説明

D/Pクレアチニンマーカー、D/Pクレアチニン決定方法およびその用途

【課題】採血や複数回の透析排液の回収が不要であり、簡便に腹膜機能を判定するための、間接的なD/Pクレアチニンの決定方法を提供する。
【解決手段】腹膜透析により得られる透析排液を準備し、前記透析排液に含まれるプレアルブミン、ハプトグロビン、α1−ミクログロブリン、C4および総タンパク質からなる群から選択された少なくとも一つのタンパク質マーカーを測定し、予め作成したD/Pクレアチニン値とマーカー濃度との関係を示す相関式から間接的にD/Pクレアチニンを決定する。さらに、間接的に求めたD/Pクレアチニンから従来の基準に基づいてPETカテゴリーを間接的に決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腹膜機能の判断基準であるD/Pクレアチニンの指標となるマーカー、D/Pクレアチニンの間接的な決定方法およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
腎不全の治療法である腹膜透析を長期に行った場合、その刺激によって患者の腹膜機能が低下する傾向にあることが知られている。そして、これが原因となって腹膜透過能が亢進し、結果として透析効果が低下すると共に、被嚢性腹膜硬化症(EPS)を発症する危険性もある。
【0003】
このため透析医療の分野においては、透析患者の腹膜機能の低下を早期に診断する必要がある。現在、腹膜機能の検査方法として、PET(腹膜平衡試験:Peritoneal Equilibration Test)が採用されている(非特許文献1参照)。PETは、腹膜機能を4段階(4つのカテゴリー)で評価する方法である。この方法では、一般的に、患者の腹膜に透析液を貯留し、透析液中ならびに血液中のクレアチニン濃度およびブドウ糖濃度を経時的に測定する。そして、透析期間内におけるクレアチン濃度およびブドウ糖濃度の変動から腹膜の除水能や老廃物除去能を評価し、その評価結果から腹膜機能を表すカテゴリーへの分類が行われる。クレアチニン濃度の変動は老廃物除去能の指標となり、ブドウ糖濃度の変動は除水能の指標となる。具体的に、腹膜機能をクレアチニン変動により分類する場合には、「D/Pクレアチニン」の値が使用される。この値は、透析治療中の任意時間における透析液(透析排液)のクレアチニン濃度(D)と血液のクレアチニン濃度(P)との比を示す。D/Pクレアチニンの値とPETの各カテゴリーとの関係は、例えば、非特許文献2に開示されており、D/Pクレアチニン値の高い方、すなわち、透過能の高い方から、「High」、「High Average」、「Low Average」および「Low」という4つのカテゴリーに分類されている。したがって、測定した透析患者のD/Pクレアチニン値に基づいて前記4つのカテゴリーへの分類を行えば、その分類結果に応じて、透析液の浸透圧の調整、透析頻度、血液透析との併用や血液透析への移行等を決定することができる。このように、PETによるカテゴリー分類は、前述のような合併症の併発防止に役立てられている。なお、PETの4つのカテゴリーをより詳細に説明すると、透過能が高い「High」は、相対的に老廃物除去能が高く除水能が低く、透過能がやや高い「High Average」は、相対的に老廃物除去能が普通であり除水能がやや低く、透過能がやや低い「Low Average」は、相対的に老廃物除去能がやや低く除水能が普通であり、透過能が低い「Low」は、相対的に老廃物除去能が低く除水能が高いという評価になる。
【0004】
しかしながら、前述のようにD/Pクレアチニンを測定してPETカテゴリーの分類を行うためには、透析開始後、数回にわたって(例えば、開始後0時間、2時間および4時間)透析液を排液させる必要がある。そして、さらに、血液の採取も必須である。このため、患者は、所定時間の排液回収のために時間を拘束され、さらに、採血の苦痛を伴う。また、在宅での検体採取が困難であるため病院へ出向くことが必須となり、患者および医師の双方に労力がかかるという問題がある。さらに、オリジナルPET法を簡易化したfast PET法であっても、患者が透析液回収のために拘束される時間は同じであり、少なくとも経時的に排液させた透析排液3種類および血液の合計4種類についてクレアチニン濃度を測定する必要があるため、測定自体に手間もかかる。
【非特許文献1】Twardowski ZJ, et al. Peritoneal equilibration test. Perit Dial Bull 1987; 7: 138-47.
