説明

D−エリスロ−フェニルセリンの製造方法

【課 題】 本発明は、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンからD−エリスロ−フェニルセリンを製造又は光学分割することのできる技術を提供することを目的とする。
【解決手段】 フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌を、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンに作用させ、L−エリスロ−フェニルセリンを分解し、残存するD−エリスロ−フェニルセリンを採取することを特徴とするD−エリスロ−フェニルセリンの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は医薬や農薬又は他の有用な化学物質(例えばチアンフェニコールやフロロフェニコール、クロラムフェニコール等)などの中間体として有用なことが知られているD−エリスロ−フェニルセリンを製造する方法に関する。さらに詳しくは、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンのL−エリスロ−フェニルセリンのみを特異的にグリシンとベンズアルデヒドに分解する能力を有する酵素を産生する微生物あるいはその菌体調製物により、D−エリスロ−フェニルセリンを選択的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、D−エリスロ−フェニルセリンの合成は、以下の方法により行われていた。即ち、ベンズアルデヒドとグリシンを強アルカリ存在下で縮合させることによりラセミ−スレオ/エリスロ−フェニルセリンを得た後、スレオ/エリスロ体の相互分離処理を行い、得られたラセミ−エリスロ−フェニルセリンのアミノ基部分に置換基(例えばN−アシル基等)を導入した後、キニン、ブルシン等の光学分割剤を用いて光学分割を行い、最後にアミノ基部分の置換基を除去する方法である(化学合成法;特許文献1〜4)。
しかし、上記ベンズアルデヒドとグリシンからの化学合成法では、高立体選択的な合成が困難なため、スレオ/エリスロ体、D/L体の4種類の異性体が生成し、目的のD−エリスロ−フェニルセリンを得るためには繁雑な分離工程が必要となるばかりでなく、D/L体の光学分割にはキニン、ブルシン等の非常に高価な光学分割剤を用いなければならない等の問題点がある。
【0003】
また、キサントモナス属等より得られるL−アロスレオニンアルドラーゼの合成に関与する遺伝子を担うDNAで形質転換されたキサントモナス属等の形質転換体に、ラセミ−エリスロ−β−ヒドロキシアミノ酸を作用させて、L−体のみを特異的にグリシンと対応するアルデヒド誘導体に分解させ、D−エリスロ−β−ヒドロキシアミノ酸を得る方法が知られている(特許文献5参照)。しかし、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンからのL−アロスレオニンアルドラーゼを用いた酵素反応による光学分割法は、用いる酵素がラセミ−エリスロ−フェニルセリンに対して活性がそれほど高くなく、この点に関しても技術的解決が求められている。
【0004】
酵素反応法自体に関しては、目的酵素を産生する菌体微生物より酵素を単離・精製し、使用する方法や菌体内酵素を菌体のまま使用する方法も広く周知の事となっている。しかし、酵素反応自体に関しては、菌体内酵素を菌体のまま使用する方法は、目的酵素を産生する菌体微生物より単離・精製した酵素を用いる方法における、酵素産生菌体培養液を遠心分離して菌体を収集し、これを超音波処理等の機械的粉砕後、再度遠心分離により無細胞抽出液を得、硫安分別や有機溶媒分別とイオン交換クロマト分別を適宜組み合わせて酵素を単離・精製する等の、多段階の工程操作を必要としない方法なのでより簡便な方法となる。しかし、この菌体内酵素反応では菌体と反応生成物の分離が膜ろ過分離法等の簡単な方法で可能なものの、菌体自体が強固であって、かつ、分離・回収して繰り返し利用が出来なければ効率的な菌体内酵素反応が実施できないという問題があった。
【特許文献1】特開昭51−32540号公報
【特許文献2】特開昭58−216146号公報
【特許文献3】特開昭59−222465号公報
【特許文献4】特開昭59−216858号公報
【特許文献5】特開平6−165693号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記問題を解決し、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンからD−エリスロ−フェニルセリンを製造又は光学分割することのできる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、D−エリスロ−フェニルセリンの合成方法に関し鋭意検討を行った結果、フェニルセリンに対して活性の高いフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを、強固な細胞壁を有するコリネ型細菌で高発現させた形質転換コリネ菌を創製し、該菌体をラセミ−エリスロ−フェニルセリンに作用させると、効率良くL−エリスロ−フェニルセリンのみを分解して、D−エリスロ−フェニルセリンが高選択的に製造できることを見出し、本発明に到達した。
【0007】
即ち、本発明は、
(1) フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌を、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンに作用させ、L−エリスロ−フェニルセリンを分解し、残存するD−エリスロ−フェニルセリンを採取することを特徴とするD−エリスロ−フェニルセリンの製造方法、
(2) フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAが、以下の(a)〜(d)のいずれかのDNAであることを特徴とする前記(1)記載の方法;
(a)配列番号1における645−1682番目の塩基配列を含むDNA;
(b)前記(a)の塩基配列を含むDNAと相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA;
(c)配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするDNA;
(d)前記(c)のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(3) フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAがBacillus sp. PS−15株(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター 受託番号FERM P−15187)由来DNAであることを特徴とする前記(2)記載の方法、
(4) フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌が、コリネバクテリウム属菌、ブレビバクテリウム属菌およびアースロバクター属菌から選択される1種の菌であることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法、
(5) フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌が、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受託番号FERM P−20252又は受託番号FERM P−20233として寄託されたものであることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法、
(6) フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌を繰り返し再使用することを特徴とする前記(1)記載の方法、
(7) 以下の(a)〜(d)のいずれかのDNAを含有する遺伝子;
(a)配列番号1における645−1682番目の塩基配列を含むDNA;
(b)前記(a)の塩基配列を含むDNAと相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA;
(c)配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするDNA;
(d)前記(c)のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
(8) 以下の(a)又は(b)のタンパク質;
(a)配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)前記(a)のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質、
(9) 前記(7)に記載の遺伝子を含有するベクター、
(10) 前記(9)に記載の遺伝子を含有するベクターを含む形質転換体、
(11) 独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM P−20252であるコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R/pCRB pall株、
