説明

NMDANR2B−サブタイプ選択的アンタゴニストを使用する障害の処置方法

式(I)の化合物またはその医薬的に許容し得る塩を使用する、NR2Bサブユニットを有するNMDA受容体の阻害により疾患または症状を処置、予防または寛解する方法。


【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
発明の背景
過去20年間にわたる詳細な研究は、NMDA受容体が、アルツハイマー病(AD)、パーキンソン病および痛覚において重要な役割を果たすことを示した。しかしながら、非選択的NMDA受容体アンタゴニストの臨床開発は、一般に、幻覚などの不都合な副作用により制限されてきた。
【0002】
1990年代の初期に、異なるNR2(A−D)サブユニットを有する複数のNMDA受容体サブタイプが存在することが判明した。NR2Bサブユニットを有する受容体は、学習、記憶の処理、注意、情動、気分および疼痛の知覚などの調節機能と結びつけられ、数々のヒトの疾患と関連付けられた。
【0003】
NR2Bサブユニットを有するNMDA受容体を選択的に標的とする化合物は、一般的に知られている。例えば、米国特許第7,005,432号は、NMDA受容体サブタイプ選択的遮断剤である幅広い様々な置換イミダゾール−ピリダジン誘導体を開示しており、それはCNS障害の治療に有用であるとされている。それは、投与量は広範囲で変動し得ると開示している。経口投与の場合、投与量は、米国特許第7,005,432号の一般式Iの化合物約0.1mg/投与ないし約1000mg/日の範囲内にあるが、これが必要であると示されている場合、上限を超えることもできる。
【0004】
胃腸の吸収、血漿タンパク質の結合および化合物が血液脳関門を通過する能力などの様々な要因のために、どれくらいの量の特定のイミダゾール−ピリダジン誘導体が有効であるかを予測することは不可能である。
【発明の概要】
【0005】
本発明の概要
本発明は、NR2Bサブユニットを有するNMDA受容体を阻害することによる、疾患または症状の処置、予防または寛解方法を提供する。NR2Bサブユニットを有する受容体は、学習、記憶の処理、注意、情動、気分および疼痛の知覚などの調節機能と結びつけられ、数々のヒトの障害と関連付けられた。そのような障害には、例えば、認知障害、神経変性障害、例えばアルツハイマー病およびパーキンソン病、疼痛(例えば、慢性または急性疼痛;神経因性疼痛;術後疼痛)、抑うつ、注意欠陥多動障害および耽溺が含まれる。
【0006】
この方法は、下記の式(I):
【化1】

により表される5−(3−ジフルオロメチル−4−フルオロ−フェニル)−3−(2−メチル−イミダゾール−1−イル−メチル)−ピリダジンまたはその医薬的に許容し得る塩の使用を伴う。
【0007】
好ましくは、処置のために投与される式(I)の化合物またはその医薬的に許容し得る塩の量は、約2mgないし約50mg/日である。総一日量を、単一用量または分割用量で投与し得る。そのような一日の処置量または総一日量は、約5mgないし約45mg、約6mgないし約35mg、約8mgないし約30mg、約10mgないし約25mg、約12mgないし約20mg、約14mgないし約18mg、約15mgないし約18mgまたは上記の量の全範囲であり得る。例えば、一日の処置量は、約2mg、約5mg、約6mg、約8mgまたは約10mgから、約12mg、約14mg、約15mg、約16mg、約18mg、約20mg、約25mg、約30mgまたは約35mgまでである。特に、一日の処置量は、約2mgまたは約4mgから、約20mg、約25mgまたは約30mgまでである。
【0008】
式(I)の化合物またはその医薬的に許容し得る塩は、所望の量の式(I)の化合物またはその医薬的に許容し得る塩および適当な担体を含む医薬組成物の形態で、経口投与し得る。
【0009】
本発明に従い処置されるべき対象は、ヒトである。
【0010】
語句「医薬的に許容し得る」は、本明細書で、適切な医学的判断の範囲内で、過度の毒性、刺激、アレルギー反応または他の問題または合併症を伴わずにヒトの組織と接触させて使用するのに適し、合理的な利益/リスク比に釣り合う、化合物、物質、組成物および/または投与形を表すのに用いる。
【0011】
本明細書で使用するとき、「医薬的に許容し得る塩」は、親の化合物がその塩を形成することにより改変されている、開示された化合物の誘導体を表す。医薬的に許容し得る塩、特に酸付加塩は、それ自体知られており、当業者に周知の方法に従って製造できる。適する塩のリストは、出典明示により本明細書の一部とする Remington’s Pharmaceutical Sciences, 17th ed., Mack Publishing Company, Easton, Pa., 1985, p. 1418 に見出される。
