説明

Id2及び/又はId3の発現を抑制するための発現抑制剤、及びその利用

【課題】幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制するための発現抑制剤、並びに該発現抑制剤を含む筋疾患を予防又は治療するための医薬の提供。
【解決手段】RP58及びRP58誘導体の少なくとも1種を有効成分として含む、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制するための発現抑制剤、またRP58をコードする塩基配列を含む核酸、および核酸がベクターに挿入されたウイルスベクター。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RP58若しくはRP58をコードする塩基配列を含む核酸の一部又は全部を有効成分として含む、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制するための発現抑制剤、並びに該発現抑制剤を含む医薬に関する。さらに本発明は、該発現抑制剤を利用した、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する方法並びに骨格筋細胞の製造方法に関する。さらに本発明は、RP58、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現に相互作用する物質をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
筋細胞は収縮機能を有する細胞であり、骨格筋、心筋、平滑筋細胞に大別される。筋細胞は、ミオシンやアクチンといった収縮性タンパク質を自ら合成して収縮する細胞である。筋細胞は、収縮性タンパク質を合成し、細胞質内に横紋構造を形成して線維状を示すことから、筋線維とも呼ばれる。今日では、筋細胞と筋線維とは、特に区別なく用いられている。
【0003】
筋線維は筋芽細胞が増殖及び分化(融合)して形成される。運動時などにおいて、筋芽細胞が増殖し、さらに筋芽細胞同士の融合や筋線維への融合などを経て筋芽細胞が分化することにより、筋肥大が起きる。したがって、筋を増強するためには、筋芽細胞に、増殖や分化を促進する薬剤を投与することが効果的である。
【0004】
近年では、進行性筋ジストロフィー、筋委縮性側策硬化症、廃用性筋委縮症などの骨格筋疾患の治療において、罹患者の体内にある、又は再生医療のために罹患者から採取した筋芽細胞などの多能性幹細胞を、上記薬剤を利用して増殖及び分化させることにより、筋細胞を形成させることが試みられている。例えば、これまでに筋芽細胞を哺乳動物から単離し、MyoDの存在下で培養することにより、単離した筋芽細胞を骨格筋細胞へと分化誘導させたことが報告されている(非特許文献1)。
【0005】
MyoDは、筋形成において、E2AなどのEタンパク質とヘテロダイマーを形成することにより、ミオジェニン(Myogenin)、ミオシン重鎖(MyHC)、トロポニン(Troponin)、クレアチンキナーゼ(Ckm)などの筋分化制御因子の転写活性を調節している(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Tapscott SJ, et. al. Science. 1988 Oct 21; 242(4877): 405-11.
【非特許文献2】H. H. Arnold, T. Braun, Int. J. Dev. Biol. 40, 345 (1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記報告の通り、MyoDを用いれば、幹細胞を骨格筋細胞へと分化することができる。しかし、MyoD単剤による幹細胞から骨格筋細胞への分化能は低く、臨床的に実用化されるには至っていない。
【0008】
そこで、本発明者らは、MyoDを含む薬剤が臨床的に実用化されていない理由の一つに、MyoD及びMyogeninの発現を抑制するId2、Id3又はこれら両者の発現に原因があるのではないかと考えた。Id2やId3は、Eタンパク質や若干のMyoDとヘテロダイマーを形成することにより、MyoDの転写量や活性を抑制するタンパク質である。しかし、これまでに、Id2、Id3又はこれら両者の発現を抑制する物質は知られていない。
【0009】
そこで、本発明の目的は、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制するための発現抑制剤、並びに該発現抑制剤を含む筋疾患を予防又は治療するための医薬を提供することにある。さらに本発明の目的は、該発現抑制剤を利用した、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する方法並びに骨格筋細胞の製造方法を提供することにある。また、本発明の目的は、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させるために使用される物質をスクリーニングする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
これまでのゲノムワイドアプローチから、筋分化において、遺伝子の別個のサブセットの発現を調整するメカニズムが複雑であることがわかっている。そこで、本発明者らは、骨格筋の形成を制御する転写ネットワークの新しいエフェクターを同定及び特徴づけることを意図して、遺伝子発現の際立った変化が起こる、胚発生の(E)9.5〜11.5日におけるマウス胎児を用いて、転写制御因子用に、ウェブに基づく包括的なWISHデータベースを構築した。このWISHデータベースと公表されているデータベース(M. Kanamori et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 322, 787 (2004)、P. D. Thomas et al., Genome Res. 13, 2129 (2003)などを参照)とを組み合わせて、2,911個の転写制御因子が含まれる膨大なリストを生成した(図1)。次いで、本発明者らは、cDNAライブラリー(1,331個の同定されている推定上のDNA結合転写因子の中の900個、及び127個のコファクターの中の104個)及び516個の他の転写調節因子に由来する、合計1,520個の転写制御因子に対する、ジゴキシゲニン(Digoxigenin)で標識されたRNAプローブを作製した。上記WISHから得た結果によって、3つの異なる発生段階をカバーするデータベースを構築し、EMBRYSと名づけた(図2を参照)。すなわち、EMBRYSデータベースはWISHを用いてデータを集積したものである。
【0011】
図3で示されている通りに、EMBRYSデータベース中の各遺伝子の発現パターンに注釈を付けた。特に、四肢発生WISHデータは、遺伝子発現のより正確な分析をもたらすことから(図3D)、胚発生中の三次元軸形成の代表的なモデルである。この分析は、962個の遺伝子が肢芽における胎児全体における任意の検知可能な信号及び691個の遺伝子を表すことを示した。
【0012】
本発明者らは、EMBRYSに基づいて、筋形成関連の遺伝子発現パターンを示す43個の遺伝子を同定した(図4)。これらの中で、RP58(Zfp238としても知られている)は、骨格筋においてこれまでに機能が特徴付けられていない遺伝子の中の1種であった(図4及び5)。RP58は、DNMT3a(DNAメチルトランスフェラーゼ3a)およびHDACsと相互作用する転写抑制因子としてこれまでに報告されている(F. Fuks, W. A. Burgers, N. Godin, M. Kasai, T. Kouzarides, EMBO J. 20, 2536 (2001)を参照)。
【0013】
そこで本発明者らは、PR58について種々の検討をした結果、RP58は、幹細胞内で恒常的に発現しているId2やId3の発現を抑制することを見出した。さらに本発明者らは、RP58が、Id2やId3の発現を抑制する結果として、MyoDによって制御されている筋分化制御因子の転写活性を向上させ得ることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成された発明である。
【0014】
したがって、本発明によれば、下記(A)〜(C)のタンパク質の少なくとも1種を有効成分として含む、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制するための発現抑制剤が提供される。
(A)RP58
(B)RP58を構成するアミノ酸配列において、1から複数個のアミノ酸の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異を有するアミノ酸配列からなり、かつ、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有するタンパク質
(C)RP58を構成するアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有するタンパク質
【0015】
本発明の発現抑制剤の好ましい態様は、前記(B)及び(C)のタンパク質が、RP58を構成するアミノ酸配列のN末端側の1〜121位のアミノ酸残基を含む。
【0016】
本発明の発現抑制剤の好ましい態様は、RP58が、NCBI ACCESSION NO. NP_991331に記載のアミノ酸配列を含む。
【0017】
本発明の別の態様として、下記(a)〜(c)の核酸の少なくとも1種を有効成分として含む、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制するための発現抑制剤が提供される。
(a)RP58をコードする塩基配列を含む核酸
(b)RP58をコードする塩基配列において、1から複数個の塩基の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異を有する塩基配列を含む核酸、ただし、該塩基配列でコードされるタンパク質はId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有する
(c)RP58をコードする塩基配列又は該塩基配列と相補的な配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含む核酸、ただし、該塩基配列でコードされるタンパク質はId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有する
【0018】
本発明の発現抑制剤の好ましい態様は、前記(b)及び(c)の核酸が、RP58をコードする塩基配列の5’末端側の1〜365塩基を含む。
【0019】
本発明の発現抑制剤の好ましい態様は、RP58をコードする塩基配列を含む核酸が、NCBI ACCESSION NO. NM_205768である。
【0020】
本発明の発現抑制剤の好ましい態様は、前記有効成分として含まれる核酸が、ベクターに挿入されてなる。
【0021】
本発明の発現抑制剤の好ましい態様は、前記ベクターが、ウイルスベクターである。
【0022】
本発明の発現抑制剤の好ましい態様は、前記発現抑制剤が、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させるために使用される。
【0023】
本発明の発現抑制剤の好ましい態様は、前記発現抑制剤が、MyoD又はMyoDをコードする塩基配列を含む核酸と共に、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させるために使用される。
【0024】
本発明の発現抑制剤の好ましい態様は、MyoDがNCBI ACCESSION NO. NP_034996に記載のアミノ酸配列を含み、かつMyoDをコードする塩基配列を含む核酸がNCBI ACCESSION NO. NM_010866に記載の塩基配列を含む核酸である。
【0025】
本発明の発現抑制剤の好ましい態様は、前記幹細胞が、筋芽細胞又は筋管細胞である。