【非特許文献2】「よくわかる腹膜透析の基礎」、東京医学社、山下明泰、1998年10月1日発行
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明の目的は、採血や複数回の透析排液の回収が不要であり、簡便に腹膜機能を判定することができる、新たなマーカーの提供である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のマーカーは、D/Pクレアチニンのマーカー(以下、「D/Pクレアチニンマーカー」という)であり、プレアルブミン、ハプトグロビン、α1−ミクログロブリン、C4および総タンパク質からなる群から選択された少なくとも一つのタンパク質を含むことを特徴とする。
【0007】
また、本発明のD/Pクレアチニンの決定方法は、下記(a)〜(c)工程を含むことを特徴とする。
(a) 被検体の腹膜透析の排液を準備する工程
(b) 前記排液における本発明のD/Pクレアチニンマーカーを測定する工程
(c) D/Pクレアチニンの値とD/Pクレアチニンマーカーの量との関係を示す相関式に基づいて、前記(b)工程におけるマーカーの測定値からD/Pクレアチニンを算出する工程
【0008】
本発明のPETカテゴリーの判定方法は、下記(A)工程および(B)工程を含むことを特徴とする。
(A) 本発明のD/Pクレアチニン決定方法により、D/Pクレアチニンを決定する工程
(B) 決定したD/PクレアチニンからPETカテゴリーを判定する工程
【発明の効果】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究の結果、腹膜透析患者の腹膜機能(腹膜透過能)に依存して、腹膜透析排液においてある一群のタンパク質の含有量が変動することを見出した。すなわち、腹膜透過能が高い患者の腹膜透析排液と腹膜透過能が低い患者の腹膜透析排液とにおいて、プレアルブミン、ハプトグロビン、α1−ミクログロブリン、および、総タンパク質の計5種類のタンパク質について、含有量の変動が見られた。そして、さらに検討を行った結果、腹膜透析排液におけるこれらのタンパク質量とD/Pクレアチニンとが相関関係を示すことをつきとめた。このため、本発明のように、これらのタンパク質をD/Pクレアチニンのマーカーとし、腹膜透析排液における量を測定すれば、この結果に基づいて腹膜透析患者のD/Pクレアチニンを間接的に決定できる。そして、さらに、その決定結果からPETカテゴリーへの分類も行うことができる。また、従来のPETは、前述のように透析排液と血液との両方を試料として採取する必要があるが、本発明の方法によれば透析排液を採取するのみで足りるため、患者の苦痛も低減できる。さらに、本発明の方法によれば、腹膜機能の検査に使用する試料は一種類の透析排液で足りる。このため、複数回にわたる排液の回収が不要であり、また、測定も一種類の透析排液に対して行うのみで足りる。したがって、従来のPETよりも操作自体が極めて簡便となる。特に、従来のPETは、その工程の煩雑さや患者や医師の負担の大きさから、通常、年1回程度の実施に留まるが、本発明の方法は、極めて簡便であることから高頻度に実施可能である。したがって、本発明のマーカーを対象としてD/PクレアチニンやPETを決定すれば、患者および医師の双方の労力を低減して、腹膜機能の検査を簡便に行うことができる。また、高頻度に実施が可能であることから、PETカテゴリーの移行を早期に検出することができる。これにより、例えば、特に重要視されている「High Average」から「High」へのPETカテゴリーの移行期を早期に検出することもできる。このため、本発明は、例えば、腎不全の治療において、腹膜症状に応じた透析条件の変更、長期腹膜透析による腹膜炎の発症防止等に極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
<D/Pクレアチニンマーカー>
本発明のD/Pクレアチニンマーカーは、前述のように、プレアルブミン、ハプトグロビン、α1−ミクログロブリン、C4および総タンパク質からなる群から選択された少なくとも一つのタンパク質を含むことを特徴とする。
【0011】
これらのタンパク質は、全て、腹膜透析排液における濃度が相対的に高い程、D/Pクレアチニンが相対的に高いことを示すマーカーであり、換言すると、腹膜透過能が相対的に高いことを示すマーカーである。具体的には、D/Pクレアチニン値が相対的に高い(透過能が相対的に高い)透析排液の場合、D/Pクレアチニン値が相対的に低い(透過能が相対的に低い)排液と比べて、例えば、透析排液における前記マーカー濃度は高くなる。したがって、後述するように、透析排液におけるこれらのマーカーの測定によって、その濃度や量が相対的に高ければ、相対的にD/Pクレアチニンが高く、腹膜透過能が高いと判断できる。なお、具体的な判断方法については後述する。これらのマーカーの中でも、α1−ミクログロブリン、プレアルブミン、総タンパク質が好ましく、特にD/Pクレアチニンと最も高い相関関係を示すことから、α1−ミクログロブリンが好ましい。
