説明

ICP分析用試料導入装置及び方法

【課題】 試料溶液の切り替え時に空気を吸入せず、自吸停止や内部標準信号の長期の乱れの生じないICP分析装置の提供。
【解決手段】 試料溶液3、7の切り替え時にキャリアガス9を自動的に停止又は流量を自動的に低減させる制御手段を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析法)及びICP−OES(誘導結合プラズマ発光分析法)などによるICP分析装置に関する。より詳しくは本発明は、サンプルの切り替え時にネブライザーに対する送液を安定化することのできるICP分析装置の試料導入装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ICP分析装置は、試料溶液中の微量不純物元素の同定や定量を行うために、試料をネブライザーへと導入して霧化し、プラズマトーチへと送り込む構成を有する。図1は試料導入部分の一般的な構成を示す。ネブライザー1へアルゴンなどのキャリアガスを流すと、ネブライザー1の先端に発生する負圧によって、試料3はネブライザー1へと吸引される。吸引された試料はネブライザー1によって霧化され、これによって形成された試料エアロゾルはスプレーチャンバからプラズマトーチ4へと導入される。次いで、試料エアロゾルは高温のプラズマによってイオン化されて、図示しない後続の発光分光器(OES)や質量分析器(MS)によって検出される。ネブライザー1自身が試料溶液を吸引する機能を持たない場合や、オンラインで内部標準を添加するような場合には、図2に示すようにポンプ5が使用され、これによって試料がネブライザー1へと送り込まれる。なお5’は内部標準を添加するために用いられるポンプである。
【0003】
ICP分析で幾つかの試料を分析する場合、例えば図1に示す自吸式のシステムでは、試料3の測定終了後、サンプルチューブ2を持ち上げて(2’で示す状態)洗浄液6の入った容器に浸す(2”で示す状態)。次いでサンプルチューブ2を再度持ち上げて、次の試料7の入った容器に浸し、測定を行う。このようなプロセスが、全ての試料の測定が終わるまで繰り返される。
【0004】
特許文献1は、2口のノズル4、5を持ったネブライザー1を用い、一方から延びるチューブ6を試料液81−84の測定用に、他方から延びるチューブ7を洗浄液容器9に用いることを開示している。チューブのそれぞれに備えられたピンチバルブ61、71を交互に開閉させながらチューブ6を試料液81−84の間で移動させることにより、チューブの移動操作と移動時間を低減することが提案されている。
【0005】
特許文献2は、複数のネブライザー14を切り換えバルブ3を介してプラズマトーチ4に接続し、キャリアガスを切り換えてICP分析を行うことを開示している。また特許文献3は、ICP分析装置用のオートサンプラーを開示しており、ネブライザー1に接続しているキャピラリーチューブ2を固定とし、これに対して試料容器3を水平及び垂直方向に移動させて、より短い長さのキャピラリーチューブでもってオートサンプリングを行うことを開示している。
【特許文献1】特開平8−201294号公報
【特許文献2】特開2000−100374号公報
【特許文献3】特開2001−311736号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように自吸式で試料を切り換えて測定を行う場合、試料から試料への移動時に、サンプルチューブ内に空気が吸引され、それによって自吸が停止して測定不能になるという問題がある。本発明者の知見によれば、これは小径(例えばφ<0.3mm)のサンプルチューブに空気が吸引された結果、多数の液相、気相界面が形成され、ネブライザーの自吸引力に対する抵抗が大きくなりすぎることによる。特許文献3は部分的にはこのような問題に対処するが、キャピラリーチューブの長さを短くして流れ抵抗を小さくしただけで移動時間は短縮されていないため、空気の吸引により液相、気相界面が形成されて自吸が停止する問題は解決されていない。
【0007】
他方、特許文献1や2のようにバルブを用いて移動時にチューブを閉塞するのも一法であり、特許文献1はこれによって空気の吸引によるプラズマの不安定化が防止される旨を記載している。しかしながら、特許文献1のようにピンチバルブを用いると、サンプルチューブが変形して流量に及ぼす影響を無視できない。また特許文献2の構成は元来同一試料を異なるキャリアガスで切り換えて測定することを規定しており、試料自体の切り換えに関しては何も開示していない。
【0008】
