説明

DGAT1またはDGAT2の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法

【課題】 DGAT1またはDGAT2の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法の提供。
【解決手段】被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ1(DGAT1)の活性を測定し、前記被試験物質がDGAT1の活性を変化させるか否かを検定することを含むDGAT1の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法。被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ2(DGAT2)の活性を測定し、前記被試験物質がDGAT2の活性を変化させるか否かを検定することを含むDGAT2の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DGAT1またはDGAT2の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法に関する。より詳細には、本発明は、被試験物質がDGAT1の活性を低下させる物質であることを検定することで、中性脂肪低下薬や抗肥満薬等をスクリーニングする方法、及び被試験物質がDGAT2の活性を低下させる物質であることを検定することで、抗脂肪肝薬等をスクリーニングする方法に関する。さらに、本発明は、被試験物質がDGAT1の活性を増大させることを検定することで、中性脂肪分泌薬や脂肪蓄積薬等をスクリーニングする方法、及び被試験物質がDGAT2の活性を増大させることを検定することで、肝脂肪蓄積薬等をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トリグリセリドはエネルギーの主要な貯蔵形態であり、主に3つの組織、すなわち肝臓、脂肪組織、および小腸で合成される。肝臓では、合成されたトリグリセリドは細胞質小滴中に保存されるかまたはVLDL(血中中性脂肪)粒子として分泌される。アシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ(DGAT)は、トリグリセリドの合成の最終段階を触媒する膜結合酵素である。機能で分類して、DGATの2つの型がミクロソーム中で同定されている。顕在型(overt) DGATは、細胞質ゾル側に面し、細胞質小滴へ向かうことになっているトリグリセリドの合成を触媒する。潜在型(latent) DGATは、小胞体の内腔に面し、VLDL形成のためのトリグリセリドの合成を触媒する。
【0003】
細胞質ゾル小滴トリグリセリドが一括してVLDLへ組み込まれることができないのはよく知られており、DGATのこれらの2つの機能の相対活性は、グリセリド血症の程度、および脂肪症の発症に重大な影響を及ぼしうる。
【0004】
DGATの分子的側面では、DGATのcDNA、すなわちDGAT1およびDGAT2が、近年クローニングされ配列決定されており、DGAT1とDGAT2は、DGAT活性を示す、無関係のタンパク質であることが知られている。
【0005】
DGAT1の発現は遍在しており、小腸で最も発現レベルが高く、DGAT1-nullマウスの表現型が広く研究されている。DGAT1-nullマウスは生存可能であり、トリグリセリドを合成することができ、血漿トリグリセリド濃度は正常であった。DGAT1-nullマウスには脂肪減少がみられ、エネルギー消費の増大が関係する機構を通じて食餌性肥満に耐性であった。(非特許文献1)
【0006】
DGAT2の発現も遍在しており、肝臓および白色脂肪組織(WAT)で最も発現レベルが高かった(非特許文献2)。DGAT1欠損マウスとは対照的に、DGAT2欠損マウスは脂肪減少性であって、エネルギー代謝のための基質の深刻な減少からと皮膚の透過性のバリア機能の障害から、生後まもなく死亡した(非特許文献3)。
【非特許文献1】Smith, S.J., et al. 2000. Obesity resistance and multiple mechanisms of triglyceride synthesis in mice lacking DGAT. Nat. Genet. 25:87-90.
【非特許文献2】Cases, S., Stone, S.J., Zhou, P., Yen, E., Tow, B., Lardizabal, K.D., Voelker, T., and Farese, R.V.Jr. 2001. Cloning of DGAT2, a second mammalian diacylglycerol acyltransferase, and related family members. J. Biol. Chem. 276:38870-38876.
【非特許文献3】Stone, S.J., Myers, H.M., Watkins, S.M., Brown, B.E., Feingold, K.R., Elias, P.M., and Farese, R.V.Jr. 2004. Lipopenia and skin barrier abnormalities in DGAT2-deficient mice. J. Biol. Chem. 279:11767-11776.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
全身において、DGAT1およびDGAT2が別個の役割を有することは知られている。しかし、肝臓、脂肪組織、および小腸といったトリグリセリドを合成する個々の組織でのDGAT1およびDGAT2の役割はよく研究されていない。
【0008】
そこで本発明は、DGAT1およびDGAT2の肝臓における、特に顕在および潜在のDGAT活性に及ぼす役割を解明し、DGAT1またはDGAT2の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法、より詳細には、被試験物質がDGAT1の活性を低下させる物質であるか否かを検定することで、中性脂肪低下薬や抗肥満薬等をスクリーニングする方法、及び被試験物質がDGAT2の活性を低下させる物質であるか否かを検定することで、抗脂肪肝薬等をスクリーニングする方法を提供することも目的とする。
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために、DGAT1またはDGAT2が肝臓で過剰発現されたマウスをアデノウイルス媒介遺伝子導入によって作製し、その表現型を調べ、DGAT1及びDGAT2が肝臓において、顕在型(overt)活性または潜在型(latent)活性のいずれに寄与しているかを突き止めた。さらには、DGAT1過剰発現マウスでは、VLDL(血中中性脂肪)の分泌が増大し、脂肪組織に多くの脂肪を供給して脂肪組織が大きくなることを見いだした。また、DGAT2過剰発現マウスでは、顕在型(overt)活性が強く、脂肪肝を生じることを見いだした。これらの知見に基づいて本発明はなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明は、以下のとおりである。
