説明

ITO層を有する生体物質固定化用担体

【課題】異なる波長の複数のレーザー光で励起して蛍光シグナルを検出する生体物質の分析方法において、レーザー光の照射に対し自家蛍光の低い基板担体を提供する。
【解決手段】基板と、基板上に設けたITO層とを有し、表面に生体物質と特異的に結合する官能基をさらに有する、生体物質固定化用担体を用いて生体物質を含む試料を分析する。ITO層を有する基板担体を用いることにより、基板からのバックグラウンド自家蛍光を低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ITO層を有する生体物質固定化用担体、及び該担体を用いて生体物質を含む試料を分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲノム解析の進展により、種々の生物の生理反応に関与する生体物質が解明されてきた。これら生体物質には、核酸、蛋白質、糖鎖、細胞などがあり、機能や構造等が解明されたものは、創薬や臨床検査、食品検査、環境検査などの各種産業用途に利用される。
【0003】
臨床検査を始めとする検査では、以下の方法が一般的によく採用される。すなわち、検出したい生体物質(以下、アナライトと呼称する)と特異的に結合するプローブ物質(以下、リガンドと呼称する)を担体上に固定したデバイスに検体を接触させると、検体にアナライトが存在する場合、リガンドと結合してアナライトが担体上に捕捉されるので、この補足されたアナライトが検出される。上記のような検査方法においても、近年、高速化、自動化が求められ、数百〜数万の生体物質を同時に網羅的に計測する検出方法が要望されるようになり、生体物質固定の集積化技術、いわゆる、MEMS技術を用いたデバイス設計が可能となり、いわゆるマイクロアレイとして、創薬研究やバイオ研究における網羅的解析に用いられている。デバイスとしてのマイクロアレイは、担体上に固定されるプローブ物質の種類により、DNAマイクロアレイ(DNAチップとも呼ばれる)、蛋白質マイクロアレイ(蛋白質チップとも呼ばれる)、細胞マイクロアレイ(細胞チップとも呼ばれる)等がある。解析は、プローブ物質を固定化した担体に、例えば、予め蛍光色素で標識した生体物質を含む試料を接触させ、その後に担体を洗浄してから励起レーザー光を照射して蛍光色素が発する蛍光シグナルを検出することにより、試料に含まれる生体物質を同定又は定量することにより実施する。蛍光色素としてCy3及びCy5が主に使用されており、単独使用での試験はもちろん、複数の蛍光色素を用いて生体物質をそれぞれ標識して比較試験を行うこともできる。
【0004】
しかしこれらの試験を行う場合、生体物質を固定化する担体として、自家蛍光の低い担体を使用する必要がある。自家蛍光が高い場合、バックグラウンドノイズとなり目的とする蛍光シグナルを得ることができない。特に、異なる波長の複数のレーザー光で励起する場合は、いずれの波長のレーザー光を照射しても自家蛍光の低い担体を使用しなければならない。
【0005】
特許文献1では、検体の蛍光シグナルと自家蛍光を分離する方法が提案されているが、自家蛍光を防止する策ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−181708号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、生体物質固定化用の担体として、シリコン担体及びシリコン基板上にDLC層を設けた担体について励起レーザー光による自家蛍光を測定したところ、Cy5の励起波長に対応するレーザー光に対する自家蛍光を高くはないものの、Cy3の励起波長に対応するレーザー光に対する自家蛍光が高く、蛍光標識としてCy3とCy5を用いる分析方法において精確な測定結果が得られないという問題があることを見出した。
【0008】
