説明

CYP2D6遺伝子増幅用プライマー

【課題】薬物代謝活性との相関が問題となる、チトクロームP450 CYP2D6の遺伝子多型の検査のために、特異的に増幅することのできるプライマーを提供する。
【解決手段】特定の配列番号で示される塩基配列のうちの、連続した10塩基以上の配列、又はその相補配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマーを用いて、増幅反応を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はCYP2D6遺伝子を特異的に増幅するためのプライマーに関する。
【背景技術】
【0002】
チトクロームP450(CYP)分子種は薬物代謝に関与する酵素として近年研究が進められている。中でもCYP2D6はヒト肝臓での発現量が総P450含量の約5%と少ないものの、抗うつ薬、抗ヒスタミン薬等臨床上重要な多くの薬を特異的に代謝する酵素として知られている。
【0003】
CYP2D6は遺伝子多型と代謝活性の相関が研究されており、その遺伝子多型を調べることは研究上、臨床上大変意味がある。このCYP2D6の遺伝子多型を調べる方法としては多型個所を含むようにプライマーを設計し、増幅の有無で多型を検出する方法、TaqMan法やDNAマイクロアレイ法のようにハイブリダイゼーションによって多型を検出する方法、制限酵素による切断の有無を用いて多型を検出する方法、シーケンス法が挙げられる。
【0004】
しかしながら、CYP2D6は配列の似通ったCYP2D7、CYP2D8等の偽遺伝子(pseudogene)の存在が知られており、それらの遺伝子も同時に増やしてしまうと上記方法を用いた判定にCYP2D7やCYP2D8の配列も検出することになり、CYP2D6の遺伝子多型を正確に判定できないという問題点がある。
そのため、上記方法を用いるためにまずは偽遺伝子を増幅せず、CYP2D6のみを増幅することが必須となるが、CYP2C9遺伝子を特異的に増幅するプライマーは知られていたものの(特許文献1)、CYP2D6遺伝子を特異的に増幅するプライマーは知られていなかった。
【特許文献1】特開平10−66600号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明はCYP2D7遺伝子やCYP2D8遺伝子を増幅せずに、CYP2D6遺伝子のみを特異的に増幅することのできるプライマーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、一方のプライマーに配列番号1で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列又はその相補配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマーを用いて増幅反応を行うことにより、CYP2D6遺伝子のみを特異的に増幅することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)配列番号1で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列又はその相補配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー。
(2)配列番号1で示される塩基配列のうち、38〜40番目のAGAを含む連続した10塩基以上の配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー。
(3)配列番号1で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列を有し、かつ38〜40番目のAGAのうちのいずれかの塩基を3'末端に有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー。
(4)配列番号2で示される塩基配列のうち、38〜40番目のTCTを含む連続した1
0塩基以上の配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー。
(5)配列番号2で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列を有し、かつ配列番号2で示される塩基配列の38〜40番目のTCTのうちのいずれかの塩基を3'末端に有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー。
(6)ヒトチトクロームP450 2D6遺伝子を増幅する方法であって、(1)〜(5)のいずれかのプライマーを用いることにより、ヒトチトクロームP450 2D7遺伝子及び2D8遺伝子を増幅せずに2D6遺伝子を増幅することを特徴とする方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明のプライマーを用いることにより、CYP2D6遺伝子を特異的に増幅することができ、CYP2D6遺伝子に存在する多型の検出などに有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明のプライマーは、配列番号1で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列又はその相補配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマーである。