【0012】
本明細書で使用するとき、「総一日量」または「一日の処置量」は、24時間の期間内に投与されるべき式(I)の化合物および/またはその医薬的に許容し得る塩の総量を表す。本発明による総一日量または一日の処置量の投与による処置は、この投与が毎日あることを要せず、24時間の期間に投与される量が総一日量の範囲内にあることのみを要することを理解すべきである。例えば、薬物を、毎日、1日おきに、または、他の間隔で投与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、6人の対象からの血漿またはCSFサンプルから得られる式(I)の化合物の血漿濃度および脳脊髄液(CSF)濃度を示す。対象を一日量8mgの式(I)の化合物の二塩酸塩で、8日連続で処置し、示したとおりに8日目の投与後の時間にサンプルを採取した。
【図2】図2は、単一の対象からの、連続的動脈スピン標識法(continuous arterial spin labeling)(CASL)灌流画像の代表的な切片を示す。
【図3】図3は、連続的動脈スピン標識法の画像で取得した全脳領域の全体的局所脳血流量(rCBF)を示すチャートである。左、中央および右の棒は、各々、プラセボ、投与された式(I)の化合物の二塩酸塩8mgおよび15mgに各々対応する。
【図4】図4は、式(I)の化合物の二塩酸塩の投与がどのように前帯状回のrCBFを増加させるかを、(a)脳全体にわたるクラスターについての統計的有意さをp<0.05の限度とする(ボクセルの限界p<0.001)「脳透視(glass brain)」投影図;(b)Statistical Parametric Mapping software (SPM v5.0)により提供される単一対象のT1テンプレート画像上に重ねた有意性マップ;および(c)平均値および平均値の標準誤差として抽出し、プロットしたクラスターの値、に示す。図4(c)の左、中央および右の棒は、各々、プラセボ、投与された式(I)の化合物の二塩酸塩8mgおよび15mgに各々対応する。
【図5】図5は、各々、プラセボ(左:上下のパネル)、式(I)の化合物の二塩酸塩8mg(中央:上下のパネル)および式(I)の化合物の二塩酸塩15mg(右:上下のパネル)の投与後の、対連合学習課題(PAL)での想起における統計的に有意な活性化のクラスターを示す脳透視の最大強度の投影図(glass brain maximum intensity projections)を示す。上の画像は左から、下の画像は上からのものである。
【図6】図6は、示した各脳領域における活性化の対比の用量応答曲線を示す。左、中央および右の点は、プラセボ、式(I)の化合物の二塩酸塩8mgおよび15mgに、各々対応する。対連合学習課題(PAL)における想起中の活性化パターンからデータを抽出する。図6中のVLPFCは、腹外側前頭前野を表す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の詳細な説明
CNS疾患の処置における大きな難題の1つは、許容し得ない副作用を回避しながら、治療効果を奏するのに十分な脳内濃度をもたらす薬物の用量範囲を同定することである。本発明は、この難題に取り組み、この処置を必要とするヒトに有効量の式(I)の化合物:
【化2】

またはその医薬的に許容し得る塩を投与することにより、NR2Bサブユニットを有するNMDA受容体を阻害することにより、疾患または症状の処置、予防または寛解に有効な方法を提供する。
【0015】
好ましくは、処置のために投与される式(I)の化合物またはその医薬的に許容し得る塩の量は、約2mgないし約50mg/日である。総一日量を、単一用量または分割用量で投与し得る。そのような一日の処置量または総一日量は、約5mgないし約45mg、約6mgないし約35mg、約8mgないし約30mg、約10mgないし約25mg、約12mgないし約20mg、約14mgないし約18mg、約15mgないし約18mgまたは上記の量の全範囲であり得る。例えば、一日の処置量は、約2mg、約5mg、約6mg、約8mgまたは約10mgから、約12mg、約14mg、約15mg、約16mg、約18mg、約20mg、約25mg、約30mgまたは約35mgまでである。特に、一日の処置量は、約2mgまたは約4mgから、約20mg、約25mgまたは約30mgまでである。
【0016】