[請求項1]被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ1(DGAT1)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT1の活性を変化させるか否かを検定することを含む
DGAT1の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法。
[請求項2]被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ1(DGAT1)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT1の活性を低下させるか否かを検定することを含む
DGAT1の活性を低下させる被試験物質のスクリーニング方法。
[請求項3]DGAT1の活性を低下させる被試験物質が中性脂肪低下薬である請求項2に記載の方法。
[請求項4]DGAT1の活性を低下させる被試験物質が抗肥満薬である請求項2に記載の方法。
[請求項5]被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ1(DGAT1)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT1の活性を増大させるか否かを検定することを含む
DGAT1の活性を増大させる被試験物質のスクリーニング方法。
[請求項6]DGAT1の活性を増大させる被試験物質が、中性脂肪分泌薬である請求項5に記載の方法。
[請求項7]DGAT1の活性を増大させる被試験物質が、脂肪蓄積薬である請求項5に記載の方法。
[請求項8]被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ2(DGAT2)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT2の活性を変化させるか否かを検定することを含む
DGAT2の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法。
[請求項9]被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ2(DGAT2)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT2の活性を低下させるか否かを検定することを含む
DGAT2の活性を低下させる被試験物質のスクリーニング方法。
[請求項10]DGAT2の活性を低下させる被試験物質が抗脂肪肝薬である請求項9に記載の方法。
[請求項11]被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ2(DGAT2)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT2の活性を増大させるか否かを検定することを含む
DGAT2の活性を増大させる被試験物質のスクリーニング方法。
[請求項12]DGAT1の活性を増大させる被試験物質が、肝脂肪蓄積薬である請求項12に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、(1)被試験物質がDGAT1の活性を低下させる物質であることを検定することで、中性脂肪低下薬や抗肥満薬等をスクリーニングする方法、(2)被試験物質がDGAT2の活性を低下させる物質であることを検定することで、抗脂肪肝薬等をスクリーニングする方法、(3)被試験物質がDGAT1の活性を増大させることを検定することで、中性脂肪分泌薬や脂肪蓄積薬等をスクリーニングする方法、及び(4)被試験物質がDGAT2の活性を増大させることを検定することで、肝脂肪蓄積薬等をスクリーニングする方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
[DGAT1の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法]
本発明は、DGAT1の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法に関する。このスクリーニング方法は、被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ1(DGAT1)の活性を測定し、前記被試験物質がDGAT1の活性を変化させるか否かを検定することを含む。より具体的には、被試験物質の存在下でDGAT1の活性を測定し、前記被試験物質がDGAT1の活性を低下させるか否かを検定することを含む、DGAT1の活性を低下させる被試験物質のスクリーニング方法である。さらには、被試験物質の存在下でDGAT1の活性を測定し、前記被試験物質がDGAT1の活性を増大させるか否かを検定することを含む、DGAT1の活性を増大させる被試験物質のスクリーニング方法である。
【0013】
DGAT1の活性測定は、例えば、[14C]オレオイル−CoA(アシル供与体)およびsn−1,2−ジオレオイルグリセロール(アシル受容体)を用い、トリオレオイルグリセロールへの[14C]オレオイル部分の取り込みを測ることによって測定することができる。アシル受容体は、ホスファテジルコリンと調製したリポソームによって反応混合物中へ導入することができる。より具体的には、100mMTris/HCl、pH7.4、10mM MgCl2、1.25mg/mlウシ血清アルブミン結合遊離脂肪酸、200mMスクロース、25μM[14C]オレオイル−CoA、200μMアシル受容体及び酵素を含む反応混合物を用いることができる。ここでの酵素は、DGAT1であるか、またはDGAT1を含む画分または混合物である。DGAT1を含む画分または混合物とは、例えば、肝ミクロソーム画分であることができる。また、前述のように、DGAT1はクローニングされ配列決定されており、遺伝子工学的手法により発現させたDGAT1も上記活性測定に用いるDGAT1として利用できる。
【0014】
反応は、例えば、37℃で10分間行うことができる。反応後、反応により得られた脂質を抽出し、シリカゲルプレートにより展開し、定量して、活性を求めることができる。脂質の抽出は、例えば、クロロホルム/メタノール(2:1,v/v)で行うことができる。シリカゲルプレートへの展開には、例えば、ヘキサン:エチルエーテル:酢酸、80:20:1を用いることができる。展開後の定量には、BAS−2000画像解析装置を用いることができる。
