl系めっき鋼材におけるめっき付着量は加熱条件にもよるが、15g/m2以上、望ましくは20g/m2以上、より望ましくは25g/m2以上とするのがよい。
【0041】
前述の通り、加熱にともないめっき層が液相状態になると、熱処理後のめっき付着量が100g/m2を超える場合には、Alの一部が液タレとなり、またはスプラッシュ化して近傍のめっき表面に付着し、外観表面性状を劣悪にし易くなる。これを防止するには、加熱前のAl系めっき鋼材におけるめっき付着量は95g/m2以下に限定する必要がある。熱処理前のAl系めっき鋼材における、より望ましいめっき付着量は25〜75g/m2である。
【0042】
本発明の製造方法では、上記のめっき層を形成したAl系めっき鋼材を焼入が可能な温度域としてA3点以上、または塑性変形が容易な温度域として少なくとも660℃、望ましくはA1点に加熱する。このときの熱処理パターンとしては、昇温速度が30℃/s以上で加熱し、30℃/s以上の冷却速度で冷却する必要がある。
【0043】
昇温速度や冷却速度が上記で規定する速度より遅くなると、ヒートサイクルが長時間になり、Alの酸化を招く上、めっき層中のFe含有量が過剰になる。本発明における望ましい昇温速度や冷却速度は、50℃/s以上である。
【0044】
本発明の製造方法では、最高到達温度またはその近傍温度域での保持時間は規定しないが、10s以下とするのが望ましく、さらに望ましくは5s以下である。高温域での保持時間が長くなると、めっき層中で過度の合金化が進展し、Al系めっき層としての耐食性が劣化することになる。
【0045】
本発明の製造方法では、上記のAl系めっき鋼材を加熱および冷却して得られたAl系めっき熱処理鋼材を、後述する図3に示す可動ローラダイス、またはローラ等で加圧してめっき層の表面粗度の調整をおこなう。通常、めっき層の表面粗度を調整するための加圧は、線荷重を1〜100kgf/mmの範囲で変更させて制御することにより行われる。
【0046】
図1は、本発明のAl系めっき熱処理鋼材の製造に用いることができる製造装置の全体構成例を示す図である。図1に示す装置構成では、被加工材1の断面形状を丸形(丸管)とし、被加工材であるAl系めっき鋼材1aを逐次連続的に加熱し、局部的な加熱部に可動ローラダイス4を用いて塑性変形させ、その直後で冷却を行うことにより、Al系めっき熱処理鋼材1bを得ることができる。
【0047】
このため、Al系めっき鋼材1aを回転可能に保持するための二対の支持手段(具体的には、支持ロール)2と、その上流側にはAl系めっき鋼材1aを逐次または連続的に送り移動させる押し出し装置3が配置され、一方、二対の支持手段(同、支持ロール)2の下流側にはAl系めっき鋼材1aをクランプし、当該クランプ位置または/および移動速度を制御させるための可動ローラダイス4が配置される。そして、可動ローラダイス4の入り側には、Al系めっき鋼材1aの外周に配置されて局部的に加熱する高周波加熱コイル5と、Al系めっき鋼材1aを急冷する冷却装置6が配置されている。
【0048】
図2は、本発明のAl系めっき熱処理鋼材の製造に用いることができる加熱装置および冷却装置の概略構成例を示す図である。加熱部を形成すべきAl系めっき鋼材の外周に、環状の高周波加熱コイル5を配置して、Al系めっき鋼材を局部的に加熱し、次いで、必要に応じて、冷却装置6から冷却媒体を噴射して急冷等を行うことができる。
【0049】
このとき、二対の支持ロール2を通過したAl系めっき鋼材1aを可動ローラダイス4でクランプし、当該クランプ位置または/および移動速度を制御しつつ、Al系めっき鋼材1aの外周に配置した高周波加熱コイル5および冷却装置6を用いて、Al系めっき鋼材1aを局部的に加熱し曲げ加工した後急冷することにより、高強度で、かつ曲げ加工されたAl系めっき熱処理鋼材1bを得ることができる。
【0050】
