説明

Mn−Zn系フェライト及びそれを用いた電子部品

【課題】 −40〜85℃の広温度帯域において直流重畳特性が良好なトランスを構成するMn−Zn系フェライトとこれを用いた電子部品を提供する。
【解決手段】 Fe換算で52〜53.5mol%、ZnO換算で11〜13mol%、残部がMnOのMn−Zn系フェライトであって、副成分として酸化コバルトのCoO換算で0.1wt%〜0.35wt%、CaO換算で0.005wt%〜0.2wt%を含み、−40℃〜85℃の温度領域において、直流バイアス重畳時の透磁率μδが1000以上であり、−20℃〜+60℃の間において透磁率μδの最大値を有し、前記透磁率μδの最大値が1500以上とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はMn−Zn系フェライトおよびそれを用いた電子部品に関し、特には通信用トランス等の磁心に用いられ、特に広温度帯域において直流重畳特性に優れたMn−Zn系フェライト及びそれを用いた電子部品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の差動伝送回路に給電回路が取り付けられた回路の規格としてIEEE802.3af規格が規格化された。この規格は、POE (Power over Ethernet(登録商標))とも呼ばれ、差動信号を扱うLANケーブルなどの信号線を通してデータと同時に電源電力を流す規格である。
具体的には48Vで15.4Wの電力が給電でき、電源を取りにくい場所に置く機器や、従来電源が必要なかった機器をEthernet(登録商標)対応にする場合などに使われ、LANケーブルに接続するLAN機器を電源配線なしで動作させるものである。IP電話や無線LANのアクセスポイント、スイッチングハブ、Webカメラ等の機器や給電用アダプターに適用される。
【0003】
図1は、前記POE対応回路を備えた機器の伝送路(LANケーブル)と接続するためのコネクタ端側の回路を示す回路図である。前記コネクタCNには、機器と伝送路とを電気的に絶縁するパルストランスPTとコモンモードノイズを抑圧するためのコモンモードチョークコイルCMCが用いられる。
【0004】
前記パルストランスPTは、両端が送信側回路TXあるいは受信側回路RXと接続する一次巻線と、中間タップを有し両端がコモンモードチョークコイルCMCの巻線の一端と直列接続される二次巻線を有するものである。前記コモンモードチョークコイルCMCは一次巻線及び二次巻線を有し、前記巻線の他端はコネクタCNと接続される。以下パルストランスPTとコモンモードチョークコイルCMCを組み合わせたものをモジュールと呼ぶ場合がある。パルストランスPTやコモンモードチョークコイルCMCは、それぞれ磁性材料としてフェライトを用いたトロイダル形状の磁心を用いる場合が多い。
送信回路側のモジュールにおいて、パルストランスPTに巻設された二次巻線に形成された中間タップに、給電源から電圧が与えられ、直流電流(図中矢印で示す)がコモンモードチョークコイルCMCの各巻線を通じ、LANケーブルを介して受信回路側のモジュールに流入し、受信回路側のパルストランスPTの二次巻線に形成された中間タップから負荷(受信側の機器)へ直流電流が流出する。
【0005】
また他の例として図2に示す回路の様に、パルストランスPTの一次巻線に中間タップを設けて給電源と接続する場合がある。前記一次巻線の中間タップに与えられた電圧による直流電流が、前記一次巻線の両端と接続された増幅器等を含むトランシーバICに供給される。
【0006】
この様にパルストランスPT等には直流電流が流入されるため、電源電流で発生する磁束によりフェライトコアの磁束密度が飽和磁束密度に近くなりインダクタンスが低下するという問題がある。このため、POE対応回路には、前記直流電流で磁気飽和しないフェライトコアが必要となる。また、通信用機器は使用環境の多様であり、従来からパルストランスPT等の電子部品の温度依存性を小さくするという要請がある。
この様な要請に応じて、パルストランスPT等に用いられるフェライトコアも、直流電流で磁気飽和せず、広温度帯域で使用可能なものが求められている。
本発明者等は、既に広温度帯域で使用可能なフェライトとして、環境温度の変化に対して安定した磁気特性を示すMn−Zn系フェライトを提案している(特許文献1)。
【特許文献1】特開平11−302069
