説明

HER2/neuペプチドおよびその治療上の用途

特に乳癌患者に対するペプチドをベースにした免疫療法において有用なHER2/neuペプチドを提供すること。
本発明は、抗原ペプチドHER2342−350、HER2485−493、HER2553−561、HER2907−915、HER2444−453、HER2466−474、HER2484−493、HER2785−794、またはHER2851−859を含むポリペプチド、該抗原ペプチド、それらをコードする核酸配列分子およびそれらを含有する医薬組成物等に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、HER2/neuの癌抗原ペプチドに関する。更に詳細には、本発明は、細胞性免疫ならびに液性免疫を惹起できるHLA−A24または−A2結合性HER2/neuペプチド、および該ペプチドを含有する癌ワクチン等に関する。
【背景技術】
生体における免疫システムは、癌に対して重要な役割を果たしている。この免疫システム(腫瘍免疫)では、細胞傷害性T細胞(CTL)が強力なエフェクターとして作用しており、腫瘍細胞内で産生された腫瘍抗原に対して応答して、長期間にわたって免疫を付与することができる。腫瘍抗原は特定細胞内で分解されて8−11個のアミノ酸からなる抗原ペプチドとなり、これが主要組織適合性抗原であるヒト白血球抗原(HLA)分子と結合して腫瘍細胞表面上に提示される。このようにHLA分子によって腫瘍細胞表面上に提示された短いペプチド配列は、CTLによって認識される(Townsend.A.,et al.,Annu.Rev.Immunol.7,601−624,1989)。つまり、CTLは、この抗原ペプチドとHLAとの複合体を認識して腫瘍細胞を傷害する。
HLAは、クラスI抗原とクラスII抗原に大別される細胞膜抗原である。CTLにより抗原ペプチドとともに認識されるのはクラスI抗原であり、ほとんど全ての有核細胞上に発現している。HLAクラスI抗原はさらにHLA−A、B、Cなどに分類され、その遺伝子には多型が存在する。そのうちのHLA−A24アレル(allele)は日本人の約60%(多くは、その95%の遺伝型がA2402である)、コーカサス人の20%、アフリカ人の12%に、HLA−A2アレルは日本人の約40%、中国人の約53%、北アメリカ白人の約49%、南アメリカ白人の約38%、およびアフリカ黒人の約23%にみられる。HLA分子は、様々な腫瘍抗原の抗原提示に決定的な役割を果たしているとの報告がなされている(Bauer,M.P.,et al.,in Histcompatibility Testing,ed.Teraski.P.I(Springer,Berlin),p955,1980;McMichael,A.J.,et al.,J.Exp.Med.152,Suppl.2,195−203,1980;Wolfel.T.E.,et al.,J.Exp.Med.170,797−810,1989;Slovin,S.F.,et al.,J.Immunol.137,3042−3048,1986;Schendel,D.J.,et al.,J.Immunol.151,4209−4220,1993)。
したがって、HLAクラスI分子によって腫瘍細胞表面上に提示され、かつ、腫瘍特異的CTLによって認識される抗原ペプチドを同定することは、癌免疫療法において癌ワクチンとして用いるペプチドワクチンの開発につながるものと考えられている(Peoples,G.E.,et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.USA,92,432−436,Jan.1995)。
しかしながら、ペプチドワクチンとして使用できる可能性のあるヒト腫瘍関連抗原(TAA)は、MAGE(melanoma antigen、メラノーマ抗原)などのわずかな例外を除き間接的にしか示されていない(van der Bruggen.P.,et al.,Science,254,1643−1647,1991)。そのような遺伝子やペプチドを検出することは、かかる腫瘍免疫の存在を実証することになるが、メラノーマは残念ながら悪性腫瘍のわずか3%、また癌死亡率全体のわずか1%を占めるだけである(Fraumeni,J.F.,et al.in Cancer:Principles and Practice of Oncology,eds.DeVita,V.T.,et al.,p.154,1993)。
近年、特に乳癌の予後ならびに治療効果を予測する重要な因子として注目を集めているのが、HER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor 2)である。このHER2はヒト上皮増殖因子受容体の1つであり、そのHER2遺伝子は、膜貫通型チロシンキナーゼ受容体をコードし、多くの固形癌、特に乳癌において高い頻度で過剰発現していることが認められている。このHER2の過剰発現が発癌性への形質転換を惹起し、細胞増殖の促進と調節異常をもたらすことが明らかにされている。また、HER2の過剰発現と予後との相関関係が、多くの臨床研究において報告されている。特に、乳癌におけるHER2の過剰発現は、乳癌の予後ならびに治療効果を予測する重要な指標として認識されている。
HER2の1つであるHER2/neuは、上皮増殖因子受容体と高い相同性を有する185キロダルトンの膜貫通型チロシンキナーゼ受容体である(Caussens,L.,et al.,Science,230,1132−1139,1985,1985;Yamamoto,T.,et al.,Nature,319,230−234,1986)。HER2/neuは、様々な上皮腫瘍において発現が高く、特に結腸直腸癌においてはその原発部位ばかりではなく転移領域においても高発現している(Tanaka,H.,et al.,Brit.J.Cancer,84(1),94−99,2001)。更に、卵巣癌と乳癌の約30ないし40%に過剰発現していると報告されている(Slamon,D.J.,et al.,Science,244,707−712,1989)。HER2/neuは、数多くの悪性腫瘍に高発現しているのに対して、正常細胞では発現していないか、または低レベルでしか発現していないことから、プロトタイプTAAとして考えられており、癌免疫療法の強力な抗原候補となり得る。