グルタミン酸塩は、哺乳動物の中枢神経系(CNS)の主要な興奮性神経伝達物質であり、殆どの興奮性シナプスにわたる神経伝達を媒介する。3つのクラスのグルタミン酸塩でゲート開閉するイオンチャネル、アルファ−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソオキサゾールプロピオン酸(AMPA)、カイニン酸およびN−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)受容体は、シナプス後のシグナルを伝達する。NMDA受容体は、豊富であり、脳に広範に分布しており、興奮性神経伝達に必須であり、正常なCNS機能に不可欠である。2つのタイプのNMDA受容体サブユニット、NR1およびNR2(A−D)が存在し、それらは、合わさって、それらが有するNR2サブユニットのタイプによって異なる特徴を有する機能的NMDA受容体を形成する。異なるNR2サブユニットは、CNS中で異なる領域分布を示す。
【0017】
歴史的には、非選択的NMDAアンタゴニストの臨床開発は、メカニズムに関連するCNSの副作用のために、狭い治療幅(low therapeutic window)に悩まされた。しかしながら、NR2Bサブタイプ選択的NMDAアンタゴニストは、より有利である可能性がある。
【0018】
NR2Bサブユニットを有する受容体を選択的に標的とする化合物は、一般的に知られている。例えば、米国特許第7,005,432号は、NMDA受容体サブタイプ選択的遮断剤である幅広い様々な置換イミダゾール−ピリダジン誘導体を開示しており、それはCNS障害の治療に有用であるとされている。それは、投与量は広範囲で変動し得ると開示している。経口投与の場合、投与量は、米国特許第7,005,432号の一般式Iの化合物約0.1mg/投与ないし約1000mg/日の範囲内にあるが、これが必要であると示されている場合、上限を超えることもできる。胃腸の吸収、血漿タンパク質の結合および化合物が血液脳関門を通過する能力などの様々な要因のために、特定のイミダゾール−ピリダジン誘導体のどれくらいの量が有効であるかを予測することは不可能である。
【0019】
本発明による式(I)の化合物は、NMDA NR2Bサブタイプ選択的アンタゴニストである。NR2Bサブユニットを有するNMDA受容体は、学習、記憶の処理、注意、情動、気分および疼痛の知覚などの調節機能と結びつけられ、数々のヒトの障害と関連付けられた。そのような障害には、例えば、認知障害、神経変性障害、例えばアルツハイマー病およびパーキンソン病、疼痛(例えば、慢性または急性疼痛;神経因性疼痛;術後疼痛)、抑うつ、注意欠陥多動障害および耽溺が含まれる。
【0020】
本発明によると、許容し得ない副作用を回避しながら、治療効果を奏するのに十分な脳内濃度をもたらす式(I)の化合物またはその医薬的に許容し得る塩の適切な用量範囲が特定された。この化合物は、そのような用量範囲で、記憶の記銘と想起に重要なものである想起ネットワーク(retrieval network)として知られている脳領域の機能を選択的に調節する。従って、それは、アルツハイマー病の処置における適用性を有する。さらに、脳灌流に対する全体的な影響のない前帯状皮質の灌流の選択的増加が、本発明により示された。前帯状皮質は、行動の監視およびフィードバックまたは競合への適応において役割を有する脳の重要な機能的ジャンクションである[Duncan and Owen (2000) Common regions of the human frontal lobe recruited by diverse cognitive demands. Trends Neurosci. 23: 475-83; Ridderinkhof et al. (2004) The role of the medial frontal cortex in cognitive control. Science 306: 443-7]。帯状回皮質および周辺の領域も、疼痛反応、気分および情動に重要である。[Vogt (2005) Pain and emotion interactions in subregions of the cingulated gyrus. Nat Rev Neurosci 6:533-44]。最近のマウスでの研究は、前帯状回に媒介される疼痛反応におけるNMDA NR2Bサブユニットの中心的役割を示している[Wei et al. (2001) Genetic enhancement of inflammatory pain by forebrain NR2B overexpression. Nat. Neurosci. 