【0026】
本発明の別の態様として、幹細胞の成育に適した条件下で、本発明の発現抑制剤を接触させた該幹細胞を培養することを含む、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する方法が提供される。
【0027】
本発明の別の態様として、幹細胞の成育に適した条件下で、本発明の発現抑制剤を接触させた該幹細胞を培養すること、及び
前記培養された幹細胞の中から、骨格筋細胞を選択すること
を含む、骨格筋細胞の製造方法が提供される。
【0028】
本発明の別の態様として、被験物質に接触させて培養した幹細胞における、以下[1]〜[6]の発現量及び転写量の少なくとも1種の量を測定すること、
[1]RP58の発現量、
[2]Id2の発現量、
[3]Id3の発現量、
[4]RP58をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量、
[5]Id2をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量、及び
[6]Id3をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量;並びに
前記被験物質を接触させずに培養した幹細胞内の量と比べて、前記測定した量が多い又は少ない場合に、前記被験物質をRP58、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現に相互作用する物質として選択すること
を含む、RP58、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現に相互作用する物質をスクリーニングする方法が提供される。
【0029】
本発明のスクリーニング方法の好ましい態様は、前記相互作用する物質が、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させるために使用される。
【0030】
本発明の別の態様として、本発明の発現抑制剤を有効成分として含む、筋疾患を予防又は治療するための医薬が提供される。
【0031】
本発明の医薬の好ましい態様は、前記筋疾患が、筋ジストロフィー、筋委縮性側策硬化症又は廃用性筋委縮症である。
【0032】
本発明の別の側面によれば、本発明の発現抑制剤又は本発明の医薬を製造するための、下記(A)〜(C)のタンパク質の使用が提供される。
(A)RP58
(B)RP58を構成するアミノ酸配列において、1から複数個のアミノ酸の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異を有するアミノ酸配列からなり、かつ、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有するタンパク質
(C)RP58を構成するアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有するタンパク質
【0033】
本発明の別の側面によれば、下記(A)〜(C)のタンパク質、本発明の発現抑制剤、及び本発明の医薬からなる群から選ばれる少なくとも1種を哺乳動物に投与することを含む、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する方法が提供される。
【0034】
本発明の別の側面によれば、本発明の医薬を哺乳動物に投与することを含む、筋疾患を予防又は治療する方法が提供される。
【発明の効果】
【0035】
本発明の発現抑制剤によれば、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制することができる。その結果として、本発明の発現抑制剤は、MyoDによって制御されている筋分化制御因子の転写活性を向上させ、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させることが可能である。特に、MyoDを併用した本発明の発現抑制剤によれば、MyoD単剤に比べて、幹細胞を高効率で骨格筋細胞へ分化させることが期待できる。
【0036】
本発明の発現抑制剤を利用した骨格筋細胞の製造方法によれば、筋ジストロフィーなどの筋疾患に罹患している患者から採取した筋芽細胞を用いて、自家骨格筋細胞を製造することができ、結果として該疾患に対する再生医療が可能となる。
【0037】
本発明のスクリーニング方法によって選択された物質や本発明の医薬によれば、筋疾患、特にPR58に異常を抱える筋疾患を、予防又は治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】図1は、転写因子リスト構築のスキームを示す。
【図2】図2は、WISHデータベース構築のためのフローチャートを示す。
【図3】図3は、アノテーションされた遺伝子発現の略図を示す。AはE9.5、10.5および11.5の胚の側面図を示す。各写真の倍率は一致していない。Bの上段は各段階の脳の解剖図を示す。図3Bの下段は胴体の背面図を示す。Cはシグナル強度を評価した結果を示す(2:強いシグナル、1:弱いシグナル、空白:シグナル無しまたは染色不明瞭のため測定せず)。Dは発生中の肢芽における遺伝子発現を特に詳細に評価した結果を示す。
【図4】図4は、筋パターン転写因子解析結果を示す。肢芽のすべての図は上側が前方、下側が後方の向きである。筋形成領域を矢印で示した。
【図5】図5は、上段において、WISHによる筋関連転写因子(Pax3、Myf5、MyoDおよびMyogenin)およびRP58のマウス肢芽(E9.5、10.5、11.5)における発現パターンを示す。下段はRP58プローブを用いてWISHによって見られる胚のE10.5(左)およびE11.5(右)の断面図を示す。図中の記号は、m: 筋節、drg: 後根神経節、nt: 神経管、dmm: 背側筋肉、vmm: 腹側筋肉、fl: 前肢である。
【図6】図6は、筋形成中のC2C12細胞におけるRP58および筋形成遺伝子についてのリアルタイムPCR結果を示す。エラーバーは標準誤差(n=3)である。
【図7】図7は、C2C12筋形成におけるRP58についてのウェスタンブロッティング結果を示す。
【図8】図8は、RP58のshRNAまたは対照shRNA(Ctl)を発現している安定C2C12細胞株におけるRP58についてのウェスタンブロッティング結果を示す。
【図9】図9は、RP58のshRNAまたは対照shRNA(Ctl)を発現している安定C2C12細胞株におけるMyHCおよびDAPIについての免疫組織化学結果を示す。バーは200μmである。
【図10】図10は、3つの独立した視野におけるノックダウンRP58または対照C2C12細胞(Ctl)中のMyHC陽性核の割合を示す。エラーバーは標準偏差(n=3)である。
【図11】図11は、WTおよびRP58-/-マウス由来後肢筋肉のヘマトキシリンおよびエオシン染色(E18.5)結果を示す。バーは50μmである。
【図12】図12は、RP58イニシエーターの高処理量トランスフェクションスクリーニング(HTS)の概略を示す。
【図13】図13は、MyoD-、NEUROD1-、NEUROG1-、NEUROG2発現ベクターまたは空ベクターをトランスフェクションした293T細胞におけるpGL4.12、pGL4.12-RP58-1.6KまたはpGL4.12-RP58-3.4Kレポーターのルシフェラーゼ活性の測定結果を示す。エラーバーは標準偏差(n=3)を示す。
【図14】図14は、上段においてレポーターベクターpGL4.12-RP58-1.6KおよびRP58上流領域の対応範囲を示す。E1、E2およびE3の位置および配列、MyoDの予想結合部位を、これらの領域に導入された変異と共に示す。下段はMyoD発現ベクターまたは空ベクターをトランスフェクションした293T細胞における各種変異レポーターのルシフェラーゼ活性の測定結果を示す。エラーバーは標準偏差(n=3)を示す。
【図15】図15は、抗MyoDおよびMyogenin抗体を用いた、前肢レベル体節WTおよびRP58-/-マウスのE10.5での横断面の免疫組織化学結果を示す。対比染色はDAPIを用いて実施した。バーは100μmを示す。
【図16】図16は、増殖培地(GM)または分化培地(DM)で0、2または4日間培養したC2C12細胞の、または、対照-(Ctl)shRNAまたはRP58-(sh)shRNA発現C2C12細胞の、Id2およびId3のリアルタイムPCR結果を示す。エラーバーは標準誤差(n=3)を示す。
【図17】図17は、RP58発現または対照アデノウイルスに感染したC2C12細胞中のId2およびId3のリアルタイムPCR結果を示す。エラーバーは標準誤差(n=3)を示す。
【図18】図18は、RP58 KOまたは野生型マウス(E18.5) の横隔膜中のId2およびId3のリアルタイムPCR結果を示す。エラーバーは標準誤差(n=3)を示す。
【図19】図19は、Id2(左図)またはId3(右図)プロモーター中の高度に保存された推定RP58結合部位の遺伝子座および配列(マウス、ヒトおよびオポッサム)を示す。
【図20】図20は、RP58発現ベクターまたは空ベクターをトランスフェクションした293T細胞におけるId2-LucまたはId3-Lucレポーターのルシフェラーゼ活性の測定結果を示す。エラーバーは標準偏差(n=3)を示す。
【図21】図21は、Flag-RP58発現アデノウイルスに感染したC2C12細胞における定量的ChIPアッセイ結果を示す。エラーバーは標準誤差(n=3)を示す。
【図22】図22は、筋形成調節ネットワークの概略を示す。
【図23】図23は、各種RP58 trancation formを発現させたC2C12細胞におけるルシフェラーゼ活性の測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明について詳細に説明する。
[発現抑制剤(1)]
本発明は、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制するための発現抑制剤に関する。本発明の発現抑制剤の一態様は、下記(A)〜(C)のタンパク質の少なくとも1種を有効成分として含む。
(A)RP58
(B)RP58を構成するアミノ酸配列において、1から複数個のアミノ酸の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異を有するアミノ酸配列からなり、かつ、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有するタンパク質(以下、タンパク質(A)ともいう)
(C)RP58を構成するアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有するタンパク質(以下、タンパク質(B)ともいう)
【0040】
Id2及びId3は、Eタンパク質や若干のMyoDとヘテロダイマーを形成することにより、MyoDの転写量や活性を抑制し得るIdタンパク質である。ヒトのId2を構成するアミノ酸配列及びId2をコードする塩基配列は、それぞれ公知のNCBIデータベースによりNCBI ACCESSION NO. NP_002157及びNM_002166として登録されている。一方、ヒトのId3を構成するアミノ酸配列及びId3をコードする塩基配列は、それぞれ公知のNCBIデータベースによりNCBI ACCESSION NO. NP_002158及びNM_002167として登録されている。Id2とId3はともに、HLHタンパク質としてEタンパク質と結合してbHLHタンパク質とEタンパク質のダイマー(dimer)の形成を阻害し、bHLHの転写活性化を阻害すること、および過剰発現で筋分化を抑制することが知られている。
【0041】
RP58は、公知のNCBIデータベースにより、NCBI ACCESSION NO. NP_991331(ヒト)、NP_001012330(マウス)として登録されている531個のアミノ酸配列からなるタンパク質である。RP58をコードする塩基配列は、公知のNCBIデータベースにより、NCBI ACCESSION NO. NM_205768(ヒト)、NM_001012330(マウス)として登録されている。