【0012】
<D/Pクレアチニン決定方法>
つぎに、本発明のD/Pクレアチニンの決定方法は、前述のように、下記(a)〜(c)工程を含むことを特徴とする。
(a) 被検体の腹膜透析の排液を準備する工程
(b) 前記排液における本発明のD/Pクレアチニンマーカーを測定する工程
(c) D/Pクレアチニンの値とD/Pクレアチニンマーカーの量との関係を示す相関式に基づいて、前記(b)工程におけるマーカーの測定値からD/Pクレアチニンを算出する工程
【0013】
本発明のD/Pクレアチニン決定方法の一例を以下に示すが、本発明は、これには限定されない。
【0014】
まず、患者の腹膜に貯留している透析液を排液させる。貯留の時間は、特に制限されないが、例えば、患者間や分析毎の条件を一定させることが好ましい。具体例としては、例えば、予め腹腔に8〜12時間貯留した透析液を排液したものを分析試料とする。
【0015】
続いて、得られた分析試料について、本発明のD/Pクレアチニンマーカーの測定(定性または定量)を行う。本発明においては、D/Pクレアチニンマーカーとして、プレアルブミン、ハプトグロビン、α1−ミクログロブリン、C4および総タンパク質のいずれを測定してもよい。マーカーの測定方法は、特に制限されず、タンパク質を測定するための従来公知の検出方法が採用できる。また、前述のタンパク質自体は公知タンパク質であることから、例えば、各タンパク質についての従来公知の検出方法を採用することもできる。なお、これらのタンパク質自体は公知であっても、これらがD/Pクレアチニンのマーカーとなること、腹膜透析排液中の量や濃度を測定することでD/Pクレアチニンを間接的に決定できることは、本発明者らが初めて見出したことである。
【0016】
前記検出方法の具体例としては、例えば、酵素法、免疫学的手法、電気泳動法等があげられる。前記免疫学的手法としては、抗原抗体反応を利用する従来公知の方法があげられ、例えば、ELISA法(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)、ウエスタンブロッティング法、ラテックス凝集比濁法等の免疫比濁法、金コロイド凝集法、免疫比朧法(ネフェロメトリー法)等が採用できる。この方法に使用する抗体は、例えば、市販の抗体でもよいし、自家調製したモノクローナル抗体やポリクローナル抗体であってもよい。
【0017】
免疫学的手法によるマーカーの測定は、従来公知の手法を利用した検査用具によって、さらに簡便に検出することも可能である。ELISA法によるD/Pクレアチニンマーカー測定用の検査用具としては、例えば、多孔質構造または毛細管構造を有する基板に、前記マーカーに対する試薬が配置された試験片があげられる。前記試薬としては、例えば、D/Pクレアチニンマーカーに対する抗体や、抗原(マーカー)があげられる。前記試薬として抗D/Pクレアチニン抗体を固定化した試験片の場合、まず、腹膜透析排液を滴下して、前記固定化抗体と前記腹膜透析排液中の抗原(D/Pクレアチニンマーカー)との抗原反応を行う。そして、さらに、標識化した抗D/Pクレアチニン抗体を添加して、前記固定化抗体に結合したD/Pクレアチニンマーカーとの抗原抗体反応を行う。そして、前記D/Pクレアチニンマーカーと結合した標識化抗体の標識を検出することによって、前記排液中のD/Pクレアチニンマーカーを測定できる。また、抗D/Pクレアチニン抗体を固定化した試験片に、D/Pクレアチニンマーカーを含む腹膜透析排液と、標識化したD/Pクレアチニンマーカーとを添加して、非標識化マーカーと標識化マーカーとを抗体に競合結合させてもよい。この場合、前記固定化抗体に結合した標識化マーカーの標識を検出することによって、前記排液中の抗原D/Pクレアチニンマーカーを測定することができる。
【0018】
前記基板としては、制限されず、前記試薬を担持(例えば、固定化)でき、また、腹膜排液を展開可能な材質(例えば、吸水性に優れる材質)または構造であることが好ましい。前記基板としては、例えば、ろ紙、クロマトグラフィー紙、不織布があげられる。この他にも、高分子製多孔質体があげられる。前記多孔質体の材質は、制限されず、例えば、セルロース、セルロースアセテート、ニトロセルロース等のセルロース系ポリマー、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド系樹脂(例えば、ナイロン)、ポリエステル、アクリロニトリルを原料とする樹脂、ポリテトラフルオロエチレン等の樹脂があげられる。また、試験片を用いる場合、例えば、測定感度、測定精度、一連の操作性を向上するために、従来公知の方法を適宜採用することができる。