4: 164-9; Wu et al. (2005) Upregulation of forebrain NMDA NR2B receptors contributes to behavioral sensitization after inflammation. J. Neurosci 25: 11107-16]。実際に、NR2Bサブユニットを有するNMDA受容体は、帯状回皮質における長期増強に不可欠であると考えられ、従って、文脈的(contextual)な情動記憶において、より一般的な役割を有し得る [Zhao et al. (2005) Roles of NMDA NR2B subtype receptor in prefrontal long-term potentiation and contextual fear memory. Neuron 47: 859-72]。そのような前帯状回では、NR2Bサブユニットを有するNMDA受容体が豊富である。従って、式(I)の化合物およびその医薬的に許容し得る塩は、疼痛および抑うつの処置における適用性を有する。
【実施例】
【0021】
実施例1
式(I)の化合物の二塩酸塩の健康な若年および高齢の対象における安全性および耐容性を測定するために、二重盲検、プラセボ対照、無作為化、単回および複数回経口投与研究を実施した。研究は2部で実施した。
【0022】
第1部は、用量漸増単回投与、48人の若い男性の対象における連続的グループ研究を含み、食物の影響を調べるために、2期クロスオーバー法を組み込んだ。第2部は、上昇する複数回投与、24人の若い男性の対象における連続的グループ研究、および、上昇する単回投与および複数回投与、18人の高齢の対象(男性10人および女性8人)における連続的グループ研究を含んだ。各々の投与時に、対象は、適当な量の式(I)の化合物の二塩酸塩または結晶セルロースを含有する単一のカプセルを受容した。処置剤は240mlの水と共に経口投与され、その間、対象は立位であった。
【0023】
各対象の状態を研究の間ずっと監視した。加えて、「最後に質問を受けてから、どのように感じてきましたか」などの自由回答式質問により、少なくとも1日1回、徴候および症状を観察および誘導した。対象は、また、自発的に研究中の有害事象を報告するよう奨励された。
【0024】
有害事象または治療の実施を記録した。性質、発症時期、期間および重篤度を記載した。研究の過程で見出された臨床的に有意な異常を、それらが正常に戻るまで、または、臨床的に説明できるまで、追跡した。
【0025】
深刻な有害事象を、任意の用量での、死亡に至る、生命を危うくする、入院加療を要するか、または、入院を延長する、持続性または重大な身体障害/能力障害に至る、かつ/または、先天異常/出生時欠損に至る、有害な医療的事象と定義する。
【0026】
死亡に至らず、生命を危うくせず、または、入院加療を必要としない重要な医療的事象は、適切な医療的判断に基づき、それらが対象を危険にさらすか、上記の結果のいずれかを防止するために医療または外科的介入を必要とし得るとき、深刻な有害事象と見なされ得る。
【0027】
この研究の結果は、式(I)の化合物の二塩酸塩が、若年の男性に15mgまでの単回経口投与(2、5および10mgの単回経口投与を含む)として、および、1日1回、8mgまでの複数回経口投与(8日間)で投与されると、非常に良好に耐用されることを示した。同様に、式(I)の化合物の二塩酸塩は、高齢の男性および女性に4mgまでの単回経口投与および1日2回、3mgまでの複数回経口投与(8日間)として投与されると、非常に良好に耐用されることがわかった。主に穏やかな有害事象の低い発生率が研究中に報告され、深刻または重篤な有害事象はなく、有害事象の結果として中止された対象はいなかった。若年または高齢の対象において、単回または複数回投与後のバイタルサインおよび心電図(ECG)のパラメーターに明白な傾向はなかった。
【0028】
実施例2
認知機能および神経生理に対するNMDA受容体NR2Bサブユニット選択的拮抗作用の役割を調べるために、磁気共鳴画像法(MRI)で測定して、19人の健康なボランティアで二重盲検のプラセボ対照研究を実施した。この研究は、対象が式(I)の化合物の二塩酸塩を投与された後の彼らによる認知課題の実施中の局所脳血流量(rCBF)の変化および神経回路網の仮想的調節を測定するために、機能的MRIを利用した。
【0029】
実験手順