配列番号1はヒトCYP2D6遺伝子(配列番号9:GenBankのアクセッション番号M33388)の部分配列であり、配列番号9の2662位から2738の領域に相当する。
なお、ヒトCYP2D6遺伝子は本発明のプライマーを用いて特異的に増幅されるものである限り特に制限されず、その配列は人種の違いなどにより変化することもあるため、例えば、配列番号9の塩基配列を有するポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする遺伝子であってもよい。ここで、ストリンジェントな条件とは、例えば、ハイブリダイゼーション反応を行った後に65℃、1×SSC,0.1%SDS、好ましくは、65℃、0.1×SSC、0.1%SDSで洗浄する条件が挙げられる。
【0010】
ヒトCYP2D6遺伝子は種々の一塩基多型を有しており、本発明のプライマーはこれらの多型を含むフラグメントを増幅するために用いることができる。上記領域の5'側に存在する多型としては、例えば、C100Tとして知られている配列番号9の1719番目の塩基におけるC/T多型などが挙げられ、上記領域の3'側に存在する多型としては、例えば、G1661Cとして知られている配列番号9の3280番目のG/C多型などが挙げられる(臨床検査2004, vol. 48, no. 2, p163-169)。
【0011】
上記領域の3'側に存在する多型を含むフラグメントの増幅には、配列番号1で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列を有するオリゴヌクレオチドをフォワードプライマー(5'側プライマー)として使用することができる。
本発明のプライマーは、フォワードプライマーとして用いる場合、配列番号1の38〜40番目のAGAを含むプライマーであることが好ましく、38〜40番目のAGAを3'末端側(40番目のAがプライマーの3'末端の塩基から数えて1〜3番目)に有するプライマーがより好ましく、38番目のA、39番目のGまたは40番目のAのいずれかの塩基を3'末端に有するプライマーが特に好ましい。
一方、このような本発明のフォワードプライマーとともに用いるリバースプライマー(3'側プライマー)としては、例えば、多型を示す塩基を含む領域の配列の相補配列、または多型を示す塩基の3'側の領域の配列の相補配列を有するオリゴヌクレオチドを使用することができる。
【0012】
上記領域の5'側に存在する多型を含むフラグメントの増幅には、配列番号1で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列の相補配列を有するオリゴヌクレオチドをリバースプライマー(3'側プライマー)として使用することができる。すなわち、配列番号2で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列を有するオリゴヌクレ
オチドを使用することができる。
本発明のプライマーは、リバースプライマーとして用いる場合、配列番号2の38〜40番目のTCTを含むプライマーであることが好ましく、38〜40番目のTCTを3'末端側(40番目のTがプライマーの3'末端の塩基から数えて1〜3番目)に有するプライマーがより好ましく、38番目のT、39番目のCまたは40番目のTのいずれかの塩基を3'末端に有するプライマーが特に好ましい。
一方、このような本発明のリバースプライマーとともに用いるフォワードプライマー(5'側プライマー)としては、例えば、多型を示す塩基を含む領域の配列、または多型を示す塩基の5'側の領域の配列を有するオリゴヌクレオチドを使用することができる。
【0013】
本発明のプライマーの鎖長は増幅方法や増幅条件によって異なるため、10塩基以上であってCYP2D6遺伝子のフラグメントが単一で増幅される長さであれば特に制限されないが、好ましくは10塩基から35塩基、更に好ましくは13塩基から30塩基である。
【0014】
本発明のプライマーを構成するオリゴヌクレオチドとしてはDNA、RNA、ペプチド核酸等が挙げられるが増幅が行える範囲であれば特に制限されない。また、合成方法は通常のオリゴヌクレオチドと同様にして例えば、市販のDNA合成機を用いる方法等によって行うことができる。
またプライマーは標識されたものであってもよい。プライマーを標識する物質は、通常のハイブリダイゼーション法に用いられる標識物質を使用することができる。このような標識物質として蛍光物質やハプテンなどが挙げられる。具体的にはフルオレセイン、ローダミン、フィコエリスリン、テキサスレッド、シアニン系蛍光色素が、ハプテンとしてはビオチン、ジゴキシゲニン、ジニトロフェニルなどが挙げられる。
【0015】