図3は、本発明のAl系めっき熱処理鋼材の製造に適用きる可動ローラダイスの形状例を示す図であり、(a)はAl系めっき鋼材が丸管などの閉断面材である場合に2ロールで構成した形状を示し、(b)はAl系めっき鋼材が矩形管などの閉断面材である場合に2ロールで構成した形状を示し、(c)はAl系めっき鋼材が矩形管などの閉断面材である場合に4ロールで構成した形状を示している。
【0051】
図3に示すように、可動ローラダイス4は可動ローラ型式でAl系めっき鋼材1aをクランプすることから、高温域での加熱にともないめっき層の表面性状が悪化する場合であっても、可動ローラダイスを用いて加圧力を付与しつつ鋼材を通過させることにより、めっき層の表面粗さRaを調整することが可能になる。これにより、その表面にめっき層を残存させた熱処理鋼材の表面性状の改善を図ることができる。
【0052】
可動ローラダイスは、上下方向へのシフト機構、左右方向へのシフト機構、上下方向に傾斜するチルト機構、あるいは左右方向に傾斜するチルト機構を具備することにより、さらには前後方向への移動機構を具備することにより、3次元的にAl系めっき鋼材をクランプし、必要により曲げモーメントを付与することができ、3次元的な駆動が可能になる。
【0053】
図3に示す可動ローラダイスの加圧より、めっき層の表面粗度を調整するには、具体的には、可動ローラダイスまたはローラの押し付け圧を制御することにより行われる。そのときの押し付け圧は、ロール径が30mmφ程度の場合、線荷重として1〜100kgf/mmを適用すればよい。加圧力は、油圧シリンダーやエアシリンダー等で制御することができる。
【実施例】
【0054】
本発明の製造方法による効果を確認するため、表1に示す化学組成からなる鋼種(一般鋼と焼入鋼)を用いて、内外面のめっき付着量を20〜120g/m2の範囲で変化させた溶融Alめっき鋼板をUO成形後レーザー溶接し、外径が31.8mm、肉厚が1.2mmの供試用の鋼管を準備した。
【0055】
準備した供試鋼管が使用した鋼種と、めっき付着量、Si濃度およびFe濃度との関係を、めっき区分でA〜Mとし表2に示した。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
準備した供試鋼管を被加工材として、前記図1に示す製造装置を用いて、加熱し、曲げ半径R=500mmで熱間曲げ加工を行った後、冷却した。被加工材の加熱は高周波加熱装置を用い、冷却は高周波加熱直後に設けた水冷また空冷の装置により行った。被加工材をクランプする可動ローラダイスは、前記図3(a)に示す形状のものを使用し、鋼管の外面にクランプ力を線荷重として2〜50kgf/mmの範囲で変更し加圧力を付与した。なお、加熱実験を途中で中断し、ローラダイス通過前の試験片を採取し評価したものは、「加圧なし」とした。
【0059】
このときの熱処理条件(昇温速度、加熱温度、保持時間、冷却速度)、およびローラダイスによる加圧の有無を表3および表4に示す。
【0060】
熱処理された供試鋼管のめっき層性状として、熱間曲げ後の曲げ部におけるめっき層の目視による外観観察を行い、液タレによるめっき層の厚み不均一の発生やめっきの飛散発生を観察した。スプラッシュの付着や液タレが顕著に観察されたものは、表3、4で「不均一」と記載、表面粗さの測定や耐食性の評価から除外した。熱処理後の目視外観観察で特にこれらの発生がないものを「○」で示した。
【0061】
さらに、供試鋼管のめっき層性状として、インヒビター(朝日化学社製700BK、1g/L)を添加した10%塩酸水溶液中に浸漬してめっき皮膜を溶解し、得られた溶液をICP分光分析法および原子吸光法でめっき付着量およびFe濃度の測定を行った。また、めっき層の表面粗さRaは、JIS B 0610の規定に準拠しカットオフ値を0.8mmとして、東京精密製サーフコムを用いて測定した。これらの結果を表3および表4に示す。
【0062】