(12) 独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM P−20233であるコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R/pCRB tacP pall株、
に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により形質転換されたコリネ型細菌は、その菌体中でフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを含む遺伝子を大量に発現させることが可能となった。フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを含む遺伝子を高発現させるように形質転換されたコリネ型細菌を用いると、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンからD−エリスロ−フェニルセリンを工業的に容易に且つ高収率で製造し得る。しかも、前記形質転換されたコリネ型細菌は組換え大腸菌等とは異なり繰り返し再利用が可能なため、非常に効率良くD−エリスロ−フェニルセリンを製造できる。この結果、医薬、農薬(例えばチアンフェニコールやフロロフェニコール、クロラムフェニコール等)などの中間体として有用なD−エリスロ−フェニルセリン製造がコストダウンを含めて工業的に有利に実施することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
フェニルセリンアルドラーゼは主としてL−エリスロ−フェニルセリンからグリシンとベンズアルデヒドを生成する反応を触媒する酵素である。また、フェニルセリンアルドラーゼは、前記の逆反応でグリシンとベンズアルデヒドからL−エリスロ−フェニルセリンを生成する反応も触媒する酵素である。フェニルセリンアルドラーゼが細胞内で著量蓄積できれば、D−エリスロ−フェニルセリンの生産に有効に使用できると考えられる。
【0010】
フェニルセリンアルドラーゼとしては、例えば配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質が挙げられる。またフェニルセリンアルドラーゼには、前記配列番号2において1若しくは複数個〔例えば、数個(例えば1〜8個;以下同様である。)〕のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質等も含まれる。
前記置換又は付加によって導入されるアミノ酸は、遺伝子によりコードされる20種類のアミノ酸以外の非天然アミノ酸であってもよい。非天然アミノ酸は、アミノ基とカルボキシル基を有する限りどのような化合物でもよいが、例えばγ−アミノ酪酸等が挙げられる。
【0011】
上記フェニルセリンアルドラーゼは、C末端がカルボキシル基(−COOH)、カルボキシレート(−COO)、アミド(−CONH)又はエステル(−COOR)のいずれであってもよい。ここでエステルにおけるRとしては、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピルもしくはn−ブチル等のC1−6アルキル基、例えば、シクロペンチル、シクロヘキシル等のC3−8シクロアルキル基、例えば、フェニル、α−ナフチル等のC6−12アリール基、例えば、ベンジル、フェネチル等のフェニル−C1−2アルキル基もしくはα−ナフチルメチル等のα−ナフチル−C1−2アルキル基等のC7−14アラルキル基のほか、経口用エステルとして汎用されるピバロイルオキシメチル基等が用いられる。フェニルセリンアルドラーゼが、C末端以外にカルボキシル基(又はカルボキシレート)を有している場合、カルボキシル基がアミド化又はエステル化されているものも本発明におけるフェニルセリンアルドラーゼに含まれる。この場合のエステルとしては、例えば上記したC末端のエステル等が用いられる。さらに、フェニルセリンアルドラーゼには、上記したタンパク質において、N末端のメチオニン残基のアミノ基が保護基(例えば、ホルミル基、アセチル等のC2−6アルカノイル基等のC1−6アシル基等)で保護されているもの、N末端側が生体内で切断され生成したグルタミル基がピログルタミン酸化したもの、分子内のアミノ酸の側鎖上の置換基(例えば、−OH、−SH、アミノ基、イミダゾール基、インドール基、グアニジノ基等)が適当な保護基(例えば、ホルミル基、アセチル等のC2−6アルカノイル基等のC1−6アシル基等)で保護されているもの、あるいは糖鎖が結合したいわゆる糖蛋白質等の複合蛋白質等も含まれる。
【0012】
本発明で用いられる上記フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAとしては、フェニルセリンアルドラーゼを有する動物、植物、又は、微生物由来のいずれのDNAでも使用できるが、工業的な利用には微生物由来のものが好ましい。前記微生物としては、例えばバチルス属(Bacillus)を好ましく挙げることができる。
【0013】
本発明で用いられるフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAは、好ましくは、バチルス属(Bacillus)に属する微生物由来のDNA、さらに好ましくは、バチルス・スピーシーズ(Bacillus sp.)由来のDNA、とりわけ好ましくはバチルス・スピーシーズ PS−15株(Bacillus sp.PS−15;FERM P−15187、特開平9−238680号公報)由来のDNAが挙げられる。バチルス・スピーシーズ PS−15株は、耐熱性のフェニルセリンアルドラーゼを生産する微生物として自然界から分離され、バチルス属に属する菌株として同定されたものである。
【0014】
バチルス・スピーシーズ PS−15株由来のフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAとしては、上記したフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNA、あるいは例えば配列番号1に示される塩基配列の645番目から1682番目に相当する塩基配列を含むDNA、又は前記DNAと相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、あるいはフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質、例えば配列番号2で示されアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするDNAもしくは前記アミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA等が挙げられる。なお、前記DNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとは、例えば前記DNAをプローブとして、コロニー・ハイブリダイゼーション法、プラーク・ハイブリダイゼーション法あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法等を用いることにより得られるDNAを意味する。具体的には、コロニーあるいはプラーク由来のDNAを固定化したフィルターを用いて、約0.7〜1.0M程度の塩化ナトリウム存在下、約65℃程度でハイブリダイゼーションを行った後、約0.1〜2倍程度の濃度のSSC溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸ナトリウムよりなる。)を用い、約65℃程度の条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるDNAを挙げることができる。
【0015】
また、上記DNAには、例えば配列番号1に示される塩基配列の645番目から1682番目に相当する塩基配列と約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上の相同性を有する塩基配列を有し、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA等も含まれる。ハイブリダイゼーションは、公知の方法、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning,A laboratory Manual, Third Edition(J.Sambrook et al.,Cold Spring Harbor Lab.Press,2001):以下、モレキュラー・クローニング第3版と略す。)に記載の方法等に従って行うことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行うことができる。
また、フェニルセリンアルドラーゼの発現をコードするメッセンジャーRNA(mRNA)に対してアンチセンスであるmRNAの転写をコードするDNAも、上記したフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAに含まれる。
【0016】
本発明に使用されるコリネ型細菌は、バージーズ・マニュアル・デターミネイティブ・バクテリオロジー〔(Bargeys Manual of Determinative Bacteriology,第8巻,p.599、1974年)〕に定義されている一群の微生物であり、好気性、グラム陽性、非抗酸性、胞子形成能を有さない桿菌を意味し、例えば、コリネバクテリウム属菌、ブレビバクテリウム属菌、アースロバクター属菌、マイコバクテリウム属菌そしてマイクロコッカス属菌等が挙げられる。
【0017】
