説明

MnZn系フェライトおよびトランス用磁心

【課題】80A/mの直流磁場印加の下で、0〜85℃の温度領域における増分透磁率μが250以上、かつ65℃における増分透磁率μが400以上の優れた特性を有するMnZn系フェライトを提供する。
【解決手段】基本成分を、酸化鉄:51.0〜54.5mol%(Fe2O3換算)、酸化亜鉛:8.0〜12.0mol%(ZnO換算)および酸化マンガン:残部とし、副成分を酸化珪素: 50〜400mass ppm(SiO2換算)および酸化カルシウム: 50〜4000mass ppm(CaO換算)としたMnZn系フェライトにおいて、不可避的不純物のうちリン、ホウ素、硫黄および塩素をそれぞれリン:3mass ppm未満、ホウ素:3mass ppm未満、硫黄:5mass ppm未満および塩素:10 mass ppm未満に制限する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁心用として好適なMnZn系フェライト、特にイーサネット(登録商標)機器のパルストランス用磁心に用いて好適なMnZn系フェライトに関するものである。
【背景技術】
【0002】
イーサネット(登録商標)機器では、入出力端子でのインピーダンス整合や電気的絶縁を保つ目的からパルストランスが用いられている。このトランス内部には、磁心として一般的に軟磁性材料が使用されている。また、このパルストランスには、例えば、米国の規格ANSI X3.263-1995[R2000]に規定されているように、-40〜85℃の温度領域において、直流磁場が印加された下で高い増分透磁率μを有することが求められている。
【0003】
また、近年の通信技術の進歩により、イーサネット(登録商標)機器において、伝送速度の高速化のみならず、伝送信号に併せて機器の駆動電力を直接供給しようとする動きがある。この場合、パルストランスには従来よりも大きな電流が印加されて用いられる。そして、大電流に起因して機器内の周辺部品も発熱することから、パルストランスの磁心はより高温の環境下で使用されることになる。従って、パルストランスの磁心に用いられるMnZn系フェライトには、上記した規格に比べて、より高い直流磁場が印加された下での高インダクタンス、すなわち高い増分透磁率μの確保が求められている。なお、増分透磁率μとは、磁場が印加された状態における磁心の磁化のされ易さを示す値である。
【0004】
特許文献1には、MnZnフェライトにコバルト酸化物を含有させることによって、高温下における磁気特性の改善を図る技術が開示されている。しかしながら、パルストランスの磁心用MnZnフェライトは、従来、高い初透磁率μiを得ることを念頭に入れて組成設計されてきたことから、飽和磁束密度が低く、そのため、高温・高磁場の下で十分な増分透磁率μが得られなかった。
【特許文献1】特開2004-196632号公報
【0005】
特許文献2には、増分透磁率μの向上に、リンおよびホウ素の低減が有効であることが提案されている。しかしながら、特許文献2に開示のMnZnフェライトでは、100℃における鉄損低減、実効透磁率上昇を目的として選択された組成であるために、実施例に記載はないものの室温以下の温度における初透磁率μiが低すぎるために、低温環境下で充分に満足のいく増分透磁率μは望み難い。
【特許文献2】特開平7-297020号公報
【0006】
上記した不純物を規定したものとして、特許文献3乃至5に開示された技術がある。
特許文献3には、塩素の含有量を規定することで、100℃以上における鉄損と振幅比透磁率を改善する技術が提案されているが、塩素のみの含有規定では、23℃における増分透磁率μを200以上とすることは不可能であった。
【特許文献3】特開2006-213532号公報
【0007】
特許文献4には、硫黄の含有量を規定することで、電力損失を改善する技術が提案されているが、硫黄の含有量のみの規定では、23℃における増分透磁率μを200以上とすることは不可能であった。
【特許文献4】特開2001-64076号公報
【0008】
特許文献5には、リン、ホウ素、硫黄および塩素の含有量を規定することにより、フェライトの異常粒成長を抑制し、もってフェライトの諸特性への悪影響を防止する技術が提案されている。この技術により、比抵抗が高くかつ角形比の小さいMnZn系フェライトが得られるようになったが、高磁場の下での増分透磁率μについては充分とはいえなかった。