【0019】
前記電気泳動法としては、例えば、一次元電気泳動や二次元電気泳動等があげられる。これらの手法によれば、例えば、1回の電気泳動(一次元および二次元の電気泳動)によって、全てのマーカーの分離が可能である。このため、泳動後のゲルにおけるマーカーのスポットの有無や、前記スポットの濃淡から、一度に全てマーカーの測定を行うこともできる。電気泳動の条件や電気泳動に供する試料の全タンパク質量等は、試料間で一定にすることが好ましい。染色方法は、特に制限されず、例えば、銀染色、クーマシーブリリアントブルー(CBB)染色や、SYPRO Ruby染色(商品名)等の蛍光染色があげられる。
【0020】
プレアルブミン、ハプトグロビン、α1−ミクログロブリン、C4および総タンパク質は、前述のように公知のタンパク質であり、それぞれ、血液の生化学検査項目として知られている。したがって、公知の測定方法を利用して、腹膜透析排液における濃度や量を測定してもよい。プレアルブミンの測定方法としては、例えば、比濁法、ハプトグロビンやC4の測定方法としては、例えば、免疫比濁法、α1−ミクログロブリンの測定方法としては、例えば、ラテックス凝集免疫法、総タンパク質の測定方法としては、例えば、ビューレット法等が一般的である。
【0021】
そして、例えば、前記D/PクレアチニンマーカーとD/Pクレアチニンとの相関関係を示す相関式に基づき、前記測定値からD/Pクレアチニンを間接的に算出すればよい。以下、本発明により間接的に算出するD/Pクレアチニンを「推定D/Pクレアチニン」といい、従来法により、血中濃度と透析排液中濃度とから直接的に算出するD/Pクレアチニンを「真のD/Pクレアチニン」という。この相関式は、例えば、予め、複数の透析患者の真のD/Pクレアチニンを従来法により測定し、他方、同じ透析患者らの腹膜透析排液中のD/Pクレアチニンマーカーを測定し、両者の測定結果を解析することにより作成できる。そして、この相関式に、被検者の透析排液におけるD/Pクレアチニンマーカーの測定値を代入することによって、間接的に推定D/Pクレアチニンを決定することができる。なお、相関式の作成にあたって、真のD/Pクレアチニンの測定に使用する透析排液の採取時間(透析液の貯留時間)は、特に制限されないが、測定する複数の透析排液間で統一されていることが好ましく、例えば、2〜4時間であり、好ましくは4時間である。他方、D/Pクレアチニンマーカーを測定するため(推定D/Pクレアチニンを算出するため)の透析排液の採取時間(透析液の貯留時間)は、特に制限されないが、例えば、6〜14時間であり、好ましくは8〜12時間であり、より好ましくは8時間である。また、被検者の透析排液の採取時間も、同様であることが好ましい。
【0022】
以下に、具体例として、4時間貯留後に回収した腹膜透析排液と血液とを用いて測定した真のD/Pクレアチニンと、本発明のD/Pクレアチニンマーカーとの相関関係を示す。なお、本発明は、これらの相関式には制限されない。
【0023】
【表1】

【0024】
前述のように、腹膜透析を継続していくと、腹膜機能が低下するため、D/Pクレアチニンは増加し、前述のPETカテゴリーとしては「High」の方へ移行する。そして、「High」カテゴリーに至った患者は、例えば、腹膜炎や硬化性被嚢性腹膜炎を発症するリスクが高いことが報告されている。このような腹膜炎の発症を防止するために、腹膜透析治療においては、例えば、腹膜休息期間、透析中止時期や、血液透析との併用または血液透析への移行等の検討が必要となる。一般的に、PETカテゴリーが「High」の前段階「High Average」である場合に、最も状態が良く、良好な腹膜透析を実施できることが知られている。したがって、この「High Average」から「High」への移行期を検出すること、特に、「High Average」に分類されるD/Pクレアチニンの数値範囲内で、どのような増加挙動を示すのかを検出することが非常に重要視されている。しかしながら、従来のPETでは、前述のように採血や、回収時間が設定された複数回にわたる透析液の回収が必要であり、患者の苦痛、患者や医師の多大な労力を伴うため、頻繁に定期的な測定を行うことができなかった。しかし、本発明によれば、採血が不要であり、腹膜透析排液を一度回収するのみでよい。このため、試料を頻繁かつ定期的に回収することが可能であり、また、病院での試料回収に限られず、在宅で回収した試料を病院や検査機関に郵送するのみで足りることから、患者および医師の双方の労力が軽減できる。また、患者自らが在宅で測定キットや簡易測定装置等により本発明のマーカーを測定し、推定D/Pクレアチニンを確認することも可能となる。
【0025】