この研究に参加した19人の健康な男性のボランティアを、連合学習、持続性の注意およびエピソード記憶を測定するように設計した認知課題(下記で詳述するPAL課題を含む)の実施中に、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を使用してスキャンした。これらの課題を3試験日に、fMRIセッションの2時間前に、繰り返した。これらの3回の分離した場合において、参加者は、すべての処置がすべての参加者に与えられるように、プラセボ(結晶セルロース)、式(I)の化合物二塩酸塩8mgもしくは15mgのいずれかを含有するカプセルを受容した。fMRIセッション中に、無作為化した順序で各対象に課題を提示した;しかしながら、割り当てた順序は、その後3つ全部の研究セッションにわたって維持した。スキャナーに入る前にさらなる課題の実施を参加者に申し出、スキャナー中で各課題を実施するのに先立ち、指示を繰り返した。
【0030】
対連合学習(PAL)
この課題は、刺激−位置連合の学習を要した。先ず、6つの異なるパターンがスクリーンに1つずつ疑似ランダムの順序で現れた。各パターンは、異なる位置に現れ、そこに1秒間留まった。最後のパターンが現れた後、6個のパターンが1つずつスクリーンの中央に4秒間示された。参加者は、彼らが元の位置だと考える方向へ操作棒を動かすことにより、各刺激に応答した。このサイクルをもう2回、同じ位置の同じ刺激で提示したが、異なる順序で示した。従って、ひとまとまりの課題では、参加者には6個の刺激の位置を学習する機会が3回(A、BおよびCとする)ある。全体では、この課題は6個の刺激のまとまりからなり、各回に新しいパターンのセットがある。対照条件は、各位置に現れる単一の刺激を見て、続いて操作棒を動かすべき方向を強調する灰色の円を伴ってスクリーンの中央に現れる同じ刺激を見ることを含んだ。対照条件も6回提示し、学習条件と同じ枠内で視力および運動の要件を制御した。課題の時間は全部で12分12秒であった。
【0031】
画像化の手順
1.5T GE Excite HDx system (General Electric, Milwaukee, Wisconsin) で画像を取得した。全課題について、グラジエント−エコーEPIシークエンスを、TE=40ms、FOV=24cmおよび画内解像度3.75mm(マトリックス=64)で使用した。38の軸方向スライスを、厚さ3mm(0.3mmギャップ)で、AC/PC線にほぼ平行に得た。対連合学習課題には、TR=3000msであった。加えて、シングルショットEPIを使用して、TR=3000ms、TE=40ms、FOV=24cm、0.3mmギャップの3mmスライス厚み、マトリックス=128および43のスライスで、高解像度画像を得た。この画像を位置合わせ(coregistration)パラメーターの決定に使用した。
【0032】
疑似連続フロー駆動型(pseudo-continuous flow-driven)、断熱反転スキームおよび連続的3Dファストスピンエコー(FSE)シークエンスからなる連続的動脈スピン標識法(CASL)シークエンスで、可変密度スパイラル取得のインターリーブストック(interleaved stack of variable density spirals acquisition)を用いて、脳全体の安静時灌流画像を取得した(Alsop and Detre (1998) Multisection cerebral blood flow MR imaging with continuous arterial spin labeling. Radiology 208: 410-6)。この技法を使用して取得される画像の例を図2に示す。CASL灌流画像は、灰白質と白質を区別することができ、脳全体にわたるrCBFの高解像度の定量化を提供する。このマルチショット技法の純粋に3次元の符号化と読み出し、および、磁化率に誘導されるシグナルの歪みの再調整のために、この技法で得ることができる脳全体のrCBFのマップは、良好な画像の質および極上の空間的解像度のものである。
【0033】
前処理
灌流画像のために、まず、アフィン位置合わせ(affine registration)および非線形変換を使用して、脳の体積を標準的な解剖学的空間(International Consortium on Brain Mapping - ICBM)に標準化した。薬物およびプラセボのセッション画像間の前処理に依存する差異の見込みを減らすために、標準化は単一の画像を利用し、それに3つ全部のCASLセッションの位置を合わせた。6x6x6mmのガウス核半値全幅フィルターを使用して全ての画像を空間的に滑らかにし、シグナル−ノイズ比を改善し、参加者間の生来の機能および旋回による(gyral)変化性を許容する。
【0034】
MRIデータ分析