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1のMn−Znフェライトは、副成分としてCaO,SiO,CoOを含有させ、組成を制御することによって、−20℃〜100℃における初透磁率が10000以上としている。しかしながら、70℃を超える高温度領域における直流バイアス重畳時のインダクタンス特性(直流重畳特性)が十分でないことが判明した。
そこで本発明は。このような課題を解決するために、−40〜85℃の広温度帯域において直流重畳特性が良好なトランスを構成するMn−Zn系フェライト、およびこれを用いた電子部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の発明は、Fe換算で52〜53.5mol%、ZnO換算で11〜13mol%、残部がMnOのMn−Zn系フェライトであって、副成分として酸化コバルトのCoO換算で0.1wt%〜0.35wt%、CaO換算で0.005wt%〜0.2wt%を含み、−40℃〜85℃の温度領域において、直流バイアス重畳時、即ちH=30A/mの直流バイアス磁界下においての透磁率μδが1000以上であり、−20℃〜+60℃の間で透磁率μδの最大値を有し、前記透磁率μδの最大値が1500以上のMn−Zn系フェライトである。
【0009】
本発明において、Nb換算で0.005〜0.03wt%、ZrO換算で0.005〜0.08wt%、Ta換算で0.01〜0.08wt%、SiO換算で0.005wt%〜0.025wt%の少なくとも一種を含むのが好ましい。
【0010】
第2の発明は、第1の発明のMn−Zn系フェライトで構成された磁心に巻線を巻設したトランスを用いた電子部品である。
第3に発明は、第1の発明のMn−Zn系フェライトで構成された磁心に巻線を巻設したトランスを用いた通信用機器である。
【発明の効果】
【0011】
本発明のMn−Zn系フェライトによれば、直流バイアス重畳時において高い透磁率を示し、かつ広温度領域において優れた直流重畳特性を有する。このため前記フェライトを用いて構成されたトランスをIP電話や無線LANのアクセスポイント、スイッチングハブ、Webカメラ等のPOE対応回路を備えた機器に用いれば、広温度帯域で使用可能な通信機器を得ることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者等は、Mn−Zn系フェライトに含まれるFe,Zn,Co、Caの相対的な組成関係に着目し、フェライト中に含ませるCo、Caの量と、主成分であるFeの含有量およびZnの含有量を最適にすることにより、広温度帯域における直流重畳特性を改善させることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
主成分におけるFeの含有量の範囲を、Fe換算で52〜53.5mol%としたのは、Fe換算含有量が52mol%より少ない組成の場合には、低温度域における直流重畳特性の低下が顕著となり、53.5mol%より多い組成の場合には、高温度域における直流重畳特性の低下が顕著となるからである。好ましくは52.6〜53.2mol%であり、−40℃〜85℃の温度領域において、直流バイアス重畳時の透磁率μδを2000以上とすることが出来る。
【0013】
主成分におけるZnの含有量をZnO換算で11〜13mol%としたのは、ZnO含有量が11mol%より少ない組成の場合には、低温度域における直流重畳特性の低下が顕著となり、13mol%より多い組成の場合には、高温度域における直流重畳特性の低下が顕著となるからである。
【0014】
本発明に係るMn−Zn系フェライトは、副成分として酸化コバルトのCoO換算で0.1wt%〜0.35wt%、CaO換算で0.005wt%〜0.2wt%を含む。
Coは直流重畳特性の改善に寄与するが、前記範囲で含むことで特には室温から低温度域にかけての直流重畳特性を向上させる機能を発揮する。CoOが0.1wt%未満であると、直流重畳特性を向上するのに十分でなく、0.35wt%を超えると直流重畳特性を逆に低下させてしまうからである。好ましくは、0.2〜0.3wt%であり、−40℃〜85℃の温度領域において、直流バイアス重畳時の透磁率μδが2000以上とすることが出来る。
Caは固有抵抗ρを向上させ、直流重畳特性の改善に寄与するが、前記範囲で含むことで特には室温から高温度域にかけての直流重畳特性を向上させる機能を発揮する。