<PETカテゴリーの判定方法>
つづいて、本発明のPETカテゴリーの判定方法は、前述のように、下記(A)工程および(B)工程を含むことを特徴とする。
(A) 本発明のD/Pクレアチニン決定方法により、D/Pクレアチニンを決定する工程
(B) 決定したD/PクレアチニンからPETカテゴリーを判定する工程
【0026】
腹膜機能の検査で使用されているPETは、D/Pクレアチニンの数値範囲によって4種類のカテゴリーへの分類を行っている。そして、前述のように、腹膜透析排液における本発明のD/Pクレアチニンマーカーは、D/Pクレアチニンと相関関係を示す。このため、前述のようなD/Pクレアチニンマーカーの測定により間接的に推定D/Pクレアチニンを求めれば、この結果に基づいて、間接的にPETカテゴリーへの分類を行うことができる。
【0027】
推定D/Pクレアチニンの決定には、前述のような相関式が使用できる。この相関式を作成するにあたり、真のD/Pクレアチニンの測定に、例えば、透析開始から4時間で排液した試料を使用した場合、相関式から、透析4時間後の排液の推定D/Pクレアチニンが算出できる。この場合、例えば、推定D/Pクレアチニンが約0.81〜1.03の範囲であれば「High」、推定D/Pクレアチニンが約0.65〜0.81の範囲であれば「High Average」、推定D/Pクレアチニンが約0.5〜0.65の範囲であれば「Low Average」、推定D/Pクレアチニンが約0.34〜0.5の範囲であれば「Low」に、それぞれ分類できる。なお、推定D/Pクレアチニンの値が、例えば、各カテゴリーの境界値である場合等、いずれのカテゴリーであるかを厳密に判断する必要はない。例えば、「High Average」に属する値であっても、その上限値に近づく程、「High」になる危険性または「High」である可能性が高いと判断できる。したがって、例えば、推定D/Pクレアチニンが0.81の場合、「High」と判断してもよいし、極めてHighの危険性が高い「High Average」と判断することもできる。これらは一例であって、本発明はこれに制限されない。
【0028】
また、本発明のD/Pクレアチニンマーカーの検出により間接的にPETカテゴリーを判定する方法としては、前述のように、間接的に推定D/Pクレアチニンを決定する方法の他に、例えば、以下のような方法があげられる。なお、本発明は、これらの形態には何ら制限されない。
【0029】
(第1形態)
被検者の透析排液について電気泳動(例えば、一次または二次)を行い、泳動後のゲルを染色し、染色後の泳動ゲルにおけるD/Pクレアチニンマーカーのスポットを確認する。ここで、本発明のD/Pクレアチニンマーカーのスポットが相対的に濃い程、透過能が高い患者、つまり、D/Pクレアチニンが相対的に高く、カテゴリーが相対的に「High」よりの患者と判断できる。
【0030】
(第2形態)
予め、評価基準として、PETカテゴリーが既知である透析患者の透析排液について、電気泳動(例えば、一次または二次)ならびに泳動ゲルの染色を行う。この電気泳動像を評価基準とする。評価基準としては、4つのPETカテゴリー患者の排液をそれぞれ用いてもよいし、これらのうち分類したいPETカテゴリーの患者の排液を用いてもよい。具体例としては、「High」カテゴリーと「High Average」カテゴリー、「High」カテゴリーと「Low」カテゴリーまたは「Low Average」カテゴリー等があげられる。他方、被検体の透析廃液について、同様の条件で電気泳動ならびにゲル染色を行う。続いて、評価基準の電気泳動像と被検体の電気泳動像とを照らし合わせ、D/Pクレアチニンマーカーのスポットの有無またはスポットの染色の濃淡を比較する。そして、D/Pクレアチニンマーカーが同様の挙動を示している評価基準のカテゴリーを、被検体のPETカテゴリーと評価することができる。
【0031】
(第3形態)
予め、評価基準として、PETカテゴリーが既知である透析患者の透析排液について、一定量の全タンパク質あたりの各マーカーの含有割合を測定する。各カテゴリーにおける各マーカーの含有割合を、評価基準とする。評価基準としては、4つのPETカテゴリー患者の排液をそれぞれ用いてもよいし、これらのうち分類したいPETカテゴリーの患者の排液を用いてもよい。具体例としては、「High」カテゴリーと「High Average」カテゴリー、「High」カテゴリーと「Low」カテゴリーまたは「Low Average」カテゴリー等があげられる。他方、被検体の透析排液について、同様にして、一定量の全タンパク質あたりの各マーカーの含有割合を測定する。そして、被検体の各マーカーの含有割合と評価基準の含有割合とを照らし合わせることにより、同程度の含有割合を示す評価基準のカテゴリーを、被検体のカテゴリーと評価することができる。この方法は、D/Pクレアチニンマーカーとして、プレアルブミン、ハプトグロビン、α1−ミクログロブリン、C4を採用する際に適している。