【特許文献5】特開2005-179092号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の問題を有利に解決するもので、幅広い温度領域、特に高温で、かつ高磁場の下においても高い増分透磁率μを有するMnZn系フェライトを、かかるMnZn系フェライトを用いて作製したトランス用磁心と共に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、上記の目的を達成すべく、高磁場印加時に増分透磁率μが低下する原因について検討した。磁場印加時には、磁化される磁心の内部では磁場印加前の状態から磁壁が移動するが、80A/mという大きい磁場印加の下では磁壁移動距離が長いため、磁心内に異常粒が存在した場合には、磁壁が異常粒内に存在する成分偏析や空孔に妨害される確率が高くなる。磁心に不純物成分が一定量以上存在した場合には磁心内部に異常粒成長が発生し、これが磁壁の移動の大きな妨げとなる。そのため、異常粒内の成分偏析等の磁壁移動が妨害される状態では、増分透磁率μの値は極端に低下してしまう。従って、異常粒成長の発生を抑制する必要がある。そこで、この異常粒成長を抑制する手段を検討した結果、MnZn系フェライトにおいて不可避的に存在する不純物であるリン、ホウ素、硫黄および塩素を従来に比べて厳しく制限することが重要であることを見出した。
また、これらの不純物を厳しく制限することの効果は、基本成分である酸化鉄および酸化亜鉛の含有量を適正範囲に調整して飽和磁束密度を高めると同時に、副成分として適正量の酸化珪素および酸化カルシウムを含有させることにより、初透磁率μiを適度に低下させ、80A/mという大きな磁場の印加下においても磁心が磁気飽和を起こさないようにした場合に発揮されることも併せて知見した。
【0011】
すなわち、本発明は、上記知見に立脚するものであり、その要旨構成は次のとおりである。
1.基本成分と副成分と不可避的不純物とからなるMnZn系フェライトであって、
酸化鉄(Fe2O3換算):51.0〜54.5mol%、
酸化亜鉛(ZnO換算):8.0〜12.0mol%および
酸化マンガン(MnO換算):残部
からなる基本成分中に、副成分として、
酸化珪素(SiO2換算): 50〜400mass ppmおよび
酸化カルシウム(CaO換算): 50〜4000mass ppm
を添加し、さらに不可避的不純物のうち、リン、ホウ素、硫黄および塩素をそれぞれ
リン:3mass ppm未満、
ホウ素:3mass ppm未満、
硫黄:5mass ppm未満および
塩素:10 mass ppm未満
に抑制したことを特徴とするMnZn系フェライト。
【0012】
2.上記副成分として、さらに、
酸化コバルト(CoO換算):50〜3000mass ppm
を添加したことを特徴とする上記1に記載のMnZn系フェライト。
【0013】
3.上記副成分として、さらに、
酸化ジルコニウム(ZrO2換算):0.005〜0.075mass%、
酸化タンタル(Ta2O5換算):0.005〜0.075mass%、
酸化ハフニウム(HfO2換算):0.005〜0.075mass%および
酸化ニオブ(Nb2O5換算):0.005〜0.075mass%
のうちから選んだ1種または2種以上を添加したことを特徴とする上記1または2に記載のMnZn系フェライト。
【0014】
4.上記1乃至3のいずれかに記載のMnZn系フェライトからなることを特徴とするトランス用磁心。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、80A/mの直流磁場印加の下で、0〜85℃の幅広い温度領域において、増分透磁率μが250以上を有し、かつ65℃における増分透磁率μが400以上という優れた特性を有するMnZn系フェライト、特にイーサネット(登録商標)機器のパルストランスの磁心に用いて好適なMnZn系フェライトを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明のMnZn系フェライトの基本成分組成を前記の範囲に限定した理由について述べる。
【0017】
酸化鉄(Fe2O3換算):51.0〜54.5mol%
