説明

Mo合金粉末の製造方法およびスパッタリングターゲット材の製造方法

【課題】 溶射法、化学的方法、電子ビーム溶解法などのコストが高い方法を利用することなく、使用済みのMo合金ターゲット材から、Mo合金粉末を容易にかつ安価に安定して製造する方法を提供する。
【解決手段】 4A族元素(Ti、Zr、Hf)、5A族元素(V、Nb、Ta)から選ばれる元素を含有する使用済みのMo合金からなるスパッタリングターゲット材を水素雰囲気中で熱処理を施した後、粉砕処理を施して微粉末とし、次いで100Pa以下の減圧雰囲気中もしくは不活性ガス中で熱処理を施すMo合金粉末の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリングターゲット材等に使用するMo合金焼結体を製造するためのMo合金粉末の製造方法およびターゲット材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、液晶ディスプレイ(Liquid Crystal Display、以下LCDという)等の平面表示装置の薄膜電極および薄膜配線等には、Moに4A族元素(Ti、Zr、Hf)、5A族元素(V、Nb、Ta)を添加したMo合金からなる金属薄膜が用いられている。これらの金属薄膜の形成はマグネトロンスパッタリング法により行われている。マグネトロンスパッタリング法とは、形成しようとする薄膜と同一組成のターゲット材と呼ばれる母材の裏面にマグネットを配置し、マグネットから発生する磁束によりターゲット表面にプラズマを収束させてスパッタリングを行う成膜方法である。この方法では、ターゲット材はプラズマが収束した部分が集中的に消耗するため使用効率が非常に低い。
【0003】
このため、これらの使用済みMo合金ターゲット材を二次資源として再利用する方法が検討されている。
例えば、使用済みターゲット材と同じ材質の粒子を使用済みターゲット材にプラズマ溶射あるいは溶射することによりターゲット材を再生する方法が提案されている(特許文献1参照)。
また、使用済みターゲット材を溶液に溶かして化学的に分離し、金属粉末に再生する化学的湿式分離方法がある。
さらに、使用済みターゲット材を電子ビーム溶解により精錬して高純度化したインゴットを作製して再生する方法もある。
【特許文献1】特開平11-269639号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された溶射法では表面に生成された溶射皮膜に空孔が多く残留するため緻密で健全な組織を供えたターゲット材を得難い問題がある。
また、上述の化学的方法は溶液の取り扱いに伴う廃液処理にかかるコストや環境負荷の問題がある。
さらに、電子ビーム溶解によって溶解インゴットを作製する方法は、インゴットの加工が困難であるという問題がある。
【0005】
本発明の目的は、上述した再利用が困難な使用済みMo合金ターゲット材から再生利用するためのMo合金粉末を容易にかつ安価に安定して製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、使用済みMo合金ターゲット材を水素雰囲気中で熱処理を施すことでターゲット材に水素を吸蔵させて脆弱化させ粉砕性を向上させること、さらに粉砕処理を施した微粉末を減圧雰囲気中もしくは不活性ガス中で熱処理を施して吸蔵させた水素を放出させることで、使用済みのターゲット材と同等レベルの純度を有するMo合金粉末を製造することが可能であることを見出し、本発明に到達した。
【0007】
すなわち、本発明は、4A族元素(Ti、Zr、Hf)、5A族元素(V、Nb、Ta)から選ばれる元素を含有するMo合金からなるスパッタリングターゲット材を水素雰囲気中で熱処理を施し後、粉砕処理を施して微粉末とし、次いで100Pa以下の減圧雰囲気中もしくは不活性ガス中で熱処理を施すMo合金粉末の製造方法である。
【0008】
また、好ましくは、前記粉砕処理により平均粒径で20〜1000μmの微粉末とするMo合金粉末の製造方法である。
また、本発明は、上記の製造方法で得られたMo合金粉末を焼結するスパッタリングターゲット材の製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、使用済みMo合金ターゲット材から、容易にかつ安価に安定して再生用のMo合金粉末を製造することが可能となり、また、Mo合金ターゲット材を安価に安定的に製造することが可能となり、二次資源の有効活用、省エネルギーの両面において効果は高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の重要な特徴のひとつは、4A族元素(Ti、Zr、Hf)、5A族元素(V、Nb、Ta)から選ばれる元素を含有するMo合金からなるスパッタリングターゲット材を水素雰囲気中で熱処理を施して、脆弱化させることで粉砕性を大幅に改善した後、粉砕処理を施して微粉末とすることにある。