【0015】
活性測定に用いるDGAT1を含む肝ミクロソーム画分は、例えば、以下の方法により入手することができる。肝臓を300mMスクロース、1mM EGTA/5mM Tris/HClを含むpH7. 4の緩衝液で、氷上でホモジェナイズし、10,000gで15分間遠心した後の上清を100,000gで70分間遠心した後に得られる画分が、DGAT1を含む肝ミクロソーム画分である。
【0016】
上記本発明のスクリーニング方法によれば、被試験物質がDGAT1の活性を低下させる物質である場合、中性脂肪低下薬の候補物質をスクリーニングすることができる。
【0017】
また、上記本発明のスクリーニング方法によれば、被試験物質がDGAT1の活性を低下させる物質である場合、抗肥満薬の候補物質をスクリーニングすることができる。
【0018】
本発明における中性脂肪低下薬及び抗肥満薬の候補物質は、DGAT1の活性を低下させる物質であることから、肝臓からのVLDL-TGの分泌を抑制し、脂肪組織への脂肪の輸送及び脂肪組織での脂肪の取り込みを減少させるため、脂肪組織の肥大を抑制するという機能を有することが期待され、中性脂肪低下及び肥満抑制を必要とする疾患に対して有効であることが期待される。
【0019】
さらに、上記本発明のスクリーニング方法によれば、被試験物質がDGAT1の活性を増大させる物質である場合、中性脂肪分泌薬の候補物質をスクリーニングすることができる。
【0020】
あるいは、上記本発明のスクリーニング方法によれば、被試験物質がDGAT1の活性を増大させる物質である場合、脂肪蓄積薬の候補物質をスクリーニングすることができる。
【0021】
本発明における中性脂肪分泌薬及び脂肪蓄積薬の候補物質は、DGAT1の活性を増大させる物質であることから、脂肪肝等の肝臓に脂肪が蓄積した場合、肝臓から脂肪を分泌し肝臓中の脂肪を減少させ、各組織へ脂肪を分配させるのに有効であることが期待される。
【0022】
[DGAT2の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法]
本発明は、DGAT2の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法に関する。
このスクリーニング方法は、被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ2(DGAT2と)の活性を測定し、前記被試験物質がDGAT2の活性を変化させるか否かを検定することを含む。より具体的には、被試験物質の存在下でDGAT2の活性を測定し、前記被試験物質がDGAT2の活性を低下させるか否かを検定することを含む、DGAT2の活性を低下させる被試験物質のスクリーニング方法である。さらには、被試験物質の存在下でDGAT2の活性を測定し、前記被試験物質がDGAT2の活性を増大させるか否かを検定することを含む、DGAT2の活性を増大させる被試験物質のスクリーニング方法である。
【0023】
DGAT2の活性測定は、以下の(1)または(2)の方法により行うことができる。
(1)上記DGAT1活性の測定系と同様の測定系を用いることができる。但し、酵素としてDGAT2またはDGAT2を含む画分を用いる。
(2)上記DGAT1活性の測定系と同様の測定系を用いることができる。但し、酵素としてDGAT2またはDGAT2を含む画分を用い、反応系のMgCl2濃度を100mMとし、減少した活性を算出する。尚、DGAT2は100mM MgCl2存在下では活性が減少するという報告があり、種々の論文でこの方法でDGAT1とDGAT2の活性を区別している。
【0024】
活性測定に用いるDGAT2を含む画分は、例えば、以下の方法により入手することができる。肝臓を300mMスクロース、1mM EGTA/5mM Tris/HClを含むpH7. 4の緩衝液で、氷上でホモジェナイズし、10,000gで15分間遠心した後の上清を100,000gで70分間遠心した後に得られる画分が、DGAT2を含む肝ミクロソーム画分である。また、前述のように、DGAT2はクローニングされ配列決定されており、遺伝子工学的手法により発現させたDGAT2も上記活性測定に用いるDGAT2として利用できる。
【0025】
上記本発明のスクリーニング方法によれば、DGAT2はTG合成後、肝臓、特に細胞質中に脂肪を蓄積させるので、被試験物質がDGAT2の活性を低下させる物質である場合、抗脂肪肝薬の候補物質をスクリーニングすることができる。本発明の抗脂肪肝薬の候補物質は、DGAT2の活性を低下させる物質であることから、脂肪肝の抑制を必要とする疾患に対して有効であることが期待される。
【0026】
上記本発明のスクリーニング方法によれば、被試験物質がDGAT2の活性を増大させる物質である場合、肝脂肪蓄積薬の候補物質をスクリーニングすることができる。本発明の肝脂肪蓄積薬の候補物質は、DGAT2の活性を増大させる物質であることから、血中の中性脂肪が増加した場合、肝臓に脂肪を取り込み、血中の濃度を下げる効果が期待される。フィブレート系の薬にこの作用があることが知られている。
【0027】
DGAT1の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法及び2の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法における、被試験物質は、公知の物質であっても、本発明完成時に未知の物質であっても良く、合成物質、半合成物質、天然物質のいずれであっても良い。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
方法
組み換えアデノウイルスの調製
完全長マウスDGAT1(Gen Bank登録番号(accession no.)NM_010046)およびDGAT2(Gen Bank登録番号AF384160)コード配列はPCRによって増幅した。DGAT1およびDGAT2cDNAを増幅するために使用したプライマーにはXbaI部位(順方向)またはKpnI部位(逆方向)のどちらかを後に付けた。PCR産物は、アデノ-X(Adeno-X)発現系(BDバイオサイエンス(BD Biosciences)、米国カリフォルニア州パロアルト(Palo Alto))の中に添付のpShuttleベクターのXbaI/KpnI部位中へサブクローニングした。DGATの全配列はDNA配列決定によって検証した。DGAT cDNA挿入部の5'側のサイトメガロウイルス-IEプロモーター/エンハンサーおよびポリアデニル化シグナルを含むpShuttle由来のI-CeuI/PI-SceI制限断片は、同じくI-CeuIおよびPI-SecIを用いて制限酵素切断したアデノウイルスDNA骨格に連結した。細菌由来組み換えウイルスDNAの増幅および精製後、PacI-直鎖化組み換えウイルスDNAをHEK293細胞へ、脂質性遺伝子導入剤リポフェクトアミン試薬(Lipofectamine Reagent)(インビトロジェン(Invitrogen)、米国カリフォルニア州カールズバッド(Carlsbad))を使用して導入することによってアデノウイルスを作製した。DGAT1 cDNA(Ad-DGAT1)およびDGAT2 cDNA(Ad-DGAT2)を含むアデノウイルスは、マウスへの注射のためにアデノ-X精製キット(BDバイオサイエンス(BD Biosciences))によって精製した。アデノ-X EGFP (Ad-GFP、BDバイオサイエンス(BD Biosciences))を対照として用いた。