増幅方法は上記のプライマーを用いることができる方法であれば特に制限されないが、PCR、LAMP法(特許第3313358号明細書)、NASBA法(Nucleic Acid Sequence-Based Amplification;特許2843586号明細書)、ICAN法(特開2002-233379号公報)などが挙げられる。この中ではPCR法が特に好ましい。反応条件は通常の条件を採用することができ、試料中の標的核酸の濃度などに応じて適宜変更することができる。
本発明の増幅方法により、CYP2D7遺伝子(Genbankアクセッション番号X58467、X58468)、CYP2D8遺伝子(Genbank アクセッション番号NG_000854)を増幅せずに、CYP2D6遺伝子を特異的に増幅することができる。
【0016】
さらに、本発明のプライマーを用いた増幅反応により得られた増幅産物を用いることにより、CYP2D6遺伝子の多型を特異的に検出することができる。多型を検出する方法は特に制限されないが、例えば、各多型に対応するオリゴヌクレオチドプローブを用意し、各プローブと増幅産物のハイブリダイゼーションの有無を測定することにより検出する方法が挙げられる。このようなハイブリダイゼーションによる検出方法としては、マイクロアレイを用いた方法がより好ましい。また、シーケンスによる方法やTaqManプローブを用いた方法でもよい。
【0017】
また、増幅産物の有無を調べることによって多型を検出してもよい。例えば、本発明のプライマーとともに用いるプライマー(本発明のプライマーがフォワードプライマーの場合はリバースプライマー、本発明のプライマーがリバースプライマーの場合はフォワードプライマー)として、多型を示す塩基を含む領域に各多型に対応するプライマーをそれぞれ設計し、それら各プライマーと本発明のプライマーとを用いてそれぞれ増幅反応を行い、いずれの多型に相当するプライマーを用いたときに増幅産物が得られるかを調べることによって多型を検出してもよい。
【実施例】
【0018】
実施例1
(1)プライマーの合成
フォワードプライマー1(配列番号5:AGG AGC CCA TTT GGT AGT GA)とリバースプライマー1(配列番号2の23〜40:CGG GTC CCA
CGG AAA TCT)をそれぞれ市販のDNA合成機を用いて合成した。
【0019】
(2)鋳型DNAの抽出
ヒト血液より市販のDNA抽出キットを用いて常法によりDNAを抽出し、PCR反応の鋳型DNAとした。
【0020】
(3)PCR反応
PCR反応液はHotStarTaq Master Mix(Qiagen社製):25μLと50μMフォワードプライマー1:1μL、50μMリバースプライマー1:1μL、蒸留水:23μLをそれぞれ加え、総量50μLとした。
PCR反応はMJ Research社DNA Engineを用い、先ず95℃で15分間加熱した後、95℃、1分で熱変性、50℃、30秒でアニーリング、72℃1分で伸長のサイクルを35サイクル行い、最後に72℃で3分間を行った。その後、5%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動をしたところ、1124bpのバンドが一本のみ観察された。
【0021】
(4)増幅産物のクローニングおよびクローンの増幅
(3)で増幅したPCR産物をQIAquick PCR Purification Kit(Qiagen社製)を用いて精製した。その後、pGEM−T Easy Vector System(Promega社製)を用いて精製産物をpGEMにライゲーションした。作製したライゲーション反応液を大腸菌へトランスフォーメーションし、その後、LB寒天培地上で一晩37℃にて培養を行った。形成したコロニーのうち10個を選びそれぞれQIAprep Spin Miniprep Kit(Qiagen社製)を用いてクローンの抽出を行った。
【0022】
(5)シーケンス解析
(4)で抽出したクローンをDye Terminator Cycle Sequencing Kit(PERKIN ELMER社製)を使用し、それぞれシーケンス解析を行った。得られた配列をBlastによって配列の相同性を調べ、遺伝子を特定した。以下にその結果を示す。シーケンス解析を行った10クローン全てがCYP2D6由来であることが確認された。このことより本発明のプライマーを用いることでCYP2D6の多型部位を有する配列が単一で増幅できる。
【0023】
【表1】

【0024】
比較例1
CYP2D6*10の多型部位を含む領域の増幅を目的として参考文献(臨床検査 vol.48 no.2 p163−169)中のCYP2D6*10検出用プライマー10−S(配列番号3:CCA TTT GGT AGT GAG GCA GGT AT)
、10−AS(配列番号4:TTC TGG TCC AGC CTG TGG TTT
C)のプライマーセット、及び上記フォワードプライマー1、リバースプライマー1のプライマーセットを合成した。