【0042】
RP58は、種により一部配列が異なることから、幹細胞の由来に対応させたものを用いることが好ましい。したがって、幹細胞の由来がヒトである場合は、本発明の発現抑制剤に使用されるRP58及びRP58をコードする塩基配列を含む核酸は、NCBI ACCESSION NO. NP_991331に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質及びNCBI ACCESSION NO. NM_205768に記載の塩基配列を含む核酸であることが好ましい。また、幹細胞の由来がマウスである場合は、本発明の発現抑制剤に使用されるRP58及びRP58をコードする塩基配列を含む核酸は、NCBI ACCESSION NO. NP_001012330に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質及びNCBI ACCESSION NO. NM_001012330に記載の塩基配列を含む核酸であることが好ましい。なお、本発明者らは、実施例に示す通りに、RP58の推定されるプロモーター配列(−5K〜+3K)における3.4K領域(−3180〜+170)は、ヒト、マウス、チンパンジー、犬、鶏、カエル(xenopus)及びゼブラフィッシュの間において高度に保存されていることを見出した。
【0043】
RP58は、後述の実施例に示すクロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイからもわかる通り、MyoDの発現を抑制するId2やId3の発現制御配列のクロマチンに結合して、これらのタンパク質の発現を抑制すると推測される。MyoDは、E2AなどのEタンパク質とヘテロダイマーを形成することにより、ミオジェニン(Myogenin)、ミオシン重鎖(MyHC)、トロポニン(Troponin)、クレアチンキナーゼ(Ckm)などの筋分化制御因子の転写活性の調節を介して、幹細胞の骨格筋細胞への分化を調節することが知られている(図6を参照)。すなわち、幹細胞中のMyoDの発現量が増加すると、上記筋分化制御因子の転写活性が増加し、これらの因子の作用により幹細胞の骨格筋細胞への分化が促進される。しかし、通常は、幹細胞中にId2及びId3が存在する。この結果、MyoD及びMyogeninの発現は抑制され、これらにより制御されている筋分化制御因子の転写活性も低下するものと考えられる。
【0044】
本発明者らは、MyoDの一定量(閾値)以上の量が幹細胞内に存在するとId2やId3の発現量が低下する現象はRP58が関与することによって引き起こされることを見出した。さらに本発明者らは、RP58を幹細胞内に導入すると、幹細胞内のId2及びId3の発現を抑制することができることを見出した。これらの知見を基に、本発明者らは、RP58やRP58のホモログを有効成分として含む薬剤を用いれば、Id2やId3の発現を抑制することにより、MyoDやMyogenin並びにこれらによって制御される筋分化制御因子の活性化を経て、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させることができるのではないかと考え、本発明を完成させた。
【0045】
タンパク質(B)のアミノ酸配列ついて、「1から複数個のアミノ酸の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異」における「1から複数個」の範囲は、上記(B)のタンパク質がId2及びId3の発現を抑制する活性を維持できる程度の範囲であれば特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個程度を意味する。また、「アミノ酸の欠失」とは配列中のアミノ酸残基の欠落もしくは消失を意味し、「アミノ酸の置換」は配列中のアミノ酸残基が別のアミノ酸残基に置き換えられていること、「アミノ酸の逆位」とは隣り合う2以上のアミノ酸残基の位置が逆になっていること、「アミノ酸の付加」とはアミノ酸残基が付け加えられていること、「アミノ酸の挿入」とは配列中のアミノ酸残基の間に別のアミノ酸残基が挿し入れられていることをそれぞれ意味する。ただし、タンパク質(B)のアミノ酸配列のN末端付近は、後述する実施例及び図23に記載されている通り、転写抑制機能を発揮するのに重要であることが新たに明らかになった、RP58を構成するアミノ酸配列(例えば、NCBI ACCESSION NO. NP_991331、NP_001012330など)のN末端側の1〜121位のアミノ酸残基を含んでいることが好ましい。
【0046】
タンパク質(B)のアミノ酸配列について、「1から複数個のアミノ酸の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異」の具体的な態様としては、1から複数個のアミノ酸が別の化学的に類似したアミノ酸で置き換えらた態様がある。例えば、ある疎水性アミノ酸を別の疎水性アミノ酸に置換する場合、ある極性アミノ酸を同じ電荷を有する別の極性アミノ酸に置換する場合などを挙げることができる。このように化学的に類似したアミノ酸は、アミノ酸毎に当該技術分野において知られている。具体例を挙げると、非極性(疎水性)アミノ酸としては、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンなどが挙げられる。極性(中性)アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システインなどが挙げられる。陽電荷をもつ(塩基性)アミノ酸としては、アルギニン、ヒスチジン、リジンなどが挙げられる。また、負電荷をもつ(酸性)アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸などが挙げられる。
【0047】
タンパク質(C)のアミノ酸配列について、「相同性」とは、タンパク質(C)がId2及びId3の発現を抑制する活性を維持できる程度の相同性(同一性)であれば特に限定されないが、好ましくは70%以上が好ましく、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは85%以上、なおさらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上である。ただし、タンパク質(C)のアミノ酸配列のN末端付近は、タンパク質(B)と同様に、RP58を構成するアミノ酸配列(例えば、NCBI ACCESSION NO. NP_991331、NP_001012330など)のN末端側の1〜121位のアミノ酸残基を含んでいることが好ましい。
【0048】
タンパク質(B)及びタンパク質(C)としては、RP58とアミノ酸配列や立体構造が類似するタンパク質、例えば、RP58のホモログやRP58をコードする塩基配列のスプライシングバリアント、ファミリー遺伝子、トランスジーンによりコードされるタンパク質を挙げることができる。
【0049】
本発明の発現抑制剤によるId2及びId3の発現の抑制は、Id2及びId3の発現量やId2及びId3をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量を測定することにより確認することができる。
【0050】
Id2及びId3の発現量を確認する方法としては、当業者によく知られる方法、例えば、免疫染色法、酵素結合免疫測定法(ELISA)、二重モノクローナル抗体サンドイッチイムノアッセイ法(米国特許第4,376,110号)、モノクローナルポリクローナル抗体サンドイッチアッセイ法(Wideら、Kirkham及びHunter編集、「ラジオイムノアッセイ法(Radioimmunoassay)」、E. and S. Livingstone、エジンバラ、(1970))、ウェスタンブロッティング法、ドットブロッティング法、免疫沈降法、プロテインチップによる解析法(タンパク質 核酸 酵素 Vol.47 No.5(2002)、タンパク質 核酸 酵素 Vol.47 No.8(2002))、2次元電気泳動法、SDSポリアクリルアミド電気泳動法などを用いることができるが、これらに限定されるものではない。
【0051】
被験試料中の標的タンパク質を測定する方法として汎用されている方法はELISAである。ELISAには、直接吸着法、サンドイッチ法、競合法などがある。以下に競合法の一例について説明する。標的となるタンパク質は、マイクロタイターウェルの表面に吸着(固定)される。その後表面上の残余のタンパク質−結合部位が、ウシ血清アルブミン(BSA)、熱失活した正常ヤギ血清(NGS)、又はBLOTTO(保存剤、塩及び消泡剤を含む脂肪非含有乾燥ミルクの緩衝液)などの適当な物質でブロッキングされる。その後ウェルを、標的タンパク質に対する抗体と被験試料とを加えてインキュベーションする。被験試料は、希釈せずに適用するか、又はBSA、NGS、又はBLOTTOのようなタンパク質を少量(0.1〜5.0質量%)含有する緩衝液中に希釈して用いることができる。特異的結合が生じるのに十分な時間インキュベーションした後、ウェルを洗浄し、非結合のタンパク質を除去し、次いでレポーター基で標識した抗−種(anti−species)特異的免疫グロブリン抗体と共にインキュベーションする。このレポーター基は様々な酵素から選択することができ、例えば、ホースラディッシュペルオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、及びグルコースオキシダーゼなどがある。特異的結合が生じるのに十分な時間経過後、次いでウェルを再度洗浄し、非結合の複合体を除去し、次いで該酵素の基質を添加する。色を発色させ、ウェルの内容物の光学密度を、肉眼で又は装置により決定する。
【0052】
Id2及びId3をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量を測定する方法としては、例えば、RT−PCR法やサザンブロッティング法などを利用することができる。具体的には、総RNAを本発明の発現抑制剤で処理した培養細胞または組織からアイソジェン(ISOGEN)(ニッポンジーン社(Nippongene))を用いて単離する。次いで、Id2に対するプライマー(配列表の配列番号8及び9)及びId3に対するプライマー(配列表の配列番号10及び11)を用いてId2及びId3に対するcDNAをReady-To-Go You-Prime First-Strand Beads (GEヘルスケア社(GE Healthcare))を用いて逆転写する。これらのcDNAを定量リアルタイムPCRに使用する。リアルタイムPCRは、SYBRグリーンPCRマスターミックス(アプライド・バイオシステムズ社(Applied Biosystems))を用いて実施する。
【0053】
上記したId2及びId3の発現量を測定する方法やId2及びId3をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量を測定する方法によって、本発明の発現抑制剤による幹細胞内のId2及びId3の発現の抑制の程度を定量することができる。本発明の発現抑制剤による幹細胞内のId2及びId3の発現の抑制の程度は、幹細胞内におけるId2やId3によるMyoDやMyogeninの活性阻害を回避できる程度であればよく、例えば、本発明の発現抑制剤を接触させて培養した幹細胞内のId2及びId3の発現量やId2及びId3に対応するmRNAの転写量が、本発明の発現抑制剤を接触させずに培養した幹細胞内のd2及びId3の発現量やId2及びId3に対応するmRNAの転写量に対して、0〜30%であることが好ましく、0〜10%であることがより好ましく、0〜5%であることがさらに好ましく、実質的に0%であることがなおさらに好ましい。
【0054】
本発明の発現抑制剤は、上記(A)〜(C)のタンパク質がId2及びId3の発現を抑制する活性を有する限り、これらの1種、2種又は3種すべてを有効成分として含んでもよい。
【0055】