【0032】
(第4形態)
予め、評価基準として、PETカテゴリーが既知である透析患者の透析排液について、D/Pクレアチニンマーカーの濃度を測定する。評価基準としては、4つのPETカテゴリー患者の排液をそれぞれ用いてもよいし、これらのうち分類したいPETカテゴリーの患者の排液を用いてもよい。具体例としては、「High」カテゴリーと「High Average」カテゴリー、「High」カテゴリーと「Low」カテゴリーまたは「Low Average」カテゴリー等があげられる。他方、被検体の透析排液について、同様にしてD/Pクレアチニンマーカーの濃度を測定する。D/Pクレアチニンマーカー濃度の測定方法は、特に制限されず、例えば、抗マーカー抗体との抗原抗体反応を用いた方法や、HPLCを用いた方法等、従来公知のタンパク質検出方法が利用できる。そして、測定した検出対象のマーカー濃度と、評価基準とを照らし合わせることによって、同程度の濃度を示す評価基準のカテゴリーを、被検体のカテゴリーに属すると評価することができる。
【0033】
また、市販のコンピューターを利用して、推定D/Pクレアチニンと真のD/Pクレアチニンとの相関関係や、推定D/PクレアチニンとPETカテゴリーとの相関関係に基づき、推定D/Pクレアチニン、PETカテゴリーまたは腹膜機能の判定、さらに今後の透析スケジュールの決定を行うこともできる。具体的には、被検体の透析排液に関するD/Pクレアチニンマーカーの測定値から、前述の相関式に基づいて推定D/Pクレアチニンを演算し、得られた推定D/Pクレアチニンを、PETカテゴリーを判定する真のD/Pクレアチニンの既存基準値と対比させ、PETカテゴリーを判定するシステムが採用できる。そして、これらの一連のステップを実行するプログラムを予めコンピューターに内蔵したデータ処理装置や、前記プログラムを格納したコンピューター読み取り可能な記録媒体等が利用できる。また、患者の腹膜機能の評価の一般的な指標として、各溶質濃度、除水量があり、これらのデータから、腹膜透析の巨視的薬物動力学モデルとして知られるパイル−ポポビッチ(Pyle−popovich)モデルを適用することにより、溶出除去能、除水能等の腹膜機能を検査する方法が知られている。したがって、この腹膜機能の検査方法と本発明による方法とを組み合わせることで、より詳細な腹膜機能の評価も可能となる。
【0034】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
本発明のD/Pクレアチニンマーカーと従来法による真のD/Pクレアチニンとの相関関係の有無を確認した。
【0036】
33名の患者について、第1回目の測定として、4時間貯留した腹膜透析液を用いて、従来法による真のD/Pクレアチニンの測定、ならびに、後述する方法による各種D/Pクレアチニンマーカー濃度の測定を行った。さらに、前述の33名のうち13名の患者らについて、第2回目の測定として、第1回目の測定から6〜12ヶ月後、再度、真のD/Pクレアチニンの測定、ならびに、各種D/Pクレアチニンマーカー濃度の測定を行った。さらに、前述の13名のうち3名の患者について、第3回目の測定として、第2回目の測定から6〜12ヶ月後、同様の方法で、真のD/Pクレアチニンの測定、ならびに、各種D/Pクレアチニンマーカー濃度の測定を行った。さらに、前記3名のうち1名の患者について、第4回目の測定として、前記第3回目の測定から6〜12ヶ月後、同様の方法で、真のD/Pクレアチニンの測定、ならびに、各種D/Pクレアチニンマーカー濃度の測定を行った。D/Pクレアチニンマーカー濃度の測定は、患者に対して、腹腔内に透析液を8〜12時間貯留させた後、排液を行い、これらの腹膜透析排液を試料として、以下の方法により行った。
【0037】
(プレアルブミン濃度の測定)
試料30μLについて、N−抗血清プレアルブミン(デイドベーリング株式会社)を用いた免疫比朧法(ネフェロメトリー法)により、プレアルブミンを測定した。
(ハプトグロビン濃度の測定)
試料30μLについて、N−抗血清ハプトグロビン(デイドベーリング株式会社)を用いた免疫比朧法(ネフェロメトリー法)により、ハプトグロビンを測定した。
(α1−ミクログロブリン濃度の測定)
試料8μLについて、LX試薬栄研α1−M−III(商品名、栄研化学株式会社)を用いた免疫比濁法(ラテックス凝集免疫比濁法)により、α1−ミクログロブリンを測定した。
(C4濃度の測定)
試料5μLについて、N−アッセイ TIA C4−SH ニットーボー(商品名、日東紡績株式会社)を用いた免疫比濁法(ラテックス凝集免疫比濁法)により、C4を測定した。
(総タンパク質濃度の測定)