日本人とコーカサス人に最も共通しているアレルの1つであるHLA−A24に対する結合親和性を有するペプチドの中からHER2/neuのCTLエピトープを同定したとの報告がある(Tanaka,H.,et al.,Brit.J.Cancer,84(1),94−99,2001)。この報告では、HLA−A24結合性HER2/neuペプチドであるコードHE1(アミノ酸位置8−16):Arg Trp Gly Leu Leu Leu Ala Leu Leuを、最も強い親和性を有し、CTL誘導能を有するワクチン候補ペプチドとして同定している。他のHER2/neu由来HLA−A24結合性ペプチドであるHER2p63(A):Thr Tyr Leu Pro Ala Asn Ala Ser LeuおよびHER2p63(T):Thr Tyr Leu Pro Thr Asn Ala Ser Leuも、卵巣癌患者と健常人においてCTLを誘導するとの報告がされている(Okugawa,T.,et al.,Eur.J.Immunol.,2000,30;3338−3346)。HLA−A2結合性HER2/neuペプチドも数多く報告されている(Peoples,G.E.,et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.USA,92,432−436,Jan.1995;Fisk,B.,et al.,J.Exp.Med.,181,2109−2717,1995;Ioannides et al.,Cell Immunol,151:225,1993;Peiper et al.,Eur J Immunol,27:1115,1997;Brossart et al.,Can Res,58:732,1998;Brossart et al.,Can Res,58:732,1998;Anderson et al.,Clin Can Res,6:4192,2000;Kono et al.,Clin Can Res,8:3394,2002;Lee et al.,Anticancer Res,22:1481,2002;Murray et al.,Clin Can Res,8:3407,2002;Scardino et al.,Eru J Immuno,31:3261,2001;Scardino et al.,J Immunol,168:5900,2002)。
また、HER2/neu由来HLA−A24結合性ペプチドのうち、HER2/neuタンパク質の膜貫通型膜部分からなるアミノ酸9個のペプチド(GP2、アミノ酸位置654−662)が卵巣癌と乳癌の両者のHER2/neu陽性腫瘍細胞中で幅広く発現され、それを癌特異的に認識するCTLが見い出され(Peoples,G.E.,et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.USA,92,432−436,Jan.1995;Yamamoto,T.,et al.,Nature(London)319,230−234,1986;Falk,et al.,Nature(London)351,290−296,1991)、GP2は癌免疫療法のペプチドワクチンとして有用であろうと考えられている(Peoples,G.E.,et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.USA,92,432−436,Jan.1995)。HLA−A2結合性HER2/neuペプチドp369−377(p369)を、癌免疫療法として、HER2/neuを過剰発現している転移性乳癌、卵巣癌または結腸直腸癌のHLA−A2陽性癌患者に対して使用した事例も報告されている(Zaks,T.Z.,et al.,Cancer Res.58,4902−4908,Nov.1,1998)。
以上のように、HLA拘束性CTLを誘導することができるいくつかの免疫原性を有するHER2/neuペプチドがすでに報告されている。しかしながら、知る限りにおいては、これらのペプチドで誘導されたCTLは、初期臨床試験においてin vivoで腫瘍細胞を認識しなかった(zum Buschenfelde,C.M.,et al.,Cancer Res.62,2244−2247,April 15,2002;Disis,M.L.,et al.,J.Clin.Oncol.,11,3363−3367,1997;Jager,E.,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,97,12198−12203,2000)。この失敗は、一部には、これらのペプチドの免疫原性が弱かったことによると思われる。
抗腫瘍免疫応答においては、CTLのみならずヘルパーT細胞も決定的な役割を果たしている。ヘルパーT細胞とCTLの両方の応答を誘導することができる抗原ペプチドを同定し、それをワクチンとして導入できれば、癌免疫療法を効果的に実施できると考えられている。
かかる背景に基づいて、以下のようなHER2/neuペプチドが報告されている(Kobayashi,H.,et al.,Cancer Res.60,5228−5236,Sept.15,2000)。報告されているペプチド内のCTLエピトープのアミノ酸配列を以下に示す(括弧内の数字はCTLエピトープのアミノ酸開始位置を示す):HER1124:Tyr Val Ala Pro Leu Thr Cys Ser Pro;HER765(768):Tyr Val Met Ala Gly Val Gly Ser Pro;HER822(825):Trp Cys Met Gln Ile Ala Lys Gly Met;HER883(888):Trp Met Ala Leu Glu Ser Ile Leu Arg;HER765(768):Leu Asp Glu Ala Tyr Val Met Ala Gly;HER883(886):Ile Lys Trp Met Ala Leu Glu Ser Ile;HER605(608):Leu Ser Tyr Met Pro Ile Trp Lys Phe;HER62(65):Leu Pro Thr Asn Ala Ser Leu Ser Phe;HER648(651):Leu Thr Ser Ile Ile Ser Ala Val Val。