従って、本発明は、異なる波長の複数のレーザー光で励起して蛍光シグナルを検出する生体物質の分析方法において、レーザー光の照射に対し自家蛍光の低い担体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、生体物質固定化担体を用い、担体にレーザー光を照射して蛍光シグナルを検出する分析方法において、基板上にITO層を設けた担体を用いることにより、異なる波長の複数の励起レーザー光に対し自家蛍光を低減させ、蛍光シグナル検出の測定精度を向上できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)基板と、基板上に設けたITO層とを有し、表面に生体物質と特異的に結合する官能基をさらに有する、生体物質固定化用担体。
(2)ITO層が、InにSnOを添加したターゲットを用いてスパッタリング法により基板上に形成されたものである、(1)記載の生体物質固定化用担体。
(3)ITO層上に静電層をさらに有する、(1)又は(2)記載の生体物質固定化用担体。
【0011】
(4)生体物質と特異的に結合する官能基が活性エステル基である、(1)〜(3)のいずれかに記載の生体物質固定化用担体。
(5)波長500nm〜650nmのレーザー光を照射して蛍光色素の蛍光シグナルを測定することを含む分析方法に使用するための、(1)〜(4)のいずれかに記載の生体物質固定化用担体。
【0012】
(6)ITO層がInに5〜10wt%のSnOを添加したターゲットを用いてスパッタリング法により基板上に形成されたものであり、5nMのCy3標識オリゴDNAを担体上に固定化して波長532nmのレーザー光を照射したときに、担体の自家蛍光値が蛍光色素の蛍光シグナルに比べ1/2以下であることを特徴とする、(1)〜(5)のいずれかに記載の生体物質固定化用担体。
(7)(1)〜(6)のいずれかに記載の担体に生体物質が固定化されてなる、生体物質固定化担体。
【0013】
(8)(7)記載の生体物質固定化担体を用いて、蛍光標識された生体物質を含む試料を分析する方法であって、
担体に試料を接触させることにより、蛍光標識された生体物質と担体に固定化された生体物質とを相互作用させる相互作用工程、
担体を洗浄することにより、担体に固定化された生体物質と相互作用しなかった生体物質を除去する洗浄工程、及び
担体に波長500nm〜650nmのレーザー光を照射して蛍光を検出する検出工程
を含む、前記方法。
【0014】
(9)Cy3及びCy5の少なくとも2種類の蛍光色素を用いて蛍光標識された生体物質を含む試料を分析する方法であり、Cy3を励起させる532nm及びCy5を励起させる635nmの波長を含むレーザー光を照射する、(8)記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、生体物質固定化担体を用い、担体にレーザー光を照射して蛍光シグナルを検出する分析方法において、基板上にITO層を設けた担体を用いることにより、異なる波長の複数の励起レーザー光に対し自家蛍光を低減させ、蛍光シグナル検出の測定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】各担体の自家蛍光の測定結果を示す。
【図2】担体に蛍光標識したオリゴDNAを固定化し、レーザー光を照射して撮影した蛍光画像を示す。
【図3】担体に蛍光標識したオリゴDNAを固定化し、レーザー光を照射して蛍光強度を測定した結果を示す。
【図4】担体に蛍光標識したオリゴDNAを固定化し、レーザー光を照射して蛍光強度のS/N比を測定した結果を示す。
【図5】Cy3で標識したオリゴDNAを水に溶解させたもの又は水を担体に滴下し、レーザー光を照射して撮影した蛍光画像、該蛍光画像から測定した蛍光強度及びS/N比を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の生体物質固定化用担体は、基板と、基板上に設けたITO層とを有し、表面に生体物質と特異的に結合する官能基をさらに有することを特徴とする。
【0018】