画像の前処理および分析は、Functional Imaging Laboratory, UCL により開発されたStatistical Parametric Mapping ソフトウェア(SPM v5.0, www.fil.ion.ucl.ac.uk/spm/)を使用して、Matlab 7.0.1 で実行して実施し、血中酸素濃度依存性(BOLD)を決定した。認知課題に対するBOLDの変化は、各脳領域の神経活動の変化を表す。一般的な線形モデルを使用して脳全体の体積を分析し、統計的限界を、特に高いNR2B受容体サブタイプ密度であり、かつ、記憶増進機能の認知促進に直結する脳領域の一般的領域仮説に基づいて限定した。15ml/分/100mlの絶対的限界を使用して、白質領域の分析への寄与を最小化した。しかしながら、この限界の除去は、観察された知見のパターンを変化させなかった。適切に重みをつけた線形対比を使用して、以下の統計的マップを作成した:
【0035】
1. 式(I)の化合物の二塩酸塩の投与後の灌流の増加/減少の領域(8mgと15mgの平均):薬物の主な効果。
2. 式(I)の化合物の二塩酸塩8mgの投与後の灌流の増加/減少の領域。
3. 式(I)の化合物の二塩酸塩15mgの投与後の灌流の増加/減少の領域。
4. プラセボの効果を無視した、式(I)の化合物の二塩酸塩8mgおよび15mgの用量反応関係(比較1に直交性)。
【0036】
局所脳血流量の神経画像分析
まず、標準空間(ICBM)に標準化し、Statistical Parametric Mapping ソフトウェア(SPMv5.0)と共に提供される脳マスクを使用して頭蓋の画像を除去した(skull-stripped)連続的動脈スピン標識法による灌流マップを使用して、全体的灌流を算出した。白質の低いカットオフは使用しなかった。全体的灌流の値の分析は、研究した3つの条件の間に差異を示さなかった[F(2,34)=2.62、P=0.77];図3参照。
【0037】
投与した式(I)の化合物の二塩酸塩の絶対的灌流に対する局所的効果を、SPMv5.0を使用して分析した。p=0.05の限界で、脳全体にわたる複数の比較についての補正後に、研究した3つの条件間でシグナルが異なる有意なクラスターはなかった。
【0038】
局所的rCBFの変化の全体的シグナルに対する標準化は、全体的シグナルに対する局所変化の調査を可能にし、より鋭敏な分析技法であると証明された。標準化したrCBFのマップを使用すると、式(I)の化合物の二塩酸塩の投与後に増加したシグナルは、前帯状皮質の膝状部(genu)に、独立したクラスターで見られ、腹側性に延びていた(x,y,z=8,42,10、BA25、T=5.41、p(corr)=0.023)。座標は、Talairach および Tourneux (Co-planar stereotaxic atlas of the human brain. Thieme, Stuttgart, 1988) のシステムに従って、ICBM(MNI152)の標準的画像空間との関連で与えられた。ブロードマンの領域は、細胞構築的に定められた脳の領域を表す。
【0039】
rCBFの増加は、式(I)の化合物の二塩酸塩8mgで17.5%、15mgで17.9%であった。2つの用量は、この領域では異ならなかった。図4は、灌流の変化の位置を示し、式(I)の化合物の二塩酸塩の効果の大きさを図解する。
【0040】
図4に示す増加したrCBFのクラスターに関する効果の大きさは、式(I)の化合物の二塩酸塩の両用量で類似していたが、各用量の個別分析は、効果が高い方の用量により奏されることを示唆した。式(I)の化合物の二塩酸塩15mgとプラセボとの直接比較は、両用量のプラセボに対する比較と同じ領域に、非常に有意な増加したrCBFのクラスターを示した(x,y,z=8,42,10、BA25、T=5.74、p(corr)=0.037)。式(I)の化合物の二塩酸塩によるrCBFの有意な減少を示すボクセルのクラスターはなかった。
【0041】
MRIデータ分析のセクションで特定された対比に関連して、結果を下記にまとめる:
1. 式(I)の化合物の二塩酸塩の投与後の灌流の増加/減少の領域(8mgと15mgの平均):薬物の主な効果。前帯状回(膝部(peri-genual))における灌流の増加が見られた。
2. 式(I)の化合物の二塩酸塩8mgの投与後の灌流の増加/減少の領域。おそらく小さいサンプルサイズのために、統計的に有意な変化は見られなかった。
3. 式(I)の化合物の二塩酸塩15mgの投与後の灌流の増加/減少の領域。前帯状回(膝部)における灌流の増加が見られた。これは、中枢神経系の適応症、例えば、AD、神経因性疼痛、抑うつ、パーキンソン病および上述の他の適応症について重要性を示唆されてきた、NMDA受容体に富む領域である。