さらに、ポンプを用いて試料に内部標準を添加している図2のような場合、試料の切り替え時に空気の吸い込みによって内部標準の信号が乱れる問題があることが判明した。この場合は試料の吸引停止といった事態は生じないが、信号が再度安定化するまで分析を待つ必要がある。これはICP分析装置の処理能力を損なうと共に、安定化までの間のエネルギーの浪費につながる。
【0009】
そこで本発明の課題は、ICP分析装置での試料から試料への切り替え時に、空気の吸引により送液が不安定化し、自吸停止に至る問題に対処することである。本発明の別の課題は、ポンプで試料を内部標準と共に吸引する構成の場合に、空気の吸引により信号が不安定化する問題に対処することである。併せて本発明は、これらの問題に対処するオートサンプラーを提供することをも課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
ICP分析用試料導入装置は、分析する試料溶液を輸送するためのサンプルチューブと、このサンプルチューブに接続され、供給されるキャリアガスによって試料を吸引する型式のネブライザーとを有する。サンプルチューブは容器内の試料溶液に浸漬され、ネブライザーにキャリアガスが供給されることによって生成される負圧によってネブライザーへと吸引される。ネブライザーは試料溶液を霧化し、ICPへと送出する。ICPとは誘導結合によって生成されるプラズマであり、試料導入部分で霧化されたエアロゾル状の試料溶液を蒸発、分解し、原子化、イオン化する。ICP−OESの場合は、これらの原子、イオンを用いて、試料中に含まれる各元素の発光強度が分光分析される。ICP−MSの場合は、試料中に含まれる各元素イオン強度が質量分析器によって測定される。これらの分析装置は、半導体の超高純度試薬や、河川水、水道水といった環境試料の元素分析に幅広く使われている。なおキャリアガスによる負圧を用いる自吸式のネブライザーは、特に低濃度の定量が必要とされ、汚染を嫌う半導体試料の分析に多く利用されている。
【0011】
本発明の一つの側面によれば、上記のような自吸式のICP分析用試料導入装置は、試料溶液の切り替え時にキャリアガスを自動的に停止し又は流量を自動的に低減させる制御手段を有する。これは例えば、試料溶液の切り替え時にマスフローコントローラの制御弁を自動的に閉じ、又は流量を絞るようにマイクロプロセッサを制御することによって実現することができる。ICP分析装置がオートサンプラーと組み合わせて構成される場合は、一つの試料溶液からサンプルチューブを引き上げる前にキャリアガスを停止し又は流量を低減させ、別の試料溶液にサンプルチューブを浸漬した後にキャリアガスを復活させるようなシーケンスを、オートサンプラーをも制御しているICP分析装置本体の制御プログラム中に導入することで、こうした制御を実現できる。キャリアガスを停止するのではなく流量を低減させる場合は、それによって生成される負圧によって、ネブライザーに空気が実質的に吸引されないように制御を行う。
【0012】
本発明の別の側面は、試料溶液を輸送するためのサンプルチューブと、このサンプルチューブに接続されたネブライザーと、サンプルチューブを介して試料溶液をネブライザーに送るための第1のポンプと、内部標準をネブライザーに送るための第2のポンプとを有するICP分析装置用のサンプリング装置に関する。内部標準法は、Y、Co、Sc、Be、Tl等の元素を標準溶液に添加して、測定元素の発光強度と内部標準元素との発光強度の比を測定元素濃度に対してプロットして検量線を作成しておき、試料溶液に同様に添加した内部標準元素の発光強度比を測定して、測定元素の定量を行う方法である。本発明においては、試料溶液の切り替え時に第1のポンプを自動的に停止させるように制御を行う。一般に、測定試料と内部標準の混合比は20:1程度とかなり大きいが、試料溶液の切り替え時に空気が吸入されると混合の平衡が大きく乱され、測定が再開されてから混合が平衡に達するまでに時間が必要になる。本発明では試料溶液の切り替え時にポンプを自動的に停止することによって混合の平衡をなるべく乱さないようにして、内部標準の信号の安定化を図っている。
【0013】