基本成分のうち、酸化鉄51.0mol%未満の場合、あるいは54.5mol%を超える場合ともに、低温度領域および高温度領域のいずれにおいても、直流磁場印加の下での増分透磁率μが劣化する。従って、酸化鉄の含有量は、Fe2O3換算で51.0〜54.5mol%の範囲とした。好ましい酸化鉄の含有量は、Fe2O3換算で52.0〜54.0mol%である。
【0018】
酸化亜鉛(ZnO換算):8.0〜12.0mol%
酸化亜鉛の含有量が8.0mol%未満の場合、直流磁場印加の下で充分な増分透磁率μが得られない。一方、酸化亜鉛の含有量が12.0mol%を超える場合、低温度領域においては、直流磁場印加の下での増分透磁率μが低下し、高温度領域においては、強磁性体が磁性を失うキュリー温度が低下することから、やはり直流磁場印加の下での増分透磁率μが著しく低下する。従って、酸化亜鉛の含有量は、ZnO換算で8.0〜12.0mol%の範囲とした。好ましい酸化亜鉛の含有量は、ZnO換算で9.0〜11.0mol%の範囲である。
【0019】
酸化マンガン(MnO換算):残部
本発明はMnZn系フェライトであり、基本成分組成における残部は酸化マンガンである必要がある。その理由は、酸化マンガンを含有させることにより、80A/mの直流磁場印加の下での増分透磁率μが0〜85℃において250以上、65℃においては400以上という高い値を得るためである。
なお、基本成分である酸化鉄、酸化亜鉛および酸化マンガンは、それぞれFe2O3、ZnOおよびMnOに換算した値の合計量が100mol%となるように調整する。
【0020】
次に、本発明のMnZn系フェライトの副成分組成を前記の範囲に限定した理由について述べる。
【0021】
酸化珪素(SiO2換算):50〜400mass ppm
酸化珪素は、結晶粒内に残留する空孔を減少させるにより、直流磁場印加の下での増分透磁率μを高める効果がある。しかしながら、酸化珪素の含有量が50mass ppmに満たないとその添加効果に乏しく、一方、酸化珪素の含有量が400mass ppmを超えると、異常粒が出現し、直流磁場印加の下での増分透磁率μの値を著しく低下させる。従って、酸化珪素の含有量は、SiO2換算で50〜400mass ppmの範囲とした。好ましい酸化珪素の含有量は、SiO2換算で100〜250mass ppmの範囲である。
【0022】
酸化カルシウム(CaO換算):50〜4000mass ppm
酸化カルシウムは、MnZn系フェライトの結晶粒界に偏析し、結晶粒の成長を抑制する効果を通じて、初透磁率μiの値を適度に低下させ、直流磁場印加の下での増分透磁率μの向上に有効に寄与する。しかし、酸化カルシウムの含有量が50mass ppmに満たないと充分な粒成長抑制効果が得られず、一方、酸化カルシウムの含有量が4000mass ppmを超えると、異常粒が出現し、直流磁場印加の下での増分透磁率μの値を著しく低下させる。従って、酸化カルシウムの含有量は、CaO換算で50〜4000mass ppmの範囲とした。好ましい酸化カルシウムの含有量は、CaO換算で250〜2500mass ppmの範囲である。
なお、23℃における初透磁率μiの値の好適範囲は、2500〜4500とする。
【0023】
また、本発明では、不純物中、特にリン、ホウ素、硫黄および塩素を同時に、以下の範囲に制限することが直流磁場印加の下での増分透磁率μを向上させる上で重要である。
【0024】
リン:3mass ppm未満、ホウ素:3mass ppm未満
リンおよびホウ素は、原料酸化鉄から混入する不可避的不純物である。リンおよびホウ素のいずれかの含有量が3mass ppm以上の場合には、異常粒成長を誘発し、直流磁場印加:80A/mの下での増分透磁率μを著しく低下させる。従って、リンおよびホウ素の含有量はともに3mass ppm未満に制限した。
なお、リンおよびホウ素をともに3mass ppm未満に制限するための方法として、例えば、リンおよびホウ素の含有量が極力少ない高純度の酸化鉄、酸化亜鉛および酸化マンガンを原料粉として使用することが挙げられる。また、混合・粉砕時に用いるボールミルやアトライターの媒体についても、媒体の摩耗による混入のおそれを回避するため、リンやホウ素の含有量が少ないものを使用することが好ましい。
【0025】
硫黄:5mass ppm未満