4. プラセボの効果を無視した、式(I)の化合物の二塩酸塩8mgおよび15mgの用量反応関係(比較1に直交性)。脳全体にわたって、公式な比較に変化は見られなかった。
【0042】
投与された式(I)の化合物の二塩酸塩により調節された、膝状部の腹側性に延びる前帯状皮質の特定の領域は、前頭前野の内壁、線条体の腹側部、視床および後葉、上葉、頭頂葉を含む他の前脳領域と強い連結性を示す[Margulies et al. (2007) Mapping the functional connectivity of anterior cingulate cortex. Neuroimage 37: 579-88]。従って、これらの連結した領域を用いる課題は、報酬の評価のコアプロセスが重要である課題を含めて、式(I)の化合物およびその塩の効果に敏感であり得る。これは、実験動物での研究により強調された記憶増進機能に対する効果の価値を減ずるものではなく[Higgins et al. (2005) Evidence for improved performance in cognitive tasks following selective NR2B NMDA receptor antagonist pre-treatment in the rat. Psychopharmacology (Berl) 179: 85-98]、NR2B受容体の調節の幅広い役割を示す。
【0043】
認知課題ネットワークの神経画像分析
PALにおける対象の機能的能力は、頻繁に最適なレベルで実施する健康な若年の対象で予測された通り、式(I)の化合物の二塩酸塩の投与により影響を受けなかったが、BOLD反応の分析は、驚くべき知見を明らかにした:役割が記憶想起ネットワークとして知られている数々の脳領域(例えば、後頭頂葉領域、視覚野、運動前野および腹外側前頭前野[VLPFC])の活動は、ある種の課題の実施中に選択的に増加した。投与された式(I)の化合物の二塩酸塩の効果の予備的分析は、活性化の重要な皮質結節における想起中に、BOLDシグナルの用量依存的増加を示唆し、皮質下領域におけるさらなる用量依存性を伴う。図5は、各々、プラセボ(左:上下のパネル)、式(I)の化合物の二塩酸塩8mg(中央:上下のパネル)および式(I)の化合物の二塩酸塩15mg(右:上下のパネル)の投与後の、対連合学習課題(PAL)での想起における統計的に有意な活性化のクラスターを示す脳透視の最大強度の投影図(glass brain maximum intensity projections)を示す。上の画像は左から、下の画像は上からのものである。さらに、図6は、示した各脳領域における活性化の対比の濃度応答曲線を示す。左、中央および右の点は、プラセボ、式(I)の化合物の二塩酸塩8mgおよび15mgに、各々対応する。対連合学習課題(PAL)における想起中の活性化パターンから、データを抽出する。
【0044】
式(I)の化合物の二塩酸塩による、この認知課題の実施中の記憶想起ネットワークの活動の用量依存的増加は、アルツハイマー病および認知障害の処置に直結する特別な薬理効果を示す。
【0045】
実施例3
薬物または疾患の反応を評価するための薬物開発におけるCSFサンプリングの使用は、ますます今日性を示してきた。中枢の薬物の透過の評価および生体活性物質の測定のためのCSFサンプリングの価値は、長い間認められてきた。一般的に、CSFのバイオマーカーは、治療剤候補をより効率的に調査することを可能にし、無効な薬物および用量に曝す人を減らし、有効な治療剤の同定を速める。
【0046】
腰椎穿刺(LP)は、様々な臨床的状況で診断および治療のために日常的に実施される(麻酔剤、鎮痛剤および化学療法剤の髄腔内送達のように)(Roos (2003) Lumbar puncture. Semin. Neurol. 23(1): 105-14)。脳脊髄液は、脳室(殆ど側脳室)により500ml/日の速度で産生される。脳に含まれ得る量は150mlの規模であるので、それは頻繁に置き換えられており(1日に3−4回のターンオーバー)、血液に入る量を上回る。この脳室系からくも膜下腔に入り、最終的に静脈系に出て行く連続的な流れは、脳およびCSFに浸透する大型の脂質不溶性分子の濃度を下げる「シンク」を幾分提供する(Saunders et al. (1999) Barrier mechanisms in the brain, II. Immature brain. Clin Exp Pharmacol Physiol. 26(2): 85-91)。
【0047】
腰椎穿刺1回/対象を、処置(一日量8mgの式(I)の化合物の二塩酸塩)の8日目に、投与後3ないし4時間の枠内で実施した。