具体的には、コリネバクテリウム属菌としては、コリネバクテリウム グルタミカムR(Corynebacterium glutamicum R)独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されている受託番号FERM P−18976,ATCC13032、ATCC13058、ATCC13059、ATCC13060、ATCC13232、ATCC13286、ATCC13287、ATCC13655、ATCC13745、ATCC13746、ATCC13761、ATCC14020及びATCC31831等が挙げられる。
【0018】
ブレビバクテリウム属菌としては、ブレビバクテリウム ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)ATCC13869、ブレビバクテリウム フラバム(Brevibacterium flavum)MJ−233(FERM BP−1497)及びMJ−233AB−41(FERM BP−1498)、ブレビバクテリウム アンモニアゲネス(Brevibacterium ammoniagenes)ATCC6872等があげられる。アースロバクター属菌としては、アースロバクター グロビフォルミス(Arthrobacter globiformis)ATCC8010、ATCC4336,ATCC21056,ATCC31250,ATCC31738及びATCC35698等が挙げられる。
【0019】
本発明で用いられるコリネ型細菌は自然界に存する野生株の変異株(例えば、受託番号FERM P−18977,受託番号FERM P−18978株等)であってもよい。これらの変異株は特開2004−89029に記載された方法に従って作成できる。
上記コリネ型細菌の中でも、コリネバクテリウム属菌やブレビバクテリウム属菌が好ましく、とりわけ独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受託番号FERM P−18976として寄託されているコリネバクテリウム グルタミカムR株が好ましい。
【0020】
以下、[I] フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAが増幅発現されたコリネ型細菌形質転換体、及び、[II] D−エリスロ−フェニルセリンの製造方法について詳細に説明する。
【0021】
[I] フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAが増幅発現されたコリネ型細菌形質転換体の製造方法
バチルス・スピーシーズ PS−15株の生産するフェニルセリンアルドラーゼはL−エリスロ−フェニルセリンからグリシンとベンズアルデヒドを生成する反応を触媒するほか、その逆反応でグリシンとベンズアルデヒドからL−エリスロ−フェニルセリンを生成する反応も触媒する。フェニルセリンアルドラーゼが細胞内で著量蓄積できれば、D−エリスロ−フェニルセリンの生産(光学分割)に有効に使用できると考えられる。
【0022】
本発明においては、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンの光学分割反応に必要な酵素量を確保するために、L−エリスロ−フェニルセリンに作用するフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの発現量を上昇させる形質転換体を創製する。
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの発現量を上昇させるためには通常、例えば強力なプロモーターを挿入したり、リプレッサータンパク質の発現量を制御したりする等して、フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの発現調節機構の改良を行えばよい。また、多コピー型のベクターに接続して組換えDNAを作製し、微生物に保持させることが好ましい。
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの発現量を上昇させる微生物の創製にあたっては、バチルス属由来のフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAをPCR(polymerase chain reaction)法を用いて必要なDNA領域を増幅取得し、プラスミド等のベクターに挿入して宿主細胞であるコリネ型細菌を形質転換するのが好ましい。
【0023】
ここで、組換えDNA技術によってフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAが増幅発現された形質転換体を創製する方法について、下記の順に説明する。
(1)フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの調製
(2)組換えDNAの調製
(3)形質転換体の創製
(4)フェニルセリンアルドラーゼの生成蓄積
【0024】
(1)フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの調製
フェニルセリンアルドラーゼのアミノ酸配列は知られていないため、フェニルセリンアルドラーゼと類似の作用を示し、かつアミノ酸配列が公知の酵素との相同性を示すアミノ酸配列を指標にフェニルセリンアルドラーゼのアミノ酸配列をまず決定した。フェニルセリンアルドラーゼと類似の作用を示す酵素として、L−スレオニンアルドラーゼが挙げられる。L−スレオニンアルドラーゼは、フェニルセリンアルドラーゼ同様、L−スレオニンからグリシンとアセトアルデヒドへ分解する反応を触媒する酵素である。従って、フェニルセリンアルドラーゼのアミノ酸配列はL−スレオニンアルドラーゼのアミノ酸配列と高い相同性を示すことが考えられる。
【0025】
L−スレオニンアルドラーゼはE.coliをはじめとするエシェリヒア属、アエロモナス属、シュードモナス属等の細菌〔Eur.J.Biochem.,第255巻,p.220−226(1998年)、Appl.Environ.Microbiol.,第64巻,p.549−554(1998年)、J.Bacteriol.,第179巻,p.3555−3560(1997年)〕やサッカロマイセス属等の酵母〔Eur.J.Biochem.,第245巻,p.289−293(1997年)〕より取得されており、そのDNA配列も知られている。
【0026】
本発明においては、まずバチルス属微生物、例えば、前記のバチルス・スピーシーズ PS15株を常法、具体的には特開平9−238680号公報記載の方法に従い培養し、培養物から菌体を集め、該菌体から染色体DNAを抽出する。染色体DNAの抽出は常法、例えばGenome Prep Cell and Tissue DNA Isolation Kit(アマシャム製)を用いて簡便に行うことができる。
【0027】
次に、上記の細菌又は酵母由来L−スレオニンアルドラーゼの数種〔少なくとも2種以上、好ましくは数種(約3〜5種)〕のアミノ酸配列を対比し、共通の配列又は相同性の高い配列部位を選択する。選択したアミノ酸配列(例えば、配列番号3〜5で示されるアミノ酸配列等)をもとにオリゴヌクレオチドを設計する。設計したオリゴヌクレオチドをプライマーとしてPCRを行い、フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの部分断片を得る。このようなプライマーとしては、例えば配列番号3〜5に示されるアミノ酸配列に相当する塩基配列(配列番号6又は7)が挙げられる。PCR反応は公知のPCR増幅装置、例えばサーマルサイクラー等を利用し得る。PCRのサイクルは、デナチュレーション→アニーリング→エクステンションを1サイクルとして、約10〜100サイクル、好ましくは約20〜50サイクル程度が好ましい。
【0028】
PCRにて得られたDNA断片は適当なクローニングベクター、例えばpGEM−T Easy Vector(プロメガ社製)へサブクローニングする。次いで、前記ベクターを、例えばE.coli JM109菌株等に導入し、該菌株を形質転換する。この形質転換された菌株を適当な抗生物質(例.アンピシリン、クロラムフェニコール等)を含む培地で培養し、培養物から菌体を回収する。
回収された菌体から常法、例えばQIAprep Spin Miniprep Kit(キアゲン社製)等を用いてプラスミドDNAを抽出する。この抽出されたプラスミドDNAの塩基配列を決定することにより、本発明のフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの部分配列を含むDNA断片を取得することができる。
得られたDNA断片の塩基配列は、例えばジデオキシヌクレオチド酵素法等、公知の方法により決定することができる。また、キャピラリ電気泳動システムを用い、検出には多色蛍光技術を使用する例えば、ABI PRISM 3100 Genetic Analyzer(アプライドシステムズ社製)等を使用して自動的に分析することもできる。
【0029】
上記のようにして、フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの部分配列を含むDNA断片の塩基配列を決定し、例えば、配列番号1に示す726番目から1171番目に相当する塩基配列と決定し得る。次いで該塩基配列をアミノ酸配列に翻訳して解析する。その結果、翻訳されたアミノ酸配列は、配列番号2に示すアミノ酸配列の28番目から176番目までに相当し、またその部分配列をコードするDNAは配列番号1に示す塩基配列の726番目から1171番目に相当し得る。