熱処理された供試鋼管の耐食性試験は、熱間曲げされた鋼管を150mm長さに切断し、円筒側面を長手方向に2分割した。通常の脱脂処理をした後、日本パーカライジング社製PBL−3080で通常の化成処理条件により燐酸亜鉛処理を行った。Al系めっきでは化成処理の表面エッチングでAl溶解成分が化成処理性を低下させることから、フッ素濃度を高めに設定した。その後、関西ペイント社製電着塗料GT−10を電圧200Vのスロープ通電で塗装厚み10μm狙いで電着塗装し、焼き付け温度170℃で20分間焼き付け処理し、評価面は鋼管の外面側とした。
【0063】
耐食性の評価試験はJASO試験を120サイクル実施し、ED塗装部(電着塗装部)スクラッチ傷部の腐食深さ、塗膜膨れもしくは錆発生有無を観察評価し、塗装後耐食性を評価した。試験終了後、塗膜剥離し鉄素地の腐食を抑制するインヒビターを添加したクエン酸アンモニウム水溶液に24時間浸漬して錆除去したのち、マイクロメーターで肉厚みを測定することにより腐食深さを測定した。
【0064】
JASO試験法では、試験片の塗膜にカッターナイフで素地に達するまでスクラッチ傷を入れた後、JASO M609−91に規定する塩水噴霧(2Hr、35℃、5%NaCl)、乾燥(4Hr、60℃、相対湿度30%)および湿潤(2Hr、50℃、相対湿度95%)の繰り返しを120サイクル実施した。試験片の端面部、裏面部はポリエステルテープでマスキングしたのち試験に供した。
【0065】
耐食性の評価基準は 管外面のED塗装部のスクラッチ傷部の腐食深さが0〜0.20mmの場合を「◎」、同じく0.21〜0.30mmの場合を「○」、同じく0.31mm以上の場合を「△」で示し、腐食深さが0.31mm以上の場合を不芳と評価した。
【0066】
ED塗装後の評価は、試験面積100cm2の範囲で塗膜膨れまたは錆発生箇所で評価した。発生個数が0個の場合を「◎」、同じく1〜3個の場合を「○」、同じく4箇所以上の場合を「△」で示し、発生個数が4個以上の場合を不芳と評価した。これらの耐食性試験の結果を表3および表4に示す。
【0067】
なお、表3および表4で「−」で示すのは、めっきの液タレが顕著でありまたはAlの飛沫が鋼材に付着した状況が目視で確認できる状態であり、表面性状が著しく劣るため、表面粗さRaや塗装後耐食性の評価を実施しなかったものである。
【0068】
【表3】

【0069】
【表4】

【0070】
表3および表4に示す結果から、昇温速度30℃/sec未満または冷却速度30℃/sec未満では、めっき皮膜のFe濃度の著しい増加によりED塗装部のスクラッチ傷部の腐食が大きく不芳であった(供試No.2および18)。
【0071】
熱間曲げ加工後のめっき付着量が20g/m2未満では、ED塗装部のスクラッチ傷部の腐食が大きく不芳であった(供試No.12および20)。一方、熱間曲げ加工後のめっき付着量が100g/m2を超える場合は、溶融Alのスプラッシュ付着や液タレによる外観不良、不均一が発生した(供試No.13および22)。
【0072】
熱処理条件やローラダイスの加圧条件が本発明で規定する条件から外れる場合には、めっき層の表面粗さRaは1.5〜5μmの範囲を外れることになる。この場合には、ED塗装の平板部に塗膜膨れが発生した(供試No.7、10、17および27)。
【0073】
表3および表4に示すように、最高到達温度の条件を780℃から980℃まで変化させて各条件での試験を実施した結果、本発明で規定する熱処理前のめっき層の特性、熱処理条件、ローラダイスでの加圧、その結果としての熱処理後のめっき層性状を満足することによって、いずれも塗装後の耐食性評価において良好な特性を発揮している。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明のAl系めっき熱処理鋼材の製造方法によれば、Al系めっき鋼材を用いて高温加熱および冷却による熱処理を施す場合であっても、所定のめっき付着量を残存させるとともに、めっき層中のFe濃度を調整し、さらにめっき層の表面性状(表面粗さRa)の改善を図ることが可能であり、自動車用部材として化成処理や電着塗装を施した後に適正な耐食性および塗膜密着性を確保することができる。これにより、益々、高度化する自動車用部品に対する要求レベルにも対応できるので、自動車用部品の加工技術として広く適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明のAl系めっき熱処理鋼材の製造に用いることができる製造装置の全体構成例を示す図である。