HER2が乳癌などの多数の癌において高レベルで発現することから、液性免疫と細胞性免疫におけるターゲットになりうるとの報告がなされている(zum Buschenfelde,C.M.,et al.,Cancer Res.62,2244−2247,April 15,2002)。HER2/neu抗原に対する細胞性および液性免疫応答は、相当の割合の乳癌ならびに卵巣癌患者に検出される(Peoples,G.E.,et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.USA,92,432−436,Jan.1995;Disis,M.L.,et al.,Cancer Res.,54,16−20,1994)。また、ヒト型化抗HER2/neu抗体であるハーセプチンが、その腫瘍がHER2/neu抗原を過剰発現している乳癌患者において腫瘍を退縮させることが報告されている(Vogel,C.L.,et al.,J.Clin.Oncol.,20,719−726,2002;Burstein,H.J.,et al.,J.Clin.Oncol.,21,46−53,2003)。
CTLエピトープペプチドとして同定されたペプチドのいくつかが、第1相臨床試験において細胞性ならびに液性免疫応答の両者を誘導する能力を有していることが(Mine,T.,et al.,Cancer Sci.,94:548−56,2003)、また細胞性免疫応答ならびに液性免疫応答の両者を誘導することができるペプチドが免疫原性を有するということが報告されている(Noguchi,M.,et al.,Prostate,57:80−92,2003)。その生物学的役割はまだ解明されていないが、ワクチン投与後の血清中の抗ペプチド抗体のレベルがペプチドワクチンを投与した進行肺癌患者の生存と非常によく相関していることが判明した(Mine,T.,et al.,Cancer Sci.,94:548−56,2003)。
以上のことから、細胞性および液性免疫応答の両者を誘導する新規なHER2/neuペプチドを同定することは、効果の高いペプチドワクチンの開発および癌免疫療法の発展に重要であろう。
【発明の開示】
そこで本発明は、HLA−A24または−A2拘束性に細胞傷害性T細胞(CTL)によって認識され、CTLを誘導し、かつ液性免疫を誘導する、ペプチドワクチンの新規候補として有用なHER2/neuペプチドを同定し、HER2/neu陽性癌患者に有効な癌免疫療法を提供することを目的としている。
本発明者らは、HER2/neu特異的な細胞性免疫および液性免疫応答を誘導するCTLエピトープペプチドを同定した。HLA−A24または−A2結合性ペプチドに対するIgGが、試験した癌患者の血清中に高頻度に検出された。また、これらペプチドが該患者の末梢血単核細胞(PBMC)中においてペプチド特異的および腫瘍反応性CTL活性を誘導することを見出し、本発明を完成した。
即ち、本発明は、
(1) 特異的な細胞傷害性T細胞を誘導し、かつ特異的な抗体を誘導するHER2/neuのHLA−A24または−A2結合性抗原ペプチドを含むポリペプチドまたは変異ポリペプチド;
(2) 抗原ペプチドがHER2342−350(配列番号1)、HER2485−493(配列番号2)、HER2553−561(配列番号3)、HER2907−915(配列番号4)、HER2444−453(配列番号5)、HER2466−474(配列番号6)、HER2484−493(配列番号7)、HER2785−794(配列番号8)、またはHER2851−859(配列番号9)である、上記(1)記載のポリペプチド;
(3) HER2342−350(配列番号1)、HER2485−493(配列番号2)、HER2553−561(配列番号3)、HER2907−915(配列番号4)、HER2444−453(配列番号5)、HER2466−474(配列番号6)、HER2484−493(配列番号7)、HER2785−794(配列番号8)、またはHER2851−85(配列番号9)である抗原ペプチド;
(4) 上記(1)または(2)記載のポリペプチドまたは請求項3記載の抗原ペプチドをコードするオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドもしくはその相補鎖である核酸配列分子;
(5) 上記(4)記載の核酸配列分子を含有するベクター;
(6) 上記(1)または(2)記載のポリペプチドまたは上記(3)記載の抗原ペプチドを特異的に認識する抗体。
(7) 上記(1)または(2)記載のポリペプチド、上記(3)記載の抗原ペプチド、または上記(4)記載の核酸配列分子を含む、特異的な細胞傷害性T細胞を誘導し、かつ特異的な抗体を誘導するための医薬組成物;
(8) 癌を処置するための、上記(7)記載の医薬組成物;
(9) 上記(1)または(2)記載のポリペプチド、上記(3)記載の抗原ペプチド、または上記(4)記載の核酸配列分子、によって特異的に誘導されるHER2/neu反応性細胞傷害性T細胞;
(10) HER2342−350(配列番号1)、HER2485−493(配列番号2)、HER2553−561(配列番号3)、またはHER2907−915(配列番号4)である抗原ペプチドとHLA−A24抗原との複合体を認識するHER2/neu反応性細胞傷害性T細胞;
(11) HER2444−453(配列番号5)、HER2466−474(配列番号6)、HER2484−493(配列番号7)、HER2785−794(配列番号8)、またはHER2851−859(配列番号9)である抗原ペプチドとHLA−A2抗原との複合体を認識するHER2/neu反応性細胞傷害性T細胞;
(12) 上記(2)記載のポリペプチドまたは上記(3)記載の抗原ペプチドを用い、HER2/neu反応性細胞傷害性T細胞を誘導する方法;
(13)上記(1)または(2)記載のポリペプチドまたは上記(3)記載の抗原ペプチドを使用して癌を処置する方法;
(14)癌の処置における上記(1)または(2)記載のポリペプチドまたは上記(3)記載の抗原ペプチドの使用に関する。
また、本発明は、本発明の核酸配列分子、および/または個体由来の試料中の該ペプチドもしくは該ポリペプチドをマーカーとして分析し、該ペプチド関連疾病を診断する診断方法に関する。
本発明のHER2/neuペプチドは、細胞性免疫ならびに液性免疫によって認識され、またそれらを惹起するので、癌ワクチンとして、あるいは該ペプチド関連疾病の診断等に有用である。
【図面の簡単な説明】
図1は、乳癌患者(Pt)3名と女性健常者(HD)1名の血清中におけるHLA−A24結合性モチーフを有するHER2/neu由来ペプチドに反応するIgGの検出を示すグラフ。
図2は、吸収試験による抗ペプチドIgGのペプチド特異性を示すグラフ。