試料350μLについて、ビューレット法により、総タンパク質を測定した。
【0038】
得られた計50個の真のD/Pクレアチニンの結果および各マーカー濃度の結果から、真のD/Pクレアチニンと各マーカーとの相関関係を示す相関式を求めた。これらの結果を下記表に示す。下記表に示すように、4時間貯留した腹膜透析液における真のD/Pクレアチニンと各マーカーとは、それぞれ相関関係を示した。中でもα1−ミクログロブリンは、真のD/Pクレアチニンと非常に高い相関関係を示した。以上の結果から、腹膜透析排液におけるD/Pクレアチニンマーカーを測定すれば、間接的にD/Pクレアチニンを推定でき、その推定D/Pクレアチニンに基づいて、さらに間接的にPETカテゴリーを判定可能であることが明らかとなった。なお、33名の患者は、従来のPETによりカテゴリーを分類すると、第1回目の測定時において、Highが5名、High Averageが16名、Low Averageが9名、Lowが3名であり、うち13名は、第2回目の測定時において、Highが4名、High Averageが6名、Low Averageが2名、Lowが1名であった。このことから、前述の相関関係は、Low〜Highの全てのカテゴリーの範囲において信頼性あるものといえる。
【0039】
【表2】

【実施例2】
【0040】
前記実施例1において、第1回目の測定から6〜12ヶ月の期間をおいて第2回目の測定を行った13名の患者のうち、5名の患者は、真のD/Pクレアチニンから判定したPETカテゴリーが変化していた。そこで、これらの各患者について、真のD/Pクレアチニンの変化に伴って、α1−ミクログロブリン濃度が変化しているか否かを確認した。
【0041】
実施例1の測定結果に基づき、PETカテゴリーが変化した患者について、真のD/Pクレアチニンの変化と、同患者のα1−ミクログロブリン(α1M)濃度の変化との関係を、図1のグラフに示す。同図(A)は、PETカテゴリーがHigh AverageからHighに移行した結果であり、同図(B)は、PETカテゴリーがHighからHigh Averageに移行した結果である。両図において矢印は、同一患者についてのカテゴリーの移行方向を示し、グラフ中の太線は、上から、HighとHigh Averageとの境界、High AverageとLow Averageとの境界を示すD/Pクレアチニンの値である。
【0042】
同図に示すように、PETカテゴリーの分類の基準となる真のD/Pクレアチニンの増加に伴ってα1−ミクログロブリン濃度が増加し、真のD/Pクレアチニンの減少に伴ってα1−ミクログロブリン濃度が減少することが確認できた。
【0043】
(参考例1)
排液中α1−ミクログロブリンと残腎機能との間における相関関係の有無を確認した。
【0044】
(1)残腎機能との相関関係
残腎機能がある患者(尿量100mL以上)14人について、前記実施例2と同様にして、排液中のα1−ミクログロブリン濃度を測定した。また、同じ患者のクレアチニンクリアランス(腎臓によって1分間にどの程度の量の液体がろ過されるか)を常法により調べた。そして、排液中のα1−ミクログロブリン濃度と患者の尿量との相関関係、排液中のα1−ミクログロブリン濃度とクレアチニンクリアランスとの相関関係を確認した。その結果、排液中のα1−ミクログロブリン濃度は、尿量およびクレアチニンクリアランスのいずれに対しても相関関係は示さなかった。つまり、排液中のα1−ミクログロブリン濃度は、患者の残腎機能との相関関係は見られなかった。
【0045】
(2)残腎機能別患者のα1−ミクログロブリンとD/Pクレアチニンとの相関関係
前記実施例2と同様にして回収した排液試料を、残腎機能がある患者(尿量100mL以上:36名)の試料群と、残腎機能がない患者(尿量100mL未満:14名)の試料群に分類し、各試料におけるα1−ミクログロブリン濃度を測定した。また、これらの患者について、前記実施例2と同様にして常法によりD/Pクレアチニンを測定した。そして、残腎機能がある患者と、残腎機能が無い患者のそれぞれについて、α1−ミクログロブリンとD/Pクレアチニンとの相関関係を確認した。その結果、以下に示すように、残腎機能の有無にかかわらず、α1−ミクログロブリンとD/Pクレアチニンとの間に相関関係が確認された。
【0046】
【表3】

【0047】
前記(1)に示すように、排液中のα1−ミクログロブリンと残腎機能との間には相関関係がなく、また、前記(2)に示すように、排液中のα1−ミクログロブリンは、残腎機能の有無に関係なく、PETカテゴリーの根拠となるD/Pクレアチニンと相関関係を有していた。したがって、透析排液中のα1−ミクログロブリンをマーカーとする分析方法によれば、患者の残腎機能の有無に影響を受けることなく、あらゆる腹膜透析患者のD/PクレアチニンおよびPETカテゴリーを予測することが可能といえる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