【0029】
マウスへの投与については、それぞれの組み換えアデノウイルス(Ad-DGAT1、Ad-DGAT2、またはAd-GFP)は絶食させていない動物に単回投与(200(l中に2×109pfu)で静脈注射した。本実験に用いたマウスは、ジャクソン・ラボラトリーズ(Jackson Laboratories)(米国メイン州バー・ハーバー(Bar Harbor))から購入したC57BL/6J(8週齢)であった。動物には齧歯類用一般飼料(CE2、クレア、東京)を与えた。動物は12時間明/12時間暗周期に曝露し、22℃の一定温度で飼育した。すべての動物実験手法は施設内ガイドラインに従った。
【0030】
ノーザンブロッティング
マウスDGAT1およびマウスDGAT2のコード領域を含むcDNAクローンはPCRによって上記の通り得られた。RNAはTRIzol試薬(インビトロジェン(Invitrogen)) を用いて取扱説明書に従って抽出された。RNAの一部(レーン当たり20μg)をグリオキサールおよびジメチルスルホキシドを用いて変性させ、1%アガロースゲル中の電気泳動によって分析した。ナイロン膜(パーキンエルマー・ライフサイエンス(PerkinElmer Life Sciences)、米国マサチューセッツ州ボストン)への転写およびUV架橋後、RNAブロットをメチレンブルーで染色して、28Sおよび18SrRNAの位置を特定し、また、負荷したRNAの量を確認した(Sambrook, J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T. (1989) Molecular Cloning: A Laboratory Manual 2nd Ed., pp.187-206, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY)。マウスDGAT1およびDGAT2 cDNAは[α32P]dCTP(アマシャムバイオサイエンス(AmershamBiosciences)、英国バッキンガムシャー)で、ランダムプライム標識キット(レディプライム(Rediprime)IIランダムプライムDNA標識系、アマシャムバイオサイエンス(AmershamBiosciences))を用いて標識した。DGAT mRNAの量は画像解析装置(BAS-2000、富士フイルム、東京)を用いて定量した。
【0031】
肝ミクロソームの調製およびDGAT活性分析
Ad-DGAT1-、Ad-DGAT2、およびAd-GFPを注射したマウスの肝臓をホモジナイズし、肝ミクロソームを以下の論文に記載の通り調製した(Owen, M.R., Corstorphine, C.C., and Zammit, V.A. 1997. Overt and latent activities of diacylglycerol acytransferase in rat liver microsomes: possible roles in very-low-density lipoprotein triacylglycerol secretion. Biochem. J. 323:17-21.)。肝臓は300mMスクロース、1mMEGTA/5mM Tris/HClを含むpH7.4の氷冷溶媒中でホモジナイズし、ミクロソームをミトコンドリア分画後(10,000g)画分から100,000g、70分間、4℃の遠心分離によって調製した。結果として得られた沈澱を再懸濁して最終容量1mLとし、分注して、液体N2中で急速冷凍して-80℃にて保存した。アラメチシンを用いたミクロソーム小胞の透過処理も上記論文に記載の通り実施した。インキュベーションは、氷上で30分間、濃縮(80mg/ml)エタノール溶液として加えたアラメチシンペプチドと共に行った。ホモジネート中のタンパク質濃度は、バイオラッド(Bio-Rad)タンパク質アッセイ(バイオラッド(Bio-Rad)、米国カリフォルニア州ハーキュリーズ(Hercules))によって取扱説明書に従って測定した。
【0032】
DGAT活性は最終容量200μlで測定した。DGAT活性は以前の報告の通り[14C]オレオイル-CoA(アシル供与体)およびsn-1,2-ジオレオイルグリセロール(アシル受容体)を用いたトリオレオイルグリセロールへの[14C]オレオイル部分の組み込みを測ることによって測定した(Sambrook, J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T. (1989) Molecular Cloning: A Laboratory Manual 2nd Ed., pp.187-206, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY; Cao, J., Burn, P., and Shi, Y. 2003. Properties of the mouse intestinal acyl-CoA:monoacylglycerol acyltransferase, MGAT2. J. Biol. Chem. 278:25657-25663.)。
【0033】
アシル受容体はホスファチジルコリンと(分子比=1:5)調製したリポソームによって反応混合物中へ導入した。反応混合物は100mMTris/HCl、pH7.4、10mM MgCl2、1.25mg/mlウシ血清アルブミン遊離脂肪酸(セロロジカルズ(Serologicals)、米国イリノイ州カンカキー(Kankakee))、200mMスクロース、25μM[14C]オレオイル-CoA、200μMアシル受容体、および10μgの肝ミクロソームタンパク質を含んだ。10分間37℃にてインキュベート後、脂質はクロロホルム/メタノール(2:1、v/v)を用いて抽出した。遠心分離で破片を除去後、脂質を含む分注した有機相を乾燥し、シリカゲル60TLCプレート(メルク(MERCK)、ドイツ、ダルムシュタット(Darmstadt))によってヘキサン:エチルエーテル:酢酸(80:20:1、v/v/v)を用いて分離した。各脂質部分はI2蒸気への曝露を用いて標準法で同定した。TLCプレートは画面に表示して、14C標識脂質産物の形成を評価した。画像処理シグナルは、画像解析装置(BAS-2000、富士フィルム、東京)を用いて視覚化し定量した。