【0030】
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNA全体を含むDNA断片を得るにはバチルス属微生物、例えば前記バチルス・スピーシーズ PS15株の染色体DNAライブラリーを作製し、上記フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの部分断片(例えば配列番号1に示す726番目から1171番目に相当する塩基配列;以下同様である。)をプローブとするサザンハイブリダイゼーションにより、フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを含む染色体DNAを単離する方法が挙げられる。
【0031】
上記バチルス・スピーシーズ PS15株より抽出した染色体DNAを適当な制限酵素、例えばPstI等を用いて部分分解し、アガロースゲルによる電気泳動後、この断片をナイロンメンブレン(Hybond N+、アマシャム社製)に移し取り、前記のフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの部分断片をプローブとして用いたサザンハイブリダイゼーションを行う。
【0032】
上記操作によって、フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの部分断片を含むバチルス属菌、例えばバチルス・スピーシーズ PS15株の染色体DNA制限酵素断片が7kb以内であれば、この制限酵素断片のセルフライゲーションを行う。かくしてフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの部分断片を含む環状DNAを取得することができる。
【0033】
次に、上記にて取得した環状DNAを鋳型とし、前記にて決定されたフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの部分断片をもとに設計されたプライマーを用いてインバースPCRを行う。このようなプライマーとして、例えば配列番号1の750〜770番目及び1122〜1145番目に示される塩基配列に相当する部位を選び、その塩基配列又はその相補配列(例えば配列番号8及び9)を設計することができる。
【0034】
上記インバースPCRにて得られたDNA断片はフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの両末端側を含む断片である。この断片を適当なクローニングベクター、例えばpGEM−T Easy Vector(プロメガ社製)へサブクローニングし、エシェリヒア・コリJM109株を形質転換する。このプラスミドにより挿入されたDNAの塩基配列を決定することにより、本発明のフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを決定することができる。
【0035】
このようにして得られるフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを含むDNA制限酵素切断断片としては、バチルス属微生物、例えばバチルススピーシーズ PS15株染色体DNAを制限酵素PstIで切断して得られる、大きさ約2.4kbの例えば配列番号1で示されるDNA断片を挙げることができる。このDNA断片の塩基配列を決定したところ、オープンリーディングフレームの存在が確認され、その構造遺伝子領域は後記配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列中のアミノ酸番号1〜345の345個のアミノ酸配列をコードする1038塩基対から構成されることがわかった。
【0036】
(2)組換えDNAの調製
本発明における組換えDNAとは、上述のフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを含むDNAをプラスミドベクターに接続したものをいう。ここでベクターとしてはpUC系のプラスミドベクター及びその誘導体等が挙げられる。その際、フェニルセリンアルドラーゼを効率的に発現させるために、例えばlacプロモーター、tacプロモーター、その他微生物内で機能するプロモーターを用いるのが好ましい。また、形質転換体を選別するために、ベクターは例えばクロラムフェニコール等の抗生物質耐性遺伝子等のマーカーを有することが好ましい。本発明に用いるpUC系プラスミドベクターとしては、例えばシャトルベクターpCRB1(ACS SYMPOSIUM SERIES 862,“FermentationBiotechnology”Chapter11,p175−p191,Ed.byB.D.Saha,ACS,Washington,DC 参照)、pUS18又はBluescriptプラスミドベクター等を好ましく挙げることができる。中でもpCRB1は、クローニングベクターであるpHSG398(タカラバイオ社製)より調製されたベクターで、大腸菌とコリネ型細菌内で該有用遺伝子を発現させるシャトルベクターとして本発明において好ましく用いることができる。
【0037】
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを取得するために、フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAのオープンリーディングフレームよりも上流部位及び下流部位の塩基配列をもとにプライマーを設計し、これを用いてPCR法によりフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを増幅させる。この断片をpCRB1のβ−ガラクトシダーゼ遺伝子内に存在するマルチクローニングサイト内に挿入することで、組換えDNAを調製する。
なお、プライマーは、配列番号1に示す塩基配列の587番目から606番目に相当する部位及び1846番目から1865番目に相当する部位を選択し、その塩基配列又はその相補配列に制限酵素(例えばEcoRI,BamHI等)切断部位を連結するのが好ましい。このようなプライマーとしては、例えば配列番号10及び11に示すものが好ましく挙げられる。
【0038】
(3)形質転換体の創製
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの発現量を上昇させる形質転換体の創製については、上記にて作製した組換えDNAを宿主細胞に導入して形質転換する。形質転換される宿主細胞は、前述のコリネ型細菌であるが、その内でもコリネバクテリウム属菌が好ましく、中でもコリネバクテリウム・グルタミカムR株(FERM P−18976)が好ましい。
組換えDNAの宿主細胞への導入は、電気パルス法等の常法により行うことができる。
【0039】
(4)フェニルセリンアルドラーゼの生成蓄積
上記の方法で取得されるフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを含む組換えDNAにて形質転換されたコリネ型細菌を培養し、目的のフェニルセリンアルドラーゼを生成蓄積せしめる。形質転換された、例えばコリネバクテリウム・グルタミカムR株の形質転換体の培養は、グルコース等の炭素源、硫酸アンモニウム等の窒素源、リン酸水素二カリウムや硫酸マグネシウム等の無機物、その他カザミノ酸等の有機成分を含む培地を用いるのがよい。
【0040】
培養は好気条件下で約12〜48時間程度実施するのが好ましい。また培養温度はコリネバクテリウム・グルタミカムR株形質転換体の場合、好ましくは約20℃〜40℃、より好ましくは約30℃〜35℃である。
【0041】
このようにしてフェニルセリンアルドラーゼを生成蓄積したコリネ型細菌形質転換体は培養液中に存在する状態や培養液から形質転換体を分離・濃縮等して使用することも出来る。また、本発明で用いられる形質転換されたコリネ型細菌の菌体には、例えば、アクリルアミドやカラギーナン等の担体上に固定化した固定化菌体、あるいは、凍結乾燥等による乾燥菌体等の菌体調製物も包含される。
【0042】
又、本発明で用いられるフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌は、紫外線、エックス線又は薬品等を用いる人工的な変異手段で容易に変異しうるものである。このように得られるどのような変異株であっても本発明の対象とするフェニルセリンアルドラーゼ生産能を有するものは、本発明に用いられる形質転換されたコリネ型細菌の菌体に包含される。
【0043】
[II] D−エリスロ−フェニルセリンの製造方法
本発明のD−エリスロ−フェニルセリンの製造方法においては、フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌を用いて、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンのうちL−エリスロ−フェニルセリンを特異的にグリシンとベンズアルデヒドに分解し、D−エリスロ−フェニルセリンを残存させる。
ラセミ−エリスロ−フェニルセリンにフェニルセリンアルドラーゼを作用させる方法は特に限定されない。例えば、フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌を培養後、該菌体が培養液中に存在する状態で、あるいは、培養液から分離された菌体、又は、該菌体を凍結後に融解させたものを用いても良い。
【0044】