【0048】
収集したCSFサンプルへの血液の混入を避けるため、あらゆる注意を払った。かくして、血液が混入した液体をカニューレに残した後、澄んだCSFのみを収集した。血性穿刺液(bloody taps)を廃棄した。
【0049】
式(I)の化合物の測定のために、以下の通りに時点ごとにサンプルのアリコートを取った:各々の計画した時点で採取した〜5mlのCSFから、0.5mlのCSFサンプルのアリコートを空の乾燥ポリプロピレンチューブに取った。
【0050】
すぐにCSFサンプルを、直立させて、−70℃以下の温度で、発送するまで保存した。特別かつ有効なLC−MS−MSの方法により、式(I)の化合物の濃度を測定した。脳脊髄液(CSF)の浸透を、式(I)の化合物の二塩酸塩8mgを8日間毎日受容した6人の健康な対象で評価した。図1に示す通り、式(I)の化合物のCSF濃度は、そのような化合物の遊離(非結合)血漿濃度にほぼ対応する。そのようなCSF中の濃度は、NMDA受容体のNR2Bサブタイプの占有度を評価するために推定されてきた。そのような一日量8mgの式(I)の化合物の受容体占有率は、アルツハイマー病で現在使用されている治療用量のメマンチンに対応するものよりも高いことが見出された。式(I)の化合物およびその塩の選択性は、本発明による良好に耐容される用量での血液脳関門の良好な透過と合わさって、治療的利点をもたらす。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
総一日量約2ないし約50mgの式(I):
【化1】

の化合物またはその医薬的に許容し得る塩を、そのような処置を必要としているヒトに投与することを含む、NR2Bサブユニットを有するNMDA受容体の阻害により疾患または症状を処置、予防または寛解する方法。
【請求項2】
疾患または症状が、認知障害、神経変性疾患、疼痛、抑うつ、注意欠陥多動障害または耽溺である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
神経変性疾患がアルツハイマー病またはパーキンソン病である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
疼痛が慢性または急性疼痛である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
疼痛が神経因性疼痛または術後疼痛である、請求項2または請求項4に記載の方法。
【請求項6】
認知障害、神経変性疾患、疼痛、抑うつ、注意欠陥多動障害または耽溺の処置、予防または寛解用の、総一日量が約2ないし約50mgである式(I):
【化2】

の化合物またはその医薬的に許容し得る塩。
【請求項7】
神経変性疾患がアルツハイマー病またはパーキンソン病である、請求項6に記載の化合物。
【請求項8】
疼痛が慢性または急性疼痛である、請求項6に記載の化合物。
【請求項9】
疼痛が神経因性疼痛または術後疼痛である、請求項6または請求項8に記載の化合物。
【請求項10】
NR2Bサブユニットを有するNMDA受容体の阻害による疾患または症状の処置、予防または寛解方法において使用するための、総一日量が約2ないし約50mgである、式(I):
【化3】

の化合物またはその医薬的に許容し得る塩。
【請求項11】
総一日量が約2ないし約50mgである、認知障害、神経変性疾患、疼痛、抑うつ、注意欠陥多動障害または耽溺の処置、予防または寛解用の医薬を製造するための、式(I):
【化4】

の化合物またはその医薬的に許容し得る塩の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2011−516417(P2011−516417A)
【公表日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−501153(P2011−501153)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際出願番号】PCT/EP2009/002241
【国際公開番号】WO2009/118187
【国際公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【出願人】(510048853)エヴォテック・ノイロサイエンシーズ・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング (2)
【氏名又は名称原語表記】Evotec Neurosciences GmbH
【Fターム(参考)】