これら4種類のプライマーについてそれぞれBlastを用いて相同性検索を行った。結果を以下の表に示す。参考文献に記載されたプライマー10−S、10−ASは共にアクセッション番号X58468のCYP2D7と完全一致している。一方新たに設計したプライマーはフォワードプライマー1では上記CYP2D7と完全一致しているものの、リバースプライマー1は完全一致していないため、このプライマーセットを用いることでCYP2D6が単一で増幅されることが示唆された。
【0025】
【表2】

【0026】
比較例2
(1)プライマーの設計
CYP2D6(Genbankアクセッション番号M33388)、CYP2D7(Genbankアクセッション番号X58467、X58468)、CYP2D8(Genbank アクセッション番号NG_000854)の4種類の配列のアライメントよりCYP2D6*10が有する多型領域を含み、且つ、CYP2D6のみを増幅するようなプライマーの設計を行った。その結果フォワードプライマーとしては、フォワードプライマー1(配列番号4:AGG AGC CCA TTT GGT AGT GA)を選び、リバースプライマーとしては、上記リバースプライマー1、及び対照用にリバースプライマー2(配列番号6:TCG GAC TAC GGT CAT CAC)、リバースプライマー3(配列番号7:TTT CTT GGC
CCG CTG TCC)、リバースプライマー4(配列番号8:CGC CCT CGT CCC CAT GC)を選んだ。以下にその組み合わせを示す。
【0027】
【表3】

【0028】
(2)プライマーの合成
(1)で設計されたプライマーはそれぞれ市販のDNA合成機を用いて合成した。
【0029】
(3)鋳型DNAの抽出
ヒト血液より市販のDNA抽出キットを用いて常法によりDNAを抽出し、PCR反応の鋳型DNAとした。
【0030】
(4)PCR反応
PCR反応液はHotStarTaq Master Mix(Qiagen社製):25・Lと
50・Mフォワードプライマー:1・L、50・Mリバースプライマー:1・L、蒸留水23・Lをそれぞれ加え、総量50・Lとした。
PCR反応はMJ Research社DNA Engineを用い、先ず95℃で15分間加熱した後、95℃、1分で熱変性、50℃、30秒でアニーリング、72℃、1分で伸長のサイクルを35サイクル行い、最後に72℃で3分間を行った。
【0031】
(5)判定
PCR反応後、5%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動を行い、1124bpにバンドが一本のみ観察されるか否かを確認した。以下にその結果を示す。
【0032】
【表4】

以上のことより組み合わせ1のプライマーセットのみが目的の配列を特異的に増幅していることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】CYP2D6遺伝子における本発明のプライマーと一塩基多型との位置関係を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列又はその相補配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー。
【請求項2】
配列番号1で示される塩基配列のうち、38〜40番目のAGAを含む連続した10塩基以上の配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー。
【請求項3】
配列番号1で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列を有し、かつ38〜40番目のAGAのうちのいずれかの塩基を3'末端に有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー。
【請求項4】
配列番号2で示される塩基配列のうち、38〜40番目のTCTを含む連続した10塩基以上の配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー。
【請求項5】
配列番号2で示される塩基配列のうちの連続した10塩基以上の配列を有し、かつ配列番号2で示される塩基配列の38〜40番目のTCTのうちのいずれかの塩基を3'末端に有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー。
【請求項6】
ヒトチトクロームP450 2D6遺伝子を増幅する方法であって、請求項1〜5のいずれか一項に記載のプライマーを用いることにより、ヒトチトクロームP450 2D7遺伝子及び2D8遺伝子を増幅せずに、P4502D6遺伝子を増幅することを特徴とする方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2006−325408(P2006−325408A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−149311(P2005−149311)
【出願日】平成17年5月23日(2005.5.23)
【出願人】(000004374)日清紡績株式会社 (370)
【Fターム(参考)】