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌を用いたフェニルセリンアルドラーゼ反応を行う場合、該菌体とラセミ−エリスロ−フェニルセリンを含む反応液とを、反応温度を約20℃〜50℃、好ましくは約30℃〜40℃の範囲で、反応pHを約7〜9、好ましくはpHを約8〜8.5の範囲に制御して反応させる。反応はバッチ方式又は連続方式等、いずれの方法も用いることができる。また、反応液と菌体をフィルター等により分離し、菌体を連続的に回収し、繰り返し再使用することも出来る。本発明の方法においては、酵素が反応液から逸散しない限り菌体の生死にかかわらずD−エリスロ−フェニルセリンの製造反応を実施することができる。なお、反応液には補酵素であるピリドキサールリン酸を添加しておくのが好ましい。
【0045】
なお、本発明で用いられるフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受託番号FERM P−20233又は受託番号FERM P−20252として寄託されている。
【0046】
以下、実施例を示して本発明の耐熱性フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを含む遺伝子で形質転換されたコリネ型細菌によるD−エリスロ−フェニルセリンの製造法を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。%は、特に記載のない場合は質量%を示す。
【実施例1】
【0047】
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAが増幅発現された形質転換体の作製と該DNA高発現の確認
(A)バチルス・スピーシーズ PS15株(FERM P−15187)の全DNAの抽出
肉エキス1%、ポリペプトン1%、塩化ナトリウム0.5%(pH7.2)からなるブイヨン培地10mLにバチルス属PS15を接種して37℃にて12時間培養し、種培養液を得る。次にグリシン0.3%、グルコース1.0%、硫酸アンモニウム0.3%、酵母エキス1.0%(pH7.0)からなる培地10mLに上記の種培養液の一部を接種し、37℃にて24時間培養し、菌体を集めた。なお上記の方法は特開平9−238680号公報に記載の方法を参照に行った。
得られた菌体を2mg/mLの濃度にリゾチウム溶液を含むTEバッファー(トリス緩衝液(pH8.0)−10mM、EDTA・2Na溶液−1mM)に懸濁し、Genomic Prep Cell and Tissue DNA Isolation Kit(アマシャム社製)を用いて全DNAを抽出した。
【0048】
(B)プライマーの選択
前述したように、フェニルセリンアルドラーゼと同じ作用を示すアルドラーゼとしてL−スレオニンアルドラーゼがある。L−スレオニンアルドラーゼ遺伝子は、原核生物ではエシェリヒア・コリ(Eur.J.Biochem.,第255巻,p.220−226(1998年))、アエロモナス・ジャンダイ(Appl.Environ.Microbiol.,第64巻,p.549−554(1998年))、シュードモナス(J.Bacteriol.,第179巻,p.3555−3560(1997年))等のものが、酵母ではサッカロマイセス・セレビシエ(Eur.J.Biochem.,第245巻,p.289−293(1997年))等のものが知られている。これら4種のL−スレオニンアルドラーゼのアミノ酸配列において保存されている領域、すなわち前記アミノ酸配列と80%以上の相同性を有する領域を検討し、プライマー部位として共通配列と思われる配列番号3〜5のアミノ酸配列をもとに、配列番号6又は7に示す塩基配列を設計した。
【0049】
(C)PCR反応
配列番号6又は7に示すプライマーを用いて上記(A)にて調製した染色体DNAを鋳型としてPCRを行った。PCR反応にあたってはパーキンエルマー社製もしくはアプライドバイオシステムズ社製のサーマルサイクラーを用いて下記の条件で行った。
反応液:KCl 50mM、トリス緩衝液(pH8.4)10mM、MgCl 2mM、
鋳型DNA 1μg、プライマー 各0.5μM、dNTPs 200μM、
TaqDNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製)2.5units
PCRサイクル:デナチュレーション:94℃、60秒
アニーリング:50℃、60秒
エクステンション:72℃、90秒
以上を1サイクルとし、計30サイクル行った。本反応により生成したDNA断片を1%のアガロースゲルを用いた電気泳動を行って検出したところ、約450bpの断片を確認することができた。
【0050】
(D)増幅断片のクローン化
上記にて得られたDNA断片を含む反応液1μLにクローニングベクターpGEM−T Easy Vector(プロメガ社製)1μL及び50mMのトリス緩衝液(pH7.6)、10mMのジチオトレイトール、1mMのATP、10mMのMgCl、1unitのT4DNAリガーゼを添加し、4℃にて15時間反応させた。
得られたプラスミド混合液を用い、塩化カルシウム法によりE.coli JM109を形質転換し、濃度が50μg/mLのアンピシリンを含むLB寒天培地(Trypton peptone 1%、Yeast extract 0.5%、NaCl 1%、寒天 1.5%)に塗布した。
【0051】
(E)増幅断片の塩基配列の決定
上記にて培地上に生育した株を常法により液体培養し、QIAprep Spin Miniprep Kit(キアゲン社製)を用いてプラスミドを抽出し、適当な制限酵素により切断した後、電気泳動を行ったところ、約450bpのDNA断片の挿入が確認できた。この約450bpのDNA断片が挿入されたプラスミドより、挿入断片の塩基配列の決定を行った。その結果、配列番号1に示す塩基配列の726番目から1171番目に相当する配列となることが分かり、これに相当するアミノ酸配列は配列番号2に示すアミノ酸配列の28番目から176番目までに相当する部分となることが明らかとなった。なお塩基配列の決定にはアプライドシステムズ社製のABI PRISM 3100 Genetic Analyzerを使用して行った。
【0052】
(F)ゲノミック・サザンハイブリダイゼーション
上記(A)にて得られた染色体DNA2μgに制限酵素PstIを45units加え、37℃にて15時間反応させ完全分解し、アガロースゲル電気泳動に供した後、アガロースゲルをナイロンメンブレン(Hybond N+、アマシャム社製)に移しとった。前記にて取得したフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAの部分断片をアマシャム社製のGene Images random prime labeling moduleキットを用いてフルオレセイン標識化し、これをプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行った。検出についてはアマシャム社製のCDP−Star Detection Moduleを用いた化学発光検出を行った。
その結果、染色体DNAをPstI処理した場合、約2.4kbの位置に上記プローブが強くハイブリダイズした。
【0053】
(G)インバースPCR
上記(F)にて得られた0.8μgのPstI断片に66mMのトリス緩衝液(pH7.6)、10mMのジチオトレイトール、0.1mMのATP、6.6mMのMgCl、1,000unitsのT4DNAリガーゼを添加し、16℃にて6時間反応(セルフライゲーション)させ、環状DNAを取得した。この環状DNAを鋳型として、配列番号8及び9に示すプライマーを用いてPCRを行った。プライマーの設計は上記(E)にて決定されたDNA断片の塩基配列をもとに行った。PCR反応にあたってはアプライドバイオシステムズ社製のサーマルサイクラーを用いて下記の条件で行った。
反応液:KCl 50mM、トリス緩衝液(pH8.4)10mM、MgCl 2.5mM、
鋳型DNA 0.2μg、プライマー各0.5μM、dNTPs 300μM、
TaqDNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製) 2.5units
PCRサイクル:デナチュレーション:96℃、0秒
アニーリング:55℃、30秒
エクステンション:72℃、240秒
以上を1サイクルとし、計30サイクル行った。本反応により生成したDNA断片を1%のアガロースゲルを用いた電気泳動を行って検出したところ、約1,800bpの断片を確認することができた。
【0054】
(H)フェニルセリンアルドラーゼ全塩基配列の決定
上記(G)にて得られたDNA断片を上記(D)と同様の操作でpGEM−T Easy Vectorに挿入し、得られたプラスミド混合液を用い、塩化カルシウム法によりE.coli JM109を形質転換し、濃度が50μg/mLのアンピシリンを含むLB寒天培地に塗布した。この培地上に生育した株を常法により液体培養し、QIAprep Spin Miniprep Kit(キアゲン社製)を用いてプラスミドを抽出し、適当な制限酵素により切断した後、電気泳動を行ったところ、約1,800bpのDNA断片の挿入が確認できた。この約1,800bpのDNA断片が挿入されたプラスミドより、上記(E)にて記載の方法により、塩基配列の決定を行った。
その結果、PstIにて処理されたフェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAを含むDNA断片の塩基配列は配列番号1に示す塩基配列の1番目から2430番目に相当する配列となることが分かり、このうちフェニルセリンアルドラーゼをコードする遺伝子配列は配列番号1に示す塩基配列の645番目から1682番目に相当する配列となることが分かった。また、フェニルセリンアルドラーゼのアミノ酸配列は配列番号2に示すアミノ酸配列の1番目から345番目までに相当する部分となることが明らかとなった。