本発明の発現抑制剤に含まれる上記(A)〜(C)のタンパク質の質量比(タンパク質/発現抑制剤)は、本発明の発現抑制剤を幹細胞に接触させた場合に、有効成分である上記(A)〜(C)のタンパク質が幹細胞内でId2及びId3の発現を抑制できる割合であれば特に制限されないが、例えば、0.5〜0.99が好ましく、0.8〜0.99がより好ましく、0.9〜0.99がさらに好ましい。本発明の発現抑制剤は、実質的に上記(A)〜(C)のタンパク質を100%含んだものであってもよい。
【0056】
本発明の発現抑制剤は、上記(A)〜(C)のタンパク質の有効量を含めば、固体又は液体のいずれの形態でも利用することができるが、これに薬学上許容される担体または添加剤を配合して、固体又は液体状の医薬として調製することもできる。本発明の医薬については、後述する。
【0057】
本発明の発現抑制剤は、上記(A)〜(C)のタンパク質とその他の成分を通常知られる方法で混合することにより製造することができる。上記(A)〜(C)のタンパク質を取得する方法は特に制限されるものではなく、例えば、NCBIデータベースのアミノ酸配列の記載を参照して、物理化学的に合成してもよいし、RP58を発現するヒトやマウスなどの細胞から突然変異を誘発させるなどの方法を用いて得てもよいし、遺伝子工学的にRP58をコードする核酸から作成してもよいし、その他の通常知られる手段を用いた各種スクリーニングにより取得してもよい。
【0058】
本発明の発現抑制剤の使用において、本発明の発現抑制剤を幹細胞に接触させる方法としては、本発明の発現抑制剤の有効成分である上記(A)〜(C)のタンパク質が幹細胞内に導入される限りにおいて特に制限されるものではなく、例えば、エレクトロポレーションなどのこれまでに知られている方法により幹細胞内に本発明の発現抑制剤を直接導入する方法や、幹細胞を含む培養物に本発明の発現抑制剤をリポソームなどの幹細胞に取り込まれやすい形態で添加して共培養する方法などを用いることができる。
【0059】
[発現抑制剤(2)]
本発明の発現抑制剤の別の態様は、上記(A)〜(C)のタンパク質の少なくとも1種をコードする塩基配列を含む核酸を有効成分として含む。上記(A)〜(C)のタンパク質の少なくとも1種をコードする塩基配列を含む核酸は、上記(A)〜(C)のタンパク質の1種、2種、又は3種以上をコードする塩基配列を含む核酸であり、幹細胞、特に幹細胞の核内に導入されることにより、これらのタンパク質を発現して、幹細胞内のId2、Id3又はId2及びId3の発現を抑制する。
【0060】
上記(A)〜(C)のタンパク質の少なくとも1種をコードする塩基配列を含む核酸の取得方法は特に限定されない。例えば、上記した方法により取得した上記(A)〜(C)のタンパク質のアミノ酸配列の情報に基づいて物理化学的に合成する方法や、制限酵素、ベクター、該ベクターに適した宿主などを用いることによってRP58をコードする塩基配列(例えば、NCBI ACCESSION NO.NM_205768、NM_001012330など)の一部を遺伝子工学的又は突然変異誘発的に改変する方法などにより得ることができる。また、National Institute of Health(NIH)やダナフォーム社などから提供されているMammalian Gene Collection(MGC)ヒトcDNA発現ベクターライブラリーなどから、RP58をコードする塩基配列の情報を基に作製したプローブを用いたcDNAマイクロアレイを利用することにより得ることもできる。
【0061】
上記プローブは、適当な標識剤、例えば、放射性同位元素(例:125I、131I、3H、14C等)、酵素(例:β−ガラクトシダーゼ、β−グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素等)、蛍光物質(例:フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネート等)、発光物質(例:ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニン等)などで標識されていてもよい。あるいは、蛍光物質(例:FAM、VIC等)の近傍に該蛍光物質の発する蛍光エネルギーを吸収するクエンチャー(消光物質)がさらに結合されていてもよい。かかる態様においては、検出反応の際に蛍光物質とクエンチャーとが分離して蛍光が検出される。
【0062】
[発現抑制剤(3)]
本発明の発現抑制剤の別の態様は、下記(a)〜(c)の核酸の少なくとも1種を有効成分として含む。
(a)RP58をコードする塩基配列を含む核酸
(b)RP58をコードする塩基配列において、1から複数個の塩基の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異を有する塩基配列を含む核酸、ただし、該塩基配列でコードされるタンパク質はId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有する(以下、核酸(b)ともいう)
(c)RP58をコードする塩基配列又は該塩基配列と相補的な配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含む核酸、ただし、該塩基配列でコードされるタンパク質はId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有する(以下、核酸(c)ともいう)
【0063】
RP58をコードする塩基配列は、例えば、NCBIデータベースの塩基配列の記載(例えば、NCBI ACCESSION NO. NM_205768、NM_001012330など)を参照して、物理化学的に合成してもよいし、部位特異的変異誘発法などの突然変異誘発により作製してもよいし、RP58を発現するヒトやマウスなどの細胞からmRNAを回収してRP58をコードする塩基配列を特異的に逆転写することにより得てもよいし、その他の通常知られる手段を用いた各種スクリーニングにより取得してもよい。
【0064】
核酸(b)の「1から複数個の塩基の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異」における「1から複数個」の範囲は、核酸(b)がId2及びId3の発現を抑制する活性を有するタンパク質をコードし得るものであれば特には限定されないが、例えば、1から40個、好ましくは1から30個、より好ましくは1から20個、より好ましくは1から10個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個程度を意味する。また、「塩基の欠失」とは配列中の塩基の欠落もしくは消失を意味し、「塩基の置換」は配列中の塩基が別の塩基に置き換えられていること、「塩基の逆位」とは隣り合う2以上の塩基の位置が逆になっていること、「塩基の付加」とは塩基が付け加えられていること、「塩基の挿入」とは配列中の塩基の間に別の塩基が挿し入れられていることをそれぞれ意味する。ただし、核酸(b)の5’末端付近は、Id2及びId3の発現制御配列に対して親和性のあるアミノ酸配列をコードする塩基配列である、RP58をコードする塩基配列を含む核酸(例えば、NCBI ACCESSION NO. NM_205768、NM_001012330など)の5’末端側の1〜365塩基が含まれていることが好ましい。
【0065】
核酸(c)の「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、相同性が高い核酸同士がハイブリダイズし、相同性が低い核酸同士がハイブリダイズしない条件が挙げられる。より具体的には、42℃でのハイブリダイゼーション、及び1xSSC、0.1% SDSを含む緩衝溶液による約42℃での洗浄処理や、65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1xSSC、0.1% SDSを含む緩衝液中による約65℃での洗浄処理で、相補的な配列の核酸と被検核酸とを反応させる条件をいう。ハイブリダイゼーションは、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、サザンブロットハイブリダイゼーション法等を用いて実施することができる。ハイブリダイゼーションは、Molecular Cloning: A laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989(以下、モレキュラークローニング第2版と略す)、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons (1987-1997)(以下、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジーと略す)などに記載されている方法に準じて行うことができる。
【0066】
ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとしては、プローブとして使用するDNAの塩基配列と一定以上の相同性(同一性)を有するDNAが挙げられ、例えば70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは93%以上、特に好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を有するDNAが挙げられる。ただし、核酸(c)の5’末端付近は、核酸(b)と同様に、RP58をコードする塩基配列を含む核酸(例えば、NCBI ACCESSION NO.NM_205768、NM_001012330など)の5’末端側の1〜365塩基が含まれていることが好ましい。
【0067】
アミノ酸配列や塩基配列の同一性は、例えば、Karlin and AltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-5877, 1993)を用いることによって決定することができる。このアルゴリズムに基づいて、BLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul et al. J. Mol. Biol.215:403-410, 1990)。BLASTに基づいてBLASTNによって塩基配列を解析する場合には、パラメーターは、例えば、score=100、wordlength=12とする。BLASTに基づいてBLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは、例えば、score=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は当業者によりよく知られている手法を用いることができる(http://www.ncbi.nlm.nih.gov.)。
【0068】
本発明の発現抑制剤の有効成分として含まれる核酸は、通常、組換えDNAの形態で宿主に導入される。組換えDNAは、通常、DNAと自律増殖可能なベクターを含んでなり、該核酸を入手できれば、通常知られる組換えDNA技術により比較的容易に調製することができる。例えば、本発明の発現抑制剤は、有効成分である核酸をベクターに挿入してなる組換えDNAとして含むものであることができる。
【0069】
上記ベクターは、幹細胞内で自立的に増殖可能なベクターであれば特に制限されないが、例えば、pGL4.12などの発現ベクターやウイルスベクターなどを挙げることができ、好ましくはウイルスベクターである。ウイルスベクターとしては、アデノウイルスベクター、レンチウイルスベクター、単純ヘルペスウイルスベクター、レトロウイルスベクターなどを挙げることができるが、アデノウイルスベクターを好適に用いることができる。
【0070】
本明細書における上記した分子生物学的又は遺伝子工学的な各種操作は、当業者に既知であり、例えば、モレキュラークローニング第2版、またはカレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー等に記載の方法に準じて行うことができる。
【0071】