図3は、HLA−A24結合性ペプチド刺激により誘導されるMHC拘束性細胞傷害活性を示すグラフ。
図4Aは、乳癌患者(Pt)6名の血清中におけるHLA−A2結合性モチーフを有するHER2/neu由来ペプチドに反応するIgGの検出を示すグラフ。
図4Bは、吸収試験による抗ペプチドIgGのペプチド特異性を示すグラフ。
図5Aは、HLA−A2結合性ペプチド刺激により誘導されたCTLの細胞傷害活性を示すグラフ。標的細胞としてSKOV3−A2およびSKOV3−nullを使用。
図5Bは、HLA−A2結合性ペプチド刺激により誘導されたCTLの細胞傷害活性を示すグラフ。標的細胞としてSKOV3−A2およびSKOV3−nullを使用。
図5Cは、HLA−A2結合性ペプチド刺激により誘導されたCTLの細胞傷害活性を示すグラフ。標的細胞として1−87細胞株(HLA−A2陽性)およびQG59(HLA−A2陰性)を使用。
図5Dは、HLA−A2結合性ペプチド刺激により誘導されたCTLの細胞傷害活性を示すグラフ。標的細胞として1−87細胞株(HLA−A2陽性)、QG59(HLA−A2陰性)およびPHA芽球化細胞を使用。
図6Aは、HLA−A2結合性ペプチド刺激により誘導されたCTLのMHC拘束性およびCD8T細胞依存性。標的細胞としてT2細胞(HLA−A2陽性、ATCC寄託番号:CRL−1992)を使用。
図6Bは、HLA−A2結合性ペプチド刺激により誘導されたCTLのMHC拘束性ならびにCD8T細胞依存性、およびCTLのペプチド特異的細胞傷害活性の確認。
図7は、ウェスタンブロットによる各種細胞株におけるHER2/neuタンパク質の同定。
【発明を実施するための最良の形態】
(ペプチドおよびポリペプチド)
1.本発明のペプチド
本発明の抗原ペプチドは、特異的な細胞傷害性T細胞を誘導し、かつ特異的な抗体を誘導する、HER2/neuのHLA−A24または−A2結合性ペプチドである。そのアミノ酸残基数は通常8−11個、好ましくは9−11個、より好ましくは9個または10個である。その例として、HER2342−350(配列番号1)、HER2485−493(配列番号2)、HER2553−561(配列番号3)またはHER2907−915(配列番号4)、HER2444−453(配列番号5)、HER2466−474(配列番号6)、HER2484−493(配列番号7)、HER2785−794(配列番号8)、またはHER2851−859(配列番号9)などが挙げられる。「HER2342−350」とは、HER2/neuの全アミノ酸配列のアミノ酸位置342−350に相当するペプチドを意味する。また、本明細書および図面において「HER2342−350」は、そのアミノ酸配列開始位置の番号により「HER2/neu 342」とも表記される。HER2/neuの全アミノ酸配列は受託番号P04626としてGeneBankに登録されている(配列番号10)。
「特異的な細胞傷害性T細胞を誘導し、かつ特異的な抗体を誘導する」とは、特異的な細胞性免疫および液性免疫応答を誘導することを意味する。細胞性免疫および液性免疫応答の両者を誘導しうることから、高い免疫原性を有すると言える。
また、本発明の抗原ペプチドは、上記配列番号1ないし9のいずれか1つのアミノ酸配列で示されるペプチドと、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%を超える相同性を有する変異ペプチドであってもよい。このような相同性をもつペプチドは、少なくともHLA−A24またはHLA−A2拘束性CTLによる認識性の強さを指標にして選択することができる。これらペプチドのアミノ酸数は、HLA分子と結合して抗原提示細胞表面上に提示されうる数であり、かつCTLにより認識されるエピトープペプチドとしての性質を有する数であればよく、少なくとも約8個以上、好ましくは約9個以上、さらに好ましくは9個ないし10個である。
本発明の抗原ペプチドを含むポリペプチドは、通常アミノ酸残基数8−50個、好ましくは9−30個であり、HLA−A24またはHLA−A2拘束性CTLによる認識性の強さを指標にして選択される。含まれる抗原ペプチドは、HER2342−350(配列番号1)、HER2485−493(配列番号2)、HER2553−561(配列番号3)またはHER2907−915(配列番号4)、HER2444−453(配列番号5)、HER2466−474(配列番号6)、HER2484−493(配列番号7)、HER2785−794(配列番号8)、またはHER2851−859(配列番号9)が特に好ましい。
本発明の変異ポリペプチドは、前述のポリペプチドと好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%を超える相同性を有し、HLA−A24またはHLA−A2拘束性CTLによる認識性の強さを指標にして選択されるポリペプチドである。
アミノ酸配列の相同性を決定する技術はそれ自体公知であり、例えば、アミノ酸配列を直接決定する方法、推定される塩基配列を決定後に該塩基配列に基づいてこれにコードされるアミノ酸配列を推定する方法等を用いることができる。
変異ペプチドおよび変異ポリペプチドには、本発明の抗原ペプチドまたはポリペプチドのアミノ酸配列に対して、1個ないし数個のアミノ酸を欠失、置換、付加、挿入した、あるいは誘発変異を有するアミノ酸配列からなるペプチドが含まれる。欠失、置換、付加、挿入などの変異あるいは誘発変異を導入する手段はそれ自体公知であり、例えばウルマーの手法などを利用することができる。さらに、本発明のペプチドは、その構成アミノ基もしくはカルボキシル基などを修飾するなど、機能の著しい変更を伴わない程度に改変することも可能である。
なお、本明細書において、「本発明のペプチド」と単に記載した場合、特記なき限り、本発明の抗原ペプチドならびにポリペプチドおよびそれらの変異ペプチド、変異ポリペプチドを含んでいるものと理解すべきである。
本発明のペプチドは、HLA−A24またはHLA−A2拘束性CTLにより認識され、該CTLを活性化することができ、腫瘍抗原としての機能を有する。
本発明のペプチドは、通常のペプチド化学において公知の方法により製造することができる(ペプチド合成(丸善)1975年;”Peptide Synthesis”,Interscience,New York,1996;“The Proteins”,Vol.2,Academic Press Inc.,New York,1976)。
2.本発明の抗原ペプチドの同定