フェニルセリンアルドラーゼのアミノ酸配列について、相同性を検索したところ、アエロモナス・ジャンダイ由来のL−スレオニンアルドラーゼで46%、エシェリヒア・コリ由来のL−スレオニンアルドラーゼで44%であり、相同性を有することがBCBI Protein データベースより確認することができた。
【0055】
(I)組換えプラスミドDNAの調製
上記(H)にて確認された1,038bpのフェニルセリンアルドラーゼ遺伝子を大腸菌内で発現させるために、該DNA遺伝子をクローニングベクターpHSG398より調製されたベクターで、大腸菌とコリネ型細菌を宿主とするシャトルベクターpCRB1へサブクローニングした。
まずフェニルセリンアルドラーゼ遺伝子のオープンリーディングフレームを含む約1,300bpのDNA断片を増幅させるために、配列番号10に示す制限酵素EcoRI切断部位を連結したプライマーと配列番号11に示す制限酵素BamHI切断部位を連結したプライマーを用いてPCRを行った。増幅されたDNA断片を、制限酵素EcoRI及びBamHIにて切断し脱リン酸化処理されたシャトルベクターpCRB1と混合し、DNA Ligation Kit Ver 2.0(タカラバイオ社製)を用いてDNA断片とベクターを連結した。
【0056】
(J)コリネ型細菌への組換えDNAの導入
上記(I)にて連結した組換えプラスミドDNA反応液を用いて、電気パルス法によりコリネバクテリウム・グルタミカムR株(FERM P−18976)を形質転換し、クロラムフェニコール50μg/mLを含むA培地(尿素0.2%、硫酸アンモニウム0.7%、リン酸水素2カリウム0.05%、リン酸2水素カリウム0.05%、硫酸マグネシウム・7水和物0.05%、硫酸鉄・7水和物0.0006%、硫酸マンガン・7水和物0.00042%、ビオチン0.00002%、チアミン塩酸塩0.00002%、酵母エキス0.2%、カザミノ酸0.7%、グルコース4%、寒天1.5%)に塗布した。この培地上に生育した株についてコロニーPCRによって確認したところ組換えプラスミド中に目的とする断片が挿入されていることが確認できた。
なお、上記(I)にて単離されたフェニルセリンアルドラーゼ遺伝子をpal1と命名し、作製した組換えプラスミドをpCRBpal1と命名し、このプラスミドによって形質転換されたコリネバクテリウム・グルタミカムR株をCorynebacterium glutamicum R/pCRBpal1(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター 受託番号:FERM P−20252)と命名した。
【0057】
(K)フェニルセリンアルドラーゼのコリネ型細菌内での高発現の確認
上記(J)にて作製したCorynebacterium glutamicum R/pCRBpal1をクロラムフェニコール5μg/mLを含むA培地(尿素0.2%、硫酸アンモニウム0.7%、リン酸水素2カリウム0.05%、リン酸2水素カリウム0.05%、硫酸マグネシウム・7水和物0.05%、硫酸鉄・7水和物0.0006%、硫酸マンガン・7水和物0.00042%、ビオチン0.00002%、チアミン塩酸塩0.00002%、酵母エキス0.2%、カザミノ酸0.7%、グルコース4%、)に植菌し、33℃にて15時間振とう培養した。得られた菌体を遠心分離(6,000rpm、10分、4℃)して菌体をいったん回収し、20mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)にて洗浄した。この菌体0.5gを0.5mMのジチオスレイトール及び0.01mMのピリドキサールリン酸を含む20mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)1.5mLに懸濁した。
【0058】
この菌体懸濁液を氷冷下でガラスビーズを用いた超音波破砕により破砕し、これを遠心分離(14,500rpm、10分間)し、上清を粗酵素液として得た。また、コリネバクテリウム・グルタミカムR株の粗酵素液も同様の手法で得た。一方、PS15株の粗酵素液については、菌体懸濁液を氷冷下で超音波破砕にかけて破砕し、これを遠心分離(14,500rpm、10分間)することにより、上清を粗酵素液として得た。
得られた粗酵素液を用いてフェニルセリンアルドラーゼ活性の確認を行った。基質としてラセミ−スレオ−フェニルセリンを使用した。反応は100mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、40mMのラセミ−スレオ−フェニルセリン、0.03mMのピリドキサールリン酸、0.4mg/mLの粗酵素液存在下(いずれも終濃度)、37℃にて10分間行った。その結果、Corynebacterium glutamicum R/pCRBpal1のアルドラーゼ活性は0.648unit/mgであることが判った。一方、コリネバクテリウム・グルタミカムR株のアルドラーゼ活性は0.0272unit/mg、PS15株のアルドラーゼ活性は0.0713unit/mgであったことから、Corynebacterium glutamicum R/pCRBpal1のアルドラーゼ活性はコリネバクテリウム・グルタミカムR株の約24倍、PS15株の約9倍、活性が高いことが判明した。
【0059】
活性確認にあたっては高速液体クロマトグラフィーシステム(東ソー製)を使用し、反応液中に生成するベンズアルデヒドを以下の条件にて分析することにより活性確認を行った。
カラム:TSKgel ODS−80Ts(4.6mm×150mm;東ソー製)
カラム温度:35℃
溶出液:リン酸アンモニウム溶液20mM(pH3.0)/アセトニトリル90%(80:20;V/V)
流速:1.0mL/min
検出:紫外吸光光度計(254nm)
分析容量:20μL
なお、配列番号1に示すフェニルセリンアルドラーゼとは別の遺伝子も上記(A)〜(H)の手法にて取得することができ、このアミノ酸配列についてもアエロモナス・ジャンダイ及びエシェリヒア・コリ由来のL−スレオニンアルドラーゼと高い相同性を示した。しかし、上記(I)・(J)の手法にて組換えプラスミドを作製しコリネ型細菌に導入したものの、アルドラーゼ活性の確認はできなかった。
【0060】
(L)新たな組換えDNAの調製とコリネ型細菌への導入
上記(J)にて作製したCorynebacterium glutamicum R/pCRB pal1は、lacプロモーターのみを有するためと推定されるが、フェニルセリンアルドラーゼ遺伝子pal1の高発現によるL−エリスロ−フェニルセリンの分解に対する活性をさらに向上せしめることを目的として、lacプロモーターとtacプロモーターの二つのプロモーターにてフェニルセリンアルドラーゼを発現させる新たなプラスミドの構築を行った。
【0061】
図1に示すとおり、まずフェニルセリンアルドラーゼ遺伝子pal1のオープンリーディングフレームを含む約1,300bpのDNA断片を増幅させるために、配列番号10に示す制限酵素EcoRI切断部位を連結したプライマーと配列番号12に示す制限酵素PstI切断部位を連結したプライマーを用いて、上記(A)にて調製した染色体DNAを鋳型とし、PCRを行った。増幅されたDNA断片を、制限酵素EcoRI及びPstIにて切断し脱リン酸化処理された大腸菌内発現用プラスミドベクターpKK223−3(アマシャム社製)と混合し、DNA Ligation Kit Ver 2.0(タカラバイオ社製)を用いてDNA断片とベクターを連結した。これにより構築されたプラスミドをpKKpal1と命名した。
【0062】
次に構築されたプラスミドpKKpal1のうちtacプロモーターとフェニルセリンアルドラーゼ遺伝子pal1のオープンリーディングフレームを含む約1,500bpのDNA断片を増幅させるために、配列番号13に示す制限酵素BglII切断部位を連結したプライマーと配列番号14に示す制限酵素PstI切断部位を連結したプライマーを用いて、上記にて作製したプラスミドpKKpal1を鋳型とし、PCRを行った。増幅されたDNA断片を、制限酵素BamHI及びPstIにて切断し脱リン酸化処理されたシャトルベクターpCRB1と混合し、DNA Ligation Kit Ver 2.0(タカラバイオ社製)を用いてDNA断片とベクターを連結した。この新たに作製したプラスミドを上記(J)と同様の手法でコリネバクテリウム・グルタミカムR株に導入した。
【0063】
上記にて作製した組換えプラスミドをpCRBtacPpal1と命名し、このプラスミドによって形質転換されたコリネバクテリウム・グルタミカムR株をCorynebacterium glutamicum R/pCRB tacP pal1(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター 受託番号:FERM P−20233)と命名した。
【0064】
新たに形質転換されたCorynebacterium glutamicum R/pCRB tac Ppal1について、上記(K)と同様の手法により粗酵素液を取得し、フェニルセリンアルドラーゼ活性の確認を行った。その結果、Corynebacterium glutamicum R/pCRB tac Ppal1のアルドラーゼ活性は1.43 unit/mgとなり、上記(K)にて測定したCorynebacterium glutamicum R/pCRB pal1のアルドラーゼ活性の約2.2倍、活性が高いことが分かった。