本発明の発現抑制剤は、幹細胞内のId2、Id3又はId2及びId3の発現を抑制することにより、幹細胞を骨格筋へ分化させることができる。したがって、本発明の発現抑制剤は、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させるために使用される。特に、本発明の発現抑制剤は、MyoD又はMyoDをコードする塩基配列を含む核酸と共に使用することにより、幹細胞の骨格筋細胞への分化をより高度に促進することができる。MyoDは、本発明の発現抑制剤が上記(A)〜(C)のタンパク質の1種又は2種以上を含む場合に併用されることが好ましい。MyoDをコードする塩基配列を含む核酸は、本発明の発現抑制剤が上記(A)〜(C)のタンパク質の1種又は2種以上をコードする塩基配列を含む核酸や、上記(a)〜(c)の塩基配列の1種又は2種以上を含む核酸を含む場合に併用されることが好ましい。
【0072】
ヒトのMyoDを構成するアミノ酸配列及びMyoDをコードする塩基配列は、それぞれ公知のNCBIデータベースによりNCBI ACCESSION NO. NP_002469及びNM_002478として登録されている。MyoDやMyoDをコードする塩基配列を含む核酸を取得する方法は特に制限されるものではなく、例えば、ORIGENE社から市販されている製品名TRUECLONEとして購入してもよいし、NCBIデータベースのアミノ酸配列や塩基配列の記載を参照して物理化学的に合成してもよいし、RP58を発現するヒトやマウスなどの細胞から突然変異を誘発させるなどの方法を用いて得てもよいし、その他の通常知られる手段を用いた各種スクリーニングにより取得してもよい。ただし、MyoDやMyoDをコードする塩基配列を含む核酸は、RP58やRP58をコードする塩基配列を含む核酸と同様に、幹細胞に由来するものを用いることが望ましい。
【0073】
幹細胞は、多分化能を有して骨格筋細胞へ分化し得る細胞であれば特に制限されず、例えば、胚性幹細胞及び体性幹細胞を挙げることができるが、好ましくは間葉系幹細胞であり、より好ましくは筋芽細胞、筋委縮性側策硬化症や廃用性筋委縮症などを発症した罹患者から採取される幹細胞である。なお、筋委縮性側策硬化症や廃用性筋委縮症は、医学界などで通常知られる意味で解釈されるべき疾患である。
【0074】
[発現抑制方法]
本発明の別の側面によれば、幹細胞の成育に適した条件下で、本発明の発現抑制剤を接触させた該幹細胞を培養することにより、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する方法が提供される。幹細胞の成育に適した条件とは、幹細胞ごとに異なり、当業者によって適宜調整され得るが、例えば、0〜10% CO2の存在下で、0〜50℃、数時間〜数日間、胚性幹細胞用又は体性幹細胞用の培地を用いる条件を挙げることができるが、これに限定されるものではない。具体的には、幹細胞がヒト筋芽細胞である場合は、約5% CO2の存在下で、約37℃、6時間〜10日間、D-MEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)培地(製品名D-MEM;カタログNo. 11885-084;製造業者Invitrogen)の条件が、ヒト筋芽細胞の成育に適した条件である。
【0075】
[骨格筋細胞の製造方法]
本発明の幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する方法を応用した、骨格筋細胞の製造方法もまた、本発明の範囲内である。具体的には、本発明の骨格筋細胞の製造方法は、幹細胞の成育に適した条件下で、本発明の発現抑制剤を接触させた該幹細胞を培養し、次いで培養された幹細胞の中から、骨格筋細胞を選択することを含む。骨格筋細胞の選択方法は、例えば、顕微鏡下又は目視で観察することにより選択することができる。具体的には、筋芽細胞などの幹細胞は単核の細胞と観察されるが、骨格筋細胞は細胞が多数融合した線維状の細胞(群)として観察される。
【0076】
[スクリーニング方法]
本発明の別の側面によれば、RP58、Id2及びId3の1種又は2種以上の発現に相互作用する物質をスクリーニングする方法が提供される。本発明のスクリーニング方法は、まず、被験物質に接触させて培養した幹細胞における、以下[1]〜[6]の発現量及び転写量の1種又は2種以上の量を測定する(以下、第一工程ともいう)。
[1]RP58の発現量
[2]Id2の発現量
[3]Id3の発現量
[4]RP58をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量
[5]Id2をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量
[6]Id3をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量
【0077】
次いで前記被験物質を接触させずに培養した幹細胞内の量と比べて、前記測定した量が多い又は少ない場合に、前記被験物質をRP58、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現に相互作用する物質として選択する(以下、第二工程ともいう)。例えば、本発明のスクリーニング方法は、被験物質に接触させて培養した幹細胞における上記[1]の発現量を測定し(第一工程)、次いで該発現量が該被験物質を接触させずに培養した幹細胞内の量と比べて多い場合に該被験物質をRP58の発現に相互作用する物質として選択する(第二工程)ことにより実施される。本発明のスクリーニング方法は、in vitro及びin vivoのいずれにおいても実施することができる。
【0078】
被験物質としては、特に制限はなく、例えば、天然化合物、有機化合物、無機化合物、タンパク質、ペプチド等の単一化合物、並びに、化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物、原核細胞抽出物、真核単細胞抽出物もしくは動物細胞抽出物等を挙げることができる。上記被験物質は必要に応じて適宜標識して用いることができる。標識としては、例えば、放射標識、蛍光標識等を挙げることができる。
【0079】
被験物質に接触させて培養した幹細胞とは、例えば、上記幹細胞の成育に適した条件下で、被験物質を細胞内に導入した幹細胞を培養することにより得られる幹細胞、又は幹細胞を含む培地中に被験物質を添加して被験物質と幹細胞とを共培養することにより得られる幹細胞をいう。被験物質を接触させずに培養した幹細胞とは、すなわち、幹細胞の成育に適した条件下で培養することにより得られる幹細胞であり、被験物質を接触させて培養した幹細胞に対するコントロール(対照)となる。被験物質を接触させずに培養した幹細胞における上記[1]〜[6]の発現量及び転写量の測定は、被験物質を接触させて培養した幹細胞における上記[1]〜[6]の発現量及び転写量の測定と並行して実施してもよいし、異なる時間や場所で実施してもよい。上記[1]〜[6]の発現量及び転写量の測定の規模や回数は特に制限されるものではないが、統計的な不確かさを考慮すれば測定回数を多くすることが好ましい。
【0080】
RP58の発現量を検出する方法やRP58をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量を検出する方法は、上記したId2やId3の発現量を測定する方法やId2やId3をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量を測定する方法を用いることができる。
【0081】
幹細胞の種類や状態、幹細胞を培養する条件によっては、幹細胞は、RP58を発現している場合とRP58を発現していない場合の両方が考えられる。そこで、RP58を発現していない幹細胞において、RP58の発現を増加させる物質をスクリーニングしたい場合は、上記発現量や上記転写量の測定は定性的に実施することもできる。また、RP58を発現している幹細胞を用いてPR58の発現を抑制する物質を選択したい場合やいずれかの幹細胞を用いてId2やId3の発現を抑制する物質を選択したい場合にも、上記発現量や上記転写量を定性的に測定することができる。
【0082】
一方、幹細胞がRP58を発現している場合や幹細胞がRP58を発現しているか否か不明な場合に、RP58の発現を増加させる物質をスクリーニングするときには、上記発現量や上記転写量を測定する方法は定量的に実施することが好ましい。さらにId2やId3の発現を増加する物質をスクリーニングするときにも、上記発現量や上記転写量を測定する方法は定量的に実施することが好ましい。定量的に測定する場合は、被験物質を接触させずに培養した幹細胞の前記発現量又は前記転写量に対する、被験物質に接触させて培養した幹細胞の前記発現量又は前記転写量の増加量又は低下量を測定することが望ましい。
【0083】
上記の方法によって、被験物質の中から、幹細胞内のRP58、Id2及びId3の1種又は2種以上の発現量やこれらのタンパク質をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量を増加又は低下させる物質を、RP58、Id2及びId3の1種又は2種以上の発現に相互作用する物質として選択する。特に、幹細胞内のPR58に関する前記発現量又は前記転写量を増加させる物質やId2及びId3に関する前記発現量又は前記転写量を低下させる物質は、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させるために使用できる可能性が高い。
【0084】
[医薬]
本発明には、本発明の発現抑制剤を有効成分として含む、筋疾患を予防又は治療するための医薬が包含される。
【0085】
本発明の医薬の適用対象となる筋疾患としては、例えば、筋ジストロフィーのほか、筋委縮性側策硬化症、廃用性筋委縮症などを挙げることができる。筋ジストロフィーは、骨格筋の変性・壊死を主病変とし、臨床的には進行性の筋力低下をみる遺伝性の疾患である。筋肉が萎縮し筋力低下を来す原因としては筋肉そのものに原因がある場合(筋原性)や、筋肉に異常はないが筋肉に脳からの命令を伝える運動神経系に異常があって、筋肉が働けなくなり、筋萎縮を来す場合(神経原性)がある。本発明の医薬はId2やId3の発現抑制を経て幹細胞の骨格筋細胞への分化を促進して骨格筋の増強を促し得ることから、本発明の医薬の好適な筋疾患は、筋原性の筋ジストロフィーである。
【0086】
例えば、筋原性の筋ジストロフィーを発症した患者のうち、症状が軽度な患者は本発明の医薬を投与することにより症状の進行や悪化を防ぐことが可能であり、症状が重篤な患者に対しても治療効果を期待できる場合がある。また、筋ジストロフィーは遺伝性疾患であることから、両親の遺伝子型によって子供の筋ジストロフィーを発症する確率をある程度予測することができる。そこで、遺伝子的に筋ジストロフィーを発症する確率の高い子供に本発明の医薬を投与することにより、筋ジストロフィーの発症を予防することができる。
【0087】
本発明の医薬としては、本発明の発現抑制剤をそのまま用いてもよいが、通常は有効成分である本発明の発現抑制剤と1又は2種以上の製剤用添加物とを含む医薬組成物の形態に調製して用いることが望ましい。
【0088】
筋原性の筋ジストロフィーの予防又は治療の際には、本発明の医薬だけでなく、幹細胞の骨格筋細胞への分化を誘導し得るMyoDやMiogeninなどと併用することも望ましい。
【0089】
経口投与に適する医薬組成物の態様としては、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、及びシロップ剤等を挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物の態様としては、例えば、注射剤、点滴剤、座剤、吸入剤、点眼剤、点鼻剤、軟膏剤、クリーム剤、貼付剤、経皮吸収剤、又は経粘膜吸収剤等を挙げることができる。上記の医薬組成物の製造に用いられる製剤用添加物としては、例えば、乳糖やオリゴ糖などの賦形剤、崩壊剤ないし崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、抗酸化剤、矯味剤、希釈剤、基剤、溶解剤ないし溶解補助剤、等張化剤、保存剤、pH調節剤、安定化剤、等張化剤、噴射剤、乳化剤、懸濁化剤、溶媒、フィラー、増量剤、緩衝剤、送達ビヒクル、キャリアー、薬学的アジュバント及び粘着剤等を挙げることができるが、これらは医薬組成物の形態に応じて当業者が適宜選択することができ、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0090】