【0034】
電子顕微鏡法
マウス肝臓の角切り切片試料は2.5%グルタルアルデヒドの0.1Mリン酸緩衝液(pH7.3)溶液で24時間固定した。リン酸緩衝液を用いて洗浄後、グルタルアルデヒド固定切片を2%四酸化オスミウムのリン酸緩衝液溶液中に入れて2時間4℃に置き、脱水し、Epon812を浸透させて3日間重合させた。切片はLKBウルトラトームIIIを用いて切断し、飽和酢酸ウラニルおよび酢酸鉛で染色した。薄切片はH-300電子顕微鏡(日立製作所、東京)を用いて検査した。
【0035】
血漿脂質分析
血漿トリグリセリドおよび総コレステロールは、トリグリセリドEテスト(和光純薬工業、大阪)およびコレステロールEテスト(和光純薬工業)をそれぞれ用いた酵素比色法によって測定した。LDL、VLDL、およびHDLの分析は、迅速電気泳動系(ヘレナラボラトリーズ(Helena Laboratories)、テキサス州ボーモント(Beaumont))および酵素染色試薬(コレトリコンボ、株式会社ヘレナ研究所、埼玉)を用いて実施した(Winkler, K., Nauck, M., Siekmeier, R., Marz, W., and Wieland, H. 1995. Determination of triglycerides in lipoproteins separated by agarose gel electrophoresis. J. Lipid. Res. 36:1839-1847. )。
【0036】
肝臓脂質分析
肝臓中の脂質をクロロホルムとメタノール(2:1、v/v)の氷冷混合物を用いてFolchら(Folch, J., Lees, M., and Sloane-Stankey, G.H. 1957. A simple method for the isolation and purification of total lipids from animal tissues. J. Biol. Chem. 226:497-509.)の方法によって定量的に抽出した。肝臓と血清中の総コレステロールおよびトリグリセリド濃度は酵素比色法によって、コレステロールEテスト(和光純薬工業)とトリグリセリドEテスト(和光純薬工業)を用いて測定した。
【0037】
in vivo VLDL分泌速度の測定
VLDL-トリグリセリドの肝産生を、Ad-DGAT1、Ad-DGAT2、Ad-GFPを注射したマウスで測定した。アデノウイルス注射後の12日目に、4時間絶食後にマウスにトリトン(Triton)WR1339(シグマ−アルドリッチ(Sigma-Aldrich)、米国ミズーリ州セントルイス)を静脈内投与した(Siri P, Candela N, Zhang YL, Ko C, Eusufzai S, Ginsberg HN, Huang LS. 2001. Post-transcriptional stimulation of the assembly and secretion of triglyceride-rich apolipoprotein B lipoproteins in a mouse with selective deficiency of brown adipose tissue, obesity, and insulin resistance. J. Biol. Chem. 276:46064-46072. 2001)。マウスは注射前および注射後1、2、3、4時間に採血した。Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウスにおけるトリトン(Triton)WR1339の静脈注射後の4時間にわたるTG濃度の増加を、トリグリセリドEテスト(和光純薬工業)を用いた酵素比色法によって測定した。
【0038】
統計的方法
群間の統計的比較は一元配置分散分析(ANOVA)によって行い、それが統計的に有意であった場合は、各群をフィッシャーの保護あり最小有意差(PLSD)検定(スタットビュー(Statview)4.0アバカス・コンセプト社(Abacus Concept, Inc.)、米国カリフォルニア州バークレー)によって他と比較した。
【0039】
結果
マウス肝臓におけるDGAT1またはDGAT2の過剰発現
DGAT1およびDGAT2の肝臓における生理学的役割の洞察を得るため、DGAT1またはDGAT2のどちらかを肝臓でアデノウイルス媒介遺伝子導入によって過剰発現させた。我々はDGAT1 cDNA (Ad-DGAT1)、DGAT2 cDNA (Ad-DGAT2)、または対照のGFP cDNA(Ad-GFP)のどれかを含む組み換えウイルスの2×109pfuをマウスに注射した。この用量は、肝細胞の大多数で外来遺伝子の発現を生じさせることが判っている(Herz, J., and Gerard, R.D. 1993. Adenovirus-mediated transfer of low density lipoprotein receptor gene acutely accelerates cholesterol clearance in normal mice. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 90:2812-2816.)。組み換えウイルスの投与後12日目に、DGAT1およびDGAT2の発現レベルをノーザンブロッティングによって測定した。内在性DGAT遺伝子およびAd-DGAT1構造に由来するDGAT1 mRNAの分子サイズがほとんど同じであるため、我々はそれらをノーザンブロットによって区別しなかった一方、Ad-DGAT2構造に由来するDGAT2 mRNAの分子サイズが内在性DGAT遺伝子に由来するものより小さかったため、我々はそれらを区別することができた(図1)。
【0040】
図1は、Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウス由来の肝臓、BAT、WAT、および腓腹筋におけるDGAT1およびDGAT2発現のノーザンブロット分析結果である。各アデノウイルス構造の注射後12日目の、絶食させていない、Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射した雄マウスの肝臓、BAT、WAT、および腓腹筋から総RNAを単離した。20(gのRNAを電気泳動に供し、ナイロン膜に転写し、表示の32P標識cDNAプローブとハイブリダイズした。各レーンはマウス1個体由来の1検体を表す。DGAT1およびDGAT2mRNAの定量化はAd-GFPを注射したマウスに対する相対値で表し、Ad-GFP処理マウスに対して**P<0.01、***P<0.001。
【0041】