本発明において生体物質には、DNA及びRNAなどの核酸、ポリペプチド、糖鎖、細胞、これらの複合体、並びにこれらとその他の分子との複合体などが包含される。本発明において、ポリペプチドには、ペプチド、オリゴペプチド及びタンパク質が包含されるものとする。ポリペプチドを固定化する場合、本発明の担体は、通常1〜1000kDa、好ましくは1〜200kDaのポリペプチドの固定化に好適に用いられる。また、核酸を固定化する場合、本発明の担体は、通常3〜5000塩基、好ましくは10〜1000塩基の核酸の固定化に好適に用いられる。また、糖鎖を固定化する場合、本発明の担体は、通常1〜100糖、好ましくは1〜30糖の糖鎖の固定化に好適に用いられる。
【0019】
基板上へのITO(酸化インジニウムスズ)層の形成は、公知の方法で行うことができる。例えば、マイクロ波プラズマCVD(Chemical vapor deposit)法、ECRCVD(Electric cyclotron resonance chemical vapor deposit)法、ICP(Inductive coupled plasma)法、直流スパッタリング法、ECR(Electric cyclotron resonance)スパッタリング法、イオン化蒸着法、アーク式蒸着法、レーザー蒸着法、EB(Electron beam)蒸着法、抵抗加熱蒸着法などが挙げられる。好ましくはITO層は、InにのSnOを添加したターゲットを用いてスパッタリング法により基板上に形成することができる。Inに5〜10wt%のSnOを添加したターゲットを用いることが好ましい。
【0020】
ITO層の厚さは、通常、単分子層〜100μm程度であり、薄すぎると下地基板の表面が局部的に露出する可能性があり、逆に厚くなると生産性が悪くなるので、好ましくは2nm〜1μm、より好ましくは5nm〜500nmである。
【0021】
一実施形態において、本発明の担体におけるITO層は、Inに5〜10wt%のSnOを添加したターゲットを用いてスパッタリング法により基板上に形成されたものであり、5nMのCy3標識オリゴDNAを担体上に固定化して波長532nmのレーザー光を照射したときに、自家蛍光値は蛍光色素(Cy3)の蛍光値に比べ1/2以下、好ましくは1/3以下となる。
【0022】
ITO層を形成する下地となる基板としては、当技術分野で公知のものを使用でき、特に制限されない。例えば、白金、白金黒、金、パラジウム、ロジウム、銀、水銀、タングステン及びそれらの化合物などの貴金属、及びグラファイト、カーボンファイバーに代表される炭素などの導電体材料;単結晶シリコン、アモルファスシリコン、炭化ケイ素、酸化ケイ素、窒化ケイ素などに代表されるシリコン材料、SOI(シリコン・オン・インシュレータ)などに代表されるこれらシリコン材料の複合素材;ガラス、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミナ、サファイア、セラミクス、フォルステライト、感光性ガラスなどの無機材料;ポリエチレン、エチレン、ポリプロビレン、環状ポリオレフィン、ポリイソブチレン、ポリエチレンテレフタレート、不飽和ポリエステル、含フッ素樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリビニルアセタール、アクリル樹脂、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、アセタール樹脂、ポリカーボネート、ポリアミド、フェノール樹脂、ユリア樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、スチレン・アクリロニトリル共重合体、アクリロニトリル・ブタジエンスチレン共重合体、ポリフェニレンオキサイド及びポリスルホンなどの有機材料等が挙げられる。基板の形状も特に制限されないが、好ましくは平板状である。
【0023】
本発明の担体をマイクロアレイに用いる場合は、集積化の観点から、微細な平板状の構造を有する基板、例えば2〜5mm四方の平板状の基板が好ましく用いられる。そして、微細な平板状の構造を製造しやすいことから、シリコン材料や樹脂材料からなる基板を用いるのが好ましく、特に単結晶シリコンからなる基板がより好ましい。単結晶シリコンには、部分部分でごくわずかに結晶軸の向きが変わっているものや(モザイク結晶と称される場合もある)、原子的尺度での乱れ(格子欠陥)が含まれているものも包含される。