【0015】
本発明に係るMn−Zn系フェライトの副成分として、Nb、Si、Ta,Zrの少なくとも一種を含んでも良い。好ましい範囲は、NbをNb換算で0.005〜0.03wt%、TaをTa換算で0.01〜0.08wt%、ZrをZrO換算で0.005〜0.08wt%である。もちろん、酸化ニオブ、酸化ケイ素、酸化タンタル、酸化ジルコニアは、上記含有量の範囲内で、それぞれ単独で含有させてもよいし、複数を含有させてもよい。これらの成分は固有抵抗ρを向上させ、−40℃〜85℃の広温度領域における直流重畳特性を、僅かであるが向上させる効果を有する。
Nb、Si、Ta,Zrの副成分を所定の範囲よりも多く添加すると、焼成過程で異常粒成長を生じたりして、所望の磁気特性を得ることができない場合や、機械的強度を低下させる場合がある。
【実施例1】
【0016】
以下、本発明に係る一実施例について説明する。
主成分の出発原料として、Fe、MnO、ZnO、副成分の出発原料として、Co、SiO、CaCO、Nb、Ta、ZrOを用意した。用意した出発原料を、焼成後の組成が表1に示す主成分組成と、CoO 0.25wt%、CaO 0.09wt%、SiO 0.01wt%、Nb 0.005wt%、ZrO 0.02wt%の副成分組成となるように秤量し、まず主成分原料を混合し、仮焼温度890℃、仮焼時間2時間で大気中にて仮焼した。これに副成分原料を加えてボールミルにより所定の大きさに。混合粉砕し、バインダーとしてポリビニルアルコールを加え、スプレードライヤーを用いて造粒した。得られた造粒物を乾式圧縮成形機と金型を用いて成形し、リング状の成形体を得た。
【0017】
次いで、成形体を200℃/hrで昇温した焼成炉にて1370℃で5時間焼成した。安定温度までの雰囲気は酸素分圧POを1%とし、安定温度以降は150℃/hrで徐冷し、室温まで冷却した。安定温度から室温までの雰囲気はフェライトの平衡酸素分圧に従い設定した。このようにして、外径10mm、内径6mm、高さ3mmのトロイダル形状のフェライトコアを得た。
【0018】
こうして得られたフェライトコアに線径が0.1mmのワイヤを15ターン巻き、直流重畳特性を測定した。本実施例では、交流成分の周波数、振幅を一定にし、直流バイアス磁界下(H=30A/m)で、測定周波数100kHz、測定電圧100mVで、LCRメーターを用いて、−40℃,25℃,85℃における透磁率μδを測定した。また、直流バイアス磁界を印加しない状態での初透磁率μiもあわせて測定した。測定結果を表1に示した。
【0019】
表1に示すように、本発明に係る実施例(No.2〜6)の組成範囲では、−40℃〜85℃の温度範囲内で、直流バイアス磁界下(H=30A/m)の透磁率μδが1000以上の値が得られた。本請求範囲外である比較例(No.1,7)では透磁率μδを1000以上に保つことができないことが分かる。また、Feが52.6〜53.2mol%であれば、透磁率μδを2000以上とすることが出来る。
【0020】
【表1】

【実施例2】
【0021】
焼成後の組成がFe 52.95mol%、ZnO 12mol%、残部MnOとなるように秤量した主成分原料を、ボールミルで湿式混合し、スプレードライヤーで乾燥させた後、900℃で2時間仮焼した。この仮焼粉に副成分として焼成後、CaO 0.09wt%、SiO 0.01wt%、Nb 0.005wt%、ZrO 0.02wt%を含有するように加え、さらに表2に示す分量含むようにCoOを加えた。その後、実施例1と同様の手順で試料を作製し、評価を行った。その結果を表2に示す。
【0022】
【表2】

【0023】
表2より実施例(No.9〜13)のCoOを含有する範囲では−40℃〜85℃の温度範囲内で直流バイアス磁界下(H=30A/m)の透磁率は1000以上の値が得られている。本請求範囲外である比較例(No.8,14)ではCoOの効果が乏しく透磁率μδを1000以上に保つことができないことが分かる。CoOが0.2〜0.3wt%であれば、透磁率μδを2000以上とすることが出来る。
なお、実施例1,2の試料(No.1〜14)の固有抵抗は副成分を含有させているため10〜20(Ω・m)と高い値であった。
【実施例3】
【0024】