なお、活性確認にあたっては高速液体クロマトグラフィーシステムを用いて、上記(K)と同様の手法で行った。
【実施例2】
【0065】
形質転換されたコリネ型細菌を用いたD−エリスロ−フェニルセリンの製造法(1)
上記実施例1の(L)にて作成したCorynebacterium glutamicum R/pCRB tacP pal1を用いてラセミ−エリスロ−フェニルセリンからのD−エリスロ−フェニルセリンの製造を行った。まず、実施例1の(K)と同様の手法によりCorynebacterium glutamicum R/pCRB tacP pal1を培養し、集菌及び洗浄後、菌体0.2gを0.5mMのジチオスレイトール及び0.01mMのピリドキサールリン酸を含む20mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)1mLに懸濁した。この菌体懸濁液に界面活性剤Triton X−100(ナカライテスク社製)を終濃度が0.5%となるよう加え、33℃にて15時間振とうした。
【0066】
上記にて界面活性剤処理されたCorynebacterium glutamicum R/pCRB tacP pal1をD−エリスロ−フェニルセリンの製造に用いた。40mMのラセミ−エリスロ−フェニルセリン溶液(pH3.0)、100mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、0.03mMのピリドキサールリン酸(いずれも終濃度)を含む反応液に界面活性剤処理されたCorynebacterium glutamicum R/pCRB tacP pal1菌体懸濁液を反応液の20%を占めるよう添加して反応液容量を1mLとし、37℃にて反応を行った。その結果、反応から10分後のフェニルセリン濃度を分析したところ、D−エリスロ−フェニルセリンの濃度が19.3mMであるのに対し、L−エリスロ−フェニルセリンの濃度は1.74mMであった。以上から、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンのうち、L体のみが分解され、D体はほぼ残存されることがわかった。
【0067】
なお、フェニルセリンの分析にあたっては高速液体クロマトグラフィーシステム(東ソー製)を使用し、反応液中のフェニルセリンを以下の条件にて分析した。
カラム:CROWNPAK CR(+)(4.0mm×150mm;ダイセル化学製)
カラム温度:5℃
溶出液:過塩素酸水溶液(pH1.0)
流速:0.5mL/min
検出:紫外吸光光度計(254nm)
分析容量:10μL
【実施例3】
【0068】
形質転換されたコリネ型細菌を用いたD−エリスロ−フェニルセリンの製造(2)
形質転換されたコリネ型細菌を用いたラセミ−エリスロ−フェニルセリンからのD−エリスロ−フェニルセリンの製造を、反応液組成:40g/Lのラセミ−エリスロ−フェニルセリン溶液(pH8.0)、4mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、0.03mMのピリドキサールリン酸からなる反応液に実施例2と同様の条件、方法にて界面活性剤処理されたCorynebacterium glutamicum R/pCRB tacP pal1菌体懸濁液を反応液の2%を占めるよう添加し、反応液容量を1mLとして37℃にて反応を行った。
【0069】
その結果、図2に示すとおり、反応から9時間後のD−エリスロ−フェニルセリンの濃度が18.7g/Lであるのに対し、L−エリスロ−フェニルセリンの濃度は2.58g/Lであった。以上から、基質濃度を高濃度にし、また菌体量が少なくても、80%以上のL−エリスロ−フェニルセリンが効率よく分解されてD−エリスロ−フェニルセリンが反応液中にほぼ残存されることが分かった。なお、フェニルセリンの分析にあたっては、上記実施例2と同様の手法により分析した。
【実施例4】
【0070】
形質転換されたコリネ型細菌の繰り返し利用によるD−エリスロ−フェニルセリンの製造法(1)
ラセミ−エリスロ−フェニルセリンからのD−エリスロ−フェニルセリンの製造において、形質転換されたコリネ型細菌をL−エリスロ−フェニルセリンの分解反応後、この菌体を回収し再度分解反応に使用する方法、いわゆる繰り返し反応を試みた。
反応液組成:40g/Lのラセミ−エリスロ−フェニルセリン溶液(pH8.0)、4mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、0.03mMのピリドキサールリン酸、からなる反応液に実施例2と同様の条件、方法にて界面活性剤処理されたCorynebacterium glutamicum R/pCRB tacP pal1菌体懸濁液を反応液の15%を占めるよう添加して反応液容量を1mLとし、37℃にて1時間反応を行った。反応後、遠心分離により菌体を回収し、この菌体を0.5mMのジチオスレイトール及び0.01mMのピリドキサールリン酸を含む20mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)に懸濁して実施例2と同様の方法にて界面活性剤処理を行った後(但し、二回目以降の界面活性剤処理に於いては処理浸とう時間は各々0.5時間とした。)、再度40g/Lのラセミ−エリスロ−フェニルセリン溶液(pH8.0)、4mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、0.03mMのピリドキサールリン酸、からなる処理菌体を含む反応液を調製し反応液容量を1mLとして37℃にて1時間反応を行った。この操作を5回繰り返し、合計6時間反応を行った。
【0071】
1時間おきに反応液の上清をサンプリングし、フェニルセリン濃度の分析を行った。その結果、[図3]に示すとおりとなった。1回目の反応、すなわち1時間後の反応ではD−エリスロ−フェニルセリンの濃度が19.9g/Lであるのに対し、L−エリスロ−フェニルセリンの濃度は1.61g/Lとなり、4回目の反応後 (反応使用履歴時間の総和:4時間) では、D−エリスロ−フェニルセリンの濃度が20.0g/Lであるのに対し、L−エリスロ−フェニルセリンの濃度は5.32g/Lとなり、6回目の反応後 (反応使用履歴時間の総和:6時間) では、D−エリスロ−フェニルセリンの濃度が20.2g/Lであるのに対し、L−エリスロ−フェニルセリンの濃度は6.96g/Lとなった。このことから、形質転換されたコリネ型細菌の繰り返し利用によりD−エリスロ−フェニルセリンの製造が可能であることが示された。なお、フェニルセリンの分析にあたっては、上記実施例2と同様の手法により分析した。
【実施例5】
【0072】
形質転換されたコリネ型細菌の繰り返し利用によるD−エリスロ−フェニルセリンの製造法(2)
上記実施例4にて行った繰り返し反応について、反応液中に加えるCorynebacterium glutamicum R/pCRB tacP pal1菌体懸濁液の濃度を高くして反応を行った。即ち
反応液組成:40g/Lのラセミ−エリスロ−フェニルセリン溶液(pH8.0)、4mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、0.03mMのピリドキサールリン酸、からなる反応液に界面活性剤処理されたCorynebacterium glutamicum R/pCRB tacP pal1菌体懸濁液を反応液の20%を占めるよう添加して反応液容量を1mLとし、37℃にて1時間反応を行った。反応後、遠心分離により菌体を回収し、この菌体を0.5mMのジチオスレイトール及び0.01mMのピリドキサールリン酸を含む20mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)に懸濁して実施例4と同様の方法にて界面活性剤処理を行った後(但し、二回目以降の界面活性剤処理に於いては処理浸とう時間は各々0.5時間とした。)、再度40g/Lのラセミ−エリスロ−フェニルセリン溶液(pH8.0)、4mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、0.03mMのピリドキサールリン酸からなる処理菌体を含む反応液を調製し反応液容量を1mLとして37℃にて1時間反応を行った。この操作を実施例4と同様に5回繰り返し、合計6時間反応を行った。
【0073】
1時間おきに反応液の上清をサンプリングし、フェニルセリン濃度の分析を行った。その結果、[図4]に示すとおりとなった。1回目の反応、すなわち1時間後の反応ではD−エリスロ−フェニルセリンの濃度が19.1g/Lであるのに対し、L−エリスロ−フェニルセリンの濃度は1.39g/Lとなり、4回目の反応後(反応使用履歴時間の総和:4時間)では、D−エリスロ−フェニルセリンの濃度が20.1g/Lであるのに対し、L−エリスロ−フェニルセリンの濃度は2.58g/Lとなり、6回目の反応後(反応使用履歴時間の総和:6時間)では、D−エリスロ−フェニルセリンの濃度が20.2g/Lであるのに対し、L−エリスロ−フェニルセリンの濃度は3.15g/Lとなった。このことから、形質転換されたコリネ型細菌の量を増やすことにより、繰り返しの回数が多くても、都度の界面活性剤処理は必要とするものの、L−エリスロ−フェニルセリン分解反応の反応性がほぼ維持されることが示された。なお、フェニルセリンの分析にあたっては、上記実施例2と同様の手法により分析した。
【0074】
[比較例]
形質転換された大腸菌の繰り返し利用によるD−エリスロ−フェニルセリンの製造法