この場合にも、ICP分析装置はオートサンプラーと組み合わせて構成することができ、その場合にはやはり上述の場合と同様に、一つの試料溶液からサンプルチューブを引き上げる前に第1のポンプを停止させ、別の試料溶液にサンプルチューブを浸漬した後に第1のポンプを復活させるようなシーケンスを、制御プログラム中に導入することができる。なお通常の場合、試料溶液の切り替えは、分析用試料溶液から分析用試料溶液への切り替え、分析用試料溶液から洗浄溶液への切り替え、及び/又は洗浄溶液から分析用試料溶液への切り替えである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、試料溶液の切り替え時にキャリアガスを自動的に停止し又は流量を自動的に低減させて、自吸式のネブライザーに空気が吸い込まれないようにするよう制御することで、空気の吸い込みに起因して自吸が停止する問題を解決することができる。またポンプを用いて内部標準をオンラインで添加している場合は、やはり試料溶液の切り替え時にポンプを自動的に停止させることにより、空気の吸い込みにより内部標準の信号が長期にわたって乱れる問題を解決し、分析時間の短縮を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
図1及び図2を用いて、本発明の実施形態を説明する。まず図1に示すように、ネブライザー1が自吸式の場合、マスフローコントローラ8によって、管路9を介して、図示しないボンベからアルゴンなどのキャリアガスを流す。するとネブライザー1の先端に負圧が発生し、これによって試料3はネブライザー1へと吸引され、霧化されて、後続のスプレーチャンバからプラズマトーチ4へと導入される。次いで試料エアロゾルは高温のプラズマによって原子化、イオン化されて、図示しない後続の発光分光器(OES)や質量分析器(MS)によって検出される。先に図1で説明したように、試料の切り替え時に単にサンプルチューブ2を移動させると、空気の吸引によってチューブ内に多数の液相/気相界面が形成される。この数が例えば20〜30個のように多くなると、自吸に対する流れ抵抗が大きくなり、自吸が停止してしまう問題がある。特に自吸送液が一般的に使用される半導体試料の分野では、この問題が多数報告されている。
【0016】
図1の例では、ネブライザー1は吸い込み用のノズルを一つだけ有し、そこにサンプルチューブ2が接続されている。試料3の測定が終了し、サンプルチューブ2を試料3から引き上げる前に、マスフローコントローラ8を制御してキャリアガスを停止させる。なおマスフローコントローラ8は、冷却ガス、補助ガスなどの他のガス流路を制御するマスフローコントローラと共に、図示しないマイクロプロセッサなどによって制御されている。キャリアガスの停止によって、サンプルチューブ2を洗浄液6に漬けるまでの間に、サンプルチューブ2が空気を吸い込むことはない。従って空気の吸い込みによってチューブの流れ抵抗が大きくなり、自吸が停止する問題は解決される。図3は、図1の構成をオートサンプラーに適用した場合の制御シーケンスを部分的に示す。(a)は従来のシーケンスを示し、(b)は本発明に適合させたシーケンスを示す。従来のシーケンス中に、キャリアガス、即ちネブライザーガスを停止させ、また復活させる手順を組み込むことによって、本発明をオートサンプラーによって容易に実現できる。
【0017】
図2の例では、一般に環境試料の分析において用いられるように、内部標準として例えばイットリウムなどの元素をポンプ5’によって試料にオンラインで添加している。試料溶液の切り替え時には、試料溶液をネブライザー1に送るためのポンプ5が自動的に停止される。ポンプ5 ’については、止めても止めなくても、今回の問題解決にはどちらでも良いが、内部標準溶液の消費量節減やサンプルとの濃度比を出来るだけ安定させておくことを考慮すると、ポンプ5と共に停止した方がより好ましい。又図2ではポンプ5と5 ’の2台の独立したポンプが示されているが、通常用いられるペリスタルティックポンプの場合、1台のポンプに2連のチューブをセットし、試料溶液と内部標準溶液を1台のポンプで送液することが、一般的に行われており、この場合は自動的に試料溶液と内部標準溶液、両方の送液が停止することになる。この制御シーケンスも、図2(b)と同様にしてオートサンプラーで容易に実現可能である。
【実施例1】
【0018】
図4は、図2のようにしてオンラインで内部標準を添加する場合に、試料溶液の切り替えによる置換時に、ポンプ5を停止して空気を吸い込まないようにした方が内部標準信号の安定が早いことを示す実験結果である。セリウム10ppbという濃度の同じ試料溶液A及びBを用い、AからBへと試料溶液を切り替えた場合に、セリウムの信号変化と内部標準(イットリウム)の信号変化を、切り替え時にポンプ5を停止させた場合と停止させない場合とで比較した。試料溶液の置換後に、セリウムの信号は920sec頃から上がり始め、5秒程度で安定するが、この場合にポンプ5の停止の有無によって差は見られない。しかしながら内部標準の信号は、ポンプ5を停止しない場合には大きく乱れ、再度安定するまでにより長い時間が必要である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】自吸式のネブライザーを用いたICP分析用試料導入装置を概略的に示す説明図である。