このように、腹膜透析排液における本発明のマーカーの量を測定すれば、患者のD/Pクレアチニンを間接的に決定でき、さらに、その決定結果からPETカテゴリーへの分類も可能である。また、従来のPETと異なり、透析排液を採取するのみで足りるため、患者の苦痛も低減でき、検査も簡便となる。特に、従来のPETは、その工程の煩雑さや患者や医師の負担の大きさから、通常、年1回程度の実施に留まるが、このように本発明の方法は、極めて簡便であることから高頻度に行うことができる。したがって、本発明のマーカーを対象として本発明のD/PクレアチニンならびにPETの判定方法を利用すれば、患者および医師の双方の労力を低減して、腹膜機能の検査を簡便に行うことができる。特に、「High Average」から「High」へのPETカテゴリーの移行期を早期に検出できることから、例えば、治療方法の変更による長期腹膜透析による腹膜炎の発症の防止等に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】図1は、本発明の実施例1において、同一患者における真のD/Pクレアチニンの変化とα1−ミクログロブリンの変化との相関関係を示すグラフであり、(A)は、High AverageからHighにカテゴリーが変化した患者の結果であり、(B)は、HighからHigh Averageにカテゴリーが変化した患者の結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プレアルブミン、ハプトグロビン、α1−ミクログロブリン、C4および総タンパク質からなる群から選択された少なくとも一つのタンパク質を含むことを特徴とするD/Pクレアチニンのマーカー。
【請求項2】
前記マーカーが、タンパク質量が相対的に高い程、D/Pクレアチニンが相対的に高いことを示すマーカーである、請求項1記載のマーカー。
【請求項3】
前記マーカーが、α1−ミクログロブリンである、請求項1または2記載のマーカー。
【請求項4】
前記タンパク質が、腹膜透析の排液中のタンパク質である、請求項1から3のいずれか一項に記載のマーカー。
【請求項5】
D/Pクレアチニンの決定方法であって、
下記(a)〜(c)工程を含むことを特徴とするD/Pクレアチニン決定方法。
(a) 被検体の腹膜透析の排液を準備する工程
(b) 前記排液における請求項1記載のD/Pクレアチニンマーカーを測定する工程
(c) D/Pクレアチニンの値とD/Pクレアチニンマーカーの量との関係を示す相関式に基づいて、前記(b)工程におけるマーカーの測定値からD/Pクレアチニンを算出する工程
【請求項6】
前記相関式が、複数の透析患者のD/Pクレアチニンの値と、前記複数の透析患者のD/Pクレアチニンマーカーの測定値とから作成された相関式である、請求項5記載のD/Pクレアチニン決定方法。
【請求項7】
前記複数の透析患者のD/Pクレアチニン値が、腹膜透析開始後2〜4時間の排液についての値である、請求項6記載のD/Pクレアチニン決定方法。
【請求項8】
前記複数の透析患者のD/Pクレアチニンマーカーの測定値が、腹膜透析開始後8〜12時間の排液における値である、請求項6または7記載のD/Pクレアチニン決定方法。
【請求項9】
前記(a)工程において、被検体の腹膜透析の排液が、腹膜透析開始後8〜12時間の排液である、請求項8記載のD/Pクレアチニン決定方法。
【請求項10】
前記マーカーの測定方法が、免疫学的手法および電気泳動法の少なくとも一方を用いた方法である、請求項5から9のいずれか一項に記載のD/Pクレアチニン決定方法。
【請求項11】
PETカテゴリーの判定方法であって、
下記(A)工程および(B)工程を含むことを特徴とするPETカテゴリー判定方法。
(A) 請求項5記載のD/Pクレアチニン決定方法により、D/Pクレアチニンを決定する工程
(B) 決定したD/PクレアチニンからPETカテゴリーを判定する工程
【請求項12】
High AverageカテゴリーとHighカテゴリーとを判別する、請求項11記載のPETカテゴリー判定方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−107333(P2008−107333A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−249282(P2007−249282)
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(000153030)株式会社ジェイ・エム・エス (452)
【Fターム(参考)】