本発明の医薬の好ましい形態として、注射剤を挙げることができる。注射剤としては、通常、非水溶媒(または水溶性有機溶媒)を実質的に含まず、媒体が実質的に水である溶媒で溶解または希釈可能である。注射剤は当該分野において周知の方法により調製することができる。例えば、注射剤は、生理食塩水、PBSなどの緩衝液、滅菌水等の溶剤に溶解した後、フィルター等で濾過滅菌し、次いで無菌容器(例えば、アンプル等)に充填することにより調製することができる。この注射剤には、必要に応じて、慣用の薬学的キャリアーを含めてもよい。また、非侵襲的なカテーテルを用いる投与方法を用いてもよい。本発明で用いることができるキャリアーとしては、中性緩衝化生理食塩水、又は血清アルブミンを含む生理食塩水等が挙げられる。
【0091】
さらに、本発明の医薬の好ましい形態として、凍結乾燥製剤(凍結乾燥した注射剤)を挙げることができる。このような凍結乾燥製剤であっても、注射用水(注射用蒸留水)、電解質液(生理食塩水など)などを含む輸液、栄養輸液などから選択された少なくとも1つの液体または溶媒により溶解可能であり容易に注射液を調製でき、その容器もガラス容器およびプラスチック容器が使用できる。注射剤内容物の100重量部に対して本発明の発現抑制剤を0.01重量部以上、好ましくは0.1〜10重量部含有することができる。
【0092】
本発明の医薬の投与量及び投与回数などは特に限定されず、患者の年齢、体重、及び性別などの条件、並びに疾患の種類や重篤度、予防又は治療の目的などに応じて適宜選択可能である。通常は、非経口投与による場合には有効成分量として成人一日あたり1mg〜30gが好ましく、10mg〜10gがより好ましく、100mg〜5gがより好ましいが、このような投与量を一日数回に分けて投与してもよい。本発明の医薬の投与頻度は、例えば、一日一回〜数ヶ月に1回であればよく、一ヶ月に1回の投与が好ましい。
【0093】
本発明の発現抑制剤又は医薬は、上記のような医薬品の形態としてだけでなく、医薬部外品、化粧品、機能性食品、栄養補助剤、飲食物などとして使用することができる。医薬部外品または化粧品として使用する場合、必要に応じて、医薬部外品または化粧品などの技術分野で通常用いられている種々の補助剤とともに使用され得る。あるいは、機能性食品、栄養補助剤、または飲食物として使用する場合、必要に応じて、例えば、甘味料、香辛料、調味料、防腐剤、保存料、殺菌剤、酸化防止剤などの食品に通常用いられる添加剤とともに使用してもよい。また、溶液状、懸濁液状、シロップ状、顆粒状、クリーム状、ペースト状、ゼリー状などの所望の形状で、あるいは必要に応じて成形して使用してもよい。これらに含まれる割合は、特に限定されず、使用目的、使用形態、および使用量に応じて適宜選択することができる。
【0094】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるも のではない。
【実施例1】
【0095】
1.材料及び方法
(1)EMBRYSの構築
転写因子および補因子のリストを図1に記載される通りに作製した。以下に説明する。転写調節因子の原リスト(NCHリスト)を作製するために、理研転写因子データベース(TFdb; http://genome.gsc.riken.jp/TFdb/)およびPANTHER Classification System (http://www.pantherdb.org/)に登録された遺伝子を非重複で合わせ、転写調節因子候補2911種類のリストを結果として得た。これらの遺伝子中の確定または推定DNA結合ドメインを、InterPro(http://www.ebi.ac.uk/interpro/)を用いて調査した。さらに、DNA結合ドメインを持たないものについては、分子機能を下記のGO用語に基づいて分類し、それらが転写活性に関与している可能性があるかどうかを検討した。結果として、1331個の遺伝子が転写因子(TF)として、127個の遺伝子が転写補因子として、および1453個が他の核内因子(NF)として分類された(図1)。これらの遺伝子のクローンを、この分類に基づいて、TFおよび補因子を特に重点的に、数種類の起源から回収した。これらのクローンを用いて、WISH検定用のcRNAプローブを合成した。結果として、利用可能な986クローンのうち900個のTF、114クローンのうち104個の補因子、および568クローンのうち516個の他のNFをWISHによって検定しおよび写真を得た。
【0096】
ホールマウントin situハイブリダイゼーションは以前に記載された通りに実施した。ハイブリッドシグナルの比色検出をCCDカメラ(OLYMPUS DP70)付きの光学顕微鏡(OLYMPUS SZX12)下で撮影した。目的の任意の方向からの像を捕捉するために、標本をアガロースゲル中で固定した。撮影の際には、直接照明を使用し、および画像処理(すなわちカラーバランス、コントラスト)はオリンパス社DPコントローラーによって制御した。一般に、胚1つ当たり3枚の写真、すなわち低倍率での胚の全体像、中倍率での前肢および後肢、高倍率での前肢のズームを撮影した。遺伝子発現が適当な倍率で特定の臓器または組織(すなわち脳、脊髄、顎、眼、鼻、体節、心臓、肝臓、尾)に明らかに検出された場合は追加の写真を撮影した。これらの画像はJPEG形式に変換し、および遺伝子発現パターンデータベース「EMBRYS」(http://embrys.jp/、ユーザー名:embrys、パスワード:shdsbm164)に寄託した。
【0097】
(2)ベクターの構築
マウスRP58遺伝子の-3180〜+170または-1596〜-1領域をpGL4.12ベクター(プロメガ社(Promega))に挿入することによって、pGL4.12-RP58-3.4KまたはpGL4.12-RP58-1.6Kを構築した。変異をpGL4.12-RP58-1.6Kの-1255ないし-1250(E1)、-220ないし-215(E2)、および-190ないし-185(E3)位に、QuikChange部位特異的突然変異誘発キット(ストラタジーン社(Stratagene))を用いて導入した。pGL-TKは、pRL-TK(プロメガ社)のTKプロモーター領域をpGL4.12のBglII-HindIII部位に挿入することによって構築した。Id2-LucまたはId3-Lucレポーターベクターは、Id2の-2576〜-2966領域またはId3の-3318〜3028領域をpGL-TKに挿入することによって構築した。各発現ベクターは、ORF配列を、pcDNA3.1(+)(インビトロジェン社 (Invitrogen)、p3xFlag-CMV-7.1(SIGMA)または、HA-タグがpcDNA3(インビトロジェン社)マルチクローニングサイトの上流に挿入されているpcDNA3-HAに挿入することによって構築した。RP58のshRNAを発現しているベクターは、BLOCK-iT(商標)誘導性H1 RNAiエントリーベクターキット(インビトロジェン社)を用いて構築した。RP58ORFのための標的配列(3種類の配列を使用した)は、下記の通りインビトロジェン社ウェブページを用いて配列表の配列番号1〜3の通りに設計した。Flag-RP58発現アデノウイルスベクターはViraPower(商標)アデノウイルス発現系(インビトロジェン社)によって作製した。
【0098】
(3)細胞培養、トランスフェクションおよびアデノウイルス感染
C2C12マウス骨格筋細胞および293Tヒト胎児腎細胞はAmerican Type Culture Collection(ATCC)から購入した。これらの細胞はGM(10%FBS添加DMEM)中で維持した。C2C12筋形成においては、細胞をGMで増殖させ、および集密に達した後、培地をDM(2%ウマ血清添加DMEM)に変更し、およびさらにインキュベートした。C2C12培養は5継代以内の細胞を用いて実施した。トランスフェクションはリポフェクタミン(Lipofectamin)2000(インビトロジェン社(Invitrogen))を用いて実施した。安定なトランスフェクタントは、トランスフェクションしたC2C12細胞の2週間の選択によって得られた。アデノウイルス感染は、C2C12細胞で感染効率(M.O.I)50-100にて実施し、および細胞を、完全な集密に達した後2日間DM中でインキュベートし、およびリアルタイムPCRまたはChIPアッセイに使用した。
【0099】
(4)RNA単離および定量リアルタイムPCR
総RNAを培養細胞または組織からアイソジェン(ISOGEN)(ニッポンジーン社(Nippongene))を用いて単離し、およびReady-To-Go You-Prime First-Strand Beads (GEヘルスケア社(GE Healthcare))を用いて逆転写した。これらのcDNAを定量リアルタイムPCRに使用した。リアルタイムPCRは、SYBRグリーンPCRマスターミックス(アプライド・バイオシステムズ社(Applied Biosystems))を用いて実施した。
【0100】
(5)組織学的検査、免疫染色およびウェスタンブロッティング
胎生18.5日(E18.5)の後肢を切り取りおよび液体窒素で冷却したイソペンタン中で急速凍結し、次いで6μmにて凍結切片を作製した。凍結切片を風乾し、および、ヘマトキシリンおよびエオシンで染色した。筋節の免疫組織化学検査のために、E10.5胚を4%PFAで固定し、およびパラフィン包埋した。抗MyoD(1:100;クローン5.8A、BD社)、抗Myogenin(1:50;F5D、DSHB)抗体を使用した。DAPIは核の対比染色として使用した。C2C12 細胞の免疫染色には、一次抗体として抗fast MyHC抗体(1:50; F59, DSHB)、次いで二次抗体としてアレクサ594(Alexa)(1:400;モレキュラープローブズ(molecular probe))を用いた。核はDAPIで染色した。shRNA処理安定細胞の総タンパク質抽出物をウェスタンブロッティング用に調製し、および等量のタンパク質を負荷して、未処理対照と比較したshRNAの作用を解明した。マウス RP58 に対するウサギポリクローナル抗血清(TVRDWTLEDSSQECアミノ配列を認識)はプロテインピュリティ社(Protein Purity. Ltd)(日本)から入手した。
【0101】
(6)細胞系HTS
MGCヒトcDNA発現ベクターライブラリーの6,049種類のcDNA発現ベクターおよび陰性対照としてpcDNA3.1(+)を384ウェルプレートに、ウェル当たり各プラスミド50ngとしてアレイ作製した。高処理量トランスフェクションアッセイを、0.1μlのリポフェクタミン2000(Lipofectamine)、20ngのpGL4.12-RP58-3.4kおよびトリプシン処理293T細胞5000個を含むOPTI-MEM 20μlとの、10%FBS含有DMEM 40μl中での48時間インキュベートによって実施した。ルシフェラーゼ活性は、ステディグロー(Steady-Glo)ルシフェラーゼアッセイ系(プロメガ社(Promega))を用いて測定した。
【0102】
(7)ルシフェラーゼアッセイ
48ウェルプレートの50%集密の細胞を、FugeneHD(ロシュ社(Roche))を用いてトランスフェクションした。ホタルルシフェラーゼレポーター遺伝子構造物(50 ng)、エフェクター遺伝子構造物(50ng)および5ngのpGL4.74ウミシイタケ(Renilla)ルシフェラーゼ構造物(プロメガ社(Promega)、正規化用)をウェル毎に同時トランスフェクションした。細胞抽出物をトランスフェクションの36〜48時間後に調製し、およびルシフェラーゼ活性を、デュアルルシフェラーゼ(Dual-Luciferase)レポーターアッセイシステム(プロメガ社)を用いて測定した。