【0011】
4A族元素(Ti、Zr、Hf)、5A族元素(V、Nb、Ta)の単体もしくはこれらの合金は、水素雰囲気で熱処理を施すことにより水素との固溶体もしくは水素化物が生成される。これらの水素との固溶体もしくは水素化物は非常に脆弱であり、条件によっては自己粉砕する。本発明者らの検討によれば、純Moは水素脆化の効果を有しないが、4A族元素(Ti、Zr、Hf)、5A族元素(V、Nb、Ta)から選ばれる元素を含有したMo合金は上記性質を持ち、いわゆる水素脆化を利用した粉砕が可能である。
なお、4A族元素(Ti、Zr、Hf)、5A族元素(V、Nb、Ta)から選ばれる元素を含有させたMo合金で水素脆化の効果をより好適に適用するためには、Mo合金としては、水素脆化の効果を有する4A族元素(Ti、Zr、Hf)、5A族元素(V、Nb、Ta)から選ばれる元素を30原子%以上含むMo合金であることが望ましい。その際のMo合金は40原子%以上のMoを主成分として含有するものとする。
【0012】
例えば、使用済みMo合金ターゲット材の組織が、母相であるMo相に4A族元素、5A族元素から選ばれる元素の単体相もしくは合金相が分散した状態である場合には、4A族元素、5A族元素の単体相もしくは合金相が水素脆化して粉砕可能となる。
【0013】
また、使用済みMo合金ターゲット材が4A族元素とMoとからなる合金の場合には、組織としてα相(六方最密構造)とβ相(体心立方格子)が存在し得る。この両者はいずれも水素を固溶するが、β相(体心立方格子)の方が水素の固溶限が大きく、脆化が顕著なため、粉砕が容易である。よって、前記使用済みMo合金ターゲット材に予め熱処理を施すなどしてβ相(体心立方格子)を生成しておくと粉砕性が向上するためより好ましい。
また、水素雰囲気中の熱処理条件としては、0.1MPa(大気圧)以下の圧力においても水素含有合金の生成が可能であるが、より高い圧力に設定することにより、短時間で効率良くしかも低温で水素含有合金を生成することができる。また、圧力一定下においては熱処理温度を高温に設定することで、水素侵入の障害となる表面酸化物を除去し、短時間で効率良く水素含有合金を生成しやすくなる。最適な温度条件は合金組成や表面状態によって異なるが、好ましくは500℃以上である。
【0014】
粉砕処理においては、例えば、ボールミル、振動ミル等による摩擦力を主応力とする粉砕処理の方法を適用できる。また、ロールクラッシャー等の圧縮力、せん断力を主応力とする粉砕処理の方法、あるいは摩擦力との組合せによる粉砕処理の方法も、適用できる。特に、生産性や粒度コントロールの点では、ハンマーミルやインパクトミル等の衝撃力を主応力とする衝撃粉砕による粉砕処理が望ましい。
なお、これらの方法で粉砕を行う際には酸化が生じ易いため、粉砕空間内を希ガスや窒素ガスなどの不活性雰囲気とすることが好ましい。
【0015】
また、水素脆性を利用して粉砕処理を施した後の微粉末は多量の水素を含有するため、使用済みMo合金ターゲット材と同等レベルの純度とするために脱水素処理を行う。具体的には、水素を放出させるために、100Pa以下の減圧雰囲気中もしくは不活性ガス中で熱処理を施すことにより効率的に脱水素処理を行う。脱水素処理に適切な加熱条件はMo合金の組成や微粉末の粒径によって異なるが、おおよそ200℃付近から脱水素反応が始まることが確認できたため200℃以上に設定すると良い。なお、加熱温度が高過ぎると、粉砕処理後の微粉末が拡散により焼結される恐れがある。よって、微粉末に含まれる水素を効率的に除去するために熱処理の加熱条件は200〜1500℃に設定することが好ましい。
【0016】
なお、脱水素反応が起こる温度は示差熱分析や示差走査熱量分析により測定可能である。示差熱分析(Differential Thermal Analysis)とは試料と基準試料とを一定の速度で昇温または降温し、両者の温度差を測定することで反応温度を測定する方法である。また、示差走査熱量分析(Differential Scanning Calorymetry)とは試料と基準試料を炉内に対称的において加熱または冷却し、その時、両者に流れる熱量の差をホルダー下部についている熱電対により測定、記録することで反応熱と反応温度を測定する方法である。
【0017】
また、脱水素処理を行う不活性ガス中での熱処理におけるガス種としては、希ガスや窒素ガスが考えられるが、特に比較的廉価で、Mo、4A族元素、5A族元素のいずれとも反応しないArガスが特に好ましい。
【0018】