【0024】
本発明の担体においては、ITO層上に静電層が設けられていることが好ましい。静電層は、例えば、アミノ基含有化合物など正荷電を有する化合物を用いて形成することができる。
【0025】
アミノ基含有化合物としては、非置換のアミノ基(−NH)、又は炭素数1〜6のアルキル基等で一置換されたアミノ基(−NHR;Rは置換基)を有する化合物、例えば、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、n−プロピルアミン、モノメチルアミン、ジメチルアミン、モノエチルアミン、ジエチルアミン、アリルアミン、アミノアゾベンゼン、アミノアルコール(例えば、エタノールアミン)、アクリノール、アミノ安息香酸、アミノアントラキノン、アミノ酸(グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、プロリン、シスチン、グルタミン酸、アスパラギン酸、グルタミン、アスパラギン、リシン、アルギニン、ヒスチジン)、アニリン、又はこれらの重合体(例えば、ポリアリルアミン、ポリリシン)や共重合体;4,4’,4”-トリアミノトリフェニルメタン、トリアムテレン、スペルミジン、スペルミン、プトレシン、ポリアリルアミンなどのポリアミン(多価アミン)が挙げられる。
【0026】
例えば、静電層は、ITO層を形成した基板を、アミノ基含有化合物を含有する溶液中、好ましくはポリアリルアミン、ポリリシン、4,4',4"-トリアミノトリフェニルメタン及びトリアムテレン等の多価アミンを含有する溶液中に浸漬することにより形成することができる。前記溶液の溶媒としては、例えば、水、N−メチルピロリドン、エタノールが挙げられる。アミノ基含有化合物としてポリアリルアミンを含有する溶液を用いると、基板との密着性に優れ、生体物質の固定化量がより向上する。ITO層を形成した基板上に、アンモニアガス雰囲気下、プラズマ法でアミノ基を導入することにより静電層を形成することもできる。あるいは、ITO層を形成した基板に、場合により塩素ガス中で紫外線照射して表面を塩素化し、次いでアミノ基含有化合物のうち、例えば、ポリアリルアミン、ポリリシン、4,4',4"-トリアミノトリフェニルメタン、トリアムテレン等の多価アミンを反応させてアミノ基を導入することにより静電層を形成することもできる。ITO層を形成した基板を、場合により塩素化した後、アンモニアガス中でUV照射してアミノ基を導入することにより静電層を形成してもよい。静電層の厚みは、1nm〜500μmであることが好ましい。
【0027】
本発明の担体はまた、その表面に生体物質と特異的に結合する官能基を有する。官能基を導入することにより、生体物質を担体に強固に固定化できる。導入する官能基は、当業者であれば適宜選択することができ、特に制限されないが、例えば、アミノ基、カルボキシル基、エポキシ基、ホルミル基、ヒドロキシル基、金属キレート、及び活性エステル基が挙げられる。
【0028】
アミノ基の導入は、例えば、アミノ基含有化合物を用いた静電層の形成について上述した方法により実施することができる。
【0029】
カルボキシル基の導入は、例えば、前記のように導入したアミノ基に適当な化合物を反応させることにより実施できる。カルボキシル基を導入するために用いられる化合物としては、例えば、式:X−R−COOH(式中、Xはハロゲン原子、Rは炭素数10〜12の2価の炭化水素基を表す。)で示されるハロカルボン酸、例えば、クロロ酢酸、フルオロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸、2−クロロプロピオン酸、3−クロロプロピオン酸、3−クロロアクリル酸、4−クロロ安息香酸;式:HOOC−R−COOH(式中、Rは単結合又は炭素数1〜12の2価の炭化水素基を表す。)