【0103】
(8)マイクロアレイ分析
試料RNAは、RP58-shRNAを安定に発現しているC2C12細胞または対照-shRNA細胞、およびGMでまたはDMで0、2、4日間培養したC2C12から得た。RNA計5μgを、SuperScriptIIを用いて逆転写し、および第2鎖cDNAを合成した。ビオチン化アンチセンスcRNAを、バイオアレイ(BioArray)RNA増幅および標識システム(エンゾーライフサイエンス社(Enzo Life Science)、米国ニューヨーク州)を用いて増幅および転写した。最後に、cRNA10μgを断片化しおよびジーンチップ(GeneChip)(R)マウスゲノム430 2.0アレイ(アフィメトリックス社(Affymetrix))にハイブリダイズした。マイクロアレイデータをRobust Multichip Average (RMA)法によって要約し、および、NIA Array Analysis (http://Igusun.grc.nia.nih.gov/ANOVA/)を用いて統計解析を実施した。RP58ノックダウンC2C12細胞においてアップレギュレートされた遺伝子を特定するため、対照C2C12細胞と比較してシグナル強度が1.5倍よりも上昇した遺伝子を抽出した。C2C12筋形成においてダウンレギュレートされた遺伝子を特定するため、主成分分析(PCA)を実施し、およびC2C12筋形成においてダウンレギュレーションパターンを示した遺伝子を抽出した。マイクロアレイデータはGene Expression Omnibus (GEO)に受入番号GSE12993で寄託した。
【0104】
(9)ChIPアッセイ
細胞を1%ホルムアルデヒドで架橋し、および0.125Mグリシンで反応停止した。クロマチンを単離し、および超音波処理によって平均長300〜500bpに切断した。ゲノムDNA(インプット)は、クロマチンの分割量をプロテイナーゼKで処理しおよび脱架橋のために65℃にてインキュベートし、次いでエタノール沈澱することによって調製した。クロマチンの分割量を、抗Flag-M2(シグマ社(SIGMA))抗体または正常マウスIgG(サンタクルス社(Santa Cruz))およびダイナビーズ(Dynabeads)プロテインG(インビトロジェン社(Invitrogen))を用いて免疫沈降した。架橋を65℃にて一夜インキュベートによって逆転し、および次いでプロテアーゼKで処理した。ChIP DNAをフェノール−クロロホルム抽出およびエタノール沈澱によって精製し、および配列表の配列番号4〜7のプライマーセットを用いた定量リアルタイムPCR増幅によって分析した。
【0105】
(10)統計解析
両側独立スチューデントt検定をすべてのP値について使用した。星印は*P<0.05, **P<0.01 および ***P<0.001にて統計的有意性のある差を示す。
【0106】
(11)アノテーションされた遺伝子発現の略図
WISHによって検出された各遺伝子の発現を、いくつかの解剖学的構造について評価した(図3)。着色範囲に検出されたハイブリッドシグナルを目視で評価した(図3A)。各段階の脳及び胴体を解剖し観察した(図3B)。胴体においては、線で囲まれた範囲を拡大して、各構造のマーカー遺伝子を用いて実施したWISH検定によって詳細な構造を可視化した(図3B)。シグナル強度を評価した(図3C)。前肢芽の近位部に示されるような強いシグナルを「2」と評価した。体節に示される弱い染色を「1」と評価した。前肢芽の遠位部(進行域:PZ)のように検出可能シグナルが見られない範囲は「染色されず」とアノテーションを付け、およびハイブリッドシグナルかアーティファクトか判定できない染色は「判定せず」と評価した(図3C)。発生中の肢芽における遺伝子発現を特に詳細に評価した(図3D)。図中の着色範囲は個別に評価した(図3D)。
【0107】
(12)筋パターン転写因子解析
発現がE11.5肢中間間葉の筋形成領域内に検出された、代表的DNA結合転写因子の発現パターンを解析した(図4)。空間的および時間的発現変化について、さまざまな遺伝子発現パターンを、3つの段階の図に明瞭に検出した。たとえば、Pax3は、皮筋板由来の筋芽前駆細胞で発現されるマーカー遺伝子の1つとしてよく知られているが、E9.5に肢間葉に顕著に強く検出した。この発現はしかし、発生が進行するにしたがってダウンレギュレートされた(たとえばE10.5およびE11.5)。逆に、Myogeninは、筋分化のトリガーとして知られているが、E11.5に最初に発現された。RP58もまたE11.5まで検出されなかった。Hes1、Hes6、Id2、Id3は筋領域に加えて遠位間葉(PZ)にも発現された。さらに、興味深いことにSix1およびJarid2が後方間葉および筋に強く発現された(E10.5にJarid2、E11.5にSix1)。これらの遺伝子に加えて、MRF4およびAnkrd2が体節内の筋節に発現されているのを検出したが、しかしE9.5〜11.5の間には肢筋領域に検出できず、そのため図4および3段階の肢芽における筋発現転写因子としてのアノテーションに含めなかった。
【0108】
2.結果
RP58の発現は、典型的な筋原性の発現パターン(図5)をもつ肢芽中のE11.5で検出され、さらに脳や脊髄において検出された。Myogeninの発現がE11.5でアップレギュレートされている間に、Pax3(筋原性の前駆細胞のマーカー遺伝子)はE9.5の肢芽において発現され、およびMyf5およびMyoDはE10.5の肢芽中で発現した。これらのデータは、RP58が筋系統及び決定因子の潜在的な下流の標的であることを示した。
【0109】
骨格筋形成はC2C12細胞系統中で確立される。RP58は、Ckm(クレアチンキナーゼ、筋肉)のような遅筋マーカーの発現に先立って、Myogeninの発現パターンをオーバーラップさせる発現パターンでC2C12分化の初期段階で誘導された(図6および7)。これはRP58が初期の筋関連遺伝子であることを示唆した。
【0110】
C2C12細胞を用いて筋形成におけるRP58の役割を調べた。上記の通りに、RP58遺伝子の発現は分化の開始から促進された(分化日0)。C2C12細胞の優勢なRP58発現をノックダウンするために、RP58に対するshRNAを発現する安定したC2C12細胞系統を作成した。C2C12筋芽細胞中のRP58のshRNAを介したノックダウン(図8)は、多核化筋管を形成し、かつ遅筋遺伝子のミオシン重鎖(MyHC)を誘導する能力を顕著に害した(図9及び10)。
【0111】
in vivoの骨格の筋形成中のRP58の役割を決定するために、RP58ヌルマウスの骨格筋発現型を分析した。同腹子は伝えられず、かつRP58ヌルマウスは誕生直後に胚性致死性を示した。E18.5の胎児のサイズは、野生型および無発現のマウスの間で等しかった;しかしながら、ヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色分析によって明らかにされるように、RP58ヌルマウスの筋肉分化は顕著に分裂した(図11)。
【0112】
多核筋繊維によって通常増殖されるすべての領域が、筋線維の数の著しい減少を持つ単核細胞の広面積を代わりに含んでいた。少数の残りの筋原線維は明らかな通常の形態を有し、筋原性分化の残存潜在性を示した。横隔膜および他の筋肉の劇的なサイズの縮小は、野生型のものと比べて、新生児RP58-/-マウスにおいて明白であった。筋分化が生じるいくつかのエリアでは、脂肪組織が観察された。
【0113】
RP58によってアンカーされた分子ネットワークを解明するために、筋細胞中のRP58発現を促進する上流のイベントを調査した。HTSを基づいた細胞を生成し、該細胞は6,049個のcDNA発現プラスミドを384個のウェルプレートに配置し、次いでトランスフェクションアッセイをRP58レポータープラスミドを有する293T細胞を使用して行なった。VISTAブラウザ(K. A. Frazer, L. Pachter, A. Poliakov, E. M. Rubin, I. Dubchak, Nucleic Acids Res. 32, W273 (2004))による、ヒトRP58プロモーター配列(-5K〜+3K)とマウス、チンパンジー、犬、鶏、カエル(xenopus)およびゼブラフィッシュの同配列との比較は、高度に保存された3.4K領域(-3180〜+170)の存在を明らかにした。
【0114】
ルシフェラーゼ・カセットの前のpGL4.12ベクターにおけるこの領域をサブクローン化し、このサブクローンをHTSに基づく細胞用に使用した(図12)。最初のスクリーニング結果として、1.5倍を超える空の対照プラスミドと比較して、6,049個の遺伝子に由来する11個のクローンがRP58プロモーター活性を上昇した。さらなるスクリーニングは、RP58 3.4KプロモーターおよびRP58 1.6Kプロモータ(-1596〜-1)を使用して行ない、該領域は3.4K領域内の哺乳類から魚類まで保存される配列を唯一含んでいた。このスクリーニングは、基本的なヘリックス−ループ−ヘリックス(bHLH)タンパク質MyoD、NEUROG1、NEUROG2およびNEUROD1が、RP58の特定の転写活性化因子であるものと同定された(図13)。
【0115】
これらの遺伝子は、3.4Kプロモーター活性を5倍より大きくし、および1.6Kプロモーター活性を20倍より大きくさせた (図13)。この知見は、活性化されたMyoDが筋原性転換の最初の6時間以内に、繊維芽細胞においてRP58を直接促進するということを示した。
【0116】
MyoDのような配列特異的bHLH転写因子は、典型的にE−box配列(CANNTG)を結合することにより転写を活性化することが知られている(例えば、C. Murre, P. S. McCaw, D. Baltimore, Cell 56, 777 (1989)やP. L. Puri, V. Sartorelli, J. Cell. Physiol. 185, 155 (2000)を参照)。1.6KのRP58プロモーター領域(図14)内に3つの潜在的なMyoD結合部位(E1-3)を同定するために、TFSEARCH(http://mbs.cbrc.jp/research/db/TFSEARCH.html)を使用した。点突然変異による、E1およびE2の欠損は、ほとんど完全にMyoD依存型プロモーター活性を無効にした(図14)。
【0117】
これらのデータは筋肉および神経特異的なbHLH因子の標的としてRP58があり、及び骨格の筋形成および神経新生を制御する転写ネットワークにおけるこのタンパク質の役割を示した。重要なこととして、MyoDおよびその下流の標的遺伝子であるMyogeninは、両方ともタンパク質レベルでRP58ヌルマウスの筋節中で発現された(図15)。この結果は、MyoD-MyogeninおよびMyoD-RP58が骨格の筋形成の2種の並行的な独立系であることを示した。一方の系はさらなるbHLH転写活性化因子、Myogeninの誘導に依存し、他方の系は転写抑制因子であるRP58によってアンカーされる。
【0118】
RP58は、本来、転写的にサイレントなヘテロクロマチンで見つけられたDNA結合転写抑制因子として同定された;しかしながら、その生理学的な標的遺伝子は未知であった。推定上のRP58結合配列レポーターシステムを用いて、C2C12細胞中でRP58転写リプレッサー活性を確認した。筋形成に含まれるRP58制御型遺伝子を同定するために、RNAプロファイリング実験が、RP58に対するshRNAの発現を有する又は有さないC2C12細胞からのRNAを比較することにより実施した。
【0119】