硫黄は、硫化鉄を経て得られる原料酸化鉄から混入する不可避的不純物である。硫黄の含有量が5mass ppm以上の場合には、異常粒成長を誘発し、直流磁場印加:80A/mの下での増分透磁率μを著しく低下させる。従って、硫黄の含有量は5mass ppm未満に制限した。さらに、硫黄の含有量を4mass ppm未満に制限することは、より好ましい。
なお、硫黄を5mass ppm未満に制限するための方法としては、例えば、MnZn系フェライトを製造する際、800℃以上の大気雰囲気下で行われる仮焼工程の時間を長くすることにより、硫黄と酸素を充分に反応させて硫黄の含有量を低減させる方法が挙げられる。
【0026】
塩素:10mass ppm未満
塩素は、塩化鉄を経て得られる原料酸化鉄から混入する不可避的不純物である。塩素の含有量が10mass ppm以上の場合には、異常粒成長を誘発し、直流磁場印加:80A/mの下での増分透磁率μを著しく低下させる。従って、塩素の含有量は10mass ppm未満に制限した。さらに、塩素の含有量を8mass ppm未満に制限することは、より好ましい。
なお、塩素を10mass ppm未満に制限するための方法としては、例えば、MnZn系フェライトを製造する際、原料酸化鉄を純水で充分に洗浄することにより、イオン化しやすい塩素を純水中に溶かし込み、塩素の含有量を低下させる方法が挙げられる。
【0027】
以上に述べたように、MnZn系フェライト中の不可避的不純物のうち、リン、ホウ素、硫黄および塩素のすべてを上記した含有量に制限することにより、直流磁場印加:80A/mの下で、0〜85℃の温度領域における増分透磁率μが250以上、かつ65℃における増分透磁率μが400以上という優れた特性を得ることができる。
なお、リン、ホウ素、硫黄および塩素以外の不可避的不純物の含有量は、いずれも50mass ppm以下に抑制することが好ましいが、特に制限するものではない。
【0028】
本発明のMnZn系フェライトにおいては、上記した成分以外に、副成分として、さらに以下の述べる成分を含有させることができる。
【0029】
酸化コバルト(CoO換算):50〜3000mass ppm
正の磁気異方性を有する酸化コバルトを適量含有させることで、0〜85℃の広い温度領域にわたり直流磁場印加の下での増分透磁率μの上昇が可能である。酸化コバルトの含有量が50mass ppm未満の場合、その添加効果に乏しい。一方、酸化コバルトの含有量が3000mass ppmを超えると、全温度域で直流磁場印加の下での増分透磁率μが低下する。従って、酸化コバルトの含有量は、CoO換算で50〜3000mass ppmの範囲とした。
【0030】
酸化ジルコニウム(ZrO2換算):0.005〜0.075mass%、酸化タンタル(Ta2O5換算):0.005〜0.075mass%、酸化ハフニウム(HfO2換算):0.005〜0.075mass%および酸化ニオブ(Nb2O5換算):0.005〜0.075mass%のうちから選んだ1種または2種以上
これらの成分はいずれも高い融点をもつ化合物であり、MnZn系フェライトに含有させた場合には結晶粒を小さくする働きをもつことから、粗大な結晶粒の生成を抑制し、直流磁場印加の下での増分透磁率μを向上させることができる。この効果は、酸化ジルコニウ(ZrO2換算)ム:0.0055mass%未満、酸化タンタル(Ta2O5換算):0.005mass%未満、酸化ハフニウム(HfO2換算):0.005mass%未満および酸化ニオブ(Nb2O5換算):0.005未満の含有では充分には得られない。一方、それぞれの含有量が、酸化ジルコニウム(ZrO2換算):0.075mass%、酸化タンタル(Ta2O5換算):0.075mass%、酸化ハフニウム(HfO2換算):0.075mass%および酸化ニオブ(Nb2O5換算):0.075mass%を超えると、異常粒の発生により、直流磁場印加の下での増分透磁率μが低下する。従って、これらの化合物の含有量は、それぞれ上記の範囲とした。
なお、以上の添加物群については、酸化コバルトと同時に加えることにより、80A/mの磁場印加の下での増分透磁率μの値を大幅に上昇させることができる。これについては、原因は明らかにはなっていないが、酸化コバルトおよび酸化ジルコニウム、酸化タンタル、酸化ハフニウム若しくは酸化ニオブを同時に加えた際に増分透磁率μを上昇させる何らかの化合物が生成しているためではないかと考えられる。
【0031】
次に、本発明のMnZn系フェライトの好適粒径について説明する。