【図2】本発明のAl系めっき熱処理鋼材の製造に用いることができる加熱装置および冷却装置の概略構成例を示す図である。
【図3】本発明のAl系めっき熱処理鋼材の製造に適用きる可動ローラダイスの形状例を示す図であり、(a)はAl系めっき鋼材が丸管などの閉断面材である場合に2ロールで構成した形状を示し、(b)はAl系めっき鋼材が矩形管などの閉断面材である場合に2ロールで構成した形状を示し、(c)はAl系めっき鋼材が矩形管などの閉断面材である場合に4ロールで構成した形状を示している。
【符号の説明】
【0076】
1:被加工材
1a:Al系めっき鋼材、 1b:Al系めっき熱処理鋼材
2:支持手段、支持ロール、 3:押し出し装置
4:可動ローラダイス、 5:高周波加熱コイル
6:冷却装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al系めっき層で被覆された鋼材(以下、「Al系めっき鋼材」という)を塑性変形が容易な温度域または焼入が可能な温度域に加熱した熱処理鋼材であって、
その表面に残存するめっき付着量が20〜100g/m2(片面当たり)であり、当該めっき層中のFe濃度が質量%で2〜35%であり、
当該めっき層表面の中心線平均粗さRa(JIS B 0610)が1.5〜5μmであることを特徴とするAl系めっき熱処理鋼材。
【請求項2】
めっき付着量が15〜95g/m2(片面当たり)であるAl系めっき鋼材を、昇温速度が30℃/s以上で焼入が可能な温度域に加熱し、冷却速度が30℃/s以上で冷却した後、前記鋼材の表面を加圧することを特徴とするAl系めっき熱処理鋼材の製造方法。
【請求項3】
めっき付着量が15〜95g/m2(片面当たり)であるAl系めっき鋼材を、昇温速度が30℃/s以上で塑性変形が容易な温度域に加熱し、前記加熱部に曲げモーメントを付与して、冷却速度が30℃/s以上で冷却した後、前記鋼材の表面を加圧することを特徴とするAl系めっき熱処理鋼材の製造方法。
【請求項4】
めっき付着量が15〜95g/m2(片面当たり)であるAl系めっき鋼材を、昇温速度が30℃/s以上で焼入が可能な温度域に加熱し、前記加熱部に曲げモーメントを付与して、冷却速度が30℃/s以上で冷却した後、前記鋼材の表面を加圧することを特徴とするAl系めっき熱処理鋼材の製造方法。
【請求項5】
支持手段で保持された前記Al系めっき鋼材を上流側から逐次または連続的に押し出しながら、前記支持手段の下流側に設けられた可動ローラダイスで前記Al系めっき鋼材をクランプし、当該可動ローラダイスの位置または/および移動速度を制御しつつ、前記可動ローラダイスの入り側であり前記Al系めっき鋼材の外周に配置した加熱手段および冷却手段を用いて、前記Al系めっき鋼材を局部的に加熱および冷却した後、前記Al系めっき鋼材の表面を前記可動ローラダイスにより加圧することを特徴とする請求項2〜4項のいずれかに記載のAl系めっき熱処理鋼材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−69398(P2008−69398A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−248305(P2006−248305)
【出願日】平成18年9月13日(2006.9.13)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】