本発明の抗原ペプチドは、HER2/neuのアミノ酸配列(配列番号10)の一部に相当し、かつHLA−A24または−A2結合性モチーフを有する候補ペプチドの中から、液性免疫による認識およびペプチド特異的CTLの誘導能に基づいて選択する。
液性免疫による認識は、HER2/neuのHLA−A24または−A2結合性ペプチドに反応するIgGが、乳癌患者の血清中に検出できるかどうかを調べることによって検討することができる。ペプチド特異的IgGは、血清サンプルについて、候補ペプチドを使用してELISAにより測定する。ペプチド特異的IgGは、血清サンプルを0.05%ツイーン20−ブロックエース(登録商標、MEGMILK、日本)で連続的に希釈し、希釈血清をペプチド固定プレートに添加して、二次抗体としてラビット抗ヒトIgG(γ)鎖特異的を用いて検出することができる。
ペプチド特異的CTL誘導能については、初めに、HER2/neu陽性乳癌患者からの末梢血単核細胞(PBMC)を候補ペプチドと共に培養し、対応するペプチドをパルスした標的細胞に対する、そのPBMCのIFN−γ産生能を測定する。次に、上記のIFN−γ産生を示したPBMCについて、更に標準6時間51Crリリースアッセイにてペプチドパルス標的細胞に対する傷害性を測定してペプチド特異的CTL誘導能を検討する。
3.本発明のペプチドの選択
本発明の抗原ペプチドの変異ペプチド、本発明の抗原ペプチドを含むポリペプチドおよびその変異ポリペプチドは、HLA−A24またはHLA−A2拘束性CTLによる認識性の強さを指標にして選択することができる。CTLによる認識性は、それらペプチドをパルスした標的細胞に対する、それらペプチドの基礎となる抗原ペプチドに特異的なCTLの、IFN−γ産生および細胞傷害性により評価することができる。
(核酸配列分子)
本発明の核酸配列分子は、本発明のペプチドのアミノ酸配列をコードするオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドもしくはそれらに対する相補鎖であり、少なくとも約24個以上の塩基からなる。核酸配列分子は、典型的遺伝子工学的方法に従い、例えば”Molecular Cloning”,2nd ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)のような標準的テキストの記載に従い容易に調製することができる。
本発明の核酸配列分子を含有するベクターは、遺伝子発現に常套的に用いられるベクターに本発明の核酸配列分子を組み込んだものであり、プラスミドベクターおよびウィルスベクターが含まれる。ウィルスベクターの例としては、レトロウィルス、アデノウィルス、アデノ関連ウィルス、ヘルペスウィルス、ワクチニアウィルス、ポックスウィルス、ポリオウィルス、またはシンドビスウィルス等が挙げられる。
(HER2/neu反応性CTL)
HER2/neu反応性CTLは、乳癌や卵巣癌などの患者から得たPBMCを、本発明のペプチドまたは核酸配列分子を用いてCTLエピトープペプチドを提示させた抗原提示細胞と共に培養することで誘導できる。CTLの誘導は、前述のようにIFN−γ産生および標準6時間51Crリリースアッセイにて確認する。誘導したHER2/neu反応性CTLは、本発明のペプチドの効能の測定や、また、養子免疫療法にも利用可能である
従って本発明のペプチドまたは核酸配列分子は、CTL誘導剤として使用でき、またHER2/neu反応性CTLの誘導方法に使用できるといえる。
(抗体)
本発明に係る抗体は、本発明のペプチドを免疫学的に認識することができるものであって、本発明のペプチドの抗原決定基を利用し作製することができる。この抗原決定基は、少なくとも5個、より好ましくは少なくとも8−10個のアミノ酸で構成される。このアミノ酸配列は、配列番号1ないし9に記載のアミノ酸配列と完全に相同である必要はないが、少なくともこのアミノ酸配列からなるペプチドが、CTLによる認識性を有するものであることが必要である。
本発明の抗体は、本発明のペプチドまたはその抗原決定基をアジュバントの存在または非存在下で、単独または担体に結合して、動物に対して液性免疫応答および/または細胞性免疫応答等の免疫誘導を行うことによって産生することができる。担体は、それ自体が宿主に対して有害作用をおこさなければ、特に限定されるものではなく、例えばセルロース、重合アミノ酸、アルブミン等を使用することができる。免疫される動物としては、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ウマ等が好適に用いられる。得られたポリクローナル抗体は、好ましくは免疫アフィニティークロマトグラフィー法などのそれ自体公知の抗体回収法によって血清から取得することができる。
一方、モノクローナル抗体は、上記の免疫手段が施された動物から抗体産生細胞を回収し、それ自体公知の永久増殖性細胞へ導入することによって生産することができる。このようにして得られたポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体は、精製用抗体、試薬、標識マーカー等として利用することができる。
(医薬組成物)
本発明に係る医薬組成物は、本発明のペプチド、核酸配列分子、ベクター、または抗体を、単独または複数組合せて利用することによって調製することができる。
具体的には、例えば、本発明のペプチドは、癌を処置するため、いわゆる癌ワクチンとして使用することができる。本発明のペプチドによって処置することができる癌として乳癌、卵巣癌等があげられるが、特に乳癌が好ましい。
1種類のペプチドのみでも癌ワクチンとして有効であるが、好ましくは複数種類のペプチドを組合せて使用するのがよい。癌患者のCTLは、複数の腫瘍抗原を認識する細胞の集団であるので、1種類のペプチドを癌ワクチンとして使用するよりも、複数の異なる腫瘍抗原を組合せて癌ワクチンとして使用する方が、より高い効果が得られることが期待される。腫瘍抗原を組合せて使用する場合、本発明のペプチドから選ばれるペプチドを組み合わせて使用してもよい。
また、本発明に係る癌ワクチンは、細胞性および液性免疫の賦活のために、適当なアジュバントの存在または非存在下で、単独で使用するかまたは担体に結合して使用することができる。使用する担体は、それ自体人体に対して有害作用をおこさない限り、特に限定されるものではなく、例えば、セルロース、重合アミノ酸、アルブミン等を使用することができる。剤形としては、それ自体公知のペプチド製剤の手段を応用して適宜選択できる。その投与量は、CTLによる認識性により変化するが、一般的には活性本体として0.01mg〜100mg/日/成人ヒト、好ましくは0.1mg〜10mg/日/成人ヒトである。これを数日ないし数月に1回投与する。