271個の遺伝子が、対照C2C12細胞と比較して、安定的にshRNA-RP58を発現するC2C12細胞の中でアップレギュレートされた。転写抑制因子としてRP58の機能が与えられている場合、アップレギュレートされた遺伝子はRP58の潜在的な標的である。並行分析において、C2C12筋形成の4つの異なる段階(GM、0、2、4日)で、マイクロアレイによって筋形成中の動的な遺伝子発現パターンを評価した。この分析は、分化の間に連続的にダウンレギュレートされる399個の遺伝子を同定した。驚くべきことに、C2C12分化中に連続的にダウンレギュレートされる遺伝子と、RP58に対するshRNAを発現するC2C12においてアップレギュレートされた遺伝子の間の重要なオーバーラップを観察した。上記候補の中からRP58の直接の標的遺伝子を同定するために、候補標的プロモーター(-7K〜+3K)中のRP58の予想される結合配列をスクリーニングし、UCSC BLATを使用して、マウス、ヒトおよびコモリネズミにおいて保存された領域を比較した。
【0120】
その結果、高度に保存されていると予想されるRP58結合配列によって、C2C12細胞を分化させる際に顕著にダウンレギュレートされ、及びshRP58においてアップレギュレートされる4個の遺伝子(Id2、Id3、Pea3およびTubb3)を見出した。これらの遺伝子の中で、骨格筋形成に関する抑制因子としてId2及びId3があった(図16)。
【0121】
MyoDによる下流の遺伝子転写の活性化は、Eタンパク質(E12/E47)( H. Weintraub et al., Genes Dev. 5, 1377 (1991)及びJ. S. Hu, E. N. Olson, R. E. Kingston, Mol. Cell. Biol. 12, 1031 (1992)を参照)を用いてヘテロダイマー化により主として実施され、及びIdタンパク質はEタンパク質を用いてヘテロダイマー化を経て筋形成を阻害し、より低い程度に、MyoDに対して働き、筋特異的遺伝子(R. Benezra, R. L. Davis, D. Lockshon, D. L. Turner, H. Weintraub, Cell 61, 49 (1990)及びK. Langlands, X. Yin, G. Anand, E. V. Prochownik, J. Biol. Chem. 272, 19785 (1997)を参照)を制御する因子に相互作用するMyoDの能力を低下させた。
【0122】
C2C12細胞におけるId2およびId3の構成的な過剰発現は、顕著に筋管への筋芽細胞融合を阻害した。これは、遅筋形成の典型的な特徴である。他方では、対照アデノウイルスと比較して、RP58発現アデノウイルスを使ったC2C12細胞への感染は、Id2およびId3発現レベルを減少させた(図17)。一貫して、RP58ヌルマウスに由来するE18.5横隔膜において、異常的なより高レベルのId2およびId3が検出された(図18)。同じ試料中のCkmの減少レベルは、さらにIdタンパク質のRP58を介した抑制と骨格筋形成の遅延段階の活性化の間の機能的なリンクを裏付けた。
さらにId2/Id3およびRP58の相互の排他的な発現パターンは、EMBRYSデータベースによって明らかになった(図4)。
【0123】
Id2とId3がRP58によって直接ダウンレギュレートされるかどうか調査するために、ルシフェラーゼアッセイ及びクロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイを実施した。Id2配列の-2576〜-2966の領域又はId3配列の-3318〜-3028の領域へ融合されたルシフェラーゼレポーター遺伝子の活性は、RP58によって減少した(図19および図20)。さらに、ChIP分析は、RP58がId2およびId3の制御配列のクロマチンに結合することを示した(図21)。これらの結果は、筋制御因子の抑制因子の発現を抑制することにより、骨格の筋形成の進行を可能にする、新規なMyoDに活性化された正のフィードバックを明らかにした。
【0124】
MyoD(初期遺伝子)の直接的な下流の標的を有する筋遺伝子転写の一時的なコントロールは、後期遺伝子のその後の転写を可能にすることを示す。筋原性プログラムを継続するために、後期遺伝子上のMyoDの転写活性(Idによって抑制される)を刺激しなければならない。このフィードバックの中央のエフェクターとしてのRP58の特性は興味深いものである。なぜなら、MyoDは2つの平行的なプログラムを活性化することを示し、後期段階への骨格筋形成の進行を認める遺伝子の別個のサブセットの同時的な活性化及び抑制を導くからである(図22)。
【0125】
24well-plateで培養した50%コンフルエントのC2C12細胞にEffectorとして各RP58 trancation form 発現ベクター(100 ng)、Reporterとして10 x RP58 binding sites (BS10)にSV40 promoterとluciferase遺伝子をつないだBS10-pGL2C (100 ng; Aoki et al., J. Biol. Chem. 1998)および内部コントロールとしてRenilla luciferase発現ベクターであるpRL-TK (10 ng; Promega)をFugeneHD(Roche)を用いてトランスフェクションし、36-48 h後にDual-Glo luciferase assay system(Promega)によりルシフェラーゼ活性を測定した(図23)。その結果、RP58 trancation form 1-522及び1-489を用いた系では顕著にルシフェラーゼ活性を減じたが、RP58 trancation form 310-489及び370-489を用いた系ではルシフェラーゼ活性の低下が抑制された。
【産業上の利用可能性】
【0126】
これからますます老齢化の進むわが国おいては、本発明は有効に活用されるものであり、疾患又は高齢により筋が萎縮した高齢者の健康に資するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)〜(C)のタンパク質の少なくとも1種を有効成分として含む、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制するための発現抑制剤。
(A)RP58
(B)RP58を構成するアミノ酸配列において、1から複数個のアミノ酸の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異を有するアミノ酸配列からなり、かつ、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有するタンパク質
(C)RP58を構成するアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有するタンパク質
【請求項2】
前記(B)及び(C)のタンパク質が、RP58を構成するアミノ酸配列のN末端側の1〜121位のアミノ酸残基を含む、請求項1に記載の発現抑制剤。
【請求項3】
RP58が、NCBI ACCESSION NO. NP_991331に記載のアミノ酸配列を含む、請求項1又は2に記載の発現抑制剤。
【請求項4】
下記(a)〜(c)の核酸の少なくとも1種を有効成分として含む、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制するための発現抑制剤。
(a)RP58をコードする塩基配列を含む核酸
(b)RP58をコードする塩基配列において、1から複数個の塩基の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異を有する塩基配列を含む核酸、ただし、該塩基配列でコードされるタンパク質はId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有する
(c)RP58をコードする塩基配列又は該塩基配列と相補的な配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含む核酸、ただし、該塩基配列でコードされるタンパク質はId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する活性を有する
【請求項5】
前記(b)及び(c)の核酸が、RP58をコードする塩基配列の5’末端側の1〜365塩基を含む、請求項4に記載の発現抑制剤。
【請求項6】
RP58をコードする塩基配列を含む核酸が、NCBI ACCESSION NO. NM_205768に記載の塩基配列を含む、請求項4又は5に記載の発現抑制剤。
【請求項7】
前記有効成分として含まれる核酸が、ベクターに挿入されてなる、請求項4〜6のいずれか1項に記載の発現抑制剤。
【請求項8】
前記ベクターが、ウイルスベクターである、請求項7に記載の発現抑制剤。
【請求項9】
前記発現抑制剤が、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させるために使用される、請求項1〜8に記載の発現抑制剤。
【請求項10】
前記発現抑制剤が、MyoD又はMyoDをコードする塩基配列を含む核酸と共に、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させるために使用される、請求項1〜9のいずれか1項に記載の発現抑制剤。
【請求項11】
MyoDがNCBI ACCESSION NO. NP_034996に記載のアミノ酸配列を含み、かつMyoDをコードする塩基配列を含む核酸がNCBI ACCESSION NO. NM_010866に記載の塩基配列を含む核酸である、請求項10に記載の発現抑制剤。
【請求項12】
前記幹細胞が、筋芽細胞又は筋管細胞である、請求項1〜11のいずれか1項に記載の発現抑制剤。
【請求項13】
幹細胞の成育に適した条件下で、請求項1〜12のいずれか1項に記載の発現抑制剤を接触させた該幹細胞を培養することを含む、幹細胞内のId2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現を抑制する方法。
【請求項14】
幹細胞の成育に適した条件下で、請求項1〜12のいずれか1項に記載の発現抑制剤を接触させた該幹細胞を培養すること、及び
前記培養された幹細胞の中から、骨格筋細胞を選択すること
を含む、骨格筋細胞の製造方法。
【請求項15】
被験物質に接触させて培養した幹細胞における、以下[1]〜[6]の発現量及び転写量の少なくとも1種の量を測定すること、
[1]RP58の発現量、
[2]Id2の発現量、
[3]Id3の発現量、
[4]RP58をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量、
[5]Id2をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量、及び
[6]Id3をコードする塩基配列に対するmRNAの転写量;並びに
前記被験物質を接触させずに培養した幹細胞内の量と比べて、前記測定した量が多い又は少ない場合に、前記被験物質をRP58、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現に相互作用する物質として選択すること
を含む、RP58、Id2及びId3からなる群から選ばれる少なくとも1種の発現に相互作用する物質をスクリーニングする方法。
【請求項16】
前記相互作用する物質が、幹細胞を骨格筋細胞へ分化させるために使用される、請求項15に記載のスクリーニング方法。
【請求項17】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の発現抑制剤を有効成分として含む、筋疾患を予防又は治療するための医薬。
【請求項18】
前記筋疾患が、筋ジストロフィー、筋委縮性側策硬化症又は廃用性筋委縮症である、請求項17に記載の医薬。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate

【図22】
image rotate

【図23】
image rotate


【公開番号】特開2010−208980(P2010−208980A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−55911(P2009−55911)
【出願日】平成21年3月10日(2009.3.10)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】