で示されるジカルボン酸、例えば、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、フタル酸;ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、トリメリット酸、ブタンテトラカルボン酸などの多価カルボン酸;式:R−CO−R−COOH(式中、Rは水素原子又は炭素数1〜12の2価の炭化水素基、Rは炭素数1〜12の2価の炭化水素基を表す。)で示されるケト酸又はアルデヒド酸;式:X−OC−R−COOH(式中、Xはハロゲン原子、Rは単結合又は炭素数1〜12の2価の炭化水素基を表す。)で示されるジカルボン酸のモノハライド、例えば、コハク酸モノクロリド、マロン酸モノクロリド;無水フタル酸、無水コハク酸、無水シュウ酸、無水マレイン酸、無水ブタンテトラカルボン酸などの酸無水物が挙げられる。
【0030】
エポキシ基の導入は、例えば、前記のように導入したアミノ基に適当な多価エポキシ化合物を反応させることによって実施できる。
【0031】
ホルミル基の導入は、例えば、前記のように導入したアミノ基に、グルタルアルデヒドを反応させることにより実施できる。
【0032】
ヒドロキシル基の導入は、例えば、塩素化した後、水を反応させることにより実施できる。
【0033】
活性エステル基は、エステル基のアルコール側に酸性度の高い電子求引性基を有して求核反応を活性化するエステル群、すなわち反応活性の高いエステル基を意味する。エステル基のアルコール側に、電子求引性の基を有し、アルキルエステルよりも活性化されたエステル基である。活性エステル基は、アミノ基、チオール基、水酸基等の基に対する反応性を有する。さらに具体的には、フェノールエステル類、チオフェノールエステル類、N−ヒドロキシアミンエステル類、シアノメチルエステル、複素環ヒドロキシ化合物のエステル類等がアルキルエステル等に比べてはるかに高い活性を有する活性エステル基として知られている。活性エステル基としては、具体的には、p−ニトロフェニル基、N−ヒドロキシスクシンイミド基、コハク酸イミド基、フタル酸イミド基、5−ノルボルネン−2,3−ジカルボキシイミド基等が挙げられ、特に、N−ヒドロキシスクシンイミド基が、生体物質、特に核酸を固定化する上で好ましい。
【0034】
活性エステル基の導入は、例えば、前記のように導入したカルボキシル基を、シアナミドやカルボジイミド(例えば、1−[3−(ジメチルアミノ)プロピル]−3−エチルカルボジイミド)などの脱水縮合剤とN−ヒドロキシスクシンイミドなどの化合物で活性エステル化することにより実施できる。この処理により、アミド結合を介して炭化水素基の末端に、N−ヒドロキシスクシンイミド基等の活性エステル基が結合した基を形成することができる(例えば、特開2001−139532号公報)。
【0035】
DNA及びRNA等の核酸を固定化する場合は、アミノ基、エポキシ基、カルボジイミド基、ホルミル基又は活性エステル基を導入するのが好ましい。ポリペプチドを固定化する場合は、アミノ基、カルボジイミド基、エポキシ基、ホルミル基、金属キレート又は活性エステル基を導入するのが好ましい。金属キレートを導入した担体を使用すると、ポリヒスチジン配列等の金属イオンと親和性のある標識を有するポリペプチドを効果的かつ安定に固定化することができる。
【0036】
本発明はまた、上記のとおりの本発明の担体に生体物質を固定化してなる生体物質固定化担体にも関する。本発明の担体に生体物質を固定化する方法は、特に制限されない。例えば、生体物質をバッファーに溶解して溶液を作成し、これに上記のような担体を浸漬することによって、担体表面に生体物質を固定化することができる。浸漬は、通常、0〜98℃、好ましくは4℃〜80℃で、通常、1分〜24時間、好ましくは10分〜1時間行う。この場合、一定時間浸漬した後、担体を洗浄することによって、固定化されていない生体物質を除去することができる。また、スポッターといわれる装置を使用することによって、多種類の生体物質を担体の表面に固定化できる。スポッターを用いる場合には、例えば、スポッターで生体物質溶液を担体上にスポットした後、加熱したオーブン中で一定時間ベーキングを行い、その後洗浄によって固定していない分子を除去する。スポッター装置を用いることにより他種類の生体物質を担体上の異なる位置に固定化できるため一度に多数の試験を実施することができる。