本発明に係る医薬組成物は、例えば、ベクターに担持させて直接体内に導入する方法またはヒトから細胞を採取して体外で導入する方法などによって利用することができる。使用できるベクターとしては、例えば、レトロウイルス、アデノウイルス、ワクシニアウイルス等が挙げられるが、レトロウイルス系が好ましい。無論これらウイルスは複製欠陥性である。その投与量は、CTLによる認識性により変化するが、一般的には、上記抗原ペプチドをコードするDNA含量として0.1μg−100mg/日/成人ヒト、好ましくは1μg−50mg/日/成人ヒトである。これを数日ないし数月に1回投与する。
以下、本発明を実施例によってより詳細に説明するが、本発明は下記実施例によって一切限定されるものではない。
【実施例】
[実施例1]
HLA−A24結合性抗原ペプチド
(材料および方法)
1.サンプルおよび細胞株
乳癌と診断された17名の患者から血清、末梢血単核細胞(PBMC)および組織を採取した。これらの乳癌組織中でのHER2/neuの発現程度を調べ、スコア0と1+の癌組織をHER2/neuに対して陰性と判断し、他方スコア2および3の癌組織をHER2/neuに対して陽性と判断した。また、PBMCと血清を9名の女性健常者(HD)から採取した。全ての血清は−80℃で保存し、PBMCは−196℃で凍結保存した。HER2/neuを発現するヒト卵巣癌細胞株SKOV3(HLA−A3/28)と、そのHLA−A24トランスフェクトSKOV3−A24は三重大学の好意により提供された(Okugawa et al.,A novel human HER2−derived peptide homologous to the mouse Kd−restricted cytotoxic T lymphocytes in ovarian cancer patients and healthy individuals)。CIR−A2402(HLA−2402トランスフェクタント細胞株)は血液細胞白血病由来突然変異細胞株であり、熊本大学の好意により提供された(Dr.Masafumi Takiguchi(Kumamoto University,Kumamoto,Japan、文献:Karaki S,et al.,HLA−B51 transgenic mice as recipients for production of polymorphic HLA−A,B−specific antibodies.Immunogenetics,37:139−142,1993.)。また、PBMCからのフィトヘマグルチニン(PHA)−芽球化T細胞は、Crリリースアッセイの標的細胞のネガティブコントロールとして使用した。
2.ペプチド特異的IgGの定量
図1に示される10個のペプチドは委託合成したものを使用した。具体的には、HER2/neu由来ペプチドであるHER28−16、HER263−71、HER2342−350(配列番号1)、HER2440−448、HER2485−493(配列番号2)、HER2553−561(配列番号3)、HER2907−915(配列番号4)、HER2968−976、HER21022−1030、HER21212−1220を本実験に用いた。
そのうちで、HER28−16とHER263−71とはHLA−A24拘束性CTLによって認識されるペプチドとして報告されている。被験者にはHIVキャリアはいなかったので、HLA−A24結合性モチーフを有するHIVペプチド(RYLRDQQLL)をネガティブコントロールとして使用した。血清中のペプチド特異的IgGレベルは、既報のようにELISAによって測定した(Ohkouchi,S.,et al.,Non−mutated tumor−rejection antigen peptides elict type−I allergy in the majority of healthy individuals.Tissue Antigen,59:259−,2002.、Kawamoto N et al.,IgG reactive to CTL−directed epitopes of self−antigens is either lacking or unbalanced in atopic dermatitis patients.Tissue Antigens,61:352−361,2003.)。
血清または血漿サンプルは、0.05%ツイーン20−ブロックエース(MEGMILK、日本)で連続的に希釈し、希釈血清(1ウェル当り100μL)をペプチド(1ウェル当り20μg)固相化NuncCovalinkプレートに添加した。抗体はウサギ抗ヒトIgG(γ鎖特異的)を用いて検出した。
ELISAの感度限度を決定するために、14名の健常者(HIV陰性)からの血清について、上記アッセイによって、ネガティブコントロールペプチドとしてのHIVペプチドの反応性を調べた。ELISAによる光密度の平均±SD値は0.040±0.030で示された。平均+SD値(0.070)をカットオフ値として決定した。血清サンプル中の抗ペプチド抗体活性の特異性を試験するために、血清サンプル(0.05%PBSTでx100倍希釈)100μl(1ウェル当り)を、プレートウェル中の固相化ペプチド(1ウェル当たり20μg/mlペプチド溶液で固相化)に37℃で2時間静置し結合させた。この結合操作を3度繰り返した後、ELISAでその活性を試験した。
3.CTL誘導
HLA−A24陽性乳癌患者8名とHLA−A24陽性健常者5名からのPBMCをCTL誘導アッセイの対象として使用した。ペプチド特異的CTLの誘導のために、既報のように(Ito,M.,S.Shichijo,Y.Miyagi,T.Kobayashi,N.Tsuda,A.Yamada,N.Saito,and K.Itoh.,Identification of SART3−derived peptides capable of inducing HLA−A2−restriced and tumor−specific CTLs in cancer patients with different HLA−A2 subtypes.Int.J.Cancer 88:633,2000.)、PBMCを96ウェルミクロカルチャープレートのウェル中で各ペプチド(10μM)を添加したIL−2含有培地200μLを用いて培養した。