【図2】ポンプを用いてオンラインで内部標準を添加するICP分析用試料導入装置を概略的に示す説明図である。
【図3】自吸式のネブライザーを用い、オートサンプラーと組合せた時の制御シーケンスを部分的に示す流れ図である。
【図4】オンラインで内部標準を添加する場合について、ポンプの停止の有無による信号変化の相違を示すグラフである。
【符号の説明】
【0020】
1 ネブライザー
2 サンプルチューブ
3、7 試料
4 プラズマトーチ
5、5’ ポンプ
6 洗浄液
8 マスフローコントローラ
9 キャリアガス管路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液を輸送するためのサンプルチューブと、このサンプルチューブに接続され、供給されるキャリアガスによって試料溶液を吸引する型式のネブライザーとを有するICP分析用試料導入装置において、試料溶液の切り替え時にキャリアガスを自動的に停止又は流量を自動的に低減させる制御手段を有することを特徴とする、ICP分析用試料導入装置。
【請求項2】
前記制御手段が、キャリアガスを自動的に停止又は流量を自動的に低減させた後に一つの試料溶液からサンプルチューブを引き上げ、別の試料溶液にサンプルチューブを浸漬した後にキャリアガスを自動的に復活させることを特徴とする、請求項1に記載のICP分析用試料導入装置。
【請求項3】
試料溶液を輸送するためのサンプルチューブと、このサンプルチューブに接続されたネブライザーと、サンプルチューブを介して試料溶液をネブライザーに送るための第1のポンプと、内部標準をネブライザーに送るための第2のポンプとを有するICP分析用試料導入装置において、試料溶液の切り替え時に前記第1のポンプを自動的に停止させる制御手段を有することを特徴とする、ICP分析用試料導入装置。
【請求項4】
前記制御手段が、前記第1のポンプを自動的に停止させた後に一つの試料溶液からサンプルチューブを引き上げ、別の試料溶液にサンプルチューブを浸漬した後に前記第1のポンプを自動的に復活させることを特徴とする、請求項3に記載のICP分析用試料導入装置。
【請求項5】
前記試料溶液の切り替えが、分析用試料溶液から分析用試料溶液への切り替え、分析用試料溶液から洗浄溶液への切り替え、及び/又は洗浄溶液から分析用試料溶液への切り替えである、請求項1から4の何れかに記載のICP分析用試料導入装置。
【請求項6】
オートサンプラーと組み合わせて構成されている、請求項1から5の何れかに記載のICP分析用試料導入装置。
【請求項7】
供給されるキャリアガスによって試料溶液を吸引する型式のネブライザーへサンプルチューブを介して複数の試料溶液を順次導入してICP分析を行う方法において、試料溶液の切り替え時にキャリアガスを自動的に停止又は流量を自動的に低減させる手順を含むことを特徴とする方法。
【請求項8】
試料溶液の切り替えが、キャリアガスを自動的に停止又は流量を自動的に低減させた後に一つの試料溶液からサンプルチューブを引き上げ、別の試料溶液にサンプルチューブを浸漬した後にキャリアガスを自動的に復活させる手順を含んで行われる、請求項7の方法。
【請求項9】
第1のポンプによりサンプルチューブを介してネブライザーへ複数の試料溶液を順次送り、第2のポンプにより内部標準をネブライザーへ送ることによりICP分析を行う方法において、試料溶液の切り替え時に前記第1のポンプを自動的に停止させる手順を含むことを特徴とする方法。
【請求項10】
試料液の切り替えが、前記第1のポンプを自動的に停止させた後に一つの試料溶液からサンプルチューブを引き上げ、別の試料溶液にサンプルチューブを浸漬した後に前記第1のポンプを自動的に復活させる手順を含んで行われる、請求項9の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−66312(P2006−66312A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−249668(P2004−249668)
【出願日】平成16年8月30日(2004.8.30)
【出願人】(392016317)横河アナリティカルシステムズ株式会社 (3)
【Fターム(参考)】