Ad-DGAT1を注射したマウスでは、対照Ad-GFPを注射したマウス由来の内在性DGAT1と比較して、DGAT1 mRNAが肝臓で19倍、腓腹筋で1.7倍増加したが、WATおよび褐色脂肪組織(BAT)では変化しなかった。Ad-DGAT1を注射したマウスではこれらすべての組織でDGAT2発現は影響されなかった。Ad-DGAT2を注射したマウスでは、対照Ad-GFPを注射したマウス由来の内在性DGAT2と比較して、DGAT2 mRNAが肝臓で4倍増加したが、BAT、WAT、および腓腹筋では変化しなかった。Ad-DGAT2を注射したマウスではこれらすべての組織でDGAT1発現レベルは影響されなかった。腓腹筋でのDGAT1発現が、Ad-DGAT1(有意)を注射したマウスおよびAd-DGAT2(有意でない)を注射したマウスの両方でわずかに増加したため、腓腹筋DGAT1発現の増加は、肝臓DGAT過剰発現に二次的な、全身の代謝変化が原因でありうる。このように、予測通り、アデノウイルス媒介遺伝子導入によって肝臓でのその組み換え遺伝子発現は顕著に増加したが、BAT、WAT、および骨格筋での発現は実質的に増加しなかった。正常肝臓においては、ノーザンブロットによる推定では、DGAT1の発現レベルはDGAT2の発現レベルと比較して非常に低いため、内在性 DGAT1 mRNAレヘルとの相対比での増加倍数で表した場合、Ad-DGAT1を注射したマウスにおけるDGAT1 mRNAの増加は、Ad-DGAT2を注射したマウスにおけるDGAT2 mRNAの増加よりはるかに大きくなった。血漿GOTおよびGPT濃度は遺伝子導入後に上昇せず、肝臓の損傷が起こらなかったことを示唆した(データ記載せず)。
【0042】
DGAT1は潜在DGAT活性を有する
次に、過剰発現された肝臓DGAT1およびDGAT2が機能性であるかどうかを調べるため、Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウスに由来する肝ミクロソーム中の顕在および潜在DGAT活性を測定した(図2)。
【0043】
図2は、Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウス由来の肝臓における顕在および潜在DGAT活性の測定結果である。
Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウスから単離した肝ミクロソームの顕在および潜在DGAT活性の測定結果である。潜在活性は顕在活性を総DGAT活性から引き算して求めた。データは平均値(SEを表す(n=3)。Ad-GFPを注射したマウスに対して*** P<0.001。
【0044】
ミクロソーム中の顕在DGAT活性は細胞質ゾル側に面し、細胞質ゾル小滴のためのトリグリセリド合成に関与する一方、潜在活性は小胞体内腔側に面しVLDL合成に関与する(1)。DGAT1およびDGAT2の過剰発現されたマウスに由来する肝ミクロソームでの顕在DGAT活性は、対照マウス(レーン1)由来のそれらに対する相対比でそれぞれ4.8倍と2.3倍上昇した。顕在および潜在DGAT活性の両方を含む総DGAT活性を、ミクロソーム膜を透過化するアラメチシンの存在下で測定した。潜在DGAT活性は顕在DGAT活性を総DGAT活性から引き算して求めた。DGAT1およびDGAT2を過剰発現したマウス由来の潜在DGAT活性は、対照マウス由来のそれらに対する相対比でそれぞれ9.5倍と1.5倍上昇した。(図2)。
【0045】
DGAT1およびDGAT2に対する適当な抗体が無かったため、ミクロソーム画分中のDGATタンパク質濃度は測定しなかったので、タンパク質ベースでのDGAT活性の比較はDGAT1とDGAT2を過剰発現されたマウスの間で行わなかった。Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウスにおける潜在/顕在DGAT活性はそれぞれ1.2、2.3、および0.77であった。このように、これらのデータは、DGAT1は顕著な潜在DGAT活性を有したがDGAT2はそうでなく、その一方で両者が顕在DGAT活性を有したことを示した。
【0046】
DGAT1を過剰発現したマウスで血漿VLDLが増加した
潜在DGAT活性が、DGAT1を過剰発現したマウスで上昇したため、血漿VLDLがDGAT1を過剰発現したマウスで上昇することが予想された。そのため、我々は給餌条件下のDGAT1およびDGAT2を過剰発現したマウスで血漿脂質プロファイルを測定した(表1)。
【0047】
【表1】

【0048】
対照であるAd-GFPを注射したマウスと比較して、DGAT1を過剰発現したマウスではVLDL-TG濃度が24%(雄)および50%(雌)上昇したが、DGAT2を過剰発現したマウスではVLDL-TG濃度は変化しなかった。HDL-TGおよびLDL-TG濃度はDGAT1およびDGAT2を過剰発現したマウスの両方でむしろ低下した。DGAT1を過剰発現したマウスにおけるVLDL-TGの増加と共に、DGAT1を過剰発現したマウスにおけるVLDL-コレステロールもまた増加した。
【0049】
DGAT1を過剰発現したマウスでVLDL分泌が増加する
DGAT1を過剰発現したマウスにおける血漿 VLDL 濃度の上昇は、VLDL 分泌の増加または/および末梢 組織でのリパーゼによるVLDLクリアランスの阻害が原因であった。この疑問に答えるため、脂肪分解およびVLDLのクリアランスを阻害するトリトン(Triton)WR1339の存在下で、血漿トリグリセリド濃度を監視することによって肝VLDL分泌の速度を推定した(図3)。
【0050】
図3は、DGAT1を過剰発現したマウスではVLDL分泌が増加することを示す結果である。血漿トリグリセリド濃度(=VLDL)を、Ad-GFP、Ad-DGAT1、またはAd-DGAT2の注射後12日目の雄マウスで、トリトン(Triton)WR1339の注射前および注射後1、2、3、4時間に測定した。データは平均値(SEを表す(n=8)。Ad-GFPを注射したマウスに対して*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001。
【0051】
血漿トリグリセリド濃度は、DGAT1を過剰発現したマウスで、対照マウスでの濃度と比較して有意に上昇した。DGAT2を過剰発現したマウスではトリグリセリド濃度の上昇は観察されなかった。したがって、DGAT1を過剰発現したマウスにおける血漿VLDL濃度の上昇は、少なくとも部分的には、VLDL分泌の増加が原因であった。
【0052】
DGATを過剰発現したマウスにおけるVLDLの電子顕微鏡による確認