上記実施例4及び実施例5にて、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンからのD−エリスロ−フェニルセリンの製造法に形質転換されたコリネ型細菌の繰り返し利用が可能であることを示した。形質転換されたコリネ型細菌同様に形質転換された大腸菌もまた繰り返し利用が有効であるかを調べるために、形質転換された大腸菌の繰り返し利用によるD−エリスロ−フェニルセリン生成反応を行った。
使用した形質転換された大腸菌は以下のようにして構築した。すなわち、上記実施例1にて作製した組換えプラスミドpCRBtacPpal1溶液を用いて塩化カルシウム法によりE. coli JM109を形質転換し、形質転換された大腸菌を作製した。この形質転換された大腸菌をpCRBtacPpal1/JM109と命名した。
【0075】
形質転換された大腸菌pCRBtacPpal1/JM109を用いた反応は次のようにして行った。まず、クロラムフェニコール50μg/mLを含むLB培地(Trypton peptone 1%、Yeast extract 0.5%、NaCl 1%)に植菌し、37℃にて15時間培養し、集菌及び洗浄後、菌体0.2gを0.5mMのジチオスレイトール及び0.01mMのピリドキサールリン酸を含む20mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)1mLに懸濁し、pCRBtacPpal1/JM109の菌体懸濁液を作成した。この菌体懸濁液に実施例2と同様に界面活性剤Triton X−100(ナカライテスク社製)を終濃度が0.5%となるように加え、33℃にて15時間浸とうした。そして40g/Lのラセミ−エリスロ−フェニルセリン溶液(pH8.0)、4mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、0.03mMのピリドキサールリン酸、からなる反応液にこの界面活性剤処理した菌体懸濁液を反応液の20%を占めるよう添加して反応液容量を1mLとし、37℃にて1時間反応を行った。反応後、遠心分離により菌体を回収し、この菌体を0.5mMのジチオスレイトール及び0.01mMのピリドキサールリン酸を含む20 mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)に懸濁して実施例2と同様の方法にて界面活性剤処理を行った後(但し、二回目以降の界面活性剤処理に於いては処理浸とう時間は各々0.5時間とした。)、再度40g/Lのラセミ−エリスロ−フェニルセリン溶液(pH8.0)、4mMのリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、0.03mMのピリドキサールリン酸からなる処理菌体を含む反応液を調製し反応液容量を1mLとして37℃にて1時間反応を行った。この操作を5回繰り返し、合計6時間反応を行った。
1時間おきに反応液の上清をサンプリングし、フェニルセリン濃度の分析を行った結果を[図5]に示す。1回目及び2回目の反応、すなわち1時間後及び2時間後の反応ではL−エリスロ−フェニルセリンの濃度は2.00g/L以下であったものの、3回目の反応、すなわち3時間後の反応(反応使用履歴時間の総和:3時間)ではL−エリスロ−フェニルセリンの濃度は9.86g/Lとなり、反応性が急激に悪くなった。その後繰り返し反応を続けた結果、6回目の反応、すなわち6時間後の反応(反応使用履歴時間の総和:6時間)ではL−エリスロ−フェニルセリンの濃度は12.8g/Lとなった。このことから、形質転換された大腸菌は形質転換されたコリネ型細菌と異なり、繰り返し反応には適さないことが示された。なお、フェニルセリンの分析にあたっては、上記実施例2と同様の手法により分析した。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は医薬や農薬(例えばチアンフェニコールやフロロフェニコール、クロラムフェニコール等)などの中間体として有用なD−エリスロ−フェニルセリンの製造方法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】図1は、組換えプラスミドpCRBtacPpal1の構築過程を示すフローチャートである。
【図2】図2は、形質転換されたコリネ型細菌を用いたラセミ−エリスロ−フェニルセリン分解反応を表すグラフである。
【図3】図3は、形質転換されたコリネ型細菌の繰り返し利用によるラセミ−エリスロ−フェニルセリン分解反応を表すグラフである(反応液中の菌体の割合は15%)。
【図4】図4は、形質転換されたコリネ型細菌の繰り返し利用によるラセミ−エリスロ−フェニルセリン分解反応を表すグラフである(反応液中の菌体の割合は20%)。
【図5】図5は、形質転換された大腸菌の繰り返し利用によるラセミ−エリスロ−フェニルセリン分解反応を表すグラフである(反応液中の菌体の割合は20%)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌を、ラセミ−エリスロ−フェニルセリンに作用させ、L−エリスロ−フェニルセリンを分解し、残存するD−エリスロ−フェニルセリンを採取することを特徴とするD−エリスロ−フェニルセリンの製造方法。
【請求項2】
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAが、以下の(a)〜(d)のいずれかのDNAであることを特徴とする請求項1記載の方法;
(a)配列番号1における645−1682番目の塩基配列を含むDNA;
(b)前記(a)の塩基配列を含むDNAと相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA;
(c)配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするDNA;
(d)前記(c)のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項3】
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAがBacillus sp.PS−15株(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター 受託番号FERM P−15187)由来のDNAであることを特徴とする請求項2記載の方法。
【請求項4】
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌が、コリネバクテリウム属菌、ブレビバクテリウム属菌およびアースロバクター属菌から選択される1種の菌であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌が、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受託番号FERM P−20233又は受託番号FERM P−20252として寄託されたものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
フェニルセリンアルドラーゼをコードするDNAで形質転換されたコリネ型細菌を繰り返し再使用することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項7】
以下の(a)〜(d)のいずれかのDNAを含有する遺伝子;
(a)配列番号1における645−1682番目の塩基配列を含むDNA;
(b)前記(a)の塩基配列を含むDNAと相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA;
(c)配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするDNA;
(d)前記(c)のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項8】
以下の(a)又は(b)のタンパク質;
(a)配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)前記(a)のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつフェニルセリンアルドラーゼ活性を有するタンパク質。
【請求項9】
請求項7に記載の遺伝子を含有するベクター。
【請求項10】
請求項9に記載の遺伝子を含有するベクターを含む形質転換体。
【請求項11】
独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM P−20252であるコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R/pCRB pall株。
【請求項12】
独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM P−20233であるコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R/pCRB tacP pall株。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−141246(P2006−141246A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−333559(P2004−333559)
【出願日】平成16年11月17日(2004.11.17)
【出願人】(591178012)財団法人地球環境産業技術研究機構 (153)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)
【Fターム(参考)】