【0037】
本発明はまた、生体物質固定化担体を用いて、蛍光標識された生体物質を含む試料を分析する方法にも関する。当該方法は、
担体に試料を接触させることにより、蛍光標識された生体物質と担体に固定化された生体物質とを相互作用させる相互作用工程、
担体を洗浄することにより、担体に固定化された生体物質と相互作用しなかった生体物質を除去する洗浄工程、及び
担体に波長500nm〜650nmのレーザー光を照射して蛍光を検出する検出工程
を含む。
【0038】
生体物質の相互作用には、例えば、タンパク質間の相互作用、タンパク質とポリペプチドの相互作用、核酸間の相互作用、タンパク質と核酸の相互作用、タンパク質と化合物との相互作用などが包含され、好ましくは生体物質間の特異的相互作用である。より具体的には、核酸相補鎖間のハイブリダイゼーション、抗原と抗体又はその断片との反応、酵素と基質又は阻害剤の結合反応、リガンドとレセプターの結合反応、アビジンとビオチンの結合反応、核酸と転写因子の結合反応、細胞接着因子の結合反応、糖鎖とタンパク質の結合反応、脂肪鎖とタンパク質の結合反応、リン酸基とタンパク質の結合反応、補欠因子とタンパク質の結合反応などが挙げられる。本発明の方法は、担体に固定化されたDNAと、試料中の蛍光標識されたDNAとのハイブリダイゼーションの検出に特に好適に用いられる。
【0039】
生体物質の蛍光標識は、当技術分野で公知の方法により実施できる。蛍光色素としては、Cy3及びCy5などのCyDye、FITC、RITC、ローダミン、テキサスレッド、TET、TAMRA、FAM、HEX、ROX、Alexa Flourなどが挙げられるが、Cy3及びCy5が好ましい。
【0040】
本発明のITO層を有する担体は、レーザー光、特に波長500nm〜650nmのレーザー光、特に波長532〜640nmのレーザー光を照射した場合に、自家蛍光が少ないという利点を有する。従って、波長500nm〜650nm、好ましくは波長532〜640nmのレーザー光を照射して励起することにより蛍光色素の蛍光シグナルを測定することを含む分析方法に好適に使用することができる。従って、蛍光色素として、波長532nmで励起されるCy3及び波長635nmで励起されるCy5を用いる分析方法において、特に好適に用いることができる。また、Cy3を励起する波長及びCy5を励起する波長の双方において自家蛍光が少ないことから、Cy3及びCy5の少なくとも2種類の蛍光色素を用いて蛍光標識された生体物質を含む試料を分析する方法において、Cy3を励起させる532nm及びCy5を励起させる635nmの波長を含むレーザー光を照射して蛍光シグナルを検出する場合に、本発明の担体を有利に用いることができる。ここで、Cy3及びCy5の少なくとも2種類の蛍光色素を用いて蛍光標識された生体物質を含む試料とは、通常、Cy3を用いて蛍光標識された生体物質及びCy5を用いて蛍光標識された生体物質の少なくとも2種類を、同時に又は別々に含む試料をさし、当該試料は、別の蛍光色素で標識された生体物質をさらに含んでいてもよい。互いに異なる蛍光色素によって標識された生体物質を含む試料を複数種類用意し、これらを同時に用いることにより、一個の担体上で発現量の比較や定量を行うことができる。
【0041】
蛍光を検出するための検出器としては、例えば、蛍光レーザー顕微鏡、冷却CCDカメラ及びコンピュータを連結した蛍光スキャニング装置が用いられ、担体上の蛍光強度を自動的に測定することができる。CCDカメラの代わりに共焦点型又は非焦点型のレーザーを用いてもよい。これにより、画像データが得られる。得られたデータから、担体上に固定化された生体物質と相互作用した生体物質を同定することができる。核酸のハイブリダイゼーションを検出することにより、遺伝子発現プロファイルを作成したり、ポリヌクレオチド試料の塩基配列を決定することもできる。さらに、データ解析ソフトや外部データベースを利用することにより、遺伝子の変異や多型などのより複雑な解析を行うことも可能である。