上記したように、異常粒の発生は直流磁場印加の下での増分透磁率μを低下させる。従って、平均結晶粒径は5〜15μm未満とすることが好ましい。
【0032】
次に本発明のMnZn系フェライトの好適な製造方法について説明する。
まず、所定の比率になるように、酸化鉄、酸化亜鉛および酸化マンガンの粉末を秤量し、これらを充分に混合した後に仮焼を行う。次に、得られた仮焼粉を粉砕する。さらに、上記した副成分を加える際は、それらを所定の比率で加え、仮焼粉と同時に粉砕を行う。この作業で、加えた成分の濃度に偏りがないように粉末の充分な均質化を行う必要がある。目標組成の粉末をポリビニルアルコール等の有機物バインダーを用いて造粒し、圧力を加えて成形後、適宜の焼成条件の下で焼成を行う。
【0033】
かくして得られたMnZn系フェライトは、従来のMnZn系フェライトでは不可能であった、80A/mという大きな直流磁場印加の下、0〜85℃の温度領域における増分透磁率μが250以上、かつ65℃における増分透磁率μが400以上という高い値を実現することができる。
なお、従来のMnZn系フェライトでは、80A/mという大きな直流磁場印加の下では、0〜85℃の温度領域における増分透磁率μの最も低い値は150程度、また65℃における増分透磁率μは高くても300程度にすぎなかった。
【実施例1】
【0034】
表1に示す比率になるように秤量した各原料粉末を、ボールミルを用いて16時間混合した後、空気中で925℃で3時間の仮焼を行った。次に、ボールミルで12時間粉砕を行い、得られた混合粉にポリビニルアルコールを加えて造粒し、118MPaの圧力をかけトロイダルコアを成形した。その後、この成形体を焼成炉に挿入して、最高温度:1350℃で焼成を行い、外径:25mm、内径:15mmおよび高さ:5mmの焼結体コアを得た。
【0035】
なお、酸化鉄をはじめとする原料はすべて高純度のものを用い、塩素をほとんど含有しない純水で充分に洗浄した。また、混合・粉砕媒体であるボールミルについては、リンおよびホウ素の含有量が低いものを用い、仮焼は空気流下で充分に行った。これにより、全ての試料における不純物は、リン:2mass ppm、ホウ素:2mass ppm、硫黄:3mass ppmおよび塩素:6mass ppmであった。
【0036】
かくして得られた各試料について、10ターンの巻線を施し、直流印加装置(42841A:アジレント・テクノロジ社製)を用いて80A/mの直流磁場を磁心に印加した状態で、LCRメータ(4284A:アジレント・テクノロジ社製)を用い、測定電圧:100mV、測定周波数:100kHzにおける0、23、65および85℃での増分透磁率μを測定した。初透磁率μiは、23℃においてLCRメータ(4284A)を用い測定した。また、各試料の結晶粒径については、コアを切断し、破断面を研磨したものを光学顕微鏡を用いて500倍で異なる3視野を撮影し、画像内に含まれる粒子について測定した粒径から平均結晶粒径を算出した。
得られた結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
同表に示したとおり、発明例である試料番号1-3、1-4、1-7および1-10のすべてについて、80A/mの直流磁場を印加した下で、0〜85℃の温度領域における増分透磁率μが250以上、かつ65℃における増分透磁率μが400以上という優れた特性が得られることが確認できた。
【0039】
これに対し、酸化鉄(Fe2O3換算)が54.5mol%より多い比較例(試料番号1-1)および酸化鉄(Fe2O3換算)が51.0mol%未満の比較例(試料番号1-2)では、80A/mの直流磁場印加の下で、0および85℃における増分透磁率μの値は250未満であり、また65℃における増分透磁率μの値も400未満に低下していた。
【0040】
また、酸化亜鉛(MnO換算)が12.0mol%より多い比較例(試料番号1-5)では、80A/mの直流磁場印加の下で、85℃における増分透磁率μの値は250未満であり、また65℃における増分透磁率μの値も400未満に低下していた。一方、酸化亜鉛(ZnO換算)が8.0mol%未満の比較例(試料番号1-6)では、80A/mの直流磁場印加の下で、全温度域で増分透磁率μが低下し、0℃における増分透磁率μの値は250未満であり、また65℃における増分透磁率μの値も400未満まで低下していた。
【0041】