培養14日目に、細胞を回収し、洗浄した後、対応するペプチドまたはネガティブコントロールペプチド(上記HIVペプチド)をパルスしたCIR−A24(HLA−A2402cDNAをトランスフェクトした、形質細胞性白血病由来変異細胞株(C1R))に応答するIFN−γ産生能について試験した。18時間培養した後、培養上清を集めてELISAにてIFN−γを測定した。陽性応答を示すPBMCを回収して更にIL−2だけと10−14日間培養して大量の細胞を得、標準6時間51Crリリースアッセイに付した。抑制試験のために、それぞれ20μg/mlの抗HLAクラスI抗体(W6/32、IgG2a)、抗HLA−A2抗体(BB7.2、IgG2b)、抗CD8抗体(Nu−Ts/c、IgG2a)、抗HLAクラスII抗体(H−DR−1、IgG2a)、抗CD4抗体(Nu−Th/i、IgG1)を用いた。抗CD14抗体(JML−H14、IgG2a)をコントロールとして使用した。Two−tailed Student’s−t試験を用いて統計学的分析を行った。
(液性免疫によって認識されるペプチドの同定)
HLA−A24結合性モチーフを有するHER2/neu由来ペプチドに反応するIgGが乳癌患者(HER2/neu陽性腫瘍の患者13名とHER2/neu陰性患者4名)と女性健常者(HD)8名の血清中に検出できるかどうかを調べた。
その結果、ペプチドHER2342−350、HER2485−493、HER2553−56、HER2907−915およびHER2968−976に反応する有意レベルのIgGがそれぞれ8名、4名、4名、3名および1名のHLA−A24陽性乳癌患者から検出された。これら陽性の血清は、その腫瘍が免疫組織化学的試験によりHER2/neu陰性であった1例(Pt10)を除いて、全てHER2/neu陽性腫瘍の患者由来のものであった。これに対して、残り5種類のペプチド(そのうちの2種類はHLA−A24拘束性CTLによって認識されると報告されているCTLエピトープペプチドである)に反応する有意レベルのIgGは全く検出されなかった。また、8名の健常者のうち、1名、4名および1名の血清からそれぞれHER263−71、HER2342−350とHER2553−561に反応する有意レベルのIgGが検出された。
4例(Pt5、9、13およびHD7)の代表的結果を図1に示し、概要を表1に示す。

抗ペプチドIgGのペプチド特異性は吸収試験により確認した。その代表的結果を図2に示す。抗HER2553−561活性は、ネガティブコントロールとして使用したHIVペプチドを含むHLA−A24結合性モチーフを有する無関係なペプチドによって吸収され、一方HLA−B4601結合性モチーフを有するHIVペプチドでは吸収されなかった。このことは、抗HER2553−561ペプチドIgGの、HLA−A24結合性モチーフを有するペプチドに対する交差反応を示唆している。
これらの知見に基づいて、HER2342−350、HER2485−493、HER253−561およびHER2907−915ペプチドおよび以前報告されたCTLエピトープペプチド(HER28−16およびHER263−71ペプチド)について、CTL誘導能を試験した(CTL誘導能は、10種類全部で行った;表1参照)。
(細胞性免疫によって認識されるペプチドの同定)
乳癌患者8名(HER2陽性腫瘍患者6名とHER2陰性腫瘍患者2名)および女性健常者(HD)5名からのPBMCを6種類のペプチド(純度90%以上):HER2342−350、HER2485−493、HER2553−561HER2907915ペプチド、HER28−16、HER263−71ペプチドまたはコントロールとしてのHIVペプチドとともにそれぞれ培養し、対応するペプチドをパルスしたC1R−A24細胞に応答したIFN−γ産生について試験をした。その結果も表1に示している。
上記8名の患者のうち、患者1名と2名において、それぞれHER28−16ならびにHER263−71がペプチドに特異的なIFN−γ産生を誘導した。また、患者4名、5名、2名および1名において、それぞれHER2342−350、HER2485−493、HER2553−561およびHER2907−915が、ペプチドに特異的なIFN−γ産生を誘導した。更にこれらペプチドのいくつかは、2、3名の健常ドナーにおいてもかかる活性を誘導した。
これらのPBMCによって産生されたIFN−γのレベルは抗クラスI抗体(W6/32)または抗CD8抗体によって有意的に抑制されるが、他の抗体によっては抑制されない。このことは、これらのCTL活性がHLAクラスI拘束性CD8陽性T細胞によって担われていることを示唆している。
更に、SKOV3−A24細胞(HLA−A24陽性、HER2/neu陽性)を標的細胞として用いて51Crリリースアッセイを行い、上記陽性応答を示すPBMCにおいて有意レベルのCTLが誘導されていることを確認した。一方、試験した全ての事例においてSKOV3細胞(HLA−A24陰性、HER2陽性)およびPHA−芽球化T細胞(HLA−A24陽性)は傷害されず、このことはこれら細胞に対するCTLが誘導されていないことを示している。2つの事例(Pt10、13)の代表的結果を図3に示す。ネガティブコントロールとしてのHIVペプチドで刺激したPBMCはかかる細胞傷害性を示さなかった。抗クラスI抗体による抑制試験により、この細胞傷害性のHLAクラスI拘束性を確認した。
以上の結果より、ペプチドHER2342−350、HER2485−493、HER253−561およびHER2907−915を、細胞性免疫および液性免疫の両者を誘導可能なHLA−A24結合性抗原ペプチドとして同定した。
[実施例2]
HLA−A2結合性抗原ペプチド
実施例1と同様の手法によりHER2/neuのHLA−A2結合性抗原ペプチドを同定した。
表2に示す12種類のペプチド(HER2444−453(配列番号5)、HER2466−474(配列番号6)、HER2484−493(配列番号7)、HER2785−794(配列番号8)およびHER2851−859(配列番号9)を含む)に対する抗体のスクリーニング結果を表2に示す。また、6例の代表的結果を図4Aに、ペプチド特異性の確認の結果を図4Bに示す。複数の血清で認識されたペプチドに関するCTL誘導の結果は表3に示す。なお、HER2/neu 369は、CTLが認識するコモンエピトープとして報告されているペプチドであり(Fisk et al.,Identification of an immunodominant peptide of HER2/neu protooncogene recognized by ovarian tumor−specific cytotoxic T lymphocyte lines.J.Exp.Med.,181:2109−2117,1995.)、本実験ではコントロールとして用いている。