次に、DGAT1を過剰発現したマウスで観察されたVLDL分泌速度の上昇は肝臓ERにおけるVLDL合成の増加が原因であるかどうかを調べるため、電子顕微鏡試験を実施した。肝臓でのVLDL分泌経路は電子顕微鏡法によって広く研究されている。トリグリセリドは滑面ERで合成され、次いで、この脂質粒子は粗面ER嚢の滑面端に移動した。滑面ERと粗面ERの間の連結部で、アポBタンパク質が脂質粒子に結合して未完成VLDLを形成する。未完成VLDLは次いでゴルジ装置へ輸送され、この細胞小器官から生じる分泌小胞に集められる。肝臓組織の電子顕微鏡検査で、DGAT1を過剰発現したマウスに由来する滑面ERは拡張し、またおそらくERの内腔で合成されたトリグリセリド粒子である小さい粒子を含んだことが明らかになったが、しかしこれらの変化は対照およびDGAT2を過剰発現したマウスでは観察されなかった(図4)。
【0053】
図4は、肝臓標本中の滑面ERの電子顕微鏡写真である。Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウス(12日目)由来の肝臓滑面ERの微細構造を電子顕微鏡法によって観察した。対照Ad-GFPおよびAd-DGAT2を注射したマウスと比較して、Ad-DGAT1を注射したマウスの滑面ERの内腔は顕著に拡大し多数の脂質様粒子を含んだ。倍率は×10,000であった。
【0054】
この知見は、DGAT1を過剰発現したマウスでは、滑面ERの内腔で起こった潜在DGAT活性の上昇が、VLDL分泌の増加に繋がる、という仮説を支持する。
【0055】
DGAT2過剰発現は肝臓トリグリセリド濃度を上昇させる
DGAT1またはDGAT2のどちらかの肝臓での過剰発現によって顕在DGAT活性が上昇したため(図2)、我々は組み換えウイルスの投与後12日目のこれらのDGATを過剰発現したマウスで肝臓トリグリセリド濃度が上昇したかどうかを調べた(図5)。図5は、Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウスにおける肝臓トリグリセリドおよびコレステロール濃度の測定結果である。雄マウスはアデノウイルス注射の12日後に屠殺した。肝臓トリグリセリド(A)およびコレステロール(B)濃度を測定した。データは平均値(SEを表す(n=5)。***P<0.001、有意差がある。
【0056】
DGAT1またはDGAT2のどちらかを過剰発現したマウスで肝臓トリグリセリド濃度が上昇したが、しかしその肝臓トリグリセリド濃度は顕在DGAT活性と平行しなかった(図5A)。対照マウスと比較して、DGAT1を過剰発現したマウスは顕在DGAT活性の4.8倍の増加を示したが、肝臓トリグリセリド濃度は1.9倍の増加で、一方DGAT2を過剰発現したマウスはDGAT活性の2.3倍の増加を示したが、肝臓トリグリセリド濃度は3.1倍の増加であった(図2および5A)。トリグリセリド濃度の同様の増加は、組み換えウイルスの投与後6日目に認められた(データ記載せず)。このことは、DGAT1を過剰発現したマウスにおいては、トリグリセリドの肝臓から血液循環へのVLDLとしての分泌を促進する潜在DGAT活性の上昇が原因である可能性がある。また、DGAT2がDGAT1より強い、トリグリセリドを肝臓細胞質ゾルで合成する活性を有するという可能性を支持した。肝臓コレステロール濃度はこれらのマウスの3群間で差が無かった(図5B)。
【0057】
DGAT1を過剰発現したマウスではWAT重量が増加する
DGAT1を過剰発現したマウスでの全身におけるVLDL分泌の増加の影響を調べるため、Ad-DGAT1、Ad-DGAT2、およびAd-GFPを注射したマウスの体重および組織重量を、組み換えウイルスの投与後12日目に測定した(表2)。
【0058】
【表2】

【0059】
これらのマウスの3群間で総体重の変化は無い。DGAT1を過剰発現したマウスでは、精巣上体および子宮近傍WAT重量がそれぞれ1.3倍、1.7倍、有意に増加した。これらの増加は、DGAT2を過剰発現したマウスでは観察されなかった。これらの結果は、肝臓からWATへのトリグリセリド輸送がWAT重量の増加に結びつきうることを示唆する。観察期間が短かったため(12日間)、WAT重量の増加は明らかな肥満の原因とならない可能性がある。その機構は明らかでないが、肝臓重量はDGAT1マウスで脂質蓄積の増加にもかかわらずわずかに減少した(図5A)。しかし、より長期間でのDGAT1発現の増加は肝臓重量の増加に結びつくと推測されている。12日目の耐糖能およびインシュリン耐性曲線にはこれらの群間で有意差は無かった(データ記載せず)。
【0060】
本実施例では、肝臓DGAT1およびDGAT2の役割を調べるため、肝臓DGAT1およびDGAT2のアデノウイルス媒介遺伝子導入による過剰発現が、DGAT活性、トリグリセリド合成、および肝臓における分泌に及ぼす影響を調べた。DGAT1を過剰発現したマウスでは潜在DGAT活性が上昇しまた滑面ERが拡張し、一方これらの変化はDGAT2を過剰発現したマウスでは観察されなかった(図2および4)。DGAT1を過剰発現したマウスにおける潜在DGAT活性の上昇から予測される通り、分泌および血中VLDL濃度は増加した(表1、図3)。
【0061】
VLDL 合成の増加の共通の原因には、肥満で見られるような肝細胞への遊離脂肪酸の流入の増加、およびアルコールまたは炭水化物の過剰摂取で見られるような肝de novo脂質生成の増加がある(21)。VLDLは脂肪酸を肝臓から脂肪組織およびその他の部位へ輸送する。脂肪組織はVLDLおよびカイロミクロンから脂肪を受け取るため、VLDLの増加は肥満の主要な原因でありうる。肝臓DGAT1を過剰発現した、VLDL分泌が増加したマウスでは脂肪組織重量が増加し、一方でDGAT2を過剰発現した、VLDL分泌が増加しなかったマウスでは脂肪質量が増加しなかったという上記結果は、この仮説を支持する。尚、肝臓でのトリグリセリド合成を変化させた他の遺伝子導入モデルマウスでも、この仮説は支持されている。
【0062】
これまで、肝臓で、そのmRNAの豊富さから判断して、DGAT1でなくDGAT2が肝臓での主要なDGATであると推測されたが、それらのタンパク質濃度および細胞内局在は測定されていなかった。上記結果から、DGAT1はER内腔でのVLDLの合成のための潜在DGATとしてという明確な役割を有することが明らかになった(図2および4)。DGAT1がERの内腔に存在するという上記実施例でのin vivoの証拠は、最近のin vitroの研究の、DGAT1およびDGAT2がマカードル(McArdle)ラット肝がん(RH7777)細胞で過剰発現されている場合の、DGAT1発現細胞の細胞表面周辺の小さい脂質小滴、一方、DGAT2発現細胞中の多数の大きい細胞質ゾル脂質小滴とよく一致する。この観察は、肝臓でのDGATが異なる役割を持つ、すなわち、DGAT2は細胞質ゾル脂質蓄積について主要な役割を果たす一方、DGAT1はそうでないということを支持する。
【0063】
上記実施例の結果は、肝臓DGAT1活性の低下は肥満およびインシュリン抵抗性の予防に有利な効果を有することを示し、肝臓DGAT2活性の低下は脂肪肝の予防に効果を有することを示す。
【0064】
実施例2
スクリーニング方法