【実施例】
【0042】
(実施例1)担体の製造
(1)シリコン基板上にITO層を有する担体の製造
P型(100)、抵抗率:1〜10Ω・cmのシリコン基板((株)新陽製)上に、ITO(Inに8%のSnOを添加したもの)をターゲットとして、スパッタ法によって、Forward Power 200W、Reflective Power 25W、作動圧6×10―3torrでITO層を形成した。形成されたITO層の膜厚は100nm程度であった。
【0043】
続いてポリアリルアミン水溶液(0.1g/l)に浸漬することによりアミノ化し(静電層の形成)、続いて、ポリアクリル酸を反応させ、0.1Mリン酸緩衝液(pH6)に0.1Mの1−[3−(ジメチルアミノ)プロピル]−3−エチルカルボジイミドと20mMのN−ヒドロキシスクシンイミドを溶解した反応液中に30分間浸漬することにより化学処理し、ITO層を有するシリコン基板上に、静電層及び活性エステル基を導入した。
【0044】
(2)シリコン基板上にDLC層を有する担体の製造
シリコン基板((株)新陽製、前掲)上に、メタンガス97.5体積%と水素2.5体積%を混合したガス(総流量100sccm)を原料として、イオン化蒸着法によって、加速電圧0.5kV、作動圧8Paでダイヤモンドライクカーボン(DLC)層を10nmの厚みに形成した。その後、アンモニアガス雰囲気(30sccm)でプラズマ法(作動圧3Pa、バイアス0.5kV)により10分間アミノ化し(静電層の形成)、ポリアクリル酸を反応させ、0.1Mリン酸緩衝液(pH6)に0.1Mの1−[3−(ジメチルアミノ)プロピル]−3−エチルカルボジイミドと20mMのN−ヒドロキシスクシンイミドを溶解した反応液中に30分間浸漬することにより化学処理し、DLC層を有するシリコン基板上に、静電層及び活性エステル基を導入した。
【0045】
(実施例2)各担体の自家蛍光の測定
石英ガラス基板、シリコン(Si)基板、実施例1で製造したシリコン基板上にITO層を有する担体(ITO/Si)、シリコン基板上にDLC層を有する担体(DLC/Si)、ホウケイ酸ガラス基板(テンパックス(登録商標);SCHOTT社)、ホウケイ酸ガラス基板上にITO層を有する担体(ITO/テンパックス)について、自家蛍光を測定した。富士写真フィルム社製FLA8000(PMT50%)で自家蛍光を検出し、数値はGenePixで測定を行った。測定波長は、蛍光色素Cy3及びCy5に対応する2波長域(593±40nm及び692±40nm)(Cy3及びCy5の励起波長に対応する532nm及び635nmのレーザー光を照射した)で行った。表1及び図1に各担体の自家蛍光の測定結果を示す。
【0046】
測定結果より、ITO層を設けることで担体の自家蛍光、特に蛍光色素Cy3に対応する波長における自家蛍光を低減できることがわかった。また、ITO層を有する担体はCy5に対応する波長においても自家蛍光が低く、この波長域において自家蛍光が低いこともわかった。
【0047】
【表1】

【0048】
(実施例3)S/N比の測定
実施例1で製造したシリコン基板上にITO層を有する担体(ITO/Si)及びシリコン基板上にDLC層を有する担体(DLC/Si)に、Cy3で標識したオリゴDNA(22mer)とCy5で標識したオリゴDNA(22mer)の溶液(5nM〜10μM)をそれぞれスポットし、80℃で1時間ベーキングし、洗浄液(2×SSC/0.2×SDS)で15分間室温にて洗浄し、続いて同じ洗浄液で10分間熱洗浄(60℃以上)を行うことにより、オリゴDNAを担体上に固定化した。富士写真フィルム社製FLA8000(PMT50%)を用いて蛍光シグナルを検出した。数値解析には、GenePixを用いた。測定波長は、蛍光色素Cy3及びCy5に対応する2波長域(593±40nm及び692±40nm)(Cy3及びCy5の励起波長に対応する532nm及び635nmのレーザー光を照射した)で行った。結果として、図2に蛍光画像、図3に各蛍光強度のグラフ、図4にS/N比を示す。
【0049】