また、誘導されたCTLのうち、細胞が増えた分について、51Crリリースアッセイ、および抗体およびコールド標的細胞による抑制試験を行った。51Crリリースアッセイによる細胞傷害活性の結果を図5に、抑制試験の結果を図6に示す。各種細胞株におけるHER2/neuタンパク質の発現は図7に示す。
以上の結果より、ペプチドHER2444−453、HER2466−474、HER284−493、HER2785−794、およびHER2851−859を、細胞性免疫および液性免疫の両者を誘導可能なHLA−A2結合性抗原ペプチドとして同定した。
産業上の利用の可能性
CTLエピトープペプチドに対して反応するIgGは、癌患者のワクチン投与前の血清中ならびに健常者の血清中にしばしば検出される。また、ワクチン投与後の血清中の抗ペプチド抗体レベルは、ペプチドワクチンを投与した進行肺癌患者の生存と深く相関関係を有していた。更に、これらのペプチドに反応するIgGは、アトピー性疾患を有する患者の血清中では不足しているかまたはバランスを失っているかである。癌患者における抗腫瘍免疫応答のメカニズムはいまだ明らかではないが、以上の結果は、これらペプチドに対するIgGが種々の疾患に対する宿主防御において役割を果たしていることを示唆している。
抗ペプチドIgGは、試験をした限りにおいては、ペプチドが由来したタンパク質には反応せず、またインビボ(in vivo)で腫瘍細胞の細胞増殖を直接阻害することも、腫瘍細胞に対する抗体依存性細胞傷害活性を導き出すこともなかった。したがって、本発明における抗HER2/neuペプチドIgGは、腫瘍細胞に対する直接的作用には役割を果たしていないようである。むしろ、これらの抗体は、腫瘍部位周辺の炎症反応の誘導を介して腫瘍部位に免疫適合細胞を浸潤させるのに関与していると考えられる。
本発明は、HLA−A24または−A2陽性ならびにHER2/neu陽性乳癌患者に対するHER2/neuペプチドをベースにした免疫療法に対して扉が新しく開くことができることが期待される。
【図1】

【図2】

【図3】









【図7】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
特異的な細胞傷害性T細胞を誘導し、かつ特異的な抗体を誘導するHER2/neuのHLA−A24または−A2結合性抗原ペプチドを含むポリペプチドまたは変異ポリペプチド。
【請求項2】
抗原ペプチドがHER2342−350(配列番号1)、HER2485−493(配列番号2)、HER2553−561(配列番号3)、HER2907−915(配列番号4)、HER2444−453(配列番号5)、HER2466−474(配列番号6)、HER2484−493(配列番号7)、HER2785−794(配列番号8)、またはHER2851−859(配列番号9)である、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項3】
HER2342−350(配列番号1)、HER2485−493(配列番号2)、HER2553−561(配列番号3)、HER2907−915(配列番号4)、HER2444−453(配列番号5)、HER2466−474(配列番号6)、HER2484−493(配列番号7)、HER2785−794(配列番号8)、またはHER2851−85(配列番号9)である抗原ペプチド。
【請求項4】
請求項1または2記載のポリペプチドまたは請求項3記載の抗原ペプチドをコードするオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドもしくはその相補鎖である核酸配列分子。
【請求項5】
請求項4記載の核酸配列分子を含有するベクター。
【請求項6】
請求項1または2記載のポリペプチドまたは請求項3記載の抗原ペプチドを特異的に認識する抗体。
【請求項7】
請求項1または2記載のポリペプチド、請求項3記載の抗原ペプチド、または請求項4記載の核酸配列分子を含む、特異的な細胞傷害性T細胞を誘導し、かつ特異的な抗体を誘導するための医薬組成物。
【請求項8】
癌を処置するための、請求項7記載の医薬組成物。
【請求項9】
請求項1または2記載のポリペプチド、請求項3記載の抗原ペプチド、または請求項4記載の核酸配列分子によって特異的に誘導されるHER2/neu反応性細胞傷害性T細胞。
【請求項10】
HER2342−350(配列番号1)、HER2485−493(配列番号2)、HER2553−561(配列番号3)、またはHER2907−915(配列番号4)である抗原ペプチドとHLA−A24抗原との複合体を認識するHER2/neu反応性細胞傷害性T細胞。
【請求項11】
HER2444−453(配列番号5)、HER2466−474(配列番号6)、HER2484−493(配列番号7)、HER2785−794(配列番号8)、またはHER2851−859(配列番号9)である抗原ペプチドとHLA−A2抗原との複合体を認識するHER2/neu反応性細胞傷害性T細胞。
【請求項12】
請求項2記載のポリペプチドまたは請求項3記載の抗原ペプチドを用い、HER2/neu反応性細胞傷害性T細胞を誘導する方法。
【請求項13】
請求項1または2記載のポリペプチドまたは請求項3記載の抗原ペプチドを使用して癌を処置する方法。
【請求項14】
癌の処置における請求項1または2記載のポリペプチドまたは請求項3記載の抗原ペプチドの使用。

【国際公開番号】WO2005/007694
【国際公開日】平成17年1月27日(2005.1.27)
【発行日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−511929(P2005−511929)
【国際出願番号】PCT/JP2004/010547
【国際出願日】平成16年7月16日(2004.7.16)
【出願人】(304058240)株式会社グリーンペプタイド (10)
【Fターム(参考)】