スクリーニング方法のモデルとして、被試験物資としてナイアシン(Niacin)を用いてDGAT活性を測定した。ナイアシン(Niacin)は、3mMを反応系に加えた。
DGAT1活性(潜在活性)の測定は、最終容量200μlで行った。DGAT1活性は、[14C]オレオイル−CoA(アシル供与体)およびsn−1,2−ジオレオイルグリセロール(アシル受容体)を用い、トリオレオイルグリセロールへの[14C]オレオイル部分の取り込みを測ることによって測定した。アシル受容体はホスファテジルコリンと調製したリポソームによって反応混合物中へ導入した。反応混合物は100mMTris/HCl、pH7.4、10mM MgCl2、1.25mg/mlウシ血清アルブミン結合遊離脂肪酸、200mMスクロース、25μM[14C]オレオイル−CoA、200μMアシル受容体、ナイアシン(Niacin)3mM及び酵素を含んでいる。10分間37℃で反応後、脂質をクロロホルム/メタノール(2:1,v/v)で抽出し、シリカゲルプレートにより展開し(ヘキサン:エチルエーテル:酢酸、80:20:1)BAS−2000画像解析装置を用いて定量し、活性を測定した。
【0065】
DGAT2の活性(顕在活性)測定は、アラメテシン(Alamethicin)非存在下であること以外は、上記のDGAT1活性の測定系と同様にして行った。
【0066】
結果を図6に示す。その結果、顕在活性(アラメテシン(Alamethicin)無し)は、約7割に活性が低下した。DGAT1過剰発現マウスでも、DGAT2は発現しているので、やはり同様に活性低下が認められた。アラメテシン(Alamethicin)の添加によりTotal活性を調べたが、Total活性から顕在活性を差し引くことにより得られる潜在活性はほとんど変化が無かった。
【0067】
ナイアシン(Niacin)は顕在活性を抑制することが報告されている(J. Lipid Res. 45:1835-45. 2004)。上記方法では、Niacinの顕在活性の抑制効果が検定さており、本発明のスクリーニング方法が、被験物質がDGAT1及びDGAT2の活性を変化させるか否か、即ち、DGATの潜在活性及び顕在活性を変化させるか否かの的確な判断に有用であることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、中性脂肪低下薬や抗肥満薬等をスクリーニングする方法として、また抗脂肪肝薬等をスクリーニングする方法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウス由来の肝臓、BAT、WAT、および腓腹筋におけるDGAT1およびDGAT2発現のノーザンブロット分析結果である。
【図2】Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウス由来の肝臓における顕在および潜在DGAT活性の測定結果である。
【図3】DGAT1を過剰発現したマウスではVLDL分泌が増加することを示す結果である。
【図4】肝臓標本中の滑面ERの電子顕微鏡写真である。
【図5】Ad-GFP、Ad-DGAT1、およびAd-DGAT2を注射したマウスにおける肝臓トリグリセリドおよびコレステロール濃度の測定結果である。
【図6】実施例2のスクリーニング方法の結果。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ1(以下、DGAT1と称す)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT1の活性を変化させるか否かを検定することを含む
DGAT1の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ1(以下、DGAT1と称す)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT1の活性を低下させるか否かを検定することを含む
DGAT1の活性を低下させる被試験物質のスクリーニング方法。
【請求項3】
DGAT1の活性を低下させる被試験物質が中性脂肪低下薬である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
DGAT1の活性を低下させる被試験物質が抗肥満薬である請求項2に記載の方法。
【請求項5】
被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ1(以下、DGAT1と称す)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT1の活性を増大させるか否かを検定することを含む
DGAT1の活性を増大させる被試験物質のスクリーニング方法。
【請求項6】
DGAT1の活性を増大させる被試験物質が、中性脂肪分泌薬である請求項5に記載の方法。
【請求項7】
DGAT1の活性を増大させる被試験物質が、脂肪蓄積薬である請求項5に記載の方法。
【請求項8】
被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ2(以下、DGAT2と称す)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT2の活性を変化させるか否かを検定することを含む
DGAT2の活性を変化させる被試験物質のスクリーニング方法。
【請求項9】
被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ2(以下、DGAT2と称す)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT2の活性を低下させるか否かを検定することを含む
DGAT2の活性を低下させる被試験物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
DGAT2の活性を低下させる被試験物質が抗脂肪肝薬である請求項9に記載の方法。
【請求項11】
被試験物質の存在下でアシルCoA:ジアシルグリセロール アシルトランスフェラーゼ2(以下、DGAT2と称す)の活性を測定し、
前記被試験物質がDGAT2の活性を増大させるか否かを検定することを含む
DGAT2の活性を増大させる被試験物質のスクリーニング方法。
【請求項12】
DGAT1の活性を増大させる被試験物質が、肝脂肪蓄積薬である請求項12に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−166824(P2006−166824A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−365203(P2004−365203)
【出願日】平成16年12月17日(2004.12.17)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】