蛍光強度の測定結果から、いずれの担体においてもオリゴDNAを検出することができた。従ってITO層を形成してもDNAの固定化には影響がないことが分かった。また、ITO層を有する担体のS/N比は、DLC層を有する担体のS/N比よりも高いことがわかった。
【0050】
(実施例4)S/N比の測定
Cy3で標識したオリゴDNA(22mer)5nMを水に溶解させて、このうち0.3μlほどを実施例1で製造したシリコン基板上にITO層を有する担体(ITO/Si)及びシリコン基板上にDLC層を有する担体(DLC/Si)に滴下して、FLA−8000にて蛍光画像を撮影し、バックグラウンド(自家蛍光)及び蛍光シグナルを測定し、ArrayGaugeにて数値を求めた。同時に水(蛍光色素なし)0.3μlも滴下して蛍光画像を撮影し、バックグラウンド(自家蛍光)を測定した。測定波長は、蛍光色素Cy3及びCy5に対応する2波長域(593±40nm及び692±40nm)(Cy3及びCy5の励起波長に対応する532nm及び635nmのレーザー光を照射した)で行った。結果を図5に示す。その結果、上記と同様に自家蛍光が少ない担体はS/N比が高くなった。また、水の場合、S/N比が1.3程度となった。従って、実際のジグナルと区別するには、S/N=2以上で区分することが好ましいと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、基板上に設けたITO層とを有し、表面に生体物質と特異的に結合する官能基をさらに有する、生体物質固定化用担体。
【請求項2】
ITO層が、InにSnOを添加したターゲットを用いてスパッタリング法により基板上に形成されたものである、請求項1記載の生体物質固定化用担体。
【請求項3】
ITO層上に静電層をさらに有する、請求項1又は2記載の生体物質固定化用担体。
【請求項4】
生体物質と特異的に結合する官能基が活性エステル基である、請求項1〜3のいずれか1項記載の生体物質固定化用担体。
【請求項5】
波長500nm〜650nmのレーザー光を照射して蛍光色素の蛍光シグナルを測定することを含む分析方法に使用するための、請求項1〜4のいずれか1項記載の生体物質固定化用担体。
【請求項6】
ITO層がInに5〜10wt%のSnOを添加したターゲットを用いてスパッタリング法により基板上に形成されたものであり、5nMのCy3標識オリゴDNAを担体上に固定化して波長532nmのレーザー光を照射したときに、担体の自家蛍光値が蛍光色素の蛍光シグナルに比べ1/2以下であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項記載の生体物質固定化用担体。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項記載の担体に生体物質が固定化されてなる、生体物質固定化担体。
【請求項8】
請求項7記載の生体物質固定化担体を用いて、蛍光標識された生体物質を含む試料を分析する方法であって、
担体に試料を接触させることにより、蛍光標識された生体物質と担体に固定化された生体物質とを相互作用させる相互作用工程、
担体を洗浄することにより、担体に固定化された生体物質と相互作用しなかった生体物質を除去する洗浄工程、及び
担体に波長500nm〜650nmのレーザー光を照射して蛍光を検出する検出工程
を含む、前記方法。
【請求項9】
Cy3及びCy5の少なくとも2種類の蛍光色素を用いて蛍光標識された生体物質を含む試料を分析する方法であり、Cy3を励起させる532nm及びCy5を励起させる635nmの波長を含むレーザー光を照射する、請求項8記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−243239(P2010−243239A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−90078(P2009−90078)
【出願日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【出願人】(390003193)東洋鋼鈑株式会社 (265)
【Fターム(参考)】