さらに、酸化珪素および酸化カルシウムに注目すると、これらのうちどちらかの含有量が適正範囲よりも少ない比較例(試料番号1-8および1-9)では、初透磁率μiが過度に上昇した結果、全温度域での増分透磁率μの値は、発明例と比べて低下しており、80A/mの直流磁場印加の下で、0℃における増分透磁率μの値は250未満であり、かつ65℃における増分透磁率μの値も400未満であった。一方、酸化珪素および酸化カルシウムのどちらかの含有量が適正範囲よりも多い比較例(試料番号1-11、1-12および1-13)では、異常粒が出現し、その結果、80A/mの直流磁場印加の下で、増分透磁率μは全温度域において大幅に劣化していた。
【実施例2】
【0042】
リン、ホウ素、硫黄および塩素の含有量が異なる種々の酸化鉄原料を使用し、試料における含有量が最終的に、リン:10mass ppm以下、ホウ素:10mass ppm以下、硫黄:15mass ppm以下および塩素:30mass ppm以下となるように計算した上で、酸化鉄(Fe2O3換算):52.0mol%、酸化亜鉛(ZnO換算):10.0mol%および酸化マンガン(MnO換算):残部となるように原料を秤量し、ボールミルを用いて16時間混合した後、空気中で925℃で3時間仮焼を行った。次に、ボールミルで12時間粉砕を行い、得られた混合粉にポリビニルアルコールを加えて造粒し、118MPaの圧力をかけトロイダルコアを成形した。その後、この成形体を焼成炉に入れ、最高温度:1350℃で焼成を行い、外径:25mm、内径:15mmおよび高さ:5mmの焼結体コアを得た。
なお、上記と同様の方法で、次の2つの従来例を製作した。1つ目の従来例は、試料における含有量が最終的に、基本成分として、酸化鉄(Fe2O3換算):49.0mol%、酸化亜鉛(ZnO換算):21.0mol%、酸化コバルト(CoO換算):2.0mol%および酸化マンガン(MnO換算):残部、不純物がリン:2mass ppm、ホウ素:2mass ppm、硫黄:3mass ppm以下および塩素:6mass ppmとなるものであり、2つ目の従来例は、前記の従来例に副成分として、さらに酸化珪素(SiO2換算):0.015mass%および酸化カルシウム(CaO換算):0.050mass%を添加したものである。
【0043】
かくして得られた各試料について、10ターンの巻線を施し、実施例と同一の直流印加装置およびLCRメータを用いて、80A/mの直流磁場を磁心に印加した状態で、測定電圧:100mV、測定周波数:100kHzにおける0、23、65および85℃での増分透磁率μを測定した。初透磁率μiは、23℃においてLCRメータ(4284A)を用い測定した。また、各試料の結晶粒径については、コアを切断し、破断面を研磨したものを光学顕微鏡を用いて500倍で異なる3視野を撮影し、画像内に含まれる粒子について測定した粒径から平均結晶粒径を算出した。
得られた結果を表2に示す。
【0044】
【表2】

【0045】
同表に示したとおり、リンおよびホウ素の含有量がそれぞれ3mass ppm未満、硫黄の含有量が5mass ppm未満、かつ塩素の含有量が10mass ppm未満である発明例(試料番号1-4および2-1)では、80A/mの直流磁場印加の下で、0〜85℃の温度領域における増分透磁率μが250以上で、かつ65℃における増分透磁率μが400以上という優れた特性を有していることが確認された。
【0046】
これに対し、リン、ホウ素、硫黄および塩素のうち一つでもその含有量が適正範囲よりも多い比較例(試料番号2-2〜2-12)では、80A/mの直流磁場印加の下で、0〜85℃における増分透磁率μの値が250未満であり、また65℃における増分透磁率μの値も400未満に低下していた。
【実施例3】
【0047】
試料番号1-4と同組成の仮焼粉(ただし、リン:2mass ppm、ホウ素:2mass ppm、硫黄:3mass ppmおよび塩素:6mass ppmに調整)に、副成分として酸化コバルトを、それぞれ最終組成がそれぞれ表3に示す比率になるように含有させ、ボールミルで12時間粉砕を行った。この粉砕粉にポリビニルアルコールを加えて造粒し、118MPaの圧力を加えてトロイダルコアを成形し、その後、この成形体を焼成炉に入れ、最高温度:1350℃で焼成を行い、外径:25mm、内径:15mmおよび高さ:5mmの焼結体コアを得た。
【0048】