なお、本発明の製造方法においては、100Pa以下の減圧雰囲気中もしくは不活性ガス中での熱処理であっても、酸素との親和力が強い4A族元素の金属相や5A族元素の金属相の部分が、炉内に残留する酸素により酸化され易い傾向にある。この問題は、熱処理炉内の清浄化によって改善が可能であるが、困難な場合には、酸素ゲッター金属として酸素との親和力が強いTi、Zr、Hf、Ca、希土類元素やこれらの混合物からなるゲッター材を炉内に配置することにより酸化を防止することができる。
【0019】
上記本発明の方法により作製されるMo合金粉末を加圧焼結用の原料粉末として再生使用する場合は、加圧容器への充填密度を考慮すると、平均粒径で20〜1000μmとすることが望ましい。その理由は20μm未満では容器への充填密度が低くなるためであり、平均粒径で1000μmを超える場合は、粉末間のブリッジ現象で充填密度が上がらない問題があり、焼結体の結晶粒径が粗大となりスパッタリング時の異常放電の原因となるためである。
【0020】
また、本発明により得られるMo合金粉末は、使用済みのMo合金ターゲット材と同等レベルの純度を有し、この粉末を焼結することで容易に純度の高いターゲット材が得られるのでターゲット材の製造方法として好適である。
【実施例1】
【0021】
本発明の実施例について以下に説明する。
市販のMo粉とTi粉との混合粉を加圧焼結した焼結体からなるMo-50at%Ti合金ターゲット材に関してスパッタリング成膜後の使用済みターゲット材を用意した。この使用済みターゲット材の表面をアセトン、エタノールの順で洗浄し、表面の汚れを除去した後、十分に乾燥させた。次に、水素圧力を0.115MPaとした加熱炉内で400〜1000℃で1時間保持する熱処理を行った後、各温度条件における使用済みターゲット材の水素含有量を不活性ガス溶解熱伝導度法により測定し、粉砕可否をハンマーで叩いて確認した。以上の結果を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
表1に示すように、熱処理温度500℃以上で水素含有量が著しく増加し、これに伴い使用済みターゲット材が脆化し粉砕可能となったことが判る。
【0024】
続いて、脱水素反応が起こる温度を確認するため、水素雰囲気中で500℃で熱処理を施した使用済みターゲット材を粉砕処理して1000μm以下の微粉末とし、この微粉末を不活性ガスであるArガス雰囲気中で示差熱分析を行った。図1に温度曲線と示差熱曲線を示す。図1に示す通り292℃付近に吸熱反応が認められ、この温度付近で脱水素反応が起こることが確認された。
【0025】
次に、上記の水素雰囲気中で500℃で熱処理を施した使用済みのターゲット材をボールミルを使用して粉砕し、60メッシュの篩を用いて250μm以下の微粉末に分級した。その後、上記の示差熱分析で確認した結果に基づき微粉末の脱水素処理を行うため、微粉末をMo製の容器に入れ、真空炉で100Pa以下の減圧条件において600℃で2時間保持する熱処理を施した後取り出した。この粉末の水素含有量を分析したところ0.0125質量%であり、脱水素されていることが確認された。さらに、この粉末を焼結に供したところ、使用済ターゲット材と同等の品位を備えた焼結体が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施例1で水素雰囲気中熱処理後に粉砕したMo−50at%Ti粉の示差熱曲線を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4A族元素(Ti、Zr、Hf)、5A族元素(V、Nb、Ta)から選ばれる元素を含有する使用済みMo合金からなるスパッタリングターゲット材を水素雰囲気中で熱処理を施した後、粉砕処理を施して微粉末とし、次いで100Pa以下の減圧雰囲気中もしくは不活性ガス中で熱処理を施すことを特徴とするMo合金粉末の製造方法。
【請求項2】
前記粉砕処理により平均粒径で20〜1000μmの微粉末とすることを特徴とする請求項1に記載のMo合金粉末の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載のMo合金粉末の製造方法により得られるMo合金粉末を焼結することを特徴とするスパッタリングターゲット材の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−277671(P2007−277671A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−108180(P2006−108180)
【出願日】平成18年4月11日(2006.4.11)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】