No.11のフェライトコアに、ワイヤを巻設してパルストランスとした。これを樹脂基板に配置し、一次巻線の両端を前記樹脂基板に設けられた、それぞれ異なる外部接続端子と電気的に接続した。二次巻線の中間タップから延出するワイヤも他の外部接続端子と電気的に接続している。前記二次巻線の両端は、それぞれコモンモードチョークコイルの巻線の一端と直列接続され、前記ワイヤの他端はそれぞれ他の外部接続端子と電気的に接続した。コモンモードチョークコイルはパルストランスと同一の樹脂基板に実装されており、エポキシ樹脂あるいはシリコーン樹脂で封止し、パルストランスとコモンモードチョークコイルを複合した面実装可能なモジュールとした。
コモンモードチョークコイルはパルストランスとを複合して樹脂封止し、一つの絶縁パッケージ構造とすることで、それぞれを回路基板に配置する場合よりも実装面積を減じることが出来、また面実装可能な部品として形成したことで、実装時の取り扱いが容易な広温度帯域で使用可能な電子部品を得ることが出来ることができた。
【実施例4】
【0025】
実施例3で形成したモジュールを用いて、パルストランスの一次巻線が接続される外部接続端子と増幅器等が形成されたトランシーバICと接続し、コモンモードチョークコイルの巻線が接続された外部接続端子をコネクタに接続して、LANカードを作製した。前記LANカードには送受信をコントロールするICも備えている。本実施例によれば、広温度帯域で使用可能な通信用機器を得ることが出来た。
なお本実施例では、パルストランスとコモンモードチョークコイルをモジュール化したものを用いたが、これに限定されるものでは無く、本発明のMn−Zn系フェライトを用いたトランスを採用した通信用機器であれば、本発明の範囲である。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明によれば、直流バイアス重畳時において高い透磁率を示し、かつ広温度領域において優れた直流重畳特性を有するMn−Zn系フェライトを提供することが出来る。このため前記フェライトを用いて構成されたトランスをIP電話や無線LANのアクセスポイント、スイッチングハブ、Webカメラ等のPOE対応回路を備えた機器に用いれば、広温度帯域で使用可能な通信機器を得ることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係るMn−Zn系フェライトをトランスとして用いたPOE対応回路示す回路図である。
【図2】他のPOE対応回路示す回路図である。
【符号の説明】
【0028】
PT パルストランス
CMC コモンモードチョークコイル
CN コネクタ
TX 送信回路
RX 受信回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe換算で52〜53.5mol%、ZnO換算で11〜13mol%、残部がMnOのMn−Zn系フェライトであって、
副成分として酸化コバルトのCoO換算で0.1wt%〜0.35wt%、CaO換算で0.005wt%〜0.2wt%を含み、−40℃〜85℃の温度領域において、直流バイアス重畳時の透磁率μδが1000以上であり、−20℃〜+60℃の間において透磁率μδの最大値を有し、前記透磁率μδの最大値が1500以上であることを特徴とするMn−Zn系フェライト。
【請求項2】
Nb換算で0.005〜0.03wt%、ZrO換算で0.005〜0.08wt%、Ta換算で0.01〜0.08wt%、SiO換算で0.005wt%〜0.025wt%の少なくとも一種を含むことを特徴とする請求項1に記載のMn−Zn系フェライト。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のMn−Zn系フェライトで構成された磁心に巻線を巻設したトランスを用いたことを特徴とする電子部品。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のMn−Zn系フェライトで構成された磁心に巻線を巻設したトランスを用いた通信用機器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−151701(P2006−151701A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−339981(P2004−339981)
【出願日】平成16年11月25日(2004.11.25)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】