かくして得られた各試料について、10ターンの巻線を施し、実施例と同一の直流印加装置およびLCRメータを用いて、80A/mの直流磁場を磁心に印加した状態で、測定電圧:100mV、測定周波数:100kHzにおける0、23、65および85℃での増分透磁率μを測定した。初透磁率μiは、23℃においてLCRメータ(4284A)を用い測定した。また、各試料の結晶粒径については、コアを切断し、破断面を研磨したものを光学顕微鏡を用いて500倍で異なる3視野を撮影し、画像内に含まれる粒子について測定した粒径から平均結晶粒径を算出した。
得られた結果を表3に示す。
【0049】
【表3】

【0050】
同表に示したように、正の磁気異方性を有する酸化コバルトを適量含有させた発明例(試料番号3-1〜3-4)はいずれも、80A/mの直流磁場印加の下で、0〜85℃の温度領域における増分透磁率μが350以上、かつ65℃における増分透磁率μが550以上であり、酸化コバルトを添加していない発明例(試料番号1-4)と比べて、増分透磁率μがより一層改善されていることが確認された。
【0051】
これに対し、酸化コバルトの含有量が3000mass ppmよりも多い比較例(試料番号3-5〜3-7)では、80A/mの直流磁場印加の下での増分透磁率μが、全温度域で大幅に低下していた。
【0052】
また、基本成分または基本成分と副成分の両方が特許文献5と同一で、リン、ホウ素、硫黄および塩素を本発明の範囲に制限した従来例(試料番号2-13および2-14)はいずれも、80A/mの直流磁場印加の下での増分透磁率μが、特に65℃および85℃の高温域で著しく低下していた。
【実施例4】
【0053】
試料番号1-4と同組成の仮焼粉(ただし、リン:2mass ppm、ホウ素:2mass ppm、硫黄:3mass ppmおよび塩素:6mass ppmに調整)に、副成分として酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ハフニウムおよび酸化ジルコニウムを、最終組成がそれぞれ表4に示す比率になるように含有させ、ボールミルで12時間粉砕を行った。この粉砕粉にポリビニルアルコールを加えて造粒し、118MPaの圧力を加えてトロイダルコアを成形し、その後、この成形体を焼成炉に入れ、最高温度:1350℃で焼成を行い、外径:25mm、内径:15mmおよび高さ:5mmの焼結体コアを得た。
【0054】
かくして得られた各試料について、10ターンの巻線を施し、実施例と同一の直流印加装置およびLCRメータを用いて、80A/mの直流磁場を磁心に印加した状態で、測定電圧:100mV、測定周波数:100kHzにおける0、23、65および85℃での増分透磁率μを測定した。初透磁率μiは、23℃においてLCRメータ(4284A)を用い測定した。また、各試料の結晶粒径については、コアを切断し、破断面を研磨したものを光学顕微鏡を用いて500倍で異なる3視野を撮影し、画像内に含まれる粒子について測定した粒径から平均結晶粒径を算出した。
得られた結果を表4に示す。
【0055】
【表4】

【0056】
同表に示したように、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ハフニウムおよび酸化ジルコニウムの1種または2種以上を適量含有させた発明例(試料番号4-1〜4-15)はいずれも、粗大な結晶粒の出現が抑制された結果、80A/mの直流磁場印加の下で、0〜85℃の温度領域における増分透磁率μが300以上、かつ65℃における増分透磁率μが500以上であり、これらを添加していない発明例(試料番号1-4)と比べて、増分透磁率μがより一層改善されていることが確認された。
【0057】
これに対し、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ハフニウムおよび酸化ジルコニウムのうち一つでもその含有量が適正範囲よりも多い比較例(試料番号4-16〜4-18)はいずれも、異常粒成長が発生し、80A/mの直流磁場印加の下で、増分透磁率μは全温度域において大幅に劣化していた。
【実施例5】
【0058】
試料番号3-2と同組成(酸化コバルト含有)の仮焼粉(ただし、リン:2mass ppm、ホウ素:2mass ppm、硫黄:3mass ppmおよび塩素:6mass ppmに調整)に、さらに、副成分として酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ハフニウムおよび酸化ジルコニウムを、最終組成がそれぞれ表5に示す比率になるように含有させ、ボールミルで12時間粉砕を行った。この粉砕粉にポリビニルアルコールを加えて造粒し、118MPaの圧力を加えてトロイダルコアを成形し、その後、この成形体を焼成炉に入れ、最高温度:1350℃で焼成を行い、外径:25mm、内径:15mmおよび高さ:5mmの焼結体コアを得た。
【0059】
かくして得られた各試料について、10ターンの巻線を施し、実施例と同一の直流印加装置およびLCRメータを用いて、80A/mの直流磁場を磁心に印加した状態で、測定電圧:100mV、測定周波数:100kHzにおける0、23、65および85℃での増分透磁率μを測定した。初透磁率μiは、23℃においてLCRメータ(4284A)を用い測定した。また、各試料の結晶粒径については、コアを切断し、破断面を研磨したものを光学顕微鏡を用いて500倍で異なる3視野を撮影し、画像内に含まれる粒子について測定した粒径から平均結晶粒径を算出した。
得られた結果を表5に示す。
【0060】
【表5】

【0061】
同表に示したように、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ハフニウムおよび酸化ジルコニウムを1種または2種以上を適量含有させた発明例(試料番号5-1〜5-15)はいずれも、粗大な結晶粒の出現が抑制され、酸化コバルト含有による相乗効果も相まって、80A/mの直流磁場印加の下で、0〜85℃の温度領域における増分透磁率μが450以上、かつ65℃における増分透磁率μが800以上であり、これらを添加していない発明例(試料番号3-2)と比べて、増分透磁率μがより一層改善されていることが確認された。
【0062】
これに対し、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ハフニウムおよび酸化ジルコニウムのうち一つでもその含有量が適正範囲よりも多い比較例(試料番号5-16〜5-18)ではいずれも異常粒成長が発生し、80A/mの直流磁場印加の下で、増分透磁率μは全温度域において大幅に劣化していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基本成分と副成分と不可避的不純物とからなるMnZn系フェライトであって、
酸化鉄(Fe2O3換算):51.0〜54.5mol%、
酸化亜鉛(ZnO換算):8.0〜12.0mol%および
酸化マンガン(MnO換算):残部
からなる基本成分中に、副成分として、
酸化珪素(SiO2換算): 50〜400mass ppmおよび
酸化カルシウム(CaO換算): 50〜4000mass ppm
を添加し、さらに不可避的不純物のうち、リン、ホウ素、硫黄および塩素をそれぞれ
リン:3mass ppm未満、
ホウ素:3mass ppm未満、
硫黄:5mass ppm未満および
塩素:10 mass ppm未満
に抑制したことを特徴とするMnZn系フェライト。
【請求項2】
上記副成分として、さらに、
酸化コバルト(CoO換算):50〜3000mass ppm
を添加したことを特徴とする請求項1に記載のMnZn系フェライト。
【請求項3】
上記副成分として、さらに、
酸化ジルコニウム(ZrO2換算):0.005〜0.075mass%、
酸化タンタル(Ta2O5換算):0.005〜0.075mass%、
酸化ハフニウム(HfO2換算):0.005〜0.075mass%および
酸化ニオブ(Nb2O5換算):0.005〜0.075mass%
のうちから選んだ1種または2種以上を添加したことを特徴とする請求項1または2に記載のMnZn系フェライト。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載のMnZn系フェライトからなることを特徴とするトランス用磁心。

【公開番号】特開2009−173483(P2009−173483A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−13135(P2008−13135)
【出願日】平成20年1月23日(2008.1.23)
【出願人】(591067794)JFEケミカル株式会社 (220)
【Fターム(参考)】